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血圧は下げれば下げるほど将来の脳心血管発症リスクが減少する。わが国およびその他の国際的な高血圧ガイドラインでは、降圧薬による降圧治療の適応は、生活習慣修正により十分な降圧効果が得られない場合や、血圧レベルが高くない場合でもリスク表により高リスクと判断される場合である。一般的に降圧薬開始の基準となるのは、外来血圧140/90mmHg以上、家庭血圧135/85mmHg以上の場合であり、それ以下の血圧の場合、降圧薬治療開始の適応とはならない。高血圧のリスク表(JSH2019ガイドライン表3-2)については、糖尿病や尿蛋白の有無、心血管疾患の既往のありなしで血圧目標が異なり、日常診療で応用するにはやや複雑である。たとえば、心血管疾患既往があれば、高値血圧(130~139/80~89mmHg)の範囲であっても、リスク第三層「高リスク」に分類される。しかし、心血管疾患既往の有無やベースラインの血圧レベルで、どの程度イベント抑制効果が異なるかということについて結論が出ていなかった。 本メタ解析では48のRCTに登録された34万4,716例という膨大な数の対象者を個別解析した。ランダム化前の血圧は、心血管疾患既往者(15万7,728例)では146/84mmHg、心血管疾患既往なし(18万6,988例)では157/89mmHgであった。ベースラインのSBP<130mmHgの者は、心血管疾患既往者では3万1,239例(19.8%)、心血管疾患既往なしでは1万4,928例(8.0%)であった。中央値4.15年の観察期間で12.3%が少なくとも1回の心血管イベントを発症し、心血管疾患既往なしでは、MACEの発症率は対照群で31.9/1,000人・年、治療群で25.9人・年であった。心血管疾患既往者においては、MACEの発症率は対照群で39.7/1,000人・年、治療群で36.0人・年であった。SBP 5mmHg低下当たりのMACE発症のハザード比は、心血管疾患既往なしで0.91(95%CI:0.89~0.94)、心血管疾患既往者で0.89(95%CI:0.86~0.92)と、ともに有意であった。層別解析では心血管疾患既往の有無やベースライン血圧カテゴリー別で明らかな差は認められなかった。 本メタ解析ではSBP 5mmHg当たりの低下はMACEを約10%減少させたが、それは心血管疾患既往の有無や正常もしくは正常高値の血圧値であっても同様であった。では、本メタ解析の対象者のリスク層別化はいかがであろうか? 一般に高リスクとされる集団からイベントが発症しやすいが、実臨床では必ずしも高リスクに分類された人のみから心血管イベントが発症するとは限らず、低リスクと考えられていた人からもイベントが発症することがある。したがって、リスクの高い人だけを治療するのではなく、低リスクであっても降圧治療により下げておくメリットがある。本メタ解析の結果はTROPHY試験(Julius S, et al. N Engl J Med. 2006;354:1685-97.)―すなわち、正常高値血圧の血圧レベルでも、2年間のARB治療によって66.3%が高血圧への進展を免れうる―に通ずるところがあり、興味深い。 本メタ解析の著者らの主張としては、降圧薬治療により一定の降圧効果が得られれば、MACEの1次および2次予防効果が得られ、それは現在降圧薬治療の適応とはならない低い血圧値であっても有効であるというものである。JSH2019によれば、「正常高値血圧および高値血圧レベル、かつ低・中等リスクであれば3ヵ月間の生活習慣の是正/非薬物療法を行い、高値血圧レベルでは高リスク者であってもおおむね1ヵ月は生活習慣の是正を行い、改善が見られなければさらなる非薬物療法の強化に加え、降圧薬療法の開始を検討する」とされている。しかし、そこまで待ってよいのであろうか? 低リスクだと本当に何も起こさないのであろうか? 本メタ解析の結果を考慮すると、血圧レベルに関係なく、心血管疾患既往の有無にかかわらず、まず降圧薬による治療を開始し、同時に生活習慣の修正を試みながら可能であれば徐々に薬を減量、中止していくというアプローチのほうがいいのではないだろうか?(実際にそのようにしている臨床医も多いと思われる)