医療事故調査報告書が裁判で使われたら!? 第5回 医療法学シンポジウム開催(前編)

提供元:ケアネット

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公開日:2015/03/09

 

 2月15日、東京都内にて第5回医療法学シンポジウムが「医療事故調査報告書、及び、聞き取り調査書等内部資料と文書提出命令等証拠開示手続との関係」をテーマに開催された。今回は前編として、レクチャーを中心にお届けする。

 2014年6月に「医療事故調査制度」が創設され、本年(2015年)10月の施行に伴い「医療事故調査・支援センター」において事故調査が行われることが決定した。この制度の目的は、あくまでも「医療安全の確保」であるが、その事故調査報告書が、医療訴訟で証拠として使用され、医師などへの個人責任追及につながるとも限らない。そうなると医師、医療関係者が、事故調査で真実を語ることが期待できず、制度自体の崩壊を招くと危惧されている。
 今回のシンポジウムは、こうした背景の下、事故調査報告書の取り扱いと医療訴訟との接点について、医師と弁護士が今後予想される問題点を浮き彫りにし、理解を深めるために開催されたものである。

カルテはもう開示の時代へ
 小島 崇宏氏(大阪A&M法律事務所/医師・弁護士)は、「個人情報保護法に基づく開示手続」をテーマに、個人情報保護法の観点から患者などより医療機関に開示請求があった場合の問題点についてレクチャーを行った。
 医療機関などで関係する個人情報としては、診療録(以下「カルテ」とする)、処方箋、手術記録、画像所見などが挙げられる。そして、個人情報保護法25条では、3つの例外規定を設け、開示しないことができる場合を定めている。しかし、医療機関などが完全に開示拒否を行うことは難しく、たとえば国公立病院などは、行政手続きに関連して裁判上で開示が命令される場合も予想される。そのため、日常より開示を前提に、たとえばカルテには事実関係だけの記載を行い、主観的な内容は記載しないなどの作成時の意識付けが重要であると語った。

加害医師などの保護、ケアも重要
 山田 奈美恵氏(東京大学医学部附属病院総合研修センター 特任助教/医師)は、「医療事故調査の実際 医療安全を目指す上で必要な事項」をテーマに、実際に医療機関で医療事故が発生した場合の事後対応とフォロー体制について説明を行った。
 事故が発生した場合、大切なことは患者の救命と健康被害拡大を阻止することであり、同時に「誰が、誰に、どのような事故が発生したか」複数のラインからの連絡・報告が一元化されることが重要と語る。次に、患者および患者家族へ経緯の説明と謝罪などが行われるが、その際、医療メディエーターなどの活用が期待される。さらに、必要によりマスコミ、メディアへの説明、警察や保健所などへの報告が行われる場合があり、そこで混乱が起きないよう、院内で報告範囲について事前に話し合い、決めておくことが求められる。その他、事故当事者には、保護を含めたケアとフォローが必要であり、関係者における事故の経緯聴取後の検討会と事故調査報告書の作成も必要、と具体的な流れについて説明した。

文書提出命令で全部開示しなくていい場合とは
 山崎 祥光氏(井上法律事務所/弁護士・医師)は、「民事訴訟・保全において用いられる開示手続」をテーマにレクチャーを行った。
 医療訴訟で証拠の乏しい原告(患者)側が、医療機関が持つカルテや関係する書類を手元で調べて、証拠とするために裁判所を通じて被告(医療)側に関係書類を提出させるのが証拠保全・文書提出命令である。
 過去の裁判例では、「医師賠償責任保険事故・紛争通知書」について、秘密性・内部性、開示による重大な不利益を理由に開示を否定した裁判例や、院内の「医療事故報告書」について全部を開示するのではなく、提言部分だけの部分開示を命じた裁判例などを紹介するとともに、実務では文書開示に関して、裁判所も文書の性質とその内容をよく考慮して判断をしていると説明された。

刑事事件化すると抵抗のすべがない
 大滝 恭弘氏(帝京大学医学部 准教授/医師・弁護士)は、「刑事捜査・訴訟において用いられる開示手続」をテーマにレクチャーを行った。
 はじめに刑事における医療事件の概要を説明し、2000年以降急激に増加、現在も年間70件程度あること、患者からの訴えが依然として多いことを報告した。
 そして、業務上過失致死傷など刑事事件となった場合、刑事訴訟法上の強制捜査による捜索・差押えでは、関係するカルテ、処方せん(電子画像があればそのサーバー一式)などすべてが有無を言わさず押収される。これにより、事故調査と刑事捜査が並行して行われることで、事故調査は萎縮したものとなり、医療事故調査制度そのものが危うくなるおそれがあると、日航機ニアミスによる業務上過失傷害事件の裁判例を基に、予想される問題点を指摘した。
 今後、医療事故調査の制度構築に当たっては、制度が形骸化しないよう明らかな犯罪行為による医療事件を除き、「医療事故調査が優先」、「刑事介入の排除」、「医療事故調査報告書の目的外使用の禁止」などが必要と提言が行われた。
(後編へ続く)

参考 厚生労働省 医療事故調査制度について
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(ケアネット 稲川 進)