地震や豪雨など、予測できない災害。その時、地域の医療を担う医師として、戸惑いや不安を感じる先生も少なくないかもしれません。本連載では、岡山大学 救命救急・災害医学講座 主任教授 中尾 篤典氏監修のもと、災害発生時に被災地の医師が直面するであろう課題と、それに対する具体的な対応策を解説します。いざという時に冷静に対応するための実践的ガイドとして、ぜひご活用ください。
病院の電力が尽きると何が起きる?

日本は、世界でも有数の「災害大国」です。地震、台風、豪雨……。毎年どこかで自然災害が発生し、そのたびに医療機関は大きな試練にさらされています。
では、もし災害によって病院の電力が途絶えてしまったら、一体どうなるでしょうか?
病院に電気がなければ、ほとんど何もできない
病院は「電気があって当たり前」の場所です。停電と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは、人工呼吸器や透析装置といった医療機器でしょう。もちろんそれらが止まれば、命の危機に直結します。しかし、問題はそれだけにとどまりません。実際の病院全体の電力消費を見てみると、空調が34.7%、照明が32.6%を占めるのに対し、医療機器は6.6%にすぎません1)。
空調が止まれば、真夏には熱中症、真冬には低体温症の患者さんが増えます。手術室やICUの温度・湿度管理もできなくなり、感染リスクが高まります。照明が消えれば、夜間の救急対応や処置がきわめて困難になります。
さらに、電力供給が止まると、水や下水処理にも影響が及びます。電子カルテや検査システムも使えなくなり、診療は著しく制限されてしまいます。命に直結するのは、医療機器だけではありません。
2018年7月豪雨で被災した岡山県のまび記念病院は、電源設備が浸水エリアの1階にあったことが被害を拡大させた一因とされました。そのため、新病院では電源を高所に移す設計がなされています。この事例は、「電源の確保」がいかに病院機能の継続に直結するかを示す教訓といえるでしょう。
非常用電源はどれくらい持つのか?
「非常用の発電機があるから安心」と思うかもしれません。ですが、現実はそう甘くありません。
災害拠点病院では、業務継続計画(BCP)の策定が義務付けられており2)、一定の備蓄を整えています。ところが私たちの調査では3)、中核病院や一般病院では備蓄の水準に大きな差があり、燃料備蓄が1日未満という病院も少なくありません。
厚生労働省のガイドラインでは「通常時の6割程度の電力をまかなえる自家発電機と、最低3日分の燃料備蓄」が目安とされています4)。しかし、2018年の北海道胆振東部地震では、災害拠点病院でさえ燃料不足に直面し、十分に機能を維持できなかった例が報告されています5)。
平時からの備えをどうするか?
では、どう備えればよいのでしょうか。答えは「平時からの準備」に尽きます。
- 自院の非常用電源がどれくらい持つのかを確認しておく
- 燃料の補給ルートをあらかじめ自治体や業者と相談しておく
- 電力や燃料の残量を定期的にチェックする
- 地域の病院同士で助け合える仕組みを平時に作っておく
余談ですが、院内にある赤と緑のコンセントの意味を正しく理解することも大切です。赤いコンセントは非常用電源、緑のコンセントはUPS(無停電電源装置)に接続されており、停電時でも使用できる系統です(図)。人工呼吸器など生命維持に直結する機器は、必ずこれらのコンセントに接続する必要があります。さらに、非常時の電力には限りがあるため、供給可能な時間や容量を把握しておくこと、不必要な機器を接続しないことなど、平時からの準備と停電時の訓練が欠かせません。
図. 電源の種類と特徴
「必ず来る災害」に備えるために
災害は「いつか来るかもしれないもの」ではなく、「必ず来るもの」です。そのとき、病院が機能を失うのか、最低限の医療を続けられるのかは、平時の備えにかかっています。
医療従事者一人ひとりが「自分の病院の電源や燃料がどれくらい持つのか」を把握し、行動を起こすこと。そして、一つの病院だけでなく地域全体で電源や医療機器の稼働状況を「見える化」し、情報を共有すること。自治体や地域と協力して「助け合える仕組み」を作ること。
その積み重ねこそが「防ぎえた死」を減らし、未来の患者さんの命を守る力になります。


平山 隆浩 ( ひらやま たかひろ ) 氏岡山大学学術研究院 医歯薬学域 地域二次救急・災害医療推進講座 助教
[略歴]
2010年に臨床工学技士免許を取得。民間病院を経て、岡山大学病院高度救命救急センターでの臨床経験を積む。同時に岡山大学 社会人大学院にて修士(保健学)、博士(医学)を取得。2021年に岡山大学学術研究院 医歯薬学域 災害医療マネジメント学講座 助教に着任し、2023年より現職。専門は災害医療マネジメント、救急集中治療、多職種連携。コロナ禍では県の要請で患者待機所の立ち上げ・運営にも従事した。日本災害医学会評議員、日本臨床工学技士会集中治療業務検討委員会委員長、岡山県臨床工学技士会防災担当理事。