2026年6月、抗PD-L1抗体デュルバルマブ(商品名:イミフィンジ)が「胃癌における術前・術後補助療法」の適応追加で国内承認された。これまで手術と術後補助化学療法を中心としてきた日本の胃がん治療に、デュルバルマブとFLOT療法を組み合わせた周術期治療の選択肢が加わることとなる。8月4日に開催されたアストラゼネカのメディアセミナーでは、山梨大学医学部外科学講座第1教室教授の市川 大輔氏が「胃がん治療のアンメットメディカルニーズとMATTERHORN試験がもたらすPractice Change」と題して講演を行った。
日本では胃がんに対する外科治療が高度に標準化され、原発巣切除+所属リンパ節郭清を基本として良好な治療成績を積み上げてきた。一方、定型手術の範囲を超えてリンパ節や隣接臓器を同時切除する拡大手術については、単純に切除範囲を広げるだけでは予後改善につながらないことが明らかになってきた。その結果、治療成績向上の焦点は、外科治療から薬物療法を組み合わせた集学的治療へと移ってきた。
ただし、その発展の仕方は日本と欧米で異なる。市川氏は、早期発見例が多く、D2リンパ節郭清など手術の質が標準化されてきた日本では「まず確実に切除する」戦略が発展したのに対し、高度進行例が多く手術の質にも施設間格差がある欧米では「まず薬物療法を確実に行う」という考え方から術前化学療法が普及したと、説明した。
日本の従来戦略にも課題は残る。胃切除後には胃容量の減少に伴う食事摂取量低下などさまざまな栄養障害が生じ、術後補助化学療法を十分に導入・継続できない場合がある。全国胃がん登録を用いた解析では、StageII/IIIの胃がん患者1万5,848例のうち、術後補助化学療法が実施されなかった割合は46.5%で、とくに75歳以上では71.5%に達した。
そこで注目されてきたのが術前化学療法戦略だ。術前治療には、薬物療法を確実に導入できることに加え、微小転移への早期介入、腫瘍縮小による治癒切除率の向上などが期待できる。さらに、腫瘍が存在する術前から免疫チェックポイント阻害薬(ICI)を投与することで、豊富ながん抗原を背景にT細胞を活性化し、微小転移を抑制できる可能性がある。一方、治療中の病勢進行や有害事象による手術延期、術前病期診断の誤差に伴う過剰治療などのデメリットもある。
こうした背景の下で行われたのが、国際共同第III相MATTERHORN試験である。切除可能なStageII~IVAの胃または食道胃接合部腺がん患者948例を、デュルバルマブ+FLOT(D-FLOT)群474例とプラセボ+FLOT群474例に無作為化。術前・術後にFLOTをそれぞれ4回投与するとともにデュルバルマブまたはプラセボを併用し、その後デュルバルマブまたはプラセボを最大10回単独投与した。主要評価項目は無イベント生存期間(EFS)、重要な副次評価項目には病理学的完全奏効(pCR)率などが設定された。
結果、D-FLOT群はプラセボ+FLOT群に対してEFSを有意に延長した。EFSのハザード比(HR)は0.71(95%信頼区間[CI]:0.58~0.86、p<0.001)で、イベント発生リスクを29%低減した。EFS中央値はD-FLOT群で未到達、プラセボ+FLOT群では32.82ヵ月だった。pCR率はそれぞれ19.2%、7.2%で、D-FLOT群が有意に高かった。安全性では、Grade3/4の有害事象発現率はD-FLOT群71.6%、プラセボ+FLOT群71.2%で、大きな差は認められなかった。
日本人サブセットはD-FLOT群40例、プラセボ+FLOT群46例と限られるものの、全体集団を上回るEFS改善傾向が示された(HR:0.32、95%CI:0.13~0.72)。一方、Grade3/4の好中球数減少が両群とも約67%に認められたほか、発熱性好中球減少症もD-FLOT群12.5%、プラセボ+FLOT群4.3%に認められ、いずれも全体集団より高値だった。市川氏は、良好な成績は日本の術技や術後管理のレベルの高さに起因する可能性があるとする一方で、欧米で確立されたFLOTレジメンそのものへの忍容性も含め、適切な支持療法が必要になると指摘した。
こうしたエビデンスを受け、日本胃癌学会は2026年6月19日付の「胃癌治療ガイドライン速報」において、「根治切除可能な臨床病期II~IVAの胃癌・胃食道接合部腺癌に対する周術期D-FLOT療法およびその後のデュルバルマブ単剤療法を推奨する」とした。
市川氏は、今後は外科医だけでなく腫瘍内科医を含めた多職種で治療戦略を検討し、患者背景、臨床病期、腫瘍特性、薬物療法への忍容性などを踏まえて、周術期治療に適切な症例を選択することが重要になるとの考えを示した。D-FLOTレジメン承認を契機に、日本の切除可能進行胃がんにおいても、「まず手術」という従来の治療体系から周術期全体を見据えて治療を最適化する時代へと移行することになりそうだ。
(ケアネット 杉崎 真名)