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コロナ禍で世界的に増えているサイバー攻撃。医療関連機関を狙った攻撃も増えている。時に患者の命に関わる危険もある攻撃に対し、どう立ち向かうべきか。NTTチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストの松原 実穂子氏が2月1日、都内で行ったセミナー(主催:株式会社新社会システム総合研究所)において、サイバー攻撃の傾向と対策を語った。なぜ医療機関が狙われるのかイスラエルのサイバーセキュリティ企業チェックポイント・ソフトウェア・テクノロジーズによると、医療機関に対する攻撃は、昨年11月から今年1月までの間だけで45%も増えたという。攻撃の1つは、コロナワクチンや治療薬等の研究成果を盗むスパイ目的だ。2つ目は、身代金要求型ウイルスを使った金銭目的の業務妨害だ。身代金要求型ウイルスに感染すると、ファイルが暗号化され、ITシステムが使えなくなり、業務が中断されかねない。たとえば、患者の治療法や健康状態の入ったデータベースにアクセスできなくなれば、治療や投薬、入退院の手続きに支障が出る。最悪の場合、患者の命が危険に晒されることも考えられる。そのため、身代金を支払ってでも暗号を解く鍵を入手しようという窮地に追い込もうと、病院を狙った攻撃が続いているのだ。UCSFもターゲットに、1億2,000万円の被害米国では、2020年だけで約560もの医療機関が身代金要求型ウイルスによる攻撃を受けた。昨年10月、バーモント大学の医療部門のITシステムがウイルス攻撃によりダウンした際には、患者の治療を続けることが困難になった。このトラブルにより、同大学は医療スタッフ300人を一時解雇するまでに追い込まれた。被害額は、1日当たりで1億5,500万円近くにも上ったという。昨年6月に被害を受けた、カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部では、研究に不可欠な情報がサイバーウイルスにより暗号化され、最終的に約1億2,000万円の身代金を支払った。なぜ医療機関に対するサイバー攻撃が増えているのか。松原氏は以下の3つを挙げる。1つは、IT予算に占めるサイバーセキュリティ予算の割合が低いこと。例えば、サイバーセキュリティ対策に注力してきた金融業界の場合、IT予算に占めるサイバーセキュリティ予算の割合は6〜14%だが、医療機関の場合は3〜4%程度だという。2つ目は、サイバーセキュリティ対策が不足していること。サイバー攻撃で最も多く使われる手口の1つが「なりすましメール」だが、米保険会社Corvusによると、最も基本的なサイバーセキュリティ対策であるメールのスキャニング・フィルタリングツールでさえ、医療機関の86%以上が未導入なのが現状だ。なりすましメールが医療スタッフに対して届きやすい状況を生んでいるのは明白である。3つ目は、コロナ禍における医療資源の逼迫だ。コロナ禍以前ですら、サイバーセキュリティ対策が遅れていたのに、新型コロナウイルスの収束が見えない中、さらに対策が取りにくくなっている。NTT Ltd.がまとめた医療機関の地域別サイバーセキュリティ成熟度によると、アジア太平洋地域はほかの地域に比べて圧倒的に低い。南米大陸と比べても評点は3分の1程度で、欧州や同じアジア太平洋地域の豪州と比べても半分ほどだという。セキュリティ対策甘い日本の医療機関は格好のターゲット米サイバーセキュリティ企業CrowdStrikeによると、昨年4月以降、日本の複数のワクチン開発機関に対して断続的にサイバー攻撃が行われた。なりすましメールに新型コロナ関係のファイルが添付されていたという。同社は、中国のハッカー集団が行ったのではないかと推測している。身代金要求型ウイルスによる被害は、日本企業でも発生している。読売新聞によると、身代金要求型ウイルスに感染した塩野義製薬の台湾現地法人では、医療機器の輸入許可証や社員在留許可証がダークウェブで公開された。通常のブラウザではアクセスできない匿名性が高いサイトで、ドラッグや個人情報等違法取引が横行しているという。米国ではギリアド・サイエンシズが2020年4月、イランと見られるハッカー集団からのサイバー攻撃を受けた。モデルナも昨年7月、中国人とみられるハッカー集団に狙われている。コロナワクチンには低温物流が必要だが、ここに狙いをつけたのか、昨年後半から低温物流企業に対しても、知的財産を狙ったサイバー攻撃が行われ、国家の関与が指摘されている。低温物流世界2位のAmericold Realty Trust(米ジョージア州アトランタ)には2020年11月、身代金要求型ウイルスによる攻撃が行われ、業務が一時停止する事態に陥った。ワクチンの承認機関も攻撃を受けている。昨年12月、米ファイザーと独ビオンテック、モデルナが、欧州医薬品庁に承認を受けるために提出したワクチン情報が、サイバー攻撃で不正アクセスされてしまった。情報が文脈を無視した状態でオンライン上に流出し、同庁は「ワクチンの信頼性を損ねかねない」と懸念を表明した。動き出した各国政府・国際機関・企業の対応こうした状況に各国政府や国際機関は警告や非難声明を出している。事態を重く見た各国のサイバーセキュリティの専門家が立ち上がり、政府機関や司法機関と協力しつつ、医療機関を狙ったサイバー攻撃の手口やサイバーセキュリティ対策の取り方についての情報を無料で提供する枠組みを複数立ち上げた。一部の企業からも、被害を受けた医療機関へのサイバーセキュリティツールやコンサルティングサービスの無料提供が行われている。松原氏は、医療サプライチェーン関連組織の経営層に対し、サイバーセキュリティ強化を訴えた。医療業界では、医療ISAC(Information Security and Analysis Center)という情報共有の枠組みなどを通じ、攻撃の手口や対策についての情報共有が進められ、被害の最小化に努めている。世界を巻き込んだコロナ禍は、ウイルスとの闘いであると共に、サイバー攻撃との闘いまで強いられているのである。