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亜鉛欠乏はCKM症候群の進行リスクを高めるか

心血管・腎・代謝(CKM)症候群は、代謝異常、慢性腎臓病(CKD)、心血管疾患が連続的に進展する疾患概念として注目されている。微量元素の1つである亜鉛が欠乏することで心血管・腎アウトカムの悪化をもたらすことが報告されているものの、CKM症候群の進行との関連は十分に明らかでない。今回、台湾・Chi Mei HospitalのKuan-Chieh Tu氏らは、CKMステージ1または2の成人において、亜鉛欠乏はCKMステージ3~4への進行リスク上昇と有意に関連していたことを明らかにした。本研究結果は、Frontiers in Nutrition誌2026年7月23日号に掲載された。本研究は、世界の医療機関172施設の匿名化電子健康記録を集積したTriNetX Global Collaborative Networkを用いた後ろ向きコホート研究である。2010年1月1日~2026年3月31日に、CKMステージ1または2に該当し、前年に血清亜鉛測定を受けた18歳以上を対象とした。血清亜鉛濃度70μg/dL未満を亜鉛欠乏群、70~120μg/dLを対照群とし、1:1の傾向スコアマッチング後に解析を行った。主要評価項目は、CKMステージ1~2からステージ3~4への進行に相当する心血管疾患または進行CKDの新規発症とした。副次評価項目は、主要心血管イベント(MACE)、冠動脈疾患、末梢動脈疾患、心房細動、虚血性脳卒中、心不全、進行CKD、全死亡などであった。追跡期間は最大365日で、中央値はいずれの群も365日であった。主な結果は以下のとおり。・適格基準を満たしたCKMステージ1~2かつ血清亜鉛測定済みの患者は22万4,495例で、このうち亜鉛欠乏群9万168例、対照群13万4,327例であった。傾向スコアマッチング後は各群7万4,245例となり、平均年齢は亜鉛欠乏群49.5歳、対照群48.9歳、女性の割合はそれぞれ69.5%、71.2%であった。・主要評価項目であるCKMステージ3~4への進行は、亜鉛欠乏群4,864例(6.6%)、対照群3,752例(5.1%)に発生し、亜鉛欠乏はCKM進行リスク上昇と関連していた(ハザード比[HR]:1.36、95%信頼区間[CI]:1.30~1.41、p<0.001)。・副次評価項目はそれぞれ以下の結果となった。 ●MACEのHRは1.35(95%CI:1.30~1.41、p=0.001、亜鉛欠乏群5,434例[7.3%]、対照群4,204例[5.7%])で、亜鉛欠乏群でリスクが高かった。 ●冠動脈疾患のHRは1.33(95%CI:1.26~1.41、p<0.001、2,731例[3.7%]vs.2,131例[2.9%])。 ●末梢動脈疾患では1.17(95%CI:1.06~1.31、p=0.003、729例[1.0%]vs.646例[0.9%])。 ●心房細動では1.42(95%CI:1.29~1.56、p<0.001、1,024例[1.4%]vs.748例[1.0%])。 ●虚血性脳卒中では1.38(95%CI:1.22~1.55、p<0.001、638例[0.9%]vs.481例[0.6%])。 ●心不全では1.61(95%CI:1.48~1.74、p<0.001、1,501例[2.0%]vs.971例[1.3%])。 ●進行CKDでは1.31(95%CI:1.21~1.43、p<0.001、1,226例[1.7%]vs.955例[1.3%])。 ●全死亡では1.65(95%CI:1.55~1.75、p<0.001、2,906例[3.9%]vs.1,820例[2.5%])。・ランドマーク解析でも、亜鉛欠乏とCKM進行との関連は維持された。リスク上昇はインデックス日後3ヵ月以内でHR 1.57(95%CI:1.47~1.66)、3ヵ月~1年でHR 1.24(95%CI:1.18~1.31)、6ヵ月~1年でHR 1.21(95%CI:1.14~1.28)であり、1~3年の追跡に限定しても有意であった(HR:1.12、95%CI:1.07~1.16)。・3~12ヵ月後の再測定でも亜鉛欠乏を認める持続性亜鉛欠乏を曝露とした解析でも、CKM進行リスクは上昇していた(HR:1.58、95%CI:1.36~1.83、p<0.001)。また、感染症(HR:1.24、95%CI:1.21~1.26)、敗血症(HR:1.56、95%CI:1.47~1.65)、治癒不良創傷(HR:1.31、95%CI:1.23~1.40)、CRP高値(HR:1.27、95%CI:1.24~1.31)、動脈硬化性プラーク(HR:1.21、95%CI:1.09~1.34)、心拡大(HR:1.71、95%CI:1.58~1.85)、eGFR 45mL/分/1.73m2未満(HR:1.35、95%CI:1.31~1.40)のリスクも高かった。本研究結果について著者らは、「CKMステージ1~2患者において、亜鉛欠乏はCKMステージ3~4への進行、ならびに心血管、腎、死亡アウトカムの幅広い悪化と関連していた」とし、「亜鉛欠乏はCKM健康状態不良の重要なマーカーであり、CKM進行リスクが高い患者の同定に役立つ可能性がある」と結論付けた。

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ドンペリドン、葛根湯などに重大な副作用追加/厚労省

 2026年8月25日、厚生労働省は添付文書の改訂指示を発出し、ドンペリドンおよびメトクロプラミド、葛根湯、一部の免疫チェックポイント阻害薬などにおいて「重大な副作用」が追記された。ドンペリドン、メトクロプラミドに「重篤な不整脈」 ドンペリドン(商品名:ナウゼリン錠ほか)、メトクロプラミド(同:プリンペラン錠ほか)および塩酸メトクロプラミド(同:プリンペラン注射液)に対し、国内外の疫学調査において致死性不整脈および心突然死のリスク増加が示唆されたことから、「重大な副作用」に「重篤な不整脈」が追加された。また、「重要な基本的注意」には「心室頻拍、心室細動等の重篤な不整脈があらわれることがあるため、必要最小限の使用にとどめ、長期にわたり漫然と投与しないこと、関連する症状が認められた場合には速やかに受診するよう患者を指導すること、心電図検査等を行うこと」が追加された。葛根湯に「多形紅斑」 医療用の葛根湯において、「重大な副作用」の項に「多形紅斑」が追加された。多形紅斑症例を評価した結果、本剤との因果関係が否定できない症例が集積したことから、使用上の注意を改訂することが適切と判断された。国内では6例が集積し、このうち4例は医薬品と事象との因果関係が否定できない症例で、死亡例はなかった。 なお、一般用医薬品の葛根湯含有製剤では、「相談すること」の項に追加され、葛根湯エキスにジリュウエキスまたはビタミン類を配合した製剤や一般用漢方製剤についても同様の改訂がなされた。抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬に「ぶどう膜炎」 「重大な副作用」の項に「ぶどう膜炎」が追加された。また、「重要な基本的注意」にぶどう膜炎があらわれることがある旨を追記し、眼の異常の有無を定期的に確認すること、眼の異常が認められた場合には速やかに医療機関を受診するよう患者を指導することとした。<対象医薬品>・アベルマブ(同:バベンチオ)・アテゾリズマブ(同:テセントリク)・デュルバルマブ(同:イミフィンジ)・トレメリムマブ(同:イジュド)抗PD-1/抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬*に「血球貪食性リンパ組織球症」 国内症例を評価した結果、抗PD-1/抗PD-L1/抗CTLA-4抗体薬との因果関係が否定できない症例が集積したことから、「重大な副作用」に「血球貪食性リンパ組織球症」が追加された。*:ニボルマブ、ぺムブロリズマブ、アテゾリズマブ、セミプリマブを除く<対象医薬品>・チスレリズマブ(同:テビムブラ)・レチファンリマブ(同:ジニイズ)・アベルマブ(同:バベンチオ)・デュルバルマブ(同:イミフィンジ)・イピリムマブ(同:ヤーボイ)・トレメリムマブ(同:イジュド) さらに、イピリムマブとニボルマブ(オプジーボ)では、上記以外の重大な副作用として、「重度の食道炎」が追加されている。免疫反応に起因すると考えられる重度の食道炎があらわれるためで、異常が認められた場合には副腎皮質ホルモン剤の投与などの適切な処置を行う旨が追記された。 このほか、複数の医薬品で「使用上の注意」が改訂されている。◯アパルタミド「重大な副作用」に無顆粒球症、好中球減少症、白血球減少症を追加し、投与中は定期的に血液検査を実施するなど十分に観察することとした。◯オランザピン(経口剤)抗悪性腫瘍剤投与に伴う悪心・嘔吐に対して使用する場合には、糖尿病またはその既往がある患者への投与について禁忌が解除され、「警告」が新設された。血糖値の頻回なモニタリングや、必要最小限の投与量・投与期間とすることなどを記載した。◯アセトアミノフェンおよびアセトアミノフェン含有製剤重篤な腎障害、肝障害、敗血症、栄養障害などによるピログルタミン酸蓄積の素因がある患者について、アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスが発現するおそれを「特定の背景を有する患者に関する注意」に追記。対象にはアセトアミノフェン単剤のほか、複数の配合剤が含まれる。◯タラポルフィンナトリウム「重大な副作用」に食道狭窄、食道穿孔を追加。化学放射線療法または放射線療法後の局所遺残再発食道がんに対する治療におけるレーザー光照射後の注意事項が改訂された。 このほか抗HIV薬において、併用禁忌に関する記載が改訂された。

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「震え」と「振るえ」、どっちを使う?【脳がととのう 神経内科学講座】第4回

<今回のモヤっとPoint>どんな「ふるえ」なら、パーキンソン病を疑うの?震えと振るえ、違いがあるの?はじめに日常診療では「ふるえていた」と報告を受けることがしばしばあります。あまり意識せずに使っているこの「ふるえ」という言葉ですが、医学的には何をさしているのでしょうか? 日本語として「ふるえ」は、国語辞典を引いてみると「ぶるぶると揺れ動くこと」や「身震いすること」といった意味を持っています。たとえば、寒さや恐怖、興奮などによって、自分の意思とは関係なく体の一部または全身が小刻みに揺れ動く現象をさすようですが、皆さんが臨床で使っている「ふるえ」もこれと同じでしょうか? 今回は、この用語の定義や臨床的な意義について整えていきましょう。「振るえ」と「震え」ふるえの漢字表記には「振るえ」と「震え」があります。脳神経内科医の視点で「振るえ」と聞けば、それは「振戦(tremor)」なのだろうと想起します。一方で、「震えていました」と聞けば、それはきっと「シバリングなのかな?」とか「ミオクローヌス」「もしかして痙攣発作?」などと脳裏に浮かびます。ちなみに、前者の振戦を呈する代表的な神経疾患にパーキンソン病があるのはご存じでしょう。もちろん、ふるえがあるからといって、パーキンソン病とは限りません。だからこそ、非専門医の先生にとってふるえの評価は悩みどころの一つではないでしょうか?臨床でのふるえ、まずは「振るえ」と「震え」でどう使い分けるか―このモヤモヤを解決してみましょう。そのためには、言葉の定義やどういった病態を想定しているのかを先に整理できるようになることが不可欠です。その観点では、振戦、ミオクローヌス、シバリングの3つを押さえておきましょう。振戦とは「リズム」と「反復」まず、臨床で大事なことは、ふるえ=すべて振戦ではないという点です。なぜなら、振戦には少なくとも次の3要素が必要だからです。【振戦の3要素】不随意involuntary本人の意図しない律動性rhythmic一定のリズムで(ある程度規則的で)振動性oscillation一定の軸を中心に反復するつまり、単に「体が勝手に動いている」とか「突然ピクっとなる」といった類の動きは、震えているように見えても振戦とは言いません。必要なのは一定のリズムであること、そしてそれが往復する運動として繰り返されていることです。この“リズムが一定”の例えとして、「貧乏ゆすり」が近いものとして挙げられます。一定のリズムで足や膝を揺らしていますよね。ほかのたとえでいえば、あの「高橋名人のボタン連打」のような動きも、一定のサイクルで繰り返される動きですね(ベテラン世代の先生なら共感!?)。逆にリズムが不規則なのは振戦ではありません。イメージとしては、雨が降り出した時に「雨粒が屋根や窓に当たる、パラ、パラパラッ、パ、パラパララ…」のようなものをさし、後述するミオクローヌスなどがこれに該当しえます。―Step1. 振戦かな? まずはリズムがあるかどうかというわけで、ふるえをみたら、まずは「振戦」らしさである「一定のリズム感」があるかどうかをチェックしましょう。不随意運動にはいろんな種類がありますが、非専門医の場合には振戦とミオクローヌスの判断が付けば十分だと思います(下図)。画像を拡大する―Step2. 振戦だと思ったら振戦にはたくさんの鑑別疾患があるのですが、コモンなものでは本態性振戦があり、そのほかには薬剤性、アルコール離脱、小脳性、機能性などもあります*1。よって、家族歴の確認、新規処方された薬剤、アルコール摂取歴などの臨床背景を確認することで、ある程度は振り分けることができます。臨床では、まずは服薬歴と飲酒歴を確認して、問題ないようなら次に、その振戦が静止時に出ているのか、動作時に出ているのかをチェックするとよいでしょう。*1甲状腺機能亢進症、低血糖、カフェイン、β刺激薬、薬剤関連(リチウム、バルプロ酸Na、SSRI/SNRI、ドパミン遮断薬)なども重要な鑑別材料―Step3. その振戦は本当に「静止時」ですか?そして、「振戦かな?」と診察中に感じた際には、静止時振戦かどうかを確認することがとても大事です。なぜなら真の静止時振戦は、パーキンソン病を疑う根拠になるからです*2。*2ただしパーキンソン病を考える前提として、寡動や無動が必須で、そこに静止時振戦または筋強剛を伴うことが重要ですでは、静止時の振戦とはどのようなものか、ポイントは以下の3つです。随意的に賦活されておらず重力に抗して保持されていない完全に支持された身体部位に生じる振戦なんだか、とても難しく感じたかもしれませんが、要は完全に脱力した無意識の状態であることが前提であり、「意図して筋肉を収縮させておらず、重力に抗した姿勢を保ってもいない身体部位に出る振戦」を静止時振戦と呼ぶのです。よく間違えやすいのが、「じっとしていてくださいね」と呼びかけて、安静を指示して確認する方法ですが、これだと完全に本人が静止しているかわかりません。なぜなら、じっとしていようと意識することで余計に力が入ってしまう人がいるからです。なお、注意を逸らしたときに振戦が消失したり、逆にリズムが変化したり、動きに変化があったり、奇妙な変動がある場合には、機能性振戦(心因性)も考えます。―Step4. 注意をそらすとよい本人が意識すればするほど力が入ることがあるため、振戦が「静止時」なのかを確認するには、本人に、ふるえのことを忘れてもらう必要があります。もちろん、「忘れてください」なんて野暮なことは言ってはいけません。その掛け声によりむしろ意識して振るえが止まらなくなったりします。要はほかのことに注意をそらせばよいわけで、「眼球運動」の神経診察がこれに該当します。「しっかり追ってくださいね」と指示しながらゆっくり指先を追視させます。そうすると、本人は手のことを忘れて真面目に追視をするのですが、この際に、無意識に本人の手先に振るえが出現していないかを検者は周辺視野で確認しましょう。このように無意識に、動かしていない身体の部位に出現する振戦を「静止時振戦」と呼びます*3。*3昔は「安静時振戦」とよく呼んでいましたが、現在は、静止時振戦が正しい神経学的な用語です。英語ではresting tremor<脳がととのう具体例>「じっとしていてもふるえているので、静止時振戦と考えます」「MMSEの検査で100から順に7を引く計算をさせているときに、右手がリズミカルにふるえていて、静止時振戦のようでした」不規則なふるえでは、リズムが一定ではない、つまりイレギュラーな不随意運動に該当するものに何があるかというと、代表的な不随意運動の1つとしてミオクローヌスがあります。これは、自分の意思と無関係に瞬発的な筋収縮が生じる症候をさします(第1回:無意識に使う「ピクつき」)*4。*4ミオクローヌスには陰性ミオクローヌスというのがあり、持続している筋活動が一瞬途切れることで生じるもので、後述するアステリクシスがそれに該当しますなおミオクローヌスが不規則に、かつ高頻度で出現していれば、あたかもブルブルと「震えている」ように見えることがあります。実際に「ふるえていました」と報告を受けて診に行くと「ミオクローヌスだった」ということも少なくありません。急性期診療であれば、代謝性脳症や薬剤性のミオクローヌス、蘇生後脳症の症例などで、頻発するミオクローヌスに遭遇することがあるので、文脈を意識すると病態を把握しやすいでしょう。続いて、「震え」という表現がしっくりくる病態には、シバリングやTMA(Transient myoclonic state with asterixis in elderly patients)などがあります。前者は時に振戦様に見えることがありますが、発熱、悪寒戦慄、低体温、敗血症、輸血・輸液反応、薬剤反応などの全身状態と関連して出現するので、臨床的な病歴やバイタルサインが重要でしょう。一方、後者は高齢者で急性に起こる「身震い様の不随意運動」で、内訳としてはミオクローヌスとアステリクシス(固定姿勢保持の障害)です。ベンゾジアゼピンの投与で反応性が良好になることが多いです。今回のスッキリ同じ「ふるえ」でも「振るえ」と「震え」はニュアンスが異なる違いの一つにリズムがあり、「振戦」は一定のリズム静止時振戦はパーキンソン病を疑うけれど、本当に静止時なのか確認が必要

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第326回 なぜ患者を殺害するのか、犯行動機と7つの予防策

INDEX患者を救うはずの医療者がどうして…研究報告されている医療者による殺人看護師が加害者になる8つの犯行動機研究から見える7つの予防策患者を救うはずの医療者がどうして…悲しいことではあるが、多くの人にとって殺人事件のニュースを見聞きすることは珍しくはないはずだ。警察庁の「犯罪統計」1)によると、2025年の殺人認知件数(未遂も含む)は976件。日本では単純計算で毎日2件以上の殺人事件が起きていることになる。殺人による厳密な被害者(死者)数は警察庁の資料に記載はないが、厚生労働省の人口動態統計の2025年速報値2)での「他殺」は210人となっている。ただ、人口動態統計の他殺死者は、居住していない在留外国人などの被害者は含まれず、実数は人口動態の数値よりやや高いものになるだろう。もっとも今から半世紀前の1975年の殺人認知件数は2,098件、被害者数は1,429人。当時と比べ、認知件数は半分以下、被害者数は約7分の1にまで低下しているのは、世の中の“進歩”と言えるのかもしれないが、それでも年間200人もの人が理不尽に命を奪われていいわけはない。そのような中で、まさに人命を救うために活動する医療者が患者を殺害するというショッキングな事件が先頃、報じられた。7月15日、千葉県警察本部は柏市にある柏たなか病院の元看護師を、患者の点滴に便を混入して死亡させた殺人容疑で逮捕した。各種報道によると、元看護師は容疑を否認しているものの、スマホには「便混入 死ぬか」の検索履歴があったと言われている。また、敗血症性ショックで死亡した被害者の体内から検出された細菌、元看護師の看護服に付着していた便の細菌、点滴チューブを一時保管していた滅菌カップから検出された細菌の3つの遺伝子検査結果が一致していたという。およそ信じがたい事件ではあるが、報道ベースでたどる限り、日本国内で医療者による患者殺人は、1991年の東海大学安楽死事件を筆頭に過去30年ほどで10件未満、散発的と言える程度には発生している。この実態からすると、「メディアは医療者による事件を過度にセンセーショナルに報じ過ぎ」という指摘も出てきそうであるが、そもそも医療者は社会一般の認識からすれば最も殺人という犯罪に縁遠い立場である。にもかかわらず、犯罪の中でも最悪の類型である殺人に手を染め、しかもその被害者が本来救うべき患者であるならば、メディアはほかの殺人事件以上に「なぜ?」を追求して報じざるを得ないことは申し添えておきたい。研究報告されている医療者による殺人さて前述の日本国内での医療者による殺人での犯人は、医師あるいは看護師に大別され、医師が逮捕・起訴されたケースはほぼ安楽死や終末期医療に関連したケースである。一方で、看護師の犯行動機(検察側の主張も含む)は、率直に言って身勝手な自己都合である。実はこのような医療者による患者殺害に関しては、海外では複数の研究報告がある。代表的なものは2023年にドイツのギーセン・マールブルク大学病院法医学研究所のグループが公表した研究3)で、医療機関・介護施設・訪問介護などで少なくとも2人以上の患者が犠牲になった1945年以降の事件のうち、犯罪現場、加害者の性別・職種・年齢、犯行態様、被害者数および被害者年齢、最終判決内容の詳細がわかる70件を分析している。この分析結果では、加害者の大部分は看護師と記述している(なぜか割合の記載は省かれているが)。ちなみにこの研究ではカリフォルニア州立大学のグループが2006年に発表した先行研究4)を引用しているが、この研究で分析対象とした1970〜2006年の医療者による患者連続殺人43件の加害者のうち86%は看護師であった。看護師が加害者になる8つの犯行動機ここからは医療者による患者殺人において、なぜ看護師が加害者の大半を占めるかについて淡々と分析してみる。とくに看護師の方々にとっては不快な内容になるかもしれないが、あくまでドライな分析の1つとして許容いただきたい。最大の要因は、医師やそのほかの職種に比べ、患者に接する時間が長く、悪意を持った場合に犯行チャンスに“恵まれている”からだと考えられる。もう1つの要因は、この種の犯行の手口から推察できる。前述のドイツの研究が分類した犯行手口は、注射が56件、暴力・機械的窒息が10件、経口・栄養への毒物混入が8件。ここからわかるのは、看護師特有の知識と技能が皮肉にも犯行に存分に生かされている現実である。医療者内の各職種に悪意を有する人間が同じ割合で存在すると仮定した場合、その中でも看護師は犯行チャンスが多く、ターゲットを確実に死に至らしめ、かつ犯行の発覚を遅延・隠蔽できる知識・技能を兼ね備えていることになる。このことは過去の日本の事例でも説明ができる。2016年に横浜市の旧大口病院で看護師が点滴に致死量を超える消毒薬を混入して患者3人を殺害した事件である。このケースは、事件発覚までに加害者の看護師の担当フロアで82日間に48人の患者が死亡し、本人も「20人前後の点滴に消毒液を混入した」と供述していたが、発覚前の死亡患者は自然死扱いで火葬も終了していたため、限定的な立件しかできなかった。要は時と場合を選べば、自然死を装うことも可能なのである。一方、犯行につながる要因(動機)についてドイツの研究では、(1)精神疾患歴(2)承認欲求・スリル・自己肥大化(3)医師への対抗心と対立(4)患者の非人間化(5)良心の欠如、などを挙げ、そのほかの研究ではこれ以外にも(6)業務負担の軽減(7)金銭・利欲(8)正義感の歪み(疑似安楽死)なども指摘している。ただ、この手の研究では、犯行の多くは単一動機ではなく複合動機で起きているとの分析が多い。たとえば前出の旧大口病院事件の加害者の看護師は、判決で自閉スペクトラム症(ASD)の特性を有し、犯行当時はそれに伴ううつ状態にあったと認定されている。また、直接的な犯行動機は、過去に患者家族から処置後に怒鳴られた経験から、勤務交代時に担当患者の点滴に消毒薬を混入して殺害することで、自分が勤務中に怒鳴られることを回避するためだった、とも認定されている。前述の犯行要因(動機)としては(1)と(6)が該当することになる。一般的な思考からすると(1)⇒(6)に行くのはあまりにも飛躍し過ぎていると感じるはずだ。この点について無期懲役となった判決の理由説明では、この看護師がASD特性により臨機応変な対応が苦手にもかかわらず、採用時の説明と異なり延命措置などを行わねばならなかったことに加え、前述の患者家族から怒鳴られた経験が重なり、一時的な不安軽減を求めて患者を消し去るという「視野狭窄的心境に陥った」としている。つまり加害者が有するASD特性を重く見ており、判決文の中でわざわざ「動機形成過程には、被告の努力ではいかんともし難い事情が色濃く影響しており、酌むべき事情と言える」とまで言及した。旧大口病院事件の場合、殺害された被害者が3人、かつ前述のようにそのほかにも殺害が疑われるケースがあるにもかかわらず、死刑が回避されたのはまさにこのASDに起因する本人の思考の持つ不可抗力性と裁判過程で加害者が見せた贖罪の意思が影響している。今回の柏たなか病院の事件の場合、逮捕された看護師は容疑を否認していると言われるため動機は今のところわからないものの、一部の報道ではこの看護師が学生時代に狂言騒ぎを起こしているとの証言もあり、(2)の要素が関係している可能性もある。研究から見える7つの予防策もっとも現場としては、こうした犯罪の手口・動機の分析よりも直接的な予防策のほうが関心事だろう。この点についてドイツの研究では、(1)見て見ぬふりをする文化の打破(2)匿名通報システムの構築(3)薬品管理の厳格化と定期的監査(4)死亡記録と勤務シフトの照合(5)救命成功事例・急変事例の検証(6)教育・研修カリキュラムでの意識向上トレーニング(7)自然死の妥当な理由がない急死例での解剖実施率向上などを列挙している。これに加え就職時に周囲の推薦(いわばコネ)がモノを言うアメリカからの研究報告では、「前職場へのヒアリングなど適切な採用前審査の実施」を予防策の1つとして挙げている。まず、アメリカのような採用前審査の厳格化は、時に差別・偏見と紙一重になるため、ケースバイケースにならざるを得ないだろう。ちなみに私が以前、人材あっせん業界に長く身を置く友人に聞いた、業種を問わない採用時の書類審査法としては、「履歴に不自然な空白期間がないかを最低限チェックし、該当する応募者を面接する際はこの点についてさりげなく尋ねる」というものだ。もちろん本人が口を濁すこともあるが、濁しながらも語られた内容から空白期間の理由が推察できれば問題なしと判定するのだという。そしてドイツの研究が提示した7つの予防策については、むしろ早期検知策に見える人がほとんどではないだろうか。この中で研究者が重視している対策は(7)である。異常死で確実に解剖が実施されれば、発覚を恐れる加害者が犯行を躊躇するという論理である。もっともこの論理を適用するならば、一見すると早期検知策にしか見えないこれら対策のほとんどは徹底化・ルーチン化できれば十分予防策にはなり得る。そしてこの中で私個人が何よりも重要だと考える対策が(1)である。前述のように旧大口病院の事件では、発覚までに大量の不審死が発生している。これは「見て見ぬふり」が最悪の形で影響した結果だろう。ではどうすればいいかだが、最低限必要なことは「医療安全関連の研修時から“医療者が殺人を犯す可能性”を念頭に置いた座学」である。「使命に燃える医療者に何と残酷なことを…」という意見もあるだろうが、危機管理とは常に味方を疑う冷酷・残酷なものであることを改めて肝に銘じなければならない。1)警察庁:犯罪統計2)厚生労働省:令和7(2025)年人口動態統計月報年計(概数)の概況_統計表3)Dettmeyer R, et al. Dtsch Arztebl Int. 2023;120:526-533.4)Yorker BC, et al. J Forensic Sci. 2006;51:1362-1371.

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重症外傷患者へのビタミンC投与は死亡や敗血症リスクの低下と関連

 重症外傷患者に高用量のビタミンCを静脈内(IV)投与することで、死亡リスクや敗血症リスクが低下する可能性がある――新たなエビデンスレビューでこのような結果が示された。さらに、ビタミンCのIV投与によって集中治療室(ICU)在室日数や入院日数が短縮する可能性も示唆されたという。英NHS Academic Department of Military Trauma & OrthopedicsのNandesh Patel氏らによるこの研究結果は、6月30日付で「BMJ Military Health」に掲載された。研究グループは、「今回のレビューは、外傷患者の治療においてビタミンCのIV投与が果たす潜在的な役割を支持する、限定的ではあるが肯定的なエビデンスを示している」と記している。 研究グループによると、重症外傷や多発外傷は、死亡につながる主要な原因の一つであり、その背景には、出血性ショックや制御異常を起こした炎症反応などがある。こうした重症状態では、体内のビタミンCが急速に消費される。ビタミンCは、血圧維持に関わる物質の合成の促進、血管内皮機能の維持、抗酸化防御などに関与することから、外傷患者に対するビタミンC投与は有望な治療法の一つとして注目されている。 今回のレビューでは、高用量ビタミンCに関する6件の研究を解析し、外傷患者に対するビタミンCのIV投与の有効性を評価した。6件の研究のうち、3件はランダム化比較試験、3件はコホート研究で、対象者は総計5,171人だった。  その結果、6件中4件の研究で、ビタミンC投与群での死亡リスクの低下が報告されており、その低下幅は28~86%であった。また、ビタミンC投与群では、ICU在室日数や入院日数が短縮する傾向が見られ、一部の研究では統計学的に有意な短縮が報告されていた。1件の研究では、28日以内に退院できるオッズはビタミンC投与群で対照群の2.25倍であった(オッズ比2.25)。さらに、敗血症の発症を評価した4件の研究のうち2件では、ビタミンC投与群で発症率が有意な低下を示し、別の1件でも低下傾向が示された。 研究グループは、「全体として、今回の結果は、外傷患者の治療において高用量ビタミンCの投与が有益な可能性を示すエビデンスとなるものだ」と述べている。ただし、報告された効果は研究間で異なっており、「治療効果は全ての重症病態に一般化できるものではなく、状況に依存する可能性がある」と指摘している。さらに、これらの研究では概して、他の治療との併用でビタミンCが用いられていたため、ビタミンC単独の効果を確認することは難しい点や、いずれの研究でも、ビタミンC投与の最適なタイミングや用量については検討されていなかった点も限界点として挙げている。 これらのことを踏まえた上で研究グループは、「このような方法論上の制約により、ビタミンCの潜在的な有益性を最大限に生かすための最適な治療プロトコルについて、確固たる結論を導くことは困難である。このことは、今回のレビューで確認されたエビデンスの確実性が低い要因にもなっている」と述べている。 一方で研究グループは、「死亡率や敗血症、臓器不全、集中治療の必要性をわずかでも低減できる可能性があるなら、現在の臨床現場でのビタミンC投与を検討する根拠となり得る。このことは、臨床への導入に先立ち、外傷患者に特化したさらなる研究を行う明確な理由となるだろう」と付け加えている。

6.

敗血症性ショック早期蘇生における輸液量と昇圧薬のタイミング(解説:寺田教彦氏)

 2001年にRiversらがearly goal-directed therapy(EGDT)による死亡率低下を報告して以降1)、早期輸液を含むプロトコール化された蘇生が広く普及した。一方、その後の観察研究では、正の水分出納と死亡との関連が指摘され2)、輸液過剰への懸念が高まった。2023年のCLOVERS試験では、1~3Lの輸液を受けた敗血症性低血圧患者において、輸液を制限して昇圧薬を優先する方針と、輸液を優先する方針との間で主要転帰に有意差を認めなかった3)。また、本研究が公表される前の2026年3月に発表されたSurviving Sepsis Campaign(SSC)2026は、敗血症による低灌流または敗血症性ショックに対して、最初の3時間に少なくとも30mL/kgの晶質液を投与することを条件付きで推奨しているが、エビデンスの確実性は低いとしている4)。SSC 2026自身も、初期輸液量は患者背景に応じて調整し、過少蘇生と過剰蘇生の双方を避けるために頻回に再評価するよう求めている。その中で、本試験は、追加輸液を優先して昇圧薬を比較的遅く開始する方針(輸液群)と、輸液量を抑えて昇圧薬を早期に開始する方針(昇圧薬群)を直接比較した。 本試験では、無作為化前に少なくとも1,000mL(中央値1,500mL)の輸液を受けた患者において、昇圧薬群は輸液群と比較して90日までの生存かつ院外日数を改善せず、その優越性は示されなかった。安全性転帰において、肺水腫の発生率は昇圧薬群で0.6%、輸液群で5.0%であった。非盲検下で評価され、報告バイアスの可能性があるため慎重な解釈を要するが、追加輸液を優先する方針が一部の患者で肺水腫を増やす可能性は示唆された。 以上を踏まえると、感染に伴う低血圧が救急外来で早期に認識され、1~2L程度の初期輸液後も低血圧が持続する患者では、固定量の輸液を完遂することよりも、治療反応を再評価して追加輸液と昇圧薬を選択することが妥当と考えられる。ただし、本試験を「敗血症性ショックでは輸液が不要」と解釈することはできない。昇圧薬群でも無作為化後に追加輸液を受けており、本試験が比較したのは輸液の有無ではなく、一定量の初期輸液後に追加輸液を優先するか、昇圧薬を早期に開始するかという方針の違いである。また、早期昇圧薬の非劣性や両方針の同等性を証明した試験でもない。 日本では、「日本版敗血症診療ガイドライン2024(J-SSCG2024)」が、循環血液量低下を伴う患者への初期輸液と、低血圧を伴う患者における輸液蘇生と並行した早期昇圧薬投与を提示しており5)、本試験結果はこの個別化の方向性と整合する。国内診療を大きく転換させるというより、30mL/kgを全患者が達成すべき一律の最低量として運用する根拠をさらに弱めたと位置付けることができるだろう。 今後の敗血症診療では、血管拡張が主体で低血圧が持続する場合には昇圧薬を使用し、低灌流が持続し動的指標から輸液反応性が認められる場合は、心不全などの患者背景や現在の臨床状態を踏まえて追加輸液を検討する。十分な体液量と動脈圧を確保しても、心機能障害に伴う低灌流が持続する場合にはドブタミンの追加やエピネフリンを検討する。など、循環表現型と治療反応に応じた個別化が、これまで以上に重視されるだろう。この方向性は、毛細血管再充満時間、輸液反応性、ベッドサイド心エコーなどに基づく個別化蘇生が階層的複合転帰を改善したANDROMEDA-SHOCK-2試験とも整合する6)。本試験は個別化蘇生そのものを検証した試験ではないが、固定された輸液量や治療順序の一方が優れていることを示さなかった点で、生理学的所見と治療反応に基づく意思決定の重要性を浮き彫りにした。■参考文献・参考サイトはこちら1)Rivers E, et al. N Engl J Med. 2001;345:1368-1377.2)Boyd JH, et al. Crit Care Med. 2011;39:259-265.3)National Heart, Lung, and Blood Institute Prevention and Early Treatment of Acute Lung Injury Clinical Trials Network. N Engl J Med. 2023;388:499-510.4)Prescott HC, et al. Crit Care Med. 2026;54:725-812.5)Shime N, et al. Acute Med Surg. 2025;12:e70037.6)ANDROMEDA-SHOCK-2 Investigators for the ANDROMEDA Research Network, Spanish Society of Anesthesiology, Reanimation and Pain Therapy (SEDAR), and Latin American Intensive Care Network (LIVEN). JAMA. 2025;334:1988-1999.

7.

既治療CLL/SLL、ピルトブルチニブ+VRでPFS改善(BRUIN CLL-322)/Lancet

 前治療歴のある慢性リンパ性白血病(CLL)患者において、非共有結合型BTK阻害薬ピルトブルチニブは、ベネトクラクス+リツキシマブ療法(VR)との併用により、VRと比較して無増悪生存期間(PFS)を有意に改善し、この効果は共有結合型BTK阻害薬の前治療歴のある患者においても一貫しており、新たな安全性シグナルは認められないことが示された。米国・ダナファーバーがん研究所のMatthew S. Davids氏らが、22ヵ国152施設で実施された無作為化非盲検実薬対照第III相試験「BRUIN CLL-322試験」の結果を報告した。Lancet誌オンライン版2026年7月9日号掲載の報告。VRへのピルトブルチニブ上乗せについて評価 BRUIN CLL-322試験の対象は、18歳以上で、International Workshop on CLL(iwCLL)2018の基準に基づき治療を要するCLL(小リンパ球性リンパ腫[SLL]を含む)と確定診断され、共有結合型BTK阻害薬を含む1レジメン以上の前治療歴を有する患者であった。非共有結合型BTK阻害薬、ベネトクラクスまたはその他のBCL2阻害薬の前治療歴を有する患者は除外された。 研究グループは、17p欠失の有無および共有結合型BTK阻害薬の前治療歴の有無を層別因子として、患者をピルトブルチニブ+VR(PVR)群またはVR群に1対1の割合で無作為に割り付けた。両群ともベネトクラクスを25サイクル、リツキシマブを6サイクル投与し、PVR群では、さらにピルトブルチニブ200mgの1日1回経口投与を1サイクル28日間として28サイクル(ベネトクラクス投与開始前にピルトブルチニブとリツキシマブを併用する3サイクルの導入期間を含む)投与した。 主要評価項目は、iwCLL 2018に基づく盲検下独立評価委員会判定によるPFSで、無作為化されたすべての患者(ITT集団)を解析対象とした。安全性は、ITT集団のうち試験薬を少なくとも1回投与された患者を対象として評価した。 本稿では、事前に計画された中間解析(データカットオフ2026年2月2日)の結果が報告された。ピルトブルチニブ併用群でPFSが有意に改善 2021年10月13日~2024年10月28日に784例がスクリーニングされ、そのうち639例が無作為化された(PVR群321例、VR群318例)。 患者背景は、年齢中央値68.0歳(四分位範囲[IQR]:60.0~74.0)、男性439例(69%)、女性200例(31%)、前治療レジメン数の中央値は2(IQR:1~3)で、510例(80%)に共有結合型BTK阻害薬の前治療歴があり、そのうち362例(71%)は病勢進行により直近の共有結合型BTK阻害薬を中止していた。 追跡期間中央値27.3ヵ月(IQR:19.5~38.7)において、PFSはPVR群でVR群と比較し有意に改善した(ハザード比:0.547、95%信頼区間[CI]:0.400~0.748、層別log-rank検定のp=0.0001[有意水準0.03104])。 PFS中央値はPVR群で未到達(IQR:31.7~推定不能)、VR群で39.7ヵ月(95%CI:21.5~50.0)であり、24ヵ月PFS率は、それぞれ87%(95%CI:82.3~90.4)、72%(95%CI:65.7~77.0)であった。 PVR群の有効性は、共有結合型BTK阻害薬の前治療歴を有する患者集団を含む事前に規定されたサブグループで一貫していた。 有害事象は、全GradeでPVR群100%(315/316例)、VR群98%(305/311例)に認められ、最も発現頻度が高かった有害事象は下痢(それぞれ34%、35%)であった。全Gradeの心房細動または心房粗動の発現は少なかった(両群とも3%)。 Grade3以上の有害事象はPVR群(79%)とVR群(73%)で同程度であったが、Grade3以上の腫瘍崩壊症候群の発現割合は、PVR群(1%)がVR群(4%)と比較して低かった。 試験責任医師によりいずれかの試験薬に関連すると判断された試験治療下における有害事象(TEAE)による治療中止は、両群とも5%で報告された。死亡に至ったTEAEは5例に認められ、内訳はPVR群1例(敗血症性ショック)、VR群4例(敗血症敗血症性ショック、COVID-19、全身の健康状態悪化が各1例)であった。

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重症感染症患者の遠隔モニタリング、自宅で過ごす日数は改善せず

 ウェアラブル機器やスマートフォンによる通信技術の進歩により、病院では患者を早期退院させ、自宅療養中の状態を遠隔モニタリングする取り組みが進められている。このアプローチは、例えば心不全など一部の疾患では有効性が示されている。しかし、新たな研究で、敗血症や下気道感染症などに対して遠隔モニタリングを行っても、患者が自宅で過ごす日数が増えることはなく、高齢患者ではむしろ日数が減る可能性が示唆された。米ピッツバーグ大学集中治療医学分野教授のSachin Yende氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に6月11日掲載された。 研究の背景情報によると、米国では毎年300万人を超える患者が、インフルエンザや敗血症、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの重篤な感染症で入院している。また、敗血症や下気道感染症から回復した患者では、その後1年以内の死亡率が約40%に達し、再入院の60%超は感染症の再発や心疾患・肺疾患の悪化によるものとされる。 研究グループによると、米国のメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)は、医療へのアクセス向上と医療費削減の両立を目指す戦略として遠隔モニタリングを推進している。その結果、2019年から2022年にかけて、メディケア受給者における遠隔モニタリングの利用は10倍に増加した。Yende氏はニュースリリースで、「医療機関、保険会社、政策立案者はいずれも再入院の減少を望んでいるし、多くの患者も安全に自宅で回復することを希望している。遠隔モニタリングはその解決策として期待されており、CMSによる保険償還の対象にもなっているため利用が拡大している。しかし、一部の疾患を除けば、遠隔モニタリングが再入院の減少につながることを示す質の高いデータは極めて乏しい」と指摘する。 今回の研究では、19施設で敗血症または下気道感染症の治療を受けた21歳以上の患者1,286人(年齢中央値63歳、女性51.7%)を対象に、遠隔モニタリングの有効性を検証した。主要評価項目は、退院後90日間の自宅滞在日数であった。患者は、遠隔モニタリングを受ける群(887人)と通常のケアを受ける対照群(399人)にランダムに割り付けられた。遠隔モニタリングは質問票を用いた介入であり、質問票の強度(低強度〔短い〕/高強度〔長い〕)と、対応体制(通常のナースチームによる標準対応/多職種による強化対応)を組み合わせた4種類の介入が用いられた。 その結果、遠隔モニタリング群では対照群と比較して、退院後90日間の自宅滞在日数に改善は認められなかった。また、再入院率についても有意な改善は認められなかった。一方、65歳以上の患者では、遠隔モニタリング群では対照群と比較して自宅滞在日数が少ないことが示された。 研究グループは、「これらの結果は、CMSが再入院抑制における遠隔モニタリングの役割を再評価する必要があることを示唆している。また、重篤な感染症後の急性期後のケアでは、患者ごとの状況に応じた遠隔モニタリングを行うことの重要性を示している」と述べている。 さらに研究グループは、「今回の結果は、遠隔モニタリングを医療システム全体へ導入・拡大することの難しさを浮き彫りにしている。また、重篤な疾患から回復中の患者は、薬物治療やフォローアップ受診の予約、持続する症状への対応など複雑なケアを必要としており、そのような患者に遠隔モニタリングを適用することの課題を示してもいる」と結論付けている。

9.

敗血症患者に対する30mL/kg以上の初期輸液、30日死亡率低下と関連

 大規模コホート研究で、市中発症敗血症患者に対する初期輸液療法として、来院6時間以内に30mL/kg以上の輸液を実施した場合、30日死亡率の低下と関連することが示された。とくに低灌流例だけでなく、中等度乳酸上昇例でも死亡率低下が認められ、従来は輸液過剰が懸念され十分な輸液が控えられてきた重度心・腎疾患併存例でも有害性を示す結果は得られず、むしろ輸液量の増加に伴い死亡率が低下する可能性が示唆された。Intermountain Medical Center(米国・ユタ州)のElizabeth S. Munroe氏らによる本研究はJAMA Network Open誌2026年6月12日号に掲載された。 敗血症誘発性低灌流では、「Surviving Sepsis Campaign(SSC)」ガイドラインで最初の3時間以内に30mL/kg以上の晶質液投与が推奨されている。一方、心不全や末期腎不全など体液過剰リスクの高い患者では十分な輸液がためらわれることが少なくない。また、乳酸値18~36mg/dLの中等度上昇例についても、積極的な輸液の有用性は十分に確立されていなかった。 本研究では、米国ミシガン州67施設の敗血症レジストリを用い、市中発症敗血症で入院した成人(退院日は2021年12月~2025年1月)4万3,321例を解析した。このうち入院3時間以内に低血圧または乳酸18mg/dL以上を認め、輸液適応がある2万5,481例を対象とした。 対象患者は、1)低灌流・重度併存疾患なし、2)低灌流・重度併存疾患あり、3)中等度乳酸上昇・重度併存疾患なし、4)中等度乳酸上昇・重度併存疾患ありの4群に分類された。主要評価項目は30日死亡率であり、入院6時間以内の総輸液量が30mL/kg以上か未満かで比較した。解析では患者背景を調整した逆確率重み付け法と多変量解析を用いた。 主な結果は以下のとおり。・低灌流・重度併存疾患なし群では、30mL/kg以上の輸液を受けた群の調整後30日死亡率は26.0%で、30mL/kg未満群の30.4%より4.4%ポイント低かった。中等度乳酸上昇・重度併存疾患なし群でも12.0%対13.9%と1.8%ポイントの有意な死亡率低下が認められた。・一方、低灌流・重度併存疾患あり群および中等度乳酸上昇・重度併存疾患あり群では、30mL/kg以上群で死亡率は低い傾向を示したものの、有意差には至らなかった。ただし、輸液量を連続変数として解析したスプラインモデルでは、低灌流・重度併存疾患あり群において輸液量の増加に伴って死亡率が低下する傾向が確認され、積極的輸液による明らかな不利益は示されなかった。中等度乳酸上昇・重度併存疾患あり群では明確な関連は認められなかった。・実体重、理想体重、補正体重を用いる3種類の体重換算方法でも結果は一貫しており、どの計算法でも30mL/kg以上の初期輸液は良好な転帰と関連していた。 著者らは、「敗血症初期輸液30mL/kgは従来考えられていたより幅広い患者集団で有益である可能性がある」と考察している。とくに中等度乳酸上昇例や重度心・腎疾患併存例では、輸液不足が予後悪化につながる可能性があり、輸液制限を一律に適応すべきではないと指摘する。一方、本研究は観察研究であり、残余交絡の可能性は否定できず、極端な心機能低下例などへの適応については今後の前向き試験による検証が必要としている。今回の結果は、敗血症初期蘇生における30mL/kg輸液というSSC推奨を支持するとともに、これまで慎重投与とされてきた患者群にも適応を再考する根拠となる可能性がある。

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糖尿病患者の感染症リスクに警鐘

 糖尿病患者における感染症のリスクが過小評価されているとする論文が、「Diabetes」に6月6日掲載された。英ロンドン大学シティ・セント・ジョージ校のJulia Critchley氏らの研究の結果であり、1型糖尿病と2型糖尿病、さらに糖尿病予備群においても感染症のリスク上昇が認められるという。 糖尿病は体のさまざまな部位にダメージを与え、特に心臓や腎臓、目(網膜)などへの影響が大きいことがよく知られている。しかし研究者らは、「糖尿病による重大な健康リスクの一つである感染症が、そのリスクの大きさに見合うほど注目されていない」としている。 新たな研究から、感染症も糖尿病患者の重大な健康リスクであることが明らかになった。Critchley氏は、「感染症は一般的かつ深刻な健康リスクであるが、適切な予防措置によってその多くを予防できる。それにもかかわらず、臨床ガイドラインではほとんど取り上げられていない。糖尿病患者は世界中で急激に増加している。感染症対策を糖尿病治療の中心に位置づけなければ大きな損失につながる。後回しにしてはならない」と語っている。 Critchley氏らは英国内の医療記録を用いて、糖尿病または糖尿病予備群の人80万人以上(1型糖尿病3万3,829人、2型糖尿病52万7,151人、糖尿病予備群27万3,216人)の感染症リスクを、年齢、性別、民族性の一致する100万人超の糖代謝異常のない人と比較した。その結果、糖代謝異常を有する人では、糖代謝異常のない人と比べて、感染症のリスクが大幅に高いことが明らかになった。・1型糖尿病患者では、かかりつけ医による治療を受ける感染症のリスクが1.81倍、感染症で入院するリスクは3.37倍。・2型糖尿病患者では、かかりつけ医による治療を受ける感染症のリスクが1.51倍、感染症で入院するリスクは1.91倍。・糖尿病予備群の人では、かかりつけ医による治療を受ける感染症のリスクが1.35倍、感染症で入院するリスクは1.33倍。 このほか、2型糖尿病患者の死因として、感染症は心臓病とがんに続き3番目に多いことも判明した。また、肺炎を含む下気道感染症は、1型および2型糖尿病患者における入院の原因として、最も一般的な感染症だった。2型糖尿病患者の感染症関連死では、肺炎を含む下気道感染症や敗血症の影響の大きさが浮き彫りになった。特に敗血症は死亡診断書で基礎死因として記載されにくく、実態が過小評価されている可能性が示された。 さらに、血糖コントロールの指標であるHbA1cの平均値の高さや変動が感染リスクの増加と関連していることが示された。1型糖尿病患者の場合、HbA1cが高いほど感染症のリスクが高く、2型糖尿病患者の場合、HbA1cの変動が入院を要する重篤な感染症のリスクと関連していた。 Critchley氏は、「各国のガイドラインにおいて、糖尿病患者における感染症リスクの増大がより重視されるべきだ。ガイドラインを世界規模で刷新することで医療従事者の意識を高め、それが糖尿病患者の感染症の早期発見と迅速な介入を促し、予防可能な入院や死亡を減らすことにつながるだろう」と述べている。

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制限輸液/早期昇圧薬は、敗血症性ショックの生存を改善するか/NEJM

 Surviving Sepsis Campaignなどの国際的なガイドラインでは、敗血症による低血圧が確認されてから3時間以内の体重1kg当たり少なくとも30mLの静脈内輸液を弱く推奨しているが、昇圧薬投与の開始時期については具体的な推奨を行っていないという。オーストラリア・モナシュ大学のSandra L. Peake氏らは「ARISE FLUIDS試験」において、敗血症性ショックで救急診療部を受診した成人患者では、輸液量を制限し早期に昇圧薬を投与するアプローチは、輸液量を多くし昇圧薬の投与を遅らせるアプローチと比較して、90日時点での非入院生存日数の増加にはつながらないことを示した。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2026年6月11日号で報告された。3ヵ国の研究者主導型無作為化試験 ARISE FLUIDS試験は、3ヵ国51施設で実施した研究者主導型の非盲検無作為化試験(Australian National Health and Medical Council Medical Research Future Fundなどの助成を受けた)。2021年10月~2025年11月に、敗血症性ショックで救急診療部に搬送され、臨床的に感染症が疑われ、少なくとも1,000mLの輸液のボーラス投与を行っても収縮期血圧90mmHg未満または平均動脈圧65mmHg未満の成人患者を登録した。 被験者963例を、輸液量を制限し早期に昇圧薬投与を行う群(昇圧薬群481例:年齢中央値68歳、男性58.4%)、または多量の輸液を行い昇圧薬投与を遅らせて開始する群(輸液群482例:69歳、62.7%)に無作為に割り付けた。これらの介入は、救急診療部またはICUで最短6時間、最長24時間行った。 主要アウトカムは、無作為化から90日目の追跡調査までの非入院生存日数とし、初回入院期間中、またはその後の再入院期間中に、患者が急性期病院に入院していなかった日数と定義した。無作為化から90日以内に死亡した患者は、非入院生存日数を0日とした。無作為化前の輸液量は同程度 無作為化前の輸液量中央値は、昇圧薬群で1,500mL(四分位範囲[IQR]:1,000~1,750)、輸液群で1,500mL(IQR:1,000~1,850)であった。昇圧薬群の57例(11.9%)と輸液群の41例(8.5%)で、無作為化前に昇圧薬の投与を開始していた。主な感染部位は両群とも気道および尿路だった。輸液群の3例が主要アウトカムの追跡から脱落した。 無作為化から24時間以内に昇圧薬の投与を受けた患者の割合は、輸液群が67.6%であったのに対し、昇圧薬群は86.5%と、より高率であった(群間差:18.9%ポイント、95%信頼区間[CI]:13.3~24.5)。昇圧薬投与開始までの時間中央値は、輸液群の1.4時間に比べ昇圧薬群は0.4時間と短かった(群間差:-1.0時間、95%CI:-1.2~-0.9)。 また、無作為化から24時間後までの静脈内輸液量は、輸液群が2,248mL(IQR:1,500~3,332)であったのに対し、昇圧薬群は1,140mL(IQR:500~2,120)と少なかった(群間差:-1,108mL、95%CI:-1,395~-850)。非入院生存日数は両群とも76日 90日時点の非入院生存日数は、昇圧薬群76日(IQR:55~83)、輸液群76日(IQR:55~82)と、両群で同程度であった(群間差:0.0日、95%CI:-2.7~2.7、p=1.00)。90日以内に死亡した患者の非入院生存日数を-1日に設定しても、結果は同様だった。 また、90日時点の死亡率も両群で同程度だった(昇圧薬群16.4%vs.輸液群14.4%、相対リスク:1.14[95%CI:0.85~1.54]、ハザード比:1.17[95%CI:0.85~1.62])。 介入に関連した合併症はほとんど認められなかったが、例外として肺水腫がみられた(昇圧薬群3例[0.6%]vs.輸液群24例[5.0%]、相対リスク:0.12[95%CI:0.03~0.39]、p<0.001)。昇圧薬群の1例に、無症候性高血圧に関連した有害事象が発現した。 著者は、「輸液群の肺水腫は、部分的に、報告バイアスによって引き起こされた可能性がある」としている。

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【GET!ザ・トレンド】Less is More?β-ラクタマーゼ阻害薬nacubactamが拓くAMR治療の展望

薬剤耐性菌(AMR)は公衆衛生における世界的な社会課題である。なかでもカルバペネム系抗菌薬に耐性を示すカルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)はWHOの細菌優先病原体リストにおいて、クリティカル(最重要)に分類されている。そのCREに対し、Meiji Seikaファルマは新規β-ラクタマーゼ阻害薬nacubactam(OP0595)を承認申請中である。CRE感染症に対する同剤の特徴と効果、さらに新規抗菌薬開発の課題について、同社研究開発本部の加藤誠司氏らに話を聞いた。喫緊の課題カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)AMRついての世界的な調査報告書であるJim O'Neill氏による耐性菌レポートによれば、新規抗菌薬の研究開発等の対策を講じなければ2050年までに年間1,000万人がAMRにより死亡すると報告されている。これを受け、WHOが薬剤耐性に関するグローバル・アクションプランを策定し、それを基に日本を含む世界各国がそれぞれの国の課題に応じたアクションプランを策定し取り組んでいる。抗菌薬に耐性を示す代表的な機序としてβ-ラクタム系抗菌薬の分解酵素であるβ-ラクタマーゼがある。カルバペネマーゼはβ-ラクタマーゼの1種で、その名のとおりカルバペネム系抗菌薬を分解する酵素である。カルバペネム系抗菌薬は重症感染症治療に使用される。最後の砦であるカルバペネム系抗菌薬を無効化するカルバペネマーゼ産生菌による感染症は、患者の重篤化、入院長期化、さらに死亡率の増加を招く。そのためCRE感染は5類感染症として全例報告が義務付けられるなど、日本でも喫緊の課題とされている。nacubactamによるβラクタマーゼへの阻害活性と、エンハンサー効果nacubactamは、Meiji Seikaファルマが自社で創出した新規β-ラクタマーゼ阻害薬である。2025年12月にカルバペネム系薬に耐性のグラム陰性菌による感染症治療薬として国内承認申請された。同剤はβ-ラクタム薬(セフェピム[CFPM]またはアズトレオナム[AZT])との併用で、CREに対するβ-ラクタム薬の分解を阻害するだけでなく、併用するβ-ラクタム薬の抗菌活性を増強させるという従来のβ-ラクタマーゼ阻害薬にはない特性を持っている。具体的には、nacubactamはPBP2の阻害作用を有する。一方、CFPMやAZTといったβ-ラクタム系抗菌薬はPBP3を阻害する。つまり、CFPMおよびAZTとnacubactamの併用により、PBP2とPBP3双方を阻害して抗菌活性・殺菌作用を増強することが可能となる(エンハンサー効果)。β-ラクタマーゼ阻害薬を単味製剤として開発していることも大きな意味を持つ。単味製剤のメリットとして既存抗菌薬との組み合わせ次第で将来出現する細菌にも柔軟に対応できる可能性がある。また、既存の抗菌薬と組み合わせて耐性菌に対応できるため、従来の配合剤のようにそれぞれのβ-ラクタム薬との配合剤を新薬として医療機関で保管する必要がなくなり、薬剤数抑制の観点からもメリットが生まれると考えられる。β-ラクタマーゼはAmbler分類でクラスAからDに分かれている。国や地域によって優勢なクラスや型が異なり、それに応じて有効な薬剤も変わる。画像を拡大するなかでもクラスBに有効な薬剤は限られており、その対策には課題が残る。最新報告によれば、国内のCREは約1,000例で、大部分はクラスBのIMP型だ。また、近年はクラスBのNDM型も増加傾向にある。厚生労働省によるカルバペネム低感受性腸内細菌目細菌株の感性率を見ると、セフェピムおよびnacubactamとの併用(以下、CFPM/NAC)はクラスA、C、Dのβラクタマーゼに高い感性率を示す。また、アズトレオナムおよびnacubactamとの併用(以下、AZT/NAC)はA、C以外にもクラスB(IMP型、NDM型とも)にも高い感性率を示すことが明らかになっている。画像を拡大する2つの第III相国際共同試験nacubactamの臨床開発では、欧州・日本を含むアジアで2つのグローバル第III相臨床試験(Integral-1、Integral-2)が実施された。Integral-1試験は、カルバペネム感受性の複雑性尿路感染症または急性単純性腎盂腎炎患者を対象に、CFPM/NACおよびAZT/NACをカルバペネム系抗菌薬であるイミペネム/シラスタチン(IPM/CS)と比較した二重盲検比較試験である※。IPM/CSに対する主要評価項目(投与終了7日後の総合臨床効果)において、AZT/NACは非劣性を、CFPM/NACは非劣性かつ優越性を証明した。結果は米国の感染症の学会であるIDWeek2025で反響を呼びThe Lancet Infectious Diseases誌による学会のハイライトにも取りあげられ、試験の内容はThe Lancet2026年5月16日号に掲載された。※通常の成人で、セフェピム2g+nacubactam1g、アズトレオナム2g+nacubactam1gまたはIPM1g /CS1g (いずれも1日3回静注)を投与もう1つの第III相試験であるIntegral-2試験は、CRE感染症患者を対象とした試験である。欧州臨床微生物学感染症学会議(ESCMID Global2026)では口頭演題に採択され発表に至っている。ESCMID Global 2026では、nacubactamに関する10演題が発表され、いずれも活発な議論が展開されたという。同剤に対する世界的な注目度の高さが窺える。新たなスタイルで行われたnacubactamの開発新規抗菌薬の開発にはさまざまな困難が伴う。感染症は被験者数が限られているため、臨床開発において症例を集積するには多くの国・施設の協力が不可欠だ。その分、開発コストは莫大になる。一方で、適正使用により患者数が限定されるなか、安定供給のための製造コストも増加しており経済合理性の欠如から、大手製薬メーカーが抗菌薬開発から撤退する負のサイクルに陥っている。nacubactamの開発に当たってはAMEDによる医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)の支援を得ている※。この研究課題では、第I相試験の薬物動態(PK/PD)からシミュレーションした用法用量を、第II相を介さずに第III相試験で検証している。結果は評価項目を達成し、第II相試験を省略して開発することが可能となった。困難な状況の中で「プロジェクトメンバー全員が、CREによる感染症に苦しむ患者さん全員を救うという思いでnacubactamの開発にあたっている」と加藤氏は述べる。※CiCLE研究開発課題「非臨床PK/PD理論を活用した新規β-ラクタマーゼ阻害剤(OP0595)の単味製剤の研究開発」プル型インセンティブの拡大が抗菌薬開発の鍵を握る新規抗菌薬の開発にあたっては、承認取得後の課題も深刻だ。上市後の適正使用を徹底すると使用症例数は絞られ、販売額は縮小する。加藤氏によれば、新薬の上市まで至った会社も事業が維持できず倒産する事例も少なくない。新規抗菌薬の開発を支える仕組みとして、研究開発費を支援するプッシュ型インセンティブと、承認・発売後の採算性を維持・向上させるプル型インセンティブ制度がある。国内ではプル型インセンティブとして抗菌薬確保支援事業が設けられているが、その予算枠では安定供給に資する製造コストを維持するのに課題もあり、今後の抗菌薬開発においてはプル型インセンティブの拡充がより重要になっていくと考えられる。Meiji Seikaファルマとしても、製薬協と連携しながらプル型インセンティブの拡大に向け、国への働きかけを続けている。nacubactamは新たなβ-ラクタマーゼ阻害薬として、β-ラクタム薬との併用で従来にはない強力な抗菌活性を発揮する。また、単味製剤の利点を生かし、新たな組み合わせを開発することで将来的に新たな耐性菌に備えることができる可能性を持つ。第一歩としてCREという最重要耐性菌に立ち向かうnacubactamに注目したい。 参考 1) O'Neill J, Review on Antimicrobial Resistance. Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. Wellcome Trust and HM Government 2) 厚生労働省 薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書(サマリ版) 3) 国立健康危機管理研究機構(JIHS)国際感染症センターカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症に関する一般的事項 4) 国際健康危機管理研究機構(JIHS)カルバペネム耐性腸内細菌目細菌(CRE)感染症, 2024年現在 5) Takahashi S, et al. Lancet.2026;407:1929-1940.

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高齢者の前立腺がんは、本当にすぐ治療すべき?【高齢者がん治療 虎の巻】第10回

講師紹介<今回のPoint>早期前立腺がんではPSA検査の普及に伴い「過剰診断」と「過剰治療」が問題となっている。監視療法は、低リスクから一部の予後良好中間リスク前立腺がんに対して即時の根治療法を回避し、慎重に経過観察を行いながら、患者の希望あるいは時期を逸しないタイミングで適切な治療を提案する治療戦略である。高齢者前立腺がんでは、期待余命、フレイル、患者の価値観を踏まえ、監視療法によりQOLを保ちながら過剰治療を避ける視点が重要となる。<症例>73歳、男性。健診でPSA 5.6ng/mLを指摘され、泌尿器科を受診。MRIと前立腺生検の結果、転移のない低リスク前立腺がん(cT1cN0M0)と診断された。特記すべき既往歴はなく、PSは良好。現在はシルバー人材センターを通じて地域施設の管理業務に従事し、月に1回の友人とのゴルフのラウンドを楽しみにしている。夫婦仲は良好で、患者本人は「できれば性機能は保ちたい。手術や放射線治療の体への負担が気になるので、詳しく話を聞きたい」と希望している。この患者に対して、すぐに前立腺全摘術や放射線治療を勧めるべきでしょうか。それとも、慎重に経過をみる選択肢を提示すべきでしょうか。早期前立腺がんで問題となる「治療しすぎ」前立腺がんは高齢男性に多いがんであり、国内の診断者数でみると男性がんの第1位です1)。PSA検査の普及により早期に発見される機会が増えた一方で、前立腺がんには生命予後にほとんど影響しない、いわゆる“おとなしいがん(insignificant cancer)”も少なくありません。前回(第9回「高齢者の前立腺がん疑い、本当にすぐに検査すべき?」)でも説明したように、高齢者に対してPSA検査や前立腺生検を積極的に行うことで、将来的に問題とならないinsignificant cancerまで発見してしまう可能性があります。さらに、前立腺生検は決して無害な検査ではありません。血尿、直腸出血、発熱、感染、まれには敗血症などを来すことがあります2)。高齢者では、一度の入院や感染をきっかけにADLが低下することもあります。また、根治治療として行われる前立腺全摘術や放射線治療は、がん制御の観点では有効ですが、尿失禁、排尿障害、直腸障害、性機能障害など、生活の質に関わる有害事象を伴うことがあります。また、経済的な負担も看過できる問題ではありません。とくに高齢者では、「がんを治療する利益」と「治療による不利益」のバランスを慎重に考える必要があります。近年の前立腺がん診療では、単にがんを見つけるのではなく、「治療介入が本当に必要ながんを見極めること」が重視されています2-4)。監視療法は「何もしない」治療ではないこのような過剰診断と過剰治療を回避するために確立された治療戦略が、監視療法(Active Surveillance:AS)です。監視療法は、低リスク前立腺がんを中心に、ただちに手術や放射線治療を行わず、PSA検査、直腸診、MRI、再生検などで慎重に経過を確認し、進行の兆候を認めた場合に治療へ移行する管理方法です。現在では、低リスク前立腺がんに対する標準的な治療選択肢として国内外のガイドラインで推奨されています2-4)。近年では、予後良好中間リスク前立腺がんにも適応が広がりつつあります3-5)。ただし、この場合にはMRI所見、PSA密度(PSAを前立腺体積で割った指標)、生検での陽性コア数、病理学的予後不良因子の有無などを慎重に確認する必要があります。監視療法の重要な点は、「何もしない」ことではないという点です。定期的にがんの状態を確認し、必要な時期に根治療法へ移行できるように備える、“積極的な経過観察”です。そのため、患者には、前立腺の再生検を含めた定期検査を継続する必要性と、途中で根治療法へ移行する可能性を十分に説明しておくことが大切です。また、患者の希望に合わせていつでも根治療法へ方針を変更できる点を説明しておくことも重要なポイントです。【監視療法とは】監視療法は早期前立腺がんに対してただちに治療を行わず、定期的なPSA検査、直腸診、MRI、前立腺生検などで病状を確認しながら、必要な時点で手術や放射線治療などの根治治療へ移行する治療戦略。似たような言葉に「待機療法」がありますが、両者は異なります。待機療法は、根治治療を前提とせず、症状や病勢の変化に応じて緩和的治療やホルモン療法を行う方針です。主に期待余命が限られる患者や、年齢・併存疾患などから根治治療の利益が乏しいと考えられる患者で選択されます。一方、監視療法は、根治の機会を残しながら、あらかじめ定めたスケジュールで慎重に経過をみる方法2-4)です。つまり監視療法は、「治療をしない」のではなく、「今すぐ治療しなくてもよいがんを見極め、必要なときに根治治療へ移行する」ための管理方法といえます。高齢者に監視療法を選ぶと、治療機会を逃すのか?高齢者において監視療法を選択する際、多くの医師や患者が心配するのは、「治療のタイミングを逃すのではないか」という点です。これには、高齢者前立腺がんに特化した監視療法のエビデンスが、これまで十分ではなかったという背景があります。そこでわれわれは、国際的な前向き監視療法研究PRIASの日本人コホート、PRIAS-JAPAN6)のデータを用いて、75歳以上の高齢前立腺がん患者における監視療法の成績を検討しました7)。解析対象は1,274例で、そのうち231例が75歳以上でした。その結果、高齢群では若年群と比べて全生存率は低いものの、前立腺がん特異的生存率は同等の成績でした。さらに、75歳以上の監視療法症例では、観察期間中に前立腺がん死を認めず、転移の発生も認めませんでした(図1)。(図1)画像を拡大する一方で、高齢群では監視療法後の治療選択として、前立腺全摘術や小線源療法は少なく、ホルモン療法や待機療法を選択する割合が高い傾向にありました。これは、高齢者では「根治性」だけでなく、「侵襲を避けること」「生活の質を守ること」がより重視されていることを示しています。高齢者では監視療法を一定期間行い、その後、年齢や全身状態の変化に応じて待機療法へ移行することも現実的な選択肢です。とくに、前立腺がんで亡くなるリスクよりも、他疾患や老衰による死亡リスクが高い患者では、過剰な治療を避けること自体が重要な医療判断となります(図2)。(図2)画像を拡大する監視療法を支える体制づくりへ日本では、監視療法の普及率は欧米に比べて依然として低い状況です。われわれの全国調査でも、早期前立腺がん患者における監視療法の選択率は約10%にとどまっていました8)。その背景には、患者の不安、医師側の説明負担、定期的な経過観察に対する診療報酬上の評価不足などがあると考えられます。そのような中、2026年度診療報酬改定では、前立腺がん監視療法に関連する加算が新たに認められました(がん患者指導管理料 イ*)。これは、監視療法が単なる「経過観察」ではなく、患者説明、意思決定支援、定期的な評価を要する医療行為として、制度上でも一定程度評価されたものと考えられます。*病状変化に伴い診療方針変更等の協議が必要となった場合に追加で1回算定可能(500点)高齢者前立腺がん診療では、「何歳まで治療するか」に明確な答えはありません。暦年齢だけではなく、期待余命、フレイル、併存疾患、認知機能、そして患者が何を大切にしているかを踏まえて、治療方針を考える必要があります。監視療法は、過剰治療を避けながら、将来の治療選択肢を残す戦略です。とくに高齢者前立腺がんにおいては、がんを治すことだけでなく、生活の質を守り、自分らしい時間を保つための重要な選択肢になると考えられます。 1) がん情報サービス:がん統計予測 がん罹患数予測2025年 2) 日本泌尿器科学会編. 前立腺がん診療ガイドライン 2023年版 2023. p.173-181. 3) Urology EAU. Oncology Guidelines . Prostate Cancer. 2026. 4) National Comprehensive Cancer Network. NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology:Prostate Cancer version 5. 2026. 5) 日本泌尿器科学会編.. 前立腺がん診療ガイドライン 2023年版 2023. p.65-71. 6) Kato T, et al. Int J Urol. 2023;30:289-297. 7) Kato T, et al. BJU Int. 2026;137:650-658. 8) Kato T, et al. Int J Urol. 2024;31:1438-4140.

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高齢者の前立腺がん疑い、本当にすぐに検査すべき?【高齢者がん治療 虎の巻】第9回

講師紹介<今回のPoint>高齢者のPSA高値では、前立腺がんの早期発見という利益だけでなく、前立腺生検の負担や過剰診断の不利益も考える必要がある。PSAが軽度〜中等度に上昇している場合には、PHIなどのバイオマーカーやMRIを活用することで、前立腺生検に進むべきかをより慎重に判断できる可能性がある。高齢者では、期待余命、フレイル、併存疾患、患者の価値観を踏まえたshared decision making(SDM)が重要である。<症例>78歳、男性。検診でPSA 6.9ng/mLを指摘され、クリニックを受診。一昨年に狭心症発作に対して冠動脈ステント留置術を受けており、糖尿病、高血圧の薬に加えて抗血小板薬を内服している。PSA高値について総合病院での精査を提案すると、「症状なんて何にもない。おしっこの悩みもないのに、精密検査は絶対に受けなければならないのか?」と話され、精査については躊躇される気持ちがあった。この患者に対して、すぐに侵襲的な検査である前立腺生検を勧めるべきでしょうか。それとも、患者と相談し、慎重に経過をみることを選択肢に持つべきでしょうか。“PSA高値=すぐ前立腺生検”でよいのか?PSA検査と、それに続く前立腺生検の目的は、前立腺がんを見つけて、必要な患者を根治に導くことです。しかし、高齢男性においては、「がんを見つけること」そのものが、必ずしも患者の利益につながるとは限りません。PSAスクリーニングの有効性を示した代表的な試験として、欧州で行われたERSPC trialがあります1)。この試験では、PSAスクリーニングにより前立腺がん死亡リスクが低下することが示されました。しかし、この16年間の追跡結果では、前立腺がん死を1人減らすためには570人にスクリーニングを行い、18人の前立腺がんを診断する必要があると報告されています。この数字を見ると、PSA検査には確かに意義がある一方で、多くの方が検査や精査の対象となることがわかります。とくに高齢者では、前立腺がんを見つける利益だけでなく、検査による負担や過剰診断の不利益もあわせて考える必要があります。さらに、PSA高値の患者に対して行われる前立腺生検は、決して無害な検査ではありません。血尿は4〜66%、直腸出血は1〜37%、発熱は0.6〜17%に認められると報告されています。多くは軽微ですが、膀胱洗浄を要する血尿は0.4%、処置を要する直腸出血は0.3%、敗血症は0.1〜3.1%とされており2)、まれながら重篤な合併症も起こり得ます。高齢者では、一度の感染や入院をきっかけにADLが低下することもあります。抗血小板薬や抗凝固薬を内服している患者では、出血リスクへの配慮も必要です。したがって、高齢者のPSA高値をみたときには、前立腺生検へ進む前に、その検査によって「本当に患者にとって利益が得られるものなのか」を一度立ち止まって考えることが大切です。高齢者では「見つけること」の不利益も考える前立腺がんには、生命予後にほとんど影響しない、いわゆる“おとなしいがん”が少なくありません。剖検研究では、ラテント前立腺がんの頻度は加齢とともに上昇し、80歳以上では約6割に認められると報告されています3)。高齢者に対するPSA検査や前立腺生検は、このような臨床的に問題とならないがんまで見つけてしまう可能性があります。ここで問題になるのが過剰診断です。過剰診断そのものは患者に症状を起こさないかもしれませんが、いったん「がん」と診断されると、不安や医療機関受診の負担、さらには将来的な過剰治療へつながることがあります。前立腺がん診療では、次回(前立腺がんに対する監視療法)で述べるように過剰治療への懸念もありますが、その前段階として「調べすぎ」「見つけすぎ」も高齢者では重要な課題です。もちろん、これは「高齢者には前立腺生検をすべきではない」という意味ではありません。臨床的に重要な生命予後に関わる前立腺がん(significant cancer)が疑われる患者では、適切な検査を進める必要があります。重要なのは、すべての前立腺がんを早期に見つけることではなく、転移性がんやsignificant cancerを見逃さず、一方で不必要な生検や過剰診断を減らすことです。PSAだけで判断せず、新規バイオマーカーとMRIも活用するこのような利益と不利益のバランスを考えるうえで、PSA値だけで判断するのではなく、PHI(Prostate Health Index)などの新規バイオマーカーやMRIを組み合わせて評価するという考え方もあります。とくにPSAが軽度〜中等度に上昇している高齢者では、すぐに前立腺生検へ進むのではなく、泌尿器科専門医のもとでリスクを段階的に評価し、前立腺生検が本当に必要かを患者と相談しながら判断することが重要です。PHIは、PSA高値患者における臨床的に意義のある前立腺がん、すなわちsignificant cancerのリスク評価に役立つ指標です4)。PHIが27未満の場合、91%が非がんまたはGleason score 6以下であったと報告されています5)。一方で、PHIが36以上ではGleason score 7以上のsignificant cancerのリスクが高まるとされています6)。これらの報告を踏まえると、PSAが軽度に上昇している高齢者、とくに複数の併存疾患を有しているケースでは、PHIが低い場合には慎重なPSAフォローを選択し、PHIが高い場合にはMRIなどの追加評価を検討するという段階的な考え方が成り立ちます。この段階的な評価において、MRIは前立腺生検へ進むべきかを判断するうえで重要な役割を担います。PI-RADSに基づくMRI評価は、significant cancerの検出を高める一方で、生命予後に大きく影響しにくい前立腺がんの過剰診断を減らすことにも役立ちます7)。PROMIS trialでは、significant cancerの検出において、mpMRIの感度は93%、特異度は41%、陰性的中率は89%と報告しています8)。また、MRIを先行することで約27%の患者が前立腺生検を回避でき、生命予後に大きく影響しにくい前立腺がんの診断を減らしながら、significant cancerの検出精度を高められる可能性が示されました。したがって、PSAが軽度〜中等度に上昇している高齢者では、「PSA高値だからすぐ生検」ではなく、PHIなどの新規バイオマーカーでリスクを見積もり、必要に応じてMRIを行い、その結果を踏まえて前立腺生検を検討するという段階的なアプローチも選択肢の1つとなり得ます。高齢者のPSA高値で考えるポイントさらに、高齢者のPSA高値を見たとき、最初に考えるべきことは「前立腺がんがあるか」だけではありません。期待余命はどのくらいかフレイルや認知機能低下はないか併存疾患や内服薬はどうか仮に前立腺がんが見つかった場合、生検やその後の治療に耐えられるか患者本人はどこまで検査や治療を望んでいるかこれらを踏まえたうえで、PHIやMRIを活用し、前立腺生検へ進むべきかを患者と相談しながら判断することが大切です。PSA値に応じて考える、高齢者への段階的アプローチ高齢者にPSA検査を行った後の対応としては、次のような段階的アプローチもあります。<PSA 4ng/mL未満の場合>日本泌尿器科学会の検診ガイドラインの考え方を参考に、PSA値に応じて1〜3年ごとの再検を検討します。ただし、再検を勧める際にも、その時点での期待余命やフレイルを再評価することが大切です。(図1)PSA<4ng/mLのフォローアップ戦略画像を拡大する<PSA 4〜10ng/mL、軽度PSA高値の場合>PHIでリスク層別化を行い、PHI高値であればMRIを検討します。MRIでPI-RADS3以上の病変があれば前立腺生検を考慮し、PI-RADS2以下で臨床的な疑いが低い場合にはPSAフォローを継続する、という流れも一つの選択肢になります。(図2)PSA 4〜10ng/mLに対するフォローアップ戦略画像を拡大する<PSA 10〜20ng/mL、中等度PSA高値の場合>MRIをより積極的に検討し、MRI所見やPSAの推移、患者の全身状態を踏まえて前立腺生検の要否を判断します。(図3)PSA10〜20ng/mLに対するフォローアップ戦略画像を拡大するもちろん、これらはあくまで一つの考え方であり、すべての患者に機械的に当てはめるものではありません。大切なのは、前立腺生検を避けること自体が目的なのではなく、本当に生検が必要な患者を見極めることです。終わりに高齢者の前立腺がん疑いでは、PSA高値をみたときにすぐ前立腺生検へ進むのではなく、期待余命、フレイル、併存疾患、患者の価値観を踏まえて、検査の利益と不利益を慎重に考える必要があります。PHIなどの新規バイオマーカーやMRIを活用し、significant cancerを見逃さず、不必要な前立腺生検や過剰診断を減らすことが重要です。高齢者のPSA高値では、患者と相談しながら、一人ひとりに合った検査戦略を考えることが大切です。 1) Hugosson J, et al. Eur Urol. 2019;76:43-51. 2) 日本泌尿器科学会編. 前立腺がん検診ガイドライン2018年版. 2018. p.111-116. 3) Bell KJL, et al. Int J Cancer. 2015;137:1749-1757. 4) Catalona WJ, et al. J Urol 2011;185:1650-1655. 5) Tosoian JJ, et al. Prostate Cancer Prostatic Dis. 2017;20:228-233. 6) White J, Shenoy BV, et al. Prostate Cancer Prostatic Dis. 2018;21:78-84. 7) 高橋 哲. 臨床泌尿器科. 2022;76:770-777. 8) Ahmed HU, et al. Lancet. 2017;389:815-822.

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FAST試験:迅速抗菌薬感受性試験は菌血症患者の予後を改善するのか(解説:小金丸博氏)

 グラム陰性菌菌血症に対する迅速抗菌薬感受性試験(迅速AST)の臨床的有用性を検証したランダム化比較試験がJAMA誌オンライン版2026年4月18日号に報告された。本研究の目的は、血液培養陽性後に迅速な表現型感受性試験を導入することで、患者予後が改善するかを明らかにする点にあった。 従来の感受性試験では、菌の同定から感受性結果の判明まで通常1~2日を要する。一方、本研究で用いられた迅速ASTは、陽性血液培養ボトルから直接感受性を測定することで、より早期に抗菌薬選択を最適化することが期待できる。研究は薬剤耐性菌頻度の高いギリシャ、インド、イスラエル、スペインの7施設で実施された。約900例が登録され、迅速AST群と標準AST群に割り付けられた。 主要評価項目にはDOOR(Desirability of Outcome Ranking)が採用された。これは死亡のみではなく、有害事象、再入院、治療失敗、多剤耐性菌獲得などを統合的に評価する新しいアウトカム指標であり、より患者中心の解釈が可能となる。 結果として、迅速AST群は抗菌薬調整までの時間を有意に早めた。とくにカルバペネム耐性菌感染症では、有効抗菌薬投与開始までの時間が大幅に短縮された。しかし、30日死亡率、入院期間、DOORなどの主要臨床アウトカムには統計学的有意差が認められなかった。すなわち、「診断速度の向上」が必ずしも「患者予後の改善」には直結しなかったのである。 本研究の価値は、迅速診断に対する期待に対し、ランダム化比較試験という高いエビデンスレベルの方法で現実的な解答を示した点にある。これまで同分野は、観察研究やbefore-after studyが中心であり、本研究は数少ないランダム化比較試験として重要性が高い。また、薬剤耐性を遺伝子検査ではなく表現型ASTを評価した点も特徴の1つである。遺伝子検査は既知の耐性遺伝子しか検出できない一方、表現型ASTは実際の菌の増殖抑制を評価するため、未知の耐性機序にも対応可能である。 さらに本研究は「迅速診断」のみでは限界があることを示唆した。感染症診療では、source control、集中治療、宿主因子、抗菌薬適正使用支援など多くの要素が転帰に影響する。そのため迅速ASTの価値は、全例への一律導入ではなく、薬剤耐性菌高リスク患者への選択的適用や抗菌薬適正使用支援との統合にあると考えられる。本研究は、感染症診断技術の有効性を実践的に評価した意義のある論文であると考える。

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六病位~乾姜と附子~【Dr.伊東のストーリーで語る漢方薬】第7回

六病位~乾姜と附子~これまで、感冒初期に使う葛根湯(かっこんとう)、麻黄湯(まおうとう)、桂枝湯(けいしとう)、少し時間が経ってから使う小柴胡湯(しょうさいことう)を解説してきました。そろそろ感冒初期、少し時間が経った状態に相当する用語を勉強する頃合いかと思います。漢方の世界では、急性熱性疾患のステージング、進行度を六病位といって、6つに分類します。六病位の順番は漢方の流派によっても若干異なるのですが、大塚流の場合は、太陽病(たいようびょう)、少陽病(しょうようびょう)、陽明病(ようめいびょう)、太陰病(たいいんびょう)、少陰病(しょういんびょう)、厥陰病(けっちんびょう)の順番で病気が進んでいきます(図1)。どれくらい体の抵抗力があるかによっても、この進み具合は変わります。虚証が強く出ている方、たとえば高齢で痩せた患者は、太陽病、少陽病、陽明病をすっ飛ばして、いきなり太陰病や少陰病から始まることもあります。今回は、この六病位を絵的なイメージに落とし込んで、漢方の世界観を皆さんと共有することを目標にします。図1 六病位画像を拡大する太陽病まず、感冒初期に相当する太陽病です。便宜上、ここではウイルス感染症ということにしておきますが、最初にウイルスが外から体表へと侵入しようとしてきます。それによって、空気に触れているところから症状が起こっているというイメージで捉えてください。具体的には、悪寒とか頭痛、もう少し体の奥だと咽頭痛ですね。こういった体表部、空気に触れやすいところに症状が出てくるわけです。それに対して、漢方医学では発汗とともにウイルスを追い出すイメージで治療します。葛根湯、麻黄湯、桂枝湯などは、そういったコンセプトで用いられます(図2)。図2 太陽病画像を拡大する少陽病次に、感冒の5~6日目以降に相当する少陽病です。ウイルスが体表から体のもう少し奥へと侵入して、横隔膜のあたりまで到達するイメージを思い描いてください。胃とか肺のあたりです。そうすると、吐き気が出たり、食欲がなくなったり、咳が出たりしますよね。時間経過で体が消耗してもいるので、倦怠感もあります。この深さまでウイルスが侵入してくると、汗とともにウイルスを追い出す治療が効かなくなってくるため、今度は横隔膜周囲に生じている炎症を緩和するイメージで治療します。東洋のステロイドこと柴胡剤がここで活躍してくるわけです。胸脇苦満(きょうきょうくまん)というキーワードを思い出していただければと思います(図3)。図3 少陽病画像を拡大する陽明病さらに病気が長引いてしまうと、体のさらに深部に熱がたまってきて、たとえば、大腸のあたりも調子を崩してきて、便秘になる方がいます。この状態を陽明病といいます。少しイメージが難しいのですが、急性期病院で肺炎などの急性期疾患がうまく治った患者さんが、転院調整中にやたら便秘を起こしたり、せん妄を起こしたりしている「あの状態」をイメージしていただけるとしっくり来るかもしれません。このような状態を治すには、西洋医学だとセンノシドや酸化マグネシウムを使うことが多いと思うのですが、漢方の場合もかなり似ていて、承気湯(じょうきとう)というグループの漢方薬を使うことがあります。たとえば、調胃承気湯(ちょういじょうきとう)は、大黄(だいおう)、甘草(かんぞう)、芒硝(ぼうしょう)からなる漢方薬です。大黄がセンノシドを含んでいて、芒硝が硫酸ナトリウムを含みます。要は浸透圧性下剤ですね。そのため、誤解を恐れずに言えば、センノシドと酸化マグネシウムを同時に使用しているようなイメージの漢方薬ということになります(図4)。あとは、葛根湯を説明した時の条文クイズで簡単に触れた白虎加人参湯(びゃっこかにんじんとう)も用いられます。喉が渇いてしょうがない時に使う薬ですね。これも、体の深部を冷やす漢方薬なので、陽明病の薬に分類できます。図4 陽明病画像を拡大する太陰病太陽病、少陽病、陽明病をまとめて陽証と呼びますが、これらは体の抵抗力が病気の勢いを上回っている状態です。要は炎症という防御反応がちゃんと機能している状態です。逆に、もともと抵抗力が少ない方、抵抗力があったけれど長い闘病生活でだんだんと病気に負けていった方などの場合は、いわゆる陰証という状態に入っていきます(図5)。図5 陽証と陰証画像を拡大するたとえば、感染症診療に精通されている先生方は、敗血症では高熱の時よりも低体温になっている時の方が危ないということを経験的にご存じかと思うのですが、まさしくその低体温に相当する状況になっていくわけです。その陰証の最初のフェーズが太陰病です。病気に屈すると、まずは腸が冷えてきて下痢をします。この場合の治療では、単純に腸を温めれば良いのです。これまで、お腹に優しい漢方薬をいくつか紹介してきました。桂枝湯の延長線上にある桂枝加芍薬湯(けいしかしゃくやくとう)や小建中湯(しょうけんちゅうとう)などは、太陰病の治療にうってつけです(図6)。図6 太陰病画像を拡大する少陰病・厥陰病問題はそこから先で、さらに病状が進むと腸だけでなく全身が冷えてきます。体がとにかく冷たくて、脈をとっても弱々しい。この状態を少陰病と呼んでいて、さらに進んで危篤状態になると厥陰病といいます。とにかく体全体を温めないとまずいということで、こういう状況下では乾姜(かんきょう)や附子(ぶし)を含む漢方薬を使うことが多いです。乾姜というのは、ショウガを加熱したもので、成分も加熱によってギンゲロールからショウガオールに変わっています。あと、附子はトリカブトの根っこの部分です。この2種類の生薬はとにかく体を温める力が強いのです(図7)。たとえば、人参湯や大建中湯(だいけんちゅうとう)には乾姜が入っていますし、真武湯(しんぶとう)には附子が入っています。いろいろと漢方薬の名前を出してしまいましたが、ここでは乾姜と附子は体を温める力が強いことだけ覚えていただければ十分です。少陰病の治療薬は、乾姜や附子に、人参(にんじん)のような胃腸に優しい生薬が加わってできているものが多いという話でした。図7 少陰病・厥陰病画像を拡大するまとめ最後に少しだけ補足します。実証・虚証の話と、陽証・陰証の話がごちゃまぜになって混乱する方もいるかと思うので、念を押しておきます。実証・虚証は、患者さんの病気に対する抵抗力です。陽証・陰証は、その結果、病気が今どこのstageにあるかということです。たとえば、ご高齢で痩せている方は虚証ですが、その方が軽いかぜをひいて頭痛や微熱が出ていれば太陽病で陽証ですよね。逆に、その方が敗血症性ショックになっていたら厥陰病で陰証です(図8)。もちろん、実証の患者は陽証に留まりやすく、虚証の患者は陰証に進みやすいため、両軸にはちゃんと結びつきがあるのですが、虚実と陰陽は別々に考えてほしいと思います。図8 虚実と陰陽画像を拡大するとりあえず、今回は皆さんに太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病という六病位を覚えてもらえると嬉しいです。このシリーズは、ここまでで一区切りのため、このタイミングで復習することをお勧めします。

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第296回 ナフサ不足で医療資材逼迫、医療用手袋5,000万枚を放出/政府

<先週の動き> 1.ナフサ不足で医療資材逼迫、医療用手袋5,000万枚を放出/政府 2.血管炎薬アバコパンで死亡20例、添付文書に「警告」新設/厚労省・キッセイ薬品 3.AIを悪用したサイバー攻撃に備え、医師会や病院団体と対策を協議/厚労省 4.マイナカード「任意」から義務化検討へ、全員保有を提言/自民党 5.禁忌の抗菌薬処方でSJS発症か、患者死亡で遺族に補償へ/三重県 6.東大医学系研究科の贈収賄事件、元特任准教授に有罪判決/東京地裁 1.ナフサ不足で医療資材逼迫、医療用手袋5,000万枚を放出/政府中東情勢の悪化を背景に、石油由来原料を使う医療資材の供給不安が医療現場に広がっている。政府は5月23日、感染症などの流行に備え国が備蓄していた医療用手袋のうち、まず5,000万枚の放出を開始した。都内の歯科診療所には同日、第1弾が到着。受け取った院長は「診療所は在庫を抱えられない。購入できて安心した」と語った。放出対象は、病院、診療所、訪問看護事業所、薬局、助産所など。在庫量が「今後1週間の想定消費量から購入見込み量を差し引いた数」の4週間分を下回る場合、医療機関等情報支援システム(G-MIS)を通じて申請できる。販売は1,000枚単位で、価格は1セット5,980円、1枚当たり約6円。購入可能数は想定消費量の2週間分を基準に決まり、条件を満たせば複数回の申請も可能とされる。21日時点で2,000を超える医療機関が対象となっており、茨城県でも第1弾として63医療機関から27万1,000枚の購入申し込みがあった。ただ、逼迫しているのは手袋だけではない。ナフサ価格の上昇を受け、廃液回収容器、投薬瓶、軟こう容器、点眼瓶、松葉杖、透析回路、医薬品包装用フィルムなどでも値上げや納期遅延、受注制限が相次いでいる。調剤薬局では小児用シロップ容器が不足し、粉薬での処方を依頼する例も出ている。医療資材卸では4月以降、平均2~3割の値上げが行われ、製品によっては1.5~2倍の値上げ要請もあるという。診療報酬や薬価は公定価格であり、医療機関や製薬企業は一般産業のようにコスト上昇分を価格転嫁しにくい。物価高、人件費高、光熱費高に加え、資材不足が中小医療機関の経営をさらに圧迫している。政府は追加放出も検討するとしているが、手袋の使用量は月9,000万枚規模ともされ、備蓄放出だけで不安を払拭するのは難しい。医療提供体制を維持するには、資材供給の安定化に加え、物価変動を診療報酬や薬価に反映する仕組みの検討が求められる。 参考 1) 医療用手袋の政府備蓄品が到着 厚労省、都内歯科で公開(日経新聞) 2) 国が備蓄している医療用手袋 購入要請があった医療機関にきょうから配送開始 中東情勢の影響を受けて放出(TBS NEWS) 3) ナフサ不足で医療資材逼迫 軟こう容器・松葉杖・手袋…中小医院資材逼迫で苦境(日経新聞) 4) 中東情勢悪化に伴う医療用グローブの国家備蓄放出、「医療機関在庫が不足する」場合に購入可能-厚労省(Gem Med) 2.血管炎薬アバコパンで死亡20例、添付文書に「警告」新設/厚労省・キッセイ薬品厚生労働省は5月21日、選択的C5a受容体拮抗薬アバコパン(商品名:タブネオスカプセル10mg)について、製造販売元のキッセイ薬品に対し、添付文書に「警告」欄を新設し、医療関係者へ安全性速報(ブルーレター)を発出するよう指示した。同薬の服用後、肝臓の胆管がなくなる「胆管消失症候群」を含む重篤な肝機能障害が報告され、国内で20例の死亡があったことを受けた措置。ブルーレターの発出は5年ぶりで、迅速な安全対策が必要と判断された。アバコパンは、顕微鏡的多発血管炎と多発血管炎性肉芽腫症を対象とする飲み薬で、いずれも国の指定難病。ステロイド使用量を減らせる薬として期待され、国内では2022年6月に発売され、直近1年間で推定約8,500例に使用された。死亡した20例は60~90代で、19例は投与開始から3ヵ月以内に肝機能障害を発症。胆管消失症候群は22例報告され、このうち13例が死亡しており、とくに深刻な副作用とみられている。改訂後の添付文書では、投与開始前と投与中の定期的な肝機能検査を求める。投与開始後3ヵ月間は少なくとも2週間に1回、その後3ヵ月間は少なくとも4週間に1回、6ヵ月以降も定期的に検査する。ALTまたはASTが基準値上限の3倍を超えた場合は投与を中断し、8倍超、5倍超が2週間以上続く場合、総ビリルビンやALPの上昇、黄疸やかゆみなどがあれば中止する。胆管消失症候群が疑われる場合も速やかに中止することを求めている。キッセイ薬品は、新規患者への投与を控えるよう注意喚起していたが、その後は頻回の検査を前提に新規投与も可能とされた。すでに服用中の患者には、自己判断で中止せず、体調変化があれば医師や薬剤師に相談するよう呼びかけている。その一方で、米国食品医薬品局(FDA)は有効性や承認申請資料を巡る疑義から米国での承認撤回を提案しており、厚労省も海外当局と連携し、有効性や安全性の確認を進める。 参考 1) タブネオスの安全性確保のための注意喚起について(キッセイ薬品) 2) タブネオスにブルーレター発出、添付文書の「警告」欄を新設(日経ドラッグインフォメーション) 3) 血管炎治療剤タブネオス 安全性速報を発出-添付文書に「警告」新設 キッセイ薬品(CB news) 4) キッセイ薬品工業が「ブルーレター」発出 タブネオス服用後の死亡患者20人報告で(中日新聞) 5) 投与患者20人死亡の血管炎治療薬、添付文書に「警告」欄を新設・頻繁な肝機能検査を要請…厚労省(読売新聞) 6) キッセイ薬品の血管炎薬、添付文書に「警告」欄 有効性に疑義も(朝日新聞) 7) キッセイ薬品、血管炎治療薬で安全性速報 死亡報告で厚労省指示(日経新聞) 3.AIを悪用したサイバー攻撃に備え、医師会や病院団体と対策を協議/厚労省厚生労働省は5月22日に、AIを悪用したサイバー攻撃への懸念が高まっているとして、医療機関や病院団体とサイバーセキュリティ対策に関する意見交換会を開いた。背景にあるのは、米アンソロピックが4月に発表した高性能AI“Claude Mythos”(クロード・ミュトス)で、ソフトウエアの脆弱性を自律的に検出し、攻撃プログラムの生成にもつながり得るとされる。国家サイバー統括室は18日、AIの急速な進展により攻撃の規模が拡大する恐れがあるとして、医療や金融など重要インフラ15分野に注意を呼びかけていた。意見交換には上野 賢一郎厚労相、厚労省や国家サイバー統括室の担当者、全国自治体病院協議会、全日本病院協会、日本病院会、日本医療法人協会などの関係者が出席した。上野厚労相は、医療現場では日々の診療や運営に追われ、サイバー対策が後回しになりがちだと指摘し、「現場任せではなく経営層の主体的な関与が不可欠」と強調。「サイバー攻撃の脅威はさらに増大する。必要な対応を速やかに進める」と述べた。医療機関ではこれまでも電子カルテが使えなくなり、診療を一時中断する被害が発生している。出席した医療機関側からは、「対策に充てる財源が乏しい」や「専門人材を確保できないこと」への不安が示され、国による財政的・技術的支援を求める声が上がった。厚労省は、医療情報システムの安全管理ガイドラインに基づく基本対策の徹底、攻撃を受けた場合の事業継続計画作り、補助金や経営層向け研修の活用を呼びかけた。政府は重要インフラ15分野ごとに安全基準を整備する方針で、厚労省も医療分野の実情に応じた対策を具体化する。今後、関係機関に事務連絡を出し、医療機関の機能停止が国民生活に重大な影響を及ぼさないよう、医療現場と連携して実効性ある体制作りを進める。診療継続を支える経営課題として、各病院の備えが問われる。 参考 1) ミュトス対応 医療機関と意見交換、厚労省 セキュリティー対策具体化へ(CB news) 2) 医療機関にサイバー攻撃対策を要請 厚労省、AI「ミュトス」念頭(日経新聞) 3) 新型AI「ミュトス」 厚生労働省と医療機関が意見交換 上野大臣「必要な対応を速やかに進める」 サイバー攻撃で診療一時中断も 「財源ない」「専門人材いない」の声も(TBS NEWS) 4) 「医療機関等におけるサイバーセキュリティ対策に関する厚生労働省との意見交換」を開催します(厚労省) 4.マイナカード「任意」から義務化検討へ、全員保有を提言/自民党自由民主党は5月19日、マイナンバーカードの取得義務化の検討を政府に求める政策提言「デジタル・ニッポン2026」を公表した。国民全員がカードを保有することを前提に、行政サービスの拡充や民間利用を進める狙いで、早ければ来年の通常国会で関連法改正を目指す。現在、マイナンバーカードの取得は任意で、4月末時点の保有率は82.7%。提言では、取得を法的に義務付ける必要性や実効性を検討すべきとするが、罰則は設けない方針。背景には、中低所得の現役世代支援として検討される「給付付き税額控除」や迅速な現金給付への活用がある。提言では、給付に必要な公金受取口座の登録義務化の検討も盛り込み、マイナカードを「デジタル社会のパスポート」と位置付けている。党デジタル社会推進本部長の平井 卓也衆院議員は、交付開始当初に比べ肯定的に受け止める人が増えたとして、「持っていることを前提に政策を組み上げる」と説明した。その一方で、個人情報の漏えいや目的外利用、プライバシー侵害への懸念はいまだに根強い。マイナ保険証の原則化を巡っては、医療機関の受付負担や高齢者の利用困難、資格確認書の併存などから「事実上の義務化」との批判もある。会計検査院の調査では、2025年7月末までに本人希望で廃止されたカードが累計93万枚に上り、トラブルへの不安や利便性を実感できないことが背景にあるとの見方も出ている。コンビニ交付や本人確認で「期待通りの使い勝手になっていない」との指摘もあり、普及策の妥当性が問われている。松本 尚デジタル相は22日の会見で、義務化について「法的に縛り付けることは議論が必要だ」と述べ、必要性への明言を避けた。カードを持ちたくない人が納得できる根拠や、どの政策と一体で進めるのかを検討する必要があるとの認識を示した。利便性向上と行政効率化を掲げる政府・与党に対し、制度への信頼回復と不安払拭が課題となる。 参考 1) デジタル・ニッポン2026ー責任あるアジャイル・ガバナンスー(自民党) 2) マイナカード、取得義務化を提言 自民「来年国会で法改正めざす」(朝日新聞) 3) マイナカード義務化「必要性もう少し議論」 松本デジタル相(日経新聞) 4) 任意だったのに…「マイナカード義務化」自民が提言へ 給付付き税額控除の議論が「絶好のラストチャンス」(東京新聞) 5) 「93万枚」が廃止されていたマイナンバーカード このままでは“第2の住基カード”に? 「多くの人が“便利さ”を感じていない」(デイリー新潮) 5.禁忌の抗菌薬処方でSJS発症か、患者死亡で遺族に補償へ/三重県三重県桑名市の地方独立行政法人 桑名市総合医療センターは5月21日、気管支喘息で入院した60代男性に禁忌薬を誤って処方し、男性が重い薬剤アレルギーとみられる症状を発症後、3月23日に死亡したと発表した。病院側は薬剤投与ミスを認め、遺族に謝罪するとともに補償する方針を示している。男性は2月中旬、喘息発作で同センターに入院し、ステロイド治療に伴う感染症予防のため、担当医が抗菌薬トリメトプリム スルファメトキサゾール(商品名:バクトラミン)を処方した。男性は退院後に服用したが、高熱や全身の発疹、皮膚や口腔内のただれなどを起こし、愛知県内の病院に搬送された。その後、スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)を発症したとみられ、より重篤な中毒性表皮壊死症(TEN)の可能性も指摘されている。最終的には腸閉塞を伴う敗血症性ショックなどで死亡した。バクトラミンは、スルファメトキサゾール・トリメトプリムを成分とするST合剤で、男性は過去に同じ成分を含む別の商品名の抗菌薬でアレルギー症状を起こしていた。電子カルテには投与禁忌の記載があったが、担当医は商品名の違いから同一成分だと認識せず、成分確認を十分に行わなかったという。一部報道では、医師がアレルギー歴を別系統の薬剤と誤認していたともされる。病院は、誤投薬とアレルギー反応との関連性は極めて高いと説明する一方で、死亡との直接の因果関係については病理解剖の結果や外部専門家を含む調査で検証する方針。県医師会には医療事故として報告しており、院内事故調査委員会や第三者委員会で原因究明と再発防止策を検討する。山田 典一病院長は記者会見で「痛切に責任を感じている」と謝罪し、「全職員がリスクを感じたら拾い上げる体制に変えなければならない」と述べた。 参考 1) 桑名市総合医療センターで男性に禁忌薬処方、難病発症 別の病院に転院後死亡(中日新聞) 2) 禁忌薬誤投与後に患者男性が死亡 三重の医療センター 因果関係調査(産経新聞) 3) 抗菌薬誤投与で難病発症、患者死亡 医師が成分確認せず-三重・桑名市総合医療センター(時事通信) 4) 桑名市総合医療センターの患者死亡 薬剤の投与ミス認める(NHK) 6.東大医学系研究科の贈収賄事件、元特任准教授に有罪判決/東京地裁東京大学大学院医学系研究科の共同研究を巡る贈収賄事件で、収賄罪に問われた元特任准教授の吉崎 歩被告(46)に対し、東京地裁は5月22日、懲役1年、執行猶予2年、追徴金約196万円の有罪判決を言い渡した。求刑は懲役1年2ヵ月、追徴金約196万円で、吉崎被告は公判で起訴内容を認めていた。判決によると、吉崎被告は2023年3月から2024年8月にかけて、東京大学大学院医学系研究科皮膚科学分野の元教授、佐藤 伸一被告(62)とともに、一般社団法人日本化粧品協会の代表理事だった引地 功一被告(52)から、都内の高級クラブや性風俗店などで30回にわたり、計約196万円相当の接待を受けた。接待は、皮膚疾患に対する大麻草由来成分カンナビジオール(CBD)の有効性などを調べる「臨床カンナビノイド学社会連携講座」の設置や共同研究の推進で便宜を図る見返りだったとされた。吉崎被告は同講座の講座長として、佐藤被告と日本化粧品協会との間に入り、研究実務や接待の段取りを調整していた。弁護側は、吉崎被告が佐藤被告を師と仰ぎ、強い影響下にあったため異を唱えることは難しかったと主張。判決も、上司である佐藤被告の意向に反することが困難だった点は認めた。その一方で、吉崎被告が接待の調整役を担い、単独で接待を受けたこともあり、自ら積極的に接待を受けたい意向があったとして、「刑事責任は軽視できない」と指摘した。遊興接待の内容についても、職務の廉潔性を害したことは明らかだとした。判決はさらに、東大の社会連携講座についても言及。大学の看板を営利目的で利用しようとする企業に悪用されかねない側面があり、公益的な研究として適切に運用されるかどうかが、講座を統括する担当教授のモラルに大きく依存していたと指摘した。産学連携を進める上で、研究費の受け入れや企業との距離感を個人の倫理観に委ねる危うさが改めて浮き彫りになった形。しかしながら、吉崎被告が事件後に東大を退職し、犯行を認めて反省していること、再び公職に就く可能性が低く再犯の可能性も低いことなどから、執行猶予付き判決が相当と判断された。事件では、佐藤被告も収賄罪で起訴されているほか、贈賄罪に問われた引地被告の判決は5月26日に予定されている。東大では別件でも医療機器選定を巡る収賄事件が起きており、大学病院における企業連携と利益相反管理のあり方が厳しく問われている。 参考 1) 東大病院汚職、元特任准教授に有罪判決 風俗店やクラブで接待受ける(朝日新聞) 2) 東大院汚職で元特任准教授に有罪判決 東京地裁(日経新聞) 3) 懲役1年執行猶予2年、性接待などを受け 東大病院の収賄事件、「教授の強い影響下にあった」元特任准教授に有罪判決(日経メディカル)

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血培で「マジックマッシュルーム」が陽性【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第306回

血培で「マジックマッシュルーム」が陽性「マジックマッシュルーム」と聞くと、なんとなく危ない薬物、というイメージはあるかもしれません。幻覚作用をもつ成分を含むキノコの俗称で、知覚の変化や幻覚、多幸感、不安、混乱などを引き起こします。つまり、いわゆる“毒キノコ”のように食べたらすぐ重い臓器障害を起こすタイプとは少し違い、主に中枢神経系に作用するキノコです。Giancola NB, et al. A "Trip" to the Intensive Care Unit: An Intravenous Injection of Psilocybin. J Acad Consult Liaison Psychiatry. 2021 May-Jun;62(3):370-371.主人公は30歳男性。背景には双極性障害と静注薬物使用歴があり、処方されていた薬もきちんと飲めていませんでした。本人はオピオイド依存や抑うつを自分で何とかしようとしており、ネット上で見つけた情報をもとに、自己流の“治療”としてマジックマッシュルームを使って「ある方法」を試したようです。ある方法というのは、マジックマッシュルームを「飲んだ」ことではなく、「煮出したキノコ液をそのまま静脈に入れた」ことです。ひぃぃぃぃぃ!!!患者さんはその後、傾眠、黄疸、下痢、悪心、吐血を来し、救急外来を受診した時点で血圧は75/47mmHgまで低下していました。検査では血小板減少、電解質異常、急性腎障害、急性肝障害がみられ、多臓器不全として集中治療室に入室しました。敗血症性ショック、急性呼吸不全、播種性血管内凝固まで合併し、挿管や血漿交換を要しました。血液培養では、細菌だけでなく真菌も検出され、その真菌はPsilocybe cubensis、つまり本人が注射したマジックマッシュルームそのものと同定されました。怖すぎる…。皆さんも、マジックマッシュルームを静注しないように気を付けてください!

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第61回 クルーズ船で広がったハンタウイルス。「アンデスウイルス」の正体と私たちが知っておきたいこと

2026年4月、アルゼンチンを出港したクルーズ船で発生したハンタウイルスの集団感染が、世界中の関心を集めています。WHOによれば、これまでに少なくとも8人が感染し、うち3人が亡くなっています。原因として同定されたのは、南米で知られる「アンデスウイルス」と呼ばれるウイルスでした。この聞き慣れないウイルスは、これまで知られているハンタウイルスの中で唯一、ヒトからヒトへの感染が確認されているという、少し特殊な存在でもあります。今回はその全体像を整理してみたいと思います。ネズミからヒトへ、そしてヒトからヒトへハンタウイルスは、Hantaviridae科Orthohantavirus属に属するRNAウイルスの総称で、世界に40種以上、そのうち22種ほどがヒトに感染することが知られています。共通しているのは、いずれも野生のげっ歯類を自然宿主としている点です。アンデスウイルスの宿主は、南米南部に生息する「コリラルゴ」と呼ばれる小型のネズミで、アルゼンチンとチリのアンデス山脈周辺に広く分布しているそうです。通常の感染ルートは、ネズミの尿・糞・唾液に含まれるウイルスがエアロゾル化し、それをヒトが吸い込むことです。換気の悪い物置や山小屋の掃除など、屋内での曝露がとりわけ危険とされています。典型的には、ネズミに咬まれたり直接触れたりした記憶がなく、知らないうちに吸入してしまっていたケースが大半のようです。ここで重要になるのが、アンデスウイルスだけが備える「ヒト-ヒト感染」の能力です。アルゼンチンで起きた大規模アウトブレイクでは34人が感染し、11人が亡くなりました。家族内、とくに性的パートナー間での感染リスクが、ほかの同居者の十数倍高いことも疫学研究から報告されています。最も感染伝播しやすいのは発症前後の初期段階で、血液・唾液・呼吸器分泌物・尿からウイルスRNAが検出されるため、症状が出る前から感染源になり得るのです。とはいえ伝播には「濃厚かつ長時間の接触」が必要とされており、新型コロナウイルスのように街中で容易に広がるものではないと報告されています。今回のクルーズ船の事例で問題になっているのも、まさに長期航海という限定された空間で乗員乗客が密に過ごしたという特殊な条件です。WHOは濃厚接触者に対して、1潜伏期分にあたる約45日間の健康監視や隔離を勧告しており、複数の国にまたがる追跡調査が現在も進められています1, 2, 3)。風邪のような症状から数時間で急変する「ハンタウイルス心肺症候群」潜伏期間は感染源への曝露から2〜3週間(中央値14〜18日、最長で7週間)と長く、初期の症状はそれほど特徴的ではありません。発熱・悪寒・激しい筋肉痛(とくに大腿や腰背部)、頭痛、悪心、嘔吐、腹痛、下痢といった、いわゆる「胃腸症状を伴うインフルエンザのような」経過をたどります。鼻水や咽頭痛など、上気道の症状をほとんど欠くというのが、いわゆる「風邪」との区別のヒントになります。この「前駆期」は2〜8日ほど続きます。問題はその後です。「ハンタウイルス心肺症候群」と呼ばれるこの病態の本質は、血管内皮の機能不全によるびまん性の毛細血管漏出にあります。ウイルスはβ3インテグリンなどを介して血管内皮細胞や血小板に侵入し、サイトカインの放出と血管透過性の亢進を引き起こします。その結果、肺胞内に大量の血漿成分が漏れ出して非心原性肺水腫を生じ、同時に心筋抑制から心原性ショックに陥ります。乾性咳嗽と呼吸困難の出現を皮切りに、数時間という単位で肺水腫、ショック、不整脈、凝固障害へと急速に進行し、亡くなる方の多くは心肺期に入ってから最初の24時間以内に命を落としてしまいます。検査では、血小板減少、白血球増多と幼若球の出現、免疫芽球の増加、血液濃縮、LDHの上昇といった所見が鋭敏な手がかりになります。確定診断は、ELISAによる血清IgM/IgG抗体検出と、PCRによるウイルスRNA検出で行います。致死率は、アンデスウイルスなどの重症型で30〜50%、軽症型でも10〜30%と非常に高いのが特徴です。生存できた場合でも、倦怠感や息切れが数ヵ月にわたって残ることがあり、急性期を乗り越えても回復には時間がかかると報告されています1, 4)。治療の鍵は「早期搬送」、そして私たちにできる予防策ハンタウイルスに対する特効薬は、残念ながらありません。リバビリンは腎症候性出血熱には有効ですが、心肺症候群に対する効果は複数の臨床試験で否定されています。ステロイドの有用性も示されていません。したがって治療の中心は、集中治療による全身管理になります。人工呼吸器、循環作動薬、そして体外式膜型人工肺(ECMO)を用いた呼吸循環補助が、命を救う鍵を握ります。毛細血管漏出が進む病態のため、敗血症と異なり「輸液は控えめに、昇圧薬は早めに」というのが治療の原則です。実際、ECMOを要する重症例でも救命率は60%を超えると報告されており、「疑った段階で、ECMOが使える施設へ早く搬送する」ことが予後を左右する最重要事項のようです。予防はまず、ネズミとの接触を断つことに尽きますが、アンデスウイルス患者を診る医療従事者には、N95マスク、ゴーグル、ガウン、手袋による空気感染予防策が推奨され、濃厚接触者は1潜伏期分(約45日)の健康監視あるいは隔離が求められます。ワクチンは現時点で承認されておらず、曝露を避けることが唯一の現実解と言ってよいでしょう2, 4, 5)。パンデミックに至るリスクをどう見るかここで気になるのが、「ハンタウイルス、とくにアンデスウイルスがパンデミックを引き起こす可能性はあるのか」という点ではないでしょうか。結論からお伝えすると、現時点でその可能性は低いと考えられています。理由は大きく2つあります。1つ目は感染経路の特性です。ハンタウイルスの主たる感染経路は、あくまでネズミからのエアロゾルです。アンデスウイルスは唯一ヒト-ヒト感染を起こしますが、それも「濃厚かつ長時間の接触」が必要で、咳やくしゃみで広がる新型コロナやインフルエンザのような効率の良い飛沫感染ではありません。実際、基本再生産数(R0)は1前後と推定されており、適切な隔離下であれば速やかに収束しやすい性質を持ちます。2つ目は、「重症度の高さ」そのものが拡大の歯止めになっているという点です。30〜50%という致死率はこのウイルスの恐ろしさを示すものですが、感染者は急速に発症し、短時間で歩行すら困難な状態に陥ります。社会の中を動き回って他人に伝播させるという、パンデミックを成立させる動線がきわめて作りにくいのです。ただし、安心しきってよいわけでもありません。発症前から感染伝播する可能性があること、気候変動や森林伐採で宿主となるネズミの分布が変動していること、そして今回のように長期クルーズや国際移動によって、本来「南米南部の風土病」だったウイルスが思わぬ場所に運ばれ得ること。これらは公衆衛生上の警戒シグナルとして決して軽視できません。今後アンデスウイルスの新たな変異の獲得により、効率的な飛沫感染能を獲得すれば、状況は一変する可能性もないわけではありません。だからこそ、WHO・CDC・各国当局による監視と早期対応が欠かせないでしょう2, 3, 5)。クルーズ船という閉鎖空間で起きた今回のアウトブレイクは、本来「南米の風土病」と思われていたウイルスが、国境を越えて広がり得ることを示す出来事です。日本国内での流行リスクは依然として低いと考えられますが、流行地への渡航歴がある発熱患者さん、とくに筋肉痛と血小板減少を伴う症例では、本疾患を鑑別の片隅に置いておきたいところです。早く疑い、早く動くこと。それが、この致死率の高い感染症と向き合うために大切なアクションです。1)Vial PA, et al. Pathogenesis, epidemiology, and diagnosis of hantavirus infections. UpToDate. 2026 May 8.2)World Health Organization. Disease Outbreak News: Hantavirus cluster linked to cruise ship travel, Multi-country. 2026 May 4.3)Martinez VP, et al. "Super-Spreaders" and Person-to-Person Transmission of Andes Virus in Argentina. N Engl J Med. 2020;383:2230-2241.4)Harkins M, et al. Hantavirus cardiopulmonary syndrome. UpToDate. 2026 May 8.5)Shmerling RH. Hantavirus explained: What to know after the cruise ship outbreak. Harvard Health Publishing. 2026 May 6.

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ハンタウイルスとは

ハンタウイルスとは?患者さんからの質問に答える(2026年5月7日時点)出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.ハンタウイルスとは?⚫ ハンタウイルスとは、ブニヤウイルス科のハンタウイルス属の総称。⚫ 南北アメリカ大陸(カナダ、米国、アルゼンチン、チリ、パラグアイ、ボリビア、ペルー)でさまざまなウイルス種が特定されているが、いずれも特定のげっ歯類を宿主とする。⚫ ハンタウイルス肺症候群(HPS)と腎症候性出血熱(HFRS)を引き起こす。⚫ HFRSの原因ウイルスは1976年に韓国で同定・分離され、HPSは1993年に米国南西部の砂漠地帯で発生し、初報告された。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.感染経路は?⚫ 自然宿主であるネズミの排泄物(糞、尿、唾液)の吸入により感染するが、汚染された巣材や物品を直接触る、汚染された食事を飲食する、感染したネズミに咬まれる/引っかかれるなどで感染する。⚫ 基本的にヒトからヒトへの感染はまれだが、例外的にハンタウイルスの一種のアンデスウイルスによるヒト-ヒト感染事例が報告されている。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.流行地は?⚫ 世界全体では、毎年1万~10万人以上の感染が発生していると推定されている。⚫ 欧州では、ハンタウイルス属プーマラウイルスが流行している北部および中部地域を中心に、毎年数千例が報告されている。⚫ 南米諸国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、パラグアイなど)では、発生率は米国に比べて低いが、ハンタウイルス肺症候群(HPS)による致死率は米国よりも高いとされる。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.症状は?(1)⚫ ハンタウイルスの潜伏期間は1~5週間程度(通常約2週間)とされ、症状は感染後1~8週間で出現するとされる。⚫ ハンタウイルス肺症候群(HPS)の主な初期症状には、倦怠感、発熱、筋肉痛(とくに太もも、腰、背中)があり、頭痛、めまい、悪寒、消化器症状(腹痛、吐き気、嘔吐、下痢)などを呈する。⚫ HPSの場合、発症初期から4~10日後に咳、息切れ、肺への体液貯留、ショックなどの症状が急速に進行する可能性がある。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.症状は?(2)⚫ ハンタウイルスによる腎症候性出血熱(HFRS)は通常、感染後1~2週間以内に出現するが、まれに症状出現までに8週間かかる場合もある。⚫ HFRSの主な初期症状は、頭痛、背中や腹部の痛み、発熱、悪寒、吐き気、顔面紅潮、目の炎症や充血、発疹などの出血症状など。⚫ HFRSの重症例は、有熱期、低血圧・急性ショック期(4~10日)、乏尿期(尿量減少、8~13日)、利尿期(尿量増加、20~28日)、回復期に分けられ、内出血、急性腎不全などがみられることがある。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.予後は?⚫ ハンタウイルス肺症候群(HPS)の致死率は40%程度**国内の発生例や輸入例の報告はない⚫ 腎症候性出血熱(HFRS)の致死率は、原因となるウイルスにより異なる**ため、1%未満から最大15%と言われている。**ハンタウイルスの一種であるプーマラウイルス、ハンターンウイルスなども原因となる出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.診断方法、届け出は?⚫ 初期症状が類似する疾患(インフルエンザ、COVID-19、ウイルス性肺炎、レプトスピラ症、デング熱、敗血症)との鑑別が必要になる。⚫ 渡航歴、接触歴、臨床像などから本疾患を疑った場合には、行政検査が依頼される。⚫ 血液、肺組織からウイルスの分離・同定による病原体の検出、PCR法による病原体遺伝子の検出、血清学的検査が行われる。⚫ 感染症法で4類感染症に指定されており、診断した医師はただちに最寄りの保健所に届け出を行う。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.治療方法は?⚫ 対症療法(安静、水分補給、症状に対する治療)が行われる。⚫ 早期の集中治療管理(とくに肺浮腫、低酸素血症、低血圧に対する治療)が重要である。また、HFRSの場合は血液透析が必要になることもある。⚫ 現時点でハンタウイルスに対する特異的な抗ウイルス治療薬やワクチンは存在しない。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.Q.予防・感染対策は?⚫ 流行地域では、げっ歯類との接触を避け、とくにネズミの尿、糞、唾液、巣材への接触を避ける。⚫ ネズミの糞を片付ける際には、清掃前に汚染部分を漂白剤で十分に湿らせ、その後ペーパータオルなどで拭き取り、ごみ袋に入れて廃棄する。乾拭きしたり、掃除機で吸い取ったりすることは避ける。⚫ ネズミが建物に侵入できる開口部を塞いだり、食品を安全に保管するために、容器に蓋をして管理する。出典:WHO:Hantavirus(https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hantavirus)CDC:About Hantavirus(https://www.cdc.gov/hantavirus/about/index.html)ECDC:Hantavirus infection(https://www.ecdc.europa.eu/en/hantavirus-infection)日本感染症学会:ハンタウイルス肺症候群(https://www.kansensho.or.jp/ref/d65.html)日本感染症学会:腎症候性出血熱(https://www.kansensho.or.jp/ref/d35.html)厚生労働省検疫所 FORTH:感染症情報(https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/infectious_disease_name.html)Copyright © 2026 CareNet,Inc. All rights reserved.

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