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「心不全診療ガイドライン」全面改訂、定義や診断・評価の変更点とは/日本循環器学会

 日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドラインである『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』が、2025年3月28日にオンライン上で公開された1)。2018年に『急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)』が発刊され、2021年にはフォーカスアップデート版が出された。今回は国内外の最新のエビデンスを反映し、7年ぶりの全面改訂となる。2025年3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会にて、本ガイドライン(GL)の合同研究班員である北井 豪氏(国立循環器病研究センター 心不全・移植部門 心不全部)が、GL改訂の要点を解説した。 本GLの改訂に当たって、高齢化の進行を考慮した高齢者心不全診療の課題や特異性に注目し、最新の知見・エビデンスを盛り込んで、実臨床に即した推奨が行われた。専門医だけでなく、一般医やすべての医療従事者に理解しやすく、実践的な内容とするため、図表を充実することが重視されている。また、エビデンスが十分ではない領域も、臨床上重要な課題や実際の診療に役立つ内容は積極的に取り上げられている。本GLは全16章で構成され、最後に3つのクリニカルクエスチョン(CQ)が記載された。本GLはオンライン版のほか、アプリ版も発表されている。また、本GLの英語版が、Circulation Journal誌とJournal of Cardiac Failure誌に同時掲載された2,3)。 北井氏が解説した重要な改訂点は以下のとおり。心不全の定義 日米欧の心不全学会3学会合同で策定された「Universal definition and classification of heart failure(UD)」4)に基づき、「心不全とは、心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群」と定義が改訂された。心不全症状・徴候は、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)の上昇」あるいは「心臓由来の肺うっ血または体うっ血の客観的所見」のいずれかによって裏付けられるとしている。診断と経時的評価:BNP/NT-proBNPカットオフ値 心不全診断のプロセスがフローチャートで表示された。症状、身体所見、一般検査に加えて、「ナトリウム利尿ペプチド(BNP/NT-proBNP)」と「心エコー」が診断の中心となっている。身体所見としてのうっ血や、バイオマーカーが重要視され、診断だけでなく予後評価目的でも、BNP/NT-proBNPを測定することが推奨されている。BNP/NT-proBNPのカットオフ値は、2023年に日本心不全学会から発表されたステートメント5)に準拠し、以下のように設定された。・前心不全―心不全の可能性がある、外来でのカットオフ値BNP≧35pg/mLNT-proBNP≧125pg/mL・心不全の可能性が高い、入院/心不全増悪時のカットオフ値BNP≧100pg/mLNT-proBNP≧300pg/mL左室駆出率(LVEF)による分類 UDを参考に、左室駆出率(LVEF)による心不全の分類が、国際的な基準に合わせて統一された。・HFrEF(LVEFの低下した心不全):LVEF≦40%・HFmrEF(LVEFの軽度低下した心不全):LVEF 41~49%・HFpEF(LVEFの保たれた心不全):LVEF≧50% HFmrEFについて、2021年フォーカスアップデート版では、HF with mid-range EFと記載していたが、本GLではHF with mildly-reduced EFの呼称を採用している。上記のほか、HFrEFだった患者がLVEF40%超へ改善し、LVEFが10%以上向上した場合をHFimpEF(LVEFの回復した心不全)と定義している。心不全ステージと病の軌跡 心不全の進行について、A~Dのステージに分類している。・ステージA(心不全リスクあり):高血圧、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、肥満など・ステージB(前心不全):構造的/機能的心疾患はあるが、心不全の症状や徴候がない・ステージC(症候性心不全):ナトリウム利尿ペプチド上昇、うっ血などの症状が出現・ステージD(治療抵抗性心不全):薬物療法に反応せず、補助循環や移植が必要 前GLから踏襲し「心不全ステージの治療目標と病の軌跡」の図が掲載されている。従来は病状経過に伴うQOLの悪化の軌跡のみ示されていたが、今回のGLより、治療介入することでイベントやステージ移行を遅らせる改善した場合の軌跡が加えられた。遺伝学的検査 心不全・心筋症において遺伝学的検査が近年より重視されてきている。特徴的な臨床所見等により遺伝性心疾患が疑われる場合は、診断・治療・予後予測に役立てるために、発端者に対する遺伝学的検査を考慮することが推奨クラスIIa。また、遺伝学的検査を行う際には、遺伝カウンセリングを提供する、または紹介する体制を整えることが推奨クラスI。ADL/QOL評価、リスクスコア ADL(日常生活動作)・QOL(生活の質)の向上は、予後の改善と同様に心不全患者の重要な治療目標であり、臨床試験でもアウトカムとして採用されている。日常診療でも患者報告アウトカムを評価することを考慮することや、患者の予後を示すリスクスコアを使用して予後予測を行うことが推奨に挙げられている。心不全予防(ステージA・B) ステージA(心不全リスク)において、高血圧、糖尿病、肥満、動脈硬化性疾患、冠動脈疾患に加え、本GLにて慢性腎臓病(CKD)が新たなリスク因子に加えられた。ステージAへの介入として、2型糖尿病かつCKD患者に対して、心不全発症あるいは心血管死予防のために、SGLT2阻害薬あるいはフィネレノンの使用が推奨クラスIとされた。 ステージB(前心不全)について、「構造的心疾患および左室内圧上昇のカットオフ値の目安」が表にまとめられている。ステージBへの介入として、患者の状況によりACE阻害薬、ARB、β遮断薬、スタチンといった薬剤が推奨クラスIとなっている。心不全に対する治療(ステージC・D) 2021年のフォーカスアップデート版では、HFrEFに対してQuadruple Therapy(β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬[MRA]、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬[ARNI]、SGLT2阻害薬)の推奨が記載され、HFmrEF、HFpEFに関してはうっ血に対する利尿薬の使用のみにとどまっていたが、本GLでは、HFmrEF、HFpEFに対する薬物治療の新たなエビデンスが反映された。薬物治療の推奨について、各薬剤、EF、推奨クラスをまとめた図「心不全治療のアルゴリズム」を掲載している。・SGLT2阻害薬:HFmrEF、HFpEFに対して2つの大規模無作為化比較試験により、予後改善効果が相次いで報告されたため、HFrEF、HFmrEF、HFpEFのいずれの患者においても、エンパグリフロジン、ダパグリフロジンを推奨クラスI。・ARNI:HFrEFに対して推奨クラスI、HFmrEFに対して推奨クラスIIa、HFpEFに対して推奨クラスIIb。 ・MRA:HFrEFに対するスピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスI、HFmrEFとHFpEFに対して、新たな薬剤のフィネレノンが推奨クラスIIa、スピロノラクトン、エプレレノンが推奨クラスIIb。急性非代償性心不全 UDで「うっ血」の評価が非常に重視されているため、本GLでも、うっ血、低心拍出、組織低灌流に分けて血行動態の評価・治療していくことを強調している。「急性非代償性心不全患者におけるうっ血の評価と管理のフローチャート」と推奨、「心原性ショック患者の管理に関するフローチャート」と推奨を記載している。急性心不全の治療においては、入院中の治療だけでなく、退院後のケア(移行期ケア)の重要性が増している。本GLでは、新たに移行期間に関する項目が設けられ、推奨が示されている。治療抵抗性心不全(ステージD) 治療抵抗性心不全(ステージD)では、治療開始前に治療目標を設定することが非常に重要であり、それに関連する推奨が示されている。また、2021年に本邦でも保険適用となった移植を目的としない植込型補助人工心臓(LVAD)治療(Destination therapy:DT)が、本GLに初めて収載され、DTも含めたステージDの「重症心不全における補助循環治療アルゴリズム」がフローチャートで示されている。特別な病態・疾患 心不全に関連する9つの病態・疾患が取り上げられ、最新の知見に基づいて内容がアップデートされている。とくに、以下の疾患において、新たな治療薬や診断法に関する重要な情報が追記されている。・肥大型心筋症:閉塞性肥大型心筋症に対する圧較差軽減薬マバカムテンが承認され、推奨クラスIとして記載。・心アミロイドーシス:トランスサイレチン(ATTR)心アミロイドーシスに対するTTR四量体安定化薬としてアコラミジスが新たに承認された。タファミジスまたはアコラミジスの投与は、NYHA心機能分類I/II度の患者に対しては推奨クラスI。III度の患者に対しては推奨クラスIIa。I~III度の患者に対して、低分子干渉RNA製剤ブトリシランが推奨クラスIIa。・心臓サルコイドーシス:突然死予防としての植込み型除細動器(ICD)に関する推奨が、『2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療』6)に準拠して記載。併存症 心不全診療で特に問題となる併存症として、CKD、肥満、貧血・鉄欠乏、抑うつ・認知機能障害が追加された。3つの項目について、詳しく説明された。・貧血・鉄欠乏:鉄欠乏を有するHFrEF/HFmrEF患者に対する心不全症状や運動耐容能改善を目的とした静注鉄剤の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・高カリウム血症:高カリウム血症を合併したRAAS阻害薬(ARNI/ACE阻害薬/ARBおよびMRA)服用中の心不全患者に対して、RAAS阻害薬(特にMRA)による治療最適化のために、カリウム吸着薬の使用を考慮することが推奨クラスIIa。・肥満:肥満を合併する心不全患者に対する心血管死減少・再入院予防を目的としたGLP-1受容体作動薬セマグルチドあるいはチルゼパチドの投与を考慮することが推奨クラスIIa。心不全診療における質の評価 心不全診療は非常に多岐にわたるため、心不全診療の質の評価の統一化が課題となっている。AHA/ACCのPerformance Measures(PM)やQuality Indicators(QI)を参考に、心不全診療の質の評価に関する章が新設され、質指標が表にまとめられている。クリニカルクエスチョン(CQ) 今回の改訂では、CQが3つに絞られた。システマティックレビューを行い、解説と共に推奨とエビデンスレベルが示されている。・CQ1:eGFR 30mL/分/1.73m2未満の心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:CKD合併心不全患者での有益性を示唆するエビデンスは認めるが、eGFR 20mL/分/1.73m2未満のRCTでのエビデンスはない。eGFR 20mL/分/1.73m2以上に限って条件付きで推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ2:フレイル合併心不全患者へのSGLT2阻害薬の投与開始は推奨されるか?推奨:弱く推奨する(エビデンスレベル:C[弱])。・CQ3:代償期の心不全患者に対する水分制限を推奨すべきか?推奨:1日水分摂取量1~1.5Lを目標とした水分制限を弱く推奨する(エビデンスレベル:A[弱])。■参考文献1)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン. 2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.2)Kitai T, et al. Circ J. 2025 Mar 28. [Epub ahead of print]3)Kitai T, et al. J Card Fail. 2025 Mar 27. [Epub ahead of print]4)Bozkurt B, Coats AJS, Tsutsui H, et al. Eur J Heart Fail. 2021;23:352-380.5)日本心不全学会. 血中BNPやNT-proBNPを用いた心不全診療に関するステートメント2023年改訂版.6)日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン. 2024年JCS/JHRSガイドラインフォーカスアップデート版 不整脈治療.(ケアネット 古賀 公子)そのほかのJCS2025記事はこちら

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フィネレノン、2型DMを有するHFmrEF/HFpEFにも有効(FINEARTS-HFサブ解析)/日本循環器学会

 糖尿病が心血管疾患や腎臓疾患の発症・進展に関与する一方で、心不全が糖尿病リスクを相乗的に高めることも知られている。今回、佐藤 直樹氏(かわぐち心臓呼吸器病院 副院長/循環器内科)が3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials1においてフィネレノン(商品名:ケレンディア)による、左室駆出率(LVEF)が軽度低下した心不全(HFmrEF)または保たれた心不全(HFpEF)患者の入院および外来における有効性と安全性について報告。その有効性・安全性は、糖尿病の有無にかかわらず認められることが明らかとなった。 FINEARTS-HF試験は、日本を含む37ヵ国654施設で実施した二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験で、40歳以上、症状を伴う心不全、LVEF40%以上の患者6,001例が登録された。今回のサブ解析において、ナトリウム利尿ペプチドの上昇、構造的心疾患の証拠、血清カリウム5.0mmol/L以下、およびeGFR25mL/分/1.73m2以上の基準が含まれた。主要評価項目は心血管死と全心不全イベントの複合で、副次評価項目は全心不全イベント、複合腎機能評価項目、全死亡であった。 主な結果は以下のとおり。・参加者の平均年齢は72±10歳、女性は46%、NYHA心機能分類IIは69%、平均LVEFは53±8%(範囲:34~84)、平均eGFRは62mL/分/1.73m2であった。・参加者の糖尿病の既往について、2型糖尿病と報告されていたのが41%、HbA1c値で判断された糖尿病または前糖尿病状態が約80%を占めていた。・糖尿病患者のLVEFについて、約36%は50%未満、約45%は50~60%未満、19%は60%以上であった。・主要評価項目の心血管死および全心不全イベントの複合について、フィネレノン群は16%低下させた。・糖尿病患者は、前糖尿病または正常血糖値の患者と比較して、心血管死および総心不全イベントリスクが有意に高いことが示されたが、フィネレノン群はプラセボ群と比較し、HFmrEF/HFpEF患者における糖尿病の新規発生を25%低下させた。・フィネレノン群はベースラインのHbA1c値にかかわらず、心血管および全心不全イベントのリスクを一貫して減少させた。・参加者のうち、フィネレノン群の併用薬は、β遮断薬(85%)、ACE阻害薬/ARB(71%)、ARNI(約9%)、ループ利尿薬(87%)、SGLT2阻害薬(約14%)などがあり、フィネレノン群ではSGLT2阻害薬の併用にかかわらず、主要評価項目のリスクを低下させた(SGLT2阻害薬併用群のハザード比[HR]:0.83[95%信頼区間[CI]:0.80~1.16]、SGLT2阻害薬非併用群のHR:0.85[95%CI:0.74~0.98]、p=0.76)。・BMI別の解析において、BMI高値においてより効果が強く認められるものの、有意な交互作用は認められず、フィネレノン群は各BMI層(25以上、30以上、35以上、40以上)で全心不全イベントの発症を低下させた。・安全性については、フィネレノン群において血清クレアチニン値およびカリウム値の有意な上昇例が多く、収縮期血圧低下例も多かったが、糖尿病の有無による相違は認めなかった。フィネレノンにより、BMIが高い患者はBMIが低い患者と比較し、血清カリウム値および収縮期血圧の低下の程度が軽微な傾向を示したが、安全性についてBMIの相違は認められなかった。 最後に佐藤氏は、「フィネレノンによる糖尿病の新規発症リスクを減少させるメカニズムは完全には解明されていないが、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の種類による選択性および親和性、それに伴う炎症や線維化の抑制、神経体液性因子の修飾などが関与している可能性が示唆される」とコメントした。 なお、本学会で発表された『心不全診療ガイドライン2025年改訂版』において、症候性HFmrEF/HFpEFにおける心血管死または心不全増悪イベント抑制を目的とした薬物治療に対してフィネレノンの推奨(クラスIIa)が世界で初めて追加されている。(ケアネット 土井 舞子)そのほかのJCS2025記事はこちら

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閉塞性肥大型心筋症へのmavacamten、長期有効性・安全性の中間解析(HORIZON-HCM)/日本循環器学会

 閉塞性肥大型心筋症(HCM)治療薬の選択的心筋ミオシン阻害薬mavacamten は、3月27日にブリストル マイヤーズ スクイブが製造販売承認を取得し、年内の国内販売が見込まれる。今回、泉 知里氏(国立循環器病研究センター 心不全・移植部門 部門長)が、mavacamtenの54週での有効性・安全性・忍容性について、3月28~30日に開催された第89回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trials1で報告した。 日本人における症状を有する閉塞性HCM患者の治療効果検証のため、第III相非盲検単群試験HORIZON-HCMが実施されており、昨年の同学会において北岡 裕章氏(高知大学医学部老年病・循環器内科学 教授)が30週の短期有効性・安全性を報告している。今回の報告では、108週の長期試験の中間解析として54週時点の効果が示された。 本研究は、NYHA心機能分類II/III、左室駆出率(LVEF)≧60%、安静時または誘発時の左室流出路(LVOT)最大圧較差≧50mmHgの日本人成人38例を対象に、54週時点の評価を行ったもの。評価項目は、安静時およびバルサルバ法によるLVOT圧較差、カンザスシティ心筋症質問票臨床サマリースコア(KCCQ-CSS)、心臓バイオマーカー(NT-proBNP、心筋トロポニンI[cTnI]、心筋トロポニンT[nTnT])、NYHA心機能分類、安全性のベースラインからの変化であった。主な除外基準は、スクリーニング前6ヵ月以内の侵襲的中隔縮小治療(外科的筋切除術または経皮的alcohol septal ablation[ASA])の既往あるいは予定を有する、閉塞性HCMに似た心肥大を引き起こす既知の浸潤性または蓄積性障害の有無など。開始用量は1日1回2.5mg経口投与で、LVOT最大圧較差およびLVEFのエコー評価に基づき、6週目、8週目、14週目、20週目と個別用量調整が行われた。 主な結果は以下のとおり。・対象者38例の平均年齢は65歳で、66%は女性であった。患者の約90%はベースラインでβ遮断薬による治療を受けており、21%はCYP2C19の代謝活性が低かった。また、13%はNYHA心機能分類IIIの症状を有し、NT-proBNPの中央値は1,029pg/mLであった。今回、全38例のうち、54週の投与が可能であった36例を解析した。・ベースラインで73.6mmHgおよび91.4mmHgであった安静時およびバルサルバLVOT圧較差の平均は、mavacamten投与後減少し、54週まで持続した。・ベースラインの平均LVEFは78%で、54週目までに7.9%減少したが、どの計測タイミングでも70%を下回っていなかった。・KCCQスコアは治療開始後6週間以内に急速な改善がみられ、54週目まで持続した。・NYHA心機能分類は、25例がベースラインから54週までに1以上改善した。・NT-proBNPの急速な低下がベースラインから6週までにみられ、NT-proBNPは6週から30週にかけて改善が続き、54週目まで持続した。この傾向はcTnIとcTnTでもみられた。・54週までの長期試験期間中の安全性について、心血管関連の有害事象は報告されなかった。6例が54週間の治療中に重篤な有害事象を経験したが、いずれもmavacamtenに関連するものではなかった。また、13例はmavacamtenが中断され、そのうち10例ではプロトコルで定義された基準により治療が中断された。その主な理由は、mavacamtenの血漿濃度が高かったことが原因とされた。 本結果から泉氏は「日本人の患者集団において、mavacamtenは54週間にわたりLVOT圧較差の持続的な改善と心臓バイオマーカーの減少をもたらし、NYHA心機能分類およびKCCQスコアの改善にもつながった。mavacamtenは忍容性が高く、54週間を通じて新たな安全性シグナルや安全性に関する懸念は確認されず、全体として54週目に観察された安全性および有効性の結果は、30週のデータと一致している」とコメントした。 なお、世界でのmavacamtenの状況として、MAVA-Long-Term Extension試験(NCT03723655)において、最長3.5年(180週)に及ぶ継続治療の安全性・有効性が2024年9月に示されている。(ケアネット 土井 舞子)そのほかのJCS2025記事はこちら

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診療科別2024年下半期注目論文5選(循環器内科編)

Transcatheter Edge-to-Edge Repair for Severe Isolated Tricuspid RegurgitationDonal E, et al. JAMA. 2024 Nov 27. [Epub ahead of print]<Tri.Fr試験>:重症三尖弁逆流のカテーテル治療の時代がくるか?重症三尖弁逆流へのカテーテル治療であるedge-to-edge修復術(T-TEER)を至適薬物療法(OMT)に併用することによって、アウトカムが改善するかを検討。T-TEER+OMT療法はOMT単独療法と比較して、1年後の患者報告アウトカム指標と臨床イベントからなる複合スコアを改善しました。TriClip®による三尖弁カテーテル治療の適応について本邦でも議論が進むものと期待されます。Beta-Blocker Interruption or Continuation after Myocardial InfarctionSilvain J, et al. N Engl J Med. 2024;391:1277-1286.<ABYSS試験>:心筋梗塞既往患者でβ遮断薬の開始ではなく中断を検討、継続すべし薬剤の有効性と安全性を検討し、ポジティブな結果であれば新規の内服開始を薦めるという研究が多くなっています。しかしいったん開始した薬剤は永久に必要なのでしょうか。合併症のない心筋梗塞既往患者において、β遮断薬の長期中断について検討した本研究は興味深いものです。結果として、β遮断薬の中止は安全であると示すことはできませんでした。単純に解釈すれば継続投与が必要となります。β遮断薬を再評価する複数の臨床試験が進行中で、議論が続くと思われます。Pulmonary Vein Isolation vs Sham Intervention in Symptomatic Atrial FibrillationDulai R, et al. JAMA. 2024;332:1165-1173.<SHAM-PVI試験>:心房細動アブレーションの実手技vs.シャム(偽手技)、究極のランダマイズ試験これまでにも心房細動へのアブレーション治療についてのランダマイズ試験は存在し、改善効果を示してきました。しかしアブレーション実施の有無は、医師や患者本人には盲検化されていないため、QOLの改善が実手技を受けた患者のプラセボ効果ではないかとの批判がありました。実手技vs.シャム手技を比較する試験を計画し実施した著者に敬意を表します。シャム手技まで必要とするかとの意見もあると思われます。Finerenone in Heart Failure with Mildly Reduced or Preserved Ejection FractionSolomon SD, et al. N Engl J Med 2024;391:1475-1485.<FINEARTS-HF試験>:ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬フィネレノンは、HFmrEFとHFpEFに有効フィネレノンは、スピロノラクトンやエプレレノンと異なる非ステロイド骨格を有するミネラルコルチコイド受容体拮抗薬です。HFmrEFとHFpEFで、総心不全増悪イベントと心血管系による死亡の複合アウトカムを有意に抑制。SGLT2阻害薬に続いて、この患者群でイベント抑制効果を達成したことは興味深いものです。死亡に至った高カリウム血症はないものの、入院に至った高カリウム血症はフィネレノン群で多いことには注意が必要です。Rivaroxaban for 18 Months Versus 6 Months in Patients With Cancer and Acute Low-Risk Pulmonary Embolism: An Open-Label, Multicenter, Randomized Clinical Trial (ONCO PE Trial)Yamashita Y, et al. Circulation. 2024 Nov 18. [Epub ahead of print]<ONCO PE Trial>:がん合併の低リスク肺塞栓症患者には長期間のDOAC投与を ONCO PE試験は、リスクの低い肺塞栓症を合併したがん患者を対象に、直接経口抗凝固薬(DOAC)であるリバーロキサバンの投与期間を検討した研究。2024年11月に米国シカゴで開催されたAHA2024のLate Breakingで発表され、Circulation誌に同時掲載されました。DOACの投与期間は18ヵ月間投与群のほうが、6ヵ月間投与群より再発が少なく優れていました。

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GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドは、駆出率の保たれた心不全肥満患者に有効(解説:佐田政隆氏)

 左室駆出率が40%未満の心不全を「左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)」、左室駆出率が50%以上の心不全を「左室駆出率が保たれた心不全(HFpEF)」、左室駆出率が40%以上50%未満の心不全は「左室駆出率が軽度低下した心不全(HFmrEF)」と定義されている。 HFrEFに対する薬物療法では、この30年ほどの間に著明な進歩があった。β遮断薬、ACE阻害薬/ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)もしくはARNI (アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)、そして最近はSGLT2阻害薬の上乗せが予後をさらに改善することが証明された。現在、β遮断薬、ARNI、MRA、SGLT2阻害薬はfantastic fourと呼ばれ、HFrEF患者の予後改善のために1ヵ月以内に早期に導入することが強く推奨されている。 一方、HFpEFに対しては、β遮断薬、ACE阻害薬、ARB、ARNI、MRAを用いて各種大規模臨床研究が行われてきたが、いずれも予後を改善することは証明できなかった。近年、HFrEFよりHFpEFが増加しているという報告もあり、今後予想される心不全パンデミックに備えて、HFpEFに対する有効な治療法の開発が望まれていた。 この数年、SGLT2阻害薬がHFrEFのみでなくHFpEFに対しても有効性があることが証明され、ダパグリフロジンとエンパグリフロジンは糖尿病がなくても心不全治療薬として承認されている。しかし、HFpEF患者の予後改善のためには、さらなる追加の治療法が求められていた。 2023年、肥満を有するHFpEF患者において、セマグルチド2.4mgによる治療によって、プラセボと比較して、症状と身体的制限が軽減し、運動機能が改善し、体重が減少することがSTEP-HFpEF試験で報告された。 小腸から分泌されて膵臓に作用するインクレチン製剤としては長年GLP-1受容体作動薬が用いられてきたが、昨今、GIP/GLP-1受容体作動薬チルゼパチドが糖尿病治療薬として開発され、その強力な血糖降下作用と体重減少効果から、本邦でも急速に普及している。 本論文では、BMI 30以上の肥満をもったHFpEF患者(2型糖尿病患者はおよそ48%)に対するチルゼパチドの効果を検討した。主要評価項目である104週間での「心血管死と心不全増悪」を、チルゼパチドでプラセボと比較して有意に減少させた。また、カンザスシティ心筋症質問票臨床サマリースコア(KCCQ-CSS:スコア範囲は0~100で、数値が高いほど症状と身体的制限が少ないことを示す)と6分間歩行距離を改善した。体重減少は、チルゼパチド群で-13.9%、プラセボ群で-2.2%であった。注目すべきことには、高感度CRPがチルゼパチド群でなんと-38.8%低下し、プラセボ群では-5.9%であった。この抗炎症効果は、体重減少だけでは説明がつかないと思われ、膵臓以外の臓器へのチルゼパチドの多面的な作用の関与が大きいと思われる。 米国ではチルゼパチドは肥満症治療薬として2023年11月にすでに承認されているが、日本においてもセマグルチドに続いて2024年12月27日に承認された。肥満を有するHFpEF患者に対するチルゼパチドの効果のメカニズム、GLP-1受容体作動薬とGIP/GLP-1受容体作動薬でHFpEFに対してどちらがより効果的なのか、肥満のないHFpEFにも有効なのかと疑問は尽きないが、今後の臨床研究、基礎研究で解明されていくことが期待される。

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ARBは脳卒中後のてんかん予防に効果的

 脳卒中を経験した人では、傷害を受けた脳組織の神経細胞に過剰な電気的活動が生じててんかんを発症することがある。この脳卒中後てんかん(post-stroke epilepsy;PSE)は、特に、高血圧の人に生じやすいと考えられている。しかし、新たな研究で、降圧薬のうち、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を使用している人では、他の降圧薬を使用している人に比べてPSEリスクがはるかに低いことが明らかになった。G・ダヌンツィオ大学(イタリア)てんかんセンターのGiacomo Evangelista氏らによるこの研究結果は、米国てんかん学会年次総会(AES 2024、12月6〜10日、米ロサンゼルス)で発表された。 この研究では、脳卒中を経験した高血圧患者528人を対象に、降圧薬の種類とPSEとの関連が検討された。対象者の中に、研究開始時にてんかんの既往歴があった者は含まれていなかった。全ての対象者が何らかの降圧薬を使用しており、うち194人は2種類以上の降圧薬を使用していた。内訳は、β遮断薬が164人、カルシウム拮抗薬が159人、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が154人、利尿薬が136人、ARBが109人であった。 全体で38人(7.2%)がPSEを発症した。その多くは一種類の降圧薬を使用している人であった。解析の結果、ARB使用者に比べて、β遮断薬使用者では120%、カルシウム拮抗薬使用者では110%、ACE阻害薬使用者では65%、利尿薬使用者では60%、PSEリスクが高いことが示された。 ARBは、血圧を上昇させる作用のあるホルモンであるアンジオテンシンIIが結合する受容体を遮断することで、その作用を抑制する。研究グループは、アンジオテンシンIIを阻害することで、炎症が軽減し、脳内の血流が改善し、それによりてんかん発作のリスクが軽減する可能性があると推測している。一方、カルシウム拮抗薬とβ遮断薬は、脳を過度に興奮させることで、またACE阻害薬は脳内の炎症を増加させることで、てんかん発作のリスクを高める可能性があるとの考えを示している。 Evangelista氏は、「われわれの研究は、リアルワールドで、さまざまな降圧薬がPSEの予防にどの程度効果的であるかに焦点を当てた独自のものだ。どの降圧薬がPSEなどの合併症の予防に役立つかを理解することで、患者の転帰が改善される可能性がある」と話している。 一方、共同研究者であるG・ダヌンツィオ大学てんかんセンターの神経学者であるFedele Dono氏は、「これらの研究結果は、特に脳卒中患者の血圧管理における個別化医療の重要性を浮き彫りにしている。得られた結果を確認し、その根底にあるより詳細なメカニズムを明らかにするには、より多くの患者を対象にした研究の実施が必要だ」と話している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

7.

心筋梗塞後のβ遮断薬の長期投与は不要か―統計学的には非劣性だが、臨床的にはそうとは限らない(解説:名郷直樹氏)

 β遮断薬内服中で駆出率が40%以上の6ヵ月以前に発症した心筋梗塞患者で、β遮断薬を継続する群と中止する群で、死亡、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中、心血管疾患による入院の複合アウトカムを1次アウトカムにしたランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)であるが、プラセボは使用せずオープン試験である1)。 このRCTは薬剤中止試験と呼ばれるもので、歴史的にはジギタリスの中止試験が有名である。ジギタリスの中止試験では、いずれも中止による心不全症状の悪化が報告されている2,3)。対象者がすでに治療を継続できている患者だけが対象であることに留意すべきで、新規の患者にどうするかというのはまた別問題と考えるのが重要である。 また、この論文は非劣性試験で、中止によっても予後が変わらないことを示すことを目標にした研究である。非劣性試験では、どの程度の差を許容して非劣性と判断するかのマージンの確認がまず必要である。さらに、優越性試験で重視されるITT解析では差を過小評価して非劣性と判断しやすいバイアスがあり、プロトコールを順守した群でのper-protocol解析の結果を確認することも重要である。 上記のポイントを考慮しながらこの論文を読んでみる。まずこの論文の非劣性のマージンであるが、イベントの差、絶対危険増加で3%、継続群でのイベントを12%と見積もり、相対危険増加で25%をマージンとして設定している。その結果、1次アウトカムのITT解析について、中止群で23.8%、継続群で21.1%、絶対危険増加と95%信頼区間は、2.8(<0.1~5.5)と、相対危険では1.16(1.01~1.33)、相対危険増加では16%(1%~33%)と絶対危険のマージンの3%、相対危険のマージン25%を含んでおり、統計学的には非劣性という結果である。per-protocol解析の結果はappendixに記載されているが、絶対危険増加で1.12(-1.65~3.88)、相対危険で1.06(0.92~1.22)と、むしろ差が小さくなるという結果である。 しかし、この結果を優越性試験という点で見てみると、ITT解析の相対危険の1.16(1.01~1.33)というのは、中止群で統計学的に有意にイベントが増えるという結果である。95%信頼区間の上限では33%増えるかもしれないという解釈もある。 ただ上述したように薬剤中止試験では、中止薬剤を継続できている人のみを対象にするので中止の影響による効果を過大評価している面はある。マスキングも行われていないオープン試験であるので、中止の不安が悪化に関係しているかもしれない。ただ、現実の臨床ではプラセボを使うわけではないので、現実の臨床への適応を考えればオープン試験のほうが実際的であるという解釈もある。 この結果から、中止すればよいというのはあまりにナイーブな考えだろう。むしろ中止すると判断するのは危険である。新たにβ遮断薬を投与するという選択肢はないが、現在継続できている人はそのまま継続するというのも、現実の臨床では1つの選択肢であり続けるだろう。そうでなければ、臨床的な有意差と統計学的な有意差を混同した判断が広がるというネガティブな現実を示していると考えたほうがよいのではないだろうか。

8.

心不全のない心筋梗塞後の患者にβ遮断薬の処方は不要?

 β遮断薬は、心筋梗塞を経験した多くの人にとって頼りになる薬である。しかし、スウェーデンの新たな研究により、心筋梗塞から回復し、心機能が正常に保たれている患者には、この薬による治療は必要ない可能性のあることが明らかになった。この研究では、心筋梗塞後に左室駆出率が保たれている患者に対するβ遮断薬による治療は、患者の抑うつ症状の軽度な増加と関連することが示された。詳細は、「European Heart Journal」に10月3日掲載された。論文の筆頭著者であるウプサラ大学(スウェーデン)心臓心理学分野のPhilip Leissner氏は、「それだけでなく、この患者群にβ遮断薬を投与しても、生命維持には役立たない」と同大学のニュースリリースの中で述べている。 心臓専門医は数十年にわたり、心臓病の治療薬としてβ遮断薬に頼ってきた。この薬は、アドレナリンやノルアドレナリンなどのカテコールアミンが心臓のβ受容体に結合するのを防ぐことで、血圧や心拍数などを抑える作用を持つ。しかし、近年、医療の進歩により心筋梗塞から回復した患者に対する医薬品の選択肢が増えたことを受け、β遮断薬の使用は疑問視されるようになっている。Leissner氏らは、これは特に、心筋梗塞から回復後に左室駆出率が保たれている患者に当てはまると話す。同氏らは、2024年4月に発表した論文において、この種の患者に対するβ遮断薬による治療は不要であると結論付けている。 今回の研究では、これらの患者に対するβ遮断薬による治療は害となる可能性さえあることが判明した。Leissner氏らは、心筋梗塞後にβ遮断薬(メトプロロール、ビソプロロール)か、それ以外の薬を処方された心不全のない患者806人のデータを用いて、β遮断薬の投与が患者が報告する抑うつおよび不安の症状に及ぼす影響を調査した。患者は、入院時と2回の追跡調査時(心筋梗塞から6〜10週間後と12〜14週間後)に、Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)を用いて抑うつと不安に関する評価を受けていた。 解析の結果、β遮断薬による治療は、1回目の追跡調査時(β=0.48、95%信頼区間0.09〜0.86、P=0.015)、および2回目の追跡調査時(β=0.41、95%信頼区間0.01〜0.81、P=0.047)の両方で、抑うつ症状に負の影響を与えることが示された。一方、不安に対する影響は認められなかった。さらに、研究開始前にすでにβ遮断薬を使用していた患者では、抑うつリスクがさらに高まることも示された。この結果は、β遮断薬の使用と抑うつ症状との間に用量反応関係があることを示唆している。 研究グループは、「β遮断薬による治療を受けた心不全のない心筋梗塞生存者では、抑うつ症状の重症度にわずかな増加が認められた」と結論。「これまでの研究で、β遮断薬の使用により、抑うつ、不眠症、さらには悪夢を見るリスクが高まることが分かっているので、この結果に驚きはなかった」と述べている。 Leissner氏は、「かつてはほとんどの医師が、心不全のない患者にもβ遮断薬を処方していた。しかし、その根拠はもはやそれほど明確なものではなく、再検討が必要だ」と指摘する。さらに同氏は、「心筋梗塞を経験した患者の中には、抑うつリスクが高いと考えられる人もいる。β遮断薬が心臓に良い効果をもたらさないのであれば、そのような患者に対する同薬の処方は不必要である」と述べている。

9.

“Fantastic Four”の一角に陰り:心筋梗塞例にミネラルコルチコイド受容体拮抗薬は無効(解説:桑島巌氏)

 アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬の4つは心不全の治療薬におけるFantastic Fourとして広く宣伝されてきた。しかし本論文は、その一角を成すMRAの1つスピロノラクトンが心筋梗塞後の心血管死や心不全悪化に対しての効果はプラセボ群と差がなく、有用性を認めなかったという結果を示した。 心不全、収縮機能が低下した心筋梗塞例に対してスピロノラクトンやエプレレノンが死亡率を減少させることは、すでにRALES研究(Pitt B, et al. N Engl J Med. 1999;341:709-717.)やEPHESUS研究(Pitt B, et al. N Engl J Med. 2003;348:1309-1321.)などで証明されている。しかし今回発表されたCLEAR研究では、心筋梗塞後の症例に対してのスピロノラクトンの有用性は証明できなかった。 スピロノラクトンに有意な有効性を認めなかった最大の要因は、イベント数が少ないことによる検出力不足である。本研究の対象者は心筋梗塞後に冠動脈インターベンション(PCI)を受けた症例であり、ほとんどの例でステント(96%)や、抗血小板薬(97%)やスタチン(97%)などによる厳格な再発予防治療を受けており、心血管イベント発症率は低いのは当然である。この点、RALES研究やEPHESUS研究の時代とは背景が大きく異なっている。 また本研究ではKillip II以上の心不全症例が含まれていないことも、スピロノラクトンの有用性を示すことができなかった一因であろう。 約7,000例規模の試験において有効性を認めなかったことは、実臨床においても心不全を合併しない心筋梗塞例に漫然とMRAを処方することは避けるべきとのメッセージである。

10.

症候性心房細動への肺静脈隔離術vs.シャム/JAMA

 症候性心房細動に対する肺静脈隔離術(PVI)はシャム(偽手技)との比較において、6ヵ月時の心房細動負荷が統計学的に有意に減少し、症状と生活の質は大幅に改善した。英国・Eastbourne District General HospitalのRajdip Dulai氏らが、無作為化二重盲検比較試験「SHAM-PVI試験」の結果を報告した。心房細動の治療において、PVIには大きなプラセボ効果があるかもしれないとの懸念があるが、これまで無作為化二重盲検比較試験は実施されていなかった。JAMA誌オンライン版2024年9月2日号掲載の報告。埋込み型ループレコーダーで心房細動負荷を評価 研究グループは、2020年1月~2024年3月に英国の3次医療機関2施設で、クラスIまたはIIIの抗不整脈薬(β遮断薬を含む)による治療にもかかわらず症候性の発作性または持続性心房細動を有し、カテーテルアブレーションのため紹介された患者を登録し、クライオバルーンカテーテルを用いたPVI群または横隔神経ペーシングのみのシャム群に無作為に割り付けた。 主な除外基準は、長期(1年以上)にわたる持続性心房細動、左心房アブレーションまたは外科的アブレーション既往の患者、アブレーションを必要とするその他の不整脈を有する患者、左房径5.5cm以上、駆出率35%未満の患者などであった。 登録時に未装着の患者全例に埋込み型ループレコーダーが装着され、主要手技の2週間以上前には装着が完了し、心房細動負荷(心房細動累積時間)が評価された。 主要エンドポイントは、最初の3ヵ月間(ブランキング期間)を除く6ヵ月時の心房細動負荷(3ヵ月時~6ヵ月時の心房細動累積時間)であった。副次エンドポイントには、心房細動の症状やQOL(Atrial Fibrillation Effect on Quality of Life[AFEQT]質問票、Mayo AF-Specific Symptom Inventory[MAFSI]、European Heart Rhythm Association[EHRA]スコア、SF-36)、イベント発生までの時間、安全性などが含まれた。心房細動負荷、プラセボと比較してPVIで有意に減少 2020年1月~2023年8月に(2020年3月~2021年7月はCOVID-19のため一時中断)、126例が無作為化され(平均年齢66.8歳、男性89例[70.63%]、発作性心房細動20.63%)、123例が主要評価の解析対象集団となった。 6ヵ月時の心房細動負荷はベースラインからの絶対平均変化量としてPVI群で60.31%、シャム群で35.0%低下した(幾何平均群間差:0.25、95%信頼区間[CI]:0.15~0.42、p<0.001)。 6ヵ月時のAFEQT要約スコア(範囲:0~100、高スコアほど心房細動関連障害が軽度)の推定群間差は、PVI群が18.39ポイント(95%CI:11.48~25.30)高かった。MAFSIの頻度スコアおよび重症度スコアについても、PVI群が良好であった。また、SF-36で評価した健康関連QOLはPVIによる改善が示され、6ヵ月時の推定群間差は9.27ポイント(95%CI:3.78~14.76)とPVI群が良好であった。 なお、著者は研究の限界として、試験期間が6ヵ月と短かったこと、PVIに限定されていたこと、2施設のみの実施であったことなどを挙げている。

11.

β遮断薬長期服用MI既往患者、服薬の中断vs.継続/NEJM

 心筋梗塞既往の患者において、長期β遮断薬治療の中断は継続に対して非劣性が認められなかったことを、フランス・ソルボンヌ大学のJohanne Silvain氏らABYSS Investigators of the ACTION Study Groupが、「Assessment of BetaBlocker Interruption 1 Year after an Uncomplicated Myocardial Infarction on Safety and Symptomatic Cardiac Events Requiring Hospitalization trial:ABYSS試験」の結果、報告した。心筋梗塞後のβ遮断薬による治療については、適切な投与期間は不明である。合併症のない心筋梗塞既往患者において、副作用を軽減しQOLを改善するために、長期β遮断薬治療を中断することの有効性と安全性に関するデータが求められていた。NEJM誌オンライン版2024年8月30日号掲載の報告。約3,700例を、β遮断薬中断群と継続群に無作為化 ABYSS試験は、フランスの49施設で実施されたPROBE(Prospective Randomized Open-label Blinded End-Point)デザインの多施設共同非劣性試験である。 研究グループは、2018年8月28日~2022年9月12日、登録6ヵ月以上前に心筋梗塞既往でβ遮断薬の投与を受けており、左室駆出率が40%以上、過去6ヵ月以内の心血管イベントがない患者を、β遮断薬中断群または継続群に1対1の割合で無作為に割り付け、6ヵ月後、12ヵ月後、以降は最後の登録患者が1年以上の追跡を完了するまで毎年評価した。 主要エンドポイントは、死亡、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中または心血管疾患による入院の複合で、非劣性マージンはイベント発生率の群間差(中断群-継続群)の両側95%信頼区間(CI)の上限が3%ポイントとした。主な副次エンドポイントは、6ヵ月時および12ヵ月時のEuropean Quality of Life-5 Dimensions(EQ-5D)質問票スコアのベースラインからの変化量とした。 計3,698例が無作為化され、1,846例が中断群、1,852例が継続群に割り付けられた。平均(±SD)年齢は63.5±11歳、17.2%が女性で、心筋梗塞発症から無作為化までの期間中央値は2.9年(四分位範囲[IQR]:1.2~6.4)であった。主要複合エンドポイント、中断群の非劣性は確認されず 追跡期間中央値3.0年(IQR:2.0~4.0)において、主要エンドポイントの複合イベントは、中断群で23.8%(432/1812例)、継続群で21.1%(384/1821例)に発生した。群間差は2.8%ポイント(95%信頼区間[CI]:<0.1~5.5)、ハザード比は1.16(95%CI:1.01~1.33、非劣性のp=0.44)であり、中断群の継続群に対する非劣性は認められなかった。 最終追跡調査時におけるEQ-5Dスコアのベースラインからの変化量(平均±SD)は、中断群0.033±0.150、継続群で0.032±0.164であり(群間差:0.002、95%CI:-0.008~0.012)、中断によるQOLの改善は示されなかった。 なお、著者は研究の限界として、非盲検試験であること、1ヵ国のみで実施されたこと、潜在的なバイアスの可能性がある心血管イベントによる入院が主要エンドポイントに含まれていることなどを挙げている。

12.

HFpEF/HFmrEFに、フィネレノンが有効/NEJM

 左室駆出率が軽度低下の心不全(HFmrEF)または保たれた心不全(HFpEF)患者の治療において、プラセボと比較して非ステロイド型ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬フィネレノンは、総心不全増悪イベントと心血管系の原因による死亡の複合アウトカムの発生を有意に抑制し、高カリウム血症のリスクが高いものの低カリウム血症のリスクは低いことが、米国・ブリガム&ウィメンズ病院のScott D. Solomon氏らFINEARTS-HF Committees and Investigatorsが実施した「FINEARTS-HF試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2024年9月1日号に掲載された。国際的な無作為化イベント主導型試験 FINEARTS-HF試験は、日本を含む37ヵ国654施設で実施した二重盲検無作為化プラセボ対照イベント主導型試験であり、2020年9月~2023年1月に参加者のスクリーニングを行った(Bayerの助成を受けた)。 年齢40歳以上、症状を伴う心不全で、左室駆出率が40%以上の患者6,001例を登録した。通常治療に加え、フィネレノン(ベースラインの推算糸球体濾過量に応じて最大用量20mgまたは40mg、1日1回)を投与する群に3,003例(平均[±SD]年齢71.9[±9.6]歳、女性45.1%)、プラセボ群に2,998例(72.0[±9.7]歳、45.9%)を無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、総心不全増悪イベント(心不全による予期せぬ初回または再入院、あるいは緊急受診と定義)と心血管系の原因による死亡の複合とした。総心不全増悪イベント数も有意に少ない ベースラインにおける全体の平均(±SD)左室駆出率は53(±8)%で、69.1%がNYHA心機能分類クラスIIであった。84.9%がβ遮断薬、35.9%がACE阻害薬、35.0%がARB、8.5%がARNI、13.6%がSGLT2阻害薬の投与を受けていた。 追跡期間中央値32ヵ月の時点で、主要アウトカムのイベントは、フィネレノン群で3,003例中624例に1,083件、プラセボ群で2,998例中719例に1,283件発生し、率比は0.84(95%信頼区間[CI]:0.74~0.95)とフィネレノン群で有意に良好であった(p=0.007)。 心不全増悪イベントの総数は、フィネレノン群が842件、プラセボ群は1,024件であり、率比は0.82(95%CI:0.71~0.94)とフィネレノン群で有意に少なかった(p=0.006)。また、心血管系の原因で死亡した患者の割合は、フィネレノン群8.1%、プラセボ群8.7%であった(ハザード比[HR]:0.93、95%CI:0.78~1.11)。0.5%で入院に至った高カリウム血症が発現 重篤な有害事象はフィネレノン群で1,157例(38.7%)、プラセボ群で1,213例(40.5%)に発現した。また、死亡に至った高カリウム血症のエピソードはなく、入院に至った高カリウム血症はフィネレノン群で16例(0.5%)、プラセボ群で6例(0.2%)であった。低カリウム血症は、プラセボ群に比べフィネレノン群で少なかった。 6ヵ月時の平均収縮期血圧は、プラセボ群に比べフィネレノン群で低かったが(群間差:-3.4mmHg、95%CI:-4.2~-2.6)、1ヵ月時の血圧の変化で補正しても、主要アウトカムに関して観察された治療効果は減弱しなかった。 著者は、「フィネレノンは、患者報告による健康状態(カンザスシティ心筋症質問票[KCCQ]総症状スコア)の改善に関して中等度の有益性をもたらしたが、NYHA心機能分類クラスや腎複合アウトカムのリスクを改善しなかった」とし、「ベースラインでSGLT2阻害薬(この患者集団においてガイドラインで強く推奨されている唯一の治療薬)を使用していた患者の主要アウトカムの結果が、使用していなかった患者と同程度であったことは重要である」としている。

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mRNAコロナワクチン後の心筋炎、心血管合併症の頻度は低い/JAMA

 従来型の心筋炎患者と比較して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後に心筋炎を発症し入院した患者は心血管合併症の頻度が高いのに対し、COVID-19のmRNAワクチン接種後に心筋炎を発症した患者は逆に心血管合併症の頻度が従来型心筋炎患者よりも低いが、心筋炎罹患者は退院後数ヵ月間、医学的管理を必要とする場合があることが、フランス・EPI-PHAREのLaura Semenzato氏らの調査で示された。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2024年8月26日号で報告された。フランスのコホート研究 研究グループは、COVID-19 mRNAワクチン接種後の心筋炎および他のタイプの心筋炎に罹患後の心血管合併症の発生状況と、医療処置や薬剤処方などによる疾患管理について検討する目的でコホート研究を行った。 フランス国民健康データシステムを用いて、2020年12月27日~2022年6月30日にフランスで心筋炎により入院した12~49歳の患者4,635例のデータを収集した。 これらの患者を、ワクチン接種後心筋炎(COVID-19 mRNAワクチン接種から7日以内、558例[12%])、COVID-19罹患後心筋炎(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2[SARS-CoV-2]感染から30日以内、298例[6%])、従来型心筋炎(COVID-19 mRNAワクチン接種やSARS-CoV-2感染とは関連のない心筋炎、3,779例[82%])に分類した。 主要アウトカムは、初回入院から18ヵ月間における心筋心膜炎による再入院、心筋心膜炎以外の心血管イベント、全死因死亡と、これらのイベントの複合アウトカムとし、退院後の医療管理(心臓画像検査、心血管治療[β遮断薬、レニン-アンジオテンシン系作用薬]、冠動脈検査[冠動脈造影、CT検査]、トロポニン検査、ストレス検査など)についても評価を行った。再入院と他の心血管イベントにも差はない ワクチン接種後心筋炎群は、COVID-19罹患後心筋炎群および従来型心筋炎群に比べ年齢が若く(平均年齢25.9[SD 8.6]歳、31.0[10.9]歳、28.3[9.4]歳)、男性が多かった(84%、67%、79%)。 18ヵ月時の複合アウトカムの標準化発生率は、従来型心筋炎群が13.2%(497/3,779例)であったのに比べ、ワクチン接種後心筋炎群は5.7%(32/558例)と低く(重み付けハザード比[wHR]:0.55、95%信頼区間[CI]:0.36~0.86)、COVID-19罹患後心筋炎群は12.1%(36/298例)であり同程度だった(1.04、0.70~1.52)。 心筋心膜炎による再入院(ワクチン接種後心筋炎群と従来型心筋炎群の比較:wHR 0.75[95%CI:0.40~1.42]、COVID-19罹患後心筋炎群と従来型心筋炎群の比較:1.07[0.53~2.13])および心筋心膜炎以外の心血管イベント(0.54[0.27~1.05]、1.01[0.62~1.64])は、いずれも差を認めなかった。 全死因死亡は、ワクチン接種後心筋炎群が1例(0.2%)、COVID-19罹患後心筋炎群が4例(1.3%)、従来型心筋炎群は49例(1.3%)でみられた。医療処置、薬剤処方の頻度は従来型心筋炎群と同様 ワクチン接種後心筋炎群およびCOVID-19罹患後心筋炎群の退院から18ヵ月間の医療処置(心臓画像検査、トロポニン検査、ストレス検査)および薬剤処方の標準化された頻度は、従来型心筋炎群と同様の傾向を示した。 著者は、「これらの知見は、現時点および将来にmRNAワクチンを推奨する際に考慮すべきと考えられる」としている。

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HFpEF/HFmrEFへのβ遮断薬~約1万7千例の解析/ESC2024

 β遮断薬は、左室駆出率(LVEF)の保たれた心不全(HFpEF)、LVEFが軽度低下した心不全(HFmrEF)を有する患者にも用いられているが、その安全性や臨床転帰への影響は明らかになっていない。そこで、松本 新吾氏(英国・グラスゴー大学/東邦大学医療センター大森病院)らの研究グループは、HFpEF/HFmrEF患者を対象とした4つの大規模臨床試験の参加者を対象として、β遮断薬の臨床転帰への影響を検討する観察研究を実施した。その結果、β遮断薬はHFpEF/HFmrEF患者の臨床転帰を悪化させないことが示唆された。本研究結果は、8月30日~9月2日に英国・ロンドンで開催されたEuropean Society of Cardiology 2024(ESC2024、欧州心臓病学会)で発表され、European journal of heart failure誌オンライン版2024年8月31日号に同時掲載された。 本研究は、HFpEF/HFmrEF患者を対象とした4つの大規模臨床試験(I-Preserve、TOPCAT、PARAGON-HF、DELIVER)の参加者1万6,951例を対象とし、ベースライン時のβ遮断薬の使用の有無で2群(使用群、未使用群)に分けて比較した。主要評価項目は心血管死または心不全による入院の初回発現とした。 主な結果は以下のとおり。・対象患者のLVEF平均値は56.8%であり、HFpEF患者の割合は79.1%(1万3,400例)であった。・対象患者のうち75.6%(1万2,812例)がベースライン時にβ遮断薬を用いていた。β遮断薬の用量(ビソプロロール換算)の中央値は5.0mgであり、1年継続率95.1%、2年継続率93.1%であった。・主要評価項目の発現リスクは、使用群のほうが未使用群と比較して低く(調整ハザード比:0.81、95%信頼区間:0.74~0.88)、LVEFによる影響は受けなかった(p for interaction=0.88)。・主要評価項目の結果は、ほとんどのサブグループで一貫していた。しかし、心房細動の有無別にみると、心房細動を有するサブグループは有さないサブグループと比較して、β遮断薬の使用が良好な転帰と関連していた(p for interaction=0.02)。 本研究結果について、著者らは「β遮断薬がHFpEF/HFmrEFの転帰を悪化させる可能性は低いことが示唆された。因果関係を確認するためには、大規模な無作為化比較試験が必要である」とまとめた。

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第227回 Nature誌の予言的中?再生医療の早期承認の現状は…

科学誌「Nature誌」の“予言”は正しかったのか? 2015年12月、同誌のエディトリアルに「Stem the tide(流れを止めよ)」というやや過激なタイトルの論評が掲載されたことを覚えている人もいるのではないだろうか?ちなみにこの論評には「Japan has introduced an unproven system to make patients pay for clinical trials(日本は臨床試験費用を患者に支払わせる実績のない制度を導入)」とのサブタイトルが付け加えられていた。Nature誌が批判した日本の制度とは、2014年11月にスタートした再生医療等製品に関する早期承認(条件および期限付承認)制度のことである。同制度はアンメットメディカルニーズで患者数が少なく、二重盲検比較試験実施も困難な再生医療等製品について、有効性が推定され、安全性が認められたものを、条件や期限を設けたうえで早期承認する仕組み。承認後は製造販売後使用成績調査や製造販売後臨床試験を計画・実施し、7年を超えない範囲で有効性・安全性を検証したうえで、期限内に再度承認申請して本承認(正式承認)を取得する。Nature誌の論評の直前、厚生労働省(以下、厚労省)の中央社会保険医療協議会は、同制度での承認第1号となった虚血性心疾患に伴う重症心不全治療のヒト(自己)骨格筋由来細胞シート「ハートシート」(テルモ)の保険償還価格を決定していた。ハートシートは患者の大腿部から採取した筋肉組織内の骨格筋芽細胞を培養してシート状にし、患者の心臓表面に移植する製品。念のために言うと、Nature誌による批判の本丸は、同制度の承認の仕方そのものというよりは保険償還に関する点である。通常、製薬企業などが新たな治療薬や治療製品を開発する際は、開発費用は当然ながら企業側が全額負担する。しかし、条件付き承認制度では、企業は暫定承認状態で販売が可能になり、最低でも本承認の可否が決定するまでの期間、保険診療を通じた公費負担と患者の一部自己負担が製品の販売収益となる。そしてこの間にも企業側は本承認に向けた臨床試験を実施する。つまるところ、暫定承認期間中に、本来、企業負担で行うべき臨床試験費用の一部を事実上患者が負担し、効果が証明できずに本承認を得られなかったとしても過去の患者負担が返還されるわけでもない。企業が負うべきリスクを患者に付け回している、というのがNature誌の主張だ。そしてNature誌の論評では「条件付きかどうかに関わらず、すでに承認された医薬品を制御するのは容易ではないだろう。評価が甘く、医薬品の効果が明らかにされない、あるいは流通から排除されないなど生ぬるい評価が行われれば、日本は効果のない治療薬であふれてしまう国になる可能性がある」とまで言い切った。2014年から10年、制度利用の状況このハートシート以降、条件付き早期承認制度を利用して承認を取得したのは、脊髄損傷に伴う神経症候及び機能障害の改善を適応としたヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞「ステミラック」(ニプロ)、慢性動脈閉塞症での潰瘍の改善を適応とする「コラテジェン(一般名:ベペルミノゲンペルプラスミド)」(アンジェス)、悪性神経膠腫を適応とする「デリタクト(一般名:テセルパツレブ)」がある。そして今年7月19日に開催された厚労省の薬事審議会の下部会議体である再生医療等製品・生物由来技術部会は、ハートシートについてメーカーが提出した使用成績調査49例とハートシートを移植しない心不全患者による対照群の臨床研究102例の比較検討から、主要評価項目である心臓疾患関連死までの期間、副次評価項目である左室駆出率(LVEF)のいずれでもハートシートの優越性は確認できなかったと評価し、「本承認は適切ではない」との判断を下した。また、これに先立つ6月24日、同じく条件付き早期承認を取得していた前述のコラテジェンでも動きがあった。製造・販売元のアンジェスが「HGF 遺伝子治療用製品『コラテジェン』の開発販売戦略の変更に関するお知らせ」なるプレスリリースを公表。同社はすでに2023年5月に本承認に向けた申請を行っていたが、プレスリリースでは「非盲検下で実施した市販後調査では、二重盲検の国内第III相臨床試験成績を再現できなかったことから上記申請を一旦取り下げ」と述べ、6月27日付で本承認申請を取り下げた。率直に言って、データを提出して本承認への申請を行っていながら、1年後には第III相試験成績を再現できなかったと申請を取り下げるのはかなり意味不明である。厚労省側は前述の7月19日の部会にコラテジェンに対するアンジェスの対応を報告。結果としてハートシートとコラテジェン共に暫定承認が失効した。制度発足から10年で、条件付き早期承認制度を利用して承認を受けた4製品のうち2製品が市場から姿を消したことになる。つまり同制度の暫定“打率”は5割という、医療製品としてはあまり望ましくない数字だ。薬事審議会後の厚労省医薬局の医療機器審査管理課の担当者による記者ブリーフィングでは、審議会委員から「今後こういったことが続かないように制度運用での有効な措置を考えるべきだ」との意見も出たことが明らかにされた。ある意味、当然の反応だろう。もっとも今回、医療機器審査管理課が公表したハートシート、コラテジェンの審議結果では、いずれも「有効性が推定されるとした条件及び期限付承認時の判断は否定されないものの」とのただし書きが付いた。さて、そのハートシートが条件付き期限付き承認を受けた当時の審査報告書に今回改めて目を通してみた。当時の審査報告何とも評価が難しいのは、承認の前提になった国内臨床試験が症例数7例の単群試験である点だ。この7例は▽慢性虚血性心疾患患者▽NYHA心機能分類III~IV度▽ジギタリス、利尿薬、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、β遮断薬、アルドステロン拮抗薬、経口強心薬といった最大限の薬物療法を行っているにもかかわらず心不全状態にある▽20歳以上▽標準的な治療法に冠動脈バイパス術(CABG)、僧帽弁形成術、左室形成術、心臓再同期療法(CRT)、経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を施して3ヵ月以上経過しているにもかかわらず心不全の悪化が危慎される▽エントリー時の安静時LVEF(心エコー図検査) が35%以下、を満たす重症心不全患者である。実際の7例の詳細を見ると、年齢は35~71歳、NYHA心機能分類は全員がIII度、LVEFが22~33%。治療では全例がPCIかCABGを施行し、5例はその両方を施行していた。薬物治療では利尿薬、ACE阻害薬、β遮断薬のうちどれか2種類は必ず服用しており、心不全治療目的の治療薬は3~7種類を服用していた状態である。ハートシートによる治療は、開胸手術が必要になるが、この7例の状態はそれを行うだけでもかなりリスクの高い症例であることがわかる。同時にこれらの症例では、意図して対照群を設定して比較試験を行うことは、現実的にも倫理的にもかなり困難だろう。国内臨床試験の主要評価項目はLVEFの変化量である。ハードエンドポイントを意識するならば、心疾患関連死を見るべきかもしれないが、やはりこの試験セッティングでは難しいと言わざるを得ない。こうしたさまざまな制約の中で行われた臨床試験結果はどのようなものだったのか?まず、LVEFだが、ご存じのようにこの数値の算出には、心プールシンチグラフィ、心エコー、心臓CTなどの検査を行う必要があり、この中で最もバイアスが入りにくいのは心プールシンチグラフィである。臨床試験では、心プールシンチグラフィのデータでメインの評価を行っており、事前に設定したLVEFの変化量に基づく改善度の判定基準は、「悪化」が-3%未満、「維持」が-3%以上+5%未満、「改善」が+5%以上。ハートシート移植後26週時点での結果は「悪化」が2例、「維持」が5例、「改善」が0例だった。ちなみの副次評価項目では心エコー、心臓CTによるLVEF変化量も評価されており、前述の改善度判定基準に基づくならば、心エコーでは全例が「改善」、心臓CTでは「維持」が5例、「改善」が1例、残る1例はデータなし。LVEF算出において、心エコーはもっともバイアスが入りやすいと言われているが、さもありなんと思わせる結果でもある。ちなみに試験の有効性評価の設定では、試験対象患者が時問経過とともに悪化が危慎される重症心不全患者であったことから、「維持」以上を有効としたため、心プールシンチグラフィの結果では7例中5例が有効とされた。もっともここに示したデータからもわかるように、評価結果に一貫性があるとは言い難い。この点はメーカー側も十分承知していたようで、心臓外科医1名、循環器内科医2名の計3名からなる第三者委員会を組織し、各症例のデータなどを提供して症例ごとの評価を仰いでいる。審査報告書にあるその評価は「有効」が5例、「判定不能」が2例。とはいえ、有効と評価されていた症例でも、その評価にはある種の留保条件的なものが提示されたものもあった。そして最終的な医薬品医療機器総合機構(PMDA)の評価は「国内治験における本品の有効性の評価は限定的であるものの、個別症例に対する総合的な評価に基づき、標準的な薬物療法が奏効しない重症心不全患者に対して本品は一定の有効性が期待できると考える」とした。申請者、評価者、それぞれの努力がにじむ結果であり、今から振り返ってこの評価が妥当ではなかったとは言い切れないだろう。しかしながら、審査報告書を事細かに読むと、たとえば国内臨床試験の主要評価項目であるLVEF変化量についてPMDAは「申請者が設定した『悪化』、『維持』及び『改善』の各判定基準の臨床的意義は必ずしも明確ではないが」などと表現しており、あえて私見を言うならば、「第1号」ゆえの期待、もっと言えば“ご祝儀“意識も何となく感じてしまうのである。もっともNature誌のような酷評まではさすがに同意はしない。今回、薬事審議会が不承認の判断を下したことで「効果のない治療薬であふれてしまう国」という“最悪“の状況は回避されている。とはいえ、今後の同制度の運用にはかなり課題があることを示したのは確かだろうというのは、ほぼ万人に共通する認識ではないだろうか?

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多剤併用中の統合失調症患者に対するアリピプラゾール月1回製剤の臨床ベネフィット

 抗精神病薬の多剤併用は、臨床現場で頻繁に行われているが、多剤併用による副作用軽減のために長時間作用型注射剤の使用頻度が高まる傾向にある。これまでの研究では、長時間作用型アリピプラゾール月1回注射剤(AOM)の使用により、治療アドヒアランスの向上、機能回復、症状改善が実証されている。しかし、多剤併用療法を行っている患者におけるAOMの治療効果に関するエビデンスは、十分とはいえなかった。韓国・成均館大学校のJiwan Moon氏らは、実臨床におけるAOMの臨床ベネフィットおよび有効性を調査するため、薬剤投与量、薬剤数、臨床機能、精神症状、薬剤の有効期間の変化を評価した観察研究を行った。Progress in Neuro-psychopharmacology & Biological Psychiatry誌オンライン版2024年8月6日号の報告。 対象患者は、研究施設8施設より募集した139例。AOM薬物療法開始時をベースラインとした。スクリーニング時、ベースライン時、1、3、6、9、12ヵ月目に医療記録より臨床データおよび人口統計学的データを収集した。薬剤投与量、薬剤数、6項目陽性・陰性症状評価尺度(PANSS-6)、機能の全体的評価尺度(GAF)、臨床全般印象度-重症度(CGI-S)のスコア変化を12ヵ月にわたり分析した。 主な結果は以下のとおり。・クロルプロマジン(CP)換算量で算出した12ヵ月間の抗精神病薬の総投与量は、32.6%減少した。・初月と最終月の抗精神病薬の総月間投与量を比較すると、投与量がCP換算量で24.6%減少していた。・さらに、ベンゾジアゼピン経口投与数、ロラゼパム換算のベンゾジアゼピン総投与量、気分安定薬、抗コリン薬、β遮断薬の経口投与数の有意な減少が認められた。・GAFスコアは12ヵ月間で14.1%増加し、PANSS-6総スコアは12ヵ月間で17.3%減少し、いずれも1ヵ月目およびベースライン時から有意な変化が認められた。・スコアは、9ヵ月目までは前月と比較し改善がみられ、12ヵ月目まで維持された。・CGI-Sスコアは12ヵ月間で14.3%減少し、1ヵ月目から有意な減少がみられ、6ヵ月目まで改善を続け、この効果は12ヵ月目まで継続した。 著者らは「多剤併用療法を行っている統合失調症患者に対するAOMの早期有効性が確認された。AOMは、治療開始から統合失調症患者の機能および臨床症状を改善し、経口薬の数や投与量を減少させることが示唆された」とまとめている。

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臨床意思決定支援システム導入で、プライマリケアでの降圧治療が改善/BMJ

 中国のプライマリケアでは、通常治療と比較して臨床意思決定支援システム(clinical decision support system:CDSS)の導入により、ガイドラインに沿った適切な降圧治療の実践が改善され、結果として血圧の緩やかな低下をもたらしたことから、CDSSは安全かつ効率的に高血圧に対するよりよい治療を提供するための有望なアプローチであることが、中国・National Clinical Research Centre for Cardiovascular DiseasesのJiali Song氏らLIGHT Collaborative Groupが実施した「LIGHT試験」で示された。研究の成果は、BMJ誌2024年7月23日号で報告された。中国の94プライマリケア施設でのクラスター無作為化試験 LIGHT試験は、中国の4つの都市部地域の94施設で実施した実践的な非盲検クラスター無作為化試験であり、2019年8月~2021年に患者を登録した(Chinese Academy of Medical Sciences innovation fund for medical scienceなどの助成を受けた)。 94のプライマリケア施設のうち、46施設をCDSSを受ける群に、48施設を通常治療を受ける群(対照)に無作為に割り付けた。CDSS群では、電子健康記録(EHR)に基づき、降圧薬の開始、漸増、切り換えについて特定のガイドラインに準拠したレジメンを患者に推奨し、通常治療群では同じEHRを用いるが、CDSSを使用せずに通常治療を行った。 対象は、ACE阻害薬またはARB、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、利尿薬のうち0~2種類のクラスの降圧薬を使用し、収縮期血圧<180mmHg、拡張期血圧<110mmHgの高血圧患者であった。 主要アウトカムは、高血圧関連の受診のうちガイドラインに準拠した適切な治療が行われた割合とした。適切な治療が行われた受診の割合が15.2%高い 1万2,137例を登録した。CDSS群が5,755例(総受診回数2万3,113回)、通常治療群は6,382例(2万7,868回)であった。全体の平均年齢は61(SD 13)歳、42.5%が女性だった。平均収縮期血圧は134.1(SD 14.8)mmHgで、92.3%が少なくとも1種類のクラスの降圧薬を使用していた。 追跡期間中央値11.6ヵ月の時点で、適切な治療が行われた受診の割合は、通常治療群が62.2%(1万7,328/2万7,868回)であったのに対し、CDSS群は77.8%(1万7,975/2万3,113回)と有意に優れた(絶対群間差:15.2%ポイント[95%信頼区間[CI]:10.7~19.8、p<0.001]、オッズ比:2.17[95%CI:1.75~2.69、p<0.001])。<140/90mmHg達成割合も良好な傾向 最終受診時の収縮期血圧は、通常治療群がベースラインから0.3mmHg上昇したのに比べ、CDSS群は1.5mmHg低下し、その差は-1.6mmHg(95%CI:-2.7~-0.5)とCDSS群で有意に良好であった(p=0.006)。また、血圧コントロール率(最終受診時の<140/90mmHgの達成割合)は、CDSS群が69.0%(3,415/4,952回)、通常治療群は64.6%(3,778/5,845回)であり、群間差は4.4%ポイント(95%CI:-0.7~9.5、p=0.07)だった。 患者報告による降圧薬治療関連の有害事象はまれであり、発現頻度は両群間で同程度であった。 著者は、「CDSSは、高血圧に対する質の高い治療へのアクセスと公平性を改善するための、低コストで効率的、かつ拡張性に優れ、持続可能な手段として機能する可能性がある」と述べ、「高血圧の管理にCDSSを用いる戦略は、とくに中国のような心血管疾患の負担が大きく、医療資源に制約のある地域にとって、質の高い高血圧治療を効率的かつ安全に提供する有望なアプローチになると考えられる」としている。

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経口選択的心筋ミオシン阻害薬aficamtenは症候性の閉塞性肥大型心筋症患者の最高酸素摂取量を有意に増加する(解説:原田和昌氏)

 閉塞性肥大型心筋症(HOCM)患者の運動耐容能低下、および運動を制限する症状の主な決定因子の1つは、左室流出路狭窄による心内圧上昇である。経口選択的心筋ミオシン阻害薬aficamtenは、心筋の過収縮を抑制することで左室流出路圧較差を減少させる。SEQUOIA-HCM試験は症候性HOCMを有する成人を、aficamtenまたはプラセボに無作為に割り付けた第III相二重盲検試験である。PIのMaron MS氏はMaron BJ先生の息子さんである。 主要エンドポイントは最高酸素摂取量のベースラインから24週までの変化量で、心肺運動負荷試験にて評価した。副次的エンドポイントは24週までのKCCQ-CSSの変化量、NYHA機能分類の改善、バルサルバ手技後の圧較差の変化量、バルサルバ手技後の圧較差30mmHg未満、中隔縮小治療の適応の有無、およびこれらの12週までの変化量、24週での心肺運動負荷時の総仕事量の変化であった。 平均年齢は59.1歳、59.2%が男性であり、ベースラインの安静時左室流出路圧較差の平均値は55.1mmHg、左室駆出率の平均値は74.8%であった。24週で最高酸素摂取量の変化量の平均値は、aficamten群1.8mL/kg/分、プラセボ群0.0mL/kg/分であった(群間差のp<0.001)。β遮断薬の有無でaficamtenの効果に差はなかった。副次的エンドポイントはすべてaficamten群でプラセボ群よりも有意に改善し、有害事象の発現率は同程度であった。NT-proBNP値はプラセボ群と比較してaficamten群で有意に低下した。 閉塞性肥大型心筋症にはmavacamtenがFDA承認されているが、aficamtenは結合部位が異なり選択性が高いという。また、半減期が短いため用量が漸増しやすく、効果消失もより短期間である。EFの過度の低下は認められていないが、一部NYHA 機能分類の改善に乏しい患者が存在することには、注意が必要である。ちなみに「ミオシン調整薬」であるmavacamtenのHFpEFに対する第II相試験が、すでに始まっている。

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慢性腎臓病を伴う2型糖尿病に対するセマグルチドの腎保護作用 -FLOW研究から何を学ぶ-(解説:栗山哲氏)

本論文は何が新しいか? GLP-1受容体作動薬は、LEADER/SUSTAIN-6/REWINDなど2型糖尿病の大規模研究において心血管主要アウトカムのリスク軽減が報告されている。一方、これらの研究で腎イベントは副次項目として設定されており、肯定論はあるものの正確な評価はされていない。今回のFLOW研究は、セマグルチドの効果を、腎疾患イベントを主要評価項目として評価した初の腎アウトカム研究である。FLOW試験のデザインと経緯 慢性腎疾患(CKD)を有する2型糖尿病の成人を対象として、腎臓を主要評価項目とした。標準治療の補助療法として追加したセマグルチド1.0mg週1回皮下注とプラセボを比較した、無作為割り付け、二重盲検、並行群間、プラセボ対照試験のデザイン。両群のベースラインeGFRは、47mL/min/1.73m2である。複合主要評価項目は、eGFRのベースラインから持続的50%以上の低下、持続的なeGFR 15mL/min/1.73m2未満の発現、腎代替療法(透析または腎移植)の開始、腎死、心血管死、の5項目。本計画書では、事前に規定した数の主要評価項目イベントが発生した時点で中間解析を行うこととした。試験は2019年に開始、28ヵ国、387の治験実施施設で3,533人が組み入れられた。そして、経過中セマグルチドの腎アウトカムの改善効果が明確になったため、2023年10月独立データモニタリング委員会の勧告に基づき試験の早期終了が決定された。FLOW試験の主たる結果 早期終了勧告の際の中間観察期間は3.4年。主要評価項目において、セマグルチド群でのリスク低下は24%(ハザード比[HR]:0.76、95%信頼区間[CI]:0.66~0.88、p=0.0003)であった。この結果は、主要評価項目の中で腎に特異的な複合項目(HR:0.79、95%CI:0.66~0.94)と心血管死(HR:0.71、95%CI:0.56~0.89)においても同様であった。サブグループ解析において、セマグルチド群のHRが低い要因として、欧州地域、UACRが多い、BMIが大、糖尿病歴が長い、などが挙げられた。以上、本試験から「CKDを有する2型糖尿病患者においてセマグルチドは腎アウトカムを改善し、心血管死を抑制する」、と結論された。GLP-1受容体作動薬による腎保護の想定機序 FLOW試験は、GLP-1受容体作動薬の腎保護の作用機序を議論する研究ではない。しかし、この点は万人にとって興味の的である。GLP-1受容体作動薬には食欲抑制作用がある。その機序には、胃排出遅延作用と中枢における食欲抑制が知られている。食欲抑制は、糖負荷とNa負荷を軽減し、糖代謝や高血圧などを改善し、腎保護に寄与する。さらに腎保護作用のメカニズムには、Na利尿作用、抗酸化作用、抗炎症作用、血管拡張作用など複合的に想定される。腎臓におけるGLP-1受容体は、糸球体、近位尿細管、輸入細動脈、緻密斑(MD)などに分布する。GLP-1受容体作動薬は、近位尿細管でNHE3やNHE3-DPP4複合体の活性化を抑制しNa利尿を亢進させる。GLP-1受容体作動薬が、MDへのNa流入増加から、尿細管・糸球体フィードバック(TGF)を介して糸球体内圧低下を惹起するか否かに関しては、一定の見解は得られていない。本論文の日本での意義付けと注意点 FLOW研究の成果は、糖尿病や腎臓病専門医の日常診療にとってもインパクトは高い。日本糖尿病学会の「2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)」において、ステップ1でGLP-1受容体作動薬が、ステップ3でCKD合併2型糖尿病ではSGLT2阻害薬と共に選択薬剤として推奨されている。また、ADA/KDIGOにおける糖尿病性腎臓病(DKD)に対する腎保護管理2022の推奨においても、GLP-1受容体作動薬はリスクに応じた追加治療としてARB/ACE阻害薬、SGLT2阻害薬、MRAと共に推奨されている(Kidney Int. 2022;102:S1-S54.)。一方、本論文を直接日本人に外挿できるか、には注意が必要である。FLOW研究は、アジア人が20%と少なく、さらにHRが低下した患者層は、BMI>30でUACR≧300であった。このことは、同剤は肥満度が高い顕性蛋白尿を有するDKDで効果が高い可能性を示唆する。さらに、本試験で使用されたセマグルチドは、注射製剤(オゼンピック)であることも注意すべきである。現在、本邦では経口セマグルチド(リベルサス)も使用可能であるが、両者は薬物動態学/薬力学の面で同一ではない。したがって、注射製剤セマグルチドで得られたFLOW試験の腎保護効果を、経口セマグルチドには直接外挿はできない。心血管イベント抑制や腎アウトカム改善を目標とするなら、経口薬ではなく注射薬を選択すべきであろう。慢性腎臓病を伴う2型糖尿病における腎保護療法の未来展望 近年、心不全治療ではファンタスティックフォー(fantastic four:ARNI、SGLT2阻害薬、β遮断薬、MRA)なる4剤の組み合わせが注目され、臨床現場で実践されている。これに追随しDiabetic Kidney Disease(DKD)治療において推奨される4種類の腎保護薬(RAS阻害薬、SGLT2阻害薬、非ステロイド型・MRA[フィネレノン]、GLP-1受容体作動薬)の組み合わせを、新たに腎臓病ファンタスティックフォー(The DKD fantastic four)とする治療アルゴリズムが一部に提唱されている(Mima A. Adv Ther. 2022;39:3488-3500.)。また、腎臓の酸素化や炎症を評価する試験(TREASURE-CKD[NCT05536804]、REMODEL[NCT04865770])が進行中であり、GLP-1受容体作動薬の作用機序の一部が解明される期待がある。今後、「GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬など早期から使用することにより、さらなる腎予後改善が望めるかもしれない」、との治療上の作業仮説も注目されつつある。この観点に立ち、将来的にはGLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬は、糖尿病性腎臓病の早期から開始する「Foundational drug:基礎薬」となり得るのではとの意見もある(Mark PB, et al. Lancet. 2022.400;1745-1747.)。

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降圧薬による湿疹性皮膚炎リスクの上昇

 湿疹性皮膚炎(アトピー性皮膚炎)と診断される高齢者が増加しているが、多くの湿疹研究は小児および若年成人を対象としており、高齢者の湿疹の病態および治療法はよく知られていない。高齢者の湿疹の背景に薬物、とくに降圧薬が関与している可能性を示唆する研究結果が発表された。米国・カリフォルニア大学サンフランシスコ校のMorgan Ye氏らによる本研究は、JAMA Dermatology誌オンライン版2024年5月22日号に掲載された。 本研究は縦断コホート研究であり、英国The Health Improvement Networkに参加するプライマリケア診療所における60歳以上の患者を対象とした。1994年1月1日~2015年1月1日のデータを対象とし、解析は2020年1月6日~2024年2月6日に行われた。主要アウトカムは湿疹性皮膚炎の新規診断で、最も一般的な5つの湿疹コードのうち1つの初診日によって判断した。 主な結果は以下のとおり。・156万1,358例の高齢者(平均年齢67[SD 9]歳、女性54%)が対象となった。45%が高血圧の診断を受けたことがあり、追跡期間中央値6年(IQR:3~11年)における湿疹性皮膚炎の全有病率は6.7%だった。・湿疹性皮膚炎の罹患率は、降圧薬投与群のほうが非投与群よりも高かった(12例vs.9例/1,000人年)。・Cox比例ハザードモデル調整後、いずれかの降圧薬を投与された参加者は、いずれかの湿疹性皮膚炎のリスクが29%増加した(ハザード比[HR]:1.29、95%信頼区間[CI]:1.26~1.31)。・降圧薬を個別に評価したところ、皮膚炎リスクへの影響が大きいのは利尿薬(HR:1.21、95%CI:1.19~1.24)とカルシウム拮抗薬(HR:1.16、95%CI:1.14~1.18)で、小さいのはアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(HR:1.02、95%CI:1.00~1.04)とβ遮断薬(HR:1.04、95%CI:1.02~1.06)であった。 研究者らは「このコホート研究により、降圧薬は湿疹性皮膚炎の増加と関連しており、その関連は利尿薬とカルシウム拮抗薬で大きく、ACE阻害薬とβ遮断薬で小さいことが明らかになった。この関連性の根底にある機序を理解するためにはさらなる研究が必要だが、これらのデータは、高齢患者の湿疹性皮膚炎の管理指針として臨床に役立つ可能性がある」としている。

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