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術後の吐き気、AI解析による最大のリスク因子は「総出血量」人工知能(AI)を用いて術後悪心・嘔吐(Postoperative nausea and vomiting:PONV)のリスク因子を解析した研究で、最大のリスク因子は「総出血量」である可能性が示されました。星島 宏氏らの研究で、PLOS One誌2024年8月号に掲載された。人工知能を用いた成人の術後悪心・嘔吐のリスク因子の特定研究チームは、人工知能(AI)を用いて術後悪心・嘔吐(PONV)のリスク因子を特定することを目的に、2010年1月1日から2019年12月31日までに東北大学病院で全身麻酔下手術を受けた成人患者37,548例のデータを分析した。PONVの評価は術後24時間以内に悪心・嘔吐を経験、または制吐薬を使用した患者とし、術後の診療録および看護記録から抽出した。機械学習アルゴリズムの1つである勾配ブースティングツリーモデルを用いて、PONVの発生確率を予測するモデルを構築した。モデルの実装にはLightGBMフレームワークを使用した。主な結果は以下の通り。最終的に、データが利用可能であったのは33,676例であった。総出血量がPONVへの最も強力な寄与因子として特定され、次いで性別、総輸液量、患者の年齢が続いた。その他に特定されたリスク因子は、手術時間(60~400分)、輸血なし、デスフルランの使用、腹腔鏡手術、術中の側臥位、プロポフォールの不使用、腰椎レベルの硬膜外麻酔であった。麻酔時間、およびセボフルランまたはフェンタニルの使用は、PONVのリスク因子として特定されなかった。術中総出血量は、手術時間や循環血液量不足と相関する可能性はあるものの、PONVと最も強く関連する潜在的なリスク因子として特定された。今回ご紹介する研究は、AIを使ってPONVのリスク因子を分析し、予測モデルを構築した興味深い論文です。研究では、LightGBMという機械学習モデルを使用し、各因子が予測にどれだけ「貢献」したかを評価するためにSHAP値(SHapley Additive exPlanations)を用いています。SHAP値が0より大きい場合、その因子はPONVのリスクを高める方向に影響した、つまりリスク因子として働いたと解釈されます。PONVのような多様な要因が複雑に絡みあう事象では、このような機械学習での評価が、従来の統計的手法よりも各因子の影響を適切に示せる可能性があります。このSHAP値を用いた分析から、従来のリスク因子として報告されている「女性」、「若年(20~50歳)」、「デスフルランの使用」、「プロポフォールの不使用」なども本研究でリスク因子として確認されました。そして、今回の解析でPONVの予測に最も強く貢献した因子は「術中の総出血量」であることが特定されました。研究では、とくに総出血量が1~2,500mlの範囲でPONVのリスクが高まる関連が示されています。これは、出血による循環血液量不足や術中低血圧がPONVに関与している可能性を示唆しています。また、従来リスク因子とされている「麻酔時間」、「セボフルランの使用」や「フェンタニルの使用」は、今回のAI分析ではリスク因子として特定されませんでした。その一方で、「手術時間(60~400分)」はリスク因子であることが示されています。この結果は、麻酔そのものの時間よりも、手術侵襲などといった手術自体の身体的負担がPONVに関与している可能性を示唆しています。これらの知見を踏まえて、侵襲が多い手術では全身管理がもっとも大事ですが、同時にPONVの発生にも一層の注意が必要です。頭部付近への防水シーツの設置、ガーグルベースンなどの嘔吐物を受ける容器の準備、いつでも制吐剤が投与できるような事前準備をしておきましょう。最後に、本研究は単施設の研究であるため、一般化できるかは今後さらなる検証が必要です。しかし、今回のPONVのように、今後AI解析によって既存の報告以外のリスク因子が報告される可能性があります。常に最新の知識をアップデートしていきましょう!論文はこちらHoshijima H, et al. PLoS One. 2024;19(8):e0308755.