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心不全患者とポリファーマシーの本質を考える【心不全診療Up to Date】第8回

第8回 心不全患者とポリファーマシーの本質を考えるKey Pointsポリファーマシーの「質」と「量」を考えるポリファーマシーへの対策潜在的不適切処方、有害事象を起こす可能性のある薬剤はないか?本気の多職種連携で各施設・地域に合った効率良い対策を考えるはじめにこれまで、心不全患者において、診療ガイドラインに準じた標準的心不全治療(guideline-directed medical therapy:GDMT)を行うことの重要性を詳しく説明してきた。ただ、その際、常に議論となるのが、ポリファーマシー(多剤併用)問題である。この問題の本質は何か、そしてその対策としてすぐにできることは何か、本稿ではこのポリファーマシーを取り上げてみたい。 ポリファーマシーの「質」と「量」を考えるポリファーマシーを考える上で大切になってくるのが、「質」と「量」という視点である。「質」的なポリファーマシーとは、臨床的に必要とされる以上に多くの薬剤を処方されている状態であり、「量」的なポリファーマシーとは、5種類以上の薬剤内服と定義される。「量」的なポリファーマシーの中でも、10種類以上を内服している場合を“ハイパーポリファーマシー”と呼ぶが、TOPCAT試験(EF≥45%、平均69歳)のサブ解析1)にて、このような症例では入院のリスクが1.2倍であったという報告もあり(図1)、数が多いということも予後に大きく関連することがわかっている。つまり、「質」と「量」の両面から、このポリファーマシーというものをしっかり考えることが、薬剤数を適切に減らすうえで、極めて重要となる。(図1)心不全患者のポリファーマシー画像を拡大するでは、「質」的なポリファーマシーを考えるうえで何が一番重要となるか。それは、患者の生命予後やQOLに最も影響を及ぼす疾患・病態をしっかり把握し、薬剤の中でもできる限りの優先順位をつけておくことであろう。この連載のテーマは、心不全診療であるので、今回は、患者の生命予後やQOLに最も影響を及ぼすものが心不全である場合を考えていきたい。たとえば、駆出率の低下した心不全(HFrEF)患者においては、第1回で説明した通り、生命予後・QOL改善のために、原則4剤(RAS阻害薬/ARNi、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)の投与が推奨されており、どれだけ薬剤数が多くて何かを減らしたいとしても、この4剤は原則最後まで残しておくべきである。もちろん、食事摂取状況やADLなどの患者背景、腎機能などの検査所見などから、この4剤のうちどれかを中止せざるを得ない場面に遭遇することもあるが、安易な中断はかえって予後を悪化させるリスクもあり、注意が必要である。さらに例えて言うと、高カリウム血症よりも心不全予後改善薬を中止するほうが、長期的には予後やQOLを悪化させる可能性もあり2)、一旦中止してもその後に再開できないかを常に検討することが重要と考えられる。そして、もしその4剤の中のどれか1つでも投与開始や再開を見送る場合は、その薬剤を『投与しないリスク』についても患者側としっかり共有しておくことも忘れてはならない。そして、ポリファーマシーを考える上で、もう一つのキーとなる言葉が、『服薬アドヒアランス』である。この大きな原因は、患者自身がなぜその薬剤を飲んでいるか理解していないことが挙げられる。ある研究では、心不全患者の41%において、服薬アドヒアランスの低下を認め、この群では、アドヒアランス良好な群と比較して、心不全入院または死亡のリスクが2.2倍に上昇していたと報告されている3) 。つまり、ポリファーマシー対策を考える上で、患者といかに共同意思決定(Shared Decision Making)を行うか、など服薬アドヒアランス向上のための戦略もセットで、それぞれの施設や地域に適した形で考えることも大変意義のあることである。では少し具体的な対策について考えてみたい。ポリファーマシーへの対策1. 潜在的不適切処方(Potentially inappropriate medications:PIMs)、有害事象を起こす可能性がある薬剤(Potentially harmful drug:PHD)はないか?ポリファーマシー改善の第一歩は、PIMsがないか、適宜、処方されているすべての薬剤の見直しを行うことである。とくに、外来主治医が一人ではない場合、システム上それが漏れてしまうことが多く、年に1回でもよいので、総点検を実施することが大切である(できれば病院のシステムとして)。その際に参考となるプロトコル、アルゴリズムを表と図2に示す。(表)処方中止プロトコル画像を拡大する(図2)処方薬の中止/継続を判断するためのアルゴリズム画像を拡大するこのようなものをベースに、それぞれの施設に合った形で実施していただければ、大変効果的であると考える。そして、もう一つ重要なのが、心不全患者で注意すべき有害事象を起こす可能性がある薬剤(PHD)を服用していないか、ということにも注意を払うことである。その薬剤については、米国のガイドラインに明記されており、(1)抗不整脈薬、(2)Ca拮抗薬(アムロジピン以外)、(3)NSAIDs、(4)チアゾリジン薬(商品名:アクトスほか)である10)。とくに、抗不整脈薬は、加齢に伴い生理・代謝機能が低下することで、体内の薬物動態が変化し、本来の目的ではない催不整脈作用や併用薬の相互作用が顕在化するリスクがあるので、きわめて注意が必要である。また、NSAIDsは、腎臓の血管拡張を抑制(低下)させる腎プロスタグランジンの合成を阻害し、太いヘンレ係蹄上行脚や集合管でのナトリウム再吸収を直接阻害することで、ナトリウムと水分の貯留を引き起こし、利尿薬の効果を鈍らせる可能性がある4-9)。いくつかのコホート研究にて、心不全患者がNSAIDsを使用することで罹患率、死亡率が増加すること、また2型糖尿病患者のデータで、1ヵ月以内の短期のNSAIDsの使用であっても、その後の心不全新規発症率上昇と有意に関連していたという報告も最近されており、たとえ短期の使用であっても定期内服はかなり注意が必要と言える11)。 なお、心不全入院からの退院後90日以内に処方された潜在的有害薬物と再入院・死亡との関連をみた観察研究によると、潜在的有害薬物が実際に処方されていた割合は約12%で、最も頻繁に処方されていた薬剤はNSAIDs(6.7%)であった。次に多かったのが、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(4.7%)で、Ca拮抗薬はその後の再入院とも有意に関連していた12)。これらのことから、とくに高齢心不全患者では、上記4種の薬剤のなかでも、抗不整脈薬、NSAIDsの定期投与は、必要最小限に留め、処方する場合も常に中止を検討することが望ましいと考える。2. 本気の多職種連携で、それぞれの施設、地域に合った効率良い対策を考えるこれまで述べてきたポリファーマシー対策を効率よく実施し、それを長続きさせるには、医師だけでできることは時間的にも大変限られており、薬剤師、看護師、心不全療養指導士の皆さまにも積極的に介入してもらえるようなシステム作りが重要と考える。薬剤師による介入は、高齢者における薬剤有害事象のリスクを軽減することに有用であるという報告もあるし13)、これらのスタッフ全員がうまく役割分担をして、尊重し合い、サポートし合いながら、ポリファーマシー対策を実施することが、高齢心不全患者が増加しているわが国ではとくに必要であり、今後その重要性はますます増してくるであろう。このような多職種が介入する心不全の疾病管理プログラムの重要性は本邦の心不全診療ガイドラインでも明記されており14)、ぜひ、年に1回は、『処方薬、総点検週間』を設けるなど、積極的なポリファーマシーへの介入を実施していただければ幸いである。1)Minamisawa M, et al. Circ Heart Fail. 2021;14:e008293.2)Rossignol P, et al. Eur Heart Fail. 2020;22:1378-1389.3)Wu JR, et al. J Cardiovasc Nurs. 2018;33:40-46.4)Gislason GH, et al. Arch Intern Med. 2009;169:141-149.5)Heerdink ER, et al. Arch Intern Med. 1998;158:1108-1112.6)Hudson M, et al. BMJ. 2005;330:1370.7)Page J, et al. Arch Intern Med. 2000;160:777-784.8)Feenstra J, et al. Arch Intern Med. 2002;162:265-270.9)Mamdani M, et al. Lancet. 2004;363:1751-1756.10)Yancy CW, et al. J Am Coll Cardiol. 2013;62:e147-239.11)Holt A, et al. J Am Coll Cardiol. 2023;81:1459–1470.12)Alvarez PA, et al. ESC Heart Fail. 2020;7:1862-1871.13)Vinks THAM, et al. Drugs Aging. 2009;26:123-133.14)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

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春休みはフロリダの巨大なWalt Disney Worldへ!【臨床留学通信 from NY】第47回

第47回:春休みはフロリダの巨大なWalt Disney Worldへ!先日は休暇でした。こちらアメリカのレジデント/フェローは年に約4週間の休暇が取れます。日本ですと多くは夏休みが1週間あるくらいなので、4週間もあるのはありがたいです。問題は休みがあっても金銭的にはレジデント/フェローの給料では生活が基本赤字なため、なかなか豪勢な休みの取り方ができないのがつらいところです。さてこの休暇は子供たちの春休みに合わせて、2週間のうちの1週間はフロリダのWalt Disney Worldに行ってきました。Walt Disney Worldは面積でいうと山手線内よりも広く、マンハッタンの2倍の面積があるとされています。その中に4つのテーマパークのMagic Kingdom、Hollywood Studio、EPCOT、Animal Kingdomがあります。Magic Kingdomは日本の東京ディズニーランドのようなもので、ビックサンダーマウンテンがあったりします。スプラッシュマウンテンは人種差別の問題もあり、ちょうど私たちが訪れる前に閉鎖してしまいました。Hollywood Studioの中にはスターウォーズのアトラクションがあり、個人的には一番楽しかったです。EPCOTにはアナ雪、Animal Kingdomにはアバターがあったりしましたが、アバターは子供の身長制限もあり、乗れませんでした。とにもかくにも4つのパークを巡るのが朝から晩まで。といっても4月上旬のフロリダの気温は33度まで上がります。過酷な日々でした。毎日2万歩近く歩いていたため疲労困憊。いずれのパークでも、夜の9時から始まる花火などのショーは疲れ果てて、まったく見ることができませんでした。パークのチケット代は1人135ドル、ファストパスのようなライトニングレーンと呼ばれるものを購入するのに35ドルで計170ドル。日本円で1人22,000円もします。4つのパークを4人で回ったら頭がくらくらする額で、夢の国は現実に戻ると高過ぎる、というところです。節約のため、ホテル、飛行機はクレジットカードのポイントを駆使して2,700ドル相当を浮かしてやりくりしました。次回はディズニー直営のホテルに泊まって、開園前から人気のライドにちょっと乗って、昼はプールで休み、夜はまたパークに戻るというような、もっとゆとりのある過ごし方をしたいものです。

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糖尿病のある人を知らずに傷つける糖尿病スティグマ/糖尿病学の進歩

 2月17日・18日に東京・東京国際フォーラムで「第57回 糖尿病学の進歩」(世話人:馬場園 哲也氏[東京女子医科大学 内科学講座 糖尿病・代謝内科学分野 教授・基幹分野長])が開催された。 近年、「糖尿病」という病名について患者や医療者から疑問の声が出され、糖尿病というネガティブなイメージからさまざまな不利益を受けていることも表面化している。そこで本稿では、「糖尿病診療に必要な知識」より「糖尿病スティグマとアドボカシー活動」(田中 永昭氏[国家公務員共済組合 枚方公済病院 内分泌代謝内科])の内容をお届けする。医療者は糖尿病のある人を知らずに傷つけているかもしれない 糖尿病という「スティグマ=烙印」は、マイナスイメージであり、今では「『恥』や『不信用』の烙印となっている」と田中氏は指摘する。また、糖尿病というだけで就職できない、保険への加入ができないなど糖尿病のある人には社会的な不利益が起こっているだけでなく、本人の自尊感情の低下や治療機会の喪失なども散見されるという。 これらの偏見や差別は、社会の糖尿病の知識と理解の不足から起こるものであり、実際、糖尿病のある人の多くは決して「食べ過ぎ」などの不健康な生活習慣が起因するものではなく、最近の調査では40歳からの平均余命も糖尿病のない人と変わらないと報告されている。 そして、「医療者から糖尿病のある人へのスティグマもみられることも重要な課題である」と田中氏は指摘する。たとえば、いわゆる「療養指導」がうまくいかないときに「やっぱり糖尿病だから」と相手をみてしまったり、口走ってしまったりすることがみられるという。糖尿病のある人と話し合うときに、医療者が理想の患者像を勝手に創造し、糖尿病のある人を低くみていることが問題とされる。そして、こうした行動や発言がされることで、糖尿病のある人に自己スティグマを負わせ、自分は誰かに相談したり、誰かの助けを求めたりするに値しない人間だと思わせてしまい、ひいては糖尿病治療の中断や医療機関への通院を止めるなど、さらに糖尿病治療へ悪い影響をもたらすと田中氏は懸念を示す。 実際、田中氏らが信頼性と妥当性を担保したスティグマ質問票「KISS(Kanden Institute Stigma Scale)」を開発・調査したところ、糖尿病のある人は糖尿病のない人と比べてKISSの総スコアが有意に高値であったことから、糖尿病のある人は糖尿病というスティグマに苦しんでいる状況がうかがえたという。糖尿病スティグマ解消のためにできること こうした、病気へのスティグマへの解決方法の1つに“Shared decision-making”がある。これは、医療者と糖尿病のある人がエビデンスに基づく治療や糖尿病のある人の人生観を共有することで、一緒に治療方針や目標を決定するというものである。「糖尿病のある人との面談の際、医療者は尊厳を持ち、相手の話をよく聞き、行動の禁止や拒否、指示、命令などは避けるように心がける必要がある」と田中氏は提案する。 アドボカシー(提言)活動については、日本糖尿病協会が行っており、糖尿病の特性などについて社会に認知してもらうために数々の提言を行っている。とりわけ近年では、「糖尿病」という病名に対して、糖尿病のある人にとって心理的な負担が大きいことから、見直しの議論が始められている。同会ではそのほかにも、糖尿病という病気の誤った認識の是正や正しい理解の内容を発信している。また、すぐにできることとして医療用語の改訂なども提案している。たとえば、「アドヒアランス」を「実施率」へ、「血糖コントロール」を「血糖マネジメント」などへの言い換えである。「血糖マネジメント」については、「『糖尿病のある人と医師が共通の目標を立てて、その達成のための計画を話し合うこと』という、本来医療者が実施したいことを適切に表現する言葉を使うべきだ」と田中氏は提言する。 最後に田中氏は、「糖尿病スティグマを認識することで、医療者も糖尿病のある人を模範的な患者像に押し込めるような関わり方は止めて、スティグマ解消に立ち上がってもらいたい」と期待を寄せた。

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中等症~重症円形脱毛症、ritlecitinibで改善/Lancet

 経口ヤヌスキナーゼ(JAK)3/TECファミリーキナーゼ阻害薬ritlecitinibは、12歳以上の円形脱毛症患者に有効で忍容性も良好であることを、米国・イェール大学のBrett King氏らが、日本を含む18ヵ国118施設で行われた第IIb/III相無作為化二重盲検プラセボ対照用量設定試験「ALLEGRO-2b/3試験」の結果、報告した。円形脱毛症は、頭皮、顔または体毛の非瘢痕性脱毛を特徴とするT細胞を介した自己免疫疾患である。これまで円形脱毛症に対する治療法はほとんどなかったが、JAK1/JAK2阻害薬バリシチニブが、2022年6月に米国および欧州で成人の円形脱毛症の治療薬として初めて承認された。しかし、バリシチニブの臨床試験には18歳未満の若年者が含まれていなかったため、円形脱毛症治療のアンメットニーズが残されたままであった。Lancet誌オンライン版2023年4月13日号掲載の報告。12歳以上の中等症~重症円形脱毛症718例を7群に無作為化 研究グループは、脱毛症重症度評価ツール(Severity of Alopecia Tool[SALT]範囲:0[脱毛なし]~100[全頭脱毛])で測定した頭部脱毛が50%以上の、中等症~重症円形脱毛症と診断された12歳以上の患者を、ritlecitinib 200mg1日1回4週間負荷投与後50mg1日1回投与群(200mg+50mg群)、200mgを4週間負荷投与後30mg投与群(200mg+30mg群)、50mg群、30mg群、10mg群、プラセボ24週間投与後延長期にritlecitinib 200mgを4週間負荷投与後50mg投与(プラセボ→200mg+50mg群)、またはプラセボ24週間投与後延長期にritlecitinib 50mg投与群(プラセボ→50mg群)に、2対2対2対2対1対1対1の割合にベースラインの疾患重症度と年齢で層別化して無作為化に割り付けた。 主要エンドポイントは、24週時におけるSALTスコア20以下(頭部脱毛が20%以下)に基づく奏効率である。 2018年12月3日~2021年6月24日の期間に、1,097例がスクリーニングされ、適格基準を満たした718例が200mg+50mg群(132例)、200mg+30mg群(130例)、50mg群(130例)、30mg群(132例)、10mg群(63例)、プラセボ→50mg群(66例)、プラセボ→200mg+50mg群(65例)に割り付けられた。奏効(頭部脱毛が20%以下)を得られた患者は200mg+50mg群で31% 718例の患者背景は、女性446例(62%)、男性272例(38%)、白人488例(68%)、アジア人186例(26%)、黒人またはアフリカ系アメリカ人27例(4%)であった。718例中104例が治療を中止した(脱落34例、有害事象19例、医師の判断12例、無効12例、追跡調査不能13例、長期投与試験へ移行5例、妊娠4例、プロトコル逸脱2例、COVID-19による追跡調査拒否1例、COVID-19による最終診察遅延1例、服薬順守違反1例)。 24週時の奏効率は、200mg+50mg群31%(38/124例)、200mg+30mg群22%(27/121例)、50mg群23%(29/124例)、30mg群14%(17/119例)、プラセボ群2%(2/130例)であり、奏効率のプラセボ群との差は200mg+50mg群で29.1%(95%信頼区間[CI]:21.2~37.9、p<0.0001)、200mg+30mg群で20.8%(13.7~29.2、p<0.0001)、50mg群で21.9%(14.7~30.2、p<0.0001)、30mg群で12.8%(6.7~20.4、p<0.0002)であった。 延長期間を含めた48週間における有害事象の発現率は、200mg+50mg群82%(108/131例)、200mg+30mg群81%(105/129例)、50mg群85%(110/130例)、30mg群80%(106/132例)、10mg群76%(47/62例)、プラセボ→200mg+50mg群83%(54/65例)、プラセボ→50mg群86%(57/66例)で、各群において同程度であった。死亡例は報告されなかった。

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胃がん患者向けGLが19年ぶり改訂、2023年3月発表のエビデンスも反映

 2023年3月に「患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2023年版」が発刊された。2004年版以来、19年ぶりの改訂となる。そこで、金原出版は2023年3月31日に、本ガイドラインの作成委員長を務めた寺島 雅典氏(静岡県立静岡がんセンター胃外科/副院長)を講師に迎え「胃がんの標準治療の今-開発の歴史と今後確立が予想されるエビデンス」をテーマにセミナーを開催した。患者さんに正しい情報へアクセスしてもらいたい 胃がんについては、2004年版を最後に患者さん向けのガイドラインが作成されていなかった。しかし、寺島氏は「患者さんがインターネットなどで目にする情報には不適切なものが多く、正しい情報にたどりつけない方も多い」と言う。そこで、「正しい情報を提供するには、患者さん向けのガイドラインが必要だと感じ、胃癌治療ガイドライン 第6版1)の内容を基に作成することにした」と述べた。 「患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2023年版」は、第1章では「胃はどこにあるのか」といった基本的なことから、「胃がんはどのようながんか」「胃がんはどのように進展するか」といった内容まで、胃がんのことが総合的にわかるように作成されている。寺島氏は「この部分が患者さんへの説明に非常に役立つと考えている」と話した。第2章では、医師向けの「胃癌治療ガイドライン 第6版」の内容を患者さんがわかるように平易な言葉で説明されている。第3章では、患者さんが疑問に感じることについて、多くのQ&Aが用意されている。 本ガイドラインは患者団体からの意見も取り入れて作成されており、用語の解説を豊富に取り入れるなど、患者さんにとって理解しやすいように作成されているのも特徴である。胃がんの最新のエビデンスを反映 胃がんの外科的治療は目覚ましい進歩を遂げている。以前は、開腹手術が一般的で、進行がんの一部では拡大手術が推奨されていた。しかし、JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)胃がんグループの進行胃がんに対する臨床試験2-5)において、進行胃がんに対する外科手術の意義が見直され、侵襲を減らすことの重要性が注目されるようになった。そしてStageIの胃がんでは、腹腔鏡下胃切除が開腹胃切除と比べて、無再発生存期間に関して非劣性であるというエビデンス(JCOG0912)6)などを基に、腹腔鏡下胃切除が標準治療の1つとして推奨されるようになった1)。さらに、2023年3月にはStageII/IIIの胃がん患者を対象とした幽門側胃切除術に関する臨床試験(JLSSG0901)において、腹腔鏡下胃切除は開腹胃切除と比べて無再発生存期間が非劣性であったという結果が報告された7)。「患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2023年版」では、この2023年3月発表のエビデンスも盛り込まれ、腹腔鏡下胃切除術の解説が掲載されている。また、さらに進歩したロボット支援手術も推奨される時代になっており、これについても本ガイドラインで解説されている。 薬物治療についても進歩が著しく、抗PD-L1抗体薬の使用が推奨され、今後も新しい分子標的治療薬が登場する予定である。そこで本ガイドラインでは、2021年発刊の「胃癌治療ガイドライン 第6版」の情報だけでなく、WEB速報版8)の内容も取り入れられている。具体的には「図30 推奨されるがん薬物療法」において、「HER2陰性の治癒切除不能な進行・再発胃がん/胃食道接合部がんにおけるニボルマブと化学療法を含む治療」が、1次化学療法の選択肢に追加されている。 そのような背景を踏まえて、「Q3 HER2、CPS、MSIって何ですか?」など、用語の解説も多く掲載されている。寺島氏は「患者さんが治療を理解・納得したうえで、医療者と治療方法を決めていく、Shared Decision Making(SDM)が極めて重要である」と述べ、本ガイドラインを活用してほしいと語った。ガイドライン普及のために 本ガイドラインの患者さんへの普及のために医療者に期待することを聞くと、寺島氏は、「看護師をはじめとするコメディカルの方も手に取って、理解を深めてほしい。そうすることで患者さんの説明もよくわかるようになるため、日々の業務に活用できると考えている。そして、コメディカルの方からも患者さんへこのガイドラインを紹介していただけるとありがたい」と述べた。 なお、金原出版では国立がん研究センター中央病院に、本邦初の医学書の自動販売機を設置し、がん患者さん向けのガイドラインを販売する取り組みを行っている。書籍紹介『患者さんのための胃がん治療ガイドライン 2023年版』■参考文献1)日本胃癌学会編集. 胃癌治療ガイドライン 医師用 2021年7月改訂 第6版. 金原出版;2021.2)Sasako M, et al. N Engl J Med. 2008;359:453-462.3)Sasako M, et al. Lancet Oncol. 2006;7:644-651.4)Sano T, et al. Ann Surg. 2017;265:277-283.5)Kurokawa Y, et al. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2018;3:460-468.6)Katai H, et al. Lancet Gastroenterol Hepatol. 2020;5:142-151.7)Etoh T, et al. JAMA Surg. 2023 Mar 15. [Epub ahead of print]8)日本胃癌学会. 胃癌治療ガイドライン 医師用 第6版 学会WEB速報

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ACC2023で発表、新たな関係を築くには学会での交流が欠かせない【臨床留学通信 from NY】第46回

第46回:ACC2023で発表、新たな関係を築くには学会での交流が欠かせない前回コラムでも書かせていただきましたが、3月上旬にニューオーリンズでACC(米国心臓病学会)がありました。Moderated Poster Sessionという、電光掲示板のポスターセッションでの発表でした。海外学会でよくある“ポスター貼り逃げ”(海外学会の通常のポスターセッションでは、日本と違って、発表、質疑応答などはなく、ただ立っているのみです)とはいかず、決まった時間の発表、および質疑応答の対応が必要です。渡米5年目とはいえ、1度や2度自作のポスターを眺めただけではすらすらとは英語は出てこないため、ある程度のストーリーを作って何回かぶつぶつ呟いて練習しておく必要があります。アメリカあるあるですが、行きの飛行機が5時間遅れだったため、そこで入念に練習することができ、発表は事なきを得ました。奇しくも、座長は私と同じMontefiore Medical Centerの先生でした。発表後、周りからの質疑にも回答することでき、他の座長の先生から「想定質問があったの?」とお褒めの言葉(?)もいただきました。心臓カテーテル領域のTCTという学会のニュースサイトのインタービューも受け、こちらの記事で紹介されました。学会といえば、セッションを聞いて、夕方になったらせっかく訪れた現地の観光もしたいところですが、ここはresearch giantsとのコネクションをキープするため、偉い先生方のセッションに足繁く通います。普段メールでやり取りしているとはいえ、学会の都度の挨拶は欠かせません。フェローシップのマッチの前などは、むしろ「推薦状を書いてください」といったお願いをすることが多かったのですが、今回は晴れてご挨拶のみで済んだのも気が楽でした。また、2024年7月からマサチューセッツ総合病院のカテーテル治療フェローを開始しますが、そこのプログラムディレクターが、実はACC2023のチェアパーソンのDouglas Drachman先生でした。昨年Zoom面接を経たのみだったので、直接にご挨拶ができたのもよかったです。それ以外にも、新たにメールで繋がることができていたハーバード系の先生方とも、現地で会うことで、新しい研究プロジェクトの話もできたのは有意義でした(Nice to e-meet youからNice to meet you)。米国内や日本から参加される日本人の先生方と会って情報交換できるのも楽しいものです。最近はハイブリッドの学会に慣れてきたせいか、ほとんどセッションには参加せず、後でオンデマンドを聴くことが多いです。朝一のセッションに早く起きれなくて間に合わなくても、オンラインでLate breaking clinical trialを聴くこともできます。結局、学会は人に会い、勉強はセッションをその場もしくはオンデマンドで聞く、または同時発表で文献になっていればそれを逐一チェックという流れになりそうです。実のところフェローの給料で学会参加はかなり大変なのですが、今回は発表があったので、プログラムが1,500ドルのサポートをしてくれました。といっても学会参加費用400ドル、宿泊3泊500ドル(他より安い反面、学会会場まで歩いて30分…)、飛行機350ドル(直行便が高く経由便にしてこの価格)となり、Uber、食事込みで合計1,500~1,600ドルかかりました。日本の学会に参加するよりはかなり高いのがネック、参加するためにはお金の工面も必要です。Column今回は同僚フェローのポスター発表セッションも聴講することができました。アメリカ人は合理的なのか、実はリサーチや学会発表に興味がある人はほんの一握りで、30人以上いるフェローの中で参加したのは6人のみ。参加しても多くはフェローシップアプライ前など、履歴書の見栄えを良くしたいという理由であって、リサーチ自体に興味がある人はほとんどいません。実際にこのような学会で発表する人は、レジデントでこれから循環器フェローを狙う人、はたまた循環器フェロー中で、インターベンション、不整脈や重症心不全といったアドバンスドフェローを狙う人に限定されています。

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オンライン学会の英語発表!トラブル時に使えるこの表現【学会発表で伝わる!英語スライド&プレゼン術】第13回

オンライン学会の英語発表!トラブル時に使えるこの表現コロナ禍で急増したオンライン学会。オンラインのプレゼンでは、オフライン(現地)とはまた違った特有の言い回しを知っておく必要があります。ここでは、そんな「オンライン学会ならでは」のフレーズを取り上げます。たとえば、よくあるこんなトラブル。「映像がうまく映らない」、「音声がうまく聞こえない」などの際には、どのように伝えればよいでしょうか?映像のトラブルシューティングが必要な際のフレーズCan you see my slides?(私のスライドが見えていますか?)I’m afraid I can’t see your screen very well.(残念ながら、あなたの画面があまりよく見えません)これらはとてもシンプルな文法で、あまり難しくはないでしょう。例文にある“I’m afraid”は絶対に必要なわけではありませんが、冒頭に付けることで、マイルドな言い方にすることができます。学会などでは見ず知らずの人とやり取りをすることが大半ですから、このような表現も覚えておくと便利です。I may have a problem with the connection.There might be something wrong with my Wi-fi.(インターネット/Wi-Fiの接続が悪いかもしれません)インターネットの接続が悪い場合には、“connection”という単語を使うことができます。あるいは、単に“Wi-fi”と言ってもよいでしょう。音声のトラブルシューティングが必要な際のフレーズYour voice is breaking up.(そちらの音声が途切れ途切れです)“break up”は恋愛のシーンで恋人同士が別れてしまったときに使うフレーズとして記憶している人も多いかもしれません。しかし、ここではそういう意味ではなく、「音声が途切れ途切れである」ことを示すために用いています。単に“You are breaking up.”と言うだけでも同じ意味で用いることができます。加えて、その後に“a lot”や“a bit”などを付けることにより、「ひどく」「ちょっと」というような音声の途切れ方の程度を示すこともできます。I’m afraid I can’t hear you well.(残念ながらあなたの音声がよく聞こえません)Could you get closer to the microphone?(もう少しマイクに近づけますか?)Sorry for the noise in the background.(周りが騒がしくてすみません)Could you mute yourself, please?(音声をオフにしていただけますか?)このあたりも、文法的には平易な文章でしょう。音声の「オン・オフ」は(すでにカタカナで日本語にもなっていますが)“unmute”、“mute”という動詞を使います。音声をオフにしてほしいときには、“mute”という動詞を使います。講師紹介

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第157回 抗肥満薬の体重減少効果と維持期間は?

ノボ ノルディスク ファーマによると、肥満症を治療する同社のGLP-1受容体作動薬(以下、GLP-1薬)セマグルチド(商品名:ウゴービ皮下注)で体重は有意に減るものの、一般的に肥満症治療薬は使用を止めると多くの場合2~3年後には体重減少は半分ほどとなり、5年ほどもすると残念ながらほぼ元通りの体重に逆戻りしてしまうようです1,2,3)。医療の進歩について話し合うConsumer News and Business Channel(CNBC)主催の会議Healthy Returns Summitで同社の創薬部門リーダーKarin Conde-Knape氏がそう述べました。ノボ ノルディスク ファーマはもともとGLP-1薬による2型糖尿病治療を開発し、その過程で同剤の生理作用がかなり多岐にわたることを見出し、肥満治療としての検討にも着手しました。その甲斐あって誕生したのが先月末に日本で承認された肥満症治療薬ウゴービです。肥満は2型糖尿病の主因の1つであり、ウゴービは2型糖尿病の予防を担う薬剤になりつつあるとノボ ノルディスク ファーマのCEO・Lars Fruergaard Jorgensen氏は同会議で言っています。われわれの体に備わる生来のGLP-1は腸から放出され、空腹感や満腹感をもたらす脳の食欲調節領域に至って信号を伝達します。しかし肥満になりやすい人はどうやらその伝達に支障があり、それゆえ生来のGLP-1の働きを助けるウゴービのような薬剤が有用です。週1回皮下注射するウゴービの成分セマグルチドのアミノ酸配列は生来のGLP-1と94%同一で、生来のGLP-1と同様にGLP-1受容体を活性化し、カロリー摂取を抑えて体重減少をもたらします4)。半減期は投与間隔と同じ約1週間で、最後の投与から5~7週間は血液循環に残存します。Conde-Knape氏によるとウゴービ治療患者の約30%が体重の20%減少を達成しており、他のこれまでの治療にはるかに勝ります。Conde-Knape氏は肥満症治療薬を止めたあとの体重リバウンドの一般的な傾向をCNBCの会議で話しましたが、ウゴービに限った解析結果も同社はすでに把握済みです。昨春2022年4月に論文報告されたその解析結果は後にウゴービとして世に出るセマグルチド2.4mg週1回皮下注射の効果を調べた第III相試験STEP 1の被験者の追跡結果に基づきます。STEP 1試験には糖尿病ではない肥満成人2千人近く(1,961人)が参加し、68週間のセマグルチド2.4mg投与で体重が平均17.3%減少しました。その体重減少の70%ほど(11.6%)がセマグルチド投与を止めてから120週後までに悲しいかな復活し、17.3%だった体重の下げ幅はわずか5.6%に縮小していました。肥満症治療薬を止めたあとに体重が戻ってしまう仕組みについてさらなる研究が必要ですが、ともあれ肥満は頑固であり、体重減少の維持には治療を継続しなければいけないようです。ウゴービ投与で体重減少を維持できるのは今のところ最長で2~3年だとデータで示されていますが、さらに長期の治療の経過が依然として必要だとConde-Knape氏は言っています。肥満対策は生活習慣の改善だけに委ねるだけではもはや不十分との認識がウゴービのような肥満症治療薬の普及を背景にして世界で共有されつつあるようであり、低~中所得国政府の薬剤調達の指針となる必須薬一覧(essential medicines list)への肥満症治療薬の追加の検討を世界保健機関(WHO)が始めています5)。近々特許が失効して安価な後発品が作れるようになるノボ ノルディスク ファーマの肥満症治療薬Saxendaの有効成分liraglutideを必須薬一覧に含めることを米国の研究者と医師3人は要請しており、WHOに助言する専門家一同が今月中に検討に当たります。新たな必須薬一覧は今秋9月には完成する見込みです。参考1)People taking obesity drugs Ozempic and Wegovy gain weight once they stop medication / CNBC2)Novo Nordisk says stopping obesity drug may cause full weight regain in 5 years / Reuters3)CNBC Transcript: Novo Nordisk A/S CEO Lars Fruergaard Jorgensen & Global Drug Discovery SVP Karin Conde-Knape Speak with CNBC’s Meg Tirrell During CNBC’s Healthy Returns Summit Today / CNBC4)Wegovy Prescribing Information5)Exclusive: WHO to consider adding obesity drugs to 'essential' medicines list Reuters

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第156回 コロナ感染後の脳のもやもやがADHD薬グアンファシンで改善

日本で承認済みの注意欠如・多動症(ADHD)治療薬「グアンファシン(商品名:インチュニブ)」が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後症状(long COVID)の1つとして知られる脳のもやもや(brain fog)に有効かもしれないことが12例への投与試験で示唆されました1)。脳のもやもやは頭の働きの低下が続くことの俗称であり、脳の前頭前皮質(PFC)が担う実行・記憶・注意力、やる気を損なわせ、仕事や日常生活を妨げます。COVID-19患者の脳ではNMDA受容体(NMDAR)を阻害するキヌレン酸が多いことが知られています。脳のもやもやに似た症状を呈する外傷性脳損傷(TBI)の治療薬として検討されているN-アセチルシステイン(NAC)はキヌレン酸生成酵素を阻害してNMDAR伝達を回復させるらしく、グアンファシンはその伝達を後押ししてPFCの神経連結を強化する働きが期待できます。幸いにもグアンファシンとNACはどちらも忍容性が良好であり、long COVIDへの可能性を見出したエール大学の精神神経科医Arman Fesharaki-Zadeh氏らはそれら2剤を脳のもやもやを訴える患者に投与することを試みました。その結果、コロナ感染から3~14ヵ月経つものの認知障害が治まらず、複数作業の同時遂行(multi-tasking)・専念・集中などの遂行機能が低下していた12例のうち8例の脳のもやもやが投与の甲斐あって軽減しました。ただし、両剤の忍容性は良好とはいえ無害というわけではなく、2例はグアンファシンで生じうることが知られる低血圧症やめまいで服用を止める必要がありました。また、追跡が不可能になった患者が2例いました。残りの8例は作業記憶、集中、遂行機能の改善を示し、何例かは日常をいつもどおり過ごせるほどに回復しました。long COVIDのせいで看護師の仕事時間を大幅に短縮せざるを得ずにいた女性被験者1例の経過は示唆に富んでいます。彼女の作業記憶、遂行機能、頭の回転の速さ(cognitive processing speed)はグアンファシン治療でだいぶ良くなっていつもの仕事をこなせるようになりました。しかし急な低血圧症事象(めまい)の発生を受けてその治療を止めたところ認知機能や集中が悪化しました。そこでグアンファシンを再開したところ脳のもやもやが首尾よく再び治まり、めまいの再発なく同剤の服用を無事続けることができました。多くの患者を募ってグアンファシンとNACを検討するプラセボ対照試験の資金が今回の12例の治療報告を契機にして集まることをFesharaki-Zadeh氏らは望んでいます2)。long COVIDの治療手段の検討は他にもあり3)、たとえばファイザーの飲み薬ニルマトレルビル・リトナビル(商品名:パキロビッドパック)の運動、認知、自律神経症状への効果を調べている試験があります4)。また、脳のもやもやや疲労に対する気分安定薬リチウムの試験5)、動悸や慢性疲労を引き起こす体位性起立性頻拍症候群(POTS)に対する重症筋無力症治療薬エフガルチギモド アルファ(日本での商品名:ウィフガート)の試験6)が進行中です。参考1)Fesharaki-Zadeh A, et al. Neuroimmunology Reports. 2023;3: 1001542)Yale Researchers Discover Possible 'Brain Fog' Treatment for Long COVID / Yale Medicine3)Long COVID Clinical Trials May Offer Shortcut to New Treatments / MedScape4)PASC試験(Clinical Trials.gov)5)Effect of Lithium Therapy on Long COVID Symptoms(Clinical Trials.gov)6)POTS試験(Clinical Trials.gov)

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英語で「声が途切れ途切れです」は?【1分★医療英語】第72回

第72回 英語で「声が途切れ途切れです」は?Your voice is breaking up.(あなたの声が途切れ途切れです)Sorry. Let me fix my microphone.(ごめんね。マイクを直させて)《例文1》You are breaking up a bit.(あなたの音声がちょっと途切れ途切れです)《例文2》Your voice is breaking up a lot and I can’t hear you well.(あなたの声がかなり途切れ途切れで、よく聞こえません)《解説》“break up”は恋愛のシーンで恋人同士が別れてしまったときに使うフレーズとして記憶している人も多いかもしれません。その場合には、“We recently broke up.”(私たちは最近別れてしまった)なんていうふうに用いられます。しかし、ここではそういう意味ではなく、「音声が途切れ途切れである」ことを示すために用いられています。新型コロナのパンデミック以降、リモート会議が増えた人も多いでしょう。そんな折に、電波が悪くて相手の声が聞き取りにくい、なんていうシーンにも頻繁に遭遇します。そんなときによく用いる表現がこの“Your voice is breaking up.”です。このように表現することで、相手の音声が割れてしまっていることを伝えることができます。また、単に“You are breaking up.”と言うだけでも同じ意味で用いることができます。加えて、その後に“a lot”や“a bit”などを付けることにより、「ひどく」「ちょっと」というような音声の途切れ方の程度を示すこともできます。これらの表現は、リモート会議だけでなく、電話中などにも使うことができ、比較的登場頻度の高い表現です。これがうまく伝えられないと、話し相手はどんどん話を続けてしまい、コミュニケーションエラーのもとになります。“break up”、ぜひマスターしてくださいね。講師紹介

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DOAC時代のVTE診療の国内大規模研究、再発リスクの層別化評価と出血リスク評価の重要性が明らかに/日本循環器学会

 日本では過去に静脈血栓塞栓症 (肺塞栓症および深部静脈血栓症、以下VTE)の患者を対象とした多施設共同の大規模観察研究:COMMAND VTE Registry(期間:2010年1月~2014年8月、対象:3,024例)が報告されていた。しかしながら、同研究はワルファリン時代のデータベースであり、抗凝固薬の88%がワルファリンであった。現在はVTE患者の治療には直接経口抗凝固薬(DOAC)が広く普及しており、そこでDOAC時代における日本のVTE診療の実態を明らかにすることを目的としたCOMMAND VTE Registry-2が実施され、3月10~12日に開催された第87回日本循環器学会学術集会の「Late Breaking Cohort Studies Session」にて、同研究班の金田 和久氏(京都大学大学院医学研究科 循環器内科学)が、その主解析の結果を報告した。DOAC時代のVTE患者を対象とした大規模な観察研究 COMMAND VTE Registry-2は、日本の31施設において2015年1月~2020年8月の期間に、急性の症候性の肺塞栓症および深部静脈血栓症と診断された患者5,197例を登録した多施設共同の観察研究である。本研究の特徴は、1)DOAC時代に特化したデータベースであること、2)世界的にみてもDOAC時代を対象とした最大規模のリアルワールドデータであること、3)詳細な情報収集かつ長期的なフォローアップが実施されたレジストリであることだ。 日本循環器学会が発行するガイドライン最新版1)では、VTE再発リスクを3つのグループに分類し検討されていたが、近年は国際血栓止血学(ISTH)よりさらなる詳細なリスク層別化が推奨され、世界中の多くの最新のVTEガイドラインでは、VTE再発リスクに応じて5つのグループに分類している(メジャーな一過性リスク群[大手術や長期臥床、帝王切開など]、マイナーな一過性リスク群[旅などで長時間姿勢保持、小手術、ホルモン療法、妊娠など]、VTE発症の誘因のない群、がん以外の持続的なリスク因子を有する群[自己免疫性疾患など]、活動性のがんを有する群)。 今回の主解析では、ISTHで推奨されている詳細な5つのグループに分類し、患者背景、治療の詳細、および予後が評価された。 DOAC時代における日本のVTE診療の実態を明らかにすることを目的としたCOMMAND VTE Registry-2の主な結果は以下のとおり。・全対象者は5,197例で、平均年齢は67.7歳、女性は3,063例(59.0%)、平均体重は58.9kgだった。・PE(肺塞栓症)の症例は、2,787例(54.0%)で、DVTのみの症例は2,420例(46.0%)であった。・初期治療において経口抗凝固薬が使用されたのは4,790例(92.0%)で、そのうちDOACが処方されたのは4,128例(79%)だった。DOACの処方状況は、エドキサバン2,004例(49%)、リバーロキサバン1,206例(29%)、アピキサバン912例(22%)、ダビガトラン6例(0.2%)であった。・治療開始1年間の投与中止率は、グループ間で大きく異なっていた(メジャーな一過性リスク群:57.2%、マイナーな一過性リスク群:46.3%、VTE発症の誘因のない群:29.1%、がん以外の持続的なリスク因子を有する群:32.0%、活動性のがんを有する群:45.6%、p<0.001)。・メジャーな一過性リスク群(n=475[9%])はVTE再発リスクの5年間の累積発生率が最も低かった(2.6%、p<0.001)。・マイナーな一過性リスク群(n=788[15%])では、メジャーな一過性リスク群と比較するとVTE再発リスクの5年間の累積発生率が比較的高かった(6.4%、p<0.001)。・VTE発症の誘因のない群(n=1,913[37%])では長期にわたり再発リスクがかなり高かった(5年時点にて11.0%、p<0.001)。・活動性のがんを有する群(n=1,507、29%)では再発リスクが高く(5年時点にて10.1%、p<0.001)、また、大出血の5年間の累積発生率は最も高く(20.4%、p<0.001)、抗凝固療法の中止率も高かった。 発表者の金田氏は「欧米の最新のVTEガイドラインでもマイナーな一過性リスク群に対する抗凝固療法の投与期間は、短期vs.長期で相反する推奨の記載があるが、今回の結果を見る限り、日本人でも出血リスクの低い患者においては長期的な抗凝固療法を継続するベネフィットがあるのかもしれない。欧米のVTEガイドラインでは、VTE発症の誘因のない群では、半永久的な抗凝固療法の継続を推奨しているが、日本人でも同患者群での長期的な高い再発リスクを考えると、出血リスクがない限りは長期的な抗凝固療法の継続が妥当なのかもしれない。活動性がんを有する患者では、日本循環器学会のガイドラインでもより長期の抗凝固療法の継続が推奨されているが、DOAC時代となっても出血イベントなどのためにやむなく中止されている事が多く、DOAC時代となっても今後解決すべきアンメットニーズであると考えられる」と述べた。 最後に同氏は「今回、日本全国の多くの共同研究者のご尽力により実施されたDOAC時代のVTE患者の大規模な観察研究により、日本においても最新のISTHの推奨に基づいた詳細な再発リスクの層別化が抗凝固療法の管理戦略に役立つ可能性があり、一方で、より長期の抗凝固療法の継続が推奨されるようになったDOAC時代においては、その出血リスクの評価が益々重要になっていることが明らかになった」と話し、「本レジストリは非常に詳細な情報収集を行っており、今後、さまざまなテーマでのサブ解析の検討を行い共同研究者の先生方とともに情報発信を行っていきたい」と結論付けた。 なお、本学術集会ではCOMMAND VTE Registry-2からサブ解析を含めて総数20演題の結果が報告された。(下記、一部を列記)―――Actual Management of Venous Thromboembolism Complicated by Antiphospholipid AntibodySyndrome in Japan. From the COMMAND VTE Registry-2久野 貴弘氏(群馬大学医学部附属病院 循環器内科)Risk Factors of Bleeding during Anticoagulation Therapy for Cancer-associated Venous Thromboembolism in the DOAC Era: From the COMMAND VTE Registry-2平森 誠一氏(長野県厚生連篠ノ井総合病院 循環器科)Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension after Acute Pulmonary Embolism in the Era of Direct Oral Anticoagulants: From the COMMAND VTE Registry-2池田 長生氏(東邦大学医療センター大橋病院 循環器内科)Clinical Characteristics and Outcome of Critical Acute Pulmonary Embolism Requiring Extracorporeal Membrane Oxygenation: From the COMMAND VTE Registry-2高林 健介氏(枚方公済病院 循環器内科)Clinical Characteristics, Anticoagulation Strategies and Outcomes Comparing Patients with and without History of Venous Thromboembolism: From the COMMAND VTE Registry-2土井 康佑氏(京都医療センター 循環器内科)Risk Factor for Major Bleeding during Direct Oral Anticoagulant Therapy in Patients with Venous Thromboembolism: From the COMMAND VTE Registry-2上野 裕貴氏(長崎大学循環病態制御内科学)Utility and Application of Simplified PESI Score for Identification of Low-risk Patients withPulmonary Embolism in the Era of DOAC西川 隆介氏(京都大学医学研究科 循環器内科学)Management Strategies and Outcomes of Cancer-Associated Venous Thromboembolism in the Era of Direct Oral Anticoagulants: From the COMMAND VTE Registry-2茶谷 龍己氏(倉敷中央病院 循環器内科)Clinical Characteristics and Outcomes in Patients with Cancer-Associated Venous Thromboembolism According to Cancer Sites: From the COMMAND VTE Registry-2坂本 二郎氏(天理よろづ相談所病院 循環器内科)Direct Oral Anticoagulants-Associated Bleeding Complications in Patients with Gastrointestinal Cancer and Venous Thromboembolism: From the COMMAND VTE Registry-2西本 裕二氏(大阪急性期・総合医療センター 心臓内科)Influence of Fragility on Clinical Outcomes in Patients with Venous Thromboembolism and Direct Oral Anticoagulant: From the COMMAND VTE Registry-2荻原 義人氏(三重大学 循環器内科学)Comparison of Clinical Characteristics and Outcomes of Venous Thromboembolism(VTE)between Young and Elder Patients: From the COMMAND VTE Registry-2森 健太氏(神戸大学医学部附属病院 総合内科)Off-Label Under- and Overdosing of Direct Oral Anticoagulants in Patients with VenousThromboembolism: From the COMMAND VTE Registry-2辻 修平氏(日本赤十字社和歌山医療センター 循環器内科)The Association between Statin Use and Recurrent Venous Thromboembolism: From theCOMMAND VTE Registry-2馬渕 博氏(湖東記念病院 循環器科)Clinical Characteristics and Outcomes of Venous Thromboembolism Comparing Patients with and without Initial Intensive High-dose Anticoagulation by Rivaroxaban and Apixaban大井 磨紀氏(大津赤十字病院 循環器内科)Initial Anticoagulation Strategy in Pulmonary Embolism Patients with Right Ventricular Dysfunction and Elevated Troponin Levels: From the COMMAND VTE Registry-2滋野 稜氏(神戸市立医療センター中央市民病院 循環器内科)Current Use of Inferior Vena Cava Filters in Japan in the Era of DOACs from the COMMAND VTE Registry-2高瀬 徹氏(近畿大学 循環器内科学)Patient Characteristics and Clinical Outcomes among Direct Oral Anticoagulants for Cancer Associated Venous Thromboembolism: From the COMMAND VTE Registry-2末田 大輔氏(熊本大学大学院生命科学研究部 循環器内科)―――

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第152回 欧州医薬品評価委員会がモルヌピラビル承認を支持せず

Merck社がRidgeback Biotherapeutics社と組んで開発した新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)治療薬モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)を、欧州連合(EU)の医薬品審査の実質的な最終意思決定の場である欧州医薬品評価委員会(CHMP)が承認すべきでないと判断しました1)。クリニカルベネフィットが示されていないとCHMPは判断していますが、Merck社は不服を申し立てて再検討を求める予定です2)。高リスクのコロナ患者の入院/死亡リスクがモルヌピラビルでおよそ半減することを示した2021年10月発表の試験結果3)は世間を沸かせました。その翌月にはPfizer社もコロナ薬ニルマトレルビル・リトナビル(日本での商品名:パキロビッドパック)の有望な試験成績を発表します。ニルマトレルビル・リトナビルはコロナ患者の入院/死亡率を89%低下させました4)。モルヌピラビルは今では25を超える国々で認可/承認されており、400万人を超える患者に投与され2)、昨年の売り上げは約57億ドルでした。しかし今年のモルヌピラビルの売り上げは約10億ドルになるとMerck社は予想しています5)。一方、Pfizer社は今年のニルマトレルビル・リトナビルの売り上げは約80億ドルになると見込んでいます6)。米国は取り急ぎの認可の6ヵ月ほど前の2021年6月にモルヌピラビル170万回治療分を12億ドルで購入する約束を交わし7)、今月19日時点までに取得した290万回治療分のうち約120万回分を使っています8)。Pfizer社のニルマトレルビル・リトナビルはというと約1,228万回治療分のうち約821万回分が使われています。昨夏2022年7月に米国FDAは薬剤師がPfizer社のニルマトレルビル・リトナビルを処方できるようにしましたが9)、モルヌピラビルはそうではありません。昨秋2022年10月に発表されたコロナワクチン接種患者を主とする英国での試験結果では、モルヌピラビルの入院や死亡の予防効果が認められませんでした10)。その翌月に英国は公的医療でのモルヌピラビル使用を却下する暫定方針を示しています11)。昨春2022年4月にPfizer社はコロナ患者の同居人にニルマトレルビル・リトナビルを投与しても感染を防げなかったという試験結果を発表しました12)。Merck社のモルヌピラビルも残念ながら同じ結果で、先週発表された国際試験結果でコロナ患者の同居人の感染を減らすことができませんでした13)。参考1)Meeting highlights from the Committee for Medicinal Products for Human Use (CHMP) 20 - 23 February 2023 / EMA2)Merck and Ridgeback Provide Update on EU Marketing Authorization Application for LAGEVRIO? (Molnupiravir) / BUSINESS WIRE3)Merck and Ridgeback’s Investigational Oral Antiviral Molnupiravir Reduced the Risk of Hospitalization or Death by Approximately 50 Percent Compared to Placebo for Patients with Mild or Moderate COVID-19 in Positive Interim Analysis of Phase 3 Study / BUSINESS WIRE4)Pfizer’s Novel COVID-19 Oral Antiviral Treatment Candidate Reduced Risk of Hospitalization or Death by 89% in Interim Analysis of Phase 2/3 EPIC-HR Study / BUSINESS WIRE5)Merck Announces Fourth-Quarter and Full-Year 2022 Financial Results BUSINESS WIRE6)PFIZER REPORTS RECORD FULL-YEAR 2022 RESULTS AND PROVIDES FULL-YEAR 2023 FINANCIAL GUIDANCE BUSINESS WIRE7)Merck Announces Supply Agreement with U.S. Government for Molnupiravir, an Investigational Oral Antiviral Candidate for Treatment of Mild to Moderate COVID-19 / BUSINESS WIRE8)COVID-19 Therapeutics Thresholds, Orders, and Replenishment by Jurisdiction9)Coronavirus (COVID-19) Update: FDA Authorizes Pharmacists to Prescribe Paxlovid with Certain Limitations FDA10)Molnupiravir Plus Usual Care Versus Usual Care Alone as Early Treatment for Adults with COVID-19 at Increased Risk of Adverse Outcomes (PANORAMIC): Preliminary Analysis from the United Kingdom Randomised, Controlled Open-Label, Platform Adaptive Trial. Posted: 17 Oct 202211)NATIONAL INSTITUTE FOR HEALTH AND CARE EXCELLENCE Draft guidance consultation Therapeutics for people with COVID-1912)Pfizer Shares Top-Line Results from Phase 2/3 EPIC-PEP Study of PAXLOVID? for Post-Exposure Prophylactic Use / Pfizer13)Merck Provides Update on Phase 3 MOVe-AHEAD Trial Evaluating LAGEVRIO? (molnupiravir) for Post-exposure Prophylaxis for Prevention of COVID-19 / BUSINESS WIRE

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心アミロイドーシス患者に、医療者と社会ができることは?

 ファイザーは、2023年2月28日の世界希少・難治性疾患の日に先立ち、「希少・難治性疾患の患者さんのEquity(公平)実現のために社会ができることとは?~心アミロイドーシス患者さんとご家族の歩み、専門医のお話からともに考える~」をテーマに2023年2月16日、メディアセミナーを開催した。 希少疾患は約7,000種類、世界中で約4億人の患者さんが存在し、そのうち80%は遺伝性とされている。現状の課題として、希少疾患に対する専門家や情報、治療の選択肢や患者さん向けのサポート等が不足しており、患者さんとその家族の生活の質に重大な影響が生じている。心アミロイドーシスも国の指定難病の1つであり、患者さんのEquity(公平)の実現が求められている。 セミナーの前半では、心アミロイドーシス当事者である酒井 勝利氏とご家族の酒井 秀子氏が心アミロイドーシスのこれまでの歩みについて、診断から治療、日常生活の心境を語った。後半では、遠藤 仁氏(慶應義塾大学医学部 循環器内科 専任講師)から「心アミロイドーシスの診断・治療」をテーマに希少疾患の治療や課題、今後の展望について語られた。心アミロイドーシスとは 心アミロイドーシスは心臓の筋肉細胞の隙間にアミロイド線維が溜まり、心臓が肥大し硬くなることで心不全や不整脈を起こす疾患である。心アミロイドーシスはアミロイド線維の原因物質によってALアミロイドーシスとATTRアミロイドーシスの2種類に分類される。さらにATTRアミロイドーシスは遺伝子変異のない野生型(老人性)と変異のある変異型(遺伝性)の2種類が存在し、変異型では熊本県や長野県に地域的な集積地があり、アミロイド線維が溜まりやすい臓器が複数あることで知られている。アミロイドーシスの診断は遅れやすい アミロイドーシスは診断がされにくい疾患であり、初発症状から確定診断までの期間が6ヵ月以内で37.3%、3年以上で10.5%といった報告も存在する1)。この要因について遠藤氏は、「疾患の認知度が低いことや診断のために組織生検が必要であること、診断しても有効な治療手段が存在しなかった背景があることが考えられる」と述べた。心アミロイドーシスにおけるepoch making 近年、心アミロイドーシスの診断で画像診断が有用であること、新たな治療方法が創出されたことでepoch makingな変化があった。診断において、従来は侵襲性の高い心筋生検が必要だったが、99mTcピロリン酸シンチグラフィが登場しATTR心アミロイドーシスの診断が可能となった2)。また、臨床検査として使用することで、拡張不全で左室肥大のある60歳以上の患者さんのうち13%がATTRアミロイドーシスだった報告もあり3)、さまざまな心疾患に紛れている可能性もわかってきた。一方、治療では心不全治療だけでなく、アミロイド線維に対する疾患修飾療法として治療薬が開発・使用されるようになった。心アミロイドーシスの患者さん発掘のための取り組み ATTR心アミロイドーシスの認知度は循環器領域を中心に高まっているが、いまだ潜在的な患者さんは多く存在しているかもしれない。こういった患者さん発掘のために、疾患啓発や地域・他科との連携が重要である。その取り組みとして、疾患啓発では診療ガイドライン・診断アルゴリズム2),4)の作成や早期診断のための日本版Red-flagの提唱5)、地域間の格差に対しては診断や検査を受けやすくするための環境整備が進んでいる。心アミロイドーシスになって食事管理が大変だった 心アミロイドーシスの診断を受けて酒井 勝利氏は、「当時は疾患そのものの情報が不足していた。とくに治療に関する情報は少なく、海外の文献も診断に関する内容が大半であった。また、患者さん向けの小冊子も海外版しかなく情報収集には苦労した」と語った。ご家族の酒井 秀子氏からは「生活を送るうえで塩分制限などの食事管理が大変であった。減塩生活が続くことで気が緩むこともあり、二人三脚で病気と向き合うことが大切である」と述べた。心アミロイドーシスほか希少疾患が認知される環境整備 心アミロイドーシスは情報が日々アップデートされており、これからも新しい情報発信を続けることが患者さんとご家族の不安解消のためにきわめて重要なことである。また、一般の方々にも関心を持っていただけるよう、心アミロイドーシスをはじめとした希少疾患が認知される環境整備を医療従事者だけでなく、メディアも一緒になって取り組むことが潜在患者さんの新たな発掘につながると期待されている。

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過渡期に差し掛かったコロナ感染症:今後の至適ワクチンは?(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 本論評ではWinokur氏らの論文をもとに先祖株(武漢原株)とOmicron株BA.1に対応する2価ワクチンの基礎的知見を整理すると共に先祖株/BA.5対応2価ワクチンの基礎的、臨床的意義に言及する(BA.4とBA.5のS蛋白塩基配列は同じで、厳密には“BA.4/5対応”という表現が正しいが本論評では“BA.5対応”と簡略表記する)。さらに、今後のコロナ感染制御に必要な近未来のワクチンについても考察する。2023年におけるコロナ感染症の動向 2021年11月頃からOmicron原株(B.1.1.529)の世界的播種が始まった。2022年の初頭にはBA.1、次いでBA.2、夏場にはBA.5、年末にはBA.2とBA.5から派生した変異株の播種が始まったが、2023年2月現在、感染者数は減少しつつある。遺伝子系統図からは、BA.4、BA.5はBA.2の姉妹株であり、それらから種々の変異株が派生した。2022年10月、WHOはOmicron Subvariants under Monitoring(OSUMと略記)なる新たな分類を提唱し、Omicron派生株の世界的播種に対して注意を喚起した(WHO. Tracking SARS-CoV-2 variants. 10/12, 2022)。OSUMを構成するのはBA.2とBA.5からの派生株であり、BA.2系統としてBA.2.75(BA.2.75.2、BN.1を含む)とXBB(XBB.1、XBB.1.5を含む)、BA.5系統としてBQ.1(BQ.1.1を含む)とBF.7が注目された。世界の状況はWHOのOSUM分類によってすべてが説明されるわけではなく、各地域の特異的分布を考慮する必要がある。たとえば、米国の2023年1月中旬における現状は、BA.5原株がほぼ消失、BA.5系統のBQ.1とBQ.1.1が計27%、BA.2系統のXBB.1とXBB.1.5が計69%を占め、これらの派生株がコロナ感染全体の96%を占めている。とくにXBB.1.5の経時的増加が顕著であり、今後数ヵ月の間にXBB.1.5が米国におけるコロナ感染のほぼ全てを占めるものと予測されている(CDC. COVID Data Tracker. 2/8, 2023)。XBBはBA.2.10.2とBA.2.75.3の遺伝子組み換え体であり、BA.2原株に比べ感染性は高いが病原性はほぼ同等に維持されている。 本邦(東京都)においては、2023年2月2日現在、BA.5原株は45%と明確に低下、BA.5系統の派生株が計38%(BQ.1:4.1%、BQ.1.1:17.0%、BF.7:16.6%)、BA.2系統の派生株が計16%(BA.2.75:3.3%、BN.1:12.5%)と共に増加傾向を示している。一方、BA.2系統のXBBは0.3%と増加していない(東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議・分析資料. 2/2, 2023)。すなわち、本邦では、米国と異なり、XBBによる感染拡大の可能性は低く、BA.5系統のBQ.1.1とBF.7、BA.2系統のBN.1による感染拡大に注意する必要がある。これらの派生株の感染性は各原株(BA.2、BA.5)よりも高いが病原性はほぼ同等とされている。BA.1対応2価ワクチンから得られた知見 コロナ感染症に対する予防ワクチンとしてはファイザー製、モデルナ製の先祖株(武漢原株)対応1価ワクチン(BNT162b2、mRNA-1273)が中心的役割を果たしてきた。しかし、現在のOmicron派生株に対しては先祖株対応1価ワクチンの追加接種(3回目以降の接種:Booster接種)では十分なる感染予防、重症化予防が得られないことが判明し、先祖株mRNAに加えOmicron株mRNAを同時に封入したOmicron株対応2価ワクチン(BA.1、BA.5対応)が開発された。BA.1対応2価ワクチンがまず承認され、欧州、本邦などで追加接種用として使用されているが(米国では未承認)、BA.1は2022年春頃にはほぼ消滅、かつ、BA.1からの有意な派生株はBA.1.1のみであり、世界でBA.1対応2価ワクチンの追加接種を受けた人の数は限られている。しかし、BA.1対応2価ワクチン接種による中和抗体形成能は詳細に検討され、BA.1対応2価ワクチンはBA.5対応2価ワクチンの臨床的重要性を担保する“象徴的ワクチン”として意義がある。 Winokur氏らによると、BA.1対応2価ワクチンを4回目Booster接種として使用した場合のBA.1に対する中和抗体価は先祖株対応1価ワクチン接種後に比べ1.6倍高かった。一方、両ワクチン接種後のBA.5とBA.2系統の派生株BA.2.75に対する中和抗体価はほぼ同等であり、BA.1対応2価ワクチンのほうが優れているわけではなかった。これらの結果は、標的ウイルスを効果的に中和するためにはウイルスS蛋白特異的mRNAを封入したワクチンが必要であることを意味する。本論文で示されたもう一つの重要な知見はBA.1対応2価ワクチンと先祖株対応1価ワクチンの副反応に明確な差を認めなかったことである。この結果は、今後、種々なるOmicron派生株に対応するmRNAワクチンが開発されたとしても安全性に問題がないことを示唆する。BA.5対応2価ワクチンの液性免疫、細胞性免疫、予防効果 先祖株/BA.5対応2価のワクチンを用いたBooster接種は、2022年秋以降、本邦を含め世界の先進国で開始された。2023年に入り、当ワクチンをBooster接種として用いることの正しさを支持する知見が集積されつつある。Collier氏らはファイザー製、モデルナ製の先祖株対応1価ワクチンを3回接種終了した対象に追加Booster接種として先祖株対応1価ワクチンあるいはBA.5対応2価ワクチンを接種した場合のBA.5を中心とする複数のOmicron派生株に対する中和抗体価(液性免疫)、BA.5特異的記憶B細胞、CD4-T細胞、CD8-T細胞の活性化(細胞性免疫)について検討した(Collier ARY, et al. N Engl J Med. 2023;388:565-567.)。その結果、BA.1、BA.2、BA.5に対する中和抗体価はBA.5対応2価ワクチンのBooster接種後により高い値を示すことが判明した。一方、BA.5特異的記憶B細胞、CD4-T細胞、CD8-T細胞の賦活化には先祖株対応1価ワクチンとBA.5対応2価ワクチンのBoosterで著明な差を認めなかった。以上の結果は、BA.5対応2価ワクチンのBooster効果は主として液性免疫の賦活化に起因するもので細胞性免疫の賦活化の関与は少ないことを示唆する。 Zou氏らはXBB.1、BA.2.75、BQ.1.1など今後世界を席巻する可能性があるOmicron派生株を中心にPfizer社のBA.5対応2価ワクチンのBooster接種による中和抗体形成能を報告した(Zou J, et al. N Engl J Med. 2023 Jan 25. [Epub ahead of print])。彼らの解析によると、BA.5対応2価ワクチンのBooster接種はBA.5系統の派生株BQ.1.1、BA.2系統の派生株BA.2.75に対しては比較的高い中和抗体価を示すがBA.2系統の派生株XBB.1に対する中和抗体は低値であった。 Miller氏らは本邦にとって重要なBA.5系統の派生株BF.7に対するBA.5対応2価ワクチンのBooster効果を検討し、BF.7に対する中和抗体価はBA.5に対する値よりも少し低いものの(BA.5の1/1.5倍)BA.2系統のBA.2.75に対する値の2.7倍、XBB.1に対する値の14倍と高い中和抗体価を示すことを報告した(Miller J, et al. N Engl J Med. 2023;388:662-664.)。Zou氏、Miller氏らの報告は、BA.2ならびにBA.5系統の派生株感染が主流になるであろう2023年度にあってはBA.2とBA.5に対応したワクチンの開発が必要になる可能性を示唆する。 Link-Gelles氏らはBA.2、BA.5系統の派生株感染に対するBA.5対応2価ワクチンの感染予防効果について報告した(Link-Gelles R, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2023;72:119-124.)。BA.5対応2価ワクチンのBooster接種によりBA.2系統派生株に対する感染予防効果は37~52%、BA.5系統派生株に対する感染予防効果は40~49%であり、BA.5対応2価ワクチンの感染予防効果はBooster接種後少なくとも3ヵ月は維持された。 Lin氏らは、入院ならびに死亡を指標としてBA.5対応2価ワクチンの重症化予防効果を評価した(Lin DY, et al. N Engl J Med. 2023 Jan 25.[Epub ahead of print])。観察時期に蔓延していたウイルスはBA.4.6、BA.5、BQ.1、BQ.1.1であった。以上の状況下でBA.5対応2価ワクチンのBooster接種後の重症化予防効果は54~64%であったが、その効果はBooster接種1ヵ月後から低下した。コロナ感染症に対する今後の至適ワクチン 2023年2月8日、厚労省は厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会を開催し、2023年度以降のコロナワクチン接種に関して以下の議論を開始した;(1)2023年度は全世代に対してワクチンの公費負担を継続、(2)2023年度のワクチン接種は秋から冬にかけて施行、(3)ワクチンの種類として幅広い抗原に対する免疫を獲得するためのもの、あるいは、流行株に特化したものが考えられるとした。幅広い抗原に対するワクチンとしては現行のBA.5対応2価ワクチンが該当するが、武漢原株の重要性が消失しつつある現在、武漢原株mRNAをワクチンに組み込む必然性はないはずである。本邦において流行株に特化したワクチンとしては、BA.5系統のBQ.1.1、BF.7、BA.2系統のBN.1に特化した1価あるいは2価ワクチン、米国においては、BA.2系統のXBBに特化した1価ワクチンが考えられるが、流行株に特化し過ぎるとウイルス播種の状況が現在と乖離した場合にワクチンが無効となり忌々しき社会問題を引き起こす。それゆえ、現在の流行ウイルスがBA.2、BA.5由来の派生株が主体であることを鑑み、2023年度においては、汎用性が担保された至適ワクチンとしてBA.2とBA.5に対応する2価ワクチンを開発すべきではないだろうか? 2024年度以降は流行株の厳密なモニターから新たなワクチンを模索する必要性を念頭に置くべきであろう。

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患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版

患者さんの知りたい65の疑問について、Q&A形式でわかりやすく解説納得のいく医療を受けるためには、患者さんが標準治療(=最善の治療)や診療方法について正しく理解したうえで、医師と相談し、自身に合った治療を選択すること(Shared Decision Making)が重要です。本書では、現在の乳がんの標準治療や、乳がん患者さんやそのご家族がいま知りたいことについて、正しい情報をわかりやすく得られるよう、最新の情報をもとに、患者さんからの計65の質問(Q)に対する回答(A)と解説を掲載しています。巻末には、初期治療、転移・再発治療でそれぞれ使用される頻度の高い薬物療法の組み合わせや投与方法をまとめた表や、実際に患者さんから寄せられた質問をもとに作成した質問集も掲載しています。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。    患者さんのための乳がん診療ガイドライン 2023年版定価2,640円(税込)判型B5判頁数272頁(カラー図数:46枚)発行2023年2月編集日本乳癌学会電子版でご購入の場合はこちら

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第148回 相変わらず自己犠牲と滅私奉公で医療を行うコトー、日本の医療提供体制の“汚点”を描く映画『Dr.コトー診療所』

1980年の『ヒポクラテスたち』は古過ぎる?こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。3月に開かれるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に出場する全20チームのメンバーが発表されました。開催国で連覇を目指す米国や、2大会ぶりの優勝を狙うドミニカ共和国などが、MLBのスター選手を多く揃えたチームを編成しており、今までにない盛り上がりを見せそうです。とくに米国は、MVPを3回受賞しているエンジェルスのマイク・トラウト選手がキャプテンを務め、通算197勝のドジャースのクレイトン・カーショウ投手や、昨シーズンMVPのカーディナルスのポール・ゴールドシュミット選手、MLB史上最高の三塁手と称されるカーディナルスのノーラン・アレナド選手など、人気も実績もある選手たちが顔を揃えています。これまでWBCといえば、米国は二線級、三線級の選手でお茶を濁してきた印象です。野球を世界的なスポーツにしたいというMLBの強い思惑の表れでしょうか。ちなみに、組み合わせ的には主催国とスポンサーを反映して米国と日本が有利な組み合わせになっているようです。これと対照的なのがアメリカンフットボールのNFLです。2月12日(現地時間)にアリゾナ州グレンデールで第57回スーパーボウルが開かれたのですが、昨年に引き続きNHK BSでの放送は今年もありませんでした(カンザスシティ・チーフスが優勝)。予算削減が著しいNHKにおいて大谷人気の余波(MLB放送にお金を使い過ぎた)とも言えそうです。NFLはもう日本ではテレビ放送されないかもしれません(日本テレビが深夜のダイジェスト番組で頑張ってはいますが…)。さて、今回はお正月に観た医療映画、吉岡 秀隆主演の『Dr.コトー診療所』(監督:中江 功)について書いてみたいと思います。年末にこの連載で、亡くなった大森 一樹監督の『ヒポクラテスたち』を紹介しました(「第141回 医師免許を持った映画監督、大森一樹氏を偲ぶ。青春映画の名作『ヒポクラテスたち』を今観て思うこと」参照)。すると友人から「大森監督を偲ぶのはいいが、さすがに1980年の映画は古過ぎるのでは」との意見をもらいました。というわけで、最新の医療映画『Dr.コトー診療所』を観てみようと思ったわけです。2003年7月からフジテレビ系列で放映された医療ドラマご存じのように、『Dr.コトー診療所』は2003年7月からフジテレビ系列で放映された医療ドラマです。原作は2000年から『週刊ヤングサンデー』(小学館)で連載された山田 貴敏による同タイトルの漫画です。沖縄県八重山列島にあるとされる架空の島、志木那島(しきなじま)を舞台に、吉岡演じる主人公・五島 健助の医師としての成長や、島の人々との交流、離島医療の現実などを、島の大自然とともに描いたドラマはヒットし、その後何作かの単発作品をはさみ、2006年10月からは第2期のドラマも放映されました。主人公のモデルは、鹿児島県の下甑島(しもこしきしま)にある下甑手打診療所で40年近く離島医療に携わってきた医師・瀬戸上 健二郎氏であることは周知の事実です。瀬戸上氏は2016年には日本医師会 赤ひげ大賞も受賞されています。「全員救う!」と叫び、次々と人々を救っていくコトー第2期のドラマから16年という長いブランクを経て、昨年末の2022年12月公開された映画『Dr.コトー診療所』では、やはりコトー(白髪の中年医師になっています)が島唯一人の医師として島の医療を支えています。そこに、かつてのコトーのように東京から研修医の織田 判斗(King & Princeの高橋 海人、意外と好演)がやって来ます。映画は、かつてコトーに憧れ、医師になるべく島から東京の医大に進学した原 剛洋(富岡 涼)の現在とともに、過疎高齢化が進む島の医療の脆弱さを描きます。並行して中年となったコトー自身が抱える、ある深刻な問題も明らかとなります。そんな中、島に大型台風が上陸、甚大な被害が発生し、診療所には多数のケガ人や患者が運び込まれます。野戦病院と化した診療所でコトーは、「全員救う!」と叫び、強靭な精神力と卓越した技術で次々と人々を救っていきます。一方、着任して離島の医療システムや労働環境の不備を指摘していた判斗は、「そんなの無理だ」と弱音を吐きつつも、スーパーマンのように治療を行うコトーの活躍を目の当たりにして…。現代の医療問題も盛り込んでいるようには見える確かに、コトーはじめ、かつての登場人物たちがオリジナルキャストで出演し、その年月を感じさせる演出は見ごたえがあります。しかし、今作るべき医療映画として、このストーリーはどうなのでしょう。判斗が離島医療(僻地医療)のシステムを批判したり、市の役人が近隣諸島の医療機関の統廃合の話を持ってきたりして、現代の医療問題も盛り込んでいるようには見えます。しかし、最後にコトーが圧倒的なパフォーマンスを発揮してさまざまな問題を解決してしまっては、元も子もありません。今、作られる医療映画として、日本の離島医療、僻地医療が抱える問題に対するメッセージもしっかり盛り込むべきだったのではないでしょうか。ただのヒーロー医師映画では、『ヒポクラテスたち』のように40年後にも観る価値があるかどうか微妙です。もはや“赤ひげ”の時代ではない私自身も記者時代、北海道や岩手、宮城などの僻地医療の現場を取材して回ったのですが、そこで感じたのは、一人の医師の自己犠牲の上で成り立たせてきた僻地医療の限界です。僻地といえども、医師の自己犠牲ではなく、“システム”によって、医師が疲弊しない医療提供の仕組みを作っていくべきでしょう。そうした指摘は、ドラマ『Dr.コトー診療所』が放映されるよりずっと以前からなされていましたが、こと僻地医療、離島医療については医療提供体制のシステム整備が遅々として進んでいないのが現状です。ドラマ放映から20年近く経っても、映画の中でコトーは自己犠牲と滅私奉公で医療を行っていました。その姿は、日本の医療提供体制のある意味“汚点”と言ってもいいと思います。1965年に公開された黒澤 明監督の映画『赤ひげ』は、日本人が理想とする医師の姿を描いた作品で、今観てもいろいろ考えさせられる作品です。しかし、コロナ禍を経て、この国の医療提供体制や医師の働き方に批判が向けられる今、自己犠牲を厭わず、ひたすら頑張るヒーロー医師はたとえ映画の中であっても不要でしょう。もはや“赤ひげ”の時代ではないのです。

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何としても次のポジションの面接を獲得する!【臨床留学通信 from NY】第43回

第43回:何としても次のポジションの面接を獲得する! 前回の記事では、幸運にもハーバード・メディカルスクール マサチューセッツ総合病院のカテーテルフェローのポジションを獲得できたことをお伝えしました。カテーテルフェローの選考プロセスは、ERAS(electronic residency application system)というウェブサイトに申請書類をアップロードし、プログラム側が書類を確認し、面接に呼ぶところまでは、米国における他科のフェローシップと同じです。ただし、カテーテルフェローの選考ではNRMP(national ranking matching program)というマッチングシステムを用いないため、候補者側には不利な仕組みになっているということは説明したとおりです。候補者側にとって、自施設で研修したい場合には、ノンマッチングシステムは就職内定のように事前に簡単に決まる点は楽かもしれません。デューク大学やクリーブランドクリニックなどの有名プログラムはERASに参加せず、あらかじめ内部生などで決まっているようです。しかしながら、私のように外の病院も視野に入れている場合は、候補者にもプログラムを選ぶ時間があり、システムに登録した候補者のランクが優先されてマッチングできるほうがありがたいです。スピード勝負のノンマッチングシステムは、ERASの申請書類がプログラム側に公開された段階で、すぐにプログラムディレクターの目に止まらないと勝負に出遅れてしまうことが危惧されます。枠も内部生で埋まってしまっていると、1つか2つしか空きがないことが多く、プログラムが気に入った候補者を呼んで、最初に面接した中で気に入った人がいればオファーをし、候補者が快諾すればそこでプログラムの枠は閉ざされてしまうのです。これまでの成果を生かし、全米各地のプログラムにアプローチ私の経歴は、まず日本でカテーテル治療医として働き、各種の専門医資格も日本で取得しているのに、米国で再びレジデントとフェローをやり直しているため、米国人には奇妙に見えるかもしれないので、履歴書だけでは判断しかねると考えました。言い換えれば、ほかのフェローに比べて臨床と研究の経験があるため、米国で培った人脈をもとに、いろいろな手段を使って自分を売り込む必要がありました。実際に行ったこととして、2年前の一般循環器フェローの応募の際に関わった先生に再度コンタクトして、ノースウェスタン大学の面接を受けることができ、ワシントン大学にも呼んでもらえることになりました。また、現在私が所属しているモンテフィオーレ医療センターの日本人の先生を経由し、スタンフォード大学の面接も取り付けることができました。TCT(Transcatheter Cardiovascular Therapeutics)というカテーテル治療学会で、コロンビア大学の日本人心臓外科医の先生を通じてプログラムディレクターと直接お会いし面接のお話もいただき、イェール大学の先生ともつながることができたり、ほかにも主に日本人の知人を通じてミシガン大学、メイヨークリニック、はたまた論文等でいつもお世話になり、TCTでご挨拶したSripal Bangalore先生を通じてニューヨーク大学、別の論文を通じて知り合った先生方やモンテフィオーレ出身のフェローがいることから、ハーバード系列のベス・イスラエル・ディーコネス医療センターの面接にも呼んでもらえることとなっていました。そのような状況に至ったものの、面接はあくまでZoomベースで、予想外にいくつかのプログラムがフライングして、12月7日のERASオープンを無視して11月中旬より面接を開始するという事態になりました。たしかに応募書類を独自に集めてしまえば、ERASより先に面接をし、優秀な候補者を獲得してしまえばいいという発想はそのとおりです。たとえばジョンズ・ホプキンス大学は面白いことに、プログラムディレクターがTwitterを通じてERASより前に書類を募集しており、その噂を聞きつけて大急ぎで書類を揃えてメールで申請しました。しかし結局のところ私の場合は、ERASがオープンする前にマサチューセッツ総合病院の面接を行い、その後ポジションが確定したため、上記の多くのプログラムに申請することなく、面接も受けずに終わってしまいました。実際の面接等については、また次回ご説明します。Column12月に開催された日本循環器学会関東甲信越地方会では、私が教えている学生が優秀賞、研修医の先生が最優秀賞を受賞しました。最優秀賞の先生は、3月の日本循環器学会学術集会で発表予定です。米国臨床留学を目指す2人を後押ししたいと思います。

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統合失調症の脳の老化~ENIGMAコンソーシアム

 統合失調症は、生涯にわたる認知機能低下、加齢に伴う慢性疾患や早期死亡のリスク増加と関連している。英国・バース大学のConstantinos Constantinides氏らは、成人統合失調症患者における重度の脳の老化に関するエビデンスを調査し、ENIGMA Schizophrenia Working Groupによるプロスペクティブメタ解析研究にてそれらと臨床的特徴との関連を評価した。その結果、統合失調症患者における重度の構造的な脳の老化が示唆された。著者らは、統合失調症における脳の老化や介入による影響の臨床的意義に関するさらなる評価には、統合失調症とさまざまな精神的および身体的アウトカムの縦断的研究が役立つであろうと述べている。Molecular Psychiatry誌オンライン版2022年12月9日号の報告。 脳の予測年齢は、皮質厚および皮質面積の68の測定値、7つの皮質下体積、側脳室体積、総頭蓋内容積に基づく独立データにより導出されたモデルを用いて推定した。すべてのデータはT1強調MRI脳画像を用いて収集した。健康な脳の老化との違いは、脳の予測年齢と実年齢の差(脳予測年齢差、brain-predicted age difference:brain-PAD)により評価した。 主な結果は以下のとおり。・対象は、26件のコホート研究のデータより抽出された統合失調症患者2,803例(平均年齢:34.2歳、年齢範囲:18~72歳、男性の割合:67%)および健康対照者2,598例(平均年齢:33.8歳、年齢範囲:18~73歳、男性の割合:55%)。・年齢、性別、部位で調整した後、統合失調症患者は健康対照者と比較し、brain-PADが平均3.55年(95%信頼区間:2.91~4.19、I2=57.53%)高かった(Cohen's d=0.48)。・統合失調症患者において、brain-PADと特定の臨床的特徴(発症年齢、罹病期間、症状重症度、抗精神病薬の使用状況と用量)との関連は認められなかった。

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早くも選考の時期!1年半後のフェローシッププログラムに応募【臨床留学通信 from NY】第42回

第42回:早くも選考の時期!1年半後のフェローシッププログラムに応募さて、3年間の循環器フェローシッププログラムも、この12月でようやく折り返し地点に来ました。次の所属先を決めるにはまだかなり早い気もしますが、1年半後の循環器カテーテル治療フェロー(Interventional Cardiology Fellowship)の選考があったことを報告します。通常はERAS(electronic residency application system)というウェブサイトを通じて応募し、プログラム側が均一化されたフォーマットをもとに応募者を選定し、面接に呼び、最終的にマッチングシステムのNRMP(national ranking matching program)を通して作成されたランキングを基にマッチングするという仕組みになっています。その点は、日本の研修病院選びと大差はないでしょう。通常だと、7月のプログラム開始に合わせて、フェローの場合は、前年の7月に申請が始まり、11月まで面接があり12月にマッチングの発表が行われます。レジデントの場合は、9月より申請が始まり、プログラム開始の5ヵ月前の3月に結果が出るため、ビザ申請などを含めるとあまり余裕がない日程になっています。しかしながら、循環器カテーテル治療フェローの選考はERASを経由して候補者が申請し、プログラム側がそれを審査するところまでは同じなのですが、申請開始時期が前々年の12月からと非常に早く、さらに不公平なことに現時点ではマッチングシステムを採用していません。プログラム側が選定した候補者と面接をした後に随時オファーを送り、候補者側は48時間以内にそれを受けるか判断しなければいけないという仕組みになっています。たとえば、より良い病院の面接を控えている状況で、少しランクの落ちる病院からのオファーが来た時に、候補者側が大変悩ましい選択を強いられるような仕組みです。あまり魅力的でないオファーを蹴って、ランクの高い病院に勝負をかけてもいいのですが、逆にオファーを蹴ったことで、よりランクの落ちる病院になる可能性もあります。はたまた、循環器のサブスペシャリティの中でInterventional Cardiologyは最も競争が激しいため、アンマッチになることもありえます。この仕組みはプログラム側が有利だと言えます。また、ある程度上位のプログラムは内部生で固まってしまうため、外部から有名な病院のプログラムには入りにくくなっています。このような不公平さへの批判から、この仕組みはわれわれの学年までで終了し、1学年下からはNRMPを通じたマッチングシステムに変わります。病院がNRMPのシステムを採用すると、マッチング外からの採用は禁止されるため、さらに多くの病院が参加することとなります。さて、システムの逆境の中ではありましたが、私はなんとか2024年7月から、ハーバード・メディカルスクール マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School)のカテーテルフェローのポジションを獲得できました。そのプロセスについて、次回お伝えしたいと思います。Column先日、JAMA Pediatricsにコロナワクチンと若年者の心筋炎に関する論文を掲載したので、ここに報告させていただきます。筆頭著者は大学テニス部の時のダブルスパートナーで、まさに二人三脚で挑んだ2本目のダブルス論文です。また、共同筆頭著者の先生は臨床留学を目指しているとのことで、今後もアカデミックに頑張ってほしいと思います。Yasuhara, J, Masuda K, Kuno T, et al. Myopericarditis After COVID-19 mRNA Vaccination Among Adolescents and Young Adults: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Pediatr. 2022 Dec 5. [Epub ahead of print]

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乳がん領域、Practice changeにつながる重要な発表【Oncology主要トピックス2022 乳がん編】【Oncologyインタビュー】第43回

今年も乳がん領域では今後の標準治療を変え得る重要な研究結果が報告された。大きく分類すると1)HER2低発現と新規薬物療法、2)CDK4/6阻害薬のOS結果、3)CDK4/6阻害薬耐性後の治療戦略となる。その他の話題も少し加えてまとめてみたい。1)HER2低発現に対する新規薬物療法:DESTINY-Breast04試験・TROPiCS-02試験DESTINY-Breast04試験トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)はHER2 抗体薬物複合体(ADC)製剤であり、DESTINY-Breast01、02、03試験の結果から、HER2陽性で転移を有する乳がんの2次治療以降の標準治療である。ASCO2022のプレナリーセッションでHER2低発現に対するDESTINY-Breast04試験の結果が報告された。HER2低発現は今回新たに注目された新たな分類であり、IHC2+/ISH-またはIHC1+と定義され、全乳がんの約50%程度を占めると考えられる。T-DXdはBystander effectの結果、HER2低発現の腫瘍に対しても効果を示す。DESTINY-Breast04試験は1~2ラインの化学療法を受けたHER2低発現の転移を有する乳がん患者(N=557)を対象に、T-DXd群と治験医師選択治療(TPC)群(カペシタビン、エリブリン、ゲムシタビン、パクリタキセル、nab-パクリタキセルから選択)が比較された。主要評価項目は、ホルモン受容体陽性(HR)陽性患者における盲検下独立中央判定による無増悪生存期間(PFS)で、副次評価項目は全体集団におけるPFS、HR陽性患者および全体集団における全生存期間(OS)などだった。T-DXd群(N=373、HR陽性89%)、TPC群(N=184、HR陽性90%)で、脳転移は約5%であった。転移乳がんとして前治療化学療法レジメン中央値は1で、HR陽性乳がんでは内分泌療法は前治療で中央値2レジメン、CDK4/6阻害薬は約65%で使用されていた。主要評価項目であるHR陽性患者におけるPFS中央値は、T-DXd群10.1ヵ月、TPC群5.4ヵ月でT-DXd投与群で有意に延長していた。全体集団でもPFS中央値はT-DXd群、TPC群それぞれ9.9ヵ月vs. 5.1ヵ月でありT-DXd群で有意に延長していた。OSも同様にHR陽性(23.9ヵ月vs. 17.5ヵ月)、全体集団(23.4ヵ月vs. 16.8ヵ月)であり、T-DXd群で有意に延長していた。全体の約1割程度の患者であるがHR陰性集団(N=58:トリプルネガティブ乳がん)の解析も探索的解析として行われたがPFS(8.5ヵ月vs. 2.9ヵ月)、OS(18.2ヵ月vs. 8.3ヵ月)ともにT-DXd群で良好であった。奏効率に関してはHR陽性で52.6%vs. 16.3%、HR陰性で50.0%vs. 16.7%であった。またHER2発現(IHC1+vs IHC2+/ISH-)で奏効率に差はなかった。薬剤性肺障害(ILD)はT-DXd群の12.1%に認められたが、ほとんどがGrade2以下で10.0%、Grade5は0.8%(3/371)だった。これらの結果より新たな乳がんカテゴリーであるHER2低発現に対してT-DXdは標準治療となり、プレナリーセッション発表後は盛大なスタンディングオベーションが起こった。このようにADC製剤の登場により新たなサブタイプとしてHER2低発現が脚光を浴びることとなった。HER2低発現(とくにHER2 0と1+の境界について)の定義についても今後の検討課題である。TROPiCS-02試験Trop-2は腫瘍増殖に関連している分子で、乳がんではサブタイプによらず約80%に発現している。Sacituzumab Govitecan(SG)は抗Trop-2抗体にトポイソメラーゼI阻害剤をペイロードとしたTrop-2 ADCである。転移を有するトリプルネガティブ乳がんではASCENT試験の結果を受け米国ではすでに承認されている。転移を有するHR陽性乳がんを対象としてはTROPiCS-02試験が行われ、ASCO2022でPFS最終解析とESMO2022でOS第2回中間解析の結果が報告された。転移を有するHR陽性乳がん患者で内分泌療法、CDK4/6阻害薬、タキサン既治療、転移乳がんとして2~4ラインの化学療法を受けた543例を対象に、SG群(272人)とTPC群(271人:カペシタビン、ビノレルビン、ゲムシタビン、エリブリンから選択)が比較された。主要評価項目は、盲検下独立中央判定(BICR)によるPFSでSG群が5.5ヵ月、TPC群が4.0ヵ月でありSG群で有意に延長した。OS第2回中間解析の結果、中央値はSG群14.4ヵ月vs. TPC群11.2ヵ月で統計学的に有意な延長がみられた。奏効率はSG群21%、TPC群が14%であった。SG群で多くみられた有害事象は好中球減少、貧血、白血球減少、下痢、嘔気、脱毛などであった。これらの結果からSGは前治療としてCDK4/6阻害薬を含む内分泌療法、少なくとも2レジメン以上の化学療法などを濃厚に受けたHR乳がんに対して臨床的に意味のある治療選択肢となり得ると思われる。対象としては上記のDESTINY Breast 04試験と重なる部分もあるが、TROPiCS-02試験の方がやや前治療が多く入っており、またHER2 0も含み一致はしていない。今後この標的分子の異なる両ADC製剤をどのように使い分け、どの順に使っていくのか、またその耐性機序についても解明が必要となる。画像を拡大する2)CDK4/6阻害薬のOS結果:PALOMA-2試験・MONARCH 3試験PALOMA-2試験PALOMA-2は、閉経後転移を有するHR陽性乳がんに対する1次治療としてCDK4/6阻害薬であるパルボシクリブとアロマターゼ阻害薬であるレトロゾール併用群(併用群:N=444)と、プラセボとレトロゾールの群(単独群N=222)にランダム化されたフェーズ第III相試験である。これまでにパルボシクリブ併用でPFSが有意に延長することが示されている。ASCO2022でPALOMA-2試験のOS結果が報告された。OS中央値は併用群53.9ヵ月 vs単独群51.2ヵ月、HR 0.956(95% CI:0.777~1.177)p=0.3378で有意差を認めなかった。OSサブグループ解析では、PS 1/2、無病生存期間(DFI)12ヵ月超、内分泌療法既治療、骨転移のみの患者で併用群が良好な傾向を示した。本邦未承認薬ribociclibのMONALEESA-2では、併用群のOSの有意な延長が既に示されており、PALOMA-2の結果とは大きく異なった。その違いについては1)CDK4/6阻害薬としての薬効の違い、2)後治療の影響、3)対象とする集団の違いなどが考えられる。1)についてはPFSに関してどのCDK4/6阻害薬もほぼ同様の結果が示されているが、生物学的活性、阻害作用を示す分子が異なるとの報告もある。2)の後治療が影響した可能性については増悪後のCDK4/6阻害薬の使用はMONALEESA-2では併用群で21.7%、単独群で34.4%とPALOMA-2より高かった。HR陽性乳がんでは増悪後の生存期間が長く、後治療がOS結果に影響を及ぼした可能性はあるが、今回のPALOMA-2の報告では詳細は不明で今後の報告を待つ必要がある。3)に関して、2つの試験は同じ1次治療の試験であるが、大きく異なっている。PALOMA-2では術後内分泌療法中または終了後1年以下での再発症例が22%含まれていたのに対し、MONALEESA-2では全員術後内分泌療法終了後1年超経過した症例が対象であった。この術後内分泌療法中または終了後1年以下の集団は内分泌療法感受性が低い集団であり、パルボシクリブは内分泌療法抵抗性に対しては効果が弱い可能性が示唆されているため、PALOMA-2でこの内分泌療法抵抗性の集団を一部含んだことにより、効果の差が薄まった可能性がある。今回の発表では、ほぼ同様の患者を対象とした第II相試験のPALOMA-1試験とPALOMA-2試験の統合解析でDFI 12ヵ月超でのOSサブグループ結果も示されたが、併用群64.0ヵ月、単独群44.6ヵ月であり、HR:0.736、 95%CI:0.780~1.120であり、MONALEESA-2のOSハザード比0.76に近似する値であった。しかしこれは統合解析のサブグループ解析であり、あくまで参考値の評価である。MONARCH 3試験本邦では別のCDK4/6阻害薬であるアベマシクリブも承認されているが、この薬剤の1次治療試験であるMONARCH 3の第2回OS中間解析結果がESMO2022で報告された。まだ中間解析であり、残念ながら統計学的有意差は示されなかったが、OS中央値は併用群で67.1ヵ月、単独郡で54.4ヵ月(HR:0.754、95%CI:0.584~0.974)であった。この結果は前述のMONALEESA-2とほぼ同様であり、来年解析予定のOS最終解析が非常に楽しみな結果であった。MONARCH 3はMONALEESA-2と同じく、術後内分泌療法終了後1年超経過した患者が対象であった。以上より、これまでPFSでは差を認めなかったCDK4/6阻害薬であるが、異なるOSの結果が得られたことは今後の処方に少なからず影響することが予想される。薬剤選択の際には効果のみならず、有害事象(骨髄抑制、下痢など)、患者の価値観などの情報を共有し、ともに薬剤選択をする(Shared decision making: SDM)が重要となる。画像を拡大する3)CDK4/6阻害薬耐性後の治療戦略:AKT阻害薬、経口SERD、CDK4/6阻害薬継続CDK4/6阻害薬増悪後の治療に関してこれまでエビデンスはなく、「乳癌診療ガイドライン2022年版」のFRQ10aでは、「一次内分泌療法として、アロマターゼ阻害薬とサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害薬の併用療法を行った場合、閉経後ホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳がんの二次内分泌療法として何が推奨されるか?」に対して、二次内分泌療法として、・最適な治療法は確立しておらず、耐性機序を考慮した臨床試験が進行中である、との記載がある。主なものとしては1)CDK4/6阻害薬既治療例に対するPTEN/PI3K/AKT/mTOR経路、2)AIとCDK4/6阻害薬併用療法後のESR1変異、3)AIとCDK4/6阻害薬併用療法後のその他の機序、4)AIとCDK4/6阻害薬併用療法後のCDK4/6阻害薬の継続の治療開発が行われている。3)-1)CDK4/6阻害薬既治療例に対するPTEN/PI3K/AKT/mTOR経路阻害:AKT阻害薬capivasertib(CAPItello-291試験)今年のSABCSではこのうちAKT阻害薬capivasertibの第III相試験であるCAPItello-291試験の報告があった。閉経前/後のホルモン受容体陽性進行・再発乳がん患者を対象(AI投与中/後に再発・進行、転移再発に対する治療歴として2ライン以下の内分泌療法、1ライン以下の化学療法、CDK4/6阻害薬治療歴ありも許容)として、試験治療群capivasertib+フルベストラント、対照群プラセボ+フルベストラントが比較された。主要評価項目は全体集団およびAKT経路に変異(≧1のPIK3CA、AKT1、PTEN遺伝子変異)を有する患者におけるPFSであった。約69%でCDK4/6阻害薬が前治療として使用されていた。AKT経路に変異を有する患者は44%vs. 38%だった。全体集団におけるPFS中央値は、プラセボ群3.6ヵ月に対しcapivasertib群7.2ヵ月で有意に改善した。またAKT経路に変異を有する患者でもPFS中央値は、プラセボ群3.1ヵ月に対しcapivasertib群は7.3ヵ月で有意に改善した。capivasertibで多く報告されたGrade3以上以上の有害事象は、下痢(9.3% vs. 0.3%)、斑状丘疹(6.2%vs. 0%)、発疹(5.4%vs. 0.3%)、高血糖(2.3%vs. 0.3%)だった。治療中止につながる有害事象の発生は、13.0% vs. 2.3%であり、効果と有害事象のバランスは考慮しなければならないものの、CDK4/6阻害薬治療後の新たな治療選択肢として期待できる結果であった。3)-2) AIとCDK4/6阻害薬併用療法後のESR1変異:経口SERD (SERENA-2試験・EMERALD試験)これまで選択的エストロゲン受容体分解薬(SERD)は臀部筋肉注射のフルベストラントが標準治療として使用されているが、ESR変異に対して抗腫瘍効果を発揮することが期待される経口SERDが複数開発されている。このうちcamizestrantとelacestrantの報告があった。経口SERDであるcamizestrantの第II相SERENA-2試験の結果がSABCS2022で報告された。HR陽性の閉経後進行乳がん患者(1ライン以上の内分泌療法後の再発または進行で内分泌療法・化学療法は1ライン以下)を対象に試験群:camizestrant75mg(C75)群74例、camizestrant150mg(C150)群73例と対照群:フルベストラント(F)群73例が比較された。術後内分泌療法歴ありが66.7%、転移再発乳がんに対して化学療法ありが19.2%、内分泌療法ありが68.8%、CDK4/6阻害薬による治療歴ありは49.6%だった。ESR1変異ありが36.7%だった。主要評価項目のPFS中央値は、F群3.7ヵ月に対しC75群7.2ヵ月、C150群7.7ヵ月で、camizestrantの両用量群で有意に改善した。camizestrantのGrade3以上の有害事象は、血圧上昇、倦怠感・貧血・関節痛・ALT上昇・四肢痛・低ナトリウム血症であった。現在、SERENA-4およびSERENA-6の2つの第III相試験が進行中となっている。上記治験はいずれも日本からも参加している。もう1つ、経口SERDとしてelacestrantの第III相EMERALD試験のUpdate結果もSABCS2022で報告された。EMERALD試験は、HR陽性でCDK4/6阻害薬治療後に進行した男性および女性の閉経後乳がん患者(1~2ラインの内分泌療法歴[うち1ラインはCDK4/6阻害薬との併用]と1ライン以下の化学療法歴有)を対象としてelacestrantとフルベストラントが比較された初めての第III相試験であり、これまで主要評価項目であるPFSはelacestrant群で有意な延長が報告されていた。今回のSABCS2022では前治療におけるCDK4/6阻害薬の治療期間別の治療成績が報告された。CDK4/6阻害薬の投与期間を6ヵ月未満、6~12ヵ月、12~18ヵ月、18ヵ月以上と細かく分けてもelacestrant群でPFSは延長することが示された。elacestrantの主な有害事象は悪心、倦怠感、嘔吐、食欲不振、関節痛である。ESR1変異は転移再発治療としてCDK4/6阻害薬+AIを治療中に起こってくる耐性機序の1つであるが、新たに開発された経口SERDはその解決策として非常に有望である。長期の治療成績については今後の続報を待つ必要がある。3)-3) AIとCDK4/6阻害薬併用療法後のCDK4/6阻害薬の継続(MAINTAIN試験)今回初めて前向き試験であるMAINTAIN試験の結果が報告された。MAINTAIN試験はHR陽性転移乳がんに対してCDK4/6阻害薬と内分泌療法後に増悪した症例に対してフルベストラントまたはエキセメスタンとribociclibを併用投与する群(併用群)と、フルベストラントまたはエキセメスタンとプラセボを投与する群(プラセボ群)が比較された。初回CDK4/6阻害薬としてパルボシクリブが86%で使われておりribociclibは10%強であった。主要評価項目のPFS中央値は併用群5.29ヵ月、プラセボ群2.76ヵ月で、HR:0.57(95%CI:0.39~0.95)、p=0.006と有意に併用群のPFSが延長した。奏効率は併用群20%、プラセボ群11%、臨床的有用率は併用群43%、プラセボ群25%でどちらも併用群で良好な結果であった。ESR1変異有無別では非常に症例数の少ないサブグループ解析ではあるがESR1変異なしでは併用群が優れている傾向を示したが、ESR1変異ありでは両群間に差を認めなかった。本試験は小規模な第II相試験であり、標準治療をすぐに変えるものではないが、CDK4/6阻害薬増悪後の後治療として、併用するホルモン治療を変更することでCDK4/6阻害薬の効果を維持できる可能性が示唆された。妊娠希望のあるHR陽性乳がん患者の新たなエビデンスPOSITIVE試験若年乳がん患者にとって妊孕性温存は重要な問題であり、特にHR陽性においては長期に術後補助内分泌療法が必要なため、内分泌療法を一時中断した場合のアウトカムが待望されていた。今回、SABCSにて内分泌療法を2年間中断した場合の乳がん再発の観点から見た安全性について、前向き単群試験のPOSITIVE試験の結果が報告された。対象は術後補助内分泌療法を18~30ヵ月間受けたStage I~IIIのHR陽性乳がん患者で、妊娠を希望し内分泌療法を中断する42歳以下の閉経前女性。内分泌療法を、wash out期間(3ヵ月)を含み、妊娠企図、妊娠、出産、授乳で2年間中断し、再開後5~10年追跡された。主要評価項目は乳がん無発症期間(BCFI)、副次評価項目は妊娠および出生児のアウトカムなどであった。2014年12月~2019年12月に518例が登録され、登録時の年齢中央値は37歳、75%が出産歴がなく、94%がStage I/IIであった。内分泌療法はタモキシフェン単独が最も多く(42%)、次いでタモキシフェン+卵巣機能抑制(36%)で、62%が術前もしくは術後化学療法を受けていた。追跡期間中央値41ヵ月においてBCFIイベントが44例に発生し、3年間累積発生率は8.9%だった。これはSOFT/TEXT試験(Breast. 2020)の対照コホートで算出した9.2%と同様だった。妊娠アウトカムを評価した497例中368例(74%)が1回以上妊娠し、317例(64%)が1回以上出産し、365児が誕生した。その後の内分泌療法は、競合リスク分析によると76%が再開し、8%は再開前に再発/死亡し、15%は再開していなかった。この結果はHR陽性乳がんとしてはフォローアップがまだ短いものの、妊娠を希望する若い乳がん患者が安全に内分泌療法を中断し、出産可能であることを示した重要な結果である。

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