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パーキンソン病ワクチンの有望な第II相試験結果報告1972年発表のヒット曲「さそり座の女」で有名な歌手の美川 憲一氏がパーキンソン病であることを、同氏の事務所が先月11月13日に公表しました1)。その後、関連するニュースが多く報告されるようになっています。2010年代の終わりに初出して使われるようになった2)新語のパーキンソン病大流行(Parkinson pandemic/Parkinson’s pandemic)が示唆するとおり、理由はどうあれパーキンソン病は増えており、今や世界の実に約1,200万例がパーキンソン病です。先立つたった6年で2倍近く増えました3)。パーキンソン病は脳のドーパミン放出神経の消失やαシヌクレイン(a-syn)の凝集体であるレビー小体を特徴とします。そのa-synを標的とするワクチンACI-7104.056の有望な第II相試験結果が先週11日に発表されました4,5)。ACI-7104.056はスイスのバイオテクノロジー企業AC Immuneが開発しています。a-syn抗原を成分とし、パーキンソン病初期に広まって神経を損なわせる病原性の多量体a-synへの抗体を生み出します。最近になってAC Immune社はワクチン事業という表現をしなくなっており、ACI-7104.056もその方針に沿ってワクチンではなく免疫療法と表現するようになっています。しかしかつてはワクチン事業に含められていました。実際、ClinicalTrials.govへの登録情報にはACI-7104.056がワクチンであると明記されています6)。VacSYnと銘打つ同試験には、初期のパーキンソン病患者34例が組み入れられています。被験者はACI-7104.056かプラセボ群に3対1の割合で無作為に割り振られました。初回、4週後、12週後、24週後、48週後、74週後にいずれかが投与される運びとなっており6)、少なくとも12ヵ月間(48週間)の投与を経た被験者の中間解析が今回発表されました。20例は74週目の投与に至っています。ACI-7104.056投与群の抗a-syn抗体価は投与するごとに上昇し、全員が血中と脳脊髄液(CSF)中のどちらでも目安の水準に届いていました。一方、当然ながらプラセボ群の抗a-syn抗体は増えず、実質的に一定でした。脳組織のa-synが蓄積し続けるパーキンソン病の進行でCSF中のa-synは減ることが知られます。今回のVacSYn試験でのプラセボ群のCSFのa-syn濃度は低下し続けましたが、ACI-7104.056投与群は低下を免れて一定を保ちました。神経損傷の指標の神経フィラメント軽鎖(NfL)濃度は、CSFのa-synとは対照的にパーキンソン病の神経変性や神経損傷の進行につれて上昇することが報告されています。それゆえVacSYn試験のプラセボ群のNfL濃度は上昇傾向を示しました。しかしACI-7104.056投与群のNfL濃度はそうはならず、CSFのa-syn濃度と同様に一定を保ち、どうやら神経損傷/変性が食い止められていたようです。極め付きは運動症状の進行を食い止めるACI-7104.056の効果も見てとれました。運動症状を調べるMDS-UPDRS Part III検査値がプラセボ群では上昇して悪化傾向を示しました。一方、ACI-7104.056投与群の74週時点のMDS-UPDRS Part III検査値はベースラインに比べて取り立てて変わりなく、実質的な悪化傾向はみられませんでした。VacSYn試験は2部構成で、多ければ150例を募る第2部を始めるかもしれない、とAC Immune社は今夏2025年8月の決算報告に記しています7)。その開始はまだ正式に発表されていないようです。同社は今回の有望な結果を手土産にして、ACI-7104.056の承認申請に向けた今後の臨床試験の段取りを各国と話し合うつもりです4)。VacSYn試験の第2部をどうするかもその話し合いにおそらく含まれるのでしょう。サソリ毒がパーキンソン病に有効美川 憲一氏が歌った「さそり座の女」にも出てくるサソリ毒由来のペプチドに、奇しくもパーキンソン病治療効果があるらしいことが最近の研究で示唆されています8,9)。SVHRSPと呼ばれるそのペプチドは、どうやら腸の微生物を整えることで脳のドーパミン放出神経の変性を防ぐようです10)。「さそり座の女」の女性の毒と情の深さが対照的なように、サソリ毒は命を奪うほどの害がある一方でヒトの健康にも貢献しうるようです。AC Immune社のワクチンやサソリ毒成分などの研究や開発が今後うまくいき、美川 憲一氏をはじめ世界のパーキンソン病患者を救う手段がより増えることを期待します。 参考 1) 美川憲一に関するご報告 2) Albin R, et al. Mov Disord. 2023;38:2141-2144. 3) Dorsey ER, et al. J Parkinsons Dis. 2025;15:1322-1336. 4) AC Immune Positive Interim Phase 2 Data on ACI-7104.056 Support Potential Slowing of Progression of Parkinson’s Disease. 5) ACI-7104 in VαcSYn Phase 2 - Interim results 6) VacSYn試験(ClinicalTrials.gov) 7) AC Immune Reports Second Quarter 2025 Financial Results and Provides a Corporate Update 8) Zhang Y, et al. J Ethnopharmacol. 2023;312:116497. 9) Li X, et al. Br J Pharmacol. 2021;178:3553-3569. 10) Chen M, et al. NPJ Parkinsons Dis. 2025;11:43.