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パッチ検査でメラノーマを早期発見できる日は近い?

 将来的には、自宅で行う新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の簡易検査のように、メラノーマ(悪性黒色腫)の検査ができるようになるかもしれない。米ミシガン大学の研究グループが、マイクロニードルが埋め込まれた「ExoPatch」と呼ばれるシリコンパッチにより、マウスのメラノーマと健康な皮膚を区別することができたとする研究結果を報告した。同大学の化学工学教授のSunitha Nagrath氏は、「成功すれば、このパッチが皮膚がん検出に革命を起こす可能性がある」と述べている。米国立衛生研究所(NIH)の資金提供を受けて実施されたこの研究の詳細は、「Biosensors and Bioelectronics」10月1日号に掲載された。 ExoPatchに使われているマイクロニードルは長さわずか0.6mm、針先の幅は100nm(0.0001mm)未満と非常に細い。針は、アネキシンV(Annexin V)というタンパク質を含む特殊なゲルでコーティングされていて、それがエクソソームという物質を皮膚から吸着する。エクソソームは細胞から放出される小さな膜状の小胞で、タンパク質やDNA、RNAなどを含んでいる。エクソソームは細胞間コミュニケーションに重要な役割を担っており、がんをはじめとするさまざまな疾患の発症や進行に関与していると考えられている。がん細胞が放出するエクソソームは、周囲の組織や遠隔部位においてがんの転移や進行を促進する環境を形成することが報告されており、がんの早期発見や診断マーカーとしての応用が期待されている。 パッチを皮膚からはがした後に酸性の液体に浸すと、ゲルが溶けて針に付着していたエクソソームが溶液中に放出される。その後、この溶液に検査用の試験紙を浸すと、結果が表示されるという仕組みだ。もし検体にメラノーマ由来のエクソソームが含まれていれば、試験紙には2本線(陽性)、含まれていなければ1本線(陰性)が現れる。 研究では、マウスの皮膚組織サンプルを用いてこの試験の精度が検証された。サンプルの半分は健康なマウスから、もう半分はヒトのメラノーマ由来の腫瘍片を注入したマウスから採取されたものだった。Nagrath氏らがマウスの皮膚にパッチを15分間貼り付けてからはがし、それを走査電子顕微鏡で観察したところ、想定されていたサイズである30〜150nmのエクソソームがマイクロニードルにしっかりと付着していることが確認された。次に、このゲルを溶液に溶かして試験紙で検査をした。その結果、両者を明確に識別することに成功し、メラノーマ由来の皮膚サンプルでは、正常な皮膚と比べて試験紙の線が3.5倍濃く現れていることが確認された。 Nagrath氏は、「これは、皮下液から疾患特異的なエクソソームを捕捉するように設計された初のパッチであり、その潜在的な応用範囲は広範だ」と述べる。同氏はまた、「色白でほくろが多い人はメラノーマのリスクが高いため、通常は6カ月ごとに皮膚科で診察を受け、疑わしいほくろがあれば生検で悪性か良性かを調べてもらう必要がある。しかし、この検査があれば自宅ですぐに結果が分かり、陽性の結果のときのみ皮膚科を受診して追加の検査を受ければ良くなる」と話している。 今後は、ヒトを対象にした予備的研究を経て、このパッチに関する臨床試験が行われる予定である。研究グループは、このパッチの特許保護を申請済みであるという。

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「高齢者の安全な薬物療法GL」が10年ぶり改訂、実臨床でどう生かす?

 高齢者の薬物療法に関するエビデンスは乏しく、薬物動態と薬力学の加齢変化のため標準的な治療法が最適ではないこともある。こうした背景を踏まえ、高齢者の薬物療法の安全性を高めることを目的に作成された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が2025年7月に10年ぶりに改訂された。今回、ガイドライン作成委員会のメンバーである小島 太郎氏(国際医療福祉大学医学部 老年病学)に、改訂のポイントや実臨床での活用法について話を聞いた。11領域のリストを改訂 前版である2015年版では、高齢者の処方適正化を目的に「特に慎重な投与を要する薬物」「開始を考慮するべき薬物」のリストが掲載され、大きな反響を呼んだ。2025年版では対象領域を、1.精神疾患(BPSD、不眠、うつ)、2.神経疾患(認知症、パーキンソン病)、3.呼吸器疾患(肺炎、COPD)、4.循環器疾患(冠動脈疾患、不整脈、心不全)、5.高血圧、6.腎疾患、7.消化器疾患(GERD、便秘)、8.糖尿病、9.泌尿器疾患(前立腺肥大症、過活動膀胱)、10.骨粗鬆症、11.薬剤師の役割 に絞った。評価は2014~23年発表の論文のレビューに基づくが、最新のエビデンスやガイドラインの内容も反映している。新薬の発売が少なかった関節リウマチと漢方薬、研究数が少なかった在宅医療と介護施設の医療は削除となった。 小島氏は「当初はリストの改訂のみを行う予定で2020年1月にキックオフしたが、新型コロナウイルス感染症の対応で作業の中断を余儀なくされ、期間が空いたことからガイドラインそのものの改訂に至った。その間にも多くの薬剤が発売され、高齢者にはとくに慎重に使わなければならない薬剤も増えた。また、薬の使い方だけではなく、この10年間でポリファーマシー対策(処方の見直し)の重要性がより高まった。ポリファーマシーという言葉は広く知れ渡ったが、実践が難しいという声があったので、本ガイドラインでは処方の見直しの方法も示したいと考えた」と改訂の背景を説明した。「特に慎重な投与を要する薬物」にGLP-1薬が追加【削除】・心房細動:抗血小板薬・血栓症:複数の抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)の併用療法・すべてのH2受容体拮抗薬【追加】・糖尿病:GLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬・正常腎機能~中等度腎機能障害の心房細動:ワルファリン 小島氏は、「抗血小板薬は、心房細動には直接経口抗凝固薬(DOAC)などの新しい薬剤が広く使われるようになったため削除となり、複数の抗血栓薬の併用療法は抗凝固療法単剤で置き換えられるようになったため必要最小限の使用となっており削除。またH2受容体拮抗薬は認知機能低下が懸念されていたものの報告数は少なく、海外のガイドラインでも見直されたことから削除となった。ワルファリンはDOACの有効性や安全性が高いことから、またGLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬は低体重やサルコペニア、フレイルを悪化させる恐れがあることから、高齢者における第一選択としては使わないほうがよいと評価して新たにリストに加えた」と意図を話した。 なお、「特に慎重な投与を要する薬物」をすでに処方している場合は、2015年版と同様に、推奨される使用法の範囲内かどうかを確認し、範囲内かつ有効である場合のみ慎重に継続し、それ以外の場合は基本的に減量・中止または代替薬の検討が推奨されている。新規処方を考慮する際は、非薬物療法による対応で困難・効果不十分で代替薬がないことを確認したうえで、有効性・安全性や禁忌などを考慮し、患者への説明と同意を得てから開始することが求められている。「開始を考慮するべき薬物」にβ3受容体作動薬が追加【削除】・関節リウマチ:DMARDs・心不全:ACE阻害薬、ARB【追加】・COPD:吸入LAMA、吸入LABA・過活動膀胱:β3受容体作動薬・前立腺肥大症:PDE5阻害薬 「開始を考慮するべき薬物」とは、特定の疾患があった場合に積極的に処方を検討すべき薬剤を指す。小島氏は「DMARDsは、今回の改訂では関節リウマチ自体を評価しなかったことから削除となった。非常に有用な薬剤なので、DMARDsを削除してしまったことは今後の改訂を進めるうえでの課題だと思っている」と率直に感想を語った。そのうえで、「ACE阻害薬とARBに関しては、現在では心不全治療薬としてアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬が登場し、それらを差し置いて考慮しなくてもよいと評価して削除した。過活動膀胱治療薬のβ3受容体作動薬は、海外では心疾患を増大させるという報告があるが、国内では報告が少なく、安全性も高いため追加となった。同様にLAMAとLABA、PDE5阻害薬もそれぞれ安全かつ有用と評価した」と語った。漠然とした症状がある場合はポリファーマシーを疑う 高齢者は複数の医療機関を利用していることが多く、個別の医療機関での処方数は少なくても、結果的にポリファーマシーとなることがある。高齢者は若年者に比べて薬物有害事象のリスクが高いため、処方の見直しが非常に重要である。そこで2025年版では、厚生労働省より2018年に発表された「高齢者の医薬品適正使用の指針」に基づき、高齢者の処方見直しのプロセスが盛り込まれた。・病状だけでなく、認知機能、日常生活活動(ADL)、栄養状態、生活環境、内服薬などを高齢者総合機能評価(CGA)なども利用して総合的に評価し、ポリファーマシーに関連する問題点を把握する。・ポリファーマシーに関連する問題点があった場合や他の医療者から報告があった場合は、多職種で協働して薬物療法の変更や継続を検討し、経過観察を行う。新たな問題点が出現した場合は再度の最適化を検討する。 小島氏らの報告1,2)では、5剤以上の服用で転倒リスクが有意に増大し、6剤以上の服用で薬物有害事象のリスクが有意に増大することが示されている。そこで、小島氏は「処方の見直しを行う場合は10剤以上の患者を優先しているが、5剤以上服用している場合はポリファーマシーの可能性がある。ふらつく、眠れない、便秘があるなどの漠然とした症状がある場合にポリファーマシーの状態になっていないか考えてほしい」と呼びかけた。本ガイドラインの実臨床での生かし方 最後に小島氏は、「高齢者診療では、薬や病気だけではなくADLや認知機能の低下も考慮する必要があるため、処方の見直しを医師単独で行うのは難しい。多職種で協働して実施することが望ましく、チームの共通認識を作る際にこのガイドラインをぜひ活用してほしい。巻末には老年薬学会で昨年作成された日本版抗コリン薬リスクスケールも掲載している。抗コリン作用を有する158薬剤が3段階でリスク分類されているため、こちらも日常診療での判断に役立つはず」とまとめた。

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ビタミンDはCOVID-19の重症化を予防する?

 血中のビタミンDレベルが低い人では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患時に重症化するリスクが高まるようだ。新たな研究で、ビタミンD欠乏症の人は新型コロナウイルス感染により入院する可能性が36%高くなることが示された。南オーストラリア大学(オーストラリア)のKerri Beckmann氏らによるこの研究結果は、「PLOS One」に7月18日掲載された。 2022年に報告された研究によると、米国人の約5人に1人(22%)はビタミンD欠乏症であるという。この研究では、UKバイオバンク参加者のデータを用いて、血中のビタミンDレベルと新型コロナウイルス感染およびCOVID-19による入院との関連を検討した。対象は、2006年から2010年のベースライン時にビタミンDレベルを1回以上測定し、新型コロナウイルスのPCR検査結果が記録されている15万1,543人である。ビタミンDレベルは、欠乏(0〜<24nmol/L)、不足(25〜50nmol/L)、正常(>50nmol/L)の3群に分類した。 対象者のうち、2万1,396人がPCR検査で陽性と判定されていた。解析からは、ビタミンDレベルが正常な群を基準とした場合の新型コロナウイルス感染に対する調整オッズ比は、ビタミンDレベルが不足している群で0.97(95%信頼区間0.94〜1.00)、欠乏している群で0.95(同0.90〜0.99)であり、わずかながらも感染リスクは低い傾向が認められた。一方、COVID-19の重症化の調整オッズ比については、ビタミンDレベルが不足している群で1.19(同1.08〜1.31)、欠乏している群で1.36(同1.19〜1.56)であり、リスクが有意に高いことが示された。 Beckmann氏は、「この研究では、ビタミンDが欠乏しているか不足している人では、ビタミンDレベルが正常な人と比べてCOVID-19で入院する可能性は高いものの、新型コロナウイルスに感染するリスクが高いわけではないことが示された」と述べている。その上で同氏は、「ビタミンDは免疫システムの調整に重要な役割を果たすため、ビタミンDレベルが低いと、COVID-19のような感染症に対する体の反応に影響を及ぼす可能性がある」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 Beckmann氏はまた、「COVID-19はかつてほどの脅威ではなくなったかもしれないが、依然として人々の健康に影響を与えている。最もリスクが高くなるのはどういう人なのかを理解することで、リスクの高い人のビタミンDレベルをモニタリングするなど、さらなる予防策を講じることが可能になる」と述べている。ただし同氏は、「現時点では、ビタミンDサプリメント自体がCOVID-19の重症度を軽減できるかどうかは不明である。新型コロナウイルスとの共存が続く中で、この点については、今後の研究で検討する価値が十分にあるだろう」と話している。

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第256回 新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省 2.SFTS感染、全国拡大と過去最多ペース 未確認地域でも初報告/厚労省 3.AI医療診断を利用した大腸内視鏡検査、システム活用によるデメリットも明らかに/国立がん研ほか 4.医療DX推進体制整備加算、10月から基準引き上げへ/厚労省 5.医師・歯科医師20人に行政処分 強制わいせつ致傷で免許取消/厚労省 6.人口30万人以下の地域の急性期は1拠点化? 医療機能の再編議論が本格化/厚労省 1.新型コロナ感染者8週連続増 「ニンバス株」拡大とお盆の人流が影響/厚労省新型コロナウイルスの感染が全国で再び拡大している。厚生労働省によると、8月4日~10日の1週間に全国約3,000の定点医療機関から報告された新規感染者数は2万3,126人で、1医療機関当たりの平均患者数は6.13人となり、8週連続の増加となった。前週比は1.11倍で、40都道府県で増加。宮崎県(14.71人)、鹿児島県(13.46人)、佐賀県(11.83人)と、九州地方を中心に患者数が多く、関東では埼玉、千葉、茨城などで上昇が顕著だった。増加の背景には、猛暑による換気不足、夏季の人流拡大に加え、オミクロン株派生の変異株「ニンバス」の流行がある。国内の感染者の約4割がこの株とされ、症状として「喉にカミソリを飲み込んだような強い痛みを訴える」のが特徴。発熱や咳といった従来の症状もみられるが、強烈な喉の痛みで受診するケースが多い。医療機関では、エアコン使用で喉の乾燥と勘違いし、感染に気付かず行動する患者もみられる。川崎市の新百合ヶ丘総合病院では、8月14日までに陽性者70人を確認し、7月の100人を上回るペース。高齢者の入院も増加しており、熱中症と区別が付きにくいケースもある。都内の感染者数も8週連続で増加し、1医療機関当たり4.7人。東京都は、換気の徹底や場面に応じたマスク着用などの感染対策を呼びかけている。厚労省は「例年、夏と冬に感染者が増える傾向がある」として、基本的な感染対策の継続を求めている。とくに高齢者や持病のある人は重症化リスクが高いため、早期の受診や感染予防の徹底が重要とされる。 参考 1) 2025年8月15日 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況について(厚労省) 2) 新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数の推移(同) 3) 新型コロナ 東京は8週連続で患者増加 医師「お盆に帰省した人が発熱し感染広がるおそれも」(NHK) 4) 新型コロナウイルス 1医療機関当たり平均患者数 8週連続で増加(同) 5) 新型コロナ「ニンバス」流行 カミソリを飲んだような強烈な喉の痛み(日経新聞) 6) 新型コロナ変異株「ニンバス」が流行の主流、喉の強い痛みが特徴…感染者8週連続増(読売新聞) 2.SFTS感染、全国拡大と過去最多ペース 未確認地域でも初報告/厚労省マダニ媒介感染症「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」の国内感染者数は、2025年8月3日時点で速報値で124人に達し、すでに昨年の年間120人を超え、過去最多の2023年(134人)を上回るペースで増加している。感染報告は28府県に及び、高知県14人、長崎県9人など西日本が中心だが、北海道、茨城、栃木、神奈川、岐阜など従来未確認だった地域でも初感染が報告された。SFTSはマダニのほか、発症したイヌやネコや患者の血液・唾液からも感染する。潜伏期間は6~14日で、発熱、嘔吐、下痢を経て重症化すると血小板減少や意識障害を起こし、致死率は10~30%。2024年には抗ウイルス薬ファビピラビル(商品名:アビガン)が承認されたが、治療は主に対症療法である。高齢者の重症例が多く、茨城県では70代男性が重体となった事例もあった。感染拡大の背景には、里山の消失による野生動物の市街地進出でマダニが人の生活圏に侵入していること、ペットから人への感染リスク増大がある。とくにネコ科は致死率が約60%とされる。富山県では長袖・長ズボン着用でも服の隙間から侵入した事例が報告された。専門家や自治体は、草むらや畑作業・登山時の肌の露出防止、虫よけ剤の使用、ペットの散歩後のブラッシングやシャンプー、マダニ発見時の医療機関受診を呼びかけている。SFTSは全国的な脅威となりつつあり、従来非流行地域でも警戒が必要。 参考 1) マダニ対策、今できること(国立健康危機管理研究機構) 2) マダニ媒介の感染症 SFTS 全国の患者数 去年1年間の累計上回る(NHK) 3) 感染症SFTS 専門医“マダニはわずかな隙間も入ってくる”(同) 4) 致死率最大3割--“マダニ感染症”全国で拡大 「ダニ学者」に聞く2つの原因 ペットから人間に感染する危険も…対策は?(日本テレビ) 3.AI医療診断を利用した大腸内視鏡検査、システム活用によるデメリットも明らかに/国立がん研などポーランドなどの国際チームは、大腸内視鏡検査でAI支援システムを常用する医師が、AI非使用時に前がん病変(腺腫)の発見率を平均約20%低下させることを明らかにした。8~39年の経験を持つ医師19人を対象に、計約2,200件の検査結果の調査によって、AI導入前の腺腫発見率は28.4%だったが、導入後にAI非使用で検査した群では22.4%に低下し、15人中11人で発見率が下がったことが明らかになった。AI支援システムへの依存による注意力・責任感低下など「デスキリング」現象が短期間で起きたとされ、とくにベテラン医師でも回避ができなかった。研究者はAIと医師の協働モデル構築、AIなしでの定期的診断訓練、技能評価の重要性を強調している。一方、国立がん研究センターは、新たな画像強調技術「TXI観察法」がポリープや平坦型病変、SSL(右側結腸に好発する鋸歯状病変)の発見率を向上させると発表した。全国8施設・956例の比較試験では、主解析項目の腫瘍性病変発見数で有意差はなかったが、副次解析で発見率向上が確認された。TXIは明るさ補正・テクスチャー強調・色調強調により微細な変化を視認しやすくする技術で、見逃しがんリスク低減と死亡率減少が期待される。ただし、恩恵を受けるには検診受診が前提で、同センターは便潜血検査と精密内視鏡検査の受診率向上を強く訴えている。両研究は、大腸内視鏡の質向上におけるAI・新技術の有用性とリスクを示すものであり、機器性能の進化と医師技能の維持を両立させる体制構築が今後の課題となる。 参考 1) AI利用、 医師の技量低下 大腸内視鏡の質検証(共同通信) 2) AI医療診断の落とし穴:医師のがん発見能力が数ヶ月で低下(Bignite) 3) Study suggests routine AI use in colonoscopies could erode clinicians’ skills, warns/The Lancet Gastroenterology & Hepatology(Bioengineer) 4) 大腸内視鏡検査における「TXI観察法」で、ポリープや「見逃しがん」リスクとなる平坦型病変の発見率が向上、死亡率減少に期待-国がん(Gem Med) 5) 大腸内視鏡検査の新規観察法の有効性を前向き多施設共同ランダム化比較試験で検証「見逃しがん」のリスクとなる平坦型病変の発見率改善に期待(国立がん研) 4.医療DX推進体制整備加算、10月から基準引き上げへ/厚労省厚生労働省は8月7日付で、2024年度診療報酬改定で新設された「医療DX推進体制整備加算」について、2025年10月と2026年3月の2段階でマイナ保険証利用率の実績要件を引き上げる通知を発出した。小児患者が多い医療機関向けの特例や、電子カルテ情報共有サービス参加要件に関する経過措置も2026年5月末まで延長する。改正後の施設基準では、マイナ保険証利用率の基準値は上位区分で現行45%から10月に60%、来年3月に70%へ、中位区分で30%から40%・50%へ、低位区分で15%から25%・30%へ段階的に引き上げる。小児科特例は一般基準より3ポイント低く設定され、10月以降22%・27%となる。いずれも算定月の3ヵ月前の利用率を用いるが、前月または前々月の値でも可とする。加算はマイナ保険証利用率と電子処方箋導入の有無で6区分に分かれ、電子処方箋導入施設には発行体制や調剤結果の電子登録体制の整備を新たに求める。未導入施設は電子処方箋要件を課さないが、加算区分によっては算定不可となる場合がある。電子カルテ情報共有サービスは本格稼働前のため、「活用できる体制」や「参加掲示」を有しているとみなす経過措置を来年5月末まで延長。在宅医療DX情報活用加算についても同様の延長措置が適用される。通知では、これらの要件は地方厚生局長への届出不要で、基準を満たせば算定可能と明記。厚労省は、マイナ保険証利用率向上に向けた患者への積極的な呼びかけや掲示の強化を医療機関・薬局に促している。 参考 1) 「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」及び「特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」の一部改正について(医療 DX 推進体制整備加算等の取扱い関係)(厚労省) 2) 医療DX推進体制整備加算、マイナ保険証利用率基準を「2025年10月」「2026年3月」の2段階でさらに引き上げ-厚労省(Gem Med) 5.医師・歯科医師20人に行政処分 強制わいせつ致傷で免許取消/厚労省厚生労働省は8月6日、医道審議会医道分科会の答申を受け、医師12人、歯科医師8人の計20人に行政処分を決定した。発効は8月20日。別途、医師8人には行政指導(厳重注意)が行われた。処分理由は刑事事件での有罪確定や重大な法令違反が中心で、医療倫理や信頼を揺るがす事案が目立った。免許取り消しは三重県松阪市の58歳医師。2015年、診察室で製薬会社MRの女性に対し胸を触る、額にキスをする、顔に股間を押し付けようとするなどの強制わいせつ行為を行い、逃れようとした被害者が転落して視神経損傷の重傷を負った。2020年に懲役3年・執行猶予5年の有罪判決が確定していた。医師の業務停止は最長2年(麻薬取締法違反)から2ヵ月(医師法違反)まで幅広く、過失運転致傷・救護義務違反、児童買春、盗撮、迷惑行為防止条例違反、不正処方などが含まれた。戒告は4人に対して行われた。歯科医師では、最長1年10ヵ月(大麻取締法・麻薬取締法・道交法違反)から2ヵ月(詐欺幇助)までの業務停止が科され、診療報酬不正請求や傷害、廃棄物処理法違反も含まれた。戒告は2人だった。厚労省は、これら不正行為は国民の医療への信頼を損なうとし、再発防止と医療倫理向上を求めている。 参考 1) 2025年8月6日医道審議会医道分科会議事要旨(厚労省) 2) 医師と歯科医20人処分 免許取り消し、業務停止など-厚労省(時事通信) 3) 医師、歯科医師20人処分 厚労省、免許取り消しは1人(MEDIFAX) 4) 医師12名に行政処分、MRに対する強制わいせつ致傷で有罪の医師は免許取消(日本医事新報) 6.人口30万人以下の地域の急性期は1拠点化? 医療機能の再編議論が本格化/厚労省厚生労働省は8月8日、第2回「地域医療構想及び医療計画等に関する検討会」を開催し、2026年度からの新たな地域医療構想の柱として「医療機関機能報告」制度の導入を提案した。各医療機関は、自院が地域で担うべき4つの機能(急性期拠点、高齢者救急・地域急性期、在宅医療連携、専門など)について、救急受入件数や手術件数、病床稼働率、医師・看護師数、施設の築年数といった指標をもとに、役割の適合性を都道府県へ報告する。中でも議論を呼んだのが、救急・手術を担う「急性期拠点機能」の整備基準である。厚労省は人口規模に応じた整備方針を示し、人口100万人超の「大都市型」では複数の医療機関の確保、50万人規模の「地方都市型」では1~複数、30万人以下の「小規模地域」では原則1ヵ所への集約化を目指すとした。しかし、専門病院や大学病院がすでに存在する中核都市などでは、1拠点に絞るのは非現実的との声も上がっている。また、医療機関の築年数も協議指標として活用する案に対しては、公的病院と民間病院の間で資金力に格差がある中、基準化すれば民間病院の淘汰を招く恐れがあるとして、慎重な検討を求める意見も出た。実際、病院建築費は1平米当たり2011年の21.5万円から2024年には46.5万円と倍増し、全国には築40年以上の病棟が約1,600棟(16万床分)存在する。このほか、在宅医療連携機能には訪問診療・看護の実績や高齢者施設との協力体制、高齢者救急機能には診療所不足地域での外来1次救急や施設搬送の体制が求められる。人材面では、医師の地域偏在や診療科偏在だけでなく、今後10年で最大4割減少も予測される看護師不足が最大の制約要因として指摘された。 参考 1) 新たな地域医療構想策定ガイドラインについて(厚労省) 2) 急性期拠点機能の指標に「築年数」厚労省案 救急・手術件数や医療従事者数も(CB news) 3) 人口規模に応じた医療機関機能の整備を提示(日経ヘルスケア)

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ワクチンの追加接種はがん患者のCOVID-19重症化を防ぐ

 がん患者は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が重症化しやすいとされるが、新型コロナワクチンの追加接種を受けることで重症化を予防できる可能性があるようだ。新たな研究で、COVID-19によるがん患者の入院リスクは、新型コロナワクチンの追加接種によって、未接種の患者と比べて29%低下することが示された。米シダーズ・サイナイ医療センター地域保健・人口研究部長のJane Figueiredo氏らによるこの研究結果は、「JAMA Oncology」に7月17日掲載された。 この研究では、シダーズ・サイナイ、カイザー・パーマネンテ北カリフォルニア、ニューヨークのノースウェル・ヘルス、および退役軍人保健局でがん治療を受けたがん患者を対象に、従来型の新型コロナ1価ワクチン(2022年1月までに接種)、および変異株に対応した2価ワクチン(2022年9月1日〜2023年8月31日の間に接種)の追加接種がもたらす効果を検討した。 1価ワクチンの追加接種の効果についての検討で対象とされたがん患者は7万2,831人(女性24.6%)で、そのうちの69%が2022年1月1日までに追加接種を受けていた。3万4,006人年の追跡期間におけるCOVID-19による入院率(1,000人年当たり)は、追加接種群で30.5件、未接種群で41.9件であった。入院予防に対する調整済みのワクチン有効性(VE)は29.2%であり、COVID-19による入院を1件防ぐには166人にワクチンを接種する必要があると推定された。また、COVID-19罹患の予防に対するVEは8.5%、COVID-19関連の集中治療室(ICU)入室予防に対するVEは35.6%であった。 2価ワクチンの追加接種の効果についての検討で対象とされたがん患者は8万8,417人(女性27.8%)で、そのうちの38%が2価ワクチンの追加接種を受けていた。8万1,027人年間の追跡期間におけるCOVID-19による入院率(1,000人年当たり)は、追加接種群で13.4件、未接種群で21.7件であった。入院予防に対する調整済みのVEは29.9%であり、COVID-19による入院を1件防ぐには451人にワクチンを接種する必要があると推定された。また、COVID-19関連のICU入室予防に対するVEは30.1%であった。 Figueiredo氏は、「ワクチン接種群での入院患者数の減少は顕著であり、追加接種の効果を得るために接種が必要な患者数は少なかった。この結果は、がん患者にとってワクチン接種には大きなベネフィットがあることを示しており、接種について医療提供者と相談するきっかけになるだろう」とシダーズ・サイナイ医療センターのニュースリリースで述べている。 Figueiredo氏は、今回の研究では1価ワクチンの接種率が69%、2価ワクチンの接種率がわずか38%であったことについて、「これがワクチンの安全性に対する患者の懸念によるものなのか、それとも医療提供者ががん治療中に接種すべきか迷ったためなのかは明らかではない。確かなのは、がん患者を含む脆弱な集団がこれらのワクチンを接種できるよう強く訴えていく必要があるということだ」と述べている。 さらにFigueiredo氏は、「今回の研究は、新型コロナワクチンの有効性に関する理解を大きく深めるものであり、ワクチンの組成が変更されたり新たな変異株が出現したりしても、患者の健康を守るための最善の勧告を行えるよう、追加研究を実施していくつもりだ」と話している。同氏らは、今後の研究で自己免疫疾患患者や臓器移植を受けた患者などを対象にワクチンの有効性を調べる予定だとしている。

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輸液選択、乳酸リンゲル液vs.生理食塩水/NEJM

 日常的に行われている静脈内輸液投与に関して、乳酸リンゲル液のほうが生理食塩水よりも臨床的に優れているかは不明である。カナダ・オタワ大学のLauralyn McIntyre氏らCanadian Critical Care Trials Groupは、病院単位で期間を区切って両者を比較した検討において、乳酸リンゲル液を使用した場合に、初回入院後90日以内の死亡または再入院の発生率は有意に低下しなかったことを示した。NEJM誌オンライン版2025年6月12日号掲載の報告。カナダの7病院で試験、12週間ずつ使用をクロスオーバー 研究グループは、カナダのオンタリオ州にある7つの大学および地域病院で、非盲検、2期間、2シークエンス、クラスター無作為化クロスオーバー試験を実施した。静脈内輸液を病院全体で12週間ずつ乳酸リンゲル液または生理食塩水に割り付け、アウトカムを比較した。乳酸リンゲル液または生理食塩水使用への切り替えは、ウォッシュアウト後に行った。 主要アウトカムは、初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合とした。副次アウトカムは、主要アウトカムの各項目、入院期間、初回入院後90日以内の透析導入、90日以内の救急外来受診、自宅以外の施設への退院とした。 アウトカムデータは、保健行政データベースから入手した。解析は病院単位で行い、主要アウトカムは、参加病院全体で平均化した乳酸リンゲル液使用と生理食塩水使用の効果を比較推算した。初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合発生率は同等 試験は2016年8月~2020年3月に行われ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより試験が中断される前に、7病院が12週間ずつ2期間の試験を完了した。 主要アウトカムに関するデータは、4万3,626例の適格患者から入手できた(乳酸リンゲル液群2万2,017例、生理食塩水群2万1,609例)。 初回入院後90日以内の死亡または再入院の複合発生率は、乳酸リンゲル液群20.3±3.5%、生理食塩水群21.4±3.3%であった(補正後群間差:-0.53%ポイント、95%信頼区間:-1.85~0.79、p=0.35)。 副次アウトカムの結果もすべて、主要アウトカムの結果と一致していた。重篤な有害事象は報告されなかった。

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ファイザー・ビオンテック、LP.8.1対応コロナワクチンの承認取得

 ファイザーおよびビオンテックは8月8日付のプレスリリースにて、オミクロン株JN.1系統の変異株であるLP.8.1に対応した新型コロナウイルスワクチンについて、8月7日に厚生労働省より製造販売承認を取得したことを発表した。承認されたのは「コミナティ筋注シリンジ12歳以上用」「コミナティRTU筋注5~11歳用1人用」「コミナティ筋注6ヵ月~4歳用3人用」の3製品。これらのワクチンは2025~26年秋冬シーズンで使用される予定。 今回の承認は、両社が開発した新型コロナワクチンの安全性と有効性を示した臨床、非臨床およびリアルワールドデータを含むさまざまなエビデンスに基づいている。申請データには、品質に係るデータに加え、LP.8.1対応ワクチンが、XFG、NB.1.8.1、LF.7、および現在流行している他の変異株に対し、昨年度のJN.1対応ワクチンより優れた免疫反応を示した非臨床試験データなどが含まれている。 また、ワクチンの抗原株の変更と合わせて、以下の承認事項も変更された。・有効期間の延長:冷蔵(2~8℃)において8ヵ月から12ヵ月へ延長・包装単位の追加:1シリンジ包装に加え、5シリンジ包装を追加

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犬がにおいでパーキンソン病患者を検知

 犬の鋭い嗅覚は、逃亡犯の追跡や遺体の発見、違法薬物の捜索などに役立っている。過去の研究では、前立腺がん、マラリア、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの疾患を嗅ぎ分けることができたことも示されている。では、犬の嗅覚は、脳や神経系の疾患を検知できるほど鋭敏なのだろうか。 新たな研究で、嗅覚を使ってパーキンソン病を検知できるように訓練された2匹の犬が、皮脂スワブ検体からパーキンソン病患者を最高80%の精度で検出できたことが示された。英ブリストル大学獣医学部のNicola Rooney氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of Parkinson’s Disease」に7月14日掲載された。Rooney氏は、「私は、パーキンソン病患者を特定するための迅速で非侵襲的かつ費用対効果の高い方法の開発に犬が役立つと確信している」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 パーキンソン病は進行性の運動障害であり、脳の重要な神経伝達物質であるドパミンを産生する脳細胞が変性・減少することで発症する。主な症状は、手足の震え(振戦)、筋肉のこわばり(筋硬直)、バランス維持や協調運動の障害などである。研究グループによると、パーキンソン病の初期症状の一つとして、皮膚の脂腺から皮脂が過剰に分泌され、過度に蝋状または油っぽくなることがあるという。このことからRooney氏らは、犬が皮脂から生じる独特のにおいを頼りにパーキンソン病を検知できるのではないかと考えた。 この仮説を検証するためにRooney氏らは、5頭の犬に皮脂スワブ検体を使ってパーキンソン病のにおいを検知するための訓練を開始した。最終的に3頭が脱落し、ゴールデンレトリバーのバンパー(2歳、雄)とラブラドールレトリバーとゴールデンレトリバーのミックス犬のピーナッツ(3歳、雄)の2頭がパーキンソン病患者とパーキンソン病ではない人(対照)から採取した205点の皮脂スワブ検体を使って38〜53週間に及ぶ訓練を受けた。訓練では、犬がパーキンソン病患者の検体を正しく示すか、対照の検体を正しく無視するたびに報酬が与えられた。訓練の完了後、40点のパーキンソン病患者の検体と60点の対照の検体を用いた二重盲検試験で犬の検知能力を検証した。 その結果、2頭の犬の感度(パーキンソン病患者の検体を正しく識別する能力)は、それぞれ70%と80%、特異度(対照の検体を正しく無視する能力)は、それぞれ90%と98%であることが示された。 論文の上席著者で、英国の慈善団体メディカル・ディテクション・ドッグズのCEO兼最高科学責任者であるClaire Guest氏は、「犬が疾患を極めて正確に検知できることを改めて発表できることを非常に誇りに思う。現状ではパーキンソン病を早期発見するための検査は存在せず、症状が目に見える形で現れるようになり、それが持続して確定診断に至るまでに最大で20年もかかることがある。しかし、パーキンソン病でとりわけ重要なのは早期診断だ。なぜなら、それにより治療で疾患の進行を遅らせ、症状の重症度を軽減できる可能性があるからだ」と述べている。

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第274回 ケネディ氏のワクチン開発支援打ち切りを深読み

INDEX米国、mRNAワクチン開発を縮小へ契約終了と継続、わかっていること保健福祉省長官の意図悪魔はどっち?米国、mRNAワクチン開発を縮小へ当の本人は大真面目なのだろうが、傍から見ると、もはやガード下の居酒屋にいる酔っ払いオヤジが政治を語っているようだ。何のことかと言えば、米国・保健福祉省(HHS)が8月5日、傘下の生物医学先端研究開発局(BARDA)が行っているmRNAワクチンの研究開発支援を段階的に縮小すると発表した件である。ご存じのように現在のHHS長官はあのロバート・F・ケネディ・ジュニア氏である(第264回参照)。今回、影響を受けるのはBARDAで行われていた総額約5億ドル(約700億円)におよぶ22件のmRNAワクチン開発プロジェクトである。このプロジェクトすべてとその支援金額の詳細は明らかになっていないが、現時点で判明しているのは以下のような感じである。契約終了と継続、わかっていることまず契約が終了したのが、エモリー大学が行っていた吸入できるパウダータイプのmRNAワクチン研究、Tiba Biotech社(本社:マサチューセッツ州ケンブリッジ)が行っていた支援額約75万ドル(約1億2,000万円)のインフルエンザに対するRNA医薬の研究。また、BARDAへの提案そのものが却下されたのが、ファイザー社によるmRNAワクチン開発(詳細不明)、サノフィ・パスツール社によるmRNAインフルエンザワクチン開発、グリットストーン・バイオ社(本社:カリフォルニア州エメリービル)に対する支援額最大4億3,300万ドル(約637億6,300万円)の新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対する汎変異株対応の自己増幅型mRNAワクチン開発などである。一方でモデルナ社とテキサス大学医学部が国防総省と協力するフィロウイルス感染症(エボラ出血熱やマールブルグ病)へのmRNAワクチン開発、アークトゥルス・セラピューティクス社(本社:カリフォルニア州サンディエゴ)との支援総額最大6,320万ドル(約9億円)のH5N1鳥インフルエンザ自己増幅型mRNAワクチン開発の一部などは維持されるという。わかっている範囲だけでも、かなり広範な新規mRNAワクチンと既存ワクチンの新規モダリティに影響が及ぶことになるようだ。保健福祉省長官の意図この決定に関するHHSのプレスリリース1)には、「私たちは専門家の意見に耳を傾け、科学を検証し、行動を起こした。BARDAは、これらのワクチンがCOVID-19やインフルエンザなどの上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータに基づき、22件のmRNAワクチン開発への投資を停止する。私たちは、この資金をウイルスが変異しても効果を維持できる、より安全で幅広いワクチンプラットフォームへとシフトさせている」とするケネディ氏のコメントも含まれている。前述のように今回影響を受けるプロジェクトには、ケネディ氏が言うところの「ウイルスが変異しても効果を維持できる」ワクチン開発も含まれているのだが、どうやら本人のmRNAワクチン嫌悪が先に立っている模様だ。そもそも本人のコメントにある「上気道感染症を効果的に予防できないことを示すデータ」とは何を意味するのかは明記されていない始末である。この辺について、より深読みすると、いわゆるワクチンの三大効果と呼ばれる「感染予防」「発症予防」「重症化予防」のうち、ワクチンに懐疑的な人たちがよく示す「感染予防そのものが効果的に得られていないではないか」という主張なのかもしれない。確かに以前の本連載でも取り上げたが、内閣官房の新型インフルエンザ等対策推進会議 新型コロナウイルス感染症対策分科会会長だった尾身 茂氏(現・公益財団法人結核予防会 理事長)がテレビ出演時に言及したように、オミクロン株以降、mRNAワクチンの感染予防としての効果は高くないのが現実である。しかし、最も重大な事象である入院・死亡といった重症化予防効果に関して確たるものがあるのは、もはや異論はないだろう。もし感染予防効果うんぬんだけで測るならば、現在使われているインフルエンザの不活性化ワクチンも同様に無用なものとなってしまうが、そうした認識を持つ医療者はかなり少数派であるはずだ。また、mRNAワクチンは新規ウイルスに対する迅速なワクチン開発という点では、かつてない威力を発揮したことも私たちは実感している。今回のコロナ禍を従来型の不活性化ワクチン開発で乗り切ろうとしていたならば、今のような平常生活に戻るまでに要した時間は相当長いものになっていた可能性が高い。もはやmRNAワクチンについては、これがあることを前提に(1)これまでワクチン開発が難しかった病原体での新規開発、(2)抗体価持続期間の延長、(3)副反応の軽減、という方向性に進むフェーズに来ていると考えたほうがよい。その意味では今回影響を受けたワクチン研究開発プログラムを見ると、(2)については日本発の新型コロナワクチンとなったコスタイベで使われた自己増幅技術が次世代ワクチンとして注目を集めていることもうかがえる。悪魔はどっち?いずれにせよ、ケネディ氏の打ち出した方針はかなりの頓珍漢ぶりである。ちなみに同氏の最近のX(旧Twitter)の投稿を見ると、FDAの中庭のベンチに刻まれたセンテンスという投稿がある。そのセンテンスとは「The devil has got hold of the food supply of this country(悪魔がこの国の食糧供給を掌握している)」というもの。しかし、Xに搭載されている生成AIのGrokが「この写真は改変されている可能性が高い」と指摘している。要はそんなセンテンスなどベンチに刻まれていないということだ。いやはやとんだ人がHHS長官になったものである。「悪魔」はあなたではないのか、と問いたい。 参考 1) U.S. Department of Health and Human Services:HHS Winds Down mRNA Vaccine Development Under BARDA

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副作用編:発熱(抗がん剤治療中の発熱対応)【かかりつけ医のためのがん患者フォローアップ】第3回

今回は化学療法中の「発熱」についてです。抗がん剤治療において発熱は切っても切り離せない合併症の1つです。原因や重症度の判断が難しいため、抗がん剤治療中の患者さんが高熱を主訴に紹介元であるかかりつけ医に来院した場合は、多くが治療施設への相談になると思います。今回は、かかりつけ医を受診した際に有用な発熱の鑑別ポイントや、患者さんへの対応にフォーカスしてお話しします。【症例1】72歳、女性主訴発熱病歴局所進行大腸がん(StageIII)に対する術後補助化学療法を実施中。昨日から38.5度の発熱があったため、手持ちの抗菌薬(LVFX)の内服を開始した。解熱傾向であるが、念のためかかりつけ医(クリニック)を受診。診察所見発熱なし、呼吸器症状、腹部症状なし。食事摂取割合は8割程度。内服抗がん剤カペシタビン 3,000mg/日(Day11)【症例2】56歳、男性主訴発熱、空咳病歴進行胃がんに対して緩和的化学療法を実施中。3日前から38.2度の発熱と空咳が発現。手持ちの抗菌薬(LVFX)内服を開始したが、改善しないためかかりつけ医(クリニック)を受診。診察所見体温38.0度、SpO2:93%、乾性咳嗽あり、労作時呼吸苦軽度あり。腹部圧痛なし。食事摂取は問題なし。抗がん剤10日前に免疫チェックポイント阻害薬を含む治療を実施。ステップ1 鑑別と重症度評価は?抗がん剤治療中の発熱の原因は多岐にわたります。抗がん剤治療中であれば、まず頭に浮かぶのは「発熱性好中球減少症(FN:febrile neutropenia)かも?」だと思いますが、他の要因も含めて押さえておきたいポイントを挙げます。(1)発熱の原因が本当に抗がん剤かどうか確認服用中または直近に投与された抗がん剤の種類と投与日を確認。他の原因(主に感染:インフルエンザや新型コロナウイルス感染症、尿路感染症など)との鑑別。発熱以外の症状やバイタルの変動を確認。画像を拡大するFNは、末梢血の好中球数が500/µL未満、もしくは48時間以内に500/µL未満になると予想される状態で、腋窩温37.5度(口腔内温38度)の発熱を生じた場合と定義されています。FNは基本的には入院での対応が必要ですが、外来治療を考慮する場合には、下記のようなリスク評価が重要です。1)MASCC( Multinational Association for Supportive Care in Cancer)スコアMASCCスコアは、FN患者の重症化リスクを予測するための国際的に認知されたスコアリングシステムであり、低リスク群(21点以上)は外来加療が可能と判断されることがあります。画像を拡大する※該当する項目でスコアを加算し、スコアが高いほど低リスク。21点以上で低リスクとなる。2)CISNE(Clinical Index of Stable Febrile Neutropenia)スコア臨床的に安定している固形腫瘍患者では、CISNEスコアによる評価も推奨されています。画像を拡大する※低リスク群(0点)、中間リスク群(1~2点)、高リスク群(3点以上)。高リスクでは入院治療を考慮する。低リスク群:合併症1.1%、死亡率0%、中間リスク群:合併症6.2%、死亡率0%、高リスク群:合併症36%、死亡率3.1%。ステップ2 対応は?では、冒頭の患者さんの対応を考えてみましょう。【症例1】の場合、すでに抗菌薬を内服開始しており、解熱傾向でした。Vitalも安定しており、胸部X線写真でも異常陰影を認めませんでした。念のためインフルエンザおよび新型コロナウイルス感染症抗原検査を実施しましたが陰性でした。このケースでは抗菌薬の内服継続と解熱薬(アセトアミノフェン)処方、および抗がん剤の内服中止と治療機関への連絡(抗がん剤の再開時期や副作用報告)、経口補水液の摂取を説明して帰宅としました。【症例2】の場合、免疫チェックポイント阻害薬が投与されていて、SpO2:93%と低下しています。インフルエンザおよび新型コロナウイルス感染症抗原検査は陰性。胸部X線検査を実施したところ、両肺野に間質影を認めました。ただちに治療機関への連絡を行い、irAE肺炎の診断で即日入院加療となりました。画像を拡大する抗がん剤治療中の発熱対応フロー抗がん剤治療中の発熱は原因が多岐にわたるため、抗がん剤治療中に発熱で受診した場合は治療機関への受診を促してください。上記のケースはいずれも「低リスク」へ分類されますが、即入院が必要なケースが混在しています。詳細な検査や診察を行った上でのリスク評価が重要です。内服抗がん剤を中止してよいか?診察時に患者さんより「発熱しても抗がん剤を継続したほうがよいか?」と相談を受けた場合、基本的に内服を中止しても問題ありません。当院でも、「38度以上の発熱が発現した場合は、その日はお休みして大丈夫です」と説明しています。抗がん剤の再開については受診翌日に治療機関へ問い合わせるよう、患者さんへ説明いただけますと助かります。<irAEと感染>免疫チェックポイント阻害薬の普及した現代では、irAEはもはや日常的な有害事象となってしまいました。重篤なirAEに対して高用量のステロイド治療を導入することは年間で複数回経験します。その中で、最も注意が必要なのは、ステロイド治療中の感染症は発熱が「マスク」されるということです。採血検査ではCRPもあまり上昇しません。日々の身体診察がいかに重要であるかを痛感します。先日もirAE腎炎を発症した胆道がんの患者さんに対して、入院で高用量のステロイドを導入しました。順調に腎機能も改善し、ステロイド漸減に伴い外来へ切り替えてフォローしていましたが、ある日軽い腹痛で来院されました。発熱もなく、採血検査では炎症反応もさほど上昇していません。しかし、「何かおかしいな…」と思い、しつこく身体診察をすると右季肋部痛をわずかに認めました。胆管ステントを留置していたこともあり、念のためCT検査を実施してみると、以前存在した胆管内ガス(pneumobilia)の消失を認め、胆管ステント閉塞が疑われました。黄疸は来していないものの、ステント交換を依頼してドレナージをしてもらうと胆汁とともに膿汁が排液されました。初歩的なことですが、ステロイドカバー中は発熱もマスクされ、採血検査もアテにならないことが多いです。やっぱり基本は身体診察ですね。1)日本臨床腫瘍学会編. 発熱性好中球減少症(FN)診療ガイドライン(改訂第3版). 南江堂;2024.2)Klastersky J, et al. J Clin Oncol. 2000;18:3038-3051. 3)Carmona-Bayonas A, et al. J Clin Oncol. 2015;33:465-471.

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モデルナのLP.8.1対応コロナワクチン、一変承認を取得

 モデルナ・ジャパンは8月5日付のプレスリリースにて、同社の新型コロナウイルスワクチン「スパイクバックス筋注シリンジ 12歳以上用」および「スパイクバックス筋注シリンジ 6ヵ月~11歳用」について、2025~26年秋冬シーズン向けのオミクロン株JN.1系統の変異株LP.8.1対応とする一部変更承認を、8月4日に厚生労働省より取得したことを発表した。6ヵ月~11歳用については、生後6ヵ月以上4歳以下を対象とした追加免疫に関する一部変更承認も7月29日に取得した。 これらの承認により、2025年10月から開始予定の定期接種の対象者だけでなく、生後6ヵ月以上のすべての世代で、LP.8.1対応の本ワクチンを接種することが可能となる。12歳以上用は定期接種開始前の9月中、6ヵ月~11歳用は10月に供給開始の予定。 2025~26年秋冬シーズンの定期接種の対象者は、65歳以上、および60~64歳で心臓、腎臓または呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限される人、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による免疫の機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な人となっている。定期接種は各自治体において設定された自己負担額が発生する。 厚生労働省が8月1日付で発表した新型コロナの発生状況では、2025年第30週(7月21~27日)の定点報告数は全国平均で1医療機関当たり4.12人となり、沖縄県を除く全都道府県で増加している。

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第254回 新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省 1.新型コロナ、全国的に再拡大 定点報告数が20週ぶりに4人台/厚労省厚生労働省の発表によると、2025年第30週(7月21~27日)の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の定点報告数は全国平均で1医療機関当たり4.12人となり、20週ぶりに4人台に達した。感染者数は全国で1万5,924人(前週比約32%増)となり、定点報告医療機関の削減(5,000→3,000ヵ所)以降では最多となる。地域別では、沖縄が最多(14.13人)で、宮崎(10.07人)、鹿児島(9.33人)、熊本(7.85人)と南九州での拡大が著しい。宮崎県では、2週前と比べて1医療機関当たりの患者数が2.43人から4倍となる10.07人に急増し、昨年8月以来の水準になった。過去、夏季に1施設当たり30人規模まで感染が広がった記録があり、夏休みや帰省による人流増加に伴うさらなる流行拡大が懸念される。県では、手洗い・うがい、マスク着用、換気の徹底など基本的な感染症対策の再徹底を呼びかけている。また、今回の感染拡大は沖縄を除く全国46都道府県で報告数が増加しており、全国的な再流行の兆候が明確になっている。2025年春以降の「定点縮小体制」の下では、定点数が減ったため総感染者数の統計的把握は難しくなっているが、1施設当たりの報告数の上昇は実質的な感染拡大を示すものとみられる。今後も地域間の感染格差と重症化リスクの高い層への対応が重要となる。 参考 1) コロナ定点報告数、20週ぶりの4人台 感染者は前週比3割増1.59万人 厚労省(CB news) 2) 宮崎 新型コロナ患者急増 この2週間で4倍 感染防止対策を(NHK) 3) コロナ感染者増 前週比1.32倍 定点当たり4.12人(沖縄タイムス) 2.熱中症搬送、今年最多の1万人超 高齢者が半数以上占める/消防庁総務省消防庁の速報によると、2025年7月21~27日の1週間で熱中症により救急搬送された人は全国で1万804人となり、今年最多を記録した。前週比ではほぼ倍増(103.5%増)、5月以降の累計搬送者数は5万3,126人に達し、前年同期より約7,000人多い。東京都が最も多く1,099人、以下埼玉(750人)、北海道(690人)、大阪(641人)と続く。とくに北海道では、北見市で39.0℃を観測するなど記録的な暑さとなり、搬送者数は前年同期の2倍以上に上った。傷病程度別では、外来対応の軽症が6,821人、中等症3,624人、3週間以上の入院を要する重症が260人。死亡も16人確認され、14都道府県に分布していた。年代別では65歳以上の高齢者が6,012人と半数以上を占め、成人(18~64歳)が3,759人、少年(7~17歳)が969人、7歳未満は64人だった。発生場所では住居内が最多(4,083人)、続いて道路(2,094人)、駅や駐車場などの屋外公衆空間(1,328人)、職場(1,244人)と続き、屋内外問わず広く発生していた。とくに高齢者の自宅内での発症が多く、エアコンの使用を控える傾向も指摘されている。消防庁は、こまめな水分補給やエアコンの使用、作業時の休憩に加え、離れて暮らす高齢者への声かけや見守りの重要性を強調している。猛暑は今後も続く見込みであり、医療機関・行政機関ともに、高リスク者への啓発と搬送体制の強化が求められる。 参考 1) 全国の熱中症による救急搬送状況 令和7年7月21日~7月27日(消防庁) 2) 熱中症搬送、全国で今年最多の1万804人 16人の死亡確認 21~27日(産経新聞) 3) 熱中症搬送 27日までの1週間 全国1万人余 前週の2倍近くに増加(NHK) 4) 熱中症搬送者数、今年最多1万804人-前週比倍増 消防庁(CB news) 3.高難度の外科手術は集約、外科医に報酬強化を 中医協で議論進む/厚労省厚生労働省は、7月31日に中央社会保険医療協議会(中医協)の「入院・外来医療等の調査・評価分科会」を開き、外科医の減少と診療科偏在を背景に、急性期入院医療や高難度手術の「集約化」と、それを担う病院や外科医への診療報酬上の支援強化が議論された。とくに消化器外科医は、若年層で減少傾向にあり、外科医の勤務実態(業務負担・ワークライフバランス)を反映した経済的インセンティブの付与が急務とされた。同分科会では「集約化」が医療の質と病院経営の安定化に寄与する一方で、患者の医療アクセスや均てん化医療とのバランスも重要視された。また、症例数と治療成績の相関や、人口規模と医師数・症例数の関係が示され、とくに人口20万人未満の地域では、消化器外科医が1~2人のみの病院が多く、集約化の必要性が高いとされた。外科医確保に向けては、時間外・休日加算の活用や診療報酬による直接的な処遇改善策が提起されたが、現行制度の届け出が困難であることから、取得要件の緩和や新たな支援スキームの検討が必要との意見も出た。今後の診療報酬改定では、手術集約の促進に加え、外科医個人に報いる新たな加算制度の創設も検討課題となる。 参考 1) 令和7年度 第8回入院・外来医療等の調査・評価分科会[議事資料](厚労省) 2) 外科医不足解消に向け、「急性期入院医療・高難度手術の集約化」や「外科医の給与増」などを診療報酬で促進せよ-入院・外来医療分科会(Gem Med) 3) 手術を集約的に担う病院「適切に評価を」外科医不足対策で 中医協・分科会(CB news) 4.無床診療所が初の10万件超え 一方で有床診は7万床割れが現実に/厚労省厚生労働省が、7月31日に公表した医療施設動態調査(2025年5月末概数)によると、無床診療所の施設数がついに10万119施設となり、過去の修正を経て統計上初めて10万件を突破した。前年同月比で331施設の増加となり、無床診療所の増加傾向が鮮明となっている。その一方で、有床診療所は5,240施設と11施設の減少を記録し、1年前からは271施設の減。病床数も6万9,659床と前年同月比で4,116床の減少を示し、2025年4月末時点ではついに「7万床」を割り込んだ。減少ペースが続けば、2026年3月には5,000施設、7月には6万5,000床を下回る可能性が高い。この傾向の背景には、診療報酬の制度改正にもかかわらず経営環境の厳しさや後継者不足などの構造的課題がある。厚労省は、過去の改定で「地域包括ケア型」有床診への支援を強化し、初期加算の細分化や新加算(透析患者やハイリスク分娩管理への評価)を導入したが、有床診療所の減少に歯止めはかかっていない。有床診は一部地域では地域医療の4分の1を担っており、入院対応が可能な地域資源としての意義が大きい。今後の診療報酬改定に向けて、有床診の役割を再評価し、制度的・人的支援の在り方を見直すことが求められる。 参考 1) 医療施設動態調査(令和7年5月末概数)(厚労省) 2) 無床診療所が10万カ所を突破 5月末概数 1年で331カ所増加(CB news) 5.国立病院機構、全体の83%が赤字に 新型コロナ補助終了と物価高が打撃/国立病院機構国立病院機構(NHO)は、2024年度の経常収支が375億円の赤字となり、設立以来最大の損失を記録した。新木 一弘理事長は、厚生労働省の有識者会議で「このままでは機構の存続も危うい」と述べ、経営改善の緊急性を強調した。前年度は190億円の赤字であり、1年で倍近くに悪化し、赤字病院は117施設(83.6%)に上った。主因は新型コロナ病床補助金の廃止(-233億円)に加え、人件費(+138億円)、材料費(+69億円)、光熱費の高騰などで経常費用は393億円増加。一方、入院・外来収益は増加傾向にあり、病床利用率も78.8%へ改善。クリティカルパス実施率や訪問看護利用、地域連携指標も一定の成果をみせたが、マイナ保険証のオンライン資格確認利用は22.8%に止まり、DX推進の遅れが浮き彫りとなった。業績改善策として、NHOは「経営改善総合プラン」を策定し、病院別KPIの可視化、好事例の横展開、院長層への経営研修強化などを実行している。チーム医療や特定行為研修修了者の配置も推進し、2024年度は特定行為看護師が596名へと前年比173名増となった。なお、他の公的病院でも赤字拡大傾向が続いており、済生会270億円、日本赤十字(日赤)450億円と並ぶ水準にあり、経営改善には診療報酬での対応が求められる。 参考 1) 独立行政法人評価に関する有識者会議 国立病院WG [配布資料](厚労省) 2) 国立病院機構が375億円の赤字に転落「過去最悪に」 24年度(CB news) 6.マイナ保険証、9月からスマホ対応へ 制度周知と現場支援が課題に/厚労省2025年7月末をもって、国民健康保険(国保)加入者の約7割(1,700万人)と後期高齢者医療制度加入者全員(1,900万人)の保険証が有効期限を迎え、原則「マイナ保険証」または「資格確認書」が必要となった。だが、制度や書類の違いを理解していない患者が多く、現場では混乱と説明負担が拡大している。厚生労働省は、急増する問い合わせや誤持参への対応として、これまで保険証として使えなかった「資格情報のお知らせ」の単独使用を国保加入者に限り来年3月まで特例的に認める方針へと転換した。加えて、75歳以上の高齢者には原則全員に資格確認書を配布し、移行を円滑にする意図を示したが、制度はかえって複雑化している。この混乱の背景には、昨年12月の保険証新規発行停止を皮切りに、厚労省が短期間に複数のルール変更や特例通知を繰り返したことがある。現場の医療機関や自治体などは、周知が追い付かず、患者対応に多大な事務負担を強いられている。中には「制度を知らずに期限切れの保険証を持参した」、「資格確認書とお知らせの違いがわからない」といった事例が各地で報告されている。一方、厚労省は新たな利用促進策として、スマートフォンによる「スマホ保険証」導入を進めており、読み取り機器(汎用カードリーダー)購入に1台5,000円を上限に補助する制度を創設し、早ければ9月から一部医療機関で運用を開始する。ただし、導入には顔認証端末や周辺機器整備が必要で、対応の遅れや補助制度の認知不足も懸念されている。今後は、制度の安定運用に向け、患者・医療機関の双方に対するわかりやすい周知と、例外措置の整理・一元化が急務となる。 参考 1) 9月からマイナ保険証がスマホでも使えます(厚労省) 2) 医療機関・薬局の窓口に訪れる患者に対する資格確認方法等に関するセミナー(同) 3) 外来診療等におけるマイナ保険証のスマホ搭載対応について(1)[スマホ搭載の概要](国保連合会) 4) 一部の健康保険証きょうから“原則使えず” 医療機関の対応は(NHK) 5) 「スマホ保険証」対応準備に補助 機器購入で5000円上限-厚労省(時事通信) 6) 国保などの健康保険証が7月末で期限切れ、「マイナ保険証」移行呼びかけ…来年3月まで使用は可能(読売新聞) 7) マイナ保険証でまたルール変更…知らない人続出の「資格情報のお知らせ」で 大量の期限切れ前に 厚労省の弁解は(東京新聞)

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中等症~重症の活動性クローン病、グセルクマブ導入・維持療法が有効/Lancet

 中等症~重症の活動期クローン病患者において、プラセボおよびウステキヌマブと比較して、グセルクマブ(ヒト型抗ヒトIL-23 p19モノクローナル抗体)の静脈内投与による導入療法後、同薬の皮下投与による維持療法を行うアプローチは、有効性の複合エンドポイントが有意に優れ、忍容性も良好で安全性プロファイルは潰瘍性大腸などでの承認時のデータと一致することが、カナダ・カルガリー大学のRemo PanaccioneらGALAXI 2 & 3 Study Groupが実施した「GALAXI-2およびGALAXI-3試験」で示された。研究の成果は、Lancet誌2025年7月17日号に掲載された。同一デザインの2つの第III相無作為化treat-through試験 GALAXI-2・3試験は、試験期間48週間のプラセボおよびウステキヌマブ(実薬)を対照とする同一デザインの第III相二重盲検無作為化トリプルダミーtreat-through試験であり、2020年1月~2023年10月に日本を含む40ヵ国257施設で参加者の無作為化を行った(Johnson & Johnsonの助成を受けた)。 年齢18歳以上、3ヵ月以上続く中等症~重症の活動期クローン病の患者を対象とし、(1)クローン病活動指数(CDAI)スコアが220~450点で、1日の平均排便回数が3回を超えるか、または1日の平均腹痛スコアが1点を超える、(2)スクリーニング時の内視鏡検査でクローン病の証拠があり、簡易版クローン病内視鏡スコア(SES-CD)が6点以上、(3)回結腸の5つのセグメントのいずれかに潰瘍が存在することと定義した。 これらの患者を、次の4つの群に2対2対2対1の割合で無作為に割り付けた。(1)グセルクマブ200mg(0、4、8週目、静脈内投与)、同200mg(12~44週目、4週ごと、皮下投与)、(2)グセルクマブ200mg(0、4、8週目、静脈内投与)、同100mg(16~40週目、8週ごと、皮下投与)、(3)ウステキヌマブ約6mg/kg(0週目、静脈内投与)、同90mg(8~40週目、8週ごと、皮下投与)、(4)プラセボ(0、4、8週目、静脈内投与)、同(12~44週、4週ごと、皮下投与)。 プラセボ群のうち、12週目の時点で臨床的奏効が得られなかった患者は盲検下にウステキヌマブによる救済療法(12~44週、8週ごと、皮下投与)を受け、他の群の患者は12週時の奏効の有無にかかわらず当該治療を継続した。 主要複合エンドポイントとして、(1)12週時の臨床的奏効(CDAIスコアのベースラインから100点以上の低下、またはCDAIスコア150点未満)と48週時の臨床的寛解(CDAIスコア150点未満)、(2)12週時の臨床的奏効と48週時の内視鏡的奏効(SES-CDスコアのベースラインから50%以上の改善、またはSES-CDスコアが2点以下)を評価した。ウステキヌマブ群との比較でも良好な結果 1,021例(GALAXI-2試験508例[4群の年齢中央値の範囲:32.0~36.0歳、男性の割合の範囲:48~60%]、GALAXI-3試験513例[33.0~35.0歳、57~65%])を主解析の対象とした。 12週時の臨床的奏効と48週時の臨床的寛解の達成率は、GALAXI-2試験ではプラセボ群が12%(9/76例)であったのに対し、グセルクマブ200mg群は55%(80/146例)(補正後群間差:43%[95%信頼区間[CI]:32~54]、p<0.0001)、同100mg群は49%(70/143例)(38%[27~49]、p<0.0001)といずれの投与法とも有意に良好で、GALAXI-3試験でも同様の結果であった(13%[9例]vs.48%[72例]、補正後群間差:35%[95%CI:24~46]、p<0.0001/13%[9例]vs.47%[67例]、34%[23~45]、p<0.0001)。 また、12週時の臨床的奏効と48週時の内視鏡的奏効の達成率は、GALAXI-2試験ではプラセボ群の5%(4例)に比べ、グセルクマブ200mg群は38%(56例)(補正後群間差:33%[95%CI:24~42]、p<0.0001)、同100mg群は39%(56例)(34%[24~43]、p<0.0001)であり、いずれの投与法とも有意に優れ、GALAXI-3試験でも同様の結果が得られた(6%[4例]vs.36%[54例]、補正後群間差:31%[95%CI:21~40]、p<0.0001/6%[4例]vs.34%[48例]、28%[19~37]、p<0.0001)。 2つの試験の統合解析では、ウステキヌマブ群に比べ2つのグセルクマブ群とも、4つの長期(48週)的な有効性の主な副次エンドポイント(内視鏡的奏効、内視鏡的寛解[SES-CDスコアが4点以下、同スコアのベースラインから2点以上の低下、SES-CDの個々の項目のサブスコアがいずれも1点を超えない]、臨床的寛解と内視鏡的奏効の複合、深い寛解[臨床的寛解かつ内視鏡的寛解])がいずれも有意に良好だった。クローン病悪化とCOVID-19が多かった 2つの試験で48週までに、重篤な有害事象がグセルクマブ200mg群で21例(7%、発生率9.7件/100人年)、同100mg群で32例(11%、14.9件/100人年)、ウステキヌマブ群で35例(12%、18.4件/100人年)、プラセボ群(ウステキヌマブによる救済療法を受けた患者を含む)で23例(15%、23.8件/100人年)に発現した。 試験薬の投与中止に至った有害事象は、それぞれ19例(6%)、21例(7%)、22例(7%)、17例(11%)に、重篤な感染症は、3例(1%)、1例(<1%)、12例(4%)、6例(4%)に認めた。48週までに10%超で報告された最も頻度の高い有害事象は、クローン病の悪化および新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だった。全体で死亡例の報告はなかった。 著者は、「グセルクマブの有益性は、生物学的製剤による治療を受けていない患者や、生物学的製剤に不耐または効果不十分の既往歴を有する難治性の集団でも明らかであった」「treat-throughの研究デザインは、特定の時点における臨床アウトカムが維持療法の要件とはならないため、これまでの研究に比べ実臨床により近いものとなっている」「このデザインが寄与した重要な点は、導入療法で臨床的奏効が得られなかった患者のかなりの割合が、グセルクマブの皮下投与でアウトカムが改善したことである」としている。

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第273回 孤軍奮闘を迫られる、三次救急でのコロナ医療の現状

INDEX5類感染症移行から2年、コロナの現状日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解入院患者が増加する時期と患者傾向今も注意すべき患者像治療薬の選択順位ワクチン接種の話をするときの注意5類感染症移行から2年、コロナの現状今年もこの時期がやってきた。何かというと新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行期である。新型コロナは、一般的に夏と冬にピークを迎える二峰性の流行パターンを繰り返している。2025年の定点観測による流行状況を見ると、第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)は定点当たりの報告数が5.32人。冬のピークはこの翌週の2025年第2週(2025年1月6~12日)の7.08人で、この後は緩やかに減少していき、第21週(同5月19~25日)、第22週(同 5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び上昇に転じ、最新の第29週(同7月14~20日)は3.13人となっている。2023年以降、この夏と冬のピーク時の定点報告数は減少している。実例を挙げると、2024年の冬のピークは第5週(2024年1月29日~2月4日)の16.15人で、今年のピークはその半分以下だ。しかし、これを「ウイルスの感染力が低下した」「感染者が減少した」と単純に捉える医療者は少数派ではないだろうか?ウイルスそのものに関しては、昨年末時点の流行株はオミクロン株JN.1系統だったが、年明け以降は徐々にLP.8.1系統に主流が移り、それが6月頃からはNB.1.8.1系統へと変化している。東京大学医科学研究所システムウイルス学分野の佐藤 佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium」によると、LP.8.1系統はJN.1系統と比べ、ウイルスそのものの感染力は低いながらも免疫逃避能力は高く、実効再生産数はJN.1とほぼ同等、さらにNB.1.8.1系統の免疫逃避能力はLP.8.1とほぼ同等、感染力と実効再生産数はLP.8.1よりも高いという研究結果が報告1)されている。ウイルスそのものは目立って弱くなっていないことになる。つまり、ピーク時の感染者が年々減少しているのは、結局は喉元過ぎれば何とやらで、そもそも呼吸器感染症を疑う症状が出ても受診・検査をしていない人が増えているからだろうと想像できる。そしてここ1ヵ月ほど臨床に関わる医師のSNS投稿を見ても感染者増の空気は読み取れる。おそらく市中のクリニック、拠点病院、大学病院などの高度医療機関では、感染者増の実態の中で見えてくる姿も変わってくるだろう。ということで新型コロナの感染症法5類移行後の実際の医療現場の様子の一端を聞いてみることにした。日本の平均的都市、岡山県の専門医の見解場所は岡山県。同県は47都道府県中、人口規模は第20位(約183万人)で県庁所在地の岡山市は政令指定都市である。人口増加率と人口密度は第24位、人口高齢化率は第28位(31.4%)とある意味、日本国内平均的な位置付けにある。同県では県ホームページに公開された新型コロナの患者報告数や医療提供のデータを元に、感染症の専門家など5人の有志チームが分析コメントを加えた情報を毎週発表している。今回話を聞いたのは、有志メンバーである岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏と津山中央病院総合内科・感染症内科部長の藤田 浩二氏である。岡山大学病院は言わずと知れた特定機能病院で病床数849床、津山中央病院はへき地医療拠点病院で病床数489床。ともに三次救急機能を有する(岡山大学は高度救命救急センター)。ちなみに高齢化率で見ると、岡山市は27.2%と全国平均より低めなのに対し、中山間地域の津山市は32.4%と全国平均(29.3%)や岡山県全体よりも高い。まず感染の発生状況について萩谷氏は「保健所管内別のデータを見れば数字上は地域差もあるものの、その背景は率直に言ってわからない。かつてと違い、今はとくに若年者を中心に疑われてもほとんど検査をしないのが現状ですから」と話す。藤田氏も「定点報告は、あくまでも検査で捕捉されたものが数字として行政に届けられたものだけで、検査をしない、医療機関を受診しない、あるいは受診しても検査をしてないなどの事例があるため、実態との間に相当ロスがある。あくまでも低く見積もってこれぐらいという水準に過ぎません」とほぼ同様の見解を示した。ただ、藤田氏は「大事なのは入院患者数。この数字は誤魔化せない」とも指摘した。入院患者が増加する時期と患者傾向では新型コロナの入院実態はどのようなものなのか? 萩谷氏は「大学病院では90代で従来から寝たきりの患者などが搬送されてくることはほぼありません。むしろある程度若年で大学病院に通院するような移植歴や免疫抑制状態などの背景を有する人での重症例、透析歴があり他院で発症し重症化した例などが中心。ただ、ここ数ヵ月で見れば、そのような症例の受診もありません」とのこと。一方で地域の基幹病院である津山中央病院の場合、事情は変わってくる。藤田氏は「通年で新型コロナの入院患者は発生しているが、お盆期間やクリスマスシーズン・正月はその期間も含めた前後の約1ヵ月半に70~80歳の年齢層を中心に、延べ100人強の入院患者が発生する」と深刻な状況を吐露した。また、高齢の新型コロナ入院患者の場合、新型コロナそのものの症状の悪化以外に基礎疾患の悪化、同時期には地域全体で感染者が増加することから後方支援病院でも病床に余裕がないなどの理由から、入院は長期化しがち。藤田氏は「こうした最悪の時期は平均在院日数が約1ヵ月。一般医療まで回らなくなる」との事情も明かす。さらに問題となるのは致死率。現在のオミクロン系統での感染者の致死率は全年齢で0.1%程度と言われるものの「基礎疾患のある高齢者が入院患者のほとんどを占めている場合の致死率は5~10%。昨年のお盆シーズンは9%台後半だった」という。今も注意すべき患者像こうしたことから藤田氏は「新型コロナではハイリスク患者の早期発見・早期治療の一点に尽きる」と強調。「医療者の中にも、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症診療の手引きの記述を『症状が軽い=リスクが低い』のような“誤読”をしている人がいます。しかし、基礎疾患がある方で今日の軽症が明日の軽症を保証しているわけではありません。率直に言うと、私たちの場合、PCR検査などで陽性になりながら、まだ軽症ということで解熱薬を処方され、経過観察中に症状悪化で救急搬送された事例を数多く経験しています。軽症の感染者を一律に捉えず、ハイリスク軽症者の場合は早期治療開始で入院を防ぐチャンスと考えるべき」と主張する。藤田氏自身は、新型コロナのリスクファクターの基本とも言える「高齢+基礎疾患」に基づき、年齢では60代以降、基礎疾患に関してはがん、免疫不全、COPDなどの肺疾患、心不全、狭心症などの心血管疾患、肝硬変などの肝臓疾患、慢性腎臓病(透析)、糖尿病のコントロール不良例などでは経口抗ウイルス薬の治療開始を考慮する。前述の萩谷氏も同様に年齢+基礎疾患を考慮するものの「たとえば60代で高血圧、糖尿病などはあるもののある程度これらがコントロールできており、最低でもオミクロン系統までのワクチン接種歴があれば、対症療法のみに留まることも多い」と説明する。治療薬の選択順位現在、外来での抗ウイルス薬による治療の中心となるのは、(1)ニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッド)、(2)モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)、(3)エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)の3種類。この使い分けについては、藤田氏、萩谷氏ともに選択考慮順として、(1)⇒(2)⇒(3)の順で一致する。藤田氏は「もっとも重視するのはこれまで明らかになった治療実績の結果、入院をどれだけ防げたかということ。この点から必然的に第一選択薬として考慮するのはニルマトレルビル/リトナビルになる」と語る。もっとも国内での処方シェアとしては、(3)、(2)、(1)の順とも言われている。とくにエンシトレルビルに関しては3種類の中で最低薬価かつ処方回数が1日1回であることが処方件数の多い理由とも言われているが、萩谷氏は「重症化予防が治療の目的ならば、1日1回だからという問題ではなく、重症化リスクを丁寧に説明し、何とか服用できるように対処・判断をすべき」と強調する。また、モルヌピラビルについては、併用禁忌などでニルマトレルビル/リトナビルの処方が困難な場合、あるいはそうしたリスクが評価しきれない重症化リスクの高い人という消去法的な選択になるという点でも両氏の考えは一致している。また、萩谷氏は「透析歴があり、診察時は腎機能の検査値がわからない、あるいは腎機能が低過ぎてニルマトレルビル/リトナビルの低用量でも処方が難しい場合もモルヌピラビルの選択対象になる」とのことだ。ワクチン接種の話をするときの注意一方、最新の厚労省の人口動態統計でも新型コロナの死者は3万人超で、インフルエンザの10倍以上と、その深刻度は5類移行後も変わらない。そして昨年秋から始まった高齢者を対象とする新型コロナワクチンの接種率は、医療機関へのワクチン納入量ベースで2割強と非常に低いと言われている。ワクチン接種について藤田氏は「実臨床の感覚として接種率はあまり高くないという印象。医師としてどのような方に接種してほしいかと言えば、感染した際に積極的に経口抗ウイルス薬を勧める層になります。実際の診療で患者さんに推奨するかどうかについては、そういう会話になれば『こういう恩恵を受けられる可能性があるよ』と話す感じでしょうか。とにかくパンデミックを抑えようというフェーズと違って、今は年齢などにより受けられる恩恵が違うため、一律な勧め方はできません」という。萩谷氏も「やはり年齢プラス基礎疾患の内服薬の状況を考え、客観的にワクチンのメリットを伝えることはあります。とくに過去にほかの急性感染症で入院したなどの経験が高い人は、アンテナが高いので話しやすいですね。ただ、正直、コロナ禍の経験に辟易している患者さんもいて、いきなり新型コロナワクチンの話をすると『また医者がコロナの話をしている』的に否定的な受け止め方をされることも少なくないので、高齢者などには肺炎球菌ワクチンや帯状疱疹ワクチンなどと並べてコロナワクチンもある、と話すことを心がけている」とかなり慎重だ。現在の世の中はかつてのコロナ禍などどこ吹く風という状況だが、このようにしてみると、喉元過ぎて到来している“熱さ”に、一部の医療者が人知れず孤軍奮闘を迫られている状況であることを改めて認識させられる。 参考 1) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e443.

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8月1日 肺の日【今日は何の日?】

【8月1日 肺の日】〔由来〕「は(8)い(1)」(肺)と読む語呂合わせから、肺の健康についての理解を深め、呼吸器疾患の早期発見と予防についての知識を普及・啓発することを目的に日本呼吸器学会が1999年に制定し、翌2000年から実施。学会では、肺の病気・治療について全国で一般市民を対象にした講座会や医療相談会を行っている。関連コンテンツある呼吸法活用で禁煙継続(Dr.坂根のすぐ使える患者指導画集)英語で「肺炎」、患者さんに通じない場合の言い換え法も【患者と医療者で!使い分け★英単語】診療科別2025年上半期注目論文5選(呼吸器内科編)肺炎へのセフトリアキソン、1g/日vs.2g/日~日本の約47万例の解析COVID-19の世界的流行がとくに影響を及ぼした疾患・集団は/BMJ

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グローバルヘルスの開発援助、今後5年でさらに低下か/Lancet

 米国・保健指標評価研究所(IHME)のAngela E. Apeagyei氏らは、幅広いデータソースを用い、1990~2030年の保健分野の開発援助(Development assistance for health:DAH)について分析し、主要供与国の援助削減により2025年のDAHは2009年の水準まで落ち込み、今後5年間でさらに低下するとの予測を報告した。DAHは新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に最高水準に達したが、その後、世界経済の不確実性や各国での予算の取り合いが増す中で減少し、2025年初頭に米国や英国など主要供与国が援助の大幅な削減を発表したことで、中・低所得国における保健財政の先行きに対する懸念が高まっている。著者は、「DAHの大幅削減は保健格差の拡大を招く恐れがある。過去30年間で達成された世界的な健康問題に関する大きな成果を守るため、被援助国における効率性の向上、戦略的な優先順位付け、財政レジリエンスの強化が急務である」と述べている。Lancet誌2025年7月26日号掲載の報告。OECD、グローバルファンド、Gaviなどを含む幅広いデータソースからDAHを推計 研究グループは、経済協力開発機構(OECD)の債権者報告システム(Creditor Reporting System:CRS)データベース、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)およびワクチンと予防接種のための世界同盟(Gavi)などの機関のオンラインデータベース、民間慈善団体や非政府組織の財務報告書といった幅広いデータソースを用い、1990~2030年のDAHを推計した。 支出は、IHME Financing Global Healthの報告で15年以上にわたり開発されてきた標準化キーワードタグ付け法を用い、資金源、支出機関、保健重点分野および被援助国で分類した。 2025年については、主要供与国が発表した予算削減を組み込み、暫定的な推計を算出した。2030年までの予測については、各供与国の資金提供目標および線形回帰モデルを用いた。今回のDAH追跡では、供与国の範囲拡大および追加の支出組織に関する保健分野の細分化などを改良した。ピークは2021年の803億ドル、2025年に半減、2030年は345~378億ドルに減少 DAHは2021年に803億ドルでピークに達し、2024年には496億ドルに減少した。2025年には、発表された予算削減、とくに米国の二国間援助の削減によりDAHはさらに384億ドルまで減少し、2009年の水準にまで落ち込むと予想された。 主要な感染症や小児ワクチン分野にDAHを提供している世界の主要な保健機関(英国外務・英連邦・開発省、米国国際開発庁、フランス開発庁など)は支出を削減する見込みである。一方で、主要な国際開発金融機関は大規模な資金削減から保護されているため、DAHの支出全体に占める世界銀行の相対的な割合が増加している。 現行の政策の下ではDAHは停滞が続き、2030年には362億ドルになると予想される。感度分析では、2025年の推定値は米国の削減幅の変動に応じて、悲観的シナリオの368億ドルから楽観的シナリオの400億ドルまでの範囲となる可能性がある。同様に今後5年間では、DAHの総額は2030年に、米国の貢献が肯定的なシナリオでは378億ドル、否定的なシナリオでは345億ドルになると予想される。

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加熱式タバコの使用が職場における転倒発生と関連か

 運動習慣や長時間座っていること、睡眠の質などの生活習慣は、職場での転倒リスクに関係するとされているが、今回、新たに「加熱式タバコ」の使用が職場における転倒発生と関連しているとする研究結果が報告された。研究は産業医科大学高年齢労働者産業保健センターの津島沙輝氏、渡辺一彦氏らによるもので、詳細は「Scientific Reports」に6月6日掲載された。 転倒は世界的に重大な公衆衛生上の懸念事項である。労働力の高齢化の進む日本では、高齢労働者における職場での転倒の増加が深刻な安全上の問題となっている。この喫緊の課題に対し、政府は転倒防止のための環境整備や、労働者への安全研修の実施などの対策を講じてきた。しかし、労働者一人ひとりの生活習慣の改善といった行動リスクに着目した戦略は、これまで十分に実施されてこなかった。また、運動習慣や睡眠などの生活習慣が職場での転倒リスクと関連することは、複数の報告から示されている。一方で、紙巻タバコや加熱式タバコなどの喫煙習慣と転倒リスクとの関連については、全年齢層を対象とした十分な検討がなされていないのが現状である。このような背景を踏まえ、著者らは加熱式タバコの使用と職業上の転倒との関連を明らかにすることを目的として、大規模データを用いた全国規模の横断研究を実施した。 本研究では、「日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS Study)」のデータを用いた。主要評価項目は過去1年間の職場における転倒、副次評価項目は転倒関連骨折とした。発生率と95%信頼区間(CI)は、ロバスト分散を用いた2階層のマルチレベル・ポアソン回帰モデルにより推定された。 本研究の解析対象は18,440人(平均年齢43.2歳)であり、女性は43.9%含まれた。全体のうち、7.3%が過去1年間に職場における転倒を経験し、2.8%で転倒関連骨折を報告していた。年齢や性別などの交絡因子、喫煙状況、飲酒習慣、睡眠といった行動因子を調整した結果、職場における転倒発生率は、現在喫煙している人の方が、非喫煙者より高かった(IR 1.36、95%CI 1.20~1.54、P<0.05)。この傾向は、加熱式タバコのみ使用している人(IR 1.78、95%CI 1.53~2.07、P<0.05)、紙巻きたばこと加熱式タバコの両方を使用している人(IR 1.64、95%CI 1.40~1.93、P<0.05)で顕著だった。転倒関連骨折においても同様の傾向が示された。その他の生活習慣では、極端な睡眠時間(0~5時間または10時間以上)、併存疾患(高血圧、脂質異常症、糖尿病)、睡眠薬または抗不安薬の常用、などが転倒発生率の上昇と関連していた。年齢別にみると、喫煙と転倒および転倒関連骨折との関連は若年労働者(20~39歳)で顕著だった。特に加熱式タバコを使用している若年層でこの傾向がより強くみられた。 本研究について責任著者である財津將嘉氏は、「本研究では、若年労働者においても加熱式タバコを含む喫煙が職場での転倒や関連骨折と関連していることが明らかとなった。実際に観察された転倒の半数以上は若年層で発生しており、従来高齢者に焦点が当てられてきた転倒予防策を、若年層にも広げる必要性が示唆された。若年労働者は転倒リスクの高い職場に配属されやすく、年齢や職場環境の影響を考慮することが重要である。また、禁煙を促すナッジ戦略も有効と考えられる」と述べている。

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第253回 消化器外科医は 4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省

<先週の動き> 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省 2.AI+医師1人読影が標準に? 自治体がん検診の体制再設計へ/政府 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省厚生労働省は、がん診療提供体制のあり方に関する検討会で、2040年に向けたがん医療提供体制の提言を取りまとめ、都道府県に対し「手術・放射線・薬物療法ごと」、「技術の難易度ごと」、「地域特性ごと」に集約化と均てん化の検討を求める方針を示した。2040年には、がん患者数が3%増加して105.5万人に達する一方で、消化器外科医は39%減少すると推計され、手術療法の継続が困難になる恐れがある。とくに手術療法は、患者数が5%減少する中で医師数も大幅に減少し、症例の集約による技術維持が必要とされている。その一方で、放射線療法は需要が24%増と見込まれるが、高額な装置の効率的配置が課題となり、需要が少ない地域では装置維持が難しくなる可能性がある。薬物療法は15%増が見込まれ、拠点病院以外でも提供できるよう均てん化が望まれる。さらに、希少がんや小児がん、粒子線治療、高度薬物療法などは都道府県単位での集約化が求められ、がん検診や内分泌療法、緩和ケアは地域医療機関での提供を推進すべきとされた。また、がんゲノム医療の体制整備も進行中で、エキスパートパネル運用の柔軟化やデータベース(C-CAT)の改善が報告された。都道府県と協議会は、地域の実情を踏まえた具体的な体制構築と、住民への丁寧な説明を行い、医療資源の最適化と質の高いがん医療の維持を図る必要がある。厚労省は、今後、各都道府県に正式通知を行い、地域の検討を促進する予定。 参考 1) 第19回がん診療提供体制のあり方に関する検討会[資料](厚労省) 2) がん診療提供体制のあり方に関する検討会 とりまとめ案(同) 3) がん医療体制、集約化を提言 手術や放射線療法、外科医不足で-検討会まとめ・厚労省(時事通信) 4) 学会の消化器外科医40年に4割減、「集約化を」がん手術で 厚労省検討会が取りまとめ(CB news) 5) がん医療の集約化、「地域ごと」「手術・放射線・薬物の療法ごと」「技術の難易度ごと」に各都道府県で検討せよ-がん診療提供体制検討会(Gem Med) 2.AI+医師1人読影が標準に?自治体がん検診の体制再設計へ/政府政府は、医師不足や読影精度のばらつきへの対応策として、自治体が実施するがん検診におけるAI活用を正式に検討し、2025年度内にも指針を改定する方針を明らかにした。現行の指針では肺がんや乳がん、胃がん検診に原則2人以上の医師による読影が求められているが、今後はAIと医師1人による組み合わせで対応可能とする案が有力視されている。これにより、とくにX線診断医不足の深刻な地方での対応力向上と検診精度の両立が期待される。さらに政府は、がん検診データ、健診情報、医療レセプトなどを統合した包括的データプラットフォームを構築し、AIを用いたリスク層別化や個別介入を推進する。江戸川区や神戸市など先進自治体では、AIによるがんリスク予測と個別化勧奨によって未受診層の受診率や早期発見数を大幅に改善した実績が報告されている。また、2025年6月には、胃内視鏡AI支援の有効性を評価する大規模疫学研究も開始され、北海道・東北の6医療機関で実施。AIを用いた1次読影による負担軽減と発見率向上の可能性が検証されている。加えて厚生労働省は、企業などで実施される職域がん検診の情報を市町村が把握可能とする仕組み整備も進めており、検診データの統合的管理体制を強化する構え。今後は、エビデンスに基づく新規検診項目の全国展開も、モデル事業を経て段階的に行われる見通しである。国はこうした技術・制度両面の改革により、がん検診の質と効率を飛躍的に高め、住民主体のがん対策を再構築しようとしている。 参考 1) 自治体がん検診にAI 政府、指針改定へ(日経新聞) 2) がん検診(行政情報ポータル) 3) 胃カメラがん検診、AI活用で医師の負担軽減なるか 疫学研究開始へ(朝日新聞) 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省厚生労働省が2025年7月に公表した2024年の簡易生命表によると、日本人の平均寿命は女性が87.13歳、男性が81.09歳となり、前年からほぼ横ばいだった。女性は0.01歳減、男性は変化なしで、女性は40年連続で世界1位を維持。男性は前年の5位から6位に後退した。国別では、男性の平均寿命トップはスウェーデン(82.29歳)、次いでスイス、ノルウェー。女性は日本に次いで韓国(86.4歳)、スペイン(86.34歳)が続いた。死因別にみると、2023~24年にかけて心疾患や新型コロナ感染症による死亡は減少した一方、老衰や肺炎による死亡が増加。これにより、平均寿命は全体として伸び悩んだと考えられる。新型コロナによる死亡者数は男女とも2年連続で減少し、2024年の死亡者数は約3万5,865人と推定された(前年比約2,200人減)。また、2024年に生まれた人が将来、がん・心疾患・脳血管疾患で死亡する確率は女性40.29%、男性45.41%でいずれも前年より低下。老衰による死亡は女性で20.75%、男性で8.39%、肺炎による死亡はそれぞれ4.35%、5.89%だった。コロナ禍による影響で2021~22年は平均寿命が縮小傾向となったが、2023年に回復傾向をみせ、2024年は横ばいで推移。厚労省は、長期的には医療水準や健康意識の向上により、平均寿命の延伸は続くとの見方を示している。 参考 1) 令和6年簡易生命表の概況(厚労省) 2) 日本人平均寿命、24年は横ばい 女性は世界1位を維持(日経新聞) 3) 日本人の平均寿命 女性は87.13歳で40年連続1位 男性81.09歳(NHK) 4) 日本人の平均寿命、前年とほぼ同じ 女性は世界首位の87.13歳(朝日新聞) 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省厚生労働省は、7月24日に第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会を開き、2025年度の専攻医採用と2026年度の専攻医募集について議論した。この中で、2025年度の専攻医採用数は過去最多の9,762人に達したが、日本専門医機構は、地域・診療科偏在の是正という観点では「シーリング制度と特別地域連携プログラムの効果は限定的」と総括した。大都市圏の抑制は一定成果を見せた一方で、増加分は周辺県に集中し、真の医師少数地域への効果は薄かった。特別地域連携プログラムも採用は41人と低迷している。これを受け、2026年度からの専攻医採用枠(シーリング)は見直される。新たな算定式では、各診療科の全国採用実績と都道府県人口を基に基本枠を算出、小児科は15歳未満人口で補正する。さらに、医師少数地域への指導医派遣実績に応じて、基本枠の最大15%まで加算可能となる。この加算は人年ベースで計算され、派遣の量と質が問われる。ただし、実績に基づく加算と制度上限との乖離が大きく、都道府県別に1~3枠の追加調整が議論されている。一方、日本専門医機構は、医師のキャリアには「若年期に専門性を追求し、高齢期には総合的な診療に従事する」という2面性があるとし、この移行に対応するリカレント教育の必要性を提唱。総合診療や一般内科、救急領域などで“Generalist”として機能する医師と、臓器別・疾患別に特化した“Specialist”との役割と必要数を区分し、中長期的な人材構造の再設計を進めている。今後は「集約化すべき領域」と「均てん化すべき領域」の見極め、ならびにライフステージに応じた教育設計が焦点となる。9月には必要医師数ワーキンググループの中間報告も予定されており、専門医制度の将来像が問われる転換点を迎えている。同機構では、若手時代に専門性を深め、後年には総合的診療へ移行する医師のライフサイクルを見据え、リカレント教育やリスキリングを含む教育体制の整備も進行中である。機構は“Generalist(総合診療医など)”と“Specialist(臓器別専門医)”の必要数を区別して算出する研究も開始し、9月のシンポジウムで中間報告する予定。 参考 1) 令和7年度第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会(厚労省) 2) 令和7年度の専攻医採用と令和8年度の専攻医募集について(日本専門医機構) 3) 2025年専攻医は過去最多も、シーリングの効果は「不十分」(日経メディカル) 4) 医師の「若手時代は専門性を追求し、高齢になると総合的な診療を行う」との特性踏まえたリカレント教育など研究-日本専門医機構・渡辺理事長(Gem Med) 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか2026年度診療報酬改定に向け、医療現場から「病院をなおし、支える」視点での抜本的見直しを求める声が相次いでいる。7月23日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)では、日本医師会の江澤 和彦委員が、急激な物価・人件費上昇と過小な診療報酬設定により病院経営が破綻寸前にある現状を訴え、「今の制度では入院患者を抱えたまま倒れる病院も出かねない」と警鐘を鳴らした。とくに包括期(地域包括ケア病棟等)を担う入院医療については、必要なコストを踏まえた入院料の適正化を早急に進める必要があるとの意見が強調された。人員確保が困難な中、医療の質を維持するには、成果(アウトカム)評価の導入や人員基準の柔軟化も不可欠とされている。この背景には、全国自治体病院協議会(全自病)の緊急調査による「85%が経常赤字」「95%が医業赤字」という異常事態がある。補助金が減った2024年度決算では、コロナ前を大きく上回る赤字比率となり、診療報酬の6~10%引き上げが必要とする見解も示された。また、全国知事会も医療機関の経営安定化を重視し、「物価・賃上げを適時に反映できる診療報酬制度の確立」や期中改定を含む財政支援の恒常化を政府に要望。公立病院支援を強化すべきとの意見も相次いだ。一方で、「骨太方針2025」では「病床削減」や「OTC類似薬の保険給付見直し」といった効率化策も盛り込まれており、現場では「拙速な施行は混乱を招く」として丁寧な議論と制度設計を求める声が強まっている。医療の持続性確保のため、制度の根幹からの見直しが焦点となっている。 参考 1) 医療経営「なおし支える報酬改定を」診療側(CB news) 2) 24年度赤字の自治体病院が85% 暫定値 全自病会長「記憶にないくらい高い数字」(同) 3) 2024年度の自治体病院決算は85%が経常赤字、95%が医業赤字の異常事態、診療報酬の大幅引き上げが必要-全自病・望月会長(Gem Med) 4) 2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言(全国知事会) 5) 地域医療の医師の確保目指す「知事の会」が提言取りまとめ 『医師不足に関する』ものと『医療機関の経営安定に向けた』ものの2つ(青森テレビ) 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協厚生労働省は、7月23日に開いた中央社会保険医療協議会(中医協)で、2024年度に新設された「医療DX推進体制整備加算」について、マイナ保険証利用率の実績要件を段階的に引き上げる見直しを提示し、了承された。2025年10月~2026年2月までは、利用率要件を加算区分に応じて現行より15~20ポイント引き上げ、さらに2026年3~5月までは最大70%まで引き上げる。加算1・4は45→60→70%、加算2・5は30→40→50%、加算3・6は15→25→30%と段階的に強化される。一方で、小児患者の多い医療機関については、小児科特例として要件を3ポイント緩和する措置を継続。6歳未満の外来患者が全体の3割以上を占める医療機関では、たとえば加算3・6の要件が22→27%とされる。子供のマイナ保険証利用率が成人より依然として低いための配慮とされる。また、医療DXの柱である「電子カルテ情報共有サービス」への参加要件については、関連法案の未成立と現場の整備状況を踏まえ、2026年5月末まで経過措置の延長が決定された。これにより、参加体制が未整備でも一時的に加算算定が可能とみなされる。委員からは、診療報酬でDXを推進する方針自体は評価されつつも、「利用率は医療機関の努力だけでは改善できない」、「国による周知や環境整備が不可欠」との指摘が相次いだ。とくに、2025年下期には保険証の有効期限切れによる混乱や、スマートフォンによるマイナ保険証の利用開始も控えており、国民・医療現場双方の負担軽減に向けた準備が急務となっている。今後、2026年度の診療報酬改定に向けては、マイナ保険証・電子処方箋・電子カルテ連携の進捗を踏まえた評価方法の再検討が重要課題となる見通しである。 参考 1) 医療DX 推進体制整備加算等の要件の見直しについて(厚労省) 2) DX加算実績要件見直し-マイナ保険証利用率上げ(薬事日報) 3) 医療DX推進体制整備加算、マイナ保険証利用率基準を2段階で引き上げ、電子カルテ情報共有サービス要件の経過措置延長-中医協総会(Gem Med)

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第272回 希少疾患の専門医が抱える本当の課題~患者レジストリ維持の難しさ

昨今、「希少疾患」という単語を耳にする機会は増えた。そもそも希少疾患の定義は、国によってもまちまちと言われるが、概して言えば患者数が人口1万人当たり1~5人未満の疾患を指すと言われる。また、日本国内の制度で言うと、こうした希少疾患の治療薬は、通称オーファン・ドラッグと言われ、患者数が少ないために製薬企業が開発に二の足を踏むことを考慮し、オーファン・ドラッグとして指定を受けると公的研究開発援助を受けられる制度が存在する。同制度での指定基準は国内患者数が5万人未満である。この希少疾患に関する情報に触れる機会が増えたのは、製薬企業の新薬研究開発の方向性が徐々にこの領域に向いているからである。背景には、これまで多くの製薬企業の研究開発に注力してきたメガマーケットの生活習慣病領域でそのターゲット枯渇がある。そして希少疾患への注目が集まり始まるとともに新たに指摘されるようになったのが、「診断ラグ」。希少疾患は、患者数・専門医がともに少なく、多くは病態解明が途上にあるため、患者が自覚症状を認めてもなかなか確定診断に至らない現象である。そして取材する私たちも希少疾患の情報に触れる機会が増えながらも、ごく一般論的なことしか知らないのが現状だ。正直、わかるようなわからないようなモヤモヤ感をこの数年ずっと抱え続けてきた。そこで思い切って希少疾患の診療の最前線にいる専門医にその実態を聞いてみることにした。話を聞いたのは聖マリアンナ医科大学脳神経内科学 主任教授の山野 嘉久氏。山野氏が専門とするのは国の指定難病にもなっている「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」。HTLV-1はヒトT細胞白血病ウイルス1型のことで、九州地方にキャリアが集中している。HAMはHTLV-1キャリアの約0.3%が発症すると言われ、全国に約3,000人の患者がいると報告されている。HAMはHTLV-1感染をベースに脊髄で炎症が起こる疾患で、初期症状は▽足がもつれる▽走ると転びやすい▽両足につっぱり感がある▽両足にしびれ感がある▽尿意があってもなかなか尿が出にくい▽残尿感がある▽夜間頻尿、など。急速に進行すると、最終的には自力歩行が困難になる。現在、HAMに特異的な治療薬はなく、主たる治療は脊髄の炎症をステロイドにより抑えるぐらいだ。以下、山野氏とのやり取りを一問一答でお伝えしたい。INDEX―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?―ガイドラインができたのはいつですか?―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてくださいHAMでは疾患と症状が1対1で対応しておらず、複数の症状が重なり、かつ症状や進行に個人差があります。このような状況だと、医療に不案内な患者さんはそもそもどの診療科を受診するべきかがわからないという問題が生じます。高齢の患者さんでありがちな事例を挙げると、まず歩行障害や下肢のしびれを発症すると、老化のせいにし、医療機関は受診せず、鍼灸院に通い始めます。それでも症状が改善しなければ整形外科を受診します。また、排尿障害が主たる患者さんは最終的に泌尿器科に辿り着きます。しかし、半ば当然のごとく受診段階で患者さんも医師もHAMという疾患は想定していません。結果としてなかなか症状が改善せず、医療機関を何軒か渡り歩き、最終的に運よく診断がつくのが実際です。私たちはHAMの患者さんの症状や検査結果などの臨床情報や、血液や髄液などの生体試料を収集し、今後の医学研究や創薬へ活用する患者レジストリ「HAMねっと」を運営していますが、そのデータで見ると1990年代は初発から確定診断まで平均7~8年を要していました。それが2010年代には2~3年に短縮されています。―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています2008年にHAMが国の指定難病となったこと、前述の「HAMねっと」の充実、専門医による全国の診療ネットワーク構築など、さまざまな周辺環境が整備され、それとともに啓発活動が進展してきたことなど複合的な要素があると考えています。―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですねまさに今日受診された患者さんでもそれを経験したばかりです。他県の大学病院で診断がつき、治療方針決定のため紹介を受けた患者さんですが、2018年に排尿障害、2020年から歩行障害が認められ、車いすで来院されました。この患者さんは2年程前に脊髄小脳変性症との診断を受けていました。HAMは脊髄が主に障害されますが、実は亜型として小脳でも炎症を起こす方がいます。こうした症例は数多く診療している専門医でなければ気付けないものです。こういうピットホールがあるのだと改めて実感したばかりです。―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われていますおっしゃる通りで、加えて神経内科医が多い地域でもあるため、大学病院ではHAMの患者さんを診療した経験のある医師が少なくありません。そうした医師が県内各地の病院に赴任しているので、HAMの初期症状と同じ症状の患者さんが来院すると、HAMを半ば無意識に疑う癖がほかの地域よりも付いています。そのため確定診断までの期間が短いと思います。―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?2006年に赴任しましたが、当初はかなり感じました。具体例を挙げると、診断ラグよりも治療ラグです。HAMの患者さんの約2割は急速に進行しますが、一般的な教科書的記述では徐々に進行する病気とされています。その結果、HAMと診断された患者さんが、どんどん歩けなくなってきていると訴えても、主治医がゆっくり進行する病気だから気にしないよう指示し、リハビリ療法が行われていた患者さんを診察したことがあります。この患者さんは髄液検査で脊髄炎症レベルが非常に高く、進行が早いケースで早急にステロイド治療を施行すべきでした。また、逆に炎症がほとんどなく、極めて進行が緩やかなタイプにもかかわらず大量のステロイドが投与され、ステロイドせん妄などの副作用に苦しんでいる事例もありました。当時は診療ガイドラインもない状態だったのですが、このように診断ラグを乗り越えながら、鹿児島などで行われていた標準治療の恩恵を受けていない患者さんを目の当たりにすることが多かったのをよく覚えています。HAMの患者数は神経内科専門医よりはるかに少ない、つまりHAMを一度も診療したことがない神経内科専門医もいます。そのような中で確定診断に至る難易度が高いうえに、適切な情報が不足している結果として主治医によって治療に差があるのは、患者さん、医師の双方にとって不幸なことです。だからこそ絶対にガイドラインを作らなければならないと思いました。―ガイドラインができたのはいつですか?2019年1)とかなり最近です。2016年から3年間かけて作成しました。実はガイドライン作成自体は、エビデンスが少ないことに加え、ガイドラインという響きが法的拘束力を想起させるなどの誤解から反対意見もありました。実際のガイドラインではエビデンスに基づき、わかっていることわかっていないことを正確に記述し、現時点で専門家が最低限推奨した治療を記述し、医師の裁量権を拘束するものでもないということまで明記しました。―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます一般内科医の場合、日常診療では新型コロナウイルス感染症を含む各種呼吸器感染症全般、腹痛など多様な疾患を診療している中に神経疾患と思しき患者さんも来院している状況です。その中でHAMの患者さんが来院したとしても、限られた診療時間でHAMを思い浮かべることはかなり困難です。最終的には自分の範囲で手に負えるか、負えないかという線引きで判断し、手に負えないと判断した患者さんを大学病院などに紹介するのが限界だと思います。―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?希少疾患の場合、数少ない患者さんが全国に点在し、疾患によっては専門医が全国に数人しかいないこともあります。極論すれば、現状では専門医がいる地域の患者さんだけが専門的医療の恩恵を受けやすい状況とも言えます。その意味でまず優先すべきは、各都道府県に希少疾患を診療する拠点を整備することです。そのことを体現しているのが、2018年から整備が始まった難病診療連携拠点病院の仕組みです。一方で希少疾患に関しては、従来から専門医が軸になったネットワークが存在します。手前味噌ですが、先ほどお話しした「HAMねっと」もその1つです。HAMの場合、確定診断に必要な検査のうちいくつかは保険適用外のため、全国各地にある「HAMねっと」参加医療機関では研究費を利用し、これらの検査を無料で実施できる体制があります。現状の参加医療機関は県によっては1件あるかないかの状況ですが、それでも40都道府県をカバーできるところまで広げることができました。ただ、前述した難病診療連携拠点病院と「HAMねっと」参加医療機関は必ずしも一致していません。その意味では希少疾患専門医、国の研究班、難病診療連携拠点病院がより緊密に連携する体制構築を目指していくことがさらに重要なステップです。このように受け皿を整備すれば、ゲートキーパーである開業医の先生方も診断がつきにくい患者をどこに紹介すればよいかが可視化されます。それなしに「ぜひ患者さんを見つけてください」と疾患啓蒙だけをしても、疑わしい患者の発見後、どうしたらいいかわからず、現場に変な混乱を招くリスクもあると思います。―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょうやはり昨今の技術革新である人工知能(AI)を利用した診断支援ツールの実用化が進めば、非常に有益なことは間違いないと思います。そもそもAIには人間のような思い込みがありませんから、たとえば脊髄障害があることがわかれば、自動検索で病名候補がまんべんなく上がってくるというシンプルな仕組みだけで見逃しが減ると思います。そのようになれば、迅速に専門医に紹介される希少疾患患者さんも増えていくでしょう。―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません国がどこまで医療DXを推進しようとしているかは、率直に言って私にはわかりません。ただ、医療DXが進展しやすい土俵・環境を作る責任は国にあると思います。その意味では先進国の中で日本がやや奥手となっている医療機関同士での患者情報共有の国際標準規格「FHIR」の導入推進が非常に重要です。それなしでAIによる診断支援ツールの普及は難しいとすら言えます。また、こうした診断支援ツールの開発では、開発者がきちんとメリットを得られるルール作りも必要でしょう。― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか 率直に言って、希少疾患領域に関わっていると今でも太陽の当たる場所ではないと思うことはあります(笑)。その意味で新薬開発が進んでこなかった背景には技術的な問題とともに企業側の収益性に対する考えはあったと思います。もっとも昨今では技術革新により新規化合物デザインも進化し、希少疾患でも遺伝子へのアプローチも含め新たな創薬ターゲットが解明されつつあります。その意味ではむしろ新薬開発も今後は希少疾患の時代となり、30年後くらいは多くの製薬企業が希少疾患治療薬で収益を上げる時代が到来しているのではないかと予想しています。HAMについて言えば、いまだ特異的治療薬はありませんが、もし新薬が登場すれば診断ラグもさらに短縮されると思います。やはり治療薬があると医師側の意識が変わります。端的に言えば「より良い治療があるのだから、より早く診断をつけよう」というインセンティブが働くからです。そして、先程来同じことを言ってしまうようですが、やはりこの点でも、新薬開発が進む方向への誘導や希少疾患の新薬開発の重要性に対する国民の理解促進のために、国のサポートは重要だと思うのです。―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?そもそも希少疾患は数多くあるため、公的研究費の獲得は競争的になりがちです。一般論では投じられる資金が多いほど、病態解明や新規治療開発は進展しやすいとは思いますが、ただ湯水のように資金を投じればよいかと言えばそうではありません。あくまで私見ですが、日本での希少疾患研究支援は、有力な治療法候補が登場した際の実用化に向けた支援枠組みは整いつつあると思っています。反面、基盤的な部分、HAMの例で言えば、患者レジストリ構築のような部分への支援は弱いと考えています。私たちは臨床データを電子的に管理すると同時に患者検体もバンキングしています。これらがあって初めてゲノム解析などによって病態解明や治療法開発の研究が可能になるからです。つまり患者レジストリは研究者にとって一丁目一番地なのです。しかし、その構築と維持は非常にお金がかかります。一例を挙げれば、「HAMねっと」で検体保管に要している液体窒素代は年間約500万円です。しかも、患者レジストリの構築と維持の作業からは直接成果が得られるわけではないのです。このために製薬企業などの民間企業が資金を拠出することは考えにくいです。結局、私も当初は外来終了後にポチポチとExcelの表を作成し、検体を遠心分離機にかけるという作業をやっていました。こうした患者レジストリを国によるコストや労力の支援で構築できるようになれば、多くの希少疾患でレジストリが生み出され、日本が世界に誇る財産にもなり得ます。もっとも先程来、「国」に頼り過ぎているきらいもあるので、国だけでなく企業、患者さんとも共同でこうした基盤を育てていく活動が必要なのではないかと考えています。恥ずかしながら、診断ラグのみならず治療ラグが存在すること、患者レジストリ構築の苦労やその重要性などについては私にとっては目からウロコだった。山野氏への取材を通じ、私個人はこの希少疾患問題をかなり狭くきれいごとの一般論で捉えていたと反省しきりである。 1) 日本神経学会:HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

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MRがこの1年で3,000人減少、かつての花形の職業は今…【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第156回

皆さんの肌感では、MR(医薬情報担当者)の情報提供活動は増えていますか? 減っていますか? 年に1度のMRの状況について調査した結果がMR認定センターより発表されました。かつての花形の職業に大きな変化が生じています。MR認定センターは7月15日、4月に実施したMRの実態や教育研修に関する調査結果をまとめた25年度版MR白書を公表。24年度のMR数は前年度より3073人減の4万3646人に減り、23年度(同2963人減)に続いて3000人規模の減少となった。要因としては「MRを多数雇用してきた企業での早期希望退職の影響が大きかった」と分析する。MR数は13年度以降、減少傾向が続き、今回の下げ幅は20年度(3572人減)に次ぎ大きかった。調査に回答した199社のうち20%以上MR数を減らした会社は19社に上った。(2025年7月16日 RISFAX)MRはここ10年ほどで役割や働き方がもっとも大きく変化した職業の1つといえるかもしれません。医薬品に添付文書が封入されなくなり、医薬品情報の入手はインターネット経由が主流になりました。過度な接待が注目を浴びて規制が設けられたり、製品説明会のお弁当額に上限が設けられたりもして、医師と気軽に話せる機会が減りました。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時は医療機関に訪問規制が設けられ、とうとう医師に会うこともままならなくなるなど、さまざまな環境の変化がありました。それに伴い、製薬会社のMRの役割や業務が変化しています。私が薬剤師として社会に出たのはもう20年も前になりますが、その頃のMRは薬学部の学生だけでなく、ほかの学部からも就職希望が殺到する花形の職業でした。今は花形ではないというわけではないのですが、いかんせん新卒採用が減り続けています。昨年度のMR認定試験合格者数は1,137人で、5年前の2分の1、10年前の4分の1程度に減っています。「MR白書」では、MR認定センターが製薬会社約200社にアンケート調査を実施し、MRを取り巻く環境や業務の実情、その変遷が取りまとめられています。この調査は毎年実施されており、「2001年の開始以来、歴史的にも調査規模としても製薬業界全体のMRの実態を示す静態調査」とMR認定センター自らがうたっているように、「MRや医薬品情報提供の今」が垣間見えます。2025年度版MR白書では、以下のようなことが報告されています。昨年に比べ、MR数は3,073名(6.6%)減であった。1,000名以上の大きな会社での早期希望退職の影響があったと考えられる。新卒採用をした会社は34.3%であった。コントラクトMRは横ばい。経験者で即戦力となるMRの役割は大きい。薬剤師資格を有するMRは、MR数と同様に減少傾向が続き、過去最低となった。製薬会社のMRがいなくなることはないでしょうが、これらの結果を見るとこれから先もMRは減少傾向となることは間違いないように思います。医師への食事提供ルールが来春から厳格化されるなど、さらなる自主規制が進められていますが、個人的には、未承認薬の情報提供の規制など、新しい医薬品や既存の医薬品の未承認薬効の情報開示などに関しては、私は今の規制はちょっと厳しすぎるのではないかとも思っています。2026年度には、新しいMR認定試験が開始されます。インターネットによる情報提供が定着してきた今、MRが何を担う職業になるのか、医薬品情報を使用する薬剤師としては少し気になるところです。

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