第4回 現代の「医療マンガ」とはどうあるべきか

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公開日:2019/12/27

患者と医療従事者の間に生じるコミュニケーションギャップ。誰もが少なからず感じたことがあるのではないでしょうか。2019年9月、神奈川県横浜市は、医療現場で生じるコミュニケーションギャップの改善を目的に、医療現場における「視点の違い」を描く「医療マンガ大賞」を募集しました。その受賞作決定を記念して、“SNS医療のカタチ”所属医師4人と写真家の幡野 広志氏が登壇したアフタートークイベントが12月に開催されたので、こちらで一部内容をご報告します。

第4回 現代の「医療マンガ」とはどうあるべきか

患者視点のエピソードは視聴者の共感を得られない?

大塚:

幡野さんから見て、これからの医療漫画って、どうあってほしいのでしょうか。

幡野:

結局、漫画とかドラマって、読むときの立場によって見方が変わってしまうんですよね。わかりやすく「サザエさん」で例えると、僕が子供の頃はカツオの目線で読んでたんですよ。普段怒られてばかりのカツオが、作文テストで100点を取る話があって。普通だったら、すぐにでも親に見せびらかして、お小遣いとかお菓子の要求をしそうですけど、カツオはそうしなかったんです。

カツオは以前、家にある壺の中に、自分が壊した波平の大事なものを隠していて、100点のテストをその壺のふたに使ったんですよ。それで、バレて「バッカモーン!」と怒られるのですが、その作文が家族を褒めたたえる内容で、結果的に「まぁいいだろう」と許されるんです。「すごい、コイツ天才だな」と思って、こういう生き方をしようと思いましたね(笑)。

今は子供ができて、親戚と付き合っていると、マスオさん目線で読んじゃうんですよね。これだけ大人数の家族とうまく付き合って、とんでもない人格者だなぁとかって。

参加者:

(笑)

幡野:

よくある医療ドラマの場合、医療従事者が視聴者として感情移入する先って、やはり主役の医療者になりませんか? でも、患者さんはやっぱり、患者側の気持ちで見ますよね。僕は以前から、患者目線のストーリーって成り立つのか? と疑問を持っていて。なぜなら、視聴者における患者さんの割合って圧倒的に少ないから。

誰しもがいずれ病気になるけれど、病院にいる患者さんってほとんどが高齢者でしょう? だから、医療ドラマが患者さんをターゲットにしても、視聴者の共感はなかなか得られないのではないかと思います。それよりも、患者さんの家族や医療者の視点のほうが、想像しやすいんですよね。

市原(ヤンデル):

そういえば山本先生って、ドラマ解説を一般向けに書いていますよね。ドラマと現実の違いに触れつつ、ドラマの世界観を崩さないという絶妙なバランスを保っていますが、医療ドラマを創作物として成り立たせるために、どうすればいいと思いますか?

山本(けいゆう):

医療ドラマは、制作者側の意図がそれぞれ違うので、難しいですよね。たとえば『コウノドリ』は、日本産科婦人科学会と厚生労働省がバックアップしています。明らかに産科婦人科疾患の啓発が目的だとわかるので、視聴者もそのつもりで見ますよね。また、『コード・ブルー』は、ドラマのおかげでドクター・ヘリの認知度が上がって、今や全都道府県に配備されていますし、救急医療の現場について広く知られるようになりました。

一方で、『ドクターX』は完全にエンタメとして作られているので、視聴者としても純粋にエンタメドラマとして楽しめますよね。僕自身は、すべてのドラマにおいて、「ドラマを題材に病気や医療の知識に興味を持ってもらう」という目的で解説を書いています。ドラマの意図が何であれ、僕の目的はそこにありますね。

市原(ヤンデル):

なるほど、そこは一貫しているということですね。

共感できる“怒り”と共感できない“怒り”

市原(ヤンデル):

少し戻りますが、患者目線の医療ドラマは成り立ちにくいのでは? という幡野さんの話がありました。今回、「医療マンガ大賞」では患者視点にもスポットを当てて、漫画による患者目線の共有にチャレンジしているのですが、実際はどう思いますか?

幡野:

厳しい意見かもしれないですが、患者視点のエピソードって、いろいろなところで発信されているんですよ。「闘病ブログ」というカテゴリもありますし。でも、闘病ブログって、患者が書いた文章を、同じく病気と闘っている患者が読んでいるんですよね。

でも、僕らが目指す情報の拡散というのは、「患者の視点をいかに患者以外の人に伝えるか」というところですよね。医療者も実は同じで、医療者が書いた論文は医療者しか読まない。学会や患者会がそれぞれ発足していますが、本当は双方の情報と視点を、健康な人と共に共有することが大切ですよね。

幡野:

仕方のないことですが、患者が発する情報は、基本的に“怒り”がベースになっています。病気になると、ストレスが多い生活になってしまうので、怒りっぽくなってしまう。患者同士は気持ちがわかるから、“怒り”に対しても共感できるのですが、知らない人にとって、共感できない“怒り”って不快に感じるんですよね。

たとえば、女性が痴漢被害を受けて怒ったら、女性は共感できますよね。でも、男性は痴漢被害を受けた機会が少ないから、話を聞くことはできても共感まではできないんですよ。だから、性被害に関する情報を発信する女性に対して、不快感を覚える男性もいます。

怒りという感情は、共感を得られればすごく広まるのですが、共感されない怒りは、賛否両論になってしまう。だから、がん患者が情報発信するときに、不満や怒りに似た感情をベースにしていると、健康な人には理解されにくくなってしまう。そこでコミュニケーション・エラーが生じてしまう。

人生会議のポスターで、多くの患者さんが怒りを表しましたが、大多数の健康な人は「何に問題があるの?」という反応でした。情報発信する側は、怒る気持ちもわかるけれど、そこをぐっと抑えて、相手の立場や目的などを打算的に考えたほうが、遠くまで伝わるんじゃないかと僕は思います。

市原(ヤンデル):

うわぁ、おもしろい…! 幡野さんは、発信だけでなく受信・拡散もすべて自分の力でやっていて、ネットワークを活用しているんだなという実感が持てました。改めて尊敬します。

今回は、医療×漫画という、組み合わせとしてはよくあるコラボではありますが、そこにさらにSNSをかけ合わせるという新しい取り組みでした。横浜市という行政の協力もあり、素晴らしい成果が出たと思います。イベント自体はまだ始まったばかりなので、ぜひ継続させていきたいですね。ありがとうございました!

※トークセッション登壇者・医療マンガ大賞審査員・受賞者の皆さん

―4回にわたりお送りした「医療マンガ大賞」アフタートークイベントレポートは以上です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

市原 真【病理医ヤンデル@Dr_yandel】(SNS医療のカタチ/医師)

1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒、国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)研修後、札幌厚生病院病理診断科。現在は主任部長。医学博士。病理専門医・研修指導医、臨床検査管理医、細胞診専門医。日本病理学会学術評議員(日本病理学会「社会への情報発信委員会」委員)。

堀向 健太【アレルギー専門医ほむほむ@ped_allergy】(SNS 医療のカタチ/医師)

1998年、鳥取大学医学部卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。日本小児科学会専門医/指導医。日本アレルギー学会専門医/指導医。日本小児アレルギー学会代議員。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。2016年、ブログ「小児アレルギー科医の備忘録」を開設。

大塚 篤司【@otsukaman】(SNS医療のカタチ/医師)

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員を経て、京都大学医学部特定准教授として診療・研究・教育に取り組んでいる。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)『世界最高のエビデンスでやさしく伝える 最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)がある。2018年より、SNS時代の新しい医療の啓蒙活動を行う「SNS医療のカタチ」プロジェクト活動を行う。

山本 健人【外科医けいゆう@keiyou30】(SNS医療のカタチ/医師)

2010年京都大学医学部卒業。複数の市中病院勤務を経て、現在、京都大学大学院医学研究科博士課程在籍。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。「医師と患者の垣根をなくしたい」をモットーに、「外科医けいゆう」のペンネームで17年に医療情報サイト「外科医の視点」を開設。著書に『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)『外科医けいゆう先生が贈る初期研修の知恵』(シービーアール)がある。CareNet.comでは【外科医けいゆうの気になる話題】を連載。

幡野 広志【@hatanohiroshi】(写真家)

1983年東京生まれ。2004年日本写真芸術専門学校中退。2010年広告写真家高崎 勉氏に師事。「海上遺跡」Nikon Juna21受賞。2011年独立、結婚。2012年エプソンフォトグランプリ入賞。狩猟免許取得。2016年息子誕生。2017年に多発性骨髄腫を発病。cakesで「幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。」を連載中。著書に『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(ポプラ社)がある。

医療マンガ大賞

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