アジアにおける新薬早期開発/日本臨床腫瘍学会

提供元:ケアネット

印刷ボタン

公開日:2026/06/22

 

 アジアが、がん新薬開発の“最初の一歩”を担う時代が到来するかもしれない。第23回日本臨床腫瘍学会学術集会(2026年3月26~28日)では、「アジアにおける新薬早期開発」をテーマとしたシンポジウムが開催され、第I相試験やトランスレーショナルリサーチの潮流が、従来の米国中心からアジア太平洋地域へと急速に移行している現状が示された。

早期がん治験の進化と国立がん研究センター中央病院の取り組み

 初めに、勝屋 友幾氏(国立がん研究センター中央病院 先端医療科)は、アジア視点から早期がん薬剤開発の現状と進展について解説した。第I相試験は従来、安全性の評価や最大耐用量の決定を主な目的としており、奏効率(ORR)は10%程度にとどまっていた。しかし近年では、バイオマーカーに基づく患者選択や多様なモダリティの導入により、ORRは18%まで向上しているという。とくに中国の創薬力とアウトライセンスの拡大が国際的競争環境を変化させる一方、日本は国民皆保険、充実したゲノム基盤、先駆け審査指定制度や治験効率化のプラットフォームなどの仕組みを背景に、早期治験の誘致力を高めている。

 国立がん研究センター中央病院では2016年以降の8年間で1,642例が治験に登録され、その数は年々増加し2023年の登録者数は250例を超えた。さらに、ヒト初回投与(FIH)試験50件のうち、70%で初回コホート登録、25%で世界初症例登録を達成した。2019年の包括的ゲノムプロファイリング(CGP)保険収載後、CGP検査実施率は82.8%に上昇。これに伴いORRは12.6%から15.9%へ改善、ゲノム適合試験でのORRは29.1%と、非適合の約10%を大きく上回る成果が示された。

 モダリティ別では、抗体薬物複合体(ADC)や免疫療法が増加している。治験のデザインは用量漸増段階からバイオマーカー選択を組み込んでおり、日本国内でのアクセスも拡大している。

 さらに、勝屋氏は同院におけるトランスレーショナル研究基盤の強化(生検成功率94%以上、迅速検体処理、高度解析、患者由来オルガノイドライブラリーと縦断的サンプリングの完備)について紹介した。2030年代に向けた「築地バイオクラスター構想」を推進しており、多施設連携の重要性を強調した。

米国第I相試験ネットワークとの連携による早期開発基盤の構築

 次に、清水 俊雄氏(関西医科大学附属病院 新薬開発科)は、米国の第I相治験専門医療機関であり世界的ネットワークを有するNEXT Oncologyと学校法人関西医科大学が連携した国際合弁型の早期がん臨床開発基盤の構築について概説した。近年、がん領域の第I相試験は複雑化しており、拡大コホート設計の不備や過剰実施、予算配分の非効率、治験の長期化によって開発生産性が低下している。2023年にはメガファーマ(大手製薬企業)以外の新興バイオテック企業が全体の65%以上を担い、中国企業の台頭で競争も激化している。

 ADCや多重特異性抗体、細胞療法など新規モダリティの登場により、高品質かつ迅速な治験体制の整備が不可欠となる一方、アジアでは規制や標準治療、償還制度の差異が障壁となっている。さらに、施設間競争や手続きの煩雑さ、電子カルテや標準業務手順書(SOP)の分断、IT連携の制約、倫理審査委員会(IRB)の審査遅延など、運営面での課題も顕在化している。

 関西医科大学附属病院は、2024年11月に大学病院では国内初のがん新薬第I相治験に特化した専門診療科である新薬開発科を新設し、さらには米国NEXT Oncologyと学校法人関西医科大学が2026年1月にNEXT Oncologyのアジア拠点となるNEXT Oncology KMU JAPANを設立し、恒常的にファーストインマンPhase 1治験が実施可能な体制を整備した。米国型の高効率運営モデルを導入しつつ、日本の規制や個人情報保護に適合したインフラ、SOP、IT、IRBの高度化を推進している。加えて、東京などの首都圏に偏在する第I相治験実施施設・医療機関を西日本にも拡張し、患者さんのがん新薬治験アクセスに関する地域格差の是正を目指す点にも意義があると清水氏は指摘する。

 今後は、定量指標による施設評価の標準化や多職種連携、人材育成などを通じ、国際競争力のある開発ネットワークの確立が求められる。この国際連携モデルは、日本におけるがん新薬へのアクセス向上と創薬エコシステムの強化に資する重要なモデルケースとなることが期待される。

中国グレーターベイエリア(GBA)における初期臨床試験の統合運用と規制改革の動向

 アジア太平洋地域は世界の臨床試験の約35%を担い、2028年には被験者登録の40%以上を占めると予測されている。中国では研究開発投資が年間約5,300億ドル規模に達し、従来の医薬品だけでなくADCや二重特異性抗体、細胞治療などの分野における開発の発展が目覚ましい。また、規制面でも迅速承認制度やバイオマーカーに基づく治験の審査加速により上市までの期間が短縮されている。こうした背景がある中、Aya El Helali氏(中国・香港大学)は、香港・マカオ・広東省を中心としたGBAにおける初期臨床試験の統合的・多施設運用と規制改革について講演した。

 人口約8,600万人を有するGBAは、年間約39万例の新規がん患者を有し、バイオ・AI基盤も集積していることから、希少分子集団の迅速な患者登録が可能となっている。香港では、未収益のバイオ企業の上場を促進する制度や、他国規制当局の承認にローカルデータを組み合わせたワンプラス制度により治験環境が強化されており、さらには新たな規制機関の設立も計画されているという。加えて、GBA国際臨床試験研究所や香港ゲノム研究所の取り組みにより、地域横断的な早期臨床試験の同時実施体制が整備されつつある。

 こうした背景からHelali氏は、従来の「地域ごとに段階的に進める試験モデル」から、「複数地域で、同時並行で実施する統合型モデル」への転換が重要であると指摘した。さらに、規制の調和と国際連携の強化が、精密医療の成果を実臨床へ迅速に届けるうえで不可欠であることを強調した。

マレーシアにおける早期相試験体制の構築と発展

 Pei Jye Voon氏(マレーシア・サラワク総合病院)がマレーシアにおける早期相試験の発展について報告した。世界的に臨床試験のグローバル化が進む中、人口規模や遺伝的多様性、市場性を背景にアジアの重要性が増している。マレーシアでも2024年までの12年間で企業主導の臨床試験が2,572件実施され、約3,000人の高度人材雇用が創出された。

 一方で、早期相試験はこれまで十分に実施されていなかったが、2017年から2020年にかけて第I相試験エコシステムプロジェクトが実施され、第I相試験ガイドラインや危機管理マニュアル、科学審査体制などが構築された。サラワク総合病院の臨床研究センターはFIH試験実施拠点として中核的役割を担い、2023年にはKRAS G12C変異を標的とした分子標的薬のFIH試験を開始した。現在までの過去5年間で早期相試験は41件まで拡大した。また、臨床試験のエコシステムをさらに強化するため、763例の患者さんを対象とした臨床試験に対する理解や参加意欲に関するアンケート調査研究など、患者中心のアプローチに基づく研究も実施されている。

 今後は、創薬研究基盤の強化、患者参画の制度化、規制・倫理審査の迅速化、政府およびアカデミアとの連携強化・維持が、マレーシアにおける早期相試験の持続的発展の鍵となるとVoon氏は結んだ。

(ケアネット)