サイト内検索

検索結果 合計:303件 表示位置:1 - 20

1.

SGLT2阻害薬が脂肪肝の改善に有効か

 SGLT2阻害薬(SGLT2-i)と呼ばれる経口血糖降下薬が、脂肪肝の治療にも有効な可能性を示唆する研究データが報告された。慢性的な炎症を伴う脂肪肝が生体検査(生検)で確認された患者を対象として行われた、南方医科大学南方医院(中国)のHuijie Zhang氏らの研究の結果であり、詳細は「The BMJ」に6月4日掲載された。 論文の研究背景の中で著者らは、世界中の成人の5%以上が脂肪肝に該当し、糖尿病や肥満者ではその割合が30%以上にも及ぶと述べている。脂肪肝を基に肝臓の慢性的な炎症が起こり線維化という変化が進むにつれて、肝硬変や肝臓がんのリスクが高くなってくる。 一方、これまでに行われた複数の研究から、尿中へのブドウ糖排泄を増やすことで血糖値を下げるSGLT2-iに、脂肪肝を改善する作用のあることが示されている。ただしそれらの研究では、画像検査や血液検査によって脂肪肝の存在が推定される患者を対象としていた。それに対して今回報告された研究は、脂肪肝の中でも慢性炎症が起きている、よりハイリスクな状態である代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)を、生検によって診断した患者を対象に行われた。著者らによると、生検でMASHが確認された患者を対象としてSGLT2-iの効果を検討した研究は、これが初めてだという。 中国国内の三次医療機関6施設で、MASHと診断された成人154人をランダムに2群に分け、1群をSGLT2-iの一種であるダパグリフロジン(10mg)群、他の1群をプラセボ群として48週間介入した。参加者の平均年齢は35.1±10.2歳で、BMIは29.2±4.3であり、2型糖尿病が45%を占めていた。また、肝疾患の活動性を表すスコア(NAS)は6.0±1.1で、肝線維化ステージはF1が33%、F2が45%、F3が19%だった。 主要評価項目である、肝線維化の悪化(線維化ステージの進行)を伴わないMASHの改善(NASが2点以上低下、または3点以下になること)は、ダパグリフロジン群では53%、プラセボ群では30%に認められ、前者で有意に多かった(リスク比〔RR〕1.73〔95%信頼区間1.16~2.58〕)。また副次評価項目として設定されていた、肝線維化の悪化を伴わないMASHの寛解は、同順に23%、8%(RR2.91〔同1.22~6.97〕)、MASHの悪化を伴わない線維化の改善は、45%、20%であり(RR2.25〔1.35~3.75〕)、いずれもダパグリフロジン群に多く認められた。なお、有害事象によって治療を中止した患者の割合は、1%、3%だった。 著者らは、「われわれの研究結果は、ダパグリフロジンが肝臓の脂肪化と線維化の双方を改善し、MASHの経過に有意な影響を及ぼす可能性を示唆している。これらの効果を確認するために、より大規模かつ長期間の臨床研究が求められる」と述べている。

3.

SGLT2阻害薬で糖尿病患者の転倒リスク上昇

 SGLT2阻害薬(SGLT2-i)が、2型糖尿病患者の転倒リスクを高めることを示唆するデータが報告された。筑波大学システム情報系の鈴木康裕氏らが行った研究の結果であり、詳細は「Scientific Reports」に3月17日掲載された。 転倒やそれに伴う骨折や傷害は、生活の質(QOL)低下や種々の健康リスクおよび死亡リスクの増大につながる。糖尿病患者は一般的に転倒リスクが高く、その理由として従来、神経障害や網膜症といった合併症の影響とともに、血糖降下薬使用による低血糖の影響が指摘されていた。さらに比較的近年になり、血糖降下以外の多面的作用が注目され多用されるようになった、SGLT2-iやGLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)に関しては、体重減少とともに筋肉量を減少させることがあり、その作用を介して転倒リスクを高める可能性も考えられる。ただし、実際にそのようなリスクが生じているか否かはこれまで検証されていなかった。 鈴木氏らは、同大学附属病院内分泌代謝・糖尿病内科に血糖管理のために入院した2型糖尿病患者471人を中央値2年(四分位範囲1~3)追跡し、転倒発生率を比較した。解析対象者の主な特徴は、年齢中央値63歳(四分位範囲51~71)、女性42.3%、HbA1c9.6±1.9%、転倒の既往あり21.2%で、退院時に全体の19.3%に対してSGLT2-i、14.9%に対してGLP-1RAが処方されていた。 1,013人年の追跡で1回以上の転倒を報告した患者は173人で、15人が転倒により骨折を来していた。転倒発生率は100人年当たり17.1であり、年齢、性別、身長、BMI、転倒の既往、処方薬、握力、体重変化、下肢筋力、増殖網膜症の存在などを調整後、転倒の独立したリスク因子として、SGLT2-iの使用と年齢、転倒の既往が特定された。 SGLT2-i、GLP-1RAがともに処方されていなかった群を基準とする転倒発生オッズ比(OR)は以下の通り。SGLT2-iの処方(GLP-1RAの併用なし)では1.90(1.13~3.15)、SGLT2-iとGLP-1RAの併用は3.13(1.29~7.55)。また年齢は1歳高齢であるごとに1.02(1.00~1.04)、転倒の既往は2.19(1.50~3.20)だった。 一方、GLP-1RAの処方(SGLT2-iの併用なし)は1.69(0.89~3.09)であり、転倒リスクの有意な上昇は認められなかった。また、インスリン、SU薬/グリニド薬、ビグアナイド薬、DPP-4阻害薬、α-グルコシダーゼ阻害薬、チアゾリジン薬についても、転倒リスクへの有意な影響は認められなかった。 著者らは、「SGLT2-iの処方は転倒の独立したリスク因子であり、一方でGLP-1RAの処方の影響は統計的に非有意だった。ただし、SGLT2-iとGLP-1RAが併用されていた場合の転倒リスクは、SGLT2-i単独よりも高かった。従って、2型糖尿病患者にこれらの薬剤を処方する際には、転倒リスクを考慮することが重要である」と述べている。

4.

2型糖尿病合併慢性腎臓病におけるフィネレノン+エンパグリフロジン併用療法:アルブミン尿の著明な改善―CONFIDENCE研究は腎アウトカムの予測にも“CONFIDENT”といえるか?(解説:栗山哲氏)

本論文は何が新しいか? CONFIDENCE研究では、2型糖尿病(T2DM)に合併する慢性腎臓病(CKD)の初期治療において、非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(nsMRA)であるフィネレノンと、SGLT2阻害薬(SGLT2i)であるエンパグリフロジンの併用療法が、それぞれの単独療法と比較して尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)を有意に低下させることが示された。これまで、フィネレノンとSGLT2iの併用療法をT2DMに伴うCKDの初期段階で評価したエビデンスは限られており、この点において本研究は新規性を有する。CONFIDENCE研究の背景 T2DMに伴うCKD患者に対する腎保護療法の第1選択は、ACE阻害薬やARBなどのRAS阻害薬である。これは、2000年代に実施されたRENAAL、IDNT、MARVAL、IRMA2といった大規模臨床試験によって裏付けられている。2015年以降、SGLT2iにおいて、EMPA-REG OUTCOME、CANVASなどの試験で心血管イベントや複合腎エンドポイント(EP)の改善が相次いで報告された。SGLT2iではさらに、DAPA-CKDやEMPA-KIDNEYなどの試験により、非糖尿病性CKDに対しても心腎保護効果を有するエビデンスが蓄積されている。 一方、ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)については、2000年ごろにRALES(スピロノラクトン)やEPHESUS(エプレレノン)により、重症心不全や心血管死に対する有用性が示されたが、これらは腎関連のハードEPについては検討されていない。その後、新世代のnsMRAであるエサキセレノンおよびフィネレノンが開発された。このうち、エサキセレノンはT2DMに伴う早期CKD患者においてUACRの低下効果が認められているが、現在の適応は高血圧症のみであり、尿蛋白陽性例やeGFRが低下した症例では原則として使用できない。これに対しフィネレノンは、FIGARO-DKD、FIDELIO-DKD、そして両試験を統合解析したFIDELITYにおいて、心血管イベントおよび複合腎EPに対する有用性が示されている。なお、nsMRAとSGLT2i併用の同様の研究は、フィネレノンとダパグリフロジン併用でも行われ、UACRの相加的減少効果として報告されている(Marup FH, et al. Clin Kidney J. 2023;17:sfad249.)。 これらのエビデンスを踏まえ、2024年のKDIGOガイドラインでは、フィネレノンはRAS阻害薬およびSGLT2iに上乗せ可能な薬剤として、T2DMに伴うCKDの早期における心・腎保護の「新たな選択肢」として推奨されている(推奨の強さ:弱い、エビデンスレベル:高い、リスクとのバランスを考慮したうえでの判断)(Levin A, et al. Kidney Int. 2024;105:684-701.)。病態生理学的見地から、T2DMに合併するCKDにはミネラルコルチコイド受容体(MR)の過剰活性化が心・腎障害を惹起することから、MR抑制効果の優れたnsMRAに対する理論的期待は大きい。 CONFIDENCE研究は、以上の背景を踏まえ、フィネレノンとSGLT2iの併用療法の有効性および安全性を評価することを目的として実施された。登録症例数は約800例、観察期間は180日間である。腎疾患領域の臨床研究の課題 腎疾患領域における臨床研究の報告数は、循環器系や神経系など、他の医学分野と比較してきわめて少ない(Palmer SC, et al. Am J Kidney Dis. 2011;58:335-337.)。その主な要因としては、CKDにおいて治療目標となるバイオマーカーが乏しいこと、CKDステージ早期と末期で適切な腎予後のサロゲートEPを設定する必要があること、などが挙げられている。CKDにおける「真のEP」としては、透析導入、腎関連死、腎不全などがある。一方で、サロゲートマーカーとしては、血清クレアチニン(Cr)の倍加速度、推算糸球体濾過量(eGFR)、eGFRの40%以上の低下などが用いられ、これらは複合腎EPとして適宜設定される。UACRは、容易に短期間でも観察可能なサロゲートマーカーであり、研究費の削減や実施期間の短縮に資する利便性も高い。しかしながら、サロゲートEPは本来、真のEPと強く関連していなければ優れた予後予測因子とはいえない。この点において、UACRは早期のマーカーとしては、UACR>300mg/g・Crを超える腎疾患以外は適切な腎アウトカムの予測因子とまではいえない(濱野高行. 日本腎臓学会誌. 2018;60:577-580.)。 本論文の著者の1人であるHeerspink氏は、本試験で仮に複合腎EPを評価項目とする場合は4万例以上のサンプルサイズと長期観察が必要となること、またUACRは優れたサロゲートではないものの一定の予測的価値があること、などを踏まえ、UACRを主要評価項目として採用したと述べている。CONFIDENCE研究からのメッセージと今後の方向性 CONFIDENCE研究は、「腎アウトカムの予測にも“CONFIDENT”といえるか?」―この問いには議論が必要である。Agarwal氏はイベントリスクに対する媒介解析の結果から、フィネレノンを用いた早期介入による複合腎イベント低下の多くの部分がUACR抑制作用により媒介されていることから、アルブミン尿抑制の重要性を強調している(Agarwal R, et al. Ann Intern Med. 2023;176:1606-1616.)。また、2025年6月に開催された欧州腎臓学会においても、短期的なUACRの変化が長期的な腎保護効果と関連することに言及し、「併用療法の新時代が到来した」との論調の講演もあった(Liam Davenport. Medscape. June 5, 2025.)。 しかしながら、「フィネレノン+SGLT2iの早期導入によるUACR低下」を「長期的な腎アウトカムを改善すること」に全面的に外挿するのは無理がある。ちなみに、本研究でeGFRの初期低下(Initial drop or dip)に注目すると、14日目において併用群では−6.1mL/分/1.73m2の低下がみられた(SGLT2i単独群では−4.0mL/分/1.73m2)。この併用群におけるInitial drop後のeGFRスロープには、観察期間である180日目においては緩徐化がみられず、この点からは腎保護効果は支持されない。一方で、有害事象の観点からは、一定のメリットが示唆される。高カリウム血症の発現率は、併用群で25例(9.3%)、フィネレノン単独群で30例(11.4%)と、併用群で15~20%程度相対的に低下していた。これは、SGLT2iが高カリウム血症のリスクを抑制する可能性を示した先行研究の知見と一致しており、一定のベネフィットとして評価できる可能性がある。 今後、フィネレノンとSGLT2iの早期併用による腎保護効果の有無を明らかにするためには、長期間かつ大規模に複合腎EPを設定した追試検証が必要と思われる。

5.

脂肪性肝疾患の診療のポイントと今後の展望/糖尿病学会

 日本糖尿病学会の第68回年次学術集会(会長:金藤 秀明氏[川崎医科大学 糖尿病・代謝・内分泌内科学 教授])が、5月29~31日の日程で、ホテルグランヴィア岡山をメイン会場に開催された。 今回の学術集会は「臨床と研究の架け橋 ~translational research~」をテーマに、41のシンポジウム、173の口演、ポスターセッション、特別企画シンポジウム「糖尿病とともに生活する人々の声をきく」などが開催された。 近年登場する糖尿病治療薬は、血糖降下、体重減少作用だけでなく、心臓、腎臓、そして、肝臓にも改善を促す効果が報告されているものがある。 そこで本稿では「シンポジウム2 糖尿病治療薬の潜在的なポテンシャル:MASLD」より「脂肪性肝疾患診療は薬物療法の時代に-糖尿病治療薬への期待-」(演者:芥田 憲夫氏[虎の門病院 肝臓内科])をお届けする。脂肪性肝疾患の新概念と診療でのポイント 芥田氏は、初めに脂肪性肝疾患の概念に触れ、肝疾患の診療はウイルス性肝疾患から脂肪性肝疾患(SLD)へとシフトしていること、また、SLDについても、近年、スティグマへの対応などで世界的に新しい分類、名称変更が行われていることを述べた。 従来、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と呼ばれてきた疾患が、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)へ変わり、アルコールの量により代謝機能障害アルコール関連肝疾患(MASLD and increased alcohol intake:MetALD)、アルコール関連肝疾患(alcohol-associated[alcohol-related] liver disease:ALD)に変更された。 MASLDの診断は、3つのステップからなり、初めに脂肪化の診断について画像検査や肝生検で行われる。次に心代謝機能の危険因子(cardiometabolic risk factor:CMRF)の有無(1つ以上)、そして、他の肝疾患を除外することで診断される。CMRFでは、BMIもしくは腹囲、血糖、血圧、中性脂肪、HDLコレステロールの基準を1つ以上満たせば確定診断される。とくに腹囲基準の問題については議論があったが、腹囲はMASLD診断に大きく影響しないということで現在は原典に忠実に「男性>94cm、女性>80cm」とされている。 肝臓の診療で注意したいのは、肝臓だけに注目してはいけないことである。エタノール摂取量別に悪性腫瘍の発症率をみるとMASLDで0.05%、MetALDで0.11%、ALDで0.21%という結果だった。アルコール摂取量が増えれば発がん率も上がるという結果だが、数字としては大きくないという。現在は4人に1人が脂肪肝と言われる時代であり、いずれSLDが肝硬変の1番の原因となる日が来ると予想されている。 また、MASLDで実際に起きているイベントとしては、心血管系イベントが多いという。自院の統計では、MASLDの患者で心血管系イベントが年1%発生し、他臓器悪性疾患は0.8%、肝がんを含む肝疾患イベントが0.3%発生していた。以上から「肝臓以外も診る必要があることを覚えておいてほしい」と注意を促した。 その一方で、わが国では心血管系イベントで亡くなる人が少ないといわれており、その理由として健康診断、保険制度の充実により早期発見、早期介入が行われることで死亡リスクが低減されていると指摘されている。「肝臓に線維化が起こっていない段階では、心血管系リスクに注意をする必要があり、線維化が進行すれば肝疾患、肝硬変に注意する必要がある」と語った。 消化器専門医に紹介するポイントとして、FIB-4 indexが1.3以上であったら専門医へ紹介としているが、この指標により高齢者の紹介患者数が増加することが問題となっている。そこで欧州を参考にFIB-4 indexの指標を3つに分けてフォローとしようという動きがある。 たとえばFIB-4 indexが1.3を切ったら非専門医によるフォロー、2.67を超えたら専門医のフォロー、その中間は専門・非専門ともにフォローできるというものである。エコー、MRI、採血などでフォローするが、現実的にはわが国でこのような検査ができるのは専門医となる。 現在、ガイドライン作成委員会でフローチャートを作成しているところであり、大きなポイントは、いかにかかりつけ医から専門医にスムーズに紹介するかである。1次リスク評価は採血であり、各段階のリスク評価で専門性は上がっていき、最後に専門医への紹介となるが、検査をどこに設定するかを議論しているという。MASLDの薬物治療の可能性について 治療における進捗としては、MASLDの薬物治療薬について米国で初めて甲状腺ホルモン受容体β作動薬resmetirom(商品名:Rezdiffra)が承認された。近い将来、わが国での承認・使用も期待されている。 現在、わが国でできる治療としては、食事療法と運動療法が主流であり、食事療法についてBMI25以上の患者では体重5~7%の減少で、BMI25未満では体重3~5%の減少で脂肪化が改善できる。食事療法では地中海食(全粒穀物、魚、ナッツ、豆、果物、野菜が豊富)が勧められ、炭水化物と飽和脂肪酸控えめ、食物繊維と不飽和脂肪酸多めという内容である。米国も欧州も地中海食を推奨している。 自院の食事療法のプログラムについて、このプログラムは多職種連携で行われ、半年で肝機能の改善、体重も3~5%の減少がみられたことを報告した。すでに1,000人以上にこのプログラムを実施しているという。また、HbA1c、中性脂肪のいずれもが改善し、心血管系のイベント抑制効果が期待できるものであった。そして、運動療法については、中等度の運動で1日20分程度の運動が必要とされている。 基礎疾患の治療について、たとえば2型糖尿病を基礎疾患にもつ患者では、肝不全リスクが3.3倍あり、肝がんでは7.7倍のリスクがある。こうした基礎疾患を治療することで、これらのリスクは下げることができる。 そして、今注目されている糖尿病の治療薬ではGLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬がある。 GLP-1受容体作動薬セマグルチドは、肝炎の活動性と肝臓の線維化の改善に効果があり、主要評価項目を改善していた。このためにMASLDの治療について、わが国で使われる可能性が高いと考えられている。 持続性GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドは、第II相試験でMASLDの治療について主要評価項目の肝炎活動性の改善があったと報告され、今後、次の試験に進んでいくと思われる。 SGLT2阻害薬について、自院では5年の長期使用の後に肝生検を実施。その結果、「肝臓の脂肪化ならびに線維化が改善されていた」と述べた。最大の効果は、5年の経過で3 point MACE(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合)がなかったことである。また、これからの検査は肝生検からエコーやMRIなどの画像検査に移行しつつあり、画像検査は肝組織をおおむね反映していたと報告した。 おわりに芥田氏は、「MASLDの診療では、肝疾患イベント抑制のみならず、心血管系のイベント抑制まで視野に入れた治療の時代を迎えようとしている」と述べ、講演を終えた。

6.

経口セマグルチドはASCVDかつ/またはCKDを合併した肥満2型糖尿病患者の心血管イベントを減らす(解説:原田和昌氏)

 GLP-1受容体作動薬の注射剤は、さまざまな異なる患者像において心血管系の有効性が確立しており、メタ解析でも同様の結果が得られている。しかし、経口セマグルチドはPIONEER 6試験にて2型糖尿病(T2DM)かつ心血管リスクの高い患者における安全性は確立されたが、主要有害心血管イベント(MACE)に対する有効性は示されなかった。米国のDarren K. McGuire氏らはSOUL試験により、アテローム動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)かつ/または慢性腎臓病(CKD)を有する平均BMI 31のT2DM患者において、経口セマグルチドがプラセボと比較してMACEのリスクを有意に減少させることを示した。 SOUL試験は二重盲検無作為化プラセボ対照第IIIb相試験であり、50歳以上のT2DM(HbA1c値6.5~10.0%)、ASCVDかつ/またはCKD(eGFR<60mL/分/1.73m2)を有する9,650例(平均年齢66.1±7.6歳、女性28.9%)を対象とした。標準治療に加えてセマグルチド(1日1回)を経口投与する群(4,825例)、またはプラセボ群(4,825例)に無作為に割り付けた。平均追跡期間は47.5±10.9ヵ月で、9,495例(98.4%)が試験を完了した。全体の70.7%に冠動脈疾患、23.1%に心不全、21.2%に脳血管疾患、15.7%に末梢動脈疾患の既往歴があり、42.4%にCKDを認めた。また、26.9%がSGLT2阻害薬の投与を受けていた。主要アウトカムは、プラセボ群で13.8%、経口セマグルチド群では12.0%に発生し(ハザード比[HR]:0.86、95%信頼区間[CI]:0.77~0.96、p=0.006)、セマグルチド群の優越性が示された。 個々の項目のイベント発生率のHRは、心血管死が0.93(95%CI:0.80~1.09)、非致死的心筋梗塞が0.74(0.61~0.89)、非致死的脳卒中が0.88(0.70~1.11)であった。検証的副次アウトカムのHRは、主要腎障害イベントが0.91(95%CI:0.80~1.05、p=0.19)、主要有害下肢イベントが0.71(0.52~0.96)であった。重篤な有害事象はセマグルチド群で47.9%、プラセボ群で50.3%に発現し(p=0.02)、消化器系の障害は5.0%および4.4%にみられた。試験薬の恒久的な投与中止に至った有害事象は、15.5%および11.6%であった。 GLP-1受容体作動薬は経口投与と皮下注射で血中濃度が異なるためか、主に皮下注製剤でMACEに対する有効性が証明されてきた。本試験によりASCVDかつ/またはCKD合併の肥満T2DMというハイリスク患者では、経口のセマグルチドがMACEを14%有意に抑制することが証明された。実臨床では経口投与を好む患者も多いため重要な試験であると考えられる。また、副次アウトカムで主要有害下肢イベントが抑制されたのはセマグルチド皮下注のSTRIDE試験と同様であるが、GLP-1受容体作動薬の別のメタ解析1)(ほとんどが皮下注製剤)ではマクロアルブミン尿の新規発症に限らない、主要複合腎臓アウトカムの有意な低下が示されていることから、患者像やアウトカムによってGLP-1受容体作動薬の製剤を使い分ける必要があるのかもしれない。

7.

2型DMとCKD併存、フィネレノン+エンパグリフロジンがUACRを大幅改善/NEJM

 2型糖尿病を合併する慢性腎臓病(CKD)患者の初期治療について、非ステロイド性MR拮抗薬フィネレノン+SGLT2阻害薬エンパグリフロジンの併用療法は、それぞれの単独療法と比べて尿中アルブミン/クレアチニン比(UACR)の大幅な低下に結び付いたことを、米国・Richard L. Roudebush VA Medical CenterのRajiv Agarwal氏らCONFIDENCE Investigatorsが報告した。同患者における併用療法を支持するエビデンスは限定的であった。NEJM誌オンライン版2025年6月5日号掲載の報告。併用療法と各単独療法のUACR変化量を無作為化試験で比較 研究グループは、CKD(eGFR:30~90mL/分/1.73m2)、アルブミン尿(UACR:100~5,000mg/gCr)、2型糖尿病(レニン・アンジオテンシン系阻害薬服用)を有する患者を、(1)フィネレノン10mg/日または20mg/日(+エンパグリフロジンのマッチングプラセボ)、(2)エンパグリフロジン10mg/日(+フィネレノンのマッチングプラセボ)、(3)フィネレノン+エンパグリフロジンを投与する群に1対1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、対数変換した平均UACR値のベースラインから180日目までの相対変化量であった。安全性も評価した。180日時点で併用群のUACRは単独群より29~32%低下 ベースラインで、UACRは3群で同程度であった。UACRのデータが入手できた被験者(フィネレノン単独群258例、エンパグリフロジン単独群261例、併用群265例)におけるUACR中央値は579mg/gCr(四分位範囲:292~1,092)であった。 180日時点で、併用群のUACRは、フィネレノン単独群よりも29%有意に大きく低下し(ベースラインからの変化量の差の最小二乗平均比:0.71、95%信頼区間:0.61~0.82、p<0.001)、エンパグリフロジン単独群よりも32%有意に大きく低下した(0.68、0.59~0.79、p<0.001)。 単独群または併用群のいずれも、予期せぬ有害事象は認められなかった。 試験薬の投与中止に至った有害事象の発現頻度は、3群とも5%未満だった。症候性低血圧の発現は併用群の3例で報告され、急性腎障害の発現は合計8例(併用群5例、フィネレノン単独群3例)であった。高カリウム血症の発現は併用群25例(9.3%)、フィネレノン単独群30例(11.4%)で、相対的に併用群が約15~20%低かった。この所見は、重度の高カリウム血症のリスクがSGLT2阻害薬により抑制されることが示されている先行研究の所見と一致していた。

8.

2025年版 心不全診療ガイドライン改訂のポイント(後編)【心不全診療Up to Date 2】第2回

2025年版 心不全診療ガイドライン改訂のポイント(後編)Key Point予防と早期介入の重視:心不全リスク段階(ステージA)に慢性腎臓病(CKD)を追加し、発症前の予防的アプローチを強化薬物療法の進展:SGLT2阻害薬が左室駆出率を問わず基盤治療薬となり、HFpEF/HFmrEFや肥満合併例への新薬(フィネレノン、インクレチン関連薬など)推奨を追加包括的・患者中心ケアへの転換:地域連携・多職種連携、急性期からのリハビリテーション、患者報告アウトカム評価、併存症管理を強化し、より統合的なケアモデルを推進前回は、改訂の背景、心不全の定義の変更、薬物治療について解説した。今回は、新規疾患概念とその治療や評価法にフォーカスして改訂ポイントを紹介する。4. 原疾患(心筋症)に対する新たな治療心不全の原因となる特定の心筋症に対して、近年の治療の進歩を反映した新たな推奨が追加された。とくに、肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy:HCM)、心アミロイドーシス、心臓サルコイドーシスに関する記載が更新されている1)。肥大型心筋症(HCM)症候性(NYHAクラスII/III)の閉塞性HCM(HOCM)に対して、心筋ミオシン阻害薬であるマバカムテンが新たな治療選択肢として推奨された。日本循環器学会(JCS)からはマバカムテンの適正使用に関するステートメントも発表されており、投与対象(LVEF≥55~60%、有意な左室流出路圧較差)、注意事項(二次性心筋症除外など)、投与中のモニタリング(LVEF低下時の休薬基準など)、併用薬(β遮断薬またはCa拮抗薬との併用が原則)、処方医・施設の要件が詳細に規定されている。マバカムテンはHCMの病態生理に直接作用する薬剤であり、その導入には厳格な管理体制が求められる。トランスサイレチン型心アミロイドーシス (ATTR-CM)ATTR-CMに対する新たな治療薬として、ブトリシラン(RNA干渉薬)およびアコラミジス(TTR安定化薬)の推奨が追加された。これらの推奨は、HELIOS-B試験(ブトリシラン)2)やATTRibute-CM試験(アコラミジス)3)などの臨床試験結果に基づいたものである。これらの新しい治療法の登場は、特定の心筋症に対して、その根底にある分子病理に直接介入する標的療法の時代の到来を告げるものである。マバカムテンはHCMにおけるサルコメアの過収縮を、ブトリシランはTTR蛋白の産生を抑制し、アコラミジスはTTR蛋白を安定化させる。これらは、従来の対症療法的な心不全管理を超え、疾患修飾効果が期待される治療法であり、精密医療(Precision Medicine)の進展を象徴している。この進展は、心不全の原因精査(特定の心筋症の鑑別診断)の重要性を高めるとともに、これらの新規治療薬の適正使用とモニタリングに関する専門知識を有する医師や施設の役割を増大させる。遺伝学的検査の役割も今後増す可能性がある。表2:特定の心筋症に対する新規標的治療薬(2025年版ガイドライン追記)画像を拡大する5. 特殊病態・新規疾患概念心不全の多様な側面に対応するため、特定の病態や新しい疾患概念に関する記述が新たに追加、または拡充された1)。心房心筋症心房自体の構造的、機能的、電気的リモデリングが心不全(とくにHFpEF)や脳卒中のリスクとなる病態概念であるため追加中性脂肪蓄積心筋血管症細胞内の中性脂肪分解異常により心筋や血管に中性脂肪が蓄積する稀な疾患概念であり、診断基準を含めて新たに記載高齢者/フレイル高齢心不全患者、とくにフレイルを合併する患者の評価や管理に関する配慮が追加腫瘍循環器学がん治療(化学療法、放射線療法など)に伴う心血管合併症や、がんサバイバーにおける心不全管理に関する記述が追加これらの項目の追加は、心不全が単一の疾患ではなく、多様な原因や背景因子、そして特定の患者集団における固有の課題を持つことを反映している。6. 診断・評価法の強化心不全の診断精度向上と、より包括的な患者評価を目指し、新たな診断・評価法に関する推奨が追加された。遺伝学的検査特定の遺伝性心筋症や不整脈が疑われる場合など、適切な状況下での遺伝学的検査の実施に関する推奨とフローチャートが追加ADL/QOL/PRO評価日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)、生活の質(QOL)、患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcomes:PROs)の評価が、単なる生活支援の指標としてだけでなく、予後予測因子としても重要であることが位置付けられた。Barthel Index、Katz Index(ADL評価)、Kansas City Cardiomyopathy Questionnaire(KCCQ)、Minnesota Living with Heart Failure Questionnaire(MLHFQ[PRO評価の1つ])などの具体的な評価ツールの活用を推奨リスクスコア予後予測のためのリスクスコアの活用に関する項目が追加BNP/NT-proBNPスクリーニングステージAからステージBへの進展リスク評価のためのBNP/NT-proBNP測定を推奨これらの診断・評価法の強化は、従来の心機能評価(LVEF、バイオマーカーなど)に加え、遺伝的背景、実際の生活機能、そして患者自身の主観的な評価を取り入れた、より多面的で患者中心の評価へと向かう流れを示している。とくにADL、QOL、PROの重視は、心不全治療の目標が単なる生命予後の改善だけでなく、患者がより良い生活を送れるように支援することにある、という考え方を反映している。臨床医は、これらの評価法を日常診療に組み込み、より個別化された治療計画の立案や予後予測に役立てることが求められる。7. 社会的側面への対応:地域連携・包括ケアの新設心不全患者の療養生活を社会全体で支える視点の重要性が増していることを受け、「地域連携・地域包括ケア」に関する章が新たに設けられた。これは今回の改訂における大きな特徴の1つである。この章では、病院完結型医療から地域完結型医療への移行を促すため、以下のような多岐にわたる内容が盛り込まれている。多職種連携医師、看護師(とくに心不全療養指導士1))、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、栄養士、ソーシャルワーカーなど、多様な専門職が連携し、患者中心のケアを提供する体制の重要性を強調4)。地域連携病院、診療所(かかりつけ医)、訪問看護ステーション、薬局、介護施設、行政などが緊密に連携し、情報共有や役割分担を通じて、切れ目のないケアを提供するネットワーク構築の必要性を明示4)。デジタルヘルス・遠隔モニタリングスマートフォンアプリ、ウェアラブルデバイス、植込み型デバイスなどを活用した遠隔モニタリングやオンライン診療が、患者の状態のリアルタイム把握、早期介入、再入院予防、治療の最適化、医療アクセス向上に貢献する可能性のあるツールとして正式に位置付け1)社会復帰・就労支援患者の社会生活への復帰や就労継続を支援するための情報提供や体制整備の必要性についても言及この新設された章は、心不全管理が単なる医学的治療に留まらず、患者の生活全体を地域社会の中で包括的に支えるシステムを構築する必要があるという、パラダイムシフトを明確に示している。これは、心不全を慢性疾患として捉え、急性期治療後の長期的な安定維持とQOL向上には、医療、介護、福祉、そしてテクノロジーが一体となった支援体制が不可欠であるとの認識に基づいている。8. 急性非代償性心不全の管理急性非代償性心不全(Acute Decompensated Heart Failure:ADHF)の病態評価と治療に関して、より精緻な管理を目指すための改訂が行われた。WHFとDHFの定義追加心不全の悪化に関する用語として、心不全増悪(Worsening Heart Failure:WHF)と非代償状態(Decompensation:DHF)の定義が明確化。WHF既知の心不全患者において、症状や徴候が悪化する状態。LVEF低下やBNP上昇などの客観的所見を伴う場合もある。慢性心不全の進行や治療反応性の低下を示唆する。DHF慢性的に代償が保たれていた心不全が、何らかの誘因により急激に代償不全に陥り、体液貯留や低心拍出症状が顕在化する状態。緊急治療を要することが多い。ADHFは、このDHFの中でもとくに緊急性の高い重症病態(呼吸不全、ショックなど)を指す。移行期管理の推奨追加ADHFによる入院治療後、安定した代償状態へと移行する期間(移行期)の管理に関する知見と推奨が新たに追加。とくに、退院後90日間は再入院リスクが非常に高い「脆弱期(vulnerable phase)」と定義され、この期間における多職種による集中的な介入(心臓リハビリテーション、服薬指導、栄養指導、訪問看護、ICT活用など)の重要性を強調する。これらの改訂は、急性増悪時の病態をより正確に把握し(WHF/DHF/ADHFの区別)、とくに退院後の不安定な時期(脆弱期)における管理を強化することで、再入院を防ぎ、長期的な予後改善を目指す戦略を明確にしている。これは、急性期治療の成功を入院中だけでなく、退院後のシームレスなケアへと繋げることの重要性を示唆しており、後述する急性期リハビリテーションや前述の地域連携・多職種連携の強化と密接に関連している。臨床現場では、標準化された定義に基づいた病態評価と、脆弱期に焦点を当てた構造化された退院後支援プログラムの導入が求められる。9. 急性期リハビリテーションの推奨強化心不全診療におけるリハビリテーションの重要性が再認識され、とくに急性期からの早期介入に関する包括的な記述と推奨が大幅に強化された。早期介入の意義入院早期からの運動療法を含む心臓リハビリテーションが、「切れ目のないケア」の中核として位置付けられた。ACTIVE-ADHF試験などの国内エビデンスも引用され4)、早期介入が運動耐容能、ADL、認知機能、QOLの改善に寄与し、予後を改善する可能性が示されている。この改訂は、リハビリテーションを、従来の外来での安定期患者向けサービスという位置付けから、急性期入院時から開始されるべき心不全治療の不可欠な構成要素へと転換させるものである。心不全による身体機能低下やフレイルの進行を早期から抑制し、円滑な在宅復帰と地域での活動性維持を支援する上で、リハビリテーション専門職(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)の役割が極めて重要であることを示している。今後は、急性期医療チームへのリハビリテーション専門職の積極的な参画、早期離床・運動療法プロトコルの標準化、そして退院後の継続的なリハビリテーション提供体制(遠隔リハビリ含む)の整備が課題となる。10. 併存症管理の重点化心不全患者においては多くの併存疾患が存在し、それらが予後やQOLに大きな影響を与えることから、主要な併存症の管理に関する記載と推奨が強化された。とくに重要視される併存症として、以下のものが挙げられ、それぞれの管理戦略に関する最新の知見が盛り込まれている。慢性腎臓病(CKD)・心腎症候群心不全とCKDは密接に関連し、相互に悪影響を及ぼす。腎機能に応じた薬物療法(用量調節)の必要性とともに、SGLT2阻害薬やフィネレノンなど心腎保護効果を有する薬剤の積極的な活用を推奨。肥満とくにHFpEFにおいて、肥満は重要な治療ターゲットであり、GLP-1受容体作動薬などの抗肥満薬が症状改善に寄与する可能性が示唆。糖尿病SGLT2阻害薬は心不全と糖尿病の両方に有効な治療選択肢である。GLP-1受容体作動薬も考慮される。血糖管理だけでなく、心血管リスク低減を考慮した薬剤選択が重要となる。高カリウム血症RAS阻害薬やMRA使用時に問題となりうるため、モニタリングと管理(食事指導、カリウム吸着薬など)に関する注意喚起がなされている。貧血・鉄欠乏鉄欠乏は心不全症状や運動耐容能低下に関与し、診断と治療(経静脈的鉄補充療法など)が推奨される。抑うつ・認知機能障害・精神心理的問題これらの精神神経系の併存症はQOL低下やアドヒアランス不良につながるため、スクリーニングと適切な介入(精神科医との連携含む)の重要性が指摘されている。おわりに2025年版心不全診療ガイドラインは、近年のエビデンスに基づき、多岐にわたる重要な改訂が行われた。とくに、心不全発症前のリスク段階(ステージA/B)からの予防的介入、CKDの重要性の強調、LVEFによらずSGLT2阻害薬が基盤治療薬となったこと、特定の心筋症に対する分子標的治療の導入、急性期から慢性期、在宅までを見据えたシームレスなケア体制(急性期リハビリテーション、移行期管理、地域連携、多職種連携、デジタルヘルス活用)の重視、そして併存症や患者報告アウトカム(PRO)を含めた包括的・患者中心の管理へのシフトは、本ガイドラインの根幹をなす変化点と言える。全体として、本ガイドラインは、心不全診療を、より早期からの予防に重点を置き、エビデンスに基づいた薬物療法を最適化しつつ、リハビリテーション、併存症管理、患者のQOLや社会的側面にも配慮した、包括的かつ統合的なモデルへと導くものである。本邦の高齢化社会という背景を踏まえ、実臨床に即した指針を提供することを目指している。心不全管理は日進月歩であり、今後も新たなエビデンスの創出が期待される。臨床現場の医療従事者各位におかれては、本ガイドラインの詳細を熟読・理解し、日々の診療にこれらの新たな知見を効果的に取り入れることで、本邦における心不全患者の予後とQOLのさらなる向上に貢献されることを期待したい。 1) Kitai T, et al. Circ J. 2025 Mar 28. [Epub ahead of print] 2) Fontana M, et al. N Engl J Med. 2025;392:33-44. 3) Gillmore JD, et al. N Engl J Med. 2024;390:132-142. 4) Kamiya K, et al. JACC Heart Fail. 2025;13:912-922.

9.

糖尿病患者の認知症リスク低減、GLP-1薬とSGLT2阻害薬に違いは?

 GLP-1受容体作動薬(GLP-1薬)およびSGLT2阻害薬と2型糖尿病患者のアルツハイマー病およびアルツハイマー病関連認知症(ADRD)のリスクを評価した結果、両剤はともに他の血糖降下薬と比較してADRDリスクの低下と関連しており、GLP-1薬とSGLT2阻害薬の間には有意差は認められなかったことを、米国・University of Florida College of PharmacyのHuilin Tang氏らが明らかにした。JAMA Neurology誌2025年4月7日号掲載の報告。 GLP-1薬およびSGLT2阻害薬とADRDリスクとの関連性はまだ確認されていない。そこで研究グループは、2型糖尿病患者におけるGLP-1薬およびSGLT2阻害薬に関連するADRDリスクを評価するために、2014年1月~2023年6月のOneFlorida+ Clinical Research Consortiumの電子健康記録データを使用して、無作為化比較試験を模倣するターゲットトライアルエミュレーションによる検証を実施した。対象は50歳以上の2型糖尿病患者で、ADRDの診断歴または認知症治療歴がない者とした。ADRDは臨床診断コードを用いて特定した。 2型糖尿病患者39万6,963例のうち、(1)GLP-1薬と他の血糖降下薬の比較コホートが3万3,858例(平均年齢:65歳、女性:53.1%)、(2)SGLT2阻害薬と他の血糖降下薬の比較コホートが3万4,185例(65.8歳、49.3%)、(3)GLP-1薬とSGLT2阻害薬の比較コホートが2万4,117例(63.8歳、51.7%)であった。潜在的な交絡因子を調整するため逆確率重み付け(IPTW)を用いたCox比例ハザード回帰モデルで、ハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)を推定した。 主な結果は以下のとおり。(1)GLP-1薬開始群のADRD発症率は、他の血糖降下薬開始群よりも低かった。・発症率差(RD):1,000人年当たり-2.26、95%CI:-2.88~-1.64・HR:0.67、95%CI:0.47~0.96(2)SGLT2阻害薬開始群のADRD発症率は、他の血糖降下薬開始群よりも低かった。・RD:1,000人年当たり-3.05、95%CI:-3.68~-2.42・HR:0.57、95%CI:0.43~0.7(3)GLP-1薬開始群とSGLT2阻害薬開始群の間にはADRD発症率の差は認められなかった。・RD:1,000人年当たり-0.09、95%CI:-0.80~0.63・HR:0.97、95%CI:0.72~1.32 これらの結果より、研究グループは「2型糖尿病患者では、GLP-1薬とSGLT2阻害薬はどちらも他の血糖降下薬と比較してADRDのリスク低下と統計学的に有意に関連しており、両薬剤間に差は認められなかった。本研究の結果は、GLP-1薬とSGLT2阻害薬による神経保護を支持するものであり、2型糖尿病患者のADRD予防戦略における役割を示唆するものである」とまとめた。

10.

2025年版 心不全診療ガイドライン改訂のポイント(前編)【心不全診療Up to Date 2】第1回

2025年版 心不全診療ガイドライン改訂のポイント(前編)Key Point予防と早期介入の重視:心不全リスク段階(ステージA)に慢性腎臓病(CKD)を追加し、発症前の予防的アプローチを強化薬物療法の進展:SGLT2阻害薬が左室駆出率を問わず基盤治療薬となり、HFpEF/HFmrEFや肥満合併例への新薬(フィネレノン、インクレチン関連薬など)推奨を追加包括的・患者中心ケアへの転換:地域連携・多職種連携、急性期からのリハビリテーション、患者報告アウトカム評価、併存症管理を強化し、より統合的なケアモデルを推進はじめに心不全(Heart Failure:HF)は、本邦における高齢化の進展とともに患者数が増加し続け、医療経済的にも社会的にも大きな課題となっている1)。日本循環器学会(JCS)および日本心不全学会(JHFS)は、これまで2017年改訂版および2021年フォーカスアップデート版の「急性・慢性心不全診療ガイドライン」を策定してきたが、近年の国内外における新たなエビデンスの集積などを踏まえ、この度、2025年版としてガイドラインが7年ぶりに全面的に改訂された1)。本改訂では、治療アプローチの一貫性と包括性を重視し、患者の生活の質(Quality of Life:QOL)の向上を目指すとともに、本邦の診療実態、とくに高齢化社会における心不全診療の課題や特異性にも配慮がなされている。実臨床において質の高い心不全診療を提供するための指針となることを目的としており、本稿では、その主要な改訂点について概説する。主な改訂領域は、ガイドライン名称の変更、心不全の定義・分類の更新、左室駆出率(left ventricular ejection fraction:LVEF)別心不全に対する薬物療法、原疾患治療、特殊病態、診断・評価法、社会的側面への対応(地域連携・包括ケア)、急性非代償性心不全の管理、急性期リハビリテーション、併存症管理の強化など多岐にわたる。主な改訂点1. ガイドライン名称の変更とその背景今回の改訂における最も象徴的な変更点の1つは、ガイドラインの名称が従来の「急性・慢性心不全診療ガイドライン」から「心不全診療ガイドライン」へと変更されたことである。この変更の背景には、2つの重要な臨床的観点が存在する。第一に、心不全診療においては、急性増悪期から安定期、さらには終末期に至るまで、切れ目のない継続的な治療・管理が極めて重要であるという認識の高まりがある。第2に、臨床現場では心不全の急性期と慢性期を明確に区別することが困難な場合が多く、両者を一体のものとして捉えるほうが実態に即しているという判断がある。この名称変更は、単なる表題の変更に留まらず、心不全を急性期と慢性期という二分法で捉えるのではなく、患者の生涯にわたる連続的な病態(スペクトラム)として認識し、その各段階に応じたシームレスな管理戦略を志向する、より統合的なアプローチへの転換を示唆している。臨床医には、入院加療から外来管理、在宅ケアまでを見据えた、より長期的かつ包括的な視点での患者管理が求められる。2. 心不全の定義・分類の更新心不全の定義と分類に関して、国際的な整合性を図るため、2021年に発表された「心不全の普遍的定義と分類(Universal Definition and Classification of Heart Failure)」が全面的に採用された2)(図1)。図1. 心不全ステージの治療目標と病の軌跡画像を拡大するステージA(心不全リスク At Risk for HF)心不全のリスク因子(高血圧、糖尿病、肥満、心毒性物質曝露、心筋症の家族歴など)を有するが、器質的心疾患や心筋バイオマーカー異常、心不全症状・徴候を認めない段階。ステージB(前心不全 Pre-HF)器質的心疾患(心筋梗塞後、弁膜症、左室肥大など)、心機能異常(LVEF低下、拡張機能障害など)、または心筋バイオマーカー(Na利尿ペプチド、心筋トロポニン)上昇のいずれかを認めるが、現在および過去に心不全症状・徴候がない段階。ステージC(心不全 HF)器質的心疾患を有し、現在または過去に心不全症状・徴候を有する段階。ステージD(進行性心不全 Advanced HF)安静時にも重度の心不全症状があり、ガイドラインに基づいた治療(guideline-directed medical therapy:GDMT)にもかかわらず再入院を繰り返す、治療抵抗性または不耐容であり、心臓移植、機械的補助循環、緩和ケアなどの高度治療を要する段階。今回の改訂では、心不全への進展予防や早期介入の重要性が強調され、ステージAおよびステージBに関する記載が大幅に充実した。とくに注目すべきは、慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)がステージAを定義する独立したリスク因子として明確に追加された点である。具体的には、推算糸球体濾過量(eGFR)が 60mL/min/1.73m2未満、またはアルブミン尿(尿中アルブミン/クレアチニン比[UACR]30mg/g以上)がCKDの基準として挙げられている。これは、心不全発症前の段階からCKDを重要なリスクとして認識し、早期介入を促す意図がある。ステージA/Bへの注力とCKDの明確な位置付けは、心不全管理における戦略的な重点が、発症後の治療のみならず、発症前の予防へと大きくシフトしていることを示している(図2)。心血管リスク因子、とくにCKDを早期に特定し、心臓への構造的・機能的ダメージが生じる前、あるいは症状が出現する前に介入することの重要性が強調されている。CKDの追加は、心腎連関の重要性を再認識させ、腎臓専門医との連携や、心腎双方に有益な治療法(例:SGLT2阻害薬)の早期導入を促進する可能性がある。これにより、臨床現場ではリスク因子の系統的なスクリーニングと、より早期からの予防的治療介入(血圧管理、CKD/糖尿病合併例でのSGLT2阻害薬など)が求められることになる。図2. 心不全予防アルゴリズム画像を拡大する3. LVEF別心不全に対する薬物療法のアップデートLVEFに基づいた薬物療法アルゴリズムは、2021年のフォーカスアップデート以降に発表された大規模臨床試験の結果を反映し、大幅に更新された(図3)。とくに、HFmrEF/HFpEFにおけるSGLT2阻害薬、MRAの推奨を追加、肥満合併心不全に対するインクレチン関連薬の推奨が追加された。図3 心不全治療のアルゴリズム画像を拡大するこれらの改訂の中で特筆すべきは、SGLT2阻害薬がHFrEFのみならず、HFmrEF、HFpEFにおいてもClass I推奨となった点である。これは、SGLT2阻害薬がLVEFや糖尿病の有無によらず、心不全の予後を改善する可能性を示唆しており、心不全薬物療法の基盤となる薬剤として位置付けられたことを意味する。一方で、HFpEFにおいては、SGLT2阻害薬Class I推奨に加え、特定の表現型(フェノタイプ)に基づいた治療戦略の重要性も示唆されている。とくに、肥満合併例に対するインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1受容体作動薬)のClass IIa推奨は、HFpEFの多様性を考慮し、個々の患者の背景にある病態生理や併存疾患に応じた個別化治療へと向かう流れを示している。表1:肥満合併心不全に対するインクレチン関連薬(GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1受容体作動薬)の推奨画像を拡大する次回は、本ガイドライン改訂における特殊病態や新規疾患概念とその治療や評価法、社会的側面への対応、急性非代償性心不全の管理などのポイントについて解説する。 1) Kitai T, et al. Circ J. 2025 Mar 28. [Epub ahead of print] 2) Bozkurt B, et al. J Card Fail. 2021;27:387-413. 3) Kosiborod Mikhail N, et al. N Engl J Med. 2023;389:1069-1084. 4) Packer M, et al. N Engl J Med. 2025;392:427-437.

11.

DapaTAVI試験―構造的心疾患に対するSGLT2阻害薬の効果(解説:加藤貴雄氏)

 2025年ACCで発表されたDapaTAVI試験(Raposeiras-Roubin S, et al. N Engl J Med. 2025;392:1396-1405.)であるが、TAVI前に心不全および、中等度腎機能障害・糖尿病・左室駆出率低下のいずれかを持つ大動脈弁狭窄症患者が登録された試験である。左室駆出率<40%の患者は約18%で多くがHFmrEF/HFpEFの患者であり、平均年齢が82歳と高齢で、女性が約半数登録された。また、中等度~高度の左室肥大を伴う患者は約60%であった。 結果は、主要評価項目(全死亡または心不全増悪の複合エンドポイント)は、ダパグリフロジン追加群で有意に低い結果で、全死亡では有意な差がなく心不全増悪の差が主に結果に影響していた。主要な2次評価項目でも、心不全入院・心不全の緊急受診においてダパグリフロジン追加群で有意に低い結果であった。 試験結果を実臨床に生かすうえでのポイントは2点あり、1点目は、実臨床における大動脈弁狭窄症の患者層(高齢者・女性・左室肥大例)が登録され有効性を示した点である。安全性について、入院が必要もしくは敗血症につながる尿路感染症の頻度には差がなかったが、性器感染症・低血圧はダパグリフロジン追加群に多い結果であった点は、注意すべき点である。 2点目は、TAVI後の構造的異常として左室肥大がありNT-proBNPが5,300~6,300pg/mLと高い患者層で試験が開始され、心不全悪化を防止した点である。 SGLT2阻害薬は、心不全に対するガイドライン推奨薬の一角に位置付けられている薬剤であり、HFpEF/HFrEFに対する試験結果とも合致する。心不全の既往のある患者を除外した急性心筋梗塞患者対象のSGLT2阻害薬の試験(James S, et al. NEJM Evid. 2024;3:EVIDoa2300286., Butler J, et al. N Engl J Med. 2024;390:1455-1466.)では対照群も含めイベント率が低かった点を合わせて考えると、イベントを起こしやすい構造的心疾患を持つ、ハイリスクな患者へのしっかりとした薬剤の介入の必要性を示したと考えられる。

12.

第260回 高齢者心不全へのSGLT2阻害薬、実感した副作用対策の大変さ

「心不全パンデミック」。最近よく耳にするようになった言葉だ。超高齢化に向かって突き進む日本で、今後、心不全患者が増加し、それに対応する医療者や病床も不足してくるという未来予測を、ある種の感染症の爆発的増加になぞらえた造語である。私自身がこの造語を最初に聞いたのがいつだったかは明確に記憶していないが、もちろんこの未来予測は確実に現実のモノになっていくだろうとは思っていた。もっともこれは実感を伴ったものではなく、ある種の社会現象の1つ、もっと極論を言えば“他人事”として捉えていた。しかし、これが私自身の身近にも降ってきた。私ではなく、先日米寿を迎えた父親に、である。慢性心不全で薬物療法開始ことのきっかけは4月上旬の週半ば、母親から「お父さんの右脚の腫れが気になるので(筆者が)今度来る時、医者の予約を入れて診て貰いたい。歩くのがひどそうだ」とのLINEメッセージが届いたことだった。正直、嫌な予感がした。ちょうど1年前、父親がアテローム血栓性脳梗塞で救急搬送されたことは以前の本連載でも触れたとおり。その時の精密検査で心房細動があることもわかり、抗凝固薬の服用も開始した。父親のかかりつけ医の近傍で薬局を営む薬剤師の親族にも連絡を取った。すると「うーん、心臓じゃないか?」との意見。私も同感だった。私自身はこの翌週、父親を花見に連れて行くため帰省するつもりだったが、心臓に問題があるならば、ゆるりと構えていてはいけない。父親のかかりつけ医のクリニックはネット上で診察予約ができるので、念のため空きを確認したところ、母親のLINEメッセージを受け取った翌日の午前に父親の主治医の診察枠に空きはあった。すぐに母親に連絡を取り、「最短で明日、かかりつけ医に行けるか?」と確認。可能だということなので、すぐに予約を入れた。翌日昼前、母親からの報告の連絡を待っていると、一足先に薬剤師の親族より「慢性心不全の診断」というLINEメッセージが着信した。ついに来てしまったか。これにより父親の服用薬には新たにSGLT2阻害薬のエンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス)が追加されることになった。この処方を聞いて率直に言葉に表すならば「ガーン」の一言。もちろんエンパグリフロジンをはじめとするSGLT2阻害薬が、2型糖尿病の有無にかかわらず心不全イベントを抑制するエビデンスを得ていることは知っている。しかし、その主作用の結果として頻尿になる。父親は脳梗塞を発症する前からすでに歩行がスローになり、シルバーカーを使いながら休み休み歩いていた。健常成人で徒歩10分のところでも30分ほどかかっていた。もしかしたら、もうこの時点で心不全の影響があったのかもしれない。この状態に母親が付き合うのは大変なため、脳梗塞発症前から軽量車椅子の導入を考えていたが、脳梗塞に伴う入院で一時的にADLがかなり低下したことにより、車椅子導入は現実となった。自宅内や自宅周辺は自力歩行するが、余暇や通院のための外出時は車椅子を使う。88歳の父親はやせ型だが、87歳の細腕の母親が車椅子で連れ歩くのはかなり大変である。市街地への外出時は電車・バスで移動するが、いずれも車両の入り口にはステップがあるため、乗降時は自力歩行せねばならない。母親と2人での外出時は、母親が父親を片手で介助し、もう片方の手で折り畳んだ車椅子を持ちながらの乗降となる。軽量と言っても車椅子は8kg弱ある。そんなこんなで私が頻繁に帰省するようになったが、ここに頻尿に対応したトイレ探しが加わることになった。また、SGLT2阻害薬では、その作用機序ゆえに頻度は低いものの脱水の危険性があるが、父親は積極的に水分を取りたがる気質でもない。頻尿の弊害いやはや大変なことになったと思った。そして診断が下った当日、さっそく母親はこの薬による頻尿の“洗礼”を受けることになった。かかりつけ医の受診後、親戚の薬局に処方箋を持って行き、薬を受け取った父親はさっそく1錠服用して、しばらく休んでから母親とともに帰途についたという。服用後の最初のトイレは、健常成人で徒歩12分ほどのかかりつけ医療機関の最寄り駅だったという。まあ、これは想定内だろう。そこから自宅最寄りの駅方向の電車に乗ったのだが、自宅最寄りから一つ前の駅の到着時に電車内のトイレに再び向かった。しかし、なかなか出てこなかったという。慌てた母親がトイレに向かい、どうにか父親を捕まえ、車椅子を持って無事最寄り駅で降車はできた。だが、必死だった母親は自分のバッグを電車内に置き忘れてしまい、自宅に戻って一旦父親に留守を任せた後、バッグを拾得していた駅まで往復2時間かけて取りに行く羽目になった。その後、母親からの報告では朝1回の服用で午前7時から午後1時までに計7回もトイレに行くことがわかった。なかなかである。この翌週に私は帰省したが、ぱっと見の父親にはまったく変化を感じない。まあ、当然と言えば当然である。もっとも実家で様子を見ている限り、約1時間に1回の頻度でトイレに行くことだけはわかった。問題はどうやって花見に連れて行くかだ。入念な下調べ、なんとか花見は実現私が介助できる前提ならば、多少実家から離れた桜の名所に連れて行きたい。父親が車椅子を使うようになってから初めて外出する場所の場合は、あらかじめ地図とGoogleストリートビューなどでルートや道路の傾斜状況などを調べている。こうすれば大きな想定外の事態は避けられる。ただ、花見ではやや事情が異なってくる。というのも桜の名所では花見客を見込んだ屋台や仮設トイレの設置などが行われることが多いからだ。こうした場所は曜日・時間によっても混雑度は異なる。最終的に地元に約2週間滞在し、合計4ヵ所のお花見スポットに連れて行ったが、うち3ヵ所は下見まですることになった。下見時は抜かりなくトイレの場所をチェックし、ブルーシートを広げる場所も桜の花も見えてトイレも近い、さらには屋台などにも近い場所を選定した。当然ながら、現地までの公共交通経路上にあるトイレの位置なども把握する必要がある。驚いたのは、花見の名所に設置された仮設トイレの中には、仮設多目的トイレがあるところもあった。時代の変化とはこういうところにも表れるのかと感心した。もっともこれだけでも想定外のことは起こり得る可能性がある。そのため念には念を入れ、災害用の使い捨て携帯トイレも持参した。父親は軽度認知障害もあるが、それゆえに排泄の失敗をまだ本人は自覚できるので、そのような事態になれば相当落ち込むはず。排泄トラブルは何としても避けなければならなかった。さらに連れて行く時は、時間の融通が利きやすいフリーランスの特権を生かして、混雑しにくい平日昼間ばかりを選んだ。花見に行くたびに父親は「ああ、満開だ」と大喜び。一応、こちらは4ヵ所の満開時期もすべて調べて、日ごとにどこが最適かも計算して連れて行った。父親からは「まさかお前にここまでしてもらえるとは思わなかった」と微妙な誉め言葉をかけられた。私はかなり信用がなかったらしい(笑)。花見場所で車椅子を押しながら、高校時代は陸上で国体にまで出場した父親もここまで弱るのだと何とも言えない気持ちになる。そしてこの姿は自分の未来でもある、とふと思う。治療薬の選択肢が広がることは福音だ。もっともその選択肢に伴う副作用などさまざまなデメリットは甘受せねばならない。改めて医療におけるメリットとデメリットのバランスは難しいものだとも実感している。いずれにせよ、わが家の心不全パンデミックはまだ序章に過ぎない。

13.

高齢の大動脈弁狭窄症、TAVI後のダパグリフロジン併用で予後を改善/NEJM

 重症の大動脈弁狭窄症で経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)を受け、心不全イベントのリスクが高い高齢患者において、標準治療単独と比較してSGLT2阻害薬ダパグリフロジンを併用すると、全死因死亡または心不全悪化の発生率が有意に改善することが、スペイン・Centro Nacional de Investigaciones Cardiovasculares Carlos IIIのSergio Raposeiras-Roubin氏らDapaTAVI Investigatorsが実施した「DapaTAVI試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2025年4月10日号に掲載された。スペインの無作為化対照比較試験 DapaTAVI試験は、TAVIを受けた大動脈弁狭窄症の高齢患者におけるダパグリフロジン併用の有効性と安全性の評価を目的とする医師主導型の無作為化対照比較試験であり、2021年1月~2023年12月にスペインの39施設で参加者の無作為化を行った(Instituto de Salud Carlos IIIなどの助成を受けた)。 重症大動脈弁狭窄症でTAVIを受け、心不全の既往歴に加え腎不全(推算糸球体濾過量[eGFR]25~75mL/分/1.73m2)、糖尿病、左室駆出率(LVEF)<40%のうち少なくとも1つを有する患者1,222例(平均[±SD]年齢82.4±5.6歳[72%が80歳以上、7%以上が90歳以上]、女性49.4%)を対象とした。これらの患者をTAVI施行後に、標準治療に加えダパグリフロジン(10mg、1日1回)の経口投与を受ける群(605例)、または標準治療のみを受ける群(618例)に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、追跡期間1年の時点における全死因死亡または心不全の悪化(心不全による入院または心不全で緊急受診し利尿薬静脈内投与を受けたことと定義)の複合とした。主要アウトカムを有意に改善 全体の43.9%が糖尿病、17.0%がLVEF<40%、88.6%がeGFR 25~75mL/分/1.73m2で、平均eGFRは56.2±16.4mL/分/1.73m2であった。追跡期間中にダパグリフロジン群の103例(17.0%)が投与中止となり、標準治療単独群の43例(7.0%)が心不全以外の理由でダパグリフロジンの投与を開始した。標準治療単独群の1例が追跡不能となり主解析から除外された。 主要アウトカムのイベントは、標準治療単独群で124例(20.1%)に発生したのに対し、ダパグリフロジン群では91例(15.0%)と有意に減少した(ハザード比[HR]:0.72[95%信頼区間[CI]:0.55~0.95]、p=0.02)。 全死因死亡はダパグリフロジン群47例(7.8%)、標準治療単独群55例(8.9%)(HR:0.87[95%CI:0.59~1.28])、心不全悪化はそれぞれ57例(9.4%)および89例(14.4%)(サブHR:0.63[95%CI:0.45~0.88])で発生した。性器感染症、低血圧症の頻度が高い 非外傷性四肢切断(ダパグリフロジン群0.8%vs.標準治療単独群0.6%、p=0.72)、重症低血糖症(0.7%vs.1.3%、p=0.26)、がん(5.0%vs.3.6%、p=0.23)の発生率は両群で同程度であった。両群とも糖尿病性ケトアシドーシスの報告はなかった。 一方、性器感染症(1.8%vs.0.5%、p=0.03)および低血圧症(6.6%vs.3.6%、p=0.01)はダパグリフロジン群で高頻度だった。ダパグリフロジン群の37例(6.1%)が、有害事象により投与中止となった。 著者は、「これらの結果は、高齢患者においてSGLT2阻害薬は安全で、臨床的有益性をもたらすことを裏付けるものと考えられ、高齢患者へのSGLT2阻害薬の処方が少ない現状を考慮すると重要な知見といえるだろう」としている。

14.

経口セマグルチド、ASCVD/CKD合併2型DMでCVリスク減/NEJM

 経口セマグルチド(GLP-1受容体作動薬)は、2型糖尿病で心血管リスクの高い患者において心血管系の安全性が確立されている。米国・テキサス大学サウスウェスタン医療センターのDarren K. McGuire氏らSOUL Study Groupは「SOUL試験」により、2型糖尿病でアテローム動脈硬化性心血管疾患または慢性腎臓病、あるいはこれら両方を有する患者において、プラセボと比較して同薬は、重篤な有害事象の発生率を増加させずに主要有害心血管イベント(MACE)のリスクを有意に減少させることを示した。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2025年3月29日号で報告された。33ヵ国の無作為化プラセボ対照優越性第IIIb相試験 SOUL試験は、アテローム動脈硬化性心血管疾患または慢性腎臓病を有する2型糖尿病患者における経口セマグルチドの安全性の評価を目的とするイベント主導型の二重盲検無作為化プラセボ対照優越性第IIIb相試験であり、2019年6月~2021年3月に33ヵ国444施設で参加者の無作為化を行った(Novo Nordiskの助成を受けた)。 年齢50歳以上、2型糖尿病(糖化ヘモグロビン値6.5~10.0%)と診断され、冠動脈疾患、脳血管障害、症候性末梢動脈疾患、慢性腎臓病(推算糸球体濾過量[eGFR]<60mL/分/1.73m2)のうち少なくとも1つを有する患者9,650例(平均[±SD]年齢66.1±7.6歳、女性28.9%)を対象とした。 被験者を、標準治療に加え、セマグルチド(3mgで開始し、7mg、14mgに増量、1日1回)を経口投与する群(4,825例)、またはプラセボ群(4,825例)に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、MACE(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中の複合)とし、time-to-first-event解析で評価した。主要アウトカムは、経口セマグルチド群12.0%vs.プラセボ群13.8% 全体の70.7%に冠動脈疾患、23.1%に心不全、21.2%に脳血管疾患、15.7%に末梢動脈疾患の既往歴があり、42.4%に慢性腎臓病の既往歴を認めた。両群とも、ベースラインで26.9%がSGLT2阻害薬の投与を受けていた。平均(±SD)追跡期間は47.5±10.9ヵ月、追跡期間中央値は49.5ヵ月(四分位範囲:44.0~54.9)で、9,495例(98.4%)が試験を完了した。 主要アウトカムのイベントは、プラセボ群で4,825例中668例(13.8%、イベント発生率3.7件/100人年)に発生したのに対し、経口セマグルチド群では4,825例中579例(12.0%、3.1件/100人年)と有意に優れ(ハザード比[HR]:0.86[95%信頼区間[CI]:0.77~0.96]、p=0.006)、MACEの発生に関して経口セマグルチド群の優越性が示された。 主要アウトカムの個々の項目のイベント発生率のHRは、心血管死が0.93(95%CI:0.80~1.09)、非致死的心筋梗塞が0.74(0.61~0.89)、非致死的脳卒中が0.88(0.70~1.11)であった。 また、検証的副次アウトカムの解析におけるイベント発生率のHRは、主要腎障害イベントが0.91(95%CI:0.80~1.05、p=0.19)、主要有害下肢イベントが0.71(0.52~0.96)だった。注射薬の知見と一致 重篤な有害事象は、経口セマグルチド群で47.9%、プラセボ群で50.3%に発現した(p=0.02)。消化器系の障害はそれぞれ5.0%および4.4%にみられた。試験薬の恒久的な投与中止に至った有害事象は、15.5%および11.6%に認めた。 著者は、「これら結果は、この患者集団での経口セマグルチドの心血管系における有益性を示しており、セマグルチド注射薬や心血管系における有効性が確立されている他のGLP-1受容体作動薬で報告されている知見と一致する」としている。

15.

転倒リスクの高い2型糖尿病治療薬は?/筑波大

 骨格筋量の低下によって転倒リスクが増大することが知られており、一部の2型糖尿病治療薬は体重減少作用が強く、骨格筋量の減少を引き起こすことで転倒リスクを増大させる可能性が示唆されている。この課題について筑波大学システム情報系知能機能工学域の鈴木 康裕氏らの研究グループは、筑波大学附属病院に入院中の2型糖尿病患者を対象に転倒と糖尿病治療薬との関連を調査した。その結果、SGLT2阻害薬は転倒の危険因子であることが明らかになった。この結果はScientific Reports誌2025年3月17日号に掲載された。SGLT2阻害薬処方時は転倒リスクも考慮 研究グループは、いくつかの糖尿病治療薬、とくにSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬が、筋肉および除脂肪体重の減少を引き起こすことと、転倒の関連を評価した。方法は、筑波大学附属病院に入院中の2型糖尿病患者を対象に、毎年1回転倒調査を最長5年間実施。転倒の危険因子は離散時間生存分析モデルを用いて同定した。 主な結果は以下のとおり。・調査では、471例の参加者を中央値2年間にわたって観察した。・参加者の年齢中央値は64歳で、転倒発生率は100人年当たり17.1件だった。・独立した転倒の危険因子は、「転倒歴」、「SGLT2阻害薬の使用」、「年齢」であった。・SGLT2阻害薬のみ使用のオッズ比(OR)は1.80(95%信頼区間[CI]:1.10~2.92)、GLP-1受容体作動薬のみ使用のORは1.61(95%CI:0.88~2.84)、両方使用のORは2.89(95%CI:1.27~6.56)だった。・SGLT2阻害薬の使用は、転倒の独立危険因子だったが、GLP-1受容体作動薬の効果は統計学的に有意ではなかった。・SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬の併用は、転倒のリスクを有意に増加させた。 この結果から研究グループでは「2型糖尿病患者にこれらの薬剤を処方する際には、転倒のリスクを考慮することが重要」と示唆している。

16.

フィネレノン、CKD有するHFmrEF/HFpEFに有効~3RCT統合解析(FINE-HEART)/日本循環器学会

 心不全患者のほぼ半数が慢性腎臓病(CKD)を合併している。心不全とCKDは、高血圧、肥満、糖尿病といった共通のリスク因子を持ち、とくに左室駆出率が保持された心不全(HFpEF)患者ではその関連がより顕著である。レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)や交感神経系の活性化、炎症、内皮機能障害、線維化、酸化ストレスといった共通の病態生理学的経路を有する。したがって、心不全患者、とくにHFpEF患者において、腎保護が治療成功の鍵となっている。 心不全とCKDを合併した約1万9,000例の患者におけるフィネレノンの効果を評価するため、3件の大規模無作為化比較試験(RCT)の統合解析「FINE-HEART試験」が実施され、2024年の欧州心臓病学会で発表された。その結果、心不全とCKDを合併した患者において、原因不明死を含めると、フィネレノンは心血管死を12%有意に減少させることが示され、腎疾患の進行、全死因死亡、心不全による入院などが有意に減少したことが示された。3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials 1にて、富山大学の絹川 弘一郎氏によりアンコール発表された。 本試験では、非ステロイド性ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)のフィネレノンの効果を検証した以下の3件のRCTのデータが統合された。・FINEARTS-HF試験:2型糖尿病を含む左室駆出率が軽度低下した心不全(HFmrEF)/HFpEF患者6,001例を対象とした試験。・FIDELIO-DKD試験:糖尿病性腎臓病患者5,662例を対象とした腎アウトカム試験(左室駆出率が低下した心不全[HFrEF]患者は除外)。・FIGARO-DKD試験:糖尿病性腎臓病患者7,328例を対象とした心血管アウトカム試験(HFrEF患者は除外)。 FINE-HEART試験の対象者の90%以上が、心不全、CKD、2型糖尿病の1つ以上を有する高リスクCKM(心血管・腎・代謝)背景を持っていた。本試験の主要評価項目は心血管死であり、副次評価項目は複合心血管イベント、心不全による初回入院、全死因死亡などが含まれた。 主な結果は以下のとおり。・FINE-HEART試験は、1万8,991例(平均年齢67±10歳、女性35%)で構成された。参加者の約90%が、推定糸球体濾過量(eGFR)の低下および/またはアルブミン尿のいずれかを伴うCKD進行リスクが高かった。・心血管死について、プラセボ群と比較して、フィネレノン群は、原因不明死を除くと、心血管死の有意ではない減少と関連していた(ハザード比[HR]:0.89、95%信頼区間[CI]:0.78~1.01、p=0.076)。ただし、原因不明死を含めると、フィネレノン群は心血管死を12%有意に減少させた(HR:0.88、95%CI:0.79~0.98、p=0.025)。・原因不明死を含めた場合の心血管死に対するフィネレノンの効果は、患者のCKM負担の程度かかわらず一貫していた。また、GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬といったベースラインの併用薬の有無にかかわらず、フィネレノンの効果は一貫していた。・フィネレノンは、複合腎アウトカム、心不全による初回入院、心血管死または全死因死亡、心房細動の新規発症を有意に減少させた。・HFmrEF/HFpEF患者7,008例(36.9%)を解析した結果、フィネレノン群ではプラセボ群と比較して、心血管死または心不全による入院が有意に減少した(HR:0.87、95%CI:0.78~0.98、p=0.008)。また、心不全による入院(HR:0.84、95%CI:0.74~0.94、p=0.003)、心房細動の新規発症(HR:0.75、95%CI:0.58~0.97、p=0.030)を有意に減少させた。・フィネレノンは忍容性が良好であり、プラセボ群より重篤な有害事象の発現率が低かった。MRAの性質上、フィネレノン群で高カリウム血症が多くみられたが、高カリウム血症に関連する死亡は認められなかった。低カリウム血症は少なかった。収縮期血圧低下がよくみられ、血圧への影響は今後さらに検討が必要とされている。急性腎障害の増加は認められなかった。 フィネレノンは、CKMリスクを有する患者に対して、心血管・腎アウトカムを改善し、安全性も高い有望な治療選択肢であることが本試験により示された。絹川氏は「フィネレノンは心血管死を12%有意に減少させた。FIDELIO試験とFIGARO試験では、心血管死は有意に減少しなかったため、これはFINE-HEART試験で新たに得られた知見だ。また、FIDELIO試験とFIGARO試験では、フィネレノンによるeGFRの初期低下が観察されたが、これも今後の検討課題となる」と述べた。(ケアネット 古賀 公子)そのほかのJCS2025記事はこちら

17.

「心不全診療ガイドライン」全面改訂、定義や診断・評価の変更点とは/日本循環器学会

 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインである『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』が、2025年3月28日にオンライン上で公開された1)。2018年に『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』が発刊され、2021年にはフォーカスアップデート版が出された。今回は国内外の最新のエビデンスを反映し、7年ぶりの全面改訂となる。2025年3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会にて、本ガイドライン(GL)の合同研究班員である北井 豪氏(国立循環器病研究センター 心不全・移植部門 心不全部)が、GL改訂の要点を解説した。 本GLの改訂に当たって、高齢化の進行を考慮した高齢者心不全診療の課題や特異性に注目し、最新の知見・エビデンスを盛り込んで、実臨床に即した推奨が行われた。専門医だけでなく、一般医やすべての医療従事者に理解しやすく、実践的な内容とするため、図表を充実することが重視されている。また、エビデンスが十分ではない領域も、臨床上重要な課題や実際の診療に役立つ内容は積極的に取り上げられている。本GLは全16章で構成され、最後に3つのクリニカルクエスチョン(CQ)が記載された。本GLはオンライン版のほか、アプリ版も発表されている。また、本GLの英語版が、Circulation Journal誌とJournal of Cardiac Failure誌に同時掲載された2,3)。 北井氏が解説した重要な改訂点は以下のとおり。心不全の定義 日米欧の心不全学会3学会合同で策定された「Universal definition and classification of heart failure(UD)」4)に基づき、「心不全とは、心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群」と定義が改訂された。心不全症状・徴候は、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)の上昇」あるいは「心臓由来の肺うっ血または体うっ血の客観的所見」のいずれかによって裏付けられるとしている。診断と経時的評価:BNP/NT-proBNPカットオフ値 心不全診断のプロセスがフローチャートで表示された。症状、身体所見、一般検査に加えて、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)」と「心エコー」が診断の中心となっている。身体所見としてのうっ血や、バイオマーカーが重要視され、診断だけでなく予後評価目的でも、BNP/NT-proBNPを測定することが推奨されている。BNP/NT-proBNPのカットオフ値は、2023年に日本心不全学会から発表されたステートメント5)に準拠し、以下のように設定された。・前心不全―心不全の可能性がある、外来でのカットオフ値BNP≧35pg/mLNT-proBNP≧125pg/mL・心不全の可能性が高い、入院/心不全増悪時のカットオフ値BNP≧100pg/mLNT-proBNP≧300pg/mL左室駆出率(LVEF)による分類 UDを参考に、左室駆出率(LVEF)による心不全の分類が、国際的な基準に合わせて統一された。・HFrEF(LVEFの低下した心不全):LVEF≦40%・HFmrEF(LVEFの軽度低下した心不全):LVEF 41~49%・HFpEF(LVEFの保たれた心不全):LVEF≧50% HFmrEFについて、2021年フォーカスアップデート版では、HF with mid-range EFと記載していたが、本GLではHF with mildly-reduced EFの呼称を採用している。上記のほか、HFrEFだった患者がLVEF40%超へ改善し、LVEFが10%以上向上した場合をHFimpEF(LVEFの回復した心不全)と定義している。心不全ステージと病の軌跡 心不全の進行について、A~Dのステージに分類している。・ステージA(心不全リスクあり):高血圧、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、肥満など・ステージB(前心不全):構造的/機能的心疾患はあるが、心不全の症状や徴候がない・ステージC(症候性心不全):ナトリウム利尿ペプチド上昇、うっ血などの症状が出現・ステージD(治療抵抗性心不全):薬物療法に反応せず、補助循環や移植が必要 前GLから踏襲し「心不全ステージの治療目標と病の軌跡」の図が掲載されている。従来は病状経過に伴うQOLの悪化の軌跡のみ示されていたが、今回のGLより、治療介入することでイベントやステージ移行を遅らせる改善した場合の軌跡が加えられた。遺伝学的検査 心不全・心筋症において遺伝学的検査が近年より重視されてきている。特徴的な臨床所見等により遺伝性心疾患が疑われる場合は、診断・治療・予後予測に役立てるために、発端者に対する遺伝学的検査を考慮することが推奨クラスIIa。また、遺伝学的検査を行う際には、遺伝カウンセリングを提供する、または紹介する体制を整えることが推奨クラスI。ADL/QOL評価、リスクスコア ADL(日常生活動作)・QOL(生活の質)の向上は、予後の改善と同様に心不全患者の重要な治療目標であり、臨床試験でもアウトカムとして採用されている。日常診療でも患者報告アウトカムを評価することを考慮することや、患者の予後を示すリスクスコアを使用して予後予測を行うことが推奨に挙げられている。心不全予防(ステージA・B) ステージA(心不全リスク)において、高血圧、糖尿病、肥満、動脈硬化性疾患、冠動脈疾患に加え、本GLにて慢性腎臓病(CKD)が新たなリスク因子に加えられた。ステージAへの介入として、2型糖尿病かつCKD患者に対して、心不全発症あるいは心血管死予防のために、SGLT2阻害薬あるいはフィネレノンの使用が推奨クラスIとされた。 ステージB(前心不全)について、「構造的心疾患および左室内圧上昇のカットオフ値の目安」が表にまとめられている。ステージBへの介入として、患者の状況によりACE阻害薬、ARB、β遮断薬、スタチンといった薬剤が推奨クラスIとなっている。心不全に対する治療(ステージC・D) 2021年のフォーカスアップデート版では、HFrEFに対してQuadruple Therapy(β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬[MRA]、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬[ARNI]、SGLT2阻害薬)の推奨が記載され、HFmrEF、HFpEFに関してはうっ血に対する利尿薬の使用のみにとどまっていたが、本GLでは、HFmrEF、HFpEFに対する薬物治療の新たなエビデンスが反映された。薬物治療の推奨について、各薬剤、EF、推奨クラスをまとめた図「心不全治療のアルゴリズム」を掲載している。・SGLT2阻害薬:HFmrEF、HFpEFに対して2つの大規模無作為化比較試験により、予後改善効果が相次いで報告されたため、HFrEF、HFmrEF、HFpEFのいずれの患者においても、エンパグリフロジン、ダパグリフロジンを推奨クラスI。・ARNI:HFrEFに対して推奨クラスI、HFmrEFに対して推奨クラスIIa、HFpEFに対して推奨クラスIIb。 ・MRA:HFrEFに対するスピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスI、HFmrEFとHFpEFに対して、新たな薬剤のフィネレノンが推奨クラスIIa、スピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスIIb。急性非代償性心不全 UDで「うっ血」の評価が非常に重視されているため、本GLでも、うっ血、低心拍出、組織低灌流に分けて血行動態の評価・治療していくことを強調している。「急性非代償性心不全患者におけるうっ血の評価と管理のフローチャート」と推奨、「心原性ショック患者の管理に関するフローチャート」と推奨を記載している。急性心不全の治療においては、入院中の治療だけでなく、退院後のケア(移行期ケア)の重要性が増している。本GLでは、新たに移行期間に関する項目が設けられ、推奨が示されている。治療抵抗性心不全(ステージD) 治療抵抗性心不全(ステージD)では、治療開始前に治療目標を設定することが非常に重要であり、それに関連する推奨が示されている。また、2021年に本邦でも保険適用となった移植を目的としない植込型補助人工心臓(LVAD)治療(Destination therapy:DT)が、本GLに初めて収載され、DTも含めたステージDの「重症心不全における補助循環治療アルゴリズム」がフローチャートで示されている。特別な病態・疾患 心不全に関連する9つの病態・疾患が取り上げられ、最新の知見に基づいて内容がアップデートされている。とくに、以下の疾患において、新たな治療薬や診断法に関する重要な情報が追記されている。・肥大型心筋症:閉塞性肥大型心筋症に対する圧較差軽減薬マバカムテンが承認され、推奨クラスIとして記載。・心アミロイドーシス:トランスサイレチン(ATTR)心アミロイドーシスに対するTTR四量体安定化薬としてアコラミジスが新たに承認された。タファミジスまたはアコラミジスの投与は、NYHA心機能分類I/II度の患者に対しては推奨クラスI。III度の患者に対しては推奨クラスIIa。I~III度の患者に対して、低分子干渉RNA製剤ブトリシランが推奨クラスIIa。・心臓サルコイドーシス:突然死予防としての植込み型除細動器(ICD)に関する推奨が、『2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療』6)に準拠して記載。併存症 心不全診療で特に問題となる併存症として、CKD、肥満、貧血・鉄欠乏、抑うつ・認知機能障害が追加された。3つの項目について、詳しく説明された。・貧血・鉄欠乏:鉄欠乏を有するHFrEF/HFmrEF患者に対する心不全症状や運動耐容能改善を目的とした静注鉄剤の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・高カリウム血症:高カリウム血症を合併したRAAS阻害薬(ARNI/ACE阻害薬/ARBおよびMRA)服用中の心不全患者に対して、RAAS阻害薬(特にMRA)による治療最適化のために、カリウム吸着薬の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・肥満:肥満を合併する心不全患者に対する心血管死減少・再入院予防を目的としたGLP-1受容体作動薬セマグルチドあるいはチルゼパチドの投与を考慮することが推奨クラスIIa。心不全診療における質の評価 心不全診療は非常に多岐にわたるため、心不全診療の質の評価の統一化が課題となっている。AHA/ACCのPerformance Measures(PM)やQuality Indicators(QI)を参考に、心不全診療の質の評価に関する章が新設され、質指標が表にまとめられている。クリニカルクエスチョン(CQ) 今回の改訂では、CQが3つに絞られた。システマティックレビューを行い、解説と共に推奨とエビデンスレベルが示されている。・CQ1:eGFR 30mL/分/1.73m2未満の心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:CKD合併心不全患者での有益性を示唆するエビデンスは認めるが、eGFR 20mL/分/1.73m2未満のRCTでのエビデンスはない。eGFR 20mL/分/1.73m2以上に限って条件付きで推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ2:フレイル合併心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:弱く推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ3:代償期の心不全患者に対する水分制限を推奨すべきか?推奨:1日水分摂取量1~1.5Lを目標とした水分制限を弱く推奨する(エビデンスレベル:A[弱])。■参考文献1)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン. 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.2)Kitai T, et al. Circ J. 2025 Mar 28. [Epub ahead of print]3)Kitai T, et al. J Card Fail. 2025 Mar 27. [Epub ahead of print]4)Bozkurt B, Coats AJS, Tsutsui H, et al. Eur J Heart Fail. 2021;23:352-380.5)日本心不全学会. 血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版.6)日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン. 2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療.(ケアネット 古賀 公子)そのほかのJCS2025記事はこちら

18.

フィネレノン、2型DMを有するHFmrEF/HFpEFにも有効(FINEARTS-HFサブ解析)/日本循環器学会

 糖尿病が心血管疾患や腎臓疾患の発症・進展に関与する一方で、心不全が糖尿病リスクを相乗的に高めることも知られている。今回、佐藤 直樹氏(かわぐち心臓呼吸器病院 副院長/循環器内科)が3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials1においてフィネレノン(商品名:ケレンディア)による、左室駆出率(LVEF)が軽度低下した心不全(HFmrEF)または保たれた心不全(HFpEF)患者の入院および外来における有効性と安全性について報告。その有効性・安全性は、糖尿病の有無にかかわらず認められることが明らかとなった。 FINEARTS-HF試験は、日本を含む37ヵ国654施設で実施した二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験で、40歳以上、症状を伴う心不全、LVEF40%以上の患者6,001例が登録された。今回のサブ解析において、ナトリウム利尿ペプチドの上昇、構造的心疾患の証拠、血清カリウム5.0mmol/L以下、およびeGFR25mL/分/1.73m2以上の基準が含まれた。主要評価項目は心血管死と全心不全イベントの複合で、副次評価項目は全心不全イベント、複合腎機能評価項目、全死亡であった。 主な結果は以下のとおり。・参加者の平均年齢は72±10歳、女性は46%、NYHA心機能分類IIは69%、平均LVEFは53±8%(範囲:34~84)、平均eGFRは62mL/分/1.73m2であった。・参加者の糖尿病の既往について、2型糖尿病と報告されていたのが41%、HbA1c値で判断された糖尿病または前糖尿病状態が約80%を占めていた。・糖尿病患者のLVEFについて、約36%は50%未満、約45%は50~60%未満、19%は60%以上であった。・主要評価項目の心血管死および全心不全イベントの複合について、フィネレノン群は16%低下させた。・糖尿病患者は、前糖尿病または正常血糖値の患者と比較して、心血管死および総心不全イベントリスクが有意に高いことが示されたが、フィネレノン群はプラセボ群と比較し、HFmrEF/HFpEF患者における糖尿病の新規発生を25%低下させた。・フィネレノン群はベースラインのHbA1c値にかかわらず、心血管および全心不全イベントのリスクを一貫して減少させた。・参加者のうち、フィネレノン群の併用薬は、β遮断薬(85%)、ACE阻害薬/ARB(71%)、ARNI(約9%)、ループ利尿薬(87%)、SGLT2阻害薬(約14%)などがあり、フィネレノン群ではSGLT2阻害薬の併用にかかわらず、主要評価項目のリスクを低下させた(SGLT2阻害薬併用群のハザード比[HR]:0.83[95%信頼区間[CI]:0.80~1.16]、SGLT2阻害薬非併用群のHR:0.85[95%CI:0.74~0.98]、p=0.76)。・BMI別の解析において、BMI高値においてより効果が強く認められるものの、有意な交互作用は認められず、フィネレノン群は各BMI層(25以上、30以上、35以上、40以上)で全心不全イベントの発症を低下させた。・安全性については、フィネレノン群において血清クレアチニン値およびカリウム値の有意な上昇例が多く、収縮期血圧低下例も多かったが、糖尿病の有無による相違は認めなかった。フィネレノンにより、BMIが高い患者はBMIが低い患者と比較し、血清カリウム値および収縮期血圧の低下の程度が軽微な傾向を示したが、安全性についてBMIの相違は認められなかった。 最後に佐藤氏は、「フィネレノンによる糖尿病の新規発症リスクを減少させるメカニズムは完全には解明されていないが、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の種類による選択性および親和性、それに伴う炎症や線維化の抑制、神経体液性因子の修飾などが関与している可能性が示唆される」とコメントした。 なお、本学会で発表された『心不全診療ガイドライン2025年改訂版』において、症候性HFmrEF/HFpEFにおける心血管死または心不全増悪イベント抑制を目的とした薬物治療に対してフィネレノンの推奨(クラスIIa)が世界で初めて追加されている。(ケアネット 土井 舞子)そのほかのJCS2025記事はこちら

19.

SGLT2阻害薬およびGLP-1受容体作動薬は女性と高齢者に対しても有効か?(解説:住谷哲氏)

 SGLT2阻害薬およびGLP-1受容体作動薬が、心不全や慢性腎臓病を合併した2型糖尿病患者の予後を改善することは多数のRCTおよびそのメタ解析の結果から明らかにされている1)。しかし、その有効性が性別および年齢によって異なるのかはこれまで明らかではなかった。そこで本論文では既報のRCTの結果を基に、MACEとHbA1cとを主要評価項目として、年齢×治療、性別×治療の交互作用interactionsの有無をネットワークメタ解析により推定した。 592試験がHbA1cの解析対象となり、そのうちでGLP-1受容体作動薬の9試験、SGLT2阻害薬の8試験がMACEの解析対象となった。性別でみると男性の比率が最も高かったのはSGLT2阻害薬エンパグリフロジンのEMPA-REG OUTCOME試験で71.5%であり、最も低かったのはGLP-1受容体作動薬デュラグルチドのREWIND試験で53.7%であった。また年齢でみると、SGLT1/2阻害薬sotagliflozin(国内未発売)のSOLOIST-WHF試験で68.7歳が最高齢であり、SGLT2阻害薬カナグリフロジンのCREDENCE試験が56.4歳で最も若かった。 結果は、SGLT2阻害薬およびGLP-1受容体作動薬の両薬剤ともに、HbA1cの低下およびMACEの減少に性別は有意な影響を及ぼさなかった。つまり性別を問わず両薬剤は有効であった。しかし年齢に関しては、SGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬とは異なる交互作用が認められた。HbA1cの低下については、SGLT2阻害薬では高齢者は若年者に比較して有意に小さく、逆にGLP-1受容体作動薬では高齢者は若年者に比較して有意に大きかった。MACEの減少については、SGLT2阻害薬では高齢者は若年者に比較して有意に大きく、逆にGLP-1受容体作動薬では高齢者は若年者に比較して有意に小さかった。これから考えると両薬剤のMACE減少効果とHbA1c低下作用とは関連がないことがわかる。 以上の結果から、MACE減少を期待するならば高齢者にはSGLT2阻害薬を、若年者にはGLP-1受容体作動薬の投与を積極的に考慮すべきだろうか? 注意すべきは、解析対象となった試験はすべて心血管イベントリスクのきわめて高い患者を対象としたCVOTであり、80歳以上の高齢者はほとんど対象に含まれていない点だろう。高齢者ではフレイルの有無が薬剤選択に影響することが少なくない。両薬剤ともに体重減少を伴うことが多い点は十分に考慮する必要がある。

20.

失明を来し得る眼疾患のリスクがセマグルチドでわずかに上昇

 2型糖尿病の治療や減量目的で処方されるセマグルチドによって、非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)という失明の可能性もある病気の発症リスクが、わずかに高まることを示唆するデータが報告された。米ジョンズ・ホプキンス大学ウィルマー眼研究所のCindy Cai氏らの研究によるもので、詳細は「JAMA Ophthalmology」に2月20日掲載された。 NAIONは、網膜で受け取った情報を脳へ送っている「視神経」への血流が途絶え、視野が欠けたり視力が低下したり、時には失明に至る病気。一方、セマグルチドはGLP-1受容体作動薬(GLP-1RA)という薬の一種で、血糖管理や減量のために処方される。2024年に、同薬がNAION発症リスクを高めるという論文が発表された。ただし、ほぼ同時期にその可能性を否定する研究結果も発表されたが、安全性の懸念が残されている。これらを背景としてCai氏は、複数のデータベースを統合した大規模サンプルを用いた後ろ向き研究を実施した。 解析には、医療費請求データや電子カルテなど計14件のデータを使用し、二つの手法でNAION発症リスクを検討した。一つ目は、セマグルチドが新たに処方された患者と、セマグルチド以外のGLP-1RA、およびGLP-1RA以外の血糖降下薬が処方された患者を比較する、実薬対照コホートデザインによる検討。二つ目は、同一患者内で当該薬剤を使用していた期間と使用していなかった期間とでリスクを比較する、自己対照研究デザインによる検討。 解析対象は3710万人の2型糖尿病患者であり、そのうち81万390人がセマグルチドの新規使用者だった。NAIONの発症リスクの検討には、1件の診断コードのみで定義した高感度モデルと、90日以内に2件以上の診断コードが記録されている場合で定義した高特異度モデルという2パターンを用いた。NAION発症率は、高感度モデルでは10万人年当たり14.5、高特異度モデルでは同8.7だった。 実薬対照コホートデザインの高感度モデルでは、セマグルチドはSGLT2阻害薬のエンパグリフロジン、DPP-4阻害薬のシタグリプチン、SU薬のグリピジドとの比較でNAIONリスクに有意差はなかった。高特異度モデルでは、エンパグリフロジンとの比較でのみ、リスクが有意に高かった(ハザード比〔HR〕2.27〔95%信頼区間1.16~4.46〕)。 自己対照研究デザインにおいてセマグルチドは、高感度モデルで発生率比(IRR)1.32(同1.14~1.54)、高特異度モデルでIRR1.50(同1.26~1.79)と有意なリスク上昇が認められた。また、別のGLP-1RAであるエキセナチドも高特異度モデルでIRR1.62(同1.02~2.58)と有意なリスク上昇が認められた。 著者らは、「われわれの研究により、セマグルチドとNAIONリスクとの関連についての新たなエビデンスが示された。認められたリスクは先行研究に比べて小さかった。潜在的なメカニズムや因果関係の特定のために、さらなる研究が求められる」と述べている。またCai氏は、「セマグルチドは全身性の副次的効果が豊富な薬剤ではあるが、患者と医師はNAIONのリスクに留意する必要がある」としている。

検索結果 合計:303件 表示位置:1 - 20