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第284回 終末期医療における延命治療終了、4学会が合同ガイドライン改訂案

<先週の動き> 1.終末期医療における延命治療終了、4学会が合同ガイドライン改訂案 2.全国がん登録に「死亡場所」追加、研究活用促進へ/規制改革推進会議 3.小児科・産科、総合診療の人材不足鮮明 医師確保計画の改定で/厚労省 4.美容医療の診療録記載を省令で明確化へ、監督強化でパブコメ開始/厚労省 5.出生数70.6万人で過去最少更新、推計より17年早い少子化/厚労省 6.人口減少で経営悪化の病院再編、市立病院が閉院へ/室蘭市 1.終末期医療における延命治療終了、4学会が合同ガイドライン改訂案救急・集中治療領域における生命維持治療の終了・差し控えを巡り、日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本循環器学会、日本緩和医療学会の4学会は、合同ガイドライン改訂案を公表した。2014年策定の指針から約11年ぶりの改訂となる。改訂案では「終末期」をあえて定義せず、人工呼吸器などの生命維持治療を開始しない、または終了する際の判断手順を具体化した点が特徴となっている。患者本人の価値観や意思を中心に、家族および医療チームが協議して方針を決定する「共同意思決定」を原則とした。また、1度治療を開始すると中止できないという臨床現場の萎縮を防ぐため、期限を区切って治療効果を評価する「タイム・リミテッド・トライアル」の考え方を明記。治療を差し控え、または終了した場合の緩和ケアについても、苦痛緩和の具体的手順や家族支援の在り方を詳細に示した。これまで、法的責任への懸念や指針のあいまいさから、患者が望まない治療が継続される事例も少なくなかった。今回の改訂案は、現場での判断を支える実践的指針として、患者の尊厳を尊重した医療の実現につながることが期待される。3月27日までパブリックコメントを実施している。 参考 1) 終末期医療の指針、救急など4学会改訂案 意思決定やケアの手順示す(朝日新聞) 2) 延命治療終了の手順具体化 学会指針案、11年ぶり改定(共同通信) 3) 延命治療終了の手順明記 4学会が指針案、患者の意思尊重 医療者・家族の協議求める(日経新聞) 4) 「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」パブリックコメント募集のお知らせ(日本救急医学会) 2.全国がん登録に「死亡場所」追加、研究活用促進へ/規制改革推進会議政府の規制改革推進会議は2月26日、規制改革に関する中間答申を公表し、「全国がん登録情報および院内がん登録情報の利活用拡大」を最重要項目に位置付けた。がん登録に含まれる死亡日や死因情報は、遺族の個人情報に該当する可能性から、現行制度では第三者提供が厳しく制限されている。その一方で、多施設共同研究などでは生存確認や死亡情報の活用ニーズが高く、「研究に使えない」との指摘が相次いでいた。中間答申では、死亡日を5日単位でグループ化するなど、個人特定リスクを抑えた加工を施したうえでの第三者提供を検討すると明記。死因についても、がん死亡では部位が判別可能な情報、非がん死ではICD中間分類レベルの提供を可能とする方向性が示された。2026年の制度実施を目指す。これにあわせて、全国がん登録の届け出項目拡充も進められる。厚生労働省は、2027年診断症例から「死亡場所」を登録項目に追加する方針を了承。終末期医療や在宅看取りの実態把握に資する狙いだ。さらに、2028年以降はUICCのTNM分類(腫瘍径、リンパ節転移、遠隔転移)の追加も予定されている。また、院内がん登録とNDB(レセプト・特定健診情報)など公的データベースの連結解析を可能とし、本人同意を不要とする第三者提供の対象に院内がん登録を含める方針も示された。AYA世代や希少がんでは、国際標準分類に基づく情報提供を拡充する。その一方で、議論が続く自治体がん検診の「医師1人+AI読影」解禁は、今回の中間答申には盛り込まれなかった。政府は、今夏に規制改革実施計画を策定し、がん研究基盤の強化を急ぐとしている。 参考 1) がん登録情報の利活用、死亡日など提供方法を検討 中間答申 規制改革推進会議(CB news) 2) がん登録に「死亡場所」も 27年症例から項目追加 厚労省(同) 3) 規制改革推進に関する中間答申(規制改革推進会議) 3.小児科・産科、総合診療の人材不足鮮明 医師確保計画の改定で/厚労省厚生労働省は、2月25日に開かれた「第13回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会」で、都道府県を対象に実施したアンケート結果を公表し、医師確保が特に必要な診療科として「小児科」を挙げた自治体が最多の41都道府県に上ったと明らかにした。次いで産科・産婦人科が40、総合診療科が34となり、生命予後に直結しやすく、24時間対応や当直負担の重い診療科で人材不足が深刻である実態が改めて浮き彫りとなった。特定診療科の医師確保に向けた支援策は44都道府県で実施しており、主な手法は(1)診療科を特定した地域枠の設定、(2)人件費や医師派遣費など医療機関への財政支援、(3)大学への寄附講座設置などであった。その一方で、都道府県が養成過程での対策を進めるために国に求める支援としては、財政支援の拡充、制度に関する情報提供や協議の場の設置、臨床研修・専門研修での採用上限設定など制度的関与の強化が多く挙げられた。この検討会において、第8次医師確保計画(後期、2027年度~)に反映する「医師養成過程の取組に係る議論の整理(案)」を大筋で了承した。整理案では、地域枠は原則として恒久定員内で設置する方針を明確化し、医師少数県や離島・豪雪地帯など、やむを得ない事情がある場合に限って臨時定員の活用を例外的に認めるとした。また、医学部段階だけでなく、臨床研修・専門研修を通じた偏在是正を重視し、若手医師の流出入や研修修了後の定着状況、地域枠医師の義務年限終了後の勤務実態を継続的に把握・検証することを都道府県に求めた。大学医学部・大学病院に対しては、地域医療を担う診療科への誘導や研修プログラムの魅力向上など、教育機能と地域医療政策の一体的運用がより強く求められることになる。 参考 1) 医師確保が特に必要な診療科、最多は「小児科」 厚労省の都道府県調査で(CB news) 2) 地域枠は原則「恒久定員内」に設置へ 医師多数県以外も 厚労省検討会が整理案(同) 3) 特に医師確保が必要な診療科として、41都道府県が「小児科」と回答(日経メディカル) 4) 医師確保計画策定ガイドラインの見直しに向けた医師養成過程の取組に係る議論の整理案(厚労省) 4.美容医療の診療録記載を省令で明確化へ、監督強化でパブコメ開始/厚労省厚生労働省は、美容医療を巡る健康被害や不適切な勧誘の増加を受け、医師の診療録の記載ルールを見直す省令改正案を公表し、パブリックコメントを実施している。意見募集は3月17日まで。改正案では、美容医療を提供する場合の診療録の記載事項に「患者の主訴」「患者が希望する治療内容」が含まれることを明確化し、保健所などの立入検査・指導で診療実態を確認できるようにする。これまでは医師法違反などが疑われる事案でも、診療録の記載自体が不十分で根拠が追えず、指導の実効性が上がらないケースがあったためであり、厚労省は監督強化の一環として2026年4月の施行を予定している。今回の医師法施行規則の改正は、美容医療の消費者相談の件数増加を受け、2024年に厚労省は「美容医療の適切な実施に関する検討会」での議論をもとに、同年11月の取りまとめで「診療録記載の徹底」を安全確保の柱に位置付けた経緯がある。わが国の美容医療はSNS拡散とコロナ禍の「特需」を追い風に急拡大し、推計では2024年に市場規模は6,310億円に達している。クリニック数は、2020年の1,404施設から2023年に2,016施設へと増加し、施術件数も2017年約160万件から2024年約306万件に伸長、自由診療の高収益性を背景に研修後すぐ美容医療に進む「直美」医師も2012年の16人から2022年には198人と急増している。その一方で、経験不足や合併症対応の脆弱さを不安視する声があり、国民生活センターへの相談件数も2022年度3,798件から2024年度1万736件へと急増している。自由診療は保険診療と異なり、診療内容について保険審査の枠外で、価格設定や運営の自由度が高い。クリニックによっては、カウンセラーにノルマを課して高額な施術へ誘導するほか、術後の合併症の対応能力不足、未承認の薬剤や医療機器を使用した施術での重篤な被害の発生も繰り返されている。SNSでは「痛みゼロ」「必ず小顔」など断定的表現や根拠不明の肩書が拡散しやすく、広告規制が届きにくい「グレーゾーン」も課題となっている。厚労省では、患者の「主訴」「希望する治療」の記録を明確化して、診療の妥当性や説明・同意の検証、トラブル時の事後検証を可能にし、行政指導につなげたい考え。2025年12月には美容医療機関に安全管理措置や相談先などの報告を年1回程度求める制度整備も進んでおり、今回の省令改正と併せ、統一的な指針整備、若手教育・倫理、広告監視の実効性をどう高めるかが焦点となる。厚労省は、パブリックコメントで記載項目の具体性や運用負担、立入検査での活用方法などへの意見を求めており、4月以降は現場での真摯な対応が求められる。 参考 1) 医師法施行規則及び歯科医師法施行規則の一部を改正する省令案に関する御意見の募集について(政府) 2) 美容医療の適切な実施に関する検討会 報告書(厚労省) 3) 美容医療、診療録の記載事項に「患者の主訴」「希望する治療内容」も 省令改正へ(CB news) 4) 美への欲望につけこみ高額な課金、死亡事故も…専門医は「過剰営業」を懸念(日経メディカル) 5) 「成功してるじゃん」美容医療で“しこり”も医師が失敗認めず…被害者が施術費用の返還など求めクリニックを提訴(弁護士JPニュース) 5.出生数70.6万人で過去最少更新、推計より17年早い少子化/厚労省厚生労働省が公表した人口動態統計速報(外国人を含む)によると、2025年の出生数は70万5,809人で、1899年の統計開始以降で過去最少を更新し、10年連続減少した。前年差は1万5,179人減(2.1%減)で、2022~24年の約5%減に比べ減少幅は縮小した。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の将来推計(中位推計)では出生数が70万人台となるのは2042年と見込まれており、想定よりも約17年早いペースで少子化が進んでいる。死亡数は160万5,654人で0.8%減と5年ぶりに減少へ転じたが、出生数との差である自然減は89万9,845人と過去最大に拡大した。団塊の世代が全員75歳以上となる中、人口減の加速が改めて示された。婚姻数は50万5,656組で1.1%増、2年連続の増加。ただしコロナ禍前(2019年の59万組台)には戻っていない。離婚は18万2,969組で3.7%減だった。地域別では45道府県で出生数が減少する一方、東京都は8万8,518人(1.3%増)と速報値で9年ぶりに増加し、石川県も6,515人(128人増)と増加に転じた。全国出生数の約3割を首都圏1都3県が占め、地域差も鮮明となった。東京都は、現金給付や保育料無償化の拡大、無痛分娩助成など子育て支援を進めており、周辺自治体から転居希望の増加を指摘する声もある。上野 賢一郎厚生労働大臣は、若年層の所得向上や共働き・共育て支援を進める考えを示し、「婚姻増は良い傾向」と述べている。もっとも、出生数の下振れが続けば、年金・医療・介護の前提となる人口見通しが揺らぎ、給付と負担の再設計を迫る可能性がある。なお日本人のみの出生数・合計特殊出生率は6月公表予定で、出生数は60万人台となる見通しが示されている。政府は2030年までが少子化反転の「ラストチャンス」として、こども未来戦略を推進し、財源として公的医療保険に上乗せする支援金制度を段階的に運用する方針も示している。 参考 1) 人口動態統計速報(厚労省) 2) 2025年の出生数70万人、10年連続で最少更新…東京・石川が増加に(読売新聞) 3) 出生数過去最少の70万人 推計より17年早い少子化 25年速報値(毎日新聞) 4) 2025年の出生数70.5万人 少子化は推計より17年早く、人口減も進行(日経新聞) 5) 2025年、出生数は70万5,809人で10年連続減少、死亡数が160万5,654人で、自然増減は「マイナス89万9,845人」-厚労省(Gem Med) 6.人口減少で経営悪化の病院再編、市立病院が閉院へ/室蘭市北海道室蘭市は、経営悪化が続く市立室蘭総合病院について2027年度をめどに閉院し、高度急性期・急性期機能を製鉄記念室蘭病院へ統合する方針を正式に決定した。市内3病院(市立室蘭総合病院、製鉄記念室蘭病院、日鋼記念病院)の再編を巡り、地域医療連携再編等推進協議会が最終合意に達した。背景には、室蘭市および西胆振地域で進む人口減少と急性期医療需要の縮小がある。3病院が同様の急性期機能を維持し続ければ、病床過剰や症例分散により医療の質低下や医師確保難を招き、病院経営の持続性が失われるとの判断が示された。市立病院は1872年開設、517床・22診療科を有し、約720人が勤務する基幹病院だが、2024年度末で約85億円の負債を抱え、市の一般会計からの多額の繰り出しが市の財政を圧迫していた。再編後、東室蘭地域では製鉄記念室蘭病院が2次医療圏の救命救急・高度急性期拠点を担い、蘭西地域では日鋼記念病院を中心に急性期から回復期、在宅医療までを支える体制とする。道内初の結核患者収容モデル病室の稼働など、政策医療の集約も進める。その一方で、500人超の市立病院職員は公務員の身分を失うため、再就職支援が課題となる。北海道知事の鈴木 直道氏は、患者の受け皿確保や職員雇用について市と連携し、丁寧に対応する考えを示している。今回の閉院は、人口減少地域における公立病院再編の先行事例として、全国の地域医療に大きな影響を与える可能性がある。 参考 1) 室蘭市地域医療連携・再編等推進について(室蘭市) 2) 市立室蘭総合病院、27年度めどに閉院へ 製鉄記念室蘭病院へ機能統合 3病院再編で合意(CB news) 3) 市立室蘭総合病院を閉院へ 北海道室蘭市、70億円超の財政支出も(朝日新聞) 4) 150年の歴史がある市立病院が閉院へ…新年度に23億円支出方針の室蘭市の財政は「危機的水準」(読売新聞)

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2024~25年コロナワクチンは重症化をどれくらい防いだのか?

 2024~25年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン接種がCOVID-19関連アウトカムの予防に及ぼした効果を推定した症例対照研究の結果、入院に対するワクチンの有効性は40%であった一方、アウトカムが重篤であるほど有効性は高く、最も重篤な人工呼吸器使用または死亡に対する予防効果は79%であることが示された。これらの重症化予防効果は、ワクチン接種後少なくとも3~6ヵ月は持続した。米国疾病管理予防センター(CDC)のKevin C. Ma氏らが、JAMA Network Open誌2026年2月3日号で報告した。 対象は、2024年9月1日~2025年4月30日に、米国20州の26病院でCOVID-19様症状により入院し、SARS-CoV-2検査を受けた成人患者(18歳以上)であった。主要評価項目は、COVID-19関連の入院および重篤なアウトカム(補助酸素療法、急性呼吸不全、集中治療室入室、侵襲的人工呼吸器の使用、死亡)とした。ロジスティック回帰を用いて、SARS-CoV-2検査陽性か陰性かをアウトカムとし、COVID-19ワクチン接種の有無との関連を評価した。解析は人口統計学的特性、臨床的特徴および地域で調整した。 主な結果は以下のとおり。・合計8,493例が登録された(年齢中央値:66歳、女性:51.1%)。SARS-CoV-2検査陽性群が1,888例、陰性群が6,605例であった。・2024~25年のCOVID-19ワクチン接種率は、陽性群11.4%(216例)、陰性群18.5%(1,224例)であった。・COVID-19関連入院に対するワクチンの有効性は40%(95%信頼区間[CI]:27~51)であった(接種後の期間中央値:陽性群80日、陰性群108日)。・経過時間別のCOVID-19関連入院に対するワクチンの有効性は、接種後7~89日で34%(95%CI:14~49)、90~179日で52%(95%CI:34~65)であった。研究グループは、接種早期の低い有効性については、ワクチン接種前の自然感染増加によって一時的に集団免疫が上昇した可能性を指摘している。・最も重篤な転帰である人工呼吸器使用または死亡に対するワクチンの有効性は79%(95%CI:55~92)とより高かった。・SARS-CoV-2系統別の入院に対するワクチンの有効性は、KP.3.1.1株では49%(95%CI:25~67)、XEC株では34%(95%CI:4~56)、LP.8.1株では24%(95%CI:-19~53)であった(接種後の期間中央値:KP.3.1.1株60日、XEC株89日、LP.8.1株141日)。・推定ワクチン効果は、スパイクタンパク質の変異がある場合であっても同様であった(S31欠失変異株:41%、T22NおよびF59S置換変異株:37%)。 これらの結果より、研究グループは「LP.8.1株については、免疫の経時的減弱と変異による免疫回避を区別することが困難であり、低い推定値がウイルスの遺伝子変化によるものか、あるいは接種後の経過時間が長かったことによるものかは不明」としたうえで、「JN.1系統の子孫株が進化し続けているため、重症COVID-19に対するCOVID-19ワクチンの有効性を評価することは、ワクチン接種戦略を導くうえで依然として重要である」とまとめた。

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第304回 両肺摘出男性の命を人工肺装置が丸2日間つなぎ留め、両肺移植を可能にした

米国のNorthwestern Medicineの外科医が開発した人工肺装置が、両肺摘出男性の両肺移植までの丸2日間の命をつなぎ留めました1,2)。インフルエンザ、肺炎、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などのさまざまな疾患が肺を脅かします。肺炎や敗血症を発端として生じる重度のARDSはとくに命に関わり、死亡率は80%を超えます。ARDSはたいてい人工呼吸や酸素投与で治療され、幸いにして危機を乗り越えられるかもしれません。しかしARDS患者の肺がもはや後戻りできないほどに損傷しているのか、それとも回復しうるのかを判断するのは非常に困難です。それに、肺損傷が不可逆的で肺移植がどうやら必要となったとしても、敗血症の持続やおぼつかない臓器の心配により肺移植に踏み切ることはめったにありません。Northwestern Medicineの胸部手術部の長であるAnkit Bharat氏らも33歳のある患者を前にしてまさにその課題に直面しました3)。その男性患者はインフルエンザをこじらせて肺が機能しなくなり、最大限の治療の甲斐なく急速に進行する壊死性細菌性肺炎と怒涛の敗血症に陥りました。悲しいかな病状は悪化し続け、体外式膜型人工肺(ECMO)を施すも心臓が停止を繰り返すようになります。最も重症のARDS患者はやがて肺が回復することを願ってしばしば長期の生命維持装置にかけられます。しかし、肺自体が間断なく続く感染や炎症の出所となって臓器不全を誘い、肺を取り除いて置き換えるしか手の打ちようがなくなることもあります。Bharat氏らが開発した人工肺は血液を酸素で満たす以上の働きを担い、生来の肺がなくても安定した血液循環を保てるようにします。取り除いた両肺に代わるその人工肺のもとで男性は感染症を克服し、1日もすると快方に向かいました。丸2日間で男性の体調は移植できるほどに回復し、28歳の男性からの両肺の移植に晴れて漕ぎ着けることができました。患者から取り除いた肺を解析したところ、免疫の仕業でほうぼうが傷んでいました。肺の修復に必要な細胞はほぼ見当たらず、瘢痕を形成する細胞がそこら中におり、肺の本来の構造がすっかり失われていました。甚大な損傷が肺全域に及ぶ様はまさに肺移植を標準の手立てとする末期の肺線維症に似ていました3)。それらの観察結果は、肺の重度感染での損傷が回復可能かもしれない段階から後戻りできない不可逆的段階に移行したかどうかを見極めるのに役立ちそうです。重度ARDSへのこれまでの手立てといえばだいたいが人工呼吸などで生命を維持して肺の回復を期待するしかありませんでした。しかし今回の患者の肺には実質的に不可逆的な重度損傷を示唆する線維化が見て取れ、回復を待つのは無駄で両肺移植する以外に回復し得ない場合があることを裏付けています。Bharat氏らの人工肺で両肺移植までの命をつなぎ留めた男性患者は、移植後2年時点ですこぶる良好な心肺機能を保っています。より標準化された装置や手順の開発が今回の経験を足がかりにして加速し、患者が移植まで安全に漕ぎ着けるようになることをBharat氏らは望んでいます2)。参考1)Yan Y, et al. Med. 2026 Jan 29. [Epub ahead of print] 2)Northwestern Medicine surgeons develop a total artificial lung system to keep a patient alive for 48 hours after removing both lungs, enabling a double-lung transplant / Northwestern Medicine3)Artificial Lungs Keep Patient Alive While Waiting for a Transplant / TheScientist

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庭で倒れていた家族から有機溶媒臭【中毒診療の初期対応】第4回

<今回の症例>年齢・性別55歳・女性患者情報 2ヵ月前に母親がクモ膜下出血で突然死した。1ヵ月前頃よりうつ状態となり、最近では「死にたい」などと家族に訴えていた。仕事から帰宅した夫に、自宅の庭で倒れているところを発見され、救急要請された。救急隊現着時は鼾様呼吸、呼吸数24回/分、SpO2 82%、血圧 94/60mmHg、心拍数 42bpm、意識レベルJCS 100、瞳孔左右 1.5mm同大、対光反射±、体温35.6℃であった。患者の着衣は吐物で汚染され、シンナーのような有機溶剤臭がした。また、気道分泌物が著明で、尿失禁および便失禁を認めた。非再呼吸式リザーバー付きフェイスマスクにて酸素10L/分を投与しSpO2 92%となった。患者は経口摂取による急性中毒を疑われて救命救急センターに搬送された。<問題1><解答はこちら>4.脱衣・シャワー浴救急車内は換気されていたが、有機溶剤臭が著しく、救急隊員は気分不快を訴えた。除染スペースで患者を脱衣させ衣類をビニール袋に密閉し、シャワーで身体を洗浄してからERに搬入した。初診時は気道分泌過多による呼吸不全、洞性徐脈、血圧低下、昏睡、縮瞳、尿失禁、便失禁を認めた。胸部の聴診では湿性ラ音を、腹部の聴診では腸蠕動音の亢進を認めた。気管挿管により気道を確保し、人工呼吸器管理とした。並行して、静脈路の確保・急速輸液、および採血を施行した。検査値・画像所見末梢血では、WBC 8.90x103/mm3、Hb 13.2g/dL、Ht 38.0%、Plt 142x103/mm3、生化学検査では、TP 7.1g/dL、AST(GOT) 14IU/L、ALT(GPT) 11IU/L、LDH 158IU/L、CPK 78IU/L、AMY 222IU/L、Glu 112mg/dL、BUN 10mg/dL、Cr 0.6mg/dL、Na 142mEq/L、K 4.1mEq/L、Cl 104mEq/L、血清コリンエステラーゼ(ChE)40IU/L未満、動脈血ガス(非再呼吸式リザーバー付きフェイスマスクにて酸素10L/分)、pH 7.362、PaCO2 42.4Torr、PaO2 64.3Torr、HCO3- 19.4mmol/L、BE -2.2mmol/L、乳酸値 3.8mmol/Lであった。<問題2><解答はこちら>3.有機リン後日、患者の夫が庭の収納棚で有機リンであるフェニトロチオンを50.0%含有する殺虫剤100mLの空ボトルを発見した。 <問題3><解答はこちら>1.アトロピン1)上條 吉人編. 臨床中毒学 第2版. 医学書院. 2023.

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RSV感染症とインフルの症状を比較、RSV感染症の重症化リスク因子は?

 RSウイルス(RSV)とインフルエンザウイルスはいずれも下気道感染症の主要な原因であり、冬から春にかけて流行することが多い。従来RSVは主に乳幼児の感染症として認識されてきたが、近年では、高齢者や基礎疾患を持つ人を中心に、成人においても重篤な下気道感染症や合併症を引き起こすとの報告が相次いでいる。こうした背景から、両ウイルスの臨床的特徴や予後への影響を比較した研究が行われた。中国・国立呼吸器疾患臨床研究センター(北京)のRui Su氏らによる本研究の結果は、International Journal of Infectious Diseases誌オンライン版2026年1月9日号に掲載された。 本研究は北京市の中日友好病院において、呼吸器疾患の流行期(2023年11月1日~2024年1月30日)に実施された。検査でRSVまたはインフルエンザA型の感染が確認され、入院した全成人患者を対象とした。RSV群、インフルエンザ群、両ウイルスの重複感染群の3群に分類し、臨床的特徴、併存疾患、治療法、合併症、転帰などを比較した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者538例の内訳は、RSV群162例(30.1%)、インフルエンザ群355例(66.0%)、重複感染群21例(3.9%)であった。重複感染群は最も高齢(中央値72歳)で喫煙者の割合が著しく高く(90.5%)、低酸素血症(71.4%)や呼吸困難(76.2%)を呈する頻度が高かった。・RSV群では痰を伴う咳の頻度が高く(62.3%)、インフルエンザ群は発熱(64.8%)および筋肉痛(14.6%)の頻度が高かった。・抗ウイルス療法の実施率はRSV群で最も低かった(24.1%)。一方で、抗ウイルス療法の実施率が最も高いインフルエンザ群において、合併症発症が最も多かった(99.2%)。・人工呼吸器の使用率は重複感染群で最も高かった(42.9%)ものの、全死亡率およびICU入院率では3群間で差を認めなかった。・RSV群の多変量解析では、喫煙(調整済みオッズ比[aOR]:2.61)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)(aOR:2.99)、慢性心不全(aOR:3.71)、肺炎(aOR:3.14)が独立した予後不良因子だった。 研究者らは「RSVおよびインフルエンザウイルス感染症は合併症の負担が大きいという共通点はあるが、臨床的特徴はそれぞれ異なっている。COPD、心不全、肺炎を伴うRSV患者はよりリスクが高く、重複感染は人工呼吸器使用頻度の増加など、重症度をさらに深刻化させる。このため、RSVワクチン接種を含む、個別化された予防・治療戦略が必要である」としている。

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乳児のRSV関連入院予防、ニルセビマブvs.RSVワクチン/JAMA

 呼吸器合胞体ウイルス(RSV)感染は、乳児の急性下気道感染症(LRTI)による入院の主因とされる。フランス・EPI-PHAREのMarie-Joelle Jabagi氏らは、ニルセビマブ(長期間作用型抗RSVヒトモノクローナル抗体)による受動的乳児免疫は、RSV融合前Fタンパク質(RSVpreF)ワクチン母体接種後の胎盤を介した抗体移行による乳児免疫と比較して、RSV関連入院を抑制し、重度のアウトカムのリスク低下をもたらすことを示した。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2025年12月22日号に掲載された。フランスのコホート研究 研究グループは、乳児のRSV関連入院の予防におけるニルセビマブによる受動免疫の有効性の評価を目的に、住民ベースのコホート研究を行った(EPI-PHAREなどの助成を受けた)。解析には、フランスのほぼ全住民の個別データを含むフランス全国保健データシステム(SNDS)のデータを使用した。 RSVpreFワクチンの母体接種は、RSV流行期である2024年9月1日~12月31日にフランス本土で出生した乳児を対象に、妊娠32~36週に実施した。ニルセビマブによる乳児への受動免疫は、退院の前に単回の筋肉内投与で行った。これら2群(RSVpreFワクチン群、ニルセビマブ群)の乳児を、産科病棟退院日、性別、在胎週数、居住地域により、1対1の比率でマッチさせ追跡評価した。 主要アウトカムは、RSV関連のLRTIによる入院とした。 合計4万2,560人の乳児(平均日齢3.7[SD 1.4]日、男児51.7%)を登録した(各群2万1,280人)。母親の出産時年齢中央値は、ニルセビマブ群でわずかに若かった(31歳vs.32歳)。追跡期間中央値は84日(四分位範囲:70~99)だった。ほとんどが細気管支炎で入院 RSV関連のLRTIによる入院(主要アウトカム)は481例で発生した。RSVpreFワクチン群が269例(55.9%)であったのに対し、ニルセビマブ群は212例(44.1%)と有意に少なかった(群間差:-11.8%、95%信頼区間[CI]:-18.1~-5.5、p<0.001、補正後ハザード比[HR]:0.74、95%CI:0.61~0.88)。 全体の入院時の平均日齢は38.9(SD 22.2)日であった。入院の原因となったRSV関連LRTIのほとんどが細気管支炎(464例、96.5%)で、気管支炎(13例)や肺臓炎(4例)はわずかだった。入院期間中央値は両群とも5日であった。 また、RSVpreFワクチン群に比べ、ニルセビマブ群は重度のアウトカムのリスクが低かった(小児集中治療室[PICU]入室:25.9%vs.37.5%、p=0.007、補正後HR:0.58[95%CI:0.42~0.80]、酸素療法:18.4%vs.28.3%、p=0.01、0.56[0.38~0.81]、人工呼吸器:24.1%vs.33.1%、p=0.03、0.57[0.40~0.81])。これは、ニルセビマブにより入院後の疾患進行が抑制されたことを示唆する。ECMO、NO吸入の使用はない 非侵襲的換気(ニルセビマブ群24.1%vs.RSVpreFワクチン群32.0%、p=0.06)や侵襲的換気(0.9%vs.1.5%、p=0.59)の頻度は、両群間に差はなかった。また、体外式膜型人工肺(ECMO)や一酸化窒素吸入療法は使用されなかった。院内死亡の報告はなかった。 サブグループ解析や感度分析は、これら主解析の結果と一貫性を示した。なお、本研究では、安全性の評価は行っていない。 著者は、「追跡期間中にニルセビマブ群で観察されたリスク低減は、RSVpreFワクチン群における母体由来抗体の減衰、あるいは初期の抗体値の不足を反映している可能性がある」「これらの結果は、RSVpreFワクチンの有効性を否定するエビデンスと解釈すべきではない。接種の条件や環境によっては、ワクチンがより現実的な場合があり得る」「本試験の知見は、フランス本土において、これらの免疫戦略を用いた最初のRSV流行期の状況を反映しており、今後の研究では、この戦略の再評価を行う必要がある」としている。

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HNRNP関連疾患

1 疾患概要2 診断3 治療4 今後の展望5 主たる診療科6 各論7 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)1 疾患概要■ 概念・定義hnRNP(ヘテロ核リボヌクレオプロテイン、Heterogeneous Nuclear Ribonucleoproteins)は、RNAのスプライシング、輸送、安定性、翻訳などに関わるRNA結合タンパク質のファミリーである。このhnRNPの異常は、さまざまな先天異常症候群、神経発達症、成人の神経筋疾患、がん、自己免疫疾患などと関係する。本稿では主に神経疾患との関連について記載する。遺伝子名の場合、HNRNPと大文字・斜体で記載する。■ HNRNP関連疾患の疫学正確な疾患頻度は不明であるが、数万出生に1人程度の希少疾患と考えられる。遺伝子別にみるとHNRNPH2、HNRNPU、HNRNPK関連疾患が多い。海外では多数の報告がある1)。筆者は10例以上の診断に関与しているが、国内未診断例も多いと思われる。■ HNRNP関連疾患の病因遺伝情報がDNA→RNA→タンパク質という経路で、DNAがRNAをコードし、RNAがタンパク質に翻訳されるという基本原則を「セントラルドグマ」と呼ぶ。生物では核内でDNAから遺伝情報を写し取ったmRNA前駆体(pre-mRNA)が、修飾を受けて成熟mRNAとなる。その後、細胞質に輸送され、適切な時期にタンパク質に翻訳される。この一連の過程には、さまざまなRNA結合タンパク質が関与している。hnRNPは、核内でmRNA前駆体やその他のRNA分子に結合するタンパク質ファミリーである。hnRNPは、mRNA前駆体のスプライシング(イントロン除去とエクソン結合)に関与する。一部のhnRNPはスプライシング部位の選択に影響を与え、選択的スプライシングを調節する。hnRNPは、核内でRNAを輸送する際に誘導する役割を持つ。とくにRNA分子が核膜を通過して細胞質に移動する際に重要である。また、hnRNPはRNA分子を安定化し、分解から保護する役割を持つ。一部のhnRNPは、mRNAの翻訳効率に影響を与え、遺伝子発現を調節する。hnRNPはRNA分子の二次構造形成や構造変化を助ける。このように、hnRNPの異常により、さまざまなレベルでRNAに異常が生じることが病態の背景にある。ヒトでは30種類以上のhnRNPが知られており、それぞれが異なる機能やRNA結合特性を持つ。■ 症状後述の「6 HNRNP関連疾患の各論」で各疾患ごとに述べる。■ 分類主なHNRNP関連疾患を表に示す。まだ、メンデル遺伝病として確立していないものも存在する。表 疾患との関連が判明しているHNRNP遺伝子画像を拡大する■ 予後遺伝子タイプで異なるが、ALSの場合は人工呼吸管理が必要になる。先天異常症候群の場合は成人期以降も精神運動発達遅滞が持続する。2 HNRNP関連疾患の診断後述するような臨床所見を持つ症例において、責任遺伝子の病的バリアントを検出することが基本である。微細欠失例が存在するので、マイクロアレイ染色体検査が最初に必要である。マイクロアレイ染色体検査で異常がない場合は、エクソーム解析などの網羅的遺伝子解析の適応となる。最初から診断を疑って遺伝子診断を行うことは難しい。ただし、筆者の経験ではHNRNPK異常(Au-Kline-Okamoto症候群)は特徴的所見により、臨床的に疑うことが可能である。遺伝形式は常染色体顕性遺伝によるが、HNRNPH2はX連鎖性である。基本的に両親にバリアントはなく、生殖細胞系列の新生突然変異である。染色体の微細欠失でHNRNP関連遺伝子が欠失する場合、近傍の遺伝子も同時に欠失することで、症状が修飾される可能性がある。3 HNRNP関連疾患の治療 現在のところ、根本的な治療方法はなく、対症療法に留まる。精神運動発達遅滞に対しては療育訓練が必要である。てんかんを合併した場合は一般的なてんかん治療を行う。4 HNRNP関連疾患の今後の展望HNRNPH2などでASO(Anti-sense Oligonucleotide)を用いた遺伝子治療が海外で研究的に実施されている。5 HNRNP関連疾患の主たる診療科HNRNPA1、HNRNPA2/B1遺伝子関連疾患は脳神経内科の領域であるが、他のものは小児科ないし小児神経科が関わる例が多い。合併症によっては多くの分野の医療が必要となる。遺伝学的検査や遺伝カウンセリングについては、臨床遺伝学の領域となる。6 HNRNP関連疾患の各論■ HNRNPA1、HNRNPA2/B1関連疾患ALS(筋萎縮性側索硬化症)、FTD(前頭側頭型認知症)、MSP(多系統タンパク質症)などの原因となる。ALSではSOD1など多くの責任遺伝子が知られているが、HNRNPA1、HNRNPA2/B1も原因の1つである。HNRNPA1は、mRNAのスプライシング、輸送、安定性調節などに関わる。ストレス顆粒(stress granule)形成にも関与する。この遺伝子のバリアントにより産生タンパク質の構造が変化し、異常な凝集(aggregation)や細胞質移行が起こることで神経細胞や筋細胞の機能障害が生じる。なお、HNRNPA2とHNRNPB1は、同じ遺伝子から由来する。家族性ALSの発症は中年期以降に多いが、若年例も報告がある。上位運動神経および下位運動神経の障害による進行性筋力低下、嚥下障害、呼吸筋障害がみられる。現時点で根治療法はない。ALS例では呼吸管理、リハビリ、栄養管理を行う。多発性筋炎様筋疾患(Inclusion Body Myopathy with early-onset Paget disease and Frontotemporal Dementia:IBMPFD)類似病態では筋力低下、骨疾患、認知症の組み合わせを呈する例がある。筋病理ではリムドボディを含む封入体筋炎の所見がみられる。筋疾患例では理学療法と補助具使用を考慮する。■ HNRNPH2異常によるBain症候群(Bain型X連鎖性知的障害)Bain症候群は、HNRNPH2遺伝子(heterogeneous nuclear ribonucleoprotein H2)における機能喪失型または機能異常型バリアントによって生じる先天異常症候群である。2016年にBainらが報告した2)。X連鎖顕性であり、女性患者に多く、男性では知的障害の程度が強く、重症例は新生児期に死亡する。HNRNPH2に病的バリアントが存在すると、スプライシング制御異常やRNA代謝障害を引き起こし、神経発達に影響する。とくに神経細胞の成熟やシナプス形成が阻害される。症状として、中等度~重度の精神運動発達遅滞、知的障害を認める。言語発達は遅れ、重度の例では言語獲得ができない。自閉症スペクトラム障害や行動異常の例もある。筋緊張低下、運動発達遅滞がみられ、重度の例では独歩獲得ができない。てんかんを発症する場合があり、脳波検査や脳MRI検査が必要である。MRI検査では脳梁形成不全や大脳白質異常を認める。小頭症や軽顔貌特徴を認める場合がある。レット症候群に類似した常同運動などの症状を認める例もある。確定診断は遺伝学的検査(全エクソーム解析、遺伝子パネルなど)でHNRNPH2の病的バリアントを同定することが必要である。さまざまなバリアントの報告があるが、p.Arg206Trpが最も多い。現時点では根本的な治療方法はなく、療育訓練やてんかん治療など、対症療法が中心となる。また、能力に応じた特別支援教育が必要となる。■ HNRNPH1関連疾患“Neurodevelopmental disorder with craniofacial dysmorphism and skeletal defects”の原因疾患である。主な症状は精神運動発達遅滞、知的障害、特徴的顔貌、乳児期の哺乳栄養障害、胃食道逆流症、低身長、小頭症などである。眼科的には斜視、近視などを認める。頭部MRI検査では側脳室拡大、脳梁異常、小脳虫部低形成などを認める。■ HNRNPK関連疾患(Au-Kline-Okamoto症候群)Au-Kline-Okamoto症候群は染色体9q21にあるHNRNPK遺伝子の病的バリアントないし欠失による先天異常症候群である3)。Okamoto症候群として知られていた先天異常症候群において、HNRNPKのバリアントが同定され、Au-Kline症候群とOkamoto症候群は同一疾患であることが判明した4)。神経系の症状として精神運動発達遅滞、知的障害、筋緊張低下などを認める。頭部が長頭などの変形を認める場合、頭蓋縫合早期癒合症を鑑別する必要があり、3D-CT検査が有用である。脳MRI検査では髄鞘化遅延、脳梁低形成ないし欠損、異所性灰白質などの所見を認める。特異顔貌は診断の参考となる。眼瞼裂斜下、長い眼瞼裂、眼瞼下垂、眼球突出傾向、大きい耳、耳輪低形成、耳介低位、広い鼻梁、鼻翼低形成、鼻根部平低、開口、高口蓋、口蓋裂、軟口蓋裂、舌の中央線などを認める。歌舞伎症候群が鑑別に上がる。泌尿器系では停留精巣、膀胱尿管逆流症、水腎症、神経因性膀胱の例がある。心室中隔欠損や心房中隔欠損症など先天性心疾患の精査も必要である。骨格系では股関節脱臼、側彎症などを認める例がある。根本的な治療法はなく、合併症に合わせた治療を行う。また、精神運動発達遅滞に対しては療育が必要である。■ HNRNPU関連神経発達症染色体1q44に座位するHNRNPUの病的バリアントや欠失が原因である5)。神経発達に必要な多くの遺伝子の発現制御に関わるHNRNPUの機能喪失により、神経発生やシナプス形成に必要な多くの遺伝子の転写・スプライシング制御に異常が生じる。多くは常染色体顕性の突然変異である。精神運動の発達遅滞、中等度~重度の知的障害、筋緊張低下がみられる。言語表出の遅れもみられる。HNRNP関連疾患の中でもてんかんの合併が多いことが特徴である。乳児早期てんかん脳症の形態をとる場合がある。West症候群やLennox-Gastaut様などの報告もある。頭囲については軽度小頭症や巨頭症の報告がある。顔貌特徴(非特異的だが、やや長い顔、広い前額部など)が報告される。脳MRI検査異常として、脳梁低形成、白質異常などを認める。滲出性中耳炎や斜視にも注意が必要である。マイクロアレイ染色体検査でHNRNPUを含む、1q44領域の欠失を同定する場合もある。この場合は1q44微細欠失症候群として確立した症候群となる。根本的治療法は未確立であり、てんかんに対する治療、療育訓練が必要である。てんかんは薬剤抵抗性に経過する場合がある。7 参考になるサイト診療、研究に関する情報HNRNP Family Foundation(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報HNRNP疾患患者家族会(患者とその家族向けのまとまった情報) 1) Gillentine MA, et al. Genome Medicine. 2021;13:63. 2) Bain JM, et al. Am J Hum Genet. 2016;99:728-734. 3) Au PYB, et al. Hum Mut. 2015;36:1009-1014. 4) Okamoto N. Am J Med Genet. 2019;179A:822-826. 5) Carvill GL, et al. Nature Genet. 2013;45:825-830. 公開履歴初回2025年12月25日

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AIモデルが臓器ドナーの死亡タイミングを予測

 肝臓を提供する人(ドナー)の生命維持装置が外されてから死亡するまでの時間が30~45分を超えると、提供された肝臓が移植を受ける患者(レシピエント)の体内で良好に機能する可能性が低くなるため、移植は却下されることになる。しかし新たな研究で、人工知能(AI)モデルが、臓器が移植可能な状態を保てる時間内にドナーが死亡する可能性を医師よりも正確に予測し、ドナーが時間内に死亡せず、移植に至らなかったケースの割合(無駄な臓器取得率)を60%減らすことができたことが示された。米スタンフォード大学医学部腹部臓器移植外科臨床教授の佐々木一成氏らによるこの研究の詳細は、「The Lancet Digital Health」に11月13日掲載された。 佐々木氏は、「このモデルは、手術の準備を始める前に臓器を使用できるかどうかを判断することで、移植プロセスをより効率的なものにする可能性がある。これにより、臓器移植を必要とするより多くの候補者が移植を受けられるようになるかもしれない」とニュースリリースの中で述べている。 佐々木氏らの説明によると、末期肝疾患患者に最善の治療法は肝移植であるという。多くの場合、ドナー肝臓は心停止を起こしたが生命維持装置によって生存が維持されている人から提供される。これは「心停止後臓器提供(donation after circulatory death;DCD)」と呼ばれている。 しかし、こうしたドナーから適合条件を満たした肝臓が見つかっても、生命維持装置を外した後の生存期間が長かった場合、約半数のケースで移植は中止されることになる。佐々木氏らによると、生命維持装置の停止後、死亡確認までの間、臓器への血液供給は変動する。特に、死に至るまでの時間が30分を超える場合、そのような変動により肝臓が損傷するリスクが高まるという。ドナーになる可能性のある人の約半数は、生命維持装置の停止から30分以内に死亡するため、移植に適したドナーとなるが、残りのケースでは、外科医がバイタルサインや血液検査、神経学的情報に基づき臓器提供が可能かどうかを判断する。 佐々木氏らは、2022年12月1日から2023年6月30日にかけて1,616人のドナーの情報を収集し、外科医が利用できるものと同じ情報を用いてドナーの死亡時刻をより正確に予測するようにAIモデルを訓練した。このAIモデルでは、性別、年齢、体重などの基本情報に加え、バイタルサイン、血液検査の結果、心疾患の既往歴、神経学的評価などを解析に使用した。また、呼吸補助の程度を反映する人工呼吸器設定も予測因子として組み込んだ。 訓練後、このAIモデルの予測精度を過去の398人のドナーのデータで検証し、さらに新たにドナーとなる可能性のある207人でも検証した。その結果、AIモデルはドナーが一定時間内に死亡するかどうかを、外科医の判断や既存のリスク評価ツールよりも正確に予測した。無駄な臓器取得率は、外科医で平均19.5%であったのがAI予測モデルでは7.8%と約60%減少した。一方、ドナーが予想よりも早く死亡したため移植準備が間に合わなかった機会損失率は、外科医で15.5%、AIで16.7%とほぼ同等であった。 佐々木氏は、「われわれは現在、こうした機会損失率を低下させる取り組みを進めている。移植を必要とする患者がそれを受けられるようにすることが、最優先されるべきだからだ」と言う。また同氏は、「われわれはさまざまな機械学習アルゴリズムを競わせることでモデルの改善を続けている。最近、死亡時刻の予測精度を維持しつつ、機会損失率を約10%に抑えられる新しいアルゴリズムを見出した」と付け加えている。研究グループは、このモデルを心臓や肺の移植に応用する方法についても検討を進めている。

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家族の録音メッセージがICU入室患者のせん妄を防ぐ

 人工呼吸器を装着している集中治療室(ICU)入室患者では、5人中4人にせん妄が生じる。せん妄とは、治療による体への負担が原因で生じる異常な精神状態のことをいい、パニック、動揺、怒りなどの症状が現れる。新たな研究で、ICU入室患者に家族からの録音メッセージを聞かせることで、患者の意識を安定させ、せん妄を予防できる可能性のあることが明らかになった。米マイアミ大学看護健康学部のCindy Munro氏らによるこの研究結果は、「American Journal of Critical Care」に11月1日掲載された。 この研究でMunro氏らは、2018年4月から2020年11月にかけて(ただし、新型コロナウイルス感染症パンデミック中の3カ月間は中断)、南フロリダの2カ所の大規模病院の9つのICUで、人工呼吸器を装着している178人の患者を対象に、せん妄予防のための非薬理学的介入の有効性を検討した。 対象者は、家族からの録音メッセージを聞く群(89人)と通常のケアを受ける群(89人)にランダムに割り付けられた。計10種類の録音メッセージはいずれも2分間の長さで、午前9時から午後4時までの時間帯に、1時間ごとに再生された。内容は、医療従事者と家族が定期的に患者の様子を見に来ていることを思い出させることを意図したもので、患者の名前を呼び、今いる場所を思い出させ、人工呼吸器を装着していることや、回復を助けるためにワイヤーやチューブ類が設置されている可能性があることが伝えられた。 Munro氏は、「家族の関与がせん妄の予防と介入において重要な要素であることは、以前よりエビデンスによって示されている。しかし、家族がケアに全面的に関わるには、しばしば困難を伴うのが現状だ。そこでわれわれは、家族がそばにいなくても患者が家族の声を聞けるようにし、家族の存在感を補うための介入を考案した」と話している。 介入の結果、録音メッセージを聞いた群では通常のケアを受けた群と比べて、せん妄のない日数が有意に多いことが明らかになった。また、患者がメッセージを聞く頻度が高ければ高いほど、せん妄のない日数が有意に増えた(P<0.001)。 こうした結果を受けて研究グループは、「台本を使って家族が録音した音声メッセージは、人工呼吸器を装着しているICU入室患者のせん妄予防に役立つ、潜在的に効果が高く低コストの非薬理学的介入であることが明らかになった」と結論付けている。

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ポンペ病〔Pompe Disease〕

1 疾患概要■ 定義ポンペ病(糖原病II型)は、グリコーゲンを分解するライソゾーム酵素である酸性アルファグルコシダーゼ活性の欠損または低下によるライソゾーム病である。疾患遺伝子はGAA、遺伝形式は常染色体潜性である。ポンペ病は、「乳児型」と「遅発型」に分類され、乳児型では乳児期早期にフロッピーインファント、肥大型心筋症、呼吸不全を発症し、遅発型では幼児期以降に肢帯筋優位の筋力低下や呼吸筋の筋力低下を発症する。■ 疫学ポンペ病の発生頻度は、およそ4万人に1人と推測され、約25%が乳児型であるとされる。■ 病因GAA遺伝子の両アレル性病的バリアントにより酸性アルファグルコシダーゼが欠損または低下し、組織のライソゾーム内に分解されないグリコーゲンが蓄積し、主に心筋や骨格筋が罹患する。オートファジーの機能不全も病態に関与することが明らかにされている。■ 症状乳児型では乳児期早期にフロッピーインファント、筋力低下、肥大型心筋症、呼吸不全を発症し、進行する。肝腫大、巨舌も出現する。遅発型では発症時期は小児期から成人期までさまざまであり、肢帯筋優位の筋力低下や呼吸筋筋力低下を発症し、緩徐に進行し、歩行障害や呼吸不全を来す。鼻声、翼状肩甲、傍脊柱筋萎縮を認めることが多い。ポンペ病の症状は、多器官に及んでいることが明らかになってきており、Wolff-Parkinson-White(WPW)症候群などの不整脈、脳血管障害、聴力障害、胃腸症状などを来すこともある。■ 分類酸性アルファグルコシダーゼ活性の完全欠損による乳児型と活性低下(部分欠損)による遅発型に分類される。遅発型には小児型、若年型、成人型が含まれる。■ 予後乳児型ポンペ病では、生後2ヵ月~数ヵ月に、哺乳力低下、全身の筋力低下、運動発達の遅れ、体重増加不良、心不全症状などを発症し、自然経過では、多くは1歳頃までに死亡する。酵素補充療法により生命予後が改善され、人工呼吸管理を必要とするリスクが減少している。遅発型ポンペ病の自然経過では、1歳以降に、歩行障害、運動時易疲労が出現し、運動機能障害、呼吸不全が進行し、車椅子や人工呼吸管理が必要となる。酵素補充療法により呼吸機能の悪化が抑制され、運動機能が改善されている。2 診断■ 検査所見1)乳児型ポンペ病血液検査血清CK高値(5,000IU/L程度)AST、ALT高値、BNP高値胸部X線&nbsp心拡大心電図 P波振幅増大、PR間隔短縮、QRS高電位心臓超音波検査心筋肥厚、左室駆出率低下生検筋病理所見&nbsp:生検筋病理所見ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、多数の空胞PAS染色→空胞内PAS染色陽性物質の蓄積(グリコーゲン蓄積を示す)酸ホスファターゼ染色陽性2)遅発型ポンペ病血液検査血清CK高値骨格筋CT小児型では大腿部筋の高吸収域、成人型では低吸収または筋萎縮筋電図 筋原性変化、しばしばミオトニー放電が出現呼吸機能検査肺活量と努力肺活量の低下生検筋病理所見特徴的な所見は顕著ではない。■ 確定診断酸性アルファグルコシダーゼ活性低下またはGAA遺伝子に両アレル性の病的バリアントを認めた場合に診断確定とする。酸性アルファグルコシダーゼ活性は濾紙血、リンパ球、生検筋組織などを用いて測定される。酸性アルファグルコシダーゼ活性が低下するがポンペ病を発症しない偽欠損となるバリアントc.1726G>A(p.Gly576Ser)が存在するため診断の際に注意を要する。■ 鑑別疾患乳児型ポンペ病の鑑別すべき疾患には脊髄性筋萎縮症、先天性筋ジストロフィー、先天性ミオパチー、ミトコンドリア病などがある。遅発型ポンペ病では、肢帯型筋ジストロフィー、ベッカー型筋ジストロフィー、多発性筋炎などが挙げられる。他の筋疾患と比較し、遅発型ポンペ病では、歩行可能な時期に先行し、呼吸不全が出現することが特徴的とされる。3 治療■ 酵素補充療法ポンペ病に対し、2007年からヒト酸性アルファグルコシダーゼの遺伝子組み換え酵素製剤であるアルグルコシダーゼアルファ(商品名:マイオザイム)、2021年からアバルグルコシダーゼアルファ(同:ネクスビアザイム)による酵素補充療法が行われている。酵素はマンノース-6-リン酸(M6P)受容体を介し細胞内に取り込まれるが、アバルグルコシダーゼアルファは、横隔膜や骨格筋などへの酵素製剤の取り込みを増大させるため、酸化シアル酸残基にM6Pを結合させた改良型酵素製剤である。2025年からは遅発型ポンペ病に対し、高レベルのM6PやビスーM6P N-グリカンを結合させた酵素製剤シパグルコシダーゼアルファ(同:ポムビリティ)とポンペ病治療酵素安定化剤(シャペロン療法)としてミグルスタット(同:オプフォルダ)を併用する治療も行われるようになった。酵素製剤はいずれも2週間に1回静脈投与を行う。■ 呼吸機能の管理と治療ポンペ病の呼吸機能は、肋間筋や横隔膜の筋力低下を反映し、仰臥位の機能は座位に比し低下するので呼吸理学療法を行う。呼吸不全が進行した場合、非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)または侵襲的陽圧換気療法(IPPV)を行う。遅発型ポンペ病では、歩行可能な時期に先行し呼吸不全が出現するため、呼吸機能を定期的に評価する。■ 心機能・不整脈の管理と治療乳児型では生後早期から心肥大が出現することが多い。酵素補充療法は、心肥大を改善させる。ポンペ病ではWPW症候群などの不整脈が高率に出現するため、不整脈に対する薬物療法やカテーテルアブレーションを必要とする症例がある。■ 脊柱側弯症の管理と治療脊柱側弯症に対し外科手術を行う。■ 理学療法関節の変形・拘縮予防のため、理学療法士の介入や、補装具を導入する。最大運動強度の60~70%までの有酸素運動が推奨されている。4 今後の展望(治験中・研究中の診断法や治療薬剤など)ポンペ病の新生児スクリーニング検査が広く実施されるようになっている。とくに乳児型ポンペ病においては、早期治療開始が重要であり、米国でもRUSP(Recommendation Uniform Screening Panel)により新生児スクリーニングを実施する疾患として推奨されている。2025年時点では、公費助成がある自治体は少ないが、今後さらに広がることが期待されている。ポンペ病に対する遺伝子治療の開発は、海外の臨床治験として肝臓を標的としたAAV8-GAAの静脈内投与が遅発型ポンペ病に対して実施され、心筋、骨格筋、中枢神経を標的としたAAV-9-GAAの静脈内投与が乳児型ポンペ病に対して実施された。遺伝子治療の臨床現場への導入が期待されている。5 主たる診療科・紹介すべき診療科主たる診療科:小児科(小児神経、小児循環器)、脳神経内科(運動機能、脳血管障害、白質病変)紹介すべき診療科:リハビリテーション科、循環器内科、呼吸器内科、脳外科(脳血管障害)、耳鼻咽喉科(難聴)、整形外科(脊柱側弯症)、産科(母胎管理)、遺伝子診療科など※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター ポンペ病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター ライソゾーム病中のポンペ病 (一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)ライソゾーム病、ペルオキシゾーム病(副腎白質ジストロフィーを含む)における早期診断・早期治療を可能とする診療提供体制の確立に関する研究 (一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)日本先天代謝異常学会 編集. ポンペ病診療ガイドライン2018. 診断と治療社.2018.2)Ditters IAM, et al. Lancet Child Adolesc Health. 2022;6:28-37.3)Sawada T, et al. Orphanet J Rare Dis. 2021;16:516.公開履歴初回2025年11月20日

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胎児循環という神業、突貫工事の心臓が生み出す奇跡【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第90回

「オンギャー」それは新たな生命の始まりを告げる、母親にとって祝福の合図です。肺が初めて外の空気を抱きしめた瞬間の歓声でもあります。単なる泣き声ではありません。その声によって呼気に陽圧がかかり、肺の中の小さな部屋である肺胞が均一に拡がるのです。お母さんのお腹の中で沈黙していた肺は水(肺水)で満たされており、その水が空気に置き換わるために必要なのが、この「オンギャー」なのです。生命誕生の瞬間は感動に満ちていますが、その背景には驚くほど精巧でダイナミックな仕組みが隠れています。分娩に立ち会った日の感動30年ほど前に医学生として初めて分娩に立ち会った日のことを、今も忘れられません。手術室の光の下で静かな緊張が漂っています。帝王切開が始まり、産科医の手が正確に、しかし驚くほど柔らかに母体を守りながら進んでいきます。胎児の頭が見えた瞬間に、室内の空気が一変しました。手術という医療行為が、次の瞬間には生命の誕生に姿を変えたのです。自然分娩も見学する機会がありました。文字通り、「ぬるり」と赤ん坊の全身がこの世に現れ、産声が響きます。その声は思ったよりも高く、そして強かったです。母親の目に涙が浮かび、スタッフの顔がほころびます。医療の現場で、ここまで純粋な歓喜が生まれる瞬間を、自分はそれまで知らなかったのです。産科の先生が言いました。「この瞬間だけは、何度立ち会っても胸が熱くなるんですよ」その言葉の意味が少しわかる気がしました。医学生としての私が目の当たりにしたのは、人間としての最も根源的な喜びだったのです。あのとき分娩室で聞いた「オンギャー」の声は、今も私の心に響いています。いま目の前で成人先天性心疾患の患者さんの鼓動を聴くとき、私はあの産声の続きを聴いているのかもしれません。胎児循環の不思議、命が宿る初めの拍動人の心臓は、胎児の姿が豆粒のようなころ、すでに鼓動を始めています。それは、胎児の成長を支えるために血液を送り出す必要があるからです。ひとつ大きな問題があります。胎児はまだ肺呼吸をしていません。空気を吸っていないのに、血液をどうやって酸素化するのか? その答えが「胎盤」です。胎盤は、まるで人工心肺装置のECMOのように、母体の血液から酸素を取り込み、それを臍帯(へその緒)という管を通じて胎児へ送ります。母親がいわば酸素供給装置で、胎盤が人工肺、そして臍帯が回路チューブです。ECMOの回路図を、神が先に描いていたのです。胎児の脳に酸素化された血液が十分に届くように、そして未完成の肺に血液をあまり送らずに済むよう、右心房から左心房へ血液をバイパスさせる「卵円孔」と、肺動脈から大動脈への抜け道である「動脈管」があります。道路工事の仮設バイパスのように、胎児だけが使う特別ルートが設けられているのです。この神業のような仕組みを、胎児はごく短期間で完成させなければなりません。肺は、出産後から機能し始めれば良いのと対照的に、心臓は胎児期から循環を支える必要があります。受精後わずか3週間余りで、心臓は拍動を開始しています。この早さは、人間の発生のなかでも際立っており、心臓が「生命の最初の臓器」と呼ばれるゆえんです。いわば突貫工事で、胎児が、心房・心室・弁・中隔を形づくり、稼働を開始します。建築現場でも、急ぎの工事ではどうしても小さなズレや継ぎ目の不整合が生じるように、この過程で生まれる“設計上のゆらぎ”が、先天性心疾患の一因となることがあります。命を守るために早く動かさねばならない心臓が、ギリギリのバランスで仕上げた証ともいえます。生まれたあと、卵円孔や動脈管が閉じ、肺が働き始めて、赤ちゃんは独り立ちの循環系を完成させます。その瞬間、胎児循環という仮設システムは退場します。分娩・出産を集中治療室の患者に例えれば、肺水腫で人工呼吸器とV-A ECMOという補助循環装置をつけた状態から、抜管とECMO離脱を同時に行うようなものです。この荒業を成功させた赤ちゃんの雄叫びが「オンギャー」です。成人先天性心疾患へ、そしてその先に生まれつきの心臓病である先天性心疾患は、長い間、子供の病気と見られてきました。生まれつき心臓に小さな“ゆらぎ”を抱えた子どもたちは、今や成人となり、自分の人生を力強く生きています。これらを成人先天性心疾患(ACHD:Adult Congenital Heart Disease)と呼びます。心臓外科手術治療の発達、内科治療の進歩によって先天性心疾患の子供の85%以上は思春期、成人期まで到達する事が可能になってきました。複雑な先天性心疾患の子供も学校に通い社会に出ていく時代になっているのです。こうして突貫工事でつくられた心臓は、生まれた瞬間に肺呼吸へと切り替わり、そのまま何十年も鼓動を続けていきます。成人先天性心疾患の患者さんの心臓もまた、あの仮設バイパスの名残をどこかに抱えながら、けなげに働いているのです。思えば、あの胎児循環こそ、神様による究極の応急工事だったのかもしれません。もし建築基準法の審査があったら、「構造的に無理があります」と一蹴されていたことでしょう。それでも見事に稼働し、命を支え続ける。医者としてどれほど工夫を凝らしても、この“神業の設計図”にはとうていかなわないと思うのです。

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敗血症性ショックへの新たな蘇生戦略の提案:CRTに基づく多角的介入(解説:栗原宏氏)

Strong point・CRTという簡単な指標をフックに、その裏にある心機能や血管機能の評価を促し、治療の質を構造的に高めている点がユニーク・19ヵ国86施設、対象者1,500例でランダム化比較しており信頼性が高い・主要評価項目が実臨床に即しているWeak point・プロトコルの性質上、盲検化できない・評価項目のうち、28日死亡率単独ではCRT-PHR群と通常ケア群で有意差なし・CRTは容易に評価できるが、CRT-PHRプロトコルの実施には熟練スタッフが必要 敗血症性ショックは日本国内では年間約6.5万例程度発生し、そのうち3例に1例が死亡する重篤な疾患である。血液循環不全と肝機能を反映して乳酸値は上昇するため、乳酸クリアランスは敗血症性ショックの治療において最も重要な指標の1つとなっている。 2019年に発表された先行研究(ANDROMEDA-SHOCK試験)では、敗血症性ショックの患者を対象として、治療目標をCRTとした群は従来の乳酸クリアランスとした群に対して非劣性が示されていた。CRTという簡便な指標が、血液ガス分析や頻回の検査を必要とする乳酸クリアランスという複雑な指標に劣らないことが示された意義は大きい。 今回の研究(ANDROMEDA-SHOCK-2試験)では、先行研究を踏まえて、多角的かつ体系的な循環動態の改善介入、すなわちCRTが改善しない場合に、脈圧や心エコーなどの他の生理学的指標に基づいて血行動態の弱点を特定し、輸液、昇圧薬、強心薬投与で対応する介入(CRT-PHRプロトコル)と従来の慣習的治療(=医師の裁量や施設慣習に基づく従来の治療)との比較を行っている。 本研究の弱みとして、CRT-PHRプロトコルは生命維持療法(昇圧薬、人工呼吸器、腎代替療法)実施期間を短縮したものの、28日死亡率の有意な改善は示されなかった点が挙げられる。習慣的治療に対する優越性が「死亡を回避した」という決定的な成果ではなく、「臓器の回復を早めた」ことに大きく依存しているため、その臨床的インパクトに関しては議論の余地がある。さらに、このプロトコルの個別化の要素は熟練度を要求するため、実際に実施するとなると教育プログラムの整備が必要になると思われる。 CRTの測定は、指の腹部を10秒間圧迫し、圧迫解除後に血色が3秒以内に戻るかどうかを確認する簡便な手法で行われる。この手軽さから、本プロトコルは、今後発展次第では集中治療室だけでなく、救急外来や一般病棟などでも非常に有用なツールとなる可能性を秘めている。 本研究は、致死的な疾患に対し、より低侵襲な指標で予後改善を目指すという点で、高齢化が進む日本の医療現場での蘇生戦略の選択肢を広げる可能性がある。

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尿検査+SOFAスコアでコロナ重症化リスクを早期判定

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のオミクロン株の多くは軽症だが、重症化する一部の患者をどう見分けるかは医療現場の課題だ。今回、東京都内の病院に入院した842例を解析した研究で、尿中L型脂肪酸結合蛋白(L-FABP)とSOFA(Sequential Organ Failure Assessment score)スコアを組み合わせた事前スクリーニングが、重症化リスク判定の精度を高めることが示された。研究は国立国際医療センター腎臓内科の寺川可那子氏、片桐大輔氏らによるもので、詳細は9月11日付けで「PLOS One」に掲載された。 世界保健機関(WHO)が2020年3月にCOVID-19のパンデミックを宣言して以来、ウイルスは世界中に広がり、変異株も多数出現した。現在はオミクロン株の亜系統が主流となっており、症状は多くが軽症にとどまる一方、一部の患者は酸素投与や入院を必要とし、死亡する例も報告されている。そのため、感染初期の段階で重症化リスクを予測する方法の確立が求められている。 著者らは以前、L-FABPの測定がCOVID-19重症化予測に有用であることを示したが、症例数が少なく、他の指標との併用は検討されていなかった。そこで本研究では、COVID-19患者の入院前スクリーニングとして、L-FABP値と血液検査から多臓器の機能障害を評価するSOFAスコアを組み合わせ、重症化リスクのある患者を特定する併用アプローチの有用性を評価した。 本研究は単施設の後ろ向き観察研究で、2020年1月29日から2022年4月6日までに国立国際医療センターに入院したCOVID-19陽性患者842名を対象とした。L-FABP値とSOFAスコアは、入院時および入院7日目に評価した。人工呼吸器管理を要した患者、または入院中に死亡した患者を「重症」と定義し、酸素療法を受けるが人工呼吸器を必要としない患者を「中等症」、それ以外を「軽症」と分類した。主目的は、入院時のL-FABP値から7日目の重症度を予測できるかどうかを評価することである。さらに、入院時のL-FABP値とSOFAスコアの予測性能を検討するため、ROC(受信者動作特性)曲線解析を実施した。 入院時の重症度分類は軽症536名、中等症299名、重症7名であった。入院中に32名が死亡した。入院7日目には、入院時中等症だった55名が軽症に改善する一方で、重症患者は7名から34名に増加した。解析対象患者全員のL-FABP値を入院時と入院7日目の2時点でプロットし、疾患重症度の経過を可視化したところ、入院時にL-FABP値が高かった患者の一部は、軽症から中等症、あるいは中等症から重症へと進行していた。同様に、SOFAスコアでも、入院時にスコアが高かった患者は7日後に重症化する傾向が認められた。 次にROC曲線解析を行い、L-FABP値とSOFAスコアの組み合わせが、重症例および重症・中等症例の識別にどの程度有効かを評価した。L-FABP値はカットオフ値11.9で重症例を特定する感度が94.1%と高く、SOFAスコアの82.4%を上回り、効果的なスクリーニングツールとなる可能性が示された。さらに、L-FABP値(AUC 0.81)とSOFAスコア(AUC 0.90)を組み合わせると、重症例検出のAUCは0.92に上昇した。このAUCの向上は、SOFAスコア単独との比較では統計学的に有意ではなかったが、L-FABP値単独との比較では有意であった(P<0.001)。一方、重症・中等症例の検出においては、L-FABP値(AUC 0.83)とSOFAスコア(AUC 0.83)の組み合わせによりAUCは0.88となり、いずれか単独の指標よりも有意にAUCを向上させた(それぞれP<0.001)。 著者らは、本予測モデルにさらなる検証と改良が必要と指摘しつつ、「まず低侵襲な尿検査でL-FABP値を測定し、低リスクの患者は不要な入院を回避する。次にL-FABP値が高い患者を対象にSOFAスコアで重症化リスクを精査し、入院が必要な患者を特定する。これにより、不要な入院の削減や重症化リスクの早期把握が期待され、医療資源の効率的な配分にもつながる」と述べ、二段階のスクリーニング戦略を提案している。

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病院の電力が尽きると何が起きる?【実例に基づく、明日はわが身の災害医療】第9回

病院の電力が尽きると何が起きる?日本は、世界でも有数の「災害大国」です。地震、台風、豪雨……。毎年どこかで自然災害が発生し、そのたびに医療機関は大きな試練にさらされています。では、もし災害によって病院の電力が途絶えてしまったら、一体どうなるでしょうか?病院に電気がなければ、ほとんど何もできない病院は「電気があって当たり前」の場所です。停電と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは、人工呼吸器や透析装置といった医療機器でしょう。もちろんそれらが止まれば、命の危機に直結します。しかし、問題はそれだけにとどまりません。実際の病院全体の電力消費を見てみると、空調が34.7%、照明が32.6%を占めるのに対し、医療機器は6.6%にすぎません1)。空調が止まれば、真夏には熱中症、真冬には低体温症の患者さんが増えます。手術室やICUの温度・湿度管理もできなくなり、感染リスクが高まります。照明が消えれば、夜間の救急対応や処置がきわめて困難になります。さらに、電力供給が止まると、水や下水処理にも影響が及びます。電子カルテや検査システムも使えなくなり、診療は著しく制限されてしまいます。命に直結するのは、医療機器だけではありません。2018年7月豪雨で被災した岡山県のまび記念病院は、電源設備が浸水エリアの1階にあったことが被害を拡大させた一因とされました。そのため、新病院では電源を高所に移す設計がなされています。この事例は、「電源の確保」がいかに病院機能の継続に直結するかを示す教訓といえるでしょう。非常用電源はどれくらい持つのか?「非常用の発電機があるから安心」と思うかもしれません。ですが、現実はそう甘くありません。災害拠点病院では、業務継続計画(BCP)の策定が義務付けられており2)、一定の備蓄を整えています。ところが私たちの調査では3)、中核病院や一般病院では備蓄の水準に大きな差があり、燃料備蓄が1日未満という病院も少なくありません。厚生労働省のガイドラインでは「通常時の6割程度の電力をまかなえる自家発電機と、最低3日分の燃料備蓄」が目安とされています4)。しかし、2018年の北海道胆振東部地震では、災害拠点病院でさえ燃料不足に直面し、十分に機能を維持できなかった例が報告されています5)。平時からの備えをどうするか?では、どう備えればよいのでしょうか。答えは「平時からの準備」に尽きます。自院の非常用電源がどれくらい持つのかを確認しておく燃料の補給ルートをあらかじめ自治体や業者と相談しておく電力や燃料の残量を定期的にチェックする地域の病院同士で助け合える仕組みを平時に作っておく余談ですが、院内にある赤と緑のコンセントの意味を正しく理解することも大切です。赤いコンセントは非常用電源、緑のコンセントはUPS(無停電電源装置)に接続されており、停電時でも使用できる系統です(図)。人工呼吸器など生命維持に直結する機器は、必ずこれらのコンセントに接続する必要があります。さらに、非常時の電力には限りがあるため、供給可能な時間や容量を把握しておくこと、不必要な機器を接続しないことなど、平時からの準備と停電時の訓練が欠かせません。図. 電源の種類と特徴「必ず来る災害」に備えるために災害は「いつか来るかもしれないもの」ではなく、「必ず来るもの」です。そのとき、病院が機能を失うのか、最低限の医療を続けられるのかは、平時の備えにかかっています。医療従事者一人ひとりが「自分の病院の電源や燃料がどれくらい持つのか」を把握し、行動を起こすこと。そして、一つの病院だけでなく地域全体で電源や医療機器の稼働状況を「見える化」し、情報を共有すること。自治体や地域と協力して「助け合える仕組み」を作ること。その積み重ねこそが「防ぎえた死」を減らし、未来の患者さんの命を守る力になります。 1) 夏季の省エネ・節電メニュー. 経済産業省 資源エネルギー庁. 2) 病院の業務継続計画(BCP)の策定状況について.厚生労働省 第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会. 令和元年5月23日. 3) 平山隆浩、他. 病院機能に応じた災害時医療機器供給体制の最適化戦略 ―岡山県内病院の実態調査に基づく段階的 BCP 体制の提案―.医療機器学. 2025;95:392-400. 4) 災害拠点病院の燃料の確保について. 厚生労働省 第14回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会. 令和元年5月23日. 5) Youichi Y, et al. Field Study in Hokkaido Prefecture after the 2018 Hokkaido Eastern Iburi Earthquake. Sch J App Med Sci. 2018;6:3961-3963.

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急性期の“むくみ”に対する漢方薬の使用法【急性期漢方アカデミア】第2回

急性期漢方を普及・研究するグループ「急性期漢方アカデミア(Acute phase Kampo Academia: AKA)」。急性期でこそ漢方の真価が発揮されるという信念のもと、6名の急性期漢方のエキスパートが集結して、その方法論の普及・啓発活動を2024年から始動した。その第1回セミナーで公開された、急性期の“むくみ”に対する漢方薬の使用法を今回は紹介したい。急性期の“むくみ”のAKAプロトコール急性期の“むくみ”に応用できる医療用漢方製剤のうち、とくに急性期病院でも使用しやすい五苓散(ごれいさん:17)、柴苓湯(さいれいとう:114)、越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう:28)、真武湯(しんぶとう:30)の4処方に注目して、AKAプロトコールを紹介し、具体的な使い分け方法を示す。図1は、急性期のむくみの病態を漢方における視点から、全身性か局所性であるか、熱感や発赤を伴っているか末梢の冷感を伴っているかの2大軸、4象限で分割した座標を提示、4つの処方の位置付けを示している。画像を拡大する図2は、使用の便を図るために、急性期の“むくみ”に対して4つの処方を使い分けるためのフローチャートを示した。画像を拡大する急性期の“むくみ”での漢方治療の実際急性期の“むくみ”に対して漢方薬を使用したAKAメンバーの経験した実際の症例を紹介したい。症例1【症例】91歳女性【主訴】下腿浮腫、労作時呼吸困難感【現病歴】2ヵ月前より増悪する下腿浮腫・労作時呼吸困難感で受診。精査の結果、大動脈弁閉鎖不全、僧帽弁閉不全、重症三尖弁閉鎖不全を伴う両心不全、Hb 8g/dL程度の貧血、血清クレアチニン値2mg/dL程度、尿蛋白3+で慢性腎臓病(CKD G4A3)を指摘された。右心不全および慢性腎臓病があるため、利尿剤は使用しにくいと考えられた。認知症もあり入院によるADL低下も懸念され、外来での加療を選択し漢方薬での治療を行った。四肢は冷えている。下腿浮腫あり。【処方および経過】AKAプロトコールにおける“全身性の”“冷感を伴う”浮腫であり、真武湯が選択された。真武湯は単独では利尿効果が弱いため、五苓散を併用。内服開始から浮腫は軽快傾向となり、2週間後には、肺高血圧や下大静脈径も改善し、胸水も消退した(図3)。画像を拡大する症例2【症例】29歳女性【主訴】右手の腫脹・疼痛【現病歴】来院3日前に右手背部の腫脹・疼痛が出現し、38℃台の発熱があり。来院前日に近医受診。全身疾患も含めて精査・加療目的で、当科紹介。【既往歴】アトピー性皮膚炎【診断】右前腕蜂巣炎【処方および経過】AKAプロトコールにおける“局所性の”“熱感・発赤を伴う”浮腫であり、越婢加朮湯が選択された。化膿性病変であることを考慮して黄連解毒湯とセファクロル750mg 分3を併用している。内服開始2日後で発赤・腫脹は消退傾向となり、5日後には、わずかに浮腫が残る程度で症状は消失した(図4)。画像を拡大する症例3【症例】20代女性 卵巣過剰刺激症候群からの急性呼吸不全【現病歴および経過】2023年某日 卵巣刺激法(ウルトラショート法)で卵胞刺激を施行。2日日に腹痛と呼吸苦を認め、前医救急外来受診。呼吸状態が悪化し4日目に当院搬送となった。図5のように両側胸水が顕著に貯留、利尿薬等を投与しつつNPPVによる陽圧換気を開始した。しかし、十分な尿量確保が困難となり人工呼吸器装着を考慮せざるを得ない状況となった。利水作用※を期待し五苓散の投与を開始、投与翌日より尿量増加傾向となった(図5)。画像を拡大するこのように血管透過性が亢進した病態において、五苓散の併用は病態の改善につながる場合がある。なお、この場合は分量を多めに使用することを考慮する(保険診療上、通常量より多くの投与は認められないため、処方の際には一定の配慮が必要である)。※ 利水作用:利水とは西洋医学の利尿薬のような強制利尿ではなく「水毒」と呼ばれる水の異常分布を調整すると考えられており、浮腫では利尿作用、脱水では抗利尿作用を発揮するとされる。症例4【症例】熱傷:80歳代、女性 既往に高血圧のある、生来元気な方。【現病歴および経過】X日自宅コンロの火で左脇を受傷し、近医クリニックを受診。大きな病院に行くように説明があった。X+1日当院紹介受診。左腋窩を中心に約2%の熱傷あり(図6)、II~III度熱傷を認めた。軟膏と被覆材による処置を行い、ツムラ柴苓湯エキス顆粒3包 分3、ツムラ越婢加朮湯エキス顆粒3包 分3を処方した。X+2日38℃台の発熱を来したが、来院時は37℃台の微熱(図7)。X+3日上腕部周辺の正常皮膚にやや発赤・熱感が発現した(図8)。安静時には疼痛はなく、本人の体力もあることから、同処方を継続した。X+4日37℃台の微熱はあるものの、昨日よりは全身状態は改善したとのことで、創部の発赤も消退していた(図9)画像を拡大するX+10日食思不振、倦怠感を訴えるため、ツムラ越婢加朮湯エキス顆粒からツムラ六君子湯エキス顆粒3包 分3に切り替え、柴苓湯は飲みきり終了とした(図10)。X+29日食思不振や倦怠感はなくなったことから、六君子湯も終了とした。X+73日上皮化が滞っているためツムラ十全大補湯エキス顆粒3包 分3を処方した(図11)。X+101日すべて上皮化し、終診となった(図12)。画像を拡大する以上のように漢方薬を使用した診療を行うことで、西洋医学単独では困難な病態に対する治癒の過程を促進できる可能性がある。

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第287回 ヘパリン吸入で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡が減少

ヘパリン吸入で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡が減少オーストラリア国立大学が英国のKing’s College Londonと協力して手掛けた試験の解析で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)入院患者の挿管か死亡を減らす未分画ヘパリン(UFH)吸入の効果が示されました1-3)。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は2019年12月に中国で報告されて世界に広がりました。流行の第一波でのCOVID-19患者は5例に1例近くが低酸素血症を発現し、それが入院の主な原因となりました。入院したCOVID-19患者のかなりが急性呼吸不全となり、7~8例に1例ほど(12~14%)が挿管での侵襲性人工呼吸を必要としています。その後の新参株の流行での入院、急性呼吸不全、死亡率は集団免疫の向上を背景にして低下しました。しかし挿管患者の生存は低いままのようです。少し前の報告になりますが、2020年8月末~2021年7月中旬までの約1年間に発表された試験を探してメタ解析したところ、COVID-19で挿管した患者の死亡率は流行第一波よりその後のほうがむしろ上昇しており、それぞれ62.2%と72.6%でした4)。ヘパリンはよく知られる血液の抗凝固活性に加えて抗炎症作用やウイルス全般を阻止する作用を有し、肺損傷に有益なことが示唆されています。SARS-CoV-2に限って言うと、スパイクタンパク質と細胞受容体ACE2の結合を妨げるヘパリンの効果が報告されています。UFHはスパイクタンパク質に結合して変形を強い、ACE2に結合できなくして感染を阻止します。UFHは炎症を封じる作用も有します。その抗炎症作用がCOVID-19の肺損傷に寄与する好中球細胞外トラップ(NET)生成や肺の過度の炎症を鎮める働きを担うようです。それに、ヘパリンのおはこの抗凝固作用も有益なようで、微小血管血栓症などのCOVID-19で重視すべき病変を制限しうることが示唆されています。4年近く前の2022年の始めに発表されたオーストラリア国立大学の研究者によるレトロスペクティブ解析では、入院COVID-19患者のUFH吸入と酸素指標の改善の関連が、挿管しているかどうかを問わず認められています5)。同研究チームは今回の解析で、未挿管のCOVID-19入院患者のUFH吸入の効果を調べました。7ヵ国の10病院での6つの無作為化試験の結果を集めて、あらかじめ決めていた計画に沿ってメタ解析しました。7ヵ国の1つのオーストラリアでは事務手続きの遅れにより被験者を集められず、実質的には6ヵ国で組み入れられた被験者478例が解析されました。その結果、挿管か死亡した患者の割合は、標準治療に加えて噴霧UFHを吸入する群(UFH吸入群)では11.2%、標準治療のみを行う群では22.4%でした。すなわちUFH吸入群の挿管か死亡の発生率は標準治療群の半分ほどで済みました(オッズ比:0.43)1)。UFHの効果はSARS-CoV-2に限らず種々のウイルス、さらには細菌にも有効かもしれません。ヒトのあちこちの組織の表面で発現するヘパラン硫酸などのプロテオグリカンとの相互作用を頼りに侵入しようとするそれら病原体一揃いなどをUFHは阻止できそうです。それに緑膿菌やインフルエンザウイルスなどの病原体の数々の接着を制限する作用があり、それらの働きによって肺炎や菌血症を防ぎうることがヒトや動物での検討で示唆されています。実際、研究チームはインフルエンザや呼吸器合胞体ウイルス(RSV)などのSARS-CoV-2以外の呼吸器感染症へのUFHの効果を確かめる試験を欧州で実施するつもりです2,3)。また、吸入用のヘパリンの開発にも取り組んでいます。 参考 1) van Haren FMP, et al. eClinicalMedicine. 2025 Sep 27. [Epub ahead of print] 2) Low-cost drug shows promise for patients with life-threatening respiratory infections/Australian National University(ANU) 3) Low-cost drug shows promise for patients with life threating respiratory infections/King’s College London 4) Xourgia E, et al. Expert Rev Respir Med. 2022;16:1101-1108. 5) van Haren FMP, et al. Br J Clin Pharmacol. 2022;88:2802-2813.

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日米の高齢者がん手術、術後転帰に大きな違い

 高齢者の消化器がん外科手術において、日本と米国の全国データベースを比較すると、年齢に伴う術前合併症や術後転帰の変化パターンは類似しているものの、移動能力や機能面では両国間に差があることが明らかになった。福島県立医科大学の小船戸 康英氏らによる本研究はAnnals of Gastroenterological Surgery誌2025年4月21日号に掲載された。 がんは日米両国における主要な死因の1つであり、生涯に少なくとも一度はがんを経験する人口の割合は日本で5割超、米国で4割弱と推定されている。外科治療は依然としてがんの根治的治療の主軸であり、世界的な高齢化のなか、併存疾患や虚弱状態を多く有する高齢がん患者を対象とした研究の重要性が増している。 研究者らは、日本の臨床データベース(National Clinical Database:NCD)と米国の米国外科学会全国外科品質改善プログラム(American College of Surgeons National Surgical Quality Improvement Program:NSQIP)から、65歳以上で消化器がん(食道、胃、大腸、十二指腸、肝臓、膵臓、胆道)の外科手術を受けた患者のデータを収集し、65~74歳、75~84歳、85歳以上に分け、術前の併存疾患、認知機能、移動機能、術後合併症などを比較した。 主な結果は以下のとおり。・日本(NCD)から2,703例、米国(NSQIP)から1,342例が対象となった。【手術の内訳】 上部消化管手術(食道切除:日本12.6%/米国2.1%、幽門側胃切除:28.3%/1.9%、胃全摘:10.6%/0.4%)は日本のほうが多く、下部消化管手術(結腸右半切除:13.4%/50.5%、低位前方切除:14.0%/25.9%)は米国のほうが多かった。肝切除(8.9%/7.6%)および膵頭十二指腸切除(12.2%/11.6%)の頻度は同様だった。【術前の併存疾患】 両国とも加齢に伴い、呼吸困難、高血圧、出血性疾患、緊急手術が増加したが、肥満率と緊急手術の頻度は米国でより高かった。慢性疾患に対するステロイドの使用や術後48時間以内の敗血症の頻度も米国では高齢群のほうが頻度が高かったが、日本ではこの傾向はみられなかった(慢性疾患に対するステロイド/日本:65~74歳1.7%、75~84歳1.3%、85歳以上0.6%、米国:4.7%、6.5%、10.4%、48時間以内の敗血症/日本:0.3%、0.1%、0.6%、米国:4.7%、7.2%、13.0%)。【認知機能】 両国とも、年齢と共に認知症の既往、代理人による同意、術後せん妄の頻度は上昇し、両国で類似した傾向を示した。【移動能力/機能】 両国とも、年齢と共に歩行補助器具の使用、転倒歴、高転倒リスク、新たな歩行補助具の使用、術後の移動機能低下などが増加した。これらの変数および術後の機能依存低下の頻度は米国のほうが高かった。【術後合併症】 多くの術後合併症は年齢との関連を示さなかったが、術後敗血症、長時間の人工呼吸器使用、新たな歩行補助具使用や移動機能低下、自宅以外への退院は米国のほうが多かった。 研究者らは「米国と日本の両国において、消化器がんの外科手術を受ける65歳以上の高齢者では、年齢の上昇に伴って術前併存症の増加や認知機能低下、術後の移動能力/機能が低下することは共通していた。しかし、移動機能の低下や自宅以外への退院などの項目では両国間で大きな差がみられ、米国のほうがより重篤で頻度が高い傾向があった。日本では、術前からの回復可能性や退院先・介護体制を見据えた手術適応や統合的なケアが比較的整っている可能性がある。今後、高齢患者の手術適応、術前準備、術後リハビリ、退院調整などを、国や地域の実情に応じて最適化することが求められる」とした。

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第281回 コロナ治療薬の今、有効性・後遺症への効果・家庭内感染予防(後編)

INDEXレムデシビルエンシトレルビル感染症法上の5類移行後、これまでの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の動向について、感染者数、入院者数、死亡者数から薬剤に関するNature誌、Science誌、Lancet誌、NEJM誌、BMJ誌、JAMA誌とその系列学術誌に掲載され、比較対照群の設定がある研究を紹介した(参考:第277回、第278回、第279回、第280回)。今回はようやく最終回として前回と同じ6誌とその系列学術誌を中心に掲載されたレムデシビル(商品名:ベクルリー)、エンシトレルビル(同:ゾコーバ)に関する比較対照群を設定した研究を紹介する。レムデシビル新型コロナウイルス感染症の治療薬として初めて承認された同薬。当初は重症患者のみが適応だったが、その後の臨床試験結果などを受けて、現在は軽症者も適応となっている。新型コロナ治療薬の中で、日本の新型コロナウイルス感染症診療の手引き1)に定義される軽症、中等症I、中等症II、重症までのすべてをカバーするのはこの薬だけである。この薬に関して前述6誌の中で2023年5月以降に掲載された研究は、2024年6月のLancet Infectious Diseases誌に掲載された香港大学のグループによる研究2)である。この研究は評価したい因果効果をみるのに理想的な無作為化比較試験(target trial)をイメージして、可能な限りそれに近づけるように観察データ分析をデザインしていく手法「target trial emulation study」を採用したもの。利用したのはオミクロン株系統が感染の主流となっていた2022年3~12月の香港・HA Statistics保有の電子健康記録。この中からレムデシビル単独療法群(4,232例)、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群(1万3,656例)、併用療法群(308例)の3群を抽出し、主要評価項目を全死因死亡率(90日間追跡、中央値84日)として比較した。レムデシビル単独療法群と比較したハザード比(HR)は、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.18(95%信頼区間[CI]:0.15~0.20)、併用療法群が0.66(95%CI:0.49~0.89)でいずれも有意に死亡率は低下していた。副次評価項目については、ICU入室・人工呼吸器使用の累積発生率でのHRが、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.09(95%CI:0.07~0.11)、併用療法群が0.68(95%CI:0.42~1.12)、人工呼吸器使用率はニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.07(95%CI:0.05~0.10)、併用療法群が0.55(95%CI:0.32~0.94)で、いずれもレムデシビル投与群に比べ有意に低かった。ただし、ICU入室率のみでは、ニルマトレルビル/リトナビル単独療法群が0.09(95%CI:0.07~0.12)と有意に低かったものの、併用療法群では0.63(95%CI:0.28~1.38)で有意差はなかった。この臨床研究は結果として、レムデシビルに対するニルマトレルビル/リトナビルの優越性を示しただけで、オミクロン株系統以降のレムデシビルそのものの有効性評価とは言い難いのは明らかである。だが、対象6誌とその系列学術誌では、オミクロン株優勢期のレムデシビルの有効性を純粋に追求した研究は見当たらなかった。対象学術誌の範囲を広げて見つかるのが、2024年のClinical Infectious Diseases誌に製造販売元であるギリアド・サイエンシズの研究者が発表した研究3)だ。これはオミクロン株系統優勢期である2021年12月~2024年2月の米国・PINC AI Healthcare Databaseから抽出した後向きコホートで、新型コロナで入院し、生存退院した18歳以上の患者を対象にしている。レムデシビル投与群が10万9,551例、レムデシビル非投与群が10万1,035例と対象症例規模は大きく、主要評価項目は30日以内の新型コロナ関連再入院率。結果はオッズ比が0.78(95%CI:0.75~0.80、p<0.0001)で、レムデシビル群の再入院率は有意に低下していた。再入院率の有意な低下は、入院中の酸素投与レベルに関係なく認められ、65歳以上の高齢者集団、免疫不全患者集団でのサブグループ解析でも同様の結果だった。もっとも前述したように、製造販売元による研究であることに加え、対象者のワクチン接種歴や過去の感染歴が不明という点でイマイチ感が残る。一方、オミクロン株系統優勢期での後遺症に対するレムデシビルの有効性を評価した研究は対象6誌では見当たらない。オミクロン株系統優勢期という縛りを外すと、世界保健機関(WHO)が主導した無作為化比較試験「SOLIDARITY試験」の追跡研究として、Nature誌の姉妹誌Communications Medicine誌に2024年11月に掲載されたノルウェー・オスロ大学による研究4)がある。無作為化後、3ヵ月時点での呼吸器症状を中心とする後遺症を調査したものだが、対症療法単独群(一部ヒドロキシクロロキン投与例を含む53例)と対症療法+レムデシビル投与群(27例)との比較では有意差は認められなかった。エンシトレルビル言わずと知れた新型コロナウイルスに対する国産の抗ウイルス薬である。その承認時には主要評価項目の変更などで物議を醸した。該当6誌で研究を探して見つかったのは、JAMA Network Open誌に掲載された同薬の第II/III相臨床試験Phase3 part(SCORPIO-SR試験)の結果、まさに日本での緊急承認時に使用されたデータ5)のみである。改めてその内容を記述すると、発症から72時間未満にいずれも5日間投与されたエンシトレルビル1日125mg群(347例)、1日250mg群(340例)、プラセボ群(343例)の3群でオミクロン株感染時に特徴的な5症状(鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳の呼吸器症状、熱っぽさまたは発熱、疲労感)が消失するまでの時間を主要評価項目としている。この結果、エンシトレルビル群はプラセボ群と比較して5症状消失までの時間を有意に短縮(p=0.04)。症状消失までの時間の中央値は、125mg群で167.9時間(95%CI:145.0~197.6時間)、プラセボ群で192.2時間(95%CI:174.5~238.3時間)だった。また、副次評価項目では、ウイルスRNA量の変化が125mg投与群では投与4日目でプラセボ群と比較して有意に減少(p<0.0001)、感染性を有する新型コロナウイルス(ウイルス力価)の陰性化が最初に確認されるまでの時間がプラセボ群と比較して有意に短縮した(p<0.001)。ウイルス力価陰性化までの時間の中央値は、125mg群が36.2時間、プラセボ群が65.3時間だった。なお、エンシトレルビルに関しては米国での上市を念頭に置き、北米、南米、欧州、アフリカ、日本を含むアジアで軽症・中等症の非入院成人(ほとんどがワクチン接種済み)の新型コロナ感染者を対象にした第III相の無作為化二重盲検プラセボ対照試験「SCORPIO-HR試験」(患者登録期間:2022年8月~2023年12月)も行われ、2025年7月にClinical Infectious Diseases誌に論文6)が掲載された。主要評価項目は新型コロナの15症状が持続的(2日以上)に消失するまでの平均時間だったが、エンシトレルビル群(1,018例)とプラセボ群(1,029例)との間で有意差は認められなかった。この主要評価項目はエンシトレルビルの承認申請を前提に米国食品医薬品局(FDA)との合意で決定されたものだったため、この結果を受けてエンシトレルビルの承認申請は行われていない。一方で塩野義製薬側は、ターゲットを曝露後予防にしたプラセボ対照二重盲検第III相試験「SCORPIO-PEP試験」を2023年から開始。同社の発表によると、試験は米国、南米、アフリカ、日本を含むアジアで実施し、新型コロナウイルス検査で陰性が確認された新型コロナ感染者の12歳以上の同居家族または共同生活者2,387例が登録された。同試験の結果は論文化されておらず、あくまで塩野義製薬の発表になるが、主要評価項目である「投与後10日までの新型コロナ発症者の割合」はエンシトレルビル群が2.9%、プラセボ群が9.0%であり、エンシトレルビル群は統計学的に有意に相対リスクを低下させたという(リスク比:0.33、95%CI:0.22~0.49、p<0.0001)。今後、塩野義製薬は各国で曝露後予防への適応拡大を目指す考えである。 参考 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症診療の手引き(第10.1版)(厚生労働省 2024年4月23日発行) 2) Choi MH, et al. Lancet Infect Dis. 2024;11:1213-1224. 3) Mozaffari E, et al. Clin Infect Dis. 2024;79:S167-S177. 4) Hovdun Patrick-Brown TDJ, et al. Commun Med (Lond). 2024;4:231. 5) Yotsuyanagi H, et al. JAMA Netw Open. 2024;7:e2354991. 6) Luetkemeyer AF, et al. Clin Infect Dis. 2025;80:1235-1244.

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3学会がコロナワクチン定期接種を「強く推奨」、高齢者のリスク依然高い

 日本感染症学会、日本呼吸器学会、日本ワクチン学会の3学会は2025年9月1日、今秋10月から始まる新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの定期接種を「強く推奨する」との共同見解を発表した。高齢者における重症化や死亡のリスクが依然として高いことや、ウイルスの変異が続いていることを主な理由としている。インフルエンザを大幅に上回る死亡者数 3学会によると、国内のCOVID-19による死亡者数は2024年に3万5,865例に上り、同年のインフルエンザによる死亡者数2,855例を大きく上回っている。COVID-19による死者数のピークだった2022年の4万7,638例からは減少しているものの、依然として高い水準で推移しており、大きな減少はみられていない。 また、2025年に入ってから8月24日までの期間で、COVID-19で入院した患者のうち60歳以上は3万7,000例を超えており、人工呼吸管理が必要な重症者は616例であった。3学会は、高齢者にとってCOVID-19の重症化リスクはインフルエンザと「少なくとも同等かそれ以上」だと指摘し、警戒を呼びかけている。 COVID-19は5類感染症に移行後も流行を繰り返しており、その要因として変異株が繰り返し出現していることが挙げられる。オミクロン株は数ヵ月ごとに変異し、そのたびに免疫を回避する力が強まっているとされている。高齢者施設や医療機関での集団感染も2024年と同レベルで報告されており、感染力は依然として強いことから、今冬の再流行が予想される。新型コロナワクチンの発症・重症化予防効果 2024年秋冬に接種が行われたJN.1対応ワクチンは、国内多施設共同症例対照研究(VERSUS研究)により、65歳以上の発症を52.5%、60歳以上の入院を63.2%予防する効果が確認されている。 しかし、新型コロナワクチンの効果は変異株の影響もあり接種後数ヵ月で減衰するため、インフルエンザワクチンと同様に、その年の流行株に対応したワクチンを毎年接種することが必要になる。2025年度の定期接種では、オミクロンJN.1系統の「LP.8.1」や「XEC」に対応したワクチンが供給される予定だ。【2025/26シーズンに定期接種で用いられる予定のCOVID-19ワクチン】・コミナティ筋注シリンジ12歳以上用(ファイザー)、抗原組成:LP.8.1・スパイクバックス筋注(モデルナ)、同:LP.8.1・ヌバキソビッド筋注1mL(武田薬品工業)、同:LP.8.1・ダイチロナ筋注(第一三共)、同:XEC・コスタイベ筋注用(Meiji Seika ファルマ)、同:XEC また、過去にオミクロン株の感染歴がある場合でも、6ヵ月以上経過すると再感染のリスクが増えることが報告されており、COVID-19感染から3~6ヵ月以上経過していれば、ワクチン接種が望まれる。過去の感染歴があっても新たなワクチン接種によって免疫力をさらに高めることができるとしている。2025年夏に感染した人でも、発症から3ヵ月以上経過していれば、冬の流行に備えて接種を受けることが推奨されている。 新型コロナワクチンには、COVID-19の罹患後症状(long COVID)や、罹患後1年間にわたって増加する心血管疾患や呼吸器疾患、認知機能低下などの続発症を予防する効果も報告されている。 安全性については、接種後に発熱や倦怠感といった一過性の有害事象がみられるものの、その頻度は接種回数を重ねるごとに減少傾向にあると報告されている。また、国内外の研究から、ワクチン接種が死亡リスクを増加させるという関連性はないことが示されている。 3学会は、ワクチンの利益とリスクを科学に基づいて正しく比較し、自身が信頼できる医療従事者と相談のうえで接種を判断するよう呼びかけている。なお、ワクチン接種で感染を完全に回避できるわけではなく、ワクチン接種に加えて、適切なマスクの着用、換気、手洗いなどの基本的な感染予防策を行うことも重要だとしている。

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第277回 コロナの今、感染・入院・死亡者数まとめ

INDEX定点報告数推移入院・重症化例死亡者数新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が感染症法の5類に移行したのが2023年5月8日。それから丸2年以上が経過した。現在、全国的に感染者が増加していると報道されているが、先日の本連載でも報告したように地域の基幹病院では、流行期に苦境を迫られているのが現実だ。もっとも世の中全体が新型コロナについて「喉元過ぎた熱さ」化した今、5類移行以後の新型コロナがどのような経過をたどってきたかについての認識は、医療者の中でも差があるだろう。私自身は医療者ではないが、隠さず言ってしまえば、まさに喉元過ぎた熱さ化しつつあるのが実際である。ということで、自省も込めてこの段階で、5類移行から現在に至るまでの新型コロナの状況について経過をたどってみることにした。今回は感染者数、入院者数、死亡者数についてまとめてみた。定点報告数推移まず、5類移行後の一番大きな変化としては感染者報告が定点報告1)となった点である。その最初となった2023年第19週(5月8~14日)は全国で2.63人。この後は第35週(8月28日~9月3日)の20.50人まで、途中で第31週(7月31日~8月6日)と第32週(8月7~13日)に前週比で若干減少したことを除けば、ひたすら感染者は増加し続けた。ただ、ここからは急速に減少し、わずか4週後の第39週(9月25日~10月1日)には8.83人まで減少。第44週(10月30日~11月5日)には第19週の水準を下回る2.44人となった。16週間かけてピークまで増加した感染者数が9週間で減少したことになる。最終的には第46週(11月13~16日)の1.95人で底を打った。もっともここからは再び増加に転じ、この年の最終週の第52週(12月25~31日)には5.79人と6週間で約3倍まで増加した。2024年第1週(1月1~7日)は6.96人で始まり、第5週(1月29日~2月4日)に16.15人。以後は第18週(4月29日~5月5日)の2.27人まで一貫して減少したが、第19週(5月6~12日)からは2.63人と反転し、第30週(7月22~28日)の14.58人まで増加を続けた。そしてこれ以降は再び減少し始め、第45週(11月4~10日)の1.47人がボトムとなり、最終週の第52週(12月23~29日)は7.01人。7週間で5倍弱に増加した。2025年は第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)が5.32人と2024年最終週からは減少したものの、翌第2週(1月6~12日)は7.08人と跳ね上がり、これが冬のピーク。この後は緩やかに減少していき、第21週(5月19~25日)、第22週(5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び一貫した上昇に転じ、最新の第33週(8月11~17日)が6.30人である。このデータを概観すると、1月中が冬のピークで、その後は感染者が減少。5月中下旬から感染者が増加し、7~8月にピークを迎え、そこから11月中旬にかけてボトムとなり、再び増加に転じるという流れが見えてくる。現時点において、この夏まで4つの波が到来している形で、年々ピークの感染者数は低下している。もっとも、これは以前書いたようにウイルスの感染力が低下しているわけではなく、次第に多くの人がコロナ禍を忘れ、喉の痛みや鼻水が大量に出るなどの呼吸器感染症の症状が出ても受診・検査をしていないケースが増えているからだろう。また、注意が必要なのが定点報告医療機関数の変化である。2025年第14週(3月31日~4月6日)までは約5,000医療機関だったが、これが再編されて第15週以後は約3,000医療機関に変更されていることだ。その意味ではもはや定点報告数は大まかに流行を捉えるという位置付けにすぎないといえるだろう。そうした中でこの流行の波形を見ると実は特徴的な地域がある。沖縄県だ。同県の場合、ほかの都道府県に見られる冬期の波がほとんどない。これは同県が日本では唯一の亜熱帯に属する県であることが理由だろう。すなわち冬に暖房を使って屋内に籠ることがほとんどないということだ。つまるところ「暑さや寒さでエアコンを使い換気が悪くなる時期に各地で感染者が増加する」という従来からの定説を如実に裏付けているともいえる。実際、夏前の流行の立ち上がり時期を見ると、九州・沖縄地方は全国傾向と同じ毎年第19週前後だが、北海道や東北地方は第25週前後である。逆に冬期は北海道、東北地方は第42週前後に感染者が増加し始めるが、九州地方では第49週前後である。入院・重症化例最も医療機関にとって負荷がかかるのは新型コロナによる入院患者の増加であることはいうまでもない。厚生労働省では医療機関等情報支援システム(G-MIS)2)のデータから週報とともに重症化事例も公表している。当然ながら、定点報告の感染者数のピーク前後で入院事例が増えると考えられるため、各ピーク期に絞ってその状況を取り上げる。まず、2023年については、夏のピークだった第35週の直前である第34週(8月21~27日)の全国の新規入院患者数1万3,972人がピークである。この時の7日間平均でのICU入院中患者数が228人、ECMOまたは人工呼吸器管理中が140人である。ICU入院中の患者数は第33~36週までは200人超である。2024年の冬季の感染者数ピークは第5週だが、入院患者のピークはその前の第3週(1月15~21日)の3,494人である。夏に比べて一気に入院患者数が減少したようにもみえるが、これは2023年9月25日より、入院患者数をG-MISデータ(約3万8,000医療機関)から全国約500ヵ所の基幹定点医療機関からの届出数に変更したためである。その代わり、この時点から入院患者の年齢別などの詳細が報告されるようになっている。この2024年第3週の入院患者の年齢別内訳を見ると、60歳以上の高齢者(同データは65歳以上の区分なし)が83.1%を占めている。これ自体は驚くことではない。ただ、10歳刻みの年齢区分で見ると、60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで多いのが1歳未満である。また、この時の入院時のICU入室者は117人、人工呼吸器利用者は57人である。さらに同年夏の入院患者数ピークは、感染者数ピークの第30週の翌週である第31週(7月29日~8月4日)の4,590人。この時も60歳以上の高齢者が84.4%を占め、第3週前後の時と同様に60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで1歳未満の入院患者が多い。この週のICU入室者は187人、人工呼吸器の利用者は80人。2025年冬の入院患者数ピークは、感染者数ピークと同様の第2週で2,906人。60歳以上の高齢者割合は86.0%。年齢階層別の入院患者数で1歳未満が高齢者層に次ぐのは、この時も同じだ。この週のICU入室者は120人、人工呼吸器の利用者は54人だった。死亡者数人口動態統計3)の年次確定数で見ると、2023年の新型コロナによる死亡者数は3万8,086人。前年の2022年が4万7,638人である。ちなみに2023年のインフルエンザの死亡者数が1,383人である。2024年(概数)は3万5,865人、2025年については現在公表されている3月までの概数が1万1,207人である。ちなみに前年の1~3月は1万2,103人であり、やや減少している。ここでまたインフルエンザの死亡者数を挙げると、2024年が2,855人、2025年1~3月が5,216人である。今年に入りインフルエンザの死亡者は増加しているものの、新型コロナの死者は2023年でその27.5倍、2024年で12.6倍にも上る。この感染症の恐ろしさを改めて実感させられる。次回は流行株の変遷とワクチン、治療薬を巡る状況を取り上げようと思う。 参考 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料(発生状況等) 2) 厚生労働省:医療機関等情報支援システム(G-MIS):Gathering Medical Information System 3) 厚生労働省:人口動態調査

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