地震や豪雨など、予測できない災害。その時、地域の医療を担う医師として、戸惑いや不安を感じる先生も少なくないかもしれません。本連載では、岡山大学 救命救急・災害医学講座 主任教授 中尾 篤典氏監修のもと、災害発生時に被災地の医師が直面するであろう課題と、それに対する具体的な対応策を解説します。いざという時に冷静に対応するための実践的ガイドとして、ぜひご活用ください。
避難所ではどんな体操を勧めたらよいか?
避難所生活も数日が経過し、衛生環境やプライバシーが不完全な慣れない暮らしの中で、とくに高齢の避難者の方々に、疲労の色が濃くなってきました。血栓症の予防や筋力の維持のため、避難者を支えるボランティアや行政の職員から、「何か体操をしてもらおうと思いますが、どうしましょう?」と相談を受けました。このような時、どんなアドバイスをしたらよいでしょうか?
東日本大震災の避難所での教訓
この問いに対して、私には苦い経験があります。東日本大震災の際、支援に訪れた南三陸町の大きな避難所で、実際に自治体の方からこの相談を受けました。その時、私は「ぜひやりましょう。ラジオ体操などが手軽でよいのではないでしょうか」と安易にお答えした記憶があります。
しかしその後、災害医療の専門家から、「朝は低血糖や血圧上昇のリスクがあり、寒い屋外での体操は危険です」とご指摘を受け、自身の配慮が至っていなかったことを大いに反省しました。最終的には、理学療法士のボランティアの方が、午後の時間帯に、被災者の状態に合わせて考案した体操を実施してくださいました。この経験は、避難所での運動を考えるうえで重要な教訓となりました。
避難生活の身体機能低下
避難生活が続くと、心身にはさまざまな影響が現れます。仮設住宅で生活する高齢者は、自宅での生活継続群に比べ、身体機能が有意に低下することがわかっており、運動機会の確保が重要と示されています1)。
また、ストレッチや体操など短時間で軽い運動や、徒手的で低侵襲のマッサージであっても、避難者の「気分」が改善され、即時的に心理状態を改善する効果があることが示されています2)。このように、避難所での運動を促すことは、身体機能の維持だけでなく、精神的にも良い影響があると考えられます。
体操はいつ行うのが理想的か?―朝の運動に潜むリスク
では、体操はいつ行うのがよいのでしょうか。とくに朝の運動には注意が必要です。朝は覚醒に伴い交感神経が活性化し、「モーニングサージ」と呼ばれる朝の血圧上昇が起こりやすい時間帯です。実際に、心筋梗塞の発症は午前に発症のピークがあることが知られています。とくに高血圧や動脈硬化のある人は影響を受けやすいので、起床後いきなり激しい運動をすることは避けるように提唱されています3)。

また、室温が20℃から10℃に下がるだけで、朝の収縮期血圧が5~9mmHg上昇するというデータがあり、寒さはモーニングサージを増幅します。寒い朝に体操を行う場合は、屋内で上着を着て、ゆっくり開始するのが安全です4)。私が南三陸でご指摘を受けたのは、こうしたことを深く考えていないと思われたからでしょう。
「ラジオ体操」は避難所に適しているのか?
誰もが知るラジオ体操ですが、避難所で行うにはいくつかの点を考慮する必要があります。
ラジオ体操の歴史は古く、1928年に最初のラジオ放送があったといわれています。現在の形になったのは1951年の戦後になってからですが、その当時、音楽に合わせて同じ動きをする民衆にGHQが警戒し、一時的にラジオ体操を禁止したこともあるようです。
フレイルがある高齢者に、毎日3セットのラジオ体操をしてもらうことで、俊敏な動きとバランス、持久力が有意に改善したと報告されています5)。しかし、ラジオ体操が考案された当時の平均寿命は60代でした。そもそもラジオ体操は60歳以上の人が毎日行う前提では作られておらず、確かに、ジャンプも含まれるラジオ体操は、高齢者にとってはかなりハードなものと言えます。
こうした背景からか、全国の自治体で、理学療法士会など専門家により、高齢者や災害時のために非常に多くのストレッチや体操が考案されており、動画が公開されていますが、ラジオ体操を積極的に推奨されている例はあまり見かけません。たとえば、能登半島地震で活用された、稲葉先生お勧めの「かえるの合唱」に合わせた体操の動画6)や、東京都が推奨している体操7)(図)なども参考になります。
図. 避難生活で行う体操(参考文献7より)
以下は、避難所での運動のミニプロトコル案です。
避難所でのミニプロトコル案
- 1.1日2回(午前/夕方)、3~5分の体操。椅子座位版も併用
- 2.参加は任意、ハイリスク(急性疾患/胸痛/強い息切れ/著しい高血圧)は見学
- 3.下肢ポンプ運動(踵上げ・足首回し)を前後に追加:VTE対策
- 4.換気と距離確保、床の段差/滑りに注意
いずれにしても、避難所や仮設住宅で生活している被災者は、避難生活中の心身機能の維持と回復のための運動が望ましく、無理のない範囲で体操を行うことが勧められます。


中尾 篤典 ( なかお あつのり ) 氏岡山大学学術研究院医歯薬学域 救命救急・災害医学講座 主任教授
[略歴]
1992年岡山大学医学部卒業。消化器腫瘍移植外科に入局。米国・ピッツバーグ大学移植外科、兵庫医科大学救急災害医学講座を経て、2016年より現職。著書に『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えます』シリーズ(羊土社)、『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)など。