日本高血圧学会は『高血圧管理・治療ガイドライン2025』(以下、JSH2025)を8月29日に発刊した。6年ぶりとなる今回の改訂にあたり、大屋 祐輔氏(琉球大学名誉教授/高血圧管理・治療ガイドライン2025作成委員長)と苅尾 七臣氏(自治医科大学循環器内科学部門 教授/日本高血圧学会 理事長)が降圧目標や治療薬の位置付けと選択方法などについて、7月25日に開催されたプレスセミナーで解説した。
本書は高血圧患者(140/90mmHg以上)のほか、高値血圧(130~139/80~90mmHg)、血圧上昇に伴い脳心血管リスクが高まる正常高値血圧以上(120/80mmHg以上)のすべての人を対象に作成され、Clinical Question(CQ)全19項目が設けられた。主な改訂点は(1)降圧目標を合併症などを考慮し全年齢「130/80mmHg」*へ、(2)降圧薬選択におけるβ遮断薬の復活、(3)治療の早期介入と治療ステップ、(4)治療アプリの活用など。各パラグラフで詳細に触れていく。
*診察室血圧130/80mmHg未満、家庭血圧125/75mmHg未満
個別性に配慮し、全年齢で130/80mmHg未満を目指す
日本高血圧学会は2000年から四半世紀にわたってガイドラインを作成し、高血圧の是正問題に力を入れてきた。しかし、高所得国における日本人の高血圧有病率は最も不良であり、昨今の罹患率は2017年の推計値とほぼ同等の4,300万例に上る
1)。そこで、今回の改訂では、国民の血圧を下げるために、“理論でなく行動のためのもの、シンプルでわかりやすい、エビデンスに基づくもの”という理念を基に、正常血圧の基準(120/80mmHg未満)や、高血圧の基準(140/90mmHg以上)などの数値は欧米のガイドラインを踏まえて据え置くも、JSH2025作成のために実施されたシステマティック・レビューならびにメタ解析の結果から脳心血管病発症リスクを考慮し、「
原則的に収縮期血圧130mmHg未満を降圧目標とする」とした(第2部 5.降圧目標[p.67~69]、CQ4、8、9、12、14参照)。
これについて大屋氏は「降圧目標130/80mmHg。これが本改訂で押さえておくべき値である。前版の『
高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)』では75歳以上の高齢者、脳血管障害や慢性腎臓病(蛋白尿陰性)を有する患者などは有害事象の発現を考慮して140/90未満と区別していた。しかし、
これまでの国内外の研究からも高値血圧(130~139/80~89mmHg)でも心血管疾患の発症や死亡リスクが高いことから、高血圧患者であれば、120/80mmHg以上の血圧を呈するすべての者を血圧管理の対象とする。また、降圧目標も75歳以上の高齢者も含めて、診察室血圧130/80mmHg未満に定めることとした。ただし、大屋氏は
「一律に下げるのではなく、副作用や有害事象に注意しながら個別性を考慮しつつ下げる」と注意点も強調している。
JSH2019発刊後も高血圧の定義が140/90mmHg以上であるためか、降圧目標をこの値に設定して治療にあたっている医師が少なくない。「130/80mmHg未満を目標に、血圧レベルや脳心血管病発症の危険因子などのリスクを総合的に評価し、個々に応じた治療計画を設定することが重要」と同氏は繰り返し強調した。苅尾氏も「とくに朝の血圧上昇がさまざまなリスク上昇に影響を及ぼしているにもかかわらず、一番コントロールがついていない。
ガイドライン改訂と血圧朝活キャンペーンを掛け合わせ、朝の血圧130未満の達成につなげていく」と言及した。
β遮断薬の処方減に危機感
高血圧に対する治療介入は患者を診断した時点が鍵となる。まず治療を行うにあたり、脳心血管病に対する予後規定因子(p.65、表6-1)を基に血圧分類とリスク層別化(同、表6-2)を行い、そのリスク判定を踏まえて、初診時血圧レベル別の高血圧管理計画(p.67、図6-1)から患者個々の血圧コントロールを進めていく。実際の処方薬を決定付けるには、主要降圧薬の積極的適応と禁忌・重要な注意を要する病態(p.95、表8-1)、降圧薬の併用STEPにおけるグループ分類(p.95、表8-2)を参考とする。今回の改訂では
積極的適応がより具体的になり、脳血管障害はもちろん、体液貯留や大動脈乖離、胸部大動脈瘤の既往にも注意を払いたい。
そしてもう1つの変更点は、
降圧薬のグループ分類が新設されたことである。「治療薬の選択については、β遮断薬を除外した前回の反省点を踏まえ、単剤でも脳心血管病抑制効果が示されている5種類(長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬、β遮断薬)を主要降圧薬(グループ1、以下G1降圧薬)に位置付けた(表8-2)」と大屋氏は説明。とくにβ遮断薬の考え方について、「JSH2019では糖尿病惹起作用や高齢者への適応に関してネガティブであったが、それらの懸念は一部の薬剤に限るものであり、有用性と安全性が確立しているビソプロロールとカルベジロールの使用は推奨される。また、耐糖能異常を来す患者への投与について、前版では慎重投与となっていたが重要な注意の下で使用可能な病態とした」とし、「各薬剤の積極的適応、禁忌や注意すべき病態を考慮するために表8-1を参照して処方してほしい。もし積極的適応が表8-1にない場合には、コラム8-1(p.96)のアドバイスを参考にG1降圧薬を選択してもらいたい」ともコメントした。
また、治療を進めていく上では図8-1の降圧薬治療STEPの利用も重要となる。G1降圧薬の単剤投与でも効果不十分であれば2剤併用やG2降圧薬(ARNI、MR拮抗薬)の処方を検討する。さらに降圧目標を達成できない場合にはG1・G2降圧薬から3剤併用を行う必要がある。ただし、それでも効果がみられない場合には、専門医への紹介が考慮される。
なおMR拮抗薬は、治療抵抗性高血圧での追加薬として有用であることから、実地医家の臨床上の疑問に応える形でクエスチョンとしても記されている(p.181、Q10)。
薬物療法は診断から1ヵ月以内に
続いて、大屋氏は治療介入のスピードも重要だとし、「今改訂では目標血圧への到達スピード(薬物投与の時期)も押さえてほしい」と話す。たとえば、低・中等リスクなら生活習慣の改善を実施して1ヵ月以内に再評価を行い、改善がなければ改善の強化とともに薬物治療を開始する。一方、高リスクであれば生活習慣の改善とともにただちに薬物療法を開始するなど、降圧のスピードも考慮しながらの管理が必要だという。
ただし、急性腎障害や症候性低血圧、過降圧によるふらつき、高カリウム血症などの電解質異常といった有害事象の出現に注意が必要であること、高齢者のなかでもフレイルや要介護などに該当する患者の対応については、特殊事例として表10-4に降圧指針(p.151)が示されていることには留意したい。
利用者や対象者を明確に、血圧管理にアプリの活用も
本書の利用対象者は多岐にわたるため、各利用対象を考慮して3部構成になっている。第1部(国民の血圧管理)は自治体や企業団体や一般市民など、第2部(高血圧患者の管理・治療)は実地医家向け、第3部(特殊な病態および二次性高血圧の管理・治療)は高血圧、循環器、腎臓、内分泌、老年の専門医療に従事する者やその患者・家族など。
新たな追加項目として、第7章 生活習慣の改善に「デジタル技術の活用」が盛り込まれた点も大きい。高血圧治療補助アプリは成人の本態性高血圧症の治療補助として2022年9月1日に保険適用されている。苅尾氏が降圧目標達成に向けた血圧管理アプリの利用について、「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針が発刊されているが、その内容が本ガイドラインに組み込まれた(CQ7)。その影響は大きい」ともコメントしている。現在、日本高血圧学会において、製品概要や使用上の注意点を明記した『高血圧治療補助アプリ適正使用指針(第1版)』を公開している。
同学会は一般市民への普及にも努めており、7月25日からはYouTubeなどを利用した動画配信を行い、血圧目標値130/80mmHgの1本化についての啓発を進めている。あわせてフェイク情報の拡散問題の解決にも乗り出しており、大屋氏は「フェイク情報を放置せず、正確な情報提供が必要だ。本学会からの提言として、『高血圧の10のファクト~国民の皆さんへ~』を学会ホームページならびに本書の付録(p.302)として盛り込んでいるので、ぜひご覧いただきたい」と締めくくった。
(ケアネット 土井 舞子)