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ジェネリック医薬品(以下、ジェネリック)を中心とした医薬品不足がさらに深刻化しているようだ。12月5日に日本製薬団体連合会(日薬連)安定確保委員会が、医療用医薬品を取り扱う企業に対して2022年8月末時点の自社製造販売承認取得品目の出荷状況を調査したアンケート結果を公表した。それによると、回答が寄せられた223社の1万5,036品目のうち「通常出荷」は71.8%に留まり、昨年同期の調査での79.6%から悪化傾向が見られたという。このうち「出荷停止」は全体の7.3%に当たる1,099品目で、昨年同期調査の4.8%(743品目)から増加。また、行政処分を受けた企業の出荷停止品目の影響もあり、「限定出荷(出荷調整)」は20.8%(3,135品目)で、こちらも昨年同期調査の15.5%(2,400品目)から増加した。ちなみに前年同期調査の回答は 218社、1万5,444品目なので、完全な比較はできないが、回答企業が増加したにもかかわらず、品目が減少したことについて同委員会では「行政処分を受けた企業による品目整理などの影響により、品目数は減少したと推測される」との分析を示している。いずれにせよ前回調査比で回答企業数増、品目数減の中で出荷停止、限定出荷品目の絶対数が増加していることを考えれば、完全な比較ではなくとも現在の医薬品供給状況が昨年よりもひっ迫していることは明らかである。そして出荷停止品目の90.7%、限定出荷品目の89.7%がジェネリックである。ご存じのように今回の医薬品不足は本を正せば、2020年12月にジェネリック専業メーカーの小林化工が製造していた抗真菌薬への睡眠導入薬成分の混入事件がきっかけである。事件の原因究明の結果、同社では承認書と異なる手順の製造という不正が常態化していたことが発覚。同社は薬機法に基づく史上最長の116日間の業務停止命令を受け、最終的には廃業に追い込まれた。この事件以降、ほぼ同様の不正がジェネリック専業メーカーで相次いで発見され、次々と業務改善命令や業務停止処分を受けた。主なものだけでも2021年3月の国内最大手・日医工(売上高約1,900億円)、同年9月の長生堂製薬(同約145億円)、2022年3月の共和薬品工業(同約287億円)、同年9月の辰巳化学(同約166億円)など。処方する医師には必ずしも馴染みのない社名も多いかもしれないが、安価なジェネリックの場合、日医工を含む上位3社が飛び抜けた売上高を有する以外は零細企業が多く、売上高100億円超の企業規模でも市場プレゼンスは小さくない。現在約1兆2,000億円強と推定される国内ジェネリック市場の中で、ここに名前を挙げた企業の売上高を合算すると約2,500億円なので、実に市場の6分の1以上を形成する企業が行政処分を受けたという異常事態だ。今回の日薬連調査では最近処分を受けた辰巳化学の影響は織り込まれていないので、直近の供給状況は日薬連発表より厳しいと考えざるを得ず、今後の供給状況も当面は厳しいと予想される。まずは小林化工以降のドミノ倒しのような不正発覚を見ていると、新たな不正が発覚する可能性は否定できない。そして、前述の日医工はアメリカ事業の不振に今回の行政処分による出荷停止・調整が追い打ちをかけ、事業再生ADRを適用し、国内投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズの出資を受けて再建を目指すことになった。しかも、来春には上場廃止の予定。これまで同社は国内ジェネリック専業メーカー最大手として不採算品目でも医療現場にニーズがあれば供給することをウリにしていたが、上場廃止までして再建に臨む以上、不採算品目の整理は避けられないだろう。現に11月には95品目もの販売中止を発表したが、同社の製造品目数は1,200品目超で国内トップだ。同社とジェネリック専業メーカー筆頭のつばぜり合いを続けてきた沢井製薬の約800品目の1.5倍もある。この点からもさらなる品目整理は避けられないだろう。そのツケは今のところ行政処分などを受けずに“平常運転”を続けているジェネリック専業メーカー各社に覆いかぶさる。しかし、零細企業でも1社で100品目程度を製造していることは稀ではないジェネリック専業メーカーの特徴が問題解決の最大の障害だ。一つの製造ラインを特定品目の製造のみに使うことはできず、複数品目を製造する。しかも、この複数品目は時期ごとに異なる。生産計画自体が複雑なモザイク状態で運営され、のりしろが少ない。現時点で行政処分と無縁な企業は、現在の供給状態に応えようとしてこの少ないのりしろすら排した“非常運転”になっている。それでも3割が供給不安というのが現状である。医療現場からすると「何とかしろ」と言いたくもなるだろうが、もはやない袖は振れない状態なのである。しかも、ここに来て各社の重荷になっているのは、ロシアのウクライナ侵攻に端を発した世界的な物価高と日本特有の事情とも言える円安だ。ある業界関係者は「(ジェネリック製造に必要な)原薬の調達価格はものによっては昨年の2倍になっている」と嘆く。しかも、物価高で製造にかかる光熱費も上昇している。にもかかわらず、昨年から始まった毎年薬価改定で価格勝負のジェネリックは格好の引き下げターゲットになり、薬価がスパイラル的に低下し、原価率は上昇の一途となっている。こうした状況にもかかわらず、供給不安定解消を目指す関係各方面の努力の前に各種規制が立ちはだかる。10月9~10日に仙台で開催された日本薬剤師会学術大会で講演した日本ジェネリック製薬協会副会長の川俣 知己氏(日新製薬社長、本社:山形県)は、供給不安定解消のためにジェネリック専業メーカー同士が試みた「協力」が断念に追い込まれていたことを明らかにした。講演で川俣氏が語った「協力」とは、専業メーカー各社の生産能力や供給不安定品目の具体的な供給状況などを業界内で情報交換し、各社で製造を分担してこの危機を打開するというものだった。しかし、この件を上部団体である日薬連に相談したところ、公正取引委員会にお伺いを立てることになり、結果として得られた回答が「業界主導の生産調整は価格を高止まりさせる恐れがあるので認められない」とのものだったという。川俣氏は「われわれにとっては非常事態だったので、許容してもらいたかった」と無念そうに語った。一方、保険薬局の現場も規制に悩まされている。現状の少なからぬ品目の供給不安定な状況下で保険薬局が最も恐れるのは、予期せぬ長期処方の処方箋が持ち込まれることだ。東北地方のある保険薬局の薬剤師は次のように嘆く。「今は初来局の患者さんが持ち込む処方箋が30日処方というだけでもドキドキするのに、たまに60日処方の処方箋が持ち込まれると肝が冷える。とはいえ、何とかこちらも出そうと必死になる。ところがその必死さが裏目に出た経験もある」その経験とは60日処方の処方箋で指定された医薬品が同一ジェネリックメーカーのものですべて用意できず、処方医と患者の了解を取って同一成分の2社のジェネリックで何とか取りそろえたというものだ。この時は社会保険診療報酬支払基金の審査ではねられてしまったという。「たとえ同一成分であっても、万が一副作用が発生した際、どちらの製品が原因か判別不能になる恐れがあるため」という理由だ。今回の一件は行政処分を受けた企業は別にして、その他のジェネリック専業メーカー、医療現場、行政ともそれぞれの主張はいずれも一定の正当性を有する。だが、医療が「取り締まり行政」の下に置かれているという現状を考えれば、行政の采配ぶりが事態の解決に大きな影響を及ぼすことだけは確かだ。もちろん何もかも行政が悪いとは言わないが、今回の騒動を傍から見ると当事者の中で最も掛け声止まりのスタンスに見えて仕方がないのは、やはり行政である。そろそろ“重い腰”を上げて欲しいと願うのは、ないものねだりなのだろうか。