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「会場を選べば打つワクチンを選ぶことができる」こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。週末は所用があって中央道を使って長野県に住む大学の先輩宅に行ってきました。先輩はリタイア後、別荘地で暮らしているのですが、最近ワクチン接種を巡って不穏な動きがあると話していました。不穏な動きとは、知人の女性が属する地域のあるグループが「ワクチンは危険だから接種はやめましょう」という運動をしている、というのです。「とくに新聞も読んでないようだし、NHKニュースもちゃんと観ていない人たちで、インターネットで探した情報だけで理論武装しているんだよね。高齢者が多い地方だからこそ、ワクチン接種は必要なのに…」と、先輩は渋い表情でボヤいていました。さて、そんな話を聞いた翌28日の朝、友人宅でぼんやりテレビを見ていたら、興味深い放送がありました。フジテレビの番組「日曜報道 THE PRIME」に出演した小林 史明ワクチン担当大臣補佐官が、国民がどの種類のワクチンを接種するか自ら選択できるようにする、という考えを示したのです。小林氏は「接種会場ごとに打つワクチン(の種類)を決めていく。それは公表されるので、会場を選べば打つワクチンを選ぶことができる」と説明。接種に関し「自身の理解や判断、事情で打ちたくない、打たないという判断をされる方もいると思う。そういう判断ができるような情報をしっかり提供して、選べる環境を作っていきたい」と語っていました。この発言を聞いて、「おいおい、こいつ大丈夫かよ」と思わず声が出てしまいました。まだまだ不透明なワクチン確保新型コロナウイルスワクチンについて、いよいよ高齢者の接種が4月12日から始まりますが、一般向け接種のスケジュールはまだ示されていません。日本政府は、米ファイザー社と独ビオンテック社が共同開発したmRNAワクチンを年内に1億4,400万回分(7,720万人分)の供給を受ける契約を結んでいるほか、英アストラゼネカ社のウイルスベクターワクチン 1億2,000万回分(6,000万人分、今年初頭から)、米モデルナ社のmRNAワクチン5,000万回分(2,500万人分、今年上半期と第3四半期の二期に分けて)の供給契約を結んでいます。ただ、これらはあくまで契約上の数字であり、確実に確保できるかどうかはわかりません。たとえば、先行して承認されたファイザーのワクチンは、6月までに約5,000万人分(1億回分)を輸入することが決まっています。しかし、欧州連合(EU)の輸出管理強化が長引いており、必要量の確保には不確定要素が残っています。アストラゼネカのワクチンは2月5日に承認申請。モデルナのワクチンも、日本での供給を請け負う武田薬品工業が3月5日に申請しています。いずれも順調にいけば5月にも承認される見込みですが、これもあくまでも順調にいけば、の話です。河野 太郎ワクチン担当大臣、「完全に勇み足」と撤回そんな中の「ワクチンは選べるようにする」発言。政府は高齢者と先月17日に始まった医療従事者の接種まではファイザー製のみを使うとしているため、小林氏の言う「選べる」のが仮に実現するとしたら、一般接種での運用、ということになるでしょう。……とここまで書いたら、この発言を撤回する旨のニュースが飛び込んできました。小林氏のボスにあたる河野 太郎ワクチン担当大臣が3月30日午前の記者会見で、新型コロナウイルスワクチン接種をめぐり、希望するワクチンを選択できるとした小林氏の28日の発言について「完全に勇み足だ。撤回しておわびする」と述べたのです。産経新聞等の報道によれば、河野大臣は「ワクチンを接種するかどうかを選択できるが、現在ワクチンはファイザー1社しか承認されていない」と説明。今後、英アストラゼネカ社、米モデルナ社の承認が予定されているとしつつも、「それをどのような形で接種していくか戦略を検討しているところで、まだ何も決まっていない」と語ったとのことです。また、河野大臣は加藤 勝信官房長官が3月29日の記者会見で国民が希望するワクチンを選択できるかどうかについて慎重に検討する考えを示したことに対して、「まだ何も決めてない。複数が流通することも決まってない」と述べたとのことです。各市町村に3種類の接種場所は非現実政府は1会場で使用するワクチンは1種類とする方針なので、仮に小林氏の発言を実行するとすれば、各市町村にファイザー製、アストラゼネカ製、モデルナ製の3種類のワクチンを配り、3種類の接種場所を用意させるということになりますが、どう考えてもそんな煩雑なオペレーションが可能とは思えず、小林氏は何を根拠に「選べるようにする」と語ったかは不明です。ちなみに、厚生労働省サイトの「新型コロナワクチンについてのQ&A」1)には「接種するワクチンは選べますか」という「Q」がありますが、その「A」は曖昧で、「接種を受ける時期に供給されているワクチンを接種することになります。また、複数のワクチンが供給されている場合も、2回目の接種では、1回目に接種したワクチンを同じ種類のワクチンを接種する必要があります」と書かれているのみです。「ワクチンを選びたい人」は7割超ただ、「ワクチンを選びたい」というニーズは高いようです。フジテレビの「日曜報道 THE PRIME」でも視聴者投票約2万7,000人の調査結果で74%が「ワクチンの種類を選べるなら選択したい」と回答した、と伝えていました。「日経メディカル」が昨年12月に医師6,830人に調査した結果でも、医師の55%が「選べた方がよい」と回答。この調査では製薬・バイオ業界の関係者50人にも聞いていますが、業界関係者の78%が「選べた方がよい」と回答していました。とは言え、一般の人がさまざまな報道や情報を基に、有効性や副反応のデータを勘案し、自らワクチンを選ぶことができるのでしょうか。また、選択(人気)に大きな偏りが出て、使われないワクチンが大量に出てしまったらどうするのでしょう。国際社会の中で、先進国と途上国との間のワクチン格差が問題になっている現状では、未使用廃棄は許されるものではありません。接種を行う人材さえ確保できていない市町村も仮に選べるようにする場合、最大の懸念は、市町村側の負担です。複数のワクチンが国内で使用できるようになれば、それぞれのワクチンの特性に応じた管理や接種体制が必要になります。そこまでの対応ができる市町村はごく少数に留まるでしょう。厚生労働省が3月19日に公表した調査結果によれば、65歳以上の高齢者対象の新型コロナウイルスワクチン接種について、約2割の市区町村で「接種を担う医師を全く確保できていない」ことがわかっています。接種を行う人材さえ確保できていないのに、その接種をワクチンの種類に合わせ3パターンで運用するというのは、どう考えても現実的ではなかったのです。この「ワクチンを選べるようにする」発言。河野大臣の右腕として抜擢された小林氏(まだ37歳、NTTドコモ出身)の単なるテレビ用リップサービスであった可能性が高そうです。河野大臣からも相当お灸をすえられたことでしょう。それにしても、そんな軽はずみな発言をする人物を大臣補佐官に任命せざるを得ない自民党の人材不足に、「おいおい、この国大丈夫かよ…」と改めてつぶやいた、花見日和の日の午後でした。参考1)新型コロナワクチンについてのQ&A/厚生労働省