サンバイオが開発した細胞治療薬バンデフィテムセル(商品名:アクーゴ)が慢性期外傷性脳損傷(TBI)の治療に承認・発売された。2026年6月に行われた「アクーゴ脳内移植用注発売メディアセミナー」で紹介された基礎と臨床の専門家の知見を詳報する。
不可能だと考えられていた脳神経細胞の再活性化を実現
再生医療においては幹細胞が非常に大きな役割を果たす。幹細胞には体を構成するほぼすべての組織に分化可能な多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)と一定の限られた細胞種に分化する体性幹細胞(間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞など)がある。体性幹細胞は生体組織に存在するため、選択的に増やすあるいは分離することで再生医療に活用できる。
サンバイオ創業科学者で慶応義塾大学再生医療リサーチセンターの岡野 栄之氏による、神経幹細胞マーカーであるRNA結合蛋白質Musashi-1の同定からバンデフィテムセル開発の歴史は始まる。岡野氏らはMusashi-1を活用し、ヒト成人脳に幹細胞があること、脳細胞が新たにニューロンを作っていることを見いだし、サンバイオと製品化に向けた共同研究をスタートした。
バンデフィテムセルはNotch-1細胞内ドメイン遺伝子をヒト骨髄由来の間葉系幹細胞に導入したヒト体性幹細胞加工製品。同細胞は脳内に元々存在するFGF-2などの増殖因子を分泌させることで、神経細胞が本来持つ再生能力を活性化して神経細胞の増殖・分化を促進する。
STEMTRA試験が証明したバンデフィテムセルによる慢性期TBIの機能改善1)
川堀 真人氏が所属する北海道大学大学院医学研究科 脳神経外科はバンデフィテムセルの臨床試験であるSTEMTRA試験で最も多くの症例を登録した。川堀氏はTBI診療の最前線で、治らないと宣告される患者の絶望を目の当たりにしてきた。TBIは転落などの日常的な原因で発生し、多様な神経・認知機能障害を伴う疾患である。日本国内では年間約6万人発症、入院患者は1万2,000人とされる。急性期から回復期においては高次脳機能障害や運動機能障害が残る。
バンデフィテムセルを用いた国際共同治験STEMTRA試験は、日・米・ウクライナの多施設で実施された。プラセボ群に偽手術を採用した厳格な二重盲検試験である。頭部外傷後12ヵ月以上経過した患者を対象に、バンデフィテムセルを0個(プラセボ)、250万個、500万個、1,000万個投与の群に無作為に割り付けた。結果として、バンデフィテムセル(500万個)投与群ではFugl-Meyer運動機能スコア(FMMスコア)がプラセボ群に比べ6点(8.3点vs.2.3点)、有意に改善した(p=0.04)。川堀氏は「改善が目で見てわかるのはFMMスコア10点程度」だと言う。FMMスコア10点改善が見られた患者はバンデフィテムセル群で40%、プラセボ群では6%であった。
TBI後の機能改善が確認されたものの、バンデフィテムセルの効果には未解明な点も多々ある。川堀氏は「どの部位に、どの程度の細胞量を投与するのが最適か、そして高次脳機能障害への具体的な効果はどの程度か。これらは今後、実際の臨床現場で医師たちがデータを蓄積し、解明していくべき課題」と述べ、今後のエビデンス構築の重要性を訴えた。
再生医療とリハビリテーションの新たな融合
慶應義塾大学リハビリテーション医学教室の川上 途行氏は、再生医療とリハビリテーションの融合が今後重要になると説く。
脳損傷において、急性期と回復期の間はリハビリテーション効果が発揮されるが、この期間を過ぎて慢性期になると治療選択肢は非常に少なくなる。多くのTBI患者は、この後どうやっていけばいいのかと不安を抱えることになる。
STEMTRA試験の成績について川上氏は「通常みられるFMMスコアの改善は2~3点程度。この数値であれば、患者さんも体が動くようになっていることを実感できるのではないか。最適なリハビリテーションを上乗せしたら、スコアはさらに上がる可能性がある」と言う。
未来へのビジョン―適応疾患の拡大とグローバル展開
サンバイオ代表取締役社長である森 敬太氏は、25年にわたる開発の道のりを回顧しつつ、未来を見越す。TBIからはじまり、今後は脳梗塞、認知症、アルツハイマーなど、多くのアンメット・メディカル・ニーズに応えるべくバンデフィテムセルの疾患領域を拡大していくと表明した。また、日本だけでなく米国そして世界へと展開させる意向も示した。