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第207回 残された道はいよいよ身売りか廃校・学生募集停止か? ガバナンス崩壊、経営難の東京女子医大に警視庁が家宅捜索

警視庁捜査二課が家宅捜索、文部科学省は調査を徹底するよう指導こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、話題の映画「オッペンハイマー」を観てきました。クリストファー・ノーラン監督がわざわざIMAXで撮ったということなので、日本で最も大きなIMAXスクリーンを有する東京・池袋のグランドシネマサンシャイン池袋で鑑賞しました。広島、長崎の原爆についてほとんど触れられていないことなどが話題となっていますが、十分に監督の核に対する考えも伝わる映画だと感じました。個人的には、科学者と国(政府)の関係性の描き方が興味深かったです。コロナ禍での政府と有識者会議の力関係、関係性を思い出しました。科学者、医学者の方は必見の映画だと思います。もっとも、3時間の映画なので頻尿の方は膀胱を空っぽにしから観るようにしてください。さて、今回は警視庁捜査二課の家宅捜索が入った東京女子医大(東京都新宿区)について書いてみたいと思います。家宅捜索を受けたことに関連して、文部科学省は同大に対して調査を徹底するよう指導を行いました。同大学のガバナンス不全の程度は、昨年アメリカンフットボール部部員の大麻所持で話題となった日本大学並みと言えそうで、私学助成金にも響きそうです。これまで度々、その行状が報道されてきた岩本 絹子理事長(77)のワンマン体制は、いよいよ崩壊に向かうのでしょうか。同窓会組織・至誠会の元職員が勤務実態ないのに会から給与約2,000万円を受けた疑い警視庁捜査二課は3月29日、東京女子医大の同窓会組織である一般社団法人・至誠会の元職員が在職中、勤務実態がないのに会から給与約2,000万円を受けた疑いが強まったとして、一般社団法人法の特別背任容疑で、関係先の大学本部や、大学の岩本理事長が経営する江戸川区の葛西産婦人科など10数カ所を家宅捜索しました。3月29日付の東京読売新聞等の報道によれば、特別背任の疑いが持たれているのは一般社団法人・至誠会が運営する至誠会第二病院(世田谷区)の元職員の50歳代女性と元事務長の50歳代男性の2人です。元職員は葛西産婦人科の元従業員で、2015年4月に至誠会第二病院に就職。その後、同大に出向して岩本理事長直轄の経営統括部の次長に就任し、大学から給与を得ていました。その後同大は、岩本理事長の指示の下、2020年4月より経営統括部の業務を世田谷区のコンサルティング会社に委託。元職員は同社の社員として経営統括部や理事長秘書の業務にあたり、コンサル会社から2020年5月~22年6月に約3,300万円の給与が支払われていました。またその一方で、至誠会からも2020年5月~22年3月に約2,000万円の給与を受け取っていたとのことです。元職員に至誠会第二病院での勤務実態はなく、警視庁は職員の給与を管理していた元事務長と共謀して、至誠会から不正に支出させた疑いがあるとみているとのことです。岩本理事長を卒業生らは背任容疑で刑事告発、同窓会組織・至誠会は1億4000万円の返還や損害賠償を求めて提訴3月29日付の朝日新聞の報道によれば、同大を巡っては、2023年3月、岩本理事長が大学の理事会の承認を得ずに、大学の資金を実態の乏しい業務委託契約で取引先に流出させ損害を与えた、として卒業生らが背任容疑で刑事告発。警視庁捜査二課はこれを受理して捜査を行っていたとのことです。また、2023年10月には至誠会が、同会の代表理事会長を同年4月まで務めていた岩本理事長らを相手取り、計約1億4,000万円の返還や損害賠償を求めて提訴しています。岩本理事長は2023年4月、至誠会の改革を求める卒業生らと対立、会長の座を追われました。後任会長がさまざまな資料を調べると、元職員の給与の不正受給などが明らかになったとのことです。訴状によれば、元職員の給与の不正受給に加え、岩本理事長は理事会での承認を受けずに同会から「顧問料」などの名目で不当な支払いを受けていたとのことです(この民事訴訟は現在も係争中)。なお、同会は今年3月27日に警視庁に被害届を提出しています。重大な医療事故頻発で、特定機能病院の承認2度取り消し岩本氏は1973年に東京女子医大を卒業した産婦人科医で、同大の創業者の一族でもあります。同大勤務や葛西中央病院産婦人科部長を経て、1981年に葛西産婦人科院長に就任。2013年6月~23年4月には至誠会の会長を務め、この間、2014年に同大の副理事長、2019年に理事長に就任、現在に至っています。岩本理事長体制下の東京女子医大については、本連載でも何度か取り上げて来ました。2020年7月には「第15回 凋落の東京女子医大、吸収合併も現実味?」で同大が「コロナ禍による経営悪化を理由に夏季一時金を支給しない」と労組に回答し、看護師の退職希望が法人全体の2割にあたる400人を超えたニュースを、同年10月には「第28回 コロナで変わる私大医学部の学費事情、2022年以降に激変の予感」で、同大が2021度から前年度より学費を6年間で計1,200万円値上げし、私立医大で2番目に高くなったニュースを取り上げました。さらに、同じく2020年10月には「第30回 東京女子医大麻酔科医6人書類送検、特定機能病院の再承認にも影響か」で、東京女子医大病院で2014年2月、鎮静剤プロポフォールの投与を受けた男児(当時2歳)が死亡した事故について、警視庁が当時の集中治療室(ICU)の実質的な責任者だった同大元准教授ら男性麻酔科医6人を業務上過失致死容疑で東京地検に書類送検したニュースを取り上げ、「書類送検や起訴等が特定機能病院の再承認にも影響を及ぼす可能性もあります。東京女子医大の経営的な苦境はまだしばらく続きそうです」と書きました。ちなみに、男児死亡事件については2021年6月。民事裁判で麻酔科医らの過失と賠償責任を認める判決が出ています(刑事事件については公判継続中)。同病院はこの事故で2015年に特定機能病院の承認を取り消され、現在も承認されていません。ちなみに、同病院の特定機能病院の承認取り消しはこの時が2回目。1回目は2002年で、この時は2001年に起こった日本心臓血圧研究所(心研、現在の心臓病センター)の医療事故がきっかけでした(2007年に再承認)。私学助成金の減額やコロナ禍による患者減も大きな打撃にこうした一連のニュースを見てみても、東京女子医大の経営状況が極めて悪いことがうかがい知れます。特定機能病院承認取り消しに加え、私学助成金の減額やコロナ禍による患者減も病院経営上、相当大きな打撃となっているに違いありません。その一方で、岩本理事長は、その権力を利用して自らは甘い汁を吸っていたかもしれないわけで、今回の警視庁の家宅捜索は当然の帰結とも言えるかもしれません。なお、東京女子医大の岩本理事長の様々な所業については、文春オンラインが2022年から「東京女子医大の闇」と題して継続的に報道してきています1)。それらの報道によれば、経営統括部の業務委託したコンサルティング会社というのは、岩本理事長が“推し”だった元タカラジェンヌの親族企業で、それまで医療経営とは無縁の企業だったそうです。もはや呆れるしかありません。最悪、廃校・学生募集停止、大学病院だけどこかの医療法人が買収するというシナリオも東京女子医大は1970〜90年代には、日本の大学病院としては最先端の経営を行っていました。心研をはじめ、消化器病・脳神経・腎臓病の各センターなど、臓器別のセンター方式をどこよりも早く導入、それぞれにスター教授を配し、臨床だけではなく、研究でも最先端を走っていました。それがこの凋落ぶり。かつて本連載で、早稲田大学が吸収合併する噂があると書きましたが、またぞろその話題がマスコミを賑わせはじめています。3月30日付のBusiness Journalは「東京女子医大、経営破綻の可能性も…医療事故・医師の一斉退職・資金不正が続出」というタイトルのニュースを配信、その中で大学ジャーナリストの石渡 嶺司氏の次のような発言を紹介しています。「どこが買収しそうかという点について、候補となるのが早稲田大学と京都先端科学大学です。(略)。現在の田中愛治総長は18年の総長選に立候補した際、公約の一つに医学部新設を入れています。(略)ただし、東京女子医大の経営状況は相当悪く、それを早大が引き受けるには赤字額が大きすぎるとの指摘もあります。もう1校が京都先端科学大学です。ニデック(旧日本電産)創業者の永守 重信氏が京都学園大学を買収して開設したのが京都先端科学大学です。同氏は20年、医学部新設構想を公表しています」。とはいうものの、東京女子医大の経営状況は相当悪く、本来、大学経営をバックアップする役割が求められる附属病院も特定機能病院を取り消されたままの状態でこちらの経営も悪化の一途、買収に乗り出すところは現れないのでは、という見方が大勢のようです。ただでさえ少子化で大学経営自体が難しいと言われる時代に、創業家というだけで不適格な人物を理事長に置いてしまった大学理事会の責任は大きいと言えるでしょう。最悪、経営破綻し、廃校・学生募集停止も考えられます。その場合、大学病院だけをどこかの医療法人が買収するという善後策も考えられるでしょう。ひょっとしたら文科省、厚労省は女子医大の破綻を想定し、すでにシナリオを描き始めているかもしれません。参考1)東京女子医大の闇/文春オンライン

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第206回  ALS女性患者嘱託殺人裁判が改めて問う、積極的安楽死が日本で認められるための条件

こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。野球シーズンが始まりました。米国MLBでは、ロサンゼルス・ドジャースの大谷 翔平選手の元通訳、水谷 一平氏の違法賭博問題はまだ収束の兆しが見えず、大谷選手にも疑惑の目が向けられているようです。セントルイス・カージナルスとの開幕4連戦も打率2割6分9厘、ホームランなしと湿った成績で、賭博問題が少なからず影響している気もしました。私はといえば、金曜日の神宮球場のNPB開幕戦、東京ヤクルトスワローズ対中日ドラゴンズを観戦に行ってきました。昨シーズン、“令和の米騒動”で話題となったドラゴンズの視察です。巨人から移籍した中田翔選手のホームランは見ごたえがあったのですが、若手中心の野手陣の守備がひどく(とくにクリスチャン・ロドリゲス内野手)、今年もAクラス入りは厳しいのではと感じた次第です。さて、今回は、判決から少々時間が経ってしまいましたが、ALSの女性患者に対する嘱託殺人罪や別の殺人罪に問われた医師、大久保 愉一被告(45)の裁判員裁判の判決公判が3月5日にありましたので、判決文の内容を紹介しつつ、この事件について改めて書いてみたいと思います。判決で川上 宏裁判長は、嘱託殺人について、「被告人は、医師でありながら、被害者とのSNS上での短いやり取りのみでその嘱託に応じ、診察や意思確認もろくにできないわずか15分程度の面会で軽々しく殺害に及んでいる。130万円の報酬の受領を持って行動に移していることも併せて考慮すれば、被告人が、真に被害者を思って犯行に及んだとは考え難く、利益を求めた犯行であったといわざるを得ない。(中略)被告人の生命軽視の姿勢は顕著であり、強い避難に値する」として、懲役18年(求刑懲役23年)を言い渡しました。大久保被告は共犯者である山本 直樹被告(46)とその母と共謀し山本被告の父親を殺害したとする殺人罪にも問われていましたが、この判決で共犯が認められました。なお、大久保被告の弁護側は3月18日、懲役18年とした京都地裁判決を不服として控訴しました。「死を望む女性患者の自己決定権を保障する憲法13条に違反する」と弁護側は主張ALSの女性患者の嘱託殺人については、本連載でも何度か取り上げてきました。事件発覚当初の2020年8月には、「第17回 安楽死? 京都ALS患者嘱託殺人事件をどう考えるか(前編)」、「第18回 同(後編)」で、日本における積極的安楽死の罪の根拠となっている1991年に起きた「東海大学安楽死事件」と 1998年に起きた「川崎協同病院事件」について振り返り、ある有識者の「(この事件は)安楽死議論の対象にもならない」というコメントを紹介しつつ、「果たして本当にそうでしょうか。少なくとも、医療関係者も目を逸らしてきた、積極的安楽死についての議論を再開するきっかけにはなると思うのですが、どうでしょう」と問い掛けました。そして裁判が始まった直後の今年1月には、「第195回 ALS患者嘱託殺人、主犯とされる医師の裁判員裁判始まる、被告は『願いをかなえるためにやった』と証言」において、「嘱託殺人罪の適用を『死を望む女性患者の自己決定権を保障する憲法13条に違反する』とする弁護側の主張が、どこまで通るのかが裁判のポイントになりそうです」と書きました。13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は「個人が生存していることが前提」大久保被告が憲法13条に違反することを根拠に無罪を訴えていたことに対し、川上裁判長は、同条に書かれている生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、「個人が生存していることが前提であると解釈されることなどからすれば、たとえ恐怖や苦痛に直面している状況であったとしても、憲法13条から直ちに『自らの死を援助してくれる医療従事者がいる場合に、その医療従事者が刑事罰から免れるように求める権利』などが導き出されるものではない。したがって、憲法13条違反を直接的な理由・根拠として本件に嘱託殺人罪を適用しないとの結論を採用することはできない」と断じました。患者の症状の判断や、本人や家族等への説明や意思確認など詳細な手順を明示今回の事件、起こった当初は「安楽死議論の対象にもならない」との批判もありましたが、京都地裁判決では、嘱託殺人罪を問わない要件を細かく明示しており、その点では議論が半歩くらいは進んだ、と言えるでしょう。判決では、「死期が間近に迫り、耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいる患者や、本件の被害者のように、現代の医学では病状の進行を止めることができず、迫り来る死や、自立的な意思伝達手段の喪失のおそれに直面して日々恐怖に怯えたり、絶望したりしつつも、身体的な自由がきかないことで自殺することもままならないような患者」の存在について言及、そうした患者からの嘱託についても例外なく嘱託殺人罪を当てはめてしまえば、患者らの嘱託に応えようとする医療従事者は現れず、患者らに耐え難い苦痛や恐怖・絶望を強いることになり酷であるとして、「可罰的違法性がないとして嘱託殺人罪に問うことが相当ではないと評価される事案の存在はあり得る」としました。しかし、そのためには、少なくとも、「(1)上記のような状況下にある患者らに対し、その病状による苦痛等の除去・緩和のために他に取るべき手段がなく、かつ、患者が自らの置かれた状況を正しく認識した上で、自らの命を絶つことを真摯に希望するような場合に、(2)医療従事者が、1)医学的に行うべき治療や検査等を尽くし、他の医師等の意見等も徴して、患者の症状をそれまでの経過等も踏まえて診察し、死期が迫るなど現在の医学では改善不可能な症状があること、それによる苦痛等の除去・緩和のために他に取るべき手段がないことなどを慎重に判断し、2)その診察・判断を基に、患者に対して、患者の現在の症状や予後を含めた今後の見込み、取り得る選択肢の有無等について可能な限り説明を尽くし、それらについての正しい認識に基づいた患者の意思を確認するほか、患者の意思をよく知る近親者や関係者等の意見も参考に、患者の意思の真摯性及びその変更の可能性の有無を慎重に見極めた上で、3)患者自身の依頼を受けて、苦痛の少ない医学的に相当な方法を用い、4)事後検証可能なように、それら一連の過程を記録化することなどが最低限必要であるというべきである」――としました。1991年「東海大学安楽死事件」で横浜地裁判決が示した積極的安楽死が許容されるための4要件「安楽死」については、回復が見込めない患者の死期を医師が薬剤を使用するなどして早める「積極的安楽死」と、終末期の患者の人工呼吸器や人工栄養などを中止する「消極的安楽死」の2つの概念があります。前者の「積極的安楽死」は、現在の日本においては今回の裁判のように、嘱託殺人罪や殺人罪などに問われることになります。積極的安楽死の罪の根拠となっているのは、1991年に起きた「東海大学安楽死事件」と 1998年に起きた「川崎協同病院事件」です。東海大学安楽死事件では、家族の要望を受けて末期がんの患者に塩化カリウムを投与し、患者を死に至らしめた医師が殺人罪に問われました。1995年、横浜地裁は、被告人を有罪(懲役2年執行猶予2年)とする判決を下しました(控訴せず確定)。患者自身による死を望む意思表示がなかったことから、罪名は嘱託殺人罪ではなく、殺人罪になりました。この判決では、医師による積極的安楽死が例外的に許容されるための要件として、1)患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること2)患者は死が避けられず、その死期が迫っていること3)患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと4)生命の短縮を承諾する患者の意思表示が明示されていることという4つの要件が提示されました。フランスは「死への積極的援助」を導入する法案を発表今回の京都地裁判決は、日本において積極的安楽死が認められる要件をさらに詳細に定めたとも言えるでしょう。「東海大学安楽死事件」の横浜地裁判決で示された積極的安楽死が例外的に認められる4要件に加えて、医療従事者が具体的にどのような手順を踏むべきかをより具体的に示したからです。もっとも、患者の症状の判断や、本人や家族等への説明や意思確認など、相当厳格かつ慎重な手順を踏まなければならず、実際の臨床の現場で実行に移されるかどうかは未知数です。ALS女性患者嘱託殺人裁判の判決が出た1週間後の3月12日、共同通信は「フランスのマクロン大統領は3月11日までに、終末期患者に厳格な条件の下で致死量の薬の投与を認める『死への積極的援助』を導入する法案を発表した」と報じました。自身で死を決断できる能力があり、短期・中期的に死の恐れがある重病に冒され、苦痛を和らげることができない成人に限って安楽死を認めるという法案です。5月から議会で審議するとしています。報道によれば、フランスでは2016年に終末期患者の意識を低下させる鎮静薬投与を医師に認める法律が成立したものの、オランダなどで認められた患者の意思により医師が薬物などで死に導く安楽死や、スイスで認められているような医師が処方した薬物を患者が自ら使用する自殺ほう助はまだ禁じられています。今回の「死への積極的援助」を導入する法案はそうした現状を打破するためのものと言えそうです。オランダ、スイス、そしてフランスなどの安楽死容認に向けての動きが、今後、日本における積極的安楽死の議論にどう影響してくるかが注目されます。

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がん患者のつらい倦怠感に何ができるか【非専門医のための緩和ケアTips】第72回

第72回 がん患者のつらい倦怠感に何ができるかがん患者の倦怠感はよくある症状ですが、ほかの症状に紛れて患者本人が気付かない、訴えないことも多いようです。また、緩和が難しい身体症状の1つでもあります。このようながん患者のつらい倦怠感に、われわれができることは何なのでしょうか?今日の質問外来通院しているがん患者さんが倦怠感を訴えています。訴え方は「だるい」「気分が優れない」といった漠然としたものです。こうした症状にステロイドを使用すると聞いたのですが、処方したほうが良いのでしょうか? ステロイドの長期使用は弊害もありそうで、ちゅうちょしています。がん患者の倦怠感は、しばしば見逃されることがあると報告されています。今回の質問者は患者の訴えをしっかりと聞く診療をされているのでしょう。私もこうした診療ができるよう取り組みたいものです。がん患者の倦怠感は、さまざまな原因から生じます。欧州緩和ケア協会では、がん関連倦怠感を主に炎症性サイトカインが関連する一次的倦怠感(primary fatigue)と、貧血や感染症、うつ病、電解質異常、薬剤などが原因の二次的倦怠感(secondary fatigue)に分けて考えることを提唱しています。一次的倦怠感は、腫瘍から生じるさまざまなサイトカインの影響により倦怠感が生じる病態であり、悪液質と呼ばれる病態に関連した倦怠感もここに分類されます。一方、がん以外の原因によって生じる二次的倦怠感にも注意が必要です。低ナトリウム血症などの電解質異常や睡眠不足、抑うつなどの精神心理的な問題といった要因が考えられます。こちらのほうが改善できる可能性が高く、注意して評価する必要があります。私がとくに注意しているのは「薬剤」による倦怠感です。利尿剤など、もともと内服していた薬剤が病状の変化に伴って過剰になる、といったことはよく生じます。現在の投与量で継続するのか、タイミングを計って見直すことが重要です。さて、今回質問をいただいたステロイドですが、確かにがん患者の倦怠感に対してステロイドが有効であることは私自身も経験していますし、論文でも有効性が述べられています。一方で、効果が限定的である点や副作用とのバランスを念頭に置いて判断する必要があります。「効果が限定的」というのは、2つの側面があります。1点目は「対象者」です。多くの専門家が、予後が数ヵ月以上見込まれる患者に対してステロイド使用を推奨しています。予後が限られる患者には、効果があまり見込めないのです。2点目は「持続時間」です。ステロイドは投与中ずっと効果が持続するケースは少なく、多くの患者が1週間程度でその効果を実感しなくなります。こうした観点から、総合的にステロイド適応を判断します。最後に、予後が限られた状況における倦怠感にも触れておきます。この場合、症状緩和が難しいことが多く、ステロイドもあまり有効でありません。こうした場合は、睡眠覚醒の工夫や病室での過ごし方といったケアの面で、できることを工夫します。ときに緩和的鎮静も検討することになるでしょう。今回のTips今回のTipsがん患者の倦怠感、ステロイド処方は適応を十分検討する。

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心臓カテーテル検査前に絶食は必要か

 鎮静下で実施する心臓カテーテル検査では、検査前に長時間、絶食する必要はない可能性が、新たな研究で示唆された。米パークビュー心臓研究所の看護部長であるCarri Woods氏らによるこの研究結果は、「American Journal of Critical Care」に1月1日掲載された。 心臓カテーテル検査は、カテーテルと呼ばれる細い管を血管から心臓まで通して心臓の圧を測定したり、心臓の機能や血管の状態を調べるための検査である。この検査を受ける患者は通常、検査前の午前0時以降は何も口にしないように言われる。Woods氏は、「麻酔ガイドラインでは何十年も前から、意識下鎮静法を要する処置では、処置を受ける全ての患者に6時間以上の絶食を求めてきた」と説明する。絶食は患者に、不快感やイライラ感、脱水、喉の渇きと空腹感の増加、低血糖症などの悪影響をもたらす。しかし、低度から中等度のリスクの患者に対する心臓カテーテル検査で絶食が必要なことを裏付けるエビデンスはない。 今回の研究では、同心臓研究所で待機的心臓カテーテル検査を受ける197人の成人患者を対象に、検査前の絶食の必要性が検討された。対象者は、検査前に心臓に良い食事(脂肪やコレステロール、ナトリウムの含有量が低く酸性食品の少ない食事)を摂取してもよい群(食事摂取群、100人)と、検査前の深夜以降は飲食物を何も口にしない群(絶食群、97人)にランダムに割り付けられた。絶食群は、薬を飲む際には少量の水を飲むことができた。食事摂取群と絶食群との間で検査の安全性を比較するとともに、検査に対する患者の快適さや満足度についても評価した。 処置後に肺炎、低血糖、誤嚥が生じたり気管挿管が必要になった患者はいなかった。また、血糖値、胃腸の問題、疲労度、抗血小板薬の投与量も両群間で同等であった。その一方で、絶食群に比べて食事摂取群では、処置前の食事に関する満足度が有意に高く、また、処置前後で喉の渇きや空腹感を覚えた人も少なかった。 こうした結果を受けてWoods氏は、「われわれが得た結果は、心臓カテーテル検査を受ける全ての患者に絶食が必要なわけではないことや、検査においては患者の満足度を第一に考えても安全性は確保されることを示している」とパークビュー心臓研究所のニュースリリースで述べている。 この研究結果を受けて、同心臓研究所では、意識下鎮静前の患者にも食事を摂取させるように心臓外科手術のプロトコルを更新したという。

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不眠症の診断治療に関する最新情報~欧州不眠症ガイドライン2023

 2017年以降の不眠症分野の進歩に伴い、欧州不眠症ガイドラインの更新が必要となった。ドイツ・フライブルク大学のDieter Riemann氏らは、改訂されたガイドラインのポイントについて、最新情報を報告した。Journal of Sleep Research誌2023年12月号の報告。 主なポイントは以下のとおり。・不眠症とその併存疾患の診断手順に関する推奨事項は、臨床面接(睡眠状態、病歴)、睡眠アンケートおよび睡眠日誌(身体検査、必要に応じ追加検査)【推奨度A】。・アクチグラフ検査は、不眠症の日常的な評価には推奨されないが【推奨度C】、鑑別診断には役立つ可能性がある【推奨度A】。・睡眠ポリグラフ検査は、他の睡眠障害(周期性四肢運動障害、睡眠関連呼吸障害など)が疑われる場合、治療抵抗性不眠症【推奨度A】およびその他の適応【推奨度B】を評価するために使用する必要がある。・不眠症に対する認知行動療法は、年齢を問わず成人(併存疾患を有する患者も含む)の慢性不眠症の第1選択治療として、対面またはデジタルにて実施されることが推奨される【推奨度A】。・不眠症に対する認知行動療法で十分な効果が得られない場合、薬理学的介入を検討する【推奨度A】。・不眠症の短期(4週間以内)治療には、ベンゾジアゼピン系睡眠薬【推奨度A】、ベンゾジアゼピン受容体作動薬【推奨度A】、daridorexant【推奨度A】、低用量の鎮静性抗うつ薬【推奨度B】が使用可能である。利点と欠点を考慮して、場合により、これら薬剤による長期治療を行うこともある【推奨度B】。・いくつかのケースでは、オレキシン受容体拮抗薬を3ヵ月以上使用することができる【推奨度A】。・徐放性メラトニン製剤は、55歳以上の患者に対し最大3ヵ月間使用可能である【推奨度B】。・抗ヒスタミン薬、抗精神病薬、即放性メラトニン製剤、ラメルテオン、フィトセラピーは、不眠症治療に推奨されない【推奨度A】。・光線療法や運動介入は、不眠症に対する認知行動療法の補助療法として役立つ可能性がある【推奨度B】。

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錠剤サイズのデバイスで心拍数などをモニタリングする研究が前進

 新たな「ハイテク錠剤」によって体内でバイタルサインのモニタリングを安全に行えることが、米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院の消化器内科医で米マサチューセッツ工科大学(MIT)機械工学分野のGiovanni Traverso氏らの研究で示された。この研究結果は、「Device」11月17日号に発表された。 このバイタル・モニタリング・ピル(以下、VMピル)は、呼吸や心拍に伴う体内のわずかな振動を追跡することで機能するデバイスだ。もし、VMピルを飲み込んだ人の呼吸が止まれば、VMピルはそれを検知することができる。そのため、VMピルからオピオイド過剰摂取のリスクがある患者の情報をリアルタイムで得られる可能性もあるという。 Traverso氏は、「入院することなくさまざまな疾患の診断やモニタリングができるようになれば、患者は医療にアクセスしやすくなり、治療のサポートにもつながる」と話す。Traverso氏らは今回の研究の背景情報を説明する中で、VMピルのようなインジェスティブルデバイス(経口摂取型デバイス)は、ペースメーカーのような植込み型デバイスとは異なり、外科的処置が不要なため使いやすいと説明している。現在、多くのインジェスティブルデバイスが開発段階にある。その一例として、通常であれば病院で鎮静薬を使用する必要のある大腸内視鏡検査に錠剤サイズのインジェスティブルカメラが用いられている。 論文の共著者で、マサチューセッツ州に本社を置く医療機器開発企業のCelero Systems社の創立者でもあるBenjamin Pless氏は、「医師がこれらのカプセルを処方し、患者はそれを飲み込むだけで良いというのが、インジェスティブルデバイス使用の考え方だ。患者は錠剤を飲むことに慣れている。また、インジェスティブルデバイスを使う方が、従来の医療処置を行うよりもコストを大幅に抑えられる」と説明している。 研究グループは、麻酔をかけたブタの胃にVMピルを入れ、呼吸停止をもたらす量のフェンタニル(鎮痛薬)を投与し、ヒトがフェンタニルを過剰摂取した際に起こるのと似た状態を作り出した。その結果、VMピルはブタの呼吸数を測定して研究グループに警告を発したため、研究グループは過剰摂取からブタを回復させることができた。 VMピルをヒトに使う試験も行われた。この試験では、米ウェストバージニア大学で睡眠時無呼吸の検査対象者10人に、VMピルを飲み込んでもらった。睡眠時無呼吸は、睡眠中に呼吸の一時的な停止と再開を繰り返す疾患だ。バイタルサインをモニタリングするデバイスで異常が検出された場合には、実験室で眠っている間に対象者を観察する必要があるため、診断が難しい疾患と見なされている。Pless氏は、「われわれはオピオイドの安全性に関心を持っていたため、オピオイドによる呼吸抑制と同じ症状がよく生じる睡眠時無呼吸に着目した」と説明している。 その結果、VMピルは飲み込んだ人の呼吸停止を検出し、呼吸数のモニタリングの全体的な正確性は92.7%であることが示された。また、心拍数のモニタリングの正確性は96.2%で、VMピルは数日以内に安全に排出された。 論文の上席著者で米ウェストバージニア大学ロックフェラー神経科学研究所のAli Rezai氏は、「これらの測定値の精度と相関性は、われわれが睡眠実験室で行った、臨床的にゴールドスタンダードとされる方法による研究と比べても優れていた。ワイヤーやリード線を使わず、医療技術者も必要とせず、患者の重要なバイタルサインを遠隔で監視するVMピルの機能は、クリニックや病院ではなく、通常の環境で患者のモニタリングを行う道を開く可能性がある」と付け加えている。 なお、現バージョンのVMピルは約1日をかけて体内を通過するが、Traverso氏は、「より長期間のモニタリングを行うために、体内により長くとどまるようVMピルを改良できるだろう」と話している。

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動物病院での猫の不安を軽減する薬を米FDAが承認

 猫を飼っている人なら、猫を獣医師のもとへ連れていくことが猫と飼い主の双方にとっていかにストレスとなるかを経験的によく知っているだろう。米食品医薬品局(FDA)は11月17日、このような猫の不安を軽減する新薬を承認したことを発表した。FDAは、Bonqatと呼ばれるこの抗不安薬は、「移動中や動物病院での診察時に猫が感じる不安や恐怖を和らげるように設計されている」とニュースリリースで説明している。 Bonqatは、過活動状態にある神経を鎮める薬物であるプレガバリンを含む、初のFDA承認薬だ。FDAの説明によると、同薬は、猫を連れて移動するか、または動物病院で診察を受ける1時間半ほど前に経口投与すればよい。投与は2日間連続で可能である。 米VCA動物病院の情報によると、猫の中には、行き先を問わず、移動中に重度の不安を感じたり、ひどい乗り物酔いを起こす個体がいる。そのような猫には、ニャーニャーと鳴く、唇を鳴らす、よだれを垂らすといったものから、ストレスによる乗り物酔いで排尿や排便を起こすものまで、さまざまな症状が現れる。 Bonqatは、この薬を製造するフィンランドのOrion社が実施した実地調査の結果に基づき承認された。試験では、動物病院を受診した際に恐怖や不安を感じたことのある猫の飼い主に、5〜10日の間に2回に分けて猫を診察のために動物病院に連れてくるよう依頼した。初回は、治療前に試験に登録するためのスクリーニング訪問とし、2回目の訪問時には、訪問に先立ち、Bonqatまたはプラセボが猫に投与された。移動中の猫の不安や恐怖は飼い主が、身体診察中の猫の不安や恐怖は獣医師が評価した。 その結果、Bonqatを投与された猫(108匹)の半数強は移動中と動物病院受診中の両方で良好、または優れた反応を示したのに対して、プラセボを投与されたネコ(101匹)では、その割合が約3分の1にとどまったことが明らかになった。さらに、2回の診察の間に恐怖と不安のレベルに改善が認められたのは、Bonqatを投与された猫では77%(83匹)であったのに対し、プラセボを投与された猫では46%(46匹)にとどまっていた。Bonqatの投与により生じた副作用は、軽度の鎮静、運動失調、嗜眠などであった。 FDAは、Bonqatは、人が誤用する可能性があるため、資格を有する獣医師の処方を通じてのみ入手可能と述べている。また、製品を安全に使用するためには、正確な投与量や適切な投与方法などに関する医師の専門知識と監視が必要だとしている。FDAはまた、猫の飼い主に対しても、「薬剤が人の皮膚や目、その他の粘膜に触れないように気を付けるなど、薬の取り扱いに注意する必要がある」と注意喚起している。

8.

侵襲的⼈⼯呼吸を要したCOVID-19患者は退院半年後も健康状態が不良

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が重症化してICUで長期にわたる侵襲的人口呼吸(IMV)を要した患者は、退院後6カ月経過しても、身体的な回復が十分でなく、不安やふさぎ込みといった精神症状も高率に認められることが明らかになった。名古屋大学大学院医学系研究科救急・集中治療医学分野の春日井大介氏らの研究結果であり、詳細は「Scientific Reports」に9月4日掲載された。 IMVの離脱後には身体的・精神的な後遺症が発生することがある。COVID-19急性期にIMVが施行された患者にもそのようなリスクのあることが、既に複数の研究によって明らかにされている。ただし、それらの研究の多くはICU退室または退院直後に評価した結果であり、かつ評価項目が限られており、COVID-19に対するIMV施行後の長期にわたる身体的・精神的健康への影響は不明。春日井氏らは、同大学医学部附属病院ICUに収容されたCOVID-19患者を対象とする前向き研究により、この点を検討した。 2021年3~9月に同院ICUにてIMVが24時間以上施行された患者から、18歳未満、気管挿管がなされなかった患者、ICU死亡などを除外した64人を研究対象とした。なお、酸素投与量が4L/分未満となった時点で、ICUからCOVID-19一般病棟に転棟されていた。64人全員についてICU退室時に身体機能と精神症状が評価された上、32人は退院時にもそれらが評価された。さらに全員に対して退院6カ月後に、健康状態を確認するためのアンケートを郵送し、42人から回答を得た。 解析対象者の主な特徴は、年齢中央値60歳(四分位範囲52~66)、男性85.9%で、ICU患者の重症度の指標であるSOFAは同10(8~11)、APACHE IIは21(19~24)、IMV施行期間は9日(6~15)だった。IMV施行期間9日以下/超で二分し比較すると、年齢、男性の割合、BMI、基礎疾患有病率、SOFA、APACHE II、および腎機能、炎症マーカー、凝固マーカーなどには有意差はなかった。ただし、IMV施行期間9日超の群(以下、長期IMV群)は、体外式膜型人工肺(ECMO)や気管切開の施行率と、肺のダメージを表すKL-6が高く、鎮静期間が長いという有意差があった。 ICU退室時点の状態を比較すると、長期IMV群は、MRCという全身の筋力を評価するスコアが低く(60点満点で51対60点)、握力が弱い(10.6対18.0kg)という有意な群間差が見られた。抑うつや痛み、倦怠感などの9種類の身体的・精神的症状を評価するESASというスコアには、有意差がなかった。 退院時の状態については、MRCスコアはICU退室時と同様に長期IMV群の方が有意に低かった(56対60点)。一方、ICU退室時には有意差がなかったESASスコアは、長期IMV群が高値で有意な群間差が認められた〔90点満点で17対4点(ESASはスコアが高いほど状態が良くないことを意味する)〕。 退院6カ月後の状態は、EQ-5D-5LというアンケートとEQ-VASという指標で評価。その結果、EQ-5D-5Lでは5項目の評価項目(移動の程度、身の回りの管理、普段の活動、痛み/不快感、不安/ふさぎ込み)のうち、痛み/不快感を除く4項目は全て長期IMV群の方が不良であることを示し、総合評価(0.025~1の範囲で評価)にも有意差が存在した〔0.82対0.89(P=0.023)〕。また、0~100の範囲で健康状態を自己評価するEQ-VASでも有意差が確認された〔80対90(P=0.046)〕。 著者らは、「本研究には、単一施設の研究でありサンプル数が十分でないといった限界点がある」とした上で、「COVID-19急性期に長期間IMVを要した患者は退院時に十分回復しておらず、さらに6カ月後にも健康状態の改善が不十分だった。重症COVID-19患者に対しては長期間のフォローアップと、積極的かつ学際的な治療アプローチが必要と考えられる」と述べている。

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認知症入院患者におけるせん妄の発生率とリスク因子

 入院中の認知症高齢者におけるせん妄の発生率および関連するリスク因子を特定するため、中国・中日友好病院のQifan Xiao氏らは本調査を実施した。その結果、入院中の認知症高齢者におけるせん妄の独立したリスク因子として、糖尿病、脳血管疾患、ビジュアルアナログスケール(VAS)スコア4以上、鎮静薬の使用、血中スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)レベル129U/mL未満が特定された。American Journal of Alzheimer's Disease and Other Dementias誌2023年1~12月号の報告。 対象は、2019年10月~2023年2月に総合病棟に入院した65歳以上の認知症患者157例。臨床データをレトロスペクティブに分析した。対象患者を、入院中のせん妄発症の有無により、せん妄群と非せん妄群に割り付けた。患者に関連する一般的な情報、VASスコア、血中CRPレベル、血中SODレベルを収集した。せん妄の潜在的なリスク因子の特定には単変量解析を用い、統計学的に有意な因子には多変量ロジスティック回帰分析を用いた。ソフトウェアR 4.03を用いて認知症高齢者におけるせん妄発症の予測グラフを構築し、モデルの検証を行った。 主な結果は以下のとおり。・認知症高齢者157例中、せん妄を経験した患者は42例であった。・多変量ロジスティック回帰分析では、入院中の認知症高齢者におけるせん妄の独立したリスク因子として、糖尿病、脳血管疾患、VASスコア4以上、鎮静薬の使用、血中SODレベル129U/mL未満が特定された。・5つのリスク因子に基づく予測ノモグラムをプロットしたROC曲線分析では、AUCが0.875(95%信頼区間:0.816~0.934)であった。・予測モデルはブートストラップ法で内部検証し、予測結果と実臨床結果はおおむね一致していることが確認された。・Hosmer-Lemeshow検定により、予測モデルの適合性と予測能力の高さが実証された。 著者らは「本予測モデルは、入院中の認知症高齢者におけるせん妄を高精度で予測可能であり、臨床応用する価値がある」と述べている。

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NSAIDなどを服用している高齢者、運転に注意

 認知機能が正常な高齢者の服用薬と、長期にわたる運転パフォーマンスとの関連を調査した前向きコホート研究の結果、抗うつ薬や睡眠導入薬、NSAIDsなどを服用していた高齢者は、非服用者と比べて時間の経過とともに運転パフォーマンスが有意に低下していたことを、米国・ワシントン大学のDavid B. Carr氏らが明らかにした。JAMA Network Open誌2023年9月29日号掲載の報告。 米国運輸省と米国道路交通安全局は、90種類以上の薬剤が高齢ドライバーの自動車事故と関連していることを報告している。しかし、自動車事故リスクの上昇が薬剤の副作用によるものなのか、治療中の疾患によるものなのか、ほかの薬剤や併存疾患によるものなのかを判断することは難しい。そこで研究グループは、認知機能が正常な高齢者において、特定の薬剤が路上試験における運転パフォーマンスと関連しているかどうかを前向きに調査した。 参加者は、有効な運転免許証を持ち、ベースライン時およびその後の来院時の臨床的認知症尺度のスコアが0(認知機能障害がない)で、臨床検査、神経心理学的検査、路上試験、投薬データが入手可能であった65歳以上の198人(平均年齢72.6[SD 4.6]歳、女性43.9%)であった。データは、2012年8月28日~2023年3月14日に収集され、2023年4月1~25日に分析された。 主要アウトカムは、Washington University Road Testによる路上試験の成績(合格または限界/不合格)であった。多変量Cox比例ハザードモデルを用いて、運転に支障を来す可能性のある薬剤の服用と、路上試験の成績との関連性を評価した。 主な結果は以下のとおり。・平均追跡期間5.7(SD 2.45)年で、70人(35%)が路上試験で限界/不合格の評価を受けた。・非服用者と比べて、すべての抗うつ薬(調整ハザード比[aHR]:2.82、95%信頼区間[CI]:1.69~4.71)、SSRI/SNRI(aHR:2.68、95%CI:1.54~4.64)、鎮静薬/睡眠導入薬(aHR:2.72、95%CI:1.41~5.22)、NSAIDs/アセトアミノフェン(aHR:2.72、95%CI:1.31~5.63)の服用は、路上試験で限界/不合格となるリスクの増加と有意に関連していた。・脂質異常症治療薬を服用している参加者は、非服用者に比べて限界/不合格となるリスクが低かった。・抗コリン薬や抗ヒスタミン薬と成績不良との間に統計学的に有意な関連は認められなかった。 これらの結果より、研究グループは「この前向きコホート研究では、特定の薬剤の服用が経時的な路上試験の運転パフォーマンスの低下と関連していた。臨床医はこれらの薬剤を処方する際には、この情報を考慮して患者に適宜カウンセリングを行うべきである」とまとめた。

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主要な精神疾患に伴う抑うつ症状に主観的な不眠が関与

 精神疾患の患者に高頻度で見られる抑うつ症状に、不眠が影響を及ぼしていることを表すデータが報告された。大うつ病性障害だけでなく、統合失調症や不安症などの主要な精神疾患の抑うつ症状が不眠と関連しており、そのことが疾患の重症度に影響を及ぼしている可能性も考えられるという。日本大学医学部精神医学系の中島英氏、金子宜之氏、鈴木正泰氏らの研究によるもので、「Frontiers in Psychiatry」に4月24日掲載された。 精神疾患で現れやすい抑うつ症状は、生活の質(QOL)や服薬アドヒアランスの低下、飲酒行動などにつながるだけでなく、自殺リスクの上昇との関連も示唆されている。一方、精神疾患に不眠が併存することが多く、大うつ病性障害(MDD)患者では不眠への介入によって抑うつ症状も改善することが報告されている。ただし、MDD以外の精神疾患での抑うつ症状と不眠の関連はよく分かっていない。MDDと同様にほかの精神疾患でも抑うつ症状と不眠が関連しているのであれば、不眠への介入によって抑うつ症状が改善し、予後に良好な影響が生じる可能性も考えられる。鈴木氏らはこの仮説に基づき、以下の検討を行った。 この研究は、うつ病の客観的評価法を確立するために行われた研究の患者データを用いて行われた。解析対象は、日本大学医学部附属板橋病院と滋賀医科大学医学部附属病院の2017年度の精神科外来・入院患者のうち、研究参加に同意し解析に必要なデータがそろっている144人。疾患の内訳は、MDDが71人、統合失調症25人、双極性障害22人、不安症26人。 不眠は、アテネ不眠尺度(AISスコア)を用いた主観的な評価(24点中6点以上を臨床的に有意な不眠と定義)、および睡眠脳波検査による客観的な評価によって判定した。抑うつ症状の評価には、ベック抑うつ質問票を用い、研究目的から睡眠に関する項目を除外したスコア(mBDIスコア)で評価した。mBDIスコアは高値であるほど抑うつ症状が強いと判定される。このほか、各疾患の症状評価に一般的に用いられているスケールによって重症度を評価した。 AISスコアで評価した臨床的に有意な主観的不眠は全体の66.4%であり、疾患別に見るとMDDでは77.1%、統合失調症で36.0%、双極性障害で63.6%、不安症で69.2%だった。不眠の有無でmBDIスコアを比較すると、以下のように4疾患のいずれも、不眠のある群の方が有意に高値だった。MDDでは25.6±10.7対12.1±6.9(P<0.001)、統合失調症では22.8±8.6対11.1±7.0(P=0.001)、双極性障害では28.6±9.5対14.5±7.4(P=0.009)、不安症では23.9±10.4対12.5±8.8(P=0.012)。 一方、睡眠脳波検査から客観的に不眠と判定された割合は78.0%だった。疾患別に客観的不眠の有無でmBDIスコアを比較した結果、統合失調症でのみ有意差が認められた(18.1±9.3対9.9±7.1、P=0.047)。 次に、抑うつ症状と各精神疾患の重症度の関連を検討した。すると、mBDIスコアと統合失調症の重症度(PANSSスコア)との間に、正の相関が認められた(r=0.52、P=0.011)。これは、抑うつ症状が重度であるほど、統合失調症の症状も重いことを意味する。同様に、mBDIスコアと不安症の状態不安(一過性の不安を評価するSTAI-Iスコア)との関係はr=0.63(P=0.001)、特性不安(不安を抱きやすい傾向を評価するSTAI-IIスコア)との関係はr=0.81(P=<0.001)であり、いずれも有意な正の相関が認められた。 著者らは以上の結果を、「MDDだけでなく主要な精神疾患の全てで、主観的な不眠と抑うつ症状との関連が認められた」とまとめるとともに、「不眠に焦点を当てた介入によって、精神疾患の予後を改善できる可能性があり、今後の研究が求められる。例えば、各精神疾患の治療において、鎮静作用を有する薬剤を選択することが予後改善につながるかもしれない」と述べている。 なお、不眠の客観的な評価よりも主観的な評価の方が、より多くの精神疾患の抑うつ症状に有意差が観察されたことに関連し、「病状に対する悲観的な認識が睡眠状態の過小評価につながった可能性が考えられるが、抑うつ症状に関連した睡眠障害を検出するという目的では、主観的評価の方が適しているのではないか」との考察を加えている。

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英語で「難しい天秤です」は?【1分★医療英語】第93回

第93回 英語で「難しい天秤です」は?I wonder if we should stop anticoagulation given recent GI bleeding.(最近あった消化管出血を考えると、抗凝固薬をやめるべきなのか悩んでいます) It is a difficult balancing act between risks and benefits.(それはリスクとベネフィットの難しい天秤ですよね)《例文1》The decision to proceed with the surgery requires a careful balancing act.(手術に進むかの決断には注意深いバランスが必要です)《例文2》We need to think about a delicate balancing act between pain control and sedation.(疼痛コントロールと鎮静の間で繊細な天秤を考える必要があります)《解説》医療現場では、相反する2つの事実を天秤に掛け、バランスを取らなければならないことはしばしばです。治療の益と害、手術をすべきかどうか。そんなときに、「対立する2つの間でバランスを取らなければならない=難しい天秤に掛けなければならない」という状況に置かれます。そういった際、患者さんへの説明、あるいは医療者同士の議論の場で有用な表現が、この“balancing act”です。“balancing act”は、本来は「曲芸における綱渡り」を意味する言葉だそうです。綱渡りは、絶妙なバランスを取りながら綱の上を渡る曲芸。医療者にも医療上の絶妙なバランスを求められることがありますが、そのようなバランスを取って決断していくことを“balancing act”という言葉で表現し、「両立させること」「バランスを取ること」という意味を持ちます。たとえば、冒頭の会話のシチュエーションはこのような感じです。心房細動の既往があり、血栓症のリスクが高い患者に消化管出血が起こった。血栓のリスクも、出血のリスクも高く、今後の抗凝固薬をどうすべきか…。この血栓リスク、出血リスクの両者は難しい天秤だと思いますが、それらを慎重に測りながら、どこかに線引きをして決断をしなければなりません。そんなシチュエーションを表現するのに、この“It is a balancing act”は最適な表現です。一般英会話の教科書で見ることは少ないかもしれませんが、医療現場ではよく登場する表現ですので、そのまま覚えてしまうとよいでしょう。講師紹介

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手術前はオゼンピックやウゴービの使用を控えるべし

 米国麻酔科学会(ASA)が6月29日、話題の肥満症治療薬であるオゼンピックやウゴービ(いずれも一般名はセマグルチド)の使用者で、全身麻酔を伴う手術を受ける予定のある人は、手術前日、または手術当日にこれらの薬剤の使用を控えるべきだとする指針を提示した。 糖尿病治療薬として知られるオゼンピックやウゴービを含むGLP-1受容体作動薬は、インスリンの分泌を促すとともに食欲抑制効果を有することから、肥満症治療薬としても注目を浴びている。GLP-1受容体作動薬には、胃の消化運動を抑制して摂取した食べ物をより長く胃の中にとどめておく作用がある。そのため、この薬剤を使用すると、食べる量が減り、それが減量につながる。 しかし、全身麻酔や深鎮静に際しては、胃の中に残存している食べ物は患者の嘔吐リスクを増大させる。ASA会長のMichael Champeau氏は、「胃の中に食べ物が残っていないはずなのに、手術の直前に患者が嘔吐したことが報告されている。そのような事例報告や症例報告を耳にしてすぐに、われわれは、GLP-1受容体作動薬の作用や効果に思い当たった」と話す。 ASAは、GLP-1受容体作動薬を使用している人には、手術前に使用を中止するよう勧めている。例えば、同薬剤を1日1回使用している場合には、手術当日の朝に1日分の使用を、週に1回使用している場合には、手術が終わるまで使用を控えるべきだという。「GLP-1受容体作動薬を毎週日曜日に使用している人が水曜日に手術を受けるのなら、手術前の日曜日には使用してはならない。週1回の使用なら、少なくとも手術の前の週から中止しなければならない」とChampeau氏は補足している。 患者が手術前日に夕食を控えるよう指示されるのには理由があるという。Champeau氏は、「麻酔薬が最初に発見された1840年代には、エーテルで眠らせた患者が嘔吐し、肺に吸い込まれた吐瀉物がひどい肺炎を起こしたり、患者が死んでしまうことが何度も起きた。当時、胃の中に食べ物が残っていると、このようなことが起こり得ることを、誰も知らなかったからだ。これは、全身麻酔の主要な合併症であり、その発生を最小限にとどめるための方法を見つけ出さなければならないことが、非常に早い段階で明らかになった」と説明する。 以上のような理由から、麻酔科医は手術前の絶食時間にこだわる。Champeau氏は、「われわれ麻酔科医は、常に人々をいら立たせているといっても過言ではない。患者が与えられた指導に従わず、手術当日の朝、サンドイッチやトースト、卵などを食べてから手術に臨むと、患者と外科医の双方をいら立たせることになる。なぜなら、基本的にはそうした患者には手術を開始せず、決められた時間、待たせることにしているからだ」と話す。 Champeau氏は、糖尿病をコントロールするためにGLP-1受容体作動薬を使用している患者について、「同薬剤の使用を所定の期間を超えて控える場合には、別の糖尿病治療薬に変更して糖尿病をコントロールしなければならないため、糖尿病を管理している医師のところに行く必要があるだろう」と説明している。 なお、米ジョンズ・ホプキンス大学によれば、GLP-1受容体作動薬にはオゼンピックやウゴービの他に、デュラグルチド(商品名トルリシティ)、エキセナチド(商品名バイエッタ)、リラグルチド(商品名ビクトーザ)、リキシセナチド(アドリキシン、日本での販売名はリキスミア)などがある。

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産後7日以内のオピオイド処方は乳児の短期予後に悪影響なし(解説:前田裕斗氏)

 産後の疼痛に対するオピオイド利用は、母乳に移行することで乳児に鎮静や呼吸抑制などの有害事象を及ぼす可能性があり、これまでにいくつかの報告がなされていた。一方、母乳に移行する量はごく少量であることがわかっており、本当に母体のオピオイド利用が乳児に対して有害事象をもたらすのか、短期的影響について確かめたのが本論文である。 出産後7日以内のオピオイド処方と、乳児の30日以内の有害事象の関係が検討された。結果として、主要アウトカムである再入院率に差は認められず、オピオイド処方群で救急受診は有意に高かったものの、乳児への有害事象はいずれについても両群で差を認めなかったことから、母体へのオピオイド処方は乳児に明らかな有害事象をもたらさないと結論付けられた。 研究手法は傾向スコアマッチングを用いた後ろ向きコホート研究であり、サイズも十分大きく、マッチング後の両群のバランスも取れていることから、今回計測されたTable 1に記載がある因子に関するバイアスは除けている。結果に信頼性のある研究ではあるが、本論文のDiscussionにもあるように、カナダ・オンタリオ州ではオピオイド(コデイン)が一般に購入できるとのことで、非オピオイド群でのオピオイド使用が実際には含まれていた可能性があり、他国で同様の研究が求められる。 日本では産後の疼痛にオピオイドを処方することはまずなく、処方のハードルも高いため本研究の結果を適用する機会は少ない。しかし、今回の研究結果から示されたように、オピオイドの処方が乳児に悪影響を及ぼさないのであれば、今後、日本でも産後疼痛の切り札としてオピオイドを使用する日が来るかもしれない。産科の臨床現場で誰しも一度は経験したことがあるような、疼痛が強く離床が全く進まない、育児技術の習得が大幅に遅れる例、特に喘息などでNSAIDが利用できない患者に対してオピオイドはよい適応となるだろう。

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静脈を動脈の代用として下肢切断を回避

 米ペンシルベニア州ハーミテージ市のCynthia Elfordさん(63歳)は、1型糖尿病が原因で左脚を失った。日焼けした足の親指がその後黒っぽく変色し、切断を余儀なくされたのだ。そして彼女は、右脚も同じ状態になりつつあると言われていた。 手足に血液を送る動脈が狭くなる末梢動脈疾患(PAD)があると、下肢の切断を要する状態になりやすい。治癒を促す血流があまりにも少ないと、小さな傷などでも壊死してしまうことがあるためだ。しかし、侵襲性が極めて低い"LimFlow"と呼ばれるシステムを用いた実験段階の治療法のおかげで、Elfordさんは今のところ右脚を切断することなく過ごしている。この治療法は、虚血状態にある脚に新鮮な血液を送るために、静脈を動脈にかえるというものだ。LimFlowの安全性と有効性について調べる目的で実施された臨床研究では、治療を受けた患者の76%が下肢切断を回避できたという。この結果は、「The New England Journal of Medicine(NEJM)」3月30日号に発表された。 ElfordさんがLimFlowによる治療を受けたのは2018年4月だった。その5年後、彼女の右脚は治癒し、痛みが消失した。Elfordさんの主治医で研究を主導した米ユニバーシティ・ホスピタルズ・ハリントン心臓血管研究所のMehdi Shishehbor氏は、「研究参加者は、もしこの研究に参加していなければ、膝下、あるいは膝上から脚を切断しなくてはならなかっただろう。彼らの脚を残せたのは、私にとっても喜びだ」と話す。 LimFlowでは、まず、閉塞した動脈と、新たな動脈として使う近くの静脈に1本ずつカテーテルを挿入する。次に、これらのカテーテルを使って、ステントグラフトで動脈と静脈をつなげて、静脈を動脈の代わりとなる血管にする。治療は鎮静下で行われるが全身麻酔は不要で、翌日には帰宅できるという。 Shishehbor氏らは今回、治療選択肢のない(ノーオプション)包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)の患者105人(平均年齢70歳)を米国内の20施設で試験に登録し、LimFlowによる治療を実施した。その結果、104人で静脈の経カテーテル動脈化に成功し、治療6カ月後の時点での切断回避生存率は66.1%と推定された。また、6カ月後の時点で足関節より上での切断を回避できた患者は67人(Kaplan-Meier解析で76.0%と推定)であり、傷が完全に治癒した患者の割合は25%(16/63人)、傷が治癒の過程にあることが確認された患者の割合は51%(32/63人)であった。 さらに、一部の患者では血流が回復したことにより、新たな毛細血管や小さな動脈が作られていることが確認され、これにはShishehbor氏らも驚かされたという。一方、副作用に関しては、体液の貯留によってある程度のむくみが出ることが予想されていたが、動脈化した静脈以外の静脈のおかげで広範な体液の貯留は起こらなかったという。また、デバイス関連の有害事象の報告はなかった。 LimFlowによる治療は、ノーオプションのCLTI患者にとって、新たな希望となる治療法として期待されているとShishehbor氏は言う。「こうした患者では、残念ながら約20~30%の確率で重症化かつ石灰化が進んでいるため、バイパス術や血管内手術を施行しても効果が得られない」と同氏は説明する。 PAD以外のCLTIのリスク因子は、慢性腎臓病、高血圧、脂質異常症などだ。今回の研究の背景情報によると、米国での下肢切断件数は年間約18万5,000件に上る。Shishehbor氏は、「米国では毎日約500人の患者が脚を失っている」と言う。 ただし、この治療は痛みを伴う。Elfordさんは「医師たちから、治療後にひどい痛みが出ることは伝えられていた」と振り返る。そして、「実際、それは経験したことのないような痛さだった。乗り越えるのは簡単ではなかったが、脚のない人生を送るのと、ある程度の痛みを耐えて私が経験したような結果を得るのと、どちらが良いだろうか?」と語っている。

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不眠症治療について日本の医師はどう考えているか

 ベンゾジアゼピンや非ベンゾジアゼピンは、安全性への懸念や新規催眠鎮静薬(オレキシン受容体拮抗薬、メラトニン受容体作動薬)の承認にもかかわらず、依然として広く用いられている。秋田大学の竹島 正浩氏らは、日本の医師を対象に処方頻度の高い催眠鎮静薬およびその選択理由を調査した。その結果、多くの医師は、オレキシン受容体拮抗薬が効果的かつ安全性が良好な薬剤であると認識していたが、安全性よりも有効性を重要視する医師においては、ベンゾジアゼピンや非ベンゾジアゼピンを選択することが確認された。Frontiers in Psychiatry誌2023年2月14日号の報告。 2021年10月~2022年2月に、日本プライマリ・ケア連合学会、全日本病院協会、日本精神神経科診療所協会に所属する医師962人を対象にアンケート調査を実施した。調査内容には、処方頻度の高い催眠鎮静薬およびその選択理由を含めた。 主な結果は以下のとおり。・処方頻度の高い催眠鎮静薬は、オレキシン受容体拮抗薬(84.3%)、非ベンゾジアゼピン(75.4%)、メラトニン受容体作動薬(57.1%)、ベンゾジアゼピン(54.3%)の順であった。・ロジスティック回帰分析では、オレキシン受容体拮抗薬の処方頻度の高い医師は、そうでない医師と比較し、有効性(オッズ比[OR]:1.60、95%信頼区間[CI]:1.01~2.54、p=0.044)および安全性(OR:4.52、95%CI:2.99~6.84、p<0.001)への関心が高かった。・メラトニン受容体作動薬の処方頻度の高い医師は、そうでない医師と比較し、安全性への関心が高かった(OR:2.48、95%CI:1.77~3.46、p<0.001)。・非ベンゾジアゼピンの処方頻度の高い医師は、そうでない医師と比較し、有効性をより重要視していた(OR:2.43、95%CI:1.62~3.67、p<0.001)。・ベンゾジアゼピンの処方頻度の高い医師は、そうでない医師と比較し、有効性に最も関心が高く(OR:4.19、95%CI:2.91~6.04、p<0.001)、安全性にはあまり関心を持っていなかった(OR:0.25、95%CI:0.16~0.39、p<0.001)。・多くの医師は、オレキシン受容体拮抗薬が効果的かつ安全性が良好な薬剤であると認識していたが、安全性よりも有効性を重要視する医師においては、ベンゾジアゼピンや非ベンゾジアゼピンを選択することが確認された。

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抗精神病薬とプロラクチンレベル上昇が骨折リスクに及ぼす影響

 抗精神病薬による治療が必要な患者は、骨粗鬆症関連の脆弱性骨折を含む骨折リスクが高いといわれている。これには、人口統計学的、疾患関連、治療関連の因子が関連していると考えられる。インド・National Institute of Mental Health and NeurosciencesのChittaranjan Andrade氏は、抗精神病薬治療と骨折リスクとの関連を調査し、プロラクチンレベルが骨折リスクに及ぼす影響について、検討を行った。The Journal of Clinical Psychiatry誌2023年1月30日号掲載の報告。 主な結果は以下のとおり。・たとえば、認知症患者では、認知機能低下や精神運動興奮により転倒リスクが高く、統合失調症患者では、身体的に落ち着きがない、身体攻撃に関連する外傷リスクが高く、抗精神病薬服用患者では鎮静、精神運動興奮、動作緩慢、起立性低血圧に関連する転倒リスクが高くなる。・抗精神病薬は、長期にわたる高プロラクチン血症により生じる骨粗鬆症に関連する骨折リスクを高める可能性がある。・高齢者中心で実施された36件の観察研究のメタ解析では、抗精神病薬の使用が大腿骨近位部骨折リスクおよび骨折リスクの増加と関連していることが示唆された。この結果は、ほぼすべてのサブグループ解析でも同様であった。・適応疾患と疾患重症度の交絡因子で調整した観察研究では、統合失調症患者の脆弱性骨折は、1日投与量および累積投与量が多く、治療期間が長い場合に見られ、プロラクチンレベルを維持する抗精神病薬よりも、上昇させる抗精神病薬を使用した場合との関連が認められた。また、プロラクチンレベル上昇リスクの高い抗精神病薬を使用している患者では、アリピプラゾール併用により保護的に作用することが示唆された。・骨折の絶対リスクは不明だが、患者の年齢、性別、抗精神病薬の使用目的、抗精神病薬の特徴(鎮静、精神運動興奮、動作緩慢、起立性低血圧に関連するリスク)、1日投与量、抗精神病薬治療期間、ベースライン時の骨折リスク、その他のリスク因子により異なると考えられる。・社会人口統計学的、臨床的、治療に関連するリスク因子に関連する転倒および骨折リスクは、患者個々に評価し、リスクが特定された場合には、リスク軽減策を検討する必要がある。・プロラクチンレベルの上昇リスクの高い抗精神病薬による長期的な治療が必要な場合、プロラクチンレベルをモニタリングし、必要に応じてプロラクチンレベルを低下させる治療を検討する必要がある。・骨粗鬆症が認められた場合には、脆弱性骨折を予防するための調査やマネジメントが求められる。

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服薬拒否の強いBPSD患者に適応外でブロナンセリンテープを提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第52回

 今回は、環境変化により不穏となり、服薬拒否で経口投与が困難となった認知症患者さんについてです。ブロナンセリン貼付薬を導入することで、徐々に興奮や幻覚症状などが改善し、状態を安定させることができました。患者情報90歳、男性(施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症、胃がん(積極的治療は希望せず)、鉄欠乏性貧血、前立腺がん(尿閉があり尿道カテーテル留置)、腎後性慢性腎不全介護度要介護1服薬管理施設職員が管理処方内容1.ランソプラゾールOD錠15mg 1錠 分1 朝食後2.クエン酸第一鉄錠50mg 4錠 分2 朝夕食後本症例のポイントこの患者さんは、施設入居の際に環境の変化から不穏になり、興奮や幻覚症状が現れ、帰宅願望も強くみられました。また、尿道バルーンが留置されていましたが、安静を守れず自己抜去するリスクがありました。入居当日に初回の訪問診療があったので、同行することにしました。診察前に看護師と患者さんの状況を確認しようとしたところ、患者さんはすでにベッドから転落しており、尿道カテーテルを引っ張って抜去する寸前でした。訴えを傾聴すると、「とんでもない牢獄に押し込まれた!」と大変興奮して落ちつかない状況でした。服薬・食事・移乗介助しようにも暴言と暴力行為があり介護抵抗が強かったため、看護師から不穏時の頓服薬の要望がありました。処方提案現状を踏まえると、認知症の行動・心理症状(BPSD)が強く、安静を維持できないことから治療の見直しが必要と考えました。とくに服薬拒否が強いため外用薬による治療コントロールが望ましいように思いました。そこで、抗精神病薬のブロナンセリンテープ20mgの導入を医師に提案することを検討しました。ブロナンセリンテープは、1日1回の長時間作用型の薬剤であり、抗幻覚作用も十分で、非鎮静系であることから認知機能や代謝系への影響が少ないとされている薬剤です1)。また、貼付薬ですので、内服薬の拒否・困難なケースでも安定した血中濃度を維持することができ、このような患者さんでは使いやすい薬剤です。しかし、BPSDに対する治療は保険適用外になるため、患者背景や治療適応について多職種と十分なコンセンサスを得る必要があります。<ブロナンセリンテープの提案理由>(1)ブロナンセリンテープは薬理学的プロファイルとして、ドパミンD2、D3受容体および5HT2A受容体への選択的拮抗作用を示し、それ以外のアドレナリンα1、5HT2c、ヒスタミンH1、ムスカリンM2受容体への親和性をほとんど持たない。そのため眠気、過鎮静、起立性低血圧、ふらつきなどの有害事象リスクが低いのが特徴であり2)、この患者への妥当性があると考えた。(2)貼付薬であるため、a.消化管吸収の影響による初回通過効果を回避、b.長時間作用型として安定した血中濃度を維持、c.嚥下困難、服薬拒否、経口摂取不可の患者にも投与可能、d.目視での服薬確認が容易、などの特徴がある2)。(3)有害事象としては、貼付部位の皮膚掻痒感、紅斑などに注意が必要だが、施設職員の協力を得てコントロールは可能と考えた。初診と経過初診が始まり、医師の状況考察からも環境調整のみでは対応が難しく、短期的にでも薬剤調整が必要という判断になりました。医師よりリスペリドン内用液はどうかと相談があったので、服薬拒否も介護抵抗も強く、安定した治療効果が必要なことを考えるとブロナンセリンテープ20mgがよいのではないかと提案しました。医師の承認の上、それでも発作的に症状が出るときは、リスペリドン0.5mgを頓用するという指示でまとまりました。すぐに医師より、患者および家族に今の心理状況や状態、ブロナンセリンテープの必要性の説明があり、承認が得られたため、当日届き次第の開始となりました。投与開始から3日目までは頓用のリスペリドンを使いながらですが徐々に興奮や幻覚症状などが改善し、7日目には穏やかな様子で皮膚症状もなく介護抵抗などもなくなりました。現在はリスペリドンの内服は終了し、ブロナンセリンテープ20mg単独で症状がコントロールできています。1)ブロナンセリンテープインタビューフォーム2)岩崎真三ほか. 最新精神医学, 2022;27:53-60.

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統合失調症・うつ病の頓服を含む退院時処方~EGUIDEプロジェクト

 さまざまなガイドラインにおいて、統合失調症やうつ病の薬物治療では、単剤療法が推奨されている。定期処方による治療はいくつかの研究で報告されているが、頓服使用を含む薬物療法に関する報告は十分ではない。北里大学の姜 善貴氏らは、頓服使用を含む薬物療法の内容を評価し、定期処方との関連を明らかにするため、本研究を実施した。その結果、向精神薬の頓服使用を考慮すると、統合失調症およびうつ病に対する退院時の薬物治療において単剤療法率および他の向精神薬未使用率は減少することが報告された。著者らは、高い単剤療法率および定期処方での他の向精神薬の未使用は、向精神薬の頓服使用の減少につながる可能性があるとしている。Annals of General Psychiatry誌2022年12月26日号の報告。 「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究(EGUIDEプロジェクト)」のデータを用いて、退院時における薬物カテゴリごとの向精神薬の頓服使用の有無を調査し、その割合を診断疾患別に評価した。統合失調症患者における退院時の抗精神病薬単剤療法率および他の向精神薬未使用率、うつ病患者における退院時の抗うつ薬単剤療法率および他の向精神薬未使用率を、向精神薬の頓服使用を含む定期処方ごとに医療の質指標(QI)として算出した。各診断疾患における定期処方のQI値、定期処方と頓服使用を含む処方のQI比を算出するため、スピアマン順位相関係数を用いた。 主な結果は以下のとおり。・退院時の向精神薬の頓服使用率は、統合失調症で28.7%、うつ病で30.4%であり、診断疾患による有意な差は認められなかった。・薬物カテゴリごとの頓服使用率は、統合失調症では抗精神病薬と抗パーキンソン薬が有意に高く、うつ病では抗不安薬と催眠鎮静薬が有意に高かった。・QIは、両疾患ともに、定期処方よりも頓服使用を含む退院時処方で低かった。・定期処方のQI値と、定期処方と頓服使用を含む処方のQI比との間に、正の相関が認められた。

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せん妄は緩和ケアでよく遭遇する徴候なのです【非専門医のための緩和ケアTips】第37回

第37回 せん妄は緩和ケアでよく遭遇する徴候なのです「せん妄」って緩和ケアに限らず、どの分野でも遭遇しますよね。でも、緩和ケアではとくにせん妄の対応って大切なのです。今回は緩和ケアで必ず対応が必要になる、せん妄のお話です。今日の質問看取りにも対応する在宅医療を行っています。先日、終末期の患者さんが興奮した様子となり、家族が驚いてしまいました。「在宅療養の継続は難しい」と判断して緊急入院となりました。もともと家族は「自宅で最後まで過ごさせてあげたい」と言っており、「本当に入院してよかったのか」と感じます。こういった場合、どのように対応しますか?在宅緩和ケアでは、しばしばこういった難しい状況に直面します。ご質問からの推測になりますが、終末期せん妄の状態だったのでは、と感じます。入院や在宅で緩和ケアを実践していると、よく遭遇する徴候です。皆さんは終末期患者さんがどの程度、せん妄を発症するかご存じでしょうか? データにもよるのですが、「がん患者が亡くなる数日前には88%に発症する」と言われています。これ、すごく高頻度ですよね。なので、日単位の予後のがん患者さんに意識の変容が生じた場合は、せん妄である可能性が非常に高いのです。せん妄に対しては重要な点がたくさんあるのですが、その一つが「気付く」ことです。今回のように興奮が強いタイプのせん妄は気付きやすいのですが、活気がないように見えるタイプのせん妄については、気付きにくいことが知られています。せん妄に対しての介入は、まずは「原因となっている身体疾患の中で改善できるものがないか」を考えます。たとえば、高カルシウム血症のような電解質異常がせん妄を助長しているのであれば、補正を検討します。ただ、予後日単位の状況だと、現実的になかなか改善が難しいことが多いですね。薬物療法としては、ハロペリドール(商品名:セレネース)などの抗精神病薬を用います。それでも興奮が強い時には、より鎮静作用の強い薬剤を用いることもあります。さらに、せん妄は家族のつらさも助長します。「大切な家族が、人が変わったようになってしまった…」というのは、せん妄患者の家族からよく聞かれる嘆きです。死別が近いことによる悲嘆の中にある家族にとって、さらにつらさを増す状況であることは想像するに難くありません。そうした意味では、せん妄は在宅療養の継続が難しくなる徴候の一つです。興奮の強いせん妄の場合、私自身も薬物療法をしながら、入院の相談をすることがよくあります。近年、せん妄に対しては書籍やガイドラインが増えました。それだけ医療現場では切実な問題なのでしょう。どれもお薦めなのですが、日本サイコオンコロジー学会の「がん患者におけるせん妄ガイドライン2022年版」(金原出版)が2022年6月に改訂されていますので、まずはこれから読んでみてはいかがでしょうか?今回のTips今回のTipsせん妄への対応は、緩和ケアの分野でも重要なスキルです。

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