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1.

クラミジアワクチン、初期臨床試験で好成績

 クラミジアワクチンに関する初期の臨床試験において、ワクチン接種者に免疫反応が誘導され、安全性も確認されたことが報告された。研究者の間では、将来、このワクチンが性感染症(STI)の蔓延を抑えるのに役立つことへの期待が高まっている。Statens Serum Institut(国立血清学研究所、デンマーク)のJes Dietrich氏らによるこの研究の詳細は、「The Lancet Infectious Diseases」に4月11日掲載された。 米疾病対策センター(CDC)によると、クラミジアは米国で最も一般的な細菌性STIであるが、現時点では、クラミジアに対して有効なワクチンは存在しない。全米性感染症科長連合会(National Coalition of STD Directors;NCSD)の事務局長であるDavid Harvey氏は、NBCニュースに対し、「米国でのSTIの感染率は、1950年代以来、おそらくはそれ以前から、非常に高い」と指摘し、「クラミジアワクチンは切実に必要とされている」と話す。 また、米ワイル・コーネル・メディスン人口健康科学教授であるJay Varma氏は、「クラミジアは、依然として女性の不妊症の最も一般的な原因の一つである」とNBCニュースに語っている。クラミジアを治療しないまま放置すると、骨盤内炎症性疾患が引き起こされ、妊娠しにくくなる可能性がある。さらにクラミジアは眼感染症を引き起こすこともあり、世界中で190万人の失明や視力障害の原因となっている。 今回報告された第1相試験では、健康な男性および妊娠していない女性65人(18〜45歳)を、異なる用量のクラミジアワクチン(CTH522)を2種類のリポソームアジュバント製剤(CAF01、CAF09b)のいずれかと組み合わせて筋肉内投与する5つの群(A〜E群)とプラセボのみを投与する群(F群)にランダムに割り付けた。CTH522の用量は、A〜C群およびE群で85μg、D群で15μgであり、アジュバントとしてA〜D群はCAF01、E群はCAF09bを用いた。これらの6群は、28日目と112日目に筋肉内、皮下、または点眼の投与方法で2回の追加接種を受け、さらに140日目には、免疫応答のリコールのためにワクチンまたはプラセボの点眼投与を受けた。 最終的に60人(平均年齢26.8歳、女性52%、白人71%)が試験を完了した。有害作用は865件報告されたが、重症度がグレード3(重症)だったのは7件(1%)のみで、それ以外は全て軽度から中等度であった。A〜E群では42日目までに全ての参加者で抗体陽転(セロコンバージョン)率が4倍以上に達したのに対し、F群ではセロコンバージョンは確認されなかった。CTH522に対する血清IgG抗体価は、CTH522を85μg投与した群の方が15μgを投与した群よりも高かったが、有意差は認められなかった。また、85μgのCTH522-CAF01を3回投与した群と85μgのCTH522-CAF09bを3回投与した群との間にも、抗体価に有意な差は認められなかった。 以上のような有望な結果が得られたものの、解決すべき疑問はまだ多く残されている。例えば、本研究には関与していない、米ワシントン大学医学部教授のHilary Reno氏はNBCニュースに対し、「このワクチンに、クラミジア感染を食い止める力はあるのだろうか。それとも、感染しても無症候性である可能性が高いということなのか」と疑問を呈した上で、「こうしたことが、次の段階の試験で検討されることになるだろう」と話している。 研究グループは、すでにワクチンの有効性を評価する大規模な第2相試験の開始を予定している。Dietrich氏は、「将来的には、このワクチンにより生殖器と目の両方の感染を予防できるようにしたいものだ」との希望を語っている。

2.

多くの死亡患者が電子カルテに生存者として記載

 死亡患者の5人に1人近くが電子カルテに生存者と記載されており、80%が死亡後にプライマリケアのアウトリーチを受けていることを示した研究レターが、「JAMA Internal Medicine」に12月4日掲載された。 米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のNeil S. Wenger氏らは、医療機関が死亡を認識していない患者の割合を調査した。1つの学術医療システムの41の診療所を対象に、継続的に受診していた18歳以上の重症プライマリケア患者(過去1年に2回以上受診していた患者)1万1,698人の電子カルテデータを解析した。 その結果、対象患者の25%が電子カルテで死亡と記録され、5.8%は州の死亡ファイルで死亡が確認されたが電子カルテでは生存と記録されていた。死亡が認識されていなかった676人の患者のうち80%は、死亡後に未受診または未予約であり、推定で221件の電話と338件のポータルメッセージを受け取っていた。さらに、これらの患者のうち221人は、予防ケアの満たされていないニーズ(例:インフルエンザ予防接種、がん検診)に関する920通の手紙を受け取り、166人の患者は226通のその他の郵便物を受け取り、158人の患者はワクチンやその他の臨床的ケアに関する184の指示が出され、88の薬剤について130のリフィルが許可された。 著者らは、「医療システムが責任あるケアを提供するためには、死亡に関する状況をより確実に認識する必要がある」と述べている。

3.

免疫不全患者のCOVID-19長期罹患がウイルス変異の温床に

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に1年半にわたって罹患していた免疫不全の男性患者が、ウイルスの新たな変異の温床となっていたとする研究結果が報告された。さらに悪いことに、確認された変異のいくつかは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に生じていた。これは、ウイルスが現行のワクチンを回避するために進化していることを意味する。アムステルダム大学医療センター(オランダ)のMagda Vergouwe氏らによるこの研究の詳細は、欧州臨床微生物・感染症学会議(ECCMID 2024、4月27〜30日、スペイン・バルセロナ)で発表された。 Vergouwe氏は、「この症例は、免疫不全患者が新型コロナウイルスに長期にわたって感染している場合の危険性を強調するものだ。なぜなら、そうした症例から新たな変異株が出現する可能性があるからだ」と話している。研究グループによると、例えばオミクロン株は、より初期の変異株に感染した免疫不全患者の中で変異を遂げて登場したものと考えられているという。 Vergouwe氏らが報告した症例は、新型コロナウイルスへの感染が原因で2022年2月にアムステルダム大学医療センターに入院した72歳の男性患者に関するもの。この男性患者は、骨髄から白血球が過剰に産生される骨髄異形成/骨髄増殖性腫瘍(MDS/MPN)オーバーラップ症候群に罹患しており、その治療として行われた同種造血幹細胞移植により免疫不全状態にあった。患者はその後、移植後リンパ増殖性疾患を発症し、リツキシマブによる治療を受けた。これにより、患者の体内には、通常であれば新型コロナウイルスと闘う抗体を産生するB細胞が消失していた。 この患者は、COVID-19に罹患する前に新型コロナワクチンを複数回、接種していた。しかし、入院時の検査で新型コロナウイルスに対するIgG抗体は検出されなかった。定期的なゲノムサーベイランスから、この患者はBA.1系統のオミクロン株(BA.1.17)に感染していることが分かり、ソトロビマブ、抗IL-6抗体であるサリルマブ、およびデキサメタゾンによる治療が行われた。しかしシーケンス解析からは、ソトロビマブ投与後21日目には、患者の体内の新型コロナウイルスは同薬に耐性を持つように変異していたことが判明した。また、治療から1カ月が経過しても、新型コロナウイルスに特異的なT細胞の活性化や抗スパイク抗体の産生がほとんど認められず、患者の免疫システムにはウイルスを排除する能力がないことが示唆された。最終的に、患者は613日にわたって新型コロナウイルスと闘い、その後、血液疾患により死亡した。 この男性の入院中(2022年2月〜2023年9月)に採取された27点の鼻咽頭ぬぐい液の全ゲノムシーケンスからは、現時点で世界的に広まっているBA.1系統と比べると、ACE-2受容体と結合するスパイクタンパク質の部位にL452M/KやY453Fの変異が生じるなど、ヌクレオチドに50以上の新たな変異が生じていることが明らかになった。さらに、スパイクタンパク質のN末端ドメインにはいくつかのアミノ酸の欠失が生じており、免疫回避の兆候が示唆された。 こうした調査結果を踏まえて研究グループは、「この症例では、COVID-19の罹病期間が長引いた結果、宿主の中でウイルスが広範に進化し、新規の免疫を回避する変異体が出現したものと思われる」と述べている。そして、このような症例は、「エスケープ変異株を地域社会に持ち込むリスクをはらんでおり、公衆衛生上の脅威となり得る」と付け加えている。ただし、この男性患者から他の人への新型コロナウイルス変異株の伝播は記録されていないという。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

4.

経口ワクチンが抗菌薬に代わる尿路感染症の治療法に?

 新たに開発された経口投与型のワクチンが、尿路感染症(UTI)を繰り返す「再発性UTI」の患者にとって抗菌薬に代わる治療法となる可能性のあることが、英ロイヤル・バークシャーNHS財団トラストの泌尿器科専門医であるBob Yang氏らの研究で示唆された。同氏らによると、スプレーを使って舌の下にワクチンを投与した再発性UTI患者の半数以上(54%)は、その後9年にわたってUTIを再発することがなく、また目立った副作用も認められなかったという。この研究結果は、欧州泌尿器科学会(EAU 2024、4月5~8日、フランス・パリ)で発表された。 UTIは最も一般的な細菌感染症で、女性の半数、男性の5人に1人が生涯に一度は経験するとされる。UTI症例の20~30%では、抗菌薬による治療を必要とするUTIが再発する。 Yang氏は、「ワクチン接種前は、全参加者が再発性UTIに苦しんでいた。また、多くの女性患者で再発性UTIは治療困難となり得る」とニュースリリースの中で述べている。そして、「この新たなUTIワクチンを初めて接種してから9年後の時点まで、参加者のほぼ半数は感染することはなかった」と説明。また、「全体として、このワクチンは長期にわたって安全であり、参加者はUTIの再発が減少したこと、再発した場合でも重症度が低く、多くは水をたくさん飲むだけで治ったと話していた」と振り返っている。 このMV140と呼ばれるワクチンは、4種類の細菌種を含んだパイナップル風味の懸濁液で、スペインの製薬会社であるImmunotek社によって開発された。ワクチンには、感染と闘う抗体の産生を促す細菌が含まれている。ワクチンは3カ月間、毎日舌の下に2回吹きかけて投与する。 今回の研究は、英国のロイヤルバークシャー病院でUTIの治療を受けた18歳以上の女性72人と男性17人を対象としたもの。これらの患者は、MV140の臨床試験への当初からの参加者で、ワクチン投与後1年間の追跡調査の結果は2017年に報告されていた。今回の報告は、その後の9年に及ぶ追跡調査の結果である。Yang氏らは、89人の医療記録データを分析するとともに聞き取り調査を実施した。 その結果、48人の参加者が、9年間の追跡期間中にUTIを再発しなかったことが明らかになった。再発が認められなかった期間は、女性で平均54.7カ月(4年半)、男性で平均44.3カ月(3年半)だった。なお、参加者の約40%は、1年後または2年後にMV140の再接種を受けたことを報告していた。 今回の研究には関与していない専門家であるアルタ・ウロ泌尿器医療センター(スイス)教授のGernot Bonkat氏は、「これらは有望な結果だ。再発性UTIによってもたらされる経済的な負担は大きく、また、抗菌薬の過剰使用は抗菌薬耐性感染症の要因にもなり得る」と研究結果に期待を寄せる。 Bonkat氏は、「今後は、より複雑なUTIについての研究や、異なる患者のグループを対象とした研究の実施が必要だ。そこから得られる研究成果を通じて、このワクチンの使用方法を最適化できる」と話す。また同氏は、「現実的な視点を持つ必要はあるが、このワクチンはUTI予防において画期的な手段となる可能性や、従来の治療法に代わる安全で有効な治療法となる可能性を秘めている」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

5.

コロナワクチンに不安のあるがん患者の相談相手は?

 外来で化学療法を受けるがん患者を対象に、新型コロナワクチンに関して不安を感じることの内容やその相談相手などが調査された。その結果、相談相手としてプライマリケア医が最も多いことが明らかとなった。研究グループは、薬剤師が介入できる可能性も示唆されたとしている。これは順天堂大学医学部附属順天堂医院薬剤部の畦地拓哉氏らによる研究であり、「Journal of Pharmaceutical Health Care and Sciences」に3月4日掲載された。 新型コロナワクチンは日本で2021年2月に承認され、がん患者において接種が推奨されている。しかし、がん患者のワクチン接種状況や副反応に焦点を当てた研究はほとんどない。患者はがん治療への影響も含めて多くの不安を抱えるため、医療職の関与が重要となる。 著者らは今回、順天堂大学医学部附属順天堂医院で外来化学療法を行い、2022年10月~2023年1月に薬剤師の服薬指導を受けたがん患者を対象としてオンライン横断調査を行った。無記名の質問紙を用いて、新型コロナワクチンの接種歴や副反応、ワクチン接種に関する不安の内容、相談相手や情報の入手源などを調べた。 調査の回答者は60人(男性16人、女性44人)であり、年齢層は40歳未満が3人、40~49歳が15人、50~59歳が21人、60~69歳が13人、70~79歳が8人。主ながんの種類は、乳がん(21人)、卵巣がん(9人)、肺がん(6人)、膵がん(5人)、子宮がん(5人)などだった。 不安の内容として、「がん治療がスケジュール通りにできないのではないか?」(29人)、「がんなので特別な副作用がでないか?」(24人)などの回答が多かった。一方、調査時点でワクチンを2回以上接種していた人の割合は96.7%(58人)であり、これは同時期の日本全体の接種率よりも高かった。副反応は注射部位の痛みが最も多く、全身症状は発熱と倦怠感が多かったが、がんの治療スケジュールに影響があった人はほとんどいなかった。 ワクチンについての相談相手・情報入手源としては、プライマリケア医(25人)、家族・親族(22人)、インターネット(15人)、テレビ・ラジオ(13人)、友人・知人(12人)の回答が多かった。その他、医療職に関する回答は、プライマリケア医以外の医師と看護師はどちらも4人、病院薬剤師は1人のみで、薬局薬剤師やケアマネジャーの回答はなかった。 さらに、各相談相手について、今後ワクチン接種に不安を感じたときにどの程度相談しやすいかが検討された。6段階の回答を点数化・平均し、医療職間で比較すると、最も相談しやすいのはプライマリケア医(3.55点)、次に看護師(3.20点)だったが、どちらも病院薬剤師(2.85点)との統計的な有意差はなかった。また、病院薬剤師とプライマリケア医以外の医師(2.50点)や薬局薬剤師(2.27点)との間にも有意差は認められなかった。 以上、病院薬剤師は相談相手としての回答自体は少なかったが、プライマリケア医、看護師の次に相談しやすいとされたことについて著者らは、「外来化学療法時の服薬指導や有害事象のモニタリングを通じて築かれた信頼関係による可能性がある」と説明。また、がん患者の多くはプライマリケア医に相談した場合にも、ワクチンに対して不安を抱いていることが示されたという。患者はワクチン接種後の発熱や治療薬との相互作用などを不安に感じるが、「一般集団との間で副反応に有意差がないことを経験として伝えることも不安を和らげる上で有益」とし、薬剤師が介入できる可能性を示す結果だったと総括している。

6.

第210回 GLP-1製剤の品薄状態、危惧する人と安堵する人

以前、こちらで取り上げたGLP-1受容体作動薬(以下、GLP-1製剤)のダイエット目的の濫用とそれが原因の1つであると思われる供給不安問題。品薄はダイエット目的で使いやすいであろう週1回製剤のセマグルチド(商品名:オゼンピックなど)、デュラグルチド(商品名:トリルシティ)、チルゼパチド(商品名:マンジャロ)に集中していたが、今年1月15日にセマグルチド、4月22日にデュラグルチドが限定出荷から通常出荷に切り替わり、残すはチルゼパチドのみが品薄状態となっている。そして2023年のメガファーマ各社の決算内容が明らかになっているが、この3製剤の中で最も売上高が高いセマグルチドの2型糖尿病に適応をもつ注射薬「オゼンピック」の2023年売上高は138億ドル(日本円換算で2兆1,126億円、ノボ ノルディスク社の決算はデンマーク・クローネでの発表のため、ドル・円の売上高は現行レートで換算)となった。ちなみに同じセマグルチドを成分とし、同じく2型糖尿病の適応をもつ経口薬「リベルサス」は27億ドル(同4,204億円)、肥満症の適応をもつ注射薬「ウゴービ」は45億ドル(同7,025億円)。セマグルチド成分括りにした2023年総売上高は210億ドル(同3兆2,355億円)である。2023年の医療用医薬品の製品別売上高は、世界第1位が免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)の250億ドル(同3兆8,911億円)、世界第2位が新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチン「コミナティ」の153億ドル(同2兆3,814億円)で、オゼンピックが世界第4位。だが、セマグルチド括りでの売上高は世界第2位となる。日本の製薬企業で考えると、国内第2位のアステラス製薬と第3位の第一三共の2024年3月期決算で発表された売上高の合算を1成分の売上高で超えてしまっているのだ。なんとも驚くべきことである。オゼンピックは2017年末のアメリカでの発売から1年強で、全世界売上高10億ドル以上のブロックバスター入りを果たし、過去4年ほどで全世界売上高は9倍以上に急伸長している。糖尿病治療薬は患者数の多さゆえにブロックバスター入りしやすいが、オゼンピックは糖尿病治療薬としては、ほぼ史上最高売上高を記録している。糖尿病治療薬の売上高を更新、“注射製剤”のなぜこの背景には、これまでブロックバスター入りした糖尿病治療薬がほぼ経口薬であり、それと比べて注射薬のオゼンピックは薬価が高いという事情はあるだろう。しかし、それだけではないはずだ。余計な一言を言えば、オゼンピックの売上高が2型糖尿病患者への処方のみで形成されていると思うウブな関係者はいないだろう。たぶんここには世界的に見ても、ダイエット・美容目的の適応外処方による売り上げが含まれていると考えられる。さて、供給不安はかなり解消されたとは言え、現場ではまださまざまな不都合が生じている模様だ。たとえば薬局薬剤師に話を聞くと、実際の週1回GLP-1製剤の処方箋は1ヵ月分、すなわち製剤としては注射キット4本の処方が多いという。しかし、市中の保険薬局では今でも入庫がスムーズではなく、処方箋受け取り時には2本のみを患者に渡し、残り2本は後日に再来局をお願いするか、配送するケースも目立つという。この背景には通常出荷になっても供給が綱渡りということもあれば、自由診療クリニックへの横流しを警戒して必要量を医薬品卸が適宜配送しているという事情もあるらしい。このようなケースで薬局側が患者宅に配送をする際は、人が直接届けるかクール便を使うという。ある薬剤師は「(薬局への)納入価に配送の人件費やクール便費用を上乗せしたら赤字になる」とため息をついていた。この現状は患者にとっても薬局にとっても迷惑千万な話だろう。この状況の解消まで考えると、完全な通常流通まではまだ時間がかかりそうだ。しかし、あまのじゃくな私は、危惧すべきは完全な通常流通が実現した後ではないか? と考えてしまう。少なくとも現状はGLP-1製剤を必要とする2型糖尿病や肥満症の患者に薬が届かないという最悪の状況は避けられている。ただ、前述のように受け取りに多少の手間暇がかかっている。その一方で、いわば「メディカルダイエット」と称したダイエット・美容目的の自由診療でのGLP-1製剤の適応外処方が極端に廃れたなどという話は、少なくとも私個人はまったく耳にしていない。ネット広告では今でもこの手の広告がじゃんじゃん表示される。余談になるが、どうやら年齢・性別の属性では中高年男性もGLP-1製剤のターゲットにされているらしく、最近は私に対してもこの種の広告と薄毛治療の広告が頻繁に表示される。そして、ご存じのように自由診療での適応外処方を法令で取り締まることはできない。つまるところGLP-1製剤で完全な通常流通が実現するということは、本当に必要な患者が困らないだけではなく、適応外処方の自由診療も栄えるということだ。通常流通を危惧する理由こんなことを考えてしまったのは、先日ある開業医と話をしていて、ため息が出るような事例を聞いてしまったからだ。この医師は都内の繁華街近くで内科クリニックを開業している。そのクリニックに昨春、強い吐き気で路上にうずくまっていたという若い女性が通行人に付き添われて来院したという。「場所柄もあり『昨夜、かなり飲みましたか?』と尋ねても本人は元々飲めないと答えるし、昼時だったので食中毒を疑って直近の食事状況を聞いたら、朝からお茶を飲んだのみで、とくに何かを食べたわけでもないと言うんですよ。そこでピンと来ました」結局、問診の結果、オンラインの自由診療でGLP-1製剤の処方を受けていたことがわかった。医師は女性にGLP-1製剤では悪心・嘔吐の副作用頻度が高いことなどを伝え、中止を促すとともに、最低限の対症療法の処方箋を発行。女性は「こんなに副作用がひどいとは思わなかった。すぐに止めます」と応じたという。ちなみに問診時に身長、体重を尋ねたところBMIは18にも満たなかったとのこと。その後、女性は来院していないため、本当に彼女がGLP-1製剤を止めたかどうかは定かではない。この医師は私に「自由診療の副作用で苦しんでいる患者でも助けなければならないとは考える。でもね、それを保険診療で対応しなければならないのはねえ…」とぼやいた。至極真っ当な指摘である。この話を聞いて私が反応してしまったのは、「朝から何も食べていない」という話だった。痩身願望のある人が我流の食事制限などを行っていることは少なくない。GLP-1製剤は、その性格上、低血糖になりにくいことがウリの一つである。しかし、それはごく普通の食生活を送っていることが前提で、その場合でもほかの血糖降下薬を併用している場合には低血糖は発生している。ということは、今後、自由診療が野放しのまま完全流通が実現すれば、この医師が経験した副作用の悪心・嘔吐レベルだけではなく、重大な低血糖発作の報告事例が増加してしまうのではないだろうか?そしてオンライン診療でかなりの適応外処方が行われている実態を考えれば、車社会である地方都市在住者でも適応外で使われることが増えるだろう。運転の最中に低血糖発作が起きたらどうなるのだろうと考えてしまった。これは私の妄想だろうか? それとも考え過ぎだろうか?

7.

2024年の医師のコロナワクチン、接種する/しないの二極化進む/医師1,000人アンケート

 新型コロナワクチンの全額公費による接種は2024年3月31日で終了した。令和6年度(2024年度)は、秋冬期に自治体による定期接種が開始される。定期接種の対象となるのは65歳以上、および60~64歳で心臓、腎臓または呼吸器の機能に障害があり、身の回りの生活が極度に制限される人、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)による免疫の機能に障害があり、日常生活がほとんど不可能な人で、対象者の自己負担額は最大で7,000円となっている。なお、定期接種の対象者以外の希望者は、任意接種として全額自費で接種することとなり、2024年3月15日時点の厚生労働省の資料によると、接種費用はワクチン代1万1,600円程度と手技料3,740円で合計1万5,300円程度の見込みとなっている1)。この状況を踏まえ、医師のこれまでのコロナワクチン接種状況と、今後の接種意向を把握するため、主に内科系の会員医師1,011人を対象に『2024年度 医師のコロナワクチン接種に関するアンケート』を4月1日に実施した。 Q1では、コロナの診療に現在携わっているかについて聞いた。「診療している」が79%、「診療していない」が21%だった。年代別で「診療している」と答えた割合は、40代(86%)、60代(83%)、30代(81%)の順に多かった。診療科別では、血液内科(94%)、呼吸器内科(94%)、救急科(92%)、総合診療科(90%)、腎臓内科(88%)、神経内科(88%)、内科(85%)、小児科(83%)、消化器内科(81%)、糖尿病・代謝・内分泌内科(80%)、臨床研修医(80%)の順に多かった。年齢が低い医師ほど、コロナに感染した割合が高い Q2では、これまでの新型コロナの感染歴を聞いた。感染したことがある医師は全体の45%、感染したことがない/感染したかわからない医師は55%であった。感染したことがある医師は年齢が低いほど、感染した割合が高く、20代は60%、30代は55%、40代は51%、50代は44%、60代は35%、70代以上は24%だった。臨床数別では、病床数が多いほうが感染した医師の割合が高く、20床以上で感染したのは49%、0~19床では34%だった。また、コロナ診療状況別では、コロナを診療している医師では47%、診療していない医師では37%に感染歴があった。昨年は20~40代の接種率が50%弱 Q3では、2023年秋冬接種でのXBB.1.5対応ワクチンの接種状況を聞いた。全体では「接種した」が58%、「接種していない」が42%だった。年代別で「接種した」と答えた割合は、多い順に70代以上(77%)、60代(72%)、50代(61%)、20代(50%)となり、30代(45%)と40代(48%)は50%未満であった。コロナ診療状況別の接種率は、診療している医師は62%、診療していない医師は46%であった。前年の傾向を引き継ぎ、接種する人と接種しない人の二極化進む Q4では、2024年度にコロナワクチンを接種する予定かどうかを聞いた。全体では「接種する予定」が33%、「接種する予定はない」が41%、「わからない」が26%となった。年代別では、「接種する予定」と答えた割合が過半数となったのは70代以上(56%)のみで、ほかは多い順に60代(44%)、50代(31%)、40代(28%)、20代(28%)、30代(23%)であった。30代では「接種する予定はない」が54%となり過半数を占めた。2023年コロナワクチン接種状況別で、2023年に接種した人では「2024年度に接種する予定」が53%、「2024年度に接種する予定はない」が16%となった。対して、2023年に接種していない人では、「接種する予定」が6%、「接種する予定はない」が74%となり、今回のアンケートで最も顕著な差が認められ、医師のなかでもコロナワクチンを接種する人と接種しない人の二極化が進んでいることがわかった。 Q5では、自身が受ける2024年度のコロナワクチンの費用は、病院負担か自己負担のどちらになるか、これまでのインフルワクチンなどの対応を踏まえ推測を交えて聞いた。「おそらく全額病院負担」が22%、「おそらく一部自己負担」が22%、「おそらく全額自己負担」が23%、「わからない」が33%となり、全体的に均等な割合となった。2024年度にワクチンを接種する予定の人のうち「全額病院負担」35%、「一部自己負担」29%、「全額自己負担」16%だったのに対し、接種する予定はない人は「全額病院負担」12%、「一部自己負担」20%、「全額自己負担」30%であった。ワクチンの必要性や高額な治療薬について、患者にどう説明するか Q6の自由回答のコメントでは、新型コロナに関して現在困っていることや知りたい情報を聞いた。主な回答は以下のとおり。ワクチンについて・ワクチンで感染予防が成り立たないのは明白。ただし重症予防は十分成り立っていたと思うので、高齢者と持病多い人は無料で受けられるようにしてほしい(40代、循環器内科)・接種の必要性をよく質問されるが、正直な所、自分も勧めてよいのか迷っている(40代、小児科)・今後新たに使用可能となるワクチンの種類とその効果など(60代、内科)・公費負担が終了すると被接種者は減少すると思われるが、今後の流行予測は?(70代以上、内科)・医療従事者のワクチン接種費用について(50代、内科)治療薬について・抗ウイルス薬の値段が高い事の説明をどうするか(60代、内科)・コロナ治療薬の処方が減り、対症療法が増えると思う(70代以上、内科)・抗ウイルス薬の適応と思われる患者さんが、高額のため投薬拒否された時のことを考えると頭が痛い(50代、消化器内科)流行状況、院内対策などについて・現在の感染状況の情報発信が少なくなり、新型コロナ感染症に対する世間の認識が乏しくなり、感染増加を招いていること(40代、呼吸器内科)・感染対策の立場として、職場での接種をどうするか悩んでいる(40代、感染症内科)・発熱外来の体制に悩んでいる(30代、呼吸器内科)・後遺症に関する診断(40代、呼吸器内科)アンケート結果の詳細は以下のページで公開中。2024年度 医師のコロナワクチン接種に関するアンケート

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第192回 マイナンバーカードはデータヘルス改革のキープレーヤー

社会保障制度改革にマイナンバーカードは必須新型コロナウイルス感染症が落ち着き、いよいよ団塊の世代のすべてが後期高齢者になる2025年がみえてきました。多くの医療機関にとって、今年の診療報酬改定は賃上げを求められるとともに、厚生労働省が打ち出したさまざまな政策により大きく影響を受けることになります。この中で1番注目すべきは、マイナ保険証の利用促進です。日本健康会議が4月25日に開いた、医療DX推進フォーラム「使ってイイナ!マイナ保険証」には武見 敬三厚労大臣、河野 太郎デジタル大臣、斉藤 健経済産業大臣が参加し、マイナ保険証利用促進集中取組月間のキャンペーンのキックオフを行いました。政府だけでなく、保険者団体、医療界、経済界も一丸となって国民にマイナンバーカード(マイナカード)の普及によって医療DXに取り組む宣言を行っています。マイナカードについては、当初からマイナンバーと健康保険証の紐付けミスが発生したことで批判も多く、国民の半数以上が所有しながらも、4割程度しか常時所持していないことが明らかになるなど、政府の取り組みについて実効性を疑問視する声も挙げられている一方、そのメリットは計り知れないことが国民にはまだ理解されていません。〔マイナンバー保険証によるメリット〕オンライン資格確認医療機関で保険証として直接利用でき、受診時の手続きが迅速化できるセキュリティの向上個人情報の保護が強化され、情報の漏洩リスクを低減できるデータ連携の効率化医療・介護情報がデジタル化され、異なる医療機関間での情報共有がスムーズに行えるこれらの実現によって、医療の質を高め効率的な医療介護連携が促進されることは間違いなく、患者さんが急病になって、意識がなくても救急車内で持病や内服などの情報も確認できるなど、救急医療現場でも利便性や信頼が高まっていくと考えられます。持続性可能な社会保障制度を求めた動きを強化わが国は、少子高齢化が急速に進展するため、2050年には高齢化率が36%に達する見込みであり、国民1人ひとりの健康寿命延伸が望まれる一方、医療・介護費の負担増大も見込まれています。毎年のように報道される過去最高を記録し続ける社会保障費の増大に対して、政府も伸び率の抑制を試みてはいるものの、医療アクセスを維持しながらの医療費抑制は困難です。さらに健康保険組合の財政も厳しく、「健保組合の9割が赤字見通し」「全体の赤字幅、過去2番目6,578億円」といったように社会保障制度の根幹である国民皆保険制度の維持にもかかわっています。このため、政府は後発品への置き換えによる薬剤費の抑制などを行ったものの、1人当たりの医療費や介護費が多く必要となる後期高齢者が増加し、そのスピードに追い付けていません。これに対して、厚労省は2017年1月からデータヘルス改革推進本部を設立し、レセプト(医療情報)、健診結果などのデータ分析に基づいて、PDCAサイクルで効果的、効率的に保健事業へ取り組む「データヘルス改革」に着手をしようとしていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大によって実際に動き出せたのが遅れたというのが真相です。データヘルス改革によって、データに基づく質の高い医療を実現させるとしていますが、患者個人の医療情報が、複数の医療機関にまたがって患者の健康情報や治療歴が保管され、医薬品の副作用やワクチンの接種歴などがアナログで参照できない状態では、効率性もさることながら、医療の質が高まらない上に医療安全でも好ましくない状態となっています。「厚生労働省が進めるデータヘルス改革」の今後のデータヘルス改革の進め方によるとゲノム医療・AI活用の推進自身のデータを日常生活改善などにつなげるPHRの推進医療・介護現場の情報利活用の推進データベースの効果的な利活用の推進とあり、この頃からAIの活用も盛り込みながら、医療・介護情報の利活用推進を行っていくことが明らかになっています。具体的には保健医療・介護分野の公的データベースに連結、解析することで、医薬品の安全性のさらなる向上、治療の質の向上や新たなサービスなどの開発など、保健医療介護分野におけるイノベーションを創出地域包括ケアの実現などに向けた保健医療介護分野の効果的な施策の推進などのメリットが得られるとしています。厚労省医政局は、健康・医療・介護情報利活用検討会医療等情報利活用ワーキンググループをこれまでに21回開催し、医療・介護情報の利活用についてAction Planをまとめ、実施に向けた準備を取り組んでいます。この中で、来年の4月から本格化する「電子カルテ情報共有サービス」については電子カルテ情報共有サービスの運用開始までのロードマップ(「電子カルテ情報共有サービスにおける運用について」30ページ目)によれば、令和7年度中に稼働が本格的に始まることになります。さらに、政府は介護保険証のマイナカードとの一体運用を2024年度中にデータ基盤が整った自治体から開始し、2026年度に全国規模で運用を目指すことを決定しており、介護保険の介護認定の申請や通知にも利用されるほか、ケアプランの作成や提出だけでなく、主治医意見書などもマイナ保険証を介する可能性があり、医療だけでなく介護現場にもマイナ保険証がますます活用されることになると予想されます。医療・介護情報の連結に必要なのは、実はマイナカードです。来年度には、電子カルテ情報共有サービスが本格的に稼働するなどさらに進むことになります。紙の保険証が、今年12月から発行停止になることで、国民に広がっていく不安を解消するために、医療機関や行政機関はさらに力を入れていく必要があります。医療DXで進む「効率化」と「医療費適正化」医療費適正化については、あまり広くは知られていませんが、厚労省は令和6年度から6年間の第四期医療費適正化計画(2024~2029年度)を開始しています。政府は第4期の計画策定にあたり、2023年7月20日に「医療費適正化に関する施策についての基本的な方針」を定めています。この中には特定健診などの実施率向上実施率目標につき特定健診を70%、特定保健指導を45%後発医薬品の使用促進後発医薬品の数量シェアを80%以上(2023年度末までに全都道府県で)生活習慣病(糖尿病)などの重症化予防重複・多剤投薬の是正のように従来から取り組んできた項目のほか、新たに抗菌薬の適正使用、リフィル処方箋など今年の診療報酬改定につながるような項目が加わっています。政府は、各都道府県に対して医療費適正化計画の策定を求め、PDCAサイクルで医療費の適正化に取り組むように求めていきます。これまでと異なるのは医療・介護データを連結することで解析を行い、目標に近付けるために、各都道府県がよりデータに基づいて、保険者と連携して、医療機関だけでなく国民に働きかけることが増えると思われます。多くの医療機関は、保険償還の範囲の中であれば自由に検査や治療が行っていますが、今後は医薬品の適正使用、医療資源の効果的・効率的な活用のために地域ごとに高額な医療機器の共有なども進められていくほか、新たな地域医療構想に基づいた病床機能の分化・連携の推進が進んでいくように働きかけも強くなっていくと考えられます。今回の診療報酬改定や介護報酬改定では、医療機関や介護サービス事業者に対して補助金を支給するなどマイナカードの普及への協力を求めており、今後のオンライン資格確認や電子処方箋など将来的にも重要な役割を果たすマイナカードに対して、患者さんへの利用の呼びかけなど積極的な協力が求められます。参考1)健康・医療・介護情報利活用検討会 医療等情報利活用ワーキンググループ(厚労省)2)第四期医療費適正化計画(2024~2029年度)について(同)3)医療費適正化に関する施策についての基本的な方針(同)4)第四期東京都医療費適正化計画(東京都)5)介護保険証もマイナカード一体化検討 24年度にも運用(日経新聞)6)健保組合の9割が赤字見通し 全体の赤字幅、過去最大6578億円に(朝日新聞)

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第209回 衆院補選、各党・各候補が掲げた医療政策を比較

先週末、全国3選挙区で同時に衆議院の補欠選挙(以下、補選)の投票が行われ、立憲民主党(以下、立憲)が3選挙区すべてで勝利したことがニュースを賑わしている。今回の補選は、東京15区と長崎3区が与党・自由民主党(以下、自民党)議員の不祥事による辞任、残る島根1区は自民党現職の死去に伴うものだ。このうち前者2選挙区は、自民党は候補を立てられずに不戦敗。唯一候補を立てた島根1区は与野党一騎打ちとなり、立憲が自民党に大差で勝利した。以前、政治記者として名高い毎日新聞社特別編集委員の故・岸井 成格氏は「自民党はどんなに凋落しても、北関東、北陸、中国、四国、南九州のローカル政党として生き残る」と評していたが、その一角を占める中国地方、中でも1994年の公職選挙法改正による小選挙区制導入以降、衆議院選で当選候補が自民党のみの牙城中の牙城である島根県で自民党が立憲に敗れたことは、自民党関係者にとって相当な衝撃だったに違いない。昨年末に明らかになった自民党の裏金問題はそれほどのインパクトがあったのだ。これで岸田 文雄首相が解散・総選挙に打って出る可能性は当面なくなったと言ってよい。9月には自民党総裁選が控えているが、今のところ岸田降ろしの動きはまったく見当たらない。それもこれも裏金問題で、かつて最大派閥だった安倍派内の次期総裁候補と目された面々が少なからず傷を負ったことが原因と言えるだろう。皮肉にも現状は低空飛行の岸田首相の独走状態で、9月の総裁選以降の続投すらささやかれている。となると、年内は大規模な国政選挙が行われることはないかもしれない。これまで本連載では国政選挙のたびに各党の政策比較などを行ってきたが、この状況を踏まえ、この補選を例に各候補・各党が掲げた医療・社会保障政策を概観してみたいと思う。もっとも3選挙区すべての話をすると、かなり話が多岐に渡るので、候補数最多だった東京15区の政党候補(推薦も含む)で、供託金没収ライン越え(得票率が有効投票数の10%以上)の候補を軸に見てみたい。ちなみに敢えて「各候補・各党」と記述したのは、政党候補は所属政党の政策を基本にしながらも各候補が独自の政策を唱えることもあるからである。各政策については、候補者個人に対する私自身の好き嫌いは可能な限り排除したうえで、時に独断と偏見の評価も加わることはあらかじめお断りしておきたい。なお取り上げる順番は確定得票数順とする。政策が具体的な当選の酒井氏、自身の経験に基づくまず、議席を獲得した立憲である。当選した酒井 菜摘氏は元江東区議。看護師・助産師としての勤務経験を持ち、手術・化学療法経験のある子宮頸がんサバイバー、かつ不妊治療経験者という略歴である。酒井氏のホームページ(HP)に記述されている医療関連政策は、▽健康診断・がん検診の受診率向上&質の向上▽ユースヘルスケアの向上(学校医制度の拡充やユースクリニックへの支援)▽医療型レスパイト施設の増設▽介護保険が使えず制度の狭間にいる若年がん患者へ終末期の在宅療養費助成の創設、の4点。前者2つについては立憲が党としての基本政策の「予防医療」の項目にある健診関連政策とかなり相似している。もっとも酒井氏自身が前述のように看護師・助産師の資格を有し、がんサバイバーであることもこれら政策を掲げる背景にあるだろうと想像できる。4つ目の若年がん患者の終末期在宅療養費助成もがんサバイバーらしい政策と言える。介護保険の場合、40歳以上65歳未満のいわゆる第2号被保険者の場合、がんを含む16種類の特定疾病を抱えている人は介護保険サービスを利用できるが、40歳以下では利用できないという制度の穴がある。しかも、おおむね若年者は相対的に経済弱者。その意味では弱者視点に立った政策としては一考に値する。一方、医療型レスパイト施設の増設は、政策として的外れではないが、レスパイトケアの一般認知度が高くない現状を考えれば、有権者への訴求力には欠けると言わざるを得ない。出馬したそのほかの議員が掲げた医療政策得票数2番手は元立憲の参議院議員の須藤 元気氏だが、前述した基準からここでは触れない。得票数3番手は日本維新の会(以下、維新)の金澤 結衣氏だが、同氏のHPでは、「社会保険料の負担軽減」を掲げている。とはいえ、HP上ではどのようにそれを実現するのかはまったく記述がない。数少ないヒントは金澤氏が「現役世代の負担軽減」を謳っていること。そうなると、これは維新が昨今掲げている「医療維新」と名付けた政策に行き着く。同政策の主な細目は、高齢者医療制度の原則3割負担化、70歳以上での高額療養費制度の負担上限額引き上げ、これらを補完するための新たな低所得者等医療費還付制度の創設など。端的に言えば、医療・介護のサービス提供者からも根強い抵抗がある高齢者の負担増により一定の財源を確保するとともに、高齢者の過度な受診を抑制し、全体として医療費増大と現役世代を中心とする社会保険料の増額抑制を意図した政策である。この提言自体は世論からは一定の賛同を得られるであろうし、いつどのように手を付けるかの差異はあるにせよ、関係各方面が将来的には避けて通れぬテーマと思っているだろう。とはいえ、先ごろのトリプル改定では介護保険での自己負担2割対象者の拡大ですら、サービス提供側の抵抗と与党自民党・公明党のポピュリズム的な姿勢により、棚上げにされた。さらに言えば、野党第1党の立憲も国民の負担増を伴う政策には一律反対の姿勢を取りがちである。こうした“四面楚歌”的な政策を実現するにはかなりの交渉力と時間を要する。この交渉力の核となるスキルの1つが「モノは言いよう」である。しかし、当の維新は今回の選挙で代表の馬場 伸幸氏が自民党の裏金問題を批判する傍ら、「立憲民主党を叩き潰す」「日本共産党は日本にいらない」と公言してしまうありさま。もちろん馬場氏や維新がいかなる考えを持とうと自由であり、野党がほかの野党を批判することも一向にかまわないが、少なくとも国政の場で求められる「モノは言いよう」のスキルは現時点では期待できない。得票数4番手は、昨年、作家の百田 尚樹氏が結党し、今回、国政初挑戦となった日本保守党の候補でイスラム思想研究者の飯山 陽氏である。ただ、同氏の場合、選挙用独自のHPが4月30日時点では存在しておらず、選挙公報にも医療・社会保障に関連する政策は記述されていない。党のHPに箇条書きされた政策で該当するのは、▽健康保険法改正(外国人の健康保険を別立てにする)▽出産育児一時金の引き上げ(国籍条項をつける)、くらいだ。徹底した日本・日本人第一主義とも言うべき理念を掲げている同党ならではと言えるかもしれないが、同党の支持層のボリュームゾーンが50~60代1)であることを考えると、より大枠の社会保障政策が欲しいものである。ここで紹介する最後の得票数5番手が著書「五体不満足」がベストセラーになって以後、メディアなどに多数登場している乙武 洋匡氏である。乙武氏は今回、国民民主党、都民ファーストの会、同会の国政バージョンのファーストの会が推薦を出している。乙武氏のHPを見ると、▽持続可能な年金・医療・介護制度の確立▽予防医療で健康寿命を伸ばし、「アクティブ長寿」を実現▽認知症患者のケアと社会参加を支援▽AIなど先端技術を活用した医療従事者の働き方改革を推進▽看護職・介護職の福利厚生・インセンティブを充実、さらなる待遇を改善▽不妊治療やAMH検査、卵子凍結に対する公費負担の創設・拡大▽子宮頸がんの撲滅に向けた検診啓発▽HPVワクチン接種の男性接種も公費助成▽感染症にも強い医療提供体制の確保、が挙げられている。乙武氏の出馬時の経緯を見る限り、都民ファーストの会・ファーストの会の影響が色濃いが、列挙された政策の中で両会の掲げる政策と類似性・相似性があるのは健康寿命延伸と看護職・介護職の福利厚生関係、感染症に関する医療体制ぐらいである。HPVワクチンの男子への接種推進は、都民ファーストの会の創設者で現在は特別顧問の小池 百合子氏が知事を務める東京都が検討し始めていることではあるが、両会の政策としては掲げられてはいない。対して国民民主党の政策とは類似性・相似性はほとんどないと言っても良い。その意味ではこれまで報じられているような自ら出馬に意欲を示した乙武氏に各党が乗っかった経緯も納得である。そのうえで概観すると、女性に向けた政策が多いことも目に付く。この辺は一部で報じられた自民党が推薦で相乗りしようとしたものの、公明党が過去の乙武氏の女性問題で難色を示したことなども意識したのかもしれないと、やや邪推してしまう。ただ、子宮頸がんの撲滅とそれに連動する男性も含めたHPVワクチン接種推進は、欧米先進国などでの方針とも一致するもので一定の評価はできるだろう。もっともこのようにしてみると、実は各党の政策の細部は一般の人がざっくりとらえているよりもかなり開きがあると言える。現在、低空飛行の岸田首相が政権運営を進めていく中では、時に野党の一部にすり寄る場面も十分に想定できる。そうした状況に機敏に反応してこれら政策をどのくらい丁々発止で与党案に刷り込めるかが、国民が野党各党を評価するメルクマールになると言えるかもしれない。参考1)第240回 選挙ドットコムちゃんねる

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世界中でがんによる死亡者数は増加傾向

 世界的な高齢化が拍車をかけ、がんの患者数は増加の一途をたどり、2050年までに3500万人に達するだろうとの予測が、米国がん協会(ACS)が「CA: A Cancer Journal for Clinicians」に4月4日発表した「Global Cancer Statistics 2022」の中で示された。この報告書によると、2022年には世界で推定2000万人が新たにがんの診断を受け、970万人ががんにより死亡したという。報告書の共著者である、ACSがんサーベイランス上級主任科学者であるHyuna Sung氏は、「2050年までに予測されるこのがん患者数の増加は、現在の罹患率が変わらないと仮定した場合、人口の高齢化と増加のみに起因するものだ」と説明している。 Sung氏は、「不健康なライフスタイルの選択もまた、新たながん患者の発生に関与し続けるだろう。注目すべきは、不健康な食事、運動不足、多量のアルコール摂取、喫煙などのがんの主要なリスク因子を有する人が世界中で増加していることだ。大規模な介入を施さない限り、将来のがんによる負担を増大させる可能性が高い」とACSのニュースリリースの中で述べている。 2022年において世界中で最も診断数が多かったがんは肺がんの約250万人(全がん症例の12.4%)であり、次いで、女性での乳がん(11.6%)、大腸がん(9.6%)、前立腺がん(7.3%)、胃がん(4.9%)の順だった。肺がんは、がんによる死亡の原因としても最も多く、2022年には180万人(がんによる死亡者の18.7%)が肺がんにより死亡していた。肺がんの次には、大腸がん(9.3%)、肝臓がん(7.8%)、女性での乳がん(6.9%)、胃がん(6.8%)による死亡者が多かった。新規罹患者数と死亡者数が最も多かったがんは、男性では肺がん、女性では乳がんだった。 女性では、2022年には毎日約1,800人が子宮頸がんに罹患し、約1,000人が同がんにより死亡していた。研究グループは、子宮頸がんは予防可能ながんであり、事実上、全ての子宮頸がんはHPV(ヒトパピローマウイルス)によって引き起こされているにもかかわらず、世界でのHPVワクチンの接種率はわずか15%だと指摘している。接種率には中央・南アジアでの1%からオーストラリア・ニュージーランドでの86%までの幅がある。同様に、世界での子宮頸がんの検診受診率も36%と低い。子宮頸がんは、サハラ以南のアフリカとラテンアメリカの37カ国の女性のがんによる死因の第1位であり、エスワティニ、ザンビア、マラウイ、ジンバブエ、タンザニアでの罹患率(10万人当たり65〜96人)は米国の罹患率(10万人当たり6人)の10倍から16倍であるという。 さらに報告書では、低所得国においては早期発見・早期治療サービスが不十分なため、がんの罹患者数が少ないにもかかわらず、がんによる死亡率は高いことが指摘されている。例えば、エチオピアでは、乳がんの罹患率は米国と比べて60%も低い(10万人当たり40人対60人)一方で、乳がんによる死亡率は米国の2倍(10万人当たり24人対12人)である。 報告書の上席著者で、ACSのサーベイランスと健康の公平性に関する科学分野でバイスプレジデントを務めるAhmedin Jemal氏は、「世界のがんによる死亡の半分以上は予防可能だ。がん予防は最も費用対効果が高く、持続可能ながん対策である。例えば、禁煙だけで、がんによる死亡者の4人に1人、つまり年間約260万人の死亡を防ぐことができる」と話している。 一方、ACSの最高経営責任者(CEO)であるKaren Knudsen氏は、「世界のがん負担を理解することは、全ての人ががんを予防し、がんが発見され、がん治療を受け、生存する機会を確保するために極めて重要である」と述べている。

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小さな子どもとの接触は高齢者の肺炎リスクを高める?

 指がベタベタしていたり、鼻水が出ていたりといった小さな子どもにありがちな様子はかわいらしい。しかし、60歳以上の人にとって、未就学児との接触は、危険な肺炎を引き起こす可能性のある細菌である肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae、以下、肺炎球菌)の主要な感染経路となり得る可能性のあることが、新たな研究で明らかになった。米イェール大学公衆衛生大学院のAnne Wyllie氏らによるこの研究結果は、欧州臨床微生物・感染症学会議(ECCMID 2024、4月27〜30日、スペイン・バルセロナ)で発表予定。 肺炎球菌は耳や副鼻腔の感染症のほか、肺炎や敗血症、髄膜炎などのより重篤な感染症の主要な原因菌である。米疾病対策センター(CDC)によると、米国では毎年、肺炎球菌感染症により15万件の入院が発生しており、その多くは高齢者である。肺炎球菌は、子ども(特に5歳未満)における肺炎の主要な原因菌であり、また、成人の市中肺炎の10〜30%の原因菌でもある。さらにCDCは、肺炎球菌が定着した無症候性のキャリアーの割合は、成人では5〜10%であるのに対し、学齢期の子どもでは20〜60%に上ると推定している。 Wyllie氏らは、秋から冬にかけての肺炎球菌の流行期(2020/2021シーズンと2021/2022シーズン)に、若年者の同居者がいない93世帯から60歳以上の成人183人(平均年齢70歳、女性51%、白人85%)を試験に登録し、世帯内での肺炎球菌の伝播について検討した。対象者は、2週間ごとに6回にわたって唾液検体を提出し、社会的な行動や健康に関する質問票に回答していた。 1,088点の唾液検体を定量PCR検査で分析したところ、52点(4.8%)の検体で肺炎球菌の存在が確認され、183人中28人(15%)の対象者は、いずれかの時点で肺炎球菌を保有していたことが明らかになった。肺炎球菌保有の点有病率は、子どもと接触していない高齢者(1.6%)と比べて、子どもと毎日/数日おきに接触していた高齢者(10%)では6倍も高かった。また、唾液検体採取前2週間以内に子どもと接触したことを報告した対象者での肺炎球菌保有の点有病率は、5歳未満の子どもと接触した人(14.8%)と5〜9歳の子どもと接触した人(14.1%)で特に高く、10歳以上の子どもと接触した人では8.3%だった。 Wyllie氏は、「われわれの研究では、世帯によっては、複数の唾液検体で肺炎球菌陽性が確認されたケースや、夫婦そろって同時に肺炎球菌陽性であったケースも認められたが、成人から成人への感染を示す明確なエビデンスは見つからなかった」と述べている。そして、「この研究で示唆されたのは、肺炎球菌陽性者が最も多いのは、幼い子どもと接触する機会の多い高齢者だということだ」と付言している。 高齢者での細菌性肺炎罹患リスクを下げるには、ワクチン接種が有効だ。Wyllie氏らは、子どもが定期的に肺炎球菌結合型ワクチン(PCV)を接種するようになって以降ほどなくして、子どもの肺炎罹患率が90%以上減少したことを指摘している。もちろん、ワクチンは高齢者に対しても保護作用を持つ。同氏は、「成人用肺炎球菌ワクチン接種の主な利点は、全国的な小児用ワクチン接種プログラムの成功にもかかわらず、ワクチンが標的とする肺炎球菌株の一部を今現在も保有し、他人に感染させる可能性のある子どもに曝露する高齢者を直接保護できることだ」とECCMIDのニュースリリースの中で述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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免疫療法+個別化ワクチン、肝細胞がんの新治療法として有望

 標準的な免疫療法にオーダーメイドの抗腫瘍ワクチン(以下、個別化がんワクチン)を追加することで、肝細胞がんが縮小する患者の割合が、免疫療法のみを受けた場合の約2倍になることが、新たな研究で示された。米ジョンズ・ホプキンス・キンメルがんセンターの副所長であるElizabeth Jaffee氏らによるこの研究結果は、米国がん学会年次総会(AACR 2024、4月5〜10日、米サンディエゴ)で発表されるとともに、「Nature Medicine」に4月7日掲載された。研究グループは、肝細胞がんの診断後、5年間生存する患者の割合は10人に1人未満であるため、このワクチンは患者の生存の延長に役立つ可能性があると話している。 Jaffee氏らはこの研究に肝細胞がん患者36人を登録し、免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体)のペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)による通常の免疫療法に加え、個別化がんワクチンを投与して、その効果を調べた。個別化がんワクチンは、まず、生検で得た患者のがん細胞を分析し、コンピューターアルゴリズムにより変異が生じている遺伝子のうち、免疫系が認識できるタンパク質〔がん細胞で起こる遺伝子変異により新たに生じたがん抗原(ネオアンチゲン)〕を産生している遺伝子を特定した。この情報を基に、最大で40個のネオアンチゲンをコードするDNAを含む個別化がんワクチン(GNOS-PV02)を作成した。ワクチンが投与された患者では、免疫系がこれらのネオアンチゲンを認識し、それらを産生するがん細胞を攻撃するのを助ける。 個別化がんワクチンと抗PD-1抗体の組み合わせは、腫瘍に大きな打撃を与える。抗PD-1抗体は、腫瘍内で疲れ果て、がん細胞を破壊できなくなった免疫細胞のT細胞を再活性化する。このワクチンはまた、特定の変異タンパク質を標的とするT細胞を新たに呼び寄せて、この効果を補強する。 実際、抗PD-1抗体とともにこの個別化ワクチンを投与された患者の3分の1近く(30.6%)でがん細胞の縮小が認められた。この割合は、免疫療法のみを受けた場合の2倍に当たるという。さらに、8.3%の患者では、治療後の検査でがん細胞が見つからない完全奏効を達成した。 Jaffee氏は、「われわれは、開発中の個別化がんワクチンを使った治療で成果が得られて興奮している。この個別化がんワクチンは、治療の難しいがんに対する次世代の治療法として有望だ」と語っている。 一方、ジョンズ・ホプキンス大学医学部腫瘍学分野のMark Yarchoan氏は、「この研究は、個別化がんワクチンが抗PD-1抗体に対する臨床反応を高めることができるというエビデンスを提供するものだ」と話す。同氏は、「この知見を確認するためには、より大規模なランダム化比較試験が必要だ。それでも、今回の結果が非常に胸躍るものであることに変わりはない」と述べている。

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新型インフルエンザ、新型コロナ両パンデミックは世界人口動態にいかなる影響を及ぼしたか?(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 米国・保健指標評価研究所(IHME)のSchumacher氏を中心とするGlobal Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study (GBD) 2021(GBD-21と略記)の研究グループは、1950年から2021年までの72年間に及ぶ世界各国/地域における年齢/性差を考慮した人口動態指標に関する膨大な解析結果を発表した。GBD-21では、72年間における移住、HIV流行、紛争、飢餓、自然災害、感染症などの人口動態に対する影響を解析している。世界の総人口は1950年に25億であったものが2000年には61億、2021年には79億と著明に増加していた。世界の人口増加は2008年から2009年に最大に達し、それ以降はプラトー、2017年以降は減少傾向に転じている。本論評では、GBD-21に示された解析結果を基に、人類の人口動態に多大な影響を及ぼしたと予想される2009~10年の新型インフルエンザ(2009-H1N1)と2019年末から始まった新型コロナ(severe acute respiratory syndrome coronavirus-2:SARS-CoV-2)両パンデミックの影響に焦点を絞り考察する。新型インフルエンザ・パンデミックの世界人口動態に及ぼした影響 20世紀から21世紀にかけて発生したA型インフルエンザ・パンデミックには、1918年のスペイン風邪(H1N1、致死率:2%以上)、1957年のアジア風邪(H2N2、致死率:0.8%)、1968年の香港風邪(H3N2、致死率:0.5%)、2009年の新型インフルエンザ(2009-H1N1、致死率:1.4%)が存在する。2009-H1N1は、2009年4月にメキシコと米国の国境地帯で発生したが1年半後の2010年8月には終焉した。2009-H1N1は、北米鳥H1、北米豚H1N1、ユーラシア豚H1N1、ヒトH3N2由来のRNA分節が遺伝子交雑(再融合)を起こした特異的な4種混合ウイルスである。2009-H1N1は8個のRNA分節を有するが、そのうち5個は豚由来、2個は鳥由来、1個がヒト由来であった。 GBD-21で提示された世界の人口動態データは1950年以降のものであるので、スペイン風邪を除いたアジア風邪、香港風邪、2009-H1N1によるパンデミックの世界人口動態に対する影響を解析することができる。GBD-21の解析結果を見る限り、世界の総人口、平均寿命、小児死亡率、成人死亡率などにおいて各インフルエンザ・パンデミックに一致した特異的変動を認めなかった。 2009-H1N1によるパンデミック時のPCRを中心とする検査確定致死率は1.4%であり、1950年以降に発生したインフルエンザ・パンデミックの中では最も高い。にもかかわらず、2009-H1N1が世界の人口動態に有意な影響を及ぼさなかったのは、それまでの季節性インフルエンザに対して開発された抗ウイルス薬オセルタミビル(商品名:タミフル、内服)とザナミビル(同:リレンザ、吸入)が2009-H1N1に対しても有効であったことが1つの要因と考えられる。宿主細胞内で増殖したインフルエンザが生体全体に播種するためにはウイルス表面に発現するNeuraminidase(NA)が必要であり、抗ウイルス薬はNAの作用を阻害しウイルス播種を阻止するものであった。2009-H1N1のNAはユーラシア豚由来であったが、ヒト型季節性インフルエンザに対して開発された抗ウイルス薬は2009-H1N1の播種を抑制するものであった。有効な抗ウイルス薬が存在したことが2009-H1N1の爆発的播種を阻止し、パンデミックの持続を1年半という短期間に限定できたことが2009-H1N1によるパンデミックによって世界の人口動態が著明な影響を受けなかった要因の1つであろう。本邦では2009-H1N1パンデミック時に抗ウイルス薬が臨床現場で積極的に使用され、その結果として、本邦の2009-H1N1関連致死率が先進国の中で最低に維持されたことは特記すべき事実である。 2009-H1N1パンデミックは1年半という短い期間で終焉したので、パンデミック期間中に予防ワクチンの問題が積極的に議論されることはなかった。しかしながら、2010年以降、2009-H1N1は従来のA型季節性インフルエンザであったソ連株H1N1を凌駕し季節性A型インフルエンザの主要株となった。それに伴い、2015年以降、A型の2009-H1N1株とH3N2株、B型の山形系統株とビクトリア系統株を標的とした4価ワクチンが予防ワクチンとして導入された。 上記以外に20世紀後半から21世紀にかけて高病原性鳥インフルエンザH5N1(1997年発生、致死率:60%)、高病原性鳥インフルエンザH7N9(2013年発生、致死率:30%)などが注目された時期もあったが、これらのウイルスのヒトへの感染性は低く人間界でパンデミックを惹起するものではなかった。新型コロナ・パンデミックの世界人口動態に及ぼした影響 SARS-CoV-2は、2019年末に中国・武漢から発生した野生コウモリを自然宿主とする新たなコロナウイルスである。WHOは2020年1月に世界レベルで懸念される公衆衛生上の“緊急事態宣言”を新型コロナに対して発出した。WHOの緊急事態宣言は2023年5月に解除された。すなわち、新型コロナの緊急事態宣言は新型インフルエンザのパンデミックに比べて長く、3年半持続したことになる。WHOは新型コロナ感染症に対して“パンデミック”という表現を正式には用いていないが、本論評では新型インフルエンザとの比較のため“緊急事態宣言”を“パンデミック”と置き換えて記載する。 ヒトに感染し局所的に健康被害をもたらしたコロナウイルスには、SARS-CoV-2以外に2002年のキクガシラコウモリを自然宿主とするSARS-CoV(致死率:9.6%)と2012年発生のヒトコブラクダを自然宿主とするMERS-CoV(Middle East respiratory syndrome coronavirus、致死率:34%)が存在する。しかしながら、これらのコロナウイルスのヒトへの感染性は低く、人間界でパンデミックを起こすものではなかった。 GBD-21の解析データによると、2020年と2021年の2年間における世界の推定総死亡者数は1億3,100万人、うち新型コロナに起因するものが1,590万人であった。WHOから報告されたPCRを中心とした検査確定新型コロナによる世界総死亡者数は、2024年3月の段階で704万人であり、2021年末ではこの値より有意に少ない死亡者数と考えられ、GBD-21で提出された推定値と大きく乖離していることに注意する必要がある。GBD-21の死亡者数データにはウイルス感染の確定診断がなされていない症例が含まれ、死亡者数の過大評価、逆にWHOの報告は厳密であるが故に死亡者数が過小評価されている可能性がある。両者の中間値が新型コロナによる死亡者数の真値に近いのかもしれない。 以上のようにGBD-21の報告には問題点が存在するが、本報告が提出した最も重要な知見は、2020年から2021年の2年間における5歳から25歳未満の群(小児、青少年、若年成人)の死亡率が他年度の値と同等であったのに対し、25歳以上の成人死亡率が明確に増加していたことを示した点である。以上の解析結果は、新型インフルエンザ・パンデミックとは異なり、新型コロナ・パンデミックは世界の人口動態、とくに、成人の人口動態に重要なインパクトを与えたことを意味する。 新型コロナの遺伝子変異は活発で、2020年度内は武漢原株と武漢原株のS蛋白614位のアミノ酸がアスパラギン酸(D)からグリシン(G)に変異したD614G株が中心であった。2021年にはアルファ株(英国株)、ベータ株(南アフリカ株)、ガンマ株(ブラジル株)、デルタ株(インド株)と変異/進化を繰り返し、2022年以降はオミクロン株が中心ウイルスとなった。以上の変異株はウイルスが生体細胞に侵入する際に重要なウイルスS蛋白の量的/質的に異なる遺伝子変異によって特徴付けられる。2024年現在、オミクロン株から多数の派生株が発生している(BA.1、BA.2、BA.4/5、BQ.1、BA.275、XBB.1.5など)。すなわち、GBD-21に示されたデータは武漢原株からデルタ株までの影響を示すものであり2022年以降のオミクロン株による影響は含まれていない。先進国の疫学データは、デルタ株最盛期まではウイルスの変異が進むほど新型コロナの病原性が上昇していたことを示唆している。すなわち、GBD-21に示された2020年を含む2年間における世界全体での成人死亡率の有意な上昇は、武漢原株からデルタ株に至るウイルスによってもたらされた結果である。 本邦独自のデータを基に考察すると(厚生労働省:新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード、2022年3月2日)、デルタ株時代の致死率が4.25%であったの対し、オミクロン株初期の致死率は0.13%と有意に低値であった。しかしながら、オミクロン株初期における年齢別死亡率は、30歳未満の群で低いのに対し30歳以上の群では有意に高く、GBD-21で示されたデルタ株最盛期までの傾向と一致した。オミクロン株最盛期における世界の年齢別死亡率がどのような動態を呈するかは興味深いものであり、2022年以降の世界人口動態に関する解析が待たれる。 新型コロナの変異に伴う感染性と病原性の増強は、ウイルス自体の性状変化に起因するものであることは間違いない。しかしながら、それらを修飾した因子として、抗ウイルス薬、予防ワクチンの開発遅延の問題を考慮する必要がある。人類の歴史にあって、コロナが世界的規模の健康被害をもたらしたのは2019年以降のパンデミックが初めてであった。そのため、パンデミック発症時点では新型コロナに特化した抗ウイルス薬、予防ワクチンの開発はほぼ“ゼロ”の状態であった。しかしながら、その後、多数の抗ウイルス薬、予防ワクチンが非常に短期間の間に開発が進められた。抗ウイルス薬の1剤目として、2020年5月、米国FDAはエボラ出血熱に対して開発されたRNA polymerase阻害薬レムデシビル(商品名:ベクルリー点滴静注)の新型コロナに対する緊急使用を承認した。2剤目として、2021年11月、英国医薬品・医療製品規制庁(MHRA)はRNA依存RNA polymerase阻害薬モルヌピラビル(同:ラゲブリオカプセル、内服)を承認した。3剤目として、2021年12月、米国FDAは3CL protease(Main protease)阻害薬であるニルマトレルビル・リトナビル(同:パキロビッドパック、内服)の緊急使用を承認した。上記3剤は、少なくとも初期のオミクロン株(BA.1、BA.2)に対しても有効であった。上記3剤に加え、本邦ではニルマトレルビル・リトナビルと同様に3CL protease阻害薬であるエンシトレルビル(同:ゾコーバ、内服)が、2022年11月、緊急使用が承認された。いずれにしろ、GBD-21のデータ集積時に使用できた主たる抗ウイルス薬はレムデシビルのみであった。 新型コロナに対する予防ワクチンも2020年初頭から大車輪で開発が進められ、遺伝子ワクチン、蛋白ワクチン、不活化ワクチンなど170種類以上のワクチンがふるいに掛けられた。それらの中で現在のオミクロン株時代にも生き残ったワクチンは2種類のmRNAワクチンであった(ファイザー社のBNT162b2系統[商品名:コミナティ系統]とモデルナ社のmRNA-1273系統[同:スパイクバックス系統])。話を簡単にするため本邦における成人に対するmRNAワクチンについてのみ考えていくと、武漢原株対応1価ワクチンに対する厚労省の認可は2021年春、オミクロン株BA.4/5対応2価ワクチン(武漢原株+BA.4/5)に対する認可は2022年秋、オミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチンの認可は2023年夏であった。GBD-21に示されたデータは武漢原株対応1価ワクチンが使用された時期のものであり、デルタ株に対する予防効果は十分なものではなかった。すなわち、GBD-21のデータ集積がなされた2021年まででは、その時期の優勢株(アルファ株、ベータ株、ガンマ株、デルタ株)の強い病原性に加え、抗ウイルス薬、予防ワクチンが共に不十分であったこともデータの修飾因子として作用していた可能性を否定できない。

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肺炎診療GL改訂~NHCAPとHAPを再び分け、ウイルス性肺炎を追加/日本呼吸器学会

 2024年4月に『成人肺炎診療ガイドライン2024』1)が発刊された。2017年版では、肺炎のカテゴリー分類を「市中肺炎(CAP)」と「院内肺炎(HAP)/医療介護関連肺炎(NHCAP)」の2つに分類したが、今回の改訂では、再び「CAP」「NHCAP」「HAP」の3つに分類された。その背景としては、NHCAPとHAPは耐性菌のリスク因子が異なるため、NHCAPとHAPを1群にすると同じエンピリック治療が推奨され、NHCAPに不要な広域抗菌治療が行われやすくなることが挙げられた。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を経て、ウイルス性肺炎の項目が設定された。第64回日本呼吸器学会学術講演会において、本ガイドライン関するセッションが開催され、進藤 有一郎氏(名古屋大学医学部附属病院 呼吸器内科)がNHCAPとHAPの診断・治療のポイントや薬剤耐性(AMR)対策の取り組みについて解説した。また、ウイルス性肺炎に関して宮下 修行氏(関西医科大学 内科学第一講座 呼吸器感染症・アレルギー科)が解説した。NHCAPとHAPは耐性菌のリスク因子が異なる NHCAPとHAPは「敗血症性ショックの有無の判断」「重症度の判断(NHCAPはA-DROPスコア、HAPはI-ROADスコアで評価)」「耐性菌リスクの判断」を行い、治療薬を決定していくという点は共通している。しかし、耐性菌のリスク因子は異なる。進藤氏は、「この違いをしっかりと認識してほしい」と語った。なお、それぞれの耐性菌リスク因子は以下のとおり。NHCAP:経腸栄養、免疫抑制状態、過去90日以内の抗菌薬使用歴、過去90日以内の入院歴、過去1年以内の耐性菌検出歴、低アルブミン血症、挿管による人工呼吸管理を要する(≒診断時に重度の呼吸不全がある)HAP:活動性の低下や歩行不能、慢性腎臓病(透析を含む)、過去90日以内の抗菌薬使用歴、ICUでの発症、敗血症/敗血症性ショック HAPでは、「重症度が低く、耐性菌リスクが低い(リスク因子が1つ以下)場合」は狭域抗菌治療、「重症度が高い、または耐性菌リスクが高い(リスク因子が2つ以上)場合」には広域抗菌治療を行う。NHCAPでは、外来の場合はCAPに準じた外来治療を行う。また、入院の場合も非重症で耐性菌リスク因子が2つ以下であれば、CAPと類似した狭域抗菌治療を行い、重症で耐性菌リスク因子が1つ以上あるか非重症で耐性菌リスク因子が3つ以上であれば広域抗菌治療を行うという流れとなった(詳細は本ガイドラインp.54図3、p.64図3を参照されたい)。不要な広域抗菌薬の使用は依然として多い 進藤氏は、名古屋大学などの14施設で実施した肺炎患者を対象とした前向き観察研究(J-CAPTAIN study)の結果を紹介した。本研究では、CAP患者をNon-COVID-19肺炎とCOVID-19肺炎に分けて検討した。その結果、Non-COVID-19肺炎患者(1,802例)の10%にCAP抗菌薬耐性菌(β-ラクタム系薬、マクロライド系薬、フルオロキノロン系薬のすべてに低感受性と定義)が検出された。CAP抗菌薬耐性菌のリスク因子としては、過去1年以内の耐性菌検出歴、気管支拡張を来す慢性肺疾患、経腸栄養、ADL不良、呼吸不全(PaO2/FiO2≦200)が挙げられた。これらの項目は本ガイドラインのシステマティックレビューの結果と類似していたと進藤氏は語った。 また、本研究においてNon-COVID-19肺炎患者では、CAP抗菌薬耐性菌の検出がなかった患者の29.2%に広域抗菌薬が使用されていたことを紹介した。AMR対策としては、このような患者における広域抗菌薬の使用を減らしていくことが重要となると進藤氏は指摘する。CAP抗菌薬耐性菌のリスク因子が0個であった患者は、Non-COVID-19肺炎の61.2%を占め、そのうち21.8%で広域抗菌薬が使用されていた結果から、進藤氏は「AMR対策上、耐性菌リスクのない症例では広域抗菌薬の使用を控えることが重要である」と強調した。ウイルス性肺炎は想定以上に多い? 2018~20年に九州の14施設で実施された観察研究では、CAP患者の23.3%にウイルスが検出されており2)、肺炎へのウイルスの関与が注目されている。そこで、宮下氏は本ガイドラインに新たに追加されたウイルス性肺炎について、その位置付けを紹介した。 CAPは、(1)CAPとNHCAPの鑑別→(2)敗血症の有無・重症度の判断(治療場所の決定)→(3)微生物学的検査→(4)マイコプラズマ肺炎・レジオネラ肺炎の推定→(5)抗菌薬の選択といった流れで診療が行われる。この流れに合わせて、ウイルス性肺炎の特徴を考察した。 COVID-19肺炎患者の1年後の身体機能をみると、CAPと比較してNHCAPで予後が不良である3)。したがって、宮下氏は「CAPとNHCAPでは予後がまったく異なるため、治療方針を大きく変えるべきであると考える」と述べた。 本ガイドラインでは、重症度の評価をもとに治療場所を決定するが、CAPで用いられるA-DROPスコアによる評価がCOVID-19肺炎においても有用であった。ただし、COVID-19(デルタ株以前)ではA-DROPスコア1点(中等症、外来治療が可能)であっても、R(呼吸状態)の項目が1点の場合は疾患進行のリスクが高いという研究結果4,5)を紹介し、注意を促した。 前版で細菌性肺炎と非定型肺炎の鑑別に用いられていた鑑別表は、細菌性肺炎とマイコプラズマ肺炎の鑑別表(本ガイドラインp.32表4)に改められた。実際に、この鑑別表を非定型肺炎であるCOVID-19肺炎に当てはめると診断の感度は不十分であり、マイコプラズマ肺炎と細菌性肺炎の鑑別に用いるのが適切と考えられた。また、今回のガイドラインではレジオネラ診断予測スコアが掲載された(本ガイドラインp.33表5)。この診断スコアを用いた場合、COVID-19はいずれの株でもレジオネラ肺炎との鑑別が可能であった。 最後に、宮下氏はオミクロン株の流行後にCOVID-19肺炎において誤嚥性肺炎が増加し、誤嚥性肺炎を発症した患者の退院後の顕著な身体機能低下が認められていることに触れ、「早期診断・早期治療が重要であり、肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンに加えて新型コロナワクチンによる予防も重要であると考えている」とまとめた。

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英語で「ワクチン接種はしていますか」は?【1分★医療英語】第127回

第127回 英語で「ワクチン接種はしていますか」は?《例文》医師Are you vaccinated? It looks like your new office requires it for all employees.(ワクチン接種はしていますか? あなたの新しい職場ではすべての従業員に対して求められているようですが)患者Yes, I have completed the vaccination series. I'll bring my vaccination card tomorrow.(はい、すべてのワクチン接種を[追加接種を含め]済ませてあります。明日、接種証明書を持ってきます)《解説》今回は“Are you vaccinated?”という表現の解説です。ここ数年間はコロナワクチンの登場によって「ワクチン」という言葉を聞かない日はなかったくらいでした。“vaccinate”は動詞で「ワクチンを(医療者が)打つ」という意味になります。そして、“Be vaccinated?”と受動態を使うことによって、「あなたはワクチン接種をしていますか?」という意味になります。意味は「ワクチンを打ちましたか?」ですが、あまり過去形は使われず、“Are you vaccinated?”という現在形の受け身の文で表現することが一般的です。医療現場でもこの表現はとてもよく使われています。会話例・例文に出てきた、“fully vaccinated”は「(推奨される)ワクチンをすべて接種している」という意味になり、“completed the vaccination series”は「数回接種が必要なワクチンをすべて完了している」という意味になります。“vaccination card”は「接種証明書」です。ぜひこれらも併せて覚えておきましょう。講師紹介

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非高リスクコロナ患者、ニルマトレルビル・リトナビルvs.プラセボ/NEJM

 重症化リスクが高くない症候性の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)成人外来患者において、COVID-19のすべての徴候または症状の持続的な緩和までの期間は、ニルマトレルビル/リトナビルとプラセボで有意差は認められなかった。米国・ファイザーのJennifer Hammond氏らが、無作為化二重盲検プラセボ対照第II/III相試験「Evaluation of Protease Inhibition for COVID-19 in Standard-Risk Patients trial:EPIC-SR試験」の結果を報告した。ニルマトレルビル/リトナビルは、重症化リスクがある軽症~中等症COVID-19成人患者に対する抗ウイルス治療薬であるが、重症化リスクが標準(重症化リスク因子のないワクチン未接種者)または重症化リスク因子を1つ以上有するワクチン接種済みの外来患者における有効性は確立されていなかった。NEJM誌2024年4月4日号掲載の報告。ワクチン接種済み重症化リスクあり、未接種で重症化リスクなしの外来患者に発症後5日以内に治療開始 研究グループは、RT-PCR検査でSARS-CoV-2感染が確認され、COVID-19の症状発現後5日以内の成人患者を、ニルマトレルビル/リトナビル群、またはプラセボ群に1対1の割合で無作為に割り付け、12時間ごとに5日間投与した。 適格患者は、COVID-19の重症化リスク因子を少なくとも1つ有するCOVID-19ワクチン接種完了者、または、COVID-19重症化に関連する基礎疾患がなくワクチン接種を1回も受けていないか、過去12ヵ月以内に接種していない患者とし、参加者には電子日記を用いて1日目から28日目まで毎日、試験薬の服用時刻と事前に規定したCOVID-19の徴候または症状の有無および重症度を記録してもらった。 主要エンドポイントは、評価対象とするすべてのCOVID-19の徴候または症状の持続的な緩和が得られるまでの期間(28日目まで)、重要な副次エンドポイントは28日目までのCOVID-19関連入院または全死因死亡であった。主要エンドポイントを達成せず 2021年8月25日~2022年7月25日に、計1,296例がニルマトレルビル/リトナビル群(658例)またはプラセボ群(638例)に無作為化された(最大の解析対象集団:FAS)。このうち少なくとも1回、試験薬の投与を受けベースライン後に受診した1,288例(それぞれ654例、634例)が、有効性の解析対象集団となった。 有効性解析対象集団において、すべてのCOVID-19の徴候または症状の持続的な緩和が得られるまでの期間の中央値は、ニルマトレルビル/リトナビル群で12日、プラセボ群で13日であり、統計学的な有意差は認められなかった(log-rank検定のp=0.60)。 COVID-19関連入院または全死因死亡の発現割合は、ニルマトレルビル/リトナビル群で0.8%(5/654例)、プラセボ群で1.6%(10/634例)であった(群間差:-0.8%、95%信頼区間:-2.0~0.4)。 有害事象の発現率は、ニルマトレルビル/リトナビル群25.8%(169/654例)、プラセボ群24.1%(153/634例)で、両群間で同程度であった。また、治療関連有害事象の発現率はそれぞれ12.7%(83/654例)、4.9%(31/634例)で、この差は主にニルマトレルビル/リトナビル群においてプラセボ群より味覚障害(5.8% vs.0.2%)および下痢(2.1% vs.1.3%)の発現率が高かったためであった。

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RSウイルス感染症予防薬が乳児の入院を90%削減

 RSウイルス感染症から赤ちゃんを守るための予防薬であるベイフォータス(一般名ニルセビマブ)の入院予防効果は90%であることが、リアルワールドデータの分析から明らかになった。これは、在胎35週以上で生まれた乳児を対象にニルセビマブの有効性を検討し、RSウイルス感染による医療処置の必要性を79%、入院の必要性を81%防ぐことを示した第3相臨床試験の結果を上回る。米疾病対策センター(CDC)の研究チームが実施したこの研究結果は、「Morbidity and Mortality Weekly Report(MMWR)」に3月7日掲載された。 CDCは、生まれて初めてRSウイルスシーズンを迎える生後8カ月未満の乳児に対するニルセビマブの単回投与を推奨している。RSウイルスは乳幼児の入院の主な原因であり、米国では毎年、5〜8万人の5歳未満の乳幼児がRSウイルス感染症により入院している。 ニルセビマブはRSウイルス感染に対する免疫系の働きを特異的に増強する長時間作用型のモノクローナル抗体である。ニルセビマブが、生後24カ月未満の乳幼児でのRSウイルス関連下気道感染症の予防薬としてFDAにより承認されたのは2023年7月のことであり、そのため、今シーズンはその効果が証明される最初のシーズンとなる。なお、RSウイルスに対してはワクチンも承認されているが、投与対象は高齢者と妊婦である。 今回の研究でCDCの研究チームは、CDCの新ワクチンサーベイランスネットワーク(New Vaccine Surveillance Network;NVSN)から抽出した、2023年10月1日時点で生後8カ月未満であるか、同年10月1日以降に生まれた乳児のうち、2023年10月1日から2024年2月29日の間に急性呼吸器感染症により入院した699人を対象に、ニルセビマブの有効性を調査した。対象乳児のうち、407人(58%)はRSウイルス検査で陽性と判定され(症例群)、残る292人(42%)は陰性だった(対照群)。 症例群では6人(1%)、対照群では53人(18%)がニルセビマブの投与を受けていた。医学的に見てリスクの高い乳児は、健康な乳児に比べてニルセビマブを投与済みの者が多かった(46%対6%)。多変量ロジスティック回帰モデルによる解析から、RSウイルス感染症関連での入院に対するニルセビマブの予防効果は90%(95%信頼区間75〜96%)であることが示された。 研究チームは、「ニルセビマブなどのRSウイルス感染症の予防薬は、今でもRSウイルスから乳幼児を守るための最も重要な手段であることに変わりはない」とCDCのニュースリリースで述べている。 ただしCDCは、今回の研究でのサーベイランス期間が通常より短かったとし、10月から3月までの全RSウイルスシーズンを通して見ると、ニルセビマブの有効性は今回の結果より低くなる可能性があることに言及している。なぜなら、モノクローナル抗体の予防効果は通常、時間の経過とともに弱まるからである。 CDCは、ニルセビマブが妊娠中にRSウイルスワクチンを接種しなかった母親から生まれた乳児のために使われる薬であることを述べ、母親がRSウイルスワクチンを接種することで防御抗体が子どもに移行することを強調している。

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次世代コロナワクチン、第III相試験で良好な中間結果を達成/モデルナ

 米国・Moderna社は3月26日付のプレスリリースにて、同社の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチン「スパイクバックス」について、次世代の「mRNA-1283」が、第III相試験の結果、同社の既存のオミクロン株対応2価(起源株/オミクロン株BA.4-5)ワクチン「mRNA-1273.222」と比較して、SARS-CoV-2に対するより高い免疫応答の誘導を示したこと発表した。この次世代コロナワクチン「mRNA-1283」は、より長い保存期間と保存上の利点をもたらす可能性があり、インフルエンザとCOVID-19の混合ワクチン「mRNA-1083」の構成要素となる予定だ。 次世代コロナワクチン「mRNA-1283」と既存の「mRNA-1273.222」とを比較した第III相ピボタル試験「NextCOVE試験(NCT05815498)」は、米国、英国、カナダの12歳以上の約1万1,400人を対象とした無作為化観察者盲検アクティブ対照試験だ。本試験の結果、「mRNA-1283」は、SARS-CoV-2のオミクロンBA.4/BA.5および起源株の両方に対して、より高い免疫応答を引き起こすことが認められた。とくにこの免疫応答は、COVID-19による重篤な転帰リスクが最も高い65歳以上の参加者に顕著にみられたという。主な局所有害事象は注射部位の疼痛で、主な全身性の有害事象は頭痛、疲労、筋肉痛、悪寒だった。 「mRNA-1283」は、冷蔵庫での保存で安定するように設計されており、有効期限も従来のものよりも長くなっていることから、医療従事者の負担を軽減し、ワクチン接種へのアクセスを改善することで、公衆衛生に貢献する可能性があるという。

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新規2型経口生ポリオワクチン(nOPV2)の有効性と安全性(解説:寺田教彦氏)

 ポリオ(急性灰白髄炎)は、ポリオウイルスが中枢神経に感染し、運動神経細胞を不可逆的に障害することで弛緩性麻痺等を生じる感染症で、主に5歳未満の小児に好発するため「小児麻痺」とも呼ばれる感染症である。ウイルスは主に糞口感染で人から人に感染するが、そのほかに汚染された水や食べ物を介して感染することもあり、治療薬は存在しないため、ワクチン接種がポリオの感染対策において重要とされる。ポリオウイルスには、3つの血清型(1、2、3型)があり、1988年に世界保健機関がワクチン接種によるポリオ根絶計画を提唱し、2015年と2019年に野生型ポリオウイルス2型と3型がそれぞれ根絶認定された。残る野生型ポリオウイルス1型が流行しているのはパキスタンとアフガニスタンのみである。 ところで、今回の研究は新規2型経口生ポリオワクチン(nOPV2)を対象としているが、2型は根絶認定されたのではないか? と疑問を持たれるかもしれない。これは先の根絶計画で用いられていた経口生ポリオワクチン(OPV)の欠点に、弱毒化変異を失った伝播型ワクチン由来ポリオウイルス(circulating vaccine-derived poliovirus; cVDPV)が出現し、ワクチン接種者や接種患者から排出されたウイルスで感染症を発症する問題があったためである。cVDPVによるポリオ流行は、とくに2型cVDPVが問題で(Diop OM, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2015;64:640-6)、cVDPVの85%を占めていた。そのため、世界保健機関(WHO)は2016年前半に3価ポリオワクチン(tOPV)の接種を停止し、2型OPV成分を除いた2価経口生ポリオワクチン(bOPV)に切り替えを推奨した。しかし、2型OPVの接種中止は世界的に2型ポリオに対する著しい免疫低下をもたらし、2020年には伝播型ワクチン由来ポリオウイルス2型(cVDPV2)が24ヵ国で1,000例を超え、2型cVDPVへの対策を要する事態となった。 このような経緯から本研究のワクチン(nOPV)は、ワクチン由来ポリオウイルスの出現を抑制するために開発され、セービン株由来経口生ポリオウイルスワクチンの遺伝的安定性を改善し、2020年11月よりワクチンとして初めてWHOの暫定緊急使用リストに加えられていた。 本研究は2型cVDPVの被害が最も大きかったアフリカで初めて行われたnOPV2の臨床試験であり、目的はnOPV2の認可やWHOのワクチン選定に必要なデータを収集することであった。そのため、ガンビアの乳児と幼児のデータでnOPV2の安全性および忍容性データの拡充、および乳児における3種類のロットでnOPV2の免疫応答の一貫性を評価し、ワクチン投与後のセロコンバージョン率とポリオウイルス2型の排出についても調査が行われた。 本研究結果は、「新規2型経口生ポリオワクチン(nOPV2)、有効性・安全性を確認/Lancet」で掲載されている通りで、nOPV2は、ガンビアの小児と乳児に免疫原性が確認され、安全性の懸念も特定されなかった。本研究で扱われたnOPV2は、以前のポリオワクチンよりcVDPVのリスクを減らすことが期待され、本論文で引用されている文献や本研究結果からもリスク低下が示唆されているが、nOPVも伝播による変異等によりnOPV2由来のアウトブレイクが発生する懸念は残るため、注意深い監視は引き続き必要になるだろう(Martin J, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2022;71:786-790.)。 ところで、本邦で実施されているポリオワクチンについても言及すると、本邦では経口生ポリオワクチン(OPV)ではなく、不活化ワクチン(IPV)が使用されている。OPVの利点は、効果的な腸管免疫・血中中和抗体誘導能を有するうえ、安価で接種も容易なことだが、欠点として接種後に接種者あるいは接触者がワクチン関連麻痺を来すことや、伝播型ワクチン由来ポリオウイルスの原因となることがある。この欠点を避けるために先進国ではOPVからIPVに切り替えを行っており、日本では2012年9月より定期接種のワクチンは3価経口生ポリオワクチン(tOPV)からIPVに切り替えられていた。 2024年4月1日以降の現時点では、ポリオワクチンは5種混合(DPT-IPV-Hib)として定期接種に含まれているが、日本小児科学会からは任意接種としてポリオに対する抗体価が減衰する前に、就学前の接種も推奨されている(日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの変更点)。 本邦では2013年に診断されたcVDPV 由来のワクチン関連麻痺症例以降、ポリオ確定症例の届けはされていないが、cVDPVはアフリカのみならず、欧州や米国、東南アジアからも報告されている。本邦ではIPVによる高いワクチン接種率の維持により海外からのポリオウイルス持ち込みを防いでいると考えられ、引き続き国内でもワクチン接種による予防は必要だろう。また、本邦からの海外渡航時で、出国時に1年以内のポリオワクチン接種証明書提示が必要な国に渡航する場合や、ポリオリスク国に渡航するが10年以内に接種歴がない場合などではポリオワクチンの追加接種が必要である。

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