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第45回:右室肥大と右脚ブロック~似て非なる病態を嗅ぎ分けよ(後編)「右脚ブロック」と「右室肥大(RVH)」って心電図の波形が“似てるよね”という話を前回しました。基本は“似て非なる”両者ですが、この2つが合併した時に心電図はどうなると思いますか? そもそも「右脚ブロック」かつ「右室肥大」という診断を正しく下せるのでしょうか。ある程度勉強が進んだ人なら一度は気になるこの“難問”につき、Dr.ヒロが解説します。最終結論は“感動”か、はたまた“絶望”かー。では、レクチャーのスタートです!【問題1】53歳、男性。増悪傾向を示す労作時息切れの精査目的にて他院より紹介受診した。心電図所見に関して、最も適切なものを一つ選べ。(図1)53歳、男性の心電図画像を拡大する1)完全右脚ブロック2)右室肥大3)両方とも該当しない4)完全右脚ブロックかつ右室肥大5)その他解答はこちら4)解説はこちらさて、第42回からお送りしてきた右心系の“チラ見”、とくに「右室肥大」に関するレクチャーは今回で完結です。普通の教科書などではここまで詳しく説明されることはないと思うので、『もうお腹一杯~(泣)』という方もいるでしょう。このラスト1回を頑張りましょう。さて、この問題をどう考えますか? なんか選択肢がややこしいでしょ。前回に「右脚ブロック」と「右室肥大」の心電図は似ていてややこしいという話をしましたが、(図1)はどちらに見えますか? パッと見、QRS幅はかなりワイド(wide)ですし、波形的にはただの「完全右脚ブロック」のように見えます。でも、「右脚ブロック」と「右室肥大」は“似たもの同士”なので、注意が必要です。では、この心電図に「右室肥大」 所見があるかどうかを調べましょう。前々回示した「右室肥大」の診断フローチャートの項目をチェックしますか? いいえ、残念ながら、QRS幅が広い時点であのフローチャートを使っちゃダメなんです。フローチャートに「個別に条件を設定」という注意書きを入れたので、気になっていた方もおられるのではと思っています。「右脚ブロックの心電図で、右室肥大の合併をどう見抜くか?」これが今回のメインテーマです。以下のレクチャーを読む前に完璧な解答ができるのならば、既にあなたは心電図に関してセミ・プロレベルです! ただ、多くの方は悩むと予想されるので、話を続けましょう。“「右脚ブロック」はここでもクセモノ”まずは、普段通りに心電図(図1)を読みましょう。“いつも通り”が一番大事なんです(第1回)。心拍数は、最後の“見切れ”たQRS波を0.5個と数えると81/分であり(“新・検脈法”)、P波の様子から「洞調律」であることも間違いありません(“イチニエフの法則”)。ニサンエフのP波がツンッと立ってて、「右房拡大」かなぁ…「異常Q波」はなくって、次は“スパイク・チェック”で、「向き」(電気軸)は、Iが下向き、IIが上向きですね。トントン法Neoを使えば「+100°」と求まるので、「右軸偏位」で良さそうです。QRS幅はかなりワイドで、胸部誘導でV1が「rSR'型」なので、「完全右脚ブロック」と予想することができます(第44回)。残りのST部分を読めば、II、III、aVF、V1~V5誘導で「ST低下」と「陰性T波」を考えますね。そうそう、素晴らしい。皆さん、だいぶ読み“型”(第1回)が板についてきたのではないでしょうか? 拾った所見のうち「右房拡大」「右軸偏位」「完全右脚ブロック」がそろった場合、“右つながり”で「右室肥大」が気になるという方はセンス良しです。とそんな時、ほかに絶対確認すべきマスト所見がありましたよね? そう、V1誘導の「高いR波」です(第43回)。具体的な数値は「7mm」、それを確認しようとしても最初の「r波」か2番目の「R'波」のどちらで“7mm基準”を確認すべきか悩んでしまうのではないでしょうか? ここでエイヤッと割り切って後半成分の「R'波」でチェックするのは間違いです。以前、「R>S(V1)」も「高いR波」の表現の代わりになることをお伝えしましたが、これも2つのうちどちらのR(r)波を使うのかとか、後半のR波なら大概「R>S」になるので、ホントにそれでいいのかって思ってしまうのではないでしょうか。そして、まだまだ参考にすべき補助所見がありました。ただ、ストレイン型の「(2次性)ST-T変化」やR peak timeの遅れも「右脚ブロック」ではほぼ全例で満たされてしまいます。また、「時計回転」ともとれる「R<S(V5)」所見も、軸偏位を合併した場合などで高率に見られます。つまり、「右脚ブロック」なだけで、「右室肥大」の条件をほどよく満たしてしまい、通常の診断条件が“あり”というのが「右室肥大」の肯定所見とは見なせず、結局のところ「wide QRS」な時点、とくにそれが「右脚ブロック」な時点で、例のフローチャートは当てにならないのです。先般示したフローチャートに用いた診断項目は主にMyer1)や“そこのライオン”で有名な、Sokolowら2)が指摘した内容ですが、これらは2つ目の「R'波」のある「右脚ブロック」系統には適応できないのです。この点は知っておくべきです。■ポイント■「右脚ブロック」の場合は通常の「右室肥大」の診断基準は使えない!では逆に、“完全“にしても“不完全”にしても「右脚ブロック」も立派に右心系負荷を示唆するサインの一つですから、ほかの所見と併せて「右室肥大」と言っちゃいましょうか? いいえ、これも誤りです。そうするとエセ右室肥大が世の中に溢れてしまうことになります。「異常Q波」の時にもクセモノぶりを発揮していた「右脚ブロック」ですが(第32回)、ここでもまたやってくれたわけです。“絶望の淵に光はさすのか?”ここまで聞いただけで気分が暗くなりますが、現実はさらに厄介な状況があるんです。心電図の世界では“似たもの同士”な「右脚ブロック」と「右室肥大」ですが、現実問題として意外と両者の病態がバッティングするのです。これはどういうことを意味するのでしょうか? 頻度的には「右脚ブロック」のほうが多いため、普通だと「右脚ブロック」と診断した時点で安心してしまいます。そのため、まさかそこに「右室肥大」所見が“重なっている”かなど考えが及ばず、心電図の発する“RVHサイン”がうまく届かない状況が生まれてしまうんです。「右脚ブロック」が存在する場合、「右室肥大」の診断は不可能なのでしょうか? 結論だけ言うと、不可能だというのが真実に近いかもしれません。実際、主に学童を対象とした日本循環器学会ガイドライン3)には、「WPW症候群」とともに、「右脚ブロック」がある場合には「右室肥大」の診断は困難と銘記されています。ガイドラインにまで記載されてしまうと、さすがに萎えますね。ただ、やはり、人一倍、十、いや百倍、心電図を愛するボクからすると、“モッタイナイ”と感じてしまいます。ただでさえ分の悪い「肥大」の心電図診断に、またひとつ“Impossible”を作ることに抵抗感があるのかもしれません。この苦難を何とか乗り越えたい…非才のボクでは解決できない問題には“先人の知恵”をお借りしましょう。前回示したフローチャートも参考にしつつ、「右脚ブロック」の“霧”を晴らすため、「右脚ブロックに合併した右室肥大」に関して集められた代表的な知見を以下に示します。■ポイント:右脚ブロック“専用”の「右室肥大」基準■【Milnor基準】QRS幅:0.12秒(120ミリ秒[ms])以下でいずれかを満たす場合QRS電気軸:+110~+270°*1R(またはR')/S >1(V1誘導)かつ R(またはR')>5mm(0.5mV)【Barker & Valencia基準】R'V1>10mm(不完全右脚ブロック)R'V1>15mm(完全右脚ブロック)*1:原著の表現(QRS軸:+110~±180°または-90~±180°)がわかりにくいため改変して示した。意味的には「+110°以上の右軸偏位」または「高度の(右)軸偏位」を意味する。皆さんの中には、「えっ? また外人の名前? そんなのもう覚えられないよー」という方も多いと思うので、「誰の」基準かは覚えなくとも、「どんな」条件なのかを優先して覚えてください。“見るな!と言いたくなるMilnor基準”一つ目はMilnorらによる診断基準です。これは、“よりシンプルさ”を追求した研究報告で、基準中に「R'」という文字が含まれており、われわれの期待をふくらませます。…ところが、その期待はもろくも崩れ去ります。なぜなら、前提条件に「QRS duration less than 0.12 second」と表記されているからです。“使えない”とまでは言いませんが、これを適用するとしても「不完全右脚ブロック」のほうだけ。しかも、この基準は「右脚ブロック」例だともっぱら“overdiagnosis”するとされています4)。そんな訳でDr.ヒロ的には、もう“見るな!”の基準です(笑)。もちろん、今回の心電図には適用しちゃダメですよ。バッチリ「QRS幅≧0.12秒」ですから。でも、「右脚ブロック」つながりなので一応は紹介しました。“もう一つも実はイマイチ-Barker-Valencia基準”次に紹介するのは、“バッグにオレンジ”基準。これは勝手にボクが決めたゴロ合わせで、オレンジはバレンシア産(笑)。これはBarkerとValenciaらによる基準で、文献として確認できるのは「不完全右脚ブロック」を扱った1949年のものです5)。そして、実は本題でもある「完全右脚ブロック」のほうは、かなり入念に調べたのですが、原典が書籍でした6)。もし読者の方で原著論文などをご存じであれば、教えてもらえると嬉しいです。この基準は実にシンプルです。「右脚ブロック」のV1-QRS波形には「rsR'(rSR')」や「RR'」などがありますが、通常「r(R)<R'」でなくてはならないという暗黙のルールがあるので、後半の“第2波”(R'波)の高さだけで勝負する方式です。「不完全」でも「完全」でも、右脚ブロックになると、もともと「R'波」は“盛られる”傾向にあるため、通常の「7mm」ではなく、厳しめの基準で判定しましょうという考えなんだと思います。「10mm」も「15mm」も共に切りの良い数字ではありますが、やや記憶力の衰えたボクの場合、「不完全~」なら1.5倍、「完全~」なら2倍しただけの基準だと考えるようにしています。もちろん“7mm基準”をベースとしてね。早速、心電図(図1)で適用してみましょう。V1誘導に着目し、心拍ごとにやや差はありますが、小ぶりな2拍目、ないし5拍目で見ても「R'>15mm」を満たします。つまり、やはり「右室肥大」の合併を疑うべきということになり、問題の正解は4)が該当します。実際、この中年男性は、その後に「肺動脈性肺高血圧症」と診断され、心エコーでも顕著な「右室肥大」が確認されました。ですから、心電図にもやはり“暗号”が隠れていたわけです。しかし、このBarker-Valencia基準が完璧かと言うと、基本的に「右脚ブロック」と「R'波高」だけで判定するので、完璧とは言いがたいようです4)。次の心電図(図2)はどうでしょう?(図2)71歳、女性、肺高血圧症の心電図画像を拡大する71歳、女性で、肺高血圧症の診断で加療されています。「右軸偏位」(+110°)と「時計回転」(RV5<SV5)の所見はあるようですが、ワイドなQRS波で「完全右脚ブロック」に典型的な波形ですが、肝心なV1誘導ではR'波は15mmには足りません。そのためBarker-Valencia基準を適用すると、「右室肥大」ではないと判定されてしまいます。ただ、実際にはバッチリ「右室肥大」が心エコーその他で確認されていることから、この考え方は通じないということです。ちなみに“お隣”のV2誘導だと基準に合致しますが、原著にその記載はありません。さらに心電図(図2)をよく見ると、「148cm、41kg」と表示されていますが、欧米人対象の研究で得られた知見を、人種や体格差の明らかな日本人にそのまま適応していいのかという当然に疑問にぶち当たります。また、逆に“健康的な”「右脚ブロック」の一部に「右室肥大」の“濡れ衣”を着せてしまうことが少なくないというのも“バッグにオレンジ”基準の弱点でもあります。どちらかと言うと、後天性よりは先天性の心疾患の方がよく当てはまるようです。最近では、小児期に修復手術が行われた方を成人患者として迎え入れるケースも増えていると思います。そうした方の多くは今回に似た心電図であり、その場合は「右室肥大」の合併を正確に診断できる確率が高くなるわけです。“Dr.ヒロの所感と全体まとめ”上記2つ以外にも、血まなこになって教科書やガイドライン、そして文献を探し、最終的には「完全右脚ブロック」の心電図の場合、完璧な「右室肥大」診断基準はない、という考えに着地しました…。先述のガイドラインも、こうした流れを汲んでのコメントなのかもしれません。しかし、ボクは普段どうしているのか、それを最後に述べたいと思います。■ポイント:Dr.ヒロ流!右脚ブロックと右室肥大の合併病態に対する考え方■1)「右脚ブロック」を見たら一瞬でも「右室肥大」の合併を考慮2)Barker-Valencia基準:「R'>10 or 15mm」をチェック3)「右軸偏位」(できれば「+110°」以上)と「右房拡大」を確認4)臨床背景を確認する―「右室肥大」を呈する病態か?「右脚ブロック」と「右室肥大」の合併を見落とさないためには、「右脚ブロック」を見た時、ほんの一瞬でも“似たもの”な「右室肥大」に思いをはせること。そして“バッグにオレンジ”基準を割と大事にしつつ、QRS電気軸と右房の情報を取りにいきます。ズルいのかもしれませんが、最後に病歴やその他の検査所見などを総合して考えていくようにします。これがDr.ヒロ流心電図の判読法。一つの心電図だけでは勝負せず、“+α情報”を確認する意識をつけることで心電図の能力は一段と磨かれると信じているからです。ちなみに、「完全左脚ブロック」の場合には「右室肥大」と診断するための“決定打”はなく、よく言われるのは「左脚(ブロック)なのに右軸(偏位)」というものだと思います。ただ、これもかなり“ドンブリ”的な見方ですので、 あまり執着せずに、「完全左脚ブロック」なら細かな波形診断は諦めるスタンスでも良いかもしれません。現実的な話では、心電図は決して「心室肥大」の診断に長けているわけではありません。その上で、「右脚」にせよ「左脚」にせよ、QRS幅が広くなる「心室内伝導障害」では、ただでさえ不得手な「右室肥大」の診断精度をより低下させてしまうという現実を知っておくべきだと思います。今回の内容はまあまあハイレベルな内容ですので、非専門医の先生ですと必ずしも要求されない知識かもしれませんが、知っておくと診断の幅がだいぶ広がると思います。それでは、4回にわたってだいぶ詳しく扱った「右室肥大」の話題はここで終了。次回はこれまでの知識を総動員させたクイズを出しますよ。それではまた!Take-home Message「右脚ブロック」の存在は「右室肥大」の心電図診断の感度・特異度をさらに低下させる!“後半成分”(R’波)がより“強調”された「右脚ブロック」では「右室肥大」の合併を疑え―“不完全”は1.5倍、“完全”なら2倍1)Myers GB, et al. Am Heart J. 1948;35:1-40.2)Sokolow M, Lyon P. Am Heart J. 1949;38:273-294.3)日本循環器学会/日本小児循環器学会編. 2016年版学校心臓検診のガイドライン.4)Booth RW, et al. Circulation. 1958;18:169-176.5)Barker JM, Valencia F. Am Heart J. 1949;38:376-406.6)Barker JM. The Unipolar Electrocardiogram. 1st ed. Appleton-Century-Crofts;1952.【古都のこと~天ヶ瀬ダム】この連載では寺社について扱うことが多いですが、今回はダムに目を向け、天ヶ瀬ダム(宇治市)について話しましょう。平等院から宇治川沿いに車で登って10分ほどで到着します。改めて京都が山に囲まれていることを実感できます。1964年に竣工した多目的ドーム型アーチ式コンクリートダム*1で、規模は堤高73m・堤頂254m・堤体積16万4,000m3。総貯水量2,628万m3は東京ドーム20杯分です。休憩がてら下流域を散策していると、歓声が上がり、振り向くとコンジット(放流管)ゲートから放流です! その迫力の眺めにしばらく圧倒され、その後、なぜかスッキリとした気分になったのでした。当日はかないませんでしたが、次回来るときは必ず「天端(てんば)」(堤頂通路)に上がってアーチの曲線美に酔いしれようと思います。現在は「宇治川の渓谷と調和する放水設備」の再開発工事中*2ですが、皆さんも“大人の社会見学”をぜひ!*1:ダムカードに記載された「目的記号」は“FWP”。洪水調整(F:flood control)、上水道(W:water supply)、発電(P:power generation)。*2:2022年2月末まで。