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昔の日本人は偉かった!(解説:後藤信哉氏)-766

 第2次世界大戦後の荒廃の中でも、研究意欲を持ち続けた日本人研究者は多かった。岡本 彰祐・歌子ご夫妻は特筆されるべき存在である。線溶系に着目して彼らが開発した薬剤にトラネキサム酸がある。開発の経緯は『世界を動かす日本の薬』(岡本 彰祐 編著. 築地書館. 2001年)に詳しい。線溶を担うプラスミンの酵素機能を阻害する画期的薬剤である。筆者の世代の臨床医は、止血にアドナ・トランサミンを使うことが多かった。論理的には止血効果を期待できる薬剤であるためだ。日本は巨大企業が利益を独占するEvidence Based Medicineの論理に乗り遅れた。せっかくの薬剤もエビデンスがないとして広く使用されない現状にある。 英国人は視座が時間的に広い。Antithrombotic Trialists’ Collaboration、Cholesterol Treatment Trialists’ Collaborationにて過去の臨床データを徹底的に集めていることは、読者も広くご存じと思う。今回はAntifibrinolytic Trials Collaborationにて線溶阻害薬の臨床データを徹底して集めた。本研究は止血効果があると想定されたトラネキサム酸に、臨床的にも止血効果があることを40,138例ものメタ解析にて示した。 日本人の記憶は短いとされる。岡本 彰祐・歌子ご夫妻の御功績はトラネキサム酸にとどまらず、現在のNOACのもとになった選択的トロンビン阻害薬アルガトロバンの開発にも及ぶ。日本血栓止血学会では両先生の御功績を記念して岡本賞(Shosuke Award、Utako Award)の顕彰を始めた。こつこつ努力して素晴らしいものづくりをするが、宣伝が下手な日本人研究者の業績を拾い上げた英国は、大英帝国の余力を持った戦略国家である。NOACのみならずスタチンも日本の発明である。医学の世界における日本の貢献は特筆すべきである。あらためて「昔の日本人は偉かった!」

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急性重症出血、トラネキサム酸投与は3時間以内に/Lancet

 外傷性/分娩後出血死の多くは、出血が起きてから短時間で死に至っており、トラネキサム酸による抗線溶療法の開始がわずかでも遅れると、そのベネフィットは減少することを、英国・ロンドン大学衛生熱帯医学大学院のAngele Gayet-Ageron氏ら研究グループが、被験者4万138例のデータを包含したメタ解析の結果、明らかにした。結果を踏まえて著者は、「重症出血患者は、ただちに治療が開始されなければならない」と提言するとともに、「さらなる研究で、トラネキサム酸の作用機序の理解を深める必要がある」と述べている。抗線溶療法は、外傷性/分娩後出血死を減らすことが知られている。研究グループは、治療の遅れが抗線溶薬の効果に及ぼす影響を調べる検討を行った。Lancet誌オンライン版2017年11月7日号掲載の報告。治療ベネフィットについてメタ解析で評価 研究グループは、急性重症出血患者への抗線溶療法を評価した、1,000例以上参加の無作為化試験における被験者個人レベルのデータを用いてメタ解析を行った。MEDLINE、Embase、Cochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL)、Web of Science、PubMed、Popline、WHO International Clinical Trials Registry Platformの検索から、1946年1月1日~2017年4月7日に行われた試験を特定した。 治療ベネフィットの主要尺度は、非出血死。治療の遅れが治療効果に及ぼす影響を調べるため、ロジスティック回帰モデルを用いて評価した。また、感度解析で測定誤差(誤分類)の影響を調べた。急性重症出血が始まって3時間で治療ベネフィットは消失 検索により、急性重症出血患者に対するトラネキサム酸投与を評価した2つの無作為化試験(外傷性出血患者対象の「CRASH-2試験」、分娩後出血患者対象の「WOMAN試験」)の被験者計4万138例のデータ(各試験2万127例、2万11例)を入手し解析を行った。 全体で死亡は3,558例、そのうち1,408例(40%)が出血死であった。 出血死は、発症後12時間以内の死亡が最も多かった(884/1,408例[63%])。分娩後出血死は、出産後2~3時間がピークであった。 全体で、トラネキサム酸投与が出血後の生存を有意に増大したことが確認された(オッズ比[OR]:1.20、95%信頼区間[CI]:1.08~1.33、p=0.001)。出血部位別による不均一性はみられなかった(交互作用p=0.7243)。 治療の遅れは治療ベネフィットを減少することが(p<0.0001)、一方で、即時治療は生存率を70%超増と有意に改善することが認められた(OR:1.72、95%CI:1.42~2.10、p<0.0001)。その後3時間まで、治療開始が15分遅れるごとに10%ずつ生存ベネフィットは減少し、3時間以降はベネフィットを確認できなかった。 トラネキサム酸投与に伴う血管閉塞性イベントの増大はみられず、出血部位別による不均一性はみられなかった(p=0.5956)。また、トラネキサム酸投与に伴う血管閉塞性イベントへの、治療の遅れの影響は認められなかった。

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「血友病周産期管理指針」の意義と狙い

 2017年11月2日、バイオベラティブ・ジャパン株式会社は、希少血液疾患の啓発事業の一環として、都内でメディアセミナーを開催した。セミナーでは、血友病に関連する周産期管理について、その背景と指針作成の目的などが語られた。血友病保因者妊婦の出産は、母体と新生児にリスク セミナーでは、講師に瀧 正志氏(聖マリアンナ医科大学 小児科学 特任教授)を迎え、「血友病周産期管理の重要性~血友病保因者妊婦・血友病新生児の出血回避に向けての取り組み~」をテーマにレクチャーが行われた。 一般的に新生児の頭蓋内出血は0.05%、血友病の頭部出血(頭蓋内外)は3.5~5.5%とされ、血友病および同保因者の母親からの出産では、リスクが高いことが知られている。 実際、瀧氏が自院で早期新生児の出血に関する検討を行ったところ、93例の血友病患者のうち13例で分娩に関連した出血があったという。その特徴として、全例が経腟分娩で、7例に吸引・鉗子分娩がなされていた。また、9例で赤血球輸血を行い、2例で重篤な神経学的後遺症を認め、1例で緊急硬膜下血種除去を行ったという1)。別の研究で血友病保因者である母体の状況をみてみると、凝固因子活性が非保因者(1.02 IU/mL)と比較して0.60 IU/mLと低く、手術後の相対危険度は保因者では高いとされる2)。 こうした状況を踏まえ、母体であるホモ接合体血友病の妊婦および保因者妊婦と、血友病新生児および保因者新生児の出血をできるだけ回避し、出血症状を伴う場合は早期に適切な治療を図る目的で、「ホモ接合体血友病妊婦および保因者妊婦の管理指針」と「血友病新生児および保因者新生児の管理指針」の2つからなる『エキスパートの意見に基づく血友病周産期管理指針 2017年版』が作成された。血友病患者、保因者の周産期における注意点を網羅 「ホモ接合体血友病妊婦および保因者妊婦の管理指針」では、主にヘテロ接合体保因者に関して記述され(ホモ接合体血友病は女性にまれ)、妊娠管理では産科、本症に詳しい内科医、小児科医、麻酔科医が連携し、集学的医療チームとしてケアに当たるべきであるとしている。また、妊娠中の予防的補充療法では、血友病Aは定期的な活性値測定のほか、必要により第VIII因子製剤の補充療法を行うこと、血友病Bでは第IX因子活性値の有意な上昇がみられない一部の保因者には第IX因子製剤の補充療法が必要だとされている。そのほか、妊娠中の血中モニタリング、分娩計画の立案(必要により紹介・移送)が必要とされ、分娩方法では経腟分娩の場合はできる限り自然分娩としながらも、胎児に血友病または保因者である可能性が排除できない場合は、吸引、鉗子、遷延分娩は避けることが望ましいとしている。帝王切開分娩への切り替えは、早期に判断する。とくに瀧氏は、私見としながら「予定帝王切開分娩」について言及し、「麻酔、出血量など母体への負担は増加するものの、血友病児の頭蓋内出血リスクの減少、止血管理の容易性、分娩スタッフのスケジュール対応の面からも考慮すべきだ」と示唆した。 分娩・産褥期の至適血中レベルについては、経腟分娩で血中第VIII因子、第IX因子活性値ともに50%以上維持(帝王切開では80%以上)が示され、この値を下回る場合は予防的補充療法の施行が記述されている。妊娠中のデスモプレシンの使用では、妊娠高血圧症候群合併例への使用は避けるべきとし、使用する場合は水分や電解質管理を慎重に行う必要があるとしている。血友病および保因者新生児のフォローを網羅 「血友病新生児および保因者新生児の管理指針」では、出生前の一般的な取り扱いとして、母体および新生児に出血リスクが増すような手技を最小限にするよう呼び掛けている。 新生児の血友病診断では、出生後に臍帯血を用い速やかに診断を行うとともに、第VIII因子、第IX因子の活性値を測定する。また、孤発例の見逃しを避けるために、疑いのある新生児のAPTTの測定、延長時には第VIII因子、第IX因子の活性値の測定も行うとしている。 血友病新生児の止血管理では、製剤投与中の凝固因子活性のモニタリングとインヒビター出現の有無の確認および、確定診断後に欠損または欠乏している凝固因子の製剤投与への切り替えが示されている。そして、出生後に脳内出血を臨床的に強く疑う場合は凝固因子製剤をただちに投与し、確定診断のために頭部超音波検査、脳MRIやCT検査を行う。 凝固因子製剤の予防投与は、自然分娩や帝王切開分娩では一般的に行わない。しかし、分娩外傷、吸引、鉗子分娩などのリスクの高い分娩では、診断後に短期間の予防投与を考慮し、早産児にも状況に応じて行うとしている。 血友病患児への予防接種については、原則として筋肉注射は避けるべきとし、ルーチンの予防接種の皮下注射は禁忌事項がない限り行うことが望ましいとしている。 最後に瀧氏は、本指針の目的を「血友病、血友病保因者の妊婦・新生児の出血をできる限り回避し、出血症状を伴う場合には早期に適切な止血治療を図ることにある」と繰り返すとともに、「血友病保因者は『ハイリスク妊婦である』という認識を医療従事者は共有し、周産期管理を行ってもらいたい」と期待を述べ、レクチャーを終えた。■参考1)長江千愛 ほか. 日産婦新生児血液. 2017;26:61-69.2)Plug I, et al. Blood. 2006;108:52-56.■関連記事希少疾病ライブラリ 血友病

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【第102回】自分の舌を切り落とした男性

【第102回】自分の舌を切り落とした男性 いらすとやより使用 今日紹介する論文は、イターイ論文です。 Erdur B, et al.An unusual form of self-mutilation: tongue amputation with local anesthesia.Am J Emerg Med. 2006;24:625-628.自分の体を切断する症例報告は過去にも何度か紹介していますが、多くが精神科疾患によるものです。この症例は27歳の統合失調症の男性で、過去に陰部の切断の既往があります。今回は「舌を切れ…、おまえの舌を切れ…」という声が頭の中に鳴り響いたそうです。彼はその声の言うとおりに、ハサミで自分の舌の3分の1を切り落としました。そして、血がボトボトと滴った状態で、異変に気付いた家族が救急車を要請しました。しかし、ただ舌を切っただけにしては何か様子がおかしい。そう、切断された舌がみじん切りになっているではありませんか。彼は言いました。「私は病院で舌の形成ができないように、事前に麻酔薬を手に入れ、切断した舌をそこにあるハサミで丁寧にジョキジョキと切り刻んだんですよ」ちょ、ちょっと…な、なんてことを……! もう元通りに戻せねぇじゃねぇか…!担当した医師も、舌の再建は不可能と判断し、感染予防と止血に重点を置いて姑息的手術が行われました。その後、彼は精神科医によるアフターケアを受けたようです。それにしても「自分の体を切れ」という幻聴ほど恐ろしいものはありませんね。その矛先が他人に向かうようなことを想像したら、もっと恐ろしい。

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ワルファリンの可能性(解説:後藤信哉氏)-756

 日本は、非弁膜症性心房細動などにいわゆるNOACsが多く使用されている国である。しかし、世界の抗凝固薬の標準治療は安価なワルファリンである。日本では2mg/日で開始すれば多くの場合、INR 2以下くらいにコントロールできる。 30年ワルファリンを使用している筆者には経験がないが、2mg/日でも過剰でINRが延長してしまう症例がいるらしい。まれに2mg/日ではINRが延長せず、漸増させて10mg/日程度が必要な症例は経験する。圧倒的多数の症例は2mg/日で問題なく、一部に過剰、過小の症例がいる原因にワルファリンの代謝が寄与するとされる。血漿蛋白に結合していないワルファリンが肝臓で活性型に転換する。その酵素はチトクロームP450のCYP2C9とされる。ビタミンK還元酵素複合体にも遺伝子型に応じた酵素活性の差異がある。 この2種の酵素の遺伝子型を事前に知っていれば、ワルファリンの初期投与量、維持量を個人ごとに予測できる、との仮説が過去に臨床的に検証された。2本のNEJM誌の論文の結果は相互に矛盾していた。 今回JAMA誌に発表された論文では対象を膝または腰の置換術にして症例を均質化した。その結果、予想どおり、遺伝子型を考慮に入れたワルファリン治療において重篤な出血が少なく、INR 4以上の過剰投与も避けられた。 疾病一般の予後が改善して、時代は「平均的症例の標準治療」、「One dose fit all」を目指すEBMの時代から、個別症例の最適治療を目指す「Precision Medicine」に転換しようとしている。主作用と副作用イベント発症率相関性のあるバイオマーカーとしてのPT-INRがあるワルファリンは、個別最適化に向いた薬剤である。抗凝固効果のポテンシャルは選択的抗トロンビン薬、抗Xa薬よりも大きく、薬剤の価格は安い。丁寧に使用すれば安全性も高い。安い薬を日本人医師の職人魂にて個別最適化して使用すれば、有効、安全、安価な医療を実現できる。 日本の圧倒的多数は2mg/日にて大きな問題はないと考えるが、遺伝子型により特殊な少数例を弁別できるので日本での応用性もあると考える。

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One dose fit all!の限界(解説:後藤信哉氏)-757

 いわゆるNOACs、DOACsの臨床開発に当たって、選択的抗トロンビン薬では有効性、安全性は薬剤の用量依存性と予測していた。開発試験の結果が出るまで、Xa阻害薬では出血合併症には用量依存性が少ないとの期待があった。急性冠症候群を対象とした第II相試験の結果を見て、抗Xa薬でも用量依存性に重篤な出血合併症が増加することを知って失望した。 それでも抗Xa薬は競争相手のワルファリンの自由度を縛ることによって、見かけ上安全な薬剤として開発、上梓された。論理の緻密な英語では「PT-INR 2~3を標的としたワルファリン治療より安全」と必ず述べるが、あいまいな日本語では「ワルファリン治療より安全」との誤解も広まった。目の前の自分の患者の予後を最重視する臨床医にはメーカー、メーカーの教育を受けた医師の「ワルファリン治療より安全」が、現場では「?」であることをすぐに実感する。 本論文は台湾の医療データベースの解析である。重篤な出血合併症の発症率は1%程度で第III相試験より著しく少ない。報告されていない出血もあると想定されるが、実臨床では添付文書に規定された用量よりも少量を使用していることが、出血イベントの実態が少ない原因と想定される。 「One dose fit all」と喧伝されたNOACsであるが、アミオダロン、フルコナゾールなどの併用性では出血合併症が多い。いわゆるNOACs、DOACsであっても薬剤との相互作用は重篤な出血イベントを倍増させるほどのインパクトがある。ワルファリンと異なり、個別最適化のためのバイオマーカーはない。INRの延長に相当する黄色信号なしに、いきなり出血の赤信号となるNOACs、DOACsを、実態を知りながら服用したいと思うヒトはきわめて少ないと私は思うが、いかがだろうか?

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脳卒中予防の重要性とアスピリンのインパクト!(解説:後藤信哉氏)-755

 冠動脈疾患、脳血管疾患、末梢血管疾患は全身の動脈硬化と血栓性が局所臓器にて症状を発現した疾病である。世界から外来通院中の安定した各種動脈硬化、血栓性疾患6万8千例を登録、観察したREACH registry研究では、冠動脈疾患、脳血管疾患、末梢血管疾患ともに年間の脳卒中の発症が最大の問題であることを示した。脳卒中の発症率が最も低い冠動脈疾患でも脳卒中発症率は年間1.6%であり、実臨床における新規に診断された心房細動症例の脳卒中発症率と同程度であった。価格の高い新薬を特許期間内に売り切ろうとするのか、年間3%程度に重篤な出血イベントを惹起することが第III相試験にて確認されている経口抗トロンビン薬、抗Xa薬がNOACs、DOACsなど非科学的なネーミングにより非弁膜症性心房細動に広く使用されているのは筆者の驚くところである。非弁膜症性であっても心房細動を合併すれば近未来の脳卒中リスクは増える。しかし、すでに脳卒中を発症した症例の再発率ほど発症リスクが高くなるわけではない。年間3%という重篤な出血合併症というコストに見合う効果を、非弁膜症性心房細動の脳卒中1次予防にて示した臨床研究は過去に施行されていない。同じく年間3%以上の重篤な出血性合併症を惹起する、INR 2~3を標的とした、現実の医療とは乖離した過去の「仮の標準治療」より出血が少ないといっても、年間3%以上の重篤な出血合併症は1次予防にて受け入れられる水準ではない。 心房細動になれば左房内の血流がうっ滞するように「思える」。血流がうっ滞すると左房内に血栓ができる「気」がする。このような「思い」「気」は、科学的に証明されていない。さらに、血流うっ滞部位の血栓には凝固系の寄与が大きい「雰囲気」がある。この「雰囲気」も科学的には証明されていない。むしろ、体内の血栓は血流条件にかかわらず血小板と凝固系の混合血栓であることが科学的事実である。 生体には連続性がある。加齢とともに心房細動の有病率が増加するのは事実であるが、心房細動の発症とともにヒトが激変するわけではない。心筋梗塞後の症例であってもCHADS2スコアが高ければ脳卒中リスクは高い。脳卒中の発症に対するCHADS2スコアと心房細動の寄与を比較して後者が大きいわけではない。さらに、心房細動の症例の脳卒中の多くが心原性脳塞栓であるわけでもない。高齢でCHADS2スコアの高い症例は心房細動の有無にかかわらず脳卒中予防が重要である。 COMPASS試験では冠動脈疾患、末梢血管疾患を対象に1)2.5mg×2/日の極微量のリバーロキサバンとアスピリンの併用、2)5mg×2/日の微量のリバーロキサバン、3)アスピリン単独の3群の比較を行った。2.5mg×2/日の極微量のリバーロキサバンは過去にアスピリン・クロピドグレルとの併用により急性冠症候群の心血管イベントとステント血栓症を低減させた用量である。アスピリンを抜いてクロピドグレル、チカグレロルと併用したときには抗血小板薬に比較した有効性を第II相試験において示せなかった。動脈系における極微量のリバーロキサバン開発試験を素直にみると、極微量のリバーロキサバンは心血管イベント発症予防に有効であるが、出血は増加させる。有効性はアスピリンとの併用時に明確になる。出血合併症は増加するが20mg×1/日に比較すれば少ない。今まで世界では20mg/日、日本では15mg/日を標準用量として心房細動の2次予防中心に販売攻勢をかけた開発企業には方向転換になるが、COMPASS試験はアスピリンとの併用における2.5mg×2/日にリバーロキサバンの有効性を再確認させるインパクトがあった。脳卒中予防効果も確認された。重篤な出血合併症は増加するが、20mg(15mg)×1/日よりは少ない。心血管病の2次予防でもあるため出血イベントリスクも受け入れやすい。出血リスクとの釣り合いが取れなかった非弁膜症性心房細動から、心血管病の再発予防の極微量投与に販売方針を転換してくれれば、わけのわからないうちに重篤な出血リスクに曝露される非弁膜症性心房細動の症例を減らせるかもしれない。重要なことは低リスクにおける脳卒中予防である。COMPASS試験ならば実臨床に投影できる可能性があると筆者は期待している。

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リバーロキサバンの安定型冠動脈疾患に対する効果(解説:高月誠司氏)-745

 本研究は、抗Xa薬リバーロキサバンの冠動脈疾患患者に対する心血管イベントの2次予防効果を検証した二重盲検試験である。2万7,395例の安定した冠動脈疾患患者を対象とし、リバーロキサバン2.5mg 1日2回+アスピリン100mgの併用群、リバーロキサバン5mg 1日2回単剤群、アスピリン100mg単剤群の3群に無作為割り付けした。主要評価項目は心血管死、脳卒中、心筋梗塞の複合エンドポイントで、平均23ヵ月の追跡期間である。 結果、主要評価項目の発生は、リバーロキサバン・アスピリン併用群のほうがアスピリン単剤群よりも少なかった(4.1% vs.5.4%、ハザード比0.76、p<0.001)。しかし、大出血の頻度はリバーロキサバン・アスピリン併用群のほうがアスピリン単剤群より多かった(3.1% vs.1.9%、ハザード比1.70、p<0.001)。ただし、脳出血や致死的な出血の頻度は変わらなかった。リバーロキサバン単剤群とアスピリン単剤群との比較では、主要評価項目は変わらなかったが、大出血はリバーロキサバン単剤群で多かったという。試験は主要評価項目において、リバーロキサバン・アスピリン併用群が一貫して優位であり、早期中止された。 抗Xa薬、抗トロンビン薬といった新規経口抗凝固薬は心房細動や深部静脈血栓症に対する抗凝固療法薬として広く使用されているが、冠動脈疾患に対する効果も検証されている。アピキサバンのAPPRAISE-2、リバーロキサバンのATLAS ACS-TIMI 51や最近報告されたダビガトランのRE-DUAL PCIなどの報告があり、後2者では肯定的な結果が得られている。本研究の特徴は安定した冠動脈疾患が対象で、心房細動の有無を問わないという点で、リバーロキサバン・アスピリン併用群のアスピリン群に対する有用性が明らかとなった。冠動脈疾患に対しても、抗Xa薬は有用と考えていいだろう。ただし、リバーロキサバン単剤群は5mg 1日2回、併用群のリバーロキサバンは2.5mg 1日2回という用法・用量で、これらはいずれも心房細動に対するそれとは異なる。 心房細動に対する用法・用量は、欧米では20mg 1日1回(減量時15mg 1日1回)、本邦では15mg 1日1回(減量時10mg 1日1回)であり、本研究では低用量を分服している。それでも、本研究のリバーロキサバン単剤群はアスピリン群よりも大出血の頻度が高かった。本研究はリバーロキサバン・アスピリン併用群でアスピリン群よりも、心血管死、脳卒中、心筋梗塞の頻度が少なかったが、サブグループ解析の結果では、その優位性は75歳以上の患者、体重60kg以下の患者では認めなかった。ワルファリンとは異なり、用量調節不要というのが新規経口抗凝固薬の利点であるが、用法・用量の設定が大事だということがわかる。 欧米人と日本人を比較すると、平均で約20kgの体重差がある。少なくとも本研究で用いられた用量は本邦で用いることはできないだろうし、本邦における検討が必要であろう。また、本研究では主要エンドポイントに致命的な出血や有症状の主要臓器の出血を加えたネットクリニカルベネフィットも併用群で頻度が少なかったと報告している。通常ネットクリニカルベネフィットの算出には症状によって重み付けし、たとえば脳出血は1.5倍や2倍として計算することがあるが、本研究では単純に頻度が比べられている。高齢者、低体重など出血が危惧される患者で本当にベネフィットがあるかどうか検証が必要である。

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日本初、ワルファリンでの出血傾向を迅速に抑える保険適用製剤

 ワルファリン服用者の急性重篤出血時や、重大な出血が予想される手術・処置の際に、出血傾向を迅速に抑制する日本初の保険適用製剤として、乾燥濃縮人プロトロンビン複合体(商品名:ケイセントラ静注用)が9月19日に発売された。発売に先立ち、15日に開催されたCSLベーリング株式会社による記者発表において、矢坂 正弘氏(国立病院機構九州医療センター脳血管センター 部長)が、本剤の開発経緯や臨床成績、位置付けについて講演した。その内容をお届けする。ケイセントラは厚生労働省への早期開発要望により開発 ワルファリンは直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)より適応が広く、腎機能が低下している高齢者など幅広い患者に使用できる。しかし、ワルファリン投与中は頭蓋内出血を発症しやすく、大出血時には休薬などの処置に加え、ビタミンKの投与、新鮮凍結血漿の投与が行われる。これらの投与に関して矢坂氏は、ビタミンKは緊急止血には間に合わず、新鮮凍結血漿は800mL~1Lの投与が必要だが心不全を防ぐためにゆっくり投与せざるを得ず、また輸血による感染症のリスクもあったことを指摘した。 今回発売されたケイセントラは乾燥濃縮人プロトロンビン複合体であり、1996年にドイツで承認されて以降、欧州各国で承認され、2017年1月時点で米国を含む42の国と地域で承認されている。日本では、2011年に厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会」の開発要望募集で日本脳卒中学会が早期開発要望書を提出し、厚生労働省がCSLベーリング社に開発を要請、今年3月に「ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制」を効能・効果として承認された。30分以内の速やかなPT-INRの是正効果においてケイセントラの非劣性が確認された ケイセントラの臨床試験成績について、矢坂氏はまず、海外で実施された2つの第III相試験を紹介した。1つは、ビタミンK拮抗薬投与中に急性重篤出血を来した患者を対象に、全例にビタミンKを静脈内投与し、ケイセントラ投与もしくは血漿投与に無作為に割り付け、止血効果と速やかなPT-INRの是正効果を比較した無作為化非盲検非劣性多施設共同試験である。本試験で、投与終了後30分以内にPT-INRが1.3以下に低下した患者の割合は、ケイセントラ群が62.2%で血漿群の9.6%に対して非劣性が確認された。また、投与開始から24時間までの止血効果が有効であった患者の割合についても、ケイセントラ群が72.4%と血漿群の65.4%に対して非劣性が確認された。 もう1つは、ビタミンK拮抗薬投与中で緊急の外科手術または侵襲的処置を要する患者を対象とした無作為化非盲検非劣性多施設共同試験で、全例にビタミンKを投与し、ケイセントラ投与もしくは血漿投与に無作為に割り付けた。試験の結果、投与終了後30分以内にPT-INRが1.3以下に低下した患者の割合は、ケイセントラ群55.2%、血漿群9.9%、また投与開始から外科手術または侵襲的処置終了までの間に止血効果が有効であった患者の割合は、ケイセントラ群89.7%、血漿群75.3%と、どちらも血漿群に対しケイセントラの非劣性が確認された。 また、日本人を対象とした国内の第III相試験では、ビタミンK拮抗薬療法に起因する抗凝固状態で急性重篤出血を来した、あるいは外科手術または侵襲的処置を要する患者に対して、ビタミンKとケイセントラ投与により、PT-INR中央値はベースラインの3.13から、投与終了後30分で1.15に減少した。 最後に矢坂氏は、「ワルファリンは幅広い適応を持っているので今後も使われていく薬剤だが、注意すべきは出血性合併症」と述べ、ケイセントラの発売で「ワルファリン治療中の大出血時、緊急手術が必要な場合にワルファリン作用の緊急是正に使用できるようになり、非常に期待される」と締め括った。

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抗凝固薬の中和薬:マッチポンプと言われないためには…(解説:後藤 信哉 氏)-715

 手術などの侵襲的介入時におけるヘパリンの抗凝固効果はプロタミンにより中和可能であり、経口抗凝固薬は外来通院中の症例が使用しているので、ワルファリンの抗凝固効果は新鮮凍結血漿により即座に、ビタミンKの追加により緩除に中和できることを知っていても、中和薬の必要性を強く感じる場合は少なかった。止血と血栓は裏腹の関係にあるので、急性期の血栓、止血の両者を管理する必要のある症例の多くは入院症例であり、その多くは調節可能な経静脈的抗凝固療法を受けていた。 モニタリングせずに使用する経口抗トロンビン、抗Xa薬(いわゆるNOACs、DOACs)は、血栓イベントリスクの高い機械弁、僧帽弁狭窄症では使われていない。緊急手術が必要な状態になった場合、重篤な出血が薬剤により惹起されたとき、薬剤投与を中止して止血できるまで、どの程度の時間が必要であるかがわからない。プロトロンビンを濃縮した血液製剤などを使うと直感的に止血を実感できる。本研究ではトロンビンの酵素作用を直接阻害するダビガトランに中和抗体を作用させれば、即座に抗トロンビン効果は消失することを示した。臨床的な止血効果をおそらく医師は現場で実感したと想定するが、臨床試験にて有効性を数値で示すことはできなかった。 血液凝固カスケードは液相の反応が広く知られるが、現実の血液凝固の重要部分は活性化血小板膜上にて起こる。Xaは血小板上のプロトロンビナーゼ複合体の形成に未知の複雑なメカニズムで作用するので、Xaのおとりではプロトロンビン時間が正常化しても血栓イベントは増えるような結果であった。ダビガトランの抗体の作用は、Xa阻害薬の中和薬よりは作用が直線的である。それでも、「抗凝固薬を不必要に多用して、自然歴ではない出血イベントを多発させ、抗凝固薬の中和薬を多用する」のは、マッチポンプ的で患者にも社会にも不利益をもたらす。抗Xa薬の中和薬よりは直線的だがダビガトラン抗体に価値があるのかどうか、現時点では筆者にもわからない。 放置すれば近未来ほぼ確実に血栓イベントが起こる症例に、抗凝固薬を限局的に使用する世界が筆者には効率的に思える。

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イダルシズマブはダビガトラン中和薬として有用/NEJM

 イダルシズマブ(商品名:プリズバインド)の、ダビガトラン(商品名:プラザキサ)の中和薬としての有効性、安全性について検討した臨床試験「RE-VERSE AD」のフルコホート解析の結果が発表された。緊急時においてイダルシズマブは、迅速、完全かつ安全にダビガトランの抗凝固作用を中和することが示されたという。イダルシズマブの有用性は、同試験の登録開始90例の時点で行われた中間解析で示されていたが、今回、米国・トーマス・ジェファーソン大学のCharles V. Pollack氏らが全503例の解析を完了し、NEJM誌オンライン版2017年7月11日号で発表した。39ヵ国173施設で登録された503例について評価 試験は多施設共同前向き非盲検にて行われ、イダルシズマブ5g静注がダビガトランの抗凝固作用を中和可能かについて、重大出血を呈した患者(A群)または緊急手術を要した患者(B群)を対象に検討された。 主要エンドポイントは、イダルシズマブ投与後4時間以内のダビガトラン抗凝固作用の最大中和率(%)で、希釈トロンビン時間とエカリン凝固時間について確認された。副次エンドポイントは、止血までの時間や安全性評価などが含まれた。 2014年6月~2016年7月に、39ヵ国173施設で503例が登録された。A群は301例、B群は202例であった。95%以上の患者が、心房細動に関連する脳卒中予防の目的でダビガトランを服用しており、年齢中央値は78歳であった。患者報告に基づく、最終ダビガトラン投与から初回イダルシズマブ投与までの時間は、A群14.6時間、B群18.0時間であった。なお被験者の多くが試験登録時に合併症を有していた。A群では、消化官出血が45.5%、頭蓋内出血32.6%、外傷性出血25.9%などが、B群では重大または命を脅かす出血が88.0%、外科的介入に至った出血が20.3%、出血で血行動態が不安定となった患者が37.9%いた。最大中和率は100%(95%CI:100~100) 解析の結果、ダビガトランの最大中和率は、希釈トロンビン時間とエカリン凝固時間ともに100%(95%信頼区間[CI]:100~100)であった。 A群における止血までの時間中央値は、2.5時間であった。B群では、計画的処置介入の開始までの時間中央値は1.6時間であった。また、B群において、93.4%の患者が周術期止血は正常と評価され、軽度異常は5.1%、中等度異常は1.5%であった。 90日時点で、血栓性イベントが報告されたのはA群6.3%、B群7.4%であった。また死亡率はそれぞれ18.8%、18.9%であった。安全性に関わる重篤有害なシグナルはなかった。 結果を踏まえて著者は、「イダルシズマブは、重大出血を呈した患者や緊急手術を要した患者でダビガトランの中和に有効であった。血栓溶解または血栓摘出は、イダルシズマブによるダビガトラン中和後に安全に実行可能であることを示すケースが報告されているが、さらなる市販後調査によって、引き続きイダルシズマブの有効性をモニタリングし、安全性を評価することが求められる」とまとめている。

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emicizumab、血友病A患者の出血リスクを87%低減/NEJM

 12歳以上の第VIII因子インヒビター保有の血友病A患者に対し、開発中のバイスペシフィック抗体emicizumab(ACE910)の週1回皮下投与は、年間出血イベントリスクを87%低減したことが報告された。ドイツ・ボン大学病院のJohannes Oldenburg氏らが、14ヵ国43ヵ所の医療機関を通じて行った第III相非盲検無作為化試験「HAVEN 1」の結果で、NEJM誌オンライン版2017年7月10日号で発表した。emicizumabは、第IX因子と第X因子を結び付けることで、血友病A患者に不足しており止血に必要な第VIII因子の機能を修復する。小規模ではあったが第I相試験で、インヒビター保有の有無を問わず血友病A患者において、出血の抑制効果が確認されており、今回の第III相試験では、第VIII因子インヒビター保有患者に対する週1回の予防投与を評価した。発症時バイパス止血製剤歴のある患者109例を対象に試験 研究グループは、発症時バイパス止血製剤歴のある12歳以上の第VIII因子インヒビター保有の血友病A患者(男性)109例(年齢中央値28歳)を対象に試験を行った。 被験者を無作為に2対1に割り付け、一方にはemicizumab(週1回、皮下投与)の予防投与を行い(グループA)、もう一方の群には予防投与を行わなかった(グループB)。 主要評価項目は、グループAとグループBの出血率の群間差だった。 なお被験者のうち、予防的バイパス止血製剤治療の既往者には、emicizumabによる予防投与が行われた(グループC)。週1回予防投与群では出血イベントなしが63% 年間出血率は、グループB(18例)が23.3件/年(95%信頼区間[CI]:12.3~43.9)に対し、グループA(35例)では2.9件/年(95%CI:1.7~5.0)と有意に低率であることが示された(群間差:87%、p<0.001)。 出血イベントが認められなかった被験者は、グループBでは1例(6%)だったのに対し、グループAでは22例(63%)であった。 また、主要評価の検討に組み入れられなかったグループC(49例)のうち24例の評価において、以前の予防的バイパス止血製剤治療に比べ、emicizumabの予防投与で出血率が79%低減したことが確認された(p<0.001)。 有害事象は全体で198例が報告された。そのうち103例がemicizumabの投与を受けた被験者で報告されたが、最も頻度の高かったのは注射部位反応(15%)であった。重篤有害事象の報告は9例12件が報告された。血栓性微小血管障害症と血栓症が主要解析で2例ずつ報告されている。いずれも破綻出血を呈し活性型プロトロンビン複合体製剤(PCC)の複数回投与を受けていた。抗薬物抗体の検出は報告されなかった。

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遺伝性出血性毛細血管拡張症〔HHT:hereditary hemorrhagic telangiectasia〕

1 疾患概要■ 概念と疫学血管新生に重要な役割を持つTGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子異常により、体のいろいろな部位に血管奇形が形成される疾患である。わが国では「オスラー病(Osler disease)」で知られているが、世界的には「遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)」の病名が使われる。常染色体優性遺伝をするため、子供には50%の確率で遺伝するが、世代を超えて遺伝することはない。その頻度は5,000~8,000人に1人とされ、世界中で認められる。性差はなく、年齢が上がるにつれ、ほぼ全例で何らかのHHTの症状を呈するようになる。■ 病状繰り返し、誘因なしに鼻出血が起り、特徴的な皮膚・粘膜の毛細血管拡張病変(telangiectasia)が鼻腔・口唇・舌・口腔・顔面・手指・四肢・体幹などの好発部位に認められ、脳・肺・肝臓の血管奇形による症状を呈することもある。消化管の毛細血管拡張病変から慢性の出血が起こる。鼻出血や慢性の消化管出血による鉄欠乏性貧血が認められる。脳の血管奇形(頻度10%)により、脳出血や痙攣が起こる。肺の動静脈奇形(頻度50%)により呼吸不全、胸腔内出血、喀血、右→左シャントによる奇異性塞栓症で脳膿瘍や脳梗塞が起こる。肝臓の血管奇形(頻度70%)が症候性になることは少ないが、高齢者、とくに後述の2型のHHTの女性では、心不全、胆道系の虚血、門脈圧亢進症を呈することがある。頻度は低いが、脊髄にも血管奇形が起こり(頻度1%)、出血による対麻痺や四肢麻痺を呈する。 原発性肺高血圧症や肝臓の血管奇形による高心拍出量による心不全から二次性の肺高血圧症をまれに合併する。HHTは知識と経験があれば、問診・視診・聴診のような古典的な診療で診断可能な疾患であり、まずはこの疾患を疑うことが肝要である。■ 病因と予後家族内の親子・兄弟に同じ病的遺伝子変異があっても、必ずしも同じ症状を呈するわけではない。現在までにわかっているHHTの原因遺伝子は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の3つであり、これら以外にも未知の遺伝子があるとされる。Endoglin変異によるHHTを1型(HHT1)といい、ACVRL1変異によるHHTを2型(HHT2)という。1型のHHTには、脳病変・肺病変が多く、2型のHHTには肝臓病変が多いが、1型に肝臓病変が、2型に脳病変・肺病変が認められることもある。遺伝子検査を行うと、1型と2型のHHTで約90%を占め、SMAD4遺伝子の変異は1%以下である。1型と2型の割合は地域・国によって異なり、わが国では1型が1.4倍多い。約10%で遺伝子変異を検出できないが、これは遺伝子変異がないという意味ではない。SMAD4遺伝子の変異によりHHTの症状に加え、若年性ポリポーシスを特徴とするため「juvenile polyposis(JP)/HHT複合症候群(JPHT)」と呼ばれる。このポリポーシスは発がん性が高いとされ、定期的な経過観察が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ HHTの臨床的診断基準2000年に提唱された臨床的診断基準(表)には、以下の4項目がある。(1)繰り返す鼻出血(2)粘膜・皮膚の毛細血管拡張病変(3)肺、脳・脊髄、肝臓などにある血管奇形と消化管の毛細血管拡張病変(4)第1度近親者(両親・兄弟姉妹・子供)の1人がHHTと診断されているこれら4項目のうち、3つ以上あると確診(definite)、2つで疑診(probable)、1つ以下では可能性は低い(unlikely)とされる。この診断基準は、16歳以上の患者に関しては、その信頼性は非常に高いが、小児では無症状のことが多いため使えない。画像を拡大する遺伝子検査は、Endoglin、ACVRL1、SMAD4遺伝子の変異の検査を行う。成人のHHTの確定診断に遺伝子検査は必ずしも必要なく、臨床的診断基準の3~4項目があれば確定する。遺伝子検査では、約10%に遺伝子変異はみつからないが、これによりHHTが否定された訳ではない。家族内で発端者の遺伝子変異がわかっている場合、遺伝子検査は、その家族、とくに無症状の小児の診断に有用である。発端者の既知遺伝子変異がその家族にない場合に、はじめてHHTが否定される。オスラー病の疑いまたは確定した患者に対して、肺、脳、肝臓のスクリーニング検査を行うことが勧められる。通常、消化管と脊髄のスクリーニング検査は行われない。臨床的診断基準で、家族歴と鼻出血または毛細血管拡張症の2項目でHHT疑いの場合、内臓病変のスクリーニング検査を行い、3項目にしてHHTの確診にする場合もある。■ 部位別の特徴1)肺動静脈奇形まず酸素飽和度を検査する。次にバブルを用いた心臓超音波検査で右→左シャントの有無の検査する。同時に肺高血圧のスクリーニングも行う。これで肺動静脈奇形が疑われれば、肺の非造影CT検査(thin slice 3mm以下)を行う。バブルを用いた心臓超音波検査では、6~7%の偽陽性があるため、超音波検査を行わず、最初から非造影CT検査を行う場合も多い。コイル塞栓術後の経過観察には造影CT検査や造影のMR検査を行う場合がある。肺高血圧(平均肺動脈圧>25mmHg)が疑われれば、心臓カテーテル検査が必要であり、原発性肺高血圧と二次性肺高血圧を鑑別する。2)脳動静脈奇形頭部MR検査(非造影検査と造影検査)を行う。MRアンギオグラフィーも行う。脳動静脈奇形や陳旧性の脳出血・脳梗塞も検査する。T1画像、T2画像、FLAIR画像、T2*画像を得る。造影T1画像は3方向thin sliceで撮像し、小さな脳動静脈奇形を検出する。通常、小児例では造影検査は行わない。3)脊髄動静脈奇形頻度が1%とされ、スクリーニング検査は行われない。検査をする場合、全脊髄のMR検査になる。4)肝臓血管奇形スクリーニング検査として、腹部超音波検査が勧められる。拡張した肝動脈や門脈、胆道系などを検査する。Dynamic CT検査で、動脈相と静脈相の2相の撮像を行えば、arterio-venous shunt、arterio-portal shuntの検出・鑑別が可能である。シャントがあると太い肝動脈(>10mm)が認められる。肝動脈を含め腹腔動脈に動脈瘤がしばしば認められる。Porto-venous shuntがあれば、脳MR検査のT1強調画像で、マンガンの沈着による基底核、とくに淡蒼球に左右対称性の高信号域が描出される。5)消化管病変通常、スクリーニング検査は行われない。上部消化管に毛細血管拡張病変が多い。上部消化管と下部消化管の検査にはファイバー内視鏡を用い、小腸の検査はカプセル内視鏡で行う。鼻出血の程度では説明できない高度の貧血がある場合には、消化管病変の検査を行う。中年以降の患者の場合、悪性腫瘍の合併の可能性も念頭において、その検査適応を考える。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)現時点では、HHTに対する根治的な治療はなく、種々の症状への対症療法が主となっている。1)鼻出血出血の予防に必ず効く方策はなく、どんな治療も対症療法であることを患者に説明する。エストロゲンやトラネキサム酸の内服、軟膏塗布、点鼻スプレーなどが試みられるが、トラネキサム酸以外の有用性は証明されていない。現実的には、通気による鼻粘膜の外傷をできるだけ減らすために、1日数回、鼻孔にワセリン軟膏を塗布し、湿潤(乾燥させない)が勧められる。抗VEGF薬のベバシズマブは国外で試されているが、その点鼻の効果は、生理的食塩水の点鼻と同じであった。外科的治療には、コブレーターやアルゴンレーザーによる焼灼法、鼻粘膜皮膚置換術、外鼻孔閉塞術が行われるが、どの治療も根治性はない。出血時の対応法として、通常の鼻出血ではボスミンガーゼ挿入が効果的であるが、HHTでは病変の血管が異常なためボスミンガーゼ挿入にはあまり効果がなく、逆にガーゼの抜去時に再出血を惹起するので勧められない。出血側の鼻翼を指で外から圧迫するのが効果的とされ、それでも止血できない場合、サージセルなどを挿入し、止血する。鼻出血による鉄欠乏性貧血には、鉄剤を内服投与し、内服できない場合は静注投与する。鼻出血が継続する限り、データ上、貧血が改善しても、鉄剤投与の継続が必要である。悪心・吐気などの消化器症状の少ない経口鉄剤(商品名:リオナ)が最近認可された。高度貧血には積極的な輸血を行う。心不全があれば、高度の貧血はさらに心不全を悪化させる。定期的な血液検査で貧血のチェックが必要である。2)脳動静脈奇形無症候性の脳動静脈奇形の侵襲的治療に否定的な研究結果(ARUBA study)が報告されて以来、脳動静脈奇形の治療は症例ごとに検討されるようになった。MR検査で、脳動静脈奇形が認められれば、カテーテルによる脳血管撮影が行われ、詳細な検討を行い、治療戦略を練る。治療方法には、開頭による外科的摘出術・カテーテル塞栓術・定位放射線療法がある。HHTにおける脳動静脈奇形の出血率は、非HHTの脳動静脈奇形よりも低いとされ、自然歴やそれぞれの治療に伴うリスクを鑑み、治療方針を立てる。3)肺動静脈奇形栄養動脈が径3.0mm以上の場合、コイルや血管プラグを用いた塞栓術が第1選択となる。3.0mmより小さい病変でも、治療が可能な場合は、塞栓術の対象とされる。塞栓術においてはシャント部の閉塞が必要であり、栄養動脈の近位塞栓を避ける。非常に大きな病変や複雑な構造の病変で、塞栓術に適さない場合は外科的な切除術が選択される。治療後は、5年に1度、CT検査で経過をみる。妊娠する可能性のある女性は、妊娠前のコイル塞栓術が強く勧められる。スキューバ・ダイビングは禁忌とされ、肺動静脈奇形の治療後も勧められない。4)肝臓血管奇形塞栓術は適応とならず、逆にリスクが大きく禁忌である。症候性の心不全・胆道系の虚血・門脈圧亢進症などは、利尿剤など積極的な内科的管理が行われる。内科的治療が、困難な状況では、肝移植が考慮される。5)消化管病変予防的な治療は行わない。出血例では、内視鏡下でアルゴンプラズマ凝固(APC)が行われる。高度貧血には積極的な輸血を行う。4 今後の展望HHTは、その認知度が低いため、診断・治療が遅れることが多い。本症は常染色体優性遺伝し、年齢とともに必ず発症するが、スクリーニングにより脳と肺病変は発症前に対応ができる病変でもある。この疾患の認知度を上げることが重要であり、さらに国内での診療体制の整備、公的助成の拡充が必要とされる。遺伝子検査は、2020年から保険収載されたが、検査が可能な施設は限定されている。将来的には、発症を遅らせる・発症させない治療も期待される。TGF-β/BMPシグナル経路の遺伝子変異により血管新生に異常が起こる疾患であり、抗血管新生薬のベバシズマブの効果が期待されているが、副作用の中には重篤なものもあり、これらのHHTへの適応が模索されている。同様に抗血管新生のメカニズムの薬剤であるサリドマイドの限定的な投与も考えられる。5 主たる診療科疾患の特殊性から、単一の診療科でHHT診療を行うことは困難である。したがって複数科の専門家による治療チームが担当し、その間にコーディネーターが存在するのが理想的であるが、現実的には少ない診療科による診療が行われることが多い。そのなかでも脳神経外科、放射線科、呼吸器内科、耳鼻咽喉科、循環器内科、小児科、遺伝子カウンセラーなどが窓口になっている施設が多い。HHT JAPAN (日本HHT研究会)では、HHTを診察・加療を行っている国内の47施設をweb上で公開している。HHTの多岐にわたる症状に必ずしも対応できる施設ばかりではないが、その場合は、窓口になっている診療科から、症状に見合う他の診療科・他院へ紹介することになっている。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療・研究情報難病情報センター:オスラー病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)小児慢性特定疾患情報センター:遺伝性出血性末梢血管拡張症(オスラー病)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)HHT JAPAN (日本HHT研究会)(医療従事者向けのまとまった情報)脳血管奇形・血管障害・血管腫のホームページ(筆者のホームページ)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)オスラー病のガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報日本オスラー病患者会(患者とその家族および支援者の会)公開履歴初回2017年07月11日更新2022年01月27日

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遺伝性血管性浮腫〔HAE:Hereditary angioedema〕

1 疾患概要■ 概念・定義遺伝性血管性浮腫(HAE)は、顔面や四肢、腸管や喉頭など全身のさまざまな部位に突発性、一過性の浮腫を生じる遺伝性疾患である。気道閉塞や激烈な腹痛を生じて重篤になりうるため希少疾患ではあるが見逃してはならない。従来、C1インヒビター(C1-INH)遺伝子異常によるHAE I型、II型が知られていたが、2000年にC1-INH遺伝子に異常を認めないHAE with normal C1-INH(HAEnC1-INHあるいはHAE III型)が報告された。HAEは常染色体優性遺伝形式をとるが、HAE III型では浸透率が低く、しかも発症するのはほとんど女性である。またHAE I/II型では家族歴のない孤発例も25%で認められる。孤発例はde novoの遺伝子異常症である1)。HAEにみられる突発性浮腫の本態は、これらの遺伝子異常の結果、産生が亢進したブラジキニンなどの炎症メディエーターによって血管透過性が亢進することがある。古くから知られた疾患であるがまれな疾患であり、気付かれにくく診断に難渋することが多い。2010年に「遺伝性血管性浮腫ガイドライン2010」が補体研究会(現 一般社団法人 日本補体学会)から発表され2)、2014年に改訂された3)。HAEの診断、鑑別、症状別の治療方針について系統的に記載されたわが国で初めてのガイドラインである。■ 疫学HAE I/II型は人種を問わず5万人に1人とする報告が多い。HAE III型は10万人に1人程度と考えられている。いずれもすべての人種で報告されている。■ 病因HAEはその病因から3つの型に分類される。I型常染色体優性の遺伝形式をとり、C1-INHの活性、タンパク量ともに低下している。HAE全体の約85%を占める。II型常染色体優性の遺伝形式をとり、C1-INHの活性中心のアミノ酸変異による機能異常である。C1-INH活性は低下するが、タンパク量は低下しない。HAEの約15%を占める。III型遺伝性であるがほとんど女性に発症する。病態の詳細は不明であるが、一部の症例に凝固XII因子の変異を認める。C1-INHの活性、タンパク量ともに正常である。HAEのほとんどを占めるI型、II型の原因は、遺伝子変異によるC1-INHの機能低下である。I型、II型ならびにIII型の中で凝固XII因子の変異がある場合は、最終的にブラジキニンの産生が亢進する。その結果、血管透過性が亢進し、血管外に水分が漏出、貯留して浮腫が生じるが、この浮腫は数日で消失する。III型で凝固XII因子の異常を認めない場合の病因は不明である。■ 症状24時間で最大となり数日で自然に消褪する発作を繰り返す。10~20歳代に初発することが多い。I~III型まで報告されているHAEの特徴を、表に示す4)。いずれの病型も発現する症状はほぼ同じである。風邪、外傷、歯科治療、精神的ストレス、疲労などが誘因になりやすいが、何の誘因もない症例も多い。浮腫発作がないときには、健康人と何ら変わりはない。画像を拡大する1)皮膚症状眼瞼、口唇、四肢に発作性に浮腫を生じやすいが、ほかにもあらゆる場所に生じうる。浮腫を起こした皮膚表面は、赤みをごく軽度に帯びることはあっても蕁麻疹などのように明瞭な皮疹は伴わない。発作初期に罹患部がピリピリすることはあるが痛みやかゆみはない。2)消化器症状嘔気、嘔吐、下痢、腹痛などがあるが、なかでも腹痛は激烈である。炎症性疾患とは異なり、筋性防御はなく腹部エコーやCT所見で浮腫を認める。3)喉頭浮腫嚥下困難、喉の詰まり感、嗄声や声が出ないなどの声の変化、息苦しさを呈するが、進行すると呼吸困難、窒息になる。■ 予後喉頭浮腫を生じているにもかかわらず、適切に治療されなかった場合の致死率は30%とされる。その他の症候は予後良好である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 診断基準1)突発性の浮腫2)補体C4の低下、C1-INH活性の低下3)家族歴以上の3つがあればHAE I型あるいはII型(HAE I/II型)と診断できる。C1-INHタンパク質量が低下していればHAE I型、正常または増加していればHAE II型である。1)と3)のみの場合、HAE III型と診断しうる。1)と2)のみの場合HAE I/II型の孤発例か後天性血管性浮腫である。血清C1qタンパク質定量(保険適用外)が低値であれば後天性とされているが、HAEの場合でも低値を示すことがある。4)確定診断のためには遺伝子解析が有用である。確定診断のためにはC1-INH遺伝子(SERPING1)異常の同定が望ましい。HAE III型の一部では凝固XII因子遺伝子異常が報告されているが、わが国での報告はない。HAE III型は今後の研究の進展に伴って疾患概念が変化する可能性がある。5)診断の参考となるアルゴリズムを提示する(図)1)。画像を拡大する■ 検査1)HAEを疑った際にはまず補体C4濃度を測定する。発作時には100%、発作がないときでも98%の検体で基準値を下回る。2)C1-INH活性は発作時であるか否かにかかわらず50%未満となるため診断に最も有用である。保険適用である。3)C1-INHタンパク質定量はHAE I型、II型を区別する場合に施行するが、保険適用ではない。4)HAE I/II型ではSERPING1遺伝子のヘテロ変異を認める。5)HAE III型の一部には凝固XII因子の遺伝子異常を認めるが、それ以外には診断に役立つ検査はない。■ 鑑別診断突発性浮腫を呈するほかの疾患との鑑別が重要である。1)アレルギー性血管性浮腫蕁麻疹を伴い、原因はペニシリンなどの薬剤や卵、小麦などの食物、化学物質に対するIgEを介したアレルギー機序である。2)後天性血管性浮腫思春期発症が多いHAEと異なり40歳以降に初発することが多い。悪性腫瘍、自己免疫によるC1-INHの消費が原因である。3)非アレルギー性薬剤性血管性浮腫アスピリンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では、COX阻害により浮腫を生じる。ACE阻害薬内服患者の0.1~0.5%に生じるとされる。4)物理的刺激による血管性浮腫温熱、寒冷、振動、日光曝露などの物理的刺激で生じる。5)好酸球増多を伴う好酸球性血管性浮腫末梢血の好酸球増多、繰り返す浮腫と発熱、蕁麻疹、体重増加とIgM増加を伴う。まれ。6)特発性浮腫原因不明である。血管性浮腫の半数近くを占め、最も頻度が高い。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)発作出現時の治療と発作の予防の2つに分けられる。1)発作時の治療世界的にはC1-INH製剤、ブラジキニンB2受容体拮抗薬、カリクレイン阻害薬の3系統が存在するが、わが国では2017年6月現在ヒト血漿由来C1-INH製剤である乾燥濃縮人C1インアクチベーター製剤(商品名:ベリナートP静注)のみ保険適用である。顔面、頸部、喉頭、腹部の発作には積極的に投与する。2)短期予防あらかじめ処置や手術がわかっているときの発作予防である。ベリナートPが1990年にわが国で承認されて以来、効能・効果は「遺伝性血管性浮腫の急性発作」のみであった。しかしながら、侵襲を伴う処置に対する発作予防の必要性が認められ、2017年3月ベリナートPの効能・効果に「侵襲を伴う処置による遺伝性血管性浮腫の急性発作の発症抑制」が追加された。(1)歯科治療(侵襲が小さい場合)C1-INH製剤の準備のうえならば予防投与は必要ない。(2)歯科治療(侵襲が大きい場合)、外科手術などの大ストレス時手術の1時間前にC1-INH製剤の補充を行う。3)長期予防1ヵ月に1回以上あるいは1ヵ月に5日以上の発作がある場合、または喉頭浮腫の既往がある場合には、次の治療を検討する。(1)トラネキサム酸(同:トランサミン)30~50mg/kg/日を1日2~3回に分けて服用する。そのほか、長期の発作予防には抗プラスミン作用を期待してトラネキサム酸が用いられるが、効果は限定的である。(2)ダナゾール(同:ボンゾール)蛋白同化ホルモンであるダナゾールも用いられる。2.5mg/kg/日(最大200mg/日)を1ヵ月、もし無効ならば300mgを1ヵ月、さらに無効ならば400mg/日を1ヵ月投与する。有効であれば、その後1ヵ月ごとに半量に軽減し50mg/日連日か100mg/日隔日まで減量する。副作用として肝障害、高血糖、多毛、男性化には注意が必要である。ただし保険適用はない。(3)C1-INH製剤(C1エステラーゼ阻害剤)欧米ではヒト血漿由来のCinryzeの予防投与(週2回、静注)が認められているが、わが国では未承認である。4 今後の展望HAEの早期発見、早期治療のためには、関連診療科医師へのさらなる啓発活動が重要である。また、HAEのような希少疾患では、1人でも多くの患者情報を正確に収集し、病態の把握や診断基準の作成に役立てる必要がある。欧米では、すでにいくつかの登録システムが稼働しているように、わが国においても患者レジストリーの構築が不可欠である。現在、NPO法人 血管性浮腫情報センターと、一般社団法人 日本補体学会の協力をもとにレジストリーの構築が進められている。薬剤治療法については、従来から存在するヒト血漿由来C1-INH製剤に加えて、最近の10年間で遺伝子組換えヒトC1-INH製剤、ブラジキニンB2受容体拮抗薬、カリクレイン阻害薬が次々と登場してきた。わが国ではヒト血漿由来C1-INH製剤ベリナートPのみがHAEへの保険適用を認められているに過ぎないが、これらの薬剤のHAEへの承認へ向けた臨床試験が進められている。とくに新しい経口のHAE治療薬開発の進展が期待されている。5 主たる診療科内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、小児科、救命救急科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報NPO法人 血管性浮腫情報センター(CREATE)(医療従事者向けのまとまった情報)一般社団法人 日本補体学会HAEサイト(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報HAE患者会「くみーむ」(HAE患者と家族への情報)その他の情報腫れ・腹痛ナビ(医療従事者向け)腫れ・腹痛ナビ(患者さん向け)1)堀内孝彦. 遺伝性血管性浮腫(HAE). In:日本免疫不全症研究会編. 原発性免疫不全症候群 診療の手引き. 診断と治療社; 2017.p.130-135.2)Horiuchi T, et al. Allergol Int. 2012;61:559-562.3)堀内孝彦ほか. 補体. 2014;52:24-30.4)堀内孝彦. 医学のあゆみ. 2016;258:861-866.公開履歴初回2017年6月27日

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ある日の救急外来【Dr. 中島の 新・徒然草】(164)

百六十四の段 ある日の救急外来年度末の土曜日のこと。夕方に救急外来をのぞくと、患者さんやその御家族でごったがえしていました。当院では、研修医2名が1・2次救急のファーストタッチを担当しています。日直から当直への交代時間はとうに過ぎたはずですが、研修医4名が、ショックバイタルの下血患者さんをはじめとした数名の救急患者さんに対応していました。中島「とにかくバイタルを何とかしろ!」研修医「はい」なんと言っても最重症は下血の患者さん。4人とも表情はテンパっていましたが、内視鏡オンコール医の「すぐ行くから腹部造影CTをやっといてくれ」を目標にして、何とか輸液と輸血でバイタルの立て直しを図っていました。そうこうしているうちにレジデントが応援に駆けつけ、ようやく血圧が100を超え始めました。このチャンスを逃さず、すかさず造影CTへ向かいます。残念ながらほかに用事があったので、私が見ることができたのはここまででした。翌朝、その後の経過を電子カルテで確認しました。造影CTでは、上行結腸から肝彎曲部の腸管内出血が疑われたようです。駆けつけた内視鏡オンコール医が大腸内視鏡で出血点を確認し、クリップ3つで止血に成功し、うまく救命することができました。この患者さんに人手を取られた結果、待たされたほかの患者さんから、いささか不平不満が出たようです。怒っている人ほど医学的には後回しになりがち、というのはよくある救急外来の景色。ただひたすらに頭を下げるのみです。年度末のこの時期、いつも研修管理委員会で問題になるのが、研修医の修了認定。内外の委員から「彼女の社会人としての資質はどうなのか?」「彼は患者さんやほかの職員に対する態度がなっていない」などと言われがちです。しかし、今回の救急室での対応を見るかぎり、合格点をあげてもいいのではないかと思いました。巣立っていく彼らの未来に幸多きことを祈ります。最後に1句出血の ショックを凌いで さあCT! 

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アブレーション周術期の抗凝固、ダビガトランが有用/NEJM

 心房細動(AF)へのカテーテルアブレーション周術期の抗凝固療法において、ダビガトランの継続投与はワルファリンに比べ大出血イベントの発生が少ないことが、米国・ジョンズ・ホプキンス医学研究所のHugh Calkins氏らが行ったRE-CIRCUIT試験で示された。脳卒中や全身性塞栓症は発現しなかったという。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2017年3月19日号に掲載された。ダビガトランなどの非ビタミンK拮抗経口抗凝固薬(NOAC)は、ワルファリンよりも安全性が優れる可能性が示唆されているが、これを検証したデータはこれまでなかった。635例で大出血を評価する無作為化試験 本研究は、日本を含む11ヵ国104施設が参加する非盲検無作為化対照比較試験であり、2015年4月~2016年7月に患者登録が行われた(Boehringer Ingelheim社の助成による)。 カテーテルアブレーションが予定されている発作性および持続性の非弁膜症性AF患者が、2つの抗凝固薬に無作為に割り付けられた。このうち実際にアブレーションを受けた635例(ダビガトラン群:317例、ワルファリン群:318例)が解析の対象となった。 ダビガトランは150mgを1日2回投与し、ワルファリンは国際標準化比(INR)2.0~3.0を目標値とした。アブレーションは4~8週間の継続的抗凝固療法後に施行され、アブレーション中および施行後8週間の継続的抗凝固療法が行われた。 主要評価項目は、アブレーション中および施行後8週間までの大出血の発生とし、副次評価項目には血栓塞栓症などの出血イベントが含まれた。大出血イベント:1.6 vs.6.9% ベースラインの平均年齢は、ダビガトラン群が59.1歳、ワルファリン群は59.3歳、男性がそれぞれ72.6%、77.0%を占めた。発作性AFが67.2%、68.9%であり、平均活性化全血凝固時間は330秒、342秒、平均CHA2DS2-VAScスコアは2.0、2.2であった。 アブレーション中および施行後8週間までの大出血イベントの発生率は、ダビガトラン群が1.6%(5例)と、ワルファリン群の6.9%(22例)に比べ有意に低かった(リスクの絶対差:-5.3%、95%信頼区間[CI]:-8.4~-2.2、p<0.001)。ダビガトラン群の相対的なリスク低下率は77.2%であった。Cox比例ハザード解析では、ハザード比(HR)は0.22(95%CI:0.08~0.59)だった。 ダビガトラン群は、大出血イベントのうち心膜タンポナーデ(1 vs.6件)および鼠径部血腫(0 vs.8件)が少なく、アブレーション中~施行後1週間の大出血(4 vs.17件)が少なかった。また、ダビガトラン群の大出血のうち、処置を要したのは心膜タンポナーデの4例(心膜ドレナージ)のみで、特異的中和薬イダルシズマブを要する患者はいなかった。 ダビガトラン群では脳卒中、全身性塞栓症、一過性脳虚血発作(TIA)は認めず、ワルファリン群ではTIAが1例にみられた。小出血イベントの頻度は両群でほぼ同等であった(ダビガトラン群:18.6%、ワルファリン群:17.0%)。また、大出血と血栓塞栓イベント(脳卒中、全身性塞栓症、TIA)の複合エンドポイントの発生率は、ダビガトラン群が低かった(1.6 vs.7.2%)。 重篤な有害事象は、ダビガトラン群の18.6%、ワルファリン群の22.2%にみられたが、致死的イベントは発現しなかった。重度有害事象はダビガトラン群で少なく(3.3 vs.6.2%)、投与中止の原因となった有害事象の頻度は両群とも低かった(5.6 vs.2.4%)。 著者は、「ダビガトランの大出血イベントの抑制作用は、より特異的な作用機序に関連する可能性があり、凝固因子産生の抑制作用よりも、直接的なトロンビン阻害作用によると考えられる」とし、「これらのアウトカムは、ダビガトランの有用性が示されたRE-LY試験の結果と一致する」と指摘している。

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凝固因子の補充は止血効果がないのか?(解説:今中 和人氏)-653

 かねてより、出血多量例ではFFPによる凝固因子を含む血清タンパクのまんべんない補充ではなく、特定の凝固因子の補充によって止血を図るべきだ、との考えが提唱され、凝固カスケードの最終ステップに位置するフィブリノゲン濃縮製剤が、とくに期待されてきた。心臓血管外科領域では、5年ほど前からこれに関する論文が散見されるようになったが、実は有効性・安全性の結論は見事にばらばらである。本論文は、人工心肺を使用するシンプルではない開心術で、人工心肺離脱後にそこそこ(5分間で60~250mL)の出血がみられた症例に対するフィブリノゲン製剤の無作為化二重盲検試験で、対象設定は妥当でありプロトコルは現実の臨床シナリオとかけ離れておらず、出血量評価や薬剤投与量などは類似の先行研究に倣い、有意差に必要な症例数を事前に試算した堅実な試験のはずだったが、なんとプラセボ対照にもかかわらず、有意な出血量削減効果がなく、出血再開胸も減らず、他の有害事象がやや増える、という理論的にも意外な結果となった。仔細に検討すると、生死に直結しかねない「大量出血」という事象を扱う臨床試験の難しさと限界が見え隠れする。 まず、二重盲検であることもあり、止血状態に対する外科医側の判断で、術中にプロトロンビン複合体製剤(本邦未承認)も投与されたケースがフィブリノゲン群に8%(対照群3%)あり、術後ICUに至っては対照群で17%、さらに悪いことにstudy drugであるフィブリノゲン製剤も10%もの患者に投与(量は不詳)されてしまったため、とくに術後のドレーン出血量や翌日の血清フィブリノゲン値は、有意差以前にもはや何をみているのか不明になってしまっている。 また、出血がある程度収まるまでは臨床試験どころではなく、ヘパリン中和から出血量評価までのタイミングは外科医次第とならざるを得ない。本論文ではかなり止血してから出血量を評価したのか、フィブリノゲン投与から閉胸まで平均4分、プラセボ群でも8分台で閉胸に移っている。これでは出血量が50mL vs.70mLと差が出ないのも当然であろう。もしこの短時間が、血清フィブリノゲン値測定(当院では15分内外だが)や、それに基づく薬剤準備に時間を要したせいであるなら、その間に外科医は局所止血剤や電気メスなどで止血に尽力するので、やはり薬物治療以前の議論になってしまう。 なお、人工心肺中の血清フィブリノゲン値は、血液希釈のために30%は低く出るので、出血がかさんでの低値とは一線を画すべきだし、残血を戻すことである程度上昇する。さらに、著者らの実績から2,200mLの術中出血を想定し、実験や先行研究からフィブリノゲン製剤による40%の出血量削減を見込んで症例数を設定したのに、かなり止血ができて、以降の出血量の計測(評価を行うまでの出血量は不問)になったためであろう、わずか20mLと有意差など遠く及ばない結果になった。入念な試験デザインが無になってしまったのは、過失どころか担当医が誠実に患者の止血に取り組んだためと思われ、筆者にも克服の妙案はないが、優れた薬剤が正しい評価を得る臨床研究に期待したい。 なお、フィブリノゲン濃縮製剤の本邦の保険適応は、先天性フィブリノゲン欠乏症に限定されている。

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NEJM誌は時に政策的、反トランプ的な米国エスタブリッシュメント層を代弁する立ち位置(解説:中川 義久 氏)-641

 市販後調査(PMS:Post Marketing Surveillance)は、医薬品や医療機器が販売された後に行われるもので、有効性・安全性の担保を図るために重要なものである。実際の医療現場では、医薬品や医療機器が治験の段階とは異なる状況下で使用されることもあり、治験では得られなかった効果や副作用が発生する可能性がある。しかし、企業のみによるPMSにはさまざまな問題点がある。現在、世界的には産官学の連携による市販後レジストリの構築が重要とされている。よくデザインされた質の高い市販後レジストリによって、迅速な安全対策の実施や患者治療の最適化につながる可能性があるからである。 今回、血管止血デバイスの1つであるMynxデバイスのPMSの結果がNEJM誌オンライン版2017年1月25日号に掲載された。この研究では、DELTAという前向きレジストリシステムを用いている。その結果、Mynxデバイスは、ほかの血管止血デバイスと比較して、全血管合併症のリスクが有意に増加していた。合併症の増加が有意であることが最初に認められた時点は、モニタリング開始後12ヵ月以内であったという。つまり、DELTAシステムを用いてPMSを施行することによって、早く医療機器の問題点を同定することが可能となったことを示した論文である。この論文のタイトルは「Registry-Based Prospective, Active Surveillance of Medical-Device Safety」となっており、血管止血デバイスを想起することは不可能な論文タイトルである。質の高い市販後レジストリシステムの有用性を示すことが主目的であり、血管止血デバイスはわかりやすい実例として紹介されているにすぎない。今後の日本におけるPMSの方向性が示唆される論文である。本論文内で具体的な政策提案をしているわけではないが、NEJM誌は時に政策的な論文を掲載する。NEJM誌は純粋に医学的な興味を越えた論文も積極的に扱うことを示した実例といえる。すでに、わが国でも産官学の連携によるJ-MACS(日本の補助人工心臓市販後レジストリ)や、TAVIレジストリなどの市販後レジストリが開始されていることも紹介しておく。 ここで、米国におけるNEJM誌の位置付けを考えてみたい。同誌はアイビー・リーグ(米国東部私立大学連合)に代表されるエスタブリッシュメント勢力を反映した医学雑誌である。ドナルド・トランプ氏は合衆国大統領に就任して以来、排外主義的な施策を実施し、波紋を投げかけている。ご存じのように、トランプ旋風を支えたのは反エスタブリッシュメント勢力である。NEJM誌オンライン版2017年2月1日号には「Denying Visas to Doctors in the United States」と題された一文が掲載されている。これは、米国で働く外国人医師へのビザ発給が拒否される懸念について述べたもので、相当に政治的な内容である。現場で医療を遂行していくには、政策との関わりなしには困難である。米国の医療関係者は政治的な立場を鮮明にして仕事を行っている。日本人医師は政治的にあまりに能天気なのであろうか。 自分は今、深夜にこの原稿を執筆している。まもなく明け方になろうか。2月初旬の奈良の冷え込んだ凛とした空気の中で思いつくままに書き散らしてみた。

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血管止血デバイスの安全性評価に有用な監視システム/NEJM

 DELTA(Data Extraction and Longitudinal Trend Analysis)と呼ばれる前向き臨床登録データサーベイランスシステムを用いた検証により、血管止血デバイスの1つであるMynxデバイスが、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の有害事象増加と関連しており、最初の1年以内で他の血管止血デバイスと有意差がみられることが明らかとなった。米国・Lahey Hospital and Medical CenterのFrederic S. Resnic氏らが、PCI後の有害事象増加が懸念されているデバイスの安全性モニタリングについて、DELTAシステムを用いた戦略が実現可能かを評価したCathPCI DELTA試験の結果、報告した。これまで、医療機器の市販後の安全性を保証する過程は、有害事象の自主報告に依存しており、安全性の評価と確認が不完全であった。NEJM誌オンライン版2017年1月25日号掲載の報告。Mynxデバイスの安全性に関する傾向スコア解析を実施 DELTAは、オープンソースのデータベース管理および統計解析ツールを結合する統合ソフトウェア・コンポーネントで、臨床登録と他の詳細な臨床データから安全性シグナルを前向きにモニターするサーベイランスシステムである。 研究グループは、DELTAシステムを使用し、CathPCI Registryに登録された患者を対象に、Mynxデバイスの安全性を他の承認済み血管止血デバイスと比較する傾向スコア解析を実施した(Mynxは、シースを抜く際に大腿動脈の穿刺部を、生体に吸収されるポリエチレングリコールで止血するデバイス)。 主要評価項目は、全血管合併症(穿刺部出血、穿刺部血腫、後腹膜出血、その他の処置を要する血管合併症)、副次評価項目は治療を要する穿刺部出血および施術後輸血であった。他の血管止血デバイスと比較し、Mynxデバイスで血管合併症リスクが有意に増加 2011年1月1日~2013年9月30日の間に、大腿部アプローチによるPCI後にMynxデバイスを使用した患者7万3,124例のデータが解析された。 Mynxデバイスは、他の血管止血デバイスと比較して、全血管合併症のリスクが有意に増加した(絶対リスク1.2% vs.0.8%、相対リスク:1.59、95%信頼区間[CI]:1.42~1.78、p<0.001)。同様に、穿刺部出血(同:0.4% vs.0.3%、1.34、1.10~1.62、p=0.001)、および輸血(1.8% vs.1.5%、1.23、1.13~1.34、p<0.001)も有意なリスク増加が確認された。 Mynxデバイスによる血管合併症に関する警告(増加が有意であることが最初に認められたこと)は、モニタリング開始後12ヵ月以内に発生した。相対リスクは、事前に定義した3つのサブグループ(糖尿病、70歳以上、女性)でより高かった。 FDAの指示により追加された2014年4月1日~2015年9月30日の間の別の4万8,992例を対象とした解析でも、すべての評価項目に関して最初の12ヵ月以内に警告が確認された。

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金子英弘のSHD intervention State of the Art 第7回

肺静脈隔離術後の抗凝固中止は脳梗塞リスク?今回はSHD interventionの話題からは少し離れますが、心房細動患者さんへの肺静脈隔離術後の脳梗塞リスクについて興味深い報告1)がJAMA Cardiology誌に掲載されましたのでご紹介します。肺静脈隔離術(Pulmonary vein isolation; PVI)は心房細動に対する標準的なアブレーション治療として確立されていますが、PVIが脳梗塞のリスクを軽減できるかについては明らかでありませんでした。本試験においては、PVI後に抗凝固療法を中止することに伴う脳梗塞リスクについて検討を行いました。対象は2006年1月から2012年12月までにスウェーデンのSwedish Catheter Ablation Registerに登録された合計1,585名の初回PVIが施行された心房細動症例(平均観察期間2.6年)です。抗凝固療法としてはワルファリンが用いられました。登録された1,585名のうち、73%は男性で平均年齢は59歳、CHAD2DS2-VAScスコアは平均1.5でした。1,175名が1年以上にわたってフォローされ、そのうち360名(31%)が1年以内にワルファリンを中止していました。その結果、CHAD2DS2-VAScスコアが2以上の症例ではワルファリン中止群でワルファリン継続群と比較して脳梗塞の発生率が上昇していました(1.6%/年 vs.0.3%/年、 p=0.046)。そしてCHAD2DS2-VAScスコアが2以上あるいは脳梗塞の既往がある症例ではワルファリン中止によって脳梗塞発症のハザード比がそれぞれハザード比4.6(p=0.02)、13.7(p=0.007)と上昇していました。 この結果から本論文では、ハイリスク症例においては心房細動に対するPVI後にワルファリンを中止することは安全ではないことが示唆されると述べられています。本連載でも心房細動症例における脳梗塞予防法である左心耳閉鎖術について取り上げたように、心房細動症例における脳梗塞予防は非常に大切です。もちろんPVIは心房細動の根治治療を目指す治療であり、脳梗塞予防だけが目的ではありません。しかしながらPVIが奏効した症例でもCHAD2DS2-VAScスコアが高い症例や脳梗塞の既往がある症例では抗凝固療法が中止できないとなると、今後の治療におけるdecision makingにも影響を及ぼす可能性があります。もちろん本研究は症例数・イベント数共に限られ、またレジストリ研究でもあることから、今回の結果のみから考察されることには限界があります。また、PVI治療後の心房細動再発の有無についても電気的除細動や再度のPVIなどの記録から判定していますので、ワルファリン中止群で心房細動の再発が見逃された結果として、多くの脳梗塞が発症した可能性もあります。一方で心房細動における脳梗塞予防を主眼においた場合には、現在、いくつかのヨーロッパの施設で試験的に行われているようにPVIと左心耳閉鎖術を一期的に行うというオプションも脳梗塞のハイリスク症例やPVI後の再発が予想される症例に対しては1つの現実的な選択肢かも知れません。また、本試験においてはPVI後の脳梗塞イベントが心房細動に伴う心原性脳梗塞であるかについても不明です。ワルファリンを中止した群での脳梗塞発生も1.6%/年であり、CHAD2DS2-VAScスコア2点以上の心房細動症例における脳梗塞の自然発生率2)を下回っています。したがってPVIが脳梗塞の抑制に無効だとはいえませんし、アテローム血栓性やラクナ梗塞など心原性以外のエチオロジーによるものだとすればPVIを行ってもこれらを予防することは出来ないのは当然です。一方でワルファリンは、血小板活性化因子であるトロンビンの産生を抑制しますので、抗凝固作用だけでなく、血小板凝集に対し抑制的に働く、と考えることができます。また、心原性脳梗塞だけでなく、非心原性脳梗塞に対する有用性も報告されていますので、3)、ワルファリン投与により心原性以外の脳梗塞が予防され、今回のような結果が導かれた可能性があります。議論が少し飛躍しますが、このようなことを考えた時にWatchman(R)(ボストン・サイエンティフィック社)を用いた左心耳閉鎖術後にバイアスピリンを永年継続させるというPROTECT-AF試験のプロトコールは「良い落としどころ」なのかも知れません。今後、さらに高齢化が進むことが予想される先進国において、心房細動症例における脳梗塞の予防はきわめて大きなテーマです。Watchman(R)の日本への導入機運も高まる中で、本論文を含めて、心原性脳梗塞のトータルマネージメントについて考えることが重要になってくると考えています。1)Sjalander S, et al. JAMA Cardiol. 2016 Nov 23. [Epub ahead of print]2)Lip GY, et al. Stroke. 2010 Dec;41(12):2731-27383)Mohr JP, et al. N Engl J Med. 2001;345:1444-1451.

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