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高齢の大動脈弁狭窄症、TAVI後のダパグリフロジン併用で予後を改善/NEJM

 重症の大動脈弁狭窄症で経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)を受け、心不全イベントのリスクが高い高齢患者において、標準治療単独と比較してSGLT2阻害薬ダパグリフロジンを併用すると、全死因死亡または心不全悪化の発生率が有意に改善することが、スペイン・Centro Nacional de Investigaciones Cardiovasculares Carlos IIIのSergio Raposeiras-Roubin氏らDapaTAVI Investigatorsが実施した「DapaTAVI試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2025年4月10日号に掲載された。スペインの無作為化対照比較試験 DapaTAVI試験は、TAVIを受けた大動脈弁狭窄症の高齢患者におけるダパグリフロジン併用の有効性と安全性の評価を目的とする医師主導型の無作為化対照比較試験であり、2021年1月~2023年12月にスペインの39施設で参加者の無作為化を行った(Instituto de Salud Carlos IIIなどの助成を受けた)。 重症大動脈弁狭窄症でTAVIを受け、心不全の既往歴に加え腎不全(推算糸球体濾過量[eGFR]25~75mL/分/1.73m2)、糖尿病、左室駆出率(LVEF)<40%のうち少なくとも1つを有する患者1,222例(平均[±SD]年齢82.4±5.6歳[72%が80歳以上、7%以上が90歳以上]、女性49.4%)を対象とした。これらの患者をTAVI施行後に、標準治療に加えダパグリフロジン(10mg、1日1回)の経口投与を受ける群(605例)、または標準治療のみを受ける群(618例)に無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、追跡期間1年の時点における全死因死亡または心不全の悪化(心不全による入院または心不全で緊急受診し利尿薬静脈内投与を受けたことと定義)の複合とした。主要アウトカムを有意に改善 全体の43.9%が糖尿病、17.0%がLVEF<40%、88.6%がeGFR 25~75mL/分/1.73m2で、平均eGFRは56.2±16.4mL/分/1.73m2であった。追跡期間中にダパグリフロジン群の103例(17.0%)が投与中止となり、標準治療単独群の43例(7.0%)が心不全以外の理由でダパグリフロジンの投与を開始した。標準治療単独群の1例が追跡不能となり主解析から除外された。 主要アウトカムのイベントは、標準治療単独群で124例(20.1%)に発生したのに対し、ダパグリフロジン群では91例(15.0%)と有意に減少した(ハザード比[HR]:0.72[95%信頼区間[CI]:0.55~0.95]、p=0.02)。 全死因死亡はダパグリフロジン群47例(7.8%)、標準治療単独群55例(8.9%)(HR:0.87[95%CI:0.59~1.28])、心不全悪化はそれぞれ57例(9.4%)および89例(14.4%)(サブHR:0.63[95%CI:0.45~0.88])で発生した。性器感染症、低血圧症の頻度が高い 非外傷性四肢切断(ダパグリフロジン群0.8%vs.標準治療単独群0.6%、p=0.72)、重症低血糖症(0.7%vs.1.3%、p=0.26)、がん(5.0%vs.3.6%、p=0.23)の発生率は両群で同程度であった。両群とも糖尿病性ケトアシドーシスの報告はなかった。 一方、性器感染症(1.8%vs.0.5%、p=0.03)および低血圧症(6.6%vs.3.6%、p=0.01)はダパグリフロジン群で高頻度だった。ダパグリフロジン群の37例(6.1%)が、有害事象により投与中止となった。 著者は、「これらの結果は、高齢患者においてSGLT2阻害薬は安全で、臨床的有益性をもたらすことを裏付けるものと考えられ、高齢患者へのSGLT2阻害薬の処方が少ない現状を考慮すると重要な知見といえるだろう」としている。

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慢性期心不全患者への水分制限は不要!?(FRESH-UP)/ACC

 長らく議論されてきた心不全(HF)患者に対する水分制限に関するFRESH-UP試験の結果が、米国心臓学会議(ACC2025、3月29~31日)のScientific Sessionsで発表され、慢性期HF患者への水分制限はメリットが見いだせない可能性が示唆された。本研究は、Nature Medicine誌2025年3月30日号に同時掲載された。 なお、3月28日に発刊された日本循環器学会の『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』のCQ3「心不全患者における水分制限を推奨すべきか?」には、“代償期の心不全における1日水分摂取量1~1.5Lを目標とした水分制限を弱く推奨する(エビデンスレベルA[弱]、p.209)”と示された一方で、“FRESH-UP試験やそのほかの研究結果が公表された際には再検討が必要”とされていた。FRESH-UP試験の詳細結果 FRESH-UP試験と呼ばれる本研究は、オランダの医療センター7施設において軽度/中等度HF症状を呈する504例を1日の水分摂取量を1,500mLに制限する群(制限群、250例))と水分摂取に制限を設けない群(非制限群、254例)に割り付けて行われた多施設共同無作為化比較オープンラベル試験。主要評価項目は、カンザスシティ心筋症質問票臨床サマリースコア(KCCQ-CSS)で評価した3ヵ月後の健康状態で、副次評価項目は口渇による苦痛(Thirst Distress Scale for patients with HF:TDS-HF)や安全性であった。 主な結果は以下のとおり。・対象者の平均年齢は69.2歳、男性は67.3%であった。・対象者の87.1%はNYHA心機能分類IIで、治療におけるループ利尿薬の服用率は51%、ベースライン時点のKCCQ-CSS中央値は77.0であった。・左室駆出率の平均値はいずれの群も約40%で、NT-proBNP値は、制限群が507.4ng/L、非制限群が430.0ng/Lであった。・制限群の1日平均水分摂取量1,480mLに対し非制限群は1,764mLと、制限群は有意に抑制されていた(p<0.001)。・3ヵ月時点のKCCQ-CSSによる健康状態について、ベースラインスコア調整後の平均差は2.17(95%信頼区間[CI]:-0.06~4.39、p=0.06)と、主要評価項目は達成されなかった。・TDS-HFは、制限群で有意に高くなった(18.6 vs.16.9)。・安全性について、6ヵ月時点での死亡率、HF入院、静注利尿薬の必要性、急性腎障害の発生においても、両群間で有意差は認められなかった。 HFに対する水分制限の有益性について、発表者のRoland RJ van Kimmenade氏は「主要評価項目や安全性に関する副次評価項目結果からも明らかなように、水分制限による影響や害を及ぼす兆候が発見されなかった」と述べ「安定しているHF患者では水分制限を必要としない」としている。

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「心不全診療ガイドライン」全面改訂、定義や診断・評価の変更点とは/日本循環器学会

 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインである『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』が、2025年3月28日にオンライン上で公開された1)。2018年に『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』が発刊され、2021年にはフォーカスアップデート版が出された。今回は国内外の最新のエビデンスを反映し、7年ぶりの全面改訂となる。2025年3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会にて、本ガイドライン(GL)の合同研究班員である北井 豪氏(国立循環器病研究センター 心不全・移植部門 心不全部)が、GL改訂の要点を解説した。 本GLの改訂に当たって、高齢化の進行を考慮した高齢者心不全診療の課題や特異性に注目し、最新の知見・エビデンスを盛り込んで、実臨床に即した推奨が行われた。専門医だけでなく、一般医やすべての医療従事者に理解しやすく、実践的な内容とするため、図表を充実することが重視されている。また、エビデンスが十分ではない領域も、臨床上重要な課題や実際の診療に役立つ内容は積極的に取り上げられている。本GLは全16章で構成され、最後に3つのクリニカルクエスチョン(CQ)が記載された。本GLはオンライン版のほか、アプリ版も発表されている。また、本GLの英語版が、Circulation Journal誌とJournal of Cardiac Failure誌に同時掲載された2,3)。 北井氏が解説した重要な改訂点は以下のとおり。心不全の定義 日米欧の心不全学会3学会合同で策定された「Universal definition and classification of heart failure(UD)」4)に基づき、「心不全とは、心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群」と定義が改訂された。心不全症状・徴候は、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)の上昇」あるいは「心臓由来の肺うっ血または体うっ血の客観的所見」のいずれかによって裏付けられるとしている。診断と経時的評価:BNP/NT-proBNPカットオフ値 心不全診断のプロセスがフローチャートで表示された。症状、身体所見、一般検査に加えて、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)」と「心エコー」が診断の中心となっている。身体所見としてのうっ血や、バイオマーカーが重要視され、診断だけでなく予後評価目的でも、BNP/NT-proBNPを測定することが推奨されている。BNP/NT-proBNPのカットオフ値は、2023年に日本心不全学会から発表されたステートメント5)に準拠し、以下のように設定された。・前心不全―心不全の可能性がある、外来でのカットオフ値BNP≧35pg/mLNT-proBNP≧125pg/mL・心不全の可能性が高い、入院/心不全増悪時のカットオフ値BNP≧100pg/mLNT-proBNP≧300pg/mL左室駆出率(LVEF)による分類 UDを参考に、左室駆出率(LVEF)による心不全の分類が、国際的な基準に合わせて統一された。・HFrEF(LVEFの低下した心不全):LVEF≦40%・HFmrEF(LVEFの軽度低下した心不全):LVEF 41~49%・HFpEF(LVEFの保たれた心不全):LVEF≧50% HFmrEFについて、2021年フォーカスアップデート版では、HF with mid-range EFと記載していたが、本GLではHF with mildly-reduced EFの呼称を採用している。上記のほか、HFrEFだった患者がLVEF40%超へ改善し、LVEFが10%以上向上した場合をHFimpEF(LVEFの回復した心不全)と定義している。心不全ステージと病の軌跡 心不全の進行について、A~Dのステージに分類している。・ステージA(心不全リスクあり):高血圧、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、肥満など・ステージB(前心不全):構造的/機能的心疾患はあるが、心不全の症状や徴候がない・ステージC(症候性心不全):ナトリウム利尿ペプチド上昇、うっ血などの症状が出現・ステージD(治療抵抗性心不全):薬物療法に反応せず、補助循環や移植が必要 前GLから踏襲し「心不全ステージの治療目標と病の軌跡」の図が掲載されている。従来は病状経過に伴うQOLの悪化の軌跡のみ示されていたが、今回のGLより、治療介入することでイベントやステージ移行を遅らせる改善した場合の軌跡が加えられた。遺伝学的検査 心不全・心筋症において遺伝学的検査が近年より重視されてきている。特徴的な臨床所見等により遺伝性心疾患が疑われる場合は、診断・治療・予後予測に役立てるために、発端者に対する遺伝学的検査を考慮することが推奨クラスIIa。また、遺伝学的検査を行う際には、遺伝カウンセリングを提供する、または紹介する体制を整えることが推奨クラスI。ADL/QOL評価、リスクスコア ADL(日常生活動作)・QOL(生活の質)の向上は、予後の改善と同様に心不全患者の重要な治療目標であり、臨床試験でもアウトカムとして採用されている。日常診療でも患者報告アウトカムを評価することを考慮することや、患者の予後を示すリスクスコアを使用して予後予測を行うことが推奨に挙げられている。心不全予防(ステージA・B) ステージA(心不全リスク)において、高血圧、糖尿病、肥満、動脈硬化性疾患、冠動脈疾患に加え、本GLにて慢性腎臓病(CKD)が新たなリスク因子に加えられた。ステージAへの介入として、2型糖尿病かつCKD患者に対して、心不全発症あるいは心血管死予防のために、SGLT2阻害薬あるいはフィネレノンの使用が推奨クラスIとされた。 ステージB(前心不全)について、「構造的心疾患および左室内圧上昇のカットオフ値の目安」が表にまとめられている。ステージBへの介入として、患者の状況によりACE阻害薬、ARB、β遮断薬、スタチンといった薬剤が推奨クラスIとなっている。心不全に対する治療(ステージC・D) 2021年のフォーカスアップデート版では、HFrEFに対してQuadruple Therapy(β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬[MRA]、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬[ARNI]、SGLT2阻害薬)の推奨が記載され、HFmrEF、HFpEFに関してはうっ血に対する利尿薬の使用のみにとどまっていたが、本GLでは、HFmrEF、HFpEFに対する薬物治療の新たなエビデンスが反映された。薬物治療の推奨について、各薬剤、EF、推奨クラスをまとめた図「心不全治療のアルゴリズム」を掲載している。・SGLT2阻害薬:HFmrEF、HFpEFに対して2つの大規模無作為化比較試験により、予後改善効果が相次いで報告されたため、HFrEF、HFmrEF、HFpEFのいずれの患者においても、エンパグリフロジン、ダパグリフロジンを推奨クラスI。・ARNI:HFrEFに対して推奨クラスI、HFmrEFに対して推奨クラスIIa、HFpEFに対して推奨クラスIIb。 ・MRA:HFrEFに対するスピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスI、HFmrEFとHFpEFに対して、新たな薬剤のフィネレノンが推奨クラスIIa、スピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスIIb。急性非代償性心不全 UDで「うっ血」の評価が非常に重視されているため、本GLでも、うっ血、低心拍出、組織低灌流に分けて血行動態の評価・治療していくことを強調している。「急性非代償性心不全患者におけるうっ血の評価と管理のフローチャート」と推奨、「心原性ショック患者の管理に関するフローチャート」と推奨を記載している。急性心不全の治療においては、入院中の治療だけでなく、退院後のケア(移行期ケア)の重要性が増している。本GLでは、新たに移行期間に関する項目が設けられ、推奨が示されている。治療抵抗性心不全(ステージD) 治療抵抗性心不全(ステージD)では、治療開始前に治療目標を設定することが非常に重要であり、それに関連する推奨が示されている。また、2021年に本邦でも保険適用となった移植を目的としない植込型補助人工心臓(LVAD)治療(Destination therapy:DT)が、本GLに初めて収載され、DTも含めたステージDの「重症心不全における補助循環治療アルゴリズム」がフローチャートで示されている。特別な病態・疾患 心不全に関連する9つの病態・疾患が取り上げられ、最新の知見に基づいて内容がアップデートされている。とくに、以下の疾患において、新たな治療薬や診断法に関する重要な情報が追記されている。・肥大型心筋症:閉塞性肥大型心筋症に対する圧較差軽減薬マバカムテンが承認され、推奨クラスIとして記載。・心アミロイドーシス:トランスサイレチン(ATTR)心アミロイドーシスに対するTTR四量体安定化薬としてアコラミジスが新たに承認された。タファミジスまたはアコラミジスの投与は、NYHA心機能分類I/II度の患者に対しては推奨クラスI。III度の患者に対しては推奨クラスIIa。I~III度の患者に対して、低分子干渉RNA製剤ブトリシランが推奨クラスIIa。・心臓サルコイドーシス:突然死予防としての植込み型除細動器(ICD)に関する推奨が、『2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療』6)に準拠して記載。併存症 心不全診療で特に問題となる併存症として、CKD、肥満、貧血・鉄欠乏、抑うつ・認知機能障害が追加された。3つの項目について、詳しく説明された。・貧血・鉄欠乏:鉄欠乏を有するHFrEF/HFmrEF患者に対する心不全症状や運動耐容能改善を目的とした静注鉄剤の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・高カリウム血症:高カリウム血症を合併したRAAS阻害薬(ARNI/ACE阻害薬/ARBおよびMRA)服用中の心不全患者に対して、RAAS阻害薬(特にMRA)による治療最適化のために、カリウム吸着薬の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・肥満:肥満を合併する心不全患者に対する心血管死減少・再入院予防を目的としたGLP-1受容体作動薬セマグルチドあるいはチルゼパチドの投与を考慮することが推奨クラスIIa。心不全診療における質の評価 心不全診療は非常に多岐にわたるため、心不全診療の質の評価の統一化が課題となっている。AHA/ACCのPerformance Measures(PM)やQuality Indicators(QI)を参考に、心不全診療の質の評価に関する章が新設され、質指標が表にまとめられている。クリニカルクエスチョン(CQ) 今回の改訂では、CQが3つに絞られた。システマティックレビューを行い、解説と共に推奨とエビデンスレベルが示されている。・CQ1:eGFR 30mL/分/1.73m2未満の心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:CKD合併心不全患者での有益性を示唆するエビデンスは認めるが、eGFR 20mL/分/1.73m2未満のRCTでのエビデンスはない。eGFR 20mL/分/1.73m2以上に限って条件付きで推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ2:フレイル合併心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:弱く推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ3:代償期の心不全患者に対する水分制限を推奨すべきか?推奨:1日水分摂取量1~1.5Lを目標とした水分制限を弱く推奨する(エビデンスレベル:A[弱])。■参考文献1)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン. 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.2)Kitai T, et al. Circ J. 2025 Mar 28. [Epub ahead of print]3)Kitai T, et al. J Card Fail. 2025 Mar 27. [Epub ahead of print]4)Bozkurt B, Coats AJS, Tsutsui H, et al. Eur J Heart Fail. 2021;23:352-380.5)日本心不全学会. 血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版.6)日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン. 2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療.(ケアネット 古賀 公子)そのほかのJCS2025記事はこちら

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フィネレノン、2型DMを有するHFmrEF/HFpEFにも有効(FINEARTS-HFサブ解析)/日本循環器学会

 糖尿病が心血管疾患や腎臓疾患の発症・進展に関与する一方で、心不全が糖尿病リスクを相乗的に高めることも知られている。今回、佐藤 直樹氏(かわぐち心臓呼吸器病院 副院長/循環器内科)が3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials1においてフィネレノン(商品名:ケレンディア)による、左室駆出率(LVEF)が軽度低下した心不全(HFmrEF)または保たれた心不全(HFpEF)患者の入院および外来における有効性と安全性について報告。その有効性・安全性は、糖尿病の有無にかかわらず認められることが明らかとなった。 FINEARTS-HF試験は、日本を含む37ヵ国654施設で実施した二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験で、40歳以上、症状を伴う心不全、LVEF40%以上の患者6,001例が登録された。今回のサブ解析において、ナトリウム利尿ペプチドの上昇、構造的心疾患の証拠、血清カリウム5.0mmol/L以下、およびeGFR25mL/分/1.73m2以上の基準が含まれた。主要評価項目は心血管死と全心不全イベントの複合で、副次評価項目は全心不全イベント、複合腎機能評価項目、全死亡であった。 主な結果は以下のとおり。・参加者の平均年齢は72±10歳、女性は46%、NYHA心機能分類IIは69%、平均LVEFは53±8%(範囲:34~84)、平均eGFRは62mL/分/1.73m2であった。・参加者の糖尿病の既往について、2型糖尿病と報告されていたのが41%、HbA1c値で判断された糖尿病または前糖尿病状態が約80%を占めていた。・糖尿病患者のLVEFについて、約36%は50%未満、約45%は50~60%未満、19%は60%以上であった。・主要評価項目の心血管死および全心不全イベントの複合について、フィネレノン群は16%低下させた。・糖尿病患者は、前糖尿病または正常血糖値の患者と比較して、心血管死および総心不全イベントリスクが有意に高いことが示されたが、フィネレノン群はプラセボ群と比較し、HFmrEF/HFpEF患者における糖尿病の新規発生を25%低下させた。・フィネレノン群はベースラインのHbA1c値にかかわらず、心血管および全心不全イベントのリスクを一貫して減少させた。・参加者のうち、フィネレノン群の併用薬は、β遮断薬(85%)、ACE阻害薬/ARB(71%)、ARNI(約9%)、ループ利尿薬(87%)、SGLT2阻害薬(約14%)などがあり、フィネレノン群ではSGLT2阻害薬の併用にかかわらず、主要評価項目のリスクを低下させた(SGLT2阻害薬併用群のハザード比[HR]:0.83[95%信頼区間[CI]:0.80~1.16]、SGLT2阻害薬非併用群のHR:0.85[95%CI:0.74~0.98]、p=0.76)。・BMI別の解析において、BMI高値においてより効果が強く認められるものの、有意な交互作用は認められず、フィネレノン群は各BMI層(25以上、30以上、35以上、40以上)で全心不全イベントの発症を低下させた。・安全性については、フィネレノン群において血清クレアチニン値およびカリウム値の有意な上昇例が多く、収縮期血圧低下例も多かったが、糖尿病の有無による相違は認めなかった。フィネレノンにより、BMIが高い患者はBMIが低い患者と比較し、血清カリウム値および収縮期血圧の低下の程度が軽微な傾向を示したが、安全性についてBMIの相違は認められなかった。 最後に佐藤氏は、「フィネレノンによる糖尿病の新規発症リスクを減少させるメカニズムは完全には解明されていないが、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の種類による選択性および親和性、それに伴う炎症や線維化の抑制、神経体液性因子の修飾などが関与している可能性が示唆される」とコメントした。 なお、本学会で発表された『心不全診療ガイドライン2025年改訂版』において、症候性HFmrEF/HFpEFにおける心血管死または心不全増悪イベント抑制を目的とした薬物治療に対してフィネレノンの推奨(クラスIIa)が世界で初めて追加されている。(ケアネット 土井 舞子)そのほかのJCS2025記事はこちら

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ARBは脳卒中後のてんかん予防に効果的

 脳卒中を経験した人では、傷害を受けた脳組織の神経細胞に過剰な電気的活動が生じててんかんを発症することがある。この脳卒中後てんかん(post-stroke epilepsy;PSE)は、特に、高血圧の人に生じやすいと考えられている。しかし、新たな研究で、降圧薬のうち、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を使用している人では、他の降圧薬を使用している人に比べてPSEリスクがはるかに低いことが明らかになった。G・ダヌンツィオ大学(イタリア)てんかんセンターのGiacomo Evangelista氏らによるこの研究結果は、米国てんかん学会年次総会(AES 2024、12月6〜10日、米ロサンゼルス)で発表された。 この研究では、脳卒中を経験した高血圧患者528人を対象に、降圧薬の種類とPSEとの関連が検討された。対象者の中に、研究開始時にてんかんの既往歴があった者は含まれていなかった。全ての対象者が何らかの降圧薬を使用しており、うち194人は2種類以上の降圧薬を使用していた。内訳は、β遮断薬が164人、カルシウム拮抗薬が159人、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が154人、利尿薬が136人、ARBが109人であった。 全体で38人(7.2%)がPSEを発症した。その多くは一種類の降圧薬を使用している人であった。解析の結果、ARB使用者に比べて、β遮断薬使用者では120%、カルシウム拮抗薬使用者では110%、ACE阻害薬使用者では65%、利尿薬使用者では60%、PSEリスクが高いことが示された。 ARBは、血圧を上昇させる作用のあるホルモンであるアンジオテンシンIIが結合する受容体を遮断することで、その作用を抑制する。研究グループは、アンジオテンシンIIを阻害することで、炎症が軽減し、脳内の血流が改善し、それによりてんかん発作のリスクが軽減する可能性があると推測している。一方、カルシウム拮抗薬とβ遮断薬は、脳を過度に興奮させることで、またACE阻害薬は脳内の炎症を増加させることで、てんかん発作のリスクを高める可能性があるとの考えを示している。 Evangelista氏は、「われわれの研究は、リアルワールドで、さまざまな降圧薬がPSEの予防にどの程度効果的であるかに焦点を当てた独自のものだ。どの降圧薬がPSEなどの合併症の予防に役立つかを理解することで、患者の転帰が改善される可能性がある」と話している。 一方、共同研究者であるG・ダヌンツィオ大学てんかんセンターの神経学者であるFedele Dono氏は、「これらの研究結果は、特に脳卒中患者の血圧管理における個別化医療の重要性を浮き彫りにしている。得られた結果を確認し、その根底にあるより詳細なメカニズムを明らかにするには、より多くの患者を対象にした研究の実施が必要だ」と話している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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便秘【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第21回

便秘は古今東西いろいろな場面で遭遇します。しかし、「便秘でしょ」と軽く考えていると痛い目を見ることがあります。今回は救急外来での症例を通じて、便秘診療の注意点を確認してみましょう。<症例>80歳、女性主訴便秘病歴3日くらい前から排便がなく、1時間前から腹痛を訴えている。本人が「便秘かも」と言っており、浣腸を希望して受診した。思わず「浣腸しておいて」と言いたくなるかと思いますがそこはぐっと我慢して、ステップを追って診察していきましょう。ステップ1 本当に便秘?と疑う腹痛の鑑別は多岐にわたります。鑑別を記載すると膨大になるため割愛しますが、患者さんが「便秘のようだ」というときに、「本当に便秘?」と常に疑う必要があります。まれに尿閉を便秘と訴える患者さんもいます。「便秘で浣腸」という行為は、医療者以外でも一般的に行っている対処方法ですが、浣腸でも重篤な合併症を生じる可能性があります。浣腸は下行結腸・S状結腸あたりから直腸膨大部までの腸管内容物を排除することを目的としています。腸管壁の脆弱性を生じる疾患(憩室炎など)があった場合、圧をかけることにより消化管穿孔のリスクになるという報告があるため1)、安易に便秘と診断して浣腸することは控えるべきです。この患者さんの腹部の所見は、左下腹部に圧痛を認めるものの腹膜刺激症状はなく、直腸診では便塊を触れるのみで腫瘤の触知は認めませんでした。本人曰く、排尿は来院前に済ましているとのことで尿閉は否定的でした。他に腹痛を生じる疾患は認めなかったため、便秘と診断しました。ステップ2 治療便秘は16%の人が経験し、60歳以上となると33.5%の人が罹患するという報告があります。便秘の種類としては器質性と機能性に分けられます。器質性は腫瘍や炎症などによる腸管の狭窄、蠕動低下を来した状態であり、適切に治療しないと重篤化するため早期の発見が必要です2,3)。機能性は器質性以外の便秘で、腸管蠕動の低下や脱水により便が固くなり、排便が困難となり発症します。この患者さんは直腸診で硬便を触れるため機能性の便秘の可能性が高いと判断したところで、看護師より「摘便しましょうか?」と提案がありました。便秘の治療はさまざまです。この患者さんのように、すでに便が直腸下部にある場合、坐剤、浣腸、摘便がよい適応になります4)。私は肛門近くに便塊がある場合(糞便塞栓)、可能な限り摘便した後に浣腸をしています。固い便が肛門をふさいでいると浣腸や坐剤がうまく使用できないと考えるからです。患者さんに摘便、浣腸を行ったところ大量の排便があり、患者の腹痛はきれいに消失しました。なお、80歳という年齢を考えると、器質性の便秘の可能性も最後まで否定できないため、必ず大腸内視鏡検査を進めましょう。ステップ3 便秘を繰り返さないための指導便秘になるたびに浣腸をする人がいますが、浣腸は頻度が高くはないとはいえ消化管穿孔などの重大な合併症や習慣性を招くという報告があります5)。機能性の便秘を生じる原因は多岐にわたり、原因を1つに絞るのは難しいと言われています2)が、最も頻度が高い原因は生活習慣(食物繊維の不足、脱水、運動不足など)とされ、適度な飲水、運動が便秘の頻度を下げるという報告があり重要です6)。そして忘れてはいけないのが薬剤性です。便秘を生じる薬剤は、Ca拮抗薬、抗うつ薬、利尿薬など多岐にわたります。必要な薬は内服しなければいけませんが、昨今では高齢者のポリファーマシーが問題になっており、処方薬の調整のきっかけにしてもらいたいと考えます7)。この患者さんの内服薬は降圧薬くらいで、運動不足が便秘の原因と言われたことがあるため可能な限り体を動かしているとのことでした。生活習慣でこれ以上改善するのは難しいと判断し、薬剤投与を行うこととしました。わが国の慢性便秘症診療ガイドラインでは、「浸透圧下剤(酸化マグネシウム)」、「上皮機能変容薬(ルビプロストンなど)」が最も強く推奨されています4)。私は中でも安価で調節がしやすい酸化マグネシウムを好んで処方しています。投与後の反応は患者によって異なるため、330mgを毎食後で開始して、処方箋に「自己調節可」と記載し、患者さんに説明したうえで調節してもらっています。酸化マグネシウムを増量しても効果が乏しい場合は刺激性下剤を追加しています。酸化マグネシウムを投与する際に注意してほしい合併症が高マグネシウム血症です。投与量(≧1,650mg/日)や投与期間(36日以上)、腎機能障害(糸球体濾過量<55.4mL/min)、血中尿素窒素の上昇(≧22.4mg/dL)によってリスクが増加すると報告があり、長期投与を行う場合は漫然と処方するのではなく、定期的な血中マグネシウム濃度の測定が必要です8)。腎機能障害があるなどリスクが高い場合は、上皮機能変容薬を選択しています。この患者さんには酸化マグネシウムを処方し、近医に通院して加療を継続してもらうこととなりました。便秘という疾患は多くの人が経験する疾患であり、便秘が主訴の患者さんに対して「便秘だろう」という先入観で診察を怠ると痛い目にあうことがあります。積極的に介入していきましょう。1)大城 望史ほか. 日本大腸肛門病学会雑誌. 2008;61:127-131.2)Forootan M, et al. Medicine(Baltimore). 2018;97:e10631.3)Black CJ, et al. Med J Aust. 2018;209:86-91.4)日本消化器病学会関連研究会慢性便秘の診断治療研究会. 慢性便秘症診療ガイドライン2017.南江堂;2017.5)Niv G, et al. Int J Gen Med. 2013;6:323-328.6)Leung L, et al. J Am Board Fam Med. 2011;24:436-451.7)大井 一弥. YAKUGAKU ZASSHI. 2019;139:571-574.8)Wakai E, et al. J Pharm Health Care Sci. 2019;5:4.

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フィネレノンによるカリウムの影響~HFmrEF/HFpEFの場合/AHA2024

 左室駆出率(LVEF)が軽度低下した心不全(HFmrEF)または保たれた心不全(HFpEF)患者において、非ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)のフィネレノン(商品名:ケレンディア)は高カリウム血症の発症頻度を高めたが、その一方で低カリウム血症の発症頻度を低下させたことが明らかになった。ただし、プロトコールに沿ったサーベイランスと用量調整を行った場合、プラセボと比較し、カリウム値が5.5mmol/Lを超えた患者でもフィネレノンの臨床的な効果は維持されていた。本研究結果は、米国・ミネソタ大学のOrly Vardeny氏らが11月16~18日に米国・シカゴで開催されたAmerican Heart Association’s Scientific Sessions(AHA2024、米国心臓学会)のFeatured Scienceで発表し、JAMA Cardiology誌オンライン版2024年11月17日号に同時掲載された。 本研究は日本を含む37ヵ国654施設で実施された二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験多施設ランダム化試験であるFINEARTS-HF試験の2次解析である。FINEARTS-HF試験において、HFmrEFまたはHFpEFの転帰を改善することが示唆されていたが、その一方で、追跡調査では血清カリウム値上昇の関連が示されていたため、それを検証するために2020年9月14日~2023年1月10日のデータを解析した。追跡期間の中央値は32ヵ月だった(追跡最終日は2024年6月14日)。 研究者らは、 血清カリウム値が5.5mmol/L超(高カリウム)または3.5mmol/L未満(低カリウム)となる頻度とその予測因子を調査し、ランダム化後のカリウム値に基づきフィネレノンによる治療効果をプラセボと比較、臨床転帰に及ぼす影響を検討した。NYHAクラスII~IVの症候性心不全およびLVEF40%以上、ナトリウム利尿ペプチド上昇、左房拡大または左室肥大を有する、利尿薬を登録前30日以上使用しているなどの条件を満たす40歳以上の患者が登録され、フィネレノンまたはプラセボの投与が行われた。主要評価項目は心不全イベントの悪化または全心血管死の複合であった。 主な結果は以下のとおり。・対象者6,001例(平均年齢72歳、女性2,732例)はフィネレノン群3,003例、プラセボ群2,998例に割り付けられた。・血清カリウム値の増加は、1ヵ月後(中央値の差0.19mmol/L[IQR:0.17~0.21])および3ヵ月後(同0.23mmol/L[同:0.21~0.25])において、フィネレノン群のほうがプラセボ群より大きく、この増加は残りの追跡期間中も持続した。・フィネレノンは、高カリウムになるリスクを高め、そのハザード比(HR)は2.16(95%信頼区間[CI]:1.83~2.56、p<0.001)であった。また、低カリウムになるリスクを低下させた(HR:0.46[95%CI:0.38~0.56]、p<0.001)。・低カリウム(HR:2.49[95%CI:1.8~3.43])と高カリウム(HR:1.64[95%CI:1.04~2.58])の双方が両治療群における主要アウトカムのその後のリスクの上昇と関連していた。しかしながら、カリウム値が5.5mmol/L超であってもフィネレノン群はプラセボ群と比較して、主要評価項目のリスクがおおむね低かった。

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さじ加減で過降圧や副作用を調整している医師にとっては3剤配合剤の有用性は低い(解説:桑島巌氏)

 Ca拮抗薬、ARB/ACE阻害薬の単剤で降圧目標値に達しない場合には両者の併用、それでも降圧目標値に達しない場合には、サイアザイド類似薬またはサイアザイド系利尿薬の3剤併用とするのが『高血圧治療ガイドライン2019』である。その場合、3剤を1つの配合剤とすることで服薬コンプライアンスの改善が見込まれるが、本試験は、Ca拮抗薬アムロジピン2.5mg、ARB(テルミサルタン20mg)、サイアザイド類似薬(インダパミド1.25mg)の3剤を配合したGMRx2(本邦未発売)半量の有効性と安全性を、各成分2剤併用と比較した国際共同二重盲検試験である。12週間追跡の結果、3剤配合は2剤併用よりも家庭血圧の有意な降圧をもたらし、外来血圧の降圧率も優れ、かつ副作用による中断率においては2剤併用と差がなかったというのが結論である。 さて、この試験結果が本邦の実臨床にどの程度役立つかが問題である。 本試験の3剤配合、2剤併用に用いられているアムロジピン、テルミサルタンの用量は、日本の初期用量と同じである。インダパミドは、わが国では1mg錠が最小用量であるが、本試験の1.25mg錠とほぼ同じと見てよいであろう。注目すべきは、テルミサルタンとインダパミドの2剤併用は平均値で見ると130/80mmHgを下回る有効性を示し、十分な降圧効果をもたらしており、2剤併用でも十分な降圧効果が得られている点である。ARB/ACE阻害薬とサイアザイド系薬の併用は非常に有効ではあるが、とくに高齢者では低Na血症や低K血症による不整脈や脱力などの副作用に十分な注意が必要である。その場合、配合剤では微調整がしにくいという難点が生じる。とくに、さじ加減で血圧や副作用により用量を微調整している医師にとっては、3剤配合剤の有用性は低いと思われる。

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まるで暗号解読!米国のカルテの略語や言い回し【臨床留学通信 from Boston】第5回

まるで暗号解読!米国のカルテの略語や言い回しMGHに来て3ヵ月。業務にそろそろ慣れてきましたが、だんだん疲れも出てくるころです。朝5時に起きて、6時半から診察、終わるのはだいたい6時。7~8時になることもあります。そして平日に1度、週末は月に1度のオンコールがあり、それが夜中に呼ばれると、翌日の業務がかなり辛くなります。さて今日のテーマは、気分転換ということで、カルテの略語や難しい言い回し。アメリカでは略語だらけで、何が何だかわからなかったのが6年前でした。円安も少しはマシになり、コロナも落ち着いて、学生や将来渡米を考えている初期、後期研修医の方などが、いわゆるオブザーバーシップのプログラムに参加すると、必ずぶち当たる問題だと思います。日本とは違う略語もたくさんあります。いくつか列挙してみましょう。pt:patient患者。AMA:against medical adviceこちらではよくあることですが、患者さんが医師の言うことを聞かずに帰ってしまうというもの。帰りたい人には説得してみて、だめならサインをしてもらいます。最初はそもそもAMAがわからないし、説明されてもそんなことあるんだと思いました。ちなみに、患者さんが勝手にいなくなることもあり、その際は「That pt eloped」と言います。BRBPR:bright red blood per rectum下血の時に使いますが、略語だと何だかわかりませんよね。BIBA: brought in by ambulance救急搬送。CAT scanCTのことをCAT scanと言うことが多いです。Computed tomographyがCTなのに、なぜCATなのか、猫なのか?と思った記憶があります。c/b:complicated by合併症。2/2:due to、secondary to〜による。「pt underwent PCI c/b cardiac tamponade 2/2 wire perforation」(患者はPCIを受け、ワイヤーの穿孔による心タンポナーデを合併)と書いたりします。DC:dischargedDCはdischarged(退院)です。defibrillator(除細動器)をDCと言うことはないです。VFに対しては「cardiac arrest with x6 shock」といいます。ちなみに、discontinue(中止)もDCと言うのでややこしいです。Fx:fracture骨折。GOC:goals of careケアの目標、とくに緩和ケアなどが介入しDNRなどを決める時の家族会議をいいます。gttsラテン語のgutta=dropとなるため、「heparin drip」などを「heparin gtt」と言います。HCP:health care proxy何か重要な決定を本人の代わりにする人のことを指します。文書によって、本人が選定しサインすることが求められます。KVO:keep venous line open静脈ラインを開けておくという意味です。看護師サイドでよく使われますNGTD:no growth to date「bld cx NGTD」とかいうと、血液培養が今のところ陰性、となります。NKDA:no known drug allergy既知の薬物アレルギーなし。Pass awayお亡くなりになる。Pass out気を失う。夜勤をしていて、日勤者への申し送りに、「he passed out」と言おうとして「he passed away」と間違って言ってしまい、ものすごく驚かれたことがあります。PERRLA:pupils equal round reactive to light and accommodation瞳孔は左右対称で、円形、光に反応し、調節反応が正常である。PSU:polysubsutance useコカインなど麻薬の薬物乱用のことを指します。日本では麻薬を使用している人を見つけたら警察に通報ですが、アメリカでは必要ありません。ちなみに、渡米してから「警察に通報する必要はないの?」と同僚に聞いたら笑われました。SOB:shortness of breath呼吸困難。s/p:status post「CAD s/p PCI」などと、PCIをすでに患者が受けていることを言います。Utox:urine toxicology尿中薬物検査。これをするとどんな薬の乱用者かわかります。医療従事者も新しい仕事に就く前にスクリーニングとして検査することが多いです。こうした略語を使って、たとえば以下のようにサマリーします。77 yo F with PMH of HTN, HLD, DM, PSU, CAD s/p PCI c/b cardiac tamponade 2/2 wire perforation, HFrEF (EF 30%) s/p ICD, BIBA for SOB, found to have ADHF, now s/p IV diuresis, pending GOC with HCP and DC planning.(77歳の女性。既往歴に高血圧、脂質異常症、糖尿病、薬物乱用歴、冠動脈疾患があり、PCIの際にワイヤーの穿孔による心タンポナーデを合併した。HFrEF[左心駆出率30%]で植込み型除細動器を挿入済み。呼吸困難で救急搬送され、急性増悪型心不全と診断された。静注利尿薬の投与後、現在ケアの目標と退院計画についてヘルスケアプロキシーとの相談待ち)Column本連載ボストン編のアイコンになっている州議会の写真です。夜間はライトアップされて、きれいな建物ですね。ボストン観光をする暇があまりないのですが、そろそろしていきたいと思います。画像を拡大する

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糖尿病、脳卒中合併高血圧でも積極的降圧が有効―とはいうが、COVID-19ロックダウン下の中国で大規模臨床試験を強行したことに驚き(解説:桑島巌氏)

 糖尿病や脳卒中既往を有する高血圧患者では、収縮期血圧の降圧目標値を140mmHg以下とするよりも120mmHg以下としたほうが心血管合併症の予防効果が有意に大きい、という中国で実施された大規模臨床試験の結果である。本試験の結果は、2015年に発表された米国のSPRINT試験に規模や目的などが似たプロトコールであり、結果としての積極的降圧群が心血管死を有意に抑制した点でも類似している。 大きな違いは、SPRINTでは糖尿病症例や脳卒中既往例を除外しているのに対し、本試験ではこれらの疾患を合併した症例でも積極的降圧が有用であるとの結論を導いている点である。しかし注目すべきは、本試験では腎機能がeGFR 45mL/分/1.73m2以下の腎機能低下例を対象から除外している点である。すなわち、糖尿病性腎症などで腎機能が低下している症例では本試験の結果をそのまま適用することはできない。 また、測定方法もSPRINTでは医療スタッフのいない環境下で自動血圧計による3回の座位血圧測定に基づいてフォローしているのに対して、本研究ではtrained investigatorが自動血圧計にて3回測定している。この点は、白衣現象をどの程度除外しえたかが問題になろう。 積極的降圧にどのような降圧薬が追加使用されたかは本論文から明らかではないが、低ナトリウム血症が多いことから、サイアザイド系あるいはサイアザイド類似降圧利尿薬が使われたと推定できる。さらに、積極的降圧群に失神が有意に多いことは注意が必要である。 そして驚きは、本試験は中国発祥のCOVID-19が中国全土のみならず、全世界に猛威を振るった時期に遂行された点である。すなわち、2019年9月~2020年7月までに登録した症例を3.4年間(中央値)追跡した試験であり、コロナの1例目が中国・武漢で見つかったのが2019年12月であり、それ以後は急速に世界に拡散し、とくに中国ではゼロコロナ政策によって2022年11月まで全国的に徹底したロックダウンを実施したことは記憶に新しい。論文では、ロックダウンは服薬コンプライアンスに影響を与えなかったとさらりと述べているが、にわかには信じがたい。 本試験は試験プロセスに疑問はあるものの、糖尿病、脳卒中既往例でも積極的降圧が心血管死の予防に有効であるとの結論を導いている。しかし、あくまでも1つのエビデンスかもしれないが、Evidence-Based Medicine(EBM)ではない。EBMとはエビデンス、患者の特性、医師の経験を三位一体ですべきものであり、とくに高齢者のような多様性を特徴とする世代には、患者の特性(腎機能、認知機能、ADL)などを考慮した個別的対応が求められる。

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15の診断名・11の内服薬―この薬は本当に必要?【こんなときどうする?高齢者診療】第5回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロン」で2024年8月に扱ったテーマ「高齢者への使用を避けたい薬」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。老年医学の型「5つのM」の3つめにあたるのが「薬」です。患者の主訴を聞くときは、必ず薬の影響を念頭に置くのが老年医学のスタンダード。どのように診療・ケアに役立つのか、症例から考えてみましょう。90歳男性。初診外来に15種類の診断名と、内服薬11種類を伴って来院。【診断名】2型糖尿病、心不全、高血圧、冠動脈疾患、高脂血症、心房細動、COPD、白内障、逆流性食道炎、難聴、骨粗鬆症、変形性膝関節症、爪白癬、認知症、抑うつ【服用中の薬剤】処方薬(スタチン、アムロジピン、リシノプリル、ラシックス、グリメピリド、メトホルミン、アルプラゾラム、オメプラゾール)市販薬(抗ヒスタミン薬、鎮痛薬、便秘薬)病気のデパートのような診断名の多さです。薬の数は、5剤以上で多剤併用とするポリファーマシーの基準1)をはるかに超えています。この症例を「これらの診断名は正しいのか?」、「処方されている薬は必要だったのか?」このふたつの点から整理していきましょう。初診の高齢者には、必ず薬の副作用を疑った診察を!私は高齢者の診療で、コモンな老年症候群と同時に、さまざまな訴えや症状が薬の副作用である可能性を考慮にいれて診察しています。なぜなら、老年症候群と薬の副作用で生じる症状はとても似ているからです。たとえば、認知機能低下、抑うつ、起立性低血圧、転倒、高血圧、排尿障害、便秘、パーキンソン症状など2)があります。症状が多くて覚えられないという方にもおすすめのアセスメント方法は、第2回で解説したDEEP-INを使うことです。これに沿って問診する際、とくにD(認知機能)、P(身体機能)、I(失禁)、N(栄養状態)の機能低下や症状が服用している薬と関連していないか意識的に問診することで診療が効率的になります。処方カスケードを見つけ、不要な薬を特定するさて、はっきりしない既往歴や薬があまりに多いときは処方カスケードの可能性も考えます。薬剤による副作用で出現した症状に新しく診断名がついて、対処するための処方が追加されつづける流れを処方カスケードといいます。この患者では、変形性膝関節症に対する鎮痛薬(NSAIDs)→NSAIDsによる逆流性食道炎→制酸薬といったカスケードや、NSAIDs→血圧上昇→高血圧症の診断→降圧薬(アムロジピン)→下肢のむくみ→心不全疑い→利尿薬→血中尿酸値上昇→痛風発作→痛風薬→急性腎不全という流れが考えられます。このような流れで診断名や処方薬が増えたと想定すると、カスケードが起こる前は以下の診断名で、必要だったのはこれらの処方薬ではと考えることができます。90歳男性。初診外来に15種類の診断名と、内服薬11種類を伴って来院。【診断名】2型糖尿病、心不全、高血圧、冠動脈疾患、高脂血症、心房細動、COPD、白内障、逆流性食道炎、難聴、骨粗鬆症、変形性膝関節症、爪白癬、認知症、抑うつ【服用中の薬剤】処方薬(スタチン、アムロジピン、リシノプリル、ラシックス、グリメピリド、メトホルミン、アルプラゾラム、オメプラゾール)市販薬(抗ヒスタミン薬、鎮痛薬、便秘薬)減薬の5ステップ減らせそうな薬の検討がついたら以下の5つをもとに減薬するかどうかを考えましょう。(1)中止/減量することを検討できそうな薬に注目する(2)利益と不利益を洗い出す(3)減薬が可能な状況か、できないとするとなぜか、を確認する(4)病状や併存疾患、認知・身体機能本人の大切にしていることや周辺環境をもとに優先順位を決める(第1回・5つのMを参照)(5)減薬後のフォローアップ方法を考え、調整する患者に利益をもたらす介入にするために(2)~(4)のステップはとても重要です。効果が見込めない薬でも本人の思い入れが強く、中止・減量が難しい場合もあります。またフォローアップが行える環境でないと、本当は必要な薬を中断してしまって健康を害する状況を見過ごしてしまうかもしれません。フォローアップのない介入は患者の不利益につながりかねません。どのような薬であっても、これらのプロセスを踏むことを減薬成功の鍵としてぜひ覚えておいてください! 高齢者への処方・減量の原則実際に高齢者へ処方を開始したり、減量・中止したりする際には、「Stand by, Start low, Go slow」3)に沿って進めます。Stand byまず様子をみる。不要な薬を開始しない。効果が見込めない薬を使い始めない。効果はあるが発現まで時間のかかる薬を使い始めない。Start lowより安全性が高い薬を少量、効果が期待できる最小量から使う。副作用が起こる確率が高い場合は、代替薬がないか確認する。Go slow増量する場合は、少しづつ、ゆっくりと。(*例外はあり)複数の薬を同時に開始/中止しない現場での実感として、1度に変更・増量・減量する薬は基本的に2剤以下に留めると介入の効果をモニタリングしやすく、安全に減量・中止または必要な調整が行えます。開始や増量、または中止を数日も待てない状況は意外に多くありませんから、焦らず時間をかけることもまたポイントです。つまり3つの原則は、薬を開始・増量するときにも有用です。ぜひ皆さんの診療に役立ててみてください! よりリアルな減薬のポイントはオンラインサロンでサロンでは、ふらつき・転倒・記憶力低下を主訴に来院した8剤併用中の78歳女性のケースを例に、クイズ形式で介入のポイントをディスカッションしています。高齢者によく処方される薬剤の副作用・副効果の解説に加えて、転倒につながりやすい処方の組み合わせや、アセトアミノフェンが効かないときに何を処方するのか?アメリカでの最先端をお話いただいています。参考1)Danijela Gnjidic,et al. J Clin Epidemiol. 2012;65(9):989-95.2)樋口雅也ほか.あめいろぐ高齢者診療. 33. 2020. 丸善出版3)The 4Ms of Age Friendly Healthcare Delivery: Medications#104/Geriatric Fast Fact.上記サイトはstart low, go slow を含めた老年医学のまとめサイトです。翻訳ソフトなど用いてぜひ参照してみてください。実はオリジナルは「start low, go slow」だけなのですが、どうしても「診断して治療する」=検査・処方に走ってしまいがちな医師としての自分への自戒を込めて、stand by を追加して、反射的に処方しないことを忘れないようにしています。

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第227回 Nature誌の予言的中?再生医療の早期承認の現状は…

科学誌「Nature誌」の“予言”は正しかったのか? 2015年12月、同誌のエディトリアルに「Stem the tide(流れを止めよ)」というやや過激なタイトルの論評が掲載されたことを覚えている人もいるのではないだろうか?ちなみにこの論評には「Japan has introduced an unproven system to make patients pay for clinical trials(日本は臨床試験費用を患者に支払わせる実績のない制度を導入)」とのサブタイトルが付け加えられていた。Nature誌が批判した日本の制度とは、2014年11月にスタートした再生医療等製品に関する早期承認(条件および期限付承認)制度のことである。同制度はアンメットメディカルニーズで患者数が少なく、二重盲検比較試験実施も困難な再生医療等製品について、有効性が推定され、安全性が認められたものを、条件や期限を設けたうえで早期承認する仕組み。承認後は製造販売後使用成績調査や製造販売後臨床試験を計画・実施し、7年を超えない範囲で有効性・安全性を検証したうえで、期限内に再度承認申請して本承認(正式承認)を取得する。Nature誌の論評の直前、厚生労働省(以下、厚労省)の中央社会保険医療協議会は、同制度での承認第1号となった虚血性心疾患に伴う重症心不全治療のヒト(自己)骨格筋由来細胞シート「ハートシート」(テルモ)の保険償還価格を決定していた。ハートシートは患者の大腿部から採取した筋肉組織内の骨格筋芽細胞を培養してシート状にし、患者の心臓表面に移植する製品。念のために言うと、Nature誌による批判の本丸は、同制度の承認の仕方そのものというよりは保険償還に関する点である。通常、製薬企業などが新たな治療薬や治療製品を開発する際は、開発費用は当然ながら企業側が全額負担する。しかし、条件付き承認制度では、企業は暫定承認状態で販売が可能になり、最低でも本承認の可否が決定するまでの期間、保険診療を通じた公費負担と患者の一部自己負担が製品の販売収益となる。そしてこの間にも企業側は本承認に向けた臨床試験を実施する。つまるところ、暫定承認期間中に、本来、企業負担で行うべき臨床試験費用の一部を事実上患者が負担し、効果が証明できずに本承認を得られなかったとしても過去の患者負担が返還されるわけでもない。企業が負うべきリスクを患者に付け回している、というのがNature誌の主張だ。そしてNature誌の論評では「条件付きかどうかに関わらず、すでに承認された医薬品を制御するのは容易ではないだろう。評価が甘く、医薬品の効果が明らかにされない、あるいは流通から排除されないなど生ぬるい評価が行われれば、日本は効果のない治療薬であふれてしまう国になる可能性がある」とまで言い切った。2014年から10年、制度利用の状況このハートシート以降、条件付き早期承認制度を利用して承認を取得したのは、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を適応としたヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞「ステミラック」(ニプロ)、慢性動脈閉塞症での潰瘍の改善を適応とする「コラテジェン(一般名:ベペルミノゲンペルプラスミド)」(アンジェス)、悪性神経膠腫を適応とする「デリタクト(一般名:テセルパツレブ)」がある。そして今年7月19日に開催された厚労省の薬事審議会の下部会議体である再生医療等製品・生物由来技術部会は、ハートシートについてメーカーが提出した使用成績調査49例とハートシートを移植しない心不全患者による対照群の臨床研究102例の比較検討から、主要評価項目である心臓疾患関連死までの期間、副次評価項目である左室駆出率(LVEF)のいずれでもハートシートの優越性は確認できなかったと評価し、「本承認は適切ではない」との判断を下した。また、これに先立つ6月24日、同じく条件付き早期承認を取得していた前述のコラテジェンでも動きがあった。製造・販売元のアンジェスが「HGF 遺伝子治療用製品『コラテジェン』の開発販売戦略の変更に関するお知らせ」なるプレスリリースを公表。同社はすでに2023年5月に本承認に向けた申請を行っていたが、プレスリリースでは「非盲検下で実施した市販後調査では、二重盲検の国内第III相臨床試験成績を再現できなかったことから上記申請を一旦取り下げ」と述べ、6月27日付で本承認申請を取り下げた。率直に言って、データを提出して本承認への申請を行っていながら、1年後には第III相試験成績を再現できなかったと申請を取り下げるのはかなり意味不明である。厚労省側は前述の7月19日の部会にコラテジェンに対するアンジェスの対応を報告。結果としてハートシートとコラテジェン共に暫定承認が失効した。制度発足から10年で、条件付き早期承認制度を利用して承認を受けた4製品のうち2製品が市場から姿を消したことになる。つまり同制度の暫定“打率”は5割という、医療製品としてはあまり望ましくない数字だ。薬事審議会後の厚労省医薬局の医療機器審査管理課の担当者による記者ブリーフィングでは、審議会委員から「今後こういったことが続かないように制度運用での有効な措置を考えるべきだ」との意見も出たことが明らかにされた。ある意味、当然の反応だろう。もっとも今回、医療機器審査管理課が公表したハートシート、コラテジェンの審議結果では、いずれも「有効性が推定されるとした条件及び期限付承認時の判断は否定されないものの」とのただし書きが付いた。さて、そのハートシートが条件付き期限付き承認を受けた当時の審査報告書に今回改めて目を通してみた。当時の審査報告何とも評価が難しいのは、承認の前提になった国内臨床試験が症例数7例の単群試験である点だ。この7例は▽慢性虚血性心疾患患者▽NYHA心機能分類III~IV度▽ジギタリス、利尿薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬、アルドステロン拮抗薬、経口強心薬といった最大限の薬物療法を行っているにもかかわらず心不全状態にある▽20歳以上▽標準的な治療法に冠動脈バイパス術(CABG)、僧帽弁形成術、左室形成術、心臓再同期療法(CRT)、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施して3ヵ月以上経過しているにもかかわらず心不全の悪化が危慎される▽エントリー時の安静時LVEF(心エコー図検査) が35%以下、を満たす重症心不全患者である。実際の7例の詳細を見ると、年齢は35~71歳、NYHA心機能分類は全員がIII度、LVEFが22~33%。治療では全例がPCIかCABGを施行し、5例はその両方を施行していた。薬物治療では利尿薬、ACE阻害薬、β遮断薬のうちどれか2種類は必ず服用しており、心不全治療目的の治療薬は3~7種類を服用していた状態である。ハートシートによる治療は、開胸手術が必要になるが、この7例の状態はそれを行うだけでもかなりリスクの高い症例であることがわかる。同時にこれらの症例では、意図して対照群を設定して比較試験を行うことは、現実的にも倫理的にもかなり困難だろう。国内臨床試験の主要評価項目はLVEFの変化量である。ハードエンドポイントを意識するならば、心疾患関連死を見るべきかもしれないが、やはりこの試験セッティングでは難しいと言わざるを得ない。こうしたさまざまな制約の中で行われた臨床試験結果はどのようなものだったのか?まず、LVEFだが、ご存じのようにこの数値の算出には、心プールシンチグラフィ、心エコー、心臓CTなどの検査を行う必要があり、この中で最もバイアスが入りにくいのは心プールシンチグラフィである。臨床試験では、心プールシンチグラフィのデータでメインの評価を行っており、事前に設定したLVEFの変化量に基づく改善度の判定基準は、「悪化」が-3%未満、「維持」が-3%以上+5%未満、「改善」が+5%以上。ハートシート移植後26週時点での結果は「悪化」が2例、「維持」が5例、「改善」が0例だった。ちなみの副次評価項目では心エコー、心臓CTによるLVEF変化量も評価されており、前述の改善度判定基準に基づくならば、心エコーでは全例が「改善」、心臓CTでは「維持」が5例、「改善」が1例、残る1例はデータなし。LVEF算出において、心エコーはもっともバイアスが入りやすいと言われているが、さもありなんと思わせる結果でもある。ちなみに試験の有効性評価の設定では、試験対象患者が時問経過とともに悪化が危慎される重症心不全患者であったことから、「維持」以上を有効としたため、心プールシンチグラフィの結果では7例中5例が有効とされた。もっともここに示したデータからもわかるように、評価結果に一貫性があるとは言い難い。この点はメーカー側も十分承知していたようで、心臓外科医1名、循環器内科医2名の計3名からなる第三者委員会を組織し、各症例のデータなどを提供して症例ごとの評価を仰いでいる。審査報告書にあるその評価は「有効」が5例、「判定不能」が2例。とはいえ、有効と評価されていた症例でも、その評価にはある種の留保条件的なものが提示されたものもあった。そして最終的な医薬品医療機器総合機構(PMDA)の評価は「国内治験における本品の有効性の評価は限定的であるものの、個別症例に対する総合的な評価に基づき、標準的な薬物療法が奏効しない重症心不全患者に対して本品は一定の有効性が期待できると考える」とした。申請者、評価者、それぞれの努力がにじむ結果であり、今から振り返ってこの評価が妥当ではなかったとは言い切れないだろう。しかしながら、審査報告書を事細かに読むと、たとえば国内臨床試験の主要評価項目であるLVEF変化量についてPMDAは「申請者が設定した『悪化』、『維持』及び『改善』の各判定基準の臨床的意義は必ずしも明確ではないが」などと表現しており、あえて私見を言うならば、「第1号」ゆえの期待、もっと言えば“ご祝儀“意識も何となく感じてしまうのである。もっともNature誌のような酷評まではさすがに同意はしない。今回、薬事審議会が不承認の判断を下したことで「効果のない治療薬であふれてしまう国」という“最悪“の状況は回避されている。とはいえ、今後の同制度の運用にはかなり課題があることを示したのは確かだろうというのは、ほぼ万人に共通する認識ではないだろうか?

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肺炎の診断の半数以上は後に変更される

 肺炎の診断を誤る医師は少なくないようだ。肺炎の診断について、初期診断と退院時の診断が一致していないケースは半数以上に上ることが、200万件以上の入院データの解析から明らかになった。これは、肺炎症例の半数以上で、肺炎の初期診断が誤診であり最終的に別の病気の診断が下されたか、あるいは初期診断時に肺炎が見逃されていたかのどちらかであることを意味する。米ユタ・ヘルス大学のBarbara Jones氏らによるこの研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に8月6日掲載された。Jones氏は、「肺炎は、明確に診断できる疾患のように見えるかもしれないが、実際には、肺炎に似た他の病気と混同されて診断されているケースがかなりの割合を占める」と述べている。 今回の研究では、全米118カ所の退役軍人(VA)医療センターの238万3,899件の医療記録を用いて、救急外来(ED)から入院した患者の間で肺炎の初期診断と退院時の診断、および放射線学的診断が一致するかどうかを人工知能(AI)に解析させた。また、臨床メモに記された診断の不確実性や患者の疾患の重症度、治療内容、および転帰についても比較した。 その結果、全体の13.3%が初期診断または退院時に肺炎と診断され、肺炎の治療を受けていたことが明らかになった。このうち、9.1%は初期診断で肺炎、10.0%は退院時に肺炎と診断されていた。初期診断と退院時の診断の不一致度は57%に上った。また、初期の胸部画像で肺炎の兆候が認められ、退院時に肺炎と診断された患者のうち、33%は初期診断で肺炎と診断されていなかった。一方、肺炎の初期診断を受けた患者のうち、36%は退院時に肺炎と診断されておらず、21%は初期の胸部画像で肺炎の兆候が確認されていなかった。 臨床メモには、診断に対する不確実性に関する言及が随所で見られ、EDの診療メモでは58%、退院時の診療メモでは48%で不確実性について言及されていた。治療として、27%の患者が利尿薬、36%がコルチコステロイド、10%が抗菌薬、コルチコステロイド、および利尿薬を入院後24時間以内に投与されていた。さらに、初期診断と退院時の診断が一致していなかった患者では、臨床メモの中に不確実性に関する言及が多く見られ、追加の治療を受けることも多かったが、他の患者と比べて病状が特に悪化していたわけではなかった。初期診断と退院時の診断が一致した患者に比べて、診断が不一致だった患者のうち、初期診断で肺炎が見過ごされていた患者でのみ、30日死亡率が有意に上昇していた(10.6%対14.4%)。 こうした結果を受けてJones氏は、「医師も患者も、肺炎は診断が難しい疾患であることを肝に銘じ、柔軟に治療を進めるべきだ」と述べている。同氏はさらに、「患者も臨床医も回復に注意を払い、治療を施しても症状が軽快しない場合には、肺炎という診断に疑問を持つ必要がある」とユタ・ヘルス大学のニュースリリースで述べている。

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臨床意思決定支援システム導入で、プライマリケアでの降圧治療が改善/BMJ

 中国のプライマリケアでは、通常治療と比較して臨床意思決定支援システム(clinical decision support system:CDSS)の導入により、ガイドラインに沿った適切な降圧治療の実践が改善され、結果として血圧の緩やかな低下をもたらしたことから、CDSSは安全かつ効率的に高血圧に対するよりよい治療を提供するための有望なアプローチであることが、中国・National Clinical Research Centre for Cardiovascular DiseasesのJiali Song氏らLIGHT Collaborative Groupが実施した「LIGHT試験」で示された。研究の成果は、BMJ誌2024年7月23日号で報告された。中国の94プライマリケア施設でのクラスター無作為化試験 LIGHT試験は、中国の4つの都市部地域の94施設で実施した実践的な非盲検クラスター無作為化試験であり、2019年8月~2021年に患者を登録した(Chinese Academy of Medical Sciences innovation fund for medical scienceなどの助成を受けた)。 94のプライマリケア施設のうち、46施設をCDSSを受ける群に、48施設を通常治療を受ける群(対照)に無作為に割り付けた。CDSS群では、電子健康記録(EHR)に基づき、降圧薬の開始、漸増、切り換えについて特定のガイドラインに準拠したレジメンを患者に推奨し、通常治療群では同じEHRを用いるが、CDSSを使用せずに通常治療を行った。 対象は、ACE阻害薬またはARB、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬のうち0~2種類のクラスの降圧薬を使用し、収縮期血圧<180mmHg、拡張期血圧<110mmHgの高血圧患者であった。 主要アウトカムは、高血圧関連の受診のうちガイドラインに準拠した適切な治療が行われた割合とした。適切な治療が行われた受診の割合が15.2%高い 1万2,137例を登録した。CDSS群が5,755例(総受診回数2万3,113回)、通常治療群は6,382例(2万7,868回)であった。全体の平均年齢は61(SD 13)歳、42.5%が女性だった。平均収縮期血圧は134.1(SD 14.8)mmHgで、92.3%が少なくとも1種類のクラスの降圧薬を使用していた。 追跡期間中央値11.6ヵ月の時点で、適切な治療が行われた受診の割合は、通常治療群が62.2%(1万7,328/2万7,868回)であったのに対し、CDSS群は77.8%(1万7,975/2万3,113回)と有意に優れた(絶対群間差:15.2%ポイント[95%信頼区間[CI]:10.7~19.8、p<0.001]、オッズ比:2.17[95%CI:1.75~2.69、p<0.001])。<140/90mmHg達成割合も良好な傾向 最終受診時の収縮期血圧は、通常治療群がベースラインから0.3mmHg上昇したのに比べ、CDSS群は1.5mmHg低下し、その差は-1.6mmHg(95%CI:-2.7~-0.5)とCDSS群で有意に良好であった(p=0.006)。また、血圧コントロール率(最終受診時の<140/90mmHgの達成割合)は、CDSS群が69.0%(3,415/4,952回)、通常治療群は64.6%(3,778/5,845回)であり、群間差は4.4%ポイント(95%CI:-0.7~9.5、p=0.07)だった。 患者報告による降圧薬治療関連の有害事象はまれであり、発現頻度は両群間で同程度であった。 著者は、「CDSSは、高血圧に対する質の高い治療へのアクセスと公平性を改善するための、低コストで効率的、かつ拡張性に優れ、持続可能な手段として機能する可能性がある」と述べ、「高血圧の管理にCDSSを用いる戦略は、とくに中国のような心血管疾患の負担が大きく、医療資源に制約のある地域にとって、質の高い高血圧治療を効率的かつ安全に提供する有望なアプローチになると考えられる」としている。

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亜鉛の測定が推奨される症状・タイミングは?

 近年、健康維持に重要な栄養素として注目を浴びる亜鉛。小児の発育や味覚異常に影響することはよく知られているが、ここ数十年で国内外の研究報告からさまざまな生理作用に関与していることが明らかになっている。先般、国内レセプトデータを解析して日本人の亜鉛不足者の特徴を発表1)した横川 博英氏(順天堂大学医学部総合診療科学講座 先任准教授)が「一般集団・患者群の血清亜鉛濃度の実際と低亜鉛血症患者の頻度やその臨床像」と題し、日本人の亜鉛欠乏の現状や検査の必要性について、6月4日に開催されたノーベルファーマのプレスセミナーにおいて解説した。亜鉛不足はなぜ起こる?年齢や性差は? 横川氏らが報告した研究1)からは、▽疾病の治療を受けている日本人の3人に1人は亜鉛欠乏症(60μg/dL)、▽加齢に伴い血清亜鉛濃度は低下、▽誤嚥性肺炎、褥瘡、サルコペニア、慢性腎臓病(CKD)を併存する患者の50%以上が亜鉛欠乏症で、その関連は誤嚥性肺炎、褥瘡、サルコペニア、COVID-19、CKDの順に高い、▽利尿薬、甲状腺ホルモン治療薬、貧血治療薬、全身性抗菌薬による治療患者の50%以上が亜鉛欠乏症で、その関連は利尿薬、全身性抗菌薬、貧血治療薬、甲状腺ホルモン治療薬の順に高い、などが示唆され、この結果に対し「これらの治療薬を使わなければならない患者の状態では亜鉛欠乏を引き起こすことが多い、と解釈するのが妥当」と同氏は補足した。 また、性別や年齢でこの結果を振り返ると、男性の場合は60歳以上から、女性では70歳以上から血清亜鉛濃度の低下が顕著になっている。加えて、厚生労働省の国民健康・栄養調査報告2)おける亜鉛摂取データによると、男性は全年齢において亜鉛摂取量が不足しているのに対し、女性では50代までは摂取量が不足しているも60~70代の摂取量は推奨量と同等であった。 これを踏まえると、栄養素や健康に対する意識の差が血清亜鉛濃度にも表れている可能性がある。実際に日本人の亜鉛不足には摂取食品の変化が影響しており、「日本人が低亜鉛に陥っている原因の1つは、元来の主食である米の消費量が減り、米や雑穀から得られる亜鉛などの摂取量が低下していること。米飯(精白米)の100gあたりの亜鉛含有量は多くはない(0.6mg)ものの、主食の役割を考えるとその影響は大きい。このほかにも亜鉛を多く含む上記3品には牡蠣(13.2mg)、豚レバー(6.9mg)、牛肩ロース(5.6mg)がある3)ので、これらの摂取を意識した食生活が重要」と食事に対する意識を促した。亜鉛不足による症状 そもそも亜鉛とは、生体内の300種以上の酵素、サイトカイン、ホルモンなどに関与している栄養素で、主に筋肉(60%)、骨(20~30%)、皮膚・毛髪(8%)、肝臓(4~6%)、消化管・膵臓(2.8%)、脾臓(1.6%)などに分布している。そのため、小児の身長の伸びや味覚の維持をはじめ、皮膚代謝、生殖機能、骨格の発達、精神・行動、免疫機能にまでその影響は及ぶ。そして、亜鉛不足に関連する症状を以下のように列挙すると、身長の伸びを除き、実は高齢者にみられる症状の多くと合致することから、横川氏は「“加齢によるもの”に留めてしまうのではなく、このような症状がある場合には、一度、亜鉛測定することを推奨する」と注意喚起した。<亜鉛不足に関連する症状>味がわからない、食欲がない、皮膚炎、生殖機能の低下、脱毛、傷が治りにくい、元気がない、貧血、骨粗鬆症、口内炎、風邪をひきやすい、下痢、身長の伸びが悪い亜鉛を測定するタイミング この10年で医療機関での亜鉛の検査数4)は加速度的に増加し、メディカル・データ・ビジョンの急性期病院の医療情報データベースを用いて亜鉛を検査した診療科比率を算出したところ、外来では内科(19%)、小児科(10%)、外科(8%)で、入院では内科(27%)、腎臓内科(7%)、外科(6%)で主に検査が行われており、「褥瘡管理や経管栄養などを行っている患者への栄養アセスメントの観点から検査件数が増加傾向にある」と見解を示した。では、前述のような亜鉛欠乏を想起するような症状がない場合、亜鉛を測定するタイミングはあるのだろうか? 横川氏によれば、「特徴的な症状がなく、一見、不定愁訴のような訴えの場合でも、まず亜鉛欠乏も疑ってみることが、診断のきっかけになることもあり得る」と説明した。 最後に同氏は、「血清亜鉛濃度の低下は、腎疾患や肝疾患はもちろんのこと、加齢による亜鉛の消化管吸収低下が原因で生じることもある。そのため、消化器領域の診療においても上述のような症状がみられる患者に遭遇した際には、低亜鉛を意識した検査を行ってほしい。そして、亜鉛欠乏にも配慮した併存疾患の治療を行ってほしい」と締めくくった。

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降圧薬による湿疹性皮膚炎リスクの上昇

 湿疹性皮膚炎(アトピー性皮膚炎)と診断される高齢者が増加しているが、多くの湿疹研究は小児および若年成人を対象としており、高齢者の湿疹の病態および治療法はよく知られていない。高齢者の湿疹の背景に薬物、とくに降圧薬が関与している可能性を示唆する研究結果が発表された。米国・カリフォルニア大学サンフランシスコ校のMorgan Ye氏らによる本研究は、JAMA Dermatology誌オンライン版2024年5月22日号に掲載された。 本研究は縦断コホート研究であり、英国The Health Improvement Networkに参加するプライマリケア診療所における60歳以上の患者を対象とした。1994年1月1日~2015年1月1日のデータを対象とし、解析は2020年1月6日~2024年2月6日に行われた。主要アウトカムは湿疹性皮膚炎の新規診断で、最も一般的な5つの湿疹コードのうち1つの初診日によって判断した。 主な結果は以下のとおり。・156万1,358例の高齢者(平均年齢67[SD 9]歳、女性54%)が対象となった。45%が高血圧の診断を受けたことがあり、追跡期間中央値6年(IQR:3~11年)における湿疹性皮膚炎の全有病率は6.7%だった。・湿疹性皮膚炎の罹患率は、降圧薬投与群のほうが非投与群よりも高かった(12例vs.9例/1,000人年)。・Cox比例ハザードモデル調整後、いずれかの降圧薬を投与された参加者は、いずれかの湿疹性皮膚炎のリスクが29%増加した(ハザード比[HR]:1.29、95%信頼区間[CI]:1.26~1.31)。・降圧薬を個別に評価したところ、皮膚炎リスクへの影響が大きいのは利尿薬(HR:1.21、95%CI:1.19~1.24)とカルシウム拮抗薬(HR:1.16、95%CI:1.14~1.18)で、小さいのはアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(HR:1.02、95%CI:1.00~1.04)とβ遮断薬(HR:1.04、95%CI:1.02~1.06)であった。 研究者らは「このコホート研究により、降圧薬は湿疹性皮膚炎の増加と関連しており、その関連は利尿薬とカルシウム拮抗薬で大きく、ACE阻害薬とβ遮断薬で小さいことが明らかになった。この関連性の根底にある機序を理解するためにはさらなる研究が必要だが、これらのデータは、高齢患者の湿疹性皮膚炎の管理指針として臨床に役立つ可能性がある」としている。

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セマグルチド投与で心不全患者の利尿薬必要量が減少

 心不全患者の体内には水分がたまりやすいため、過剰な水分を排出する作用のあるループ利尿薬がしばしば処方される。こうした中、画期的な肥満症治療薬であるセマグルチド(商品名ウゴービ)によって利尿薬の必要性を減らせる可能性のあることが、肥満を伴う収縮機能が保たれた心不全(HFpEF)患者を対象とした臨床試験のデータの解析で示された。米ジョンズ・ホプキンス大学医学部准教授のKavita Sharma氏らによるこの解析結果は、欧州心臓病学会(ESC)による欧州心不全学会(Heart failure 2024、5月11~14日、ポルトガル・リスボン)で発表され、「European Heart Journal」に5月13日掲載された。 ESCのニュースリリースによると、心不全の代表的なタイプの一つであるHFpEFでは、全身に血液を送り出す心臓のポンプ機能は正常に保たれているものの、筋肉が硬くなって広がりにくくなる。そのため、全身から心臓に血液が戻りにくくなり、全身が必要とする酸素を豊富に含んだ血液を送り出すことができなくなるという。 Sharma氏らは今回、肥満(BMI 30以上)だが糖尿病のないHFpEF患者529人を対象としたSTEP-HFpEF試験と、肥満で糖尿病のあるHFpEF患者616人を対象としたSTEP-HFpEF-DM試験の二つの臨床試験の参加者(計1,145人)のデータを統合して解析した。試験開始時点で利尿薬を使用していなかったのは220人で、223人がループ利尿薬以外の利尿薬、702人がループ利尿薬を使用していた。参加者は52週間にわたって週1回、セマグルチド2.4mgまたはプラセボを皮下注射する群にランダムに割り付けられていた。 その結果、セマグルチド群ではプラセボ群に比べて、心不全に関連した症状や身体的制限に関する標準的な評価尺度であるカンザスシティ心筋症質問票臨床サマリースコア(KCCQ-CSS)の改善度が大きく、特に利尿薬使用患者で大きな改善が認められた(プラセボ群と比べたKCCQ-CSSの平均差は、利尿薬使用患者で+9.3、利尿薬非使用患者で+4.7)。また、試験開始時からの体重変化率はプラセボ群と比べてセマグルチド群で大きく、プラセボ群との差(平均)は、利尿薬非使用患者で-8.8%、ループ利尿薬の使用量が最も多かった患者で-6.9%であることが示された。 さらに、セマグルチドの使用は6分間歩行距離などの他の心不全の指標の改善にも関与している可能性が示されたほか、ループ利尿薬の使用量に大きな影響を及ぼすことが判明した。すなわち、試験期間中にプラセボ群ではループ利尿薬の使用量が平均で2.4%増加していたのに対し、セマグルチド群では平均で17%減少していたという。このほか、同試験では、利尿薬の使用状況によって分類したサブグループの全てにおいて、セマグルチド群ではプラセボ群と比べて重篤な有害事象が少ないことも示されたと、研究グループはESCのニュースリリースの中で述べている。 Sharma氏は全体的な結果として「利尿薬使用の有無にかかわりなく、HFpEF患者において、セマグルチドは症状や身体的制限を改善するとともに、体重をより減少させることが示された」と説明している。 さらにSharma氏は、セマグルチドを投与された患者では、プラセボを投与された患者と比べて、利尿薬の平均使用量が減少し、利尿薬の投与量が増加する可能性が低下し、利尿薬の投与量を減らす必要性が増加する可能性が示されたことに言及。「これらのパラメーターは、セマグルチドの疾患修飾作用と、この試験の対象者と同様の条件を満たす患者集団において、同薬が長期的な臨床アウトカムの改善に関連する可能性を示唆している」と述べている。

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心不全の退院後フォローアップ【日常診療アップグレード】第4回

心不全の退院後フォローアップ問題82歳男性。慢性心不全で外来通院中であったが、市中肺炎を契機に心不全が増悪し入院となった。ループ利尿薬の投与で症状は軽快した。明日(入院10日目)、退院の予定である。次回の外来予約を1週間後に設定した。

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日本人の降圧薬アドヒアランス、低い患者とは?

 日本では、血圧が140/90mmHg未満にコントロールされている患者はわずか30%程度で、降圧薬の服薬アドヒアランスが低いことがコントロール不良の原因であると考えられている。今回、九州大学の相良 空美氏らが日本人の大規模データベースを用いて降圧薬のアドヒアランスを調べたところ、降圧薬のアドヒアランス不良率は26.2%であり、若年、男性、単剤治療、利尿薬使用、がんの併存、病院での処方、中規模/地方都市居住が、アドヒアランス不良と関連することが示された。Journal of Hypertension誌2024年4月号に掲載。 本研究は、新規に高血圧症と診断された31~74歳の日本人11万2,506例を含むLIFE Study(自治体から地域住民の医療・介護・保健・行政データを収集・統合しコホート研究を実施)のデータベースを用いた。服薬アドヒアランスは、治療開始後1年間、PDC(proportion of days covered:処方日数カバー比率)法を用いて評価した(80%以下はアドヒアランス不良)。さらに服薬アドヒアランスの関連因子も評価した。 主な結果は以下のとおり。・高血圧症患者11万2,506例のうち、治療開始後1年間の降圧薬の服薬アドヒアランス不良率は26.2%であった。・アドヒアランス不良と関連する因子として、若年(71~74歳と比較した31~35歳のオッズ比[OR]:0.15、95%信頼区間[CI]:0.12~0.19]、男性、単剤治療、利尿薬使用(ARBと比較したOR:0.87、95%CI:0.82~0.91)、がんの併存(併存なしと比較したOR:0.84、95%CI:0.79~0.91)、病院での処方、中規模~地方都市居住が同定された。 著者らは「日本の保険請求データによる降圧薬のアドヒアランスの現状とその関連因子を示した今回の結果は、降圧薬のアドヒアランスと血圧コントロールの改善に役立つと思われる」とまとめた。

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漢方薬による偽アルドステロン症、高血圧や認知症と関連

 漢方薬は日本で1500年以上にわたり伝統的に用いられているが、使用することにより「偽アルドステロン症」などの副作用が生じることがある。今回、日本のデータベースを用いて漢方薬の使用と副作用報告に関する調査が行われ、偽アルドステロン症と高血圧や認知症との関連が明らかとなった。また、女性、70歳以上などとの関連も見られたという。福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座の畝田一司氏らによる研究であり、詳細は「PLOS ONE」に1月2日掲載された。 偽アルドステロン症は、血圧を上昇させるホルモン(アルドステロン)が増加していないにもかかわらず、高血圧、むくみ、低カリウムなどの症状が現れる状態。「甘草(カンゾウ)」という生薬には抗炎症作用や肝機能に対する有益な作用があるが、その主成分であるグリチルリチンが、偽アルドステロン症の原因と考えられている。現在、保険が適用される漢方薬は148種類あり、そのうちの70%以上に甘草が含まれている。 今回の研究では、「医薬品副作用データベース(JADER)」を用いて、漢方薬による偽アルドステロン症と関連する臨床的要因が検討された。同データベースには、患者背景、使用薬、有害事象に関する自己報告データが含まれている。2004年4月から2022年11月までの期間に報告された有害事象から、保険適用の漢方薬148種類に関する報告を抽出。不完全な報告データを除外して、有害事象のデータ2,471件(偽アルドステロン症210件、他の有害事象2,261件)が解析対象となった。 解析の結果、偽アルドステロン症では他の有害事象と比べて、漢方薬に含まれる甘草の投与量が有意に多く(平均3.3対1.5g/日)、漢方薬の使用期間が有意に長いことが判明した(中央値77.5対29.0日)。偽アルドステロン症の報告で最もよく使用されていた漢方薬は、「芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)」(90件)、「抑肝散(ヨクカンサン)」(47件)、「六君子湯(リックンシトウ)」(12件)、「補中益気湯(ホチュウエッキトウ)」(10件)などだった。 さらに、偽アルドステロン症と関連する因子を検討した結果、女性(オッズ比1.7、95%信頼区間1.2~2.6)、70歳以上(同5.0、3.2~7.8)、体重50kg未満(同2.2、1.5~3.2)、利尿薬の使用(同2.1、1.3~4.8)、認知症(同7.0、4.2~11.6)、高血圧(同1.6、1.1~2.4)との有意な関連が認められた。また、甘草の1日当たりの投与量(同2.1、1.9~2.3)および漢方薬の14日以上の使用(同2.8、1.7~4.5)も、偽アルドステロン症と有意に関連していた。 著者らは、今回の研究は自己報告のデータを対象としており、過少報告の可能性や臨床的背景の情報が限られることなどを説明した上で、「漢方薬による偽アルドステロン症の実臨床における関連因子が明らかになった」と結論付けている。ただし、今回の研究では抽出された関連因子と偽アルドステロン症との因果関係については検証できず、今後の課題だという。著者らはまた、関連因子のうち、高血圧を特定できたことの意義は大きいとしている。さらに、「複数の因子を持つ患者に対して、甘草を含む漢方薬が14日以上処方される場合は、偽アルドステロン症を予防するために注意深い経過観察が必要である」と述べている。

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