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Q31 妊婦の無症候性細菌尿はスクリーニングするべきですか? 日本国内のガイドラインには記載がなく、最近の研究結果では先進国でのルーチンのスクリーニングの有効性には疑問が持たれています。 2005年の米国感染症学会のガイドラインでは、妊娠早期に尿培養を用いて細菌尿をスクリーニングし、陽性なら治療すべきだと推奨されています1)。コクランレビューによれば、妊婦の無症候性細菌尿に対する治療は、腎盂腎炎の発症リスク低下(リスク比0.23、95%信頼区間0.13~0.41)37週未満の早産リスク低下(リスク比0.27、95%信頼区間0.11~0.62)2,500g未満の低出生体重児出産のリスク低下(リスク比0.64、95%信頼区間0.45~0.93)といいことずくめです。しかし、日本の妊婦健診での尿検査は、尿糖と尿蛋白のチェックのみで、尿培養は妊婦健診でカバーされません。国内のガイドラインでは、言及すらされていません2)。こんなに効果のある介入をなぜ日本では行っていないのだろうか? と筆者は以前から疑問を持っていましたが、近年では妊婦の無症候性細菌尿のスクリーニングの有効性に疑問が持たれているようです。まず、前述のコクランレビューで解析対象になった研究は1960~70年代のものが多く、最も新しいものでも1987年のものです。腎盂腎炎の発症割合は単純計算で無症候性細菌尿に対する治療群:55/983=5.6%、対照群:197/949=20.8%と現代の感覚では少し高すぎるのではないか、という印象を持ちました。古い研究ですが、妊婦の無症候性細菌尿はsocioeconomic statusが低い人に多いようです3)。40~50年前とは生活環境が異なるであろうことを考えると、コクランレビューの結果をそのまま現代の日本の医療に当てはめるのは無理があるかもしれません。一方で、近年、妊娠中の抗菌薬曝露による小児てんかんの増加の可能性4)や脳性麻痺のリスクの増加の可能性5)、耐性菌による新生児早期敗血症のリスク増加の可能性6)など妊娠中の抗菌薬投与のデメリットも報告されるようになりました。抗菌薬使用に伴う耐性菌増加の問題もあります7)。こうした背景から、妊婦に対する無症候性細菌尿スクリーニングを行っていない国の1つだったオランダで2011~2013年に前向きコホート研究およびランダム化比較試験(RCT)が行われました8)。5,621人のコホート中、5,132人がスクリーニング対象であり、4,283人が本コホートに残りました。248人(5.8%)に無症候性細菌尿があり、40人がニトロフラントイン、45人がプラセボにランダムに割り付けられ、RCTに参加しなかった残りの163人は治療せずにフォローアップされました。コホート研究の結果では、細菌尿陽性で治療なし群と細菌尿陰性群を比較すると、プライマリアウトカム(腎盂腎炎+早産の複合エンドポイント)で有意差はありませんでした。腎盂腎炎の発症についてはそれぞれ2.4%と0.6%で調整オッズ比3.9(95%信頼区間:1.4~11.4)と統計学的な有意差はありましたが、絶対リスク差は1.8%です。また、無症候性細菌尿陽性群と陰性群での出産までの期間もほぼ差がありませんでした8)。細菌尿陽性に対して治療ありと治療なしを比較したRCTの結果はプライマリアウトカム(腎盂腎炎+早産の複合エンドポイント)で有意差はありませんでした8)。プライマリアウトカムの発生が想定よりもかなり少なく、十分なサンプルサイズを確保できずに終了になりました。このため、新生児のアウトカムについて確定的なことはいえませんが、RCTへの参加を拒否した人が比較的多かったので、無症候性細菌尿を治療しなかった163人の転帰を評価することができ、このコホートでは、腎盂腎炎、早産の発生は高くありませんでした。さらに、腎盂腎炎が起きたとしても抗菌薬に感受性があったようです8)。無症候性細菌尿は腎盂腎炎の発症増加と有意に関連しましたが、治療しなかった無症候性細菌尿での腎盂腎炎発症の絶対リスクは小さく、妊婦の無症候性細菌尿をルーチンにスクリーニングして治療する方針に対して疑問を投げかけました。日本国内のデータは少ないですが、聖路加国際病院では、妊娠初期に尿定性・沈渣でスクリーニングを行ったところ、2004年の1年間で641例中、細菌陽性割合5.3%、白血球陽性割合8.6%でした。無症候性細菌尿陽性例をどれくらい治療したかについては記載がありませんが、期間中、入院を要する尿路感染症の発症はなく、無症候性細菌尿と早産、低出生体重児との関連性もみられませんでした9)。また、京都府立医科大学病院の報告では、2008~2013年の5年間で、分娩1,556例中、妊娠中の急性腎盂腎炎は6例(0.39%)でした。一般的な妊婦の腎盂腎炎発症割合の1~2%よりも低かったのは、無症候性細菌尿、急性膀胱炎の時点で治療しているからかもしれないと考察されていましたが、無症候性細菌尿と膀胱炎の発生頻度については記載がなく、どれくらいスクリーニングを行っていたかについても不明です10)。国内のデータは限られており、また症状のない人へ行うスクリーニングおよび治療ですので、費用対効果が優れるかどうかの検討も必要です。国内の一般的な医療機関における妊婦の無症候性細菌尿や膀胱炎、急性腎盂腎炎の発生率に関するデータが乏しいため、国内でスクリーニングをすべきかどうかについて答えは出せませんが、ガイドラインで言及すらされない現状は、ちょっとまずいのではないかと思います。(注意:症状のある膀胱炎の治療適応やB群溶連菌(GBS)のスクリーニングの適応とはまた別の話ですので混同しないようにご注意を) 1)Nicolle LE, et al. Clin Infect Dis. 2005;40:643-54.2)日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン―産科編 2014.3)TURCK M, et al. N Engl J Med. 1962;266:857-860.4)Miller JE, et al. Paediatr Perinat Epidemiol. 2012;26:589-595.5)Kenyon S, et al. Lancet. 2008;372:1319-1327.6)Wright AJ, et al. Pediatr Infect Dis J. 2012;31:1206-1208.7)Goossens H, et al. Lancet. 2005;365:579-587.8)Kazemier BM, et al. Lancet Infect Dis. 2015;15:1324-1333.9)藤田聡子, 佐藤孝道. 産婦人科治療. 2007; 95: 89-94.10)岩破一博. 日本化学療法学会雑誌. 2015; 63: 175-80.