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「寂しい高齢者」に、医療介護者はどう対応したらいいか?【外来で役立つ!認知症Topics】第36回

涙という「心のごみ出し」前回の記事では、「老い」は孤独と裏表にあると述べた。そして文末で、山本 學氏の「寂しくなったときには思い切って泣く」という対処法を紹介した。さらに學氏は、悲しかったことを思い出して、「どうなってもいいから、とどんどん追い込む。自分で自分を追い込むんですけど、その後はさっぱりとした気分になりますよ」と語られた1)。私自身は最近では泣いたことがないので、そう簡単に真似できないかもしれない。しかし子供のころを振り返ってみると、カタルシスというのか、あの泣き終わった後の気分は清々しいものがあった。「悲しみやつらさで流す涙の中には、ストレスのもとになる物質が含まれている」という、ちょっと歌の文句的な表現がある。その真偽はさておき、涙は心のごみ出し、つまり泣くことで「つらさ」を外に流すということは事実だろう。癒しの鍵は「互恵性」にあり寂しさを癒すために、臨床心理学の分野などでさまざまな試みがなされてきた。これまでの報告を総括すると、以下の手法が効果的だとされる。社会的なスキルを改良すること(上手な対人交流を学ぶこと)社会的なサポートを増やすこと社会的な接点をたくさん持つこと認知行動療法しかし、筆者が注目するのは、こうした心理学的、あるいは精神医学的手法ではない。こうした論文を読んだとき「やっぱり!」と思ったことがある。それは、ペットを用いた「寂しさ」への介入の多くが成功していることだ。しかも生きた動物以外にロボットも、さらには今風の仮想ペットまでは含まれているのである。論文には、介入が成功する理由は「目的意識を生み、生産的なライフスタイルに変えていくからだ」と書かれていた。しかし筆者自身の実感として、ペットの効果については次のように思う。「自分がペットを世話するから、向こうも反応する」という双方向性がポイントだろう。これは「寂しさ」や孤独の反対にある、「お互いさま」という互恵そのものだ。仏教には「人に物や心を施せば、わが身の助けとなる」とか「惜しまずに与える気持ちで、心から奉仕できれば、人の心は豊かになる」との教えがある由。「寂しい」高齢者とペットとの関係はこれに似ている。だから多少なりとも「寂しさ」が癒されるのだろうと思う。また筆者は、人によっては、バラやキクなどの花の栽培、キュウリやナスなどの野菜作りも、そこそこ効果があると経験してきた。そのポイントは、ペット同様に「心を込めれば、だんだんと大きく育つこと」「実りがあること」だろう。そして、うがった見方ながら、人と違って植物もペットも自分に従順だということが肝なのかもしれない。介護者へのヒント「家庭の中で寂しい高齢者にどう対応したらいいか?」と介護者から尋ねられることは、まれでない。もちろん一言で答えられるほど易しくはないのだが、基本は前回述べたような「高齢者の寂しさの原点」を知って、そこを和ませる態度や姿勢だろう。それが容易でないからこそ、ペットや植物の導入である。これらを話題にして当事者に話してもらうことも含め介護者が対応していけば、寂しい人を案外和ませるかもしれない。医療者として:「常に慰む」ことさてここまでは「寂しさ」をキーワードに老いの心を論じた。こうした観点を含め、医療・福祉関係者として、自分の目前の高齢者に対する基本姿勢を考えてみる。われわれが対応する高齢の当事者には、多くの場合、不自由、病などが基盤にあり、自らの死が遠くないという思いもあるので「希望」がない。そのような希望に関して、筆者はときに次の格言を思い出す。「時に癒し、しばしば和らめ、常に慰む」これを言ったのは外科医だと聞くが、意味するところは「時には完治させることもある。対症療法にも心を砕いて症状を緩和させよ。けれども常に慰めること、励ますことを忘れてはならない」ということだろう。余談ながら、最近になって東京大学名誉教授で昭和天皇の執刀医であった森岡 恭彦先生の少し前の論文2)で、この言葉の由来を読む機会があった。そこで驚いたのは「この格言を最初に述べた人は誰か?」と医師国家試験に出題されたことである。正解はともかく、出題者の意図は、医師はこの格言を胸に刻んで患者さんに臨んでほしいことかと思う。そして認知症医の自分事として、今のところ完治も病勢停止もさせられない認知症に対しては、「常に慰む」をもって対応するしかないと思ってきた。もっともこの場合「慰む」は、むしろ「褒める、励ます、思いを察すること」かもしれない。たとえば、次のような声掛けである。「この2ヵ月、1日も休むことなくデイケアに通いましたね」「この1ヵ月は夫婦で3,000歩の散歩を頑張りましたね」「初診から1年間、軽度認知障害のまま維持できましたね」また、認知症の人が抱くふがいなさや悔しさへの「察し」と「共感」は、とくに若い患者さんでは不可欠だろう。つまり「慰む」とは、一筋でも希望を持っていただきたいというメッセージである。今のところ、われわれが認知症を癒すことはできなくても、慰む、そして和らむこともできるはずである。「悟り」とは「生きる」ということ本稿の終わりに、山本 學氏との共著のタイトルにある「老いを生ききる」の意味に触れたい。學氏と話し合ったのだが、それを端的に表現することは容易でなかった。筆者には、わだかまりが残り、消化不良の思いをずっと抱いてきた。しかし最近になって「これが近いかな?」と思う次の名言を知った。俳人・正岡 子規が死の3ヵ月前に『病床六尺』に書き付けたものである。「悟りということはいかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのは間違いで、悟りということは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」これに倣えば、「生ききる」とは、「過去も未来も見ない、今なすべきことに専心する」と命ある限り自らを鼓舞する意志かと思う。参考文献1)山本 學, 朝田 隆. 老いを生ききる 軽度認知障害になった僕がいま考えていること. アスコム;2025.2)森岡 恭彦. 「時に癒し、しばしば和らめ、常に慰む」~guerir quelquefois, soulager souvent, consoler toujours~ ~to cure sometimes, to relieve often, to comfort always~この格言の由来について. 日本医史学雑誌. 2020;66:300–304.

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50代半ばで精神科から一転・総合診療でへき地へ【ReGeneral インタビュー】第2回

50代半ばで精神科から一転・総合診療でへき地へ精神科医として、大学教授として、文筆家として幅広く活動してきた中塚尚子氏。ペンネーム「香山リカ」の名でご存じの方も多いでしょう。いま中塚氏は、北海道勇払郡むかわ町穂別診療所で総合診療の現場に立っています。そこは医師2名、19床のへき地診療所。なぜ大胆なキャリアチェンジを選んだのか。総合医育成プログラムでどのように学び、現場で何を感じているのか。背景とリアルを伺います。「このままでいいのか?」―50代・趣味の延長から学び直しへ――執筆や大学での講義など多方面でご活躍の中で、へき地での総合診療に転向したきっかけを教えてください。精神科の外来で患者さんと話していると、50代半ばに差し掛かるころに「このままでいいのか」と人生を振り返る方が少なくありません。私は立教大学での教育と週2回の精神科外来を長く続けていました。どちらもやりがいがあって楽しかった。それが50代中ごろになって、患者さんたちと同じように「このまま同じ道を歩き続けていいのか」と思ったんです。自分にもこの問いがやってくるのかと本当に驚きでした。そんなとき、北海道の空港で偶然再会したのが、東京医大の同級生です。公衆衛生の分野で活躍していた彼が、いまは北海道オホーツク海沿岸のへき地で診療していると聞いて、「そんな転身ができるのか!」という驚きが心に残りました。――この出来事はいつ頃の話ですか。2016年頃です。このときはまだ、大学教員定年後の選択肢の一つくらいの考えでした。ただ、私が卒業した時代は今のような初期臨床研修はなく、大学教員になってからの臨床は外来だけ。精神科以外のことはほとんど知らず、全身管理や入院医療からは20年以上離れていたのが実情です。将来へき地で働きたいと思っても、準備なしで無理なのは明らかでしょう。だから、少しでも準備をと思いながらも、趣味や現実逃避に近い気持ちでプライマリ・ケアの本を手に取り始めました。どこでどう学ぶ? ―断られ続けた先に――そこからどのように具体的な学び直しに動き始めたのですか。ちょうど翌年、立教大学で1年間のサバティカル(研究休暇)にあたりました。臨床や介護の事情で海外留学は難しかったこともあって、総合診療の求人がある病院に片端から連絡してみました。総合診療の現場を体験してみたくて。結果は…散々です。理由は年齢や勤務日数などさまざまでしたが、すべて断られたときは落ち込みました。現実は厳しいと諦めかけたときに見つけたのが、母校・東京医大病院総合診療科の募集です。「他科出身でこれからプライマリ・ケアを学びたい医師も歓迎」とあり、連絡すると「週1〜2回でも自分のペースでどうぞ」と本当に快く受け入れてくださいました。外来で患者さんを受け持ってほかの先生に相談しながら診療する形で、ひやひやしながらも現場に立たせてもらいました。診療してみると何が自分に足りないかが明らかになって、体系的に学びたいという気持ちが高まりました。そうして総合医育成プログラムを受講しはじめたのが2020年です。――大学教員・精神科外来・総合診療の外来と三足のわらじでの参加だったのですね。そうです。1年間の研究休暇が終わって、東京医大での外来は週に半日。土曜日は精神科外来、日曜日は大学の入試業務などが重なります。プログラムに出席できたのは限られた日程しかなく、受けたい科目と時間が合わず歯がゆい思いもしました。講師の先生方のご負担は相当だったと思いますが、土日中心の運営だったからこそ参加できたことに感謝しています。「ここまではプライマリ・ケアで、ここからは専門医に」―線引きを知る安心感――受講中に苦労したことはありますか。正直、医学的な知識は知らないことが多すぎて、「こんなにたくさんのことを知らないと総合診療はできないのか」と何度も落ち込みました。事前に視聴する動画講義には確認テストがあるのですが、不正解のバツ印を画面で見るのは結構ショックでした。当時は教員としてテストを出すほうで、自分がテストを受けるのは学生以来ですから!とはいえ、大学と違って知識を整理するためテストなので、これで落第になるわけではないのは救いです。――印象的だった講義はありますか。耳鼻科の講義です。広島で開業されている講師の先生が「ここまではプライマリで診てください。ここからは専門医に紹介してください」と、総合診療で診る範囲と専門医へ紹介すべきときの線引きを明確に示してくださって、とてもほっとしたことを覚えています。「すべてを知らなくてもいい」とその領域の専門家に言ってもらえることは、大きな安心につながり、総合診療へ踏み出す背中を強く押してくれました。それから、ノンテクニカルスキルコースのひとつとして受けたMBTI(性格タイプ別コミュニケーション)1)も印象に残っています。単なる性格テストだろうと侮っていましたが、ユング心理学に基づく理論だと知って、若い頃読んだユングの著作をもう一度勉強し直したいと思いました。意外な発見で嬉しかったですね。得意を活かし、苦手は支え合う ―グループで学ぶ楽しさ――プログラムを受ける中で楽しかったことは。ブレイクアウトルームでの交流が本当に楽しかったです。同期型学習当日は、世代も専門も違う医師たちが、オンラインで全国から集まります。自然に助け合う空気があって、たとえば循環器のセッションで心電図を読むグループワークでは、循環器が専門の先生が率先して噛み砕いて教えてくれました。テーマが変われば別の専門の先生が手を挙げて助けてくれる。「わからない」と言っても軽蔑されない。休みを使ってでも学びたいという共通の動機が、お互いに得意なことを惜しみなく分かち合う雰囲気を支えていたように思います。グループで話すことが学び続ける励みになりましたし、実際に総合診療に進むようになったのも、自己紹介やここに来た経緯などを皆さんと話していたことが大きかったです。――プログラムの改善点はありますか。修了後も学び続けられる仕組みがあると心強いですね。正直なところ、日本プライマリ・ケア連合学会の勉強会までは手が回っていません。OB・OG向けの中級編として、単発でいいので、知識のアップデートをできるとありがたいです。修了生たちのクローズドな場で、現場で困ったことやこうやって乗り越えたというような話ができたら、知識面でも心理的な面でもサポートになるのではないかと思います。いざ実地で診療を開始 ー専門性は活かせるのか? 精神科の強みと悩み――2022年4月の赴任からもうすぐ4年、総合医として働いてみてご感想はいかがですか。60歳を過ぎて総合診療を始めたので、最低限のことを知って飛び込んでいる感じです。総合診療なので当たり前ですが、循環器疾患の患者さんを診察して体系的に考えたいと思っても、次に来るのは糖尿病の方、その次は転んで足を骨折した方、そのあとには不眠を訴える方―まったく違う問題を抱える患者さんが次々にやってきます。その場その場の対応で手一杯になってしまうこともあります。プログラムのテキストを振り返りたい気持ちはあっても余裕がないまま、気がついたら年月が経っているというのが正直なところです。――精神科のバックグラウンドは総合診療でどのように役立っていますか。 精神科医はとにかく話を聞くことからしか始められません。血圧に問題がある患者さんの診察でも、自然と仕事や家族、毎日の生活について伺うので、患者さんは「こんなことまで先生に話していいの?」と驚かれることもあります。かっこつけた言い方をするなら、全人的医療に近づけるのは精神科出身の強みだと思います。一方で、身体医学と精神医学を統合して見ることの難しさもあります。どちらかが前に出すぎてしまい、バランスを取ることが今も課題です。自分一人で完璧にバランスを取るのはまだ修行中で、周囲の助けに本当に支えられています。――周囲からはどのようなサポートを受けていますか。所長は総合診療専門医で、10年以上ここで診療している方です。私より3歳ほど年下ですが、頼って何でも聞いてしまっています。彼は私の診療をさりげなく見守り、気付いたことを「こうしたほうがいいんじゃない?」と助言してくれます。私もわからないことがあれば恥も外聞もなく、うるさいくらい質問しています。プライドも何もなく質問できる性格が役に立ったと思いますし、それを受け止めてもらえるのが本当にありがたいです。患者さんとの信頼関係が作れているのも大きな支えです。たとえば、万一検査を忘れてしまったとき、正直にお伝えして「もう一度来ていただけますか?」とお願いすると、午前に来た方が午後に「いいよ」と再来してくださることも珍しくありません。患者さんが近隣に住んでいる地域医療の強みだとも思います。へき地医療は苦労か?それとも癒しか?――地域で働くことのよさは何でしょうか。患者さん・地域の方との関係性でしょうか。患者さんは医師不足を理解していらして、「よく来てくれたね」「困ったことはない?」と気遣ってくれるほどです。怒られるどころか、甘やかされているように感じることもあります。身を粉にして苦労をする覚悟で来たのに、逆に患者さんや地域の人たちに癒されながら診療しています。都会で疲れを感じている医師は皆、へき地で働いたらいいのにと思うくらいです。この地域の医療の課題は。今、医師は所長と私の2人体制で、看護師、技師、リハビリテーション職、薬剤師、事務、介護やケアマネジャーまでそろって理想的に回っています。ただ、どの職種も1~2人しかいません。誰かが欠ければ一気に崩れる脆弱性があります。所長も60歳を超え、私は2026年3月で定年になります。定年後も一年更新の再雇用制度で続ける予定でいますが、スタッフも高齢化していて、病気や退職が重なればガラガラと崩れてしまう。誰かが欠けたとき、一時的に苫小牧や札幌から応援があっても常勤で長く働く人はほぼ来ません。継続性の担保は、ここだけでなく全国で共通する構造的な課題だと思います。専門医をやりきった世代こそ、新しい役割を――人生の意味を問い直すとき、医師のアドバンテージは。「もう一度、聴診器を」というコピーを見たとき2)、医師の原点に戻ろうとシニア医に促す秀逸なコピーだと思いました。最初にお話ししたように50代以降に「この先どうしよう」と悩む人は本当に多い。そんな中、医師は専門を変えるだけで、もう一度だれかの役に立てる。これは大きな強みです。専門医をやりきり、子育ても終えた世代に「最後は地域のために人助けしませんか」と伝えたい。外科の先生なら手術で無理ができなくなる年齢から総合診療に移ってもいい。農作業がしたくて地方に来る医師がいるように、趣味と仕事を組み合わせることもできます。一生都会を離れるのは難しいとしても、3~4年のローテーションで人が回って地域に貢献するモデルがあれば、医師も地域ももっと柔軟に動けると思います。完璧を目指さなくていい まずは総合診療の地図を手に入れる――総合医育成プログラムを受けようと思う方へメッセージを。精神科の経験しかなかった私には難しい内容もあり、「これは私にはとてもできない」「無理だ」と心が折れることもありました。でも、そこで選別されるわけではありません。このプログラムは「私がまったく知らなかったこの領域にはこういう疾患があり、こういう問題がある」と、総合的に診るための見取り図を手に入れるものだと思うのです。当然、見取り図を手に入れる段階ですべてが身に付くわけはありません。実践の場でテキストを見返し、周りの助けを借りて、少しずつ身に付けていけばいい。まずは受けてみてください。世界旅行をするような感覚で、総合診療の扉を開けてみることをお勧めします。 引用 1) Myers-Briggs Type Indicatorの略称。ユングのタイプ論をもとにして開発された自己分析メソッドを活用した、 性格タイプ別コミュニケーションに関する研修。 2) 2016年、へき地医療に興味をもった中塚氏が偶然見つけた、地域医療研究会が主催する「医師研修プログラム」に関するリポート冒頭のキャッチコピー。 中塚氏は著書の中で以下のように述懐している。 「このリポートのタイトルは「『もう一度聴診器を』、第二の人生にへき地医療」。へき地医療への転身を考え始めた私に、これ以上“刺さるタイトル”もないだろう。ダイエットを始めた人が「『もう一度Mサイズを』、落ちない脂肪にこのサプリ」という広告を目にしたようなものだ」(香山リカ.精神科医はへき地医療で“使いもの”になるのか?.星和書店;2024.p28.)

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メトホルミンが運動療法の効果を阻害してしまう可能性

 古くからある経口血糖降下薬で、米国では現在も2型糖尿病の第一選択薬として位置付けられているメトホルミンが、運動療法の効果を阻害してしまう可能性を示唆するデータが報告された。米ラトガーズ大学ニューブランズウィック校のSteven Malin氏らの研究によるもので、詳細は「The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism」に10月7日掲載された。 この研究の背景について、論文の筆頭著者であるMalin氏は、「多くの医療従事者は、1+1=2だと考えている。しかし、メトホルミンがわずかながら運動の効果を弱めることを示唆するエビデンスも存在する」と話している。この問題の本質を探るため同氏らは、メタボリックシンドロームのリスクのある成人において、同薬が血管インスリン感受性(インスリンによる血管拡張や血流促進作用)を低下させる可能性の有無を、二重盲検プラセボ対照試験で検討した。 研究参加者を、低強度運動(最大酸素摂取量〔VO2max〕の55%の運動)を週5回行うプラセボ服用群(22人)、低強度運動を行うメトホルミン(1日2,000mg)服用群(21人)、高強度運動(VO2maxの85%の運動)を週5回行うプラセボ服用群(24人)、高強度運動を行うメトホルミン服用群(24人)という4群にランダムに割り付け、16週間介入した。 その結果、プラセボを服用した2群ではともにVO2maxが有意に上昇したが、メトホルミンを服用した2群はともに有意な変化が見られなかった。体脂肪は高強度運動を行った2群でのみ有意に減少した。また、メトホルミンを服用した群では、インスリンによる血管拡張反応や血流促進作用が小さくなり、さらに、運動による空腹時血糖値の低下幅が少なくなっていた。 この結果についてMalin氏は、「強度にかかわらず運動によって血管の機能が改善した。ところがメトホルミンはこの効果を弱めてしまった。メトホルミンを服用して運動をしたからといって、血糖値がより大きく下がるわけではないことも見過ごせない。加えて、メトホルミンを服用した人は体力(VO2max)も向上しなかった。つまりこれは、身体機能が改善されていないことを意味し、長期的な健康リスクにつながる可能性がある」と総括している。 本研究で観察されたメトホルミンの負の影響のメカニズムとして研究者らは、メトホルミンが人間の細胞の原動力とも言えるミトコンドリアの働きに影響を及ぼすため、運動の効果を鈍らせるのではないかと推測している。同薬が血糖コントロールを改善する作用機序の一部に、ミトコンドリアの働きを部分的に阻害する作用が含まれており、その作用が運動によって得られる効果を妨げてしまう可能性があるとのことだ。 Malin氏は、「メトホルミンと運動の最適な併用方法を探し出さなければならない。また、メトホルミン以外の薬剤と運動の相互作用についても検討が必要だろう」と述べている。

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第292回 クマ外傷、被害者にある共通点

INDEXクマ被害の原因クマとの遭遇、西日本でも普通に被害者の共通点クマ被害から病院到着に要する時間クマ被害の原因もう今年も残すところあと半月ほどだが、今年下半期に世間を賑わした話題の一つがクマ被害だろう。環境省が発表している本州でのツキノワグマ出没件数は2025年度上半期だけで2万792件。過去5年間の最多は2023年度の2万4,348件だが、今年度は上半期でそれに迫る勢いだ。だが、それ以上に深刻なのが人身被害だ。12月5日現在、全国でクマの襲撃による死者は13人、行方不明者は1人、負傷者は217人。統計がある2006年度以降、これまでの人身被害の最多は2023年度の死者6人、負傷者213人だが、今年度はいずれもこれを上回り、死者に至ってはすでに2023年度の2倍超だ。もはや災害級と言っても過言ではないだろう。この背景には、過疎化や耕作放棄地の増加といった社会構造の変化により人と野生動物の緩衝帯だった里山地域にクマの生息域が拡大し、図らずもヒトと遭遇してしまう機会が全国的に増加していることがある。ちなみにクマの生息域拡大は、個体数増加が最大の要因だ。公益財団法人日本野生生物研究センター(現・一般財団法人 自然環境研究センター)が推計した1980年代の本州でのツキノワグマ個体数は最大1万2,600頭だったが、その後の緩やかな保護政策やハンター数の激減により個体数が増加。環境省が発表している本州のツキノワグマの最新推計個体数は約4万2,000頭と、約40年で3倍以上に膨れ上がっている。日本のツキノワグマが増え過ぎなのは別のデータからも明らかだ。ツキノワグマは中国などのアジア圏にも生息しているが、中国政府が2003年に公表した国内の推計個体数は約2万7,500頭。国土面積で中国の25分の1に過ぎない日本に中国の約1.5倍ものツキノワグマが生息しているわけで、すでにバケツの水があふれ出している状態なのである。クマとの遭遇、西日本でも普通にこのような状況では各地でクマによる重篤な外傷のリスクは高まる。今年5月には秋田大学医学部救急・集中治療医学講座教授の中永 士師明(なかえ はじめ)氏の編著『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(以下、クマージェンシー)が発刊されて話題になり、現状で5刷まで重版している。そこで同書や国立情報学研究所(NII)のCiNii(NII学術情報ナビゲータ、通称・サイニィ)でクマ外傷に関する主な論文を拾って、その疫学、病態や治療戦略について、2回に分けてまとめてみることにする。はっきり言って個人的な興味が発端だが、実際論文を検索してみると、今話題の岩手県、秋田県だけでなく、新潟県、富山県、山梨県、岐阜県、島根県など各所から症例報告があることに驚く。全体的に西日本地域は無縁だと思うかもしれないが、昨今の情勢はそうとも言えない。たとえば、現在では数年前まで月間1件程度の目撃情報しかなかった奈良県や三重県ではいまや月間10件超の目撃情報があることは珍しくなくなった。京都府の昨今の目撃情報は月間300件を超えることもある。これは西日本地域のツキノワグマ個体群は、これまで環境省のレッドリストに掲載されて保護されてきたが、急速に個体数が増え、保護地域からあふれ出してきているからである。しかも厄介なことに保護政策によりクマの狩猟ができるハンターがほかの地域に比べほとんどいないのが現状である。このままで行けば、いまの北東北地域のような状況は西日本でも起こりえるのである。被害者の共通点まず、クマ外傷について効果的な医療体制を考えるうえで重要となるのが被害者の属性である。参照したのは前出、クマージェンシーと参考文献欄に示す16論文で、論文での単純合算症例数は113例(一部症例重複の可能性あり)となる。そして被害者の属性には明確な傾向が見てとれる。まず、113例の年齢は38~84歳までばらつくが、クマージェンシー第2章で挙げられた30例は平均年齢74.5歳、新潟大学で治療された10例の平均年齢は73歳、岩手医科大学で治療された50例の平均年齢は69±5歳であり、被害者は高齢者に集中している。しかも性別では、8割強が男性である。この理由は被害に遭ったシーンに依存すると考えられる。多くは山菜採りや畑作業、猟友会活動などでクマと遭遇して被害に遭っており、こうした活動をする人に占める高齢男性の多さが反映されているのだろう。ちなみに被害シーンには明らかな山林内だけでなく、観光バスのターミナル(乗鞍岳)、勤務先駐車場、川釣り中、犬の散歩中などもある。しかし、クマージェンシーで紹介されている直近の2023年の秋田大学高度救命救急センターへの搬送例20例のうち15例は、市街地で被害に遭っている。やはりクマの個体数の増加とその時々の餌の多寡が相まって、市街地での被害が多くなっているのは確かだろう。また、発生時期は113例中、発生月がわかる43例で見ると、主な被害発生時期は5~11月である。ただし、クマの冬眠期と言われる1月や12月にもまれだが被害は発生している。発生ピークは岩手医科大学の50例の検討では山菜採りの時期と重なる5月、新潟大学の10例では冬眠準備期にあたる10月がピークとなっている。さらにクマージェンシーに記載の2023年の事例も10月がピークである。ただし、クマージェンシーでは5月の時期は発生場所が山林のみで、10月に近づくにつれて人の生活圏での発生が増え、山林での発生よりも多い点は注目される。つまるところ春先は人間が山林に分け入ることで被害が発生するのに対し、冬眠直前の10月は冬眠を控えたクマが採餌を強化することでヒトの生活圏に分け入り、被害が発生すると考えられる。いわば地域の環境要因や秋期のクマの主食となる堅果類の豊凶などが被害に影響を与えることを示唆している。2時間刻みで被害発生時間帯がわかる113例中25例で見ると、最多発生時間は午前8~10時、次いで午前6~8時、午前10~12時となっている。ヒトとクマの行動時間帯が重なる午前中に被害が集中するパターンが見てとれる。クマージェンシーでは最も多いのが午前3~6時と午後3~6時である。たぶんこの違いは、地域の日照時間や人の行動パターンなどが影響しているのだろう。ただ、いずれにせよ午前中は要注意と言える。クマ被害から病院到着に要する時間そして、こうした症例が救急搬送にどれだけの時間を要するかは、その後の治療にも影響する重要な要素である。もっとも症例が多い岩手県50例の検討では、直接搬送された症例の受傷から病院搬入まで平均時間は182±10分。かなり長時間だが、論文内ではとくに山林で受傷した場合は自力下山後に救急要請を行うため、救急隊接触までに時間がかかっているとその要因を指摘している。また、新潟大学10例の検討では同じ受傷から病院搬送までの平均時間は104分と岩手のケースと比べて短いが、これは10例のうち7例の受傷場所が人の生活圏内(里山地域)だったためだろう。ちなみにクマ外傷の場合、出血性ショックなどの危険も高いことから、多くは三次救命救急センターで対応することになるが、新潟県でのドクターヘリ10例の検討によると、この10例での消防覚知から収容までの時間は中央値64.5分(54.5~80.0分)で、ドクターヘリの活用で救急車による陸路搬送よりも、医療介入が推定48分、病院到着が推定11分、早く行えたと報告している。もっとも救急車、ドクターヘリいずれでの搬送でも、とくに山林での受傷の場合、携帯電話が不通な地域もあるため、前出のように被害者が自力で下山するまで救急要請が行えないために搬送までに時間を要する問題のほかにも、たとえ携帯電話が通じる場合でも通報後に駆け付けた救急隊が現場の特定に苦労する場合やクマがまだ捕獲されていない現場での二次災害のリスクもあるという。このようにすでに医療アクセスの段階で困難に直面するという意味で、やはりクマによる被害は災害と同じと言わざるを得ない。さて次回は実際の病態、治療について紹介する。 1) 高橋 学ほか. 日外傷会誌. 2017;31:442-447. 2) 齊藤 景ほか. 創傷. 2021;12:98-105. 3) 田中 宏和ほか. 日口外誌. 2014;60:581. 4) 玉置 盛浩ほか. 日口外誌. 2007;53:732. 5) 松本 尚也ほか. 日救急医会誌. 2015;26:105-110. 6) 大滝 真由子ほか. 日形会誌. 2023;43:60-66. 7) 木原 健仁. 昭和医科大学雑誌. 2025;85:123-128. 8) 出内 主基. 新潟医学会雑誌. 2023;137:19-27. 9) 加藤 雅康ほか. 日救急医会誌. 2011;22:229-235. 10) 村山 和義ほか. 日口外傷誌. 2021;20:17-21. 11) 石戸 克尚ほか. 日口外傷誌. 2019;42:51-56. 12) 石戸 克尚ほか. 日口外傷誌. 2020;19:50-56. 13) 鈴木 真輔ほか. 頭頸部外科. 2018;28:183-190. 14) 陳 貴史ほか. 形成外科. 2003;46:1203-1208. 15) 川合 唯ほか. 耳鼻免疫アレルギー. 2023;3:95-100. 16) 中村 彩芳ほか. 島根県中病医誌. 2024;49:43-47. 17) 中永 士師明 編著. クマ外傷 クマージェンシー・メディシン. 新興医学出版社;2025.

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第293回 佳境迎える診療報酬改定議論、「本体」引き上げはほぼ既定路線も、最大の焦点は病院と診療所間の「メリハリ」

診療報酬「本体」は引き上げの方向こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。師走となり、診療報酬改定の議論が白熱してきました。各紙報道によれば、診療報酬のうち医薬品などの「薬価」部分は小幅引き下げの見通しの一方、医師の技術料や人件費に当たる「本体」部分は2024年度改定以上の引き上げが見込まれ、全体ではプラス改定となりそうです。12月7日のNHKも、「政権幹部の1人は『高市総理大臣は、引き上げに意欲を見せており、プラス改定になる方向だ』と話すなど、人件費などに充てられる『本体』の引き上げ幅が焦点となる見通しです」と報じています。最大の関心事は病院と診療所それぞれに対する配分引き上げ幅はもちろん重要ですが、医療関係者の最大の関心事は病院と診療所、それぞれに対する配分でしょう。医療経済実態調査や財政審の「秋の建議」など、次期改定を左右する様々な発表が相次ぎ、事態は混沌としています。全国各地の病院の窮状に加え、今年は日本維新の会が自民党との連立政権に加わったことで、診療所院長が主な構成員である日本医師会にとってはいつになく厳しい状況となっています。最近では新聞だけではなくテレビでも、病院経営の苦しさが連日のように報道されています。日本医師会は「財務省の『二項対立による分断』には、絶対に乗ってはいけない」(11月29日に開かれた九州医師会連合会における日本医師会の松本 吉郎会長の発言)と警戒感をあらわにしています。特定機能病院は70.7%、高度急性期病院は69.0%が経常赤字関連する最近の発表をおさらいしましょう。まず、医療経済実態調査です。次期診療報酬の改定に向けた基礎的な資料となるものですが、病院の経営状況の悪さが改めてクローズアップされました。厚生労働省は11月26日、中医協の調査実施小委員会と総会で第25回医療経済実態調査の結果を公表しました。今回の調査は2023~24年度の経営状況が対象となり、1,167の病院(回答率50.2%)、医療法人立と個人立を合わせて2,232の診療所(同54.9%)から回答を得ています。それによると、一般病院の開設主体別では、医療法人(402施設)は2023年度がマイナス1.1%、2024年度がマイナス1.0%でほぼ横ばい、公立(130施設)はマイナス17.1%からマイナス18.5%へ悪化、国立(24施設)はマイナス5.8%からマイナス5.4%、公的(51施設)はマイナス5.5%からマイナス4.1%と若干改善したものの赤字幅は依然大きいままでした。医業損益は、病院全体で67.2%、一般病院で72.7%が赤字でした。経常損益でも病院全体で58.0%、一般病院で63.3%が赤字でした。とくに特定機能病院は70.7%、高度急性期病院は69.0%が経常赤字で、急性期病院の苦境が際立っていました。診療所経営も悪化したものの病院ほどではない一方、診療所ですが、医療法人立の無床診の損益率は2024年度が5.4%と、2023年度の9.3%から悪化しました。医療法人立の無床診の平均損益率は診療科で差が大きく、低かったのは外科(回答49施設)0.4%、精神科(25施設)1.6%、産婦人科(35施設)2.7%、整形外科(143施設)3.1%、内科(581施設)が4.2%、小児科(86施設)4.7%などでした。一方、高い収益を上げたのは耳鼻咽喉科(91施設)の9.5%、眼科(96施設)の8.7%、皮膚科(71施設)の8.1%などでした。なお、個人立の無床診療所は院長等の報酬が費用に含まれないために数値が高く出る傾向がありますが、2024年度は29.1%と、2023年度(32.3%)から低下しました。端的に言えば「病院はとても厳しい、診療所もそこそこ厳しいものの、病院ほどではない」というのが医療経済実態調査の結果ということになります。このままでは「分が悪過ぎる」と考えたのでしょうか? 日本医師会の江澤 和彦常任理事は12月3日の定例記者会見で、「病院・診療所共に経営の悪化は深刻であり、存続が危ぶまれる状況が明白になった」と指摘。「病院はすでに瀕死の状態であり、ある日突然倒産するという事態が全国で起きている」ことに危機感を示し、診療所も約4割が赤字であるとして、「規模が小さく脆弱な診療所は、これ以上少しでも逆風が吹けば、経営が立ち行かなくなる」と語り、危機に直面しているのは病院だけではないことを強調しました。財務省は「メリハリ」強調、診療所の診療報酬の適正化を提案医療経済実態調査が公表された6日後の12月2日には、財務省の財政制度等審議会(十倉 雅和会長・住友化学相談役)が、「2026年度予算の編成等に関する建議」(通称、秋の建議)を取りまとめ、片山 さつき財務相に手渡しました。秋の建議では2026年度診療報酬改定について「メリハリある診療報酬の配分を実現することは、財政当局や保険者にとって極めて重要なミッションと言えよう。これを実現するためには、医療機関の経営状況のデータを精緻に分析することが必要である。特に物価・賃金対応については、医療機関の種類・機能ごとの経営状況や費用構造に着目した上で、本来は過去の改定の際に取り組むべきであった適正化・効率化を遂行することも含め、メリハリときめ細やかさを両立させた対応を強く求めるものである」と「メリハリ」という言葉を何度も使って医療機関の種類・機能ごとに差を付けるべきだと主張しました。その上で、「1)赤字経営の診療所が顕著に増加しているという主張もあるが、医療機関の経営状況に関する厚生労働省等のデータによると、物価高騰の中でも、診療所の利益率や利益剰余金は全体として高水準を維持していること、2)他職業との相対比較における開業医の報酬水準の高さは国際的にも際立っていることなどを踏まえ、診療所の診療報酬を全体として適正化しつつ、地域医療に果たす役割も踏まえて、高度急性期・急性期を中心とする病院やかかりつけ医機能を十全に果たす医療機関の評価に重点化すべきである」と、診療報酬の病院への重点配分と診療所の診療報酬の適正化を改めて主張しています。11月に開かれた財政制度等審議会・分科会での主張とほぼ同じで、診療所をターゲットとしている点は変わりません。秋の建議の社会保障関連ではその他、「かかりつけ医機能の報酬上の評価」の再構築、リフィル処方箋の拡充、OTC類似薬を含む薬剤の自己負担の見直しなど提言しています。「かかりつけ医機能の報酬上の評価」は個々の診療報酬についても言及、かかりつけ医機能報告制度上、基本的な機能を有していない診療所の初診料・再診料の減算措置導入や、外来管理加算や特定疾患管理料、生活習慣病管理料などの適正化を求めています。なお、昨年の秋の建議まで、財務省が繰り返し提言してきた「診療報酬の地域別単価の導入」は、今回は盛り込まれませんでした。経団連、健保連、維新も「メリハリ」求めるこうした動きの中、診療報酬の「メリハリ」を求める声は各方面からも高まっています。経団連(日本経済団体連合会)は11月28日、健康保険組合連合会や日本労働組合総連合会(連合)など医療保険関係5団体と共に、上野 賢一郎・厚生労働大臣と面会し、2026年度診療報酬改定に関する共同要請を行いました。要請では、「高齢化に相当する医療費の増加に加え、医療の高度化等により医療費が高騰し続け、被保険者と事業主の保険料負担は既に限界に達している」状況下での診療報酬改定について、「基本診療料の単純な一律の引上げは、病床利用率や受療率の低下による影響を含めて医療機関の減収を医療費単価の増加によって補填する発想であり、患者負担と保険料負担の上昇に直結するだけでなく、医療機関・薬局の経営格差や真の地域貢献度が反映されず、非効率な医療を温存することになるため、妥当ではない」と従来の「単純な一律の引上げ」を批判、その上で、「優先順位を意識し、確実な適正化とセットで真にメリハリの効いた診療報酬改定を行うこと。その際には、診療所・薬局から病院へ財源を再配分する等、硬直化している医科・歯科・調剤の財源配分を柔軟に見直すこと」と、病院への重点配分を強く求めています。さらに、12月4日には日本維新の会が社会保障制度改革の推進を求める申し入れを高市 早苗首相に手渡しています。申し入れでは、2026年度診療報酬改定について、「診療所の経営状況の違いを踏まえた入院と外来のメリハリ付け、医科・歯科・調剤の固定的な配分の見直しなど診療報酬体系の抜本的な見直しを行うこと」を求めるとともに、「抜本的見直しの方向性について、中央社会保険医療協議会に任せることなく、年末に政治の意思として決定し、示すこと」を要請しました。「今やらないでいつやる?」と病院団体の関係者は思っているのでは日本医師会は「二項対立による分断」と言いますが、そもそも病院経営と診療所経営の”格差”を形作ってきた一因は日本医師会にもあるのではないでしょうか。年末に診療報酬の改定率が決まった後も、年明けの中央社会保険医療協議会総会で、2026年度診療報酬改定の答申が行われるまで「メリハリ」を巡る戦いは続くでしょう。「今やらないでいつやるんだ」と病院団体の関係者は思っているに違いありません。次期改定で本当の意味での「メリハリ」が付けられるかどうか、今後の議論の行方に注目したいと思います。

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「教育レベル」が看護管理者のメンタルヘルスを左右する?【論文から学ぶ看護の新常識】第42回

「教育レベル」が看護管理者のメンタルヘルスを左右する?COVID-19後の看護管理者を対象とした研究により、最も多く見られた問題は「ストレス」と「心理的苦痛」であり、特に「個人の学歴」がそれらの有意な予測因子であることが示された。Majed Mowanes Alruwaili氏の研究で、Journal of Nursing Management誌2024年6月14日号に掲載の報告を紹介する。COVID-19後の時代における看護管理者の心理的プロファイル:看護リーダーシップへの示唆サウジアラビアの看護管理者における抑うつ、不安、ストレス、および心理的苦痛のレベルを調査するために、横断研究を実施した。2023年8月から2024年2月にかけて、アラビア語翻訳版の抑うつ・不安・ストレス尺度(The Depression Anxiety Stress Scales-21:DASS-21)を使用し、オンラインプラットフォームにてデータを収集した。データ分析には重回帰分析を用いた。主な結果は以下の通り。COVID-19後の時代において、看護管理者の間で最も多くみられる問題は「ストレス」と「心理的苦痛」であった。個人の最終学歴は、不安(B=−1.60、95%信頼区間[CI]:−2.83~−0.38)、ストレス(B=−1.78、95%CI:−3.32~−0.25)、および心理的苦痛(B=−4.83、95%CI:−8.38~1.28)に対する唯一の有意な予測因子であった(いずれもp<0.05)。看護管理者の国籍は、ストレスの結果と相関していた(B=2.48、95%CI:0.35~4.61、p<0.05)。看護管理者は、危機的状況にさらされた場合、ストレスや全般的なメンタルヘルスの問題に苦しむ可能性が極めて高い。管理者の抑うつ、不安、ストレスを軽減するため、適切なタスクの委任を含むさまざまな戦略が検討できる。医療現場の最前線で指揮を執る看護管理者に対する期待と業務負荷は高まっています。今回紹介するのは、サウジアラビアの看護管理者を対象に行われた精神衛生に関する横断研究です。COVID-19パンデミック以降実施されたこの調査において、看護管理者の中で最も頻繁にみられた問題は「ストレス」と「心理的苦痛」でした。本研究で最も注目すべき発見は、「個人の学歴」が心理的苦痛の有意な予測因子であった点です。これは、修士号保有者ほど、高度な教育課程で培われる批判的思考や問題解決能力、そして広い視野が、パンデミックのような未曾有の危機において、複雑な状況を整理し対処するための強力な「武器」として機能したためと考えられます。逆に言えば、十分な教育的準備なしに管理職の重責を担うことは、精神的リスクを高める可能性があるということです。この知見は、日本の臨床現場のリーダー育成においても重要な意味を持ちます。高度な専門教育を受けた高度実践看護師、そして管理職が学ぶ知識やスキルは、単に業務をこなすためだけのものではなく、組織的な重圧や困難な意思決定に伴うストレスから、自身のメンタルヘルスを守るための「防波堤」にもなります。今後のキャリア支援においても、管理職に任命するだけでなく、その役割に見合った教育の機会を十分に提供することが求められます。最後に、管理者の皆さん!いつもマネジメントお疲れ様です!学びを力に変えて、どうか自身を追い込み過ぎず、無理しすぎないようにしてくださいね。論文はこちらAlruwaili MM. J Nurs Manag. 2024;2024:8428954.

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第292回 藤田医科大の学費800万円値下げから見えてくる、熾烈を極める大学医学部サバイバル戦

一部の大学では学力試験を伴う“年内入試”がすでに本格化こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。明治神宮外苑や日比谷公園など都心部の公園のイチョウの黄葉がピークを迎えています。私の住む近所の公園でも黄葉真っ盛りです。同じ公園内でも日の当たり具合によって、黄葉の進み具合が微妙に異なるのが面白いです。こうした冬の訪れとともに東北地方などでのクマ被害の報道も少なくなりました。クマの冬眠とともに、人々のクマへの関心も急速に薄れていくでしょう。もっとも、来春、目覚めたクマたちがどんな動きを見せるのか、山登りをする身にはとても気掛かりなのですが。さて、今年度から大学入試のルールが変わり、一部の大学では学力試験を伴う“年内入試”がすでに本格化しているようです。これまで学力試験は2月以降と決められていましたが、今年から前倒しが認められたためです。ということで、今回は医学部入試にまつわる話題を取り上げます。藤田医科大学医学部(愛知県豊明市)は、2026年度入試から医学部の学費を6年間総額で2,152万円(現行2,980万円)に30%値下げします。約800万円という大幅な値下げには、いったいどんな狙いがあるのでしょうか。9年で約1,500万円学費を下げた藤田医科大医学部藤田医科大医学部の学費値下げは2025年5月29日に発表されました。その後、朝日新聞の大学選び情報サイト「Thinkキャンパス」が11月10日「藤田医科大が学費を800万円値下げ 医学部受験生への影響は?」と題する記事を掲載、医学部受験とは無関係の人にも広く知られることになりました。藤田医科大は2017年度にも3,620万円から2,980万円に学費を引き下げており、ここ9年ほどで実に約1,500万円引き下げたことになります。なんと太っ腹な大学でしょう。朝日新聞の報道によれば、「藤田医科大学の6年間の学費(2,152万円)は、国際医療福祉大学、順天堂大学、関西医科大学に続き、私立大学医学部では全国4番目に低い額(医系専門予備校メディカルラボ調べ)」とのことです。学費値下げの先鞭をつけた順天堂大学医学部は志願者が増え偏差値も上昇超高額なのが当たり前だった私大医学部の学費値下げの先鞭をつけたのは順天堂大学で、2008年度のことでした。この時、順天堂が6年間の学費を900万円下げた結果、志願者が増え、偏差値が上がりました。つまり、優秀な学生が入学してくるようになったわけです。順天堂大学の2026年度の学費は2,080万円で、今でも全国2番目の低さです。順天堂大学に続くかたちで、2009年度には帝京大学医学部も学費を下げています。最近では関西医科大学が2023年度の入学生から学費を大幅に引き下げ、6年間で計2,100万円(引き下げ前は2,770万円)にしています。この結果、同大も志願者数が急増、偏差値も上がっています。「学費の大幅値下げは、大学の生き残りをかけたプロジェクトの一環」朝日新聞「Thinkキャンパス」の記事によれば、藤田医科大の岩田 仲生学長は学費値下げの理由を「学費の大幅値下げは大学の生き残りをかけたプロジェクトの一環。(中略)100年後には人口が今の3分の1になるという試算もあります。その頃に必要とされる医学部の数は4分の1くらいになっていてもおかしくありません。そうなっても私たちは社会や国民から『そこにあり続けてほしい』と言われる、価値のある大学にしたいのです」と話しています。国公立、私立含めて大学病院の生存競争が激しくなる中、藤田医科大は比較的経営状態が良好であることから、将来を見据えて学費値下げに打って出たということでしょう。2021年度から6年間の学費を一気に約1,200万円も上げた東京女子医大とは真逆の対応と言えます(「第28回 コロナで変わる私大医学部の学費事情、2022年以降に激変の予感」参照)。その後の東京女子医大の凋落を考えると、医学部の学費は医科大学の経営状況のバロメーターと言えるかもしれません。 「全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しい」と文科省検討会取りまとめ実際、全国の大学医学部はこれから過酷なサバイバル戦に突入するとみられています。本連載「第274回  文科省『今後の医学教育の在り方』検討会と厚労省『特定機能病院あり方検討会』の取りまとめから見えてくる大学病院“統廃合”の現実味(後編)」で書いたように、文部科学省は今年7月、「今後の医学教育の在り方に関する検討会」による「第三次取りまとめ」を公表しています。「第三次取りまとめ」は、医師の働き方改革をきっかけに激変した大学病院の経営環境を踏まえ、どう医学部・大学病院の教育研究環境を確保し、同時に大学病院の経営改善を図っていくかについて、今後の方向性を取りまとめたものです。大学病院を全国一律に捉えず、それぞれ必要とされる分野で機能・役割分化を促していく、というなかなか意味深な内容になっています。「II. 医学部・大学病院を巡る状況と今後の方向性について」の章では、「大学病院の役割・機能として、診療だけでなく、教育や研究も欠かすことができないが、所在する地域の状況や医師の働き方改革等大学病院を取り巻く様々な環境の変化によって、全ての大学病院が一様に同じ役割・機能を同程度持ち続けることは難しいといった指摘がある」と書かれています。つまり、「大学病院=教育・研究・診療が揃っているもの」というステレオタイプな捉え方はもはや古く、教育に重点を置く大学病院、研究に重点を置く大学病院、診療に重点を置く大学病院というように、機能分化せざるを得ない状況だと断言しているのです。「教育」「研究」を手放してしまったら、それは大学病院の“格落ち”を意味します。「診療に重点を置くだけの大学病院」では市中の病院と機能的に大きな違いはなく、人口減少が進む県では病院統廃合の対象にもなるかもしれません。そして最悪、閉校の可能性すらあります。藤田医科大の学費値下げは、そうした“格落ち”の危機を回避するために、今から優秀な学生を確保して「教育」「研究」に力を入れていくという“宣言”でもあるのです。大学医学部サバイバル戦はすでに終盤戦?財務省は11月11日、財務相の諮問機関である財政制度等審議会の分科会を開き、教育の質を持続的に確保するために大学の統合や縮小、撤退を促進することが必要だと提言しました。また、厚⽣労働省は11月20⽇、医学部の⼊学定員を全体として「削減」する案を省内の検討会に提⽰しています。これまで「適正化」を進めるとしていましたが、減らす⽅針を初めて明確にしました。こうした動きからも、岩田学長の「必要とされる医学部の数は4分の1くらいになっていてもおかしくありません」という言葉は現実味があります。今後5年ほどで、「生き残る医学部」と「なくなる医学部」に二分されていくでしょう。医学部サバイバル戦は始まったというより、すでに終盤戦に入っているのかもしれません。

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医師が選ぶ「2025年の漢字」TOP10を発表!【CareNet.com会員アンケート】

2025年も残りあと1ヵ月。医療現場にも社会にもさまざまな出来事がありましたが、皆さまにとって今年はどのような1年でしたでしょうか。CareNet.comでは、医師会員1,031人を対象に「今年の漢字」アンケートを実施し、医療現場や社会における出来事、そして日々の暮らしの中で感じた思いを漢字1字に込めて表現していただきました。多く挙げられた漢字TOP10を発表します。第1位「高」(108票)2025年の今年の漢字の第1位には「高」が選ばれました。物価、株価、金、不動産、米、気温など、何かと高いことが話題になった1年でした。コメントでは、物価高で財布のひもが固くなるなど、生活への影響が浮き彫りになりました。また、今年を象徴するもう1つの「高」は何といっても日本史上初の女性として内閣総理大臣に就任した高市 早苗氏です。高市氏について言及する1文字としては「高」のほかにも、「早」「苗」「新」「初」「女」「花」「華」「変」「代」「明」「快」「進」「驚」など多岐にわたりました。「高」を選んだ理由(コメント抜粋)日経平均が最高値を更新したから(産婦人科 50代/北海道)物価高、コスト高など(循環器内科 50代/静岡)すべてが高くなる。低くなったのは購買意欲のみ…(精神科 50代/東京)物価高騰でお金がたまらない(腎臓内科 60代/東京)食料品も米も何もかもが値上がりして高くなっているから(消化器外科 50代/北海道)高齢化の進行加速、高インフレ率、高市首相の誕生(内科 40代/徳島)高市首相になり日経平均株価も最高値をつけたから(形成外科 60代/茨城)物価高、株高、不動産高、新総理高市だから(精神科 50代/東京)物価高と高市早苗総理誕生(内科 60代/奈良)高市政権への期待、米高騰(精神科 40代/東京)高市早苗さんの総理大臣就任(内科 60代/愛知)第2位「熊」(91票)第2位は、これまでランクインしたことのない「熊」でした。各地で熊による深刻な人的被害や目撃情報が相次ぎ、連日のように報道が続いた2025年。本年度の熊による死者数は過去最多を更新し、人身被害者数も過去最多ペースで増加しています。山間部だけでなく住宅地や都市近郊にも出没し、人と野生動物との共存のあり方が改めて問われる1年となりました。フリーコメントでは北海道や東北地方などの医師を中心に不安の声が多く寄せられました。 「熊」を選んだ理由(コメント抜粋)とにかく当地は熊被害に悩まされているので(麻酔科 50代/北海道)今年の後半は熊との戦いがずっとニュースになっていた(外科 60代/北海道)現在は一番の不安の種(精神科 50代/青森)九州・四国を除き、全国規模での対策を余儀なくされているため(整形外科 40代/秋田)全国各地で熊の出没が話題となり、人と自然の距離、共生のあり方を考えさせられた(消化器内科 60代/大阪)■第3位「変」(57票)第3位は「変」。2025年は世界的にも国内的にも社会の変化が著しい1年となりました。コメントでは政治に関する意見が多く寄せられ、女性総理大臣の誕生や政権交代など政治の変化に注目する声が目立ちました。そのほか、気候変動や私生活の変化に触れるコメントも見られました。皆さまにとっての変化はどのようなものがあったでしょうか? 「変」を選んだ理由(コメント抜粋)首相が代わり、政策内容も大きく変わったため(糖尿病・代謝・内分泌内科 30代/静岡)自公政権から自維政権への連立変更、高市政権への変化(循環器内科 30代/神奈川)世界情勢の潮目の変化、女性総理の誕生などあり、医療の面では廃業する医療機関がいよいよ増加してきた印象を受けた(精神科 30代/福岡)アメリカでトランプ政権に代わってから、世界の経済、生活、価値観などが変わってきた(外科 70代以上/大阪)気候変動、物価上昇などの変化(眼科 50代/大分)第4位「米」(41票)第4位は「米」でした。昨年から米の供給がひっ迫し、「令和の米騒動」と呼ばれる状況が発生しました。備蓄米の放出などの対策が講じられたものの、価格の高止まりが続き、家計への負担は依然として大きくなっています。また、米国の「米」の意味でも票が多く集まりました。トランプ政権による関税強化が世界経済に波紋を広げ、貿易・安全保障・産業分野で米国の動向に注目が集まった1年となりました。 「米」を選んだ理由(コメント抜粋)米価が異常に高止まりで失望したので(泌尿器科 50代/東京都)今年は、米不足や米の価格が上昇するなど庶民の生活に大きな影響を与えた(消化器外科 50代/新潟)今年の米価格の高騰はつらかった。ごはん食いなのでお米が高いのはつらい。農家さんが正当に評価されて潤うのならばよいのだが中抜きされているようなので納得がいかない(外科 50代/東京)米の高騰、アメリカの関税合戦(消化器内科 30代/熊本)アメリカにも米価にも振り回された1年だったと思う(呼吸器内科 60代/熊本)第5位「女」(38票)第5位は「女」でした。ほぼすべてのコメントが総理大臣の高市氏に言及しており、わが国初の女性総理大臣の誕生はやはり大きなインパクトを残したようです。コメントでは、高市氏に期待する声が多く寄せられました。なお、これまでに女性が政府のトップを務めたことがある国は、国連加盟国193ヵ国のうち60ヵ国で3割を超えています。 「女」を選んだ理由(コメント抜粋)高市早苗首相が初めての女性首相になったから(麻酔科 40代/長崎)女性総理大臣が就任したので(神経内科 50代/神奈川)高市早苗総理大臣誕生に象徴されるように女性が活躍する時代・社会の真の到来と感じ、「女」を選択(脳神経外科 60代/岡山)高市総理になって何かが変わっていく予感を感じる(リハビリ科 30代/東京)女性初の総理大臣誕生、女性アスリートの活躍(皮膚科 50代/福岡)第6~10位第6位:「新」(25票)第7位:「暑」(24票)第8位:「金」(22票)第9位:「乱」(21票)第10位:「万」(18票) アンケート概要アンケート名2025年の「今年の漢字」をお聞かせください。実施日   2025年11月5日調査方法  インターネット対象    CareNet.com医師会員有効回答数 1,031件

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配置が手厚いICUは本当に「コスパ」がよい? 日本の比較研究【論文から学ぶ看護の新常識】第40回

配置が手厚いICUは本当に「コスパ」がよい? 日本の比較研究人員配置が手厚いICU(特定集中治療室管理料1および2)は、死亡率を下げるだけでなく、費用対効果の面でも優れていることが、井汲 沙織氏らの研究で示されている。Journal of intensive care誌2023年12月4日号に掲載の報告を紹介する。集中治療科専門医の配置に関連するICU死亡率と費用対効果:日本全国観察研究研究チームは、集中治療専門医らの配置が手厚い「特定集中治療室管理料1および2(ICU1/2)」と、それ以外の「特定集中治療室管理料3および4(ICU3/4)」において、臨床アウトカムと費用対効果を比較するため、後ろ向き観察研究を行った。日本の全国的な行政データベースを使用し、2020年4月から2021年3月の間にICUに入室した患者を特定し、ICU1/2群とICU3/4群に分類した。ICU死亡率と院内死亡率を算出するとともに、質調整生存年(Quality-adjusted Life Year:QALY)と医療費の差から増分費用対効果比(Incremental cost-effectiveness ratio:ICER)を算出し、比較した。ICERが500万円/QALY未満の場合を費用対効果が高いと判断した。主な結果は以下の通り。ICU1/2群(n=7万1,412、60.7%)は、ICU3/4群(n=4万6,330、39.3%)と比較して、ICU死亡率(2.6%vs. 4.3%、p<0.001)および院内死亡率(6.1%vs. 8.9%、p<0.001)が低かった。患者1人あたりの平均費用は、ICU1/2で224万9,270±195万5,953円、ICU3/4で168万2,546±158万8,928円であり、差額は56万6,724円であった。ICERは71万8,659円/QALYであり、費用対効果の閾値(500万円/QALY)を下回っていた。ICU1/2における治療は、ICU3/4と比較して、死亡率が低かった。また、費用対効果が高く、ICERは500万円/QALY未満であった。専門家やマンパワーが多いICUって良い医療ができそうですよね?でもそれって科学的な事実なのでしょうか?また質が上がるとしても、医療費を無制限に投じてよいのでしょうか。今回はこうした疑問に答える論文を紹介します。研究当時のICUの管理料は、人員配置が手厚い「1および2」と、標準的な「3および4」に分かれていました(2024年診療報酬改定以降は6区分になっています)。「1および2」は専門医や経験豊富な看護師の配置が義務付けられ、質の高い医療環境が整っている分、1日あたりの費用も高く設定されています。研究結果から、実際にICU管理料1・2ではICU内・院内死亡率が低く、質の高い医療が提供できていると考えられます。一方で、質の高い医療を提供するために、多くの人材を雇い、医療費を使いすぎては医療を継続的に提供することはできません。この研究の面白い点は、死亡率だけでなく、費用対効果を評価していることです。ICU管理料1・2とICU管理料3・4の治療成果を、患者の生存期間にQOLを加味した指標「QALY」と、1QALYを上げるためのコストの差「ICER」で比較しました。日本では、ICERの費用対効果の基準として「500万円/QALY未満」が一般的に用いられます(ドルやユーロでは額が異なります)。つまり「1QALYを上げるのに500万円以下なら“コスパがよい”」ということになります。今回の結果(約72万円/QALY)は、この閾値を大きく下回っています。これは、ICU管理料1・2の医療は、コストが増加したとしても、それに見合った、あるいはそれ以上の救命とQOLの改善をもたらしている、すなわち極めて費用対効果が高いことを示しています。看護配置の視点でみると、ICU管理料1・2は認定・専門看護師の配置を要件としており、本研究の知見は、認定看護師のような専門的なスキルを持つ看護師の存在が、死亡率の低減に貢献している可能性を示唆しています。これは、単に看護師の数だけでなく、看護の質の高さが患者アウトカムに直結することを意味し、認定・専門看護師が現場で提供する高度なケアの価値を裏付けるものです(もちろん、看護の力だけでなく、専門医が2名以上勤務していること、院内に臨床工学技士が常駐していること、病室の広さなど複数の項目に違いがありますので、何がどの程度影響しているかは本研究ではわかりません)。今目の前の患者だけでなく、未来の患者を救うために、「Evidence-Based Medicine:EBM(根拠に基づく医療)」だけでなく、継続した医療を提供するための「価値」を測る「Value-Based Medicine:VBM(価値に基づく医療)」の考え方を持つことが、今後の日本の看護・医療により必要になっていくかもしれません。論文はこちらIkumi S, et al. J Intensive Care. 2023;11(1):60.

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第270回 財政データは語る、日本の医療保険はどこまで持続可能か

国民皆保険制度が迎える転換点現在、中央社会保険医療協議会(中医協)では、2026年度の診療報酬改定に向けた話し合いが行われていますが、これまでの議論からは外来点数の抑制を含む改定が予想され、とくに中小病院・診療所には大きな影響を受けるところも出てくると思われます。病気になったときに、夜間・休日でもすぐに受診できる国民皆保険制度の持続については国民総意で支持すると思われますが、その一方で、医療提供側である医師会や病院団体からはインフレの影響を受け、人件費や物価高騰のため苦境を報じられています。しかし、財政を管理する財務省からは厳しい現状を突きつけられており、かなり厳しい改定内容となる見込みで、リソースが限られる医療機関によっては病床再編のきっかけとなり、従来から行ってきた入院医療や外来診療が困難になることも予想されます。市町村国保・健保組合に広がる財政危機実際にどれほど深刻なのかは、厚生労働省が10月に発表した「令和5年度国民健康保険(市町村国保)の財政状況について」を見てみるとよくわかります。一昨年度のデータでも、2023年度は1,288億円の赤字決算、さらに万が一に備える基金積立金は1兆3,375億円に減少しており、対前年度比4.4%(621億円)減など、厳しい健康保険財政が見て取れます。さらに、健康な働き盛りの会社員が加入する健康保険組合なども影響を受けており、先日、産経新聞が「健康保険組合、存続の危機 高齢者医療費負担増で半数赤字『もう限界に達している』」と報道しているように、高齢者医療への拠出金が年々増加しており、その負担が保険料率の引き上げや赤字の拡大につながっている。結果として、健康保険組合としての存続自体が危ぶまれる状況にあります。(引用:https://www.kenporen.com/include/press/2025/2025092505.pdf)(引用:https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202209/1.html)2025年問題:団塊世代が後期高齢者入りする現実「2025年問題」とは、戦後の昭和22~25年の3年の第1次ベビーブーム中に生まれた団塊の世代(出生数平均260万人)が全員75歳以上となる年です。後期高齢者になると、複数の疾病を持つため医療機関に頻回に受診しがちでもあり、そのため医療費が増加します。(引用:https://www.kenporen.com/include/press/2025/2025092505.pdf)経済協力開発機構(OECD)の“Health at a Glance 2023”によれば、OECD加盟国で患者1人当たり年間外来受診は平均6回/年のところ、わが国では11.1回/年と医療機関の受診回数も多い上に、そのたびに医療機関でさまざまな検査や投薬を受けています。これに加えて、高齢者になると医療費は増える傾向があり、わが国の人口1人当たり国民医療費は65歳未満では21万8,000円、65歳以上は79万7,200円、後期高齢者は95万3,800円となっており、高齢化の進行で、75歳以上の割合が今後も増え続け、支える世代である65歳以下の人口が減少していくため、医療費の増加には、ある程度やむを得ない面があります。(引用:https://www.oecd.org/content/dam/oecd/en/publications/reports/2023/11/health-at-a-glance-2023_e04f8239/7a7afb35-en.pdf)財務省が示す“現役世代の限界”こういった中、財務省が11月になって2回の財政制度等審議会の財政制度分科会で出した資料は非常に印象的でした。一部には、開業医の給与水準の高さを強調するなど恣意的と受け取られかねない記述もある一方、現状の振り返りの中では、医療費が雇用者報酬の伸びを上回るペースで増加しており、現役世代1人当たりの高齢者医療支援金は2008年2,980円→2024年5,950円と倍増した現状から、今後も生産年齢人口が年0.7%減る中、負担増をこれ以上続けることは「賃上げ効果を相殺し家計と企業活力を奪う」との危機感が明示されており、“現役世代の限界”が明確化され、負担増ではなく給付抑制・制度改革を最優先する局面に突入したことを示しています。こういった状況で、かかりつけ医機能が弱いままでいると患者さんが大病院に紹介状もないままに直接受診され、無駄な検査が繰り返されれば、医療費は増大し続け、ひいては保険料引き上げにつながりかねません。また、適正な範囲内であれば問題はないのですが、患者さんが求めるままに、ドラッグストアでも市販されている湿布などを大量に処方し続ければ保険財政が厳しいため、保険償還から外されていくように思います。(引用:https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20251105/03.pdf)保険者が示した「ポスト2025」提言のメッセージさて、そういう意味では、医療費の支払い側(保険者)からのメッセージを今回は見てみようと思います。今年の9月に健康保険組合連合会(健保連)が提言を出していました。やや量が多いのですが、目を通すとわかりやすい資料になっています。この中で「2025年以降も危機的な状況が続くものと見込まれます。さらに2040年にかけては、高齢者人口がピークに向かい、少子化により現役世代が減少していくなかで、医療費と現役世代の負担が急激に増大していくと見込まれています。これに備え、全世代で支え合う制度へ転換するための改革を急がなければなりません。そうしなければ、国民の安心の礎である国民皆保険制度を将来世代に引き継ぐことができなくなってしまいます」とあり、提言がまとめられています。そして、まずは国民に向けて、「加入者(国民)の皆さまへの3つのお願い」として、(1)医療費のしくみや国民皆保険制度の厳しい状況についてもっと知ってください(2)自分自身で健康を守る意識をもってください。健診をきちんと受けてください(3)軽度な身体の不調は自分で手当てするセルフメディケーションを心がけてくださいと提言しています。「自己負担が無料で医療が受けられる場合(子供の医療費など)であっても、その医療費の大部分は健康保険の保険料で賄われていることをご理解ください」といった、従来では言われてこなかった内容も含まれており、それらの仕組みについての理解を求めています。さらに、われわれ医療機関への要請としても、「医療提供者に対してお願いすること」として、(1)地域医療構想の着実な推進(2)かかりつけ医機能の充実(3)適切な受診の支援(4)経済性も考慮した医療サービスの提供(5)医療DXの積極的な取り組みと記載しています。厚労省の取り組みに対して協力を保険者側が求めていることが明らかになっています。具体的には「医療機関の機能分化に向けて地域医療構想の実現を着実に推進するとともに、かかりつけ医機能の充実に取り組み、患者の日頃からの予防やセルフメディケーション、適切な受診の支援をお願いします。また、かかりつけ医と健康保険組合との連携についても検討することをお願いします。さらに、費用対効果や経済性も考慮した医療サービスを提供するとともに、医療情報プラットフォームによる患者情報の共有・活用など、スピード感をもって医療DXを進めるため、積極的な医療DXの取り組みもお願いします」とあります。(引用:https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20251105/03.pdf)(引用:https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001281024.pdf)医療DXと全国医療情報プラットフォームという現実医療機関側にとって医療DXの促進のためとはいえ、マイナ保険証の導入や電子カルテの導入などコスト増につながり、頭の痛い問題でもありますが、この1~2年で、市中の診療所や調剤薬局など隅々にまでマイナ保険証のリーダーの設置に向けて補助金が投入されたことからわかるように、全国医療情報プラットフォームは国の政策でもあり、参画が求められています。無駄な医療費を削減するには、このプラットフォームを積極的に活用し、医師や薬剤師が患者1人ひとりに意義を説明していく必要があります。国民皆保険制度の価値と、再構築が困難である理由生活インフラでもある医療と介護は、国民皆保険制度によって成り立っています。「国民皆保険制度など破綻すればいい」という意見や「厳格な利用規制」を求める声も上がっていますが、民間保険が主体であるアメリカでは医療費の支払いが破産の主な原因の1つとされているように、保険制度を民間保険などにすべて委ねることは病気がちな貧困層や人々の暮らしに大きな影響が出ます。持続可能な医療のために何をすべきか戦後80年、国民皆保険制度が整備されて64年、諸外国と比較して比較的安価な医療費で、健康長寿が約束されるわが国は、羨望の眼差しで見られています。また、厚労省が新薬を承認すれば、ほぼすべての薬が保険償還で認められるという国はなかなかありません。現行の社会保障制度を廃止して、新たに国民が満足できる制度を再び構築するのは困難です。現行の国民皆保険制度をなんとか持続させることが国民にとってメリットが多いと考えます。もちろん、一部の事業者によって問題となった訪問看護ステーション付きの介護住宅のように頻回な訪問を行って過剰請求をするような逸脱した行為は排除されるべきです。今後、厳しい財源事情が続く中、どういった形で持続可能性を高めていくか、大きな課題となっていると考えます。参考 1) 令和5年度国民健康保険(市町村国保)の財政状況について(厚労省) 2) 『ポスト2025』健康保険組合の提言(健保連) 3) 健康保険組合、存続の危機 高齢者医療費負担増で半数赤字 「もう限界に達している」産経新聞[2025/11/14](産経) 4) Health at a Glance 2023(OECD) 5) かかりつけ医機能報告制度にかかる研修(日本医師会)

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高齢者への高用量インフルワクチンの入院予防効果:FLUNITY-HD試験(解説:小金丸 博氏)

 高齢者に対する高用量不活化インフルエンザワクチン(HD-IIV)の重症化予防効果を検証した国際共同プール解析「FLUNITY-HD試験」の結果が、Lancet誌オンライン版2025年10月17日号に報告された。標準用量インフルエンザワクチン(SD-IIV)では免疫応答が不十分なことが知られており、HD-IIVの高齢者における追加的な防御効果を明らかにすることを目的とした。 本試験は、デンマークのDANFLU-2試験(登録者:約33万人)とスペインのGALFLU試験(同:約13万人)という、同一デザインの実践的ランダム化比較試験を統合解析したものである。対象は65歳以上で、少なくとも1つの慢性疾患を有する者が約49%と重要なリスクグループが適切に含まれており、高齢者集団への一般化が可能であると思われる。いずれの試験も日常診療環境で実施され、主要評価項目は「インフルエンザまたは肺炎による入院」とされた。 その結果、HD-IIV接種群ではSD-IIV接種群と比較し、主要評価項目であるインフルエンザまたは肺炎による入院を8.8%低減させた。一方で、DANFLU-2試験単独では主要評価項目に有意差を認めなかった。HD-IIVの効果は季節や流行株の影響を受けやすい可能性があることや、インフルエンザ以外の病原体(肺炎球菌、マイコプラズマ、アデノウイルスなど)の流行が試験結果に影響した可能性が指摘されている。そのほか、副次評価項目である検査確定インフルエンザによる入院を約32%、心肺疾患による入院を約6%低減させており、インフルエンザによる入院の抑制効果は明確であった。また、HD-IIV接種群ではSD-IIV接種群と比較して、全原因による入院が2.2%減少した。これは、515人の高齢者にSD-IIVの代わりにHD-IIVを接種することで全原因による入院を1件予防できることを意味する。重篤な有害事象の発生は両群で同程度だった。 本試験は、高齢者において高用量インフルエンザワクチンが実際の重症転帰を減少させうることを大規模ランダム化試験で示した点で意義が大きい。インフルエンザワクチンの目的が「感染予防」から「重症化・入院予防」へとシフトする中で、より高い免疫原性を求める戦略として高用量ワクチンの価値が再確認された。とくに慢性心疾患や呼吸器疾患、糖尿病などの基礎疾患を有する高齢者において、インフルエンザ感染が直接的に入院や心血管イベントを誘発することを考慮すれば、臨床的意義は大きい。 米国や欧州では高齢者に対する高用量インフルエンザワクチンがすでに導入され、各国ガイドラインでも推奨されている。本邦では2024年12月に製造販売承認を取得し、60歳以上を対象に2026年秋から使用可能となる見込みである。このワクチンが定期接種に組み込まれるか、市場に安定供給されるかによって推奨される接種対象は左右されると思われるが、要介護施設入所者(フレイル高リスク群)、虚血性心疾患や慢性閉塞性肺疾患などの重症化リスクのある基礎疾患を持つ者、85歳以上の超高齢者や免疫不全者など抗体応答が弱いと想定される者では、積極的に高用量ワクチンを選択すべき集団として妥当であると考える。費用面では標準用量より高価だが、入院抑制による医療費削減効果も期待される(注:2025年11月19日の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会「予防接種基本方針部会」は、高用量ワクチンを2026年10月から75歳以上の定期接種に追加する方針を了承した)。 FLUNITY-HD試験は、高用量インフルエンザワクチンが標準用量と比較して、65歳以上の高齢者の重症転帰を有意に減少させることを示した大規模ランダム化試験である。日本でも高齢者および基礎疾患を有する群への適用を念頭に、今後の季節性インフルエンザ予防戦略における選択肢として検討すべき重要なエビデンスといえる。

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胎児循環という神業、突貫工事の心臓が生み出す奇跡【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第90回

「オンギャー」それは新たな生命の始まりを告げる、母親にとって祝福の合図です。肺が初めて外の空気を抱きしめた瞬間の歓声でもあります。単なる泣き声ではありません。その声によって呼気に陽圧がかかり、肺の中の小さな部屋である肺胞が均一に拡がるのです。お母さんのお腹の中で沈黙していた肺は水(肺水)で満たされており、その水が空気に置き換わるために必要なのが、この「オンギャー」なのです。生命誕生の瞬間は感動に満ちていますが、その背景には驚くほど精巧でダイナミックな仕組みが隠れています。分娩に立ち会った日の感動30年ほど前に医学生として初めて分娩に立ち会った日のことを、今も忘れられません。手術室の光の下で静かな緊張が漂っています。帝王切開が始まり、産科医の手が正確に、しかし驚くほど柔らかに母体を守りながら進んでいきます。胎児の頭が見えた瞬間に、室内の空気が一変しました。手術という医療行為が、次の瞬間には生命の誕生に姿を変えたのです。自然分娩も見学する機会がありました。文字通り、「ぬるり」と赤ん坊の全身がこの世に現れ、産声が響きます。その声は思ったよりも高く、そして強かったです。母親の目に涙が浮かび、スタッフの顔がほころびます。医療の現場で、ここまで純粋な歓喜が生まれる瞬間を、自分はそれまで知らなかったのです。産科の先生が言いました。「この瞬間だけは、何度立ち会っても胸が熱くなるんですよ」その言葉の意味が少しわかる気がしました。医学生としての私が目の当たりにしたのは、人間としての最も根源的な喜びだったのです。あのとき分娩室で聞いた「オンギャー」の声は、今も私の心に響いています。いま目の前で成人先天性心疾患の患者さんの鼓動を聴くとき、私はあの産声の続きを聴いているのかもしれません。胎児循環の不思議、命が宿る初めの拍動人の心臓は、胎児の姿が豆粒のようなころ、すでに鼓動を始めています。それは、胎児の成長を支えるために血液を送り出す必要があるからです。ひとつ大きな問題があります。胎児はまだ肺呼吸をしていません。空気を吸っていないのに、血液をどうやって酸素化するのか? その答えが「胎盤」です。胎盤は、まるで人工心肺装置のECMOのように、母体の血液から酸素を取り込み、それを臍帯(へその緒)という管を通じて胎児へ送ります。母親がいわば酸素供給装置で、胎盤が人工肺、そして臍帯が回路チューブです。ECMOの回路図を、神が先に描いていたのです。胎児の脳に酸素化された血液が十分に届くように、そして未完成の肺に血液をあまり送らずに済むよう、右心房から左心房へ血液をバイパスさせる「卵円孔」と、肺動脈から大動脈への抜け道である「動脈管」があります。道路工事の仮設バイパスのように、胎児だけが使う特別ルートが設けられているのです。この神業のような仕組みを、胎児はごく短期間で完成させなければなりません。肺は、出産後から機能し始めれば良いのと対照的に、心臓は胎児期から循環を支える必要があります。受精後わずか3週間余りで、心臓は拍動を開始しています。この早さは、人間の発生のなかでも際立っており、心臓が「生命の最初の臓器」と呼ばれるゆえんです。いわば突貫工事で、胎児が、心房・心室・弁・中隔を形づくり、稼働を開始します。建築現場でも、急ぎの工事ではどうしても小さなズレや継ぎ目の不整合が生じるように、この過程で生まれる“設計上のゆらぎ”が、先天性心疾患の一因となることがあります。命を守るために早く動かさねばならない心臓が、ギリギリのバランスで仕上げた証ともいえます。生まれたあと、卵円孔や動脈管が閉じ、肺が働き始めて、赤ちゃんは独り立ちの循環系を完成させます。その瞬間、胎児循環という仮設システムは退場します。分娩・出産を集中治療室の患者に例えれば、肺水腫で人工呼吸器とV-A ECMOという補助循環装置をつけた状態から、抜管とECMO離脱を同時に行うようなものです。この荒業を成功させた赤ちゃんの雄叫びが「オンギャー」です。成人先天性心疾患へ、そしてその先に生まれつきの心臓病である先天性心疾患は、長い間、子供の病気と見られてきました。生まれつき心臓に小さな“ゆらぎ”を抱えた子どもたちは、今や成人となり、自分の人生を力強く生きています。これらを成人先天性心疾患(ACHD:Adult Congenital Heart Disease)と呼びます。心臓外科手術治療の発達、内科治療の進歩によって先天性心疾患の子供の85%以上は思春期、成人期まで到達する事が可能になってきました。複雑な先天性心疾患の子供も学校に通い社会に出ていく時代になっているのです。こうして突貫工事でつくられた心臓は、生まれた瞬間に肺呼吸へと切り替わり、そのまま何十年も鼓動を続けていきます。成人先天性心疾患の患者さんの心臓もまた、あの仮設バイパスの名残をどこかに抱えながら、けなげに働いているのです。思えば、あの胎児循環こそ、神様による究極の応急工事だったのかもしれません。もし建築基準法の審査があったら、「構造的に無理があります」と一蹴されていたことでしょう。それでも見事に稼働し、命を支え続ける。医者としてどれほど工夫を凝らしても、この“神業の設計図”にはとうていかなわないと思うのです。

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第37回 「これは偽薬です」と伝えても効く? 「正直なプラセボ」が切り開く医療の未来

「プラセボ(偽薬)」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。おそらく多くの人が、新薬の臨床試験で使われる「効果のないニセモノの薬」といったイメージを持つでしょう。そして、「プラセボ効果」は、患者さんが「本物の薬だ」と信じ込むことで生じる、つまり、「騙すこと」がその効果の前提条件だと、長年考えられてきました。しかし、もし医師が患者さんに「これは砂糖玉で、薬としての成分は一切入っていません」と正直に伝えたうえで投与したら?この素朴でありながら常識破りの疑問に挑んだのが、米国・ハーバード大学医学部のTed J. Kaptchuk氏です。彼が15年前に行った研究は、医療界の常識を揺るがす驚くべき結果を示しました。なんと、偽薬だと知らされて飲んだ患者さんでさえ、症状の改善が見られたのです。この「正直なプラセボ(オープンラベル・プラセボ)」と呼ばれるアプローチは今、慢性的な痛みやうつ症状の治療において、従来の医療を補完する新たな可能性として、大きな注目を集めています1)。「秘密」は不要だった? 「正直なプラセボ」の衝撃Kaptchuk氏が2010年に発表した画期的な研究は、過敏性腸症候群(IBS)の患者さんを対象に行われました。一方のグループには何も治療を行わず、もう一方のグループには「これはプラセボ(ただの砂糖玉)です」と正直に説明したうえで、偽薬を処方しました2)。常識的に考えれば、効果があるはずがありません。しかし結果は予想を裏切るものでした。偽薬だと知らされたうえで飲んだグループは、何も治療を受けなかったグループに比べて、IBSの症状が有意に改善したのです。この研究は、「プラセボ効果に『騙す』というプロセスは必ずしも必要ではない」という衝撃の事実を明らかにしました。もちろん、1つの研究だけで結論は出せません。しかし、この研究を皮切りに、世界中で「正直なプラセボ」の研究が進められました。ドイツ・フライブルク大学のStefan Schmidt氏らによる最新のメタ分析(複数の研究データを統合して分析する手法)では、60件の研究、4,500例以上のデータを分析した結果、「正直なプラセボ」の効果は確かにあり、とくに慢性的な痛み、うつ、不安、疲労感といった「患者さん自身が感じる症状(自己申告の症状)」で見られ、その効果は幻想ではないと結論付けられています3)。なぜ「偽薬」と知っても効くのか? 脳内の“薬局”と“儀式”では、なぜ「ニセモノ」だとわかっていても私たちの身体は反応するのでしょうか。その完全なメカニズムはまだ完全には解明されていませんが、いくつかの有力な説が浮上しています。Kaptchuk氏は、この現象を「身体の中には“薬局”が備わっている」と比喩表現しています。つまり、プラセボは、脳内にもともと備わったエンドルフィンやカンナビノイドといった「脳内鎮痛物質」の放出を促すと考えられています。言い換えれば、プラセボはそれ自体が効くのではなく、自分自身の脳が持つ鎮痛システム(薬局)を作動させるスイッチの役割を果たしているのです。このスイッチを押すために、とくに重要だとKaptchuk氏が強調するのが、「思いやりのある医師と患者の関係性」です。単に砂糖玉を渡すのではなく、医師が患者さんの苦しみに耳を傾け、「この治療があなたの自然治癒力を助けるかもしれません」と丁寧に説明し、信頼関係の中で行われること自体が、治療的な効果を生むというのです。Schmidt氏はこれを「治癒の儀式」という言葉で説明しています。「薬を飲む」という行為自体が、強力な「儀式」だというわけです。たとえ中身が砂糖だと知っていても、専門家である医師から処方され、期待を込めて服用するという「儀式」そのものが、脳にポジティブな変化をもたらすのではないか、と考えられています。この仮説を裏付ける強力な証拠もあります。イタリアの神経科学者Fabrizio Benedetti氏の研究では、プラセボで鎮痛効果が得られた人に、オピオイド拮抗薬(モルヒネなどの鎮痛効果を打ち消す薬)であるナロキソンを注射すると、その鎮痛効果が消えてしまうことが示されました。これは、プラセボが、実際に脳内のオピオイドシステム(脳内の薬局)を働かせていたことを意味します。Benedetti氏は、この現象を「ホラー映画」に例えます4)。私たちは映画に出てくる怪物が作り物だと知っていても、恐怖を感じ、心拍数が上がります。それと同じように、たとえ偽薬だとわかっていても、私たちの脳と身体は、治療という文脈や儀式に対して、無意識に反応してしまうのです。期待と倫理的ジレンマ:本当に医療に使えるのか?プラセボの研究が進むにつれ、これを実際の臨床現場で使おうという動きも出てきています。たとえば、米国ではオピオイド(医療用麻薬)の依存症が深刻な社会問題となっていますが、慢性的な痛みに苦しむ患者さんへの新たな選択肢として期待されています。米国・ノースウェスタン病院の医師らは、脊柱側弯症の術後という強い痛みを伴う青少年の患者に対し、オピオイドとプラセボを併用することで、オピオイドの使用量を減らせないかという臨床試験を計画しています。副作用や依存リスクのない治療として、その応用に期待が集まります。しかし、この「正直なプラセボ」の臨床応用には、大きな倫理的ジレンマが伴います。最大の懸念は、Benedetti氏らが指摘するように、プラセボが「エセ医療」を正当化する口実として悪用されるリスクです。科学的根拠のない治療法を提供する人々が、「これはプラセボ効果だから安全で効果がある」と主張し始めるかもしれません。スイス・バーゼル大学のMelina Richard氏が行った倫理的なレビューでも、この懸念が最も大きな問題として挙げられています5)。さらに、治療において「ポジティブシンキング(前向きな思考)」が過大評価されることで、医学的に証明された有効な治療法を患者さんが避けてしまう危険性も指摘されています。また、Richard氏は、この分野の研究者がまだ特定のグループに限られており、エコーチェンバーに陥っているリスクも指摘しています。彼女は、より多様な視点からの議論が必要であり、「プラセボの臨床応用は時期尚早である」というのが、現時点での一般的な科学的コンセンサスだと述べています。この慎重論に対し、Kaptchuk氏は「インチキ療法師は自らの治療をプラセボとは言わない。彼らは『気』や『未知のエネルギー』が効くと言うのだ」と反論します(皮肉にも「正直なプラセボ」の効果は、エセ医療の効果すら裏づけているとも言えなくもありませんが)。そして、米国でオピオイド危機により何百万人もの人々が苦しんでいる現実を前に、「時期尚早だと言っている人々は、その苦しみを知らないのか? 決めるのは患者自身であるべきだ」と強く訴えています。「正直なプラセボ」の研究は、まだ始まったばかりです。しかし、その効果が本物であるならば、それは単に「偽薬が効いた」という話にとどまりません。医師と患者の信頼関係、治療という行為自体が持つ「意味」、そして私たち自身が持つ「治癒力」の重要性を、科学が改めて解き明かそうとしているのかもしれません。 参考文献・参考サイト 1) Webster P. The mind-bending power of placebo. Nat Med. 2025;31:3575-3578. 2) Kaptchuk TJ, et al. Placebos without deception: a randomized controlled trial in irritable bowel syndrome. PLoS One. 2010;5:e15591. 3) Fendel JC, et al. Effects of open-label placebos across populations and outcomes: an updated systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. Sci Rep. 2025;15:29940. 4) Benedetti F, et al. Placebos and Movies: What Do They Have in Common? Curr Dir Psychol Sci. 2021 Jun;30(3):202-210. 5) Richard M, et al. A systematic qualitative review of ethical issues in open label placebo in published research. Sci Rep. 2025;15:12268.

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プライマリ・ケア医が「意味」を感じる仕事は何か/筑波大・慶應大

 身近で医療を受診できるクリニックや診療所などでプライマリ・ケア医(PCP)の活躍のフィールドは広い。患者さんやその家族全般を知る家庭医としての役割も大きい。では、PCPは、どのような仕事に「意味」を感じることができているのだろうか。このテーマに関して筑波大学医学医療系地域総合診療医学講座の山本 由布氏らの研究グループは、慶應義塾大学と共同でPCPにアンケートを実施した。その結果、PCPは「多様な健康問題の管理」など6つの項目について「意味」を感じていることがわかった。この内容はBMC Primary Care誌2025年10月28日オンライン版に掲載された。プライマリ・ケア医が「意味」を感じる仕事には時間、地域も関係 研究グループは、2021年10月~2022年2月にかけてわが国の診療所や小規模病院に勤務する日本プライマリ・ケア連合会(JPCA)認定家庭医またはプライマリ・ケア専門医を対象に、「医師としての仕事において意味を感じた経験」について半構造化インタビューを実施した。面接は、対面またはビデオ通話で行い、得られたデータは逐語的に書き起こし、帰納的テーマ分析を用いてデータ分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・14人の医師がインタビュー調査に参加した。・「意味」を感じると思う仕事は以下の6つだった。(1)多様な健康問題への対応(2)患者・家族・問題への包括的アプローチ(3)継続性によって築かれる患者との信頼関係(4)専門職間連携による複雑な問題を抱える患者の支援経験(5)医療従事者・医学生教育への貢献(6)地域社会・社会への貢献 研究グループは、この結果から「PCPは主に2つの経路を通じて仕事に意味を見いだしている。第一に、実践を通じ自身の臨床能力を向上させること、第二に、患者さんやより広い地域社会への貢献を通じて充実感を経験することである。仕事の意味に関連するPCPの具体的な経験を明らかにすることは、さまざまな環境で働くPCPを鼓舞する可能性がある」と結論付けている。

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老いの心、寂しさと怒りの二人三脚【外来で役立つ!認知症Topics】第35回

認知症医療は「知」に偏っていないか?認知症のことを以前は「痴呆」といった。「痴」とは病ダレに「知」と書くことから、これは知性の病を意味している。しかし、この病気には感情や意志・意欲面の症状もみられる。それなのに認知症医療においては、この「知」ばかりが重視され過ぎているのではないかと、筆者は思うようになった。心理学や精神医学の領域では、人間の基本的な精神活動を意味する「知情意」という言葉が使われる。「知」とは「知性や知恵」を、「情」とは「喜怒哀楽などの感情」で、「意」は「意欲や意志」を指す。哲学者カントによれば、この3要素は相互に関係し合っており、それらのバランスを保ち調和させることが、人格形成や人間性の向上をもたらすとされる。この考え方が「知情意」にまとめられている。ところで認知症に関する情報媒体は、主に2つに分けられると思う。まずは本稿もその1つだが、症状や検査、治療法などを扱う医学的な記述である。これは知能とか記憶という「知」を主として扱うから、当事者や家族の「情」や「意」からみた認知症の記載は概して乏しい。もう1つは、『恍惚の人』(有吉 佐和子著)のような文学、『ケアニン』シリーズ、『毎日がアルツハイマー』(関口 祐加監督)のような映画という芸術媒体もある。こうした芸術は当事者や家族の「情」や「意」を描くが、そう多いものではないから、社会一般に浸透するのは難しい。「老い≒寂しさ」という本質筆者は、高齢者や認知症者の臨床活動において、心得るべき根本は「老≒寂しさ」ではないかと思う。この「寂しさ」とは、高齢者が経験する退職、死別、病、老いなどがもたらす活動範囲の狭まりや社会的孤立と捉えられがちだ。しかしその本質は、「相手が期待するほど自分のことを思ってくれていない」と感じることかもしれない。逆に、この寂しさを癒すポイントは、高齢者が「次世代から受け入れられたと感じること」、つまり承認欲求が満たされることだろう。高齢者の二面性:「老の知」と「不機嫌」敬老の日があるように、高齢者は敬うべき対象とされている。敬われる理由は、高齢者には実経験や「老の知」があるからだといわれてきた。たとえば40年前に活躍したジャーナリスト草柳 大蔵氏は、老人の価値を次のようにまとめている。「老人には老人の値打ちがある。成功と失敗の情報を実例として蓄積している。後輩の失敗を温かく見守り、才能を伸ばしてやり、対立や抗争のエネルギーを修復してもっと有効な対象に向けさせることができるのも老人であればこそである」ところが、その裏の面もある。要約すれば「寂しさ」と「怒り・不機嫌」だろう。医師の日野原 重明氏は、75歳頃に次のように述べている1)。「人は老いるにつれ、心の柔軟性がなくなって頑なになり、他との妥協を許さず、気も短くなって、怒りやすくなる。一方、何でもマイペースでしたくなる。人間が老いるまでに平素から自制心と協調心を十分に身につけていない限り、老人は社会や家庭から孤立する」筆者の穿った見方ながら、後期高齢の域に達した日野原氏が、自戒を込めて著された言葉かもしれない。また、宗教評論家のひろ さちや氏は、これに関して、「店で少しでも待たされると腹が立つ」というご自身の経験を踏まえて、次のように述べている2)。「年を取ると欲望(支配欲や性欲等)は小さくなる。しかしたとえば、『他人から大事にされたい』といった老人特有の小さな欲望が常に膨れ上がっている。だから逆に少しでもないがしろにされると、すぐにかっとなる」老人が不機嫌であったり怒りっぽかったりする理由はさまざまだろう。できないことが増える現実を受け入れたくない、ふがいない情けない自分に腹が立っている、などである。筆者自身は、とくに男性の場合、十把一絡げに扱われたと感じたときなど、「『この誇り高き俺』に対するリスペクトが足りない!」と反射的な怒りが炸裂しやすいと見てきた。寂しさと怒りの「悪循環」さて、本稿が注目するのは、「寂しさ」と「怒り」の関係だ。このポイントは、両者が互いに相乗効果を持つことである。逆説的かもしれないが、怒りは心の奥底にある寂しさを、自分にも他人にも隠す「仮面」のようだ。というのは、いつも寂しさを感じている人は、それを恥じたり、満たされない思いに沈んだり、さらに「自分は除け者にされている」と感じている。こうした負の感情を、「怒る」ことで隠すから仮面である。また怒りは、自分に束の間のパワーを感じさせ、征服感をもたらすこともある。そうなれば、刹那であっても、孤独感に伴う孤立無援の気持ちや無力感から救われる。その反面、怒りは、寂しい本人と周囲との間に「壁」を作り、寂しさを増強する。つまり人は寂しさを感じるとき、「自分は世間から軽蔑されていないか?」あるいは「自分は誤解されているのではないか?」と過敏になるものだ。その結果、イライラしやすく、憎まれ口を利き、喧嘩腰にもなる。こうなると他人との間の溝はさらに広がり、寂しい人はその孤独感をより深めてしまう。以上が、寂しさと怒りの相乗効果あるいは悪循環である。問題は、この寂しさや怒りの気持ちを抑えるために、本人はどうするか?そして、われわれはどう対応するか?である。紙面の関係で今回はここで終了とするが、次回につなぐ接点を挙げておく。俳優の山本 學氏は、対談の中で、ご自身の寂しさへの対応法として次のように語っている3)。「歳を重ねて一人暮らしをしていると、急に寂しくなるときがあります。そういう時にはね、思い切って泣く。声を上げておいおいと泣くんですよ。」参考文献1)日野原 重明. 老いの意味するもの 老いのパラダイム(老いの発見2). 岩波書店;1986.2)ひろ さちや. 諸行無常を生きる(角川oneテーマ21). 角川書店;2011.3)山本 學, 朝田 隆. 老いを生ききる 軽度認知障害になった僕がいま考えていること. アスコム;2025.

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ESMO2025 レポート 乳がん(早期乳がん編)

レポーター紹介2025年10月17~21日にドイツ・ベルリンで開催された欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)では、3万7,000名を超える参加者、3,000演題弱の発表があり、乳がんの分野でも、現在の標準治療を大きく変える可能性のある複数の画期的な試験結果が発表された。とくに、抗体薬物複合体(ADC)、CDK4/6阻害薬、およびホルモン受容体陽性乳がんに対する新規分子標的治療に関する発表が注目を集めた。臨床的影響が大きい主要10演題を早期乳がん編・転移再発乳がん編に分けて紹介する。[目次]早期乳がん編ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん1.monarchEHER2陽性乳がん2.DESTINY-Breast053.DESTINY-Breast11トリプルネガティブ乳がん4.PLANeTその他5.POSITIVEホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん1.monarchE:HR陽性/HER2陰性早期乳がん患者における術後療法の全生存期間の改善効果monarchEは、高リスクホルモン受容体陽性(HR+)、HER2陰性早期乳がん患者における術後療法の有効性を評価する第III相ランダム化試験である。5,120例が内分泌療法単独または2年間のアベマシクリブと内分泌療法の組み合わせにランダム割付された。高リスク患者は、腋窩リンパ節≧4個陽性、または1~3個陽性で組織学的グレード3および/または腫瘍径≧5cm、あるいはKi67≧20%と定義された。中央値76ヵ月のフォローアップで、アベマシクリブ+ホルモン療法はホルモン療法単独と比較して、死亡リスクを15.8%低下させた(ハザード比[HR]:0.842、p=0.0273)。7年時点での無浸潤疾患生存(iDFS)イベントリスクの低下は26.6%(名目上のp<0.0001)、無遠隔再発生存(DRFS)イベントリスクの低下は25.4%(名目上のp<0.0001)であった。約7年追跡時点で、標準内分泌療法+アベマシクリブ群の全生存(OS)率は86.8%、内分泌療法単独群は85.0%であり、絶対差は1.8%であった。これらの成績は、アベマシクリブ中止後も長期間持続し、乳がん術後内分泌療法におけるCDK4/6阻害薬併用が微小転移性疾患を持続的に抑制する可能性を示している。術後治療でHR陽性HER2陰性乳がんのみに限定して、全生存期間の改善を示した臨床試験は限られており、その意味でも非常に意義深い結果である。HER2陽性乳がん:T-DXdの“治癒可能”病期への本格進出2.DESTINY-Breast05:HER2陽性乳がん再発高リスク患者における術前薬物療法後に残存病変を有する症例に対するトラスツマブ デルクステカンの追加効果の検証DESTINY-Breast05は、術前薬物療法後に非pCR(残存浸潤病変を有する)の高リスクHER2陽性早期乳がん患者を対象とした、第III相ランダム化試験である。本試験では、トラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)と、標準治療であるトラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)を比較した。1,635例が登録され、3年iDFS率はT-DXd群92.4%(95%信頼区間[CI]:89.7~94.4)に対し、T-DM1群83.7%(95%CI:80.2~86.7)であった。浸潤性再発または死亡のリスクはT-DXd群で53%減少した(HR:0.47、95%CI:0.34~0.66、p<0.0001)。Grade3以上の有害事象発生率は両群でほぼ同等であった(T-DXd群50.6%、T-DM1群51.9%)。ただし、薬剤性間質性肺疾患(ILD)はT-DXd群でより多く報告され(9.6%vs.1.6%)、2例の致死例(Grade 5)が認められた。左室機能障害は低率であった(1.9%)。これらの結果は、T-DXdが治癒を目指す術前療法領域に進出しうることを示唆しており、高リスク残存病変例における新たな標準治療候補として位置付けられる。さらに、本試験結果を実臨床で運用する上でのILDの評価と早期介入が必要であることを示唆した。DB-05とKATHERINEの患者対象の違いは以下のとおり。画像を拡大する3.DESTINY-Breast11:HER2陽性乳がんにおける術前抗がん剤治療におけるアントラサイクリン除外戦略DESTINY-Breast11は、高リスクHER2陽性早期乳がんに対し、アントラサイクリン非使用戦略を評価した第III相試験である。T3以上、リンパ節転移陽性、または炎症性乳がんを対象に、640例がT-DXd-THP(T-DXd単独→パクリタキセル+トラスツズマブ+ペルツズマブ)群またはddAC-THP(ドキソルビシン+シクロホスファミド→THP)群に割り付けられた。pCR(病理学的完全奏効)割合はT-DXd-THP群で67.3%、ddAC-THP群で56.3%(差:11.2ポイント、95%CI:4.0~18.3、p=0.003)であった。ホルモン受容体状態にかかわらず一貫した傾向を示した。無イベント生存期間(EFS)ではT-DXd-THP群に有利なトレンドがみられた(HR:0.56、95%CI:0.26~1.17)。有害事象(Grade≧3)はT-DXd-THP群で37.5%、ddAC-THP群で55.8%と低率で、左室機能障害も少なかった(1.9%vs.9.0%)。ILDの発生は両群で低頻度かつ同等であった。この結果から、HER2陽性乳がんの周術期治療としてアントラサイクリンの使用が必須ではないことが示唆され、T-DXdを基盤とする新術前療法が高い奏効割合と毒性の低減を両立しうることが検証された。とくに海外においては、アントラサイクリン系抗がん剤の使用に対する忌避が強く、カルボプラチンとドセタキセル併用のレジメンが中心となってきているが、今回の結果はアントラサイクリン系の省略に向けたさらなる示唆を提示した。早ければ来年度中に、本邦でもDB05、DB11レジメンが適応拡大される可能性がある。先のDB05と相まって、いずれも選択可能となった場合に、術前療法でT-DXdを使用するのか、EFSなど長期成績がT-DXd群で改善することが証明されてからDB11が運用されていくべきなのか、pCR割合の改善をもって標準治療としてよいと考えるか、現在議論になっている。画像を拡大するトリプルネガティブ乳がん4.PLANeT:TNBCの周術期治療における低用量ペムブロリズマブの併用PLANeTは、インド・ニューデリーのがん専門施設単施設において実施された第II相ランダム化試験である。StageII~IIIのトリプルネガティブ乳がん(TNBC)患者に対して、標準的術前化学療法に「低用量ペムブロリズマブ(50mg/6週間ごと×3回)」を併用する群vs.化学療法単独群(dose dense AC療法とdose denseパクリタキセル療法)の比較であった。主要評価項目は術前化学療法+低用量ペムブロリズマブ併用群と化学療法単独群のpCR割合の比較であり、副次評価項目にiDFSやQOLが含まれていた。すでに、TNBC患者に対する周術期治療におけるペムブロリズマブの通常用量(200mg/3週間ごとなど)の併用は、KEYNOTE-522試験においてpCR割合、EFS、OS改善が証明されており、標準治療となっている。一方で、低〜中所得国・医療資源制限環境では高額薬剤/免疫療法アクセスが課題となっており、“低用量併用”戦略がコスト・アクセス面で代替案になりうる可能性が検討されている。本試験では、157例が各群に割り付けられ(低用量併用群78例、対照群79例)、治療が実施された。ITT解析でのpCR割合は低用量併用群53.8%(90%CI:43.9~63.5)、対照群40.5%(90%CI:31.1~50.4)、絶対差:13.3%(90%CI:0.3~26.3、片側p=0.047)であり、ペムブロリズマブ低用量併用による、統計学的有意なpCR割合の改善が示された。また、有害事象としても、Grade 3以上の有害事象は低用量併用群50%、対照群59.5%で、重篤毒性はむしろ低率であった。とくにirAEとして、甲状腺機能障害は低用量併用群10.3%と、KEYNOTE-522試験よりも低めであった。ただし、低用量併用群で1例の治療関連死亡(中毒性表皮壊死症)が報告された。本試験はフォローアップ期間・無病生存データ・最終OSデータなどはまだ不十分で、「仮説生成的(hypothesis‐generating)」段階であるものの、コスト・アクセス改善(低用量による医療経済性改善)を重視した設計であり、とくに資源制約のある地域で免疫療法併用治療を普及させる可能性が示唆された。ただ、問題としてはペムブロリズマブ50mgという投与量が十分か? という科学的根拠はほとんどない様子であり、KEYNOTE-522試験レジメンが使用可能な国における標準治療に影響を与えるものではない。その他5.POSITIVE:妊娠試みによる内分泌療法中断の予後や出産児に与える影響の検討POSITIVE(Pregnancy Outcome and Safety of Interrupting Therapy for young oNco‐breast cancer patients)は、若年HR+乳がん患者において、術後内分泌療法を一時中断して、再発リスクを増やさずに妊孕(妊娠を試みること)可能かを検証した前向き試験である。ESMO Congress 2025では、5年フォローアップ成績が報告されており、“妊娠試みによる内分泌療法中断”が少なくとも5年時点では再発リスクを有意に増加させていないという結果が報告された。518例のHR陽性 StageI~III乳がん患者が、術後18~30ヵ月内分泌療法を継続した後、最大2年間の内分泌療法中断で妊娠を試み、その安全性と妊孕性、再発への影響を評価された。登録時の平均年齢は35~39歳が最多。対象の75%は出産歴がなく、62%が化学療法も受けていた。5年乳がん無発症割合(BCFI)は、POSITIVE群12.3%、外部対照のSOFT/TEXT群13.2%と差は−0.9%(95%CI:−4.2%~2.6%)であった。5年無遠隔再発率(DRFI)はPOSITIVE群6.2%、SOFT/TEXT群8.3%(差:−2.1ポイント%、95%CI:−4.5%~0.4%)で、内分泌療法一時中断による再発・転移リスク増加は認められなかった。HER2陰性のサブ解析でも同様の結果。年齢やリンパ節転移、化学療法歴などで層別しても有意差なしだった。試験期間中、76%が少なくとも一度妊娠し、91%が少なくとも一度生児出産。365人の子供が誕生した。出生児の8.6%が低出生体重、1.6%が先天性欠損だったが、これは一般母集団と同等であった。また、ART(胚・卵子凍結など)を利用した女性でも再発リスクは非利用者と同等であり、母乳育児も高率で実現し、安全であることも確認された。内分泌療法中断後、82%が内分泌療法を再開した。POSITIVE試験は、妊娠希望のHR陽性乳がん女性が、内分泌療法を最大2年中断して妊娠・出産しても短期再発リスクは増加しないこと、妊娠やART、母乳育児の成績・安全性も良好で、安心材料となるエビデンスを提供しており、患者さんへのShared decision makingに非常に役立つ結果であった。

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第289回 「会社の寿命は30年」、では病院の“寿命”は?(中編)経営者の代替わりを円滑に行い、医療環境の変化に常に柔軟に対応していかなければ、どんなブランド病院も“寿命が尽きる”

財政制度等審議会分科会が診療所の経常利益率の高さを強調、恒例のバトルが今年もスタートこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この季節恒例のバトルが今年も始まりました。財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会の分科会は11月5日、2026年度予算の編成に向けた秋の初会合を開き、社会保障分野について、病院の経常利益率が0.1%に留まるのに対し、開業医などの診療所は6.4%と中小企業平均よりも高く、診療報酬改定の対応にメリハリが必要と指摘しました。11月6日付の日本経済新聞などの報道によれば、分科会長代理を務める増田 寛也氏は記者会見で「『診療所は経営余力があり、そこでメリハリをつけて改革していく必要がある』との意見が共通して出たと紹介した」とのことです。これに対し、日本医師会会長の松本 吉郎氏は11月6日の記者会見ですぐさま反論を行いました。同日付のm3.comなどの報道によれば、財務省資料における「病院に比べ、診療所が高い利益率を維持している現状を踏まえ、病院への重点的な支援のため、診療所の報酬の適正化が不可欠」との記載について、「怒りでしかない」と切り捨てると共に、「このままでは人材流出と経営悪化により医療・介護提供体制が維持できなくなるという危機感が全く感じられないことは、極めて遺憾であり、強く抗議する」と反論、医療費や保険料などの「総論」、かかりつけ医機能の評価などの「各論」に対して、それぞれ5点を挙げて批判を行ったとのことです。恒例行事とも言える財務省と日本医師会のバトルですが、今年は日本維新の会が自民党との連立政権に加わったことで、診療所院長が主な構成員である日本医師会にとってはいつになく厳しい状況となっています。日本維新の会の吉村 洋文代表も、 4日までに公開したYouTube動画の中で、中央社会医療協議会の委員構成について 「医師会がすごく力を持っている」とし、委員構成を多様化することで 「診療報酬の在り方自体を変えていくべきだ」と述べ、日本医師会を強く牽制しています。高市 早苗政権下における診療報酬改定では、これまでなかなか手が付けられなかった診療所の診療報酬にメスが入るのでしょうか……。今後の方向性については、財政制度等審議会がまもなくまとめる「秋の建義」が出てから改めて書いてみたいと思います。「対等合併」のはずが市主導で話が進み母恋側に不信感さて、前回に引き続き、日鋼記念病院や札幌市東区の天使病院を運営する社会医療法人母恋(室蘭市)が一般社団法人徳洲会(東京都千代田区)の傘下に入ったニュースを取り上げます。母恋の有賀 正理前理事長は、徳洲会入りを発表した記者会見の席で、日鋼記念病院と市立室蘭総合病院の統合協議の中で、地域経済活性化支援機構が提示した統合案について「(母恋から)ガバナンスが取り上げられ、人員削減も行われると読み取った。従えなかった」と述べたとのことです。今回の統合案、「対等合併」と表向きは言われていたものの、どうやら室蘭市主導で話が進み、そうした動きに対し、母恋側が強い不信感を抱いていたようです。その不信感が徳洲会の傘下入りにつながったわけですが、それは一方で、市立室蘭総合病院の存続にも大きな影響を及ぼすことになりそうです。日鋼記念病院の徳洲会傘下入りによって、市立室蘭総合病院は一転、廃院の可能性高まる日鋼記念病院側としては徳洲会の傘下になったことで、資金面や人材面での不安が解消され、かついろいろな経営ノウハウも導入できます。統合計画そのものがまだなくなったわけではありませんが、その緊急性は薄らいだと言えるでしょう。一方の市立室蘭総合病院としては、統合が長引けば経営悪化のまま病院経営を続けなければならず、市の財政はどんどん悪化していきます。市と母恋の立場は一気に逆転したわけです。何やら、日本ハムファイターズと、札幌ドームを経営していた札幌市との軋轢(結局、札幌市は日ハムに逃げられ、赤字必至のドームを抱えることに)を思い出します。10月17日付の読売新聞の記事は、「市が発表した25年度予算案で、市立病院の赤字が過去最大の19億8,000万円に上り、年度末には約38億円の資金不足になる見通しが示された(中略)。市立病院と組合側は医師を除く職員・看護師の賃金を9%カットすることで合意。これにより年度末までに5億8,500万円の経費削減が見込まれる(中略)。さらに市は9月定例市議会で、市立病院の赤字が現状のまま続けば市の全会計の実質赤字比率が早期健全化基準の17%を超える見通しを明らかにした。基準を超えると市独自の施策ができず、市民生活に大きな影響が出る」と書いています。日鋼記念病院の徳洲会傘下入りによって、市立室蘭総合病院は一転、廃院の可能性が極めて高くなったと言えるかもしれません。カリスマ的経営者、故・西村氏がさまざまな経営改革を敢行した日鋼記念病院ところで、一昔前の病院経営者にとって日鋼記念病院は全国区のいわゆるブランド病院でした。それはカリスマ的経営者、故・西村 昭男氏がさまざまな経営改革を敢行した病院だったからです。西村氏は、1978年に北海道大学医学部から室蘭に赴任し、経営が厳しかった日本製鋼所病院を立て直し、1980年には医療法人社団日鋼記念病院として独立させました。同病院は3次救急まで対応する北海道内トップクラスの医療機関に成長、その経営手法は1980~90年代に多くの医療経営誌などで紹介されました。さらに西村氏は、北海道家庭医療学センターを設立し家庭医の育成をスタートさせたり、道内初の緩和ケア病棟を開設したりするなど、地域医療の質向上にも尽力しました。医療法人社団カレス アライアンスと経営母体の名称を変えた後、2007年に西村氏は内紛でカレスを追われましたが、その後も札幌市に本拠を置く特定医療法人社団カレスサッポロの理事長として、北光記念病院、時計台記念病院などの経営に携わりました。そんなカリスマ的経営者が礎を作った日鋼記念病院が徳洲会傘下になるとは、時代の変化を感じざるを得ません。前述した室蘭市の3病院のうち、「高度急性期・急性期医療」を担うことになったのが、社会医療法人 製鉄記念室蘭病院だという事実からも日鋼記念病院がかつての輝きを失っていたことがうかがい知れます。ちなみに、製鉄記念室蘭病院は2026年度採用の初期臨床研修医の研修先を決める医師臨床研修マッチングで道内2位、14名の定員枠を充足し、9年連続フルマッチという超人気病院となっています。病院にも当てはまる「会社の寿命は30年」説ここで、「会社の寿命は30年」という有名なフレーズについて簡単に説明しておきます。その起源は、1983年に経済誌『日経ビジネス』が特集記事「企業は永遠か」の中で使った言葉とされています。その意味するところは、「創業から30年で会社が倒産・消滅する」ということではなく、多くの企業には成長・成熟・衰退のライフサイクルがあり、その周期は概ね30年ほどだということです。100年間の日本の上位企業100社ランキングに基づく分析で、ランキングに入り続けた期間が平均30年未満だったという調査結果に基づいています。「会社の寿命は30年」というフレーズはまた、「一つの会社・事業は永遠には続かない」「企業の存続には不断の革新が不可欠」という教訓的意味合いでも使われています。同じことは病院にも言えそうです。1990年代に栄華を誇った日鋼記念病院が、約30年の時を経て徳洲会傘下になるとは、誰が予想できたでしょう。経営者の代替わりを円滑に行い、社会や医療環境の変化に常に柔軟に対応していかなければ、どんなブランド病院であってもその経営は瞬時に行き詰まり、”寿命が尽きる”ということを日鋼記念病院のケースは教えてくれます。かたや日鋼記念病院を傘下に収める徳洲会は「第225回 徳田虎雄氏死去、地域医療にもたらしたインパクトとその功績を考える(後編)」でも書いたように、徳田 虎雄氏亡き後も着実に成長・拡大を続けています。徳洲会は地域医療の展開には定評があります。ひょっとしたら、日鋼記念病院はこれまでとはまったく違ったコンセプトの病院として生まれ変わるかもしれません。全国の多くの病院が苦境に陥っている中、比較的“筋”がいい病院は、徳洲会のような巨大病院グループの傘下になる、というケースはこれから増えていくでしょう。筆者の下にも最近、「ある大病院と徳洲会の交渉が進んでいるようだ」という話が飛び込んできました。まだ噂話の段階ですが、確証が得られたら本連載でもいずれ紹介したいと思います。次回は、「 『会社の寿命は30年』、では病院の“寿命”は?」最終回として、やはり栄華を極めた西日本のある医療機関のケースを取り上げます。(この項続く)

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第37回 ありふれた転倒が引き起こす「見逃せない頭部外傷」【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)転倒は「ありふれた外傷」ではない! 2)初診時のCT所見が正常でも油断は禁物!3)慢性硬膜下血腫は予後良好とは限らない!【症例】80歳男性。施設職員が部屋を訪れると、ベッド上で普段と様子が異なる状態を発見した。しばらく様子をみていたが、症状が改善しないため、職員の付き添いのもと車椅子で外来を受診した。●受診時のバイタルサイン意識E4V4M5/GCS血圧142/90mmHg脈拍78回/分(整)呼吸18回/分SpO296%(RA)体温36.6℃瞳孔3.5/3mm +/+頭部外傷の現状救急外来では外傷患者を診療する機会が多いですが、その多くは激しい交通事故ではなく、高齢者の自己転倒です。自宅や路上でつまずいて転倒し、体動困難のため受診し、精査の結果、大腿骨近位部骨折と診断される症例は非常に多いと思います。そして、それ以上に多いのが頭部外傷です。外傷症例の約3分の1が頭部外傷であり、とくに75歳以上の高齢者ではその頻度が非常に高いのが現状です1)。高齢者が平地で転倒し、頭部を打撲して救急外来を受診するケースは日常的に見られます。その多くは軽症頭部外傷(Glasgow Coma Scale [GCS]14~15)です。頭部外傷の診療では、Canadian CT Head Rule(CCHR)などを参考に頭部CT検査の必要性を判断することが一般的です。しかし、CCHRはもともと「意識障害、意識消失、健忘を認める症例」を対象としており、それに満たない症例では個別の判断が求められます。わが国ではCT機器が広く普及し、また初療を担当する医師が研修医や非専門医であることも多いため、頭部CT検査が比較的多くオーダーされているのが現状です。もちろん、検査の必要性を常に考慮することは重要ですが、患者自身が画像検査を希望する場合も少なくありません。そのため、「不要だから撮らない」と突き放すよりも、検査の意義や限界を丁寧に説明し、納得のうえで方針を決定することが望ましいといえます。中等症以上の頭部外傷(GCS≦13)*ではCT検査後に入院管理となることが多いですが、軽症頭部外傷の場合には帰宅となるケースが多いでしょう。その際、今後起こり得る合併症として慢性硬膜下血腫(CSDH)の可能性を説明することが多いと思いますが、どのような点を意識して説明しているでしょうか。具体的な数値とともに整理しておきましょう。*わが国では頭部外傷のうちGCS14~15点を軽症頭部外傷と定義しますが、海外では13~15点を軽症と分類しています。軽症頭部外傷後の頭蓋内出血リスクとその経過軽症頭部外傷患者で頭部CT検査を行い、とくに異常所見が認められなかった場合、その後に頭蓋内出血を新たに認めることは、どの程度あるのでしょうか。慢性硬膜下血腫は、頭部外傷後数週間を経て発症するものと定義されていますが、それより早期に頭蓋内出血を生じる場合があります。外傷直後のCT検査で異常を認めないにもかかわらず、数時間から数日後に新たに出血を呈する病態を「遅発性頭蓋内出血」と呼びます。この遅発性出血の発生率はおおむね0.3%程度であり、発症までの期間は3~5日が一般的な数字です。抗血栓薬服用の有無で発生率に有意差はなく、これらの結果からルーティンの入院や再CT検査は不要とされています2)。一方、初診時に急性硬膜下血腫(ASDH)を認めた患者(平均71.4歳、男性56.7%)では、慢性硬膜下血腫への移行率は約5.5%と報告されています。抗凝固薬の使用や、初回入院時に穿頭ドレナージを受けたか否かは有意な関連を示しませんでした3)。さらに、慢性硬膜下血腫に対して穿頭ドレナージを施行した症例を対象とした解析では、急性硬膜下血腫の約12~13%が慢性硬膜下血腫へ移行していたと報告されています4)。また、慢性硬膜下血腫症例のうち、画像上で急性硬膜下血腫を先行していたものは37%に過ぎず、残り63%は急性期出血を伴わず発生しているとの報告もあります5)。すなわち、初診時の頭部CTで異常を認めない場合、早期に出血を生じることは極めてまれです。しかし、その後に慢性硬膜下血腫へと移行するか否かは、初期血腫量や抗血栓薬使用、基礎疾患などの要因により異なり、経過を丁寧に追わなければ判断が難しいといえるでしょう。慢性硬膜下血腫の実像慢性硬膜下血腫と聞くと、高齢者が頭部外傷後に意識変容や歩行障害を認め来院し、穿頭ドレナージ術を行い帰宅。比較的予後が良い疾患に感じるかもしれませんが、本当にそうでしょうか?わが国の慢性硬膜下血腫の現状をお伝えしておきましょう。平均年齢は76歳、男性が68%と多くを占めます。70歳以上が78%を占め、とくに80歳代が37%と最多です。90%以上が穿頭ドレナージを受け、開頭術を要したのは1.5%でした6)。意識障害は54%に認められ、加齢とともに頻度が増加します。高齢者の意識障害の原因として脳卒中などを含めた神経救急の割合は20%程度ですが、急性経過の意識障害では慢性硬膜下血腫も重要な鑑別疾患の1つです。高齢化が進むわが国においては、「なんとなく普段と違う」といった訴えであっても、慢性硬膜下血腫を念頭に置く必要があります。もちろん、症状を説明しうる他の原因がある場合には過度に懸念する必要はありませんが、外傷歴がない、あるいは確認できないからといって安易に否定してはいけません。退院時に予後良好(mRS**0~2)であったのは全体の72%にとどまり、すなわち約3割は介助を要する状態です。けっして「予後良好」とは言えず、年齢とともに悪化傾向を示します。自宅退院率は70歳未満では90%以上ですが、80歳代では約30%に低下します6)。**modified Rankin Scale(mRS):脳卒中などの後遺症による日常生活動作の自立度を0~6の7段階で評価するスケールです。0は「症状なし」、6は「死亡」を意味します。1~2は軽度の後遺症で自立生活が可能、3~5は介助を要する段階を示します。最後に「頭部外傷の経過観察は丁寧に」慢性硬膜下血腫は、けっして「軽い病気」ではありません。高齢化の進行とともに、その発症頻度は今後さらに増加していくと考えられます。高齢者は筋力や視力の低下に加え、基礎疾患や多剤内服を抱えていることが多く、転倒リスクが常に存在します。転倒後の対応はもちろん重要ですが、そもそも転倒を防ぐための予防的な取り組みこそが最も効果的です。医療現場では、頭部CT検査の撮影閾値がやや低くなることは止むを得ませんが、受傷機転を丁寧に確認し、CT検査で異常を認めなくても「時間を味方につけた対応」を意識することが大切です。小さな転倒が大きな転帰を左右することがあります。だからこそ、「ありふれた外傷」を軽視せず、経過を丁寧に見守る姿勢が求められます。 1) Shibahashi K, et al. World Neurosurg. 2021;150:e570-e576. 2) Chenoweth JA, et al. JAMA Surg. 2018;153:570-575. 3) Wasfie T, et al. Am Surg. 2022;88:372-375. 4) Liebert A, et al. Neurosurg Rev. 2024;47:247. 5) Edlmann E, et al. J Neurotrauma. 2021;38:2580-2589. 6) Toi H, et al. J Neurosurg. 2018;128:222-228.

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新しい肥満の定義で米国人の7割近くが肥満に該当

 肥満の新しい定義により、肥満と見なされる米国人の数が劇的に増加する可能性があるようだ。長期健康調査に参加した30万人以上を対象にした研究で、BMIだけでなく、余分な体脂肪に関する追加の指標も考慮した新たな肥満の定義を適用すると、肥満の有病率が約40%から70%近くに上昇することが示された。米マサチューセッツ総合病院(MGH)の内分泌学者であるLindsay Fourman氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に10月15日掲載された。 Fourman氏は、「肥満が蔓延しているだろうと考えてはいたが、これほどとは予想していなかった。現在、成人人口の70%が過剰な脂肪を持っている可能性があると考えられるため、どの治療アプローチを優先すべきかについての理解を深める必要がある」とニュースリリースで述べている。 これまで、肥満はBMIにより定義されてきた。しかしBMIでは、例えば、筋肉量の多いボディビルダーが肥満と判定されるなど、体重と脂肪や筋肉の量が区別されないため、理想的な数値とは言えないことが指摘されている。一方、ウエスト周囲径、ウエスト身長比、ウエストヒップ比などの新たに開発された指標により、人の体脂肪をより正確に評価し、肥満度を計算する動きも出てきている。 最近、Lancet Commission(ランセット委員会)が新たに提案した肥満の定義では、1)従来のBMIの肥満閾値を超え、かつウエスト周囲径やウエスト身長比などの身体測定値が1つ以上高値であるか、BMIが40超、2)BMIは肥満閾値を下回るが2つ以上の身体測定値が高値のいずれかに該当する場合、臓器機能障害や身体的制限の有無によって、肥満を臨床的肥満(過剰な脂肪が臓器や組織に悪影響を及ぼしている)と、前臨床的肥満(体脂肪は過剰だが臓器は正常に働いている)に分類する。研究グループによると、米国心臓協会(AHA)や米国肥満学会など少なくとも76団体がこの定義を支持しているという。 今回の研究でFourman氏らは、米国立衛生研究所(NIH)が主導するAll of Us Research Programの参加者データを用いた前向きコホート研究を実施し、この新しい肥満の定義が臨床上どのような意味を持つのかを検討した。対象は、2017年5月31日から2023年9月30日の間に身体測定データがそろっていた30万1,026人(平均年齢54歳、女性61.0%)であった。 その結果、肥満に分類された人の割合は、従来の定義では42.9%(12万8,992人)であったのが、新しい定義では68.6%(20万6,361人)に増えることが明らかになった。臨床的肥満に分類されたのは10万8,650人(36.1%)であった。また、肥満ではない人と比較すると、肥満者では臓器機能障害のオッズが高く、オッズ比はBMIと身体測定値に基づく肥満者で3.31、身体測定値のみに基づく肥満者で1.76であった。さらに、臨床的肥満者では肥満のない人または臓器機能障害のない人に比べて、糖尿病(調整ハザード比6.11)、心血管イベント(同5.88)、全死因死亡(同2.71)のリスクが高いことも示された。 Fourman氏は、「BMIが正常でも腹部に脂肪が蓄積している人は健康リスクが高まることが分かってきているため、過剰な体脂肪を特定することは極めて重要だ。大切なのは体組成であり、体重計の数値だけが問題ではない」と述べている。 本研究には関与していない、米サウスショア大学病院のArmando Castro-Tie氏は、「この新しい肥満の定義によって、必要な人に医療が届き、肥満関連の慢性疾患を発症する前に余分な体重を減らすことができるようになる」と述べている。同氏は、「肥満の真の定義や肥満者がどのような人なのかについての理解を深めるための研究はかなり遅れている。これらが明らかになれば、さまざまな人口集団における異なるレベルの肥満に対して本当に効果的なアプローチは何なのかを探る、より的を絞った研究ができるようになるだろう」とコメントしている。

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抗うつ薬は体重を増やすか?(解説:岡村毅氏)

 精神科の外来では、対話から患者さんの症状を探る。うつ病の診察で最も有効なのは「眠れてますか」「食べられてますか」であろう。頑張ったらよく眠れるとか、頑張ったら食欲が湧いてくるものではないので、かなり客観的に患者さんの状態を把握できる。 意外かもしれないが、「どういったストレスがありますか」は、最重要ではない。意味がないとは言わないが、患者さんの理解や世界観に沿った長い物語が展開することが多く、まず知りたいことではない。 さて、治療が進むと、患者さんたちは、よく眠り、よく食べるようになる。それは良いのだが、女性の患者さんからは「体重が増えて困ってます」と言われることがしばしばある。女性は体重をモニターしている人が多いからと思われる。そうなると、「抗うつ薬で体重は増えるのだろうか?」「どの抗うつ薬で増えるのだろうか?」と考えるのは自然だ。 星の数ほどある抗うつ薬のどれを使うのがよいのか、という課題に対して、今や古典ともなった2009年のLancet誌の「MANGAスタディ」では、ネットワークメタ解析を用いて「効果」と「許容性」のバランスがよいのはセルトラリンとエスシタロプラムだと喝破した。同じようなネットワークメタ解析の手法で、抗うつ薬の身体への影響を調べたものが本研究である。 結果を見ると、確かに抗うつ薬の間で身体への影響には差があることがわかる。とはいえ、個人的には体重と心拍数以外は臨床的に意味のあるものはないと感じた。 心拍数は、面白いくらいに薬理学の教科書どおりの結果だ。つまり三環系抗うつ薬では軒並み上がる。ノルアドレナリン再取り込み阻害、抗コリン、α1遮断といった効果によるものだろう。とはいえ、三環系抗うつ薬はもはや臨床では絶滅危惧種になっており、あまり影響はなさそうだ。 問題は体重である。最も体重増加が多そうなのはマプロチリン(四環系抗うつ薬、こちらも希少種になっている)であり、2kg以上の体重増加が48%に、2kg以上の体重減少は16%にみられる。現役でよく使われる抗うつ薬では、セルトラリンは増加が31%、減少41%、エスシタロプラムは増加が38%、減少40%である。マスで見たら、体重増加はなさそうだ。 ただ気を付けねばならないのは、疫学研究と個別の患者さん個人の体験は、まったく次元が異なるということだ。「エビデンス上はあまり増えませんよ」と言うだけでは大失敗するだろう。患者さんが自分の身体健康あるいは見られ方を真剣に考えて、体重が増えていることを心配している場合は、しっかり対応しないと内服を自己中断したり、通院を自己中断してしまうリスクがある。その場合、もちろん再発してしまうリスクがある。 私の場合は、適宜血液検査などをするのが前提ではあるが、・体重増加は精神科薬物治療ではとても重要な課題。あなたの心配はまったく正しい! ただね、非定型抗精神病薬とかが最も気を付けないといけない薬で、このお薬はそれほどではないのでもう少し様子を見てみよう(エビデンス重視の説明)・今はうつ病の症状としての食思不振が改善していると考えたい。クスリが合っているのだ、ともいえる。だから安心して! しっかり回復したら抗うつ薬は中止するので今はまずはうつ病のほうに取り掛かろう(治療目標を明確にする説明)・食欲が増した。ここまで良くなったということ。運動を始めても(あるいは運動強度を上げても)よい時期ですよ(運動推奨)・今のお薬は大丈夫だけど、あなたがとても心配していることは放置できないから、変更しようか(不安が大きい場合)といった対応を、患者さんによって使い分けている(あるいは組み合わせる)。 うつ病が良くなると、食べ物がおいしくなって食べ始める人もいれば、ひきこもり生活から外に出るようになって痩せる人もいる。運動をすれば、カロリー消費は増えるが、当然ご飯はおいしくなるので体重が増える人もいる。難しいものだ。一般的には人の体重なんて知ったことではないが、こちらは抗うつ薬を投与しているので、関わる必要はあろう。個人の生活や認知パターンまで配慮するのが精神科医療であり、楽しいと言うと大変語弊があるが、人の多様性をいつも感じられるので飽きないものである。

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