2151.
ひとしきり新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染(COVID-19)を済ませるかワクチンを接種すればあとは大丈夫というわけではなさそうなことが示されつつあります。南アフリカで見つかった変異株は備わった免疫をかわしうるSARS-CoV-2変異株のうち南アフリカで去年遅くに見つかった501Y.V2は最も懸念されています1)。501Y.V2は免疫系の主な狙い所であるスパイクタンパクに多くの変異を有し、厄介なことにそれらの変異のいくつかは抗体を効き難くします。南アフリカの生物情報学者Tulio de Oliveira氏やウイルス学者Alex Sigal氏等は、同国で501Y.V2が急に広まったことへのその免疫回避の寄与を調べるべく、感染者から単離した501Y.V2を他のSARS-CoV-2感染を経た6人の血清と相見えさせました2,3)。感染を経た人の血清にはウイルスを中和、すなわち阻止する抗体が主に備わっています。検討の結果、感染者血清の501Y.V2の中和活性はより初期の感染流行で出回ったSARS-CoV-2の中和活性に比べてだいぶ劣りました。SARS-CoV-2そのものではなくその代理ウイルス(pseudovirus)を使った別の研究でも501Y.V2変異が中和活性を妨げうることが示されています4)。代理ウイルスはSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を使って細胞に侵入するように加工したHIVです1)。南アフリカのヨハネスブルクのウイルス学者Penny Moore氏のチームは501Y.V2の変異一揃いを持つ代理ウイルスと感染者検体(血清/血漿)をde Oliveira氏等の試験と同様に相見えさせました4)。その結果、44の感染者検体のうち約半数(48%;21/44人)は501Y.V2変異代理ウイルスを中和できませんでした。南アフリカでは501Y.V2の再感染がすでに確認されています1)。COVID-19が席巻した地域でその変異株が広まるのは先立つ感染で人々に備わった免疫を切り抜けうることを後ろ盾としていることはかなり確かになりつつあるようです1)。mRNAワクチンは定期的な手入れが必要かもしれないSARS-CoV-2のスパイクタンパク質を作るmRNAを成分とするPfizer/BioNTechやModernaのワクチン(mRNA-1273やBNT162b2)が計画通り2回接種された20人の血液を調べたところスパイクタンパク質受容体結合領域(RBD)へのIgMやIgG抗体は先立つ報告と同様に豊富で、COVID-19を経た人と同等のSARS-CoV-2細胞侵入阻止(中和)活性やRBD特異的メモリーB細胞量を備えていました5,6)。しかし、英国や南アメリカで見つかって広まるスパイクタンパク質変異・E484K、N501Y、K417N:E484K:N501Yを擁するSARS-CoV-2変異株へのワクチン接種者血漿の中和活性は劣りました。それに、ワクチン接種者に備わった最も強力なモノクローナル抗体一揃いの大部分(17のうち14)の中和活性はE484K、N501Y、K417N:E484K:N501Yで減じるか消失しました。英国ケンブリッジ大学のウイルス学者Ravindra Gupta氏が率いた別の研究でも、BNT162b2ワクチンが1回接種された後の血清は英国で見つかった変異株B.1.1.7のスパイクタンパク質変異に効き難いことが示されています7)。この研究に血清を提供した人はほとんどが高齢者で年齢の中央値は82歳でした。一方、BNT162b2を生み出したドイツのバイオテクノロジー企業BioNTechのチームの検討では変異の有意な影響はみられず、BNT162b2が2回接種された16人から採取した血清はB.1.1.7の変異スパイクタンパク質を纏った代理ウイルスを対照ウイルスとほぼ変わらず中和しました8)。血清を提供した16人のうち8人は比較的若く18~55歳、あとの8人はより高齢で56~85歳です。いずれにせよそれらはいずれも試験管研究であり、実際(real life)はどうかを調べる必要があるとGupta氏は言っています7)。変異はいまのところワクチンの予防効果に差し支えないかもしれないが、備わった抗体が減ってきたら影響があるかもしれません。また、SARS-CoV-2感染予防mRNAワクチンはインフルエンザワクチンがそうであるように効果を保つために定期的な手入れが必要かもしれません5)。[追記] その予想どおり、南アフリカで見つかった変異株(南ア変異株)を標的とする新たなCOVID-19ワクチンの開発にModerna社が早くも着手しています(プレスリリース)。すでに世界で接種され始めたmRNA-1273が南ア変異株に弱いらしいことが接種者血清と代理ウイルスを使った実験(bioRxiv. January 25, 2021)で示されたからです。実験の結果、mRNA-1273が臨床試験で2回投与された8人(18~55歳)の血清は南ア変異株の変異スパイクタンパク質を纏った代理ウイルスを中和し、その抗体活性は感染防御に必要な水準を恐らく満たしていたものの低めでした(対照ウイルス中和活性の6分の1)。その結果を受けてModerna社は南ア変異株を専門とするワクチン候補mRNA-1273.351の開発に着手しており、前臨床試験が始まります。また、Modernaの現在のワクチン接種は2回ですが、さらに多く接種したときの中和活性増強を調べる第I相試験も始まります。イスラエルでPfizerのCOVID-19ワクチン1回目接種が感染の3割を防いだCOVID-19ワクチンのこれからは別にして、世界に出回り始めた現在のワクチン普及の効果の一端がイスラエルから発表されました。イスラエルはアラブ首長国連邦と並んでワクチン接種率が世界で最も高く、両国とも人口のおよそ4分の1を占める200万人超が接種を済ませています9)。イスラエルの今回の解析ではPfizer/BioNTechのワクチンBNT162b2が接種された60歳超高齢者20万人と非接種20万人が比較されました。その結果、2回接種が必要なそのワクチンの1回目を済ませてから2週間後の検査陽性(感染)率は非接種者より33%低いことが示されました。もう何週間かすると2回目の接種を済ませた人が揃ってさらに確かな結果が判明します9)。今回のひとまずの結果を受け、BNT162b2の1回目接種後の感染阻止効果は思ったより低いようだとイスラエル最大の医療団体Clalit Health Servicesの疫学者Ran Balicer氏は言っています10)。参考1)Fast-spreading COVID variant can elude immune responses / Nature 2)Escape of SARS-CoV-2 501Y.V2 variants from neutralization by convalescent plasm.medRxiv. January 21, 20213)New Covid-19 501Y.V2 variant escapes antibodies / Africa Health Research Institute 4)SARS-CoV-2 501Y.V2 escapes neutralization by South African COVID-19 donor plasma. bioRxiv. January 19, 20215)mRNA vaccine-elicited antibodies to SARS-CoV-2 and circulating variants. bioRxiv. January 19, 2021. 6)COVID vaccines might lose potency against new viral variants / Nature 7)Impact of SARS-CoV-2 B.1.1.7 Spike variant on neutralisation potency of sera from individuals vaccinated with Pfizer vaccine BNT162b2. medRxiv. January 20, 20218)Neutralization of SARS-CoV-2 lineage B.1.1.7 pseudovirus by BNT162b2 vaccine-elicited human sera. bioRxiv. January 19, 20219)Are COVID vaccination programmes working? Scientists seek first clues / Nature10)Single Covid vaccine dose in Israel 'less effective than we thought' / Guardian