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1 疾患概要■ 概念・定義1939年に東北帝国大学医学部皮膚科泌尿器科の中條により報告された血族婚家系に生じた兄妹例に始まり、1950年に和歌山県立医科大学皮膚科泌尿器科の西村らが血族婚の2家系に生じた和歌山の3症例も同一疾患としたことで確立した「凍瘡ヲ合併セル続発性肥大性骨骨膜症」(図1)が、中條・西村症候群(Nakajo-Nishimura syndrome:NNS)の最初の呼称である。図1 中條先生と西村先生の論文画像を拡大する2009年に本疾患が稀少難治性疾患として厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業研究奨励分野の対象疾患に採択された際に、中條‐西村症候群との疾患名が初めて公式に用いられ、2011年のPSMB8遺伝子変異の同定を報告した論文により国際的に認められた。その後も厚生労働科学研究において継続的に本疾患の病態解明や診断基準の策定が行われ、「中條・西村症候群」として2014年に小児慢性特定疾病19番、2015年に指定難病268番に登録された。1985年に大阪大学皮膚科の喜多野らが、自験4症例を含む中條の報告以来8家系12症例について臨床的特徴をまとめ、わが国以外で報告のない新しい症候群“A syndrome with nodular erythema,elongated and thickened fingers,and emaciation”として報告したのが、英文で最初の報告である。さらに、1993年に新潟大学神経内科の田中らが、皮膚科領域からの報告例も合わせてそれまでの報告症例をまとめ、新しい膠原病類似疾患あるいは特殊な脂肪萎縮症を来す遺伝性疾患として、“Hereditary lipo-muscular atrophy with joint contracture,skin eruptions and hyper-γ-globulinemia”として改めて報告した。これらの報告を受け、国際的な遺伝性疾患データベースであるOnline Mendelian Inheritance in Man(OMIM)に、1986年にNakajo syndromeとして登録番号256040に登録された。本症は長くわが国固有の疾患と考えられてきたが、2010年に脂肪萎縮症を専門とするアメリカのグループによって、類症がjoint contractures,muscular atrophy,microcytic anemia and panniculitis-induced lipodystrophy(JMP)症候群として、わが国以外から初めて報告された。症例はポルトガルとメキシコの2家系4兄妹例のみであり、いずれも発熱の記載はなく、全身の萎縮と関節拘縮が目立つ(図2)。程なく原因としてPSMB8遺伝子変異が同定された。図2 プロテアソーム関連自己炎症性症候群の臨床像画像を拡大するさらに、2010年にスペインの皮膚科医のTorreloらによって報告されたヒスパニックの姉妹例を含む4症例に始まり、脱毛を伴うイスラエルの症例、バングラデシュの姉妹例、ブラジルの症例など、世界中から報告された類症が、chronic atypical neutrophilic dermatosis with lipodystrophy and elevated temperature(CANDLE)症候群である。未分化なミエロイド系細胞の浸潤を伴う特徴的な皮膚病理所見から命名され、スイート症候群との鑑別を要する。冬季の凍瘡様皮疹の有無は明らかでないが、肉眼的にNNSと酷似する(図2)。それらの症例の多くに、JMP症候群と同じ変異を含む複数のPSMB8遺伝子変異が同定されたが、ヘテロ変異や変異のない症例、さらにPSMB8以外のプロテアソーム関連遺伝子に変異が見出される症例も報告されている。これら関連疾患の報告と共通する原因遺伝子変異の同定を受け、NNS・JMP症候群・CANDLE症候群をまとめてプロテアソーム関連自己炎症性症候群(proteasome-associated autoinflammatory syndrome:PRAAS)と呼ぶことが提唱され、OMIM#256040に再編された。現在では、PSMB8以外のプロテアソーム関連遺伝子変異によるPRAAS2や3と区別し、PRAAS1と登録されている。これらの疾患名の変遷を図3にまとめた。図3 プロテアソーム関連自己炎症性症候群の疾患名の変遷画像を拡大する■ 疫学既報告・既知例は東北・関東(宮城、東京、秋田、新潟)の5家系7症例と関西(和歌山、大阪、奈良)の19家系22症例であるが、現在も通院中で生存がはっきりしている症例は関西のみであり、10症例ほどである。中国からもNNSとして1例報告があるほか、諸外国からJMP症候群、CANDLE症候群、PRAASとして25例ほど報告されている。■ 病因・病態NNSは、PSMB8遺伝子のp.G201V変異のホモ接合によって発症する常染色体劣性遺伝性疾患である。わが国に固有の変異で、すべての患者に同じ変異を認める。JMP症候群においては、ヒスパニックの症例すべてにPSMB8 p.T75M変異がホモ接合で存在する。一方、CANDLE症候群においては、ヒスパニック、ユダヤ人、ベンガル人などの民族によって、PSMB8の異なる変異のホモ接合が報告されている。PRAASとして、PSMB8の複合ヘテロ変異を持つ症例も報告されているが、さらに、PSMB8とPSMA3やPSMB4のダブルヘテロ変異、PSMB9とPSMB4のダブルヘテロ変異、PSMB4単独の複合ヘテロ変異、複合体形成に重要なシャペロンであるPOMP単独のヘテロ変異などさまざまな変異の組み合わせを持った症例もCANDLE/PRAASとして報告されている。PSMB8遺伝子は、細胞内で非リソソーム系蛋白質分解を担うプロテアソームを構成するサブユニットの1つである、誘導型のβ5iサブユニットをコードする。ユビキチン-プロテアソーム系と呼ばれる、ポリユビキチン鎖によってラベルされた蛋白質を選択的に分解するシステムによって、不要・有害な蛋白質が除去されるだけでなく、細胞周期やシグナル伝達など多彩な細胞機能が発揮される。特に、プロテアソーム構成サブユニットのうち酵素活性を持つβ1、β2、β5が、誘導型のより活性の高いβ1i、β2i、β5iに置き換わった免疫プロテアソームは、免疫担当細胞で恒常的に発現し、炎症時にはその他の体細胞においてもIFNαやtumor necrosis factor(TNF)αなどの刺激によって誘導され、効率的に蛋白質を分解し、major histocompatibility complex(MHC)クラスI提示に有用なペプチドの産生に働く。NNSでは、PSMB8 p.G201V変異によって、β5iの成熟が妨げられそのキモトリプシン様活性が著しく低下するだけでなく、隣接するβ4、β6サブユニットとの接合面の変化のために複合体の形成不全が起こり、成熟した免疫プロテアソームの量が減少するとともに、β1iとβ2iがもつトリプシン様、カスパーゼ様活性も大きく低下する。その結果、NNS患者の炎症局所に浸潤するマクロファージをはじめ表皮角化細胞、筋肉細胞など各種細胞内にユビキチン化・酸化蛋白質が蓄積し、このためにIL-6やIFN-inducible protein(IP)-10などのサイトカイン・ケモカインの産生が亢進すると考えられる。MHCクラスI提示の障害による免疫不全も想定されるが、明らかな感染免疫不全は報告されていない。一方、JMP症候群では、PSMB8 p.T75M変異によりβ5iのキモトリプシン様活性が特異的に低下し、発現低下は見られない。したがって、本症発症にはプロテアソーム複合体の形成不全は必ずしも必要ないと考えられる。種々の変異を示すCANDLE症候群においても、酵素活性低下の程度はさまざまだが、ユビキチン蓄積やサイトカイン・ケモカイン産生亢進のパターンはNNSと同様であり、さらに末梢血の網羅的発現解析からI型IFN応答の亢進すなわち「I型IFN異常」が示されている。プロテアソーム機能不全によってI型IFN異常を来すメカニズムは明らかではないが、最近、Janusキナーゼ(JAK)阻害薬の臨床治験において、I型IFN異常の正常化とともに高い臨床効果が示され、I型IFN異常の病態における役割が明らかとなった。NNS患者由来iPS細胞から分化させた単球の解析においても、β5iの活性が有意に低下するIFNγ+TNFα刺激下においてI型IFN異常を認めた。ただ、この系においては、IFNγ-JAK-IP-10シグナルとTNFα-mitogen-activated protein(MAP)キナーゼ-IL-6シグナルが双方とも亢進しており、酸化ストレスの関与や各シグナルの細胞内での相互作用も示唆されている。これらの結果から想定されるNNSにおける自己炎症病態モデルを図4に示す。図4 中條・西村症候群における自己炎症病態画像を拡大する■ 症状NNSは、典型的には幼小児期、特に冬季に手足や顔面の凍瘡様皮疹にて発症し、その後四肢・体幹の結節性紅斑様皮疹や弛張熱を不定期に繰り返すようになる。ヘリオトロープ様の眼瞼紅斑を認めることもある。組織学的には、真皮から筋層に至るまで巣状にリンパ球・組織球を主体とした稠密だが多彩な炎症細胞の浸潤を認め、内皮の増殖を伴う血管障害を伴う。筋炎を伴うこともあるが、筋力は比較的保たれる。早期より大脳基底核の石灰化を認めるが、精神発達遅滞はない。次第に特徴的な長く節くれだった指と顔面・上肢を主体とする脂肪筋肉萎縮・やせが進行し、手指や肘関節の屈曲拘縮を来す。やせが進行すると咬合不全や開口障害のため摂食不良となり、また、嚥下障害のため誤嚥性肺炎を繰り返すこともある。LDH、CPK、CRP、AAアミロイドのほか、ガンマグロブリン特にIgGが高値となり、IgEが高値となる例もある。さらに進行すると抗核抗体や各種自己抗体が陽性になることがあり、I型IFN異常との関連から興味を持たれている。早期より肝脾腫を認めるが、脂質代謝異常は一定しない。胸郭の萎縮を伴う拘束性呼吸障害や、心筋変性や心電図異常を伴う心機能低下のために早世する症例がある一方、著明な炎症所見を認めず病院を受診しない症例もある。■ 予後NNSの症例は皆同じ変異を持つにもかかわらず、発症時の炎症の程度や萎縮の進行の速さ、程度には個人差が認められる。小児期に亡くなる症例もあるが、成人後急速に脂肪筋肉萎縮が進行する例が多く、手指の屈曲拘縮のほか、咬合不全や重度の鶏眼などによりQOLが低下する。心肺のほか肝臓などの障害がゆるやかに進み、60歳代で亡くなる例が多いが、早期から拘束性呼吸障害や心機能低下を来して30歳代で突然死する重症例もあり、注意が必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)難病指定の基準となるNNSの診断手順と重症度基準を表に示す。臨床症状8項目のうち5項目以上陽性を目安にNNSを疑って遺伝子解析を行い、PSMB8に疾患関連変異があれば確定(Definite)、変異がなくても臨床症状5項目以上陽性で他疾患を除外できれば臨床診断例(Probable)とする。わが国の症例ではPSMB8 p.G201V以外の変異は見つかっていないが、CANDLE症候群やPRAASで報告された変異や新規変異が見出される可能性も考慮されている。進行性の脂肪筋肉萎縮が本疾患で必発の最大の特徴であるが、個人差が大きく、皮疹や発熱などの炎症症状が強い乳幼児期には目立たない。むしろ大脳基底核石灰化が臨床診断の決め手になることがあり、積極的な画像検査が求められる。ただ、凍瘡様皮疹と大脳基底核石灰化は、代表的なI型IFN異常症であるエカルディ・グティエール症候群の特徴でもあり、鑑別には神経精神症状の有無を確認する必要がある。神経症状のない家族性凍瘡様ループスも鑑別対象となり、凍瘡様皮疹は各種I型IFN異常症に共通な所見と考えられる。臨床的に遺伝性自己炎症性疾患が疑われるも臨床診断がつかない場合、既知の原因遺伝子を網羅的に検討し遺伝子診断することも可能であるが、新規変異が見出された場合、その機能的意義まで確認する必要がある。表 中條・西村症候群診断基準と重症度分類画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)ステロイド全身投与は発熱、皮疹などの炎症の軽減には有効だが、減量によって容易に再燃し、また脂肪筋肉萎縮には無効である。むしろ幼小児期からのステロイド全身投与は、長期内服による成長障害、中心性肥満、緑内障、骨粗鬆症など弊害も多く、慎重な投与が必要である。メトトレキサートや抗IL-6受容体抗体製剤の有効性も報告されているが、ステロイドと同様、効果は限定的で、炎症にはある程度有効だが脂肪筋肉萎縮には無効である。CANDLE症候群に対してJAK1/2阻害薬のバリシチニブのグローバル治験が行われ、幅広い年代の10例の患者に3年間投与された結果、5例が緩解に至ったと報告されている。4 今後の展望2020年よりPSMB8遺伝子解析が保険適用となり、運用が待たれる。また、NNS患者末梢血の遺伝子発現解析にてI型IFN異常が見られることが明らかとなりつつあり、診断への応用が期待されている。治療においても、NNSに対してJAK1/2阻害薬が有効である可能性が高く、適用が期待されているが、病態にはまだ不明な点が多く、さらなる病態解明に基づいた原因療法の開発が切望される。5 主たる診療科小児科・皮膚科その他、症状に応じて脳神経内科、循環器内科、呼吸器内科、リハビリテーション科、歯科口腔外科など。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター 中條・西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)難病情報センター 中條・西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)自己炎症性疾患サイト 中條-西村症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)金澤伸雄ほか. 日臨免会誌.2011;34:388-400.2)Kitano Y, et al. Arch Dermatol.1985;121:1053-1056.3)Tanaka M, et al. Intern Med. 1993;32:42-45.4)Arima K, et al. Proc Natl Acad Sci U S A.2011;108:14914-14919.5)Kanazawa N, et al. Mod Rheumatol Case Rep.2018;3:74-78.6)Kanazawa N, et al. Inflamm Regen.2019;39:11.7)Shi X, et al. J Dermatol.2019;46:e160-e161.8)Okamoto K, et al. J Oral Maxillofac Surg Med Pathol.(in press)公開履歴初回2020年03月09日