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1.

新型コロナ・インフルワクチンの同時接種で有害事象は増えず

 この秋は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とインフルエンザの対策が一度で済むかもしれない。新たな研究で、新型コロナウイルスワクチン(以下、新型コロナワクチン)とインフルエンザワクチンを同時接種しても、インフルエンザワクチンのみを接種した場合と比べて安全上のリスクは増加しないことが示された。米ワシントン大学医学部および米VA St. Louis Health Care SystemのYan Xie氏らによるこの研究は、「Annals of Internal Medicine」に6月30日掲載された。 この研究では、米国の退役軍人(VA)約250万人の電子医療記録データを用いて、新型コロナワクチン(二価ワクチン、XBB対応ワクチン、およびKP対応ワクチン)とインフルエンザワクチンを同時接種した場合とインフルエンザワクチンを単独接種した場合とで、接種後90日以内の有害事象の発生について比較・評価した。2022年9月1日から2025年8月26日の間に70万5,124人が2種類のワクチンを同時接種し、181万3,205人はインフルエンザワクチンのみを接種していた。 有害事象は46種類を対象とし、重症度に応じて、1)重症で生命を脅かす事象(Tier 1)、2)臨床的に重要な事象(Tier 2)、3)比較的軽度または自己限定性の事象(Tier 3)の3段階に分類した。有害事象の具体的な例は、Tier 1では脳静脈洞血栓症や心筋梗塞、肺塞栓症など、Tier 2では心房細動や心房粗動、深部静脈血栓症など、Tier 3ではベル麻痺、失神、耳鳴りなどである。 解析の結果、重症度のレベルにかかわりなく、有害事象リスクについて同時接種群と単独接種群の間に統計学的な有意差は認められなかった。リスク比は、Tier 1で1.03(95%信頼区間0.99~1.09)、Tier 2で0.99(同0.96~1.03)、Tier 3で0.99(同0.96~1.02)であった。3種類の新型コロナワクチンが使用された期間別に解析しても、同時接種は有害事象のリスク増加と関連していなかった。 著者らは、「今回の結果は、新型コロナワクチンとインフルエンザワクチンを同時接種することの短期的な安全性を支持するものであり、今後のワクチン接種に関する推奨を策定する際にも役立つ可能性がある」と述べている。

2.

認知症リスクを考慮した帯状疱疹ワクチン、最適なタイミングは

 これまでの観察研究において、帯状疱疹ワクチン接種と認知症との間に予防的な関連があることが報告されている。しかし、これらの研究には方法論的な限界がある、あるいは米国では現在利用できない生ワクチンが対象となっていた。米国・Brown UniversityのKaleen N. Hayes氏らは、亜急性期ケアまたは長期ケアを目的として専門看護施設に最近入所した高齢者を対象に、入所後12ヵ月以内または退所後の遺伝子組み換え帯状疱疹ワクチン接種(RZV)と認知症との関連を推定するため、本研究を実施した。Annals of Internal Medicine誌7月号の報告。 対象は、2017~22年に専門看護施設に入所し、ナーシングホームの電子健康記録(EHR)データとの連結が可能で、認知症の診断がなく、RZV接種の対象となる66歳以上のMedicare fee-for-service受給者。施設内または退所した場合は入所後12ヵ月以内に1回以上のRZV接種を受けた群を介入群とし、RZV未接種者を対照群とした。EHRデータと連結されたMedicareの診療報酬請求データを使用し、ターゲット試験エミュレーションおよびclone-censor-weightアプローチを用いたコホート研究を実施した。対象者は、認知症の発症、Medicare資格の喪失、死亡のいずれかが生じるまで、最長4年間のフォローアップを行った。プールされたロジスティック回帰モデルによる効果の推定には、clone-censor-weightの逆確率を適用した。測定項目には、妥当性が確認された認知症診断、ベースライン時および経時的に変化する57項目の共変量を含めた。 主な結果は以下のとおり。・研究コホートには、50万9,926例(平均年齢:79歳)の参加者が含まれた。・入所後12ヵ月以内に1回以上のRZV接種を受けた患者の割合は1.73%(8,843例)、そのうち退所後にRZV接種を受けた患者の割合は87.0%であった。・RZV接種は、認知症リスクの5.8パーセントポイント低下(95%信頼区間[CI]:3.9~7.5パーセントポイント低下)と関連していた(リスク比:0.76[95%CI:0.69~0.84]、4年間のリスク:RZV接種群18.8%vs.非接種群24.6%)。・男性および過去に生帯状疱疹ワクチンの接種歴がある患者では、この関連は弱まった。・本研究の限界は、ネガティブコントロール解析の結果、何らかの残存交絡が存在する可能性が示唆された点である。 著者らは「専門看護施設への入所中または入所後12ヵ月以内のRZV接種は、認知症リスクの低下と関連している」としている。

3.

PSSA菌血症治療の常識は変わるか?(解説:栗原宏氏)

Strong point・PSSA治療に抗ブドウ球菌ペニシリン系薬という長年の慣習とリスク回避策に一石を投じた・多施設、国際共同RCTでエビデンスレベルが高い・主要評価項目を培養陰性化や解熱ではなく、90日全死因死亡率に設定し、実臨床に即した評価となっている・厳格な判定方法で真のPSSAのみが対象となっているWeak point・早期終了/オープンラベル/厳格な検査体制という条件付きの結果なので、一般化には注意が必要・PSSAの判定方法が厳密であり、日本で主に用いられている自動感受性試験のみでは本論文の内容を適用しづらい 現在のPSSA(Penicillin-Susceptible Staphylococcus aureus)を取り巻く環境は10年前とはかなり変化している。欧米を中心に、かつてはまれとされていたPSSAの割合が再増加傾向であることが本研究の背景となっている。PSSAであれば、治療としてペニシリンGは、最も狭域で抗菌活性が高く、内服アモキシシリンへの移行が容易、腎障害・肝障害・静脈炎が少ない可能性があるなど利点が多い。その一方で、低レベルペニシリナーゼ産生菌がPSSAと誤判定されていた場合の治療失敗リスクを踏まえて、抗ブドウ球菌ペニシリン系薬が第1選択とされていた。本研究はPSSAに対して「念のために抗ブドウ球菌ペニシリンを使う」という従来の治療戦略に再考を促す結果となった点で意義が大きい。 本研究は、世界8ヵ国67施設が参加した国際共同RCTであり、PSSA菌血症患者281例をペニシリンG群と抗ブドウ球菌ペニシリン群に1:1で割り付け、90日全死因死亡率を主要評価項目としてペニシリンGの非劣性を検証した。 ペニシリンG群の非劣性の事後確率は96.1%、優越性の事後確率は88.9%であった。事前に設定された非劣性判定基準(99%)には達しなかったものの、ペニシリンGを治療選択肢として支持する結果と考えられる。 PSSAの判定は日本の医療機関で主流の自動感受性試験とは異なり、ペニシリンディスク拡散試験、阻止円縁の評価、blaZ遺伝子PCRなどのペニシリナーゼ産生菌除外の厳密な判定が行われている点には注意が必要である。 本邦では、flucloxacillinおよびクロキサシリンは承認されておらず、PSSAを含むMSSA菌血症にはセファゾリンが標準的に使用されている。CloCeBa試験1)によればMSSA治療に関して、セファゾリンはクロキサシリンと比較して急性腎障害の発生リスクは低く、治療効果は非劣性であることが示されているが、PSSAに対するペニシリンGとセファゾリンを直接比較した研究はない。 現時点では、厳密なPSSA判定が可能な施設ではペニシリンGを選択肢として検討できる一方、日本の診療環境ではセファゾリンを第1選択とする従来の治療戦略も引き続き妥当と考えられる。

4.

第323回 学会で質問殺到、コロナの予防投薬は誰にいつする?

INDEXコロナ治療薬、今はどうなっている?NEJM誌掲載の“今”の予防方法学会セッションでも質問殺到コロナ治療薬、今はどうなっている?新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が感染症法上の5類に分類されてから3年以上が経過した。基礎疾患を有する高齢者にとってはいまだ脅威となる感染症だが、世間全般で見れば、もはやコロナ禍なぞどこ吹く風である。そしてやや酷な言い方をしてしまえば、コロナ禍中に世を賑わせた新型コロナに対する治療も“後退”を余儀なくされている。ご存じのようにコロナ禍中は、外資系のメガファーマを中心に国から特例・緊急承認を受け、その後に通常承認へと移行した治療薬も相次いだ。これまで何らかの形で承認されたのは以下の通りだ。抗ウイルス薬としては、第一弾で静脈注射のレムデシビル(商品名:ベクルリー)が登場し、経口薬のモルヌピラビル(ラゲブリオ)、ニルマトレルビル/リトナビル(パキロビッド)、エンシトレルビル(ゾコーバ)の順で上市された。また、これ以外にも中和抗体薬としてカシリビマブ/イムデビマブ(ロナプリーブ)を皮切りにソトロビマブ(ゼビュディ)、チキサゲビマブ/シルガビマブ(エバシェルド)、新型コロナによる肺炎に対して経口JAK阻害薬バリシチニブ(オルミエント)、ヒト化抗ヒトIL-6レセプターモノクローナル抗体のトシリズマブ(アクテムラ)も承認された。しかし、mRNAワクチンの登場に加え、感染主流株が病原性の低いオミクロン株系統へと移行した結果、治療の景色は一変した。まず、デルタ株からオミクロン株への変遷で、ウイルス表面のスパイクタンパク質の変異が大きかったことから中和抗体薬はほぼ無効になり、事実上の退場となった。オミクロン株系統では肺炎患者が大幅に減ったことからバリシチニブ、トシリズマブも活用機会も激減した。そしてもっとも主力となる経口抗ウイルス薬の4種類については、いずれも公的な費用対効果分析ではネガティブな評価を下され、薬価が引き下げとなった。NEJM誌掲載の“今”の予防方法そのような中で新型コロナの治療に関して比較的明るい話題としては、今年3月にエンシトレルビルが新型コロナ感染者との接触者に対する予防投与の適応で承認追加となったことぐらいだろう。この承認のもとになった臨床試験結果は今年5月にNEJM誌に論文1)が掲載されている。COVID-19患者の同居家族、エンシトレルビルで発症予防/NEJM本連載を過去から長らくお読みの方は、私個人がエンシトレルビルの緊急承認時の有効性にはかなり懐疑的だったことをご記憶の方もいるかもしれないが、この点は今でもほぼ変わっていない。一方でこの曝露後予防に関する結果については、ほぼ額面通りに受け止めている。以前、本連載で新型コロナの治療なども含め現在地を取りまとめたことがあった(第280回、第281回)が、その当時はこのエンシトレルビルに関して、いわばトップジャーナルでの掲載論文がほとんどないことがやや悩みだった。ほかの治療薬と比べて、エビデンス上、アンバランス感が否めなかったからだ。しかし、今回は堂々のNEJM誌掲載であり、一定の評価はしている。もっとも敢えて言うならば、この数字を適用すれば、新型コロナ感染者に接触した人が100人いる場合、何もせずにいれば9人が発症し、エンシトレルビルを5日間服用すればそれが3人に抑えられる計算になる。そしてうち91人はもともと発症しない。そのうえで適応が承認されたとはいえ予防投与の薬剤費は、5日間で4万9,630円の全額自己負担。個人的感想としては「高齢者で新型コロナ感染時に重症化因子となる基礎疾患が複数ある人などを除けば、効果の割にはかなり高額の自己負担が必要」とややネガティブな評価になる。これが現在の季節性インフルエンザに対する抗ウイルス薬・オセルタミビル(タミフルほか)くらいの薬価なら、かなりコスパが良いとなるのだが…。もっとも医療機関を受診して新型コロナ感染が判明した人の家族や同居者が予防投与を開始するか否かは、インフォームド・コンセント(IC)を行ったうえで本人たちの意思に委ねれば、おおむね解決できると言えるだろう。ただ、入院患者で発症した場合、院内感染対策として同室患者に処方するか否かという場面が生じた際には、医療機関にとってかなり悩ましいことになる。インフルエンザについては、多床室で感染者が発生した場合、少なからぬ病院では持ち出しで同室者にオセルタミビルを予防処方しているのが実態だ。それもこれもジェネリック品ならば、1カプセルの薬価は104.1~108円であり、予防内服は7~10日間で薬剤費は最大1人1,080円で済むからである。現在の多床室で一般的な4人部屋で考えると、最初にインフルエンザに感染した人は保険診療で対応し、残る3人を持ち出しで予防内服をさせても、支出は3,240円である。先発品を使ったとしても5,169円にとどまる。最悪、患者に事情を説明し、自己負担をお願いしたとしても「まあ、しょうがないか」と応じてくれる人もそれなりにいるだろう。しかし、エンシトレルビルではそうはいかないことは明らかだ。同じように4人部屋で1人感染者が発生し、ほかの患者への予防内服を病院持ち出しにすると、その金額はオセルタミビルの実に28倍超の14万6,670円となる。昨今の物価・人件費の高騰により、経営苦境が極度に顕在化している現状では、病院側がすんなり持ち出しをできる金額ではない。そして患者に負担をお願いするとしても約5万円という金額を即答で応じてくれる人は皆無ではないだろうか?学会セッションでも質問殺到実は先日、横浜市で開催された第41回日本環境感染学会総会・学術集会では「緊急企画・医療機関におけるCOVID-19伝播に対する抗ウイルス薬の予防投与」と題したセッションでこのことが話題となった。同セッションで登壇した泉川 公一氏(長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 臨床感染症学分野 教授)は「理想的には同室者全員に投与することが望ましいとは思うが、より現実的には重症化リスクの重み付けなどを検討してもよいのかもしれない。たとえば糖尿病、慢性腎臓病、慢性閉塞性肺疾患などの基礎疾患、あるいは免疫不全の有無などをスコアリングし、よりスコアの高い患者を優先的にという考え方、さらにこれに加えワクチン未接種者、施設入所者といったファクターも加味させてもよいのかもしれない」との見解を示した。理論上は筋が通っているものの、この時会場にいた人の中で、この発言に歯切れの悪さを感じたのは自分だけではないだろう。もちろんこれは泉川氏のせいではなく、薬価も含めて極めて悩ましい外部環境があるからである。また、同じくこのセッションに登壇した掛屋 弘氏(大阪公立大学大学院医学研究科 臨床感染制御学教授)は、「現状でエンシトレルビルを採用していない病院はあるかもしれないものの、予防投与の適応が承認された以上、病院としてはやはり準備(採用)しておくことは必要」との認識を強調。そのうえで予防投与の院内ルールの検討を行うべきとの見解を示した。掛屋氏によると、大阪公立大学医学部附属病院の場合、総務企画課、医事運営課、血液内科、感染制御部が合同で予防投与の運用検討会議を開催している。現在までの予防投与の院内ルール検討では、事務方から一律病院負担で広く予防投与することの了承は得られていないという。そのうえで掛屋氏は私案として病室での孤発例の場合は患者自己負担、クラスター発生時はその拡大を防ぐという意味での病院負担という考え方の一例を提示した。具体的には孤発、クラスターいずれのケースでも、まず陽性者確認の段階で接触者の抽出と個々の接触者の重症化リスク評価を実施。患者自己負担が原則の孤発ケースでは、接触者全員にエンシトレルビルによる予防投与の手段があること、予防投与を選択しなくても発症した場合は迅速に対応することを説明する。また、クラスター対応時の接触者の病室管理については、原則としては個室収容が望ましいものの、同室者の中で予防投与患者と非予防投与患者が混在した場合、予防投与のメリットが低減することを考慮し、予防投与した患者を優先的に個室収容するという対応もあり得るとした。このセッションでは会場からも数多くの質問が寄せられた。その一部を要約して紹介したい。―古い病院では、大部屋にトイレがなくて洗面所や休憩室も一緒な場合がある。この場合、予防投与の範囲をどう考えるべきか?「非常に難しいが、トイレですれ違ったなどのレベルでは感染が成立する可能性は低いと考えられるので、やはり同室の方(の予防)が中心になると思う」(掛屋氏)―ワクチンの追加接種歴があれば、曝露しても重症化リスクが低下する。重症化リスクではワクチン接種歴をどの程度加味するべきか?「原則、ワクチン接種歴は勘案しない。というのも従来から行われているインフルエンザの院内感染対策での予防内服の場合、ワクチン接種歴を考慮していない。また、ワクチン接種で100%予防できるわけではないので、改めて予防投与での判断要素とはしない」(登壇者:國島 広之氏[聖マリアンナ医科大学感染症学講座 主任教授])「私も基本的に國島先生と同じ考え。ケースバイケースで半年以内の接種有無、最新流行株のワクチン接種歴は聴取するかもしれないが、昨年の定期接種での65歳以上の新型コロナワクチン接種率は約10%と言われているので、ほぼ全員が接種していない前提で考えている」(掛屋氏)―(新型コロナ陽性の)スタッフと患者との接触では、その日に(そのスタッフの)受け持ちだった(患者)ということになると、かなり広範囲の患者(が対象)になってしまう。マスク着用の有無も含め、そこをどのように判断するのか「マスクをせずに接触する事態はあるかもしれないが、まずは私たちの側に明らかな非を作らないことが大事。今、一部にはもう皆でマスクを外しても良いのではないかという考えもあるようだが、むしろ院内感染リスクの観点では逆の考え方もあると思う」(掛屋氏)正直、これら質疑応答のやり取りにも絶対の正解はないのだろう。いずれにせよ技術革新、医療の進歩が新たなジレンマを生み出したことだけは確かである。参考1)Hayden FG, et al. N Engl J Med. 2026;394:1905-1915.

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第70回 あなたの体は何歳ですか?「老化時計」が明かす、臓器ごとに進む老いの正体

この100年で人間の平均寿命はおよそ2倍になりました。ところが、健康に過ごせる期間(健康寿命)は同じペースでは延びておらず、心臓病やがん、認知症、身体の障害などを抱えて暮らす人はむしろ増えています。この「長生きするけれど健康ではない」というギャップを埋める鍵として注目されているのが、老化の速さそのものを数値で測る「生物学的時計」です。今回はそんな概念を取り扱った論文をもとに最新の知見をシェアしていきます1)。老化は「一定のスピード」では進まないかつて老化は、誰の体でも年齢とともに一定の速さで進むものと考えられてきました。しかし近年の大規模な研究で、その常識は覆されつつあります。血液中のタンパク質やDNAの変化を数万人規模で追跡すると、老化は一定ではなく、人生のなかで何度か「波」となって加速することがわかってきたのです2)。論文の中では、成人期におよそ3つの大きな転換期があると指摘されています。目安は「30~40歳ごろ」「60~70歳ごろ」「80歳前後」。この時期に体内の分子レベルの変化が一気に進むことが、複数の独立した研究で繰り返し確認されています。つまり老化は坂道をなだらかに下るというより、階段を数段まとめて下りるようなイメージに近いのです。この転換期は、生活を見直したり対策を打ったりする「介入の窓」にもなりうると期待されています。脳と免疫の「若さ」が寿命を左右するもう1つの重要な発見が、同じ人の体の中でも臓器ごとに老化のスピードが違うということです。心臓は実年齢より若いのに、肝臓は老けている、といったことが実際に起こります。英国の大規模データを用いた研究では、ある臓器が実年齢より「老けている」人ほど、その臓器に関連する病気や死亡のリスクが高いことが示されました。とくに3つ以上の臓器で老化が進んでいる人では、その傾向がはっきりと強まります。また、脳の生物学的な老化が進んでいる人では、アルツハイマー病を発症するリスクが約3.1倍に上ったと報告されています。逆に、脳や免疫が「若い」状態を保っている人は長生きしやすい傾向がありました3)。老化時計を活用することで、症状が出るより何年も前に、リスクの高い人を見つけ出せる可能性もあるわけです。老化時計は遅らせられる?では、この時計の進み方は変えられるのでしょうか。論文によれば、運動、適度なカロリー制限、オメガ3脂肪酸やビタミンDの摂取などが、DNAの老化の指標をわずかに遅らせる可能性が報告されています4)。また、少し有名な話になりましたが、帯状疱疹ワクチンの接種者で認知症が少なく、老化が緩やかだったという研究も複数あります5)。糖尿病や肥満の治療に使われるGLP-1受容体作動薬にも、老化を遅らせる働きの可能性が指摘されています。ただし、過度な期待は禁物です。これらの効果は示されているとしてもまだ「わずか」で、長期的に寿命や健康寿命を本当に延ばすのかは未確認です。また、市販されている老化測定検査は測定方法がバラバラで標準化されておらず、同じ人が受けても結果が大きく食い違うことがあります。現時点では、個人が一度の検査結果に一喜一憂する段階にはありません。大切なのはおそらく、特別な検査を受けることよりも、運動・睡眠・食事といった昔から知られた生活習慣が、体の「老化時計」の進み方に確かに影響するという事実です。ただし、ここでご紹介した「老化時計」は、病気になってから治す「後追いの医療」から、リスクを早期に見つけて防ぐ「先手の医療」へと転換する、次の大きな一歩になろうとしているのもまた事実だと思います。1)Wyss-Coray T, et al. Biological aging clocks in health and disease. Nat Med. 2026;32:2383-2394.2)Oh HS, et al. Organ aging signatures in the plasma proteome track health and disease. Nature. 2023;624:164-172.3)Balachandran A, et al. Pace of aging associations of healthspan and lifespan in older adults in the US and UK. Nat Aging. 2025;5:1132-1142.4)Belsky DW, et al. DunedinPACE, a DNA methylation biomarker of the pace of aging. eLife. 2021;11:e73420.5)Kim JK, et al. Association between shingles vaccination and slower biological aging: evidence from a U.S. population-based cohort study. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2026;81:glag008.

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帯状疱疹ワクチンは動脈硬化性疾患患者の主要心血管イベントリスク低下と関連

 動脈硬化性疾患(ASCVD)と診断された50歳以上の成人において、帯状疱疹(HZ)ワクチンの接種は、主要心血管イベント(MACE)およびその他の心血管アウトカムのリスク低下と関連するという研究結果が、米国心臓病学会年次総会(ACC.26、3月28~30日、米ニューオーリンズ)で発表された。 米カリフォルニア大学リバーサイド校のRobert Nguyen氏とAditya Desai氏は、米国のTriNetXデータベースを用い、2018年1月1日~2024年1月1日にASCVDと診断された50歳以上の成人を対象とした後ろ向きコホート研究を実施し、この集団において帯状疱疹ワクチン接種が心血管リスクを低減するかどうかを検討した。傾向スコアマッチング後、HZワクチン接種群27万5,304人と非接種群27万5,304人が解析対象となった。 解析の結果、HZワクチン接種は、MACE、全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中のリスク低下と有意に関連していた(ハザード比はそれぞれ、0.54、0.39、0.73、0.73)。さらに、HZワクチン接種は、静脈血栓塞栓症、心不全、心房細動または心房粗動のリスク低下とも関連していた(同0.63、0.67、0.70)。 Nguyen氏は、「このワクチンは、心筋梗塞、脳卒中、死亡のリスク低減に対する心血管保護作用を繰り返し示している。既に心血管疾患を有する高リスク集団では、その効果は一般集団よりもさらに大きい可能性がある」と述べている。

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B群髄膜炎菌ワクチン、淋菌感染症を予防せず/NEJM

 淋菌感染症リスクが高い男性間性交渉者(MSM)において、B群髄膜炎菌ワクチン(4CMenB)はプラセボと比較して、淋菌感染症の発生率の低下をもたらさなかった。オーストラリア・Griffith UniversityのKate L. Seib氏らGoGoVax Study Teamが、多施設共同二重盲検無作為化プラセボ対照試験の結果を報告した。現状、淋菌感染症の予防として承認されているワクチンはない。淋菌と髄膜炎菌は近縁な細菌であり、観察研究において、4CMenBが淋菌感染症のリスクを低下させる可能性が示唆されていた。NEJM誌オンライン版2026年7月8日号掲載の報告。淋菌感染症または梅毒既往のMSMを対象に、4CMenB vs.プラセボ 本試験の対象は、HIV陰性でHIV曝露前予防(PrEP)を受けている、またはHIV陽性の年齢18~50歳のMSMで、直近18ヵ月以内に淋菌感染症または梅毒の診断記録があることを適格条件とした。 研究グループは対象者を、4CMenBまたはプラセボ(生理食塩水)を受けるよう1対1の割合で無作為に割り付け、3ヵ月の間隔を空けて2回の筋肉内投与を行った。無作為化は、Webベースシステムを用い、試験施設ごとに層別化した順列ブロック法にて実施した。 四半期ごと2年間にわたり、泌尿生殖器、肛門直腸、中咽頭から採取した検体を用いた核酸増幅検査で淋菌を含む性感染症のスクリーニングを実施した。 主要アウトカムは、ワクチンまたはプラセボ投与後の初発の淋菌感染症とした。解析は、per-protocol集団(4CMenBまたはプラセボを受け、2回投与後、予定されていたスクリーニングを少なくとも2回受け、有効性の評価に関する除外基準をいずれも満たさなかった参加者)で評価した。淋菌感染症の発生率比は1.01 2021年7月~2023年5月に、654例が無作為化され、587例が主要解析の対象に含まれた(4CMenB群296例、プラセボ群291例)。ベースラインの患者特性は両群で類似しており、平均年齢は34.2歳、HIV陽性者は9.5%、淋菌感染症の診断既往者は89.6%であり、61.4%(データが入手できた565例のうち347例)が直近6ヵ月に10人超と性交渉を持っていた。 淋菌感染症の発生率は100人年当たり、4CMenB群48.1件(296例において160件)、プラセボ群47.8件(291例において155件)であり(発生率比:1.01、95%信頼区間[CI]:0.80~1.26、p=0.97)、ワクチンの有効率([1-発生率比]×100で算出)は-0.5%(95%CI:-26.2~19.9、p=0.97)であった。 ワクチン有効率は、症候性感染症に対しては5.5%(95%CI:-56.0~42.8)、無症候性感染症は-6.4%(95%CI:-47.5~23.2)であり、部位別では、泌尿生殖器に対しては-20.0%(95%CI:-90.2~23.9)、肛門直腸は-1.2%(95%CI:-33.0~23.0)、中咽頭は2.6%(95%CI:-27.7~25.7)であった。 重篤な有害事象は、4CMenB群の4.7%、プラセボ群の2.8%で発現した(p=0.20)。

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PPI、P-CABなどに「低マグネシウム血症」の重大な副作用追加/厚労省

 2026年7月14日、厚生労働省より添付文書の改訂指示が発出され、PPIやP-CABなどの消化性潰瘍治療薬の「重大な副作用」および「重要な基本的注意」の項に、「低マグネシウム血症」に関する注意が追加された。  各製剤における低マグネシウム血症関連事象を評価した結果、PPI含有製剤と低マグネシウム血症との因果関係が否定できない症例*1が集積したことから、使用上の注意を改訂することが適切と判断された。ただし、PPI単剤で因果関係の否定できない症例が複数確認できるため、一部のパック剤および配合剤*2についての集積状況は未確認であるという。*1:医薬品医療機器総合機構(PMDA)副作用等報告データベースに登録され、MedDRA PT「低マグネシウム血症、血中マグネシウム減少、マグネシウム欠乏」で当局報告された症例のうち、CTCAE(ver.6.0)におけるGrade3以上の症例かつPPI中止後に複数点での血中マグネシウム値が測定されている症例を抽出したもの。*2:アスピリン・ランソプラゾール配合剤、アスピリン・ボノプラザンフマル酸塩配合剤、ボノプラザンフマル酸塩・アモキシシリン水和物・クラリスロマイシン、ボノプラザンフマル酸塩・アモキシシリン水和物・メトロニダゾール 改訂内容は以下のとおり。【重要な基本的注意】 プロトンポンプインヒビター等の長期投与により低マグネシウム血症があらわれることがあるので、本剤を長期投与する際は、定期的に血中マグネシウム濃度を測定すること。 【重大な副作用】 低マグネシウム血症:プロトンポンプインヒビターの長期投与により、QT延長、痙攣、しびれ等を伴う低マグネシウム血症があらわれることがある。また、低マグネシウム血症に起因した低カルシウム血症、低カリウム血症等の電解質異常を伴う場合がある。これらの電解質異常が疑われる症状があらわれた場合には、血中マグネシウム濃度の測定を行い、異常が認められた場合は、マグネシウムの補充等の適切な処置を行うこと。 <医療用医薬品> ・オメプラゾール(商品名:オメプラール錠ほか) ・オメプラゾールナトリウム(オメプラゾール注射用20mg「日医工」ほか) ・ラベプラゾールナトリウム(パリエット錠ほか) ・ランソプラゾール(経口/注射、タケプロンほか)・エソメプラゾールマグネシウム水和物(ネキシウムほか)・ボノプラザンフマル酸塩(タケキャブほか) ・アスピリン・ボノプラザンフマル酸塩(キャブピリン配合錠)・アスピリン・ランソプラゾール(タケルダ配合錠)・ボノプラザンフマル酸塩・アモキシシリン水和物・クラリスロマイシン(ボノサップパック) ・ボノプラザンフマル酸塩・アモキシシリン水和物・メトロニダゾール(ボノピオンパック)OTCの胃腸薬にも「相談すること」として追加 また、一般用医薬品で要指導医薬品として販売されているオメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾールナトリウム含有製剤についても「相談すること」の項に改訂がなされた。服用後に副作用として、「吐き気、嘔吐、食欲不振、体がだるい、顔や手足の筋肉がぴくつく、一時的にボーっとする、意識の低下、手足の筋肉が硬直しガクガクと震える、しびれ、めまい、動悸、気を失う等があらわれる」可能性が追記され、症状があらわれた場合は直ちに医師の診療を受けるよう注意が追加された。 その他の医薬品における重大な副作用等の追加  また、同日付で以下の薬剤等についても改訂が行われたほか、インスリン アスパルト(フィアスプ注)においては、「37℃を超える高温下でのゲル化によるインスリンポンプ内部の閉塞(重篤な高血糖や糖尿病性ケトアシドーシスの発現リスク)」に関する記載が「重要な基本的注意」に追加となった。<重大な副作用などが追加された製剤>・免疫チェックポイント9成分*3:血管炎・グセルクマブ(トレムフィア):肝機能障害・ドキソルビシン塩酸塩(リポソーム製剤、ドキシル):腎臓限局型血栓性微小血管症・イキサゾミブクエン酸エステル(ニンラーロ):血栓性微小血管症・カルボプラチン(カルボプラチン点滴静注液50mg「NK」):抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)・組換えRSウイルスワクチン(アブリスボ):ギラン・バレー症候群・抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリン(サイモグロブリン):血栓性微小血管症*3:アテゾリズマブ、アベルマブ、イピリムマブ、セミプリマブ、チスレリズマブ、デュルバルマブ、トレメリムマブ、ニボルマブ*4、レチファンリマブ)*4:血栓性微小血管症も追加

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発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH:paroxysmal nocturnal hemoglobinuria)

1 疾患概念■ 定義発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)は、glycosylphosphatidylinositol(GPI)アンカー生合成に関わるPIGA遺伝子などに後天的変異を獲得した造血幹細胞が、クローン性に拡大することで発症するまれな造血幹細胞疾患である1)。GPIアンカー型タンパク質の欠損により、赤血球表面の補体制御因子であるCD55およびCD59の発現が低下・欠損し、補体による血管内溶血を来す。PNHは単なる溶血性貧血ではなく、血管内溶血、血栓症、造血不全を三主徴とする疾患として理解する必要がある。■ 疫学PNHは希少疾患であり、わが国では指定難病に含まれる。2024(令和6)年度の特定医療費(指定難病)受給者証所持者数は1,264人であり、人口10万人当たり約1.0人に相当する。ただし、これは医療費助成制度に基づく患者数であり、軽症例、未申請例、subclinical PNH、骨髄不全に伴う微小PNHクローンなどは含まれにくいため、実際の有病者数を過小評価している可能性がある。PNHは若年から中年期の成人に多いが、小児から高齢者まで幅広く発症しうる。わが国での診断時年齢中央値は45歳で、20~60代と均等に分布する。欧米では溶血や血栓症を主体とする古典的PNHが多いのに対し、わが国を含むアジアでは、再生不良性貧血など骨髄不全を背景とするPNHが比較的多いとされる2)。■ 病因PNHの直接的な原因は、PIGA遺伝子などGPIアンカー生合成関連遺伝子の後天的変異である。ただし、PIGA変異を有する微小なPNHクローンは健康な人にも検出されることがあり、変異の獲得だけでは臨床的PNHの発症を十分に説明できない。PNHクローンの拡大には、再生不良性貧血に代表される免疫学的骨髄不全の環境が重要と考えられている。すなわち、免疫学的機序により正常造血が抑制される一方で、GPIアンカー欠損造血幹細胞が相対的に生存優位性を獲得し、PNHクローンとして拡大する。このためPNHは、補体介在性溶血と骨髄不全が併存する疾患である(図1)。図1 補体活性化経路とPNH古典経路、レクチン経路、第2経路の3つの活性化経路はいずれもC3の活性化を経て、C5から始まる終末補体経路の活性化に至る。健康な人では、CD55によりC3転換酵素(C4b2b、 C3bBb)とC5転換酵素(C4b2b3bとC3bBb3b)の形成が抑制、崩壊が促進され、CD59によりC5b-9(MAC)の形成が阻害され、過剰な補体活性化が抑制されているが、これらを欠損したPNH型赤血球では、補体による溶血が進行する。画像を拡大する■ 症状PNHの症状は多彩である。典型的には、貧血に伴う倦怠感、息切れ、動悸、黄疸、ヘモグロビン尿を認める。血管内溶血により遊離ヘモグロビンが血中に放出されると、平滑筋弛緩作用を持つ一酸化窒素が消費され、平滑筋攣縮に伴う腹痛、嚥下困難がしばしばみられるほか、勃起障害、肺高血圧症などを来すことがある。また、遊離ヘム、破壊された赤血球に由来する膜成分、血小板活性化、血管内皮障害、組織因子発現、好中球細胞外トラップ形成などが複合的に関与し、血栓傾向をもたらす3)。血栓症はPNHの生命予後を左右する重要な合併症であり、肝静脈、門脈、脳静脈洞など非典型部位に生じることがある。慢性のヘモグロビン尿により鉄欠乏、尿細管障害、慢性腎臓病を来すこともある。■ 分類PNHは、臨床像により(1)溶血を主体とする古典的PNH、(2)再生不良性貧血や骨髄異形成症候群などに合併する骨髄不全型PNH、(3)両者の性質を併せ持つ混合型PNHの3つに分類される。ただし実臨床では、溶血と造血不全の要素を併せ持つ症例が多く、分類名にこだわるよりも、個々の患者で溶血、血栓症、造血不全のどれが臨床的に問題となっているかを評価することが重要である。■ 予後PNHの予後は、C5阻害薬の登場により大きく改善した。エクリズマブおよびラブリズマブは、血管内溶血を強力に抑制し、血栓症リスクを低下させ、PNH患者の生命予後を、健康な人に近い程度にまで改善した。その一方で、貧血の改善が十分でない症例や、骨髄不全や腎障害の合併、血栓症の既往のほか、抗補体薬治療中の溶血(breakthrough hemolysis:BTH)の問題は、長期予後や生活の質に影響する。したがって、現在のPNH診療では、生命予後の改善に加え、貧血、倦怠感、輸血依存、治療負担をどこまで改善できるかが重要な課題となっている。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)PNHは、溶血性貧血を疑う所見(血清LDH値高値、ハプトグロビン低下、網赤血球増加、間接ビリルビン上昇)があり、Coombs陰性の場合にまず鑑別疾患に挙がる。また、ヘモグロビン尿、原因不明の血栓症、あるいは再生不良性貧血や低リスク骨髄異形成症候群に伴うPNH血球の検出を契機に疑う。確定診断には、フローサイトメトリーによるGPIアンカー型タンパク質欠損血球の検出と定量が必須である。『発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版』では、臨床的PNHの基準として、PNHタイプ赤血球(II型+III型)が1%以上、かつ血清LDH値が正常上限の1.5倍以上であることが明確化された。赤血球ではCD55、CD59の欠損を評価し、type II、type III赤血球の割合を確認する。顆粒球や単球ではFLAERを用いた高感度解析が有用であり、輸血の影響を受けにくい。鑑別診断としては、自己免疫性溶血性貧血、遺伝性球状赤血球症をはじめとする先天性溶血性貧血、発作性寒冷ヘモグロビン尿症、血栓性微小血管症(TTP、HUS、補体介在性TMAなど)、機械弁関連溶血などが挙げられる。また、骨髄不全を伴う場合には、再生不良性貧血、低形成性MDS、MDS/AMLへの進展を鑑別する必要があり、骨髄検査、染色体検査、遺伝子検査を併用する。3 治療(図2)図2 補体活性化経路とPNH治療薬C5阻害薬は、補体終末経路を阻害することで血管内溶血を速やかかつ持続的に抑制し、貧血を改善し、血栓症リスクも低下させる。しかし、補体活性化経路の上流に位置する補体成分C3がPNH型赤血球上に蓄積し(オプソニン化)、肝臓や脾臓のマクロファージに貪食される(血管外溶血)ことで、貧血が残存する患者が存在する。こうした患者に対しては、補体上流(近位補体)を阻害する薬剤であるペグセタコプラン(C3阻害薬)、イプタコパン(B因子阻害薬)、ダニコパン(D因子阻害薬、ただしC5阻害薬と併用)が適応となる。画像を拡大する治療は溶血、血栓症、骨髄不全のそれぞれに対する対症療法が中心となる。骨髄不全の治療は、再生不良性貧血に準じて行う。軽症例では経過観察、葉酸補充、鉄欠乏への対応などを行い、subclinical PNHでは背景にある骨髄不全の評価・管理を行う。慢性溶血に対する長期ステロイド投与は推奨されない。鉄欠乏を伴う場合、抗補体療法が導入されていない症例では、鉄補充によりPNH型赤血球の産生が増加し、溶血が増悪することがあるため注意を要する。高度貧血には赤血球輸血を行うが、通常、洗浄赤血球を用いる必要はない。臨床的に問題となる溶血、輸血依存、血栓症またはその既往、腎障害、平滑筋攣縮症状を有する例では、抗補体療法を検討する。わが国では初回治療として、C5阻害薬であるエクリズマブ(商品名:ソリリス)およびラブリズマブ(同:ユルトミリス)、クロバリマブ(同:ピアスカイ)が使用可能である。これらのC5阻害薬は、終末保体経路を阻害することで血管内溶血を速やかかつ持続的に抑制する。これにより、貧血症状や輸血依存の改善に加えて、PNHの重大な合併症である血栓症リスクの低減にもつながる。ラブリズマブは長時間作用型であり、8週に1度の点滴投与、クロバリマブは、リサイクリング抗体技術を用いたC5阻害薬であり、4週ごとの皮下投与が可能である。エクリズマブ、ラブリズマブからクロバリマブに切り替える、あるいはその逆の場合、drug-target-drug complexに関連する一過性の免疫反応に注意する必要がある。C5阻害薬によりLDHが十分抑制されても、C3沈着に伴う血管外溶血、骨髄不全、腎性貧血などにより貧血や倦怠感が残存することがある。C5阻害薬による適切な治療でも十分な効果が得られないPNHに対し、近位補体阻害薬が適応となっている。C3阻害薬ペグセタコプラン(同:エムパベリ)は、C5阻害薬で効果不十分な症例においてHb改善、輸血回避、倦怠感改善を示した。D因子阻害薬ダニコパン(同:ボイデヤ)は、C5阻害薬に併用する経口薬であり、血管外溶血が残存する症例で貧血改善が期待される。B因子阻害薬イプタコパン(同:ファビハルタ)は、補体第2経路を阻害する経口単剤治療薬であり、血管外溶血を引き起こさずに血管内溶血を阻害する。骨髄不全型PNHでは、抗補体薬のみでは血球減少が十分改善しないため、再生不良性貧血に準じた免疫抑制療法を検討する。ATG投与時には補体活性化により溶血発作を来す可能性があり、溶血が強い症例では抗補体療法を先行または併用することが望ましい。同種造血幹細胞移植は根治療法であるが、治療関連死亡や合併症のリスクが高いため、抗補体療法後も反復する血栓症、重症造血不全、MDS/AMLへの進展例などに限って慎重に検討する。4 今後の展望PNH治療は、C5阻害薬による血管内溶血の制御を基盤としつつ、残存貧血、血管外溶血、倦怠感、輸血依存、治療負担を改善する方向へ進展している。今後は、LDHを正常上限の1.5倍未満に抑えることに加え、Hb値の改善、輸血回避、QOL改善、BTH予防を含めた総合的な治療目標が求められる。その一方で、近位補体阻害薬単剤では、感染、ワクチン接種、手術、服薬アドヒアランス不良などを契機としたBTHに注意が必要である4,5)。とくに経口薬では、飲み忘れや中断が生じた場合に補体制御が不十分となり、溶血が再燃する可能性がある。また、感染対策は薬剤ごとの電子添付文書に従う。C5阻害薬では髄膜炎菌、近位補体阻害薬では髄膜炎菌に加えて肺炎球菌、インフルエンザ菌b型などへの感染対策が必要となる。治験中の薬剤としては、抗C5抗体pozelimabと、肝臓でのC5産生を抑制するsiRNA製剤cemdisiranを組み合わせた治療が挙げられる。わが国でも活動性PNH患者を対象とした第III相臨床試験が実施されており、血中C5の直接阻害とC5産生抑制を組み合わせることで、持続的なC5制御と治療負担の軽減が期待される。その一方で、抗C5抗体に補体制御因子Factor Hの機能を組み合わせたKP104のような二重機能性薬剤も海外で開発が進められているが、現時点でわが国におけるPNH治験の実施は確認できない。MASP-3阻害抗体zaltenibart(OMS906)は、pro-factor Dからfactor Dへの成熟を阻害し、補体第2経路を抑制する薬剤で、海外では第III相開発が進められている。今後は、このような新規薬剤に加え、既存薬間のスイッチ、併用療法、妊娠・周術期管理、長期安全性、医療経済性に関する実臨床データの蓄積が重要となる。診断面では、PNHクローンサイズ、赤血球C3沈着、補体活性、BTHリスク、骨髄不全の程度を組み合わせた評価により、患者ごとに最適な抗補体薬を選択する個別化医療が進むと考えられる。PNHは希少疾患であるが、補体制御異常、骨髄不全、クローン性造血が交差する疾患であり、その診療の進歩は他の補体関連疾患の理解にも波及することが期待される。5 主たる診療科血液内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 発作性夜間ヘモグロビン尿症(指定難病62)(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版(医療従事者向けのまとまった情報)一般社団法人日本PNH研究会(医療従事者向けのまとまった情報) 1) Hill A, et al. Nat Rev Dis Primers. 2017;3:17028. 2) 三谷絹子ほか. 発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版. 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 特発性造血障害に関する調査研究班 2023. 3) Rother RP, et al. JAMA. 2005;293:1653-1662. 4) Notaro R, et al. N Eng J Med. 2022;387:160-166. 5) Fattizzo B, et al. Blood. 2025;146:411-421. 公開履歴初回2026年7月10日

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第321回 糖尿病予防ワクチンの開発支援は患者の寄付、国はどう見る?

INDEX患者団体から大学への寄付IDDMの原因と研究背景佐賀大学での研究成果と日本IDDMネットワークの思い患者が身銭を切る現実、医療者は、政府はどう感じるか患者団体から大学への寄付世の中とはまだまだ知らないことにあふれている。最近、そう思わされることがあった。それはネットで流れてきた「糖尿病予防ワクチン開発へ1,000万円助成 佐賀大学が2029年完成目指し研究」というニュースだ。関係者には申し訳ないが、最初はネットニュースなどでありがちなin vitroのデータを基に「〇〇が××に効く」的に大げさに報じられたレベルのニュースかと思ったが、よく記事を読み、その内容を調べてみると、なかなかに面白い。糖尿病専門医ならばもはや周知のことなのかもしれないが、私自身は初耳だった。ニュースの概略は、1型糖尿病(IDDM)の発症に関与する可能性があるウイルスの感染を予防するワクチン研究に取り組んでいる佐賀大学の研究に対し、IDDMの患者団体である認定NPO法人・日本IDDMネットワークが1,000万円の研究助成金を提供したというものだ。患者団体が研究機関や研究者を支援するために、寄付を行うことは日本でも珍しいとまでは言えないが、私が知る範囲では、寄付金額は高くとも百万円単位。ちなみに寄付文化が日本より盛んな欧米などでは、患者団体が億単位の研究助成金を提供することもある。その意味では今回のケースは珍しい部類に入るだろう。IDDMの原因と研究背景さてIDDMとウイルス感染との関連だが、その端緒は半世紀以上前の1969年、英国からの研究報告1)である。余談ながら、同年は私が生まれた年である。この研究は、0~19歳のIDDMの新規発症が夏から秋・冬にかけて増加し、10月頃に緩やかなピークを迎えた後、翌夏にかけて減少していくパターンを示し、四半期単位でみると、統計学的に有意な変動があったというもの。研究者側は発症に季節性がある疾患は感染症に起因することが多いとの仮説に基づき、IDDM新規発症数の季節変動・年次推移と当時の英国公衆衛生研究所(現・英国健康安全保障庁)のウイルスの流行データを調べ、コクサッキーB群ウイルス(B1〜B5型)のB4型ウイルスの流行と若年のIDDMの年間新規発症数との間に有意な正の相関が認められたと報告した。もっともこの時点で論文に記述された結論は「私たちは、今回の結果が感染症と若年性糖尿病との関連性を示すさらなる証拠を提供するものであると結論付けるが、これらの知見の病因論的な(因果関係における)重要性については、いまだ不確実なままである」というものだった。そして同じ研究者が1973年に発表した研究2)はさらに一歩進んでおり、IDDM新規発症患者と非糖尿病かつ直近でウイルス感染症に罹患歴がない対照群との比較で、IDDM患者ではコクサッキーB4型ウイルスに対する中和抗体値が有意に高いと報告した。この件がより確信度が高くなったのは、さらに6年後の1979年に米国からもたらされた報告である。これは糖尿病性ケトアシドーシスで亡くなった10歳男児の膵臓ホモジネートを培養細胞に接種したところ、細胞へのウイルス感染が確認され、解析結果からそのウイルスがコクサッキーB4型ウイルスだと判明したとの症例報告である。コクサッキーB4型ウイルスが膵臓に感染している事実が判明したということだ。これが1症例の報告にもかかわらず、NEJM誌に掲載された3)という事実からも、その衝撃度は当時としても相当なものだったことが窺い知れる。その後、小児を対象にした複数の前向きコホート研究からコクサッキーB群ウイルスによる感染が、IDDMの発症に関与する自己抗体の陽性化に先行して起こることも確認された。後に、とくに発症への関与度が強いのは「コクサッキーB1型ウイルス」であることも判明している。佐賀大学での研究成果と日本IDDMネットワークの思いこうしたさまざまな研究から、現在推定されているコクサッキーB群ウイルスによるIDDM発症の機序は、ヒトに感染したコクサッキーB群ウイルスが膵β細胞に感染・増殖すると、β細胞で炎症が起き、β細胞のタンパク質が免疫細胞に提示され、自己反応性T細胞が活性化することで自己免疫反応が慢性化して発症に至るというものである。もっとも、現状でもコクサッキーB群ウイルスは、IDDMの原因と証明されたわけではなく、有力な環境因子ということでコンセンサスを得ている。そこで、今回の本丸である「日本IDDMネットワークが研究助成金を提供した研究」だが、佐賀大学医学部肝臓・糖尿病・内分泌内科特任教授(九州大学名誉教授)の永淵 正法氏らが取り組んでいるものである。永淵氏らは、ヒトのコクサッキーB群ウイルスが感染できる特殊な遺伝子改変マウスの作製に成功した。また、前述のようにコクサッキーB群ウイルスは、あくまで有力な環境因子という位置付けだが、永淵氏らはコクサッキーB群ウイルス感染でIDDMを発症しやすいのは、ウイルス感染時に感染拡大を食い止めるインターフェロンにかかわるインターフェロン受容体関連シグナル伝達分子のチロシンキナーゼ2遺伝子(TYK2)に変異がある場合であることを突き止めている。今後はコクサッキーB群ウイルス内でさらに糖尿病発症に関与度が高いウイルスの特定やワクチンデザインと動物実験での効果検証を経て臨床試験開始を目指しているという。そしてさらに驚いたのが、日本IDDMネットワークがこの研究に助成したのは、これが9回目で、提供した研究助成金は累計1億770万円。それほどまでに患者の期待は高いということだ。患者が身銭を切る現実、医療者は、政府はどう感じるか今回、この件で私がふと思い出したのが、記者になりたての1990年代後半、ある新聞で読んだ海外の糖尿病患者団体トップのインタビューである。記事でこのトップが語っていた「私たちが本当に望んでいるのは、良好なコントロールが得られることではなく治癒」という言葉に私は相当な衝撃を受けた。当時の私は、周囲の人間より医学知識が増えていたがゆえに、どこか得意になっていたところがある。たとえば、医学的な知識に乏しい人々が「〇〇の水を飲んだら、がんが消えたらしい」という話などをしていると、「がんが水ごときで治るはずはないだろう」と得意げに反論していた。当時、同じようなケースを糖尿病患者で目の当たりにしていれば、「糖尿病は一生治らないよ」と上から目線で話していたに違いない。前述の糖尿病患者団体トップの記事はそんな自分の慢心に冷や水を浴びせたものだった。たとえ医学的に不可能と言われようと、患者とは常に治癒を願うもの。以来、それを前提にどう報じるかが自分のミッションだと考えてきた。しかしだ、冒頭の書き出しを読めばわかる通り、私は再びそのことを忘れかけていたようである。そのうえであえて不遜な物言いをすれば、これは医療者にも少なからず共通することとは言えないだろうか?一方、今回の件を通じてもう1つ考えさせられたのは、一日千秋の思いで、より良い治療を待つ患者が身銭を切って研究者を支える現実である。本来これは公がやるべきことではないだろうか? 幸い(?)にも首相の高市 早苗氏は「責任ある積極財政」「先端技術を花開かせる成長投資を大胆かつ戦略的に進める」「攻めの予防医療」などを政権公約に掲げている。この言葉通りなら、ぜひとも全国津々浦々で行われている今回のような地道な研究にも目を向け、支援をしてもらいたいものである。参考1)Gamble DR, et al. Br Med J. 1969;3:631-633.2)Gamble DR, et al. Br Med J. 1973;4:260-262.3)Yoon JW, et al. N Engl J Med. 1979;300:1173-1179.

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ASCO2026 レポート 泌尿器腫瘍

レポーター紹介[目次]PROTEUS試験TALAPRO-3試験RAMPART試験SARC041試験SAKK 06/19試験米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology;ASCO)の年1回の総会は、今年も米国イリノイ州シカゴで開催され、2026年は5月29日から6月2日まで5日間の日程で行われた。昨今の円安はさらに進み、5月29日時点で1ドル=160円前後と、現地参加へのモチベーションをそぐには十分な水準であり、今年もオンラインでの参加を選択した。泌尿器腫瘍領域では、前立腺がんを中心に、Oral Abstract Session、Rapid Oral Abstract Session、Poster Sessionで多数の演題が報告された。毎年の目玉であるPlenary SessionにはPractice changingな演題が選出されるが、今年は高リスク限局性/局所進行前立腺がんに対する周術期アパルタミド+ADTを検証したPROTEUS試験がLBA1として選出され、泌尿器腫瘍領域にとっても注目度の高い総会となった。今年のASCOでは、手術を中心とした限局性前立腺がん治療への全身療法の導入に加え、転移を有する前立腺がんにおける分子異常に基づく治療強化、腎細胞がん術後補助療法における免疫療法の位置付けなど、日常診療への影響を考えさせる報告が相次いだ。また、しばしば後腹膜腫瘍として携わる脱分化型脂肪肉腫に対する新たなエビデンスとして、アベマシクリブのSARC041試験もPlenary Sessionで報告された。膀胱がんの免疫併用療法の新時代を感じさせる報告も含め、PROTEUS、TALAPRO-3、RAMPART、SARC041、SAKK 06/19の5演題を取り上げて報告する。目次に戻るPlenary Session 前立腺がん#LBA1 高リスク限局性/局所進行前立腺がんに対する周術期アパルタミド+ADTは病理学的奏効とMFSを改善(PROTEUS試験)Perioperative(neoadjuvant and adjuvant) apalutamide(APA)+androgen deprivation therapy(ADT)vs placebo(PBO)+ADT with radical prostatectomy(RP) in high-risk localized or locally advanced prostate cancer(HR LPC/LAPC): Final analysis of the PROTEUS phase 3 study.Mary-Ellen Taplin(Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA, United States)高リスク限局性/局所進行前立腺がんでは、根治的前立腺全摘術後も一定割合で再発や遠隔転移を来すが、手術に全身療法を組み合わせる周術期治療は標準治療として確立していなかった。PROTEUS試験は、根治的前立腺全摘術を予定する高リスク限局性/局所進行前立腺がんを対象に、術前6サイクルおよび術後6サイクルのアパルタミド+ADTとプラセボ+ADTを比較した国際共同二重盲検ランダム化比較第III相試験である。主要評価項目は、病理学的完全奏効または微小残存病変(pCR/MRD)および中央判定による無転移生存期間(MFS)であった。2,109例が登録され、追跡期間中央値約5年時点で、pCR/MRDはアパルタミド+ADT群で8.9%、プラセボ+ADT群で1.0%(オッズ比:10.17、p<0.0001)と有意に改善した。5年MFS率は78.2%と73.5%であり、ハザード比[HR]:0.80(95%信頼区間[CI]:0.67~0.96、p=0.02)と、遠隔転移または死亡リスクを20%低下させた。無イベント生存期間(EFS)も57.1ヵ月と38.4ヵ月で延長し、次治療開始までの期間も約3年遅延したと報告された。Grade 3/4有害事象は39.6%と31.0%で、主な差は皮疹などアパルタミドに関連する毒性であった。本試験は、手術を予定する高リスク前立腺がんにおいて、周術期のアンドロゲン受容体経路阻害薬+ADTが病理学的奏効だけでなくMFSも改善することを示した初の第III相試験であり、前立腺がん周術期治療の考え方を変える報告であった。日本でもアパルタミドは転移を有する去勢感受性前立腺がん(mHSPC)および転移のない去勢抵抗性前立腺がん(nmCRPC)で使用可能であり、本試験に日本人も含まれており承認される可能性が高い。高リスク限局性前立腺がんの治療は放射線治療も選択肢となり、PROTEUS試験では従来非切除アプローチを優先してきたN1症例も含まれる。術前においても泌尿器科と腫瘍内科、放射線治療科が連携して全身療法を検討する流れが必要かもしれない。本試験の結果を解釈するためのハードルは以下の3点である。1.現在の標準治療である手術単独との比較ではなく両群にADTが行われていたこと2.試験参加およびフォローアップにPSMA-PETが用いられていたこと3.全生存期間(OS)は主要/副次評価項目に入っていないこと、また、この治療を適用するに当たり術後治療まで行う必要性があるかどうか目次に戻るOral abstract session 前立腺、精巣、陰茎#LBA5007 HRR遺伝子異常を有するmHSPCに対するタラゾパリブ+エンザルタミドはrPFSを延長(TALAPRO-3試験)TALAPRO-3: Talazoparib(TALA)+enzalutamide(ENZA) compared with placebo (PBO)+ENZA for the treatment of patients(pts) with metastatic castration-sensitive prostate cancer(mCSPC) harboring homologous recombination repair(HRR) gene alterations.Neeraj Agarwal(Huntsman Cancer Institute[NCI-CCC], University of Utah, Salt Lake City, UT)タラゾパリブはPARP阻害薬であり、エンザルタミドとの併用は転移を有する去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)を対象としたTALAPRO-2試験で有効性が示されている。ASCO2026では、この併用療法をmHSPCに前倒しし、HRR遺伝子異常を有する症例に対象を絞って検証したTALAPRO-3試験(NCT04821622)の結果が報告された。本試験は国際共同二重盲検ランダム化比較第III相試験で、対象となるHRR遺伝子はATM、ATR、BRCA1、BRCA2、CDK12、CHEK2、FANCA、MLH1、MRE11A、NBN、PALB2、RAD51Cの12遺伝子であった。患者はタラゾパリブ+エンザルタミド+ADT群とプラセボ+エンザルタミド+ADT群にランダム化され、主要評価項目は治験担当医判定による画像上の無増悪生存期間(rPFS)であった。599例が登録され、84%がde novo転移、71%がhigh-volume diseaseであり、アジア人は約39%を占めていた。rPFSはタラゾパリブ群で有意に改善し、3年rPFS率は77%と56%、HR:0.48(95%CI:0.36~0.65、p<0.001)であった。BRCA変異例ではHR:0.37、non-BRCA HRR変異例でもHR:0.57と、一貫した改善が示された。OSは中間解析時点でHR:0.77(95%CI:0.56~1.04)と未成熟であった。安全性については、重篤な有害事象はタラゾパリブ群42%、対照群32%であり、Grade3/4の貧血は51%、輸血は40%に認められた。TALAPRO-3試験は、mHSPCにおいてHRR陽性集団をPARP阻害薬併用による治療強化の対象として確立した試験である。日本人を含む試験であり、承認されればmHSPC診断時からHRR検査を行い、分子異常に基づいて初回治療を選択する診療へ移行する可能性がある。一方で、治療期間が長くなりうるmHSPCでは、貧血を中心とした血液毒性管理と、OS成熟後のベネフィットの評価が今後の課題である。目次に戻るClinical Science Symposium -腎&膀胱-#LBA4511 切除後腎細胞がんに対する術後デュルバルマブ単剤はDFSを有意に改善せず(RAMPART試験)Durvalumab monotherapy versus active monitoring for resected primary renal cell carcinoma in RAMPART: An international, phase 3, randomized controlled trial. James Larkin(The Royal Marsden NHS Foundation Trust, London, United Kingdom)腎細胞がんに対する術後補助療法では、KEYNOTE-564試験によりペムブロリズマブが無病生存期間(DFS)およびOSを改善し、日本でも再発リスクの高い淡明細胞型腎細胞がんに対する標準治療となっている。一方、術後免疫療法の有効性は試験間で一貫しておらず、免疫チェックポイント阻害薬の種類や併用療法の意義は重要な臨床疑問であった。RAMPART試験は、腎摘除後に再発リスクを有する腎細胞がんを対象に、active monitoring、デュルバルマブ単剤、デュルバルマブ+トレメリムマブを比較した国際共同ランダム化比較第III相試験である。対象はLeibovich scoreで中間または高リスク、あるいは完全切除後(M1 NED)症例で、主要評価項目はDFSであった。ASCO2026では、デュルバルマブ単剤とactive monitoringの比較結果が報告された。追跡期間中央値3.5年時点で、3年DFS率はデュルバルマブ単剤群78%、active monitoring群72%であり、HR:0.74(95%CI:0.53~1.04、片側p=0.041)と数値上は改善したものの、事前に規定された有意水準には到達しなかった。一方、既報のデュルバルマブ+トレメリムマブ群では、3年DFS率80%と72%、HR:0.65(95%CI:0.45~0.93、片側p=0.0094)と有意な改善を認めた。OSは未成熟であり、3年OS率はデュルバルマブ+トレメリムマブ群96%、デュルバルマブ単剤群98%、active monitoring群96%で、明らかな差は認められていない。安全性では、Grade3/4有害事象はデュルバルマブ+トレメリムマブ群41%、デュルバルマブ単剤群30%、active monitoring群9%であり、重篤な有害事象はそれぞれ34%、19%、6%であった。まれではあるが、致死的な免疫関連有害事象として重症筋無力症や心筋炎も報告された。RAMPART試験は、デュルバルマブ単剤を術後補助療法の新たな標準とする結果ではなかった。一方で、CTLA-4抗体を加えた併用療法ではDFS改善が示され、とくに高リスクまたはM1 NED症例で利益が大きい可能性がある。日本の日常診療では、すでにOS延長を示したペムブロリズマブ術後療法が標準であり、RAMPARTの結果をただちに診療へ反映する場面は限られるが、術後補助免疫療法におけるリスク選択、併用療法の意義、毒性とのバランスを再考させる重要な報告であった。目次に戻るPlenary Session 脱分化型脂肪肉腫#LBA2 進行脱分化型脂肪肉腫に対するアベマシクリブはPFSを有意に延長(SARC041試験)SARC041: A phase 3 randomized double-blind study of abemaciclib versus placebo in patients with advanced dedifferentiated liposarcoma.Mark Dickson(Memorial Sloan Kettering Cancer Center, New York, NY)脱分化型脂肪肉腫(dedifferentiated liposarcoma;DDLS)は、後腹膜原発として診療に携わることも多いまれな軟部肉腫であり、再発・転移例では薬物療法の選択肢が限られている。DDLSではCDK4を含む12番染色体領域の増幅が高頻度に認められることから、CDK4/6阻害薬による治療開発が進められてきた。SARC041試験は、再発または転移を有するDDLSを対象に、アベマシクリブとプラセボを比較した二重盲検ランダム化第III相試験である。アベマシクリブは日本では乳がんに対して使用されている経口CDK4/6阻害薬であり、連日投与可能であることが特徴である。本試験では、進行DDLS 108例がアベマシクリブ200mg 1日2回またはプラセボに1:1で割り付けられた。ベースラインで前治療歴0の患者が両群で約50%ずつ含まれた。主要評価項目はPFSであり、病勢進行後はプラセボ群からアベマシクリブへのクロスオーバーが許容された。PFS中央値はアベマシクリブ群9.7ヵ月、プラセボ群1.5ヵ月であり、HR:0.38、p<0.001と有意な延長が示された。6ヵ月PFS率は60%と22%、12ヵ月PFS率は39%と13%であった。奏効率は9%と高くはないものの、プラセボ群では奏効例がなく、DDLSにおいて病勢制御を得る治療としての意義が示された。OS中央値はアベマシクリブ群で未到達、プラセボ群で25.5ヵ月、HR:0.55、p=0.07であり、プラセボ群の85%がクロスオーバーしたことを踏まえると良好な傾向であった。有害事象は下痢、血球減少、悪心など、既知のアベマシクリブの安全性プロファイルに沿うものであった。アベマシクリブ群の39%で減量を要したが、忍容性は管理可能と報告された。SARC041試験は、DDLSにおいて初めて明確なPFS改善を示した第III相試験であり、希少肉腫における分子標的治療の開発として重要な報告であった。ただし、本試験では腫瘍量が多く緊急に細胞障害性化学療法を要する症例や、プラセボ対照試験に適さないほど急速に進行する症例は除外されており、ドキソルビシンなど既存の細胞障害性化学療法に置き換わる治療と位置付けるには慎重な解釈が必要である。また、米国のみで行われた試験であり、日本を含め各国で承認を得られるかどうかは不透明である。目次に戻るOral abstract session -腎&膀胱-#4503 筋層浸潤性膀胱がんに対する膀胱内rBCG+chemo-IO周術期治療は高いpCR率を示す(SAKK 06/19試験)Intravesical recombinant BCG combined with chemo-immunotherapy (chemo-IO) as perioperative therapy for patients with muscle-invasive bladder cancer (MIBC): Primary analysis of SAKK 06/19.Richard Cathomas(Division of Oncology, Cantonal Hospital Graubunden, Chur, Switzerland)筋層浸潤性膀胱がん(MIBC)では、根治的膀胱全摘術にシスプラチン併用術前化学療法を組み合わせることが標準治療であり、近年はNIAGARA試験により周術期化学療法と免疫療法の併用(chemo-IO)の有効性も示されている。一方で、pCR率はなお十分とはいえず、さらなる治療強化の余地がある。BCG膀胱内注入療法は筋層非浸潤性膀胱がんで広く用いられ、局所免疫反応を誘導する治療であるが、MIBCに対する使用は全身性合併症への懸念もあり十分に検討されてこなかった。SAKK 06/19試験では、免疫原性の増強と安全性改善を目的に開発された組換えBCGワクチンVPM1002BC(rBCG)を、周術期chemo-IOに組み合わせる治療戦略が検討された。本試験は、シスプラチン適格で根治的膀胱全摘術を予定するcT2-T4aN0-1 MIBCを対象とした、オープンラベル単群第II相試験である。rBCGはday 1、8、15に週1回計3回膀胱内注入され、アテゾリズマブ1,200mgはday 1から3週ごとに計4回投与された。ゲムシタビン+シスプラチン療法はday 22から3週ごとに4サイクル行われ、その後に根治的膀胱全摘術が実施された。術後病理でypT2以上またはypN陽性の場合には、アテゾリズマブを術後13サイクル追加する設定であった。主要評価項目は中央病理判定によるpCR(ypT0N0)であり、副次評価項目には病理学的奏効(PaR、ypT1N0以下)、EFS、OS、実施可能性、安全性が含まれた。2022年4月から2025年4月までにスイス国内10施設で47例が登録され、このうち40例が根治的膀胱全摘術を受けた。手術例の臨床病期はcT2が53%、cT3が37%、cT4が10%であり、cN1は12%であった。rBCGは95%の症例で投与され、78%が3回すべての投与を受けた。アテゾリズマブ4回投与は98%、プラチナ併用化学療法4サイクルは95%で実施され、20%ではカルボプラチンへ変更された。中央病理判定による手術例のpCR率は65%(26/40)、PaR率は80%(32/40)であり、登録例全体でみてもpCR率は55%(26/47)であった。治療関連有害事象は、rBCG関連では全Gradeが48%、Grade3が9%、アテゾリズマブ関連では全Gradeが55%、Grade3が15%、Grade4が2%、化学療法関連では全Gradeが98%、Grade3が38%、Grade4が17%であった。治療関連死亡は認められず、追跡期間中央値11.8ヵ月時点で1年EFS率は88%、1年OS率は95%であった。本試験は、chemo-IOにさらに膀胱内rBCGを加えることで、非常に高い病理学的奏効を示した。これは、従来の化学療法単独で期待されるpCR率27~33%を30%程度上回る数値でありChemo+IOで+10%程度、抗体薬物複合体製剤+IOで+20%程度であることを考慮すると、膀胱がんにおいて腫瘍局所の免疫賦活がいかに重要であるかを示唆する貴重な報告である。BCGにより膀胱局所の自然免疫・獲得免疫を刺激し、全身の免疫チェックポイント阻害薬および化学療法と相乗効果を狙うという発想は、MIBC治療開発の新たな方向性として興味深い。もちろん、本試験は単群第II相試験であり、NIAGARA試験やEV+ペムブロリズマブを用いた第III相試験との直接比較ではない。また、EFSやOSの追跡期間はまだ短く、pCRの高さが長期予後改善につながるかは今後の検証が必要である。それでも、MIBCにおいて局所免疫療法を全身治療に組み込むというコンセプトを示した点で、今後のランダム化比較試験や膀胱温存療法への応用に期待が膨らむ内容であった。目次に戻る

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家庭血圧測定値の遠隔モニタリングで心血管イベントリスクが低下

 動脈硬化性疾患(ASCVD)と診断された50歳以上の成人において、帯状疱疹(HZ)ワクチンの接種は、主要心血管イベント(MACE)およびその他の心血管アウトカムのリスク低下と関連するという研究結果が、米国心臓病学会年次総会(ACC.26、3月28~30日、米ニューオーリンズ)で発表予定である。 米カリフォルニア大学リバーサイド校のRobert Nguyen氏とAditya Desai氏は、米国のTriNetXデータベースを用い、2018年1月1日~2024年1月1日にASCVDと診断された50歳以上の成人を対象とした後ろ向きコホート研究を実施し、この集団において帯状疱疹ワクチン接種が心血管リスクを低減するかどうかを検討した。傾向スコアマッチング後、HZワクチン接種群27万5,304人と非接種群27万5,304人が解析対象となった。 解析の結果、HZワクチン接種は、MACE、全死因死亡、心筋梗塞、脳卒中のリスク低下と有意に関連していた(ハザード比はそれぞれ、0.54、0.39、0.73、0.73)。さらに、HZワクチン接種は、静脈血栓塞栓症、心不全、心房細動または心房粗動のリスク低下とも関連していた(同0.63、0.67、0.70)。 Nguyen氏は、「このワクチンは、心筋梗塞、脳卒中、死亡のリスク低減に対する心血管保護作用を繰り返し示している。既に心血管疾患を有する高リスク集団では、その効果は一般集団よりもさらに大きい可能性がある」と述べている。 自宅で血圧を測定するよう患者に促すことで、心血管イベントの発生リスクを低減できる可能性を示した新たな研究が報告された。家庭血圧を測定し、その結果を医師と共有した人では、急性冠症候群(ACS)、脳卒中、心不全による入院や死亡のリスクが約34%低かったという。英エディンバラ大学プライマリケアeヘルス分野名誉教授のBrian McKinstry氏らによるこの研究の詳細は、「European Heart Journal-Digital Health」に5月26日掲載された。 McKinstry氏は、「本研究は、家庭血圧測定値の遠隔モニタリングが血圧を低下させるだけでなく、脳卒中や心筋梗塞の発生も減少させることを示した、これまでで最も強力なエビデンスである」とニュースリリースで述べている。 今回の研究では、2019年3月1日から2021年2月28日の間に第一選択の降圧薬を処方された高血圧患者45万4,180人を対象に、2022年3月1日まで追跡し、家庭血圧測定値の遠隔モニタリングと心血管アウトカムとの関連を評価した。心血管アウトカムは、ACS、脳卒中、コントロール不良の心不全による入院または死亡を対象とした。 対象者のうち9,465人が「Connect Me BP」と呼ばれる遠隔モニタリングサービスを利用していた。このモニタリングサービスでは、患者に家庭血圧の測定を促すショートメッセージが送信され、その測定値が収集される。その後、毎週・毎月・3カ月ごとの測定値の報告書が主治医に送られ、必要に応じて医師が患者に連絡を取る仕組みとなっている。 その結果、遠隔モニタリング群では開始から3カ月以内に血圧の低下が認められ、その効果は1年以上にわたって維持された。この遠隔モニタリングサービスを1年以上にわたり利用した患者と一度も利用しなかった患者(通常ケア群)を対象に、3年間の心血管イベントの発生率を比較したところ、ACSは遠隔モニタリング群で2.7%、通常ケア群で4.0%、心不全はそれぞれ1.1%と3.6%、脳卒中は1.4%と2.2%であった。年齢や性別、降圧薬数などの因子を一致させた遠隔モニタリング群5,297人、対照群18万7,232人を対象に解析した結果、遠隔モニタリング群でACS、脳卒中、心不全による入院または死亡のリスクが33.5%低く(調整オッズ比0.665、95%信頼区間0.501~0.884)、全死因死亡リスクも約40%低かった(同0.602、0.392~0.925)。 論文の筆頭著者であるエディンバラ・ネピア大学のJanet Hanley氏は、「脳卒中、心筋梗塞、心不全は死亡や障害の主要な原因であり、そのリスクを低減できるのであれば大きな意義がある。血圧の遠隔モニタリングは、血圧コントロールの改善を支援することで、このリスク低減に役立つ。その上、このシステムには、簡便で使いやすいという利点もある」とニュースリリースで述べている。 研究グループは今後、心血管リスクがより高い患者において、遠隔モニタリングによりさらに大きな利益が得られるのかを検証する必要があるとしている。 英国心臓財団(BHF)の研究部門ディレクターであるJames Leiper氏は、「高血圧は心筋梗塞や脳卒中のリスクを高める。高血圧と診断された患者は、治療が適切に行われていることを確認するため、綿密なモニタリングを受ける必要がある」と述べている。同氏はまた、「本研究は、自宅で定期的に血圧を測定し、その結果を医師に送信するとともに、測定を促す定期的なリマインダーを受けることが、血圧コントロールの改善に役立つ効率的なアプローチであることを示す新たなエビデンスである」と評価した。さらに同氏は、「今回の研究で示された、重篤な心血管イベントによる入院や死亡リスクの低下は心強い結果である。このような革新的なアプローチは、人々がより長く健康に生活することに貢献する可能性がある」と結論付けている。

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新規作用機序の蕁麻疹経口薬「ラプシド錠25mg」【最新!DI情報】第66回

新規作用機序の蕁麻疹経口薬「ラプシド錠25mg」今回は、慢性蕁麻疹治療薬「レミブルチニブ(商品名:ラプシド錠25mg、製造販売元:ノバルティスファーマ)」を紹介します。本剤は慢性蕁麻疹の新規経口薬であり、既存治療で効果不十分な慢性蕁麻疹患者にとってより利便性の高い治療選択肢となると期待されています。<効能・効果>特発性の慢性蕁麻疹(既存治療で効果不十分な患者に限る)の適応で、2026年6月19日に製造販売承認を取得しました。<用法・用量>通常、成人にはレミブルチニブとして1回25mgを1日2回経口投与します。<安全性>副作用として、上気道感染、点状出血(いずれも1~5%未満)、紫斑、挫傷、斑状出血、鼻出血、歯肉出血(いずれも1%未満)、結膜出血(頻度不明)があります。<患者さんへの指導例> 1.この薬は、蕁麻疹の症状を誘発する原因が特定されない蕁麻疹に用いられる治療薬です。ブルトン型チロシンキナーゼを阻害することで、蕁麻疹の症状を引き起こす物質や炎症を起こす物質の放出を抑えて症状を緩和します。 2.抗ヒスタミン薬の増量など適切な治療を行っても、日常生活に支障を来すほどの症状を繰り返して継続的に認められる場合に追加で使用します。 3.妊娠する可能性がある人は、この薬を使用している間および最後に使用してから1週間は、適切な避妊をしてください。 4.この薬を使用している間は生ワクチン(麻しん、おたふくかぜ、風しん、水痘など)の接種はできません。 <ここがポイント!> 慢性特発性蕁麻疹(CSU)は、明確な原因や誘因が特定できない蕁麻疹が6週間以上持続する疾患です。蕁麻疹による紅斑やそう痒、膨疹などの症状は、肥満細胞からヒスタミンなどの炎症性ケミカルメディエーターが放出されることによって引き起こされます。蕁麻疹の治療には、原因や悪化因子の除去・回避が重要となりますが、これらが不明なCSUでは薬物療法が治療の中心となります。薬物療法では、主に第2世代ヒスタミンH1受容体拮抗薬が用いられますが、一部の患者では症状が残存することがあります。第2世代抗ヒスタミン薬で効果不十分な場合には、生物学的製剤であるオマリズマブやデュピルマブが治療の選択肢となります。しかしながら、これらの薬剤はいずれも皮下投与製剤であり、自己注射や通院に伴う身体的・心理的負担が生じる場合があります。レミブルチニブは、ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)に対して高い選択性を示すBTK阻害薬です。本剤はIgEまたはIgG自己抗体によりFcイプシロン受容体Iの架橋が誘発されて生じるシグナル伝達を阻害することで、肥満細胞および好塩基球からのヒスタミンなどの炎症性メディエーターの放出を抑制します。本剤は1日2回服用の経口薬であるため、既存の生物学的製剤で必要となる自己注射や定期的な通院に伴う負担はなく、患者にとってより利便性の高い治療選択肢となり得ます。第2世代抗ヒスタミン薬で効果不十分な18歳以上のCSU患者を対象とした国際共同第III相試験(A2301試験、REMIX-1試験)において、主要評価項目である投与12週後の週間蕁麻疹活動性スコア(UAS7)のベースラインからの変化量は、本剤群で-20.02±0.716、プラセボ群で-13.79±0.980でした。本剤群とプラセボ群の群間差は-6.22(95%信頼区間:-8.45~-4.00)であり、本剤群はプラセボ群と比較して蕁麻疹症状(そう痒および膨疹)を統計学的に有意に低減しました(反復測定混合モデル、調整済みp<0.001)。

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SCORPIO-PEP試験:エンシトレルビルはCOVID-19家族内発症を予防できるか(解説:小金丸 博氏)

 NEJM誌2026年5月14日・21日合併号に掲載されたSCORPIO-PEP試験は、エンシトレルビル(商品名:ゾコーバ)をCOVID-19患者の同居家族に対して曝露後予防に用いた第III相試験である。主要評価項目である「症候性COVID-19発症」は、エンシトレルビル群2.9%、プラセボ群9.0%で、リスク比0.33と有意な抑制効果を示した。絶対リスク減少は約6%であり、NNT(治療必要数)は17と計算される。家庭内感染という高曝露環境を考慮すると、かなり良好な成績といえる。 本試験の強みは、二重盲検ランダム化比較試験であること、多国籍試験であること、さらにオミクロン株流行期に実施された点にある。参加者の大多数が既感染あるいはワクチン接種由来の抗体を保有しており、現在の実臨床に近い集団で有効性が示された意義は大きい。また、有害事象発現率はプラセボ群と同等であり、安全性に関しても大きな問題を認めなかった。 一方で、臨床実装に向けては慎重な解釈も必要である。本試験のエンドポイントは「感染予防」ではなく「症候性COVID-19発症予防」であり、無症候感染自体は一定数認められている。つまり、ウイルス伝播抑制効果を直接証明した試験ではない。また、観察期間は10日間が中心であり、long COVIDの抑制や入院予防への寄与は評価されていない。 さらに重要なのは、ベースラインのイベント発生率が比較的低い点である。プラセボ群でも発症率は9%にとどまり、オミクロン株流行期以降の免疫保有集団においては、家庭内曝露があっても発症する者は限られる。このため、接触者全員への一律予防投与は費用対効果に乏しい可能性がある。真に恩恵を受けるのは、高齢者、免疫不全者、重症化リスクを持つ家族を抱える世帯などに限られるかもしれない。 耐性変異の問題も未解決である。論文中では明確な耐性伝播は確認されなかったが、3CLプロテアーゼ阻害薬は理論上耐性化リスクを抱える。とくに軽症例や予防投与への広範な使用は、選択圧を高める可能性がある。COVID-19が季節性感染症化しつつある現状では、抗ウイルス薬をどこまで「予防」に用いるべきかという抗菌薬適正使用に近い視点が必要になる。 本試験は「COVID-19家庭内曝露後の予防」という新しい戦略の有効性を示した点で画期的である。ただし、その適応は接触者への一律投与ではなく、高リスク接触者へのターゲット使用として考えるべきであり、長期アウトカム、耐性化、費用対効果を含めた今後の検討が不可欠である。

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7月6日 ワクチンの日【今日は何の日?】

【7月6日 ワクチンの日】〔由来〕1885年の今日、細菌学者のルイ・パスツール(フランス)が開発した狂犬病ワクチンが、少年に接種されたことを記念し、ワクチンの大切さを多くの人に知ってもらうことを目的に日本ベクトン・ディッキンソンが制定。関連コンテンツ今、知っておきたいワクチンの話麻しん・おたふくかぜ・風しんの3種混合生ワクチン「ミムリット皮下注用」【最新!DI情報】ワクチン接種率向上のための介入、有効な要素は?/BMJ新規インフルワクチンの第III相試験、mRNA-1010 vs.従来型ワクチン/NEJM市中肺炎で検出された肺炎球菌、ワクチンカバー率は?/感染症学会・化学療法学会

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日本におけるがん薬剤費は10年で3倍に、総医療費最大は肺がん

 日本の全国レセプトデータベース(NDB)を用いて、2011~22年にがん診療を受けた約2,320万人を対象とした大規模解析が実施された。その結果、がん診療に伴う医療費は日本の経済成長率を大きく上回るペースで増加しており、とくに免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を中心とする新規抗がん薬が医療費増加の主要因であることが明らかになった。京都大学の福山 啓太氏らによる研究はScientific Reports誌オンライン版2026年6月15日号に掲載された。 本後ろ向きコホート研究では、2011年4月~2022年3月に悪性腫瘍と診断された患者をがん種別に分類し、月ごとの保険請求額と適用薬剤を分析した。対象は悪性腫瘍患者約2,320万人(男性:約1,203万人、女性:約1,118万人)で、95%以上の電子レセプトを網羅する全国データを利用し、がん種別、年齢別、薬剤別に医療費を評価した。また、薬価改定を反映した独自のマスターデータを構築し、薬剤価格の経年変化も考慮した。 主な結果は以下のとおり。・患者数では乳がんが最多で、胃がん、大腸がん、肺がん、前立腺がんが続いた。・総医療費が最も高額だったのは肺がんだった。肺がんの患者数は減少傾向にあるにもかかわらず、診療費は解析期間を通じて増加を続け、2022年には全がん種で最大となった。一方、患者1人当たりの月額医療費では多発性骨髄腫が最も高く、2022年3月時点で約40万9,000円に達した。・研究期間中、がん患者の月当たり人数は612万人から544万人へ約68万人減少したにもかかわらず月額総請求額は5,590億円から7,100億円へ約1,510億円増加しており、1人当たり医療費の増加が認められた。・薬剤費の解析では、ICIの増加が際立った。肺がんではPD-1/PD-L1阻害薬が急速に普及し、分子標的薬やVEGF阻害薬とともに薬剤費増加の主因となっていた。乳がんではHER2標的薬やCDK4/6阻害薬、胃がんではPD-1/PD-L1阻害薬およびVEGF阻害薬、前立腺がんでは新規ホルモン療法薬の使用増加が確認された。・抗がん薬全体の薬剤費は、2011年の月347億円から2022年には1,090億円へと約3.1倍に増加した。なかでもICI関連薬剤は薬価改定により一部価格が引き下げられたものの、新規適応拡大や使用患者数の増加により、総薬剤費は増加を続けた。 同期間における日本の実質GDPは約8.5%の増加にとどまった。これに対し、がん診療費は約1.27倍、抗がん薬剤費は約3.1倍に増加しており、研究者らは「がん診療費の伸びは経済成長を大きく上回っている」と指摘する。一方で研究者らは、「本研究は高額薬剤の使用抑制を提案するものではない。ICIや分子標的薬は臨床試験で有効性が示され、患者予後の改善に大きく寄与している。しかし、公的保険制度の持続可能性を考えると、個々の薬剤の増分費用効果比(ICER)のみでは十分とは言えず、国家経済や医療財政全体を踏まえた新たな評価指標の構築が必要だ」としている。さらに、がん検診による早期発見やワクチンによる予防は、高額な薬物療法を回避できる可能性があり、医療経済の観点からも重要な介入となる可能性が示唆された。

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帯状疱疹、感染部位も認知症リスクに影響する可能性/日本皮膚科学会

 近年、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)の罹患が認知症の発症リスクを上昇させる可能性や、帯状疱疹ワクチンの接種がそのリスクを低減させる可能性を示す研究が相次いで報告されている。下畑 享良氏(岐阜大学)らは、「VZVの罹患は認知症の危険因子か?」という臨床疑問を検討することを目的に、21論文を対象としてスコーピングレビューを実施1)。このレビューからみえてきたVZV罹患と認知症発症の関連や、ワクチンが及ぼす影響などについて、最新の研究結果も踏まえて下畑氏が第125回日本皮膚科学会総会で講演した。システマティックレビューではVZV罹患との関連を肯定・否定する報告が混在 下畑氏はまず、スコーピングレビューの対象論文に含まれた3編のシステマティックレビュー/メタ解析の結果について解説した。 1つ目の論文(対象9研究)では、VZV罹患は認知症発症のリスク因子であり、ハザード比(HR)は1.11であることが示された。さらに、VZV罹患後に抗ウイルス薬を使用した場合、発症リスクはHR:0.84となり、16%のリスク抑制効果が認められた。 2つ目の論文(対象6研究)は、帯状疱疹ワクチン接種歴が認知症発症率に与える影響を検討したものであり、ワクチン接種歴は認知症のオッズ低下と関連し、統合オッズ比は0.76であった。 一方、3つ目の論文(対象9研究)では、全体としてVZV罹患と認知症発症に関連は認められず(HR:0.99、p=0.89)、アルツハイマー病のバイオマーカー(アミロイドβなど)との関連性も確認されなかった。しかし、「眼部帯状疱疹」の罹患に関しては認知症と強く関連する(HR:6.26)ことが示されており、感染部位によるリスクの違いが注目される。 ただし、これらの研究はいずれも無作為化比較試験ではなく前向き試験は1つのみであることから、現状のエビデンスには限界があることも示されている。個々の検討から背景因子を探る システマティックレビュー/メタ解析以外の研究についてみると、VZV罹患と認知症発症率について検討した研究は12研究存在した。うちVZV罹患が認知症発症率を増加させるとしたのは6研究、増加させないとしたのは3研究、またVZV罹患が認知症発症率を低下させるとしたものも3研究存在した。下畑氏は、この背景にワクチンの公的補助の有無がある可能性を指摘し、VZV罹患が認知症の危険因子とはならなかった研究の実施国は公的補助があり、ワクチン接種率の高い国が多く、対象者の抗ウイルス薬の処方率が高い傾向があったことを指摘した。 ワクチン接種歴と認知症発症率について検討した6研究では、接種したワクチンの種類によらず、いずれも、VZVワクチン接種歴が認知症または認知機能障害の少なさと関連することを示した。 帯状疱疹発症後の抗ウイルス薬使用と認知症発症率の関係については、検討した4研究のうち3研究で、抗ウイルス薬の使用は認知症発症率を低下させると報告している。 VZVの感染部位に注目した研究では、VZV罹患後1年以内の認知症発症率は全体では増加しなかったが、脳神経感染がある場合にはHR:1.83、中枢神経感染ではHR:6.83というデータが報告されている。また、別の研究でも、皮膚に限局した感染者と比較して、眼部感染、中枢神経感染、複雑性感染者の場合ではいずれも認知症発症リスクが有意に上昇してHR:1.28~1.44と報告されている。一方で、1つの研究では、眼部感染でも認知症発症率の増加を認めなかった。基礎研究でみえてきたメカニズムとは VZV感染はどのようなメカニズムで認知機能に影響を及ぼすのだろうか。VZV罹患に伴う認知症発症の病態について検討した研究は3つあり、単純ヘルペスウイルス(HSV)やVZVに感染した患者の脳脊髄液を調べると、VZV感染が潜伏HSV-1の再活性化を誘発し、アルツハイマー病様変化や神経炎症につながる可能性を示す仮説が提唱されている。さらに、リン酸化タウやミクログリアの活性化マーカーであるTREM2の上昇など、ウイルス感染を契機として脳内にアルツハイマー病に似た変化が惹起されることが示されている。 VZV罹患によるHSV-1再活性化が認知症発症の原因である可能性を検討した研究では、VZV単独の感染ではアミロイドβやリン酸化タウの蓄積は生じないが、あらかじめHSVに感染させて抗ウイルス薬で静止化させた後にVZV感染させると、HSV-1が再活性化し、結果としてアミロイドβやタウの蓄積が確認されるという。現在、VZV感染が潜伏しているHSV-1の再活性化を誘発し、それがアルツハイマー病様変化やミクログリアの活性化をもたらして認知症につながるという仮説が有力視されている。 また、水痘に罹患しやすい遺伝的要因(7つのSNP)を持つ人は認知症リスクが上昇するという報告もあり、遺伝的背景とウイルス感染の複雑な交絡も示唆される。帯状疱疹ワクチンによる認知症リスクの低減効果:最新の大規模コホート研究 ワクチンの認知症予防効果に関する大規模な疫学データが、相次いで発表されている。生年月日によるワクチン制度の適用の違いを利用し、カナダで行われた自然実験研究では、生ワクチン接種による認知症発症の減少効果が確認された2)。また、米国で約33万人を対象とした組換えワクチンの大規模コホート研究では、未接種群と比較して2回接種群で認知症発症ハザードが51%低く、強い関連が示された3)。 これらの報告を総合すると、複数回のワクチン接種で最大の効果が得られること、効果は年齢や人種間で一貫しているものの、女性においてより強い効果が得られる傾向がみられるという。一方で、生ワクチンの効果は時間の経過とともに減弱する可能性も指摘されている。VZVは皮膚症状だけでなく神経症状の有無にも着目を 下畑氏は講演の結びとして、「VZVは皮膚だけで完結するウイルスではなく、皮膚に現れた神経感染症と捉えてもよいのかもしれない。高齢者や免疫不全者、反復例においては、皮疹や疼痛だけでなく、頭痛、髄膜刺激徴候、片麻痺、構音障害、ふらつきといった神経症状の有無にも注意を払い、これらを認めた場合はぜひ脳神経内科へコンサルトしていただきたい」とした。 帯状疱疹ワクチンの接種による認知症発症リスクの低減については、今後のさらなる臨床研究とエビデンスの蓄積が期待される。

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第319回 終息見えぬエボラ・ブンディブギョ株、ワクチンと治療薬の開発状況

INDEXヒトに感染するエボラウイルスとその特徴ワクチン候補は2つ治療薬候補は4つ以前、本連載でもお伝えしたコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)を中心とするエボラウイルスのアウトブレイクにおいて、その後も事態は悪化の一途をたどっている。最新の世界保健機関(WHO)の発表によると、6月24日現在、コンゴでは確定報告が累計1,094例、うち277例が死亡。隣国ウガンダでは6月18日現在、確定報告が19例、うち死亡2例のほか、死亡に至った疑い症例1例が報告されている。ウガンダでは、6月5日以降、新たな症例は報告されておらず、確定症例中14例がコンゴからの輸入例、残りが接触者や医療者の2次感染と分類されている。ウガンダでの感染は終息しつつあると言えそうだ。問題はコンゴのほうである。6月13日以降、新たに220例の確定症例(うち死亡96例)が報告され、WHOは「検査と診断能力の拡大により、以前に収集された検体の検査が可能になったことが一因」としているものの、終息の兆しは見えていない。現在のコンゴ国内での感染報告地域は、ウガンダ国境に接する東部のイツリ州が91.1%。これ以外は同州の南に接する北キブ州、さらにその南の南キブ州に分布している。WHOも発表の中で「複雑な人道危機と紛争の影響を受けた環境下で発生」と評しているように、以前の連載でも触れた紛争による政情不安定さがアウトブレイクの終息を阻んでいる。さらに悩ましいのは今回のアウトブレイクの原因が、エボラウイルスの中のブンディブギョ株である点だ。ヒトに感染するエボラウイルスとその特徴エボラウイルス(正確にはフィロウイルス科エボラウイルス属に分類されるウイルス)は6種類が確認されており、ヒトで感染が報告されているのは、アフリカのシエラレオネでコウモリから分離されたボンバリ株を除く5種類(スーダン株、ザイール株、タイフォレスト株、ブンディブギョ株、レストン株)である。5種類のうち、1994年にコートジボワールで確認されたタイフォレスト株の感染報告1)は、同地でチンパンジーの解剖に当たっていたスイス人の1例のみで、発熱、頭痛、悪寒、筋肉痛、咳で発症し、その後、腹痛、下痢、嘔吐、発疹を認めたものの、スイスへ搬送後に回復し、後遺症もなく退院している。また、1989年に米国・バージニア州レストンの動物飼育施設でフィリピン産のサルを感染源として初めて確認されたレストン株は、これまで100例超の感染事例が報告されているものの、いずれも抗体陽性が確認されただけで発症者の報告はない。感染したヒトで発症し、かつ致死的な病態をもたらすのが残るザイール株、スーダン株、ブンディブギョ株だが、過去の感染確定報告累計はザイール株が数万例、スーダン株が数千例の規模であるのに対し、ブンディブギョ株は今回のアウトブレイク以前の確定例は200例未満であるため、結果としてワクチンや治療法の開発が最も立ち遅れている。前出の「悩ましい」とはこのことを意味する。その意味では、現在のワクチンと治療薬の開発状況は気になるところ。そこでこの現状を可能な限りまとめてみた。ワクチン候補は2つまずワクチンだが、WHOとGaviワクチンアライアンス(Gavi, the Vaccine Alliance)などが中心となって進めている提言で、ワクチン候補として最も有望視されているのが、国際エイズワクチンイニシアティブが開発を主導している「rVSV-Bundibugyo」。これはすでにザイール株向けに米国・メルク社が製造・販売しているエボラウイルスワクチン「rVSV-ZEBOV(商品名:Ervebo)」と同じプラットフォームを利用したワクチン候補である。Erveboは主にウシ、ウマ、ブタなどの家畜に感染するものの、ヒトでの病原性は低い水疱性口内炎ウイルスを改変したベクターに、ザイール株の表面にある糖タンパク質の遺伝子を挿入したウイルスベクターワクチンである。一方のrVSV-Bundibugyoは、挿入する遺伝子をブンディブギョ株の糖タンパク質の遺伝子に置換している。動物実験レベルだが、Erveboのプラットフォームにザイール株、タイフォレスト株の糖タンパク質の遺伝子を挿入したものを接種したサルにブンディブギョ株を曝露させて交叉防御を検討した研究2)では、今のところ良好な結果が得られている。また、テキサス大学のグループが行ったブンディブギョ株曝露後のサルへのrVSV-Bundibugyoの接種に関する研究3)でも有意な生存効果が認められている。このワクチン候補に関しては、2026年中に第I相臨床試験が開始される見込みだという。もう1つの候補がオックスフォード大学とインド血清研究所が共同開発している「ChAdOx1-Bundibugyo」。これはすでに多くの医療者の中で記憶の彼方に過ぎ去ったかもしれない、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するアストラゼネカ社製のワクチン「バキスゼブリア」のブンディブギョ株版である。バキスゼブリアのサルアデノウイルスベクターにブンディブギョ株の糖タンパク質の遺伝子を挿入したウイルスベクターワクチンである。現在は前臨床データを収集中だという。さらに、同様に新型コロナに対するmRNAワクチンで名を馳せた米国・モデルナ社がブンディブギョ株対応のmRNAワクチンを開発中である。治療薬候補は4つ一方、治療薬についても現在開発が模索されている。最有力視されているのが米国・マップ・バイオファーマシューティカルの抗体カクテル「MBP134」である。エボラウイルス感染症から回復したヒトのメモリーB細胞に由来する数百種類の抗体をスクリーニングして得られた2種類のヒトモノクローナル抗体「ADI-15878」と「ADI-23774」を利用したものだ。ADI-15878はエボラ属ウイルス全体でほぼ共通しているfusion machinery(膜融合機構)を認識する抗体であるため、理論上はウイルス株に依存しない効果が期待できるとみられている。また、ADI-23774もウイルス株に依存しない糖タンパク質結合能を有するが、元となったモノクローナル抗体のスーダン株への結合能がやや低かったため、この部分に改良を加えている。2つの作用ポイントを持つため、ウイルスの変異にも対応でき、より有効性が高いと期待される。動物実験の結果4)では、ザイール株、スーダン株、ブンディブギョ株をそれぞれ曝露させたフェレットに対し、曝露から3~4日後に3日おきに2回投与し、いずれのウイルス株でも投与群のフェレットは全例生存したのに対し、コントロール群では全例死亡した。サルの実験では感染後7日目の単回筋肉注射を行い、生存率は投与群が83%、コントロール群が0%だった。また、米国・ヴァンダービルト・ワクチンセンターのグループが報告5)したブンディブギョ株感染からの生存者のメモリーB細胞に由来する遺伝子組み換えヒトモノクローナル抗体「mAb BDBV289-N」も抗体療法の候補となっている。サルによる実験結果では、ブンディブギョ株曝露後8、11日目の投与により、15日目までにウイルスRNA量は急速に減少。21日目には接種されたすべてのサルの血中でウイルスが検出限界以下となり、死亡例は認められなかった(未治療のコントロール群の致死率は40%)。さらに抗ウイルス薬として候補薬に挙げられているのが、RNAウイルスに対して抗ウイルス効果がある2種類の治療薬(候補)である。1つはすでに新型コロナの治療薬として知られるレムデシビルである。同薬が新型コロナ治療薬として注目される前の2016年に「Nature」に公表された論文6)では、ザイール株を使ったサルでの実験でウイルス曝露直後、2日後、3日後に2種類の投与量で1日1回12日間筋肉注射した各群のサルは全例生存していたのに対し、無治療のコントロール群では全例が死亡したと報告されている。現在、前出の抗体カクテル「MBP134」との併用の臨床試験が計画中と一部では報じられている。もう1つ抗ウイルス薬候補として注目されているのが、米国・ギリアド・サイエンシズが新型コロナやRSウイルス感染症に対して臨床試験中の経口抗ウイルス薬のobeldesivirである。ザイール株を使ったサルでの実験では、ウイルス曝露24時間後から10日間の連日経口投与を行った結果、投与されたサルでの生存率は80~100%に対し、コントロール群では全例死亡した。決して面白半分で見ているわけではないが、この中からどのワクチン・治療薬候補が抜け出すかは、今後の新興感染症対策を占ううえでは注目に値すると考えている。参考1)Formenty P, et al. J Infect Dis. 1999;179 Suppl 1:S48-53.2)Falzarano D, et al. J infect Dis. 2011;204 Suppl 3:S1082-1089.3)Woolsey C, et al. J Infect Dis. 2023;228(Suppl 7):S712-S720.4)Bornholdt ZA, et al. Cell Host Microbe. 2019;25:49-58.e5.5)Gilchuk P, et al. J Infect Dis. 2018;218(suppl_5):S565-S573.6)Warren TK, et al. Nature. 2016;531:381-385.

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第67回 「長生き」を買おうとする富豪たち、その方法に科学はあるのか

「死なない男」として知られる起業家ブライアン・ジョンソン氏は、2019年から、寿命を延ばす目的で、ある薬を毎日のように自分に注射し続けてきました。本来は臓器移植の拒絶反応を防ぐために使う免疫抑制薬「ラパマイシン」です。ところが2024年9月、彼はこの「実験」をやめます。皮膚の感染症や血糖値の上昇、脂質の異常などが現れ、利益よりも害が上回ると判断したからでした。彼のように、自分の体を「ハッキング(改造)」して数年でも長く生きようとするIT長者たちが増えています。そして、その試みをSNSなどで世界中に発信しています。今回は、こうした「バイオハッキング」ブームの実態を伝えたNature誌の記事1)をもとに、ご紹介します。富豪たちが試す、さまざまな「若返り術」ジョンソン氏は「ブループリント」と名づけた自己流の健康法を公開し、多くの追随者を生んでいます。彼が取り入れている方法の1つが、若い人から血液をもらう「若年血漿(けっしょう)輸血」です。これは米国食品医薬品局(FDA)が2019年と2024年に「効果の根拠がなく危険」と警告したものでした。ほかにも、別の富豪が「120歳まで生きたい」と成長ホルモンを使っていることを公言したり(医療機関は健康な大人への効果を疑問視しています)、集中力を高めるとして染料由来の物質やニコチン製品を勧めたりと、その種類はさまざまです。これらに共通するのは、効果や安全性がはっきりしないまま広まっている点です。科学的な裏づけは、どこまであるのかもちろん研究者たちは慎重です。老化そのものに働きかけて人の寿命を延ばすと明確に証明された方法は、いまのところ1つもないからです。ある専門家は、わずかなデータの中に「期待できそうな兆し」と「雑音」が入り交じり、一般の人にはその区別が難しいと指摘します。たとえば話題のラパマイシンは、マウスの寿命を23~60%延ばしたという研究があります2)。しかし、ヒトで同じことを示すのは簡単ではありません。ヒトでの研究はごくわずかで、65歳以上の200人余りでワクチンの効きがよくなったという2014年の報告3)や、高齢者の呼吸器感染症が減ったという2018年の報告4)がある程度です。研究者が333人の使用者を調べた2023年の調査では「生活の質が上がった」との声が多かったものの、本人の自己申告に頼っており、悪い経験をしてやめた人が含まれていない可能性が高いと、研究チーム自身が限界を認めています5)。一方で、糖尿病薬のメトホルミンや、肥満症で使われるGLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)のように、加齢に伴う病気を遅らせる可能性が期待され、臨床試験が進んでいる薬もあります。「自分1人のデータ」という落とし穴最大の問題は、富豪たちが自分1人の体で試した結果が、そのまま一般の人へと「正しい基準」のように広まってしまうことです。本来、薬の効果を確かめるには、数千人規模で慎重に比較する臨床試験が欠かせません。「科学は『1人(n=1)』では成り立たない」のです。しかし、健康長寿を支援するクリニックには「ブループリントをやりたい」「あの成分が欲しい」と、検査も受けないうちに名指しで求める人が増えているそうです。また、影響力のあるインフルエンサーの中には、自分のブランドのサプリメントを売る人もいますが、商売上の利害がからんでいることが、見ている側には伝わりにくい構造もあります。きちんとした臨床試験には大規模な費用がかかりますが、それは富豪たちの資産からすればごく一部にすぎません。しかし、その熱意と資金は本物の科学に向けられているとは言えない実情があります。日本でも、海外の健康トレンドはSNSを通じてすぐに入ってきます。「海外の有名人がやっているから」は、効果や安全の証拠にはまったくならない。そんな冷静な視点を、私たち一人ひとりが持っておきたいものです。1)Stokel-Walker C. Tech tycoons are biohacking for a longer life: is there science behind their methods? Nature. 2026;654:589-591.2)Miller RA, et al. Rapamycin-mediated lifespan increase in mice is dose and sex dependent and metabolically distinct from dietary restriction. Aging Cell. 2014;13:468-477.3)Mannick JB, et al. mTOR inhibition improves immune function in the elderly. Sci Transl Med. 2014;6:268ra179.4)Mannick JB, Morris M, Hockey HP, et al. TORC1 inhibition enhances immune function and reduces infections in the elderly. Sci Transl Med. 2018;10:eaaq1564.5)Kaeberlein TL, Green AS, Haddad G, et al. Evaluation of off-label rapamycin use to promote healthspan in 333 adults. GeroScience. 2023;45:2757-2768.

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複合がん免疫療法の近未来/日本臨床腫瘍学会

 がん免疫療法は、複数の免疫療法を組み合わせることで治療効果を最大化する新たなフェーズへと進展しつつある。2026年3月26~28日に開催された第23回日本臨床腫瘍学会学術集会では、「複合がん免疫療法の近未来」をテーマとしたシンポジウムが企画され、次世代の治療戦略が議論された。腫瘍免疫の理解が深化する中で、がん免疫応答の多面的なメカニズムを考慮した新たな複合がん免疫療法の確立が期待される。持続型T細胞免疫システムとCD4陽性T細胞療法 冒頭、各務 博氏(埼玉医科大学国際医療センター)は、近年のがん免疫療法の進歩を背景に、免疫応答をいかに持続させるかが重要な課題となっていることを指摘した。そのうえで、腫瘍微小環境内に形成される三次リンパ様構造(TLS)を基盤とした持続型T細胞免疫システムと、CD4陽性T細胞を活用した新たな治療戦略について講演した。 TLSは腫瘍局所に形成されるリンパ組織様構造で、抗原特異的T細胞の増殖や機能維持を担う場として機能する。ここでは、前駆疲弊CD8陽性T細胞(Tpex)が中心的役割を果たしている。TpexはPD-1を発現しつつも自己複製能を保持し、抗原特異的T細胞を継続的に供給する貯蔵プールとして働く。PD-1阻害薬の投与によりTpexが増殖し、抗腫瘍効果を引き起こすことが知られている。 さらに、Tpexの維持には特定のCD4陽性T細胞群が関与することが明らかとなっている。Tpexと連動して長期的な免疫応答を維持する重要な細胞集団であるTh7Rは、Tpexと類似した遺伝子発現を示し、腫瘍内で近接して分布する。解析の結果、Th7RとTpexの細胞数は相関しており、CD4陽性T細胞がTpexの形成および維持に寄与する可能性が示唆されている。 モデルマウスを使用した研究では、Th7Rを投与することで腫瘍内のTpexが増加し、抗腫瘍効果の増強が確認された。また、PD-1やCTLA-4阻害薬との併用により、その効果が持続することも示された。これは、Tpex/Th7R相互作用の維持を目的とした細胞療法として、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)治療の有望な戦略となる可能性を示唆している。 臨床的にもCD4陽性T細胞の存在は予後と関連し、PD-1阻害薬による治療前後で血中のTh7Rが減少していない患者さんで5年生存例が多いことが報告されている。一方で、これらの細胞が減少すると再発や死亡につながる可能性がある。このため、CD4陽性T細胞を継続的に補充する細胞療法により、腫瘍微小循環を維持し、免疫応答を長期にわたって持続させる治療戦略が重要であると各務氏は指摘する。 総じて、腫瘍微小循環にはTLS・Tpex/Th7R相互作用に代表される持続型抗腫瘍細胞メカニズムが存在し、持続的ながん免疫の基盤となっている。腫瘍微小循環を維持する細胞療法の併用は、今後のICI治療の発展において重要な方向性になることが期待されている。ICIとADC併用療法の現状と展望 続いて、清水 俊雄氏(関西医科大学附属病院 新薬開発科)はICIと抗体薬物複合体(ADC)の併用療法について、その作用機序、臨床的課題、今後の展望などについて概説した。 ADCは、標的に特異的に結合する抗体、細胞障害作用を担うペイロード、そして両者を連結するリンカーの3要素から構成される。これら各要素の設計は、有効性と安全性を大きく左右する。とくにリンカーの安定性や薬物抗体比(DAR)は体内動態(PK/PD)や毒性に強く影響する。また、ペイロードの疎水性や膜透過性は、腫瘍細胞内での作用に加え、周囲細胞へも影響する重要な因子である。 臨床的課題としては、標的抗原を発現する正常組織にも作用するオンターゲット毒性と、非特異的にほかの組織へ影響を及ぼすオフターゲット毒性が挙げられる。さらに、ADCは体内で単一の形態として存在するわけではなく、完全体、ペイロードが解離した抗体、遊離ペイロードなど複数の分子種が時間とともに変動する。このような動的な分布が薬効と毒性のバランスを規定するため、PK/PDの理解と最適化が重要となる。 免疫学的観点では、ADCによる腫瘍細胞障害は腫瘍抗原の放出を促し、免疫応答を活性化する。これにより樹状細胞およびT細胞が活性化され、腫瘍細胞では主要組織適合複合体(MHC)クラスI分子やPD-L1の発現が増加する。その結果、CD8陽性T細胞の腫瘍への浸潤が促進される。このような背景から、ICIとの併用による相乗的な抗腫瘍効果が期待されており、ADCとPD-1阻害薬の併用による有望な臨床試験の成績が報告されている。 一方で、併用療法の最適化にはいくつかの重要な課題がある。具体的には、標的抗原発現の維持、毒性の重複回避、ならびにADCの非特異的取り込みの抑制が挙げられる。さらに近年では、二重特異性抗体や二重ペイロードの導入、腫瘍特異的に活性化される設計、免疫刺激型ペイロードの活用など、機能を拡張した次世代ADCの開発が進んでいる。これらの新規ADCはまだ早期開発段階にあるものの、バイオマーカーの確立と臨床的有用性の検証が進めば、より精緻な個別化治療の実現が期待される。 最後に清水氏は、ADCとICIの併用療法は大きな可能性を有する一方で、その成功には分子設計、薬物動態、免疫学的作用、臨床戦略を統合的に理解することが不可欠となることを強調した。加えて、適切な薬剤選択や投与タイミングの最適化、さらには構造の改良による安全性と有効性の向上が、今後の治療成績を左右すると締めくくった。肺がん領域における二重特異性抗体の最前線 ICIの登場により、肺がん、とくに非小細胞肺がんの治療成績は大きく向上した。しかし、すべての患者さんに十分な効果が得られるわけではなく、新たな治療戦略の開発が求められている。こうした中で、最近は二重特異性抗体が注目されている。吉田 達哉氏(国立がん研究センター中央病院 呼吸器内科/先端医療科)は、肺がん領域における二重特異性抗体の臨床的展開について、最近の動向を報告した。 二重特異性抗体は、異なる2つの分子を同時に標的とすることを特徴とし、デュアルチェックポイント阻害型とT細胞誘導型(T細胞エンゲージャー)とに大きく分類される。前者は複数の免疫抑制シグナルを同時に阻害することで免疫応答を増強し、後者は腫瘍抗原とT細胞上の分子を橋渡ししてT細胞を直接腫瘍へ誘導・活性化する。造血器腫瘍ではT細胞エンゲージャーの成功例が多く報告されている一方、固形腫瘍である肺がんでは、これらを単独あるいはICIと組み合わせて用いる戦略が活発に検討されている。 肺がん領域では、特定のドライバー変異に関連する受容体を同時に標的とするアプローチや、腫瘍特異的抗原とT細胞を結び付けるT細胞エンゲージャーが臨床開発の段階から実臨床へと移行しつつある。前者は分子標的薬との併用により生存期間の延長が示唆され、後者は小細胞肺がんにおいて化学療法との併用で良好な治療成績が報告されており、新たな標準治療となる可能性がある。 一方で、患者選択の指標として用いられてきたPD-L1発現のみでは、ICIによる治療効果を十分に予測することが難しく、腫瘍変異量、抗原提示細胞や制御性T細胞の分布など、免疫微小環境をより詳細に解析する必要がある。こうした多面的なバイオマーカーの開発が、今後の個別化医療の鍵を握ると吉田氏は指摘する。 また、二重特異性T細胞エンゲージャーは腫瘍内の局所的なT細胞浸潤と免疫チェックポイント分子の発現を誘導し、ICI併用の有効性を示唆する一方で、抗原喪失などの免疫逃避が課題となる。 現在、T細胞エンゲージャーとICIの併用を検証する後期臨床試験が進行中であり、最適な併用方法や投与タイミングの確立が期待されているという。肺がん治療は、免疫療法のさらなる進展により新たな段階へと移行しつつあると、吉田氏は講演をまとめた。ICIとネオ抗原ワクチンの併用療法 近年、感染症領域におけるmRNAワクチンの成功を契機として、個別化がんワクチンの開発が大きく加速している。北野 滋久氏(がん研究会有明病院 先端医療開発科/がん免疫治療開発部)は、免疫学の観点からICIとネオ抗原ワクチンとの併用療法について概説した。 従来のがん抗原は自己由来成分に近く、十分な免疫応答を誘導できないことが多く、ワクチン療法としての成功例は限られてきた。これに対し、ネオ抗原は腫瘍細胞に特異的に生じた遺伝子変異に由来する新規タンパク質断片であり、後天的に獲得されるため免疫寛容の影響を受けにくく、高い免疫原性を持つ可能性がある。 ネオ抗原は、がん細胞内で産生された変異タンパク質が分解され、ヒト白血球抗原(HLA)に提示されることでT細胞に認識される。主にクラスIではCD8陽性T細胞、クラスIIではCD4陽性T細胞を活性化する。この過程には個人ごとのHLA型や遺伝子変異の違いが大きく影響するため、治療には患者さんごとの個別化が不可欠となる。近年では、DNAおよびRNAのシーケンシングと計算アルゴリズムを組み合わせることで、有望なネオ抗原候補を予測する技術が進歩し、個別化ワクチン開発が現実味を帯びてきた。 ワクチンにはペプチド、mRNA、DNA、ウイルスベクターなど多様な種類があり、とくにmRNAワクチンは柔軟性と開発の速さから注目されている。早期臨床試験ではネオ抗原特異的な免疫応答が確認され、ICIとの併用により抗腫瘍効果の向上が期待される。免疫応答は主にCD8陽性T細胞が担い、CD4陽性T細胞も補助的に関与する。安全性については、腫瘍特異的標的であるため理論上重篤な副作用はほとんどないと考えられる。 さらに、従来は注目されていなかったイントロンを含む非コード領域(いわゆるダークゲノム)や、スプライシング異常に由来するネオ抗原の存在も明らかになりつつあり、抗原候補の幅が大きく広がっている。全ゲノム解析を活用することで、これまで見逃されていた免疫標的の同定が進み、新たな治療戦略につながる可能性がある。 北野氏は、こうした科学的進展に加え、産学連携や国家レベルの研究基盤整備も進展しており、個別化ネオ抗原ワクチンと免疫療法の統合的アプローチは、がん治療の新たな柱として実用化に向けた期待が高まっていることを強調した。

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