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脳全域に張り巡らされたリンパ管様の細管をハーバード大学の研究者らが発見しました1,2)。主に血液とリンパが体内の循環を担います。血液系はどの臓器にも通っており、一方通行のリンパは皮膚、肝臓、肺、心臓、腎臓などの大ぶりな器官のほとんどで血液系と並走して組織の液を静脈に戻す役割を担います。脳、眼、脊髄などの器官のいくつかは免疫が及ばないようにして炎症を防ぐ仕組みがあり、リンパが通っていないとかつては考えられていました。しかしその考えは最近の一連の研究で覆されつつあります。たとえば、それまでの潮目を変えた2012年の報告では、脳内の動脈の周りの血管周囲腔を通る脳脊髄液の循環があり、グリア細胞の一種の星状細胞のアクアポリン4(AQP-4)チャネルによって推進されることが示されました3)。初めて裏付けられた脳のそのリンパ系はグリア細胞の機能に依って立つことからグリンパティック系と名付けられています。それから3年後の2015年には脳を囲む硬膜を巡る髄膜リンパ管の発見が報告され、脳脊髄液や老廃物を脳外の末梢リンパ節へと排出しうる役割が示されました4,5)。さらに時が進んで2020年の報告では網膜もグリンパティック系を備えることが突き止められています6)。大血管と毛細血管のような小血管で構成される血液系と同様に、脳の外の末梢リンパ系も大きな管と毛細管の両方を有します。一方、脳での毛細管くらい小さいリンパ管の報告はごくまれで、脳実質の高密度のリンパ管の報告はほぼ皆無です。皮質や海馬などの脳の奥まったところの直径5~14μmほどのリンパ管が2023年の報告に記されていますが7)、高密度ではなくまばらに散見されるのみでした。ゆえに脳が末梢の器官と同様に毛細管様のリンパ管を豊富に備えるかどうかはこれまでわからず仕舞いでした。ハーバード大学のShiju Gu氏らは、アルツハイマー病を模すマウスの脳切片のベータアミロイド(Aβ)を調べているときに、小さなリンパ管様の細管を思いがけず発見しました。繰り返し検討したところ、Gu氏らがナノスケールリンパ管様管(nanoscale lymphatic-like vessel:NLV)と呼ぶその構造は、アルツハイマー病であるかどうかにかかわらずマウスの脳に一貫して認められました。NLVはリンパ管を示すタンパク質一揃いと関連し、豊富で、皮質、海馬、視床下部を含む脳全域に網目状に張り巡らされていました。NLVはほとんどが直径1,000nmに満たず、しばしば血管に巻き付いており、血管とどうやら連絡することを示す特徴が見て取れました。また、髄膜にも存在し、髄膜リンパ管は古典的なリンパ管とNLVの混成で出来ているようです。NLVは脳内の液(neurofluid)の輸送や老廃物の排出のための通路の役割を担うのかもしれません。NLVが実在するならとてつもないことで、あらゆる神経変性疾患、脳卒中や外傷性脳損傷、果ては脳機能の理解を根底から覆しうると今回の研究の一員ではないオスロ大学の神経科学者のPer Kristian Eide氏は述べています2)。今後の研究に大きな影響を及ぼしそうなNLVですが、当然ながらさらなる検証で確かに存在することを確認する必要があります。もしかしたらGu氏らが今回捉えたNLVは実験の過程で生じた人為的な産物かもしれません。たとえば検体がいびつに膨らむと管様の構造が生じることがあります。Gu氏らは近々その疑いを晴らすための検討を行う予定です。先立つ研究ではNLVを神経が伸ばす長い軸索と見間違えていたのかもしれないとGu氏は言っています2)。参考1)Gu S, et al. bioRxiv. 2026 Jan 14. [Epub ahead of print]2)Accidental discovery hints at mystery structures within our brain / NewScientist3)Iliff JJ, et al. Sci Transl Med. 2012;4:147ra111.4)Louveau A, et al. Nature. 2015;523:337-341.5)Aspelund A, et al. J Exp Med. 2015;212:991-999.6)Wang X, et al. Sci Transl Med. 2020;12:eaaw3210.7)Chang J, et al. Research(Wash DC). 2023;6:0120.