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グローバルヘルスの開発援助、今後5年でさらに低下か/Lancet

 米国・保健指標評価研究所(IHME)のAngela E. Apeagyei氏らは、幅広いデータソースを用い、1990~2030年の保健分野の開発援助(Development assistance for health:DAH)について分析し、主要供与国の援助削減により2025年のDAHは2009年の水準まで落ち込み、今後5年間でさらに低下するとの予測を報告した。DAHは新型コロナウイルス感染症のパンデミック中に最高水準に達したが、その後、世界経済の不確実性や各国での予算の取り合いが増す中で減少し、2025年初頭に米国や英国など主要供与国が援助の大幅な削減を発表したことで、中・低所得国における保健財政の先行きに対する懸念が高まっている。著者は、「DAHの大幅削減は保健格差の拡大を招く恐れがある。過去30年間で達成された世界的な健康問題に関する大きな成果を守るため、被援助国における効率性の向上、戦略的な優先順位付け、財政レジリエンスの強化が急務である」と述べている。Lancet誌2025年7月26日号掲載の報告。OECD、グローバルファンド、Gaviなどを含む幅広いデータソースからDAHを推計 研究グループは、経済協力開発機構(OECD)の債権者報告システム(Creditor Reporting System:CRS)データベース、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)およびワクチンと予防接種のための世界同盟(Gavi)などの機関のオンラインデータベース、民間慈善団体や非政府組織の財務報告書といった幅広いデータソースを用い、1990~2030年のDAHを推計した。 支出は、IHME Financing Global Healthの報告で15年以上にわたり開発されてきた標準化キーワードタグ付け法を用い、資金源、支出機関、保健重点分野および被援助国で分類した。 2025年については、主要供与国が発表した予算削減を組み込み、暫定的な推計を算出した。2030年までの予測については、各供与国の資金提供目標および線形回帰モデルを用いた。今回のDAH追跡では、供与国の範囲拡大および追加の支出組織に関する保健分野の細分化などを改良した。ピークは2021年の803億ドル、2025年に半減、2030年は345~378億ドルに減少 DAHは2021年に803億ドルでピークに達し、2024年には496億ドルに減少した。2025年には、発表された予算削減、とくに米国の二国間援助の削減によりDAHはさらに384億ドルまで減少し、2009年の水準にまで落ち込むと予想された。 主要な感染症や小児ワクチン分野にDAHを提供している世界の主要な保健機関(英国外務・英連邦・開発省、米国国際開発庁、フランス開発庁など)は支出を削減する見込みである。一方で、主要な国際開発金融機関は大規模な資金削減から保護されているため、DAHの支出全体に占める世界銀行の相対的な割合が増加している。 現行の政策の下ではDAHは停滞が続き、2030年には362億ドルになると予想される。感度分析では、2025年の推定値は米国の削減幅の変動に応じて、悲観的シナリオの368億ドルから楽観的シナリオの400億ドルまでの範囲となる可能性がある。同様に今後5年間では、DAHの総額は2030年に、米国の貢献が肯定的なシナリオでは378億ドル、否定的なシナリオでは345億ドルになると予想される。

102.

揚げ物はやはり糖尿病や高血圧リスクに~兄弟比較の前向き試験

 揚げ物は健康に悪影響を与える可能性があるが、腸内細菌叢との関連や、それが心代謝性疾患に及ぼす影響は十分に明らかになっていない。中国・浙江大学のYiting Duan氏らは、2つの大規模前向きコホートを用いた解析により、揚げ物の摂取に関連する腸内細菌叢は糖尿病や高血圧リスクの増大と関連し、その関連は遺伝的・環境的背景を共有する兄弟姉妹間の比較においても同様の関連性が確認されたことを報告した。American Journal of Clinical Nutrition誌2025年7月2日号掲載の報告。 研究グループは、WELL-Chinaコホート(ベースライン:2016~19年、6,637人)と蘭渓コホート(ベースライン:2017~19年、3,466人)を分析し、揚げ物の摂取と腸内細菌叢の組成に関係があるかどうか、揚げ物に関連する腸内細菌叢は肥満や体脂肪の分布および心代謝性疾患の発症率と関連しているかどうかを調査した。 揚げ物(揚げパン、油淋鶏、フライドポテトなど)の摂取頻度を食物摂取頻度調査(FFQ)で聴取し、月1回未満、月1〜3回、月4回以上の3グループに分類した。ベースライン時に便サンプルを採取して腸内細菌の種類とバランスを解析し、揚げ物摂取と有意に関連した腸内細菌属の相対量をもとに構成された腸内細菌スコア(FMI:fried food consumption-related microbiota index)として数値化した。BMI、ウエスト・ヒップ比、体脂肪量、血圧、血糖値、HbA1cなども測定した。参加者はベースラインから心代謝性疾患の発症、死亡、または2024年6月24日のいずれか早い日まで追跡された。 多変量線形回帰を用いてFMIと肥満および脂肪分布との関係を調査し、Cox比例ハザードモデルを用いてFMIと糖尿病や主要心血管イベントなどの心代謝性疾患の発症との関連性を検証した。Between-Withinモデルを用いて兄弟姉妹で比較することで、遺伝や家庭環境の影響を最小限に抑えて検証した。 主な結果は以下のとおり。・揚げ物の摂取頻度が高い群と低い群を比較すると、両コホートともに特定の細菌属の構成比に差が認められ、25種の微生物属が揚げ物の摂取頻度と有意な関連を示した。・揚げ物の摂取頻度が月1回未満の参加者よりも、摂取頻度が高い参加者ほど高いFMIを示し、特定の細菌属の構成比に差があった。・両コホートのメタアナリシスでは、FMIは、BMI、ウエスト・ヒップ比、内臓脂肪などとの間に正の相関関係が認められた。兄弟姉妹間の比較でも同様の傾向が認められた。・FMIが高い群では、糖尿病(オッズ比[OR]:1.28)、メタボリックシンドローム(OR:1.21)、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)(OR:1.21)、脂質異常症(OR:1.12)、高血圧(OR:1.09)の有病率が高かった。兄弟分析では、高血圧(OR:1.37)、メタボリックシンドローム(OR:1.27)、糖尿病(OR:1.48)で同様の関連が確認された。・FMIが増加するごとに糖尿病発症リスク(ハザード比[HR]:1.16、95%信頼区間[CI]:1.07~1.27)および主要心血管イベント発症リスク(HR:1.16、95%CI:1.06~1.26)の増大が認められた。

103.

無害と考えられていたウイルスがパーキンソン病に関与か

 かつては人間には無害だと考えられていた一般的なウイルスが、パーキンソン病(PD)に関連している可能性のあることが新たな研究で明らかになった。PD患者の剖検脳の半数から、C型肝炎と同じフラビウイルス科に属する血液媒介性ウイルスであるヒトペギウイルス(HPgV)が見つかったのに対し、PDではない人の脳からは検出されなかったという。米ノースウェスタン・メディシンで神経感染症およびグローバル神経学部門長を務めるIgor Koralnik氏らによるこの研究結果は、「JCI Insight」に7月8日掲載された。 Koralnik氏は、「HPgV感染症は珍しいものではなく、症状も現れないが、脳への感染が頻繁に起こることはこれまで知られていなかった。PD患者の脳でこれほど高頻度にHPgVが認められたのに対し、PDではない人では認められなかったことには驚かされた」と話している。 PDは、ドパミンと呼ばれる脳の重要な神経伝達物質を産生する脳細胞が変性・減少することで発症する。ドパミンレベルが減少すると、手足の震え(振戦)や筋肉のこわばり(筋硬直)などの運動症状が現れ、バランス維持や協調運動が障害される。米国でのPD罹患者数は100万人以上に上り、年間約9万件の新規症例が報告されている。ほとんどのPD症例は遺伝とは関連がない。そのため、ドパミンを産生する神経細胞の減少を引き起こす原因は何なのかという疑問が投げかけられている。 この研究では、PD患者10人と、年齢と性別を一致させた非PDの対照14人の扁桃体、後部被殻、および上前頭皮質の剖検脳を、全ウイルス叢を対象としたシーケンシングツールであるViroFindと定量PCRを用いて評価した。 その結果、PD患者の10例の剖検脳中の5例でHPgVが検出されたのに対し、対照群の脳では検出されなかった。またPD患者では、脊髄液からもウイルスが検出されたが、対照群の脊髄液からは検出されなかった。さらに、HPgV陽性のPD患者では、PDの病理学的変化を分類するBraakステージとシナプス関連タンパク質であるComplexin-2のレベルが高く、神経病理がより進行していることが示された。 Koralnik氏らは次に、PD研究に利用可能なバイオサンプルライブラリであるPD進行マーカーイニシアチブ(PPMI)の参加者1,393人のベースライン時の全血RNAデータを取得し、HPgV感染と免疫応答、および遺伝的背景との関連を解析した。その結果、HPgV陽性PD患者では、脳と血液の両方で重要な上流の免疫調節因子であるIL-4のシグナルが対象群と比較して低下していることが明らかになった。さらにこの傾向は、PDに関連する遺伝子LRRK2の変異の有無により異なることも示された。具体的には、LRRK2遺伝子変異を有するHPgV陽性PD患者では、HPgV量が多いほどIL-4シグナルが低下するのに対し、変異を有さないHPgV陽性PD患者では、HPgV量が多いほどIL-4シグナルも上昇していた。 Koralnik氏は、「HPgVは、われわれがまだ把握していない方法で体と相互作用する環境要因なのかもしれない。無害だと思われていたウイルスがPD患者に対して重要な影響を及ぼし、特に、特定の遺伝的背景を持つ人では、PDの発症や進行に関与している可能性がある」と述べている。 研究グループは、PD患者の間でHPgVがどの程度見られるのか、また、それがどのようにして脳障害を引き起こし得るのかを、今後も追跡調査する予定だとしている。Koralnik氏は、「われわれは、HPgVと遺伝子がどのように相互作用するかを理解することを目指している。こうした知見は、PDの発症メカニズムを解明し、将来の治療法開発に役立つ可能性がある」と話している。

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加熱式タバコの使用が職場における転倒発生と関連か

 運動習慣や長時間座っていること、睡眠の質などの生活習慣は、職場での転倒リスクに関係するとされているが、今回、新たに「加熱式タバコ」の使用が職場における転倒発生と関連しているとする研究結果が報告された。研究は産業医科大学高年齢労働者産業保健センターの津島沙輝氏、渡辺一彦氏らによるもので、詳細は「Scientific Reports」に6月6日掲載された。 転倒は世界的に重大な公衆衛生上の懸念事項である。労働力の高齢化の進む日本では、高齢労働者における職場での転倒の増加が深刻な安全上の問題となっている。この喫緊の課題に対し、政府は転倒防止のための環境整備や、労働者への安全研修の実施などの対策を講じてきた。しかし、労働者一人ひとりの生活習慣の改善といった行動リスクに着目した戦略は、これまで十分に実施されてこなかった。また、運動習慣や睡眠などの生活習慣が職場での転倒リスクと関連することは、複数の報告から示されている。一方で、紙巻タバコや加熱式タバコなどの喫煙習慣と転倒リスクとの関連については、全年齢層を対象とした十分な検討がなされていないのが現状である。このような背景を踏まえ、著者らは加熱式タバコの使用と職業上の転倒との関連を明らかにすることを目的として、大規模データを用いた全国規模の横断研究を実施した。 本研究では、「日本における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS Study)」のデータを用いた。主要評価項目は過去1年間の職場における転倒、副次評価項目は転倒関連骨折とした。発生率と95%信頼区間(CI)は、ロバスト分散を用いた2階層のマルチレベル・ポアソン回帰モデルにより推定された。 本研究の解析対象は18,440人(平均年齢43.2歳)であり、女性は43.9%含まれた。全体のうち、7.3%が過去1年間に職場における転倒を経験し、2.8%で転倒関連骨折を報告していた。年齢や性別などの交絡因子、喫煙状況、飲酒習慣、睡眠といった行動因子を調整した結果、職場における転倒発生率は、現在喫煙している人の方が、非喫煙者より高かった(IR 1.36、95%CI 1.20~1.54、P<0.05)。この傾向は、加熱式タバコのみ使用している人(IR 1.78、95%CI 1.53~2.07、P<0.05)、紙巻きたばこと加熱式タバコの両方を使用している人(IR 1.64、95%CI 1.40~1.93、P<0.05)で顕著だった。転倒関連骨折においても同様の傾向が示された。その他の生活習慣では、極端な睡眠時間(0~5時間または10時間以上)、併存疾患(高血圧、脂質異常症、糖尿病)、睡眠薬または抗不安薬の常用、などが転倒発生率の上昇と関連していた。年齢別にみると、喫煙と転倒および転倒関連骨折との関連は若年労働者(20~39歳)で顕著だった。特に加熱式タバコを使用している若年層でこの傾向がより強くみられた。 本研究について責任著者である財津將嘉氏は、「本研究では、若年労働者においても加熱式タバコを含む喫煙が職場での転倒や関連骨折と関連していることが明らかとなった。実際に観察された転倒の半数以上は若年層で発生しており、従来高齢者に焦点が当てられてきた転倒予防策を、若年層にも広げる必要性が示唆された。若年労働者は転倒リスクの高い職場に配属されやすく、年齢や職場環境の影響を考慮することが重要である。また、禁煙を促すナッジ戦略も有効と考えられる」と述べている。

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米国での麻疹症例数、過去25年間で最多に

 米ジョンズ・ホプキンス大学により設立されたCenter for Outbreak Response Innovation(CORI)のデータによると、米国では7月時点で1,270例以上の麻疹症例が確認され(注:2025年7月15日時点で1,309例)、過去25年間で最多となっている。この数字は2019年に記録された1,274件を上回っている。 専門家は、報告されていない症例も多いことから、実際の症例数はこの数字よりもはるかに多い可能性があると見ている。現時点で、すでにテキサス州で小児2人、ニューメキシコ州で成人1人の計3人が麻疹により死亡している。CNNは、これらの3人はいずれもワクチンを接種していなかったと報じている。 米国医師会(AMA)会長のBruce A. Scott氏は、「麻疹の流行が続く中で、小児の定期予防接種率も低下していることを考えると、この状況はワクチンで予防可能な病気の蔓延をさらに促進するだろう」と述べている。 麻疹は麻疹ウイルスへの感染が原因で生じる疾患で、感染力は非常に強い。米国では、麻疹・おたふく風邪・風疹(MMR)ワクチンの普及により、2000年に麻疹根絶が宣言され、それ以降、症例は年間数十〜数百件で推移していた。 CNNの報道によると、現時点で少なくとも38州において麻疹症例が報告されており、少なくとも27の州で個別のアウトブレイクが起きている。新たな症例数の増加はワクチン接種率の大幅な低下と一致している。最大のアウトブレイクは、1月以降これまでに750件以上の症例(注:7月15日時点で796症例)が確認されたテキサス州西部で発生した。アウトブレイクが発生した同州のゲインズ郡は、州内で小児ワクチン接種率が最も低い郡の一つであり、同地域の未就学児のほぼ4人に1人が、2024~25年度中に義務付けられているMMRワクチンを接種していない。 テキサス州のアウトブレイクは近隣のニューメキシコ州とオクラホマ州にも広がっており、また、カンザス州の症例とも関連している可能性が指摘されている。飛行機での移動も麻疹蔓延の一因となっている。コロラド州では、州外からの旅行者が感染力のある状態で飛行機に搭乗したことが原因で、同時刻に空港にいた人々を含む複数の新規感染者が発生した。テキサス州での流行に関連する症例が2026年まで続いた場合、米国の麻疹根絶のステータスが取り消される可能性があると専門家らは懸念している。 米疾病対策センター(CDC)によると、2025年の麻疹罹患者の約8人に1人が入院しており、症例の約30%は5歳未満の小児だった。症例の大半はワクチン未接種だった。MMRワクチンは非常に効果的であり、麻疹ウイルスに対する有効性は1回接種で93%、2回接種で97%である。 今回のアウトブレイクを受け、テキサス州などの一部の州では、MMRワクチンの接種機会を拡大し、従来の1歳から前倒しして生後6カ月で1回目の接種を受けられるようにした。ヘルスケア分析会社Truvetaのデータによると、この措置によりテキサス州でのワクチン接種率は2019年より8倍増加したという。また、ニューメキシコ州でも接種率は昨年のほぼ2倍になったという。しかし専門家は、それでも全国のワクチン接種率は望ましい水準に達していないと警鐘を鳴らす。米国は未就学児におけるMMRワクチン2回接種率95%の達成を目標としているが、CNNによると、この目標は4年連続で達成されていない。 それどころか、公衆衛生のリーダーたちは、ワクチンに対する不信感の高まりと連邦政府の保健指導部の変更により状況は悪化していると指摘している。米国のワクチン政策を策定するCDCには依然として所長がおらず、米国保健福祉省(HHS)長官のロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr)氏は長年にわたり反ワクチンの情報を拡散してきた経緯がある。ケネディ氏は4月に、ワクチンを支持するこれまでで最も強力な公の声明を発表したが、それは以前の発言とは矛盾する内容だった。さらに6月には、米国のワクチン接種政策を導くワクチン専門家委員会のメンバーを全面的に解任し、ワクチン懐疑論者を後任として任命している。

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家畜の糞尿は薬剤耐性遺伝子の主要なリザーバー

 基本的な抗菌薬が効かない細菌が増える中、薬剤耐性の問題は世界的に喫緊の公衆衛生上の脅威となっている。こうした中、家畜の糞尿が、人間の健康を脅かす可能性のある薬剤耐性遺伝子の主要なリザーバー(貯蔵庫)となっていることが、新たな研究で明らかになった。米ミシガン州立大学微生物学教授のJames Tiedje氏らによるこの研究結果は、「Science Advances」に6月27日掲載された。 農業での抗菌薬の過剰な使用が薬剤耐性菌の拡大を招く一因となっている可能性に対する懸念が広がりつつある。研究の背景情報によると、毎年9万3,000トン以上の抗菌薬が家畜に使用されている。また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの耐性菌への感染例は毎年280万件以上発生しており、3万5,000人以上が死亡している。しかし、薬剤耐性菌の農場から人間への感染経路については不明点が多い。 Tiedje氏は、「いくつかの薬剤耐性遺伝子は、土壌や水、糞尿の中のDNAに広く存在することが知られているが、それらは本当に危険なDNAなのだろうか。われわれはさらに一歩踏み込んで、これらの遺伝子が可動性を持ち、健康を悪化させる有害な細菌に取り込まれるのかどうかについて調べた」と説明している。 Tiedje氏らはこの研究で、14年間にわたって26カ国で採取されたブタやニワトリ、ウシの糞尿サンプル4,017点を対象にメタゲノム解析を実施し、家畜由来の薬剤耐性遺伝子(ARG)とメタゲノム再構築ゲノム(MAG)の包括的なカタログを作成した。 その結果、家畜の糞便中には、既知の2,291のARGサブタイプに加え、潜在的なサブタイプとして新たに3,166が同定され、家畜の糞便がARGの主要なリザーバーとなっていることが示唆された。また、家畜由来のARGに臨床的に重要なARGも多く含まれており、抗菌薬の使用状況がそれに影響を及ぼしている可能性も示された。 これらの結果を基に研究グループは、家畜におけるARGの世界的な分布パターンと臨床的に重要なARGの分布状況を可視化した世界地図を作成した。さらに、ARGの可動性や治療困難度、病原性細菌における現時点での保持状況に基づき、人間の健康に対するリスクの大きさに応じて遺伝子を順位付けする新たなランク付けシステムも開発した。 論文の上席著者である西北農林科技大学(中国)のXun “Shawn” Qian氏は、「本研究結果は、主要な畜産国における標的を絞った薬剤耐性のモニタリングとリスク管理の必要性を強調するものだ。例えば、世界最大の牛肉生産国である米国では、他国と比べてウシの糞尿中のARGの量と多様性が高いことが分かった。同様に、世界最大の豚肉生産国である中国では、ブタの糞尿中の細菌の量や多様性、そして全体的な耐性リスクが他の全ての国を上回っていた」と説明している。 研究グループはまた、この結果によって家畜への抗菌薬使用の制限の有効性を裏付けるエビデンスがさらに増えたと述べている。抗菌薬は、病気の治療よりも成長を速める目的で家畜に使用されることが多いが、それが薬剤耐性が生じる可能性を高める。 一方で、勇気付けられる結果も得られた。農業での抗菌薬使用削減に向けた早期の取り組みが効果を上げている兆しが確認されたのだ。これは抗菌薬の使用を制限する政策が有効であることを示しているが、Tiedje氏はさらなる対策が必要であると主張している。同氏は、「問題は極めて深刻であり、国連は世界中の政府に対して薬剤耐性の問題に対応するための国家行動計画を策定するよう求めている。今回の研究から得られたデータは、各国が自国にとって何が最も重要か、またどこに注力すれば最大の効果が得られるかを判断する一助となるはずだ」と述べている。

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7月28日 世界(日本)肝炎デー【今日は何の日?】

【7月28日 世界(日本)肝炎デー】〔由来〕世界的レベルでのウイルス性肝炎のまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消や感染予防の推進を図ることを目的に2010年に世界保健機関(WHO)が定め、肝炎に関する啓発活動などの実施を提唱。わが国でもこれに倣い、「日本肝炎デー」を制定し、肝炎の病態や知識、予防、治療に係る正しい理解が進むよう普及・啓発を行うとともに、肝炎ウイルス検査の受診を促進している。関連コンテンツ脂肪性肝疾患の新たな分類とMASLDの概念・診断基準【脂肪肝のミカタ】C型肝炎のフォローアップ【日常診療アップグレード】慢性C型肝炎、ソホスブビル/ダクラタスビルvs.ソホスブビル/ベルパタスビル/Lancet肝線維化を有するMASH、週1回セマグルチドが有効/NEJM慢性B型肝炎への低分子干渉RNA薬xalnesiran、抗原消失率は?/NEJM

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乳児ドナー心の手術台上での再灌流・移植に成功/NEJM

 米国・デューク大学のJohn A. Kucera氏らは、小児の心停止ドナー(DCD)の心臓を体外(on table、手術台上)で再灌流しレシピエントへの移植に成功した症例について報告した。DCDと再灌流をドナーの体内で行うnormothermic regional perfusion(NRP)法を組み合わせる方法は、ドナー数を最大30%増加させる可能性があるが、倫理的観点(脳循環温存に関する仮説など)からこの技術の導入は米国および他国でも限られており、DCD心臓の体外蘇生を容易にする方法が求められていた。NEJM誌2025年7月17日号掲載の報告。ドナーは生後1ヵ月、レシピエントは生後3ヵ月の乳児 ドナーは、生後1ヵ月(体重4.2kg、身長53cm)で、自宅にて心停止状態で発見され、救急隊到着までの25分間、心肺蘇生(CPR)を受けていなかった。到着後、アドレナリン投与により自発循環が一時的に回復したが、救急外来到着後に再度心停止を起こし、再度アドレナリンにより蘇生された。これ以前には健康に問題はなかったとされている。経胸壁心エコーでは両心室機能は正常、小さな卵円孔開存以外に解剖学的には正常であった。 レシピエントは、生後3ヵ月(体重3.9kg、身長48cm)の乳児で、ウイルス性心筋炎による拡張型心筋症と診断されていた。生後1ヵ月時に心原性ショックを呈し、静脈-動脈体外式膜型人工肺(VA-ECMO)、バルーン心房中隔裂切開術、動脈管開存のデバイス閉鎖術を受けていた。移植前には、壊死性腸炎、脳室上衣下胚芽層出血、低酸素性虚血性脳症の既往があり、搬送前には潜在性発作がみられた。 ドナーとレシピエントはABO血液型が適合し、共にサイトメガロウイルスIgG陽性およびEBウイルスIgG陽性であった。心摘出後の手術台上での再灌流で心移植に成功 手術室では、ドナーの生命維持治療の中止前に、ヘパリン投与を行うとともに、後方手術台で蘇生回路(小児用人工肺、遠心ポンプ、心臓から排出された血液を回収して再循環させるリザーバー)を準備した。 生命維持治療を中止し、心臓死宣言後に5分間の観察期間をおいたうえで、心臓を摘出し、蘇生回路に接続して動脈カニューレから37℃の血液を10mL/kg注入した。心臓はすぐに洞調律で拍動を開始し、冠動脈の灌流も良好で、心機能は正常と評価された。観察期間終了から心臓摘出まで3分38秒、摘出から再灌流まで1分32秒、蘇生時間は合計5分39秒であった。移植に適格と判断し、del Nido心筋保護液を注入して再度心停止を誘導し、冷却保存した。移植までの冷却保存時間は約2時間19分、冷虚血時間は合計2時間43分であった。 その後、移植手術は合併症なく終了した。レシピエントは、術後1日目の心エコーでは弁機能および両心室機能ともに異常は認められなかった。術後6日目に昇圧薬から離脱、術後7日目に抜管し、術後28日目には集中治療室(ICU)から退室、術後2ヵ月後には経口摂取が安定した状態で退院した。 有害事象は、術後2日目の経腸栄養開始後の腹部膨満(投与中止)、6日目の発熱(血液培養陰性、抗菌薬投与開始)、7日目および30日目の目標経管栄養速度での嘔吐、32日目および40日目の嘔吐であった。 本報告時点(術後3ヵ月)において、最新の心エコー検査でも正常な心機能が維持されており、移植片機能不全や急性細胞性または抗体介在性拒絶反応のいずれも認められていない。

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第272回 希少疾患の専門医が抱える本当の課題~患者レジストリ維持の難しさ

昨今、「希少疾患」という単語を耳にする機会は増えた。そもそも希少疾患の定義は、国によってもまちまちと言われるが、概して言えば患者数が人口1万人当たり1~5人未満の疾患を指すと言われる。また、日本国内の制度で言うと、こうした希少疾患の治療薬は、通称オーファン・ドラッグと言われ、患者数が少ないために製薬企業が開発に二の足を踏むことを考慮し、オーファン・ドラッグとして指定を受けると公的研究開発援助を受けられる制度が存在する。同制度での指定基準は国内患者数が5万人未満である。この希少疾患に関する情報に触れる機会が増えたのは、製薬企業の新薬研究開発の方向性が徐々にこの領域に向いているからである。背景には、これまで多くの製薬企業の研究開発に注力してきたメガマーケットの生活習慣病領域でそのターゲット枯渇がある。そして希少疾患への注目が集まり始まるとともに新たに指摘されるようになったのが、「診断ラグ」。希少疾患は、患者数・専門医がともに少なく、多くは病態解明が途上にあるため、患者が自覚症状を認めてもなかなか確定診断に至らない現象である。そして取材する私たちも希少疾患の情報に触れる機会が増えながらも、ごく一般論的なことしか知らないのが現状だ。正直、わかるようなわからないようなモヤモヤ感をこの数年ずっと抱え続けてきた。そこで思い切って希少疾患の診療の最前線にいる専門医にその実態を聞いてみることにした。話を聞いたのは聖マリアンナ医科大学脳神経内科学 主任教授の山野 嘉久氏。山野氏が専門とするのは国の指定難病にもなっている「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」。HTLV-1はヒトT細胞白血病ウイルス1型のことで、九州地方にキャリアが集中している。HAMはHTLV-1キャリアの約0.3%が発症すると言われ、全国に約3,000人の患者がいると報告されている。HAMはHTLV-1感染をベースに脊髄で炎症が起こる疾患で、初期症状は▽足がもつれる▽走ると転びやすい▽両足につっぱり感がある▽両足にしびれ感がある▽尿意があってもなかなか尿が出にくい▽残尿感がある▽夜間頻尿、など。急速に進行すると、最終的には自力歩行が困難になる。現在、HAMに特異的な治療薬はなく、主たる治療は脊髄の炎症をステロイドにより抑えるぐらいだ。以下、山野氏とのやり取りを一問一答でお伝えしたい。INDEX―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?―ガイドラインができたのはいつですか?―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてくださいHAMでは疾患と症状が1対1で対応しておらず、複数の症状が重なり、かつ症状や進行に個人差があります。このような状況だと、医療に不案内な患者さんはそもそもどの診療科を受診するべきかがわからないという問題が生じます。高齢の患者さんでありがちな事例を挙げると、まず歩行障害や下肢のしびれを発症すると、老化のせいにし、医療機関は受診せず、鍼灸院に通い始めます。それでも症状が改善しなければ整形外科を受診します。また、排尿障害が主たる患者さんは最終的に泌尿器科に辿り着きます。しかし、半ば当然のごとく受診段階で患者さんも医師もHAMという疾患は想定していません。結果としてなかなか症状が改善せず、医療機関を何軒か渡り歩き、最終的に運よく診断がつくのが実際です。私たちはHAMの患者さんの症状や検査結果などの臨床情報や、血液や髄液などの生体試料を収集し、今後の医学研究や創薬へ活用する患者レジストリ「HAMねっと」を運営していますが、そのデータで見ると1990年代は初発から確定診断まで平均7~8年を要していました。それが2010年代には2~3年に短縮されています。―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています2008年にHAMが国の指定難病となったこと、前述の「HAMねっと」の充実、専門医による全国の診療ネットワーク構築など、さまざまな周辺環境が整備され、それとともに啓発活動が進展してきたことなど複合的な要素があると考えています。―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですねまさに今日受診された患者さんでもそれを経験したばかりです。他県の大学病院で診断がつき、治療方針決定のため紹介を受けた患者さんですが、2018年に排尿障害、2020年から歩行障害が認められ、車いすで来院されました。この患者さんは2年程前に脊髄小脳変性症との診断を受けていました。HAMは脊髄が主に障害されますが、実は亜型として小脳でも炎症を起こす方がいます。こうした症例は数多く診療している専門医でなければ気付けないものです。こういうピットホールがあるのだと改めて実感したばかりです。―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われていますおっしゃる通りで、加えて神経内科医が多い地域でもあるため、大学病院ではHAMの患者さんを診療した経験のある医師が少なくありません。そうした医師が県内各地の病院に赴任しているので、HAMの初期症状と同じ症状の患者さんが来院すると、HAMを半ば無意識に疑う癖がほかの地域よりも付いています。そのため確定診断までの期間が短いと思います。―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?2006年に赴任しましたが、当初はかなり感じました。具体例を挙げると、診断ラグよりも治療ラグです。HAMの患者さんの約2割は急速に進行しますが、一般的な教科書的記述では徐々に進行する病気とされています。その結果、HAMと診断された患者さんが、どんどん歩けなくなってきていると訴えても、主治医がゆっくり進行する病気だから気にしないよう指示し、リハビリ療法が行われていた患者さんを診察したことがあります。この患者さんは髄液検査で脊髄炎症レベルが非常に高く、進行が早いケースで早急にステロイド治療を施行すべきでした。また、逆に炎症がほとんどなく、極めて進行が緩やかなタイプにもかかわらず大量のステロイドが投与され、ステロイドせん妄などの副作用に苦しんでいる事例もありました。当時は診療ガイドラインもない状態だったのですが、このように診断ラグを乗り越えながら、鹿児島などで行われていた標準治療の恩恵を受けていない患者さんを目の当たりにすることが多かったのをよく覚えています。HAMの患者数は神経内科専門医よりはるかに少ない、つまりHAMを一度も診療したことがない神経内科専門医もいます。そのような中で確定診断に至る難易度が高いうえに、適切な情報が不足している結果として主治医によって治療に差があるのは、患者さん、医師の双方にとって不幸なことです。だからこそ絶対にガイドラインを作らなければならないと思いました。―ガイドラインができたのはいつですか?2019年1)とかなり最近です。2016年から3年間かけて作成しました。実はガイドライン作成自体は、エビデンスが少ないことに加え、ガイドラインという響きが法的拘束力を想起させるなどの誤解から反対意見もありました。実際のガイドラインではエビデンスに基づき、わかっていることわかっていないことを正確に記述し、現時点で専門家が最低限推奨した治療を記述し、医師の裁量権を拘束するものでもないということまで明記しました。―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます一般内科医の場合、日常診療では新型コロナウイルス感染症を含む各種呼吸器感染症全般、腹痛など多様な疾患を診療している中に神経疾患と思しき患者さんも来院している状況です。その中でHAMの患者さんが来院したとしても、限られた診療時間でHAMを思い浮かべることはかなり困難です。最終的には自分の範囲で手に負えるか、負えないかという線引きで判断し、手に負えないと判断した患者さんを大学病院などに紹介するのが限界だと思います。―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?希少疾患の場合、数少ない患者さんが全国に点在し、疾患によっては専門医が全国に数人しかいないこともあります。極論すれば、現状では専門医がいる地域の患者さんだけが専門的医療の恩恵を受けやすい状況とも言えます。その意味でまず優先すべきは、各都道府県に希少疾患を診療する拠点を整備することです。そのことを体現しているのが、2018年から整備が始まった難病診療連携拠点病院の仕組みです。一方で希少疾患に関しては、従来から専門医が軸になったネットワークが存在します。手前味噌ですが、先ほどお話しした「HAMねっと」もその1つです。HAMの場合、確定診断に必要な検査のうちいくつかは保険適用外のため、全国各地にある「HAMねっと」参加医療機関では研究費を利用し、これらの検査を無料で実施できる体制があります。現状の参加医療機関は県によっては1件あるかないかの状況ですが、それでも40都道府県をカバーできるところまで広げることができました。ただ、前述した難病診療連携拠点病院と「HAMねっと」参加医療機関は必ずしも一致していません。その意味では希少疾患専門医、国の研究班、難病診療連携拠点病院がより緊密に連携する体制構築を目指していくことがさらに重要なステップです。このように受け皿を整備すれば、ゲートキーパーである開業医の先生方も診断がつきにくい患者をどこに紹介すればよいかが可視化されます。それなしに「ぜひ患者さんを見つけてください」と疾患啓蒙だけをしても、疑わしい患者の発見後、どうしたらいいかわからず、現場に変な混乱を招くリスクもあると思います。―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょうやはり昨今の技術革新である人工知能(AI)を利用した診断支援ツールの実用化が進めば、非常に有益なことは間違いないと思います。そもそもAIには人間のような思い込みがありませんから、たとえば脊髄障害があることがわかれば、自動検索で病名候補がまんべんなく上がってくるというシンプルな仕組みだけで見逃しが減ると思います。そのようになれば、迅速に専門医に紹介される希少疾患患者さんも増えていくでしょう。―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません国がどこまで医療DXを推進しようとしているかは、率直に言って私にはわかりません。ただ、医療DXが進展しやすい土俵・環境を作る責任は国にあると思います。その意味では先進国の中で日本がやや奥手となっている医療機関同士での患者情報共有の国際標準規格「FHIR」の導入推進が非常に重要です。それなしでAIによる診断支援ツールの普及は難しいとすら言えます。また、こうした診断支援ツールの開発では、開発者がきちんとメリットを得られるルール作りも必要でしょう。― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか 率直に言って、希少疾患領域に関わっていると今でも太陽の当たる場所ではないと思うことはあります(笑)。その意味で新薬開発が進んでこなかった背景には技術的な問題とともに企業側の収益性に対する考えはあったと思います。もっとも昨今では技術革新により新規化合物デザインも進化し、希少疾患でも遺伝子へのアプローチも含め新たな創薬ターゲットが解明されつつあります。その意味ではむしろ新薬開発も今後は希少疾患の時代となり、30年後くらいは多くの製薬企業が希少疾患治療薬で収益を上げる時代が到来しているのではないかと予想しています。HAMについて言えば、いまだ特異的治療薬はありませんが、もし新薬が登場すれば診断ラグもさらに短縮されると思います。やはり治療薬があると医師側の意識が変わります。端的に言えば「より良い治療があるのだから、より早く診断をつけよう」というインセンティブが働くからです。そして、先程来同じことを言ってしまうようですが、やはりこの点でも、新薬開発が進む方向への誘導や希少疾患の新薬開発の重要性に対する国民の理解促進のために、国のサポートは重要だと思うのです。―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?そもそも希少疾患は数多くあるため、公的研究費の獲得は競争的になりがちです。一般論では投じられる資金が多いほど、病態解明や新規治療開発は進展しやすいとは思いますが、ただ湯水のように資金を投じればよいかと言えばそうではありません。あくまで私見ですが、日本での希少疾患研究支援は、有力な治療法候補が登場した際の実用化に向けた支援枠組みは整いつつあると思っています。反面、基盤的な部分、HAMの例で言えば、患者レジストリ構築のような部分への支援は弱いと考えています。私たちは臨床データを電子的に管理すると同時に患者検体もバンキングしています。これらがあって初めてゲノム解析などによって病態解明や治療法開発の研究が可能になるからです。つまり患者レジストリは研究者にとって一丁目一番地なのです。しかし、その構築と維持は非常にお金がかかります。一例を挙げれば、「HAMねっと」で検体保管に要している液体窒素代は年間約500万円です。しかも、患者レジストリの構築と維持の作業からは直接成果が得られるわけではないのです。このために製薬企業などの民間企業が資金を拠出することは考えにくいです。結局、私も当初は外来終了後にポチポチとExcelの表を作成し、検体を遠心分離機にかけるという作業をやっていました。こうした患者レジストリを国によるコストや労力の支援で構築できるようになれば、多くの希少疾患でレジストリが生み出され、日本が世界に誇る財産にもなり得ます。もっとも先程来、「国」に頼り過ぎているきらいもあるので、国だけでなく企業、患者さんとも共同でこうした基盤を育てていく活動が必要なのではないかと考えています。恥ずかしながら、診断ラグのみならず治療ラグが存在すること、患者レジストリ構築の苦労やその重要性などについては私にとっては目からウロコだった。山野氏への取材を通じ、私個人はこの希少疾患問題をかなり狭くきれいごとの一般論で捉えていたと反省しきりである。 1) 日本神経学会:HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

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母体HIVウイルス量、母子感染に与える影響は?/Lancet

 米国・マサチューセッツ総合病院のCaitlin M. Dugdale氏らは、システマティックレビューおよびメタ解析において、母体HIVウイルス量(mHVL)が50コピー/mL未満の場合、周産期感染は全体で0.2%以下であり、とくに妊娠前から抗レトロウイルス療法(ART)を受け出産直前にmHVLが50コピー/mL未満の女性では感染は認められなかったが、授乳期の感染リスクはきわめて低いもののゼロではなかったことを示した。持続的なウイルス学的抑制状態にある人からの性行為によるHIV感染リスクはゼロであることを支持するエビデンスは増加傾向にあり、「U=U(undetectable[検出不能]= untransmittable[感染不能])」として知られるが、これが垂直感染(母子感染)にも当てはまるかを判断するにはデータが不十分であった。著者は、「妊娠と出産におけるU=Uを支持する結果が示されたが、現在のデータは主に、頻回のmHVLモニタリングや最新の1次ARTレジメンを実施していない研究から得られたものであり、授乳中のU=Uを評価するには不十分である」とまとめている。Lancet誌オンライン版2025年7月10日号掲載の報告。mHVLと母子感染リスクに関するシステマティックレビューとメタ解析 研究グループは、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Library、Cumulative Index of Nursing and Allied Health Literature、WHO Global Health Library、ならびに国際エイズ学会およびレトロウイルス・日和見感染症会議(2016~24年)の抄録を検索し、1989年1月1日~2024年12月31日に発表された、出生直後(出生後6週以内の周産期感染リスクを推定するため)または授乳中(過去6ヵ月間のmHVLに基づく月間感染リスクを推定するため)のmHVLと母子感染の関連について報告した研究を検索した。 事前に定義したmHVLカテゴリーごとに周産期および出生後の感染リスクを統合した。また、ポアソンメタ回帰を用いて比較分析を行い、mHVL別の感染の補正後相対リスク(aRR)も算出した。mHVL<50コピー/mLで周産期感染の統合リスクは0.2% 147件の研究が解析に組み入れられた。138件が周産期解析に、13件が出生後解析に寄与した。全体で8万2,723組の母子データが含まれた。 周産期感染の統合リスクは、mHVLが<50コピー/mLで0.2%(95%信頼区間[CI]:0.2~0.3)、50~999コピー/mLで1.3%(1.0~1.7)、≧1,000コピー/mLで5.1%(2.6~7.9)であった。周産期感染のaRRは、mHVL<50コピー/mLとの比較において、mHVLが50~999コピー/mLで6.3(95%CI:3.9~10.3)、≧1,000コピー/mLで22.5(13.9~36.5)であった。 サブグループ解析では、妊娠前からARTを受け、出産直前のmHVLが50コピー/mL未満の女性4,675例を対象とした5件の研究において、周産期感染はゼロ(0%、95%CI:0.0~0.1)であった。 授乳期の月間感染リスクは、直近のmHVLが<50コピー/mLで0.1%(95%CI:0.0~0.4)、≧50コピー/mL以上で0.5%(0.1~1.8)であった。

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18歳未満の嘔吐を伴う急性胃腸炎、オンダンセトロンは有益か/NEJM

 胃腸炎に伴う嘔吐を呈する小児において、救急外来受診後のオンダンセトロン投与はプラセボ投与と比べて、その後7日間の中等症~重症の胃腸炎リスクの低下に結び付いたことが示された。カナダ・カルガリー大学のStephen B. Freedman氏らPediatric Emergency Research Canada Innovative Clinical Trials Study Groupが、二重盲検無作為化優越性試験の結果を報告した。オンダンセトロンは、救急外来を受診した急性胃腸炎に伴う嘔吐を呈する小児への単回投与により、アウトカムを改善することが報告されている。症状緩和のために帰宅時に処方されることも多いが、この治療を裏付けるエビデンスは限られていた。NEJM誌2025年7月17日号掲載の報告。嘔吐への対応として6回投与分を処方、中等症~重症の胃腸炎発生を評価 研究グループは、カナダの3次医療を担う6施設の小児救急外来で、急性胃腸炎に伴う嘔吐を呈する生後6ヵ月~18歳未満を対象に試験を行った。 救急外来からの帰宅時に、被験者には経口オンダンセトロン液剤(濃度4mg/5mL)またはプラセボ液剤が6回分(それぞれ0.15mg/kg、最大投与量8mg)提供された。介護者には0.1mL単位で調整された投与量が伝えられ、投与後15分以内に嘔吐が再発した場合は再投与し、試験登録後48時間で液剤は廃棄するよう指示された。介護者は7日間の試験期間中、液剤投与および関連した症状を日誌に記録した。 主要アウトカムは、中等症~重症の胃腸炎(試験登録後7日間における修正Vesikariスケール[スコア範囲:0~20、高スコアほどより重症であることを示す]のスコア9以上の胃腸炎発生で定義)。副次アウトカムは、嘔吐の発現、嘔吐の持続期間(試験登録から最終嘔吐エピソードまでの期間で定義)、試験登録後48時間の嘔吐エピソード回数、試験登録後7日間の予定外受診、静脈内輸液の投与などであった。中等症~重症の胃腸炎はオンダンセトロン群5.1%、プラセボ群12.5%、有害事象発現は同程度 2019年9月14日~2024年6月27日に合計1,030例の小児が無作為化された。解析対象1,029例(1例はWebサイトエラーのため無作為化できなかった)は、年齢中央値47.5ヵ月、女児521例(50.6%)、体重中央値16.1kg(四分位範囲[IQR]:12.2~22.5)、ロタウイルスワクチン接種済み562/782例(71.9%)、ベースラインでの嘔吐の持続期間13.9時間(IQR:8.9~25.7)、修正Vesikariスケールスコア中央値9(IQR:7~10)などであった。 主要アウトカムの中等症~重症の胃腸炎は、オンダンセトロン群5.1%(データが入手できた452例中23例)、プラセボ群12.5%(同441例中55例)であった(補正前リスク差:-7.4%ポイント、95%信頼区間[CI]:-11.2~-3.7)。試験地、体重、欠失データを補正後も、オンダンセトロン群はプラセボ群と比べて中等症~重症の胃腸炎のリスクが低かった(補正後オッズ比:0.50、95%CI:0.40~0.60)。 嘔吐の発現や持続期間中央値について、あらゆる意味のある群間差は認められなかったが、試験登録後48時間の嘔吐エピソード回数は、オンダンセトロン群がプラセボ群と比べて低減した(補正後率比:0.76、95%CI:0.67~0.87)。予定外受診および試験登録後静脈内輸液の投与は、試験群間で大きな差はなかった。 有害事象の発現も試験群間で意味のある差は認められなかった(オッズ比:0.99、95%CI:0.61~1.61)。

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ダイエット飲料より水の方が血糖・体重管理に有利

 体重を減らして血糖コントロールを良好にしたいなら、ダイエット飲料ではなく、水を飲むべきかもしれない。米国糖尿病学会学術集会(ADA2025、6月20~23日、シカゴ)で発表された小規模な研究の結果であり、水を飲むように割り当てられた女性はダイエット飲料を飲むように割り当てられた女性よりも、体重が大きく減り、糖尿病が寛解した患者も多かったという。主任研究者であり、糖尿病治療サポートツールなどを手掛けるD2Type Health社のCEOであるHamid Farshchi氏は、「われわれの研究結果は、ダイエット飲料は体重や血糖値の管理に悪影響を及ぼさないとする、これまでの米国での一般的な考え方に疑問を投げかけるものだ」と述べている。 米疾病対策センター(CDC)によると、米国人の約5人に1人が毎日ダイエット飲料を飲んでいるという。ダイエット飲料はカロリーについてはほぼゼロだが、本研究の発表者らは、健康への影響という点ではゼロとは言えない可能性があることを、研究の背景として指摘している。例えば、2023年7月に「Diabetes Care」誌に掲載された研究によると、人工甘味料を多く摂取している人は2型糖尿病を発症する可能性の高いことが明らかにされている。その論文の著者らは、人工甘味料が糖や脂質の代謝を妨げたり、腸内細菌叢を変化させたり、食欲を刺激したりする可能性があると推測していた。 今回報告された研究の対象は、過体重で2型糖尿病の女性81人。その半数は週に5回、昼食後に水を飲む群、残りの半数は水ではなくダイエット飲料を飲む群に割り当てられ、6カ月間の減量プログラムと、その後1年間の体重維持プログラムに参加した。 介入終了時点で、水を飲んだ群の女性は体重が6.82±2.73kg減少していたのに対して、ダイエット飲料を飲んだ群の女性の減量幅は4.85±2.07kgと有意に少なかった(P<0.001)。さらに、水を飲んだ群の女性の90%が糖尿病の寛解を達成したのに対し、ダイエット飲料を飲んだ群でのその割合は45%にとどまっていた(P<0.0001)。また、インスリン抵抗性や中性脂肪などの検査値も、水を飲んだ群では有意に改善していた。 Farshchi氏は、「水を飲むように割り当てられた女性の大半が、糖尿病の寛解を達成した。この結果は、血糖値と体重を効果的に管理しようとする場合、甘味飲料の代わりにダイエット飲料を飲むのではなく、水を摂取することの重要性を浮き彫りにしている。わずかな行動変化であっても、長期的には健康状態に大きな差を生む可能性がある」と述べている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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救急診療部のHCVスクリーニング、最適な方法とは/JAMA

 C型肝炎ウイルス(HCV)感染者の特定は公衆衛生上の優先課題であり、救急診療部(ED)は通常、他の医療施設を受診しないリスクの高い患者を多く受け入れるため、スクリーニングの重点領域となっている。しかし、EDにおけるHCVスクリーニングの最適な方法は明らかでないという。米国・Denver HealthのJason Haukoos氏らDETECT Hep C Screening Trial Investigatorsは「DETECT Hep C Screening試験」において、対象者選択的スクリーニング(targeted screening:TS)と比較して対象者非選択的スクリーニング(nontargeted screening:NTS)は、新規HCV患者の検出に優れるものの、診断から治療完了に至った患者は少数であることを示した。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2025年7月9日号に掲載された。米国の都市部ED施設の無作為化臨床試験 DETECT Hep C Screening試験は、EDにおけるHCVスクリーニングの有効性を評価し、TSよりもNTSが新規HCVを多く検出するという仮説の検証を目的とする実践的な無作為化臨床試験であり、2019年11月~2022年8月に、米国の都市部の3つの大規模ED施設(365日24時間体制)で参加者の無作為化を行った(米国国立薬物乱用研究所[NIDA]の助成を受けた)。 年齢18歳以上で、EDを受診し、臨床的に病態が安定しており、医療に関する同意能力がある患者を対象とした。過去にHCVの診断を受けている患者や、ED滞在時間が60分未満と予測される患者は除外した。 対象とした患者を、NTS(リスクを問わず全患者でHCV検査を行う)群またはTS(リスク評価に基づき高リスク例でHCV検査を行う)群に無作為に割り付けた。TSのリスク評価の基準は、1945~65年生まれ、注射薬物や経鼻薬物の使用、規制のない環境でのタトゥーやピアス、1992年以前の輸血または臓器移植であった。 主要アウトカムは新規のHCV診断であり、HCV抗体検査が陽性で、HCV RNAが検出され、過去にHCVの診断を受けていないことと定義した。副次アウトカムとして、HCV検査の提案・受諾・完了、12週の時点での持続的ウイルス陰性化(SVR12)、18ヵ月時における全死因死亡などを評価した。NTS群、検査の提案は3.1倍、完了は2.1倍 14万7,498例(年齢中央値41歳[四分位範囲:29~57]、男性51.5%、黒人42.3%、ヒスパニック系20.9%、白人32.2%)を登録し、NTS群に7万3,847例、TS群に7万3,651例を割り付けた。 NTS群では、6万5,693例(89.0%)がHCV検査を提案され、1万6,563例(22.4%)がこれを受諾し、9,867例(59.6%)が検査を完了した。このうち416例(4.2%)がHCV抗体検査陽性で、154例(1.6%[95%信頼区間[CI]:1.3~1.8])でHCV RNAが検出されてHCVの新規診断が確定した。 TS群では、高リスクと判定された2万3,400例(31.8%)のうち2万982例(89.7%)がHCV検査を提案され、7,116例(30.4%)が受諾し、4,640例(65.2%)が検査を完了した。このうち348例(7.5%)がHCV抗体検査陽性で、115例(2.5%[95%CI:2.1~3.0])でHCV RNAが検出されてHCVの新規診断が確定した。 したがって、HCV検査の提案の割合はNTS群がTS群の3.1倍(89.0%vs.28.5%、群間差:60.5%[95%CI:60.1~60.9]、p<0.001)で、受諾の割合はTS群で高く(25.2%vs.33.9%、8.7%[8.0~9.4]、p<0.001)、最終的に検査を完了した患者の割合はNTS群がTS群の2.1倍(13.4%vs.6.3%、7.1%[6.8~7.4]、p<0.001)だった。 主要アウトカムである新規HCV診断の割合は、TS群が0.16%(115/7万3,651例)であったのに対し、NTS群は0.21%(154/7万3,847例)と有意に優れた(群間差:0.05%[95%CI:0.01~0.1]、相対リスク:1.34[1.05~1.70]、p=0.02)。治療完了やSVR12達成は両群とも減少、1.5年死亡率に差はない 新規HCV診断例のうち、その後治療に結び付いた患者は両群とも少なく、NTS群で19.5%(30/154例)、TS群で24.3%(28/115例)であった。治療としては、直接作用型抗ウイルス薬(DAA)を開始した患者がそれぞれ15.6%(24例)および17.4%(20例)で、DAAを完了した患者は12.3%(19例)および12.2%(14例)であった。 また、SVR12を達成した患者の割合は、NTS群9.1%(14例)、TS群9.6%(11例)で、18ヵ月時の全死因死亡率は、それぞれ5.2%(8例)および4.3%(5例)だった。 著者は、「SVR12に至った患者の数は、新規HCV診断数から大幅に減少しており、これはHCV治療の革新的モデルの開発が緊急に必要であることを強く示唆する」「米国における現在のHCVの流行は注射薬物の使用が主な要因で、この集団のHCV有病率は30%を超えると推定されるため、注射薬物使用者は対象者選択的な介入の重要な対象であり、治療障壁の理解や彼らのニーズに合ったアプローチの開発など新たな戦略が求められる」としている。

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MRがこの1年で3,000人減少、かつての花形の職業は今…【早耳うさこの薬局がざわつくニュース】第156回

皆さんの肌感では、MR(医薬情報担当者)の情報提供活動は増えていますか? 減っていますか? 年に1度のMRの状況について調査した結果がMR認定センターより発表されました。かつての花形の職業に大きな変化が生じています。MR認定センターは7月15日、4月に実施したMRの実態や教育研修に関する調査結果をまとめた25年度版MR白書を公表。24年度のMR数は前年度より3073人減の4万3646人に減り、23年度(同2963人減)に続いて3000人規模の減少となった。要因としては「MRを多数雇用してきた企業での早期希望退職の影響が大きかった」と分析する。MR数は13年度以降、減少傾向が続き、今回の下げ幅は20年度(3572人減)に次ぎ大きかった。調査に回答した199社のうち20%以上MR数を減らした会社は19社に上った。(2025年7月16日 RISFAX)MRはここ10年ほどで役割や働き方がもっとも大きく変化した職業の1つといえるかもしれません。医薬品に添付文書が封入されなくなり、医薬品情報の入手はインターネット経由が主流になりました。過度な接待が注目を浴びて規制が設けられたり、製品説明会のお弁当額に上限が設けられたりもして、医師と気軽に話せる機会が減りました。さらに、新型コロナウイルス感染症の流行時は医療機関に訪問規制が設けられ、とうとう医師に会うこともままならなくなるなど、さまざまな環境の変化がありました。それに伴い、製薬会社のMRの役割や業務が変化しています。私が薬剤師として社会に出たのはもう20年も前になりますが、その頃のMRは薬学部の学生だけでなく、ほかの学部からも就職希望が殺到する花形の職業でした。今は花形ではないというわけではないのですが、いかんせん新卒採用が減り続けています。昨年度のMR認定試験合格者数は1,137人で、5年前の2分の1、10年前の4分の1程度に減っています。「MR白書」では、MR認定センターが製薬会社約200社にアンケート調査を実施し、MRを取り巻く環境や業務の実情、その変遷が取りまとめられています。この調査は毎年実施されており、「2001年の開始以来、歴史的にも調査規模としても製薬業界全体のMRの実態を示す静態調査」とMR認定センター自らがうたっているように、「MRや医薬品情報提供の今」が垣間見えます。2025年度版MR白書では、以下のようなことが報告されています。昨年に比べ、MR数は3,073名(6.6%)減であった。1,000名以上の大きな会社での早期希望退職の影響があったと考えられる。新卒採用をした会社は34.3%であった。コントラクトMRは横ばい。経験者で即戦力となるMRの役割は大きい。薬剤師資格を有するMRは、MR数と同様に減少傾向が続き、過去最低となった。製薬会社のMRがいなくなることはないでしょうが、これらの結果を見るとこれから先もMRは減少傾向となることは間違いないように思います。医師への食事提供ルールが来春から厳格化されるなど、さらなる自主規制が進められていますが、個人的には、未承認薬の情報提供の規制など、新しい医薬品や既存の医薬品の未承認薬効の情報開示などに関しては、私は今の規制はちょっと厳しすぎるのではないかとも思っています。2026年度には、新しいMR認定試験が開始されます。インターネットによる情報提供が定着してきた今、MRが何を担う職業になるのか、医薬品情報を使用する薬剤師としては少し気になるところです。

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最新の新型コロナワクチンは新たな変異株にも有効

 最新の新型コロナワクチンは、新たな新型コロナウイルス変異株に対しても有効であることが、新たな研究で示された。2023〜2024年版の新型コロナワクチンについて検討したこの研究では、ワクチンは特に重症化予防に対して明確な追加的効果のあることが確認されたという。米レーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのShaun Grannis氏らによるこの研究結果は、「JAMA Network Open」に6月25日掲載された。 この研究では、米国の6つのヘルスケアシステムの2023年9月21日から2024年8月22日までのデータを用いて、新型コロナワクチン(オミクロン株XBB.1.5対応1価ワクチン)の有効性が検討された。主要評価項目は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による救急外来(ED)や緊急ケア(UC)受診、入院、および重症化(集中治療室〔ICU〕入室または入院死亡)の予防に対する有効性を検討した。なお、本研究の対象期間には、オミクロンXBB株およびJN.1株の流行期も含まれている。 対象期間中にCOVID-19様症状を呈し、PCR検査または抗原検査を受けた18歳以上の成人34万5,639例(年齢中央値53歳、女性60%)のうち、3万7,096例(11%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるED/UC受診予防に対するワクチンの有効性は24%(95%信頼区間21〜26%)であることが示された。また、COVID-19様症状を呈して入院した18歳以上の入院患者11万1,931例(年齢中央値71歳)のうち、1万380例(9%)が陽性であった。解析からは、ワクチン接種後7〜299日の間におけるCOVID-19関連の入院予防に対するワクチンの有効性は29%(95%信頼区間25〜33%)、重症化予防に対する有効性は48%(同40〜55%)であった。ワクチンのこのような予防効果は、特に65歳以上の成人において顕著であることも示された。 さらに、ワクチンの有効性は接種後7〜59日が最も高いことも判明した(ED/UC受診予防:49%、入院予防:51%、重症化予防:68%)。しかし、接種後180〜299日になると効果が大幅に低下し、ED/UC(−7%)と入院(−4%)予防に関しては有効性が認められなくなり、重症化予防についても16%まで低下していた。 Grannis氏は、「この研究は、改良型COVID-19ワクチンが、特にワクチン接種直後の数カ月間に、入院や重症化などの深刻なアウトカムに対して依然として大きな保護効果を発揮することを示している」と述べている。同氏はさらに、「これらの結果は、ウイルスが進化し続ける中で、特に高齢者やより脆弱な患者に対して、推奨通りに最新のワクチンを接種し続けることの重要性を再確認させるものだ」と付け加えている。 この研究結果は、米政府により新型コロナワクチンの改良が妨げられている中で発表された。米食品医薬品局(FDA)は5月に、プラセボ対照試験を実施しない限り、一般向けに改良型新型コロナワクチンを承認しないと発表した。また、同月後半にロバート・F・ケネディ・ジュニア(Robert F. Kennedy Jr.)保健福祉長官は、米疾病対策センター(CDC)は今後、健康な小児および妊婦への新型コロナワクチン接種を推奨しないと発表した。なお、CDC公式サイトには現時点でこの方針は反映されていない。 Grannis氏は、「本研究結果は、高リスクグループに対してタイムリーなワクチン接種と追加接種を推奨するガイドラインを裏付けている」と話す。また、共著者の1人であるレーゲンストリーフ研究所生物医学情報センターのBrian Dixon氏は、「効果的なワクチンの接種は、入院や救急外来の受診を防ぐことで地域社会の健康を維持し、COVID-19に伴うコストを削減する上で依然として重要な手段である」と述べている。

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高齢の日本人男性で腸内細菌叢がサルコペニアと相関か

 我々の腸内には、約1,000種類・100兆個にも及ぶ細菌が存在している。これらの細菌は、それぞれ独自のテリトリーを維持しながら腸内細菌叢(GM)という集団を形成している。近年では、GMが全身疾患と関連していることが明らかになってきた。今回、日本の高齢者を対象とした研究において、男性サルコペニア(SA)患者では、非SA患者に比べてGMのα多様性が有意に低下しβ多様性にも有意な違いを認めることが報告された。研究は順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター消化器内科の浅岡大介氏らによるもので、詳細は「Nutrients」に5月21日掲載された。 SAは、加齢に伴い骨格筋量、筋力、身体機能が低下する病気だ。SAを患う患者は転倒、入院、死亡のリスクが高まるため、早期発見と適切な介入が不可欠となる。また、近年、SAの発症にはGMが関与することが示唆されている。GMの細菌構成が乱れた状態(ディスバイオシス)では、腸管透過性が亢進し、いわゆる「リーキーガット(腸管壁侵漏)」による炎症が引き起こされ、結果としてSAの進行につながっている可能性がある。日本人は独特な食習慣の影響で、他の集団とは著しく異なるGMプロファイルを持つことが知られている。しかし、特に高齢の日本人集団におけるGMとSAの関係については、まだ十分に解明されていない。このような背景から著者らは、アジアにおけるSA診断基準としては2019年に改訂された最新のアジアサルコペニアワーキンググループ(AWGS)2019基準で診断された高齢者のSAとGMプロファイルとの関係を検討した。 本研究では、2022年6月から2023年1月にかけて、順天堂東京江東高齢者医療センター消化器内科に外来通院していた65歳以上の患者から採取した便検体を用い、前向きの横断研究を実施した。SAはAWGS2019診断基準に基づき、握力、歩行速度、DXA法による骨格筋量指数(SMI)に基づき診断された。GMプロファイルは16S rRNA遺伝子シーケンス解析を用いて解析し、(1)SAに関するGMのα多様性(個体内のGMでどの種がどの位均等に存在しているか)・β多様性(個体間のGMでどれ位多様性が異なるか)・性差、(2)SAに関連する腸内細菌属の占有率や検出率、(3)SMI、握力、歩行速度と腸内細菌属との相関を調査した。 本研究の最終的な解析対象は356名(男性144名、女性212名)であり、このうちSAは50名(男性35名、女性15名)含まれた。β多様性は男女間で有意に異なっていたため、性別によるサブグループ解析を実施した。その結果、男性のSA群ではα多様性のいくつかの指標が低かった(ディスバイオシスの状態)。男性のGMのβ多様性は、SA群と非SA群で有意な違いが認められた。一方で女性の場合は、α多様性およびβ多様性のいずれにも有意な違いは認められなかった。 次に、SAに関連する腸内細菌属の占有率を調べたところ、6種の細菌属(Eubacterium I、Fusicatenibacter、Holdemanella、Unclassified Lachnospira、Enterococcus H、Bariatricus)の腸内占有率が男性のSA群で低いことが明らかになった。一方で、女性のSA群と非SA群の細菌構成比に明らかな違いは認められなかった。スピアマンの順位相関係数を用いて、これらの細菌属と筋力に関連する指標との相関を調べたところ、男性の検体において、Unclassified Lachnospiraは握力と、FusicatenibacterおよびEnterococcus Hは握力および歩行速度との間に有意な正の相関を示した。HoldemanellaはSMIと正の相関を示していた。しかし、女性の検体ではこれらの菌属とSMI、握力または歩行速度との間に有意な相関は認められなかった。 本研究について著者らは、「本研究は、日本で初めて臨床において高齢者集団のGM組成とAWGS2019診断基準で診断されたSAとの関連を調査した研究である。今回の結果から、高齢の日本人男性において、GMの組成がSAと関連することが示された。これは、日本の高齢男性におけるSA予防のために、腸内細菌をターゲットとした戦略が有効である可能性を示唆している」と述べている。

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抗IL-5抗体は“好酸球性COPD”の増悪を抑制する(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 好酸球を集積する喘息などの疾患が併存しないにもかかわらずCOPDの20~40%において好酸球増多を伴うことが報告されている。今回、論評の対象とした論文では、以上のような特殊病態を好酸球性COPD(COPD with Eosinophilic Phenotype)と定義し、その増悪に対する生物製剤抗IL-5抗体(メポリズマブ)の効果を検証している。好酸球性COPDの本質は確定されていないが、本論文では、喘息とCOPDの合併であるACO(Asthma and COPD Overlap)に加え多くの好酸球性全身疾患(多発血管炎性肉芽腫症など)の関与を除外したCOPDの一亜型(表現型)と定義されている。COPDの歴史的変遷 COPDの現在に通ずる病態の議論が始まったのは1950年代であり、肺結核を中心とする感染性肺疾患を除いた慢性呼吸器疾患を総称してChronic Non-Specific Lung Disease(CNSLD)と定義された。1964年には閉塞性換気障害を呈する肺疾患に対してイギリス仮説(British Hypothesis)とアメリカ仮説(American Hypothesis)が提出された。イギリス仮説では閉塞性換気障害の本質を慢性気管支炎、アメリカ仮説ではその本質を肺気腫と考えるものであった。しかしながら、1975年、ACCPとATSの合同会議を経て慢性気管支炎と肺気腫を合わせて慢性閉塞性肺疾患(COPD:Chronic Obstructive Pulmonary Disease)として統一された。 一方、1960年に提出されたオランダ仮説(Dutch Hypothesis)では、喘息、慢性気管支炎、肺気腫の3病態を表現型が異なる同一疾患であると仮定された。オランダ仮説はその後数十年にわたり評価されなかったが、21世紀に入り、COPDにおける喘息の合併率が、逆に、喘息におけるCOPDの合併率が、一般人口における各病態の有病率より有意に高いことが示され、慢性の気道・肺胞病変にはオランダ仮説で示唆された第3の病態、すなわち、肺気腫、慢性気管支炎によって代表されるCOPDと喘息の重複病態が存在することが示唆された。COPDと喘息の重複病態は、2009年にGibsonらによって(Gibson PG, et al. Thorax. 2009;64:728-735.)、さらに2014年、GINA(喘息の国際ガイドライン)とGOLD(COPDの国際ガイドライン)の共同作業によってACOS(Asthma and COPD Overlap Syndrome)と命名されたが、その後、ACO(Asthma and COPD Overlap)と改名された。ACOは1960年に提出されたオランダ仮説と基本概念が類似する疾患概念だと考えることができる。 しかしながら、近年、喘息が併存しないにもかかわらず好酸球性炎症が病態形成に関与する“好酸球性COPD”なる新たな概念が提出され、その本質に関し積極的に解析が進められている(Yun JH, et al. J Allergy Clin Immunol. 2018;141:2037-2047.)。すなわち、現時点におけるCOPDの病型には、古典的な好中球性COPD(肺気腫、慢性気管支炎)に加え、喘息が合併した好酸球性COPD(ACO)ならびに喘息の合併を認めない非喘息性の好酸球性COPDが存在することになる。好酸球性COPDの分子生物学的機序 20世紀後半にはTh2(T Helper Cell Type 2)リンパ球とそれらが産生するIL-4、IL-5、IL-13が喘息病態に重要な役割を果たすことが示された(Th2炎症)。21世紀に入り2型自然リンパ球(ILC2:Group 2 Innate Lymphoid Cells)が上皮由来のIL-33、IL-25およびTSLP(Thymic Stromal Lymphopoietin)により活性化され、IL-5、IL-13を大量に産生することが明らかにされた。その結果、喘息の主病態は、“Th2炎症”から“Type2炎症”へと概念が拡大された。喘息患者のすべてがType2炎症を有するわけではないが、半数以上の喘息患者にあってType2炎症が主たる分子機序として作用する。Type2炎症にあって重要な役割を担うIL-4、IL-13は、STAT-6を介し気道上皮細胞における誘導型NO合成酵素(iNOS)の発現を増強し、気道上皮において一酸化窒素(NO)を過剰に産生、呼気中の一酸化窒素濃度(FeNO)は高値を呈する。すなわち、FeNOはIL-4、IL-13に関連するType2炎症を、血中好酸球数は主としてIL-5に関連するType2炎症を、反映する臨床的指標と考えることができる。 好中球性炎症が主体であるCOPDにあって好酸球性炎症の重要性が初めて報告されたのは、慢性気管支炎の増悪時であった(Saetta M, et al. Am J Respir Crit Care Med. 1994;150:1646-1652.)。Saettaらは、ウイルス感染に起因する慢性気管支炎の増悪時に喀痰中の好酸球が約30倍増加することを示した。それ以降、COPD患者にあって増悪時ではなく安定期にもType2炎症経路が活性化され好酸球増多を伴う病態が存在することが報告された(Singh D, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2022;206:17-24.)。これが非喘息性の好酸球性COPDに該当するが、COPDにおいてType2炎症経路がいかなる機序を介して活性化されるのかは確実には解明されておらず、今後の詳細な検討が待たれる。好酸球性COPDに対する生物製剤の意義-増悪抑制効果 2025年のGOLDによると、血中好酸球数が300cells/μL以上で慢性気管支炎症状が強い好酸球性COPDにおいては、ICS、LABA、LAMAの3剤吸入を原則とするが、吸入治療のみで増悪を管理できない場合には抗IL-4/IL-13受容体α抗体(抗IL-4Rα抗体)であるデュピルマブ(商品名:デュピクセント)を追加することが推奨された。2025年現在、米国においては、抗IL-5抗体であるメポリズマブ(同:ヌーカラ)も好酸球性COPD治療薬として承認されている。一方、本邦にあっては、2025年3月にGOLDの推奨にのっとりデュピルマブが好酸球性COPD治療薬として承認された。 本論評で取り上げたSciurbaらの無作為化プラセボ対照第III相試験(MATINEE試験)では、世界25ヵ国344施設から、(1)40歳以上のCOPD患者(喫煙歴:10pack-years以上)で喘息など好酸球が関与する諸疾患の除外、(2)スクリーニングの1年前までにステロイドの全身投与が必要な中等症増悪を2回以上、あるいは1回以上の入院が必要な重篤な増悪の既往を有し、(3)ICS、LABA、LAMAの3剤吸入療法を少なくとも3ヵ月以上受け、(4)血中好酸球数が300cells/μL以上、の非喘息性の好酸球性COPD患者804例が集積された。これらの患者にあって、170例がメポリズマブを、175例が対照薬の投与を受け52週間(13ヵ月)の経過が観察された。さらに、メポリズマブ群に割り当てられた233例、対照薬群の226例は104週間(26ヵ月)の経過観察が施行された。Primary endpointは救急外来受診あるいは入院を要する中等症以上の増悪の年間発生頻度で、メポリズマブ群で0.80回/年であったのに対し対照群のそれは1.01回/年であり、メポリズマブ群で21%低いことが示された。 Secondary endpointとして中等症以上の増悪発生までの日数が検討されたが、メポリズマブ群で419日、対照群で321日と、メポリズマブ群で約100日長いことが示された。MATINEE試験の結果は、増悪が生命予後の重要な規定因子となる非喘息性の好酸球性COPDにあってICS、LABA、LAMAの3剤吸入に加え、生物製剤メポリズマブの追加投与が増悪に起因する死亡率を有意に低下させる可能性を示唆した点で興味深い。 現在、喘息に対する生物製剤には、本誌で論評したメポリズマブ(商品名:ヌーカラ、抗IL-5抗体)以外にオマリズマブ(同:ゾレア、抗IgE抗体)、ベンラリズマブ(同:ファセンラ、抗IL-5Rα抗体)、GOLDで好酸球性COPDに対する使用が推奨されたデュピルマブ(同:デュピクセント、抗IL-4Rα抗体)、テゼペルマブ(同:テゼスパイア、抗TSLP抗体)の5剤が存在する。これらの生物製剤にあって、少なくともベンラリズマブ、デュピルマブ、テゼペルマブはACOを含む好酸球性COPDの増悪抑制という観点からはメポリズマブと同等の効果(あるいは、それ以上の効果)を発揮するものと予想される。いかなる生物製剤が好酸球性COPD(ACOと非喘息性の好酸球性COPDを含む)の生命予後を改善するのに最も適しているのか、今後のさらなる検討を期待したい。

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第271回 参院選のマニフェストに変化?各党が口を揃える政策とは

与党情勢、雲行き怪しく第27回参議院選挙(以下、参院選)も終盤に差し掛かっている。こうした選挙では序盤、中盤、終盤と各社が情勢を報道するが、近年で政権与党側の情勢がここまで坂を転がり落ちるように悪化するのも珍しいと言える。たとえばNNN(日本テレビ系列)の情勢調査によると、勝敗を握る1人区の情勢は、序盤は与党系リードが10選挙区、野党系リードが12選挙区、接戦が10選挙区だったのが、終盤ではそれぞれ7選挙区、20選挙区、5選挙区まで変化している。党勢を直接的に反映する比例代表議席では、序盤で自民党は12~15議席と予想されてきたが、ここに来て自民党内からは12議席も危ういのではないかとすらささやかれている。筆者の知人の自民党関係者は「もう予想がつかない。ただ、ほぼ絶対と言ってもよいかもしれないのは序盤の最大値15議席はないということ」とまで語った。ちなみに現在の選挙制度になって以降、参院選での自民党の比例の最低記録は1998年(橋本 龍太郎政権)と2007年(第一次安倍 晋三政権)の14議席である。これを下回れば自民党にとって過去最大の敗北となる。さて本連載では毎回国政選挙時に各政党が掲げる医療・介護・社会保障関連政策を独断と偏見も交えながら取り上げてきた。昨年秋の衆院選時も前編・後編にわけてお伝えしたが、そこから10か月弱しか経ていない。ということで、今回は政党助成法上の政党要件を満たした各党の政策を約10ヵ月前と比較した変化に着目してお伝えしたいと思う(以下、2024年衆院選マニフェスト=前回、2025年参院選マニフェスト=今回)。なお、取り上げるのは改選前議席数の順としている。自民党(114議席)自民党の場合、選挙時のマニフェストは簡易版に加え「総合政策集(通称・J-ファイル)」を公表している。このJ-ファイルで謳っている社会保障関連項目は70項目を超える。ただ、これを極めてぎゅっとまとめた簡易版では以下のように大枠を記述している。「物価や賃金が上昇する中、地域医療、介護、福祉の基盤を守り、働く方もサービスを利用する方も継続して安心できるよう、次期報酬改定はもとより、経済対策等を通じ、公定価格の引上げなど、経営の安定や他産業に負けない賃上げにつながる迅速かつ確実な対応を行います。わが国の創薬力の強化を図るとともに、持続可能な流通体制を含め、医薬品の安定供給に取り組みます」実は前回は太字にあるような診療報酬引き上げは、物価スライドの可能性については言及していたものの、引き上げそのものまでは言明していなかった。そしてもう1つの太字である創薬強化、流通の安定になぜ私が太字をつけたかを説明しよう。これまでの診療報酬引き上げは、薬価の引き下げを財源としていたのはこの業界では周知のこと。創薬力の強化も安定供給もそれを下支えするのは薬価である。慣例に則れば、診療報酬引き上げと薬価の下支えは二律背反である。だが、それを公言してしまっているのだ。この謎を解くヒントの一端が、J-ファイル2024とJ-ファイル2025の比較で浮き上がってくる。ずばりJ-ファイル2025には前回はなかった「病床数の適正化を進める医療機関への支援を着実に実施」という文言が新たに加わった。診療報酬は引き上げつつも、病床削減による入院医療費削減を念頭に置き、その一部が薬価対策に使われるのではないかと邪推できてしまう。2025年度予算編成に当たって自公維3党合意で謳われた病床削減に少なくとも石破自民党はそれなりに本気であることがうかがえる。この点は大きな変化と言える。立憲民主党(38議席)現在、最大野党の同党だが、診療報酬や介護報酬の引き上げ、薬価の中間年改定は今回も継続して謳っている。その意味で前回と今回では掲げる政策はほぼ変わっていない。その中で2025年度予算編成での与党の最大の敗北ともいえる高額医療費の自己負担限度額の引き上げ撤回については、今後の引き上げについても中止を新たに明言した。この辺はトレンドに乗じたとも言えるのだが、この項目に関連して同党はさらりと「軽症患者の医療費の見直し優先」と記述している。その見直し内容の詳細には触れていないが、おそらくは一般用医薬品(OTC)類似薬の保険外しなどが念頭にあると思われる。国民民主党や日本維新の会ほどははっきりこの点を明言してこなかった同党だが、ついにこの点に踏み込んだ。公明党(27議席)さて与党の一角を占める同党だが、今回はがらっと政策が“変化”している。というか正確に言えば、医療・介護・保育従事者の賃上げやメンタルヘルスケア対応の充実、医療DXなどは維持されているのだが、前回掲げられていた▽医療提供体制の充実▽がん医療提供体制の充実▽医薬品の安定供給・品質の確保▽帯状疱疹ワクチンの円滑な接種▽地域包括ケアシステムの推進▽難聴に悩む高齢者等に対する支援▽介護人材の確保、はごっそり消えた。細かくは紹介しないが、今回は物価高対策に主な重点を置いているようだ。以前から指摘しているが、同党はある意味元祖バラマキ政党とも言えるため、それと親和性の高い物価高対策のほうにベクトルが向かっているのだろう。日本維新の会(18議席)良く言えば「元祖・若者世代の味方」、悪く言えば「元祖・世代間分断の火付け役」とも言える同党は、今回キャッチフレーズから「社会保険料から、暮らしを変える」を打ち出してきた。前回は「高齢者医療制度の適正化による現役世代の社会保険料負担軽減」というざっくりとしたものを打ち出し、その中で▽後発医薬品の使用原則化▽医薬分業制度の見直し▽保険適用薬品の適正化▽診療報酬体系の再構築▽高齢者医療費の一律3割負担、などを打ち出していた。今回もこの大枠は堅持のままだが、まずは2025年度予算編成時の自公維合意で言及し、同党としては“成果”と考えているであろう▽OTC類似薬の保険適用除外▽人口減少等により不要となる約11万床の病床を不可逆的な措置を講じつつ次の地域医療構想までに削減(感染症等対応病床は確保)、を打ち出してきた。病床削減については「不可逆的な措置」とかなり強い文言まで付記している。さらにより具体的なものとして新たに「費用対効果に基づく医療行為や薬剤の保険適用除外の促進」「電子カルテ普及率100%達成」「電子カルテを通じた医療情報の社会保険診療報酬支払基金に対する電磁的提供の実現」「地域フォーミュラリの導入」を打ち出している。言葉が悪いことを承知で言えば、医療費削減につながりそうなものはなんでも盛り込むヤミ鍋状態である。もっとも一部で話題になっている同党東京選挙区の候補者・音喜多 駿氏の昨今のX(旧Twitter)の投稿に代表されるように、医療に対する理解は表層的な印象が強い。日本共産党(11議席)今回の参院選マニフェストでは新たに「国費5,000億円投入による診療報酬引き上げ」と「OTC 類似医薬品の保険給付外し反対」が加わった。前者は昨今報道されている病院経営の苦境、後者は2025年度予算編成時の自公維3党合意を意識したものと思われる。また、前回も「公費1 兆円投入による社会保険料の均等割・平等割を廃止などの抜本的改革」を謳っていたが、今回はここの中で子どもの国保無料化を打ち出した。介護に関しては、変化はほとんどないが、前回打ち出していた「介護事業所の人材紹介業者への手数料上限設定」は今回のマニフェストからは消えた。この点については、国が対策に本腰を入れ始めたからだと推察される。さて共産党と言うと、「無償化」「負担増反対」などある意味バラマキ政策の典型を見せており、この政策の方向性に変化はない。だが、それでも今回のマニフェストには“大きな変化”があった。というのは、こうした政策に必要な財源規模とそれを捻出するための各政策とそれによる予算削減(獲得)規模の大雑把な貸借対照表を公表したことだ。それによると、医療政策も含め共産党が主張する政策実現に必要な予算は25兆6,000億円で、これを捻出するための政策は、法人税率引き上げによる3兆3,000億円など7項目合計で同額。言ってしまえば、金持ちから搾り取る所得再分配を強化するというものだ。つまり国民全体では薄く負担軽減、一部国民へは課税強化というシナリオである。この通りに進むとは思えないが、これまでの「財源は?」という問いに最低限答えたという変化は小さいものではないと考えている。国民民主党(9議席)各種情勢調査で参政党とともに躍進の可能性が伝えられている同党だが、衆院選直後と比べるとやや失速している模様だ。同党のマニフェストは「手取りを増やす夏。」だが、私のような古い世代はこのキャッチフレーズを聞くと、かつてテレビで流れていた大日本除虫菊の蚊取り線香「金鳥の渦巻」のCMキャッチフレーズ「金鳥の夏 日本の夏」を思い出してしまう。さて前回も同党に関してはかなり医療関連政策が作り込まれていると書いたが、そうしたこともあってか、今回も大きな変更はない。だが、ところどころに微修正が見て取れる。たとえば後期高齢者医療制度の公費負担増では、前回は財源について「国民の安定的な資産形成の促進に配慮しながら、富裕層の保有する資産への課税等を検討します」との記述があったが、これが丸々削除されている。おそらく富裕層からの反発を恐れた全方位(八方美人)戦略と言えるかもしれない。また、保険給付範囲の見直しについても前回はセルフメディケーション推進とともに今回維新が掲げた政策と似通った「年齢ごとに健康に生活できる状況を維持するのにかかる医療の費用対効果評価が低いものについては公的医療保険の対象から見直します」と、すでに保険適用になっている技術などの保険外しを意図しているかのような一文もあったが、これも削除された。一方で「セルフメディケーションの推進」の項目では、なぜここに盛り込んだかは不明だが「リフィル処方箋の普及を目指します」との一文が追加されている。この項目にこの文言を盛り込むのは、何かの間違いか、単なる勉強不足のように思えるのだが…。れいわ新撰組(5議席)前回と比べて驚くほど政策に変化がないのが同党である。よく言えば、一貫性がある。その中でも微妙な変化がある。前回は「健康保険証のマイナカードへの統合反対」「国立病院、公立病院の統廃合、病床の削減を根本的に見直し」としていたが、今回はマイナカードの廃止、病床削減の中止を明言した点である。日本保守党(2議席)前回は国政に議席を有していなかったため、取り上げてはいなかった。今回のマニフェストを見ると、▽健康保険法・年金法改正(外国人の健康保険・年金を別立て)▽出産育児一時金の引き上げ(国籍条項をつける)の2点を打ち出している。この部分を見る限り、参政党以上に「日本人ファースト」である。社民党(2議席)昨年と異なるのは「最低賃金全国一律1,500円の早期実現と社会保険料の労使負担割合を1:3にし、手元に残る賃金を増やします!中小零細企業の負担増加分は国の公費助成で補填します」という主張だ。同党は医療費の窓口負担の引き上げや病院統廃合の反対など共産党やれいわ新撰組と政策が似通っているが、社会保険料についての数字を挙げ、ここまで具体的に踏み込んだのはほぼ初だと思われる。参政党(1議席)第270回で取り上げたのでここでは詳細は省くが、変化があったのは今回新たに加わった「政策5 GoToトラベルで医療費削減」と「政策6 金儲け医療・WHOパンデミック条約に反対」の各種政策。昨年の衆院選では新型コロナウイルス感染症ワクチンの健康被害追及への注力を打ち出していたが、この点は鳴りを潜めた。この手の政策に批判が集まりやすいことを念頭に置いたのかどうかはわからないが…。各政党が意識する政策ざっと概観したが、今回、全体を見回して私個人が非常に特徴的と感じたことがある。それはどの政党も「社会保険料の軽減」にやたらと重点を置いていることだ。少なくともこの点の元祖は、これまで各党の政策を眺めてきた私からすると日本維新の会なのだが、この政策を盛り込んでキャッチーに「手取りを増やす」を掲げ、若年層からの票を集めて議席増につなげた国民民主党がインフルエンサーの地位をものにしたと感じている。これまで政治に関心の低い若年層の支持獲得に苦労してきた各党とすれば、前回の国民民主党の躍進でその解の一端を見つけたと思ったのではないか? その意味で今回の選挙は、「国民民主ジェネリック」あるいは「国民民主ポピュリズム」とでもいうべき現象が広がっているように映る。さて最終的な結果はいかなるものになるのだろう。

119.

フィジシャン・アシスタントによるケアの質への影響は?/BMJ

 英国・ノッティンガム大学のNicola Cooper氏らは、フィジシャン・アシスタント(Physician Assistant:PA)のケアの質への影響を明らかにする目的で、PAによるケアと医師によるケアを定量的に比較した研究についてシステマティックレビューを行い、エビデンスは限られており、診断前の状況でPAが間接的な指導の下で業務を行うことは、安全性または有効性の点で支持されるものではないことを報告した。PAは、特定の専門分野や地域における医療不足に対応するため、米国で導入された。英国では、最初のPAが2007年にパイロットプログラムを卒業したが、とくに「医師の代理」としての役割を果たすことに関してPA制度の導入に懸念が示されていた。著者は、「PAの監督体制と業務範囲に関する国のガイドラインを設けることで、PAの安全かつ効果的な業務を行えるようにすることができる」とまとめている。BMJ誌2025年7月3日号掲載の報告。PAによるケアvs.医師によるケア、定量的に比較した研究をレビュー 研究グループは、主要な医学電子データベースであるMedlineおよびEmbaseを包括的に検索するとともに、Google Scholarを用い検索語を「impact of physician assistants」として最初の200件に限定して検索を行った。 適格基準は、言語が英語で、2005年1月~2025年1月に発表され、先進国においてPAによるケアと研修医を含む医師によるケアを定量的に比較した実証研究であった。アウトカムは、Institute of Medicineによる質の定義に基づくケアの成果(安全性、有効性、患者中心性、適時性、効率性、公平性)とした。 適格基準を満たした研究は、プライマリケア、セカンダリケア、病院におけるPAと研修医の比較、診断/パフォーマンス、費用対効果に分類された。 2人の評価者が独立して、研究デザイン、サンプル、方法および結果に関するデータを抽出するとともに、各研究についてバイアスリスク評価ツールを用いた。 解析対象となった研究には異質性があるため、メタ解析は行わず主要な結果についてナラティブに統合した。各アウトカムに関するエビデンスの信頼性は、関連研究の数と質、および類似する研究間の結果の一貫性に基づいて評価された。PAのケア、直接監督下で診断後の場合は安全かつ効果的 検索により3,636報が特定され、タイトルと抄録による最初のスクリーニングで167件が候補となり、全文スクリーニングの結果、最終的に40件の研究が解析に組み込まれた。 これらの研究の多くは、質の低い後ろ向き観察研究であった。40件中31件が米国、4件がオランダ、4件が英国、1件がアイルランドで実施されたもので、新型コロナウイルス感染症流行以後のデータはなかった。 多くの研究で最も一貫性のある結果が得られたのは、PAが直接の監督の下で診断後のケアに従事している場合に安全かつ効果的に業務を行っているという研究であった。患者満足度については、PAと医師の間に差は認められなかった。 医療チームにPAを加えることはケアへのアクセス向上につながるが、これはPAという職種が持つ役割の固有の貢献というより、医療スタッフ数増加のメリットを反映している可能性が示唆された。 費用対効果に関するエビデンスは限られていた。英国では、社会経済的に恵まれない地域に住んでいる患者ほどPAによる診察を受ける傾向があった。

120.

新型コロナでがん患者の自宅看取りが増加/がん研究センター

 国立がん研究センターがん対策研究所(所長:松岡 豊)は、2021年に死亡した患者の遺族を対象に、人生の最終段階で受けた医療や療養生活の実態を把握する全国調査を実施し、その結果をまとめ、公表した。 今回の調査は、新型コロナウイルス感染症の流行期とアンケート実施時期が重なったことから、特殊な社会環境下における人生の最終段階の医療や療養生活に関する情報も得られた。 調査対象は、がんを含む主要10疾患(がん、心疾患、脳血管疾患、肺炎、腎不全、血管性などの認知症、アルツハイマー病、慢性閉塞性肺疾患、誤嚥性肺炎、老衰)により死亡した患者の遺族1万890人。また、この調査は、2018~19年度に実施した調査と同一の調査項目を用いており、一定の比較ができるもの。最後に患者が望む場所で過ごせた割合は37~60%【死亡場所で受けたケアの質について】 「医療者はつらい症状にすみやかに対応していた」とする割合は65~81%であり、がん・心疾患・脳血管疾患では前回より2~3ポイント低下していた。とくに老衰(80.7%)とがん(79.3%)が高い値だった。「死亡場所での医療に満足していた遺族」は65~81%であり、がん・肺炎・腎不全では前回より2~5ポイント増加した。【医療に関する希望の話し合いについて】 「医師と患者の間で最期の療養場所について話し合いがあった」という割合は23~53%であり、がんを含む5疾患では、前回より8~17ポイント増加した。とくにがん(52.9%)、老衰(39.7%)、慢性閉塞性肺疾患(39.5%)の順で高い値だった。【新型コロナウイルス感染症の看取りへの影響について】 「入院・入所していたため、面会制限により思うように面会できなかった」とする遺族の割合は61~82%だった。とくにがんでは、面会制限を避けて自宅療養を選択した割合が11%と相対的にやや高くなっていた。また、「面会制限で思うように面会できなかった割合」では、アルツハイマー病(81.5%)、誤嚥性肺炎(80.9%)、肺炎(78.8%)の順で高い値だった。【死亡前1ヵ月間の療養生活の質について】 「からだの苦痛が少なかった」とされた割合は37~53%であり、がんでは前回から4ポイント低下した。とくに老衰(52.5%)、アルツハイマー病(49.6%)、認知症(49.1%)の順で高かった。患者などが望んだ場所で過ごせた割合は37~60%であり、がんを含む5疾患では、前回より2~15ポイント増加した。

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