644.
mRNAワクチンであるBNT162b2(以下、ワクチン)の第III相試験が終了した後、real-world settingでの実際の予防効果が、ワクチン接種が早期に開始された中東諸国(イスラエル、カタール)、英国、米国などから相次いで報告されている。各国で報告された予防効果は、必ずしも一致せず背景因子に何らかの差が存在するものと考えられる。本論評では、Angel氏らの論文(Angel Y, et al. JAMA. 2021 May 6. [Epub ahead of print])を基礎としながら、なぜ、各国からの報告でワクチンの予防効果に差を認めたのか、その原因について考察する。Angel氏らは、2020年12月20日~2021年2月25日の2ヵ月の間にワクチンを2回接種したイスラエルの医療従事者を対象(接種者:5,517人、非接種者:757人)として2回目ワクチン接種後7日以上経過した時点での有症候性感染、無症候性感染に対するワクチンの予防効果を検討した。その結果、有症候性感染に対する予防効果は97%、無症候性感染に対する予防効果は86%であることが示された。一方、Dagan氏らは、ほぼ同じ時期(2020年12月20日~2021年2月1日)にワクチンを接種したイスラエルの一般住民を対象(接種者と非接種は同数で各59万6,681人、総数はイスラエルの総人口の13%に相当)とした解析で、2回目のワクチン接種後7日以上経過した時点での有症候性感染に対する予防効果が94%、無症候性感染を含む感染全体に対する予防効果が92%、入院予防効果が87%、重症化予防効果が92%であると報告した(Dagan N, et al. N Engl J Med. 2021;384:1412-1423.)。対象者数、従事する仕事の内容に差を認める両解析ではあるが、最も信頼できる有症候性感染予防効果に関しては2つの論文でほぼ同じ値が報告された。この時期のイスラエルでは、従来株(D614G株)から英国株(B.1.1.7)に蔓延ウイルスの置換が進んでいた時期で、上記の2つの論文は、従来株と英国株が混在した状況下でのワクチンの有効性を示したものだと判断できる。この予防効果は、従来株が主流を占めた2020年の夏から秋にかけて施行されたワクチンの第III相試験によって示された予防効果(95%)とほぼ同じであり(Polack FP, et al. N Engl J Med. 2020;383:2603-2615.)、英国株に対するワクチンの予防効果は従来株に対するそれと同等であると結論できる。 英国株が主体を占めた英国からの報告では、80歳以上の高齢者にあって、有症候性感染に対するワクチン2回接種後の予防効果は89%であり、年齢と無関係にワクチンの予防効果はほぼ維持されることが判明した(Bernal JL, et al. BMJ. 2021;373:n1088.)。 カタールでは、2021年3月31日までに26万5,410人が2回目のワクチン接種を終了した。この時期、カタールを席巻していたウイルスは、44.5%が英国株、50%が南アフリカ株(B.1.351)であり、同じ中東のイスラエルとは異なったウイルス分布を示していた。このような状況下で、Abu-Raddad氏らは英国株、南アフリカ株に対するワクチンの予防効果を検証した(Abu-Raddad LJ, et al. N Engl J Med. 2021 May 5. [Epub ahead of print])。ワクチン2回接種後14日以上経過した時点での英国株の有症候性感染に対する予防効果は89.5%、南アフリカ株の有症候性感染に対する予防効果は75%で、南アフリカ株に対するワクチンの予防効果は英国株に対する予防効果より14.5ポイント低いことが示された。この結果は、南アフリカ株が液性免疫回避変異を有し(山口. J-CLEAR論評-1381, 2021 April 28)、ワクチン接種後のウイルス中和作用を抑制したことが原因の一つであることを示唆する。 2020年12月17日~2021年3月20日の間に米国で施行されたワクチン予防効果に関する検討では(2回接種:2,776人、1回接種:3,052人、非接種:2,165人)、有症候性感染に対する予防効果が84%、無症候性感染に対する予防効果が72%であることが示された(Tang L, et al. JAMA. 2021 May 6. [Epub ahead of print])。これらの値はAngel氏らがイスラエルから報告した値に比べ13~14ポイント低い。米国において蔓延しているウイルスの種類は複雑で、米国CDCは、2021年4月30日現在、米国全土で英国株、米国株(B.1.427/429)、ブラジル株(P.1)、南アフリカ株と多数の変異ウイルスが混在して流布していると報告した(CDC COVID-19 Vaccine Breakthrough Case Investigations Team. MMWR; Vol. 70, 2021 May 25)。これらの変異ウイルスの多くは、ワクチン接種によって形成される中和抗体に対して抵抗性を有し、ワクチンの予防効果を低下させる(山口. 日本医事新報 2021;5053:32-38)。 以上のように、ワクチンの予防効果は国によって異なり、その地域に流布しているウイルスの種類が主たる規定因子として作用する。それ故、いかなるウイルスが蔓延しているかを念頭に置いて各国から報告された予防効果に関するデータを読み解く必要がある。