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21.

製薬企業の“ギフト”が開業医の処方を左右/BMJ

 製薬企業から“ギフト”を受け取っていないフランスの一般開業医(GP)は、受け取っているGPと比べて、薬剤処方効率指標が良好で低コストの薬剤処方を行っていることが明らかにされた。フランス・レンヌ第1大学のBruno Goupil氏らが、製薬企業からの物品・金銭類提供と薬剤処方パターンとの関連性を評価する目的で、同国2つのデータベースを用いた後ろ向き研究の結果を報告した。世界保健機関(WHO)およびオランダに拠点を置く非営利組織のHealth Action International(HAI)による先行研究で、医療用医薬品のプロモーションが非合理的で高コストの薬剤処方と関連していることが示されており、フランスのGPが製薬企業から“ギフト”(物品、食事、交通費、宿泊等の提供)を受ける可能性があることから、研究グループはその実態と処方との関連を調べた。BMJ誌2019年11月5日号掲載の報告。フランスの2つのデータベースを用い、GP約4万1,000人について解析 研究グループは、国民健康保険システムで管理されている「National Health Data System」と「Transparency in Healthcare」の2つのフランスのデータベースを用いて解析した。 対象は、2016年において、5例以上の登録患者がいる民間医療機関(部門)のGP 4万1,257人で、医薬品・医療機器メーカーおよびほかの健康関連会社の報告に基づく“ギフト”の金銭価値に従って6つのグループに分類した。 主な評価項目は、診察(診療所または在宅)ごとの薬剤処方に対して国民健康保険から支払われた金額、および医師の特別手当と関連する実績を算出するために国民健康保険で使用される11項目の薬剤処方効率指標とした。統計解析は、医師および患者の特性を調整変数とし、有意閾値は0.001とした。“ギフト”を受け取っていない医師で低コストの薬剤処方頻度が増加 1回の診察で処方された薬剤の金額は、2013~16年にギフトを受け取っていなかったGP群(ギフトなし群)が、2016年にギフトを1回以上受け取ったGP群(ギフトあり群)と比べて有意に少なかった。2016年に1,000ユーロ以上のギフトを受け取ったGP群との比較では、ギフトなし群の処方金額は5.33ユーロ有意に少なかった(99.9%信頼区間[CI]:-6.99~-3.66、p<0.001)。 処方頻度も同様で、ジェネリックの抗菌薬(1,000ユーロ以上のギフトあり群との比較で2.17%[99.9%CI:1.47~2.88])、降圧薬(同4.24%[3.72~4.77])およびスタチン(同12.14%[11.03~13.26])の処方頻度はいずれも、ギフトなしGP群のほうが2013~2016年に1回以上ギフトを受け取ったGP群よりも有意に高かった(p<0.001)。 また、ギフトなし群は、2016年の報告で240ユーロ以上のギフトを受け取ったGP群と比較して、12週以上のベンゾジアゼピン系薬(240~999ユーロのギフトあり群との比較で-0.68%[99.9%CI:-1.13~-0.23])、血管拡張薬(1,000ユーロ以上のギフトあり群との比較で-0.15%[-0.28~-0.03])の処方頻度が有意に低かった(p<0.001)。さらに、2016年の報告で1,000ユーロ以上のギフトを受け取ったGP群と比較して、すべてのACE阻害薬およびサルタン系薬の処方頻度が有意に高かった(1.67%[0.62~2.71]、p<0.001)。 アスピリン、ジェネリックの抗うつ薬およびジェネリックのプロトンポンプ阻害薬の処方に関しては、有意差は確認されなかった。

22.

またも敗北した急性心不全治療薬―血管拡張薬に未来はないのか(解説:絹川弘一郎氏)-1124

 急性心不全に対する血管拡張薬は、クリニカルシナリオ1に対しては利尿薬も不要とまで一時いわれたくらい固い支持があるクラス1の治療である。シナリオ2でもほどほど血圧があればafterloadを下げることは古くから収縮不全に悪かろうはずがないと考えられてきて、そもそもV-HeFT IやV-HeFT IIはvasodilatorがHFrEFの長期予後を改善するのではないかという(今では顧みられない)コンセプトで始まり、レニンアンジオテンシン系にたどり着いた歴史的経緯がある。 現在は急性心不全の血行動態改善に血管拡張薬が強く推奨されてはいるものの、予後改善効果は期待しないというのが硝酸薬に対する立ち位置である。ASCEND-HFでnesiritideが、急性期の呼吸困難感がprespecifiedの有効性基準に達しなかったからダメというのも厳しい見方であったと思うが、それはそれで急性期の効果を1次エンドポイントにしていた。しかし、その後の臨床試験では結局6ヵ月程度の予後改善効果を求めるというスタンスにいつの間にか変化してきていて、ularitideは予後改善効果がないということでボツになったようである。それで唯一残っていた急性心不全に対する血管拡張薬がserelaxinである。 serelaxinは妊娠中に働くrelaxinの遺伝子組み換え製剤であり、血管拡張作用以外にこれでもかというくらい心血管系に対するベネフィットが報告されてきた。カルペリチドとその辺はよく似ているが、それはさておきRELAX-AHFという580/581例をエントリーした決して数が少ないとは言えない試験で、実は急性期の呼吸困難感をLikert scaleで評価した、どちらかというと客観性がより高いと思われる項目で有意差を達成できていなかった。ただ、180日までの死亡が少ないようだということで、RELAX-AHF-2というこの試験で再評価することになった。今回は3,274/3,271例という本当の大規模で施行され、180日の心血管系死亡を減らせるかを1次エンドポイントにした(後で5日までの心不全悪化も加えている)。残念ながら、より大規模にしてprimaryにセットすると予後改善効果が消えてしまうという心不全あるあるの罠にはまったようで、この薬も終わってしまった。もともとLikert scaleで有意差がない時点で予後改善をいう資格なしと思っていた。同時期にわが国においてもRELAX-AHF-Asiaという試験が走っていたのであるが、これも露と消えてしまった。 要するに硝酸薬で大抵なんとかなっているんだから、それよりずっと高い薬を承認してくれというなら、硝酸薬は予後改善しなくてもいいけど高い薬は予後改善してくれということのようであるが、私見ではそもそも最初の2~3日の治療が半年後の予後を変えるというコンセプトになじめないので、このようなコンセプトで急性心不全の新薬を開発することはやめたほうがいいのではないかと思っている。いずれにせよ、わが国のカルペリチドを残して世界中から硝酸薬以外の急性心不全に対する血管拡張薬は消滅しつつあるし、今後の期待も当面ない。

23.

超急性期に脳卒中が疑われる患者に対する搬送中の経皮型ニトロは機能的転帰を改善しない(中川原譲二氏)-1014

 高血圧は急性期脳卒中によくみられ、不良なアウトカムの予測因子である。大規模な降圧試験でさまざまな結果が示されているが、超急性期の脳卒中に関する高血圧のマネジメントについては不明なままだった。著者らは、経皮型ニトログリセリン(GTN)が、発症後超早期に投与された場合に、転帰を改善するかどうかについて検討した。90日後の修正Rankin Scaleスコアを評価 研究グループ「The RIGHT-2 Investigators」は多施設共同の救急隊員による救急車内でのシャム対照無作為化試験を行った。被験者は、4時間以内に脳卒中を発症したと考えられ、FAST(face-arm-speech-time)スコアは2または3、収縮期血圧値が120mmHg以上の成人だった。被験者を無作為に2群に分け、GTN群には経皮型GTNを投与し(5mg/日を4日間)、シャム群にはシャム処置を、いずれも救急隊員が開始し、病院到着後も継続した。救急隊員は治療についてマスキングされなかったが、被験者はマスキングされた。主要アウトカムは、90日後の7段階修正Rankin Scale(mRS)による機能的アウトカムのスコアだった。評価は治療についてマスキングされた追跡調査員が電話で行った。分析は段階的に行い、まずは脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)と診断された患者について(コホート1)、次に被験者全員を対象に無作為化した患者について行った(コホート2)。機能的転帰に有意差なし、死亡や重大有害イベントも低下せず 試験は、2015年10月22日~2018年5月23日にかけて、英国8ヵ所の救急車サービス拠点から救急隊員516人、被験者数1,149例(GTN群は568例、シャム群581例)が参加して行われた。無作為化までの時間の中央値は71分(IQR:45~116)。被験者のうち虚血性脳卒中を発症したのは52%(597例)、脳内出血は13%(145例)、TIAは9%(109例)、脳卒中類似症例は26%(297例)だった。GTN群の入院時点の血圧値はシャム群と比べて、収縮期血圧値が5.8mmHg(p<0.0001)、拡張期血圧値が2.6mmHg(p=0.0026)、それぞれ低かった。コホート1において、最終的に脳卒中またはTIAと診断された被験者におけるmRSスコアに有意差はみられなかった。GTN群の同スコアは3(IQR:2~5)、シャム群も3(同:2~5)、不良なアウトカムに関する補正後commonオッズ比(acOR)は1.25(95%信頼区間[CI]:0.97~1.60)で、両群間に有意差はみられなかった(p=0.083)。コホート2でも、GTN群のmRSスコアは3(同:2~5)、シャム群も3(同:2~5)で、acORは1.04(95%CI:0.84〜1.29)と同等だった(p=0.69)。死亡(治療関連の死亡:GTN群36例vs.シャム群23例、p=0.091)や重大有害イベント(188例vs.170例、p=0.16)といった副次的アウトカムも、両群で差はみられなかった。本研究での降圧効果は、十分であったか? 本研究では、脳卒中が疑われる患者に対する搬送中の経皮型ニトログリセリン(GTN)の投与は、機能的アウトカムを改善しないことが示された。死亡率や重大有害イベントの発生リスクも低減しなかった。患者の登録時の収縮期血圧値が平均163mmHg前後、拡張期血圧値が平均92mmHg前後であり、GTN群ではシャム群に比較して、収縮期血圧値で5.8mmHg、拡張期血圧値で2.6mmHg低下しているが、この程度の血圧低下では、機能的転帰は改善しないとも考えられる。層別解析では、登録時の収縮期血圧値が、140mmHg以下の2群間で、GTN群の転帰がやや良好な傾向がみられるため、超急性期における降圧のさらなる強化療法について、検討の余地があると思われる。

24.

脳卒中疑い、搬送中の経皮ニトロは有効か/Lancet

 脳卒中が疑われる患者に対する搬送中の経皮型ニトログリセリン(GTN)の投与は、機能的アウトカムを改善しないことが示された。死亡率や重大有害イベントの発生リスクも低減しなかった。英国・ノッティンガム大学のPhilip M. Bath氏らの研究グループ「The RIGHT-2 Investigators」が、1,100例超の被験者を対象に行った第III相のシャム対照無作為化試験の結果で、Lancet誌2019年2月6日号で発表した。ただし結果を踏まえて著者は、「英国救急隊員が搬送時の超急性期の場面で、脳卒中患者の同意を得て治療を行うことを否定するものではない」と述べている。高血圧は急性脳卒中によくみられ、不良なアウトカムの予測因子である。大規模な降圧試験でさまざまな結果が示されているが、超急性期の脳卒中に関する高血圧のマネジメントについては不明なままだった。90日後の修正Rankin Scaleスコアを評価 研究グループは2015年10月22日~2018年5月23日にかけて、多施設共同の救急隊員による救急車内でのシャム対照無作為化試験を行った。被験者は、4時間以内に脳卒中を発症したと考えられ、FAST(face-arm-speech-time)スコアは2または3、収縮期血圧値が120mmHg以上の成人だった。 被験者を無作為に2群に分け、一方の群には経皮型GTNを投与し(5mg/日を4日間)、もう一方の群には同様に見せかけたシャム処置を、いずれも救急隊員が救急車内で開始し、病院到着後も継続した。救急隊員は治療についてマスキングされなかったが、被験者はマスキングされた。 主要アウトカムは、90日後の7段階修正Rankin Scale(mRS)による機能的アウトカムのスコアだった。評価は治療についてマスキングされた中央施設の追跡調査員が電話で行った。分析は段階的に行い、まずは脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)と診断された患者について(コホート1)、次に被験者全員を対象に無作為化した患者について行った(コホート2)。mRSスコアに有意差なし、死亡や重大有害イベントも低下せず 試験は英国8ヵ所の救急車サービス拠点から救急隊員516人、被験者数1,149例(GTN群は568例、シャム群581例)が参加して行われた。 無作為化までの時間の中央値は71分(IQR:45~116)。被験者のうち虚血性脳卒中を発症したのは52%(597例)、脳内出血は13%(145例)、TIAは9%(109例)、脳卒中類似症例は26%(297例)だった。GTN群の入院時点の血圧値はシャム群と比べて、収縮期血圧値が5.8mmHg(p<0.0001)、拡張期血圧値が2.6mmHg(p=0.0026)、それぞれ低かった。 コホート1において、最終的に脳卒中またはTIAと診断された被験者におけるmRSスコアに有意差はみられなかった。GTN群の同スコアは3(IQR:2~5)、シャム群も3(同:2~5)、不良なアウトカムに関する補正後commonオッズ比(acOR)は1.25(95%信頼区間[CI]:0.97~1.60)で、両群間に有意差はみられなかった(p=0.083)。 コホート2でも、GTN群のmRSスコアは3(同:2~5)、シャム群も3(同:2~5)で、acORは1.04(95%CI:0.84〜1.29)と同等だった(p=0.69)。 死亡(治療関連の死亡:GTN群36例vs.シャム群23例、p=0.091)や重大有害イベント(188例vs.170例、p=0.16)といった副次的アウトカムも、両群で差はみられなかった。

25.

HFpEFの治療はいまだ闇の中(解説:絹川弘一郎氏)-958

 LVEFの保たれた心不全、HFpEFにはEF低下例とは異なり、生命予後をはじめとした予後を改善する薬剤が知られていない。高齢者に多いHFpEFであるゆえ、とくに長生きしなくても再入院を予防できればいいのでは、または運動耐容能が保たれればいいのでは、などとも考えられてきており、エンドポイントも工夫してさまざまな臨床研究が行われているが、いまだ解決の糸口が見えない。 このINDIE-HFpEF試験1)は亜硝酸ナトリウムを吸入させて運動耐容能が改善するかをみたものである。硝酸薬は冠動脈病変のある患者や心不全症例でLVEDPを低下させるが、そのメカニズムは静脈系血管拡張による前負荷軽減と動脈系血管拡張による後負荷がバランスした時に過度な血圧低下なく、症状改善に結びつく。一方で、NOのように肺血管をメインに拡張するような薬剤を左心不全症例に使用すると、肺動脈圧は低下するものの肺血流はむしろ増加して肺うっ血を悪化させる。HFpEFでは血管拡張薬は後負荷軽減が心拍出量増加に寄与する部分が少なく、PAWPを低下させるだけの前負荷軽減がたちまち低心拍出につながる場合が多く、これは要するに拡張期圧容積関係が急峻であるため、極端に血行動態が振れることを意味している。このHFpEFの急峻な拡張期圧容積関係は虚血の際の拡張機能障害とは異なり、直接改善させられる薬剤は知られていない。 最近、生活習慣病による内皮機能障害をトリガーと考え、二次的に心筋細胞内のNO-cGMP-PKG経路の低下がtitinのリン酸化の変化をもたらして最終的に拡張機能障害に至るという仮説がHFpEFで有力である。この説に従えばHFpEFの拡張機能障害もNOを供与することで緩和されうる可能性があり、さらにNO供与体のほか、sGC刺激薬、PDE5阻害薬など、この経路を活性化する可能性のある薬剤が試されてきた。しかし、一硝酸イソソルビド(ISMN)2)、vericiguat3)、シルデナフィル4)は、いずれもHFpEFに否定的な結果となっている。今回試されたものは亜硝酸塩であり、硝酸塩が亜硝酸塩を経てNOを産生するのに比して、低酸素下でも1段階でNOを産生できるメリットがあると考えられ、また耐性を生じないということで硝酸薬とは若干違う可能性が期待された。小規模な単施設の研究では、いずれも血行動態や運動耐容能を改善していることから、今回多施設での前向き研究を企画された経緯である。 しかし、残念ながらこの研究で亜硝酸塩の吸入もHFpEFの運動耐容能改善には結びつかなかった。単施設との違いは議論を要するが、これまでの多くの試験結果と合わせても、むしろネガティブであることのほうが自然であるように思われる。現時点でHFpEFに残された薬剤はPARAGON試験5)で検証中のsacubitril/バルサルタンだけといっても過言でない。

26.

降圧薬が皮膚がんのリスク増加に関連

 米国・マサチューセッツ総合病院のK.A. Su氏らによる調査の結果、光感作性のある降圧薬(AD)による治療を受けた患者では、皮膚の扁平上皮がん(cSCC)のリスクが軽度に増加することが明らかになった。多くのADは光感作性があり、皮膚の日光に対する反応性を高くする。先行の研究では、光感作性ADは口唇がんとの関連性が示唆されているが、cSCCの発症リスクに影響するかどうかは不明であった。British Journal of Dermatology誌オンライン版2018年5月3日号掲載の報告。 研究グループは、北カリフォルニア州の包括的で統合的なhealthcare delivery systemに登録され、高血圧症に罹患した非ヒスパニック系白人のコホート研究において、ADの使用とcSCCリスクとの関連を調べた。ADの使用については電子データを用いて分析。ADは、公表論文に基づいて、光感作性(α2刺激薬、利尿薬[ループ系、カリウム保持性、サイアザイド系および配合剤])、非光感作性(α遮断薬、β遮断薬、中枢性交感神経抑制薬およびARB)または光感作性不明(ACE阻害薬、Ca拮抗薬、血管拡張薬およびその他の配合剤)に分類された。 Coxモデルを用いて補正ハザード比(aHR)と95%信頼区間(CI)を推定した。共変量は、年齢、性別、喫煙、合併症、cSCCおよび日光角化症の既往歴、調査年、医療制度の利用、医療保険会員の期間、光感作性ADの使用歴とした。 主な結果は以下のとおり。・追跡期間中に、cSCCを3,010例が発症した。・AD不使用群と比較し、cSCCのリスクは、光感作性AD使用歴ありの群(aHR:1.17、95%CI:1.07~1.28)、光感作性不明AD使用歴ありの群(aHR:1.11、95%CI:1.02~1.20)で増加したが、非光感作性AD使用歴ありの群では関連は認められなかった(aHR:0.99、95%CI:0.91~1.07)。・光感作性ADの処方数の増加に伴い、cSCCのリスクが軽度に増加した。1~7剤(aHR:1.12[95%CI:1.02~1.24])、8~15剤(同:1.19[1.06~1.34])、16剤以上(同:1.41[1.20~1.67])。

27.

眼圧と心血管薬の使用、関連せず

 眼圧は、血圧やほかの心血管リスク因子と関連していることがよく知られている。眼圧に対する全身性の心血管薬、とくに降圧薬の影響はいまだ論争の的であるが、非緑内障者では眼圧と心血管薬(とくにβ遮断薬)との間に関連はないことを、ドイツ・マインツ大学のRene Hohn氏らが、コホート研究にて明らかにした。著者は、「局所および全身性β遮断薬の長期のドリフト現象(drift phenomenon)が、この結果を説明するかもしれない」とまとめている。British Journal of Ophthalmology誌オンライン版2017年4月12日号掲載の報告。 研究グループは、ドイツ中西部の住民1万3,527例を対象とした前向き観察コホート研究(グーテンベルク健康研究)において、全身性の心血管薬の使用と眼圧との関連について検討した。 眼圧は、非接触圧平眼圧計で測定された。調査した薬剤の種類は、末梢血管拡張薬、利尿薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、レニン・アンジオテンシン系阻害薬、硝酸薬、ほかの降圧薬、アスピリンおよびスタチンである。薬剤の使用と眼圧との関連について、多変量線形回帰分析を用いて解析した(p<0.0038)。なお、眼圧欠測例、眼圧低下点眼薬使用歴または眼手術既往歴のある参加者は解析から除外された。 主な結果は以下のとおり。・選択的β遮断薬も非選択的β遮断薬も、眼圧低下との間に統計学的に有意な関連は認められなかった(それぞれ、−0.12mmHg、p=0.054および−0.70mmHg、p=0.037)。・BMI、収縮期血圧および中心角膜厚を調整後、ACE阻害薬の使用と眼圧は関連しなかった(0.11mmHg、p=0.07)。

28.

ウラリチド、急性心不全における心血管死の減少示せず/NEJM

 ナトリウム利尿ペプチドのularitideは急性心不全患者において、心筋トロポニン値に影響を及ぼすことなくBNP低下など好ましい生理的作用を示したが、短期間の治療では臨床的な複合エンドポイントや長期の心血管死亡率を減少させることはなかった。米国・ベイラー大学医療センターのMilton Packer氏らが、急性心不全患者に対するularitide早期投与の長期的な心血管リスクへの影響を検証したTRUE-AHF試験の結果を報告した。急性心不全に対してはこれまで、心筋壁応力(cardiac-wall stress)と潜在的な心筋傷害を軽減し、長期予後を改善するための治療として、血管拡張薬静脈投与による早期介入が提唱されていた。NEJM誌オンライン版2017年4月12日号掲載の報告。急性心不全患者約2,000例で、ウラリチド早期投与の有効性をプラセボと比較 TRUE-AHF(Ularitide Efficacy and Safety in Acute Heart Failure)試験は、2012年8月~2014年5月の期間、23ヵ国156施設で実施された無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験である。対象は、18~85歳の急性心不全患者2,157例で、標準治療に加えularitide(15ng/kg/分、48時間持続点滴)を投与する群と、プラセボを同様に投与する群に、1対1の割合で無作為に割り付け、初回臨床評価から12時間以内に試験薬の投与を開始することとした。 主要評価項目は、全試験期間における心血管死と、当初の48時間における臨床経過を階層的に評価した複合エンドポイント(当初48時間における死亡、静注または機械的な介入を要する心不全の持続または悪化、6・24・48時間後の総合評価)であった。心血管死や心筋トロポニン値の変化に両群で有意差なし 試験薬の投与開始時間中央値は最初の評価から6.1時間後(四分位範囲:4.6~8.4)、追跡期間中央値は15ヵ月であった。 心血管死は、ularitide群で236例、プラセボ群で225例発生した(21.7% vs.21.0%、ハザード比:1.03、96%信頼区間:0.85~1.25、p=0.75)。intention-to-treat解析において、両群間で階層的複合エンドポイントに有意差は認められなかった。 ularitide群ではプラセボ群と比較して、収縮期血圧とN末端プロ脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)が低下した。一方で、対応データを有した患者(55%)において、試験薬投与中の心筋トロポニンT値の変化は両群間で差はなかった。 著者は、「試験薬の投与が最初の評価から1~3時間以内のより早期の介入であればさらに良好な結果が得られた可能性や、トロポニンT値を投与前後で測定できたのは約半数など研究の限界があり結果の解釈には注意を要するが、ularitideは心筋障害を軽減せず疾患の進行に影響を及ぼさなかった」とまとめている。

29.

低心機能合併の開心術に予防的強心薬投与がイベントを減らすか?(解説:絹川 弘一郎 氏)-670

 冠動脈バイパス術や弁膜症の開心術は術前の心機能が低下している例があり、人工心肺による侵襲ともあわせて、周術期に低心拍出量症候群で難渋することがある。ドブタミンをはじめとしたカテコラミンはほぼルーチンでそのような場合に使用されているが、必ずしも心筋保護という観点で良いものとは考えられていない。カテコラミンの心筋に対する好ましくない作用というのは、その強心作用が心筋酸素消費量の増大を常に伴うという点にあると考えられている。また、静注強心薬では不足で、機械的補助循環を余儀なくされるものもあり、低心拍出量症候群を効果的に回避しうる手段が待たれて久しい。そこで、心筋の酸素消費量を増大させずに強心作用を有する薬剤というのが、以前から開発のターゲットとなってきた。その1つがこの試験で使用されたlevosimendanである。 levosimendan自体は1990年代に開発された静注薬で、そんなに新しいものではない。心筋トロポニンCと結合して収縮蛋白のCa2+感受性を高める作用により、細胞内のCa2+の増加もなく、またATP消費も増加させずに(したがって、酸素消費量を増やさずに)より大きな張力を発生できるとされている。Ca2+センシタイザーという呼び方もある。一方で、血管平滑筋細胞のKチャンネルオープナーでもあり、血管を弛緩させるため、後負荷軽減をもたらし、心不全の血行動態改善に貢献するとされる。あわせて、inodilator(強心血管拡張薬)とも呼ばれる。 従来、levosimendanは急性心不全の治療においてドブタミンの代わりになるか、さらにドブタミンより優れた効果があるかが主として検証されてきた。いくつかの小規模な臨床試験では血行動態の改善や短期予後の改善なども示唆されてきたが、 REVIVE II(プラセボと比較)とSURVIVE(ドブタミンと比較)という2つのRCTでそれぞれ90日、180日の予後が改善せず、FDAが認可するに至っていない。わが国でも導入されていないことは周知の通りである。メタ解析では死亡率改善の結果が出ているが、エビデンスの読み方の難しさというか、メタ解析のレベルを問う必要性があると痛感する。 それはさておき、急性心不全の領域ではドブタミンに代わりうるものとの可能性が薄れた後、最初に述べた低心機能症例の開心術における予防投与という観点が注目され始めた。その検証を行ったのがこのLEVO-CTS試験である。対象はプラセボであり、カテコラミンなどを術前に併用することは基本的に主治医判断となっている。術前に割り付けを行い、プラセボまたは実薬の投与は24時間継続する。levosimendanに割り付けられた群では術後の低心拍出量症候群の発症が少なく、強心薬を追加投与する必要のある症例も当然少なかったものの、30日以内の死亡に有意差がなく、術後5日目までの機械的補助を必要とした群を減らすこともできなかったため、levosimendanの予防投与が有効であるとは位置付けられなかった。どうやら、この薬剤は内科治療的にも外科周術期的にも明確な有効性を証明することが難しいようである。 カテコラミンの悪が強調されており、酸素消費量を増やさないこの手の薬剤がいつも話題となる。そして、omecamtiv mecarbilというミオシンアクチベーターが今臨床試験の最中であるが、どうすれば強心作用と予後改善の2つを共に手に入れられるのか、まだ手探り状態である。

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iFRガイド vs.FFRガイドPCI、日本人含む2千例超で評価/NEJM

 冠動脈血行再建術時の冠動脈の心筋酸素供給能の指標として、瞬時血流予備量比(instantaneous wave-free ratio:iFR)は冠血流予備量比(fractional flow reserve:FFR)に比べ、主要有害心イベントの発現が非劣性で、処置関連の有害な徴候や症状が少なく、所要時間は短いことが、英国・インペリアル・カレッジ・ロンドンのJustin E Davies氏らが行ったDEFINE-FLAIR試験で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2017年3月18日号に掲載された。iFRは、冠動脈狭窄の重症度を血管拡張薬(アデノシンなど)の投与なしに評価できるため、FFRに代わる指標となる可能性が示唆されている。MACEの非劣性を評価する国際的な無作為化試験 本研究は、日本を含む19ヵ国49施設が参加する進行中の二重盲検無作為化非劣性試験であり、患者登録は2014年1月~2015年12月に行われた(Philips Volcano社の助成による)。 冠動脈疾患患者2,492例が、iFRガイド下血行再建術を行う群(1,242例)またはFFRガイド下血行再建術を行う群(1,250例)に無作為に割り付けられた。 主要評価項目は、1年時の主要有害心イベント(MACE:全死因死亡、非致死的心筋梗塞、予定外の血行再建術の複合エンドポイント)のリスクであった。非劣性マージンはリスク差3.4%とした。MACE:6.8 vs.7.0%、処置関連症状:3.1 vs.30.8% ベースラインの全体の平均年齢は65歳、男性が76%を占め、80%は安定冠動脈疾患であった。 1年時のMACE発生率は、iFR群が6.8%(78/1,148例)、FFR群は7.0%(83/1,182例)であり、ハザード比(HR)は0.95(95%信頼区間[CI]:0.68~1.33、p=0.78)であった。リスク差は-0.2%(95%CI:-2.3~1.8、99%CI:-2.9~2.5、p=0.83)であり、事前に規定された非劣性マージンを満たした(非劣性検定:p<0.001)。 MACEの個々のイベント、心血管死、非心血管死は、両群間に有意な差を認めなかった。 処置関連の有害症状や臨床徴候の発生率は、iFR群が3.1%(39例)と、FFR群の30.8%(385例)に比べ有意に低かった(p<0.001)。iFR群は胸痛が19例、呼吸困難が13例に、FFR群はそれぞれ90例、250例に認められた。また、重篤な有害事象は、iFR群は1例のみであったが、FFR群は8例(気管支攣縮、心室性不整脈)にみられた。 処置の所要時間中央値は、それぞれ40.5分(IQR:27.0~60.0)、45.0分(同:30.0~66.0)であり、iFR群が有意に短かった(p=0.001)。 著者は、「この研究の主な結果は、Gotberg氏らによるiFR-SWEDEHEART試験(※)とほぼ同様である」としている。※【ジャーナル四天王】iFRガイドPCI、FFRガイドに比べ非劣性/NEJM

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混合性結合組織病〔MCTD : mixed connective tissue disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義混合性結合組織病(mixed connective tissue disease: MCTD)は、1972年にGC Sharpが提唱した疾患概念である。膠原病の中で2つ以上の疾患の特徴を併せ持ち(混合性)、しかも抗U1-RNP抗体と呼ばれる自己抗体が陽性となるものである。これは治療反応性がよく、予後も良好であったことから独立疾患として提唱された。その後、この疾患の独立性に疑問がもたれ、とくに欧米では全身性エリテマトーデスの亜型、あるいは強皮症の亜型と考えられ、英語文献でもあまりみられなくなった。しかし後述するように、高率に肺高血圧症を合併することや膠原病の単なる重複あるいは混合のみからは把握できないような特異症状の存在が明らかとなってきたことから、その疾患独立性が欧米でも再認識されている。■ 疫学本症は厚生労働省の指定難病に認定されており、その個人調査票を基にした調査では平成22年だけでおよそ9,000名の登録が確認されている。性別では女/男比で15/1と圧倒的に女性に多く、年齢分布では40代にもっとも多く、平均年齢は45歳である。また、推定発症年齢は30代が多く、平均年齢は36歳である。■ 病因本症の病因は他の膠原病と同様、不明である。全身性自己免疫疾患の1つであり、疾患に特徴的な免疫異常は抗U1-RNP抗体である。本抗体を産生するモデル動物も作成されており、関与する免疫細胞や環境因子について研究が進められている。■ 症状1)共通症状レイノー現象が必発である。また手指や手背部の浮腫傾向がみられ、「ソーセージ様手指」「指または手背の腫脹」が持続的にみられる。これらの症状は、多くの例で初発症状となっている。なお手指や手背部の浮腫傾向は強皮症でも初期にみられるが、強皮症ではすぐに硬化期に入り持続しない。2)混合所見全身性エリテマトーデス、強皮症、多発性筋炎/皮膚筋炎の3疾患にみられる臨床症状あるいは検査所見が混在してみられる。しかもそれぞれの膠原病の完全な重複ではなく、むしろ不完全な重複所見がみられることが多い。混合所見の中で頻度の高いものは、多発関節痛、白血球減少、手指に限局した皮膚硬化、筋力低下、筋電図における筋原性異常所見、肺機能障害などである。3)肺高血圧症肺高血圧症は一般人口では100万人中5~10人程度と非常にまれな疾患であり、しかも予後不良の疾患である。このまれな疾患がMCTDでは5~10%と一般人口の1万倍も高率にみられ、さらに本症の主要な死因となっていることから重要な特異症状として位置付けられている。大部分の症例では肺動脈そのものに病変がある肺動脈性の肺高血圧症である。心エコー検査などのスクリーニング検査やその他の画像・生理検査などが重要であるが、確定診断には右心カテーテル検査が必要である。4)その他の特徴的症状肺高血圧症以外にもMCTDに比較的特徴的な症状がある。三叉神経II枝、III枝の障害による顔面のしびれ感を主体とした症状は、MCTDの約10%にみられる。レイノー現象と同じく、神経の血流障害と推測されている。また、イブプロフェンなどの非ステロイド性抗炎症薬による無菌性髄膜炎が、本症の約10%にみられる。MCTDあるいは抗U1-RNP抗体陽性患者では、この薬剤性髄膜炎に留意が必要である。5)免疫学的所見抗U1-RNP抗体が陽性である。間接蛍光抗体法による抗核抗体では斑紋型を示す。抗Sm抗体や抗Jo-1抗体、抗トポイソメラーゼ1抗体など他の膠原病の疾患特異的自己抗体が出現しているときには、本症の診断は慎重にすべきである。6)合併症上記以外にシェーグレン症候群(25%)、橋本甲状腺炎(10%)などがある。■ 予後当初は、治療反応性や予後のよい疾患群として提唱されてきた。確かに発病からの5年生存率は96.9%、初診時からの5年生存率は94.2%と高い。しかし、死亡者の死因を検討すると、肺高血圧症、呼吸不全、心不全など心肺系の死因が全体の60%を占めている。とくに肺高血圧症は、一般人口にみられる特発性肺高血圧症よりもさらに予後不良であり、その治療の進歩が望まれる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)わが国では1982年に厚生省の特定疾患に指定され調査研究班が結成されて以来、研究が続けられ、1993年には特定疾患治療研究対象疾患に指定された。1988年に「疫学調査のための診断の手引き」が作成され、何度か改訂されてきた。わが国の診断基準は国際的にも評価されていて、最も普遍的なものである。2004年の改訂では、共通所見に肺高血圧症が加えられ、中核所見と名称が変更された。この3所見のうち1所見以上の陽性と抗U1-RNP抗体陽性が必須であり、さらに混合所見の中で3疾患のうち2疾患以上の項目を併せ持てばMCTDと診断する(表1)。たとえば混合所見で多発関節炎とCK高値があれば、前者が全身性エリテマトーデス様所見、後者が多発性筋炎様所見として満たすこととなる。表1 MCTD診断の手引き(2004年度改訂版)■MCTDの概念全身性エリテマトーデス、強皮症、多発性筋炎などにみられる症状や所見が混在し、血清中に抗U1-RNP抗体がみられる疾患である。I.中核所見1.レイノー現象2.指ないし手背の腫脹3.肺高血圧症II.免疫学的所見抗U1-RNP抗体陽性III.混合所見A.全身性エリテマトーデス様所見1.多発関節炎2.リンパ節腫脹3.顔面紅斑4.心膜炎または胸膜炎5.白血球減少(4,000/μL以下)または血小板減少(10万/μL以下)B.強皮症様所見1.手指に限局した皮膚硬化2.肺線維症、肺拘束性換気障害(%VC:80%以下)または肺拡散能低下(%DLCO:70%以下)3.食道蠕動低下または拡張C.多発性筋炎様所見1.筋力低下2.筋原性酵素(CK)上昇3.筋電図における筋原性異常所見■診断1.Iの1所見以上が陽性2.IIの所見が陽性3.IIIのA、B、C項のうち、2項目以上につき、それぞれ1所見以上が陽性以上の3項目を満たす場合をMCTDと診断する。■付記抗U1-RNP抗体の検出は二重免疫拡散法あるいは酵素免疫測定法(ELISA)のいずれでもよい。ただし二重免疫拡散法が陽性でELISAの結果と一致しない場合には、二重免疫拡散法を優先する。(近藤 啓文. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病に関する研究班 平成16年度研究報告書:2005.1-6.)また、肺高血圧症については、予後不良であり早期発見、早期治療が必要なこともあり、その診断にはとくに継続的な注意が必要である。確定診断には、右心カテーテル検査が必要であるが、侵襲的検査であり、専門医の存在が必要なため、スクリーニング検査として心臓超音波検査が重要である。これを基にした「MCTD肺高血圧症診断の手引き」(図1)が作成されており、肺高血圧症を疑う臨床所見や検査所見がある場合には、早急に心臓超音波検査をすべきである。画像を拡大する<脚注>1)MCTD患者では肺高血圧症を示唆する臨床所見、検査所見がなくても、心臓超音波検査を行うことが望ましい。2)右房圧は5mmHgと仮定。3)推定肺動脈収縮期圧以外の肺高血圧症を示唆するパラメーターである肺動脈弁逆流速度の上昇、肺動脈への右室駆出時間の短縮、右心系の径の増大、心室中隔の形状および機能の異常、右室肥厚の増加、主肺動脈の拡張を認める場合には、推定肺動脈収縮期圧が36mmHg以下であっても少なくとも1年以内に再評価することが望ましい。4)右心カテーテル検査が施行できない場合には慎重に経過観察し、治療を行わない場合でも3ヵ月後に心臓超音波検査を行い再評価する。3)肺高血圧症の臨床分類、重症度評価のため、治療開始前に右心カテーテル検査を施行することが望ましい。(吉田 俊治ほか. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病に関する研究班 平成22年度研究報告書:2011.7-13.)3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 総論本症は自己免疫疾患であり、抗炎症薬と免疫抑制療法が治療の中心となる。非ステロイド性抗炎症薬もしばしば用いられるが、前述のごとく、時に無菌性髄膜炎が誘発されるので、その使用には慎重な配慮が必要である。急性期には、多くの場合で副腎皮質ステロイド薬が治療の中心となる。他の膠原病と同様、臓器障害の種類と程度により必要なステロイド量が決定される(表2)。表2 臓器障害別の重症度分類a)軽症レイノー現象、指ないし手の腫脹、紅斑、手指に限局する皮膚硬化、非破壊性関節炎b)中等症発熱、リンパ節腫脹、筋炎、食道運動機能障害、漿膜炎、腎障害、皮膚血管炎、皮膚潰瘍、手指末端部壊死、肺線維症、末梢神経障害、骨破壊性関節炎c)重症中枢神経症状、無菌性髄膜炎、肺高血圧症、急速進行性間質性肺炎、進行した肺線維症、重度の血小板減少、溶血性貧血、腸管機能不全(三森 経世 編. 混合性結合組織病の診療ガイドライン(改訂第3版). 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病の病態解明と治療法の確立に関する研究班:2011.)前表のように、中枢神経障害、急速に進行する肺症状・腎症状、血小板減少症を除いて大量のステロイドを必要とすることは比較的少ない。ただ、ステロイドを長期に使用することが多いため、骨粗鬆症や糖尿病、感染症の誘発などの副作用には留意が必要である。■ 肺高血圧症MCTDの生命予後を規定する肺高血圧症(PH)については、病態からみて肺動脈性のもの以外に間質性肺炎によるもの、慢性肺血栓塞栓症によるもの、心筋炎など心筋疾患によるものなどがあり、これらは治療方法も異なるため、右心カテーテル検査などで厳密に識別する必要がある。もっとも頻度の高い肺動脈性肺高血圧症については、しばしば大量ステロイド薬や免疫抑制薬が奏効するため、これらの薬剤の適応を検討すべきである。また、通常の特発性肺動脈性肺高血圧症に用いられる血管拡張薬も有用性が確認されているため、プロスタサイクリン系薬、エンドセリン受容体拮抗薬、ホスホジエステラーゼ5阻害薬を併用して用いる(図2)。画像を拡大する<脚注>*ETR拮抗薬エンドセリン受容体拮抗薬(アンブリセンタン、ボセンタン)**PDE5阻害薬ホスホジエステラーゼ5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィル)(三森 経世 編. 混合性結合組織病の診療ガイドライン(改訂第3版). 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病の病態解明と治療法の確立に関する研究班:2011.)その後、マシテンタン(ETR拮抗薬)、リオシグアート(可溶性グアニルシクラーゼ刺激薬)なども使用できるようになっており、治療の幅が広がっている。これらは肺血管拡張作用に加えて肺動脈内皮細胞の増殖抑制作用も期待されている。ただ、肺血管のリモデリングが進行した場合や強皮症的要素の強い場合、これらの薬剤はしばしば無効であり、心不全のコントロールなども重要になるため、循環器内科などと共同して治療に当たることが必要になる。4 今後の展望遺伝子多型の検討やゲノムワイド関連解析によって、MCTDやMCTD合併肺高血圧症になりやすい危険因子が解明されつつある。これにより、さらに精度が高くこれらの診断を早期に行えることが期待される。また、予後に大きな影響を与える肺高血圧症に関する薬剤が少なからず開発されつつある。これらの出現により一段とMCTD合併肺高血圧症の治療成績が上昇する可能性がある。5 主たる診療科リウマチ膠原病内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 混合性結合組織病(一般利用者と医療従事者向けの情報)患者会情報全国膠原病友の会(膠原病全般について、その患者と家族向け)1)近藤 啓文. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病に関する研究班 平成16年度研究報告書:2005.1-6.2)近藤 啓文. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病に関する研究班 平成16年度研究報告書:2011.7-13.3)三森 経世編. 混合性結合組織病の診療ガイドライン(改訂第3版). 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業 混合性結合組織病の病態解明と治療法の確立に関する研究班:2011.7-13.公開履歴初回2014年10月07日更新2016年07月05日

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特発性拡張型心筋症〔DCM : idiopathic dilated cardiomyopathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義拡張型心筋症(idiopathic dilated cardiomyopathy: DCM)は、左室の拡張とびまん性の収縮障害を特徴とする進行性の心筋疾患である。心不全の急性増悪を繰り返し、やがて、ポンプ失調や致死性不整脈により死に至る。心筋症類似の病像を呈するが、病因が明らかで特定できるもの(虚血性心筋症や高血圧性心筋症など)、全身疾患との関連が濃厚なもの(心サルコイドーシスや心アミロイドーシスなど)は特定心筋症と呼ばれ、DCMに含めない。■ 疫学厚生省特発性心筋症調査研究班による1999年の調査では、わが国における推計患者数は約1万7,700人、有病率は人口10万人あたり14.0人、発症率は人口10万人あたり3.6人/年とされる。男女比は2.5:1で男性に多く、年齢分布は小児から高齢者まで幅広い。■ 病因DCMの病因は一様ではない。一部のDCMの発症には、遺伝子異常、ウイルス感染、自己免疫機序が関与すると考えられているが、その多くがいまだ不明である。1)遺伝子異常DCMの20~30%程度に家族性発症を認めるが、孤発例でも遺伝要因が関与するものもある。心機能に関与するどのシグナル伝達経路が障害を受けても発症しうると考えられており、心筋のサルコメア構成蛋白や細胞骨格蛋白をコードする遺伝子異常だけでなく、Caハンドリング関連蛋白異常の報告もある。2)ウイルス感染心筋生検検体の約半数に、何らかのウイルスゲノムが検出される。コクサッキーウイルス、アデノウイルス、C型肝炎ウイルスなどのウイルスの持続感染が原因の1つとして示唆されている。3)自己免疫機序βアドレナリン受容体抗体や抗Caチャネル抗体といったさまざまな抗心筋自己抗体が、患者血清に存在することが判明した。DCMの発症・進展に自己免疫機序が関与する可能性が指摘されている。■ 症状本疾患に疾患特異的な症状はない。初期には無症状のことが多いが、病状の進行につれて、労作時息切れ、易疲労感、四肢冷感などの左心不全症状を認めるようになり、運動耐容能は低下する。また、動悸、心悸亢進、胸部不快感といった頻脈・不整脈に伴う症状を訴えることもある。一般には、低心拍出所見よりもうっ血所見が前景に立つことが多い。両心不全へ至ると、全身浮腫、頸静脈怒張、腹水などの右心不全症状が目立つようになる。右心機能が高度に低下している重症例では、左心への灌流低下から、肺うっ血所見を欠落する例があり、重症度判断に注意を要する。■ 予後一般に、DCMは進行性の心筋疾患であり、予後は不良とされる。5年生存率は、1980年代には54%と低かったが、最近では70~80%にまで改善したとの報告もある。標準的心不全治療法が確立し、ACE阻害薬、β遮断薬、抗アルドステロン薬といった心筋保護薬の導入率向上がその主たる要因と考えられている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)DCMの診断は、特定心筋症の除外診断を基本とすることから、二次性心筋症を確実に除外することがDCMの診断に直結する。■ 身体所見一般に、収縮期血圧は低値を示すことが多く、脈圧は小さい。聴診所見では、心尖拍動の左方偏移、ギャロップリズム(III・IV音)、心雑音および肺ラ音の聴取が重要である。■ 胸部X線多くの症例で心陰影は拡大するが、心胸郭比は低圧系心腔の大きさに依存するため、正常心胸郭比による本疾患の除外はできない。心不全増悪期には、肺うっ血像や胸水貯留を認める。Kerley B line、peribronchial cuffingが、肺間質浮腫所見として有名である。■ 心電図疾患特異度の高い心電図所見はない。ST-T異常、異常Q波、QRS幅延長、左室側高電位、脚ブロック、心室内伝導障害など、心筋病変を反映した多彩な心電図異常を呈する。また、心筋障害が高度になると、不整脈を高頻度に認めうる。■ 血液生化学検査心不全の重症度を反映し、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)およびその前駆体N末端フラグメントであるNT-proBNPの上昇を認める。また、交感神経活性の指標である血中カテコラミンや微小心筋障害を示唆するとされる高感度トロポニンも上昇する。低心拍出状態が進行すると、腎うっ血、肝うっ血を反映し、クレアチニンやビリルビン値の上昇を認める。■ 心エコー検査通常、びまん性左室収縮障害を認め、駆出率は40%以下となる。心リモデリングの進行に伴い、左室内腔は拡張し、テザリングや弁輪拡大から機能性僧帽弁逆流の進行をみる。最近では、僧帽弁流入血流や組織ドップラー法を用いた拡張能の評価、組織ストレイン法を用いた収縮同期性の評価など、より詳細な検討が可能になっている。■ 心臓MRI検査シネMRIによる左室容積や駆出率計測は、信頼度が高い。ガドリニウムを用いた心筋遅延造影パターンの違いによるDCMと虚血性心筋症との鑑別が報告されており、心筋中層に遅延造影効果を認めるDCM症例では、心イベントの発生率が高く、予後不良とされる。■ 心筋シンチグラフィ123I-MIBGシンチグラフィによる交感神経機能評価では、後期像での心臓集積(H/M比)の低下や洗い出し率の亢進を認める。201Tlあるいは99mTc製剤を用いた心筋シンチグラフィでは、patchy appearanceと呼ばれる小欠損像を認め、その分布は、冠動脈支配に一致しない。心電図同期心筋SPECTを用いて、左室容積や駆出率も計測可能である。■ 心臓カテーテル検査冠動脈造影は、冠血管疾患、虚血性心筋症の除外を目的として施行される。血行動態の評価目的に、左室内圧測定や左室造影による心収縮能評価、肺動脈カテーテルを用いた右心カテーテル検査も行われる。左室収縮能(最大微分左室圧: dP/dtmax)の低下、左室拡張末期圧・肺動脈楔入圧の上昇、心拍出量低下を認める。■ 心筋生検DCMに特異的な病理組織学的変化は確立されていない。典型的には、心筋細胞の肥大、変性、脱落と間質の線維化を認める。心筋炎や心サルコイドーシス、心ファブリー病などの特定心筋症の除外目的に行われることも多い。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)DCMに対する根本的な治療法は確立していない。そのため、(1) 心不全、(2) 不整脈、(3) 血栓予防を治療の根幹とする。左室駆出率の低下を認めるため、収縮機能障害を伴う心不全の治療指針に準拠する。■ 心不全の治療1)心不全の生活指導生活習慣の是正を基本とする。適切な水分・塩分摂取量および栄養摂取量の教育、適切な運動の推奨、禁煙、感染予防などが指導すべきポイントとされる。2)薬物療法収縮機能障害を伴う心不全の治療指針に準拠し、薬剤を選択する。心臓のリバースリモデリングおよび長期予後改善効果を期待し、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬あるいはアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)といったレニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬とβ遮断薬、抗アルドステロン薬を導入する。原則として、β遮断薬は、カルベジロールあるいはビソプロロールを用い、忍容性のある限り、少量より漸増する。さらに、うっ血症状に応じて、利尿薬の調節を行う。急性増悪期には、入院下に、強心薬・血管拡張薬といったより高度な点滴治療を行う。3)非薬物療法(1)心室再同期療法(CRT)左脚ブロックなど、心室の収縮同期不全を認める症例に対し、心室再同期療法が行われる。除細動機能を内蔵したデバイス(CRT-D)も普及している。心拍出量の増加や肺動脈楔入圧の低下、僧帽弁逆流の減少といった急性期効果だけでなく、慢性期効果としての心筋逆リモデリング、予後改善が報告されている。CRTによる治療効果の乏しい症例(non-responder)も一定の割合で存在することが明らかになっており、その見極めが課題となっている。(2)陽圧呼吸療法、ASVわが国では、心不全患者に対するASV(adaptive servo ventilation)換気モード陽圧呼吸療法の有用性が多く報告されており、自律神経活性の改善、不整脈の減少、運動耐容能およびQOLの向上、心および腎機能の改善などが期待されている。しかし、海外で行われた大規模臨床試験ではこれを疑問視する研究結果も出ており、いまだ議論の余地を残す。(3)心臓リハビリテーション“包括的心臓リハビリテーション”の概念のもと、運動のみならず、薬剤、栄養、介護など各領域からの多職種介入による全人的心不全管理が急速に普及している。(4)和温療法遠赤外線均等温乾式サウナを用いた低温サウナ療法が、心不全患者に有用であるとの報告がある。心拍出量の増加、前負荷軽減、肺動脈楔入圧の低下といった急性効果のみならず、慢性効果として、末梢血管内皮機能の改善、心室性不整脈の減少も報告されている。(5)僧帽弁形成術・置換術、左室容積縮小術高度の僧帽弁逆流を伴うDCM例では、僧帽弁外科的手術を考慮する。しかしながら、その有効性は議論の余地を残すところであり、左室容積縮小術の1つに有名なバチスタ手術があるが、中長期的に心不全再増悪が多いことから、最近は推奨されない。(6)左室補助人工心臓(LVAD)重症心不全患者において、心臓移植までの橋渡し治療、血行動態の安定を目的として、LVAD装着が考慮されうる。2011年以降、わが国でも植込型LVADが使用可能となり、装着患者のQOLが格段に向上した。現在、植込型LVAD装着下に長期生存を目指す“destination therapy”の是非に関する議論も始まっており、今後、重症心不全治療の選択肢の1つとして臨床の場に登場する日も近いかもしれない。しかし、ここには医学的見地のみならず、医療倫理や医療経済、日本人の死生観も大きく関わっており、解決すべき課題も多い。(7)心臓移植重症心不全患者の生命予後を改善する究極の治療法である。わが国における原疾患のトップはDCMである。不治の末期的状態にあり、長期または繰り返し入院治療を必要とする心不全、β遮断薬およびACE阻害薬を含む従来の治療法ではNYHA3度ないし4度から改善しない心不全、現存するいかなる治療法でも無効な致死的重症不整脈を有する症例が適応となる。(8)緩和医療高齢化社会の進行につれ、有効な治療効果の得られない末期心不全患者へのサポーティブケアが、近年注目されつつある。このような患者のエンドオブライフに関し、今後、多職種での議論・検討を重ねていく必要がある。■ 不整脈の治療致死性不整脈の同定と予防が重要となる。DCMによる心筋障害を基盤として発生し、心不全増悪期により出現しやすい。また、電解質異常も発生要因の1つである。そのため、心不全そのものの治療や不整脈誘発因子の是正が必要である。DCMにおける不整脈治療には、アミオダロンがよく使用される。カテーテルアブレーションが選択されることもあるが、確実に突然死を予防できる治療手段は植込型除細動器(ICD)であり、症候性持続性心室頻拍や心室細動既往を有する心不全患者の二次予防あるいは一部の心不全患者の一次予防を目的として適応が検討される。また、心房細動も高率に合併する。これまでリズムコントロールとレートコントロールで死亡率に差はないと考えられてきたが、近年これを否定するメタアナリシス結果もでており、さらなる研究結果が待たれる。■ 血栓予防治療非弁膜症性心房細動合併例では、ワルファリンのみならず、新規経口抗凝固薬の使用が考慮される。また、左室駆出率30%以下の低心機能例では、心腔内血栓の予防目的に抗凝固療法が望ましいとされるが、新規経口抗凝固薬の適応はなく、ワルファリンが選択される。4 今後の展望現在のところ、確立された根本治療法のないDCMにおける究極の治療法は、心臓移植であるが、わが国では、深刻なドナー不足により汎用性の高い治療法としての普及にはほど遠い。そのため、自己の細胞あるいは組織を用いた心筋再生治療の研究・臨床応用が進められている。しかしながら、安全な再生医療の確立には、倫理面などクリアすべき課題も多く、医用工学技術を応用した高性能・小型化した人工機器の開発研究も進められている。5 主たる診療科循環器内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 特発性拡張型心筋症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)友池仁暢ほか. 拡張型心筋症ならびに関連する二次性心筋症の診療に関するガイドライン. 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009−2010年度合同研究班報告).2)奥村貴裕, 室原豊明. 希少疾患/難病の診断・治療と製品開発. 技術情報協会; 2012:pp1041-1049.3)奥村貴裕. 心不全のすべて.診断と治療(増刊号).診断と治療社;2015:103.pp.259-265.4)松崎益徳ほか. 慢性心不全治療ガイドライン(2010年改訂版).循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009年度合同研究班報告).5)許俊鋭ほか. 重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン.日本循環器学会/日本心臓血管外科学会合同ガイドライン(2011-2012年度合同研究班報告).公開履歴初回2014年11月27日更新2016年05月31日

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脳卒中急性期の高血圧管理は、効果がない? ~無数のCQに、臨床試験は応えられるのか -ENOS試験の教訓~(解説:石上 友章 氏)-279

 臨床試験は、臨床現場の葛藤に回答を与えてくれることが期待されている。結果の不確実な選択肢に対して、丁半博打のような行為を繰り返す愚を回避するための、有力で科学的な解決策である。しかし、臨床現場のクリニカル・クエスチョン(CQ)は、有限個であるとはいっても、無数に存在する。1つのCQに、1つの臨床試験が確度の高い回答を与えてくれるとは限らない。CQを解決するつもりで行った臨床試験が、未知のCQを発掘することもある。また、臨床試験にかかるコストは、費用だけではない。人的なコスト、時間的なコストも莫大にかかるので、こうしたコストに見合った結果が得られるのかは、重大な関心事であろう。 ENOS試験の結果、脳卒中急性期の高血圧を有する患者の90日後のmodified Rankin Scoreで評価する脳卒中後のperformanceについて、ニトログリセリン貼付剤の有効性は証明されなかった。一方、ニトログリセリン貼付剤による降圧効果は、有意に認められた。同時に、降圧薬を内服中だった対象について、降圧薬のon/offを比較したデザインの試験も実施したが、こちらも有意差がなかった。しかしながら、後者については、Barthel Index、 t-MMSE score、 TICS-M scoreには有意差がついており、発症前の降圧療法の継続は正当化される可能性がある。 脳卒中急性期の血圧上昇は、病態を修正する生理学的な適応なのか、あるいは出血を拡大する病態なのか、脳血流の維持をもたらす前者のような現象であれば、降圧療法は正当化されない可能性があるし、後者のような病態であれば、降圧療法は正当化されるであろう。ENOS試験では、急性期のニトログリセリン貼付剤による降圧は正当化されなかった。しかし、他の降圧薬の使用による降圧の有効性について、疑問を解決してはいない、新たな臨床試験が必要であろう。一方、ベースラインの降圧療法の継続は、正当化されそうである。 ENOS試験の結果は、脳卒中診療における重要なCQに回答を与える。しかし、本研究が、約12年にわたる(2001年7月20日~2013年10月14日)エントリー期間をかけていることは、少なからず驚愕に値する。本研究では、脳卒中急性期の誤嚥を意識して、経口薬ではなく貼付剤を選択している。研究に関わる資金源は、各国の公的な資金を元にしており、COIについても、中立性が高い。これほどの長期間にわたるサポートがなされたことは、敬意に値する。しかし12年の間に、脳卒中診療も激変しているだろう。どこまで時宜に即している研究か、一定の基準に基づいたEBMの定性的な評価も必要であろう。

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脳卒中患者への降圧治療、身体機能改善せず/Lancet

 高血圧を伴う脳卒中患者に対する降圧治療は、血圧の低下はもたらすものの、身体機能は改善しないことが、英国・ノッティンガム大学のPhilip M W Bath氏らが行ったENOS試験で示された。脳卒中発症後の高血圧は不良な予後と関連することが知られているが、発症後早期の降圧治療の必要性や、投与中の降圧薬継続の是非は明らかにされていないという。Lancet誌オンライン版2014年10月22日号掲載の報告。GTNパッチによる脳卒中の機能改善効果を評価 ENOS試験は、高血圧を伴う急性脳卒中に対するニトログリセリンの有用性を評価する国際無作為化試験。対象は、18歳以上、虚血性または出血性の脳卒中で入院し、四肢の運動障害がみられ、収縮期血圧が140~220mmHgの患者であった。 被験者は、発症後48時間以内にニトログリセリン経皮吸収型製剤(5mg/日)の投与を開始し、7日間継続する群(GTNパッチ群)または投与を行わない群(対照群)に無作為に割り付けられた。また、脳卒中発症前に降圧薬の投与を受けていた患者は、継続投与する群(継続群)または中止する群(中止群)に無作為に割り付けられた。 主要評価項目は90日後の身体機能(修正Rankinスケール)とし、治療割り付け情報を知らされていない研究者が判定を行った。今後は超早期の降圧治療の試験を 2001年7月20日~2013年10月14日までに、23ヵ国173施設から4,011例が登録され、GTNパッチ群に2,000例、対照群には2,011例が割り付けられた。2,097例(52%)が脳卒中発症前から降圧薬治療を受けており、継続群に1,053例、中止群には1,044例が割り付けられた。 4つの群の平均年齢は70~73歳、男性が50~57%で、虚血性脳卒中が83~88%であった。アジア人の割合は10~14%であった。 ベースライン(脳卒中発症から中央値で26時間後)の平均血圧は、GTNパッチ群が167(SD 19)/90(13)mmHg、非GTNパッチ群は167(19)/89(13)mmHgであり、継続群は166(19)/88(13)mmHg、中止群は168(19)/89(13)mmHgであった。 第1日目の血圧低下の程度は、GTNパッチ群が対照群に比べ有意に大きかった(群間差:-7.0/-3.5mmHg、収縮期、拡張期ともp<0.0001)。また、第7日目の継続群の血圧低下の程度は中止群よりも有意に大きかった(群間差:-9.5/-5.0mmHg、収縮期、拡張期ともp<0.0001)。 一方、90日目の身体機能は、GTNパッチ群および継続群のいずれにおいても改善しなかった。すなわち、不良な転帰に関する、対照群に対するGTNパッチ群の補正オッズ比(OR)は1.01(95%信頼区間[CI]:0.91~1.13、p=0.83)であり、中止群に対する継続群の補正ORは1.05(95%CI:0.90~1.22、p=0.55)であった。 著者は、「病態が安定して薬剤の再導入が安全に行えるようになるまで、降圧治療を控えるのが適切と考えられる。急性期以降の血管イベントのリスク低減には血圧のコントロールが重要であり、降圧治療の再開が必要となるだろう」とし、「今後は、発症後数時間以内の超早期の降圧治療に焦点を当てた試験を行うべき」と指摘している。

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心臓カテーテル検査によって脳血管障害を来し死亡したケース

循環器最終判決判例タイムズ 824号183-197頁概要胸痛の精査目的で心臓カテーテル検査が行われた61歳男性。検査中に250を超える血圧上昇、意識障害がみられたため、ニトログリセリン、ニフェジピン(商品名:アダラート)などを投与しながら検査を続行した。検査後も意識障害が継続したが頭部CTでは出血なし。脳梗塞を念頭においた治療を行ったが、検査翌日に痙攣重積となり、気管切開、人工呼吸器管理となった。検査後9日目でようやく意識清明となり、検査後2週間で一般病室へ転室したが、その直後に消化管出血を合併。輸血をはじめとするさまざまな処置が講じられたものの、やがて播種性血管内凝固症候群、多臓器不全を併発し、検査から19日後に死亡した。詳細な経過患者情報高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害を指摘されていた61歳男性経過1983年1月12日胸がモヤモヤし少し苦しい感じが出現。1月18日胸が重苦しく圧迫感あり、近医を受診して狭心症と診断され、ニトログリセリンを処方された。1月26日某大学病院を受診、胸痛の訴えがあり狭心症が疑われた。初診時血圧200/92、心電図は正常。2月2日血圧160/105、心電図では左室肥大。3月初診から1ヵ月以上経過しても胸痛が治まらないので心臓カテーテル検査を勧めたが、患者の都合により延期された。9月胸痛の訴えあり。10月同様に胸痛の訴えあり。1983年5月25日左手親指の痺れ、麻痺が出現、運動は正常で感覚のみの麻痺。7月8日脳梗塞を疑って頭部CTスキャン施行、中等度の脳萎縮があるものの、明らかな異常なし。1985年9月血圧190/100、心電図上左軸偏位あり。1986年7月健康診断の結果、肥満(肥満度26%)、心電図上の左軸偏位、心肥大、動脈硬化症などを指摘され、「要精査」と判断された。冠状動脈の狭窄を疑う所見がみられたので、担当医師は心臓カテーテル検査を勧めた。9月17日心臓カテーテル検査目的で某大学病院に入院。9月18日12:30検査前投薬としてヒドロキシジン(同:アタラックス-P)50mg経口投与。検査開始前の血圧158/90、脈拍71。13:30血圧154/96。右肘よりカテーテルを挿入。13:48右心系カテーテル検査開始(肺動脈楔入圧、右肺動脈圧)。13:51心拍出量測定。13:57右心系カテーテル検査終了。この間とくに訴えなく異常なし。14:07左心系カテーテル検査開始、血圧169/9114:13左心室圧測定後間もなく血圧が200以上に上昇。14:21血圧232/117、胸の苦しさ、顔色口唇色が不良となる。ニトログリセリン1錠舌下。14:27血圧181/111と低下したので検査を再開。14:28左冠状動脈造影施行(結果は左冠状動脈に狭窄なし)、血圧は150-170で推移。左冠状動脈造影直後に約5.1秒間の心停止。咳をさせたところ脈は戻ったが、徐脈(45)、傾眠傾向がみられたので硫酸アトロピン0.5mg静注。血圧171/10214:36左心室撮影。血圧17514:40左心室のカテーテルを再び大動脈まで戻したところ、再度血圧上昇。14:45血圧253/130、アダラート®10mg舌下。14:50血圧234/12314:56血圧220程度まで低下したので、右冠状動脈造影再開。14:59血圧183/105。右冠状動脈造影終了(25~50%の狭窄病変あり)、直後に約1.8秒の心停止出現。15:01検査終了後の血管修復中に血圧230/117、ニトログリセリン4錠舌下。15:04カテーテル抜去、血圧224/11715:30検査室退室。血圧150/100、脈拍77、呼びかけに対し返答はするものの、すぐに眠り込む状態。15:40病室に帰室、血圧144/100、うとうとしていて声かけにも今ひとつ返答が得られない傾眠状態が継続。19:00呼名反応やうなずきはあるがすぐに閉眼してしまう状態。検査から3時間半後になってはじめて脳圧亢進による意識障害の可能性を考慮し、脳圧降下薬、ステロイド薬の投与開始。9月19日08:00左上肢屈曲位、傾眠傾向が継続したため頭部CT施行、脳出血は否定された。ところが検査後から意識レベルの低下(呼名反応消失)、左上肢の筋緊張が強くなり、左への共同偏視、左バビンスキー反射陽性がみられた。15:00神経内科医が往診し、脳塞栓がもっとも疑われるとのコメントあり。9月20日全身性の痙攣発作が頻発、意識レベルは昏睡状態となる。気管切開を施行し、人工呼吸器管理。痙攣重積状態に対しチオペンタールナトリウム(同:ラボナール)の持続静注開始。9月24日痙攣発作は消失し、意識レベルやや改善。9月27日ほぼ意識清明な状態にまで回復したが、腎機能の悪化傾向あり。9月30日人工呼吸器より離脱。10月3日09:30状態が改善したためICUから一般病室へ転室となる。13:00顔面紅潮、意識レベルの低下、大量の消化管出血が出現。10月4日上部消化管内視鏡検査施行、明らかな出血源は指摘できず、散在性出血がみられたためAGML(急性胃粘膜病変)と診断された。ところが、その後肝機能、腎機能の悪化、慢性膵炎の急性増悪、腎不全などとともに、血小板数の低下、フィブリノーゲンの著明な減少などからDICと診断。10月8日15:53全身状態の急激な悪化により死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応検査前に狭心症に罹患していたとしても軽度なものであり、心臓カテーテル検査を行う医学的必要性はなかった。また、検査の3年前から脳梗塞の疑いがもたれていたにもかかわらず、脳梗塞の症状がある患者にとってはきわめて危険な心臓カテーテル検査を行った2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇を来した時点で、事故の発生を未然に防止するために検査を中止すべき注意義務があったのに、検査を強行した3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了時点で意識障害があり、脳塞栓が疑われる状況であったのに、神経内科専門医の診察を依頼したのは検査後24時間も経過してからであり、適切な処置が遅れた4.死因医学的に必要のない検査を行ったうえに、検査中の脳梗塞発症に気付かず検査を続行し、検査後もただちに専門医の診察を依頼しなかったことが原因で、最終的には胃出血によるDICおよび多臓器不全により死亡に至ったものである病院側(被告)の主張1.心臓カテーテル検査の適応患者には胸痛のほか、高血圧、肥満、長期の飲酒歴、喫煙歴、高脂血症、軽度腎障害などの冠状動脈狭窄を疑わせる所見が揃っており、冠状動脈を精査し、手術なり薬剤投与なりを開始することが治療上不可欠であった。脳梗塞については、検査の3年前に施行した頭部CTスキャンで異常はなく、自覚症状としてみられた左手親指、人差し指の感覚障害は末梢神経または神経根障害と考えられ、改めて脳梗塞を疑うべき症状は認められなかった2.異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失心臓カテーテル検査中に最高血圧が230-250になるのは臨床上起こり得ることであり、血圧上昇時には必要に応じて降圧薬を投与し、経過を観察しながら検査を継続するものである。そして、200以上の血圧上昇がもつ意味は患者によって個体差があり、普段の血圧が170-190くらいであった本件の場合には検査時のストレスによって血圧が200以上になっても特別に異常な反応ではない3.神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査後に意識レベルが低下し、四肢硬直がおきたため脳梗塞、脳幹部循環障害などの可能性を考え、治療を開始するとともに神経内科などに相談しながら、最良の治療を行った4.死因死因は脳病変に基づくものではなく、意識障害が回復した後の消化管出血によるDIC、および多臓器不全に伴った心不全である。この消化管出血にはステロイド薬の使用、ストレスなどが関与したものであるが、抗潰瘍薬の投与などできるだけ予防策は講じていたのであるから、やむを得ないものであった裁判所の判断1. 心臓カテーテル検査の適応患者には検査前から高血圧、肥満、長期の喫煙歴、軽度の腎障害など、虚血性心疾患の危険因子のうちいくつかが明らかに存在し、さらに心電図で左室肥大および左軸偏位が認められ、胸痛という自覚症状もあったので、狭心症を疑って心臓カテーテル検査を行ったことに誤りはない。さらに急性期の脳梗塞患者、発症直後の脳卒中患者には冠状動脈造影を行ってはならないとされているが、本件の場合には検査前に急性期の脳梗塞が疑われるような症状はないので、心臓カテーテル検査を差し控えなければならないとはいえない。2. 異常高血圧にもかかわらず検査を中止しなかった過失250を越える異常な血圧の上昇がみられた時点で、検査のストレスによる血圧上昇だけでは説明できない急激な血圧の上昇であることに気付き、脳出血を主とする脳血管障害発生の可能性を考え、検査を中止するべきであった。さらに検査で用いた76%ウログラフィン®(滲透圧の高い造影剤)のため、脳梗塞によって生じた脳浮腫をさらに増強させる結果になった。3. 神経内科の診察を早期に手配しなかった過失検査終了後は、ただちに専門の神経内科医に相談するなどして合併症の治療を開始するべきであったのに、担当医らが脳血管障害の可能性に気付いたのは、検査終了から3時間半後であり、その間適切な治療を開始するのが遅れた。4. 死因脳梗塞が発症したにもかかわらず、検査を続行したことによって脳浮腫が助長され、意識障害が悪化した。さらに検査終了後もただちに適切な処置が行われなかったことが、胃からの大量出血を惹起し死亡にまで至らしめた大きな原因の一つになっている。原告側合計8,276万円の請求に対し4,528万円の判決考察心臓カテーテル検査に伴う死亡率は、1970年代までは多くの施設で1%を越えていましたが、技術の進歩とヘパリン使用の普及により、現在は0.1~0.3%の低水準に落ち着いています。また、心臓カテーテル検査に伴う脳血管障害の合併についても、0.1~0.2%の低水準であり、「組織だった抗凝固処置」によって大部分の脳血管系の事故が防止できるという考え方が主流になっています。カテーテル検査中に脳塞栓を生じる機序としては、(1)カテーテルによって動脈硬化を起こした血管に形成された壁在血栓が剥離されて飛ばされ、脳の血管に流れた結果脳梗塞を生じる(2)カテーテルの周囲に形成された血栓またはカテーテルのなかに形成された血栓が飛ばされ、脳の血管に移行して脳梗塞を生じる(3)粥状硬化、動脈硬化を起こした血管の粥腫(アテローム)がカテーテルによって剥離されて飛ばされ、脳の血管に流された結果脳梗塞を生じるの3つが想定されています。これに対する処置としては、(1)十分なヘパリン投与を行った患者においても、カテーテルのフラッシュは十分注意しかつ的確に行うこと(2)ガイドワイヤーは使用する前に十分に拭い、血液を付着させないこと(3)ガイドワイヤーを入れたままのカテーテル操作は、1回あたり2分以内にとどめること(2分経過後はガイドワイヤーを必ず抜き出して拭い、再度ガイドワイヤーを用いる時はカテーテルをフラッシュする)(4)リスクの高い患者では不必要にカテーテルやガイドワイヤーを頸動脈や椎骨脳底動脈に進めないなどが教科書的には重要とされていますが、現在心臓カテーテル検査を担当されている先生方にとってはもはや常識的なことではないかと思います。つまり本件では、心臓カテーテル検査中に発症した脳血管障害というまれな合併症に対し、どのように対処するべきであったのか、という点が最大のポイントでした。裁判所の判断では、心臓カテーテル検査中に「血圧が250以上に上昇した時点ですぐに検査を中止せよ」ということでしたが、循環器内科医にとってすぐさまこのような判断をすることは実際的ではないと思います。ここで問題となるのが、(1)コントロールはこれでよかったか(2)障害の可能性を念頭に置いていたかという2点にまとめられると思います。この当時の状況を推測すると、大学病院の循環器内科に入院して治療が行われていましたので、1日に数件の心臓カテーテル検査が予定され、全例を何とか(無事かつ迅速に)こなすことに主眼がおかれていたと思います。そして、検査中にみられた高血圧に対しては、とりあえずニトログリセリン、アダラート®などを適宜使用するのがいわば常識であり、通常のケースであれば何とか検査を終了することができたと思います。にもかかわらず、本件では降圧薬使用後も250を越える高血圧が持続していました。この次の判断として、血圧は高いながらも一見神経症状はなく大丈夫そうなので検査を続行してしまうか、それとも(少々面倒ではありますが)ニトログリセリン(同:ミリスロール)などの降圧薬を持続静注することによって血圧を厳重にコントロールするか、ということになると思います。結果的には前者を選択したために、裁判所からは「異常高血圧を認めた時点で検査中止するのが正しい」と判断されました。日常の心臓カテーテル検査では、時に200を超える血圧上昇をみることがありますが、ほとんどのケースでは無事に検査を終了できると思います。さらに、心臓カテーテル検査中に脳梗塞へ至るのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、当時の状況からして、急いで微量注入器を準備して降圧薬の持続静注をするとか、血圧が安定するまでしばらく様子をみるなどといった判断はなかなか付きにくいのではないかと思います。しかし、本件のように心臓カテーテル検査中に脳血管障害が発症しますと、あとからどのような抗弁をしようとも、「異常高血圧に対して適切な処置をせず検査を強行するのはけしからん」とされてしまいますので、たとえ時間がかかって面倒に思っても、厳重な血圧管理をしなければあとで後悔することになると思います。次に問題となるのが、心臓カテーテル検査中に生じた「少々ボーっとしている」という軽度の意識障害をどのくらい重要視できたかという点です。後方視的にみれば、誰がみてもこの時の意識障害が脳梗塞に関連したものであったことがわかりますが、当時の担当医は「検査前投薬の影響が残っていて少しボーっとしているのであろう」と考えたため、脳梗塞発症を認識したのは検査から3時間半も経過したあとでした。前述したように、心臓カテーテル検査で脳梗塞を合併するのは1,000例ないし500例に1例という頻度ですから、ある意味では滅多に遭遇することのないリスクともいえます。しかし、日常的にこなしている(安全と思いがちな)検査であっても、どこにジョーカーが潜んでいるのか予測はまったくつかないため、本件のような事例があることを常に認識することによって早めの処置が可能になると思います。本件でも脳梗塞発症の可能性をいち早く念頭においていれば、たとえ最悪の結果に至ってしまっても医事紛争にまでは発展しなかった可能性が十分に考えられると思います。判決文全体を通読してみて、今回この事例を担当された先生方は真摯に医療の取り組まれているという印象が強く、けっして怠慢であるとか、レベルが低いなどという次元の問題ではありません。それだけに、このような医事紛争へ発展してしまうのは大変残念なことですので、少しでも侵襲を伴う医療行為には「最悪の事態」を想定しながら臨むべきではないかと思います。循環器

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検査所見の確認が遅れて心筋炎を見落とし手遅れとなったケース

循環器最終判決判例時報 1698号98-107頁概要潰瘍性大腸炎に対しステロイドを投与されていた19歳男性。4日前から出現した頭痛、吐き気、血の混じった痰を主訴に近医受診、急性咽頭気管支炎と診断して抗菌薬、鎮咳薬などを処方した。この時胸部X線写真や血液検査を行ったが、結果は後日説明することにして帰宅を指示した。ところが翌日になっても容態は変わらず外来再診、担当医が前日の胸部X線写真を確認したところ肺水腫、心不全の状態であった。急性心筋炎と診断してただちに入院治療を開始したが、やがて急性腎不全を合併。翌日には大学病院へ転送し、人工透析を行うが、意識不明の状態が続き、初診から3日後に死亡した。詳細な経過患者情報19歳予備校生経過1992年4月10日潰瘍性大腸炎と診断されて近所の被告病院(77床、常勤内科医3名)に入院、サラゾスルファピリジン(商品名:サラゾピリン)が処方された。1993年1月上旬感冒症状に続き、発熱、皮膚の発赤、肝機能障害、リンパ球増多がみられたため、被告病院から大学病院に紹介。2月9日大学病院に入院、サラゾピリン®による中毒疹と診断されるとともに、ステロイドの内服治療が開始された。退院後も大学病院に通院し、ステロイドは7.5mg/日にまで減量されていた。7月10日頭痛を訴えて予備校を休む。次第に食欲が落ち、頭痛、吐き気が増強、血の混じった痰がでるようになった。7月14日10:00近所の被告病院を初診(以前担当した消化器内科医が診察)。咽頭発赤を認めたが、聴診では心音・肺音に異常はないと判断(カルテにはchest clearと記載)し、急性咽頭気管支炎の診断で、抗菌薬セフテラムピボキシル(同:トミロン)、制吐薬ドンペリドン(同:ナウゼリン)、鎮咳薬エプラジノン(同:レスプレン)、胃薬ジサイクロミン(同:コランチル)を処方。さらに胸部X線写真、血液検査、尿検査、喀痰培養(一般細菌・結核菌)を指示し、この日は検査結果を待つことなくそのまま帰宅させた(診察時間は約5分)。帰宅後嘔気・嘔吐は治まらず一段と症状は悪化。7月15日10:30被告病院に入院。11:00診察時顔面蒼白、軽度のチアノーゼあり。血圧70/50mmHg、湿性ラ音、奔馬調律(gallop rhythm)を聴取。ただちに前日に行った検査を取り寄せたところ、胸部X線写真:心臓の拡大(心胸郭比53%)、肺胞性浮腫、バタフライシャドウ、カーリーA・Bラインがみられた血液検査:CPK 162(20-100)、LDH 1,008(100-500)、白血球数15,300、尿アセトン体(4+)心電図検査:心筋梗塞様所見であり急性心不全、急性心筋炎(疑い)、上気道感染による肺炎と診断してただちに酸素投与、塩酸ドパミン(同:イノバン)、利尿薬フロセミド(同:ラシックス)、抗菌薬フロモキセフナトリウム(同:フルマリン)とトブラマイシン(同:トブラシン)の点滴、ニトログリセリン(同:ニトロダームTTS)貼付を行う。家族へは、ステロイドを服用していたため症状が隠されやすくなっていた可能性を説明した(この日主治医は定時に帰宅)。入院後も吐き気が続くとともに乏尿状態となったため、非常勤の当直医は制吐薬、昇圧剤および利尿薬を追加指示したが効果はなく、人工透析を含むより高度の治療が必要と判断した。7月16日主治医の出勤を待って転院の手配を行い、大学病院へ転送。11:00大学病院到着。腎不全、心不全、肺水腫の合併であると家族に説明。14:00人工透析開始。18:00容態急変し、意識不明となる。7月17日01:19死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.病因解明義務初診時に胸部X線写真を撮っておきながら、それを当日確認せず心筋炎、肺水腫を診断できなかったのは明らかな過失である。そして、胸部X線で肺水腫があれば湿性ラ音を聴取することができたはずなのに、異常なしとしたのは聞き漏らしたからである2.転院義務初診時の病態はただちに入院させたうえで集中治療を開始しなければならない重篤なものであり、しかも適切な治療設備がない被告病院であればただちに治療可能な施設へ転院させるべきなのに、病因解明義務を怠ったために転院措置をとることができなかった初診時はいまだ危機的状況とまではいえなかったので、適切な診断を行って転院措置をとっていれば救命することができた病院側(被告)の主張1.病因解明義務初診時には急性咽頭気管支炎以外の異常所見がみられなかったので、その場でX線写真を検討しなかったのはやむを得なかった。また、心筋炎があったからといって必ず異常音が聴取されるとはいえないし、患者個人の身体的原因から異常音が聴取されなかった可能性がある2.転院義務初診時の症状を急性咽頭気管支炎と診断した点に過失がない以上、設備の整った病院に転院させる義務はない。仮に当初から心筋炎と診断して転院させたとしても、その重篤度からみて救命の可能性は低かったさらに大学病院の医師から提案されたPCPS(循環補助システム)による治療を家族らが拒否したことも、死亡に寄与していることは疑いない裁判所の判断当時の状況から推定して、初診時から胸部の異常音を聴取できるはずであり、さらにその時実施した胸部X線写真をすぐに確認することによって、肺水腫や急性心筋炎を診断することは可能であった。この時点ではKillip分類class 3であったのでただちに入院として薬物療法を開始し、1時間程度で病態の改善がない時には機械的補助循環法を行うことができる高度機能病院に転院させる必要があり、そうしていれば高度の蓋然性をもって救命することができた。初診患者に上記のような判断を求めるのは、主治医にとって酷に過ぎるのではないかという感もあるが、いやしくも人の生命および健康を管理する医業に従事する医師に対しては、その業務の性質に照らし、危険防止のため必要とされる最善の注意義務を尽くすことが要求されることはやむを得ない。原告側合計7,998万円の請求に対し、7,655万円の判決考察「朝から混雑している外来に、『頭痛、吐き気、食欲がなく、痰に血が混じる』という若者が来院した。診察したところ喉が赤く腫れていて、肺音は悪くない。まず風邪だろう、ということでいつも良く出す風邪薬を処方。ただカルテをみると、半年前に潰瘍性大腸炎でうちの病院に入院し、その後大学病院に移ってしまった子だ。どんな治療をしているの?と聞くと、ステロイドを7.5mg内服しているという。それならば念のため胸部X線写真や採血、痰培をとっおけば安心だ。ハイ次の患者さんどうぞ・・・」初診時の診察時間は約5分間とのことですので、このようなやりとりがあったと思います。おそらくどこでも普通に行われているような治療であり、ほとんどの患者さんがこのような対処方法で大きな問題へと発展することはないと思います。ところが、本件では重篤な心筋炎という病態が背後に潜んでいて、それを早期に発見するチャンスはあったのに見逃してしまうことになりました。おそらく、プライマリケアを担当する医師すべてがこのような落とし穴にはまってしまうリスクを抱えていると思います。ではどのような対処方法を採ればリスク回避につながるかを考えてみると、次の2点が重要であると思います。1. 風邪と思っても基本的診察を慎重に行うこと今回の担当医は消化器内科が専門でした。もし循環器専門医が患者の心音を聴取していれば、裁判官のいうようにgallop rhythmや肺野の湿性ラ音をきちんと聴取できていたかも知れません。つまり、混雑している外来で、それもわずか5分間という限定された時間内に、循環器専門医ではない医師が、あとで判明した心筋炎・心不全に関する必要な情報を漏れなく入手することはかなり困難であったと思われます。ところが裁判では、「いやしくも人の生命および健康を管理する医業に従事する医師である以上、危険防止のため必要とされる最善の注意義務を尽くさなければいけない」と判定されますので、医学生の時に勉強した聴打診などの基本的診察はけっしておろそかにしてはいけないということだと思います。私自身も反省しなければいけませんが、たとえば外来で看護師に「先生、風邪の患者さんをみてください」などといわれると、最初から風邪という先入観に支配されてしまい、とりあえずは聴診器をあてるけれどもざっと肺野を聞くだけで、つい心音を聞き漏らしてしまうこともあるのではないでしょうか。今回の担当医はカルテに「chest clear」と記載し、「心音・肺音は確かに聞いたけれども異常はなかった」と主張しました。ところが、この時撮影した胸部X線写真にはひどい肺水腫がみられたので、「異常音が聴取されなければおかしいし、それを聞こえなかったなどというのはけしからん」と判断されています。多分、このような危険は外来患者のわずか数%程度の頻度とは思いますが、たとえ厳しい条件のなかでも背後に潜む重篤な病気を見落とさないように、慎重かつ冷静な診察を行うことが、われわれ医師に求められることではないかと思います。2. 異常所見のバックアップ体制もう一つ本件では、せっかく外来で胸部X線写真を撮影しておきながら「急現」扱いとせず、フィルムをその日のうちに読影しなかった点が咎められました。そして、そのフィルムには誰がみてもわかるほどの異常所見(バタフライシャドウ)があっただけに、ほんの少しの配慮によってリスクが回避できたことになります。多くの先生方は、ご自身がオーダーした検査はなるべく早く事後処理されていることと思いますが、本件のように異常所見の確認が遅れて医事紛争へと発展すると、「見落とし」あるいは「注意義務違反」と判断される可能性が高いと思います。一方で、多忙な外来では次々と外来患者をこなさなければならないというような事情もありますので、すべての情報を担当医師一人が把握するにはどうしても限界があると思います。そこで考えられることは、普段からX線技師や看護師、臨床検査技師などのコメデイカルと連携を密にしておき、検査担当者が「おかしい」と感じたら(たとえ結果的に異常所見ではなくても)すぐに医師へ報告するような体制を準備しておくことが重要ではないかと思います。本件でも、撮影を担当したX線技師が19歳男子の真っ白なX線写真をみて緊急性を認識し、担当医師の注意を少しでも喚起していれば、医事紛争とはならないばかりか救命することができた可能性すらあると思います。往々にして組織が大きくなると縦割りの考え方が主流となり、医師とX線技師、医師と看護師の間には目にみえない壁ができてセクショナリズムに陥りやすいと思います。しかし、現代の医療はチームで行わなければならない面が多々ありますので、普段から勉強会を開いたり、症例検討会を行うなどして医療職同士がコミュニケーションを深めておく必要があると思います。循環器

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狭心症を肋間神経痛と誤診して死亡したケース

循環器最終判決判例タイムズ 914号234-240頁概要60歳男性が夜間胸痛を訴えて、救急車にて近く病院に搬送され、診察を受けたところ、肋間神経痛との診断で消炎鎮痛薬を処方され帰宅した。翌日、苦しんで身動きがとれなくなっているところを発見され、救急車にて再度病院を受診したが、急性心筋梗塞を発症したために入院後3時間で死亡した。詳細な経過患者情報60歳男性経過昭和63年4月22日12:00頃この頃から胸の苦しさを自覚していた。4月23日胸痛と左脇から左腕の内側にかけての痛みのため仕事を休んだ。23:00頃胸痛のため、救急車にてA病院に搬送された。当直であるB医師が診察に当たり、問診したところ、左胸痛と左腕にひびく痛みを訴えた。血圧は152/90mmHg、脈拍84、触診および聴診にて異常は認められず、心電図検査では「完全右脚ブロック」であった。心筋梗塞を示す異常を認めず、以前に肋間神経痛といわれたことがあったことから、「肋間神経痛の疑い」として、消炎鎮痛薬を投与し、痛みが持続したり、増強するようであれば再度受診するように注意を与えて、帰宅させた。4月24日08:00階段の横で息を荒くし、苦しんでいるところを発見され、救急車にてA病院に再度搬送された。救急外来担当のC医師が診察し、左胸痛を訴えていたものの、心肺に異常を認めないため、心電図検査は行わず、胸/腹部のX線写真が撮られた。09:50さらに検査の必要があるため、A病院への入院となった。10:30頃病棟に入院後、顔色不良で看護師に対し、全身倦怠感、胸苦、胸痛、左腕および左背部の差し込むような痛みを訴えた。消炎鎮痛薬の注射がされ、心電図検査が行われた。11:00頃胸痛が増強するため、重症病室に移動し、心電図検査結果は急性心筋梗塞を呈していたため、酸素吸入、心電図モニター装着が開始された。11:20呼吸が停止し、心肺蘇生を試みた。11:55死亡。その後の解剖により、左冠状動脈内に血栓が認められ、内腔をほぼ閉塞し、左室前壁に梗塞がみられ、裂孔も生じており、心嚢内に約300mLの凝血を認めたことから、死因は急性心筋梗塞による心破裂で心タンポナーデを来したためと考えられた。当事者の主張患者側(原告)の主張主訴および心電図検査結果から狭心症に罹患していることを疑い、十分な問診を尽くし、必要な検査を行って、狭心症と診断したうえで、入院させて定期的な観察、検査をし、血管拡張薬、血栓溶解薬の投与などの治療を行って心筋梗塞へ移行することを阻止すべき義務があった。4月24日A病院に救急搬入された際、胸部の激痛で身動きできない状態であったのであるから、C医師はただちに心電図検査をして心筋梗塞の診断をし、二次救急病院に搬送するか、または心筋梗塞に対する適切な治療をすべき義務があった。病院側(被告)の主張A病院が4月23日に実施した心電図検査によると、完全右脚ブロックであり、狭心症や心筋梗塞を疑えるものではない。この心電図の結果から、狭心症や心筋梗塞の疑いを否定し、聴診の結果からとくに緊急を要するような肺疾患の疑いを否定し、以前に肋間神経痛と一度いわれたことがあり、肋間にひびくような痛みがあると述べたことから、肋間神経痛の疑いと診断したのであり、過失はない。4月24日救急隊員に介助されながら徒歩でA病院に来院し、医師の問診、看護師の質問にも通常に対応した。同日の心電図検査時より、数時間ないしは十数時間前に左冠状動脈主幹部に血栓性の閉塞を来していた。それ故、左心室の広範囲前壁の急性心筋梗塞を発症して心筋の壊死が進行し、11:00~11:10頃に左室前壁の心筋断裂による穿孔を来して、心嚢内に出血し、心タンポナーデにより急速な経過で死に至ったのであるから、たとえ、心電図検査を来院直後に実施していても、救命できなかった。つまり、来院直後に心電図検査を施行しなかったことと死亡との間には因果関係がない。裁判所の判断4月23日にA病院に搬入された際にすでに狭心症に罹患していたか、という点について、受診した際に訴えていた左上腕にひびくような痛みは、放散痛(関連痛)であり、狭心症に典型的な症状である。これに加え、4月24日に救急車でA病院に搬入され、数時間後に急性心筋梗塞による心嚢血腫症(心タンポナーデ)で死亡したことから、4月23日には不安定狭心症に罹患していたとみるべきであるとした。次に、B医師が肋間神経痛と診断したことについて、カルテには胸痛発作の性状、誘因、時間帯、経過などの記載がなく、十分な問診をしたとはいえず、安易に心電図検査のみで狭心症の疑いを否定している。また、肋間神経痛と診断するために必要な圧痛点を確認したことの記載もなく、肋間神経痛の疑いとして消炎鎮痛薬を投与して帰宅させた。それ故、B医師にはこの診断と、取るべき処置を誤ったという過失があるとした。最後に4月23日の時点で狭心症を疑って必要な処置をしていれば、死亡は回避できたか、という点について、そうしていれば、24日に急性心筋梗塞を発症しておらず、死亡を回避することができた蓋然性が高いとした。つまり、A医師の過失行為と心筋梗塞による死亡との間には相当因果関係があるとした。原告側合計759万円の請求に対し、426万円の判決考察本件は、プライマリケアを担当する医師にとっては教訓的な事例だと思います。胸痛というありふれた症状に対しては、基本的な対応(問診、カルテ記載)をぜひとも心掛けたいと思います。1. 問診義務最近では、さまざまな臨床検査により得られた情報を重視して診断を下す傾向があり、一見素朴ではありますが、患者の健康状態を全体的に把握する方法の視診、触診、問診などが少々軽視されがちであると思います。中でも、問診は患者の記憶の中に潜む情報を収集する方法であり、ほかの検査では代替できないため、その重要性はあらためて認識するべきと思われます。それは裁判においても同様であり、問診義務違反を理由として医師の責任を問われるのは、問診から得られるべき情報が医療上の意思決定の際の判断材料とされていたならば、当該医療事故の発生を予見し、回避することができたはずである、という場合です。2. 胸痛患者を診た場合ところが、入院後に抗菌薬などの点滴をすると「強い不快感」が出現するというエピソードをくり返し、もともと高血圧症の患者でありながら入院2日後には血圧が80台へと低下しました。このとき、入院時に認められていた湿性ラ音が消失していたため、担当医師は抗菌薬の効果が出てきたと判断、血圧低下は脱水によるものだろうと考えて、輸液を増やす指示を出しました。しかしこの時点ですでに心タンポナーデが進行していて、脱水という不適切な判断により投与された点滴が、病態をさらに悪化させたことになります。心タンポナーデでは、心膜内に浸出液が貯留して静脈血の心臓への環流が妨げられるため、心拍量が低下して低血圧が生じるほか、消化管のうっ血が強く生じるため嘔気などの消化器症状がみられます。さらに肺への血流が減少して肺うっ血が減少し、湿性ラ音が聴取されなくなることも少なくありません。3. 狭心症患者を診た場合狭心症の特徴は、典型的な狭心痛のほかに漠然とした不快感や、違和感のこともあります。時に冷汗を伴ったりします。痛みの自覚部位は通常胸骨の裏側であることが多いとされていますが、中には、上腕、肩、顎、歯、心窩部などに症状を訴えることもあり、肩から手にかけてのしびれ感、すなわち放散痛を訴えることもあります。持続時間は通常5分前後のことが多いようです。このように狭心症の疑いがある場合には、痛みの性状、誘因、時間帯、部位、持続時間などを聴取する必要があります。狭心症の検査には、心電図検査、核医学検査、心エコー図検査、冠動脈造影検査、血液検査などがありますが、まずは簡便な心電図検査が用いられます。狭心症の典型的な例では、心電図はST-T変化として認められることが多いですが、実際は非発作時を含めて変化のないこともしばしば経験されます。このため、心電図検査のみで狭心症を否定することはできず、その診断に当たっては十分な注意を要します。狭心症の中には、適切な治療が行われなければ、心筋梗塞に移行し、突然死するものもあり、診断に迷った際には、循環器科専門医のコンサルトを得るか、入院させて医師の管理下に置き経過観察をするべきでしょう。本件でも心電図検査のみで狭心症を否定し、上記のような問診をしなかった、あるいはたとえ問診をしていたとしても、医師が狭心症を否定するに至った重要な情報をカルテに記載していなかったのは、問診をしていないのと同等であると裁判所では判断しています。したがって、問診を詳しくとることはもちろんのこと、日頃からこのような重要な情報はカルテに記載しておくことを心掛ける必要があります。見方によっては、最初のB医師(内科非常勤で専門は麻酔科)は深夜の当直帯で患者を診て、心電図まで取ったのだから良いだろう、というご意見もあろうかと思います。しかし、狭心症は胸痛発作時にしか心電図異常が出ないため、狭心症を否定できないのであらば帰宅させる時のリスクを考えて、ニトログリセリン舌下錠を処方しておくという方法もあり得るのではないかと思います。循環器

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前医批判がもとで医事紛争に発展した手指切断のケース

整形外科最終判決平成15年2月14日 前橋地方裁判所 判決概要プレス作業中に右手第2指先端を負傷した24歳男性。キルシュナー鋼線による観血的整復固定術を受けたが、皮膚の一部が壊死に陥っていた。プロスタグランジンの点滴注射などでしばらく保存的な経過観察が行われたが、病院に対して不信感を抱いた患者は受傷から18日後に無断で退院。転院先の医師から「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」と説明され、指の切断手術が行われた。詳細な経過患者情報24歳男性経過平成10年11月9日午前9:00右手第2指をプレス機に挟まれて受傷。第1関節から先の肉が第3指(中指)側にずれるようにして切れ、めくれ上がり、傷口から骨がみえる状態であった。ただちに当該病院に運ばれ、キルシュナー鋼線2本を用いた観血的整復固定術を受けた。以下カルテ記載より11月9日朝9:00頃指を機械に挟まれた。挫滅創。11月10日(指の先端について)針の痛み刺激OK。知覚なし。(指の第1関節付近について)紫色不良。治療方針(非常勤整形外科医師のコメント)。伸筋腱は切れてはいなかったでしょうか。もしも切断されていて、創部切断を免れた場合は、腱縫合を2週間以内に考えた方がいいと思います。11月11日ワイヤー1本抜去(指の先端について)。血流弱い。→プロスタグランジン開始。1日120mg(生食100mL)を2回。11月13日包交、色良くなってきている。11月14日変化なし。11月16日包交、出血なし、膨張少し、色よい。11月17日(指の先端について)知覚なし。(指の第1関節付近について)色よい、ペンローズ抜去、明日よりヒビテン®浴開始。11月19日創きれい、色よい。11月21日創痛なし。(指の先端について)両側の知覚障害あり。(指のつめの根元付近について)この部分からの血流供給よい。11月22日膿はなく、出血もないが、創面はまだドライではない。11月24日X線写真の整合性よい。(指の先端のてのひら側について)壊死性皮膚、しかし感染はない。11月27日患者は「携帯電話を買いにいく」とウソをついて無断で当該病院を退院し、別病院を受診。そこの整形外科医師から、「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」と説明され、緊急で右第2指近位1/3の切断手術を受けた。別病院での手術所見指のてのひら側は、末節の一部を残してDIp(第1関節)にかけてまで黒く壊死になっていた。指の背側の中節の一部も壊死になっていた。これを切除していくと、軟部も壊死となっており、屈筋腱も壊死しており、Kワイヤーを抜去すると、DIp関節も壊死となっていたためにブラブラになってしまった。末節骨も壊死になっていた。このため、生存していた皮膚および中節骨の2/3を残して切断した。FDp(深指屈筋)も切除。FDS(浅指屈筋)は一部残した。生存していた皮膚を反転させ、縫合した。少し欠損は残ったが、これは肉芽が上がるのを待つこととした。鑑定書DIp以遠の挫創については、一般にマイクロサージャリーの適応はないとされ、本件のような骨折部の観血的創閉鎖術で問題ない。ただし結果論的には、予想以上に組織挫滅の大きかったことから、当初から切断術適応でも差し支えなかった症例である。また、術後の抗菌薬・血管拡張薬投与も適正であり、さらにその後の経過観察においても感染兆候なく、また、創部の処置も適正に行っていると認められる。別病院での手術所見からみると、軟部組織はもちろん、骨部分においても壊死に陥っており、予想以上に深部まで血管損傷・組織挫滅が強かったと認められる不全切断であり、最初からマイクロサージャリーを施行していたとしても、生着していた可能性は低かったと考える。切断はやむを得ない症例である。ただし、最初の手術の時点で切断可能性について十分に説明していなかったことがこのような紛争につながったのではないかと推測された。別病院の術中所見をみる限り、手術適応と手技に問題はないと思われる。ただし、被告病院に何の連絡もなく手術したことは、医療連携として問題である。当事者の主張患者側(原告)の主張被告病院の担当医師は整形外科の専門医ではないのに、キルシュナー鋼線を10回以上も入れ直すなど手術が粗雑であったため、指の組織の腐食が始まった。著しく汚染された傷でありながら、ゴールデンアワーに適切な洗浄、消毒および切除(デブリドマン)を怠り、原告自身に消毒を行わせるなどずさんな治療しかしなかった。しかも創部の疼痛や指先の感覚異常、色調変化を訴えていたが、担当医師らは聞き流して適切な治療を一切行わなかった。被告病院の担当医師が、患部の状態についてきちんと説明し、患者の要求どおり早期に別の医療機関でさらに検査および診療を受ける機会を与えていれば、自分の指の症状をある程度客観的に知ることができ、今後も被告病院で治療を続けるか、それとも別病院で治療を受けるかについて、自らの意思で選択することができたはずである。ところが、「入院中は、何も考えないで病気を治すことだけを考えなさい」、「血色の良い部分もあるので、悪い部分も良くなるでしょう」などというのみで、今後の治療方法などについて説明はななかった。病院側(被告)の主張担当医師は手の外科を専門とする形成外科医であり、手の手術経験は200例を超える。今回の手術ではキルシュナー鋼線は2回入れ直したにすぎない。負傷直後の段階で、適正な消毒、デブリドマン(除去施術)を行った。指の状態は、その後の点滴および消毒などの治療により改善傾向にあったのであり、時間を争って指を切断しなければならないほど悪化してはいなかった。患者自身に消毒させたというのは、ヒビテン®浴のことを誤解しただけである。担当医師は事あるごとに、患者に対し十分な説明をくり返した。当時の治療方針は、負傷部のデマルケーション(壊死部の境界線がはっきりすること)をみながら、植皮するか、最悪の場合には切断する予定であった。ところが、切断をすることもやむを得ないとの方向を検討し、患者に説明しようとしていた矢先に勝手に退院したため、説明の機会を失ったにすぎない。裁判所の判断被告病院では、手術の状況などを記載した手術記録をのこさず、さらにカルテにも記録していなかった。また、初診時に撮影したX線フィルムを紛失してしまったため、どのような手術が行われたのか、手術の状況はどうだったのかなどについて判断できない。ただし手術に際し、キルシュナー鋼線を10回以上も入れ直したと認めるに足りる証拠は何もないので、手術が粗雑であったとまで認めることはできない。担当医師は形成外科の専門医であり、手の外科の専門医でないとまで認めることはできない。カルテや看護記録の記載によれば、指の色が良くなってきた時期もあるので、一方的に悪くなっていったわけではない。また、感染症に対する予防措置や、指の血行障害の発生を防止する措置も十分に行っていたので、担当医師らによる治療が不適切なものであったと認めることはできない。別病院の医師が被告病院に無断で原告の指を切断し、また、手術中に指のポラロイド写真を撮影したり、指の組織検査の標本を採らなかったことから、指を切断する前に手術ミスを犯し、それを隠すために指を切断したのではないかなどと被告病院は主張するが、虚偽の事実を伝えて被告病院を抜け出し、無断で別病院の診察を受けに来たのであるから、すでに患者と被告病院との間の信頼関係は破綻していた。このような場合にまで、別病院の医師にそれまでの治療経過を被告病院に確認すべきであったとまでいうことはできない。結局のところ、被告病院における治療に強い不信感を抱いた原因は、被告病院の医師から指の状態や治療方針(指の切断の可能性など)などに関する説明がなかったためである。原告側合計670万円の請求に対し、合計110万円の判決考察ほかの病院で治療を受けていた患者が、紹介状もなく来院した時、どのように対応されていますでしょうか。もちろん、診察した時点で「正しい」と思った診断、あるいは治療方針を、患者にきちんと説明するのは当然のことと思われます。ただしその際に、前医の医療行為に対して配慮を欠いた発言をすると、思わぬ医事紛争へ発展する「不用意な一言」になりかねません。本件ではあとから振り返ると、最終的には手指切断を免れなかった症例と思われます。そして、被告病院の医師がとった初期段階の治療方針も、その後の別病院ですぐに切断手術が行われたのも、どちらも医学的にみて適切と考えられる医療行為でした。ところが、負傷から18日も経過した段階の所見をはじめて目の前にした医師が、それまでの治療経過をよく確かめずに、「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない」などとコメントすれば、患者が被告病院を訴えたくなるのも当然でしょう。実際にこの一言をきっかけとして、4年以上にも及ぶ不毛な医事紛争へと発展しました。この事案を鑑定した整形外科専門医が、「被告病院に何の連絡もなく手術したことは、医療連携として問題である」と指摘したのは、きわめて当たり前の考え方であると思います。さらに被告病院は、「指を切断する前に手術ミスを犯し、それを隠すために指を切断したので、術中写真ものこさず、指の病理組織検査もしなかった」というような理解しがたい主張まで行い、「最悪ですよ」と批判した後医に対する敵意をあらわにしました。患者を前にして、自らの診断・治療に自信を持つ気持ちは十分に理解できますし、不適切な医療行為を批判したくなるのもよくわかりますが、同じ医師同士でこのような争いをするのは、絶対に避けたいと思います。とくにそれまでの医療行為に対して不満を抱く患者が、自分のことを頼って来院したような場合には、ほんのわずかな配慮によって患者の不信感を拭うこともできるのですから、前医の批判は絶対に避けなければなりません。最初に診た医師よりも、あとから診た医師の方が「名医」になるというのは、昔からいわれ続けている貴重な教訓です。本件では、患者が紹介状を持参せずに来院したので、何か「訳あり」であろうと初診時から予測することができたと思います。そこでまずは患者の言い分を聞き、そのうえで被告病院に電話を入れて治療状況を確認すれば、被告病院の立場にも配慮した説明(なるべく指を切断しないで残そうと努力していたのだけれども、当初のケガが重症だったので切断もやむを得ない段階にきている、というような内容)をすることができたと思います。そうしていれば、患者も納得して治療(手指の切断)を受け入れることができたでしょうし、医事紛争の芽を事前に摘み取ることができたかも知れません。もう一つの問題点として、被告病院では医師と患者のコミュニケーションが絶対的に不足していたと思われます。病院側は十分な説明を行ったと主張していますが、患者の印象に残った説明とは、「入院中は、何も考えないで病気を治すことだけを考えなさい」ですとか、指の色が悪いことを心配して質問しても、「血色の良い部分もあるので、悪い部分も良くなるでしょう」程度の曖昧な説明しか行わず、もしかすると切断するかもしれない、という重要な点には言及しなかったようです。このような患者の場合、勝手に離院するまでの入院中にはいろいろな徴候がでていたと思いますので、普段接する看護師や理学療法士などの意見にも耳を傾けて、不毛な医事紛争を避けるようにしたいと思います。本件は最終的には「説明義務違反」という名目で結審し、判決の金額自体はそれほど高額ではありませんでした。しかし、判決に至るまでに費やした膨大な時間と労力に加えて、患者への評判、社会的信用、医師同士の信頼感など、失ったものは計り知れないと思います。整形外科

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病院側の指示に従わず狭心症発作で死亡した症例をめぐって、医師の責任が問われたケース

循環器最終判決平成16年10月25日 千葉地方裁判所 判決概要動悸と失神発作で発症した64歳女性。冠動脈造影検査で異型狭心症と診断され、入院中はニトログリセリン(商品名:ミリスロール)の持続点滴でコントロールし、退院後はアムロジピン(同:ノルバスク)、ニコランジル(同:シグマート)、ジルチアゼム(同:ヘルベッサー)、ニトログリセリン(同:ミリステープ、ミオコールスプレー)などを処方されていた。発症から5ヵ月後、再び動悸と気絶感が出現して、安静加療目的で入院となった。担当医師はミリスロール®の点滴を勧めたが、前回投与時に頭痛がみられたこと、点滴に伴う行動の制限や入院長期化につながることを嫌がる患者は、「またあの点滴ですか」と拒否的な態度を示した。仕方なくミリスロール®の点滴を見合わせていたが、患者が看護師の制止を聞かずトイレ歩行をしたところ、再び強い狭心症発作が出現し、さまざまな救命措置にもかかわらず約2時間後に死亡確認となった。詳細な経過患者情報64歳女性経過平成11(1999)年2月10日起床時に動悸が出現し、排尿後に意識を消失したため、当該総合病院を受診。胸部X線、心電図上は異常なし。3月17日~3月24日失神発作の精査目的で入院、異型狭心症と診断。3月24日~3月27日別病院に紹介入院となって冠動脈造影検査を受け、冠攣縮性狭心症と診断された。6月2日早朝、動悸とともに失神発作を起こし、当該病院に入院。ミリスロール®の持続点滴と、内服薬ノルバスク®1錠、シグマート®3錠にて症状は改善。6月9日失神や胸痛などの胸部症状は消失したため、ミリスロール®の点滴からミリステープ®2枚に変更。入院当初は頭痛を訴えていたが、ミリステープ®に変更してから頭痛は消失。6月22日状態は安定し退院。退院処方:ノルバスク®1錠、ミリステープ®2枚、チクロピジン(同:パナルジン)1錠、シグマート®3錠、ロキサチジン(同:アルタット)1カプセル。7月2日起床時に動悸が出現、ミオコールスプレー®により症状は改善。7月5日起床時に動悸が出現、ミオコールスプレー®により症状は改善。7月7日起床時立ち上がった途端に動悸、気絶感が出現したとの申告を受け、ノルバスク®を中止しヘルベッサー®を処方。7月12日05:30起床してトイレに行った際に動悸、気絶感が出現。トイレに腰掛けてミオコールスプレー®を使用した直後に数分間の意識消失がみられた。06:50救急車で搬送入院。安静度「ベッド上安静」、排泄「尿・便器」使用、酸素吸入(1分間当たり1L)、ミリステープ®2枚(朝、夕)、心電図モニター使用、胸痛時ミオコールスプレー®を2回まで使用と指示。09:30入室直後に尿意を訴えた。担当看護師は医師の指示通り尿器の使用を勧めたが、患者は尿器では出ないのでトイレに行くことに固執したため、看護師長を呼び、ベッドを個室トイレの側まで動かし、トイレで排尿させた。排尿後に呼吸苦がみられたので、酸素吸入を開始し、ミリステープ®を貼用したところ2~3分で落ちついてきた。担当看護師は定時のシグマート®、ヘルベッサー®を内服させ、今後は尿器を使用することを促した。担当医師も訪室して安静にすべきことを説明し、ミリスロール®の点滴を勧めたが、患者は「またあの点滴ですか」と拒否的な態度を示したため、やむを得ずミリスロール®の点滴をしないことにした。その後、胸部症状は消失。15:00見舞いにきた家族が「点滴していなかったんだね」といったところ、患者は「軽かったのかな」と答えたとのこと(病院側はその事実を確認していない)。18:30尿意がありトイレでの排尿を希望。担当看護師は尿器の使用を勧めたが、トイレへ行きたいと強く希望したため、看護師は医師に確認するといって病室を離れた(このとき担当医師とは連絡取れず)。18:43トイレで倒れている患者を看護師が発見。ただちにミオコールスプレー®を1回噴霧したが、「胸苦しい、苦しい」と状態は改善せず。18:50ミオコールスプレー®を再度噴霧したが状態は変わらず、四肢冷感、冷汗が認められ、駆けつけた医師の指示でニトログリセリン(同:ニトロペン)1錠を舌下するが、心拍数は60台に低下、血圧測定不能、意識低下、自発呼吸も消失した。19:00乳酸リンゲル液(同:ラクテック)にて血管確保、心拍数30~40台。19:10イソプレナリン(同:プロタノール)1A、アドレナリン(同:ボスミン)1Aを静注するとともに、心臓マッサージを開始し、心拍数はいったん60台へと回復。19:33気管内挿管に続き、心肺蘇生を続行するが効果なし。20:22死亡確認。死因は致死性の狭心症発作と診断した。死亡後、担当医師は「点滴(ミリスロール®)をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」と述べたと患者側は主張するが、その真偽は不明。当事者の主張1. 担当医師が硝酸薬の点滴をしなかった点に過失があるか患者側(原告)の主張平成11年から発作が頻発し、入院に至るまでの経緯や入院時の症状から判断して、ミリスロール®など硝酸薬の点滴をすべきであった。これに対し担当医師は、患者に対してミリスロール®の点滴の必要性を伝えたが拒絶されたと主張するが、診療録などにはそのような記載はない。過去の入院では数日間にわたってミリスロール®の点滴治療を受け、その結果一応の回復を得て退院したため、担当医師からミリスロール®の必要性、投与しない場合の危険性などを十分聞いていれば、ミリスロール®点滴に同意したはずである。病院側(被告)の主張動悸、失神は狭心症発作の再発であり、入院安静が必要であること、2回目入院時に行ったミリスロール®の点滴が再度必要であることを説明したが、患者は「またあの点滴ですか」といい、行動が不自由になること、頭痛がすることなどを理由に点滴を拒絶したため、安静指示と内服薬などの投与によって様子をみることにした。つまり、ミリスロール®の点滴が必要であるにもかかわらず、患者の拒絶により点滴をすることができなかったのであり、診療録上も「希望によりミリスロール®点滴をしなかった」ことが明記されている。医師は、患者に対する治療につき最適と判断する内容を患者に示す義務はあるが、この義務は患者の自己決定権に優越するものではないし、患者の意向を無視して専断的な治療をすることは許されない。2. 硝酸薬点滴を行った場合の発作の回避可能性患者側(原告)の主張入院時にミリスロール®の点滴をしていれば発作を防げた可能性は大きく、死亡との間には濃厚な因果関係がある。さらに死亡後担当医師は、「点滴をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」と述べ、ミリスロール®の点滴をしなかったことが死亡原因であることを認めていた。病院側(被告)の主張7月12日9:30、ミリステープ®を貼用し、シグマート®、ヘルベッサー®を内服し、午後には症状が消失して容態が安定していたため、ミリスロール®の点滴をしなかったことだけが発作の原因とはいえない。3. 患者が安静指示に違反したのか患者側(原告)の主張看護師や患者に対する担当医師の安静指示があいまいかつ不徹底であり、結果としてトイレでの排尿を許す状況とした。担当医師が「ベッド上安静」を指示したと主張するが、入院経過用紙によれば「ベッド上安静」が明確に指示されていない。当日午後2:00の段階では、「トイレは夕方までの様子で決めるとのこと」と看護師が記載しているが、夕方までに決められて伝えられた形跡はない。18:30にも「Drに安静度カクニンのためTELつながらず」との記載があり、看護師は夕方になってもトイレについて明確な指示を受けていない。病院側(被告)の主張入院時指示には、安静度は「ベッド上安静」、排泄は「尿・便器」と明記している。これはベッド上で仰臥(あおむけ)または側臥(横向き)でいなければならず、排泄もベッド上で尿・便器をあててしなければならないという意味であり、トイレでの排尿を許したことはない。「トイレは夕方までの様子で決めるとのこと」という記載の意味は、トイレについての指示がいまだ無かったのではなく、明日の夕方までの様子をみて、それ以降トイレに立って良いかどうかを決めるという意味である。当日9:30尿意を訴えたため、医師から指示を受けていた看護師は尿器の使用を勧めたが、看護師の説得にもかかわらず尿器では出ないと言い張り、トイレに行くと譲らなかったので、やむを得ず看護師長を呼び、二人がかりでベッドを個室内のトイレ脇まで運び、トイレで排尿させたという経緯がある。そして、今回倒れる直前、看護師は患者から「トイレに行きたい」といわれたが、尿器で排泄するように説得した。それでも患者はあくまでトイレに行きたいと言い張ったため、担当医師に確認してくるから待つようにと伝えナースステーションへ行ったものの、担当医師に電話がつながらず、すぐに病室に戻ると同室内のトイレで倒れていたのである。4. 発作に対する医師の処置は不適切であったか患者側(原告)の主張狭心症の発作時には、速効性硝酸薬の舌下を行うべきものとされてはいるが、硝酸薬を用いると血圧が低下するので、昇圧剤を投与して血圧を確保してから速効性硝酸薬などにより症状の改善を図るべきであった。被告医師は、ミオコールスプレー®を2回使用して、その副作用で血圧低下に伴う血流量の減少を招いたにもかかわらず、さらに昇圧剤を投与したり、血圧を確保することなくニトロペン®を舌下させた点に過失がある。その結果、狭心症の悪化・心停止を招来し、患者を死に至らしめた。病院側(被告)の主張異型狭心症においては、冠攣縮発作が長引くと心室細動や高度房室ブロックなどの致死性不整脈が出現しやすくなるので、発作時は速やかにニトログリセリンを服用させるべきである。ニトログリセリンの副作用として血圧の低下を招くことがあるが、狭心症発作が寛解すれば血圧が回復することになるから、まず第一にニトログリセリンを投与(合計0.9mg)したことに問題はなく、発作を寛解させるべくニトロペン®1錠を舌下させた判断にも誤りはない。本件においては、致死的な狭心症発作が起きていたのであり、脈拍低下、血圧測定不能、自発呼吸なしなどの重篤な状態に陥ったのは狭心症発作によるものであって、ニトロペン®1錠を舌下したことが心停止の原因となったのではない。裁判所の判断1. 担当医師が硝酸薬の点滴をしなかった点に過失があるか鑑定A患者は狭心症発作が頻発および増悪したために入院したものであり、不安定狭心症の治療を目的としている。狭心症予防薬としてカルシウム拮抗薬の内服と硝酸薬貼付がすでに施行されており、この状態で不安定化した狭心症の治療としては、硝酸薬あるいはこれと同様の効果が期待される薬剤の持続静注が必要と考える。また、過去の入院で硝酸薬の点滴静注が有効であったことから、硝酸薬は、本件患者に対し比較的安心して使用できる薬剤と思われる。さらに、心電図モニターならびに患者の状態を常時監視できる医療状況が望ましく、狭心症発作が安定するまでの期間は、冠動脈疾患管理病棟(CCU)あるいは集中治療室(ICU)での管理が適当と考えられ、本件患者の入院初期の治療としてミリスロール®などの硝酸薬点滴を行わなかったのは不適切であった。不安定狭心症患者は急性心筋梗塞に移行する可能性が高いため、この病態を患者に十分説明し、硝酸薬点滴を使用すべきであったと考える。以前も同薬剤の使用により、本件患者の狭心症発作をコントロールしており、軽度の副作用は認められたものの、比較的安全に使用した経緯がある。患者が硝酸薬点滴を好まないケースもあるが、病状の説明、とりわけ急性心筋梗塞に進展した場合のデメリットを説明した後に施行すべきものであると考えられ、仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合でも、その必要性を十分説明して、本件患者の初期治療として、ミリスロール®などの硝酸薬あるいは同等の効果が期待できる薬剤の点滴を行うべきであった。鑑定B狭心症の場合、硝酸薬は重要な治療薬である。また、冠動脈攣縮性狭心症においては、カルシウム拮抗薬も重要な治療薬である。本症例ではミリステープ®とカルシウム拮抗薬が投与されており、ミリスロール®などの硝酸薬点滴を行わなかったことだけをもって不適切な治療と判断することは難しい。仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合についても、ミリスロール®などの点滴を行わなければならない状態であったかどうかについては判断が難しい。また、基本的に患者の了承のもとに治療を行うわけであるから、了承を得られない限りはその治療を行うことはできないのであって、拒否する場合において点滴を強制的に行うことが妥当であるかどうかは疑問である。鑑定C本症例は、失神発作をくり返していることからハイリスク群に該当する。発作の回数が頻回である活動期の場合は、硝酸薬、カルシウム拮抗薬、ニコランジルなどの持続点滴を行うことが望ましいとされており、実際に前回の入院の際には発作が安定化するまで硝酸薬の持続点滴が行われている。本件では、十分な量の抗狭心症薬が投与されており、慢性期の発作予防の治療としては適切であったといえるが、ハイリスク群に対する活動期の治療としては、硝酸薬点滴を行わなかった点は不適切であったといえる。発作の活動期における治療の基本は、冠拡張薬の持続点滴であり、純粋医学的には本件の場合、必要性を十分に説明して行うべきであり、仮に本件患者がミリスロール®などの点滴に拒否的であった場合であっても、その必要性を十分説明して、ミリスロール®などの硝酸薬点滴を行うべき状態であったといえる。ただし、必要性を十分に説明したにもかかわらず、患者側が点滴を拒否したのであれば、医師側には非は認められないこととなるが、どの程度の必要性をもって説明したかが問題となろう。裁判所の見解不安定狭心症は急性心筋梗塞や突然死に移行しやすく、早期に確実な治療が必要である。本件では前回の入院時にミリスロール®の点滴を行って症状が軽快しているという治療実績があり、入院時の病状は前回よりけっして軽くないから、硝酸薬点滴を必要とする状態であったといえる。もっとも担当医師の立場では、治療方法に関する患者の自己決定権を最大限尊重すべきであるから、医師が治療行為に関する説明義務を尽くしたにもかかわらず、患者が当該治療を受けることを拒絶した場合には、当該治療行為をとらなかったことにつき、医師に過失があると認めることはできない。そうすると、本件入院時にミリスロール®など硝酸薬点滴をしなかったことについて、被告医師に過失がないといえるのは、硝酸薬点滴の必要性などについて十分な説明義務を果たしたにもかかわらず、患者が拒否した場合に限られる。担当医師が入院時にミリスロール®点滴を行わなかったのは、必要性を十分に説明したにもかかわらず、「またあの点滴ですか」と点滴を嫌がる態度を示し、ミリスロール®の副作用により頭痛がすること、点滴をすることによって行動の自由が制限されること、点滴をすることによって入院が長くなることの3点を嫌がって、点滴を拒絶したと供述する。そして、入院診療録の「退院時総括」には「本人の希望もあり、ミリスロール®DIV(点滴)せずに安静で様子をみていた」との記載があるので、担当医師はミリスロール®の点滴静注を提案したものの、患者はミリスロール®の点滴を希望しなかったことがわかる。ところが、医師や看護師が患者の状態などをその都度記録する「入院経過用紙」には、入院時におけるミリスロール®の点滴に関するやりとりの記載はなく、担当医師から行われたミリスロール®点滴の説明やそれに対する患者の態度について具体的な内容はわからない。それよりも、午後3:00頃見舞にきた家族が、「点滴していなかったんだね」といったことに対し、「軽かったのかな」と答えたという家族の証言から、患者は自分の病状についてやや楽観的な見方をしていたことがわかり、担当医師からミリスロール®点滴の必要性について十分な説明をされたものとは思われない。担当医師は患者の印象について、「医療に対する協力、その他治療に難渋した」、「潔癖な方です。頑固な方です」と述べているように、十分な意思の疎通が図れていなかった。そのため、入院時にミリスロール®の点滴に患者が拒否的な態度を示した場合に、担当医師があえて患者を説得して、ミリスロール®の点滴を勧めようとしなかったことは十分考えられる状況であった。そして、当時の患者が不安定狭心症のハイリスク群に該当し、硝酸薬点滴をしないと危険な状況にあることを医師から説明されていれば、点滴を拒絶する理由になるとは通常考え難いので、十分に説明したという担当医師の供述は信用できない。つまり、自己の病状についてきわめて関心を抱いていた患者であるので、医師から十分な説明を受けていれば、医師の提案する治療を受け入れていたであろうと推測される。したがって、担当医師は当時の病状ならびにミリスロール®点滴の必要性について十分に説明したとは認められず、説明義務が果たされていたとはいえない。2. 硝酸薬点滴を行った場合の発作の回避可能性鑑定A不安定狭心症の治療としてミリスロール®の効果は約80%と報告されている。不安定狭心症の病態によりその効果に差はあるが、硝酸薬などの薬剤が不安定狭心症を完全に安定化させるわけではない。また、急激な冠動脈血栓形成に対しては硝酸薬の効果は低いと考える。そうするとミリスロール®点滴を実施することで発作を回避できたとは限らないが、回避できる可能性は約70%と考える。鑑定B冠動脈攣縮性狭心症の場合、ミリスロール®などの硝酸薬の点滴が冠動脈の攣縮を軽減させる可能性がある。本件発作が冠動脈攣縮性狭心症発作であった可能性は十分考えられることではあるが、最終的な本件発作の原因がほかにあるとすれば、ミリスロール®点滴を行っても回避は難しい。したがって、回避可能性について判断することはできない。鑑定C一般論からすると、持続点滴の方が経口や経皮的投与よりも有効であることは論をまたないが、持続点滴そのものの有効性自体は100%ではないため、持続点滴をしていればどの程度発作が抑えられたかについては、判断しようがない。また、本件では十分な量の冠拡張薬が投与されていたにもかかわらず、結果的に重篤な狭心症発作が起こっており、発作の活動性がかなり高く発作自体が薬剤抵抗性であったと捉えることもでき、持続点滴をしていたとしても発作が起こった可能性も否定できない。以上のように、持続点滴によって発作が抑えられた可能性と持続点滴によっても発作が抑えられなかった可能性のどちらの可能性が高いかについては、仮定の多い話で答えようがない。裁判所の見解冠動脈攣縮性狭心症の発作に対してはミリスロール®の点滴が有効である点において、各鑑定は一致していることに加え、回避可能性をむしろ肯定していると評価できること、そもそも不作為の過失における回避可能性の判断にあたっては、100%回避が可能であったことの立証を要求するものではないのであって、前回入院時にミリスロール®の点滴治療が奏効していることも併せ考慮すると、今回もミリスロール®の点滴を行っていれば発作を回避できたと考えられる。3. 患者に対する安静指示について担当医師の指示した安静度は「ベッド上安静」、排泄は「尿・便器」使用であることは明らかであり、この点において被告医師に過失は認められない。4. 発作に対する処置について鑑定Aニトログリセリン舌下投与を低血圧時に行うと、さらに血圧が低下することが予想される。しかし、狭心症発作寛解のためのニトログリセリン舌下投与に際し、禁忌となるのは重篤な低血圧と心原性ショックであり、本件発作時はこれに該当しない。さらに本件発作時は、静脈ラインが確保されていないと思われ、点滴のための留置針を穿刺する必要がある。この処置により心筋虚血の時間が延長することになるため、即座にニトログリセリンを舌下させることは適切と考える。鑑定Bニトロペン®そのものの投与は血圧が低いことだけをもって禁忌とすることはできない。本件発作時の状況下でニトロペン®舌下に先立ち、昇圧剤の点滴投与を行うかどうかの判断は難しい。しかし、まず輸液ルートを確保し、酸素吸入の開始が望ましい処置といえ、必ずしも適切とはいえない部分がある。鑑定C冠攣縮性狭心症の発作時の処置としては、血圧の程度いかんにかかわらず、まずは攣縮により閉塞した冠動脈を拡張させることが重要であるため、ニトロペン®をまず投与したこと自体は問題がない。しかしながら、昇圧剤の投与時期、呼吸循環状態の維持、ボスミン®投与の方法に問題があり、急変後の処置全般について注意義務違反が認められる。裁判所の見解ニトログリセリンの舌下については、各鑑定の結果からみて問題はない。なお、鑑定の結果によれば、発作の誘因は発作の直前のトイレ歩行ないし排尿である。担当医師からベッド上安静、尿便器使用の指示がなされ、担当看護師からも尿器の使用を勧められたにもかかわらずトイレでの排尿を希望し、さらに看護師から医師に確認するので待っているように指示されたにもかかわらず、その指示に反して無断でベッドから降りて、トイレでの排尿を敢行したものであり、さらに拒否的な態度が被告医師の治療方法の選択を誤らせた面がないとはいえないことを考慮すると、患者自身の責任割合は5割と考えられる。原告(患者)側合計5,532万円の請求に対し、2,204万円の判決考察拒否的な態度の患者についていくら説明しても医師のアドバイスに従わない患者さん、病院内の規則を無視して身勝手に振る舞う患者さん、さらに、まるで自分が主治医になったかのごとく「あの薬はだめだ、この薬がよい」などと要求する患者さんなどは、普段の臨床でも少なからず遭遇することがあります。本件もまさにそのような症例だと思います。冠動脈造影などから異型狭心症と診断され、投薬治療を行っていましたが、再び動悸や失神発作に襲われて入院治療が開始されました。前回入院時には、内服薬や貼布剤、噴霧剤などに加えてミリスロール®の持続点滴により症状改善がみられていたので、今回もミリスロール®の点滴を開始しようと提案しました。ところが患者からは、「またあの点滴ですか」「あの薬を使うと頭痛がする」「点滴につながれると行動が制限される」「点滴が始まると入院が長くなる」というクレームがきて、点滴は嫌だと言い出しました。このような場合、どのような治療方針とするのが適切でしょうか。多くの医師は、「そこまでいうのなら、点滴はしないで様子を見ましょう」と判断すると思います。たとえミリスロール®の点滴を行わなくても、それ以外のカルシウム拮抗薬や硝酸薬によってもある程度の効果は期待できると思われるからです。それでもなおミリスロール®の点滴を強行して、ひどい頭痛に悩まされたような場合には、首尾よく狭心症の発作が沈静化しても別な意味でのクレームに発展しかねません。そして、ミリスロール®の点滴なしでいったんは症状が改善したのですから、病院側の主張通り適切な治療方針であったと思います。そして、再度の発作を予防するために、患者にはベッド上の安静(トイレもベッド上)を命じましたが、「どうしてもトイレに行きたい」と患者は譲らず、勝手に離床して、致命的な発作へとつながってしまいました。このような症例を「医療ミス」と判断し、病院側へ2,200万円にも上る賠償金の支払いを命じる裁判官の考え方には、臨床医として到底納得することができません。もし、大事なミリスロール®の点滴を医師の方が失念していたとか、看護師へ安静の指示を出すのを忘れて患者が歩行してしまったということであれば、医師の過失は免れないと思います。ところが、患者の異型狭心症をコントロールしようとさまざまな治療方針を考えて、適切な指示を出したにもかかわらず、患者は拒否しました。「もっと詳しく説明していればミリスロール®の点滴を拒否するはずはなかったであろう」というような判断は、結果を知ったあとのあまりにも一方的な考え方ではないでしょうか。患者の言い分、医師の言い分極論するならば、このような拒否的態度を示す患者の同意を求めるためには、「あなたはミリスロール®の点滴を嫌がりますが、もしミリスロール®の点滴をしないと命に関わるかもしれませんよ、それでもいいのですか」とまで説明しなければなりません。そして、理屈からいうと「命に関わることになってもいいから、ミリスロール®の点滴はしないでくれ」と患者が考えない限り、医師の責任は免れないことになります。しかし、このような説明はとても非現実的であり、患者を脅しながら治療に誘導することになりかねません。本件でもミリスロール®の点滴を強行していれば、確かに狭心症の発作が出現せず無事退院できたかもしれませんが、患者側に残る感情は、「医師に脅かされてひどい頭痛のする点滴を打たれたうえに、病室で身動きができない状態を長く強要された」という思いでしょう。そして、鑑定書でも示されたように、本件はたとえミリスロール®を点滴しても本当に助かったかどうかは不明としかいえず、死亡という最悪の結果の原因は「異型狭心症」という病気にあることは間違いありません。ところが裁判官の立場は、明らかに患者性善説、医師性悪説に傾いていると思われます。なぜなら、「退院時総括」の記述「本人の希望もあり、ミリスロール®DIV(点滴)せずに安静で様子をみていた」というきわめて重大な記述を無視していることその理由として、「入院経過用紙」には入院時におけるミリスロール®の点滴に関するやりとりの記載がないことを挙げている裁判になってから提出された家族からの申告:当日午後3:00頃見舞にきた家族が、「点滴していなかったんだね」といったことに対し、「軽かったのかな」と患者が答えたという陳述書を全面的に採用し、患者側には病態の重大性、ミリスロール®の必要性が伝わっていなかったと断定つまり、診療録にはっきりと記載された「患者の希望でミリスロール®を点滴しなかった」という事実をことさら軽視し、紛争になってから提出された患者側のいい分(本当にこのような会話があったのかは確かめられない)を全面的に信頼して、医師の説明がまずかったから患者が点滴を拒否したと言わんばかりに、医師の説明義務違反と結論づけました。さらにもう一つの問題は、本件で百歩譲って医師の説明義務違反を認めるとしても、十分な説明によって死亡が避けられたかどうかは「判断できない」という鑑定書がありながら、それをも裁判官は無視しているという点です。従来までは、説明が足りず不幸な結果になった症例には、300万円程度の賠償金を認めることが多いのですが、本件では(患者側の責任は5割としながらも)説明義務違反=死亡に直結、と判断し、総額2,200万円にも及ぶ高額な判決金額となりました。本症例からの教訓これまで述べてきたように、今回の裁判例はとうてい医療ミスとはいえない症例であるにもかかわらず、患者側の立場に偏り過ぎた裁判官が無理なこじつけを行って、死亡した責任を病院に押し付けたようなものだと思います。ぜひとも上級審では常識的な司法の判断を期待したいところですが、その一方で、医師側にも教訓となることがいくつか含まれていると思います。まず第一に、医師や看護師のアドバイスを聞き入れない患者の場合には、さまざまな意味でトラブルに発展する可能性があるので、できるだけ詳しく患者の言動を診療録に記載することが重要です(本件のような最低限の記載では裁判官が取り上げないこともあります)。具体的には、患者の理解力にもよりますが、医師側が提案した治療計画を拒否する患者には、代替可能な選択肢とそのデメリットを提示したうえで、はっきりと診療録に記載することです。本件でも、患者がミリスロール®の点滴を拒否したところで、(退院時総括ではなく)その日の診療録にそのことを記載しておけば、(今回のような不可解な裁判官にあたったとしても)医療ミスと判断する余地がなくなります。第二に、その真偽はともかく、死亡後に担当医師から、「(ミリスロール®)点滴をすべきでした。しなかったのは当方のミスです」という発言があったと患者側が主張した点です。前述したように、診療録に残されていない会話内容として、裁判官は患者側の言い分をそのまま採用することはあっても、記録に残っていない医師側の言い分はよほどのことがない限り取り上げないため、とくに本件のように急死に至った症例では、「○○○をしておけばよかった」という趣旨の発言はするべきではないと思います。おそらく非常にまじめな担当医師で、自らが関わった患者の死亡に際し、前向きな考え方から「こうしておけばよかったのに」という思いが自然に出てしまったのでしょう。ところが、これを聞いた患者側は、「そうとわかっているのなら、なぜミリスロール®を点滴しなかったのか」となり、いくら「実は患者さんに聞いてもらえなかったのです」と弁解しても、「そんなはずはない」となってしまいます。そして、第三に、担当医師の供述に対する裁判官への心証は、かなり重要な意味を持ちます。判決文には、「担当医師は当公判廷において、患者が『またあの点滴ですか』といったことは強烈に覚えている旨供述するものの、患者に対しミリスロール®点滴の必要性についてどのように説明を行ったかについては、必ずしも判然としない供述をしている」と記載されました。つまり、患者に行った説明内容についてあやふやな印象を与える証言をしてしまったために、そもそもきちんとした説明をしなかったのだろう、と裁判官が思い込んでしまったということです。医事紛争へ発展するような症例は、医療事故発生から数年が経過していますので、事故当時患者に口頭で説明した内容まで細かく覚えていることは少ないと思います。そして、がんの告知や手術術式の説明のように、ある一定の緊張感のもとに行われ承諾書という書面に残るようなインフォームドコンセントに対し、本件のように(おそらく)ベッドサイドで簡単にすませる治療説明の場合には、曖昧な記憶になることもあるでしょう。しかし、ある程度の経験を積めば自ずと説明内容も均一化してくるものと思いますので、紛争へと発展した場合には十分な注意を払いながら、明確な意思に基づく主張を心がけるべきではないかと思います。循環器

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アルツハイマー病、46.8%で不適切な薬剤が処方

 フランス・トゥールーズ大学のFrancois Montastruc氏らは、アルツハイマー病(AD)患者における潜在的に不適切な医薬品(potentially inappropriate medication:PIM)の処方実態を調べた。その結果、AD患者の2人に1人がPIMを処方されていること、そのなかでも脳血管拡張薬の頻度が多いことを報告した。そのうえで著者は、「AD患者への処方に際し、疾患特性および処方薬の薬力学/薬物動態学的プロファイルが十分に考慮されていないことも示唆された」と結論している。これまで、AD患者におけるPIMの使用に関する研究はほとんどなかった。European Journal of Clinical Pharmacology誌オンライン版2013年4月16日号の掲載報告。 本研究は、軽度~中等度のADと診断された地域住民における、PIM処方の頻度およびそれに関連する臨床的因子を明らかにすることを目的に実施した。解析対象としたのは、専門施設で治療を受けているフランス人のADコホートを対象とした4年間の多施設共同前向き試験「REAL.FR試験」に登録された患者データ。PIMについてはLaroche listで評価し、多変量ロジスティック解析により関連する因子を検討した。 主な結果は以下のとおり。・AD患者684例が試験に登録された。平均年齢は77.9 ±6.8歳、女性が486例(71.0%)であった。・Laroche listに基づくと、PIMが1回以上処方されていた患者の割合は46.8%(95%CI:43.0~50.5%)であった。・処方されていたPIMは脳血管拡張薬が最も多く、全処方の24.0%(95%CI:20.9~27.3%)を占めていた。次いで、アトロピン製剤(17.0%、95%CI:14.1~19.8%)、長時間作用型ベンゾジアゼピン系薬剤(8.5%、95%CI:6.4~10.6%)の順であった。・アトロピン製剤投与患者の16%にコリンエステラーゼ阻害薬の使用がみられた。・多変量解析の結果、女性(オッズ比[OR]:1.5、95%CI:1.1~2.2)と、多剤服用(5種類以上、OR: 3.6、95%CI:2.6~4.5)の2つのみがPIM処方と関連する因子であった。関連医療ニュース ・抗認知症薬4剤のメタ解析結果:AChE阻害薬は、重症認知症に対し有用か? ・日本人の認知症リスクに関連する食習慣とは? ・入院期間の長い認知症患者の特徴は?:大阪大学

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