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猫さん糖尿病の顛末記 ― 主治医は獣医、コンサル先は教授【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第95回

帰宅しても返事がない家「ただいま」玄関のドアを開けた瞬間、空気の密度が違うことに気付きます。これまでは決まって「ニャオー」と勇ましい出迎えがあったはずの気配が、ない。2025年10月、愛猫レオは猫の星へと旅立ちました。こうしてわが家には、静かすぎる帰宅が日常となりました。猫の糖尿病は、予想以上に「フルスペック」だった以前の本エッセイでも触れましたが、2024年春、レオに持病が見つかりました。主訴は多飲多尿。獣医さんを受診すると、血糖値は500mg/dLを超えています。文句なしのDM(糖尿病)診断です。治療はもちろんインスリン。持続型製剤を朝夕2回投与する生活が始まりましたが、問題は用量調節です。人間と違い、猫の体はあまりにコンパクト。1.8単位、2.2単位……この「0.2単位を刻む世界」は、老眼が進み始めた眼球にはきわめて非友好的です。さらに、猫用SGLT2阻害薬も併用。ナトリウム・グルコース共輸送体をブロックし、尿糖排泄を促進する――。学生時代、まさか人間と同じ最新の医学ロジックを、ヒゲの生えた四足歩行の患者に適応する日が来るとは夢にも思いませんでした。教授への「アポなし猫コンサルト」ここで白状します。血糖コントロールが難航し、低血糖リスクに怯えていたある日、私は禁じ手を使いました。勤務先の糖尿病内分泌・腎臓内科の教授の部屋をノックしたのです。もちろん、患者は猫。しかもアポなし。完全なる「猫糖尿病コンサルト」です。にもかかわらず、教授は嫌な顔ひとつせず、インスリンの薬物動態から投与量調整のロジックまで、実に真顔でレクチャーしてくださいました。「猫ですか……なるほど、興味深い」この一言に、医師としての、そして人としての底知れぬ懐の深さ(あるいは重度の動物好きの片鱗)を見ました。この場を借りて、改めて深謝申し上げます。予後は一進一退、そして「終末期」の選択多くの方のサポートもあり、レオは一時、QOLを取り戻しました。「このまま維持できるかも」という淡い期待を抱いた時期もありましたが、2024年秋に再入院。点滴で持ち直しはしたものの、それ以降は緩やかな下り坂でした。それでも、レオは1年以上も病魔と付き合い、立派に生き抜きました。2025年夏の終わり、食欲不振が顕著になります。9月下旬にはADLが著しく低下。再入院の際、獣医さんは静かに言いました。「……そろそろ、お家で過ごさせてあげませんか」医師としての私、飼い主としての妻、そしてプロフェッショナルである獣医さん。三者の目に映る「予後」の景色が、完全に一致した瞬間でした。「これ以上、何ができるのか」その問いへの答えは、ガイドラインには載っていないシンプルなものでした。「ただ、最後までそばにいること」です。プロ顔負けのラスト・メッセージレオは最期まで見事でした。バスタオルの上で静かに横たわり、撫でるとしっぽの先を数ミリだけ動かす。それが彼なりの「インフォームド・コンセント」だったのかもしれません。午前3時頃。妻がおでこを撫でていると、彼は残った力を振り絞るように前脚を伸ばし、おでこで指をぐっと押し返します。「もっと撫でろ」そう命じられた直後、彼は静かに呼吸を止めました。不思議なことに、押し寄せたのは悲しみよりも安堵でした。「もう、打たなくていいんだ。苦しくないんだ」という想いだけが、深夜のリビングに満ちていました。ちなみに、毛並みは最期まで最高の手触りでした。いつまでも撫でていたかった。瞳も綺麗なままです。美しい姿です。猫のいない家と、尊敬の過去形声を上げて泣きたい時、一緒に泣いてくれる妻がいます。レオのいたずら、表情、賢さを語り合いながら、私たちは「欠員」の出た家で、生活を続けました。「ほんと、すごい猫だったよね」これは単なる過去形ではありません。最大の敬意を込めた、完了形に近い過去形です。「新患」ルナの来訪「次の猫は迎えない」それが当初の夫婦のコンセンサスでした。しかし半年が過ぎ、悲しみが穏やかな思い出へと昇華された頃、自然とこう思えたのです。「また、猫と暮らしたい」それはきっと、レオが遺していった最高のギフトでした。そんな折、運命の出会いがありました。里親を探していたメスの子猫――ルナです。初対面で直感しました。「……ビビッときた」医学的根拠はありません。しかし、臨床医としての長年の勘によれば、この「ビビッ」は、エビデンスを凌駕する正解なのです。オチ:主治医交代のお知らせ ルナと運動療法中 現在、わが家には再び猫がいます。ただし、以前とは立ち位置が異なります。今度は、私が「診察」される側です。深夜の運動療法(強制運動)、早朝の覚醒チェック、そして厳格な生活指導(主に激しい叱責)。レオは「人生」を教えてくれましたが、ルナは「生活習慣の矯正」を徹底してくれます。 私は今日も帰宅し、「ただいま」と言います。 今度は、耳をつんざくような、やたら元気なレスポンスが返ってきます。

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水曝露後の皮膚軟部組織感染症【1分間で学べる感染症】第39回

画像を拡大するTake home message水曝露後の軟部組織感染症では、典型的な皮膚軟部組織感染症の起因菌である黄色ブドウ球菌やβ溶血性連鎖球菌に加え、特殊な起因菌が原因となる場合があることを理解しよう。通常の皮膚軟部組織感染症では、黄色ブドウ球菌やβ溶血性連鎖球菌が原因となることは皆さんもご存じだと思います。とくに水辺での外傷や動物との接触、魚介類の処理中の創傷などでは、水環境に特有の原因微生物を考慮する必要があります。起因菌を覚えるための語呂として知られているのが「AVEEM」です。A:Aeromonas hydrophilaAeromonas hydrophilaは、淡水中に広く存在するグラム陰性桿菌です。とくに夏季に多く、川や湖、洪水、溺水などの状況で感染することがあります。外傷部位から侵入し、急速に進行する蜂窩織炎や壊死性軟部組織感染症を引き起こすことがあります。潜伏期間は比較的短く、24~48時間以内に発症することが多いとされています。V:Vibrio vulnificusVibrio vulnificusは、温暖な海水環境に生息する菌で、海水への創傷曝露や牡蠣などの生食によって感染することがあります。とくに肝硬変を中心とした肝疾患を有する男性では重症化しやすいことが知られており、壊死性筋膜炎や敗血症を伴うことがあります。潜伏期間は3時間~7日程度で、重症例では急速に進行するため、早期診断が重要です。E:Edwardsiella tardaEdwardsiella tardaは主に淡水に生息する菌で、魚類との接触やナマズの棘刺傷などが感染契機となることがあります。免疫抑制状態や肝疾患を有する患者では重症感染のリスクが高くなる可能性があります。潜伏期間は24~48時間と比較的短いのが特徴です。E:Erysipelothrix rhusiopathiaeErysipelothrix rhusiopathiaeは魚や海産物に関連する菌で、魚をさばく作業中の創傷からの感染例が多く報告されています。臨床的には「erysipeloid」と呼ばれる局所皮膚感染症を引き起こすことがあり、潜伏期間は24~48時間程度です。M:Mycobacterium marinumMycobacterium marinumは水槽や海水環境に存在する非結核性抗酸菌で、「fish tank granuloma」として知られる慢性感染を引き起こします。水槽清掃中の小外傷や海洋生物(カニ、ウニなど)による刺傷が感染契機となることがあります。潜伏期間は1週間~数ヵ月と長く、平均21日程度とされています。水曝露後の皮膚軟部組織感染症では、「どこで受傷したか」「淡水か海水か」「魚や海洋生物との接触があったか」といった曝露歴が診断のカギになります。AVEEMという語呂を覚えておくことで、これらの特殊な起因菌を想定し、適切な抗菌薬選択につなげることができる可能性があります。ぜひ、これらそれぞれの菌について学習を深めてください。1)Soft tissue infections following water exposure/UpToDate

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22歳男性・皮疹と鼠径部リンパ節の無痛性腫脹、疑うべきは?【腕試し!内科専門医バーチャル模試】

22歳男性・皮疹と鼠径部リンパ節の無痛性腫脹、疑うべきは?【問題1】22歳の男性。皮疹と鼠径部リンパ節の痛みを伴わない腫脹で受診した。患者には不特定多数との性交渉歴があり、過去に淋菌感染の既往歴がある。【問題2】この患者が検査を受けた結果、梅毒の感染が確認された。

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薬剤別の落とし穴、高齢者大腸がん治療では…【高齢者がん治療 虎の巻】第8回

講師紹介<今回のPoint>高齢者大腸がんは“例外”ではなく“主戦場”標準用量OX/IRI上乗せは一貫せず、毒性増のリスクがあるため、GAで強度を最適化BEVは高齢者でも上乗せが期待できる一方、血栓・高血圧・出血などに注意<症例>78歳、女性。上行結腸がんに対して根治的外科切除を受けられ、pT4aN2aM0、pStageIIICの診断。既往に高血圧症を認めるも、全身状態は良好(Performance Status:PS 0)で、腎機能含め臓器機能障害なし。バイオマーカー評価も実施され、ミスマッチ修復正常(pMMR)/KRAS G12D変異/BRAF野生型と報告。術後経過も良好で、患者は術後補助化学療法に対して意欲的であった。1)“高齢者”大腸がんが“標準”の時代地域がん登録全国推計値(2023年)では、大腸がん罹患の65歳以上が77.4%、70歳以上が66.6%、75歳以上が48.9%を占めています。すなわち大腸がん診療の主戦場は高齢者と言えます。高齢者は臓器機能・併存症・認知機能・栄養・社会背景などの個体差が大きく、過剰治療(重篤毒性・入院)と過小治療(暦年齢のみで有効治療を回避)の双方を生みやすく、その鍵になるのがGeriatric Assessment(GA)です。(GAの詳細は第1回「高齢者がん診療で悩ましいこと」、第2回「高齢者がん診療のキホン」を参照)2)薬剤別にみた“高齢者における落とし穴”オキサリプラチン(OX):上乗せ効果は一貫せず、毒性は増える傾向術後補助療法に関して、本邦ガイドライン(2024年版)で「PS良好、基礎疾患・併存症がなく主要臓器機能が保たれれば80歳以上でも補助化学療法を弱く推奨」としつつも、「フッ化ピリミジン(FP)に対するOX上乗せ効果は明確でなく、行わないことを弱く推奨」と記載されています1)。高齢者薬物療法ガイドラインでも、「ステージIII結腸がんの70歳以上では補助療法自体は提案される一方、OX併用は提案しない」という立場です2)。背景として、FP補助療法のOS延長効果は80歳以上でも期待できる一方、高齢者では骨髄毒性が強く出る傾向が示されています。また、切除不能進行・再発においても、標準用量OXの上乗せは限定的です。JCOG1018(75歳以上 PS0~2、または70~74歳PS2)では、FP+ベバシズマブ(BEV)に対するOX上乗せで奏効率は上昇したものの、無増悪生存期間(PFS)/全生存期間(OS)の有意な改善は示されず、Grade≧3の毒性が増加しました3)。改訂ガイドライン(2026年版)4)でも、「高齢者一次治療としてFP+BEVに標準用量OXの併用は一律に行わないことを弱く推奨」が追加されました。一方で、frail高齢者に減量OXを組み合わせる戦略を示唆する試験(例:NORDIC 9)5)もあり、「高齢者=一律にOX否定」ではなく、柔軟な減量併用が現実的です。イリノテカン(IRI):奏効率は上がるが、毒性増を念頭に75歳以上の初回治療を対象としたFFCD 2001-2002試験では、FPへのIRI上乗せで奏効率は高かったのですがPFS/OSの明確な改善は示されず、Grade≧3の毒性は増加しました6)。高齢者では“腫瘍縮小”と“治療継続性”のバランスがより重要であり、IRI併用に際してはUGT1A1遺伝子の評価も含め、慎重な見極めが重要です。ベバシズマブ(BEV):上乗せ効果は示されるが、血栓・高血圧などに要注意AVEX試験(70歳以上、OX/IRI不適)によると、カペシタビン(Cape)+BEVはCape単剤に比べPFSを有意に延長し、高齢者でも効果は期待できる一方、動脈・静脈血栓症、高血圧などの合併症リスクを踏まえた管理が必須と報告されています7)。(表)高齢者を対象/含む臨床試験結果画像を拡大する3)GA活用によるレジメン決定・用量調節・実施割合GAは「やるべきこと」ではなく、治療の成功確率を上げるツールです。前述のFFCD 2001-2002試験では登録患者の44%でGAデータが収集され、認知機能および手段的日常生活動作(IADL)の不良や抑うつ状態とGrade≧3の毒性増強、予定外入院が関連しました6)。つまりGAは、レジメンの強度(併用・減量)を決めるだけでなく、入院リスクを予見して先回りの介入(支持療法・家族調整・通院設計)につなげられる可能性があります。PRODIGE 20(75歳以上初回治療、化学療法±BEV)でも、IADLが良好なほど有効性と安全性のバランスが保たれることが示され8)、GAの情報が「どこまで攻めるか」を決める指標になり得ます。当科では初診患者全例に対して、G8およびCARGスコア、MMSE評価(75歳以上を目安)を医師の診察前にメディカルスタッフに実施してもらい、図に示す対応を念頭に、レジメン強度や支持療法、方針決定の参考にしています。(CARGの詳細は第5回「副作用対策、用量調節で悩ましいこと」を参照)(図)当院における治療前介入画像を拡大する大腸がんには有効な薬剤・レジメンが比較的豊富で、今後はバイオマーカーに基づく分子標的治療を含め、個別化治療がさらに進展していきます。一方で、術後補助療法から進行再発まで、OXやIRIを用いた殺細胞性薬剤は今後も重要なキードラッグです。高齢化が進む大腸がん診療では、暦年齢のみならず、GAによる事前の状態把握に加え、通院や支援体制など生活環境(サポート)を治療設計に組み込むことが「真の個別化治療」につながると考えます。高齢者がん治療のカギ、「毒性が出る前に整える」高齢者治療で大切なのは、強度を一律に下げることではありません。毒性が出る前に整える(栄養状態・併存症・臓器機能・認知機能の評価)ことで、結果として標準に近い治療を安全に届けられる患者さんもいます。加えて、先生方の日常診療でも「高齢・独居・老老介護」の患者さんは増えているのではないでしょうか? GAを“治療を成立させるため”の道具として活用することに加え、患者さんの“治療を受ける環境”の整備・把握も今後ますます重要になると考えます。1)大腸研究会編. 大腸治療ガイドライン 医師用 2024年版. 2024. 金原出版.2)日本臨床腫瘍学会/日本治療学会編. 高齢者のがん薬物療法ガイドライン. 2019. 南江堂.3)Takashima A, et al. J Clin Oncol. 2024;42:3967-3976.4)日本臨床腫瘍学会/日本治療学会編. 高齢者のがん薬物療法ガイドライン改訂第2版. 2026. 南江堂.

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第57回 「住む場所」が脳の老化を加速させる。環境と認知症の知られざる関係

2026年4月のNature Medicine誌に、私たちの脳の老化について非常に興味深い研究が発表されました1)。34ヵ国・約1万8,700人の脳画像データを解析し、大気汚染や気温、緑地の多さといった「物理的環境」と、貧困や民主主義の成熟度、ジェンダー平等といった「社会的環境」が、脳の老化速度にどう影響するかを包括的に調べたものです。認知症の原因といえば、加齢や遺伝的素因を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかしこの研究は、私たちが「どこに住み、どのような環境で暮らしているか」が、脳の老化に想像以上に大きな影響を与えていることを示唆しています。「脳年齢」というモノサシこの研究で用いられている核心的な概念が「脳年齢ギャップ(BAG)」です。これは、MRIや脳波などの神経画像データからAIが予測した「脳の見た目の年齢」と実際の年齢の差を表します。たとえば実年齢60歳の人のAI予測脳年齢が65歳であれば、BAGは「+5」、すなわち脳が実年齢より5歳分老けていることを意味します。このBAGは、アルツハイマー病や前頭側頭型認知症などの病気で大きくなることが知られています。研究チームは、構造的MRI(脳の形態)と機能的MRI・脳波(脳の働き)の両方からBAGを算出し、これに対して73項目の「エクスポソーム(環境因子)」を結びつけました。73項目には、大気汚染や気温、降水量、緑地などの物理的環境要因33項目と、GDP、失業率、民主主義指標、ジェンダー平等などの社会的環境要因40項目が含まれています。環境因子の「総体」が、個別のリスクの15倍以上の影響力を持つ研究の最も重要な知見の一つは、環境因子を「まとめて」評価することの重要性です。73の環境要因を統合したモデルは、個々の要因を単独で評価した場合と比べて、最大で15.5倍も多くの脳老化のばらつきを説明しました。これは、大気汚染だけ、あるいは貧困だけといった単一の要因ではなく、複数の環境ストレスが「積み重なる」ことで、脳へのダメージが加速することを示唆しています。さらに、環境因子の負荷が高い人では、脳の老化が加速するリスクが3.3〜9.1倍に達し、これはアルツハイマー病のような病気が脳の老化に与える影響をも上回るものでした。つまり、「どのような環境に住んでいるか」が、病気の有無以上に脳の老い方を左右しうるということです。物理的環境は「脳の形」を、社会的環境は「脳の働き」を蝕む興味深いのは、物理的環境と社会的環境で、脳への影響の「経路」が異なるという点です。大気汚染(とくにPM2.5)、極端な気温、緑地へのアクセス不足、水質汚染といった物理的環境要因は、主に「構造的」な脳の老化、すなわち、脳の形態そのものの萎縮と結びついていました。とくに海馬や小脳といった、記憶や運動に重要な領域が影響を受けやすいことが示されています。一方、社会経済的格差、民主主義の成熟度の低さ、政治参加の不足といった社会的環境要因は、「機能的」な脳の老化、すなわち、脳のネットワーク接続の劣化とより強く関連していました。社会的なストレスが、視床下部-下垂体-副腎という「ストレス応答系」のネットワークを介して、脳の機能的なつながりを乱す可能性が示唆されています。日本に住む私たちにとっての意味この研究は34ヵ国のデータが解析されたものですが、それらの国々の中で日本は高所得国であり、社会的環境指標は比較的良好です。しかし、この研究が示す教訓は決して他人事ではありません。まず、物理的環境について、日本では都市部の大気汚染、毎年の猛暑や豪雨といった極端な気象、そして緑地へのアクセスの地域差が存在します。これらはいずれも、この研究で脳の構造的老化を促進する主要因子として同定されたものです。とくに、近年の気候変動による熱波や経験したことのない規模の自然災害が、長期的に脳の健康に影響を及ぼしうるという視点は、超高齢社会を迎える日本にとって重要な警告といえるでしょう。また、社会的環境の側面でも、高齢者の社会的孤立や経済的困窮、地方の過疎化によるサービスへのアクセス低下など、「社会的環境の悪化」は日本国内でも進行しています。これらが脳の機能的な老化を促進しうるという今回の知見は、認知症予防を「個人の努力」だけでなく「社会の課題」として捉え直す必要性を示しているともいえるかもしれません。もちろん、この研究にも限界はあります。まず、主に横断研究デザインであるため、「環境が脳老化を引き起こした」という因果関係を直接証明するものではありません。また、環境要因は「国レベル」のデータであり、同じ国の中でも都市と農村では環境が大きく異なります。より細かい地域単位の解析が今後求められるでしょう。認知症予防は「社会のデザイン」から始まる認知症の予防というと、運動や食事、知的活動といった「個人の行動変容」が注目されがちです。それらはもちろん大切ですが、この研究は、それだけでは不十分であることを示唆しています。きれいな空気、十分な緑地、安全な水、そして社会的安定や平等といった「社会のデザイン」が、脳の健康を守る土台をつくるのです。研究者らは、大気汚染の削減だけでも世界の認知症を約3%予防できる可能性があると述べています。私たちが健康に老いるためには、自分自身の生活習慣を見直すと同時に、「住みやすいまちづくり」や「社会的孤立を防ぐ仕組み」といった、より広い視野での取り組みが求められています。脳の健康は、個人と社会の双方が守るものなのです。1)Legaz A, et al. The exposome of brain aging across 34 countries. Nat Med. 2026 Apr 3. [Epub ahead of print]

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魚を週1、2回食べると認知機能が維持される?

 魚の摂取量が多いほど認知機能の低下速度が遅くなり、認知症の発症率が低くなることが、これまでの疫学研究において一貫して示されている。イタリア・カターニア大学のJustyna Godos氏らは、高齢者の魚の摂取と認知機能との関連性を調査したこれまでの観察研究をシステマティックにレビューした。GeroScience誌オンライン版2026年3月15日号の報告。 レビューの対象となった研究は25件(横断的研究:8件、プロスペクティブ研究:17件)。対象は、主に健康な高齢者(年齢範囲:プロスペクティブ研究のベースライン時18~30歳、65~91歳[年齢スペクトルの上限を網羅])。現在までに発表されているほとんどの研究で調査されている認知機能には、全般的認知機能、記憶(エピソード記憶、ワーキングメモリ)、実行機能(計画、抑制、柔軟性)、注意、処理速度など、さまざまな領域が含まれていた。 主な内容は以下のとおり。・これまでの研究は、研究デザイン(横断的研究とプロスペクティブ研究)、対象地域、対象者数、評価指標として用いられたツールに関して、大きな違いが認められた。・研究結果全体を通して、主な知見は一様ではなく、魚の摂取と各認知機能領域との関連性をより強く示唆する研究がある一方で、関連性が認められなかった研究もあった。・魚の摂取が週1回以上の高齢者において、最も一貫して関連性が認められた認知機能領域は、処理速度、実行機能、意味記憶、全般的認知機能であった。これらは、神経変性疾患および血管性疾患の両方において認知機能障害と密接に関連していた。・言語記憶および全般的記憶についても正の関連性が認められたが、これらの関連性は一貫性に欠け、多くは多変量調整後に弱まった。・対照的に、反応時間、言語数的推論、総合スコアとの関連性では一貫性が認められず、複数の完全調整モデルにおいて有意な結果が得られなかった。 著者らは「週1~2回以上の定期的な魚の摂取は、認知機能の維持と関連していることが示唆された。しかし、矛盾する結果もいくつか見られるため、さらなる調査が求められる」と結論付けている。

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高齢者のがん薬物療法GLの改訂ポイント【乳腺】/日本臨床腫瘍学会

 『高齢者のがん薬物療法ガイドライン 改訂第2版』が2026年3月25日に発刊され、第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2026)のシンポジウムで全17項目のクリニカルクエスチョン(CQ)が解説された。乳腺領域からは、HER2陽性(CQ12)、トリプルネガティブ(CQ13)、ホルモン受容体陽性HER2陰性(CQ14)の高齢者の周術期乳がんの薬物療法に関する計3つのCQが設定された。CQ12 高齢者HER2陽性乳がん周術期治療には、どのような治療が推奨されるか? HER2陽性乳がん術後の標準治療は、化学療法と抗HER2モノクローナル抗体トラスツズマブの併用療法である。しかし、高齢者では治療利益と化学療法やトラスツズマブの忍容性のバランスが問題となるため、化学療法とトラスツズマブの併用、化学療法のみ、トラスツズマブのみ、経過観察など治療選択が割れやすい。本CQでは、高齢者HER2陽性乳がん患者の周術期治療の実臨床における個別化治療と意思決定を支えるため、(1)トラスツズマブ+化学療法、(2)トラスツズマブ単剤、(3)トラスツズマブ+ペルツズマブ+化学療法の3つに分けて評価を行った。(1)トラスツズマブ+化学療法推奨:高齢者HER2陽性乳がん周術期治療には、トラスツズマブ+化学療法を強く推奨する。推奨のタイプ:当該介入の強い推奨エビデンスの強さ:A 4件のランダム化比較試験(RCT)(HERA、BCIRG006、NSABP B-31/N9831統合解析)で、トラスツズマブ+化学療法群は化学療法単独群に比べ、全生存期間(OS)および無病生存期間(DFS)が改善した。これらは高齢者のみを対象とした試験ではないが、60歳以上のサブグループにおいても良好であり、高齢者でも治療利益は大きいと考えられた。トラスツズマブの併用により心不全や心機能低下が有意に増加したが、その多くは可逆的であった。OS・DFSの延長について、トラスツズマブ+化学療法の益は大きく一貫していることから、化学療法単独よりも優れていると評価された。(2)トラスツズマブ単剤推奨:化学療法の忍容性がない場合には、トラスツズマブ単剤が選択肢となりうる。推奨のタイプ:当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨エビデンスの強さ:B わが国で行われた70歳以上の高齢者HER2陽性乳がん患者を対象としたRCT(RESPECT)において、トラスツズマブ単剤群は化学療法併用群と比べ、OS・DFSの非劣性は統計学的に示されなかった。トラスツズマブ単剤群では治療開始12ヵ月においてQOL低下が少なかった。Grade3以上の有害事象は化学療法併用群において有意に多く生じていた。1件のRCTに限られるが日本人高齢者を対象として直接性が高く、結果に対する不確実性は少ないと評価された。(3)トラスツズマブ+ペルツズマブ+化学療法推奨:再発リスクが高く、全身状態良好で化学療法に十分耐えうる状況に限り、トラスツズマブ+ペルツズマブ+化学療法が選択肢となりうる。推奨のタイプ:当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨エビデンスの強さ:C 1件のRCT(APHINITY)において、トラスツズマブ+ペルツズマブ+化学療法群はトラスツズマブ+化学療法群と比べてOSの有意差は認められなかった一方、ペルツズマブ追加により無浸潤疾患生存期間(iDFS)は有意に改善し、とくにリンパ節転移陽性例ではハザード比0.72と良好な上乗せ効果が示された。Grade3以上の有害事象はペルツズマブ追加により6%増加した。下痢によるQOL低下もみられたが、永続的な有害事象ではなかった。1件のRCTに限られ、高齢者に特化した試験ではないが、ペルツズマブによる予後改善が期待でき、かつ十分な忍容性があると判断される患者では検討しうると評価された。CQ13 高齢者の周術期トリプルネガティブ乳がんに対して、免疫チェックポイント阻害薬の使用は推奨されるか?推奨:周術期トリプルネガティブ高齢者乳がんに対して、免疫チェックポイント阻害薬の併用を弱く推奨する。推奨のタイプ:当該介入の条件付きの推奨エビデンスの強さ:C トリプルネガティブ乳がんの周術期標準治療は化学療法であるが、近年では再発高リスク症例に対して免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を併用したレジメンも推奨されている。高齢者では、治療効果と有害事象のバランスが重視されるため、ICIの使用推奨を検討することは臨床的に重要である。そこで本CQでは、高齢者トリプルネガティブ乳がんで、ICIを含む薬物治療を実施した群(介入群)とICIを含まない薬物治療または経過観察の群(対照群)のアウトカムを評価した。OS・DFSを指標とした2件のRCT(KEYNOTE-522、IMpassion031)および関連サブ解析において、OSには有意差を認めなかったが(文献検索期間終了後にOS改善の報告あり)、DFSはKEYNOTE-522では介入群で有意な延長を認め、IMpassion031でも延長傾向が示された。Grade3以上の有害事象の頻度に差はなかった。免疫関連有害事象(irAE)は介入群で増加したが、AE of special interestの定義が異なったため、評価には限界があった。ICI併用による持続的なQOL低下は認めなかった。根拠となる試験には全身状態が良好な高齢者が一部含まれるのみで、高齢者におけるエビデンスは十分ではないと評価された。CQ14 ホルモン受容体陽性HER2陰性高齢者乳がんの術後内分泌療法にアベマシクリブやS-1の併用は推奨されるか? ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん術後の標準治療は内分泌療法であるが、再発リスクが高い場合は追加治療が検討される。近年では内分泌療法にアベマシクリブやS-1を併用する新たな治療戦略が登場している。これらの薬剤は作用機序ならびに治療効果、有害事象のプロファイルが異なることから、本CQでは(1)内分泌療法+アベマシクリブ、(2)内分泌療法+S-1に分けて、それぞれを内分泌療法単独と比較した。(1)アベマシクリブ推奨:ホルモン受容体陽性HER2陰性高齢者乳がんの術後内分泌療法として、再発リスクが高く治療に耐えうる状況に限り、アベマシクリブが選択肢となりうる。推奨のタイプ:当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨エビデンスの強さ:C 1件のRCT(monarchE)において、内分泌療法+アベマシクリブ群は内分泌療法のみの群と比べてOSの有意差は認められなかった(文献検索期間終了後にOS改善の報告あり)が、iDFSはアベマシクリブ追加により有意に改善した。Grade3以上の有害事象は併用群で増加した。下痢などは高齢者で問題となりやすく、休薬・減量を含めた管理を要した。本試験は高齢者に特化したものではないが、アベマシクリブ併用による再発抑制効果は示される一方、有害事象増加にも留意が必要であり、高齢者への適用は個別に判断すべきと評価された。(2)S-1推奨:再発高リスクホルモン受容体陽性HER2陰性高齢者乳がんの術後内分泌療法へのS-1併用は、患者の全身状態やリスク・ベネフィットを総合的に考慮したうえで行うことが望ましい。推奨のタイプ:当該介入または比較対照のいずれかについての条件付きの推奨エビデンスの強さ:C 1件のRCT(POTENT)において、内分泌療法+S-1群は内分泌療法のみの群と比べてOSの有意差は認められなかったが、iDFSはS-1追加により有意に改善した。Grade3以上の有害事象は併用群で好中球減少(8%)、下痢(2%)などが報告された。1件のRCTに限られ、かつ高齢者に特化した試験ではないという限界を有するもののS-1併用による再発抑制効果は示唆されている一方、毒性増加のリスクもあることから高齢者に対する適用は個別に判断すべきと考えられた。

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タルラタマブのCRS関連発熱を解析、発熱が奏効と関連か/日本臨床腫瘍学会

 小細胞肺がん(SCLC)治療薬タルラタマブは、2026年3月27日に添付文書が改訂され、2次治療から使用可能となった。本剤は高い効果が期待されているが、免疫活性化に伴うサイトカイン放出症候群(CRS)による発熱の頻度が高く、適切な管理方法と予測マーカーの確立が急務となっている。そこで、山口 央氏(埼玉医科大学国際医療センター)らの研究グループは、タルラタマブによる治療を受けたSCLC患者を対象とした後ろ向き研究を実施し、発熱のタイミングや持続時間などと奏効との関連を解析した。その結果、投与1回目と2回目の両方で発熱がみられた患者は、奏効割合(ORR)が高かった。また、発熱の早期からステロイドを用いることで安全に投与を継続できることも示された。本結果は、第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2026)で発表された。 研究グループは、埼玉医科大学国際医療センターにおいてタルラタマブ治療を受けた、再発または進行SCLC患者25例を対象として後ろ向き研究を実施した。本研究では、37.5℃以上を発熱と評価し、発熱患者にはヒドロコルチゾン100mgを投与した。また、発熱が6時間以上持続または再度発熱した場合はデキサメタゾン9.9mgを投与した。データカットオフ日は2026年2月28日であった。 主な結果は以下のとおり。・対象患者の年齢中央値は72歳(範囲:50~82歳)、男性の割合は84.0%であった。・タルラタマブ治療開始時に何らかのグルココルチコイドが処方されていた患者は36.0%であった。・37.5℃以上の発熱を認めた割合は、投与1回目(サイクル1の1日目[C1D1])は64.0%、投与2回目(C1D8)は87.0%であった。・発熱のタイミングについて、投与から発熱までの時間の中央値は、C1D1では13.7時間であったのに対し、C1D8は25.2時間であり発熱までの時間が有意に長かった(p=0.005)。・発熱の持続時間(37.5℃以上になってから37.0℃未満に低下するまでの期間)中央値は、C1D1では40.5時間であったのに対し、C1D8は27.3時間であり発熱の持続時間が有意に短かった(p=0.019)。・発熱に対する治療の内訳は、ヒドロコルチゾンのみがC1D1 37.5%、C1D8 35.0%であり、ヒドロコルチゾンのみでは解熱に至らずデキサメタゾンの追加投与が必要となった患者がそれぞれ62.5%、55.0%であった。C1D1、C1D8ともにトシリズマブを用いた患者はいなかった。ステロイド投与量の中央値(プレドニゾロン換算)は、C1D1、C1D8共に91mgであった。・C1D1とC1D8の両方で発熱を認めたdouble-fever群は、認めなかった群と比較して、ORRが有意に高かった(p=0.011)。 本結果について、山口氏は「少数例の検討ではあるが、double-feverパターンを示した患者では、ORRが高くなる傾向があることがわかった。また、発熱の早期からステロイド介入を行う統一されたプロトコールを用いることで、安全に治療を行うことができた」とまとめた。また、本発表の後に実施されたプレスリリースセッションにおいて「タルラタマブ投与後の慎重な観察期間を投与後72時間とすることを提言する。安全な入院管理を行うとともに外来治療への円滑な移行体制が確立されることで、多くのSCLC患者にこの有望な治療を届けることができると期待している」と述べた。

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TAVI患者へのPCI遅延戦略、 ルーチンPCIに非劣性(PRO-TAVI)/Lancet

 経カテーテル大動脈弁植込み術(TAVI)を受ける患者に対する経皮的冠動脈インターベンション(PCI)施行の遅延戦略は、TAVI前PCI施行に対して、1年時点の複合エンドポイント(全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、および大出血)に関して非劣性であることが示された。オランダ・アムステルダム大学医療センターのRonak Delewi氏らPRO-TAVI trial investigatorsが同国の12病院で実施した研究者主導非盲検無作為化試験の結果を報告した。著者は、「示された結果は、患者個別の治療方針決定が重要であることは変わらないが、適切に選択された患者では初期の保存戦略が妥当な選択肢となる可能性を示唆するものであった」とまとめている。Lancet誌2026年4月11日号掲載の報告。1年時点の全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、および大出血の複合を評価 研究グループは、冠動脈疾患患者におけるPCI遅延が標準的治療のTAVI前PCIに対して非劣性かどうかを検討した。 対象は、TAVIの適応あり、臨床的に意義のある冠動脈疾患(最小直径2.5mmの固有冠動脈またはバイパスグラフトにおける視覚的推定で70~99%の狭窄が少なくとも1つあると定義)を有する患者で、PCI遅延群またはTAVI前PCI群に1対1の割合で無作為に割り付けた。無作為化は、2および4のランダムブロックサイズからなるウェブベースのシステムを用い、左前下行枝近位部を含む冠動脈疾患の有無で層別化して行った。 主要エンドポイントは、1年時点の全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中、および大出血の複合であった。非劣性検定はITT集団にて行い、事前に規定した非劣性マージンは11%ポイントであった。また、非劣性が示された場合は優越性を検証することが予定された。複合エンドポイントはPCI遅延群24%、TAVI前PCI群26% 2021年10月7日~2024年11月19日に、466例が登録され、233例がPCI遅延群に、233例がTAVI前PCI群に無作為化された。年齢中央値は81歳(四分位範囲:78~84)、166/466例(36%)が女性であった。 主要エンドポイントは、PCI遅延群で56/233例(24%)、TAVI前PCI群で60/233例(26%)に発生した。群間の率差は-1.7%ポイント(95%信頼区間[CI]:-9.5~6.2)、ハザード比は0.89(95%CI:0.62~1.28)であり、非劣性(p=0.0008)が検証された。優越性は示されなかった(p=0.68)。

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心血管疾患2次予防、目標LDL-C値55mg/dL未満でリスク低下/NEJM

 動脈硬化性心血管疾患患者において、目標LDL-C値は55mg/dL未満が70mg/dL未満よりも、3年時点の心血管イベントリスクの低下に結び付いたことを、韓国・延世大学校医科大学のYong-Joon Lee氏らEz-PAVE Investigatorsが行った非盲検無作為化優越性試験の結果で報告した。ガイドラインでは動脈硬化性心血管疾患患者におけるLDL-C値低下を推奨しているが、これらの患者の2次予防のための適切な目標LDL-C値について評価した無作為化試験からのエビデンスは限定的なままであった。NEJM誌2026年4月9日号掲載の報告。主要エンドポイントは、3年時点の心血管死等の複合 研究グループは、19~80歳の動脈硬化性心血管疾患患者(次のいずれか1つ以上の既往または現有で定義:急性冠症候群[心筋梗塞または不安定狭心症]既往、画像検査または機能検査で確認された安定狭心症、冠動脈血行再建術またはその他の動脈血行再建術、脳卒中または一過性脳虚血発作、末梢動脈疾患あり)を、目標LDL-C値を55mg/dL(1.4mmol/L)未満とする群(強化群)または70mg/dL(1.8mmol/L)未満とする群(従来群)に1対1の割合で無作為に割り付け追跡評価した。 主要エンドポイントは、3年時点の心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、あらゆる血行再建術、または不安定狭心症による入院の複合であった。安全性も評価した。イベントの累積発生率は強化群6.6%、従来群9.7%で有意な差 2021年1月~2022年7月に韓国17施設で3,048例が無作為化された(強化群1,526例、従来群1,522例)。両群の患者特性はバランスが取れており、平均年齢は64.4±9.0歳、女性が638例(20.9%)で、LDL-C中央値は76mg/dL(四分位範囲[IQR]:61~96)であった。1,694例(55.6%)が急性冠症候群既往で、1,474例(48.4%)が画像検査または機能検査で確認された安定狭心症を、2,049例(67.2%)が冠動脈血行再建術またはその他の動脈血行再建術を有していた。 追跡期間中央値は3.0年(IQR:3.0~3.0)。試験期間中のLDL-C中央値は、強化群56mg/dL(1.4mmol/L)、従来群66mg/dL(1.7mmol/L)であった。 主要エンドポイントのイベント発生は、強化群100例(推定Kaplan-Meier累積発生率6.6%)、従来群147例(9.7%)であった(ハザード比:0.67、95%信頼区間[CI]:0.52~0.86、p=0.002)。 事前に規定した安全性エンドポイントの発生は、強化群でクレアチニン値上昇の発現割合が有意に低かったこと(1.2%vs.2.7%、群間差:-1.5%ポイント、95%CI:-2.5~-0.5、p=0.004)を除き、両群で同程度であった。

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半年に1回投与のデペモキマブ、気管支喘息・鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎の適応で発売/GSK

 グラクソ・スミスクラインは2026年4月15日に、デペモキマブ(商品名:エキシデンサー皮下注100mgペン、エキシデンサー皮下注100mgシリンジ)を発売した。適応は「気管支喘息(既存治療によっても喘息症状をコントロールできない重症又は難治の患者に限る)」および「鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎(既存治療で効果不十分な患者に限る)」である。 本剤は、既存のヒト化抗IL-5モノクローナル抗体製剤メポリズマブの可変領域と定常領域にアミノ酸変異を導入して開発された製剤である。IL-5に対する親和性の向上および半減期の延長を通じて、26週に1回の投与が可能となった。 本剤の製造販売承認は、重症喘息患者を対象とした第III相試験SWIFT試験1)、鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎患者を対象としたANCHOR試験2)の結果に基づくものである。SWIFT-1、SWIFT-2試験では、主要評価項目である52週間における臨床的に重要な喘息増悪の年間発現率について、デペモキマブ群がプラセボ群と比較して統計学的有意に改善した。SWIFT-1試験では58%低下し、SWIFT-2試験では48%低下した。ANCHOR-1、ANCHOR-2試験では、主要評価項目である投与52週時の鼻茸スコア、および投与49週から52週時までの鼻閉症状スコアのベースラインからの変化量について、デペモキマブ群がプラセボ群と比較して統計学的有意に改善した。<製品概要>販売名:エキシデンサー皮下注100mgペン、エキシデンサー皮下注100mgシリンジ一般名:デペモキマブ(遺伝子組換え)効能又は効果:・気管支喘息(既存治療によっても喘息症状をコントロールできない重症又は難治の患者に限る)・鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎(既存治療で効果不十分な患者に限る)用法及び用量:〈気管支喘息〉通常、成人及び12歳以上の小児にはデペモキマブ(遺伝子組換え)として1回100mgを26週間ごとに皮下注射する。〈鼻茸を伴う慢性副鼻腔炎〉通常、成人にはデペモキマブ(遺伝子組換え)として1回100mgを26週間ごとに皮下注射する。製造販売承認日:2025年12月22日製造販売元:グラクソ・スミスクライン株式会社

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麻疹患者の劇的な増加はワクチン接種率のわずかな低下と関連

 ワクチン接種率がわずかに低下するだけで、麻疹(はしか)の新規感染者数や入院・死亡数がいずれも7倍以上に増える可能性があるとする報告書がCommon Health Coalitionから発表された。米国で、小児の麻疹、おたふくかぜ、風疹の3種混合ワクチン(MMRワクチン)の接種率が年間1%低下するだけで、5年後には年当たり約1万7,000例の麻疹症例と4,000件の入院、36件の死亡につながる可能性があると、報告書は結論付けている。この研究は、査読前論文のオンラインリポジトリ「medRxiv」に2月20日公開された。 報告書によると、この年間1%の接種率低下によって、現在から2030年までの間に米国における麻疹に関連する医療費として年間15億ドル(1ドル159円換算で約2385億円)の追加負担が生じるという。Common Health Coalitionの委員長で医師のDave Chokshi氏はニュースリリースの中で、「ワクチン接種は子どもの健康のためにわれわれができる最も強力な投資の一つだ。しかし、高い接種率を維持できなければ、われわれ自身がその代償を支払うことになる」と述べている。 最近では、サウスカロライナ州、ユタ州、アリゾナ州、テキサス州で大規模な麻疹アウトブレイクが発生し、ワクチン接種の重要性は改めて浮き彫りになっている。米疾病対策センター(CDC)によると、2026年に入ってからこれまでに(3月12日時点)、1,362件の麻疹症例が報告され、14件の新たなアウトブレイクが発生し、その影響は31州に及んでいるという。麻疹は極めて感染力が強く、最大で90%の二次感染率が見込まれる。 米イェール大学公衆衛生大学院の研究グループは今回、米国の郡ごとのMMRワクチン接種率データを用いて、2030年まで0~6歳の接種率が毎年1%下がり、5年後に合計5%低下した場合に何が起こるかを予測した。研究グループは、「現在の傾向を踏まえると、今後5年間でMMRワクチンの接種率が5%低下する可能性は十分に考えられる。実際、2020年以降、最近の政策変更以前の時点ですでに接種率は約2.5~3ポイント低下している。このシナリオでは、全国の接種率は約87.5%にまで下がると予測される。これは、感染力が強い疾患に対して集団免疫を維持するために必要と広く認識されている95%の基準を7.5ポイント下回る水準だ」と指摘している。 このシナリオ通りになった場合、麻疹の年間症例数は2025年の2,181例から1万5,000例以上増えて年間1万7,232例になり、麻疹による入院数は2025年(554件)から3,000件以上増えて年間4,085件に、死亡数は5件から36件になると予測された。また、これらの症例の治療に年間4110万ドル(約65億3490万円)、公衆衛生上の麻疹流行への対応に9億4700万ドル(約1,505億7300万円)が必要になると推定された。さらに、生産性の低下や欠勤による損失も5億1040万ドル(約811億5360万円)に達すると推計された。 論文の上席著者であるイェール大学公衆衛生大学院感染症モデリング分析センター所長のAlison Galvani氏は、「今回の予測は、回避可能なリスクがどれほど急速に増大し得るか、また、高い接種率を維持することでいかに人々の苦痛と経済的負担の双方を回避できるのかを示している」と述べている。 研究グループは、ワクチン接種率を向上させる対策として、1)保険会社がワクチン接種費を全額カバーし、家庭の費用負担が生じないようにすることを確実にする、2)就学時のワクチン接種要件を維持または強化する、3)広報を通じてワクチンに対する人々の信頼を醸成する、4)地域の予防接種連携組織を通じてワクチンへのアクセスを改善する、などを提言している。

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第311回 国際卓越大認定に焦る東大がガバナンス改革案公表、附属病院の本部直轄化で医学部は変われるか?

東大、4月に入ってから矢継ぎ早にさまざまなアクションこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は暑かったですね。都心は新緑真っ盛りとなりましたが、出かけた奥多摩の鋸山、大岳山周辺は所々まだ桜が満開で、快適なお花見登山を楽しみました。それにしても、青梅線青梅駅から奥多摩駅間の愛称「東京アドベンチャーライン」というのはいただけません。いろいろなアクティビティが楽しめる、ということからの命名だと思われますが、アドベンチャーというほどのものでもないし……。そんな名称よりも、中央線から乗り入れる「ホリデー快速おくたま号」を奥多摩駅直通(今は青梅駅止まり)に戻してもらいたい、と切に感じた週末でした。さて、今回は再び東京大学を取り上げます。元皮膚科教授の汚職事件など不祥事続きで国際卓越大の審査が継続になった同大ですが、4月に入ってから、第三者委員会の調査結果公表や、再発防止や危機管理体制の強化策などを盛り込んだガバナンス改革案の公表など、認定を目指して矢継ぎ早にさまざまなアクションを起こしています。その中で東大病院については、医学部附属から本部直轄にする改革案が正式に発表されました。「組織風土の改革を不退転の決意で断行する」と東大総長東京大学の一連の不祥事と同大の対応、ガバナンス不全の実際については、本連載の「第301回 総長記者会見で明らかになった東大のゆるゆるガバナンス、研究費入金わずか100万円も経理当局気付かず、東大病院は医学部附属から大学附属に組織改編も検討」などで詳しく書きましたが、1月の総長会見で藤井 輝夫総長が話していた、医学部附属病院から東京大学附属病院への改組が正式な方針として発表されました。4月8日、東京大学は再発防止や危機管理体制の強化策などを盛り込んだガバナンスの改革案を公表しました。不祥事が相次いだ医学部附属病院を大学本部の直轄にすることなどが柱です。記者会見した藤井総長は「社会の常識と大きく乖離した閉鎖的な組織風土を放置し、対応が大きく後手に回ったこと、これらは本学のガバナンスの重大な欠陥であり弁解の余地はない。(中略)法人の長として、組織風土の改革を不退転の決意で断行する」と述べました。「プロセス検証委員会」報告書は初期対応のまずさや、藤井総長の危機意識が不十分だったことなどを厳しく指摘東大のこの改革案公表に先立って、4月3日には一連の不祥事への対応プロセスについてその問題点を検証するために設置した第三者委員会である「プロセス検証委員会」が報告書を公表、同委員会委員長の山口 利昭弁護士が記者会見を行いました。報告書は、初期対応のまずさや、藤井総長の危機意識が不十分だったことなどを厳しく指摘するとともに、他学部、他部署に対する不干渉の組織風土などを根本原因として挙げました。報告書は、皮膚科学教室のS教授(当時)が収賄容疑で逮捕され、その後医学研究科・医学臨床カンナビノイド講座の元特任教授とともに起訴された「カンナビ案件」と、医学部附属病院救急救命センターの准教授(当時)が医療機器の納入をめぐる汚職事件で逮捕、起訴された「整形案件」の2つの不祥事を巡る東大側の対応プロセスを調査、とくに「カンナビ案件」について詳しく検証しています。「警察による捜査開始を理由として内部調査を停止することは、組織の自浄作用と説明責任の放棄」と「プロセス検証委員会」報告書「カンナビ案件」では、S教授らは共同研究契約を結んでいた一般社団法人日本化粧品協会の代表者から、性風俗店でのサービスを伴う接待や高額な飲食接待を繰り返し受けていたとされます。2024年9月18日に内部通報を受けてから2026年1月26日にS 教授を懲戒解雇するまで、実に1年4ヵ月を要しました。報告書は、「カンナビ案件」に対する東大の初期対応について、警察からの要請を理由として内部調査を長期にわたり停止したことについて「不適切だった」と断じています。大学側は2024年9月18日の最初の通報後、コンプライアンス総括責任者が法務課に対し調査を指示し、附属病院長に調査要請書を送付しています。しかし、11月5日に警察から学内調査を控えるよう要望を受けたことからS教授らへのヒアリングを中止。その後、メディアがこの問題を大きく報道する2025年5月まで、藤井総長が内部調査を進める指示を行った形跡はなく、6月9日に対応本部が設置されるまで、内部調査を事実上停止していました。報告書は、「警察による捜査開始を理由として内部調査を停止することは、組織の自浄作用と説明責任の放棄に他ならず、「『大学の自治』そのものを自ら毀損する危うさをはらんでいる」と書いています。「部局・研究室・教員における相互に干渉しない風土」、「『無謬性』に起因する想像力の欠如」を指摘報告書は東大側の不適切な対応をもたらした根本原因として、「大学本部における危機意識の不足」、「部局・研究室・教員における相互に干渉しない風土」、「プロセス軽視の組織風土」、「『無謬性』に起因する想像力の欠如」の4点を指摘しています。「大学本部における危機意識の不足」については、コンプライアンス総括責任者の危機意識の不足とともに、総長は「東京大学のトップとして具備するべき危機意識が不十分であった」と指摘、「部局・研究室・教員における相互に干渉しない風土」については、「部局・研究室・教員において、『自らの研究領域さえ脅かされなければ、他者の倫理違反やコンプライアンス違反に対しては口を出さない(黙認する)』という、相互に干渉しない文化が根付いており、組織としての自浄作用が極めて働きにくい風土が存在していることが影響している」としています。「『無謬性』に起因する想像力の欠如」については、行政機関や公務員は決して誤りを犯さないという暗黙の前提・建前、すなわち「無謬性」の考えが東大にも浸透しており、「いざ不正発生を認識しても『起きてはいけないことが起きた』という意識が教職員に働いて、『不正を不正と認めたくない』、『不正の疑いは隠す』、『不正を犯した者は厳罰に処して組織から排除されることで組織は正常化される』といった意識が強い」と分析、そのために教職員の不適切な行動が東大にどんな影響を及ぼすのか、という想像力が欠如していたと指摘しています。「無謬性」に関連して、山口弁護士は藤井総長が1月の記者会見の場で示した見解に対して苦言を呈しています。エムスリー等の報道によれば、山口弁護士は、「(藤井氏は)会計処理の明確化や利益相反のチェックに今まで以上に注力することで、水際で問題が起きるのを防ごうという姿勢がとても強い。だが、もっと大事なのは、このような不適切な問題はこれからも東大で起きるということだ。(中略)『起きてはいけないことが起きている』という意識が強いと、問題行為に真正面から向き合おうとしない」と語っています。6月末をメドに医学部附属病院を「大学附属」に「プロセス検証委員会」の報告書を受けて、4月8日にガバナンスの改革案の公表となるわけですが、この間、東大は4月6日に新たに21人の職員の訓告や注意の処分を発表しています。元教授による贈収賄事件などを受けて全教職員対象の学内調査を実施した結果、利害関係者から飲食接待や物品提供を受けたことが判明した職員の処分で、21人は医学部以外としています。S元教授の時も逮捕が1月24日、懲戒解雇の発令が26日、記者会見が28日という流れでしたので、今回も改革案発表前に処分を発表しておこう、という考えからだと思われます。さて、その改革案ですが、一連の汚職事件を受けての改革策として、「最高リスク責任者(CRO)配置」「リスク・コンプライアンス統括部設置」「倫理意識・危機管理意識の徹底」「三線防衛の体制整備」「危機事象発生時の対応方針強化」「医学部附属病院の抜本的改革」を打ち出しました。「医学部附属病院の抜本的改革」については、同日、東京大学医学系研究科・医学部・医学部附属病院改革検討委員会がまとめた「東京大学大学院医学系研究科・医学部・ 医学部附属病院の改革にむけた提言」を公表、医学部附属病院を「大学附属」として法人本部が直接関与する体制へ移行し、併せて病院長は大学執行部に参画するとしています。さらに、縦割り構造を是正するため、臨床系講座を大きなグループに再編し、風通しをよくするとしています。病院を大学附属とするのは今年6月末をメドに行う予定とのことです。「過去の不正にも向き合う姿勢が不可欠」と医学部附属病院の医師大学本部、医学部、病院と2段階を経ていた統治・支配・管理を、1段階にするのが「大学附属」にする最大の目的とのことですが、病院内の人事や予算執行などに大学本部は今後も深くは関わらない見通しだそうです。そんな改革で医学部や附属病院は本当に変われるのでしょうか。1月28日の一連の医学部の不祥事を受けての記者会見、4月8日のガバナンス改革案公表の記者会見の両方とも、病院長も医学部長も出席していません。改組される側である医学部の責任者の考え、反省の声が公式にまったく出てこないのはどうにも不自然で、“反対勢力”がまだまだ強いのではないかと勘ぐってしまいます。医学部附属病院を「大学附属」とする改革案を報じた4月9日付のNHKニュースでは、医学部附属病院の医師が覆面で登場、東大で自浄作用が働かなかった理由について、「声を上げている人は実際にいる。ところが声を上げても最後にひっくり返されたりする。大学のブランドを守るために、処罰を軽くする方に持っていこうという(執行部の)意図を感じられる。“不正をしてでも自分は上に行こう”という人間が気持ちよくいられる風潮が東京大学にはある」と話すとともに、「過去に不正をした人間が定年後も居座ったり、何の処罰も受けずにポジションを得ていまだにいたり、そういう事例が存在している。そういう人間たちはきちっと責任を取っていただいて、退陣していただくということがまずはやるべきこと」と、今回の案件以外の過去の不正にも向き合う姿勢が不可欠であると指摘しています。不正や不正疑惑で問題となるも処分を受けなかった元東大教授と言えば、あの現名誉教授や、あの現特任教授などが頭に浮かびます。そういった面々の処分や調査をこれまでなあなあでやってきたことが、今の東大医学部や東大病院の風土をつくっていると覆面医師は語っているわけです。東大が公表したガバナンスの改革案は一見立派に見えますが、腐敗の根元にまで踏み込む本気度を東大が見せることができるかも、国際卓越大の審査のポイントになりそうです。

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潰瘍性大腸炎の症状を抑えるグセルクマブ皮下注への期待/J&J

 Johnson & Johnson(法人名:ヤンセンファーマ)は、潰瘍性大腸炎(UC)の治療薬グセルクマブ(商品名:トレムフィア)の皮下注製剤の製造販売承認事項一部変更の承認取得に伴い、都内でメディアセミナーを開催した。グセルクマブは、IL-23のp19サブユニットに結合してIL-23を阻害する医薬品として初めて承認された完全ヒト型モノクローナル抗体であり、わが国では尋常性乾癬、乾癬性関節炎、膿疱性乾癬などの治療薬としてすでに承認を得ている。皮下注製剤は、中等症~重症のUCの寛解導入療法(既存治療で効果不十分な場合に限る)の治療薬として、2026年2月19日に製造販売承認事項一部変更の承認を取得した。 セミナーでは、UCの病態、診療、グセルクマブの臨床試験結果などの解説のほか、UC患者の声などが語られた。患者にも医療者にもメリットがあるグセルクマブ皮下注製剤 「潰瘍性大腸炎における課題とトレムフィア皮下注製剤による導入療法に期待すること」をテーマに久松 理一氏(杏林大学医学部消化器内科学 教授/炎症性腸疾患包括医療センター長)が、UCの疾患概要、診療などの講演を行った。 炎症性腸疾患(IBD)とは消化管に炎症が起こる疾患の総称であり、原因不明のものを「非特異性炎症性腸疾患」といい、UCやクローン病がある。UCでは、主に大腸に炎症が起こり、重症化すると大腸全体に及ぶ。主な症状としては、下痢、血便、腹痛、便意の切迫感などのほか、重症になると体重減少や発熱、貧血などもある。また、病勢としては、病状が落ち着く「寛解」と病状が悪化する「再燃」を繰り返し、寛解状態を維持するために継続的な治療と定期的な診療が必要となる。 わが国では患者数は年々増加しており、UCでは約31万人の患者数が推定されている(参考までにクローン病は約9.6万人と推定される)。発症年齢は、男性で20~24歳、女性で25~29歳にピークがあり、IBD全体では30~40代の働き盛りの世代に多く発症する。この年代はまさに就業中枢の世代であり、かつ、人生ではさまざまなイベントが発生する時期であり、患者のQOLが阻害されることになる。 UCの治療としては、5-ASA製剤をベースに重症度に応じて、ステロイド、免疫調節薬、免疫抑制薬などが使用されるほか、近年では抗TNF-α抗体薬、JAK阻害薬、抗α4β7インテグリン抗体製剤が登場し、中等症~重症のUCで使用されている。今回、皮下注製剤による導入療法の適応が追加されたグセルクマブは、中等症~重症の寛解導入療法の治療薬として期待されている。 グセルクマブの臨床試験では、点滴静注での導入によるプラセボとの二重盲検ランダム化比較試験である「QUASAR試験」と皮下注での導入によるプラセボとの二重盲検ランダム化比較試験である「ASTRO試験」が実施された。 主要評価項目である12週時点での臨床的寛解について、QUASAR試験ではグセルクマブ群(n=421)が22.6%に対し、プラセボ群(n=280)は7.9%だった。ASTRO試験ではグセルクマブ群(n=279)が27.6%に対し、プラセボ群(n=139)は6.5%だった。12週時点での臨床的改善について、QUASAR試験ではグセルクマブ群(n=421)が61.5%に対し、プラセボ群(n=280)は27.9%だった。ASTRO試験ではグセルクマブ群(n=279)が65.6%に対し、プラセボ群(n=139)は34.5%だった。12週時点での内視鏡的改善(MES 0~1)について、QUASAR試験ではグセルクマブ群(n=421)が26.8%に対し、プラセボ群(n=280)は11.1%だった。ASTRO試験ではグセルクマブ群(n=279)が37.3%に対し、プラセボ群(n=139)は12.9%だった。両試験の結果から皮下注であっても点滴静注と同程度の寛解の効果があることが示唆された。また、安全性では、両試験ともに死亡に至った有害事象はなく、発疹、頭痛のほかASTRO試験では注射部位の紅斑などが報告されている。 グセルクマブの投与スケジュールとして、既存治療で効果不十分な中等症~重症のUCで導入療法から使用できるだけでなく、維持療法では導入療法終了4週後以降に1回200mgを4週間隔で皮下投与することもできる。 今後、グセルクマブが使えることで、患者では病院での滞在時間の短縮につながり、医師では導入から維持療法へのスムーズな移行ができる。そして、医療従事者では薬剤調整・ルート確保などの業務削減につながることが期待されている。 まとめとして久松氏は「グセルクマブは皮下注導入で適応追加となり、点滴静注と一貫性ある導入効果が証明されたことで患者の在院時間の短縮、施設の処置時間の短縮につながる」と述べ、講演を終えた。治療の選択肢が増えることは安心できる UC患者の声として一宮 亜美氏が、自身の疾患経験と生活上の課題や診療への思いなどを語った。一宮氏は、12歳のときにUCを発症し、いくつかの診療科を経て、小児科に入院したときにUCと確定診断された。中学生のころから生物学的製剤をスタートしたが、ステロイド治療では効果に抵抗性があったという。食生活では摂取制限もあり、摂取できない食品リストを作成し、とくに脂質の多いものやカレーなどの刺激の強いものは避けていると説明した。学生時代は、周囲には「おなかの病気」とだけ伝えており、社会人になってからはとくに伝えていないという。医療機関への受診は土曜日に行い、「医師には疑問があったら質問する」「普段から病状をメモして伝えるなどを行っている」と述べた。 最後に一宮氏は「治療の選択肢が増えることで安心できる。病状がコントロールできないときに、内科的治療の選択肢はあることがうれしい」と治療薬への期待を語った。

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2025年の医療事故発生報告、手術で多いのは/日本医療安全調査機構

 医療事故調査制度(医療法)における医療事故調査・支援センターの業務を行う日本医療安全調査機構は、2026年3月18日に2025年の年報を公表した。この調査は医療法第6条の16に基づき医療事故調査の相談・支援、院内調査結果の整理・分析を行い、医療事故の再発防止の普及・啓発などの取り組みのために行っている。 主な概要は以下のとおり(主要項目から抜粋)。【相談の状況】・相談件数は2025年2,161件(前年2,043件)だった。・相談者別の相談件数では医療機関は266件(前年273件)、遺族等は231件(前年284件)だった。【医療事故発生報告の状況】・医療事故発生報告の状況では2025年は375件(前年349件)だった。・都道府県別医療事故発生報告件数では、東京都が457件、神奈川県が244件、愛知県が237件の順で多かった。その一方で、福井県が8件、和歌山県と高知県が15件の順で少なかった。・都道府県別人口100万人当たりの医療事故発生報告件数(1年換算)では、京都府と大分県が4.9件、三重県が4.6件の順で多かった。その一方で、福井県が1.1件、埼玉県が1.6件、和歌山県が1.7件の順で少なかった。【院内調査結果報告の状況】・院内調査結果報告件数は360件(前年329件)だった。・起因した医療(疑いを含む)の分類別院内調査結果報告件数では、「手術(分娩を含む)」が158件、「処置」が39件、「医療機器の使用」が28件だった。・手術(分娩を含む)の内訳では、「経皮的血管内手術」が29件、「その他の内視鏡下手術」が28件、「開腹手術」が27件の順で多かった。また、2016~24年の平均値は145.3件、2025年は158件だった。・患者死亡から院内調査結果報告までの期間(中央値)は400日(前年374日)、患者死亡から医療事故発生報告までの期間(中央値)は39.5日(前年42日)だった。・解剖の実施状況について院内調査結果報告件数は360件のうち「実施あり」が100件(前年114件)、「実施なし」が257件(前年211件)、「不明」が3件(前年4件)だった。・解剖実施ありの100件の内訳として「病理解剖」が68件(前年75件)、「司法解剖」が29件(前年36件)、「行政解剖」が2件(前年2件)、「死因身元調査解剖」が1件(前年1件)だった。・死亡時画像診断(Ai)の実施状況について、院内調査結果報告件数の360件のうち「実施あり」が120件(前年105件)、「実施なし」が233件(前年215件)、「不明」が7件(前年9件)だった。・解剖とAiの実施状況の内訳では「解剖のみ」が58件(前年74件)、「解剖とAiの両方」が42件(前年40件)、「Aiのみ」が78件(前年65件)だった。【医療事故調査・支援センター調査の状況】・医療事故調査・支援センター調査対象件数と依頼者の内訳では、「医療機関からの依頼」が13件(前年8件)、「遺族からの依頼」が28件(前年32件)だった。

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EGFR変異NSCLC、アミバンタマブ皮下注+ラゼルチニブの日本人解析結果(PALOMA-3)/日本臨床腫瘍学会

 EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん(NSCLC)において、アミバンタマブ皮下注製剤(商品名:リブロファズ)+ラゼルチニブ(同:ラズクルーズ)の併用療法は、アミバンタマブ静脈内投与製剤(同:ライブリバント)+ラゼルチニブと一貫した有効性を示し、Infusion-Related Reaction(IRR)の発現率を低減させることが、国際共同第III相試験「PALOMA-3試験」で示されている1)。本試験の日本人集団の解析結果について、田宮 基裕氏(大阪国際がんセンター)が第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2026)で報告した。本解析において、アミバンタマブ皮下注製剤は日本人集団でも全体集団と一貫した臨床的有益性を示すことが示唆された。なお、アミバンタマブ皮下注製剤は2026年3月18日に薬価収載され、同日に発売されている。・試験デザイン:国際共同第III相非盲検無作為化比較試験・対象:EGFR変異陽性(exon19欠失またはL858R)で、オシメルチニブ+プラチナ製剤を含む化学療法後に進行したNSCLC患者・試験群(SC群、206例):アミバンタマブ皮下投与(体重に応じ1,600mgまたは2,240mg、最初の4週間は週1回、それ以降は隔週)+ラゼルチニブ経口投与(240mg、1日1回)・対照群(IV群、212例):アミバンタマブ静脈内投与(体重に応じ1,050mgまたは1,400mg、最初の4週間は週1回、それ以降は隔週)+ラゼルチニブ経口投与(240mg、1日1回)・評価項目:[主要評価項目]2サイクル目1日目もしくは4サイクル目1日目のトラフ濃度、1~15日目の血中濃度曲線下面積[副次評価項目]奏効割合(ORR)、無増悪生存期間(PFS)、患者満足度、安全性など[探索的評価項目]全生存期間(OS)など 今回は、日本人集団56例(SC群26例、IV群30例)の解析結果が報告された。主な結果は以下のとおり。・年齢中央値はSC群70歳、IV群63歳であった。ECOG PS0の割合はそれぞれ62%、27%であり、SC群が高かった。脳転移歴を有する割合はそれぞれ46%、23%であり、こちらもSC群が高かった。・日本人集団の薬物動態パラメータは、全体集団と同様であった。・ORRはSC群39%、IV群30%であった。なお、データカットオフ時点において、奏効例では死亡および病勢進行イベントは認められていなかった。・PFS中央値はSC群未到達、IV群4.5ヵ月であった(ハザード比[HR]:0.44、95%信頼区間[CI]:0.18~1.10)。・OS中央値はSC群未到達、IV群8.8ヵ月であった(HR:0.14、95%CI:0.02~1.17)。1年OS率はそれぞれ96%、48%であった。・Grade3以上の有害事象の発現割合はSC群42%、IV群70%であった。投与中止に至った有害事象の発現割合はそれぞれ15%、20%であった。・SC群におけるIRRの発現率は15%であり、IV群の60%と比較して低減した。・静脈血栓塞栓症(VTE)の発現割合はSC群12%、IV群17%であった。なお、SC群のVTEは、予防的抗凝固薬の投与を受けていない患者のみに発現した。 本結果について、田宮氏は「EGFR遺伝子変異陽性の進行NSCLC日本人患者において、アミバンタマブ皮下注製剤+ラゼルチニブが、より有望な治療選択肢となることを支持するものである」とまとめた。 また、SC群ではIRRの発現が低減した一方で、皮膚障害は低減しなかったことについて問われ、これに対して同氏は「皮下投与では薬剤の吸収が緩やかであり、ピーク濃度は低くなる。このことにより、SC群でIRRの発現が低減した可能性がある。一方で、皮膚障害には、組織における薬剤濃度が関係していると考えられる。体内の薬剤濃度はSC群のほうが安定して高い濃度を維持している可能性があり、このことから皮膚毒性や低アルブミン血症はSC群で多い傾向にあったのではないか」と見解を述べた。

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初発精神疾患の女性に推奨される抗精神病薬に関する初の臨床診療ガイドライン

 抗精神病薬は、初回エピソード精神疾患の早期介入において主要な治療選択肢の1つであり、長期予後の重要なポイントとなる。女性患者における抗精神病薬治療は、副作用に対して特有の脆弱性を示すにもかかわらず、既存の臨床診療ガイドラインでは性別に応じた推奨事項が提供されていなかった。とくに高プロラクチン血症や心血管代謝系の副作用は、生殖年齢女性において著しい主観的な苦痛や長期の身体的健康リスクに影響を及ぼす可能性がある。アイルランド・St John of God University HospitalのCaroline Hynes-Ryan氏らは、初回エピソード精神疾患の女性患者に推奨される抗精神病薬に関する臨床診療ガイドラインの作成を目的に本検討を実施した。Schizophrenia Bulletin誌2026年3月7日号の報告。 経験豊富な専門家を含む国際的な多職種パネルにより、GRADE-ADOLOPMENTプロセスとAGREE IIフレームワークを用いて、成人および青年向けの既存の初回エピソード精神疾患ガイドラインを改訂した。主な健康上の疑問点については、関係者との協議および文献レビューを通じて策定した。なお、きわめて重要な患者アウトカムを優先し、副作用プロファイルに関するエビデンスを統合し、合意に基づく推奨事項を策定した。ガイドラインのアルゴリズムについては、現場での検証と専門家による外部レビューを行った。 主な結果は以下のとおり。・女性における抗精神病薬の選択においては、プロラクチン上昇と心血管代謝系の副作用が優先的に考慮された。・高リスクの薬剤である第1世代抗精神病薬、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、パリペリドン、amisulprideは、第1選択薬としては推奨されない。・アリピプラゾールは、プロラクチン上昇および心血管代謝系プロファイルが一貫して良好である。そのため、第1選択薬として推奨される。・成人および青年に対しては、低または低~中程度リスクの代替薬が、共同意思決定ツールにより推奨された。 著者らは「本ガイドラインは、初回エピソード精神疾患を発症した女性に対する抗精神病薬の選択について取り上げた初の臨床診療ガイドラインである。本ガイドラインにより、きわめて重要な患者アウトカムと患者体験を優先することで、女性に対するより安全で性別に配慮した処方を支援し、精神病治療における治療受容性、アドヒアランス、公平性の向上につながる可能性がある」と結論付けている。

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