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本研究では、軽症から中等症のCOVID-19外来患者で、フルボキサミンが症状改善までの期間を短縮するか評価が行われたが、プラセボと比較して症状改善までの期間を短縮しなかったことが示された1)。 フルボキサミンは、うつ病や強迫性障害などの精神疾患に使用される選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、比較的安価な薬剤である。COVID-19流行初期において、このフルボキサミンは、サイトカインの産生を制御するσ-1受容体のアゴニストとして機能することから、臨床転帰の改善効果を期待して臨床試験が行われた。初期の臨床試験では有効性を示した報告2)もあり、ブラジルで行われたプラセボ対照無作為化適応プラットフォーム試験(TOGETHER試験)でも有効性が示されていた3)。そして、これらの研究に基づいたsystematic review4)やCochrane COVID-19 Study Register5)では、フルボキサミンは28日の全死因死亡率をわずかに低下させる可能性や、軽症COVID-19の外来および入院患者の死亡リスクを低下させる可能性があると評されていた。 しかし、フルボキサミンの有効性を否定する報告6)や、新型コロナウイルスワクチンの開発に伴いワクチン接種の有無で治療薬の有効性が変化する可能性も考えられ、現時点でフルボキサミンの有効性がない可能性も考えられた。そのため、新型コロナウイルスワクチンの接種率が7割程度あり、流行株がデルタ株からオミクロン株の時期の米国において、フルボキサミンの有効性が再度検証され、結果は前述の通りであった1)。 これまでの経緯や今回の研究結果を踏まえ、私は、日本ではフルボキサミンを臨床的に使用する必要性はないと考える。 過去の研究と今回の研究を比較すると、初期に有効性を示した臨床研究2)では、試験の参加者が少なかったことや、経過観察期間が短かったために正確な結論が得られなかった可能性が懸念される。また、ブラジルで実施されたTOGETHER試験は重症の定義に「6時間以上の救急医療を要する患者」を含めており、フルボキサミンが真に重症化予防効果があったかの疑問が残る。 今回、検証された理由の1つである、新型コロナの流行株や国民の新型コロナウイルスワクチン接種率の観点からも、本邦では今回の研究参加者の背景が近いと考えられる。フルボキサミンの有用性を示せなかった理由に、薬剤の投与量が指摘されることもあるが7)、現在はCOVID-19の病態の解明も進み、ワクチンの効果や新型コロナウイルスの変異により、かつてよりも死亡率や重症化率はかなり低下している状況である。そのうえ、重症化リスクのある患者に対する有効な抗ウイルス薬も開発され、使用方法も確立している。これだけCOVID-19治療法が確立した現在の日本においては、いくら安価であるとはいえ、COVID-19に対する効果が不確定なフルボキサミンを使用するメリットはないだろう。 さて、欧米や本邦では、COVID-19の治療ガイドライン8)や薬剤使用方法の手引き9)が整備されており、われわれ医療従事者はこれらのエビデンスに容易にアクセスできるようになった。しかし、インターネットのホームページをみると、本原稿執筆時でも、フルボキサミンが有効だったことを報告した当初の論文のみを載せてフルボキサミンの販売をしている通販サイトが散見される。COVID-19診療を振り返ってみると、イベルメクチンなどのようにCOVID-19への治療が期待されたがために、本来投与が必要な患者さんの手に薬剤が回らないことが懸念された薬剤もあった。新興感染症の病態や有効な治療薬が不明確なときには、有効と考えられる薬剤の投与を通して、エビデンスを生み出す必要があるが、病態や治療方法が確立すれば、適切な治療を行うように努めるべきであろう。 また、治療の有効性が否定された薬剤はその結果を受け止め、本来医学的に必要とされる患者さんに同薬剤が行き渡るようにするべきであろう。医薬品が一般人でも入手しやすくなった現代では、非医療従事者にも適切な情報が届くように、インターネットを含めてFact-Checkを行ってゆく必要があると考える。【引用文献】1)フルボキサミン、軽~中等症コロナの症状回復期間を短縮せず/JAMA2)Lenze EJ, et al. JAMA. 2020;324:2292-2300.3)Reis G, et al. Lancet Glob Health. 2022;10:e42-e51.4)Lee TC, et al. JAMA Netw Open. 2022;5:e226269.5)Nyirenda JL, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2022;9:CD015391.6)Bramante CT, et al. N Engl J Med. 2022;387:599-610.7)Boulware DR, et al. Lancet Glob Health. 2022;10:e329.8)Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)Treatment Guidelines9)COVID-19 に対する薬物治療の考え方 第 15.1 版(2023年2月14日)