地震や豪雨など、予測できない災害。その時、地域の医療を担う医師として、戸惑いや不安を感じる先生も少なくないかもしれません。本連載では、岡山大学 救命救急・災害医学講座 主任教授 中尾 篤典氏監修のもと、災害発生時に被災地の医師が直面するであろう課題と、それに対する具体的な対応策を解説します。いざという時に冷静に対応するための実践的ガイドとして、ぜひご活用ください。
災害時に不眠を訴える避難者への対応
大地震の後、余震が続く避難所において、不眠を訴える高齢の避難者がいます。本人はこれまで睡眠障害を経験したことはないものの、慣れない避難生活により睡眠が十分に取れず、体調を崩すことへの不安を口にしています。こうした状況にどのように対応すればよいでしょうか?
災害時の不眠
私自身、東日本大震災の医療支援として南三陸町に入った際、小学校の校舎を避難所として使用しました。当時は灯油が不足し、暖房が使えない中、寝袋にくるまっても寒さでまったく眠れなかった経験があります。避難者は、住居の損壊、親族の安否への不安、さまざまな環境要因により、十分な睡眠が得られないことは容易に想像できます。
事実、東日本大震災後には、東京において不眠を訴える人が普段の1.5~2倍に増加し、被害の少なかった大阪でも、繰り返される被災映像の影響で急性ストレス障害に似た症状が現れ、不眠が増加したことが報告されています1)。
避難所や車中泊は、自宅と比較して、睡眠環境(騒音・寒冷/暑熱・硬い寝具・プライバシー欠如)が悪く、睡眠連続性を悪化させ、自律神経・血糖変動にも影響することが示されました2)。今回は、災害時の睡眠障害について、その対応を概説します。
DPATの介入が必要な不眠
避難者に対して、まずせん妄や精神病症状の有無を確認することが大切です。強い不眠を訴え、その後、朦朧状態になったり、不穏・興奮状態のほか、手の震えや発汗、動悸などがみられればせん妄を疑います。習慣的に飲酒のある方が震災後に急に断酒した後、せん妄が出現することがあります(振戦せん妄)。
また、大切な人を亡くして自殺念慮がある場合もあります。これらの症状がみられた場合には、DPAT(災害派遣精神医療チーム)へ相談が必要です3)。DPATは、被災地域の支援を目的とした専門的な研修・訓練を受けた災害派遣精神医療チームであり、私は何度も一緒に活動したことがありますが、とても親身になり専門的な介入をしてくれます。
非薬物療法が原則
せん妄や精神症状でない場合には、原則、非薬物療法が最優先されます。「眠れないから薬がほしい」と希望される方もいますが、災害など大きな精神的ストレスがかかった直後の睡眠問題は一般的であり、決して珍しいことではないこと、自然軽快が多いことを説明します。

避難所の管理者と相談し、環境を整えるように努めることも大切です。具体的には、マットや毛布など寝具の整備、夜間の騒音・光の低減、就寝スペースの区画、耳栓・アイマスク配布などが推奨されています2)。夜間に消灯して眠る、というのは実は容易ではなく、逆に目がさえることもあり、寝なくてはいけない、という強迫観念も不眠を助長します。そのようなときは、昼寝を取り入れる、夜中起きていられるスペースを作ってあげることも有効です。
不眠には、睡眠に対する考え方(認知)が関与しているといわれています。睡眠に対する考え方を指導してくれるCognitive Behavior Therapy for Insomnia(CBT-I)と呼ばれる不眠症に対する認知行動療法があり4)、これもDPATに相談してもいいでしょう。
実際の例として、私自身も不眠を感じるときにはYouTubeで漫才を聴くようにしています。すると条件反射のように眠りにつくことができ、漫才を最後まで聴き終えたことはほとんどありません。
やむを得ない場合の薬物療法
もともと不眠で睡眠薬が処方されている場合、離脱症状が出現する場合があるので継続することが必要です。残量が少ない場合には錠剤を半分に割るといった工夫をするように指導します。どうしてもやむを得ない場合には、短期間のベンゾジアゼピン系の睡眠剤を短期間使用することもありますが、依存性・転倒のリスクもあり、例外的です。小児や思春期には原則処方しないこととされています5)。
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の三島 和夫先生が書かれた「震災時の睡眠マニュアル6)」はわかりやすく、とても読みやすいので参考にしていただければ幸いです。また、非専門家や一般の方向けに、被災者や犯罪の被害を受けた方などと関わる時の対応として、「サイコロジカルファーストエイド(心理的応急処置)」を知っておくことが推奨されています7)。WHOが中心となって開発したものが最も広く用いられています。


中尾 篤典 ( なかお あつのり ) 氏岡山大学学術研究院医歯薬学域 救命救急・災害医学講座 主任教授
[略歴]
1992年岡山大学医学部卒業。消化器腫瘍移植外科に入局。米国・ピッツバーグ大学移植外科、兵庫医科大学救急災害医学講座を経て、2016年より現職。著書に『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えます』シリーズ(羊土社)、『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)など。