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第35回 コロナワクチンが「がん治療」の効果を劇的に向上させる可能性

がん治療の切り札として登場した「免疫チェックポイント阻害薬」は、多くの患者さんの命を救う一方で、すべての人に効果があるわけではありません。とくに、免疫細胞ががんを敵として認識していない「冷たいがん」と呼ばれるタイプの腫瘍には効果が薄いことが、大きな課題でした。しかし、この状況を一変させるかもしれない驚くべき研究結果が、Nature誌に発表されました1)。なんと、私たちが新型コロナウイルス対策で接種したmRNAワクチンが、がん細胞を標的とするものではないにもかかわらず、がんを免疫チェックポイント阻害薬に反応しやすい「熱いがん」に変え、治療効果を劇的に高める可能性が示されたのです。ワクチン接種と生存期間の延長が関連この研究では、米国のがん専門病院であるMDアンダーソンがんセンターの臨床データが分析されています。研究チームは、非小細胞肺がんや悪性黒色腫(メラノーマ)の患者さんで、免疫チェックポイント阻害薬を開始する前後100日以内にコロナのmRNAワクチンを接種したグループと、接種しなかったグループの予後を比較しました。すると、非小細胞肺がんの患者さんを比較したところ、ワクチンを接種したグループの3年生存率が55.7%であったのに対し、未接種のグループでは30.8%と、明らかな差がみられました。同様の生存率の改善は、メラノーマの患者でも確認されました。この効果は、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを免疫チェックポイント阻害薬の前後で接種した患者さんではみられませんでした。このことは、観察された生存率の改善が、単に「ワクチンを接種する」という行為や、健康意識の高さだけによるものではなく、mRNAワクチンが持つ特有の強力な免疫反応によって引き起こされている可能性を示唆しています。なぜコロナワクチンががんに効くのか?では、なぜがんとは無関係のコロナウイルスを標的とするワクチンが、がんに対する免疫療法の効果を高めるのでしょうか? 研究チームは、動物モデルや健常人の血液サンプルを用いて、そのメカニズムを詳細に解明しました。鍵を握っていたのは、「I型インターフェロン」という物質でした。まず、mRNAワクチンが体内に投与されると、ウイルスに感染した時と似たような「偽の緊急事態」が引き起こされます。これにより、体内でI型インターフェロンが爆発的に放出されます。このI型インターフェロンの急増が、全身の免疫細胞、とくに「抗原提示細胞」と呼ばれる偵察役の細胞を「覚醒」させます。覚醒した偵察役の細胞は、リンパ節などの免疫器官に移動し、そこでT細胞(免疫の実行部隊)に対し、「敵(抗原)」の情報を伝達します。この時、偵察役の細胞はウイルスの情報(スパイクタンパク)だけでなく、体内に存在する「がん抗原」の情報も同時にT細胞に提示し始めることがわかりました。がんの情報をキャッチしたT細胞は、増殖して腫瘍組織へと侵入していきます。これにより、これまでT細胞が存在しなかった「冷たいがん」が、T細胞が豊富に存在する「熱いがん」へと変化します。しかし、T細胞の攻撃にさらされたがん細胞は、生き残るために「PD-L1」というバリアを表面に出して、T細胞の攻撃を無力化しようとします。しかし実際、ワクチンを接種した患者さんのがん組織では、このPD-L1の発現が著しく増加していることが確認されました。ここで免疫チェックポイント阻害薬が登場します。免疫チェックポイント阻害薬は、まさにこのPD-L1のバリアを無効化する薬剤です。つまり、mRNAワクチンがT細胞をがんへ誘導し、免疫チェックポイント阻害薬がそのT細胞が働けるように「最後のバリア」を取り除く。この見事な連携プレーによって、がんに対する強力な免疫応答が引き起こされ、治療効果が飛躍的に高まると考えられます。今後の展望と研究の限界この研究の最大の意義は、がん患者さんごとに製造する必要がある高価な「個別化mRNAがんワクチン」でなくても、すでに臨床で広く利用可能な「既製のmRNAワクチン」が、がん免疫療法を増強する強力なツールになりうることを示した点にあります。とくに、これまで免疫チェックポイント阻害薬が効きにくかったPD-L1陰性の「冷たいがん」の患者さんに対しても、生存期間を改善する可能性が示されたことは大きな希望です。一方で、この研究の限界も認識しておく必要があります。最も重要なのは、患者さんを対象とした解析が「後ろ向き観察研究」である点です。つまり、過去のデータを集めて解析したものであり、「mRNAワクチン接種」と「生存期間の延長」の間に強い関連があることは示せましたが、mRNAワクチンが原因となって生存期間が延びたという因果関係を完全に証明したわけではありません。たとえば、「治療中にあえてコロナワクチンも接種しよう」と考える患者さんは、全般的に健康意識が高く、それ以外の要因(たとえば、栄養状態や運動習慣など)が生存期間に影響した可能性(交絡因子)も否定できません。研究チームは、インフルエンザワクチンなど他のワクチンとの比較や、さまざまな統計的手法(傾向スコアマッチングなど)を用いて、これらの偏りを可能な限り排除しようと試みていますが、未知の交絡因子が残っている可能性があります。この発見をさらに確実なものとするためには、今後、患者さんをランダムに「mRNAワクチン接種+免疫チェックポイント阻害薬群」と「免疫チェックポイント阻害薬単独群」に分けて比較するような、前向きの臨床試験で有効性を確認することが不可欠です。とはいえ、mRNAワクチンががん治療の新たな扉を開く可能性を示した本研究のインパクトは大きいでしょう。感染症予防という枠を超え、がん免疫療法の「増強剤」として、既製のmRNAワクチンが活用されるという場面も、今後訪れるのかもしれません。 参考文献・参考サイト 1) Grippin AJ, et al. SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumours to immune checkpoint blockade. Nature. 2025 Oct 22. [Epub ahead of print]

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第286回 医師も誤解している?マダニによるSFTSの傾向と対策

INDEXマダニによるSFTSの発生率、過去最高に冬も要注意!?SFTSに対するアンコンシャスバイアス治療薬への期待度マダニによるSFTSの発生率、過去最高に今年はダニ媒介感染症の重症熱性血小板減少症候群(略称・SFTS)の患者報告が過去最高を記録している。国立健康危機管理研究機構が発表している感染症発生動向調査週報1)の最新データとなる2025年第42週(10月13~19日)時点では、従来の過去最多である2023年の134例を上回る174例の患者が発生。また、今年はこれまで患者報告がなかった北海道、秋田県、栃木県、茨城県でも孤発的な事例が報告されている。改めて基礎知識を整理すると、SFTSは日本では2013年に初確認されたダニが媒介するSFTSウイルスを原因とする新興の人畜共通感染症である。潜伏期間は6~14日で、主な症状は発熱、消化器症状(嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、下血)、頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹。特徴的な点は、病名でもわかるように検査値での顕著な血小板減少(10万/mm3未満)である。そしてSFTSで何よりも恐ろしいのは致死率が10~30%で、国内に常在する感染症の中では劇症型溶血性レンサ球菌感染症の致死率約30%に次ぐことだ。徐々に患者報告数も報告地域も拡大する中、一般人、医療者ともに対岸の火事とは言えなくなっている。以前の本連載で新型コロナウイルス感染症が今も高齢者で猛威を振るっていることを記事化したが、この取材に応じてくれた岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏との取材時間は約2時間におよんだ。実はこのうちの約半分は新型コロナから脱線し、萩谷氏が日常診療で接するSFTSの話となった。これがきっかけで私が理事を務めるNPO法人・日本医学ジャーナリスト協会でも10月10日に萩谷氏にSFTSをテーマに講演をしてもらったが、その内容の中にはかなり示唆に富むものが多かったので、今回はその内容を紹介したい。冬も要注意!?講演では、萩谷氏が2013~22年までに国内報告されたSFTS803例の解析結果を紹介した。それによると、この10年間の都道府県別の報告増加率のトップ5は順に三重県、島根県、岡山県、大分県、熊本県。患者発生率と環境要因との関連を解析した結果では、西日本で有意差があった環境要因は農地面積と農業人口であり、2022年までの発生件数を2ヵ月単位で分析すると、発生ピークは5~6月で、流行期は5~10月だった。ここまでは医療者もおおむね違和感はなく受け入れられるだろう。しかし、今回の萩谷氏の講演ではSFTSの意外な一面も“明らか”にされた。まず、前出の解析結果のように一般的にSFTSはマダニの活動期である春から秋にかけて発生する感染症だと考えられているが、実は真冬でもSFTSは発生しているのだ。たとえば直近の2024年の感染症発生動向調査週報によると、第2週(1月8~14日)に島根県と山口県で各1例、年末の第51週(12月16~22日)に長崎県で1例が報告されている。春から秋の時期と比べれば数は少ないが、こと西日本では通年で警戒しなければならない感染症なのである。また、講演の中で紹介された和歌山県での野生(野生化)動物のSFTSウイルス抗体陽性率調査の結果によると、アライグマ、アナグマ、シカ、ノウサギでは30%以上、ハクビシンで20%以上にものぼる。一般的な理解は、こうした動物を吸血したマダニが動物の移動とともに人間の生活圏に近い藪や草むらなどで落下して定着し、そこに入り込んだ人間がこうしたマダニに咬まれることで患者が発生しているというもの。これはおおむね正しいだろうが、萩谷氏が講演内で提示した自験例2例はこの理解の範疇をやや超えるものだった。SFTSに対するアンコンシャスバイアス2例のうち1例は同じマダニが媒介する日本紅斑熱の患者、もう1例がSFTSである。前者の患者は岡山市中心部在住、後者の患者は岡山県西部在住で、ともに問診ではマダニに咬まれるような野山に入った形跡はなかったという。しかし、よくよく話してみると、日本紅斑熱の患者は「ちょうどそのころお墓参りに行きました…」と語り、聞き出してみると墓地のある場所はダニ媒介感染症の好発地域、そしてSFTSの患者は自宅住所を地図上で検索してみると、その自宅が山に隣接する形で存在していた。つまり実際の推定感染地点は、私たちが一見SFTSと無縁と思っている場所にも点在しているのである。ちなみに萩谷氏によれば、西日本地域でSFTSの診療経験が一定以上ある医師にとっては、風評被害などが考えられるため公には明らかにしないものの、周辺のダニ媒介感染症好発地域はほぼ頭に入っており、患者の居住地や移動先などの地名を聞くと、ある程度はSFTSの可能性が判別できるという。また、前出の野生動物のSFTS抗体陽性率のデータ提示の際、萩谷氏が併せて提示したのが複数のマダニに咬まれた鳥の写真。マダニは哺乳類だけでなく、鳥類や爬虫類まで吸血することは知られている。このことから北海道の孤発例については「渡り鳥などにくっついたマダニが本州から北海道に移動して上陸したのだろうと個人的には想像している」と話した。これらを総合すると、SFTSに対して私たちがおぼろげに抱く「マダニの活動が活発な春から秋にかけて野山に入ることで感染しやすく、西日本に多い感染症」というイメージは、半ばアンコンシャスバイアスになっていることを自覚しなければならない。治療薬への期待度一方、過去の本連載でも触れたが、SFTSについては2024年に抗ウイルス薬のファビピラビル(商品名:アビガン)が承認された。この点について萩谷氏は「ウェルカムな部分はあるものの、本当に良いのか?とも思っている」との見解を示した。その理由は▽薬価が1錠3万9,862円で10日間の標準治療(90錠)の薬剤費総額が約360万円▽これまでの臨床試験が単群で投与群の致死率が医師主導治験で17.4%、企業治験で13%にとどまる、からだ。萩谷氏は「今回の承認は既存の対症治療での致死率が最大30%で、それよりも低い致死率を達成したことでアビガンが承認されたと理解している。しかし、十分とは言えないエビデンスの中で360万円の治療を全例に行う気持ちにはなれないのが正直なところ」と話した。いずれにせよ患者報告が拡大する中で、今回の萩谷氏の話はSFTSが思った以上に厄介な疾患であり、決して油断が許されない現状があることを何よりも雄弁に物語っている。 参考 1) 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:感染症発生動向調査週報一覧

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がん治療のICI、コロナワクチン接種でOS改善か/ESMO2025

 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、多くのがん患者の生存期間を延長するが、抗腫瘍免疫応答が抑制されている患者への効果は限定的である。現在、個別化mRNAがんワクチンが開発されており、ICIへの感受性を高めることが知られているが、製造のコストや時間の課題がある。そのようななか、非腫瘍関連抗原をコードするmRNAワクチンも抗腫瘍免疫を誘導するという発見が報告されている。そこで、Adam J. Grippin氏(米国・テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するmRNAワクチンもICIへの感受性を高めるという仮説を立て、後ろ向き研究を実施した。その結果、ICI投与前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチン接種を受けた非小細胞肺がん(NSCLC)患者および悪性黒色腫患者は、全生存期間(OS)や無増悪生存期間(PFS)が改善した。本研究結果は、欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)で発表され、Nature誌オンライン版2025年10月22日号に掲載された1)。 本発表では、切除不能StageIIIまたはStageIVのNSCLC患者884例および転移を有する悪性黒色腫患者210例を対象とし、ICI初回投与の前後100日以内のCOVID-19 mRNAワクチン接種の有無で分類して解析した結果が報告された。また、COVID-19 mRNAワクチン接種が抗腫瘍免疫応答を増強させ得るメカニズムについて、前臨床モデル(マウス)を用いて検討した結果とその考察も紹介された。 主な結果は以下のとおり。【後ろ向きコホート研究】・NSCLC患者(接種群180例、未接種群704例)において、ICI初回投与の前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、StageやPD-L1発現状況にかかわらずOSが延長した。各集団のハザード比(HR)、95%信頼区間(CI)は以下のとおり(全体およびStage別の解析は調整HRを示す)。 全体:0.51、0.37~0.71 StageIII:0.37、0.16~0.89 StageIV:0.52、0.37~0.74 TPS 1%未満:0.53、0.36~0.78 TPS 1~49%:0.48、0.31~0.76 TPS 50%以上:0.55、0.34~0.87・悪性黒色腫患者(接種群43例、未接種群167例)においても、ICI初回投与の前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、OS(調整HR:0.37、95%CI:0.18~0.74)およびPFS(同:0.63、0.40~0.98)が延長した。・NSCLC患者において、生検前100日未満にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、未接種群、100日後以降接種群と比較してPD-L1 TPS平均値が高かった(31%vs.25%vs.22%)。同様に、生検前100日未満にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群はPD-L1 TPS 50%以上の割合も高かった(36%vs.28%vs.25%)。【前臨床モデル】・免疫療法抵抗性NSCLCモデルマウス(Lewis lung carcinoma)と免疫療法抵抗性悪性黒色腫モデルマウス(B16F0)において、COVID-19 mRNAワクチンとICIの併用は、ICI単独と比較して腫瘍体積を縮小した。・COVID-19 mRNAワクチンは、IFN-αの産生を増加させた。・悪性黒色腫モデルマウスにおいて、IFN-αを阻害するとCOVID-19 mRNAワクチンとICIの併用の効果は消失した。・COVID-19 mRNAワクチンは、複数の腫瘍関連抗原について、腫瘍反応性T細胞を誘導した。・COVID-19 mRNAワクチン接種によりCD8陽性T細胞が増加し、腫瘍におけるPD-L1発現も増加した。 COVID-19 mRNAワクチン接種が抗腫瘍免疫応答を増強させ得るメカニズムについて、Grippin氏は「免疫学的にcoldな腫瘍に対して、COVID-19 mRNAワクチンを接種するとIFN-αが急増し、腫瘍局所での自然免疫が活性化される。その活性化により腫瘍反応性T細胞が誘導され、これらが腫瘍に浸潤して腫瘍細胞を攻撃すると、腫瘍はT細胞応答を抑制するためにPD-L1の発現を増加させる。そこで、COVID-19 mRNAワクチンとの併用でICIを投与し、PD-1/PD-L1の相互作用を阻害することで、患者の生存期間の改善が得られるというメカニズムが示された」とまとめた。 なお、今回示された効果を検証するため、無作為化比較試験「Universal Immunization to Fortify Immunotherapy Efficacy and Response(UNIFIER)試験」が計画されている。

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帯状疱疹後神経痛、発症しやすい人の特徴

 帯状疱疹を発症すると、帯状疱疹の皮疹や水疱消失後に帯状疱疹後神経痛(post herpetic neuralgia:PHN)と呼ばれる合併症を伴う場合があり、3ヵ月後で7~25%、6ヵ月後で5~13%の人が発症しているという報告もある1)。今回、中国・Henan Provincial People's HospitalのJing Wang氏らは、PHNの独立した危険因子となる患者背景を明らかにした。Frontiers in Immunology誌2025年10月1日号掲載の報告。 本研究は、PHN高リスク患者の早期発見と予防戦略の最適化支援を目的として、PHNの独立した危険因子を特定するため、PubMed、Embase、Cochrane Libraryを検索。メタ解析にて人口統計学的特徴、臨床症状、治療計画、合併症、ウイルス学的因子などの評価を包括的に分析し、結果の堅牢性を検証するための感度分析も実施した。なお、研究間の異質性はI2統計量とコクランのQ検定を用いて評価し、閾値は低異質性(I2<30%)、中等度の異質性(I2=30~60%)、高異質性(I2>60%)と定義した。 主な結果は以下のとおり。・本システマティックレビューにて36件(前向き研究15件、症例対照研究5件、後ろ向き研究13件、システマティックレビュー3件)が特定され、そのうち24件をメタ解析した。・PHNの独立した危険因子として、以下のものが主に特定された。 ●60歳以上:オッズ比(OR) 1.16(95%信頼区間[CI]:1.15~1.17、高異質性) ●喫煙やアルコール摂取などの生活歴:OR 1.13(95%CI:1.07~1.20、高異質性) ●免疫抑制薬による治療:OR 1.94(95%CI:0.16~23.44、異質性なし) ●糖尿病:OR 1.29(95%CI:1.05~1.60、高異質性) ●慢性閉塞性肺疾患:OR 1.70(95%CI:1.23~2.35、異質性あり) ●高血圧症:OR 1.82(95%CI:1.28~2.58、異質性なし) ●悪性腫瘍:OR 1.99(95%CI:1.07~3.70、異質性なし) ●慢性腎臓病:OR 1.08(95%CI:0.99~1.17、異質性なし)・このほか、重度の発疹、前駆症状としての疼痛、アルコール乱用、検出ウイルス量の高さなども危険因子の可能性を示していた。・一方、性差および社会経済的地位はPHNの発症と有意な関連を示さず、十分なエビデンスが認められなかった(I2>50%、p>0.05)。 研究者らは「帯状疱疹の重症度が急性疼痛の強さとともにPHNの重要な危険因子であり、また、上記の危険因子以外にも新型コロナウイルスが潜在的な危険因子となる可能性があるため、さらなる調査が必要である」としている。

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世界最高齢者の長生きの秘密とは?

 マリア・ブラニャス・モレラ(Maria Branyas Morera)さんは、2024年8月19日に117歳で亡くなった当時、世界最高齢者であった。彼女は一つの情熱的な願いを抱いてこの世を去った。バルセロナ大学(スペイン)医学部遺伝学科長のManel Esteller氏は、「ブラニャスさんはわれわれに、『私を研究してください。そうすれば他の人を助けることができます』と言った。彼女のその希望は現実となった」と話す。Esteller氏らがブラニャスさんについて包括的な分析を行った結果、ブラニャスさんには、健康的なライフスタイル、微生物叢内の有益なバクテリア、長寿に関連する遺伝子など多くの利点があったことが判明した。この研究の詳細は、「Cell Reports Medicine」に9月24日掲載された。 Esteller氏は、「健康的な老化は、何か一つの大きな特徴が関与するのではなく、むしろ、多くの小さな要因が相乗的に作用する、非常に個人差のあるプロセスであることが分かった。不健康な老化ではなく、健康的な老化につながる特徴をこれほど明確に示すことができたことは、将来、老若男女を問わず全ての人にとって有益になると思われる」と述べている。 ブラニャスさんは、1907年3月4日に米サンフランシスコで生まれ、8歳のときにスペインに移住した。彼女は2つの世界大戦、スペイン内戦、そして、スペイン風邪と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の2つのパンデミックを生き延びた。事実、ブラニャスさんは113歳のときにCOVID-19に罹患したが、完全回復した。 研究グループは、ブラニャスさんの健康と長寿は、彼女のライフスタイルによるところが大きいと話す。彼女は地中海式ダイエットを実践し、脂肪や加工糖を過剰に摂取しないよう気を付けていたし、タバコやアルコールも一切摂取しなかった。高齢で歩行が困難になるまでは、定期的にウォーキングも行っていた。 血液サンプルの解析からは、極端に短いテロメアや炎症傾向の強い免疫系、高齢化したBリンパ球の集団など、明確な老化の兆候が見られた。一方で、ゲノム解析の結果、ブラニャスさんには他のヨーロッパ人には見られないまれな遺伝子変異が存在することが明らかになった。これらの変異は、免疫機能、認知機能、心機能、神経保護、脂質代謝などの経路に関与しており、これがブラニャスさんの高コレステロール、心臓病、がん、認知症などのリスクを低下させた可能性がある。 また、ブラニャスさんの腸内細菌叢には、抗炎症作用を持つ有益なビフィズス菌が豊富に含まれていたことも判明した。炎症は老化を促進する要因の一つである。研究グループによると、ブラニャスさんは、食生活の一環としてヨーグルトを多く摂取していたという。さらに、エピジェネティック解析によって測定されたブラニャスさんの生物学的年齢は実年齢よりも大幅に若いことも明らかになった。 Esteller氏は、「われわれの研究結果は、多くの高齢者がより長く、より健康的な生活を送る上で有益となり得る要因を特定するのに役立つ。例えば、健康長寿に関連する特定の遺伝子が判明したことから、これらが医薬品開発の新たなターゲットとなる可能性がある」と述べている。 ただし、本研究には関与していない米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のImmaculata De Vivo氏は、「1人の人間の人生から確かな結論を導き出すのはほぼ不可能だ。大規模でよく管理された集団研究とは対照的に、個々の症例の結果を解釈する際には、常に注意することが重要だ」と述べ、慎重な解釈を求めている。同氏は、「遺伝子やライフスタイルは健康に役立つかもしれないが、病気の原因は一般的に絶対的なものではなく確率の問題だ」と指摘し、ブラニャスさんと同程度に長生きするには、ある程度の幸運も必要なことをほのめかしている。

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免疫性血小板減少症への新治療薬による診療戦略/SOBI

 希少・難治性疾患治療に特化し、ストックホルムに本社を置くバイオ医薬品企業のSwedish Orphan Biovitrum Japan(SOBI)は、アバトロンボパグ(商品名:ドプテレット)が新たな適応として「持続性および慢性免疫性血小板減少症」の追加承認を取得したことに合わせ、都内でメディアセミナーを開催した。セミナーでは、免疫性血小板減少症(ITP)の診療に関する講演や同社の今後の展望などが説明された。約2万例の患者が推定されるITP はじめに「免疫性血小板減少症について」をテーマに、加藤 亘氏(大阪大学医学部附属病院輸血・細胞療法部 部長)が、本症の概要を説明した。 出血時の止血に重要な役割を担う血小板は、巨核球が血管内に行くことで血小板となり、体内で約7~10日間活動する。正常15~35万/μLの血小板数があり、10万/μL以下で血小板減少症、1万/μL以下では重篤な出血症状を呈する。そして、ITPは血液中の血小板が免疫により減少する疾患である。症状としては、皮膚の紫斑、粘膜出血などの出血症状の繰り返しがあり、健康な人よりもわずかに高い死亡率となる。 また、近年の研究からITPは血小板に対する自己抗体によって起こる自己免疫疾患とされ、「特発性」という言葉から「免疫性」に変更された。 わが国には約2万例の患者が推定され、毎年約3,000例が新規発症しており、その半数は高齢者である。本症は、指定難病であり、小児慢性特定疾患であるが、医療費助成の対象はステージ2以上の比較的重症の患者となっており、特定医療費受給者証所持者数は2023年時点で約1万7,000人となっている。 難病申請データに基づくITPの出血症状としては、紫斑が88.2%、歯肉出血が26.8%、鼻出血が18.1%の順で多く、その症状は血小板減少の程度、年齢と相関する。とくに血小板数1~1.5万/μL、60歳以上では重篤な出血リスクが増大するといわれている1)。 ITPの治療戦略としては、(1)リンパ球による抗血小板自己抗体の産生抑制、(2)破壊される以上に血小板を多く産生する、の2つがあり、治療の流れとしては『成人特発性血小板減少性紫斑病 治療の参照ガイド 2019改訂版』により治療が行われる(わが国独自の治療にピロリ菌除去療法がある)。 治療目標は、血小板を正常に戻すことではなく、重篤な出血を予防することであり、治療薬の副作用による患者QOLの低下を考慮し、過剰な長期投与は避けることとされている。 本症の1次療法としては、副腎皮質ステロイド療法が行われる。次に1次療法で効果がみられない場合、2次療法としてトロンボポエチン受容体作動薬(TPO-RA)、リツキシマブ、脾臓摘出術などが考慮される。2次療法については大きな優劣はなく、ただ、近年では脾臓摘出術はほぼ行われていない。 わが国でのITP治療薬の使用状況について、2015~21年で比較すると、TPO-RAが35.71%から61.37%へと増加し、リツキシマブも0%から3.3%へと増加したという報告がある2)。 多く使用されているTPO-RAは奏効率は高いものの、長期使用の場合は肝機能障害などの副作用の課題もある。治療の選択では、各治療の特徴を踏まえ、患者の希望・背景に合わせた治療選択が望まれる。 また、現在、解決が必要とされる課題として5つが指摘されている。(1)治療薬の使い分け、併用法(2)完治を目指す治療の開発(3)妊娠中、出産時の血小板数コントロール(4)出血症状、血小板数の改善のみではなく、症例ごとのQOLに配慮した治療・薬剤選択(5)ITP診断の改善(特異的な診断法開発の必要性)約6割のITP患者に投与8日以内で反応あり 今回、アバトロンボパグは新たな適応である「持続性および慢性免疫性血小板減少症」の承認を2025年8月25日に取得した。適応追加に係るわが国での第III相試験は、慢性ITPの患者19例を対象に、26週間の投与期間中に救援療法なしに血小板反応(血小板≧50×109/L)が得られた累積週数を主要評価として行われた。試験対象者の平均年齢は56.0歳で、女性が78.9%だった。 試験の結果、血小板反応(≧50×109/L)について、26週間の投与期間中、臨床的に意義のある累積週数の基準(閾値:8.02週)を達成し、患者の63.2%が8日以内に反応を示した。安全性では、治療に関係する重篤な有害事象はなく、一般的な有害事象として、新型コロナウイルス感染症、上気道感染症、鼻咽頭炎などが報告された。 最後に加藤氏は、「アバトロンボパグは慢性ITPを有する日本人成人患者に対し有効であった。安全性・忍容性も良好で、海外の主要な第III相試験3)および中国の患者の第III相試験4)と同様の血小板反応を日本人でも示した。長期的な有効性と安全性は、現在進行中の延長期で評価をする予定」と展望を述べ、講演を終えた。 同社では、今後新たに5つの希少疾患に対する製品の上市を目指しており、「これらの薬剤を早く日本の患者さんに届けられることを使命とし、希少疾患薬におけるドラッグラグやドラッグロスという問題の解決の一助となるようにしていきたい」と抱負を語っている。

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1950~2023年の年齢・男女別の死亡率の推移~世界疾病負担研究/Lancet

 米国・ワシントン大学のAustin E. Schumacher氏らGBD 2023 Demographics Collaboratorsは人口統計学的分析(世界疾病負担研究[Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study:GBD]2023)において、(1)サハラ以南のアフリカの大部分の地域における死亡率が前回の分析とは異なっており、青年期と若年成人女性ではより高く、高齢期では低いことを示し、(2)2020~23年のCOVID-19の世界的流行期と回復期には、死亡率の傾向が多様化し、その変動の時期と程度が国によって著しく異なると明らかにした。Lancet誌2025年10月18日号掲載の報告。分析に新たなモデル「OneMod」を導入 GBDでは、過去数年単位の全死因死亡や平均余命などの健康指標を、世界各国で比較可能な状態で提示し、定期的に更新している。現在のGBD 2023はGBD 2021を直接引き継ぐ調査であり、1950~2023年の各年の、204の国と地域、660の地方自治体の人口統計学的分析結果を報告している(ビル&メリンダ・ゲイツ財団の助成を受けた)。 また、GBD 2023では、GBD 2021とは異なる分析結果も導出されているが、これはOneModと呼ばれるより簡潔で透明性が高い新たなモデルを開発・適用するとともに、より時宜を得た情報提供を可能とする工夫がなされたためと考えられる。東アジアで5歳未満児死亡率が大きく減少 2023年に、世界で6,010万人(95%不確実性区間[UI]:5,900万~6,110万)が死亡し、そのうち467万人(95%UI:459万~475万)が5歳未満の小児であった。また、1950年以降の著しい人口増加と高齢化によって、1950~2023年に世界の年間死亡者数は35.2%(95%UI:32.2~38.4)増加し、年齢標準化全死因死亡率は66.6%(65.8~67.3)減少した。 2011~23年の年齢別死亡率の推移は、年齢および地域で異なっていた。(1)5歳未満児死亡率の減少が最も大きかったは、東アジアであった(67.7%の減少)。(2)5~14歳、25~29歳、30~39歳の死亡率増加が最も大きかったのは、高所得地域である北米であった(それぞれ11.5%、31.7%、49.9%の増加)。また、(3)15~19歳および20~24歳の死亡率増加が最も大きかったのは、東ヨーロッパだった(それぞれ53.9%、40.1%の増加)。 今回の分析では、サハラ以南アフリカ諸国の死亡率が前回の分析結果とは異なることが示された。(1)5~14歳の死亡率は前回の推定値を上回り、1950~2021年の国と地域の平均で、GBD 2021に比べGBD 2023で87.3%高く、同様に15~29歳の女性では61.2%高かった。一方、(2)50歳以上では、前回の推定値より死亡率が13.2%低かった。これらのデータは、分析におけるモデリング手法の進歩を反映していると考えられる。COVID-19で平均寿命が短縮、その後回復 調査期間中の世界の平均寿命は、次の3つの明確な傾向を示した。(1)1950~2019年にかけて、平均寿命の著しい改善を認めた。1950年の女性51.2歳(95%UI:50.6~51.7)、男性47.9歳(47.4~48.4)から、2019年には女性76.3歳(76.2~76.4)、男性71.4歳(71.3~71.5)へとそれぞれ延長した。(2)この期間の後、COVID-19の世界的流行により平均寿命は短縮し、2021年には女性74.7歳(95%UI:74.6~74.8)、男性69.3歳(69.2~69.4)となった。(3)2022年と2023年にはCOVID-19の世界的流行後の回復期が訪れ、2023年には平均寿命がほぼ世界的流行前(2019年)の水準(女性76.3歳[95%UI:76.0~76.6]、男性71.5歳[71.2~71.8])に復した。健康アウトカムの世界的な多様性を確認 204の国と地域のうち194(95.1%)が、2023年までに年齢標準化死亡率に関してCOVID-19の世界的流行後の少なくとも部分的な回復を経験し、126(61.8%)は世界的流行前の水準まで回復するか、それを下回っていた。 世界的流行の期間中およびその後の死亡率の推移には、国と地域で異なる複数のパターンがみられた。また、長期的な死亡率の傾向も年齢や地域によって大きく異なり、健康アウトカムの世界的な多様性が示された。 著者は、「これらの知見は、世界各国の健康施策の策定、実施、評価に資するものであり、医療の体制、経済、社会が世界の最も重要なニーズへの対応に備えるための有益な基盤となる」としている。

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第266回 インフルエンザ前週比1.4倍増で全国急拡大、マイコプラズマ肺炎も増加/厚労省

<先週の動き> 1.インフルエンザ前週比1.4倍増で全国急拡大、マイコプラズマ肺炎も増加/厚労省 2.高市新政権、医療機関や介護施設に支援を、報酬改定待たず措置へ/政府 3.医師臨床研修マッチング、大学病院の人気は過去最低、都市集中続く/厚労省 4.出産費用の地域差24万円 妊婦支援と医療機関維持の両立課題に/厚労省 5.高額療養費制度、70歳以上の3割負担拡大や外来特例見直しが俎上に/厚労省 6.希少がんで死去した大学生のSNS投稿が原動力に、「追悼寄付」が医療研究を支援/がん研ほか 1.インフルエンザ前週比1.4倍増で全国急拡大、マイコプラズマ肺炎も増加/厚労省全国で例年に比べて1ヵ月以上早く、インフルエンザの感染が急速に拡大しており、これに加えてマイコプラズマ肺炎も患者数を増やしていることから、医療機関と地域社会は複合的な感染症の流行に直面し、警戒を強めている。厚生労働省が発表したデータによると、10月19日までの1週間におけるインフルエンザ患者数は全国で1万2,576人に達し、前週比でおよそ1.4倍に急増した。定点医療機関当たりの報告数は3.26人と増加し、37都道府県で増加が確認されている。とくに、沖縄県(15.04人)が突出しているほか、首都圏では千葉県(6.99人)、埼玉県(6.23人)、神奈川県(5.62人)、東京都(5.59人)といった大都市圏で高い水準で感染が拡大している。東京都では、10月19日までの1週間に、休校や学級閉鎖などの措置をとった施設が71施設にのぼり、これは去年の同じ時期の6倍以上に急増した。また、愛知県(定点当たり1.44人)や滋賀県(同1.38人)では、昨年より約1ヵ月早い流行期入りが発表され、全国的な早期かつ大規模な流行が懸念されている。さらに、子供に多いマイコプラズマ肺炎も患者数が増加している。10月12日までの1週間で定点医療機関当たり1.53人と5週連続で増加しており、秋田県(8.25人)、群馬県(4.22人)などで報告が目立っている。専門家は、過去の流行状況を踏まえ、これからさらに患者が増え、大きな流行になる可能性が高いと分析している。とくに、ぜんそく発作の経験がある患者は、症状の再発に注意が必要となる。新潟県では、インフルエンザに加えてマイコプラズマ肺炎の感染者が2週連続で増加しており、複数の感染症が同時流行する「トリプル流行」の懸念が現実のものとなっている。医療現場では、小児に対し注射の痛みがなく接種回数が少ない鼻腔スプレー型インフルエンザワクチンの接種希望者が増えるなど、予防策への関心が高まっている。厚労省や各自治体は、手洗いやマスク着用などの基本的な感染対策の徹底、およびインフルエンザワクチンの早めの接種を強く呼びかけている。 参考 1) インフルエンザ・新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数の推移(厚労省) 2) インフルエンザ患者数 前週比1.4倍増 37都道府県で増加(NHK) 3) マイコプラズマ肺炎 患者増加 “大きな流行の可能性 対策を”(同) 4) 都内のインフル定点報告5.59人、前週比17.2%増 臨時休業の学校など計244カ所(CB news) 2.高市新政権、医療機関や介護施設に支援を、報酬改定待たず措置へ/政府高市 早苗首相は10月24日の所信表明演説で、経営難に陥る医療機関や介護施設を対象に、診療報酬・介護報酬の改定を待たずに補助金を措置する方針を表明した。物価高や人件費上昇への対応を急ぎ、経営改善と職員処遇の改善効果を「前倒し」する狙い。年内に経済対策を策定し、補正予算案を今国会に提出する考えを示した。高市首相は、国民が安心して医療・介護サービスを受けられる体制を維持するためには「待ったなしの支援が必要」と強調。報酬改定にも物価高や賃上げ分を適切に反映させると述べた。また、給付と負担の見直しに向け、超党派の「国民会議」を新設し、税と社会保障の一体改革を進めるとした。現役世代の保険料負担を抑えるため、OTC類似薬の保険給付見直しや応能負担の徹底を検討する。一方、厚生労働大臣に就任した上野 賢一郎氏は、医療・介護現場の経営や処遇改善策を経済対策・補正予算に盛り込む方針を示した。物価高騰で医療機関の6割超が赤字に陥る中、日本医師会も早期の補正成立を要望している。上野氏は「創薬力の強化」「薬価の安定供給」を課題に挙げ、ドラッグロス解消や製薬産業の競争力強化を推進するとした。新政権は自民党と日本維新の会の連立により発足。現役世代の社会保険料率引き下げや、病院・介護施設の経営改善を柱とする社会保障改革を掲げる。高齢者の外来特例や高額療養費制度の見直しも議論が進む見通しで、持続可能な制度と公平な負担の両立が今後の焦点となる。 参考 1) 新政権の社会保障改革 現役世代の負担軽減はどうなる(NHK) 2) 高市首相、医療経営支援「補助金を措置」所信表明 介護施設も 報酬改定待たずに(CB news) 3) 新厚労相の上野氏「処遇改善や経営改善支援のための施策を経済対策や補正予算に盛り込む」(日経メディカル) 4) 高市首相、診療報酬・介護報酬に「物価高を反映」 所信表明 補助金支給で「効果を前倒し」(Joint) 5) 高市内閣発足 「病院、介護経営を好転へ」 社会保障改革で協議体(福祉新聞) 3.医師臨床研修マッチング、大学病院の人気は過去最低、都市集中続く/厚労省2025年度の医師臨床研修マッチング最終結果が10月23日に公表され、内定者数は8,910人(前年度比152人減)、内定率は92.3%だった。募集定員は1万527人、希望登録者は9,651人。大学病院本院の充足率100%は81大学中12大学にとどまり、前年度から7大学減少した。フルマッチとなったのは京都大、京都府立医科大、順天堂大、北里大、関西医科大など都市部中心で、地方大学では充足率が3割未満の大学もあり、弘前大はマッチ者ゼロだった。全体では市中病院志向が続き、大学病院に進む医学生の割合は35.2%と過去最低を更新。第1希望でマッチした割合も60.6%に減少し、2016年度から約20ポイント低下した。背景には、働き方改革を受けた労働環境や給与・QOLを重視する傾向の強まりがある。一方、厚労省は医師偏在対策として新設した「広域連携型プログラム」を導入し、医師多数県と少数県をまたぐ研修を促進。東京大、京都府立医科大などで定員を満たす成果もみられた。人気集中が続く都市部と地方の格差は依然大きく、研修医の分布と質の均衡が今後の課題となる。 参考 1) 令和7年度の医師臨床研修マッチング結果をお知らせします(厚労省) 2) 2025年度 研修プログラム別マッチング結果[2025/10/23現在](JRMP) 3) 医師臨床研修マッチング内定者152人減 25年度は計8,910人(CB news) 4) 市中病院にマッチした医学生は64.8% マッチング最終結果、大学病院のフルマッチは12施設(日経メディカル) 5) あの病院はなぜ人気? 臨床研修マッチング2025(同) 4.出産費用の地域差24万円 妊婦支援と医療機関維持の両立課題に/厚労省厚生労働省は10月23日、社会保障審議会の医療保険部会を開き、出産費用の上昇や地域格差を踏まえ、出産費用の無償化と周産期医療の集約化を柱とする制度改革の検討を開始した。厚労省側は、2026年度を目途に正常分娩費用の自己負担をなくす方向で、今冬に給付体系の骨格をまとめる方針を示した。2024年度の平均出産費用は51万9,805円で、出産育児一時金(50万円)を上回る。東京と熊本では約24万円の地域差があり、物価高騰や人件費上昇を背景に、費用は年々増加傾向にある。無償化には妊婦の負担軽減への期待が高まる一方、分娩を担う一次施設や地方の産科医院の経営悪化を懸念する声も強い。日本産婦人科医会の石渡 勇会長は「地域の一次施設を守る観点で制度設計を」と訴え、日本医師会の城守 国斗常任理事も「診療所の崩壊は産科医療の瓦解につながる」と慎重な議論を求めた。厚労省は、施設の経営実態に十分配慮しつつ、標準的出産費用の「見える化」と「標準化」を進める。一方、出産を取り扱う医療機関は減少しており、周産期医療体制の維持が困難な地域が増えている。このため厚労省は「小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ」を10月23日に開き、ハイリスク妊婦以外も含めた周産期医療の集約化を検討し、遠方で出産する妊婦の交通費や宿泊費への支援、宿泊施設や家族支援の整備、島しょ部での夜間搬送体制強化などを論点に掲げた。出産費用の上昇、地域格差、分娩施設の減少という3重の課題に対し、妊婦支援と医療機関支援を両立させる制度設計が求められている。 参考 1) 医療保険制度における出産に対する支援の強化について(厚労省) 2) 小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ(同) 3) 周産期医療の集約化で妊婦への支援を検討 移動に伴う交通費・宿泊費など含め 厚労省(CB news) 4) 出産への給付体系、今冬に骨格取りまとめ 厚労省(同) 5) 平均出産費用、1.3万円増加 都道府県間で24万円の差-厚労省(時事通信) 6) 24年度出産費用、平均52万円 上昇続き家計の負担増(共同通信) 5.高額療養費制度、70歳以上の3割負担拡大や外来特例見直しが俎上に/厚労省厚生労働省は10月23日、医療保険部会を開き、70歳以上の窓口負担や高額療養費制度の見直しに関する議論を本格的に開始した。少子高齢化による医療費増大と現役世代の保険料負担の偏りを踏まえ、「年齢ではなく支払い能力に応じた公平な負担(応能負担)」を制度の柱に据える。部会では、「(1)医療費増大への対応、(2)年齢を問わない応能負担、(3)セーフティネットとしての高額療養費制度のあり方」の3点を中心に、年内に方向性をまとめる方針が示された。具体的には、70歳以上で3割負担となる現役並み所得の範囲拡大、75歳以上の外来特例の見直し、所得区分の細分化などが論点となる。高齢者ほど医療費が高い一方で、自己負担は低く抑えられており、世代間・世代内の公平性確保を求める意見が相次いだ。一方で、低所得者や長期療養患者への配慮を求める声も強く、超高額薬のコストを患者に転嫁すべきでないとの懸念も示された。高額療養費は年間約3兆円規模で、財政抑制や現役世代の負担軽減効果が焦点となる。制度改正は自民・維新連立政権の「応能負担強化」方針に合致しており、持続可能性と医療アクセス維持の両立が医療界の注目点となっている。 参考 1) 第5回「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」(厚労省) 2) 高齢者の医療費負担、「3割」対象者拡大へ議論本格化…年内に方向性まとめる方針(読売新聞) 3) 支払い能力に応じた医療費負担を 70歳以上見直しで厚労省部会(共同通信) 4) 高齢者の医療費窓口負担、3割の対象拡大も含め議論へ(朝日新聞) 5) 高齢者医療の負担の議論開始、医療保険部会 現役世代の負担減求める意見相次ぐ(CB news) 6) がん患者の家計を医療費が圧迫、厚労省が事例示す 高額療養費利用しても「その他支出」の半分超(同) 7) 高額療養費は「長期療養患者、高額医薬品使用患者」で大きな恩恵受けるが、低所得者は現行制度下でも「重い負担」-高額療養費専門委員会(Gem Med) 6.希少がんで死去した大学生のSNS投稿が原動力に、「追悼寄付」が医療研究を支援/がん研ほか「グエー死んだンゴ」というわずか8文字の投稿が、若くしてがんのため亡くなった北海道大学の元学生、中山 奏琉氏(22歳)の「最期のユーモア」としてX(旧ツイッター)上で大きな波紋を広げ、がん研究機関への「追悼寄付」のムーブメントを巻き起こしている。中山氏は、新規患者が年間20人ほどの希少がん「類上皮肉腫」に罹患し、闘病。亡くなる直前に予約投稿したとみられるこのメッセージは3億回以上閲覧され、これをみた面識のない多くのネットユーザーが「香典代わりに」と、がん研究会や国立がん研究センターへ寄付を始めた。がん研究会では、投稿から5日間で1,431件、数百万円の寄付が集中し、これは平常時の半年分以上に相当する。寄付には「Xのポストを見て」「香典代わりに」といったメッセージが多数添えられ、国立がん研究センターでも寄付件数が急増し、受付番号からは1万件近い寄付があったと推定されている。この現象について専門家は、故人を偲ぶ「追悼寄付」の1つの形であり、ネット文化の中で共感を覚えた人々が感動を「寄付」という具体的な行動で示したものと分析している。中山氏の父親は、息子が治療の手立てが一切ない病気と闘った経験から、「息子のような人が減るよう、治療が難しい病気の研究が進めば」と、支援の輪の広がりを心から歓迎し、感謝を述べている。SNS上の「最期のメッセージ」が、医療研究の新たな支援の形を生み出し、希少がんを含む難病研究への社会の関心を高める契機となっている。 参考 1) 両親も知らなかった「死んだンゴ」 がんで死去した津別の元北大生・中山さん最期の日々 がん研究機関への寄付急増(北海道新聞) 2) 「グエー死んだンゴ」8文字からの寄付の輪 遺族「がん研究進めば」(朝日新聞) 3) 「グエー死んだンゴ」「香典代わりに」 がん患者最期の投稿きっかけ、研究拠点に寄付殺到(産経新聞) 4) 「グエー」、臨終のユーモアがネット揺さぶる 死の間際に投稿予約?がん研究機関に「香典」続々(時事通信)

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第285回 コロナワクチンがICI治療のOSを有意に延長

INDEXええええ!ESMO2025のProffered Paper session新型コロナmRNAワクチンへの新たな期待ええええ!ここ半月以上、自民党の総裁選とそれに伴う政局のドタバタに振り回されてしまい、何とも言えないもどかしさを感じている。本来ならばコロナ禍の影響を受けて、今やオンラインでも視聴可能になった欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)にプレス登録して聴講するはずだったが、その機会も逃してしまった。とはいえ、悔しいのでここ数日、時間を見つけては同学会の抄録を眺めていたが、その中で個人的に「ええええ!」と思う発表を見つけた。演題のタイトルは「SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumors to immune checkpoint blockade」。端的に結論を言えば、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のワクチン接種が免疫チェックポイント阻害薬による抗腫瘍効果を高める可能性の研究1)だ。抄録ベースだが、この研究内容を取り上げてみたい。ESMO2025のProffered Paper session発表者は米国・テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのAdam J. Grippin氏である。mRNA関連創薬は、もともとはがんをターゲットとした治療ワクチンの開発を主軸としていて、米国・モデルナ社もこの路線でのパイプラインが形成され、たまたまコロナ禍が起きたことで、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンという形で日の目を見たことはよく知られている。Grippin氏らは、mRNAがんワクチンの研究から、同ワクチンが炎症性サイトカインへの刺激を通じて免疫チェックポイント阻害薬の抗腫瘍効果の増強が得られることをヒントに、「もしかしたらがんに非特異的なmRNAワクチンでも同様の効果が得られるのではないか」と考えたらしい。そこで同センターで2017年1月~2022年9月までに生検で確定診断を受けた非小細胞肺がん(NSCLC)、2019年1月~2022年12月までに治療を受けた悪性黒色腫の臨床データを抽出し、カプランマイヤー曲線、傾向スコアマッチング、およびCox比例ハザード回帰モデルを利用して全生存期間(OS)を評価したとのこと。ちなみに抄録レベルでは症例数は未記載だが、MDアンダーソンがんセンターのレベルでいい加減な臨床研究の可能性は低い。実際、抄録では研究にあたって同センターの倫理審査委員会の承認を受けていることが記載されている。その結果によると、免疫チェックポイント阻害薬による治療開始から100日以内の新型コロナmRNAワクチン接種有無で比較したOS中央値は、NSCLCで非接種群が20.6ヵ月、接種群が37.3ヵ月。3年OS率は非接種群が30.6%、接種群が55.8%だった。調整ハザード比[HR]は0.51(95%信頼区間[CI]:0.37~0.71、p<0.0001)であり、有意差が認められた。また、悪性黒色腫ではOS中央値は非接種群が26.67ヵ月、接種群が未到達。3年OS率は非接種群が44.1%、接種群が67.5%。調整HRは0.34(95%CI:0.17~0.69、p=0.0029)でこちらも有意なOS延長が認められたという。新型コロナmRNAワクチンへの新たな期待研究は明らかに後ろ向きではあるが、NSCLCでOS中央値が10ヵ月も違うことに個人的には正直驚きを隠せない。しかも、抄録によると、NSCLCではPD-L1検査(TPS)で低発現(TPS<1%)の症例でも新型コロナmRNAワクチン接種によるOSの延長効果が認められたとある。また、動物モデルでは、新型コロナmRNAワクチン接種によりI型インターフェロンの急増が誘発され、複数のがん抗原を標的とするCD8陽性T細胞のプライミングとがん細胞のPD-L1発現を上方制御することがわかった。さらに複数の動物がんモデルでも新型コロナmRNAワクチンと免疫チェックポイント阻害薬の併用で、免疫チェックポイント阻害薬の効果増強を確認したという。いずれにせよこの研究結果を見る限り、がんに特異的ではない新型コロナmRNAワクチンががん特異的抗原の発現を促すということになる。現在、モデルナは日本国内でもNSCLCと悪性黒色腫の個別化がん治療ワクチンの臨床試験中だが、今回の研究で示された可能性が前向き試験でも確認されれば、結構安上がり(あくまで個別化がん治療ワクチンや昨今発売された各種がんの治療薬との比較だが)ながん治療になるのではないか。個人的にはそこそこ以上に期待してしまうのだが。1)Grippin AJ, et al. Nature. 2025 Oct 22. [Epub ahead of print]

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世界の死亡パターン、過去30年の傾向と特徴/Lancet

 米国・ワシントン大学のMohsen Naghavi氏ら世界疾病負担研究(Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study:GBD)2023 Causes of Death Collaboratorsは、過去30年の世界における死亡のパターンを、改善された推定法を用いて調査し、COVID-19パンデミックのような重大イベントの影響、さらには低所得地域での非感染性疾患(NCD)の増加といった世界で疫学的転換が進んでいることを反映した、より広範な分野にわたる傾向を明らかにした。死因の定量化は、人々の健康を改善する効果的な戦略開発に向けた基礎的な段階である。GBDは、世界の死因を時代を超えて包括的かつ体系的に解析した結果を提供するものであり、GBD 2023では年齢と死因の関連の理解を深めることを目的として、70歳未満で死亡する確率(70q0)と死因別および性別の平均死亡年齢の定量化が行われた。Lancet誌2025年10月18日号掲載の報告。1990~2023年の292の死因について定量化 GBD 2023では、1990~2023年の各年について、204の国と地域および660のサブナショナル(地方政府)地域における年齢・性別・居住地・暦年ごとに分類した292の死因の推定値を算出した。 ほとんどの死因別死亡率の算出には、GBDのために開発されたモデリングツール「Cause of Death Ensemble model:CODEm」が用いられた。また、損失生存年数(YLL)、死亡確率、死亡時平均年齢、死亡時観測年齢および推定平均年齢も算出した。結果は件数と年齢標準化率で報告された。 GBD 2023における死因推定法の改善点は、COVID-19による死亡の誤分類の修正、COVID-19推定法のアップデート、CODEmモデリングフレームワークのアップデートなどであった。 解析には5万5,761のデータソースが用いられ、人口動態登録および口頭剖検データとともに、サーベイ、国勢調査、サーベイランスシステム、がん登録などのデータが含まれている。GBD 2023では、以前のGBDに使用されたデータに加えて、新たに312ヵ国年の人口動態登録の死因データ、3ヵ国年のサーベイランスデータ、51ヵ国年の口頭剖検データ、144ヵ国年のその他のタイプのデータが追加された。死因トップは2021年のみCOVID-19、時系列的には虚血性心疾患と脳卒中が上位2つ COVID-19パンデミックの初期数年は、長年にわたる世界の主要な死因順位に入れ替わりが起き、2021年にはCOVID-19が、世界の主要なレベル3のGBD死因分類の第1位であった。2023年には、COVID-19は同20位に落ち込み、上位2つの主要な死因は時系列的には典型的な順位(すなわち虚血性心疾患と脳卒中)に戻っていた。 虚血性心疾患と脳卒中は主要な死因のままであるが、世界的に年齢標準化死亡率の低下が進んでいた。他の4つの主要な死因(下痢性疾患、結核、胃がん、麻疹)も本研究対象の30年間で世界的に年齢標準化死亡率が大きく低下していた。その他の死因、とくに一部の地域では紛争やテロによる死因について、男女間で異なるパターンがみられた。 年齢標準化率でみたYLLは、新生児疾患についてかなりの減少が起きていた。それにもかかわらず、COVID-19が一時的に主要な死因になった2021年を除き、新生児疾患は世界のYLLの主要な要因であった。1990年と比較して、多くのワクチンで予防可能な疾患、とりわけジフテリア、百日咳、破傷風、麻疹で、総YLLは著しく低下していた。死亡時平均年齢、70q0は、性別や地域で大きくばらつき 加えて本研究では、全死因死亡率と死因別死亡率の平均死亡年齢を定量化し、性別および地域によって注目すべき違いがあることが判明した。 世界全体の全死因死亡時平均年齢は、1990年の46.8歳(95%不確実性区間[UI]:46.6~47.0)から2023年には63.4歳(63.1~63.7)に上昇した。男性では、1990年45.4歳(45.1~45.7)から2023年61.2歳(60.7~61.6)に、女性は同48.5歳(48.1~48.8)から65.9歳(65.5~66.3)に上昇した。2023年の全死因死亡平均年齢が最も高かったのは高所得super-regionで、女性は80.9歳(80.9~81.0)、男性は74.8歳(74.8~74.9)に達していた。対照的に、全死因死亡時平均年齢が最も低かったのはサハラ以南のアフリカ諸国で、2023年において女性は38.0歳(37.5~38.4)、男性は35.6歳(35.2~35.9)だった。 全死因70q0は、2000年から2023年にかけて、すべてのGBD super-region・region全体で低下していたが、それらの間で大きなばらつきがあることが認められた。 女性は、薬物使用障害、紛争およびテロリズムにより70q0が著しく上昇していることが明らかになった。男性の70q0上昇の主要な要因には、薬物使用障害とともに糖尿病も含まれていた。サハラ以南のアフリカ諸国では、多くのNCDについて70q0の上昇がみられた。また、NCDによる死亡時平均年齢は、全体では予測値よりも低かった。対象的に高所得super-regionでは薬物使用障害による70q0の上昇がみられたが、観測された死亡時平均年齢は予測値よりも低年齢であった。

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2024~25コロナワクチンの重症化予防効果/NEJM

 2024~25年新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン接種は、重度臨床アウトカムのリスク低下と関連していたことが、米国・Veterans Affairs(VA)St. Louis Health Care SystemのMiao Cai氏らによる退役軍人を対象としたコホート研究の結果で示された。SARS-CoV-2感染症の臨床的重症度が低下し、COVID-19ワクチンの一般接種率は毎年減少傾向にあり、臨床的に重要なアウトカムに対するワクチンの有効性に関する新たなエビデンスが必要とされていた。NEJM誌オンライン版2025年10月8日号掲載の報告。COVID-19ワクチンとインフルエンザワクチンの同日接種vs.インフルエンザワクチン単独接種を比較 研究グループは、退役軍人省の電子医療データベースを用いて無作為化比較試験を模倣した観察研究を実施した。 対象は、2024年9月3日~12月31日にVA医療機関を受診した18歳以上の退役軍人で、2024~25年COVID-19ワクチンとインフルエンザワクチンを同日に接種した人(16万4,132例)と、インフルエンザワクチンのみを接種した人(13万1,839例)。被験者を最長180日間またはアウトカム発生のいずれか早いほうまで追跡した。 主要アウトカムは、COVID-19関連救急外来受診、COVID-19関連入院、およびCOVID-19関連死の複合とした。 逆確率加重法により介入群と対照群のベースラインの差を補正し、6ヵ月時点におけるアウトカムのリスク(1万人当たり)をロジットリンクと二項分布を用いた重み付け一般化推定方程式を用いて推定し、ワクチンの有効性(1-リスク比)を算出した。COVID-19ワクチン接種で、COVID-19関連救急外来受診・入院・死亡のリスクが減少 6ヵ月追跡時点で、COVID-19ワクチンの推定有効率(接種群vs.非接種群)はCOVID-19関連救急外来受診に関して29.3%(95%信頼区間[CI]:19.1~39.2、1万人当たりのリスク差:18.3、95%CI:10.8~27.6)、COVID-19関連入院に関して39.2%(21.6~54.5、7.5、3.4~13.0)、COVID-19関連死に関して64.0%(23.0~85.8、2.2、0.5~6.9)であった。 また、複合アウトカムに対するCOVID-19ワクチンの推定有効率は28.3%(95%CI:18.2~38.2、1万人当たりのリスク差:18.2、95%CI:10.7~27.5)であった。 COVID-19ワクチンによるアウトカムのリスク低下は、年齢(65歳未満、65~75歳、75歳以上)、主要な併存疾患の有無、および免疫状態の事前に規定されたサブグループのすべてにおいて一貫して認められた。

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米国で「悪夢の細菌」による感染症が急増

 米国で、抗菌薬の効かない細菌による感染症が驚くべきペースで増加していることが、米疾病対策センター(CDC)の最新データで明らかになった。CDCによると、最後の砦とされるカルバペネム系薬剤を含むほぼ全ての抗菌薬に耐性を示すことから、「悪夢の細菌」の異名を持つNDM(ニューデリー・メタロβラクタマーゼ)遺伝子を持つNDM産生カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(NDM-CRE)が2019年から2023年の間に劇的に増加したという。CDCの疫学者であるMaroya Walters氏らによるこの研究の詳細は、「Annals of Internal Medicine」に9月23日掲載された。 NDM-CREを原因とする感染症は、肺炎、血流感染、尿路感染、創傷感染などを引き起こし、治療が困難で、死に至ることもある。治療で医師が利用できるのは、静脈内投与を要する高価な2種類の薬剤だけである。本研究には関与していない米エモリー大学の感染症研究者であるDavid Weiss氏は、「米国におけるNDM-CREの増加は深刻な危険であり、非常に憂慮すべき事態だ」とAP通信に対して語っている。 CDCの報告書によると、米国でのカルバペネム耐性菌を原因とする感染症の発生率は、2019年の10万人当たり2件弱から2023年には10万人当たり3件以上へと69%増加している。中でもNDM-CRE関連症例は、2019年の10万人当たり約0.25人から2023年には1.35人へと460%以上の急増を示した。2023年には、29州で4,341件のカルバペネム耐性菌による感染症が確認され、そのうち1,831件はNDM-CREが原因だったという。ただし、報告書では患者の死亡数は明らかにされていない。 CDCの疫学者でこの報告書の共著者であるMaroya Walters氏は、「耐性菌が広がるにつれ、尿路感染症などの一般的な病気の治療がはるかに困難になる可能性がある」と警告している。薬剤耐性は、細菌が抗菌薬に抵抗する能力を獲得することであり、必要がないときに抗菌薬を使用する、処方された用量を最後まで服用しないなどの誤用によって引き起こされることが多い。また専門家らは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックも、薬剤耐性菌の増加に影響を及ぼした可能性が高いと見ている。米セントルイス・ワシントン大学の感染症専門家であるJason Burnham氏は、「パンデミック中に抗菌薬の使用が急増したことは分かっており、これが薬剤耐性菌の増加に寄与した可能性が高い」とAP通信に対して語っている。 ただし、研究グループによると、今回の分析は、実際の感染者数を過小評価している可能性が高いという。多くの病院は必要な検査を行う能力がなく、カリフォルニア州、フロリダ州、ニューヨーク州、テキサス州といった人口の多い州のいくつかはデータセットに含まれていないからだ。このことから研究グループは、全国の感染者数は実際にはもっと多い可能性があると述べている。

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新型コロナは依然として高齢者に深刻な脅威、「結核・呼吸器感染症予防週間」でワクチン接種の重要性を強調/モデルナ

 モデルナ・ジャパン主催の「呼吸器感染症予防週間 特別啓発セミナー」が9月24日にオンラインで開催された。本セミナーでは、9月24~30日の「結核・呼吸器感染症予防週間」の一環として、迎 寛氏(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 呼吸器内科学分野[第二内科]教授)と参議院議員であり医師の秋野 公造氏が登壇し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、とくに高齢者にとって依然として深刻な脅威であると警鐘を鳴らした。新型コロナの5類移行から3年が経ち、社会の警戒感や関心が薄れているなか、継続的なワクチン接種と社会全体の意識向上の重要性を訴えた。隠れコロナ感染と高齢者の重症化リスク セミナーの冒頭では、迎氏が新型コロナの現状と高齢者が直面するリスクについて、最新のデータを交えながら解説した。 新型コロナが5類に移行して以降、定点報告上の感染者数は減少傾向にあるものの、入院患者数は依然として高止まりしている。神奈川県の下水疫学データによると、とくに2025年以降、定点報告数と下水中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)濃度との間に大きな乖離が生じており、下水データは市中に依然として不顕性を含む新型コロナウイルス感染者が多く存在することが示唆されている1)。迎氏は、定点報告では捉えきれていない「隠れコロナ感染者」が市中に多数存在し、その中から一定数の高齢者や基礎疾患を持つ人が重症化して入院に至っている可能性を指摘した。死因の第8位、死者の多くは高齢者 新型コロナは2023年と2024年の2年連続で、日本の死因第8位となっている。とくに深刻なのは高齢者の状況で、死亡者の97%が65歳以上、そのうち79%が80歳以上の高齢者で占められている2)。死亡者数はインフルエンザと比較して、新型コロナが約15倍であるという。こうしたデータから、迎氏は「コロナは風邪と同じ」という認識が誤りであるという見解を示した。また、新型コロナの感染拡大期には、高齢者のフレイル有病率も増加するという影響が懸念されている3)。 迎氏が所属する長崎大学病院には、この5年間で新型コロナにより1,047例が入院したという。臨床データからは、入院患者の死亡率は高齢になるほど顕著に高くなる一方で、ワクチン未接種の患者群は、接種済みの患者群に比べて、重症化する割合が明らかに高い結果となった。迎氏は、とくに高流量酸素療法が必要な患者や重症患者のうち、約4割がワクチン未接種者であったことは、ワクチンの重症化予防効果を明確に裏付けていると指摘した。 迎氏は日本が世界的にみてワクチンへの信頼度が低い傾向にあることに触れ4)、接種率が低下している現状を変えるためにも、9月24~30日の「結核・呼吸器感染症予防週間」を通じて、80歳以上の高齢者の死亡リスクやワクチン接種の重要性について啓発していきたいと述べた。「結核・呼吸器感染症予防週間」創設 続いて秋野氏が政策的な観点から、呼吸器感染症対策の現状と課題、そして今後の展望について語った。 秋野氏は、自身も創設に尽力した「結核・呼吸器感染症予防週間」について触れた。2024年度より、毎年9月24〜30日は、以前まで実施されていた「結核予防週間」が「結核・呼吸器感染症予防週間」に改められた。この期間には、インフルエンザや新型コロナなど、呼吸器感染症が例年流行する秋冬前に、呼吸器感染症に関する知識の普及啓発活動が行われる。秋野氏は、肺炎が依然として日本人の死因の上位を占める中で、秋冬の感染症シーズンを前に正しい知識を普及させることの重要性を強調した。普及啓発のシンボルとなる「黄色い縁取りのある緑色のリボン」のバッジや、啓発のためのポスターが5)、日本呼吸器学会、日本感染症学会、日本化学療法学会の協力のもと作成された。ワクチン定期接種は「65歳以上一律」でよいのか 秋野氏は、現在の新型コロナワクチンの定期接種制度が「65歳以上」と一律に定められている点が課題となっていることについて言及した。先に迎氏が述べたとおり、実際の死亡リスクは80歳以上で急激に高まる。研究によると、新型コロナの重症化リスクとして、「年齢(とくに80歳以上)」、「ワクチン接種から2年以上空いていること」が重要な因子となっている6)。こうした科学的知見に基づき、リスクの特性に応じた、よりきめ細やかな制度設計が必要だと主張した。とくに死亡リスクが突出して高い80歳以上に対し、費用負担のあり方や国による接種勧奨の必要性について、改めて検討すべきだと訴えた。海外のワクチン助成のあり方 さらに秋野氏は、肺炎球菌ワクチン接種に公的補助があった自治体の接種率は全国平均よりも2倍以上高いという研究を挙げ7)、公費助成とワクチン接種率には密接な関連が考えられると述べた。また、海外の新型コロナワクチン接種支援策との比較によると、米国、英国、フランス、オーストラリアなどの国々では、高齢者に対して年2回や無償での接種といった手厚い支援が行われており、接種率も高い水準を維持している。これに対し、日本の支援は年1回の定期接種で一部自己負担であり、国の助成が縮小されれば自己負担額が1万5,000円を超える可能性もあり、これが接種率低下の一因となりかねないと指摘した。 秋野氏は、「国民の命を守るため、最新の知見に基づいた柔軟な対応が必要」とし、今後も国会で働きかけていきたいと述べた。また、今回の「結核・呼吸器感染症予防週間」を通じて、新型コロナに対する現状を国民に広く知っていただき、高齢者の命を守る対策について共に考えていきたいとして、講演を終えた。■参考文献1)AdvanSentinel. 神奈川県におけるCOVID-19流行動向の多角的分析 - 下水疫学データが示す「見えざる感染リスク」(2025年7月22日)2)厚生労働省. 人口動態調査の人口動態統計月報(概数)3)Hirose T, et al. J Nutr Health Aging. 2025;29:100495.4)de Figueiredo A, et al. Lancet. 2020;396:898-908.5)厚生労働省. 感染症対策のための普及・啓発ツール6)Miyashita N, et al. Respir Investig. 2025;63:401-404.7)Naito T, et al. J Infect Chemother. 2014;20:450-453.

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第287回 ヘパリン吸入で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡が減少

ヘパリン吸入で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡が減少オーストラリア国立大学が英国のKing’s College Londonと協力して手掛けた試験の解析で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡を減らす未分画ヘパリン(UFH)吸入の効果が示されました1-3)。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は2019年12月に中国で報告されて世界に広がりました。流行の第一波でのCOVID-19患者は5例に1例近くが低酸素血症を発現し、それが入院の主な原因となりました。入院したCOVID-19患者のかなりが急性呼吸不全となり、7~8例に1例ほど(12~14%)が挿管での侵襲性人工呼吸を必要としています。その後の新参株の流行での入院、急性呼吸不全、死亡率は集団免疫の向上を背景にして低下しました。しかし挿管患者の生存は低いままのようです。少し前の報告になりますが、2020年8月末~2021年7月中旬までの約1年間に発表された試験を探してメタ解析したところ、COVID-19で挿管した患者の死亡率は流行第一波よりその後のほうがむしろ上昇しており、それぞれ62.2%と72.6%でした4)。ヘパリンはよく知られる血液の抗凝固活性に加えて抗炎症作用やウイルス全般を阻止する作用を有し、肺損傷に有益なことが示唆されています。SARS-CoV-2に限って言うと、スパイクタンパク質と細胞受容体ACE2の結合を妨げるヘパリンの効果が報告されています。UFHはスパイクタンパク質に結合して変形を強い、ACE2に結合できなくして感染を阻止します。UFHは炎症を封じる作用も有します。その抗炎症作用がCOVID-19の肺損傷に寄与する好中球細胞外トラップ(NET)生成や肺の過度の炎症を鎮める働きを担うようです。それに、ヘパリンのおはこの抗凝固作用も有益なようで、微小血管血栓症などのCOVID-19で重視すべき病変を制限しうることが示唆されています。4年近く前の2022年の始めに発表されたオーストラリア国立大学の研究者によるレトロスペクティブ解析では、入院COVID-19患者のUFH吸入と酸素指標の改善の関連が、挿管しているかどうかを問わず認められています5)。同研究チームは今回の解析で、未挿管のCOVID-19入院患者のUFH吸入の効果を調べました。7ヵ国の10病院での6つの無作為化試験の結果を集めて、あらかじめ決めていた計画に沿ってメタ解析しました。7ヵ国の1つのオーストラリアでは事務手続きの遅れにより被験者を集められず、実質的には6ヵ国で組み入れられた被験者478例が解析されました。その結果、挿管か死亡した患者の割合は、標準治療に加えて噴霧UFHを吸入する群(UFH吸入群)では11.2%、標準治療のみを行う群では22.4%でした。すなわちUFH吸入群の挿管か死亡の発生率は標準治療群の半分ほどで済みました(オッズ比:0.43)1)。UFHの効果はSARS-CoV-2に限らず種々のウイルス、さらには細菌にも有効かもしれません。ヒトのあちこちの組織の表面で発現するヘパラン硫酸などのプロテオグリカンとの相互作用を頼りに侵入しようとするそれら病原体一揃いなどをUFHは阻止できそうです。それに緑膿菌やインフルエンザウイルスなどの病原体の数々の接着を制限する作用があり、それらの働きによって肺炎や菌血症を防ぎうることがヒトや動物での検討で示唆されています。実際、研究チームはインフルエンザや呼吸器合胞体ウイルス(RSV)などのSARS-CoV-2以外の呼吸器感染症へのUFHの効果を確かめる試験を欧州で実施するつもりです2,3)。また、吸入用のヘパリンの開発にも取り組んでいます。 参考 1) van Haren FMP, et al. eClinicalMedicine. 2025 Sep 27. [Epub ahead of print] 2) Low-cost drug shows promise for patients with life-threatening respiratory infections/Australian National University(ANU) 3) Low-cost drug shows promise for patients with life threating respiratory infections/King’s College London 4) Xourgia E, et al. Expert Rev Respir Med. 2022;16:1101-1108. 5) van Haren FMP, et al. Br J Clin Pharmacol. 2022;88:2802-2813.

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第263回 インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省

<先週の動き> 1.インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省 2.公立・大学病院の赤字拡大が過去最大に、人件費高騰で持続性に黄信号/総務省 3.機能強化型在支診・在支病を再定義へ 緊急往診・看取りなどの評価へ/中医協 4.周産期・小児医療の集約化が本格議論へ、地域単位での再編を/厚労省 5.医療事故調査制度創設10年、医療事故判断のプロセスを明文化へ/厚労省 6.有料老人ホーム、囲い込み禁止へ 登録制で参入規制強化へ/厚労省 1.インフルエンザ全国で流行入り、ワクチンは11月末までに接種を/厚労省厚生労働省は、9月22日~28日のインフルエンザの定点報告で患者数4,030人、定点当たり1.04人とし、全国流行入りを公表した。昨季より約5週早く、過去20年で2番目の早さである。定点1を超えたのは15都府県で、沖縄8.98、東京1.96、鹿児島1.68などが高かった。保育園・学校などの休校・学級閉鎖は135施設(前週比増)、東京都内でも9月だけで61件の集団感染が報告された。流行前線は、観光地を含む関東・関西・九州・沖縄で目立ち、今季は台湾・香港で夏に流行したA型(H3N2)が国内でも主流になる可能性が指摘されている。インバウンドや海外渡航を介したウイルス流入が早期流行に影響したとの見方が有力。一方、新型コロナの定点は5.87(前週比0.85倍)と2週連続の減少で、呼吸器感染症の鑑別と同時流行への備えが求められる。新型コロナウイルスの流行は例年どおり12月末~2月と見込まれているが、寒冷化とともに患者は増えるため、高齢者・基礎疾患・小児にはワクチン接種を推奨する。なお、インフルエンザワクチンとして、2~18歳には、経鼻生ワクチン(商品名:フルミスト)が昨季から接種可能で、発症リスクを約28.8%低下させる国内成績がある。副反応は、鼻閉・咳などが多く、妊娠・免疫不全・重度喘息、授乳や同居に免疫不全者がいる場合は不活化ワクチンを用いる。基本対策(手洗い、混雑場面でのマスク、体調不良時の外出回避)を徹底し、学齢期の動向に留意した上で、重症化リスクへの早期介入(抗インフルエンザ薬の適応判断、合併症監視)を行いたい。なお、定点数縮小に伴い今季は「流行レベルマップ」と全国推計患者数の公表が停止されている。 参考 1) インフルエンザ全国で流行入り 厚労省、過去20年で2番目の早さ(日経新聞) 2) インフルエンザ、はや流行期入り 昨シーズンより5週早く 厚労省(朝日新聞) 3) インフルエンザ流行入り、2023年除き2番目の早さ…専門家「訪日客の増加が影響」(読売新聞) 2.公立・大学病院の赤字拡大が過去最大に、人件費高騰で持続性に黄信号/総務省総務省が明らかにした地方公営企業決算によると、2024年度の公立病院事業の経常赤字は3,952億円と過去最大(前年2,099億円の約2倍)となった。844病院のうち83.3%が赤字に陥った。要因は賃上げによる人件費の増加、医薬品や診療材料費の上昇、エネルギー価格の高騰で、2025年度の経営状態について、各団体の試算・発言からは厳しい発言が相次いでいる。四病院団体協議会の定期調査でも、2025年6月単月の経営は前年同月よりさらに悪化しており、24年度通年も医業収支・経常収支とも悪化し、赤字病院割合の上昇が報告された。大学病院の打撃はより深刻とされており、全国医学部長病院長会議の集計では、81大学病院の24年度経常赤字は計508億円に拡大(医薬品費+14.4%、診療材料費+14.1%、給与費+7.0%)している。国立大学病院は25年度、経常赤字が400億円超へ拡大する見通しで、42病院中33病院が現金収支赤字に転落する見込み。このため医療機器の更新や建物整備の先送りが常態化し、高度医療や医学研究や人材育成に支障が出始めている。赤字拡大を受けて、病院団体からは2026年度の診療報酬改定に向けて診療報酬の引き上げ要求が相次いでいる。物価・賃金上昇の「2年分」を本体に反映する大幅プラス改定(四病協・大学病院団体は10%超~約11%を要望)、必要なら期中改定の実施も求めている。このほか、急性期の入院基本料や救急・周産期・小児などの基礎コストを底上げし、夜間・時間外、救急搬送受け入れ、重症患者対応の評価を拡充も求めている。さらに働き方改革に伴う人件費増(医師時間外上限、看護職の処遇改善など)を恒常費として補填も求めている。さらに医薬品・診療材料の市況高騰を包括点数や出来高評価に機動的に転嫁(DPC包括の原価乖離補正、材料価格スライド)するほか、高額な医薬品については費用対効果評価の厳格化・再算定を進め、真に臨床的価値の高い薬剤の適正評価を求めている。また、緊急の補正予算による機器更新・老朽施設更新の原資を確保するほか、地域医療構想のために、地域医療が弱体化しないように、過疎・離島や大学の医師派遣機能に配慮した加算の新設を求めている。同じく大学病院団体側は「このままでは高度医療・人材育成・研究の基盤が損なわれる」とし、診療報酬と公的支援の両輪による早期の資金手当てを求めている。今後、患者負担・給付と負担の議論が行われ、次年度の改定を前に政府で社会保障費について検討される見込み。 参考 1) 令和6年度地方公営企業等決算の概要(総務省) 2) 「令和6年度大学病院の経営状況」(国立大学病院長会議) 3) 全国の公立病院、24年度は過去最大の赤字 人件費増が重荷に(日経新聞) 4) 病院経営がさらに悪化、「かなり深刻」四病協調査 6月単月で(CB news) 5) 国立大病院の赤字、今年度は過去最大400億円超の見通し 物価高や人件費上昇(産経新聞) 6) 81大学病院の経常赤字は昨年より悪化、計508億円の赤字に(日経メディカル) 7) 2024年度に大学病院全体で「508億円の経常赤字」、22年度比で医薬品費が14.4%増、診療材料費が14.1%増と経営圧迫-医学部長病院長会議(Gem Med) 3.機能強化型在支診・在支病を再定義へ 緊急往診・看取りなどの評価へ/中医協厚生労働省は、10月1日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)の総会で、2026年度改定に向け在宅医療の評価見直しを議論した。2020年から2040年にかけて、85歳以上の救急搬送は75%増加し、85歳以上の在宅医療需要は62%増加することが見込まれ、これに対して在宅医療の質的な充実が求められている。連携型の機能強化型在支診・在支病について、24時間往診体制の「実質的な貢献度」に応じた評価を導入すべきだと支払側が主張する一方、診療側は撤退誘発を懸念し、反対した。厚労省提示のデータでは、連携型在支診の往診体制時間は「常時」と「極めて短い」で二極化しており、緊急往診・看取り実績は在宅緩和ケア充実加算の要件超えが多数認められ、重症患者比率が高い施設も一定数あった。これらを踏まえ、(1)地域の中核として、十分な医師配置を行い、在宅での看取りや重症対応を実施して他機関を支援し、さらに医育機能も担う在宅医療機関を評価すること、(2)在宅緩和ケア充実加算を統合して再設計すること、の2点を主要論点として位置付けた。一方、診療側は、要件を強化したり医育機能を加算の要件に組み込んだりする案に反対を示した。併せて、包括的支援加算の算定にばらつきが生じていることから、要介護度の低い患者の割合を報酬に反映させる支払側の提案に対して、診療側は「要介護度が低くても、通院困難で在宅医療が必要な患者が多数存在する」ため、要介護度のみに着目した評価に反対した。へき地診療所については、派遣元が時間外対応を担う場合に在医総管・施設総管を算定できるようにする方向で双方が賛同した。さらに、退院直後の訪問栄養食事指導を新たに評価することも検討し、入退院支援から急変対応・看取りに至るまで在宅医療を整備し、評価にメリハリを付ける方針を、改定の論点として示した。今後、これらの論点についてさらに検討の上、来年度の改定に盛り込まれる見込み。 参考 1) 中央社会保険医療協議会 総会(厚労省) 2) 在宅医療及び医療・介護連携に関するワーキンググループにおける検討事項等について(同) 3) 訪問診療の報酬に「患者の状態」反映、厚労省案 要介護度低い割合など(CB news) 4) 「在宅医療及び医療・介護連携に関するワーキンググループ」の初会合が開催(日経メディカル) 5) 24時間往診体制への貢献度に応じた評価に意見が分かれる(同) 4.周産期・小児医療の集約化が本格議論へ、地域単位での再編を/厚労省厚生労働省は、10月1日に「小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ」を開催し、少子化と医師偏在の進行を踏まえ、周産期医療と小児医療の提供体制を抜本的に見直す方針を示した。従来の二次医療圏にこだわらず、地域の実情に応じて柔軟に医療圏を設定し、分散した医療資源を集約化する方向性である。小児医療・周産期医療のワーキンググループ(WG)で論点が示され、2025年度末までに一定の取りまとめを行う見通し。周産期医療では、ハイリスク分娩に限らず、一般的な分娩を含む医療圏の再編が検討される。出産件数の減少により、分娩取扱施設は全国で減少傾向にあり、とくに地方では産婦人科医や小児科医、助産師の確保が課題となっている。厚労省は、263ヵ所ある周産期医療圏を再構築し、妊婦健診や産後ケアを担う施設との連携を強化するとともに、周産期母子医療センターの整備や無痛分娩の安全提供体制も検討課題とした。参加した委員からは出生数が減ると分娩を取り扱う医療機関の経営が成り立たなくなるとの指摘もあり、さらに分娩施設の急減は安全確保に影響する可能性があり、早期の結論が求められている。一方、小児医療では、全国1,690病院のうち約48%が常勤小児科医2人以下にとどまり、医療資源の薄い分散配置が明らかとなった。厚労省は「小児医療圏」単位での集約化・重点化を提案し、2030年度から始まる第9次医療計画で具体化する考えを示した。小児医療圏は現行306ヵ所で、救急機能を含め常時小児診療を提供できる体制の確保を求める方針。また、地域で小児科の診療所が不足する場合には、病院の小児科が一般診療に参加し、内科医との連携やオンライン診療、「#8000」電話相談などを組み合わせて医療提供体制を維持する方策も提示された。厚労省は、今後の議論を通じて、人口減少下でも「安全に産み育てられる地域医療体制」の再構築を進める方針である。 参考 1) 第1回小児医療及び周産期医療の提供体制等に関するワーキンググループ(厚労省) 2) 常勤小児科医2人以下の病院が約半数 厚労省(CB news) 3) 周産期医療、ハイリスク分娩以外も集約化へ 年度末をめどに取りまとめ 厚労省(同) 5.医療事故調査制度創設10年、医療事故判断のプロセスを明文化へ/厚労省厚生労働省は、10月1日に開いた「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」で、医療事故調査制度の創設から10年を迎えるのに合わせ、医療機関が医療事故を判断する体制や手順を自ら定め、医療安全管理指針に明記する方針を示した。患者の予期せぬ死亡が「医療に起因するか」について医療機関と遺族が対立する事例が相次いでおり、判断の質と透明性を高める狙いがある。同制度は2015年に導入され、病院や診療所、助産所で医療に起因する、またはその疑いがある予期せぬ死亡が発生した場合、第三者機関への報告を義務付けている。しかし、事故に該当するかの判断を管理者が単独で行うことが多く、施設間で判断基準にばらつきがあった。今回の見直しでは、全死亡例を対象としたスクリーニング体制を構築し、疑義がある場合の検討過程を記録として残すことを求める。新たな指針では、医療事故に該当するかの検討を行う際の工程や、遺族からの申し出に応じて再検討する仕組みを明文化する。さらに、判断に至った理由、遺族への説明経過などを保存し、事後検証可能な形で管理することを義務付ける方針。また、厚労省は、管理者に対して医療事故調査制度の研修受講を促すとともに、未修了の場合は修了者である医師や看護師など実務担当者が支援できる体制を整えるとした。日本病院会の岡 俊明副会長は、「全死亡例を対象にスクリーニングし、判断根拠を明確に残すことが制度の信頼性向上につながる」と述べている。同制度は今年3月末までに3,338件の報告があり、厚労省は今後、関連指針の改訂を進める方針。 参考 1) 第4回医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会(厚労省) 2) 医療事故の判断、指針明記へ 遺族対応も、調査制度創設10年(共同通信) 3) 医療事故の判断プロセス、安全管理指針に明記へ 判断理由の記録も保存を 厚労省(CB news) 6.有料老人ホーム、囲い込み禁止へ 登録制で参入規制強化へ/厚労省厚生労働省は、10月3日に「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」を開き、有料老人ホームをめぐる規制強化の方針を示した。中重度の要介護者や医療ケアが必要な高齢者を受け入れる施設の一部について、現行の「届け出制」から「登録制」へ移行する方向で検討を進める。事業計画の不備や虐待などの行政処分歴がある事業者の参入を拒否できる仕組みを設け、質の担保と安全性確保を狙う。これまで届け出制では、行政が開設を拒めないことから、不適切な事業者が参入し、給与未払い・集団退職・転居強要などのトラブルも相次いだ。登録制では、参入要件を満たさない事業者に対し、開設制限をかけることが可能になる。同時に、介護サービス事業者との「囲い込み」の是正も進める。住宅型ホームで、入居契約時に提携する居宅介護支援事業所や介護サービスの利用を条件としたり、家賃優遇などで自法人サービスを誘導したりする行為を禁止する。さらに、かかりつけ医やケアマネジャーの変更を迫る行為も明確に禁止される。厚労省は、契約の透明化と利用者の選択権を守る観点から、契約締結・ケアプラン作成手順のガイドライン整備を義務付け、行政が事後的にチェックできる仕組みを設ける方針。今後、パブリックコメントを経て報告書をまとめ、老人福祉法改正を視野に制度化を進める。医療現場への影響としては、入居者の医療的ケア連携が明確化され、外部医師の関与が阻まれるリスクが減る点が挙げられる。今後は、地域医療連携室や在宅医が入居後も継続的に介入できる体制が求められ、医療と介護の分断是正に資する動きとなりそうだ。 参考 1) 有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会 とりまとめ素案(厚労省) 2) 重度者向け老人ホームに登録制検討 厚労省、質懸念なら参入拒否(日経新聞) 3) 老人ホーム「囲い込み」是正 ケアマネ変更の誘導・強要を禁止 厚労省 ルール厳格化へ(JOINT) 4) 有料老人ホーム、家賃優遇の条件付け禁止へ「囲い込み」対策 厚労省(CB news)

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性的マイノリティ女性は乳がん・子宮頸がん検診受診率が低い、性特有の疾患における医療機関の課題

 性的マイノリティ(SGM)の女性は、乳がんや子宮頸がんの検診受診率が非SGM女性に比べて低いことが全国調査で明らかになった。大腸がん検診では差がみられず、婦人科系がん特有の課題が示唆されたという。研究は筑波大学人文社会系の松島みどり氏らによるもので、詳細は「Health Science Reports」に8月4日掲載された。 がん検診は、子宮頸がんや乳がんの早期発見と死亡率低下に重要な役割を果たしている。先進国と途上国を含む10カ国以上では、平均的なリスクを持つ全年齢層で20%の死亡率低下が報告されている。しかし、日本では2022年時点での子宮頸がん・乳がんの検診受診率はそれぞれ43.6%、47%にとどまっている。この受診率の低さの背景として、教育や所得の問題が議論されてきたが、日本ではSGMの問題という重要な視点が欠けていた。 海外の調査では、SGMの女性は子宮頸がんや乳がん検診を受ける可能性が低いことが明らかになっている。その背景には、拒絶や差別への恐れ、性的指向の隠蔽などが影響していると指摘される。また日本では、子宮頸がんや乳がんの検診が通常産婦人科で行われることから、この日本特有の状況も受診の障壁となっている可能性がある。このような背景から、本研究ではSGM女性は非SGM女性よりも子宮頸がんおよび乳がん検診を受ける可能性が低いという仮定を立て、全国規模のオンライン調査データを用いて検証した。また、大腸がん検診も対象に加え、結果が女性特有のがんに限られるのかどうかを調べた。 本研究では、オンライン縦断調査プロジェクトである「日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS Study)」のデータベースより、JACSIS 2022モジュールのデータを使用した。2022モジュールは、2022年9月12日~10月19日の間に行われた追跡調査であり、合計3万2,000のサンプルが含まれた。サンプルを20~69歳の女性に限定した結果、最終的な解析対象は1万2,305人(SGM女性1,371人、非SGM女性1万934人)となった。 調査の結果、子宮頸がん検診の受診率はSGM女性で36.2%、非SGM女性で47.4%、乳がん検診は41.8%対50.1%であり、いずれもSGM女性の方が有意に低かった(いずれもカイ二乗検定、P<0.001)。一方、大腸がん検診の受診率はSGM42.5%、非SGM45.2%であり、その差は小さく統計学的な有意差は認められなかった(カイ二乗検定、P=0.23)。 また、人口統計学的特性および社会経済的地位を考慮したロジスティック回帰分析の結果、SGM女性は非SGM女性に比べて子宮頸がん検診(オッズ比〔OR〕 0.78、95%信頼区間〔CI〕 0.69~0.88、P<0.001)および乳がん検診(OR 0.77、95%CI 0.64~0.93、P<0.01)を受ける可能性が低いことが明らかになった。一方、大腸がん検診についてはSGM女性と非SGM女性の間に有意な差は認められなかった(OR 0.96、95%CI 0.80~1.16)。 著者らは、「本研究は、SGMの女性が子宮頸がんや乳がんなど女性特有のがん検診を受けにくい現状を明らかにし、この分野の理解を深めるものとなっている。結果は、医療現場でSGMの問題に配慮するための政策の重要性を示しており、具体的にはガイドラインの整備や性的に配慮したコミュニケーションの研修、さらに自己採取型HPV検査の導入などが挙げられる。なお、本データでは約12.5%の女性が性的マイノリティであると回答しており、受診率の低さが課題の日本において、国の政策としても決して看過されるべき課題ではない」と述べている。 なお、本研究の限界として、サンプル数の少なさから対象をSGMと非SGMの2群に単純化している点が挙げられる。この単純化により、SGM内の特定のグループ(トランスジェンダーなど)が抱える経験やニーズが見落とされていた可能性がある。著者らは、こうしたグループの独自の医療ニーズや課題を明らかにするためには、より大規模で多様なサンプルを用いた研究が必要であると指摘している。

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第281回 コロナ治療薬の今、有効性・後遺症への効果・家庭内感染予防(後編)

INDEXレムデシビルエンシトレルビル感染症法上の5類移行後、これまでの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の動向について、感染者数、入院者数、死亡者数から薬剤に関するNature誌、Science誌、Lancet誌、NEJM誌、BMJ誌、JAMA誌とその系列学術誌に掲載され、比較対照群の設定がある研究を紹介した(参考:第277回、第278回、第279回、第280回)。今回はようやく最終回として前回と同じ6誌とその系列学術誌を中心に掲載されたレムデシビル(商品名:ベクルリー)、エンシトレルビル(同:ゾコーバ)に関する比較対照群を設定した研究を紹介する。レムデシビル新型コロナウイルス感染症の治療薬として初めて承認された同薬。当初は重症患者のみが適応だったが、その後の臨床試験結果などを受けて、現在は軽症者も適応となっている。新型コロナ治療薬の中で、日本の新型コロナウイルス感染症診療の手引き1)に定義される軽症、中等症I、中等症II、重症までのすべてをカバーするのはこの薬だけである。この薬に関して前述6誌の中で2023年5月以降に掲載された研究は、2024年6月のLancet Infectious Diseases誌に掲載された香港大学のグループによる研究2)である。この研究は評価したい因果効果をみるのに理想的な無作為化比較試験(target trial)をイメージして、可能な限りそれに近づけるように観察データ分析をデザインしていく手法「target trial emulation study」を採用したもの。利用したのはオミクロン株系統が感染の主流となっていた2022年3~12月の香港・HA Statistics保有の電子健康記録。この中からレムデシビル単独療法群(4,232例)、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群(1万3,656例)、併用療法群(308例)の3群を抽出し、主要評価項目を全死因死亡率(90日間追跡、中央値84日)として比較した。レムデシビル単独療法群と比較したハザード比(HR)は、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.18(95%信頼区間[CI]:0.15~0.20)、併用療法群が0.66(95%CI:0.49~0.89)でいずれも有意に死亡率は低下していた。副次評価項目については、ICU入室・人工呼吸器使用の累積発生率でのHRが、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.09(95%CI:0.07~0.11)、併用療法群が0.68(95%CI:0.42~1.12)、人工呼吸器使用率はニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.07(95%CI:0.05~0.10)、併用療法群が0.55(95%CI:0.32~0.94)で、いずれもレムデシビル投与群に比べ有意に低かった。ただし、ICU入室率のみでは、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.09(95%CI:0.07~0.12)と有意に低かったものの、併用療法群では0.63(95%CI:0.28~1.38)で有意差はなかった。この臨床研究は結果として、レムデシビルに対するニルマトレルビル/リトナビルの優越性を示しただけで、オミクロン株系統以降のレムデシビルそのものの有効性評価とは言い難いのは明らかである。だが、対象6誌とその系列学術誌では、オミクロン株優勢期のレムデシビルの有効性を純粋に追求した研究は見当たらなかった。対象学術誌の範囲を広げて見つかるのが、2024年のClinical Infectious Diseases誌に製造販売元であるギリアド・サイエンシズの研究者が発表した研究3)だ。これはオミクロン株系統優勢期である2021年12月~2024年2月の米国・PINC AI Healthcare Databaseから抽出した後向きコホートで、新型コロナで入院し、生存退院した18歳以上の患者を対象にしている。レムデシビル投与群が10万9,551例、レムデシビル非投与群が10万1,035例と対象症例規模は大きく、主要評価項目は30日以内の新型コロナ関連再入院率。結果はオッズ比が0.78(95%CI:0.75~0.80、p<0.0001)で、レムデシビル群の再入院率は有意に低下していた。再入院率の有意な低下は、入院中の酸素投与レベルに関係なく認められ、65歳以上の高齢者集団、免疫不全患者集団でのサブグループ解析でも同様の結果だった。もっとも前述したように、製造販売元による研究であることに加え、対象者のワクチン接種歴や過去の感染歴が不明という点でイマイチ感が残る。一方、オミクロン株系統優勢期での後遺症に対するレムデシビルの有効性を評価した研究は対象6誌では見当たらない。オミクロン株系統優勢期という縛りを外すと、世界保健機関(WHO)が主導した無作為化比較試験「SOLIDARITY試験」の追跡研究として、Nature誌の姉妹誌Communications Medicine誌に2024年11月に掲載されたノルウェー・オスロ大学による研究4)がある。無作為化後、3ヵ月時点での呼吸器症状を中心とする後遺症を調査したものだが、対症療法単独群(一部ヒドロキシクロロキン投与例を含む53例)と対症療法+レムデシビル投与群(27例)との比較では有意差は認められなかった。エンシトレルビル言わずと知れた新型コロナウイルスに対する国産の抗ウイルス薬である。その承認時には主要評価項目の変更などで物議を醸した。該当6誌で研究を探して見つかったのは、JAMA Network Open誌に掲載された同薬の第II/III相臨床試験Phase3 part(SCORPIO-SR試験)の結果、まさに日本での緊急承認時に使用されたデータ5)のみである。改めてその内容を記述すると、発症から72時間未満にいずれも5日間投与されたエンシトレルビル1日125mg群(347例)、1日250mg群(340例)、プラセボ群(343例)の3群でオミクロン株感染時に特徴的な5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、疲労感)が消失するまでの時間を主要評価項目としている。この結果、エンシトレルビル群はプラセボ群と比較して5症状消失までの時間を有意に短縮(p=0.04)。症状消失までの時間の中央値は、125mg群で167.9時間(95%CI:145.0~197.6時間)、プラセボ群で192.2時間(95%CI:174.5~238.3時間)だった。また、副次評価項目では、ウイルスRNA量の変化が125mg投与群では投与4日目でプラセボ群と比較して有意に減少(p<0.0001)、感染性を有する新型コロナウイルス(ウイルス力価)の陰性化が最初に確認されるまでの時間がプラセボ群と比較して有意に短縮した(p<0.001)。ウイルス力価陰性化までの時間の中央値は、125mg群が36.2時間、プラセボ群が65.3時間だった。なお、エンシトレルビルに関しては米国での上市を念頭に置き、北米、南米、欧州、アフリカ、日本を含むアジアで軽症・中等症の非入院成人(ほとんどがワクチン接種済み)の新型コロナ感染者を対象にした第III相の無作為化二重盲検プラセボ対照試験「SCORPIO-HR試験」(患者登録期間:2022年8月~2023年12月)も行われ、2025年7月にClinical Infectious Diseases誌に論文6)が掲載された。主要評価項目は新型コロナの15症状が持続的(2日以上)に消失するまでの平均時間だったが、エンシトレルビル群(1,018例)とプラセボ群(1,029例)との間で有意差は認められなかった。この主要評価項目はエンシトレルビルの承認申請を前提に米国食品医薬品局(FDA)との合意で決定されたものだったため、この結果を受けてエンシトレルビルの承認申請は行われていない。一方で塩野義製薬側は、ターゲットを曝露後予防にしたプラセボ対照二重盲検第III相試験「SCORPIO-PEP試験」を2023年から開始。同社の発表によると、試験は米国、南米、アフリカ、日本を含むアジアで実施し、新型コロナウイルス検査で陰性が確認された新型コロナ感染者の12歳以上の同居家族または共同生活者2,387例が登録された。同試験の結果は論文化されておらず、あくまで塩野義製薬の発表になるが、主要評価項目である「投与後10日までの新型コロナ発症者の割合」はエンシトレルビル群が2.9%、プラセボ群が9.0%であり、エンシトレルビル群は統計学的に有意に相対リスクを低下させたという(リスク比:0.33、95%CI:0.22~0.49、p<0.0001)。今後、塩野義製薬は各国で曝露後予防への適応拡大を目指す考えである。 参考 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症診療の手引き(第10.1版)(厚生労働省 2024年4月23日発行) 2) Choi MH, et al. Lancet Infect Dis. 2024;11:1213-1224. 3) Mozaffari E, et al. Clin Infect Dis. 2024;79:S167-S177. 4) Hovdun Patrick-Brown TDJ, et al. Commun Med (Lond). 2024;4:231. 5) Yotsuyanagi H, et al. JAMA Netw Open. 2024;7:e2354991. 6) Luetkemeyer AF, et al. Clin Infect Dis. 2025;80:1235-1244.

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第261回 診療所の4割が赤字転落、26年度改定で大幅引き上げを/日医

<先週の動き> 1.診療所の4割が赤字転落、26年度改定で大幅引き上げを/日医 2.スマホ保険証スタート 利用率は2割、医療DX加算に反映へ/厚労省 3.サイバー攻撃増加で、電子カルテ共有サービスを基幹インフラに追加へ/厚労省 4.特定機能病院に新基準、総合診療や形成外科を必須領域に追加/厚労省 5.美容医療の立入検査が本格化、診療録不備・誇大広告は処分対象に/厚労省 6.元理事長を提訴 背任起訴受け2.5億円請求、ガバナンス再建へ/東京女子医大 1.診療所の4割が赤字転落、26年度改定で大幅引き上げを/日医日本医師会が9月17日に公表した緊急調査で、2024年度に医療法人立診療所の約4割が赤字経営に陥った実態が明らかになった。医業利益が赤字の診療所は45.2%、経常利益赤字は39.2%で、いずれも前年の2023年度から大幅に増加。医業利益率の平均は6.7%から3.2%へ、経常利益率は8.2%から4.2%へと半減した。中央値はさらに低く、実際の経営状況は平均値以上に厳しいことが浮き彫りとなった。調査は日医会員の診療所の院長など約7万2,000人を対象に実施し、1万1,103施設の有効回答を得た。その結果、物価高騰や人件費上昇に加え、新型コロナ関連補助金や診療報酬特例措置の廃止が収益悪化の主因とされた。医業収益は2.3%減少、費用は1.4%増加し、給与費や医薬品費・材料費が重くのしかかった。診療科別では内科、小児科、耳鼻咽喉科など感染症対応を担ってきた分野で、とくに利益率の低下が顕著となった。直近に決算を迎えた診療所ほど利益率が低下しており、2025年度には赤字診療所が5割に達する恐れが指摘された。さらに、「近い将来廃業を検討」との回答は13.8%に上り、地域医療体制維持への深刻な影響が懸念されている。経営課題として「物価高騰・人件費上昇」(76%)、「患者単価減少」(60.6%)、「受診率低下」などが挙げられ、設備老朽化も41.3%が回答した。松本 吉郎会長は会見で「このままでは診療所の事業継続や承継が困難となり、地域医療の基盤が失われかねない」と危機感を表明。2026年度診療報酬改定での大幅引き上げに加え、補正予算による緊急支援や期中改定の必要性を強く訴えた。また、人件費の高騰が経営を直撃している現状に触れ、「人件費率が高い医療機関に十分な手当てを行わなければ地域医療が崩壊する」と警鐘を鳴らした。 参考 1) 「令和7年 診療所の緊急経営調査」結果について(日医) 2) 医療法人診療所の利益率最頻値は「0~2%未満」、日医が実態調査(日経メディカル) 3) 診療所の4割赤字、医師会長「地域医療継続できなくなる恐れ」…診療報酬引き上げや経営支援を要望(読売新聞) 4) 日医が緊急調査 医療法人の診療所4割赤字、廃業懸念も14% 松本会長「26年度改定大幅アップを」(ミクスオンライン) 5) 診療所の4割が赤字経営 日本医師会「極めて厳しい状況」(毎日新聞) 6) 診療所の4割が経常赤字に 利益率は半減、特例廃止で医業収益も大幅減 日医(CB news) 2.スマホ保険証スタート 利用率は2割、医療DX加算に反映へ/厚労省厚生労働省は9月19日、スマートフォンを健康保険証として利用できる「スマホ保険証」の本格運用を開始した。マイナンバーカードと健康保険証を一体化した「マイナ保険証」の機能をスマホに搭載し、医療機関や薬局に設置されたカードリーダーにかざすことで本人確認と資格確認が可能となる仕組みである。患者の利便性向上や医療DXの推進が狙いとされ、医療DX推進体制整備加算の算定要件における「マイナ保険証利用率」にも反映されることが示された。12月適用分から支払基金による集計に反映される予定。その一方で、全国の対応状況は限定的であり、22万超の医療機関・薬局のうち、対応できる施設は約4万7,000ヵ所にとどまり、全体の2割程度となっている。厚労省は8月末から導入費用の半額補助を行っているが、9月18日時点で約1万5,000施設が補助を利用しているものの、依然として普及は道半ばとなっている。厚労省は、対応施設が少ないために現場の混乱を避ける目的で、暫定的に「スマホ画面の目視確認」を認めている。患者がスマホ保険証のみを持参し、リーダー未設置の医療機関を受診した場合、その場でマイナポータルにログインし、資格情報を画面表示すれば、窓口職員が目視で確認し、通常の自己負担割合で診療を受けられる仕組み。従来の健康保険証が失効した後も、資格確認書や一部の暫定措置により受診が可能とされる。一方で、制度移行期には患者や医療機関双方に戸惑いも多い。カードリーダーの故障や暗証番号の失念、高齢者や障害者の利用困難など実務上の課題も残る。さらに、マイナ保険証を利用しない場合は、資格確認書の自動交付が行われるが、患者の理解不足や情報不足によるトラブルも想定される。福岡 資麿厚生労働大臣は「患者の利便性向上が期待される」と述べつつ、事前に受診先が対応しているか確認するよう呼びかけている。厚労省は対応施設にステッカーを配布し、今後はホームページで一覧を公表する予定。 参考 1) スマホ保険証、医療DX加算の利用率に反映 12月適用分から 厚労省(CB news) 2) スマホ保険証、全国4.7万医療機関・薬局で運用開始 対応2割どまり(日経新聞) 3) “スマホ保険証” きょう運用開始 利用可能な施設は一部に限定(NHK) 4) 「スマホ保険証」スタートしたけど「目視OK」のアナログ運用 デジタル対応できる医療機関がたった2割で(東京新聞) 3.サイバー攻撃増加で、電子カルテ共有サービスを基幹インフラに追加へ/厚労省厚生労働省は9月19日、医療分野を「基幹インフラ制度」の対象に追加する方針を社会保障審議会の医療部会に示した。近年、医療機関や関連システムへのサイバー攻撃が増加する中、地域医療の安定的提供を守る「最後の砦」を確保する観点から、医療分野の対応強化が狙いとなっている。基幹インフラ制度は経済安全保障推進法に基づき、電気・ガス・通信など国民生活に不可欠な分野を対象に、重要設備の導入時に事前の国審査を義務付ける仕組み。2023年11月の法施行を経て、2024年5月に運用が始まり、現在15分野が指定されている。政府は2024年の「骨太の方針」で医療分野の追加を検討する方針を示しており、今回の提案はその具体化となる。厚労省案では、社会保険診療報酬支払基金を基幹インフラ事業者に指定し、同基金が運用する電子カルテ情報共有サービス、電子処方箋管理サービス、オンライン資格確認システムなどを特定重要設備として事前審査の対象に加える。また、救命救急や災害医療を担う高度医療機関も制度対象とする方向も示している。特定重要設備の導入にあたっては、事前に届け出て厚労相による30日間の審査を受けることになり、国外からの妨害リスクが高い場合には、国が勧告や命令を行うことができる。一方で、制度対象となる医療機関の経費など負担増の懸念も委員から指摘された。公定価格で診療報酬が定められているため、他の産業分野のようにコストを価格に転嫁できないことから、十分な配慮を求める声もあがっている。厚労省は今後、有識者会議と並行して、対象医療機関の範囲や特定重要設備の具体像を検討していく見通しである。今回の制度追加は、医療のDX化が進む中で不可欠なインフラを守り、サイバー攻撃や災害時にも持続可能な地域医療を確保することを目的としている。法改正を視野に議論が進められることで、医療機関のセキュリティ対策と財政的支援の両立が今後の焦点となる。 参考 1) 基幹インフラ制度への医療分野の追加について(厚労省) 2) 電子カルテ共有、経済安保「基幹インフラ」に 妨害防止へ厚労省案(日経新聞) 3) 「基幹インフラ制度」への医療分野の追加検討へ 特定重要設備の導入に届け出必要 厚労省(CB news) 4.特定機能病院に新基準、総合診療や形成外科を必須領域に追加/厚労省厚生労働省は9月18日、「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」を開き、特定機能病院の承認要件を大幅に見直す方針を示した。大学病院本院に求める「基礎的基準」のうち診療科については、現行の16領域に加え、形成外科、病理診断科、臨床検査科、リハビリテーション科、総合診療の5領域を新たに必須とする。病理・臨床検査・総合診療は、部門で実質的に診療を担っていれば設置とみなし、専門医配置の基準にも算入される。教育面では、これらを含む全19領域で専門研修プログラムの基幹施設となることが求められる。看護師・薬剤師の実習受け入れも義務化され、地域医療機関への教育機会提供が明文化された。研究では、従来の「年間70本以上の査読付き英文論文」に加え、Academic Research Organization(ARO)など研究支援組織の設置が必要となる。そのほか、地域医療への貢献も強化され、大学病院本院から半年以上派遣された医師を常勤換算で評価し、派遣元で3年以上勤務した医師が対象となる。分院やサテライトへの派遣は原則除外となるが、医師少数区域であれば算入可能とする。2027(令和9)年度からは派遣医師の名簿作成と毎年の報告が義務付けられる。医療安全も重点項目とされ、重大事象を「A類型」「B類型」に分け、全例の報告・検証を義務化する。管理者の介入権限や医療安全管理責任者の要件を厳格化し、監査委員会には特定機能病院の実務経験者を必須とした。さらに相互ピアレビューを通じた継続的改善が求められる。既存の病院が新基準を満たせない場合は旧基準での存続を認め、ナショナルセンターについては一部基準を代替する。厚労省は今回の見直しを通じ、特定機能病院を「地域・研究・教育の拠点」と再定義し、医師偏在の是正や2040年の人口減少社会を見据えた体制整備を進める考えを示している。 参考 1) 第27回特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会(厚労省) 2) 特定機能病院に設置求める基本診療科の案示す 総合診療など5領域を追加 厚労省(CB news) 3) 特定機能病院の新基準に「薬剤師の育成」厚労省、大学病院本院やNC対象(じほう) 5.美容医療の立入検査が本格化、診療録不備・誇大広告は処分対象に/厚労省厚生労働省は、美容医療を巡る健康被害・相談の増加を受け、違法の疑いがある行為を明示し、保健所の立入検査や是正命令につなげやすくする解釈通知を発出した。通知では、(1)無資格カウンセラーなどが個別状況に応じ治療方針を提案・決定すること、脱毛・アートメイク・HIFUなどの医行為を行うことを医師法17条違反と整理し、形式が「料金説明」であっても実質が医学的判断なら違反、(2)医師の指示なく看護師のみで診察・処置・治療方針決定を行うことは医師法17条・保助看法37条違反の可能性、(3)メールやチャットのみの「無診察」診断・処方はオンライン診療指針に反し医師法20条違反の恐れ、(4)診療録の未作成・不備は医師法24条違反で罰則対象と具体例付きで示した。加えて、管理者の不在・安全管理体制(指針・研修・薬機/医機安全管理)の欠落、広告の虚偽・誇大・比較優良、「No.1」表示や術前後写真の不適正な掲出、自由診療情報の不備などについて医療法違反の手順・対応期限の考え方を提示した。保健所は医療法25条に基づく立入検査・報告徴収・是正命令、違反時の業務停止・許可取消までを段階的に行使でき、刑事罰の対象となる事案は警察・消費者庁と連携して告発可能とした。自由診療で実態が見えにくい領域に法的根拠を与え、現場の執行力を高める狙いである。各医療機関は、委任・説明・広告・記録・オンライン診療運用の全工程を点検し、院内規程と研修の即時是正、カウンセリング工程の医師介入・記録化、広告物の総点検を急ぐ必要がある。 参考 1) 違法美容医療、厚労省指導強化へ 相談増で保健所立ち入り事例示す(共同通信) 2) 美容医療、違法疑い事例明示 無資格者関与やメール診断など指導強化(日経新聞) 3) 美容医療に関する取扱いについて(厚労省) 6.元理事長を提訴 背任起訴受け2.5億円請求、ガバナンス再建へ/東京女子医大東京女子医科大学(東京都新宿区)は9月17日、背任罪で起訴されている岩本 絹子元理事長に対し、約2億5,290万円の損害賠償を求める民事訴訟を東京地裁に提起したと発表した。提訴は8月12日付。大学は2024年8月に公表した第三者委員会報告書で、業務委託費や出向者人件費に関する不正支出の疑い、権限集中によるガバナンス不全を指摘されていた。責任追及委員会による調査で、元理事長に善管注意義務違反が認められると判断し、今回の提訴に至った。岩本元理事長は、2018~21年に河田町キャンパスの新校舎建設や付属病院移転に伴う工事を巡り不正な支出を行い、大学に計約2億8,000万円の損害を与えたとして、2025年1月に逮捕、2月に起訴され、大学は昨年8月に同氏を解任している。今回の訴訟について大学は、「専横体制を招いたガバナンス機能不全の責任を明確化する」とコメント。責任追及委員会は今後も調査を続け、他の案件についても提訴などを検討するとしている。また、大学は、専横体制下で損なわれた教職員の心理的安全性を回復するため「心理的安全性確保の宣言」を策定し、組織再建とガバナンス再構築に取り組む姿勢を強調した。清水 治理事長は声明で「新生東京女子医科大学に向け、全教職員のコンプライアンス意識を高め、健全な運営を実現する」と表明。大学は法的責任追及と並行して、透明性と信頼回復を重視した改革を進める方針を打ち出している。 参考 1) 元理事長に対する責任追及の訴えの提起について(東京女子医大) 2) 東京女子医大、元理事長を提訴(朝日新聞) 3) 東京女子医大、岩本元理事長を提訴 「不正で損害」2億円請求(日経新聞) 4) 東京女子医大が岩本絹子元理事長を提訴 「不正支出で損害」2億5000万円請求(産経新聞)

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第280回 コロナ治療薬の今、有効性・後遺症への効果・家庭内感染予防(前編)

INDEXニルマトレルビル/リトナビルモルヌピラビルニルマトレルビルか? モルヌピラビルか?感染症法上の5類移行後、これまでの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の動向について、その1(第277回)では感染者数、入院者数、死亡者数の観点からまとめ、その2(第278回)では流行ウイルス株とこれに対抗するワクチンの変遷(有効性ではなく規格などの変遷)、その3(第279回)ではワクチンの有効性について比較的大規模に検証された研究を取り上げた。今回は治療薬について、ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)とモルヌピラビル(同:ラゲブリオ)について紹介する。もっとも、漠然と論文のPubMed検索をするのではなく、日本での5類移行後にNature誌、Science誌、Lancet誌、NEJM誌、BMJ誌、JAMA誌とその系列学術誌に掲載され、比較対照群の設定がある研究をベースにした。ニルマトレルビル/リトナビル2024年4月のNEJM誌に掲載されたのが、国際共同無作為化二重盲検プラセボ対照第II/III相試験「EPIC-SR試験」1)。新型コロナの症状出現から5日以内の18歳以上の成人で、ワクチン接種済みで重症化リスク因子がある「高リスク群」とワクチン未接種または1年以上接種なしでリスク因子がない「標準リスク群」を対象にニルマトレルビル+リトナビルの有効性・安全性をプラセボ対照で比較している。ちなみにこの研究の筆頭著者はファイザーの研究者である。主要評価項目は症状軽快までの期間(28日目まで)、副次評価項目は発症から28日以内の入院・死亡の割合、医療機関受診頻度、ウイルス量のリバウンド、症状再発など。まず両群を合わせたニルマトレルビル/リトナビル群(658例)とプラセボ群(638例)との間で主要評価項目、副次評価項目のいずれも有意差はなし。高リスク群、標準リスク群の層別で介入(ニルマトレルビル/リトナビル投与)の有無による主要評価項目、副次評価項目の評価でもいずれも有意差は認めていない。唯一、高リスク群で有意差はないものの、入院・死亡率がニルマトレルビル/リトナビル群で低い傾向があるくらいだ。実はEPIC-SR試験は、各国でニルマトレルビル/リトナビルの承認根拠となった18歳以上で重症化のリスクが高い外来での新型コロナ軽症・中等症患者を対象にした臨床試験「EPIC-HR試験」の拡大版ともいえる。その意味では、より幅広い患者集団で有効性を示そうとして図らずも“失敗”に終わったとも言える。有効性が示せたEPIC-HR試験と有効性が示せなかったEPIC-SR試験の結果の違いの背景の1つとしては、前者が 2021年7~12月、後者が2021年8月~2022年7月という試験実施時期が考えられる。つまり流行主流株が前者は重症化リスクが高いデルタ株、後者はデルタ株より重症化リスクの低いオミクロン株という違いである。このオミクロン株が流行主流株になってからの研究の1つが、2023年4月にBMJ誌に掲載された米国・VA Saint Louis Health Care Systemのグループによる米国退役軍人省の全国ヘルスケアデータベースを用いた後ろ向き観察研究2)である。最終的な解析対象は2022年1~11月に新型コロナの重症化リスク因子が1つ以上あり、重度腎機能障害や肝疾患の罹患者、新型コロナ陽性が判明した時点で何らかの薬物治療や新型コロナの対症療法が行われていた人を除く新型コロナ感染者25万6,288例。これをニルマトレルビル群(3万1,524例)と対症療法群(22万4,764例)に分け、主要評価項目を新型コロナ陽性確認から30日以内の入院・死亡率として検討している。その結果では、ワクチンの接種状況別に検討した主要評価項目の相対リスクは、未接種群が 0.60(95%信頼区間[CI]:0.50~0.71)、1~2回接種群が0.65(95%CI:0.57~0.74)、ブースター接種群が0.64(95%CI:0.58~0.71)で、いずれもニルマトレルビル/リトナビル群で有意なリスク減少が認められた。また、感染歴別での相対リスクも初回感染群が0.61(95%CI:0.57~0.65)、再感染群が0.74(95%CI:0.63~0.87)でこちらもニルマトレルビル/リトナビル群でリスク減少は有意だった。また、サブグループ解析では、ウイルス株別でも相対リスクを検討しており、BA.1/BA.2優勢期が0.64(95%CI:0.60~0.72)、BA.5優勢期が0.64(95%CI:0.58~0.70)で、この結果でもニルマトレルビル/リトナビル群が有意なリスク減少を示した。一見するとNEJM誌とBMJ誌の結果は相反するとも言えるが、後者のほうは対象が高齢かつ重症化リスク因子があるという点が結果の違いに反映されていると考えることができる。一方、新型コロナを標的とする抗ウイルス薬では、後遺症への効果や家庭内感染予防効果なども検討されていることが少なくない。後遺症への効果についてはLancet Infectious Disease誌に2025年8月掲載されたイェール大学のグループによるプラセボ対照二重盲検比較研究3)、JAMA Internal Medicine誌に2024年6月に掲載されたスタンフォード大学のグループによって行われたプラセボ対照二重盲検比較研究4)の2つがある。研究実施時期と症例数は前者が2023年4月~2024年2月で症例数が100例(ニルマトレルビル/リトナビル群49例、プラセボ/リトナビル群51例)、後者が2022年11月~2023年9月で症例数が155例(ニルマトレルビル/リトナビル群102例、プラセボ/リトナビル群53例)。両研究ともにニルマトレルビルの投与期間は15日間である。前者は18歳以上で新型コロナ感染歴があり、感染後4週間以内に後遺症と見られる症状が確認され、12週間以上持続している患者が対象。主要評価項目はニルマトレルビル/リトナビルあるいはプラセボ/リトナビル投与開始後28日目の米国立衛生研究所開発の身体的健康に関する患者報告アウトカム(PROMIS-29)のベースラインからの変化だったが、両群間に有意差はなかった。後者は18歳以上、体重40kg超で腎機能が保たれ、新型コロナ感染後、疲労感、ブレインフォグ、体の痛み、心血管症状、息切れ、胃腸症状の6症状のうち2つ以上を中等度または重度で呈し、90日以上持続している人が対象となった。主要評価項目は試験開始10週後のこれら6症状のリッカート尺度による評価だったが、こちらも両群間で有意差は認められなかった。家庭内感染予防についてはNEJM誌に2024年7月に掲載されたファイザーの研究者によるプラセボを対照としたニルマトレルビルの5日間投与と10日間投与の第II/III相無作為化二重盲検プラセボ対照試験5)がある。対象は2021年9月~2022年4月に新型コロナの確定診断を受けた患者の家庭内接触者で、無症状かつ新型コロナ迅速抗原検査陰性の18歳以上の成人。症例数はニルマトレルビル/リトナビル5日群が921例、10日群が917例、プラセボ群(5日間または10日間投与)が898例。主要評価項目は14日以内の症候性新型コロナ感染の発症率で、結果は5日群が2.6%、10日群が2.4%、プラセボ群が3.9%であり、プラセボ群を基準としたリスク減少率は5日群が29.8%(95%CI:-16.7~57.8、p=0.17)、10日群が35.5%(95%CI:-11.5~62.7、p=0.12)でいずれも有意差なし。副次評価項目の無症候性新型コロナ感染の発生率でも同様に有意差はなかった。もっとも、この研究では参加者の約91%がすでに抗体陽性だったことが結果に影響している可能性がある。モルヌピラビルこの薬剤については、最新の研究報告でいうとLancet誌に掲載されたイギリスでのPANORAMIC試験6)の長期追跡結果となる。同試験は非盲検プラットフォームアダプティブ無作為化対照試験で、2021年12月~2022年4月までの期間、すなわちオミクロン株が登場以降、新型コロナに罹患して5日以内の50歳以上あるいは18歳以上で基礎疾患がある人を対象に対症療法に加えモルヌピラビル800mgを1日2回、5日間服用した群(1万2,821例)と対症療法群(1万2,962例)で有効性を比較したものだ。ちなみに対象者のワクチン接種率は99.1%と、まさにリアルワールドデータである。主要評価項目は28日以内の入院・死亡率だが、これは両群間で有意差なし。さらに副次評価項目として罹患から3ヵ月、6ヵ月時点での「自覚的健康状態(0~10点スケール)」「重症症状の有無(中等度以上)」「持続症状(後遺症)」「医療・福祉サービス利用」「就労・学業の欠席」「家庭内の新規感染発生率」「医薬品使用(OTC含む)」「EQ-5D-5L(健康関連QOL)」を調査したが、このうち3ヵ月時点と6ヵ月時点でモルヌピラビル群が有意差をもって上回っていたのはEQ-5D-5Lだけで、あとは3ヵ月時点で就労・学業の欠席と家庭内の新規感染発生率が有意に低いという結果だった。ただ、家庭内新規感染発生率は6ヵ月時点では逆転していることや、そもそもこの評価指標が6ヵ月時点で必要かという問題もある。また、後遺症では有意差はないのにEQ-5D-5Lと就労・学業の欠席率で有意差が出るのも矛盾した結果である。もっと踏み込めば、この副次評価項目での有意差自体がby chanceだったと言えなくもない。一方、前述のBMJ誌に掲載されたニルマトレルビルに関する米国退役軍人省ヘルスケアデータベースを用いた後ろ向き観察研究を行った米国・VA Saint Louis Health Care Systemのグループは同様の研究7)をモルヌピラビルに関しても行っており、同じくBMJ誌に掲載されている。研究が行われたのはオミクロン株が主流の2022年1~9月で、対象者は60歳以上、BMI 30以上、慢性肺疾患、がん、心血管疾患、慢性腎疾患、糖尿病のいずれかを有する高リスク患者。主要評価項目は30日以内の入院・死亡率である。それによるとモルヌピラビル群7,818例、対症療法群7万8,180例での比較では、主要評価項目はモルヌピラビル群が2.7%、対症療法群が3.8%、相対リスクが0.72(95%CI:0.64~0.79)。モルヌピラビル群で有意な入院・死亡率の減少が認められたという結果だった。ちなみにモルヌピラビル投与による有意な入院・死亡低下効果は、ワクチン接種状況別、変異株別(BA.1/BA.2優勢期およびBA.5優勢期)、感染歴別などのサブグループ解析でも一貫していたという。ニルマトレルビルか? モルヌピラビルか?新型コロナでは早期に上市されたこの2つの経口薬について、「いったいどちらがより有効性が高いのか?」という命題が多くの臨床医にあるだろう。承認当時の臨床試験結果だけを見れば、ニルマトレルビルに軍配が上がるが、果たしてどうだろう。実は極めて限定的なのだが、これに答える臨床研究がある。Lancet Infectious Disease誌に2024年1月に掲載されたオックスフォード大学のグループが実施したタイ・バンコクの熱帯医学病院を受診した発症4日未満、酸素飽和度96%以上の18~50歳の軽症例でのニルマトレルビル/リトナビル、モルヌピラビル、対症療法の3群比較試験8)である。実施時期は2022年6月以降でニルマトレルビル/リトナビル群が58例、モルヌピラビル群が65例、対症療法群が84例。主要評価項目はウイルス消失速度(治療開始0~7日)で、この結果ではニルマトレルビル/リトナビル群は対症療法群に比べ、ウイルス消失速度が有意に加速し、モルヌピラビル群はニルマトレルビル/リトナビル群との非劣性比較でモルヌピラビル群が劣性と判定された(非劣性マージンは10%)。さて、今回はまたもやニルマトレルビル/リトナビルとモルヌピラビルで文字数をだいぶ尽くしたため、次回レムデシビル(同:ベクルリー)、エンシトレルビル(同:ゾコーバ)でようやく最後になる。 1) Hammond J, et al. N Engl J Med. 2024;390:1186-1195. 2) Xie Y, et al. BMJ. 2023;381:e073312. 3) Mitsuaki S, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:936-946. 4) Geng LN, et al. JAMA Intern Med. 2024;184:1024-1034. 5) Hammond J, et al. N Engl J Med. 2024;391:224-234. 6) Butler CC, et al. Lancet. 2023;401:281-293. 7) Xie Y, et al. BMJ. 2023;381:e072705. 8) Schilling WHK, et al. 2024;24:36-45.

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COVID-19罹患は喘息やアレルギー性鼻炎の発症と関連

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患により、喘息、アレルギー性鼻炎、長期にわたる慢性副鼻腔炎の発症リスクが高まる可能性のあることが、新たな研究で明らかにされた。一方で、ワクチン接種により喘息と慢性副鼻腔炎のリスクは低下することも示された。カロリンスカ研究所(スウェーデン)のPhilip Curman氏らによるこの研究結果は、「The Journal of Allergy and Clinical Immunology」に8月12日掲載された。 Curman氏は、「ワクチン接種が感染そのものを防ぐだけでなく、特定の呼吸器合併症に対しても優れた予防効果をもたらす可能性のあることが興味深い」と同研究所のニュースリリースの中で述べている。 この研究でCurman氏らは、米国の電子健康記録のデータベースを用いて後ろ向きコホート研究を実施し、COVID-19罹患後における2型炎症性疾患(喘息、アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎、アトピー性皮膚炎、好酸球性食道炎)のリスクを評価した。対象者は、COVID-19に罹患した97万3,794人、新型コロナワクチン接種者69万1,270人、新型コロナウイルスに感染しておらず、ワクチンも未接種の対照群438万8,409人である。 解析の結果、COVID-19罹患群では対照群に比べて、喘息のリスクが65.6%(ハザード比1.656、95%信頼区間1.590〜1.725)、アレルギー性鼻炎のリスクが27.2%(同1.272、1.214〜1.333)、慢性副鼻腔炎のリスクが74.4%(同1.744、1.671〜1.821)、有意に高いことが明らかになった。アトピー性皮膚炎と好酸球性食道炎のリスクについては変化が見られなかった。その一方で、ワクチン接種者ではむしろリスク低下が見られ、喘息リスクは32.2%(同0.678、0.636〜0.722)、慢性副鼻腔炎リスクは20.1%(同0.799、0.752〜0.850)低下していた。直接比較からは、COVID-19罹患群ではワクチン接種群に比べて呼吸器系の2型炎症性疾患リスクが 2〜3倍高いことが示された。 これらの結果を踏まえてCurman氏は、「本研究結果は、COVID-19への罹患は気道に2型炎症性疾患を引き起こす可能性があるものの、他の臓器には影響しないことを示唆している」と述べている。 ただし研究グループは、本研究は観察研究であり、COVID-19罹患と気道の2型炎症性疾患との間に関連が示されたに過ぎないとして、慎重な解釈を求めている。

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