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世界銀行の推定によると2019年には世界人口の10人に1人近く(8.4%)が極度の貧困の指標である1日当たり2.15ドル未満での暮らしを強いられていました1)。また、今や世界人口の70%を占める“中の上”(upper middle-income)所得国の人々の貧困の指標である1日当たり6.85ドル未満での生活を強いられている人の割合は世界の半数ほどの47%にも上ります。新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)の流行で貧困層は拡大し、世界の極度の貧困者数は2020年に1億人近く(9,700万人超)増えたと推定されています。貧困を減らして治安を守る取り組みの1つとして100を超える低~中所得国が過去20年間に個人や家庭への現金給付を行いました。コロナ流行中に現金給付の裾野はさらに広がりました。世界銀行の昨年(2022年)2月の報告によると203ヵ国での962種類の現金給付のうち672の取り組みはコロナ流行中に新たに導入されたものであり、世界人口の実に17%に相当する13.6億人がコロナ流行中に現金給付を受け取ったと推定されています。政府が運営する大規模な現金給付は貧困の減少に成功し、受給者の経済的自立、就学、小児の栄養、女性の地位向上、保健サービス使用の改善をもたらしています。また、現金給付の導入で新たな感染症が減ったこともいくつかの試験で示されています。現金給付のそういった数々の効果が明らかになっている一方で究極の転帰である死亡率への効果はあまりはっきりしていません。そこで米国・ペンシルバニア大学のチームは低~中所得の37ヵ国の2000~19年の小児や成人700万人超の記録を使って現金給付の死亡率への影響を検討しました2,3)。それら37ヵ国のうち29ヵ国はサハラ以南のアフリカ、3ヵ国はラテンアメリカとカリブ諸国、4ヵ国はアジアパシフィック地域、1ヵ国は北アフリカに位置します。調査期間に成人約433万人(432万5,484人)と小児約287万人(286万7,940人)のうちそれぞれ約13万人(12万6,714人)と約16万人(16万2,488人)が死亡し、解析の結果、現金給付は成人女性の死亡率の20%低下、5歳未満小児の死亡率の8%低下と関連しました。現金をよりあまねく給付することやより高額を給付することは死亡率の一層の低下をもたらしました。現金給付と死亡率低下の関連が男性に認められず女性に限られたのは妊娠関連死亡の大幅な低下が主な要因でした。今回の解析で認められた幼い小児の死亡率低下も加味すると現金給付による貧困の減少は若い家族をとりわけ助けるのでしょう。現金給付などの貧困防止の取り組みで世間の人々の健康を改善して死亡を減らしうることを今回の解析は裏付けています。参考1)Half of the global population lives on less than US$6.85 per person per day / World Bank2)Richterman A et al. Nature. 2023 May 31. [Epub ahead of print]3)Social science: Cash transfer programmes reduce risk of death in low- and middle-income countries / Nature