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SPRINT試験の結果が、国内外に衝撃を与えている。SPRINT試験は、高リスク高血圧患者を対象とした無作為化比較試験である。心血管病既往、慢性腎臓病、フラミンガムリスクスコアの高リスク、あるいは75歳以上のいずれかを認める高血圧(収縮期血圧130~180mmHg)患者9,361例が、収縮期血圧120mmHg未満を目標とする積極的降圧療法群と、140mmHg未満を目標とする通常治療群に無作為に割り付けられた。糖尿病および脳卒中既往者については、SPRINT試験と同じNIH(米国立衛生研究所)からの研究費により実施されたACCORD BP試験およびSPS3試験により、積極的降圧療法の効果を検討されていたため、本研究の対象からは除外された。平均3.3年間追跡された時点で、積極的降圧療法の効果が明白となり、試験は予定より早く終了した。その結果は、収縮期血圧120mmHg未満を目標とした積極的降圧療法が、冠動脈疾患・脳卒中・心不全および心血管病死亡からなる複合主要評価項目を25%減少した(p<0.001)という素晴らしいものであった。 SPRINT試験は、高リスク高血圧患者において、現在のガイドラインよりも低い降圧目標(収縮期血圧120mmHg未満)を設定することにより、心血管病のさらなる予防が可能であることを明らかにした。以前より、血圧レベルにかかわらず(たとえ正常域血圧であっても)、降圧療法による心血管病の相対リスク減少は同程度であると報告されているので1)2)、収縮期血圧180mmHgで危険因子のない高リスク者においても、収縮期血圧130mmHgで臓器障害を有する高リスク者においても、同じような降圧療法の心血管病予防効果が期待される。しかし、多くの高血圧治療ガイドラインは、高リスクな正常域血圧者における降圧療法を推奨していない。一方、オーストラリアの高血圧治療ガイドライン3)は、高リスク者において血圧レベルにかかわらず(たとえ至適血圧であっても)降圧療法を行うよう推奨している。SPRINT試験の結果を考慮すると、現行の降圧目標を達成してもなお心血管病のリスクが高いと考えられる者については、オーストラリアのガイドラインが推奨するように、さらなる降圧を行ってもよいかもしれない。 前述したように、SPRINT試験では脳卒中既往および糖尿病のある対象者が除外されている。しかし、ラクナ梗塞既往者3,020例(平均追跡期間3.7年)を対象として、収縮期血圧130mmHg未満を目標とする積極的降圧療法の効果を検討した無作為化臨床試験SPS3では、統計学的に有意ではないものの、脳卒中再発が19%(p=0.08)、心血管病が16%(p=0.10)抑制された4)。2型糖尿病患者4,733例(平均追跡期間4.7年)を対象として、収縮期血圧120mmHg未満を目標とする積極的降圧療法の効果を検討した無作為化臨床試験ACCORD BPでは、心筋梗塞・脳卒中および心血管病死亡からなる複合主要評価項目が統計学的に有意ではないものの12%抑制され(p=0.20)、脳卒中は41%有意に抑制された(p=0.01)5)。 SPS3試験およびACCORD BP試験では、積極的降圧療法の主要評価項目に対する効果は統計学的に有意でなかったが、相対リスクの減少がSPRINT試験よりもやや小さいにもかかわらず、追跡人年がSPRINT試験よりもかなり小さいことを考慮すると、どちらの試験においも統計学的検出力が十分になかった可能性が高い。つまり、脳卒中既往や糖尿病を有する高リスク者においても積極的降圧療法が有用である可能性はあるので、この点についてさらなる検討が必要と考えられる。 SPRINT試験の結果を、実際に高リスク高血圧患者の治療に適用するに当たっては、いくつかの注意が必要と考えられる。まず、SPRINT試験の結果を低リスクおよび中等リスクの高血圧患者に当てはめることはできないので、このような患者さんの降圧目標は現状維持されるべきである。また、心血管病の高リスク者では、動脈硬化が進んでいる可能性がある。両側主幹脳動脈に狭窄のあるような症例では、血圧を下げることで脳卒中が増加するという報告もあるので6)、積極的降圧を行う前に全身をきちんと評価する必要がある。また、SPRINT試験では、積極的降圧療法群で低血圧・急性腎障害などの重篤な有害事象や電解質異常が増加していた。積極的降圧に当たっては、全身管理に十分な注意が必要と考えられる。 最後に、SPRINT試験は、高リスク高血圧者における降圧目標の設定に、重大な影響を与えうる重要な研究である。SPRINT試験に含まれなかった脳卒中既往や糖尿病を有する高リスク高血圧患者においても、積極的降圧療法は有用である可能性があるので、この点についてさらなる検討が必要である。また、これらの結果が、日本を含むアジア人に当てはまるかどうかについても、今後検討が必要と考えられる。参考文献1)Arima H, et al. J Hypertens. 2006;24:1201-1208.2)Czernichow S, et al. J Hypertens. 2011;29:4-16.3)National Heart Foundation of Australia. Guide to management of hypertension 2008, updated 20104)SPS3 Study Group, et al. Lancet. 2013;382:507-515.5)ACCORD Study Group, et al. N Engl J Med. 2010;362:1575-1585.6)Rothwell PM, et al. Stroke. 2003;34:2583-2590.関連コメント厳格な降圧が心血管発症を予防、しかし血圧測定環境が違うことに注意!(解説:桑島 巖 氏)75歳以上の後期高齢者でも収縮期血圧120mmHg未満が目標?(解説:浦 信行 氏)