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持続する疲労感は成長ホルモン不全症(AGHD)のせい?

 ノボ ノルディスク ファーマ株式会社は、都内で成人の成長ホルモン分泌不全症(AGHD)に関するプレスセミナーを開催した。 セミナーでは「成人成長ホルモン分泌不全症(AGHD)とは」をテーマに、亀田 亘氏(山形大学医学部付属病院 第三内科 糖尿病・代謝・内分泌内科)を講師に迎え、なかなか診療まで結びつかない本症に関し、症状、診断と治療、患者へのフォローなどが紹介された。成長ホルモンが不足するとAGHDを来す 成長ホルモン(以下「GH」と略す)は下垂体で作られ、20歳くらいまで多く分泌され、それ以降は低下する。そして、下垂体で作られたGHは、静脈血に乗って、さまざまな標的器官に運ばれ、次のように作用する。・脳:思考力、意欲、記憶力を高める作用・軟骨・骨:正常な軟骨・骨の成長と強固な骨構造、骨量を維持する作用・心・骨格筋:心筋の強度・機能を高め、心臓の駆出機能を維持する作用・免疫系:免疫機能を亢進する作用・脂肪組織:脂肪代謝を促す作用・肝臓:糖新生作用の促進、IGF-1産生を促す作用・腎臓:水、電解質の調節作用・生殖器系:精巣・卵巣の正常な成長・発達を促進し、生殖機能を維持する作用 GHが不足するとAGHDを来し、亢進すると先端巨人症などの疾患を来すためにGHはバランスよく分泌される必要がある。AGHDは疲労感、集中力の低下などの日常の症状から疑う AGHDの主な症状として(詳細は『成人成長ホルモン分泌不全症の診断と治療の手引き(平成24年度改訂)』を参考)、疲労感、集中力の低下、うつ状態、皮膚の乾燥、体型の変化、骨量の低下、サルコペニア、脳腫瘍の合併などがある(小児発症では成長障害を来す)。 そして、AGHDの原因としては、脳の腫瘍や頭部外傷、中枢神経の感染症が考えられ、腫瘍によるものが多いという。 AGHD診断では、先述の臨床所見のほか、インスリン、アルギニン、L-DOPAなどの負荷によるGH分泌刺激試験の結果と合わせて診断されるほか、同時に重症度も判定される。 AGHD治療では、ソマトロピン(商品名:ノルディトロピンほか)などGH補充療法が行われている。わが国では、1975年から成長ホルモン分泌不全性低身長症の治療にGH補充療法が開始され、1998年にコンセンサスガイドラインができたことで世界的な治療へと拡大した。AGHDには 2006年から適応となり、現在もさまざまなGH関連疾患への適応が続いている。 患者フォローについては、AGHDは指定難病に指定され、医療費のサポートなどが受けられるほか、成長科学協会などの研究団体、下垂体患者の会などの患者会があり、疾患・治療に関する情報の提供・啓発などが行われている。

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1人でも多くの人に正しい理解を―『がん悪液質ハンドブック』発信。シリーズがん悪液質(3)【Oncologyインタビュー】第7回

昨今、がん悪液質に関しては認知度が徐々に高まっているが、決定打となる治療方針はないのが実情である。そのような状況下で日本がんサポーティブケア学会は、2019年3月より、同学会監修によるガイドブックのダイジェスト電子版を学会HPで公開している。こうした取り組みについて、同学会で作成の実務を担当した、静岡県立静岡がんセンター 呼吸器内科の内藤 立暁氏に聞いた。―まず『がん悪液質ガイドブック』電子版作成の経緯を教えていただけますか。がん悪液質に関するガイドライン、治療指針は、欧州のEuropean Palliative Care Research Collaborative(EPCRC)によるガイドラインを除くと、世界的にもほとんどないのが現状です。日本では日本緩和医療学会、日本静脈経腸栄養学会などの関連ガイドラインの中で一部言及がある程度で、やはりまとまったマニュアル、ガイドラインはありませんでした。こうした中、日本がんサポーティブケア学会(JASCC)代表理事である田村 和夫先生(福岡大学医学部 総合医学研究センター 教授)から、最新研究をまとめた英文学術書『Cancer cachexia: mechanisms and progress in treatment(がん悪液質:機序と治療の進歩)』(著者:Egidio Del Fabbroら)の翻訳書を学会から発行しようという提案があり、そこから、学会内に高山 浩一先生(京都府立医科大学 呼吸器内科 教授)を部会長としたJASCC Cachexia部会で翻訳が始まりました。その結果、学会監修で『がん悪液質:機序と治療の進歩』が発刊されましたが、非常に膨大なものなので読み切ることは難しく、コンパクトにまとめたものが欲しいとの要望がありました。その要望にお応えしたのが、2019年3月にJASCCより発刊された全16ページの『がん悪液質ハンドブック』(以下ハンドブック)です。―ハンドブック作成の目的、無料の電子版を公表した意図を教えていただけますか。ハンドブックを作成した目的は大きく3つあります。1つ目は、がん悪液質の正しい理解を広め、社会の認知度を高めることです。臨床現場では「がん悪液質は終末期の緩和病棟などで起こる症状」という誤った固定概念が根付いてしまっています。しかし最近、がんの種類によっては、手術で治癒が見込める症例であっても、術前の体重や骨格筋の減少が術後転帰を悪化させることが報告されています。つまり進行がんだけでなく、治癒可能な早期のがんでも悪液質はすでに共存しているのです。この事実を医療従事者が広く知り、イメージを変えてもらいたいのです。2つ目は、医療従事者に、がん患者さんの体重への関心を高めていただくことです。がん悪液質の診断には体重測定が重要ですが、がん治療を専門とする医療機関であっても、定期的な体重測定の習慣が根付いていないことが少なくありません。がん患者さんの体重減少の重要性が認知されていないのです。体重を定期的に測定することによって、医療従事者にも患者さんにも栄養状態の変化に関心を持っていただきたいのです。3つ目の目的は、医師以外の医療従事者にも気軽に読んでいただき、多職種の連携に役立てていただくことです。ハンドブックでも述べたように、がん悪液質の治療は医師の力だけでは難しいのです。栄養士の栄養管理、理学療法士による運動療法、看護師の生活指導、薬剤師の薬剤管理、心理療法士の心理介入など、がん悪液質の治療には多職種の協力が不可欠です。そのため、内容を絞り込み、図説を多用することで、多くの職種の皆さんに受け入れやすいハンドブックとなるよう心がけました。―ガイドブックの内容について簡単にご説明ください画像を拡大する内容は3章立てで、第1章ではがん悪液質がどのような症状で、臨床転帰にどのような影響を及ぼすかを解説しています。それは、がん悪液質は生命予後に影響するという大枠はもちろんのこと、悪液質があれば、化学療法の効果減弱と副作用増加を引き起こし、結果として治療の継続性に関わる疾患であるという点です。また、筋肉量の減少に伴う体重低下と食欲の低下は、外見の変貌なども相まって外出・外食を控える、その結果、家族との軋轢が生じるなど、心理面の影響も大きいのです。加えて、前述のEPCRCガイドラインで示されている悪液質のステージも紹介しています。このステージ分類では「前悪液質」→「悪液質」→「不応性悪液質」という段階を踏み、すでに「前悪液質」で集学的介入の必要性があることをうたっています。前述した悪液質に対する誤ったイメージは、「不応性悪液質」と呼ばれる最終段階のみを悪液質だと思い込んでいるためではないかと考えられます。画像を拡大する第2章では、悪液質の症状と現在わかっているそのメカニズムを解説しています。骨格筋減少では慢性的炎症とそれに伴うサイトカインの分泌物が特殊な代謝状況を引き起こしていること、また脂肪組織から分泌され食欲を抑えるホルモン「レプチン」と、胃から分泌され食欲を増進するホルモン「グレリン」のバランスが治療の鍵を握ることなど、図解を用いて説明しています。第3章では、現在までにわかっている各種治療の実態を解説しています。早期診断・早期介入の必要性、薬物だけでなく栄養、運動、社会心理面など、集学的介入の必要性を示しています。要は、がん悪液質の治療はどこか1つのスイッチを押せばよいというのではなく、多職種連携のもとで集学的に取り組む必要性があることが、この章でお伝えできればと思います。また、新規に開発されている薬物療法も紹介しています。―臨床現場でどのような活用を期待していますか?まずは病棟や外来で設置や配布し、看護師、薬剤師、理学療法士など多くの医療従事者に目を通していただき、がん悪液質の認知を広めてほしいということに尽きます。患者さんに見ていただいても差し支えないとも思っています。患者さんにとってはやや難しい内容かもしれませんが、「がん悪液質」という病名とその概要を大まかに知っていただき、医療スタッフと体重についてお話するきっかけになるかもしれません。医療現場でこのような対話が増えることが、がん悪液質の早期発見と早期治療の鍵となると考えています

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骨粗鬆症治療薬が筋力を左右する?

 骨粗鬆症治療を受けている患者は骨折リスクだけではなく、筋力の低下も問題である。そんな患者を抱える医師へ期待できる治療法の研究結果を紹介すべく、2019年6月14日、第19回日本抗加齢医学会総会にて宮腰 尚久氏(秋田大学大学院整形外科学講座 准教授)が「骨粗鬆症治療薬による筋力とバランスの変化」について講演した。骨粗鬆症治療薬が筋にも影響? 近年、骨粗鬆症治療薬である活性型ビタミンD3薬において、筋やバランスに対する効果が報告されている。骨粗鬆症治療には、骨折の予防だけではなく、転倒リスクの軽減も求められる。そのため、転倒予防として筋力の低下やバランス障害の改善も視野に入れなければならない。既存の骨粗鬆症治療薬においては、間接的作用として、骨折抑制による廃用予防や鎮痛作用による身体活動の維持が検証されてきた。宮腰氏は、「直接作用である筋・バランスに対する何らかの効果を検証する必要がある」とし、それらの臨床試験が実施された薬物(活性型ビタミンD3、アレンドロネート、ラロキシフェン)を提示した。 ラロキシフェンの場合、閉経後女性に対する投与後の体組成と筋力の変化をみた研究によると、Fat-free massと水分量でプラセボ群と有意な差がみられたが、膝の伸展筋力や握力には有意差がみられなかった。一方で、アレンドロネートを投与すると握力が増える、あるいはサルコペニアのバイオマーカーであるIL-6の減少が報告されているが、この効果を発揮させるためにビタミンDを併用する場合がある。同氏が今回引用した研究1)でも、アレンドロネートにカルシトリオールが併用されており、「筋力とIL-6の変化はビタミンDによる影響が大きい」とコメント。また、海外文献のメタアナリシスより天然型ビタミンD、活性型ビタミンD3で有意な転倒抑制効果があると報告した。日本人の骨粗鬆症患者にもビタミンD併用は有用か? このような海外データを踏まえ、同氏らは活性型ビタミンD3による影響を国内でも検証するために、『多施設共同研究による活性型ビタミンD3薬の転倒関連運動機能に対する効果の検討』を実施。75歳以上の閉経後骨粗鬆症患者のうち、易転倒性を有すると考えられる利き手の握力が18kg未満の患者を対象とし、転倒回数と転倒関連運動機能について6ヵ月間の活性型ビタミンD3製剤(カルシトリオール、アルファカルシドールのみ)投与の介入前後で比較した試験2)を行った。その結果、観察期間から最終評価時において握力と5m歩行速度、Timed up&goテストにおいて有意な改善が得られた。エルデカルシトールではどうか ビタミンDの筋に対する基礎研究から、ビタミンD受容体に作用して筋の同化に関わるジェノミック作用、カルシウム代謝などのさまざまな経路を介するラピッドエフェクト(ノンジェノミック作用)があり、それらをもって筋肉に作用することが明らかになっている。 しかし、エルデカルシトール(ELD)を用いた研究が世界的になされていないことから、同氏らはELDが筋力や動的バランスに有効性を発揮するか否かについて、ラットによる動物実験ののち、臨床試験にて検証。閉経後女性をアレンドロネート35mg/週単独群14例とELD0.75μg/日併用群17例に割り付け、握力、背筋力、腸腰筋力、動的座位バランスなどを測定した。その結果、動的バランス能力、外乱負荷応答の各指標であるTUGテスト、動的座位バランスが改善した。このことから同氏は「ELDは動的バランス能力の改善に寄与している可能性がある」と示唆した。 同氏はビタミンDと運動を併せた動物実験なども行ったうえで、骨粗鬆症治療薬における「ビタミンDの筋に対する効果を期待するためには“運動療法との併用”が実践的かもしれない」と締めくくった。

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サルコペニアは肺がん患者の約半数に合併し、OSを短縮する/Chest

 健康寿命を延ばすキーワードの1つとして注目されるようになったサルコペニア(骨格筋減少)だが、疾患予後との関連も注目されている。中国・四川大学のMing Yang氏らは、さまざまな報告がある肺がん患者の予後との関連について、コホート研究のメタ解析を行い、サルコペニアは、肺がん患者の約2人に1人と非常に多く認められること、小細胞肺がん(SCLC)患者および種々のStageの非小細胞肺がん(NSCLC)患者で全生存期間(OS)不良の重要な予測因子であることを明らかにした。Chest誌オンライン版2019年5月22日号の掲載報告。 研究グループは、肺がん患者におけるサルコペニアの予後に及ぼす影響を評価する目的で、MEDLINE、EmbaseおよびCochrane Central Register of Controlled Trialsを用い、2018年7月23日までに発表された後ろ向きまたは前向きコホート研究を特定し、システマティックレビューおよびメタ解析を行った。 個々の研究のバイアスリスクの評価には、Quality in Prognosis Study(QUIPS)を用いた。異質性および出版バイアスを調べ、サブグループ解析および感度解析を行った。 主な結果は以下のとおり。・13件(計1,810例)の研究が解析に組み込まれた。・サルコペニアの有病率は、NSCLC患者で43%、SCLC患者で52%であった。・サルコペニアは、肺がん患者のOS不良と関連していた(HR:2.23、95%CI:1.68~2.94)。・この関連は、NSCLC(HR:2.57、95%CI:1.79~3.68)およびSCLC(HR:1.59、95%CI:1.17~2.14)のいずれにおいても認められた。・サルコペニアはNSCLCにおいて、StageI~II(HR:3.23、95%CI:1.68~6.23)およびStageIII~IV(HR:2.19、95%CI:1.14~4.24)における、OS不良の独立予測因子であった。・しかしながら、サルコペニアはNSCLC患者の無病生存(DFS)の独立予測因子ではなかった(HR:1.28、95%CI:0.44~3.69)。

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肺がん患者の7割が合併。食欲不振など悪液質の実態

 がん悪液質は、がん克服の重要な課題の1つとされており、肺がんでは死亡率上昇との関連も指摘されている。悪液質の定義と分類については2011年に、主に体重減少、サルコペニア(骨格筋量減少)、炎症および食欲不振に基づくものとの国際的なコンセンサスが発表されているが、フランス・パリ・サクレー大学のSami Antoun氏らは、非小細胞肺がん患者について初となるFearon基準に基づく分類を試みた。その結果、Fearon悪液質ステージ分類と、QOLの機能尺度および身体活動レベルはリンクしており、早期の悪液質を臨床的に検出するのに役立つ可能性が示されたという。Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle誌オンライン版2019年4月1日号掲載の報告。非小細胞肺がん患者がFAACT質問票の食欲不振/悪液質サブスケールに回答 研究グループは、Fearonらの基準と定量化パラメータを用い、非小細胞肺がん患者の悪液質のステージ分類を行う目的で、横断的な非介入の多施設共同研究を行った。非小細胞肺がん患者集団における悪液質の分布と、非小細胞肺がんの分子異常と悪液質の関連を示す初の研究である。 L3のCTスキャンにて骨格筋量を評価するとともに、患者にFAACT(Functional Assessment of Anorexia/Cachexia Therapy)質問票の食欲不振/悪液質サブスケール、EORTC QLQ-C30、および国際標準化身体活動質問票(International Physical Activity Questionnaire:IPAQ)に回答してもらい、分析評価した。 非小細胞肺がん患者の食欲不振など悪液質を調査した主な結果は以下のとおり。・56施設から非小細胞肺がん患者531例が登録され、312例が骨格筋量の測定を受けた。・非小細胞肺がん患者背景は、男性が66.5%で、平均年齢は65.2、79.9%がPS 0~1で、StageIIIB/IVが87.3%と大半を占めた。・非小細胞肺がん患者の38.7%が悪液質、33.8%が前悪液質、0.9%が不応性悪液質であった。・腫瘍の分子プロファイルは、悪液質の存在と有意に関連した。・EGFR、ALK、ROS1、BRAFまたはHER2陽性患者では悪液質の併存が23.9%であったが、K-RAS陽性では41.4%、分子異常のない患者では43.2%であった(p=0.003)。・悪液質のステージが進行しているほど、QOL(p<0.001)とIPAQ(p<0.001)の機能尺度が低下した。・サルコペニアは、悪液質の66.7%、および前悪液質患者の68.5%にみられた。・前悪液質の非小細胞肺がん患者の43.8%は、わずかな体重減少(2%以下)を伴うサルコペニアのみで、食欲不振はなかった。

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脳心血管病予防策は40歳からと心得るべき/脳心血管病協議会

 日本動脈硬化学会を含む16学会で作成した『脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート2019』が日本内科学会雑誌第108巻第5号において発表された。2015年に初版が発行されてから4年ぶりの改訂となる今回のリスク管理チャートには、日本動脈硬化学会を含む14学会における最新版のガイドラインが反映されている。この改訂にあたり、2019年5月26日、寺本 民生氏(帝京大学理事・臨床研究センター長)と神崎 恒一氏(杏林大学医学部高齢医学 教授)が主な改訂ポイントを講演した(脳心血管病協議会主催)。脳心血管病予防が今後はますます求められる  2018年12月、「健康寿命の延伸などを図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」が成立した。2015年度国民医療費1)は42兆円を超え、内訳を見ると循環器疾患に対する医療費は全体の19.9%(5兆9,818億円)、次いで、悪性新生物が13.7%(4兆1,257億円)を占めていた。近年では医療の発展に伴い、病態の発症から死亡に至るまでの期間が伸びているものの、平均寿命と健康寿命の差はまだ大きい。死亡までに介護が必要となった主たる原因も、認知症を上回り、脳血管疾患が1位にランクインしている2)。このように、そのほか問題視されている肥満、糖尿病、喫煙などの現状を踏まえると、今後ますます、脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートの活用が求められるようになる。脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートの対象 厚生労働省による“人生100年時代構想”や高齢者のフレイル・介護問題を受け、今回の改訂でも高齢者の留意点が多く盛り込まれた。健康寿命を伸ばして要介護期間を短くする、つまり“不健康な期間”を短縮することがわれわれの使命、と考える両氏。神崎氏は、「65歳以上になってから努力するのではなく、中年期から努力することが健康寿命を延ばすためには必要。高齢者の場合は生活習慣病を管理しながら、多病に基づくポリファーマシーやサルコペニア/フレイルの発生にも注意する必要がある」とし、寺本氏は「高血圧などの危険因子を持たない段階での予防(0次予防)の患者に啓発することが重要」と、脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートの対象者について言及。また、寺本氏は「定期的にチェックするために誕生日月に実施するのが有用。その旨を事前に患者に伝えておくと、患者自身も覚えている」と活用時期やその方法についてコメントした。脳心血管病リスクの管理状態の評価ツールとして活用可能 脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートは、臨床現場で使用しやすいようにStep1~6までの順に従って診断・診療できるように設計されている。また、健康診断などで偶発的に脳心血管病リスクを指摘されて来院する患者を主な対象者とし、既に加療中の患者に対しても、管理状態の評価ツールとして活用可能になるようにも作成されている。 以下に脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート各Stepにおける留意点を示す。◆Step1:スクリーニングと専門医等への紹介の必要性の判断基準a~cに分類。aでは家族歴や脈拍について重視、bの場合は空腹時血糖の測定が必要になるため、空腹時での来院を求める必要がある。また、アルドステロン症の見落としが散見されるため、この段階でしっかりチェックする必要がある。cでは、各専門医への紹介の必要性がある対象者を明確にしている。また、慢性腎臓病(CKD)の記載方法が変更している。◆Step2:各リスク因子の診断と追加評価項目脳心血管病の各リスク因子の診断と追加評価項目は各学会のガイドラインに準拠。◆Step3:治療開始前に確認すべきリスク因子喫煙リスクがある患者での禁煙指導が重要で、1回/年の確認が鍵となる。また、個々の病態に応じた管理目標について高齢者について加味している点がポイント。◆Step4:リスクと個々の病態に応じた管理目標の設定改訂前はリスク層別にNIPPON DATA80を使用していたが、今回は「吹田スコア」の使用を推奨。脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートには危険因子を用いた簡易版が載っているので、それを基にリスクスコアを算出することが可能。◆Step5:生活習慣の改善食事摂取量は、日本人の食事摂取基準を参考にし、これまでのkcal重視からBMI重視に変更。身体活動を患者と共有できるよう詳細に記述。◆Step6:薬物療法の紹介と留意点実際の薬物療法については各疾患のガイドラインに従い、導入前には生活習慣の改善を基盤に患者とのコンセンサスを得ることが重要。 脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャートは、5年に1回のタイミングで更新を目指しており、大きな改訂はできなくとも各学会で改訂事項が発表された際には、それらを脳心血管病協議会で話し合い、対策を講じるという。最後に寺本氏は「このような類いの包括的な管理チャートは海外では作成されておらず、世界に一歩先立った活動である」と締めくくった。■「日本人の食事摂取基準」関連記事日本人の食事摂取基準2020年版、フレイルが追加/厚労省

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かかりつけ医のための適正処方の手引き(糖尿病)が完成/日本医師会

 2019年6月4日、日本医師会の江澤 和彦氏(常任理事)が、『超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き(3)糖尿病』の完成を記者会見で発表した。高齢者糖尿病の現状をふまえたかかりつけ医のための手引きの作成 厚生労働省から発表された平成28年国民健康・栄養調査結果の概要によれば「糖尿病が強く疑われる者」は約1,000万人と推定され、その中で、65歳以上の高齢者が占める割合は約60%以上となっている。今後も高齢化に伴い65歳以上の糖尿病患者の増加が予想される。 高齢者糖尿病では、一般的に老化の特徴としての身体機能、認知機能などの個人差が大きくなる。また、75歳以上の高齢糖尿病患者ではとくに認知機能障害、ADL低下などの老年症候群や重症低血糖、脳卒中の合併症などを起こしやすいと言われている。 『超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き(3)糖尿病』では、75歳以上の高齢者と老年症候群を合併した65歳から74歳の前期高齢者を「高齢者糖尿病」と想定し、日本老年医学会の協力により作成された。 今回のかかりつけ医のための適正処方の手引きは、2017年『(1)安全な薬物療法』、2018年『(2)認知症』に続く第3弾としての発刊。いずれも日本医師会のサイトに全ページがpdfで掲載されており、ダウンロード可能。超高齢社会におけるかかりつけ医のための適正処方の手引き(3)糖尿病《目次》1.糖尿病の現状と治療総論2.高齢者糖尿病における認知機能障害と身体機能障害(ADL低下、サルコペニア、フレイル)3.高齢者糖尿病の血糖コントロール目標設定4.高齢者糖尿病の治療 1)総論 2)高齢者糖尿病の食事療法 3)高齢者糖尿病の運動療法 4)シックデイの対策5.高齢者糖尿病の薬物療法(総論)6.高齢者糖尿病の薬剤使用の注意点7.高齢者糖尿病の低血糖 1)低血糖の特徴  2)低血糖の対策 8.糖尿病における高齢者総合機能評価(CGA)

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第10回 高齢者糖尿病の薬物療法(メトホルミン、SGLT2阻害薬)【高齢者糖尿病診療のコツ】

第10回 高齢者糖尿病の薬物療法(メトホルミン、SGLT2阻害薬)Q1 腎機能低下を考慮した薬剤選択・切り替え(とくにメトホルミンの使用法)について教えてくださいeGFR 30mL/分/1.73m2未満の腎機能低下例では、メトホルミン、SU薬、SGLT2阻害薬は使用しないようにします。腎機能の指標としては血清クレアチニン値を用いたeGFRcreがよく用いられますが、筋肉量の影響を受けやすく、やせた高齢者では過大評価されてしまうことに注意が必要です。このため、われわれは筋肉量の影響を受けにくいシスタチンC (cys)を用いたeGFRcysにより評価するようにしています。メトホルミンの重大な副作用として乳酸アシドーシスが知られており、eGFR 30mL/分/1.73m2未満でその頻度が増えることが報告されています1)。したがって、本邦を含めた各国のガイドラインでは、eGFR 30未満でメトホルミンは禁忌となっています。しかし30以上であれば、高齢者でも定期的に腎機能を正確に評価しながら投与することで、安全に使用できると考えています。各腎機能別のメトホルミンの具体的な使用量は、eGFR 60以上であれば常用量を投与可能、eGFR 45~60では500mgより開始・漸増し最大1,000mg/日、eGFR 30~45では最大500mg/日とし、eGFR 30未満では投与禁忌としています。なお、重篤な肝機能障害の患者への使用は避け、手術前後やヨード造影剤検査前後の使用も中止するようにします。心不全に関しては、メトホルミン使用の患者では死亡のリスクが減少することが報告されており、FDAでは禁忌ではなくなっています。ただし、本邦ではまだ禁忌となっているので注意する必要があります。また腎機能は定期的にモニターし、eGFRが低下するような場合には、上記の原則に従って減量する必要があります。また経口摂取不良、嘔気嘔吐など脱水のリスクがある場合(シックデイ時)には投与中止するようにあらかじめ指導しておくことが重要です2)。SGLT2阻害薬については、次のQ2で解説します。Q2 高齢者でのSGLT2阻害薬の適否の考え方は?近年、心血管リスクの高い糖尿病患者に対する、SGLT2阻害薬の心血管イベント抑制作用や腎保護作用が相次いで報告されています。SGLT2阻害薬は腎機能が高度に低下しておらず(eGFR≧30 mL/分/1.73m2が目安)、肥満・インスリン抵抗性が疑われる患者には適しており、これらの患者には、メトホルミンと同様に治療早期から使用しているケースも多いです。ただし、下記に挙げるさまざまな注意点があり、通常は75歳まで、最高でも80歳前後までの患者への投与を原則とし、80歳以上の患者にはとくに慎重に投与しています。75歳未満の患者では下記に留意し、対象患者を定めています:1.脱水や脳梗塞のリスクがあるため、認知機能やADLが保たれており飲水が自主的に十分できる患者かどうか(利尿薬投与中の患者ではとくに注意が必要)2.性器・尿路感染のリスクがあるため、これらの明らかな既往がないかどうか3.明らかなエビデンスはないが、筋肉量減少の懸念があるため、サルコペニアが否定的で定期的な運動を行えるかどうかそのほか、メトホルミンと同様に、シックデイ時には投与中止するようにあらかじめ指導しておくことが非常に重要です3)。Q3 認知症で服薬アドヒアランスが低下、投薬の工夫があれば教えてください認知症患者の服薬管理においては、認知機能の評価とともに、社会サポートがあるかどうかの確認が重要です。家族のサポートが得られるか、介護保険の申請はしてあるか、要支援・要介護認定を受けているかを確認し、服薬管理のために利用できるサービスを検討します。実際の投薬の工夫としては、以下に示すような方法があります。1.服薬回数を減らし、タイミングをそろえるたとえば食前内服のグリニド薬やαグルコシダーゼ阻害薬(α‐GI)にあわせて、他の薬剤も食直前にまとめる方法がありますが、そもそも1日3回投与薬の管理が難しい場合は、1日1回にそろえてしまうことも考えます。最近、DPP-4阻害薬で週1回投与薬が登場しており、単独で投与する患者にはとくに有用ですが、他疾患の薬剤も併用している場合にはむしろ服薬忘れの原因となることもあるので、注意が必要です。なお、最近ではGLP-1受容体作動薬の週1回製剤も利用できますが、これはDPP-4阻害薬よりも血糖降下作用が強く、さらに訪問や施設看護師による注射が可能なため、われわれは認知症患者に積極的に使用しています。2.配合薬を利用するDPP-4阻害薬とメトホルミンなど、複数の成分をまとめた薬剤が次々登場しています。配合薬は、服薬錠数を減らし、服用間違いや負担感を減らすと考えられますが、たとえば経口摂取不能時や脱水時などシックデイの状態のときにSU薬やメトホルミンなど特定の薬剤だけを減量・中止したいときに扱いづらいという欠点があり、リスクの高い患者にはあえて使用しないこともあります。3.一包化する服薬タイミングごとの一包化も服薬忘れの軽減に有用ですが、配合薬と同様、シックデイ時にSU薬などを減量・中止することが難しくなるため、リスクの高い患者には当該薬剤だけを別包にするケースもあります。2、3ともに、シックデイ時にどの薬剤を減量・中止するのか、医療機関に連絡させ受診させるのか、という点について、介護者を含めて事前に話し合い、伝えておくことが重要です。4.配薬、服薬確認の方法を工夫するカレンダーや服薬ボックスにセットする方法が一般的であり、家族のほか、訪問看護師や訪問薬剤師にセットを依頼することもあります。しかしセットしても患者が飲むことを忘れてしまっては意味がありません。内服タイミングに連日家族に電話をしてもらい服薬を促す方法もありますが、それでも難しい場合、たとえば連日デイサービスに行く方であれば、昼1回に服薬をそろえて、平日は施設看護師に確認してもらい、休日のみ家族にきてもらって投薬するという方法も考えられます。 1)Lazarus B et al. JAMA Intern Med. 2018; 178:903-910.2)日本糖尿病学会.メトホルミンの適正使用に関する Recommendation(2016年改訂)3)日本糖尿病学会.SGLT2阻害薬の適正使用に関する Recommendation(2016年改訂)

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第9回 高齢者糖尿病の薬物療法(総論、SU薬)【高齢者糖尿病診療のコツ】

第9回 高齢者糖尿病の薬物療法(総論、SU薬)Q1 低血糖リスクを考慮した薬剤選択の原則について教えてください高齢者の糖尿病治療では、まずは患者ごとに適正な血糖コントロール目標値を設定することが重要です(第4回参照)。そのうえで、低血糖リスクを考慮しつつ各薬剤をどのように使い分けるか、考え方を以下にご紹介します。DPP-4阻害薬は、単独では低血糖リスクがきわめて低く、腎障害があっても使用できる薬剤があります。またSU薬に加えることで、SU薬の減薬や中止をする際に非常に有用です。また、同じインクレチン関連薬であるGLP-1受容体作動薬の使用も考慮されることがあります。フレイルの高齢者で、SU薬以外の内服薬±GLP-1受容体作動薬が、SU薬やインスリンを中心とした場合に比べ低血糖の発症が1/5になったというデータもあります(図)1)。画像を拡大するメトホルミンは高齢者で唯一投与できるビグアナイド薬です。高齢者でもメトホルミンの使用は心血管疾患、死亡のリスクを減らし、サルコペニア、フレイルなどへの好影響を及ぼすという報告があります。したがって、海外のガイドラインでは高齢者でもメトホルミンは第一選択薬とされており、低血糖リスクを考慮すると、DPP-4阻害薬とともに高齢者でまず選択すべき薬剤の1つとなります。メトホルミンはeGFR 30mL/分/1.73m2以上を確認して使用します(第10回、Q1で詳述)。DPP-4阻害薬、メトホルミンでも血糖コントロールが不良の場合には、少量のSU薬、SGLT2阻害薬、グリニド薬、αグルコシダーゼ阻害薬(α‐GI)、チアゾリジン薬のいずれかを選択します。SU薬は高用量で投与すると低血糖の重大なリスクとなるため、SU薬使用者では血糖コントロール目標値に下限値が設けられています(第6回参照)。したがって、SU薬はなるべく使わず、使用したとしても少量の使用にとどめることにしています。グリクラジドで20mg(できれば10mg)/日、グリメピリドで0.5mg(できれば0.25mg)/日以下にとどめます。肥満がなくインスリン分泌が軽度低下している場合、少量のSU薬が血糖コントロールに有用なケースもあります。この場合の投与量は空腹時血糖が低血糖にならないレベルに設定するべきであり、可能であればCGM(Continuous Glucose Monitoring)を行って、夜間・空腹時低血糖がないことを確認することが望まれます。なお、グリニド薬はSU薬に比べ重症低血糖のリスクは少ないものの、やはり注意が必要です。α‐GIは腸閉塞など腹部症状のリスクがあり、開腹歴のある患者では使用を控えます。チアゾリジン薬は浮腫・心不全、またとくに女性において骨折のリスクが知られており、心不全患者には投与しないようにします。女性では少量(たとえば7.5 mg)から開始し、慎重に投与します。Q2 SU薬の減量と他剤への切り替えのポイントは?SU薬は腎排泄なので、腎機能低下例(eGFR<45mL/分/1.73m2)では減量、 eGFR<30では原則中止して、DPP-4阻害薬などの他剤へ切り替えます。しかし、SU薬をDPP-4阻害薬にいきなり切り替えると高血糖になることが少なくありません。そのため、まずはSU薬の用量を半分に減らし、DPP-4阻害薬を追加することをおすすめします。さらに、腎機能低下が軽度にとどまる場合は、メトホルミン、また肥満・インスリン抵抗性が疑われる場合はSGLT2阻害薬へ切り替えるケースもありますが、それぞれ第10回で後述する注意点があります。このほか、グリニド薬、α‐GI、チアゾリジン薬などのいずれかを追加することで、徐々にSU薬を減らしていくといいと思います。しかし、これらの薬剤のアドヒアランス低下がある場合や使用できない場合は、DPP-4阻害薬をGLP-1受容体作動薬に変更するとうまくいく場合があります(第10回、Q3)。食事量にムラがある場合は、インスリン分泌に影響のある薬剤を投与すると低血糖を起こしやすいため、やはりDPP-4阻害薬を中心としたレジメンとなります。また、中等度以上の認知症で食事量が不規則な場合、体重減少が著しい場合、HbA1c値が目標下限値を下回った場合(たとえばHbA1c 6.0%未満または6.5%未満)には低血糖リスクが高い薬剤から減薬を試みます。1)Heller SR, et al. Diabetes Obes Metab. 2018;20:148-156.

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がん診断時から発現、抗がん剤が効かない。シリーズがん悪液質(2)【Oncologyインタビュー】第6回

がん患者の強力な予後因子である悪液質。十分に解明されていなかったそのメカニズムが明らかになりつつある。悪液質の機序や治療への影響といった最新かつ基本的な情報について、日本がんサポーティブケア学会 Cachexia部会部会長である京都府立医科大学 医学研究科 呼吸器内科学の髙山 浩一氏に聞いた。悪液質の症状はいつごろから起こっているのでしょうか。がん患者さんの一部には体重減少を主訴として受診される方がいます。全国で406例の進行非小細胞肺がん患者を登録し、1年間の前向き観察をした研究(TORG0912研究)では、初診の段階で6ヵ月以内に5%以上の体重減少という悪液質の基準を満たしていた患者さんは、体重経過が不明な方が多い中、全体で7%おられました。この試験では、食欲不振、体重減少、握力(筋力)、疲労感の4つが強く関連しており、がん悪液質を構成する因子と思われます。どれが最初に起こるかは不明ですが、いずれにせよ予想以上に早い段階から悪液質の症状が発現していると考えられます。悪液質というとエンドステージの印象がありますが、そうではないのですね。進行期のがん患者の多くが、前悪液質(Pre Cachexia)の状態にあるといっても良いでしょう。EPCRCのコンセンサスでも前悪液質からの早期介入の必要性を推奨しています。この段階から食欲や体重の変化に注意しておけば悪液質の進行に早めに気づくことができると思います。がん悪液質を合併すると予後が悪くなるということですが、実際にはどうなのでしょうか。悪液質の主たる徴候である体重減少は、強力な予後因子であることがはっきりしています。前出のTORG0912研究では、体重減少の程度によって均等に4群(BMI減少2.3%以下、2.3~6.1%、6.1~10.9%、10.9%超)に分けた結果、体重減少が大きいほど、明確に生存期間が短くなっていきます。この中で、悪液質の定義に当てはまるグループ3と4(体重減少6.1~10.9%、10.9%超)を見ると、最も体重減少が低い群に比べ有意に生存期間が短くなっています。また、悪液質はがん治療にも影響を及ぼします。抗がん剤はPSが良好であるほど効果が表れやすく、副作用が起こりにくいのです。逆に、PSが悪いと効果が表れにくく、副作用が出やすくなります。PSは体重と同じく強力な予後因子です。PSの低下は筋肉量の減少と関連します。悪液質は骨格筋量が低下しますので、PS低下と直結しています。つまり、悪液質では、同じ量の抗がん剤を使っても効果は出にくく、副作用が出やすくなると考えられ、治療の側面からも予後を悪化させてしまう可能性が大きいと思います。がん患者さんではさまざまな要因で体重減少がみられますが、悪液質の実臨床での鑑別はどのようにすべきですか。抗がん剤治療は食欲不振や体重減少を来します。短期間で回復する体重減少や食欲不振については、まず治療の影響を考えます。体重が一旦減って時間と共に回復するという現象が繰り返されますが、がんの進行と共に、だんだん回復しなくなってきます。その段階では悪液質(Cachexia)への移行を考えます。さらに、食べても体重が減るという状況では不応性悪液質(Refractory Cachexia)への移行を考慮します。そうなる前に介入することが必要です。そもそも5%の体重減少を認識するには、ベースラインの体重を認識していることが必要ですので、今以上に体重に注意を払っていただければと思います。また、悪液質の治療において食事は非常に大きなファクターです。“食べても痩せてしまう”より前に、“食べられない”という状態の患者さんが多くおられます。最近は、抗がん剤治療患者用の特別メニューを作っている病院が増えています。食事の総カロリーは少なくても、がん患者さんが“食べやすい”メニューであれば、結果として摂取カロリーが多くなります。学問的ではありませんが、食べられるということは、患者さんの生きる力になるという側面はあると思います。食事で栄養を摂取できることは、悪液質の進行を遅らせることにもつながると考えています。

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食べられない、食べても痩せる…シリーズがん悪液質(1)【Oncologyインタビュー】第5回

がん患者の強力な予後因子である悪液質。十分に解明されていなかったそのメカニズムが明らかになりつつある。悪液質の機序や治療への影響といった最新かつ基本的な情報について、日本がんサポーティブケア学会 Cachexia部会部会長である京都府立医科大学 医学研究科 呼吸器内科学の髙山 浩一氏に聞いた。日本がんサポーティブケア学会には独立した悪液質部会がありますが、設立された背景を教えていただけますか。日本がんサポーティブケア学会では、がんに伴うさまざまな症状や副作用への支持療法に特化して各部会を立ち上げています。がん患者が痩せるのは、がんによる1つの症状です。そこに光を当てるべく、新たに悪液質を独立したカテゴリとして集中的に扱う部会にしました。その背景には、悪液質の病態が徐々に明らかになってきたこと、悪液質の基準がはっきりしてきたこと、それに伴う薬剤の開発が見えてきたという背景があります。がん患者における悪液質の合併頻度はどの程度なのでしょうか。がん患者が痩せるというのは昔から知られていたことですが、体重減少の頻度は、がんの種類によって異なります。最も多いのは消化器がんで、胃がんやすい臓がんでは80%を超えます。次いで多いのは肺がんの60%程度です。どちらも、かなり高い割合で合併します。現在の悪液質の定義について教えていただけますか。2011年、European Palliative Care Research Collaborative(EPCRC)は、がん悪液質の定義と診断基準のコンセンサスの中で、「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無に関わらず)を特徴とする多因子性の症候群」と定義しています。また、悪液質を前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つのステージに分類し、(1)過去6ヵ月間の体重減少5%以上(2)BMI 20未満では体重減少2%以上、(3)サルコペニアでは体重減少2%以上、これら(1)~(3)の3つのいずれかに該当するものを悪液質としています。また、前悪液質からの早期介入の必要性を推奨しています。CRPやアルブミン値に基づくグラスゴースコアなどもありますが、臨床で現実的に使うことを考えると、体重で決まるこのコンセンサスレポートが使いやすいと思います。がん悪液質のメカニズムが徐々に解明されつつあるとのことですが、現在わかってきたことを教えていただけますか。悪液質の本態として、がん細胞が自ら出している因子と、がんにより生じる全身炎症の結果、がん細胞周辺の正常組織が出している因子が、すべてタンパク質や脂肪の分解、食欲抑制という方向に働いて、痩せていくというメカニズムがわかってきました。がん細胞が自ら放出するタンパク質分解誘導因子(PIF)や脂質動員因子(LMF)などが、タンパク質を分解し骨格筋を減少させ、脂肪分解を促進します。がん細胞は、タンパク質や脂肪を分解することで出るアミノ酸やエネルギーなどを利用している可能性があります。また、がんによる全身性炎症は、がん細胞周辺の正常組織から炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-αなど)を放出させます。炎症性サイトカインは、食欲を抑制すると共にタンパク質分解と脂肪分解を促進します。また、肝臓の糖新生を亢進し、インスリン抵抗性を生じさせます。インスリン抵抗性があると糖が肝臓に取り込まれない、つまり頑張って食べても身にならないという状態になります。悪液質のきっかけとして、治療初期の抗がん剤による食欲低下で食べられなくなる。つまり、カロリー摂取ができなくなること、これが悪液質の引き金になっている可能性があると思います。1)日本がんサポーティブケア学会 がん悪液質ハンドブック

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次世代JROADでバイオマーカーの予測目指す/日本循環器学会

 高齢化とともに心不全罹患率は上昇傾向を示し、治療の発展からその予後は短期的から長期的へ変遷する。2018年12月には、「脳卒中・循環器病対策基本法」が成立し、がん患者以外の緩和ケア医療も進んでいくだろう。2019年3月29~31日、横浜で開催された第83回日本循環器学会学術集会で、井手 友美氏(九州大学医学研究院循環器病病態治療講座准教授)が、循環器疾患診療時実態調査(JROAD)を活用した心不全に対する新たな取り組みについて講演した。JROADが新たな時代へ始動 JROAD研究がスタートしたのは2004年。全国的に循環器診療の実態調査を展開して診療実態を具体的な数で把握、得られたデータは会員や社会へ発信し、循環器診療の質を向上させることが目的であった。そして、この研究を行ったDPC対象施設のデータからデータベース構築を2014年から開始したのが、JROAD-DPC databaseである。 このJROAD-DPCから心不全による過去の報告では、男性:75±12歳、女性:81±12歳と、男女ともに高齢化が進んでいることが報告され、NYHA分類で重症なほど、死亡退院数は増加傾向であった。これに対し、井手氏は「心不全患者の老化、重症化、とくに女性の心不全患者が非常に多い」と、現況について懸念した。ほかの心不全レジストリ研究との比較 しかし、JROAD-DPCのデータからは、本当にその患者が心不全であるかどうか、また具体的な心不全の基礎疾患、長期予後については不明である。そこで、患者・施設・地域レベルの横断的かつ縦断的な分析を可能とする全国的データベースの構築を目的として、“JROADHF”を開始。これは、日本循環器学会が実施しているJROAD登録施設をランダム抽出し、2013年1月1日~12月31日の1年間にDPCによって急性心不全による入院とされた、心不全入院患者1万例を対象とした多施設共同後向き観察研究である。実際には、1万4,847例(128施設)が登録され、各施設にてDPCデータに追加してカルテレビューを行い、心不全の臨床情報の詳細、さらには2017年12月31日までの予後調査を追加で行った。約10.2%(1,515例)は非心不全症例であり、これに対し同氏は、「DPCからの急性心不全病名での入院症例のうち約90%が心不全症例であることが確認された」とし、「全症例の詳細な再調査により、短期予後は1万3,238例を、長期予後は、入院中の死亡例7.7%(1,024例)と予後調査データ欠測症例8%(1,078例)を除いた1万1,136例を解析対象症例とした」と述べた。 このJROADHF研究をこれまでの後向きレジストリと比較すると、心不全の診断精度が高く、入院中の医療介入のすべての情報が正確に得られる、患者数が大規模、全国調査が可能、短期・長期予後の調査も可能、データ取得に要する時間の早さなど、さまざまな点で質の高さが伺える。 一方、後向き研究が故に、現在問題視されるような評価項目を入れる事ができないため、新たな研究として“JROADHF-NEXT”が立ち上げられた。フレイル、認知・運動機能について評価 JROADHF-NEXTは、急性心不全による入院患者を対象に、JROADHF研究では得られなかった、最近の知見や治療内容を反映したデータベースを構築。臨床情報やバイオマーカーを用いた心不全発症・重症化の新たな予測指標・リスク層別化法を開発するとともに、その有効性を検証することを目的とした、多施設共同前向き登録観察研究である。患者登録は2019年4月より開始している。 この研究によって、心不全患者の全国規模のフレイル、サルコペニアを含めた新たな臨床情報に加え、バイオバンク(血漿、血清、尿)を構築することで新たなバイオマーカーなどの新規予後予測因子の同定を行う。そして、日本での心不全診療における新たなエビデンスの創出が期待されている。 最後に同氏は、「JROADHF研究は、全国の先生方にご参加・ご尽力いただき、質の高い全国規模の心不全レジストリ研究としてデータベース作成が可能となった。JROADHF研究における今後の解析を進めて、わが国発のエビデンスの構築を行う予定である。前向き研究であるJROADHF-NEXT研究も、全国の先生方と力を合わせて世界に誇れるわが国の心不全レジストリとしたい」と締めくくった。■参考日本心不全学会JROADHF-NEXT参議院法制局:健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法■関連記事HFrEF患者へのivabradine、日本人でも有用(J-SHIFT)/日本循環器学会サルコペニア、カヘキシア…心不全リスク因子の最新知識【東大心不全】

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第13回 コンビニで手軽に補給 タンパク質が摂れる飲料ランキング【実践型!食事指導スライド】

第13回 コンビニで手軽に補給 タンパク質が摂れる飲料ランキング医療者向けワンポイント解説前回はタンパク質をちょい足しできる食材をご紹介しましたが、今回はタンパク質が摂れる飲料についてご紹介します。食事摂取の中で、「飲料」は、本人が意識していないところで摂取している傾向があるため、問診や食事記録などの記載時に記入が漏れてしまい、気づかれにくいことが多々あります。 飲料は1日に5〜10杯程が摂取されていますが、飲料の嗜好が体重の増減、栄養素の摂取または吸収阻害などにも影響を与えます。また、飲料には糖分や脂質を多く含む物も多く、体重増加や血糖コントロール不良の原因が「飲料」と、後からわかる場合もあります。今回は、タンパク質が多く摂れる飲料をランキング形式にまとめました。1日のタンパク質摂取量は、日本人の食事摂取基準(2015年版・最新版)によると、18歳以上のタンパク質推奨量、男性:60g、女性:50gと明記されています。また、国際スポーツ栄養学会では、筋肥大を目的とするアスリートの場合、1日に1.4〜2.0g/kgが推奨されています。超高齢化社会を迎え、問題になっているサルコペニア、フレイル。この予防には、タンパク質の摂取やエネルギーの確保が必要とされています。また、筋肉増強を意識している若者世代にとっても、タンパク質を効率的に摂取できる飲料は重要です。対象者にあった飲料を選ぶひとつのヒントとなればと思います。◆コンビニで買えて、タンパク質を含む飲料ランキング1位プロテイン飲料(200ml)102kcal タンパク質15.0gプロテインがドリンク化されたことで注目されました。高タンパク質にも関わらず、カロリーは今回のランキング中で一番低い飲料です。筋肉をつけたいときや、食事量が多い場合などのタンパク質補給として有効です。2位飲むヨーグルト[加糖](220ml)225kcal タンパク質7.3gヨーグルトは高タンパク質なのでお薦めです。飲むヨーグルトもほぼ同量のタンパク質を含みますが、ドリンクタイプは「加糖タイプ」が多いのが難点です。食事量が落ちてきた場合のエネルギー確保にはなりますが、食事が摂れている場合には、高カロリーで糖質過剰摂取の原因になるので、「無糖タイプ」をお薦めします。3位調製豆乳(200ml)116kcal タンパク質7.0g牛乳よりも、タンパク質が多いという点が意外なところです。動物性脂質を含まないこともメリットです。しかし、筋肉増強を考えた場合は、大豆タンパク質よりも動物性タンパク質のほうが効率的であるという考えもあります。そのまま飲むことが苦手な方は、豆腐に豆乳とシロップをかけて加熱をすると、高タンパク質なデザートができ上がります。食欲のない高齢者などにお薦めの食べ方です。飲みやすく、手軽に購入できるのは調整豆乳ですが、実は「無調整豆乳」のほうが「低カロリー、高タンパク」です。無調整豆乳がある場合はそちらもオススメです。4位牛乳(200ml)137kcal タンパク質6.8g単体で飲むことも良いですが、コーヒーを飲む際にカフェオレに変更したり、料理に加えたりするなど、アレンジして使うことを意識すると、タンパク質摂取の向上に繋がります。ただし、市販のカフェオレドリンクなどには牛乳ではなく動物性脂質を加えている物や加糖タイプの物が多いので、別物と考えることが必要です。5位低脂肪乳(200ml)87kcal タンパク質6.7g脂肪分が気になる場合は、低脂肪乳にすることでタンパク質を上手に摂取することができます。カロリーは牛乳に比べ35%ほど低くなります。6位プロテイン入りゼリー飲料 ヨーグルト味(180g)90kcal タンパク質5.0gプロテインを摂取するための手軽なゼリー飲料として販売されています。粘性があるため水分摂取が苦手な方でも飲みやすいことが特徴です。7位豆乳飲料 バナナ味(200ml)134kcal タンパク質4.9g豆乳飲料は様々な種類が販売されています。調製豆乳や無調整豆乳が飲みづらい場合、フレーバー付きの豆乳も選択肢としてあります。ただし、タンパク質含有量は下がり、カロリーは上がるので、メリットとデメリットを考慮して選ぶことが必要です。8位甘酒(125ml)116kcal タンパク質1.2g万能だと思われていますが、甘酒のタンパク質量はあまり高くありません。市販の物には加糖タイプも多く、甘酒だけを過信して飲んでいる場合には、高カロリー、糖質過多などに気をつける必要があります。

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加齢で脆くなる運動器、血管の抗加齢

 2月18日、日本抗加齢医学会(理事長:堀江 重郎)はメディアセミナーを都内で開催した。今回で4回目を迎える本セミナーでは、泌尿器、内分泌、運動器、脳血管の領域から抗加齢の研究者が登壇し、最新の知見を解説した。年をとったら骨密度測定でロコモの予防 「知っておきたい運動器にかかわる抗加齢王道のポイント」をテーマに運動器について、石橋 英明氏(伊奈病院整形外科)が説明を行った。 厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2016)によると、65歳以上の高齢者で介護が必要となる原因は、骨折・転倒によるものが約12%、また全体で関節疾患も含めると約5分の1が運動器疾患に関係するという。とくに、高齢者で問題となるのは、気付きにくい錐体(圧迫)骨折であり、外来でのFOSTAスコアを実施した結果「25歳時から4cm以上も身長が低下した人では、注意を払う必要がある」と指摘した。また、「骨粗鬆症治療薬のアレンドロン酸、リセドロン酸、デノスマブによる大腿骨近位部骨折の予防効果も、近年報告されていることから、積極的な治療介入が望ましい」と同氏は語る。 そして、「50代以降で骨の検査をしたことがない人」「体重が少ない人」など6つの条件に当てはまる人には、「骨粗鬆症の早期発見のためにも、骨密度検査を受けさせたほうがよい」と提案する。また、筋力は「加齢、疾患、不動、低栄養」を原因に減少し、40歳以降では1年間に0.5~1%減少すると、筋力低下についても注意喚起。この状態が続けばサルコぺニアに進展する恐れがあり、予防のため週2~3回の適度な運動とタンパク質などの必須栄養の摂取を推奨した。 そのほかロコモティブシンドローム防止のため日本整形外科学会が推奨するロコモーショントレーニング(スクワット、片脚立ち運動など)は、運動機能の維持・改善になり、実際に石橋氏らの研究(伊奈STUDY)1)でも、運動機能の向上、転倒防止に効果があったことを報告し、レクチャーを終えた。血管からみた認知症予防の最前線 同学会の専門分科会である脳血管抗加齢研究会から森下 竜一氏(同会世話人代表、大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学寄付講座 教授)が、「血管からみるアンチエイジング」をテーマに、血管の抗加齢や認知症診断の最新研究について説明した。 はじめに最近のトピックスである食後高脂血症(食後中性脂肪血症)について触れ、多くの人々が6時間後に中性脂肪がピークとなるため1日の大部分を食後状態で過ごす中で、食後の中性脂肪値を抑制することが重要だと指摘する。実際、食後高脂血症は動脈硬化を促進し、心血管疾患のリスク因子となる研究報告2)もある。また、即席めんやファストフードに多く含まれる酸化コレステロールについて、これらはとくに肥満者や糖尿病患者には酸化コレステロールの血中濃度を上昇させ、動脈硬化に拍車をかけると警鐘を鳴らしたほか、食事後の短時間にだけ、人知れず血糖値が急上昇し、やがてまた正常値に戻る「血糖値スパイク」にも言及。こうした急激な血糖値の変動が高インスリン血症をまねき、過剰なインスリン放出が認知症の原因とされるアミロイドβを蓄積させると指摘する。 そして、認知症については、軽度認知障害(MCI)の段階で発見、早期治療介入により予防する重要性を強調した。その一方で、認知症の評価法について現在使用されている簡易認知機能検査(MMSE)、アルツハイマー病評価スケール(ADAS)などでは、検査に時間要すだけでなく、被験者の心理的ストレス、検査者の習熟度のばらつきなどが問題であり、スクリーニングレベルで使用できる簡便性がないと指摘する。そこで、森下氏らは、被験者の目線を赤外線で追うGazefinder(JCVKENWOOD社)を使用した視線検出技術を利用する簡易認知機能評価法の研究を実施しているという。最後に同氏は「今までの認知症の評価法のデメリットを克服できる評価法を作り、疾患の早期発見・予防に努めたい」と展望を述べ、講演を終えた。■参考文献1)新井智之、ほか. 第2回日本予防理学療法学会学術集会.2015.2) Iso H, et al. Am J Epidemiol. 2001;153:490-499.■参考脳心血管抗加齢研究会日本抗加齢医学会

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GLP-1分泌をより増加させる食事/糖尿病学の進歩

 食事内容の選択や食事量を考えることは重要である。同様に “食べるタイミング”も吸収時間の影響から注目されているが、実は、体内物質の分泌が深く関わっているという。2019年3月1~2日に第53回糖尿病学の進歩が開催され、田中 逸氏(聖マリアンナ医科大学代謝・内分泌内科教授、糖尿病センター長)が「GLP-1に着目した食事療法の時間代謝学を考える」と題して講演した。食事時間とGLP-1を考える 糖尿病食事療法の基本は個別的に適正な総エネルギー量と栄養バランスである。田中氏は「そこに、時間の概念を取り入れた代謝学(食事の時刻、摂食速度、食べる順序など)を実践することも大切」とし、「Second and third meal phenomenonには、GLP-1が関与している」と、GLP-1と食事療法の深い関わりを作用機序から提唱した。 GLP-1には、インスリン分泌促進やグルカゴン分泌抑制以外にも、脂肪分解や脂肪肝の減少を促進したり、心機能を保護したりする効果がある。また、SGLT2阻害薬とは異なり、GLP-1は骨格筋における筋組織の血流増加やGLUT4の発現増加を促し、脂肪異化は促進するものの筋肉異化は起こさない。これより、「脂肪は落としたいけど筋肉は維持させたい患者に対しても効果がある」と、GLP-1がサルコペニアの観点からも有用であることを示した。GLP-1の分泌を促す食事とは? GLP-1は小腸下部のL細胞と呼ばれる細胞に存在し、ブドウ糖やタンパク質、脂肪など様々な食事成分の刺激を受けて分泌が促されるものであり、普通に食事をとっても分泌される。そこで、同氏はそのメカニズムを有効活用すべく「さらに分泌量を増加させる食事のとり方」について、2008年に発表されたDIRECT試験における地中海式ダイエットを用いて解説。地中海式料理はオリーブオイル、魚介類、全粒穀物、ナッツ、ワインなどを多く含むのが特徴的で、これらには1)一価飽和脂肪酸、2)多価不飽和脂肪酸、3)食物繊維が豊富である。同氏は、“先生方から地中海式料理とはなにか?”という質問をよく受けるそうだが、「上記3つの栄養素を多く含みGLP-1の分泌を高める食事」と答えているという。朝食がGLP-1分泌に重要 インスリンの働きを妨害する因子である遊離脂肪酸(FFA:free fatty acid)は朝食前に最も高値を示す。そのため、朝食後は血糖値も上昇する。しかし、2回目の食事となる(1日3食きちんと食べている場合)昼食時には、朝食後に追加分泌されたインスリンのおかげでFFAが低下し、インスリンの効きが良くなっているため、食後血糖値の上昇が抑えられる。ところが、朝食をとらずに昼食をとると、FFAは高値のままであるため、食後血糖値が上昇してしまう。また、糖尿病患者の多くはインスリン分泌速度が遅いが、朝に分泌されたGLP-1が昼食時のインスリン分泌速度を高めるという研究1)結果もある。これを踏まえ、「朝食の摂取が昼食前と夕食前のGLP-1濃度を上昇させ、昼食後、夕食後のインスリン分泌も速める。したがって、昼食後と夕食後の血糖値改善のためにも朝食をとるのは重要である」と同氏は朝食の重要性を強調した。GLP-1濃度と朝食後の血糖上昇抑制の関係 朝食をとることで昼食前と夕食前のGLP-1濃度がかさ上げされることは前述の通りである。ここで“朝食前の時点からすでにGLP-1が高ければさらに有利では?”という疑問が湧いてくるのではないだろうか?朝食後の血糖改善には乳清タンパク(whey protein)が効果的であるという報告2)がある。乳清タンパクは牛乳内に20%程度含まれている物質で、これをSU剤もしくはメトホルミン服用中の2型糖尿病患者を対して、朝食30分前に50g投与したところ、朝食前からインスリンや活性型GLP-1の分泌量が上昇して血糖が改善した。また、ほかの試験報告3)からは、朝食中より朝食前の摂取が効果的であることも明らかになった。 朝食前の乳清タンパク摂取の効果は今後さらに検討する必要がある。最近の同氏の検討では、『もち米玄米』などの全粒穀物を日々の食事に取り入れることも朝食前のGLP-1を上昇させる可能性があるという。 最後に、同氏は「食事療法の基本は適正なエネルギー量と適正な栄養素のバランスであるが、GLP-1など体内ホルモンの分泌量をより増加させることも重要と考えられる。その意味でも朝食をしっかり摂取することが、昼食・夕食時の血糖上昇に影響を及ぼし、1日の血糖改善につながる」と締めくくった。

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第6回 「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」をどう使う?【高齢者糖尿病診療のコツ】

第6回 「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)」をどう使う?Q1 なぜ、高齢者の血糖コントロール目標が発表されたのですか?糖尿病の血糖コントロールに関しては、かつては下げれば下げるほどよいという考え方でした。ところが、ACCORD試験などの高齢者を一部含む大規模な介入試験によって、厳格すぎる血糖コントロールは細小血管症を減らすものの、重症低血糖の頻度を増やし、死亡に関してはリスクを減らさずに、むしろ増やすことが明らかになりました。さらに、重症低血糖は、死亡だけでなく、認知症、転倒・骨折、ADL低下、心血管疾患の発症リスクになることがわかってきました。また、軽症の低血糖でもうつ状態やQOL低下をきたすことも報告されています。すなわち、低血糖は老年症候群の一部を引き起こすのです。また、低血糖は高齢者で起こりやすくなり、とくに重症低血糖は80歳以上の高齢者でさらに増えることがわかっており、低血糖の弊害の影響を大きく受けるのは高齢者ということになります。生物学的には高齢者においても血糖コントロールは糖尿病合併症を減らすと考えられますが、心血管を含めた合併症を予防するためには少なくとも10年間以上の良好な血糖コントロールを要すると思われます。とすると、平均余命が短い高齢者では厳格な血糖コントロールの意義が相対的に小さくなることになります。平均余命の推定は困難なことが少なくありませんが、高齢者の死亡リスクは疾患やそのコントロール状況よりもむしろ機能状態、すなわち認知機能やADLの状態によって決まることがわかっています。認知機能、ADL、併存疾患などで糖尿病を3つの段階に分けると、機能低下の段階が進むほど、死亡リスクが段階的に増えていくので、血糖コントロール目標は柔軟に考えていく必要があるのです。また、高齢者に厳格なコントロールを行うと、重症低血糖のリスクだけでなく、多剤併用や治療の負担も増えることになります。一方、血糖コントロール不良(HbA1c 8.0%以上)は網膜症、腎症、心血管死亡だけなく、認知症、転倒・骨折、サルコペニア、フレイルなどの老年症候群のリスクにもなることにより、高齢者でもある程度はコントロールしたほうがいいことも事実です。こうしたことから、米国糖尿病学会(ADA)、国際糖尿病連合(IDF)は平均余命や機能分類を3段階に分けて設定する高齢者糖尿病の血糖コントロール目標を発表しました。本邦でもこうした高齢者糖尿病の種々の問題から、高齢者糖尿病の治療向上のための日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会が発足し、2016年に高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)が発表されました(第4回参照)。Q2 「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」のわかりやすい見かたとその意味について教えてください。日常臨床において、上記の図を見ながら高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(HbA1c値)を設定するのは複雑で大変であるという意見もあります。そこで、私たちが行っている方法を紹介します。図1の簡単な血糖コントロール目標の設定を参照してください。1)まず、75歳以上の後期高齢者でインスリン、SU薬など低血糖のリスクが危惧される薬剤を使用している場合を考えます。この場合、カテゴリーIの認知機能正常で、ADLが自立している元気な患者と、カテゴリーIIの軽度認知障害または手段的ADL低下の患者の目標値は全く同じで、HbA1c 8.0%未満、目標下限値はHbA1c 7.0%。この数字だけでも覚えておくといいと思います。目標下限値がHbA1c7.0%というのはIDFの基準と全く同じであり、HbA1c 7.0%をきると重症低血糖、脳卒中、転倒・骨折、フレイル、ADL低下または死亡のリスクが高くなるという疫学データに基づいています。2)つぎに中等度以上の認知症または基本的ADL低下があるカテゴリーIIIの患者の場合は、(1)に+0.5%で、HbA1c 8.5%未満で目標下限値はHbA1c 7.5%です。中等度以上の認知症とは、場所の見当識、季節に合った服が着れないなどの判断力、食事、トイレ、移動などの基本的ADLが障害されている場合で、誰がみても認知症と判断できる状態の患者です。HbA1c 8.5%未満としているのは、8.5%以上だと、肺炎、尿路感染症、皮膚軟部組織感染症のリスクが上昇し、さらに上がると高浸透圧高血糖状態(糖尿病性昏睡)のリスクが高くなるからです(第3回参照)。3)65~75歳未満の前期高齢者で、低血糖のリスクが危惧される薬剤を使用している場合は、まず元気なカテゴリーIの場合を考えます。この場合は(1)から-0.5%で、HbA1c 7.5%未満、目標下限値はHbA1c 6.5%となります。すなわち、7.0%±0.5%前後です。前期高齢者では、カテゴリーが進むにつれて0.5%ずつ目標値が上昇していき、カテゴリーIIIでは後期高齢者と同じHbA1c 8.5%未満、目標下限値はHbA1c 7.5%です。4)つぎは低血糖のリスクが危惧される薬剤を使用していない場合で、DPP-4阻害薬、メトホルミン、GLP-1受容体作動薬などで治療している場合です。この場合、血糖コントロール目標は従来の熊本宣言のときに出された目標値と同様で、カテゴリーIとIIの場合はHbA1c 7.0%未満、カテゴリーIIIの場合はHbA1c 8.0%未満で、目標下限値はなしです。このように、低血糖のリスクの有無で目標値が異なるのはわが国独自のものです。わが国では医療保険などでDPP-4阻害薬などが使用できる環境にあるので、低血糖のリスクが問題にならない場合は、「高齢者でも良好なコントロールによって合併症や老年症候群を防ごう」という意味だと解釈できます。

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尿失禁が生命予後に影響?OABに早期介入の必要性

 わが国では、40歳以上の約7人に1人が過活動膀胱(OAB)を持ち、切迫性尿失禁を併せ持つ割合は70%を超えると推定されている。定期通院中の患者が症状を訴えるケースも多く、専門医以外でも適切な診療ができる環境が求められる。 2019年2月28日、OAB治療薬「ビベグロン錠50mg(商品名:ベオーバ)」の発売元であるキョーリン製薬とキッセイ薬品が共催したメディアセミナーにて、吉田 正貴氏(国立長寿医療研究センター 副院長 泌尿器外科部長)が講演を行った。本セミナーでは、「OABの病態と治療―新たな治療選択肢を探るー」をテーマに、高齢のOAB患者を取り巻く現状と薬物療法について語られた。“過活動膀胱”もしくは“低活動膀胱”を持つ高齢者が増加 OABとは、尿意切迫感を必須症状とし、しばしば昼間/夜間頻尿や切迫性尿失禁を伴う症状症候群である。発症率は加齢とともに上がり、ホルモン変化、神経疾患や局所性疾患、生活習慣病など、さまざまな要因が関与すると考えられている。とくに最近では、下部尿路への血流の悪さが発症要因の1つとして注目されている。 吉田氏は、高齢者におけるOAB診療の問題点として、加齢に伴う副作用(口内乾燥、便秘)の発生頻度増加、フレイルとサルコペニア、認知症への影響、多剤服用の4つを提起した。さらに、高度の慢性膀胱虚血は、排尿筋の活動低下“低活動膀胱”を引き起こす。これは、近年増加しているため、高齢者に抗コリン薬を使用する際にはとくに注意が必要だという。フレイルと尿失禁による生命予後の悪化が危惧される 続いて、高齢者のフレイルと尿失禁の併発による生命予後への影響が語られた。これまでに、65~89歳の尿失禁有症者は尿禁制者に比べ、フレイルへ分類される可能性が6.6倍にもなること1)や、フレイルは1年以内の尿失禁発症の予測因子となり、尿失禁は1年後の死亡リスク上昇につながる恐れがあること2)などが海外で報告されている。 尿失禁がある患者は、臭いやトイレの近さを気にするため引きこもりがちになり、筋力が低下しやすいことを指摘し、「高齢者のフレイルや尿失禁は、生命予後にかかわる可能性があり、OAB患者の尿失禁にはとくに早期に介入していく必要がある」と強調した。高齢者のOAB治療における薬剤選択は慎重に行うべき 今回紹介されたビベグロンは、国内で2番目のβ3受容体作動薬で、膀胱の伸展を増強する。国内第III相比較試験では、プラセボ群に対して、1日の平均排尿回数を有意に減らし、すべての排尿パラメータを改善するなどの結果を収め、世界で初めてわが国で承認された薬剤だ。長期投与における安全性と有効性も確認されており、過活動膀胱診療ガイドライン(2015)の次回改定では、既存の同効薬ミラベクロンと同様の推奨グレードになる見通しだという。 同氏は、高齢者OAB患者に対する薬物療法の注意点について、ガイドラインに記載される6項目を紹介した。1.少量で開始し、緩やかに増量する2.薬剤用量は若年者より少なくする(開始量の目安は成人量の4分の1~2分の1)3.薬効を短期間で評価する:効果に乏しい場合は漫然と増量せず、中止して別の薬に変更4.服薬方法を簡易にする:服薬回数を減らす5.多剤服用を避ける:認知症患者ではとくに注意が必要6.服薬アドヒアランスを確認する:在宅患者では、一元的な服薬管理と有害事象の早期発見が重要 最後に、「高齢社会でOAB患者は増加しているが、これは健康寿命の延伸を抑制する一因となっている。高齢者の診療に当たって、多剤服用はフレイルの増悪因子であり、安易な薬剤の追加には注意が必要。とくに、抗コリン薬は認知機能やせん妄にも影響する恐れがあるため、患者の状況をしっかり確認して、慎重に治療薬を選択してほしい。β3受容体作動薬は、抗コリン作用を持たないため、高齢者にも比較的安全に使用できる可能性がある」と締めくくった。

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第12回 毎日簡単! 料理をしないでちょい足し「お手軽タンパク質」【実践型!食事指導スライド】

第12回 毎日簡単! 料理をしないでちょい足し「お手軽タンパク質」医療者向けワンポイント解説日本の総人口1億2,671万人(平成29年10月1日現在)のうち、65歳以上人口は、3,515万人で、総人口の27.7%を占めています。また、65歳以上人口は、平成37年(2025年)には、3,677万人に達し、平成54年(2042年)に3,935万人でピークを迎え、そのあとは減少に転じると推計されています。さらに、平成48年(2036年)には、3人に1人が、平成77年(2065年)には、2.6人に1人が65歳以上の社会になると推測されています*。高齢化に向けて問題になっているのが、サルコペニア、フレイルです。サルコペニアは加齢に伴って生じる骨格筋量と骨格筋力の低下、フレイルは高齢期におけるさまざまな生理的予備能が低下したことで健康障害が起こりやすい状態のことを示します。サルコペニアは、フレイルの要因の一つでもあり、この状態に繋がる原因として、栄養不良、タンパク質不足などが挙げられます。1日のタンパク質の摂取量について、日本人の食事摂取基準(2015年版・最新版)によると、18〜70歳以上のタンパク質の推奨量は、男性:60g、女性:50gと明記されています。また、平成29年国民健康・栄養調査の結果では、たんぱく質の摂取量は60歳代で最も多いことが明らかになりました。65歳以上の低栄養傾向の者(BMI≦20kg/m2)の割合は、全体:16.4%、男性:12.5%、女性:19.6%であり、ここ10年間での有位な増減は見られません。しかし、人口全体が高齢化に向かっていくことや、年齢と共に食事量が減ること、嗜好によるタンパク質不足、吸収率の低下などを考慮すると、元気なうちからタンパク質を意識することが大切です。今回は、栄養不足の方、高齢者の方が元気に過ごすために、意識してもらいたい「簡単にちょい足しできる調理不要のタンパク質」についてご紹介します。まずは、タンパク質の意識・取り入れ方法について説明します。1)食事にプラスしてタンパク質を意識しようタンパク質の摂取が不足する要因として、a)食事量が少ない b)欠食 c)嗜好がご飯やパン、麺類などの炭水化物に偏る、などがあります。普段からタンパク質が不足しているような患者さんには、『お手軽タンパク質』をプラスして摂取するよう伝えてみましょう。2)調理しなくていい「お手軽タンパク質」を常備しようタンパク質をプラスするには献立に取り入れることも大切ですが、普段から食べているものにプラスする意識を持つと、摂取量を安定的に増やすことができます。ほかの栄養素を合わせて摂るメリットも伝え、常備を心がけてもらいましょう。3)分けて食べようタンパク質は、消化に負担がかかること、エネルギー不足と共に少しずつ分解されていくことをふまえ、まとめて食べるのではなく、こまめに取り入れることがオススメです。三度の食事のほか、間食、飲み物、夜食などに加えると良いでしょう。【調理をしないでとりやすい「お手軽タンパク質」】卵茹でる、炒める、味噌汁に加えるなど、調理が簡単で、手軽に食べられるタンパク質源。アミノ酸バランスも理想的なタンパク質。ツナ缶マグロやカツオの油煮または水煮。米、パン、麺など何にでも相性がよい。サバ缶安くて、栄養価が豊富と大人気のタンパク質源。オメガ3系脂肪酸のDHA、EPAが豊富であり、血管の炎症などを抑える働きがある。イワシ缶サバ缶より脂質が少なく、タンパク質も豊富。サバと同じくDHA、EPAが豊富。納豆低脂肪、発酵食品。腸内環境を整えるほか、骨粗鬆症の予防効果が期待できるビタミンKが豊富に含まれている。チーズおやつとしても手軽に食べられることが魅力的なタンパク質源。豆腐木綿のほうがタンパク質はやや多い。絹ごし豆腐は、コンビニなどでも多く扱っているため購入しやすいタンパク質。低脂肪であり、柔らかい食感は、どの世代にも取り入れやすい。ヨーグルト発酵食品であり、ヨーグルトによって菌の種類、働き、味わいが異なるため、いろいろなヨーグルトで変化をつけられる。間食としても良い。パルメザンチーズチーズの中で一番タンパク質の含有量が高い。パスタや炒め物にかけるだけではなく、味噌汁やサラダなどに簡単に加えることができる。◆きな粉1回に食べられる量は少ないが、大豆の粉なのでタンパク質は豊富。ヨーグルトやアイスなどのデザート類にかけたり、料理に加えても美味しい。*:平成30年版高齢者社会白書

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ごく早期に発現するがん悪液質の食欲不振とグレリンの可能性/JSPEN

 本年(2019年)2月、第34回日本静脈経腸栄養学会学術集会(JSPEN2019)が開催された。その中から、がん悪液質に関する発表について、日本緩和医療学会との合同シンポジウム「悪液質を学ぶ」の伊賀市立上野総合市民病院 三木 誓雄氏、教育講演「がんの悪液質と関連病態」の鹿児島大学大学院 漢方薬理学講座 乾 明夫氏の発表の一部を報告する。前悪液質状態の前から起きている食欲不振 伊賀市立上野総合市民病院 三木 誓雄氏は「がん悪液質の病態評価と治療戦略」の中で次のように発表した。 がん悪液質の出現割合は全病期で50%、末期になると80%にもなる。また、がん患者の30%は悪液質が直接の原因で死亡する。EPCR(European Palliative Care Research Collaborative)のガイドラインでは、がん悪液質は前悪液質(Pre-Cachexia)、悪液質(Cachexia)、不可逆的悪液質(Refractory Cachexia)の3つのステージに分けられる。ESPEN(European Society for Clinical Nutrition and Metabolism:欧州静脈経腸栄養学会)のエキスパートグループは、食欲不振・食物摂取の制限は前悪液質となる前から現れると述べている。 この食欲不振の原因は全身性炎症反応である。McMahon氏らの研究では、未治療の肺がん患者のCRPは、手術侵襲のピーク時を超える高値で持続するとされる。全身性炎症反応の最も大きな原因は、腫瘍から放出されるTNFα、IL-6、IL-1などの炎症性サイトカイン。「炎症性サイトカインが中枢神経に働きかけて、まず食欲が失われ、それに伴って悪液質が始まり、代謝異化に向かい体重減少し、最後にはサルコペニアに至る」という。悪液質の発現で変わるがん治療効果 全身性炎症はまた、がんの治療効果にも影響を及ぼす。全身性炎症が亢進すると、薬物代謝酵素である肝臓のチトクロームP450活性が低下する。薬の代謝が抑制されるため薬物毒性が増える。一方、代謝を受けて薬効を示すプロドラッグなどは効果が減弱する。Carla氏らの報告では、非悪液質患者の抗がん剤の毒性出現頻度は約20%だが、悪液質患者では約50%と上昇する。抗がん剤の治療成功期間(Time to progression)も、非悪液質に比べ悪液質では約400日短縮する。 三木氏らは、伊賀市立上野総合市民病院で、5%以上の体重減少があるがん化学療法施行消化器がん患者179例に対して栄養療法(EPA 1g/日含有栄養剤:300kcal)のトライアルを行った。結果、栄養支持療法なし群だけをみると悪液質(体重減少5%以上かつCRP 0.5以上)は20%に発現し、この悪液質発現群では非発現群と同様の化学療法を受けていても全生存期間が有意に短かった(p<0.01)。また、栄養支持療法あり群では、がん化学療法施行時中もCRPは上昇せず、骨格筋量、除脂肪体重は増加した。栄養支持療法なし群ではCRPは上昇し、骨格筋量、除脂肪体重は増加しなかった。がん化学療法継続日数は栄養支持療法あり群で80日延長した(388.8日 vs.308.0日)。これら栄養支持療法による生命予後改善は、悪液質患者に限ってみられた(全患者:p=0.84、悪液質患者:p=0.0096)。「栄養支持療法をすることで、悪液質患者を非悪液質患者と同じ抗がん剤治療の土俵へ上げることができたことになる」と三木氏は述べる。がん悪液質におけるグレリンの役割 鹿児島大学大学院 漢方薬理学講座 乾 明夫氏は「がん悪液質と関連病態」の中でグレリンについて次のように述べた。 グレリンは胃から分泌され、摂食促進、エネルギー消費抑制に働く。グレリンはグレリン受容体(成長ホルモン分泌促進受容体)に結合し、食欲促進ペプチドである視床下部の神経ペプチドY(NPY)に作用し食欲を増やす。また、下垂体前葉において成長ホルモンの分泌を促進しサルコペニアを改善する。 がん悪液質では、グレリンの相対的分泌低下とレプチンの相対的上昇があり、食欲抑制系が優位状態となっていることが、動物実験で示されている。そのため「外部からグレリンを投与し補充することは理論的」と乾氏は言う。動物実験では実際に、グレリンを投与すると空腹期強収縮が起こり、胃の中に食物があっても空腹期様の強収縮を起こすことも示されている。 グレリン化合物には、多くの開発品がある。anamorelinは、グレリン受容体に強力な親和性を有する経口のグレリンアゴニストである。すでに4つの第II相試験と2つの第III相試験を実施している。StageIII/IVの悪液質を有する非小細胞肺がん患者174例を対象にした第III相試験においては、主要評価項目である除脂肪体重(p<0.0001)に加え、全体重も有意に改善した(p<0.001)。握力はp=0.08で有意な改善は示さなかったものの、「悪液質の診断がついて早期に使えば、より大きな効果を期待できるであろう」と乾氏。 さらに、グレリン・NPYを活性化するものに人参養栄湯がある。グレリン分泌の促進とグレリン非依存性のNPY活性化という2つの作用を有する。食欲、サルコペニア、疲労・抑うつの改善など、重症がん患者に対する支持療法としてさまざまな効果がある。「将来はグレリンアゴニストと人参養栄湯をドッキングして使われることもあると思う」と乾氏は言う。

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がんマネジメントに有用な栄養療法とは?

 2019年2月14、15日の2日間にわたり、第34回日本静脈経腸栄養学会学術集会が開催された。1日目のシンポジウム3「がんと栄養療法の実際-エビデンス?日常診療?」(司会:比企 直樹氏、鍋谷 圭宏氏)では、岡本 浩一氏(金沢大学消化器・腫瘍・再生外科)が「食道がん化学療法におけるCAWLと有害事象対策としての栄養支持療法」について講演。自施設での食道がん化学療法におけるがん関連体重減少(CAWL)・治療関連サルコペニア対策としての栄養支持療法について報告した。がん患者、体重減少の2つの理由 がん患者における体重減少の原因は主に2つに分類することができる。まず、がん誘発性体重減少(CIWL)。これは、がん細胞から分泌される炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-α)やホルモンによる代謝異常、タンパク質分解誘導因子(PIF)の増加が影響しているため、従来管理での改善や維持は、現段階でエビデンスが乏しい。一方、もう1つのCAWLは、消化管の狭窄や閉塞による通過障害、がん治療の有害事象(AE)に起因する体重減少のため、「タンパク質やエネルギーの補給、AE対策によって改善が可能」と岡本氏は述べた。化学療法前にサルコペニアを意識する 抗がん剤の投与量決定に重要となる体表面積を求めるには、体重が必要となる。「この時に筋肉量まで考慮しないと、AE発現率に影響が生じる恐れがある」と同氏はコメント。実際、筋肉量が少ない患者における化学療法では、AEが高率に発現するとの報告*もあり、この事象が原因でサルコペニアの増悪にまで発展してしまうのである。これは、抗がん剤治療によって小腸などの消化管でグルタミン消費量が増加すると、骨格筋分解によってグルタミンが消費され、筋タンパク分解・筋萎縮亢進に至るためである。よって、筋肉量の少ない患者では、「AE発現リスクが高くなるため、治療開始前に患者のサルコペニア有無を認識しておく必要がある」と、同氏は語った。 同氏らの施設では、食道がん患者の化学療法マネジメントとして、栄養バンドル療法(Oral cryotherapy、予防的G-CSF投与、Pharmaconutritionの概念に基づいた栄養補助)を実施し、対策に取り組んでいる。サルコペニアへの対応が長期予後に影響 同氏の施設では食道がん術前・導入化学療法として、2008年よりcStage II以上のSCCに対してFP療法(Day1:CDDP 80mg/m2、Day1~5:5-FU 800mg/m2)を、2012年よりcStage III以上のSCCに対してDCF療法(Day1:DTX 60mg/m2、CDDP 60mg/m2、Day1~5:5-FU 800mg/m2)を実施している。 これらの治療を施行した食道がん患者176例を対象とし、栄養バンドル療法に含まれる栄養剤の有用性を検討するために、2011年3月~2018年7月の期間、HMB・アルギニン・グルタミン配合飲料(以下、配合飲料)非投与群(76例)と配合飲料投与群(100例)に割り付け、後ろ向き研究を実施。方法は2012年5月以降、化学療法開始7日以上前より1日2包を経口もしくは経管投与とし、評価項目はAE発生率、重症度、腸腰筋面積、栄養学的指標の変化とした。その結果、DCF療法を行った配合飲料非投与群(15例)vs.配合飲料投与群(81例)で、総合効果判定PR以上:20% vs.54.3%(p=0.023)、腫瘍縮小割合:-11% vs.29.4%(p=0.065)と改善。同氏は「有意差はつかなかったものの、AEの軽減と奏効率の向上が望める」とし、腸腰筋面積の減少を有意に抑制(-5.2% vs.2.8%、p<0.001)したことを踏まえ、「サルコペニアの予防・治療の介入に有用であった」とコメントした。 また、3年生存率は26.7% vs.46.7%(p=0.098)と、サルコペニア対策が長期予後にも密接に関連していることが裏付けられる結果となった。 化学療法時の栄養バンドル療法導入を振り返り、同氏は「サルコペニアと体重減少の改善を図りながら、化学療法をより安全に行うことが可能となった。この方法によりCAWLやサルコペニアのみならず、QOL、さらなる奏効率向上も期待できる」と締めくくった。■参考*Prado CM, et al.Clin Cancer Res. 2007;13:3264-3268

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