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1 疾患概要■ 概念・定義顕微鏡的多発血管炎(microscopic polyangiitis:MPA)は、抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)が陽性となる中小型血管炎である。欧米と比べ、わが国ではプロテイナーゼ3(proteinase3:PR3)ANCA陽性患者が少なく、ミエロペルオキシダーゼ(myeloperoxidase:MPO)陽性患者が多く、欧米よりも高齢患者が多いのが特徴である1,2)。多発血管炎性肉芽腫症(granulomatosis with polyangiitis:GPA、旧ウェゲナー肉芽腫症)、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilic granulomatosis with polyangiitis:EGPA、旧チャーグ・ストラウス症候群)とともに、ANCA関連血管炎(ANCA associated vasculitis:AAV)に分類される。■ 疫学平成28年度の指定難病受給者は9,610人であった。Fujimotoらは、AAV発症の地理的な相違を明らかにするために、日本と英国でのAAV罹患率の比較を行った。AAVとしては、100万人当たりの年間罹患率は、日本22.6、英国21.8で同等であったが、日本ではAAVの約80%をMPAが占める一方で、英国では6.5%のみであり、GPAが最も多く約65%であった3)。男女比は1:1~1:1.2とされている。■ 病因1)遺伝的背景日本人のMPAでは、HLA-DRB1*09:01陽性例が50%にみられ、健康対照群に比べて有意に多いことが報告されている1,4)。このHLA-DRB1*09:01は日本人の29%に認められるなどアジア系集団で高頻度に認められるが、欧州系集団やアフリカ系集団にはほとんど存在しない1,4,5)。このことが、日本でMPAやMPO-ANCA陽性例が多い遺伝的背景の1つと考えられる。さらにその後、DRB1*09:01とDQB1*03:03の間に強い連鎖不平衡が認められ、この両者がMPAと関連すること、逆に、DRB1*13:02はMPAとMPO-ANCA陽性血管炎の発症に対し抵抗性に関与している(MPO-ANCA陽性血管炎群に有意に減少している)ことが明らかとなった5,6)。2)血管炎発症のメカニズムBrinkmannらは、phorbol myristate acetate(PMA)で刺激された好中球が細胞死に至る際に、DNAを網状の構造にし、MPOやPR3などの抗菌タンパクやヒストンとともに放出する現象を見出し、その構造物を好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps:NETs)と呼んだ7,8)。NETsは細菌などを殺し、自然免疫に関与しているが、その後ANCA関連血管炎患者の糸球体の半月体の部分に存在することが確認された8,9)。Nakazawaらは、プロピルチオウラシル(抗甲状腺剤)添加により生成されたNETsが、NETsの分解酵素であるDNase Iで分解されにくいこと、さらにこれを投与したラットがMPO-ANCA陽性の細胞増殖性糸球体腎炎を発症することを報告した8,10)。さらに、MPO-ANCAを有するMPA患者のIgGは、全身性エリテマトーデス患者や健常者よりも強くNETsを誘導すること、NETs誘導の強さは疾患活動性やMPO-ANCAのMPOへの結合性と相関していること、MPA患者血清のDNase I活性が低下していることが報告された8,11)。これらをまとめ、岩崎らは、MPA患者はDNase I活性低下などNETsを分解しにくい素因があり、感染や薬剤(プロピルチオウラシル、ミノサイクリン、ヒドラジンなど)1)が加わり、NETsの分解障害が起こり、NETsの構成成分であるMPOに対する抗体(MPO-ANCA)が産生されること、さらにANCAがサイトカインや補体第2経路によりプライミングされた好中球表面のMPOに強固に結合し、Fcγ受容体を介してさらに好中球を活性化させてNETsを放出し、血管壁を壊死させるメカニズムを提唱している8)。■ 分類腎型、肺腎型、全身型に分類されるが、わが国では、肺病変のみの症例も多数認められる。■ 症状発熱、食思不振などの全身症状、紫斑などの皮膚症状、関節痛、間質性肺炎、急速進行性糸球体腎炎などを来す。わが国では、欧米に比べ間質性肺炎の合併頻度が高い12)。EGPAほど頻度は高くないが、神経障害も認められる。■ 予後初回治療時の寛解率は90%以上で、24ヵ月時点での生存率も80%以上である。わが国では高齢患者が多いため、感染症死が多く、治療では免疫抑制をどこまで強くかけるかというのが常に問題になる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)検査所見としては、炎症所見、血尿、蛋白尿、円柱尿、血清クレアチニン上昇、MPO-ANCA陽性などを認める。診断には、厚生労働省の診断基準(1998年)が使用される(表)。表 MPAの診断基準〈診断基準〉確実、疑い例を対象とする【主要項目】1) 主要症候(1)急速進行性糸球体腎炎(2)肺出血、もしくは間質性肺炎(3)腎・肺以外の臓器症状:紫斑、皮下出血、消化管出血、多発性単神経炎など2) 主要組織所見細動脈・毛細血管・後毛細血管細静脈の壊死、血管周囲の炎症性細胞浸潤3) 主要検査所見(1)MPO-ANCA陽性(2)CRP陽性(3)蛋白尿・血尿、BUN、血清クレアチニン値の上昇(4)胸部X線所見:浸潤陰影(肺胞出血)、間質性肺炎4) 判定(1)確実(definite)(a)主要症候の2項目以上を満たし、組織所見が陽性の例(b)主要症候の(1)および(2)を含め2 項目以上を満たし、MPO-ANCAが陽性の例(2)疑い(probable)(a)主要症候の3項目以上を満たす例(b)主要症候の1項目とMPO-ANCA陽性の例5) 鑑別診断(1)結節性多発動脈炎(2)多発血管炎性肉芽腫症(旧称:ウェゲナー肉芽腫症)(3)好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:アレルギー性肉芽腫性血管炎/チャーグ・ストラウス症候群)(4)川崎動脈炎(5)膠原病(SLE、RAなど)(6)IgA血管炎(旧称:紫斑病血管炎)【参考事項】1)主要症候の出現する1~2週間前に先行感染(多くは上気道感染)を認める例が多い。2)主要症候(1)、(2)は約半数例で同時に、その他の例ではいずれか一方が先行する。3)多くの例でMPO-ANCAの力価は疾患活動性と平行して変動する。4)治療を早期に中止すると、再発する例がある。5)除外項目の諸疾患は壊死性血管炎を呈するが、特徴的な症候と検査所見から鑑別できる。(吉田雅治ほか. 中・小型血管炎の臨床に関する小委員会報告.厚生省特定疾患免疫疾患調査研究班難治性血管炎分科会.平成10年度研究報告書.1999:239-246.)3 治療 (治験中・研究中のものも含む)わが国では厚生労働省の血管炎に関わる3研究班合同のAAV診療ガイドラインと13,14)、腎障害を伴うAAVについての厚生労働省難治性腎疾患研究班によるエビデンスに基づく急速進行性腎炎症候群(RPGN)診療ガイドがあり15)、欧米では、英国リウマチ学会(BSR)によるAAV診療ガイドラインがある16,17)。その後、3研究班合同のAAV診療ガイドライン18)が改訂された。■ 寛解導入療法厚生労働省3班のAAV診療ガイドラインでのMPAの治療アルゴリズムを図に示す。基本的には、ステロイド(GC)とシクロホスファミド(CY、[商品名:エンドキサン])の併用療法であるが、経口CYよりも静注CY(IVCY)が推奨されている。CYは年齢、腎機能などで減量を考慮する。欧米では、リツキシマブ(RTX、[同:リツキサン])がIVCYと同じポジションであるが、わが国では高齢患者が多いためにIVCYが推奨された。また、患者の状態によりメトトレキサート(MTX、[同:リウマトレックス])、ミコフェノール酸モフェチル(MMF、[同:セルセプト])、血漿交換なども推奨されている。GCの減量速度はAAVの再発に大きく関わっており、あまりに急速な減量は避けるべきである19)。図 MPA治療アルゴリズム(厚生労働省3班AAV診療ガイドライン)画像を拡大する*1GC+IVCYがGC+POCYよりも優先される。*2ANCA関連血管炎の治療に対して十分な知識・経験をもつ医師のもとで、RTXの使用が適切と判断される症例においては、GC+CYの代替として、GC+RTXを用いてもよい。*3GC+IVCY/POCYがGC+RTXよりも優先される。*4POCYではなくIVCYが用いられる場合がある。*5AZA以外の薬剤として、RTX、MTX*、MMF*が選択肢となりうる。*保険適用外■ 寛解維持療法厚生労働省3班のAAV診療ガイドラインでは、GC+アザチオプリン(AZA、[同:イムラン、アザニン])を推奨しており、そのほかの免疫抑制薬としてRTX、MTX、MMFが推奨されている。一方、難治性腎疾患研究班のRPGNガイドラインではRTXのかわりにミゾリビン(MZR、[同:ブレディニン])が推奨されている。やはりわが国のAAVは高齢者が多いこと、腎機能が低下するとMZRの血中濃度が上昇し、よい効果が得られることなどがその理由として考えられる。4 今後の展望2023年5月に改訂されたAAV診療ガイドラインによる治療の変化(とくにアバコパンについて)補体活性化の最終段階で産生される C5aRを選択的に阻害する経口薬アバコパン(商品名:タブネオス)は、ADVOCATE試験20)によりAAVに対する有効性および安全性を確認し、「顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症」を適応症として2022年6月に発売された。その後、2023年5月に改訂されたAAV診療ガイドラインにおいて、MPA/GPAの寛解導入治療でCYまたはRTXを用いる場合、高用量GCよりもアバコパンの併用を提案することが明記された。その他の薬剤ではMPA/GPAの寛解導入治療として、GC単独よりもGC+IVCYまたは経口CYを、GC+経口CYよりもGC+IVCYを、GC+CYと同列にGC+RTXを、GC+CYまたはRTXを用いる場合はGCの通常レジメンよりも減量レジメンを提案することが明記された18)。なお、アバコパンの添付文書には重大な副作用として肝機能障害が記載されている。その多くは投与開始から3ヵ月以内の発現であるが、それ以降に発現しているケースも報告されていることから、定期的なモニタリングが必要である。5 主たる診療科膠原病内科、リウマチ科、腎臓内科、呼吸器内科、皮膚科、神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 顕微鏡的多発血管炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)日本循環器学会. 血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版). 2018;54-60.2)佐田憲映.ANCA関連血管炎 顕微鏡的多発血管炎.日本リウマチ財団 教育研修委員会編. リウマチ病学テキスト 改訂第2版. 診断と治療社;2016.p.265-267.3)Fujimoto S, et al. Rheumatology. 2011;50:1916-1920.4)Tsuchiya N, et al. J Rheumatol. 2003;30:1534-1540.5)川崎 綾.顕微鏡的多発血管炎(1)疫学・遺伝疫学.有村義宏 監. 日本臨牀 増刊号 血管炎(第2版)―基礎と臨床のクロストーク―. 日本臨牀社;2018.p.215-219.6)Kawasaki A, et al. PLoS ONE. 2016;11:e0154393.7)Brinkmann V, et al. Science. 2004;303:1532-1535.8)岩崎沙理ほか.小型血管炎(2)顕微鏡的多発血管炎の病理・病態.有村義宏 監. 日本臨牀 増刊号 血管炎(第2版)―基礎と臨床のクロストーク―. 日本臨牀社;2018.p.220-225.9)Kessenbrock k, et al. Nat Med. 2009;15:623-625.10)Nakazawa D, et al. Arthritis Rheum. 2012;64:3779-3787.11)Nakazawa D, et al. J Am Soc Nephrol. 2014;25:990-997.12)Sada KE, et al. Arthritis Res Ther. 2014;16:R101.13)有村義宏ほか 編. ANCA関連血管炎診療ガイドライン2017. 診断と治療社;2017.14)Nagasaka K, et al. Mod Rheumatol. 2018 Sep 25.[Epub ahead of print]15)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業 難治性腎疾患に関する調査研究班 編. エビデンスに基づく急速進行性腎炎症候群(RPGN)診療ガイドライン2017. 東京医学社;2017.16)Ntatsaki E, et al. Rheumatology. 2014;53:2306-2309.17)駒形嘉紀.顕微鏡的多発血管炎(4)治療.有村義宏 監. 日本臨牀 増刊号 血管炎(第2版)―基礎と臨床のクロストーク―.日本臨牀社;2018.p.232-237.18)針谷正祥、ほか. ANCA関連血管炎診療ガイドライン2023.診断と治療社:2023.19)Hara A, et al. J Rheumatol. 2018;45:521-528.20)Jayne DRW, et al. N Eng J Med. 2021;384:599-609.公開履歴初回2018年12月25日更新2024年7月11日