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心臓弁膜症は心臓疾患の中では古くからその病態生理が検討され、心臓外科手術、とくに人工弁置換術の術式が確立することに加えて、心臓超音波検査法の進歩と相まって今日の診療の枠組みが構築された。2014年に国内で6万6,453件の心臓外科手術が行われているが、そのうち2万1,939件が弁膜症であり、大動脈弁狭窄に対する弁置換と僧帽弁閉鎖不全に対する形成術の比率が増えており、それら疾患の増加が読み取れる。最近は大動脈弁狭窄症にTAVIというカテーテル治療が登場し、僧帽弁閉鎖不全にもカテーテルを用いてクリップを僧帽弁にかけるMitraClipという治療法が日本でも始まろうとしている。このような時期において一般集団における僧帽弁閉鎖不全の頻度と外科治療の実施状況、予後などについて必ずしも明らかではなかった。本邦の検討ではないが、米国からのこの論文は示唆に富むものと考えられる。 本論文は、一般集団におけるコホート研究による僧帽弁閉鎖不全症の転帰および、介入的治療がなされていない実態を明らかにするための研究である。研究者らはメイヨー・クリニックの電子カルテ情報、ロチェスター疫学研究プロジェクトのデータを用い、米国ミネソタ州オルムステッド郡の一般集団において10年の間に診断された中等度から重症の僧帽弁閉鎖不全症症例全例(大動脈弁に病変がなく、過去に僧帽弁手術の既往がない)を拾い出し、臨床像、死亡率、心不全発症率、心臓外科手術の転帰について解析を行った。 2000~10年の10年間で1,294名の住人(診断時の平均年齢は77歳)が中等度~重症僧帽弁閉鎖不全症と診断され、42%が左室駆出率50%未満であり、それらは50%以上の症例よりも逆流量が少なかった。診断後の死亡率は心臓死が51%(824名中420例)であり、同地域の年齢・性別から推定される死亡率に比較してリスク比が2.23倍と高かった。左室駆出率が50%未満(リスク比3.17)でも以上(リスク比1.71)であっても、また僧帽弁閉鎖不全が一次性(リスク比1.73)であっても二次性(リスク比2.72)であっても死亡率上昇が認められた。心不全も高率に認められた(診断後5年間で平均64%)。僧帽弁外科手術はたった198例(15%)にしか実施されておらず、術式はそのうち149例が僧帽弁形成術であった。外科手術の実施例は、左室駆出率で分けると50%未満では28例(5%)、50%以上では170例(22%)であり、僧帽弁閉鎖不全が一次性のものは164例(29%)、二次性では34例(5%)に実施されていた。このような状況から、僧帽弁閉鎖不全症は診断と治療へのアクセスが十分行える地域集団においても限られた数の症例しか診断・治療に到達していない状況が浮き彫りになったとされ、ここにアンメットニーズがあると考えられる、と結んでいる。 日本においては米国に比較して病院へのアクセスおよび通院頻度が高く、かつ健康診断などがルーチン化している状況で僧帽弁閉鎖不全の実態は大きく異なるのかもしれないが、一方で僧帽弁閉鎖不全症について必要な外科治療を提供できていない可能性も考える必要性があり、大変示唆に富む論文と考えられる。