761.
「精神疾患の治療開発」のスタディ・グループでは、従来のパラダイムにとらわれず新しい発想で効果的な精神疾患の治療開発を目指している。第22回日本臨床精神神経薬理学会・第42回日本神経精神薬理学会合同年会にて、橋本恵理氏(札幌医科大学医学部神経精神医学講座)の司会のもと、4名が新しい精神疾患の治療の取り組みについて紹介した。PAK阻害薬によるグルタミン酸シグナルの阻害林(高木)朗子氏(東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター構造生理学部門)は、グルタミン酸シグナルの阻害によるシナプス保護の観点から新薬開発の可能性を紹介した。大脳皮質の70%のシナプスが樹状突起棘(スパイン)であり、そのほとんどがグルタミン酸作動性シナプスである。死後脳の剖検から、統合失調症患者では背外側前頭前野や聴覚野、海馬台ではスパイン密度が減少しており、また多くの統合失調症関連遺伝子がグルタミン酸作動性シナプスに局在していることが報告されている。記憶や認知、適応をもたらす細胞基盤はシナプスの可塑性であり、シナプスの機能はその形態と著しく相関しているため、形態(サイズ)から機能を評価することができる。林氏らはDISC1遺伝子をノックアウトすることによりスパインサイズが減少し、NMDA受容体によるRac1/PAK1シグナル伝達経路が過剰に活性化されることを明らかにした(Hayashi-Takagi A, et al. Nat Neurosci. 2010; 13: 327-332)。次いで林氏らは、PAK阻害薬のスパインに対する効果を検討したところ、PAK阻害薬はDISCノックダウンによるスパイン消滅を予防し、スパインサイズを回復することが示された(Hayashi-Takagi A投稿中)。さらに、PAK阻害薬の他の機能に及ぼす影響についても検討を進めている。また、統合失調症患者では発症前後で前頭野皮質が強い収縮を示し(Sun D, et al. Schizophr Res. 2009; 108: 85-92)、疾患の進行過程でグルタミン酸レベルが低下することが知られている(Theberge J, et al. Br J Psychiatry. 2007;191:325-334)。林氏は最後に、マウスで脳のスパインの形態変化を顕微鏡下で直接観察するというin vivoスパインイメージングの動物モデルの開発について紹介した。精神疾患の炎症モデルからみたミノサイクリンの治療への応用統合失調症患者では炎症性サイトカインの亢進が認められ、神経炎症機序が関与していることが指摘されている(Meyer U. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2011 Nov 15, Epub)。また、中枢神経系の炎症の機序にはミクログリアが深く関わり、発症から5年以内の統合失調症患者ではミクログリア活性化が認められる(van Berckel BN, Biol Psychiatry. 2008;64:820-822)。橋本謙二氏(千葉大学社会精神保健教育研究センター病態解析研究部門)は、第二世代抗生物質製剤であるミノサイクリンが、ミクログリアの活性化を強力に抑制することに着目し、統合失調症治療への応用について紹介した。統合失調症のマウスモデルでミノサイクリンの効果を検討したところ、ジソシルピンにより惹起されるプレパルスインヒビション(PPI)の障害や、フェンサイクリジンによる統合失調症様の認知機能障害を抑制することが示された。さらに橋本氏は、ミノサイクリンが脳神経にアミロイドβ蛋白を蓄積させるγセクレターゼの活性をコントロールする5-リポキシゲナーゼを阻害し、アルツハイマー型認知症の発症を抑制する可能性にも言及した(Hashimoto K. Ann Neurol. 2011; 69: 739)。カルボニルストレスの代謝制御による統合失調症の治療酸化ストレスが加わるとカルボニル化合物であるメチルグリオキサール(MG)が生成し、このMGを消去するために、グリオキシラーゼ(GLO)解毒回路が働く。この解毒回路にもれたMGはメイラード反応によって終末糖化産物(AGEs)となる。AGEsはビタミンB6(カルボニル・スカベンジャー)により補足されて分解される。AGEsが体内に蓄積する状態をカルボニルストレスといい、動脈硬化の進展や糖尿病合併症との関連で着目されていたが、糸川昌成氏(東京都医学総合研究所精神行動医学研究分野)らは、この病態を標的とした統合失調症の新しい治療の可能性を紹介した。糸川氏らは、統合失調症患者で解毒酵素のGOL1にフレームシフト変異を発見し、その患者ではAGEsの蓄積と、それに伴うビタミンB6の枯渇が認められたことから、統合失調症患者のなかで、AGEs蓄積と関連した「カルボニルストレス性統合失調症」の存在を明らかにした(Arai M, et al. Arch Gen Psychiatry. 2010; 67: 589-597)。AGEsの蓄積は統合失調症のリスクを25倍上昇させ、ビタミンB6欠乏は10倍リスクを上昇させることが示されている。さらに、AGEs蓄積は統合失調症の重症度とも相関していた。そこで糸川氏らは、治療により症状が改善した統合失調症患者ではAGEsも低下すると推測して検討したところ、外来患者では入院患者に比べてAGEsが有意に低く、AGEsの低下が退院につながることがわかった。さらに糸川氏らは、ビタミンB6欠乏のあるカルボニルストレス性統合失調症患者にビタミンB6を補充することにより症状の改善が得られないか検討を重ねている。ビタミンB6はピリドキサミン、ピリドキサール、ピリドキシンの3種類の化学物質の混合体であり、このうちAGEs解毒作用を有するのはピリドキサミンのみである。糸川氏らはまず、健常者24名を対象に第I相試験を行ったところ、ピリドキサミン1,800mg/日の投与量で有効血中濃度に達し、有害事象は認めなかった。この成績に基づいて、統合失調症患者を対象とした医師主導第II相試験が進行中である。GLO1遺伝子にフレームシフトをもつ患者では発症前からAGEsが高い可能性があり、糸川氏らはそのような患者には発症前からピリドキサミンを投与してAGEs蓄積を抑制するという、統合失調症の発症予防を視野にいれた治療法も検討中である。神経幹細胞移植を用いた再生医療的アプローチの可能性鵜飼渉氏(札幌医科大学医学部神経精神医学講座)は、治療抵抗性または難治性の統合失調症やうつ病、胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)などの治療として、神経幹細胞を経静脈的に投与する再生医療的な取り組みを紹介した。実験方法は、妊娠期のマウスにPoly(I:C)(TLR3リガンド)を投与して生まれた統合失調症のモデルマウスを用い、生後1ヶ月時に神経幹細胞を経静脈的に投与し、6ヵ月時にその行動の評価および脳の剖検を行った。その結果、神経幹細胞移植群では、新奇オブジェクトの探索時間を有意に延長し、記憶学習や認知機能の障害が抑制された。また、社会性の評価において神経幹細胞移植群では能動的な社会的行動の減少が抑制されることも示された。一方、FASDモデルラットでは神経幹細胞移植により、強制水泳試験における無動時間の延長を抑制して、うつ状態の改善にも効果がみられた。札幌医科大学ではすでに、12名(男性9名、女性3名)の脳梗塞患者を対象として自己骨髄間葉系幹細胞を静脈内投与する治療が試みられており、移植をきっかけに脳卒中スコアが改善し回復スピードが加速することや、MRIで脳梗塞病変の縮小が確認されている(Honmou O, et al. Brain. 2011; 134: 1790-1807)。鵜飼氏らは、治療抵抗性難治性うつ病患者を対象とした本治療法の精神疾患への臨床応用を検討している。神経幹細胞移植のメカニズムとして、短期的にはサイトカインを介した神経栄養因子増強作用や抗炎症作用、血管新生作用が考えられ、また長期的には神経新生の増加がもたらされるとしている。鵜飼氏らは、細胞電気生理学的解析やシナプス機能・構造学的解析、オプトジェネティクス解析など最先端の手法を用いて、神経幹細胞移植の効果について解析を進めている。関連リンク