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透析患者が被災したら?豪雨の後の水害で多くの家屋が浸水し、停電、断水のため医療機関も機能不全になっています。避難所のスタッフから、維持透析を週3回行っていて明日が透析日という避難者がいて、対応について相談を受けました。どうすればよいでしょうか?血液透析には、1人当たり1回の透析で100L以上の大量の水が必要であり、装置を動かすには当然電気が必要です。大災害で施設や設備が損傷したり、断水や停電が起きたりすると血液透析ができなくなり、透析患者の生命は危険にさらされます。事実、東日本大震災では、一時は数百施設が透析不能となり、1,300名以上の患者さんが一時的に被災県外に移動しました。熊本地震でも約30施設で透析ができなくなったことが報告されています。普段からの備え透析施設は、支援透析施設が使えるように、患者カードや手帳、透析記録のコピーなど災害時に必要な情報を患者に提供します。他施設で透析をするうえで必要な情報ドライウェイト氏名・年齢アレルギーがあればその内容感染症の有無(慢性肝炎など)処方されている薬の種類とその飲み方人工血管の場合血流の向き普段透析を受けている施設の連絡先普段から患者さんに対して、災害時は透析時間が短くなったり、次の透析までの間隔が長くなったりする場合があることを説明し、自分で自分の身を守ることの大切さを強調しましょう。避難所に避難した場合は、透析患者であることを自治体の職員やボランティア、巡回の医師・看護師に申し出るよう指導をしておくことが必要です。また、透析スタッフもしっかり訓練しておくことも重要です。災害時には、基本的には各自治体が透析災害対策本部のネットワークを利用して、行政・透析関連企業および該当都道府県下のすべての透析施設間の連絡ができるようになっています。日本透析医会の災害時情報ネットワークのウェブサイトも参考にしてください1)。アメリカでは、ハリケーンに備え、前もって透析をしておくことで透析患者の予後を改善することに成功しています。台風など、あらかじめ災害が起こることが予期できる場合には、前倒しをして透析をしておくことも考慮してもいいかもしれません2,3)。避難所での対応【食事】避難所では、非常食や配給食が提供されることが多く、透析患者にとっては平常時よりも尿素窒素やカリウムの数値が高くなる危険性があります。避難所では、水分は日常の3分の2程度に減らすように指導されている患者さんが多いですが、過度な脱水は血栓症の原因にもなります。水分制限は食事摂取の低下の原因にもなります。一方で、食事量が不足してカロリーが減ると、体内のタンパク質が壊れて尿素窒素やカリウムが上昇するため、栄養は十分に摂る必要があります。災害時に透析患者が食事面で留意すべき点食塩、タンパク質、カリウム、リンを平時より大幅に制限する1日の水分量は「尿量+300~400mL以下」に抑えるエネルギー(カロリー)をしっかり確保するカロリー確保には、白米、麺類、パンなど炭水化物が有効です。ただし、麺類やパンには意外に多くの塩分が含まれているため注意が必要です4)。そこで、「カロリーメイト」のようなバランス栄養食品が勧められます。カロリーメイトは、十分なカロリーが摂れ、カルシウム、ビタミン、食物繊維などを多く含む一方、塩分やタンパク質、リン、カリウムの摂取量を比較的抑えやすいというメリットがあります。参考カロリーメイト(ブロックタイプ:1箱4本入り)の場合、カロリー400kcal、カルシウム200mg、食物繊維2g、タンパク質8~9g、カリウム90~100mg、リン80~100mg、食塩相当量約0.7~0.9gです(大塚製薬「カロリーメイト」サイトより)。【応急処置】避難所の医療資源と環境でできることは限られていますが、透析患者の生命を奪うのは主にうっ血性心不全と高カリウムです。危険な高カリウム血症に対しては、内服薬としては陽イオン交換樹脂製剤のポリスチレンスルホン酸ナトリウム(商品名:ケイキサレート)が使われることがあります。陽イオン交換樹脂製剤は大腸でナトリウムとカリウムを交換しますが、カルシウムも吸着するため、カリウムに対する選択性は乏しいといわれています。ケイキサレート30gを20%ソルビトール50mLに溶解して内服してもらいます。非ポリマー無機陽イオン交換化合物の経口剤であるジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム(商品名:ロケルマ)は、胃で吸収され、カリウムに対する選択性が比較的高いのですが、災害時の使用については即効性の面を考慮し、薬剤師や製造元への確認が必要です。避難所では難しいかもしれませんが、血糖値を測定しながらインスリン+グルコース療法を行い、透析までの緊急回避を行う場合もあります。ヒューマリンR注10単位+50%ブドウ糖550mLを静脈注射し、その後は10%ブドウ糖液を50mL/hで投与する方法が提唱されています5,6)。災害時要配慮者である透析患者の被災時の対応について概説しました。災害医療は、あくまで日常の救急医療の延長であり、普段から「もしも」のことを意識しておくことが必要なことは言うまでもありません。 1) 日本透析医会 災害時情報ネットワーク 2) Lurie N, et al. Early dialysis and adverse outcomes after Hurricane Sandy. Am J Kidney Dis. 2015;66: 507-512. 3) Foster M, et al. Personal disaster preparedness of dialysis patients in North Carolina. Clin J Am Soc Nephrol. 2011;6:2478-2484. 4) Inoue T, Nakao A, Kuboyama K, Hashimoto A, Masutani M, Ueda T, Kotani J. Gastrointestinal symptoms and food/nutrition concerns after the great East Japan earthquake in March 2011: survey of evacuees in a temporary shelter. Prehosp Disaster Med. 2014;29:303-306. 5) Fadel E, et al. Scoping Review of Kidney Patients and Providers Perspectives on Disaster Management. Kidney Int Rep. 2025;10:1346-1359. 6) Lempert KD, et al. Renal failure patients in disasters. Disaster Med Public Health Prep. 2019;13:782-790.