意思により制御できる車いすで麻痺患者が移動可能に

提供元:HealthDay News

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公開日:2022/12/27

 

 重度の麻痺のある人が、脳の手術を受けなくても思い通りに車いすを動かせるようになる日が来るかもしれない。米テキサス大学オースティン校のJose del R. Millan氏らが、同氏らが開発した電極付きキャップを装着した四肢麻痺患者が、脳波により車いすを動かして病院内の“障害物コース”を進むことができたことを報告したのだ。この研究の詳細は、「iScience」11月18日号に掲載された。

 この電極付きキャップは、かぶっている患者の脳信号(脳波)を捉えることができる。検出された脳波は増幅器により増幅されてコンピューターに送られ、そこでプログラムによって車いすの動きに変換される。患者は腕や手、足など、動かせなくなった体の部位を動かそうと念じるだけでよいという。Millan氏は、「手や足を動かそうという患者の意思が、実際に車いすのモーターを動かす指令に変換され、左右の車輪の回転速度を変えることで曲がることができる。例えば、左側よりも右側の車輪の回転速度が速いと左に回り、逆の場合には右に曲がる」と説明する。

 研究には、3人の脊髄損傷による四肢麻痺患者が参加した。これらの患者は、2~5カ月にわたって週3回、この電極付きキャップをかぶって、車いすを動かすためのトレーニングを受けた。車椅子は、乗っている人が両手を動かすことをイメージすると左に曲がり、両足を動かすことをイメージすると右に曲がるように設定されているという。

 初回のトレーニングでは、参加者たちが車いすを思い通りに動かせる確率は43~55%だった。しかし、トレーニングを重ねていくうちに操作精度が高まり、思い通りに動かせる確率は、1人の参加者で95%、もう1人の参加者では98%に向上した。これはコンピューターが、「左に行け」または「右に行け」に符号化された脳活動のパターンをより高精度に判別できるようになったためであった。また、参加者自身が車いすを動かすための的確な思考を習得したことも、操作精度の向上に寄与したと考えられる。ただし、3人の参加者のうちの1人では、トレーニング後も脳活動パターンに有意な変化は認められず、操作精度もわずかに向上しただけだった。最終的に、2人の参加者は障害物が配置された病院内の部屋を車いすで移動することに成功したが、残る1人はそこまでに至らなかった。

 米メイヨー・クリニック神経学教授のAnthony Ritaccio氏によると、意思によって制御できる車いすの開発は、これまで約15年にわたって進められてきた。しかし、この技術を利用するには脳内の運動野と呼ばれる領域に電極を留置するための手術を受ける必要があった。このことを踏まえた上で同氏は、「重要な一歩となる研究結果だ。脳外科手術や脳内への永久的な電極の留置のベネフィットとリスクの比を考えなくてもよい方法があるなら、それを選ばない手はないだろう」と話す。

 また、米マウントサイナイ・アイカーン医科大学のAbbey Sawyer氏は、「この研究はおそらく脳内に電極を留置することなく、かなり良い成績を達成することができた、おそらく初めての小規模研究ではないだろうか」と話す。同氏は、「現段階では、他にもたくさんの侵襲的なアプローチがあり、その安全性と忍容性を評価するためのヒトを対象とした臨床試験を実施する段階に入っている。それに対して今回報告された技術は、非侵襲的なアプローチとして最初に行われたものの1つであり、おそらく最も成功したものの1つでもある」と評価している。

 今回の研究では、脳信号を変換するコンピューターと麻痺患者から発せられる脳信号は徐々に適合し、ともに動作が向上することも示された。Millan氏は、「十分な時間をかけてトレーニングすれば、こうした脳波制御型の車いすのような高性能デバイスでも、一定程度の操作レベルを達成できることが示された。それが今回の論文の主要なポイントだ」と言う。また、1人の患者では、トレーニング後も車いすの操作精度に目立った向上は認められなかった点について同氏は、「コンピューターのプログラムを調整するだけでは、この手の車いすをうまく操作できるようにはならないことを示唆している」との考えを示している。

 Millan氏らのグループは今後、3人の参加者の脳信号を比較して差異を明らかにし、なぜ1人だけ車いすの操作がうまくいかなかったのか調べる予定だとしている。

[2022年11月18日/HealthDayNews]Copyright (c) 2022 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら