ただの貧血や血尿ではないかも?―命を脅かす超希少疾患、PNH

提供元:ケアネット

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公開日:2010/06/28

 



6月22日、東京のコンファレンススクエアにおいて、記者説明会「命を脅かす進行性の希少疾患 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)」が開催された(主催:アレクシオン ファーマ)。大阪大学医学部血液・腫瘍内科の西村純一氏は、「PNH原因遺伝子の発見から治療薬『ソリリス(一般名:エクリズマブ)』の登場まで」と題して講演した。

貧血やヘモグロビン尿で原因がはっきりせず、確定診断に至っていない場合は、PNHを鑑別診断に入れる必要がありそうだ。西村氏によれば、PNHは希少疾患であり、見過ごされがちであることから、ただの貧血や血尿として扱われている患者が多いとのことである。

PNHは、造血幹細胞のPIG-A(Phosphatidyl Inositol Glycan class A)遺伝子に後天的変異が起こり、その幹細胞がクローン性に拡大する造血幹細胞疾患である(※)。正常赤血球においては自己補体による障害をブロックしているCD59やDAF(CD55)などの補体制御因子が、PNH細胞ではPIG-A遺伝子変異により欠損する。その結果、コントロール不能な終末補体複合体の形成が進み、補体による溶血が起こることで多様な症状を呈する。また、再生不良性貧血(AA)や骨髄異形成症候群(MDS)などの骨髄障害患者に多く認められている。

生命を脅かし、QOLにも影響を及ぼす




PNHには、溶血、血栓症、骨髄不全の3大徴候がある。西村氏は、中でも溶血が生命に関わる腎不全、肺高血圧症、血栓症を引き起こし、また重度の溶血で嚥下障害、疲労、勃起不全などのQOLに関わる症状を訴えることが多いため、PNHの治療方針においては溶血の抑制が重要であると語った。これまでのPNH治療としては、重篤な症例に対する造血幹細胞移植以外、輸血などの対症療法しか選択肢がなかった。

PNH治療に光明




しかし、PNHがPIG-A遺伝子変異から始まる一連の経路によって発症することが明らかとなったことで、治療薬のターゲットは終末補体複合体の形成阻害となった。補体カスケードの近位にはC3、終末にはC5が関与しており、より他の補体活性に影響の少ない抗C5ヒト化モノクローナル抗体のエクリズマブが開発された。エクリズマブの治療効果が見られるのは溶血症状を有する症例で、PNH患者の3分の1から半分を占める。骨髄不全で溶血がほとんどない場合はベネフィットが少ないが、中には有効な例もある。使い続けることによりQOLの維持や寿命延長も期待される。投薬中止がとりわけ危険ということではないので、スポット的な使用法も今後考えられるとのことである。

わが国におけるPNHの患者数は現在400~500人と推定されているが、少なくともその2倍はいるだろうと西村氏は述べている。患者が中心施設に集中する海外とは対照的に、市中病院で1人や2人の患者を診るという状況であるため、医師たちに啓発活動を行い、本来エクリズマブで治療すべき患者を拾い上げていくことが必要であるとした。

エクリズマブの有効性・安全性




エクリズマブは国内第II相臨床試験(AEGIS試験)において、投与開始1週間でLDH値を有意に減少させ、平均低下率は87%と、主要評価項目である溶血抑制効果が示された。また、エクリズマブ投与前12週の平均輸血単位数が5.2単位であったのが、投与後12週では1.5単位へと有意な減少を示し、輸血を必要とした患者の67%が投与中に輸血不要となった。ヘモグロビン値は投与期間に比例して緩徐に上昇したが、それに関わらず疲労感は投与後2週目で有意なスコア改善が見られ、QOL向上につながると考えられた。他に、慢性腎臓病(CKD)の改善、血栓イベント数の低下が認められた。

安全性について、有害事象による試験中止はなく、日本人患者においても忍容性が確認された。副作用の程度は、軽度/中等度が29例中26例、重度1例であり、主な副作用は頭痛、鼻咽頭炎、悪心などであった。なお、エクリズマブによって髄膜炎の発症リスクが上がるため、投与2週間前までに髄膜炎菌ワクチンを接種しなくてはならない。

PNHの診断




PNHの診断には、フローサイトメトリを用いて血球におけるCD59やCD55の発現低下を確認することが有用である。利用可能であれば、赤血球および顆粒球の定量的フローサイトメトリの実施が推奨される。そこでPNHクローンサイズが1%以上であれば、PNHを疑う必要がある。わが国において保険適応となっているのは、PNH診断時の赤血球CD59/CD55ダブル染色のみで、フォローアップには基本的に使えない。現在、診断網の確立を図っている段階とのことである。


※PNH発症のメカニズム:PIG-A遺伝子変異の原因は現在明らかにされていない。また、PIG-A遺伝子変異だけではPNH発症に至らないため、2段階目としてのクローン性の増殖に関するメカニズムが解析の途上にある。仮説の一つとして、AA患者の半数以上はPNH細胞を持つ。AAでみられるような免疫機序による骨髄障害があるとき、PNH細胞は前述のCD59やCD55といったGPI(Glycosyl-Phosphatidyl Inositol)アンカー型蛋白が発現していないために自己免疫的な攻撃のターゲットにならない。すなわち増殖・生存に有利な状況となり、この環境下でさらに遺伝子変異が起こる確率が高まり、PNH細胞がより増殖可能となるという機序が考えられている。

(ケアネット 板坂 倫子)

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