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生後3ヵ月未満児の発熱【すぐに使える小児診療のヒント】第3回

生後3ヵ月未満児の発熱今回は、生後3ヵ月未満児の発熱についてお話しします。小児において「発熱」は最もよく経験する主訴の1つですが、「生後3ヵ月未満の」という条件が付くとその意味合いは大きく変わります。では、何が、なぜ違うのでしょうか。症例生後2ヵ月、女児受診2時間前に、寝付きが悪いため自宅で体温を測定したところ38.2℃の発熱があり、近医を受診した。診察時の所見では、活気良好で哺乳もできている。この乳児を前にして、皆さんはどう対応しますか? 「元気で哺乳もできているし、熱も出たばかり。いったん経過観察でもよいのでは?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、この場合は経過観察のみでは不十分であり、全例で血液検査・尿検査を行うことが推奨されています。また、必要があれば髄液検査や入院も考慮すべきです。そのため、適切な検査の実施が難しい施設であれば、専門施設への紹介が望ましいです。小児科では自然に行われている対応ですが、非小児科の先生にとっては馴染みが薄いかもしれません。これは、かつて医師国家試験で関連問題の正答率が低く採点対象外となり、その後出題が避けられた結果、臨床知識として広まりにくかったという経緯が背景にあります。なぜ、生後3ヵ月未満児では対応が異なるのか?乳児期早期は免疫機能が未熟であり、とくに新生児では母体からの移行抗体に依存しているため、自身の感染防御機能が十分ではなく、全身性の感染症に進展しやすいという特徴があります。さらに、この時期の感染症は症状が非特異的で、診察時に哺乳力や活気が保たれていても、重症細菌感染症が隠れていることがあります。生後3ヵ月未満の発熱児では1〜3%に髄膜炎や菌血症、9〜17%に尿路感染症が認められると報告されています。なお「発熱」とは、米国小児科学会(AAP)が2021年に発表したガイドラインでは、直腸温で38.0℃以上が基準とされています。腋窩での測定ではやや低くなる傾向があり、腋窩温では37.5℃以上を発熱とみなすことが多いですが、施設や文献によって差があります。また、診察時に平熱であっても、自宅での発熱エピソードがあれば評価の対象になることを念頭に置く必要があります。発熱を認めたらまず血液検査+尿検査日本小児科学会やAAPでは、生後3ヵ月未満の発熱児については全例で評価を行うことを推奨しています。日齢に応じて、血液培養、尿検査、髄液検査を行い、入院加療を考慮する方針です。とくに生後28日未満の新生児では、入院による経過観察が標準対応とされています。一例として、私が所属する東京都立小児総合医療センターにおける現時点でのフローを以下に示します。0〜28日の新生児は髄液検査を含めたwork upを行って全例入院し、各種培養が48時間陰性であることを確認できるまで広域な静注抗菌薬投与、29〜90日の乳児はバイタルサインや検査で低リスクであると評価されれば帰宅可能(36時間以内に再診)、それ以外は入院としています。東京都立小児総合医療センターのフロー※ANC(好中球絶対数)は白血球分画を参考にして算出施設ごとに細かな対応は異なるとは思いますが、以下のポイントは共通しているのではないでしょうか。生後3ヵ月未満では「元気そう」は安心材料にならない発熱を認めたらルーチンで血液検査・尿検査を行う生後28日未満では髄液検査、入院を推奨まずは細菌感染症を前提に対応するどこまでのリスクに備えるか成人や高齢者の診療と同様に、場合によってはそれ以上に小児の診療でも「重い疾患を見逃さないために、どこまで検査や治療を行うべきか」という判断がシビアに求められます。目の前の小児が元気そうに見えても、ごくまれに重篤な疾患が潜んでいることがある一方で、すべての小児に負担の大きい検査を行うことが常に最善とは限りません。こうした場面で重要になるのが、「どの程度のリスクを容認できるか」という価値観です。答えは1つではなく、医学的なリスク評価に加えて、家族ごとの状況や思いを丁寧にくみ取る必要があります。AAPのガイドラインでは、医療者の一方的な判断ではなく、保護者とともに意思決定を行う「shared decision-making(共有意思決定)」の重要性が強調されています。とくに腰椎穿刺の実施や、入院ではなく自宅での経過観察を選択する場合など、複数の選択肢が存在する場面では、保護者の価値観や理解度、家庭の状況に応じた柔軟な対応が求められます。医療者は、最新の医学的知見に基づきつつ、家族との信頼関係の中で最適な方針をともに選び取る姿勢を持つことが求められます。保護者への説明と啓発の重要性現在の日本の医療では、生後3ヵ月未満の発熱児では全例に対して検査が必要となり、入院が推奨されるケースも少なくありません。しかし、保護者の多くは「少し熱が出ただけ」と気軽に受診することも多く、検査や入院という結果に戸惑い、不安を強めることもあります。このようなギャップを埋めるには、まず医療者側が「生後3ヵ月未満の発熱は特別である」という共通認識を持つことが大前提です。また、日頃から保護者に対して情報提供を行っておくことも重要だと考えます。保護者が「発熱したら、入院や精査が必要になるかもしれない」とあらかじめ理解していれば、診察時の説明もよりスムーズに進み、医療者と保護者が同じ方向を向いて対応できるはずです。実際の説明例入院!? うちの子、重い病気なんですか?生後3ヵ月未満の赤ちゃんはまだ免疫が弱く、見た目に異常がなくても重い感染症が隠れていることがあります。とくにこの時期は万が一を見逃さないように“特別扱い”をしていて、血液や尿、ときに髄液の検査を行います。検査の結果によっては入院まではせず通院で様子をみることができる可能性もありますが、入院して経過を見ることが一般的です。生後3ヵ月未満児の発熱は、「見た目が元気=安心」とは限らないという視点をもち、適切な検査の実施あるいは小児専門施設への紹介をご検討いただければ幸いです。そして、どんな場面でも、判断に迷うときこそ保護者との対話が助けとなることが多いと感じています。そうした視点を大切にしていただけたらと思います。次回は、見逃せない「小児の気道異物」について、事故予防の視点も交えてお話します。ひとことメモ:原因病原体は?■ウイルス発熱児において最も一般的な原因がウイルスです。ウイルス感染のある3ヵ月未満児は重症細菌感染症を合併していなくても、とくに新生児では以下のウイルスにより重篤な症状を来すことがあります。単純ヘルペスウイルスエンテロウイルス(エコーウイルス11型など)パレコウイルスRSウイルス など■細菌細菌感染症のうち、最も頻度が高いのは尿路感染症です。このほか、菌血症、細菌性髄膜炎、蜂窩織炎、肺炎、化膿性関節炎、骨髄炎なども重要な感染源ですが、頻度は比較的低くなります。主な病原体は以下のとおりですが、ワクチン定期接種導入により肺炎球菌やインフルエンザ菌による重症感染症は激減しています。大腸菌黄色ブドウ球菌インフルエンザ菌B群連鎖球菌肺炎球菌リステリア など参考資料 1) Up to date:The febrile neonate (28 days of age or younger): Outpatient evaluation 2) Up to date:The febrile infant (29 to 90 days of age): Outpatient evaluation 3) Pantell RH, et al. Pediatrics. 2021;148:e2021052228. 4) Leazer RC. Pediatr Rev. 2023;44:127-138. 5) Perlman P. Pediatr Ann. 2024;53:e314-e319. 6) Aronson PL, et al. Pediatrics. 2019;144:e20183604.

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コロナワクチン、デマ対策より「接種開始時期」が死亡者数に大きく影響か/東大

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにおいて、世界中でさまざまな誤情報が拡散した。ワクチンの有効性や安全性に関する内容も多く、これらの誤情報がワクチン忌避につながったことが多くの先行研究で報告されている。東京大学国際高等研究所新世代感染症センターの古瀬 祐気氏と東北大学大学院医学系研究科の田淵 貴大氏の研究グループは、ワクチンに関する誤情報が、日本における新型コロナワクチン接種率およびCOVID-19による死亡者数に及ぼした影響について、数理モデルを用いた反実仮想シミュレーションによって解析した。その結果、誤情報対策による接種率の変動よりも、ワクチン導入のタイミングが、死亡者数抑制により大きな影響を与えた可能性が示された。本結果はVaccine誌2025年6月20日号に掲載。 本研究では、COVID-19感染者数、年齢層別ワクチン接種率、ワクチンの有効性、SARS-CoV-2変異株の種類といったデータを用い、COVID-19による死亡者数を予測する数理モデルを開発した。次に、「ワクチン接種記録システム(VRS)」と、2021年9~10月に15歳以上の3万1,000例を対象にオンラインで実施されたアンケート調査「日本における新型コロナウイルス感染症問題および社会全般に関する健康格差評価研究(JACSIS)」1)のデータを再解析した。 コロナワクチンは、2021年2月より医療従事者を対象に、4月より高齢者や基礎疾患のある人を対象に、6月より12歳以上のすべての人を対象に接種開始された。誤情報対策の失敗と成功の想定や、ワクチン導入タイミングの反事実シナリオを設定し、オミクロン株出現前の2021年1月1日~12月7日の期間において、数理モデルでCOVID-19による死亡者数の予測シミュレーションを行った。 主な結果は以下のとおり。・2021年の日本では、COVID-19による死亡者数は累計1万4,994例であった。2021年末時点での日本全体のワクチン接種率は83.4%であった。数理モデルのシミュレーションにより、実際のワクチン接種で死亡者数が3万117例回避されたことが示された。・ワクチンに関する7つの誤情報を信じているかについて、ワクチン受容者の8.5%、ワクチン忌避者の36.6%が少なくとも1つの誤情報を信じていた。・誤情報対策が失敗した場合、ワクチン接種率は83.4%から76.6%に低下し、死亡者数は1,020例増加した可能性がある。・誤情報対策が成功した場合、ワクチン接種率は83.4%から88.0%に上昇し、死亡者数は431例減少した可能性がある。・ワクチン接種開始が3ヵ月遅れていた場合、死亡者数は2万2,216例増加した可能性がある。・接種開始が3ヵ月早まった場合、死亡者数は7,003例減少した可能性がある。 著者らは本結果について、日本では2021年末までにワクチン接種率が比較的高かったため、誤情報管理を改善して接種率をさらに上昇させることによる死亡率への影響は、接種開始時期の変更による影響と比較して限定的であったと述べている。一方で、ワクチン接種開始が3ヵ月早ければ、COVID-19による死亡者数は半減した可能性も示唆された。誤情報対策による死亡者数の変動も決して無視できる数ではなく、パンデミックにおけるこれらの要因分析の重要性を強調している。

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がん患者のワクチン接種率を上げるカギは医療者からの勧め/日本がんサポーティブケア学会

 第10回日本がんサポーティブケア学会学術集会において、国立がん研究センター東病院の橋本 麻子氏は「がん患者を対象としたワクチン接種に関する2年間のアンケート調査」の内容をもとに、がん患者におけるワクチン接種の実態と課題について発表した。低い肺炎球菌、帯状疱疹のワクチン接種率 がん患者は、治療や疾患の進行に伴って免疫機能が低下していることが多く、感染症予防は非常に重要である。そのため、学会などでも季節性インフルエンザ、肺炎球菌、帯状疱疹、新型コロナウイルスワクチンの定期接種が推奨されている。 2023年および2024年に実施されたアンケート調査の結果から、がん患者のワクチン接種状況が明らかになった。がん種は乳がん、肺がん、大腸がん、その他さまざまながん患者が含まれていた。 ワクチン接種率(インフルエンザ、肺炎球菌、帯状疱疹、新型コロナウイルスのいずれかを接種したことがある患者)は2023年、2024年とも約9割にのぼる。しかし、内訳を見ると、インフルエンザワクチンは約50%、新型コロナワクチンは約60%の接種率を示しているものの、肺炎球菌ワクチンは約20%、帯状疱疹ワクチンは5%以下にとどまっている。医療者からの推奨が、がん患者のワクチン接種行動につながる 医療者からワクチン接種推奨があったかについて尋ねたところ、2023年、2024年とも約20%の患者が推奨があったと回答した。推奨者は、がん担当医が6〜7%、かかりつけ医が9〜10%で、かかりつけ医のほうが多かった。 ワクチンを推奨された患者が、その後ワクチン接種に至った割合は全体で80〜100%であった。インフルエンザワクチンを推奨された患者の接種率は76.2%、推奨されていない患者の接種率は10.4%であった。肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹ワクチンともに推奨されていない患者に比べ、推奨された患者で高く、医療者からのワクチンの推奨は接種行動につながることが明らかになった。 また、家族など同居者の感染は患者の感染症発症に影響するため、同居者のワクチン接種も重要である。今後は多職種が連携し、がん患者および家族へのワクチン接種を推奨できるよう、医療者の教育の啓発継続も課題である。

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軽症~中等症COVID-19、40種の薬物療法を比較/BMJ

 非重症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する40種の薬物療法のうち、ニルマトレルビル/リトナビルとレムデシビルは入院を減少させる可能性が高く、コルチコステロイド全身投与とモルヌピラビルは、この2剤ほどではないが同様の効果を有する可能性があり、アジスロマイシンなどは、症状の解消までの時間を短縮する可能性が高いことが、カナダ・McMaster UniversityのSara Ibrahim氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2025年5月29日号に掲載された。薬物療法の無作為化試験のネットワークメタ解析 研究グループは、軽症または中等症COVID-19の治療薬の有効性を比較する目的で、系統的レビューとネットワークメタ解析を行った(カナダ保健研究機構[CIHR]の助成を受けた)。 データの収集には、Epistemonikos Foundationが運営するCOVID-19 Living Overview of Evidence Repository(COVID-19 L-OVE)の、2023年1月1日~2024年5月19日のCOVID-19関連論文の公開・更新型のリポジトリを用いた。また、WHOのCOVID-19データベース(2023年2月17日まで)と中国の6つのデータベース(2021年2月20日まで)も検索した。 解析には、COVID-19の疑い例、その可能性が高い例、あるいは軽症または中等症のCOVID-19と確定された例を対象とし、薬物療法または標準治療かプラセボに割り付けた無作為化試験を含めた。アジスロマイシンで症状解消が4日短縮 軽症または中等症COVID-19患者において薬物療法の有効性を評価した259件(16万6,230例)の無作為化試験のうち、187件(72%)を解析の対象とした。 標準治療と比較して、次の2つの薬剤で入院を減少させる可能性が高かった。入院患者数を最も強く抑制したのはニルマトレルビル/リトナビル(1,000例当たり24.99例減少[95%信頼区間[CI]:-27.86~-20.19]、エビデンスの確実性:中)であり、次いでレムデシビル(20.93例減少[-27.79~-6.69]、中)であった。 コルチコステロイド全身投与(1,000例当たり15.99例減少[95%CI:-23.93~-2.63]、エビデンスの確実性:低)とモルヌピラビル(9.82例減少[-16.66~-2.28]、低)でも、入院数を減少させる可能性が示唆された。 また、標準治療に比べ、症状解消までの時間を最も大きく短縮させる可能性が高かったのはアジスロマイシン(平均群間差:4.060日短縮[95%CI:-5.270~-2.580]、エビデンスの確実性:中)であった。モルヌピラビル(2.340日短縮[-3.450~-1.070]、高)、コルチコステロイド全身投与(3.480日短縮[-5.320~-1.050]、中)、ファビピラビル(2.170日短縮[-3.150~-1.080]、中)、umifenovir(2.410日短縮[-3.850~-0.710]、中)でも、症状の持続時間を短縮する可能性が高かった。 ドキシサイクリンは、入院日数を標準治療より1.33日(95%CI:-2.63~-0.03)短縮する可能性が高かった(エビデンスの確実性:中)。異なる変異株の影響は考えにくい 標準治療と比較して、ロピナビル/リトナビル(1,000例当たり41.46例増加[95%CI:15.1~68.29])のみが、投与中止に至った有害事象のリスクが高かった。また、ロピナビル/リトナビルでは、入院日数を標準治療より1.77日(95%CI:0.340~3.190)延長するリスクがみられた。 他のアウトカム(死亡、機械換気導入、静脈血栓塞栓症、臨床的に重要な出血)への影響に関しては、いずれの薬剤もエビデンスが不確実で、標準治療と比較して明確な有益性を示す薬剤は認めなかった。 著者は、「本研究は、COVID-19の世界的流行のさまざまな段階における試験を対象としており、その多くはワクチン導入前の、COVID-19のアウトカムがより不良な時期に実施されている」「解析の対象となった試験には、COVID-19の異なる変異株に感染した患者が含まれているが、われわれの知る限り、ウイルスの亜型が本研究に含まれる薬剤の効果修飾因子であるという十分なエビデンスはないため、これが今回の結果に重大な影響を及ぼしたとは考えられない」としている。

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口唇ヘルペスウイルスがアルツハイマー病リスクと関連か

 単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)感染がアルツハイマー病(AD)発症リスクと関連しており、抗ヘルペス薬の使用がそのリスクを低減する可能性が、米国の大規模リアルワールドデータを用いた後ろ向き症例対照研究で示された。本研究は、米国・ギリアド・サイエンシズのYunhao Liu氏らにより実施された。BMJ Open誌2025年5月20日号に掲載。 本研究では、米国の大規模民間保険請求データベース「IQVIA PharMetrics Plus」を用い、2006~21年の間にADと診断された50歳以上の患者34万4,628例を特定し、年齢、性別、地域、データベース登録年、医療機関受診回数でマッチングした同数の対照者を1対1の割合で抽出し、後ろ向きマッチング症例対照研究を実施した。 主な結果は以下のとおり。・AD症例群と対照群はともに、平均年齢は73±5歳、女性が65.11%であった。・AD症例群ではHSV-1感染の診断歴がある人の割合が0.44%(1,507例)だったのに対し、対照群では0.24%(823例)であった。・多変量解析で調整後、HSV-1感染の診断歴はAD発症リスクの有意な上昇と関連していた(調整オッズ比[aOR]:1.80、95%信頼区間[CI]:1.65~1.96)。・層別解析ではとくに高齢者で顕著であり、75歳以上の年齢層ではaORが2.10(95%CI:1.88~2.35)であった。・HSV-1感染の診断歴のある患者群(2,330例)において、抗ヘルペス薬を使用した人(931例、40%)は、使用しなかった人と比較してAD発症リスクが有意に低かった(調整ハザード比[aHR]:0.83、95%CI:0.74~0.92)。・抗ヘルペス薬による同様の保護効果は、AD関連認知症の解析でも認められた。・本研究において、HSV-2(単純ヘルペスウイルス2型)および水痘・帯状疱疹ウイルス感染の診断歴もADとの関連が認められたが、サイトメガロウイルスでは有意な関連はみられなかった。 著者らは、「これらの知見は、ヘルペスウイルスの予防を公衆衛生上の優先事項として捉えることの重要性をさらに強調するものであり、神経親和性ウイルスの抑制がADおよびAD関連認知症の自然経過を変えるかどうかを判断するためのさらなる研究が必要だ」と結論付けている。

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第14回 新型コロナ「NB.1.8.1」を世界各地で確認、症状や重症化リスクは?

最近の中国での感染者急増に関与しているとされる新型コロナウイルス(COVID-19)の新たな変異ウイルス「NB.1.8.1」が、米国内の複数箇所で確認されたと報道されています1)。米国での最初の症例自体は、2025年3月下旬から4月上旬にかけて、空港の国際線到着客を対象としたスクリーニング検査で検出されていました。米国疾病予防管理センター(CDC)は、中国でのNB.1.8.1の症例報告を認識しており、国際的な連携を取り合っていると述べています。NB.1.8.1の症状と感染伝播新たな変異ウイルスNB.1.8.1に関連する症状は、これまでのコロナで見られたものと「広範に類似している」とされています。具体的には、咳や喉の痛みといった呼吸器系の問題や、発熱、倦怠感などの全身症状が一般的に報告されています。喉の痛みがこれまでより強いと伝える医師たちもいます。気になる重症化リスクについては、「NB.1.8.1が以前の変異ウイルスと比較して、より重篤な疾患を引き起こすというデータはないが、感染がより容易に広がる可能性が示唆されている」と指摘されています。香港の保健当局も、この変異株が従来の株よりも重症であるという証拠はないとしています。中国や香港などでみられる入院患者数の増加については、病原性の高さというより、夏季の感染者の急増が入院患者の絶対数を増やした可能性が高いとの見方を示していますが、データはまだ予備的なものだとしています。米国の2025年ブースター接種の方針と専門家の懸念このような話題がある一方で、トランプ政権はブースター接種の対象を一部の人に制限する方針を計画していると報じられています。先週、米国食品医薬品局(FDA)は、高齢者や基礎疾患を持つ人に対するワクチンは引き続き承認するものの、それより広範な層への使用承認には、企業に大規模な新しい臨床試験の実施を義務付けると発表しました。これにより、基礎疾患のない多くのアメリカ国民は、この秋に最新のワクチンを接種できない可能性があります。米国の専門家らは、こうした変更が公衆衛生に重大な影響を及ぼす可能性があると警鐘を鳴らしています。さらに、FDAによる追加臨床試験の要件は、低リスク者のブースター接種を遅らせ、一部の人がワクチン接種をためらう原因となる可能性があり、ワクチン接種率を低下させる可能性がある、とも指摘されています。加えて、今年のワクチンにどの変異ウイルスが含まれるのか、どのような臨床試験が許可されるのかという点も不明確です。なお、これらの新しいCOVID-19ワクチン接種の要件は、ワクチンに対して公に疑問を呈してきたロバート・F・ケネディJr.保健福祉長官が率いるFDAの新指導部によって提示されたものです。私たちにできる予防策とは米国内では一般の人のワクチン接種に疑問符がつく中、引き続き私たちにできることは、咳やくしゃみエチケット、手洗い、体調が悪い場合は他の人にうつさないために家にいること、などです。また、先んじて流行が起こっている香港の当局は、感染者数の増加に伴い、公共交通機関や混雑した場所でのマスク着用を住民に呼びかけています。日本においても、海外の感染状況や新たな変異ウイルスの動向に応じて、感染予防策を強弱することが重要になるでしょう。参考文献・参考サイト1)Moniuszko S. COVID variant NB.1.8.1 hits U.S. What to know about symptoms, new booster vaccine restrictions. CBS NEWS. 2025 May 27.

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添付文書改訂:サイアザイド系やアセタゾラミドを含む利尿薬に急性近視など眼系副作用追加/リオシグアトとアゾール系抗真菌剤が併用禁忌から併用注意に ほか【最新!DI情報】第40回

2025年5月20日に、厚生労働省より「使用上の注意」の改訂指示が発出されました。この通知に基づき、以下の医薬品の添付文書の改訂が行われました。サイアザイド系利尿薬、アセタゾラミドを含む利尿薬<対象薬剤>利尿薬のうちスルホンアミド構造を有する炭酸脱水酵素阻害薬(経口剤、注射剤)、サイアザイド系利尿薬(アセタゾラミド、アセタゾラミドナトリウム、インダパミド、メフルシド、ヒドロクロロチアジド、ベンチルヒドロクロロチアジド、トリクロルメチアジド、カンデサルタン シレキセチル・ヒドロクロロチアジド、テルミサルタン・ヒドロクロロチアジド、テルミサルタン・アムロジピンベシル酸塩・ヒドロクロロチアジド、バルサルタン・ヒドロクロロチアジド、ロサルタンカリウム・ヒドロクロロチアジド、イルベサルタン・トリクロルメチアジド)<改訂年月>2025年5月<改訂項目>「重要な基本的注意」や「副作用」などの項に「急性近視、閉塞隅角緑内障、脈絡膜滲出」の記載または追記<ここがポイント!>海外(米国、EU、カナダなど)においては、サイアザイド系利尿薬(サイアザイド類似利尿薬含む)およびアセタゾラミドを含む利尿薬に関して、急性近視、閉塞隅角緑内障、脈絡膜滲出に関するリスク評価や安全対策が行われています。また、スルホンアミド構造を有する医薬品とこれらの有害事象との関連性を示唆する報告も複数存在しています。これらの情報を踏まえ、国内外の副作用症例および公表論文を評価した結果、該当する医薬品については「使用上の注意」の改訂が適切であると判断されました。なお、フロセミドについては、閉塞隅角緑内障または脈絡膜滲出との因果関係が否定できないと評価された症例が各1例であること、トラセミドおよびアゾセミドについては急性近視、閉塞隅角緑内障、脈絡膜滲出との因果関係が否定できない症例が認められていないことから、現時点での使用上の注意の改訂は不要と判断されています。リオシグアト<対象薬剤>リオシグアト<改訂年月>2025年5月<改訂項目>アゾール系抗真菌剤(イトラコナゾール、ボリコナゾール)を禁忌および併用禁忌から削除し、イトラコナゾール、ボリコナゾールとして併用注意に記載<ここがポイント!>リオシグアトは、初回審査時には臨床薬物相互作用試験の成績は得られていませんでしたが、複数のCYP分子種(CYP1A1、CYP3Aなど)によって代謝され、またP糖タンパク/乳がん耐性タンパク(P-gp/BCRP)の基質であることが知られていました。このため、アゾール系抗真菌薬(イトラコナゾール、ボリコナゾール)やHIVプロテアーゼ阻害薬(リトナビル、アタザナビルなど)との併用は禁忌とされていました。しかし、2022年9月には、HIVプロテアーゼ阻害薬の併用について、「併用注意」へと変更されました。今回、リオシグアトとアゾール系抗真菌剤との薬物動態学的相互作用を検討したin vitro試験の結果から、イトラコナゾールまたはボリコナゾールの併用時のリオシグアトの曝露量の増加は、ケトコナゾールやHIVプロテアーゼ阻害薬併用時と同程度であると推定されました。加えて、リオシグアトは低用量から開始し、患者の状態に応じて用量調整することや開始用量・維持用量の減量、低血圧の症状および徴候のモニタリングなどが実施されるため、イトラコナゾールまたはボリコナゾール併用時の安全性は確保できると考えられました。このため、イトラコナゾールおよびボリコナゾールとの併用は禁忌から削除され、併用注意への記載に改訂されました。なお、欧米などの海外添付文書においてもイトラコナゾールおよびボリコナゾールはリオシグアトとの併用禁忌とされていません。ドンペリドン<対象薬剤>ドンペリドン<改訂年月>2025年5月<改訂項目>「禁忌」から「妊婦又は妊娠している可能性のある女性」を削除し、「妊婦」の項に「妊婦または妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」の注意喚起を記載<ここがポイント!>ドンペリドンは、開発段階におけるラット胎児の器官形成期投与試験において、臨床用量の約65倍(200mg/kg)の用量で胎児に内臓および骨格異常などの催奇形性が認められたことから、「妊婦または妊娠している可能性のある女性」への投与は禁忌とされていました。しかし、70mg/kg/日の用量(最大推奨臨床用量の23倍に相当)では母動物に毒性および胎児に軽度の毒性が認められたものの、催奇形性は認められませんでした。さらに、妊娠初期における本剤の曝露に関する疫学研究では、先天異常のリスク増加を示唆する結果は得られていません。また、国内ガイドラインにおいても、本剤は「妊娠初期のみ使用された場合、臨床的に有意な胎児への影響はないと判断してよい医薬品」の一覧に記載されています。加えて、海外添付文書においても、本剤の妊婦への使用は禁忌とされていません。これらの情報から、本剤の添付文書における「禁忌」から「妊婦または妊娠している可能性のある女性」が削除されました。一方、海外添付文書の記載状況を踏まえて、「妊婦」の項に「妊婦または妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」との注意喚起が記載されました。ベネトクラクス、セリチニブ<対象薬剤>ベネトクラクス、セリチニブ<改訂年月>2025年5月<改訂項目>ベネトクラクス:「禁忌」の項の「用量漸増期における強いCYP3A阻害剤」にセリチニブを追記。「併用禁忌」の項にセリチニブを追記セリチニブ:「禁忌」の項に「次の薬剤を投与中の患者:ベネトクラクス」を追記。「併用禁忌」の項にベネトクラクスを追記<ここがポイント!>セリチニブの強いCYP3A阻害作用により、ベネトクラクスの血中濃度が上昇し、腫瘍崩壊症候群の発現が増強される恐れがあるため、使用上の注意を改訂することが適切と判断されました。エプレレノン、ボリコナゾール、ポサコナゾール<対象薬剤>エプレレノン、ボリコナゾール、ポサコナゾール<改訂年月>2025年5月<改訂項目>エプレレノン:「禁忌」および「併用禁忌」の項にボリコナゾール、ポサコナゾールを追記ボリコナゾール、ポサコナゾール:「禁忌」および「併用禁忌」の項にエプレレノンを追記<ここがポイント!>強力なCYP3A4阻害薬であるケトコナゾールとの併用による臨床薬物相互作用試験において、エプレレノンの曝露量(AUC)は約5.4倍に増加することが確認されています。この結果を踏まえ、エプレレノンの承認時より、ケトコナゾールと同程度のCYP3A阻害作用を有する薬剤(イトラコナゾールなど)は併用禁忌とされています。一方、エプレレノンとボリコナゾールまたはポサコナゾールの臨床薬物相互作用試験の結果はありませんが、これらの薬剤もCYP3Aを強力に阻害することが知られています。そのため、これらの薬剤と併用した場合、エプレレノンの血漿中濃度が著しく上昇し、副作用のリスクが高まる可能性が懸念されます。以上の知見を踏まえ、使用上の注意を改訂し、両剤の併用を禁忌とすることが適切と判断されました。

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第269回 糖尿病黄斑浮腫患者の視力が経口薬ラミブジンで改善

糖尿病黄斑浮腫患者の視力が経口薬ラミブジンで改善専門家の手を必要とする目への注射ではなく経口投与で事足りる抗ウイルス薬のラミブジンが、小規模ながら歴としたプラセボ対照無作為化試験で糖尿病黄斑浮腫(DME)患者の視力を改善しました1,2)。網膜に水が溜まることで生じるDMEは糖尿病患者の失明の主な原因であり、糖尿病患者の14例に1例ほどが被ると推定されています。DMEの鉄板の治療といえば目への血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬の定期的な注射ですが、高価であり、世界的には多くの患者がしばしば手にすることができていません。DMEをラミブジンのような経口薬で治療できるなら、たいてい毎月1回の投与が必要な注射薬に比べて格段に便利であり、DME治療を飛躍的に進歩させることができそうです。月20ドルかもっと安価なラミブジンは核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)の類いの1つで、ウイルスのポリメラーゼ(逆転写酵素)を抑制するもともとの効果に加えて、免疫系の一員のインフラマソームを阻止する作用があります。インフラマソームは感染の感知に携わりますが、悪くするとどうやらDMEの発現に手を貸してしまうようです。ゆえにインフラマソーム阻害作用を有するラミブジンはDMEに効くかもしれないと米国のバージニア大学の研究者Jayakrishna Ambati氏らは考えました。Ambati氏はブラジルの大学と協力して無作為化試験にDME成人患者24例を組み入れ、10例にはラミブジン、あとの14例にはプラセボを8週にわたって1日2回服用してもらいました。また、4週目にはVEGF阻害薬ベバシズマブが眼内に注射されました(わが国では眼病変に対する投与は適応外)。ベバシズマブの効果が及ぶ前の4週時点で、ラミブジン投与群の視力検査の成績はもとに比べて約10文字(9.8文字)改善していました。一方プラセボ群は逆に2文字ほど(1.8文字)悪化していました。ラミブジンはベバシズマブの効果をも高めうるようで、ベバシズマブ眼内注射後4週時点での視力検査成績は17文字ほど(16.9文字)改善していました。プラセボ群のベバシズマブ眼内注射後4週時点の視力改善はわずか5文字ほど(5.3文字)でした。より大規模な試験でのさらなる裏付けが必要ですが、今回の試験結果によるとラミブジンは単独投与とベバシズマブ眼内注射との組み合わせのどちらでも効果があるようです。専門医に診てもらうことがままならない、定期的な診療を受ける余裕や交通手段がない世界の多くの患者をラミブジンが劇的に生きやすくしうる可能性があるとAmbati氏は言っています。NRTIを作り変えて逆転写酵素には手出ししないようにしたKamuvudineと銘打つインフラマソーム阻害薬も生み出されており3)、その1つのKamuvudine-9(K9)がDME患者相手の第I相試験段階に至っています4)。Ambati氏を共同設立者の1人とするInflammasome Therapeutics社が試験に協力しています。 参考 1) Pereira F, et al. Med. 2025 May 23. [Epub ahead of print] 2) HIV drug can improve vision in patients with common diabetes complication, clinical trial suggests / Eurekalert 3) Narendran S, et al. Signal Transduct Target Ther. 2021;6:149. 4) ClinicalTrials.gov / Evaluation of K9 in Subjects With Diabetic Macular Edema (DME)

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日本人大腸がんの半数に腸内細菌が関与か、50歳未満で顕著/国がんほか

 日本を含む11ヵ国の大腸がん症例の全ゲノム解析によって発がん要因を検討した結果、日本人症例の50%に一部の腸内細菌から分泌されるコリバクチン毒素による変異シグネチャーが認められた。これらの変異シグネチャーは50歳未満の若年者において高頻度に認められ、高齢者と比較して3.3倍多かった。この報告は、国立がん研究センターを含む国際共同研究チームによるもので、Nature誌オンライン版2025年4月23日号に掲載された。 本研究は、世界のさまざまな地域におけるがんの全ゲノム解析を行うことで、人種や生活習慣の異なる地域でがんの発症頻度に差がある原因を解明し、地球規模で新たな予防戦略を進めることを目的としている。今回は、大腸がん症例の全ゲノム解析データから突然変異を検出し、複数の解析ツールを用いて変異シグネチャーを同定した。その後、地域ごと、臨床背景ごとに変異シグネチャーの分布に有意差があるかどうかを検討した。 主な結果は以下のとおり。・大腸がんの発症頻度の異なる11ヵ国から981例のサンプルを収集した。内訳は、日本28例、ブラジル159例、ロシア147例、イラン111例、カナダ110例、タイ104例、ポーランド94例、セルビア83例、チェコ56例、アルゼンチン53例、コロンビア36例であった。日本人症例28例は、男性が18例、50歳以上が20例であった。・国別の変異シグネチャーの比較では、腸内細菌由来のコリバクチン毒素による変異シグネチャー(SBS88またはID18)は日本人症例の50%で検出され、他の地域の平均と比較して2.6倍多かった。・国別の大腸がん発症頻度は変異シグネチャーの量と正の相関を示し、11ヵ国で最も大腸がんの発症頻度が高い日本人症例において最もSBS88およびID18の量が多かった。・SBS88およびID18は、若年者症例(50歳未満)のほうが高齢者症例(70歳以上)よりも3.3倍多く検出された。・ドライバー変異と変異シグネチャーとの関連の検討では、大腸がんにおいて最も早期に起こるドライバー異常であるAPC変異の15.5%がSBS88またはID18のパターンと一致し、コリバクチン毒素によるDNA変異が大腸がんの発症早期から関与していることが示唆された。・変異シグネチャーの有無とコリバクチン毒素産生菌の量には有意な相関は認められず、早期からの持続的な暴露が大腸がんの発症に関与している可能性が考えられた。 これらの結果より、研究グループは「本研究によって、大腸がんの遺伝子変異には地域や年齢による違いがあることが明らかになった。コリバクチン毒素産生菌への早期からの曝露が、若年発症大腸がんの増加に関与している可能性が示唆される」とまとめた。

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第245回 医師を襲うSNS誹謗中傷、ワクチンについての正しい情報発信が敵意の対象に

<先週の動き> 1.医師を襲うSNS誹謗中傷、ワクチンについての正しい情報発信が敵意の対象に 2.「宿直医の遠隔兼務」を検討へ、ICT活用で実現へ/政府 3.地域医療の“最後の砦”は誰が担う? 特定機能病院制度に再編の兆し/厚労省 4.「骨太の方針2025」で開業医狙い撃ち? 報酬適正化と負担増の両刃政策/政府 5.B型肝炎の既往歴を主治医が見落とし、リウマチ患者が死亡/名古屋大学 6.フランスで「死の援助」法案が下院可決、終末期医療の転換点に 1.医師を襲うSNS誹謗中傷、ワクチンについての正しい情報発信が敵意の対象に新型コロナウイルス感染拡大の時期に、メディアを通じて医療現場の実情やワクチンの有効性を発信してきた医師たちが、SNS上で激しい誹謗中傷にさらされたことをきっかけにネットでの医師の情報発信について法的対応が必要になってきた。埼玉医科大学総合医療センター教授の岡 秀昭医師は、SNSでの発信を始めた2020年以降、匿名アカウントからの罵詈雑言や容姿・家族への攻撃、自宅住所の晒し行為、さらには殺害予告まで受けた。岡医師は弁護士らと相談の上、2022年10月に制度化された「発信者情報開示命令」を活用し、人格攻撃に該当すると判断された投稿約50件について情報開示を申し立て、これまでに20人超を特定。投稿削除や謝罪、最大100万円の和解金支払いに至ったケースもある。その一方で、一部の対象者には民事訴訟や刑事告訴も進行中だ。投稿者の中には「感情的になり軽率だった」とする謝罪文を送る者もいたが、「殺意」などの過激な投稿もあり、深刻さは増している。同様に、コロナワクチン情報サイト「こびナビ」の元副代表・木下 喬弘医師も中傷被害に遭い、自宅住所の晒しや虚偽情報拡散を受け、法的対応を決断した。だが、情報開示には半年以上を要し、証拠収集や投稿精査に膨大な労力がかかったという。木下医師は「施策実行の妨げになる」との危機感から提訴に踏み切ったと述べる。発信者情報開示制度は、従来の二段階手続きを簡素化し、原則1件数千円・約100日で開示に至る。しかし、SNS事業者側が必要情報を持たない場合や、投稿者の支払い能力がない場合には、費用回収も困難となる。また、開示の可否は投稿が名誉毀損や人格攻撃に該当するか否かで左右されるため、慎重な証拠収集が求められる。投稿日時やURL入りのスクリーンショットの保存が有効とされる。最高裁判所によると、開示命令の申立件数は2023年で前年比1.7倍の6,779件に上るなど急増しており、社会に「反撃」意識が浸透しつつあることが背景にあるとみられる。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口 真一准教授は、法制度だけでなくSNS運営会社による速やかな削除対応や、投稿者への啓発が今後の課題と指摘している。医師による科学的情報発信が敵意にさらされる現実に、医療従事者自身も直面する可能性がある。SNS上の発信には正確さと冷静さを求められると同時に、攻撃への備えとして法的手段や証拠の保存を知ることが、自身と社会を守る手段となり得る。 参考 1) テロリスト、戦犯…女性がXに不穏な投稿を続けた理由を語った 標的は「コロナ対策を呼びかける医師」(東京新聞) 2) ネットリンチ…1時間に30件の暴言にさらされ続けた岡秀昭医師 「発信者」たちを特定しようと決意した経緯(同) 3) コロナ解説きっかけ、SNS中傷5,000件被害の医師「萎縮すれば正しい情報伝わらない」(読売新聞) 4) SNSひぼう中傷受けた医師 投稿者20人超を特定した秘策(NHK) 2.「宿直医の遠隔兼務」を検討へ、ICT活用で実現へ/政府医師の宿直義務について、政府は今後、オンラインを活用した「遠隔兼務」を正式に制度化する方向で検討を開始する。規制改革推進会議の答申(5月28日付)では、2025年度上期から要件の検討を始め、遅くとも2027年度中に結論を得て、措置を講じると明記された。これは、とくに医師不足が深刻な地方病院において、夜間帯の宿直体制を効率化し、昼間の診療体制を確保する狙いがある。宿直対応を1人の医師が複数の病院で遠隔的に担うという新たな勤務モデルが導入されれば、医療資源の最適配置に大きく貢献できる可能性がある。この議論の背景には、谷田病院(熊本県甲佐町)をはじめとする慢性期医療機関の現場からの強い要望がある。谷田病院では2024年の平日夜間、宿直1回当たりの平均対応件数が0.78回と非常に少なく、大半のケースは電話やカルテ確認によるオンコール対応で済んでいた。実際に、夜間の発熱や軽度高血圧などに対しては、解熱剤処方や経過観察の指示で十分対応可能だったという。こうした現場の実情を踏まえ、厚労省は2025年に医療法第16条とその施行規則に基づく「宿直医義務」の例外規定について解釈の明確化を図る。これまで「電話による指示」に限定されていた部分を、「オンライン等の情報通信機器」による対応も含まれることを明確にし、ICT技術の進展を制度に反映させる。加えて、医療提供体制を維持する観点から、電子カルテの情報共有などを含めた技術的要件と、医師の駆け付け可能な距離・対応時間などの勤務条件を整備することが検討されている。地域間格差の拡大を避けるため、「ローカルルール」の発生を防ぐことも留意事項に盛り込まれている。今後の焦点は、実際に「遠隔兼務」が可能となる医療機関の条件整備と、緊急時対応の安全性確保にある。とりわけ、死亡診断や蘇生処置など現地での対応が必要なケースとの線引きが課題となる。少子高齢化が進行し、医療需要が高まる中、限られた人材で地域医療を維持するために、「常駐」から「最適配置」への転換が求められている。今回の制度改革は、そうした時代の要請に応える第一歩となるだろう。 参考 1) 宿直医、複数病院の掛け持ち可能に 人手不足解消へ厚労省が容認(日経新聞) 2) 宿直医のオンライン活用による「遠隔兼務」、遅くとも2027年度中に結論へ(日経メディカル) 3) 資料「地域における病院機能の維持に資する医師の宿直体制の見直し」について(規制改革推進会議) 4) 規制改革推進に関する答申(同) 3.地域医療の“最後の砦”は誰が担う? 特定機能病院制度に再編の兆し/厚労省厚生労働省は5月29日、「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」を開き、大学病院本院以外の特定機能病院の承認要件の見直しに着手した。現在、88の特定機能病院のうち79が大学病院本院である一方、それ以外の9病院は総合型(国立国際医療研究センター病院、聖路加国際病院)と特定領域型(がん・循環器など)に分類され、実績や機能にばらつきがあることが厚労省から示された。厚労省は、大学病院本院に対しては「基礎的基準」と「発展的(上乗せ)基準」の二段階で評価し、「高度医療・研究・教育・医師派遣」の4本柱を求める方針を提示。一方で、大学病院本院以外の施設は医師派遣や臨床研修医の受け入れが想定されておらず、実績も限定的であることがデータから明らかとなった。検討会では、こうした実態に配慮しつつ、大学病院本院以外を特定機能病院と同一に扱うべきか、あるいは「別枠」で評価すべきかが論点として浮上。構成員からは、要件満たさなくなる医療機関について経過措置の必要性や、従来の投資や安全体制への配慮を求める声も上がった。また、地域医療構想や医師偏在対策との整合性も重視され、都市部に集中する大学病院本院以外の施設が「地域の最後の砦」として機能していない現状を踏まえ、特定機能病院制度そのものの再定義も視野に入る。新承認要件の具体化と並行して、次回以降の検討会では該当病院からのヒアリングも行われる予定だ。2026年度の診療報酬改定への影響も見込まれる中、制度設計は医療提供体制の構造的見直しに発展する可能性がある。高機能病院の役割とその評価のあり方が、今、改めて問われている。 参考 1) 大学附属病院本院以外の特定機能病院の現状及びあり方等について(厚労省) 2) 第24回特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会 資料(同) 3) 大学本院以外の特定機能病院、承認要件見直し論点に 要件満たさなくなる医療機関の取り扱い慎重に 厚労省(CB news) 4) 大学病院本院「以外」の特定機能病院、大学病院本院とは異質で「特定機能病院と別の枠組み」での評価など検討へ-特定機能病院等あり方検討会(Gem Med) 4.「骨太の方針2025」で開業医狙い撃ち? 報酬適正化と負担増の両刃政策/政府政府は5月26日に経済財政諮問会議を開き、今年度の「骨太の方針」の骨子案を提示した。これをもとに6月に「骨太の方針2025」が閣議決定されるが、この中に医療・介護分野の職員の賃上げを明記するとともに、診療報酬や介護報酬など公定価格の引き上げが検討されている。一方で、社会保障制度の持続性確保の名の下に、医療界にとって見逃せない複数の構造改革も盛り込まれる方向となっている。民間議員や財政審は、診療報酬を用いて医療・介護現場の確実な賃上げに繋げる一方で、医療資源の偏在や無駄な医療提供の是正も主張。病床の適正化や外来機能の集約、さらには医師の開業シフトを抑制する報酬体系の再設計も求められている。また、医療法人に対する職種別給与情報の開示や経営情報の「見える化」も強化され、経営の透明性向上と報酬配分のメリハリが焦点になる。さらに、医療費の適正化策として薬剤の自己負担見直しやOTC薬へのスイッチ促進、市販品類似薬の保険外化などが検討されている。これらは高額療養費制度見直しとセットで実施される可能性があり、患者負担が現場の診療にも影響を及ぼす恐れが危惧されている。診療所の利益率が高いという財政審の分析を背景に、今後は病院と診療所の費用構造の違いを踏まえた報酬の差別化も想定される。医学部定員増世代の開業適齢期到来を踏まえ、診療所の過剰供給を防ぐ対策も検討課題に挙げられた。一方、医療界からは物価・人件費の高騰に即応できない診療報酬制度に対して強い危機感が示され、診療報酬の期中改定や柔軟な財政支援の必要性が訴えられている。財政審はこれに対し「どれだけ国民の理解があるか」と慎重な姿勢を崩していない。医療界にとって、「賃上げ」を名目とした制度改変が、実質的には財政再建と歳出抑制の手段と化すリスクも孕んでいる。制度の持続性と現場の実情をいかに調和させるかが、今後の診療報酬議論の中核となる。 参考 1) 経済財政運営と改革の基本方針2025骨子案 (内閣府) 2) 政府、骨太方針の骨子案に「公定価格の引き上げ」明記 医療・介護の賃上げ具体化を検討(JOINT) 3) 諮問会議で民間議員 診療報酬で「現場の確実な賃上げに」 薬剤自己負担見直しなど改革が「一層重要」(ミクスオンライン) 4) 財政審 基礎的財政収支の黒字化 “来年度にかけ早期に”(NHK) 5) 診療報酬の「適正化」求める建議、財政審 社会保障は「秋が主戦場」 増田氏(CB news) 6) 26年度予算の概算要求、最重要事項1項目のみ要望 物価・人件費高騰に対応できる報酬体系創設を 四病協(同) 7) 経営安定化や幅広い職種の賃上げに対応 厚労相 次期診療・介護報酬改定などで(同) 5.B型肝炎の既往歴を主治医が見落とし、リウマチ患者が死亡/名古屋大学名古屋大学医学部附属病院は5月28日、過去にB型肝炎ウイルス(HBV)感染歴のあった70代女性患者が、リウマチ治療中にHBV再活性化による急性肝不全を発症し、2021年に死亡した事例について、医療ミスを認め記者会見で謝罪した。女性は2008年に関節リウマチと診断され、免疫抑制療法が開始された。初診時の検査でHBV感染歴が判明しており、定期的なウイルス量測定および肝機能検査が予定されていたが、主治医は検査異常を薬剤性肝障害と誤認。2016年8月以降は患者の既往歴を失念し、一部の検査を中止していた。その結果、HBV再活性化を見逃し、2021年4月の肝機能悪化時にも詳細な評価を行わず、薬剤減量のみの対応に留めたことで病状が進行。同年6月に急性肝不全で死亡した。外部の事例調査委員会は、主治医が既往歴を考慮せず、肝障害の緊急性を正しく評価しなかったことを問題視。さらに、HBV再活性化リスクに関する病院内の情報共有体制や注意喚起機能の不備も指摘された。名古屋大学病院は遺族に謝罪し、損害賠償について協議している。再発防止策として、電子カルテへの感染歴表示、検査未実施時の警告アラート導入などを進めるとした。丸山 彰一病院長は会見で「当院の医療行為が不幸な結果を招いたことを深くおわび申し上げる」と述べた。今回の事例は、免疫抑制療法下におけるHBV再活性化対策の徹底と、診療科横断での患者情報共有の重要性を改めて浮き彫りにした。定期的な検査の実施や既往歴の把握、さらに肝機能障害時の鑑別診断が求められる。 参考 1) 関節リウマチの治療中、免疫抑制剤等によりB型肝炎ウイルスが 再活性化し、肝不全から死亡に至った事例について(名古屋大学) 2) 名大病院、誤診で女性死亡 肝炎患者に適切な治療せず(産経新聞) 3) 名古屋大附属病院 B型肝炎ウイルス感染の患者 医療ミスで死亡(NHK) 4) 名古屋大病院でB型肝炎の悪化見逃し70代女性死亡 医療ミス、遺族に謝罪(中日新聞) 6.フランスで「死の援助」法案が下院可決、終末期医療の転換点に5月27日、フランス国民議会(下院)は、終末期患者に対し致死薬の投与を認める「死の援助」法案を賛成305票、反対199票で可決した。本法案は、安楽死や自殺ほう助を禁じてきたフランスの政策を大きく転換するもので、今秋の上院審議を経て成立を目指す。対象は、「治癒不可能で耐え難い苦痛を抱える終末期の成人患者」に限定され、フランス国籍またはフランス在住の18歳以上に限定される。本人による致死薬の自己投与が原則で、身体的に不可能な場合に限り、医師や看護師による投与が例外的に認められる。マクロン大統領は2022年に市民会議を設置し、「死を迎える権利」に関する国民的議論を主導。その結果、多数の市民が死の援助に賛同し、今回の法案提出に至った。一方、カトリック教徒の多い同国では、宗教界や一部医療関係者の強い反対も根強く、国民投票の可能性も指摘されている。法案が成立すれば、フランスはドイツ、スペイン、スイスなどと並び、終末期医療において「死の援助」を制度的に認める欧州の少数国の1つとなる。 参考 1) フランス下院、「死の援助」法案を可決(AFPB) 2) フランス下院、終末期患者への「死の援助」法案を可決(毎日新聞) 3) 終末期「死の援助」法可決 仏下院、秋に上院審議へ(共同通信) 4) フランスで終末期患者に対する「死への援助」導入する法案が可決 フランス在住の18歳以上の成人のみ可能…患者自身で致死量の薬を投与(FNN) 5) フランス下院が自殺幇助法案を可決 妨害行為には禁錮、罰金刑も(産経新聞)

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コントロール不良の軽症喘息、albuterol/ブデソニド配合薬の頓用が有効/NEJM

 軽症喘息に対する治療を受けているが、喘息がコントロールされていない患者において、albuterol(日本ではサルブタモールと呼ばれる)単独の頓用と比較してalbuterol/ブデソニド配合薬の頓用は、重度の喘息増悪のリスクが低く、経口ステロイド薬(OCS)の年間総投与量も少なく、有害事象の発現は同程度であることが、米国・North Carolina Clinical ResearchのCraig LaForce氏らBATURA Investigatorsが実施した「BATURA試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2025年5月19日号に掲載された。遠隔受診の分散型無作為化第IIIb相試験 BATURA試験は、軽症喘息に推奨される薬剤による治療を受けているが喘息のコントロールが不良な患者における固定用量のalbuterol/ブデソニド配合薬の頓用の有効性と安全性の評価を目的とする二重盲検無作為化イベント主導型・分散型第IIIb相比較試験であり、2022年9月~2024年8月に米国の54施設で参加者を登録した(Bond Avillion 2 DevelopmentとAstraZenecaの助成を受けた)。本試験は、Science 37の遠隔診療プラットフォームを用い、すべての受診を遠隔で行った。 年齢12歳以上で、短時間作用型β2刺激薬(SABA)単独またはSABA+低用量吸入ステロイド薬あるいはロイコトリエン受容体拮抗薬の併用療法による軽症喘息の治療を受けているが、喘息のコントロールが不良な患者を対象とした。 これらの参加者を、albuterol(180μg)/ブデソニド(160μg)配合薬(それぞれ1吸入当たり90μg+80μgを2吸入)またはalbuterol単独(180μg、1吸入当たり90μgを2吸入)の投与を受ける群に1対1の割合で無作為に割り付け、最長で52週間投与した。 主要エンドポイントは、on-treatment efficacy集団(無作為化された治療の中止前、維持療法の強化前に収集した治療期間中のデータを解析)における重度の喘息増悪の初回発生とし、time-to-event解析を行った。重度の喘息増悪は、症状の悪化によるOCSの3日間以上の使用、OCSを要する喘息による救急診療部または緊急治療のための受診、喘息による入院、死亡とし、治験責任医師によって確認された記録がある場合と定義した。 主な副次エンドポイントはITT集団(on-treatment efficacy集団のようなイベント[治療の中止や強化]を問わず、すべてのデータを解析)における重度の喘息増悪の初回発生とし、副次エンドポイントは重度の喘息増悪の年間発生率と、OCSへの曝露とした。年齢18歳以上でも、2集団でリスクが低下 解析対象は2,421例(平均[±SD]年齢42.7±14.5歳、女性68.3%)で、albuterol/ブデソニド群1,209例、albuterol単独群1,212例であった。全体の97.2%が18歳以上で、ベースラインで74.4%がSABA単独を使用していた。事前に規定された中間解析で、本試験は有効中止となった。 重度の喘息増悪は、on-treatment efficacy集団ではalbuterol/ブデソニド群の5.1%、albuterol単独群の9.1%(ハザード比[HR]:0.53[95%信頼区間[CI]:0.39~0.73]、p<0.001)に、ITT集団ではそれぞれ5.3%および9.4%(0.54[0.40~0.73]、p<0.001)に発生し、いずれにおいても配合薬群で有意に優れた。 また、年齢18歳以上に限定しても、2つの集団の双方で重度の喘息増悪のリスクがalbuterol/ブデソニド群で有意に低かった(on-treatment efficacy集団:6.0%vs.10.7%[HR:0.54、95%CI:0.40~0.72、p<0.001]、ITT集団:6.2%vs.11.2%[0.54、0.41~0.72、p<0.001])。 さらに、年齢12歳以上のon-treatment efficacy集団における重度の喘息増悪の年間発生率(0.15vs.0.32、率比:0.47[95%CI:0.34~0.64]、p<0.001)およびOCSの年間総投与量の平均値(23.2vs.61.9mg/年、相対的群間差:-62.5%、p<0.001)は、いずれもalbuterol/ブデソニド群で低い値を示した。約60%がソーシャルメディア広告で試験に参加 頻度の高い有害事象として、上気道感染症(albuterol/ブデソニド群5.4%、albuterol単独群6.0%)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(5.2%、5.5%)、上咽頭炎(3.7%、2.6%)を認めた。 重篤な有害事象は、albuterol/ブデソニド群で3.1%、albuterol単独群で3.1%に発現し、投与中止に至った有害事象はそれぞれ1.2%、2.7%、治療関連有害事象は4.1%、4.0%にみられた。治療期間中に2つの群で1例ずつが死亡したが、いずれも試験薬および喘息との関連はないと判定された。 著者は、「分散型試験デザインは患者と研究者の双方にとってさまざまな利点があるが、患者が費用負担を避けることによる試験中止のリスクがあり、本試験では参加者の約19%が追跡不能となった」「特筆すべきは、参加者の約60%がソーシャルメディアの広告を通じて募集に応じており、近隣の診療所や地元で募集した参加者のほうが試験参加を維持しやすい可能性があるため、これも試験中止率の上昇につながった可能性がある」「青少年の参加が少なく、今回の知見のこの年齢層への一般化可能性には限界がある」としている。

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第264回 あの3医学誌を“腐敗”呼ばわり、トランプ氏より危険な人物

トランプ大統領の影で大暴れする人物各種報道で話題になっているように、米・ハーバード大学とトランプ政権の攻防はエスカレートする一方だ。きっかけはトランプ政権が同大学の「“反ユダヤ主義的な差別”への取り組みが不十分」だと非難し、「応じなければ助成金や政府との契約を見直す」と発表。この要求を同大学が拒否したため、政権側は約23億ドル分(4月15日時点)の助成金と契約を凍結すると明言した。これに対し、同大学は凍結取り消しを求めて4月21日にマサチューセッツ州連邦地裁へ提訴。しかし、政権側は同大学に対し5月2日に免税措置を取り消し、22日に留学生受け入れ資格の停止、27日には推定1億ドル(日本円で約144億円)とも言われる政府との全契約打ち切り公言など、相次ぐ報復に踏み切った。ちなみに留学生受け入れ資格の停止についても同大学は即座に提訴し、マサチューセッツ州連邦地裁は翌23日に政府による措置の一時差し止め決定を下した。人によって評価は分かれるかもしれないが、私個人のトランプ大統領のこの間の言動に対する評価は「常軌を逸している」の一言に尽きる。まるで漫画「ドラえもん」に登場するガキ大将・剛田 武、通称ジャイアン並みの傍若無人ぶりである。そして世界中がトランプ大統領の言動に視線が集まる中、もう1人の主役が“大暴れ中”である。トランプ政権の保健福祉省長官であるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏(以下、ケネディ氏)である。米国の3医学誌を腐敗呼ばわりケネディ氏は以前から極端なワクチン懐疑主義を唱え、コロナ禍中はその治療薬として一部で妄信的とも言える“期待”が語られた抗寄生虫薬のイベルメクチン支持者だったことでも知られる。このためケネディ氏の保健福祉省長官への就任には根強い反対論があり、上院での採決では身内の共和党も造反し、賛成51票・反対48票でかろうじて長官人事が承認された経緯がある。さてそのケネディ氏は5月27日、ポットキャストでLancet、New England Journal of Medicine、JAMAの3誌を「製薬企業が資金提供した研究ばかりが掲載され、腐敗している」と批判。「国立衛生研究所(NIH)の研究者にこれらの雑誌で論文を発表するのを止めさせる」とまで語った。もっともご存じの人も多いと思うが、ケネディ氏の主張は100%間違っているわけではない。これら医学誌に製薬企業の資金提供による論文が数多く掲載されていることは事実であり、またコロナ禍中には査読の甘さゆえに信頼性の低いデータに基づく論文が撤回されたこともある。とはいえ、世界各国の研究者がこの3誌に論文投稿する価値は十分あり、同時に各国の多くの研究者たちが愛読している雑誌である。少なくともNIH関係者が投稿を止めねばならないほど腐敗があると認める人は、この世界では極めて少数派だろう。それをケネディ氏の一存で止めさせようというのだから、相当なトンデモである。しかも、ケネディ氏はこれに代わる新たな医学誌の創刊をぶち上げたらしいが、医学誌1つの創刊と発行継続に、どれだけの資金と人員が必要かについては無頓着のようである。トランプ政権が各種予算を驚くような勢いで削減している中で、そのような費用の支出を政権として承認するかどうかは甚だ疑問である。ここぞとばかりに、ワクチンスケジュール削除また、同日には健常な子どもと妊婦に対する新型コロナワクチン接種を米国疾病予防管理センター(CDC)が推奨するワクチン接種スケジュールから削除したと自身のSNSを通じて発表している。CDCの推奨ワクチンについては、外部専門家で構成されるACIP(予防接種の実施に関する諮問委員会)が年数回開催する公開会議で、データに基づき厳格な審議と投票が行われる。その結果にパブリックコメントも踏まえた勧告案をCDCに提出し、CDC所長による承認を経て正式決定と公表がなされる。今回こうしたプロセスは一切経ていない。もはやここまでいくと「リーダーシップ」のふりをした「ディクテイターシップ(独裁制)」である。米国小児科学会(AAP)はさっそく声明を発表。ケネディ氏の“決定”は「独立した医療専門家を無視し、子どもたちを危険にさらすもの」「保険福祉省が収集したデータをAAPが分析した結果、2024~25年の呼吸器ウイルス流行期に1万1,199人の子どもが新型コロナで入院し、うち7,746人が5歳未満だったことが判明した」「健康な妊婦を除外するという決定は、65~74歳の高齢者と妊婦が新型コロナによる入院率が同程度にもかかわらず、もはや生後6ヵ月未満の乳児が保護を受けられなくなることを意味する」などと述べ、反発を強めている。また、米国産婦人科学会(ACOG)も「妊娠中の新型コロナ感染は悲惨であるとともに、重大な障害につながる可能性があり、家族にとって壊滅的な結果をもたらす可能性があることは明らか。新型コロナワクチンは妊娠中に安全であり、ワクチン接種は患者と出生後の乳児を守ることができる」との声明を発表した。さらに保健福祉省は28日、バイデン政権期に決定していたモデルナ社による高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)のmRNAワクチン開発への助成を打ち切ると発表。同省は打ち切りについて、「連邦政府の投資継続に必要な科学的基準や安全性の期待を満たしていない」との見解を示したと報じられている。あくまで省として決定と伝わっているが、長官であるケネディ氏が「新型コロナのmRNAワクチンにはマイクロチップが含まれている」という陰謀説の出元と言われるだけに、同氏の関与をどうしても疑ってしまう。やりたい放題、いつまで続く?極めつきは5月22日に発表された「MAHA(Make America Healthy Again=米国を再び健康にする)委員会」の報告書だ。これは2月13日付でMAHA委員会を設置し、同委員会にアメリカ国民を不健康にしている原因究明とその解消策提言をするよう求めた大統領令に基づくもの。委員長はケネディ氏である。その内容を細かく取り上げるときりがないが、大雑把に要約すると「アメリカの子どもの慢性疾患は深刻で、その原因は加工食品や化学物質、薬の過剰投与、ワクチンの過剰接種が原因の可能性がある」というもの。トランプ政権入りする以前からのケネディ氏の主張そのままである。冒頭で触れたハーバード大学の留学生追放やすでに報じられている科学関連予算の大幅削減にこうしたケネディ色がトッピングされたら、4年後のアメリカはどうなってしまうのだろうか? 正直、嫌な予感しかないのだが…。

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世界の主要な20の疾病負担要因、男性の健康損失が女性を上回る

 2021年の世界疾病負担研究(GBD 2021)のデータを用いた新たな研究で、女性と男性の間には、疾病負担の主要な20の要因において依然として格差が存在し、過去30年の間にその是正があまり進んでいないことが示された。全体的に、男性は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や交通事故など早期死亡につながる要因の影響を受けやすいのに対し、女性は筋骨格系の疾患や精神障害など致命的ではないが長期にわたり健康損失をもたらす要因の影響を受けやすいことが示されたという。米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のVedavati Patwardhan氏らによるこの研究の詳細は、「The Lancet Public Health」5月号に掲載された。 Patwardhan氏らは、GBD 2021のデータを用いて、1990年から2021年における10歳以上の人を対象に、世界および7つの地域における上位20の疾病負担要因の障害調整生存年(DALY)率について、男女別に比較した。DALYとは、障害や疾患などによる健康損失を考慮して調整した指標であり、1DALYとは1年間の健康な生活の損失を意味する。20の疾病負担要因は、COVID-19、心筋梗塞、交通事故、脳卒中、呼吸器がん、肝硬変およびその他の慢性肝臓病、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、腰痛、うつ病、結核、頭痛、不安症(不安障害)、筋骨格系疾患、転倒、下気道感染症、慢性腎臓病、アルツハイマー病およびその他の認知症、糖尿病、HIV/エイズ、加齢性難聴およびその他の難聴であった。 その結果、2021年では、検討した20要因のうちCOVID-19や肝臓病など13要因で男性のDALYは女性よりも高いことが推定された。男女差が最も顕著だったのはCOVID-19で、年齢調整DALY(10万人当たり)は男性で3,978、女性で2,211であり、男性の健康負担は女性に比べて44.5%高かった。COVID-19の負担は地域を問わず男性の方が高かったが、特に差が大きかったのはサハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカ諸国、カリブ海諸国だった。 DALYの男女差の絶対値が2番目に大きかった要因は心筋梗塞で、10万人当たりのDALYは男性で3,599、女性で1,987であり、男性の健康負担は女性より44.7%高かった。地域別に見ると、中央ヨーロッパ、東ヨーロッパ、中央アジアでは男女差が大きかった。 また、女性に比べて男性に多い要因は、年齢が低いほどリスク増加が小さい傾向が認められたが、交通事故による負傷は例外であり、世界中で10〜24歳の若い男性で不釣り合いに多く発生していた。 一方、女性は長期的な健康損失をもたらす疾患において男性よりもDALYが高い傾向が見られた。特にDALYの男女差が顕著だったのは、腰痛(絶対差478.5)、うつ病(同348.3)、頭痛(332.9)であった。また、女性には、人生の早い段階からより深刻な症状に悩まされ、その症状は年齢とともに悪化する傾向も認められた。 論文の共著者である米ワシントン大学保健指標評価研究所(IHME)のGabriela Gil氏は、「女性の健康損失の大きな要因、特に筋骨格系疾患と精神疾患は十分に注目されているとは言えない。女性のヘルスケアに対しては、性や生殖に関する懸念などこれまで医療制度や研究資金が優先してきた領域を超えた、より広範な取り組みが必要なことは明らかだ」と述べている。 論文の上席著者であるIHMEのLuisa Sorio Flor氏は、「これらの結果は、女性と男性では経時的に変動したり蓄積されたりする多くの生物学的要因と社会的要因が異なっており、その結果、人生の各段階や世界の地域ごとに経験する健康状態や疾患が異なることを明示している」との見方を示す。その上で、「今後の課題は、性別やジェンダーを考慮した上で、さまざまな集団において、早期から罹患率や早期死亡の主な原因を予防・治療する方法を設計して実施し、評価することだ」と述べている。

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第13回 コロナ・インフル「同時予防ワクチン」、その実力とは?

毎年、冬になると猛威を振るう季節性インフルエンザ。未だ世界中で散発的な流行を起こす新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。これら2つの感染症は、とくに50歳以上の人や基礎疾患を持つ人にとって、重症化や入院、時には死に至る危険性もはらんでいます。現在、これらの感染症を予防するためには、それぞれ別のワクチンを接種する必要があります。世界保健機関(WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、2つのワクチンの同時接種を推奨しており、これにより接種率の向上が期待されています。しかし、その推奨にもかかわらず、両方のワクチンの接種率は必ずしも高くないのが現状です。もし、1回の注射でインフルエンザと新型コロナの両方に対応できるワクチンがあれば、接種を受ける人の負担が減り、より多くの人が予防接種を受けやすくなるかもしれません。そんな期待を背負って開発が進められてきたのが、新しい混合ワクチンです。この記事では、季節性インフルエンザと新型コロナウイルスの両方に対応するmRNAワクチン「mRNA-1083」の安全性と免疫反応を評価した最新の研究論文1)について解説します。新しいmRNA多価ワクチン「mRNA-1083」とは?今回報告された「mRNA-1083」は、mRNAワクチンの一種です。mRNAワクチンは、ウイルスのタンパク質を作るための設計図(mRNA)を体内に送り込み、それをもとに体内でタンパク質の一部が作られます。すると、私たちの免疫システムがそのタンパク質を「異物」と認識し、それに対する抗体などを作り出すことで、本物のウイルスが侵入してきた際に備えることができる仕組みです。mRNA-1083には、インフルエンザウイルスの表面にあるヘマグルチニンというタンパク質と、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質の一部の設計図が含まれています。これらは、それぞれインフルエンザワクチン(mRNA-1010)と新型コロナワクチン(mRNA-1283)の成分であり、過去の研究でそれぞれ良好な安全性と免疫反応が確認されています。ワクチンの効果と安全性をどうやって調べたのか?この研究は、mRNA-1083の有効性と安全性を評価するための第III相臨床試験として、アメリカ国内146施設で実施されました。参加者は50歳以上の成人で、「65歳以上」と「50~64歳」の2つの年齢層に分けられました。これは、推奨されるインフルエンザワクチンの種類がこれらの年齢層で異なるためです。参加者は、ランダムに2つのグループに分けられました。mRNA-1083群新しい多価ワクチンmRNA-1083と、プラセボ(生理食塩水)を接種(比較群が2つのワクチン接種を受けるため、あえてプラセボを1本接種しています)比較群インフルエンザワクチンと既存の新型コロナワクチンを同時接種試験は盲検化して行われました。これにより、結果に対する先入観を排除することができます。主な目的は、接種29日後に、mRNA-1083が既存のワクチンと同等以上の免疫反応(非劣性)を示すかどうか、そして安全性を評価することでした。この研究で何がわかったのか?合計8,015人がこの試験に参加し、ワクチンを接種しました。結果として、mRNA-1083は、対象となったすべての型のインフルエンザウイルスおよび新型コロナウイルス(XBB.1.5)に対して、既存のワクチンと同等以上の免疫反応を示し、非劣性基準を達成しました。さらに、mRNA-1083はいくつかの点で、既存のワクチンよりも優れた免疫反応(優越性)を示しました。50歳~64歳mRNA-1083は、標準用量のインフルエンザワクチンと比較して、4種類すべてのインフルエンザウイルスに対してより高い免疫反応を示しました。また、新型コロナウイルスに対しても同様の結果でした。 65歳以上mRNA-1083は、高用量のインフルエンザワクチンと比較して、3種類のインフルエンザウイルス(A/H1N1、A/H3N2、B/Victoria)に対してより高い免疫反応を示しました。ただし、B/Yamagata株に対する免疫反応は、優越性の基準には達しませんでした。新型コロナウイルスに対しても、mRNA-1083はより高い免疫反応を示しました。 なお、インフルエンザB/Yamagata株は、近年の流行がみられないため2024~25年シーズンのワクチンからは除外することがWHOから推奨されています。この点を考慮すると、mRNA-1083は重要な3種類のインフルエンザウイルス(A/H1N1、A/H3N2、B/Victoria)と新型コロナウイルスの両方に対して、既存の推奨ワクチンよりも優れた免疫反応を50歳以上の成人に誘導したといえます。安全性は?ワクチンの安全性は非常に重要です。この研究では、mRNA-1083接種後の副反応も詳しく調べられました。その結果、mRNA-1083を接種した群では、既存のワクチンを接種した群と比較して、副反応を報告した人の割合や重症度がわずかに高い傾向がみられました。たとえば、65歳以上では、mRNA-1083群の83.5%に対し、比較群では78.1%が副反応を報告しました。50~64歳では、それぞれ85.2%と81.8%でした。しかし、報告された副反応のほとんどは、軽度(Grade1)または中等度(Grade2)であり、短期間で回復するものでした。最も多かった副反応は、注射部位の痛み、倦怠感、筋肉痛、頭痛でした。重篤な副反応(Grade4、すべて発熱)は非常にまれで、両年齢層のmRNA-1083群で合計4人(0.1%未満)でした。試験期間を通じて、新たな安全性の懸念は確認されませんでした。また、この研究では、ワクチン接種後の数日間の生活の質(QOL)への影響も調査されています。その結果、mRNA-1083を接種したグループでは、接種後2日目に一時的なQOLスコアの低下が見られましたが、3日目には回復しました。この低下の度合いは、既存のインフルエンザワクチンや新型コロナワクチンで報告されているものと同程度か、それ以下であり、臨床的に意味のある大きな変化ではありませんでした。研究の限界この研究は重要な知見をもたらしましたが、いくつかの限界も認識しておく必要があります。まず、この研究では、ワクチンが実際にインフルエンザや新型コロナの発症をどの程度防ぐかという「有効性」は直接評価されていません。ただし、評価された免疫反応の指標(抗体価)は、それぞれインフルエンザと新型コロナワクチンの有効性と関連する信頼性の高い指標とされています。また、試験参加者はアメリカ国内の住民で、人種構成はアメリカの一般人口を反映していますが、他の地域や人種グループにそのまま結果を当てはめられるかはさらなる検討が必要です。今後の展望今回の第III相臨床試験の結果は、mRNA多価ワクチン「mRNA-1083」が、50歳以上の成人において、4種類のインフルエンザ株と新型コロナウイルス(XBB.1.5)に対して、既存の推奨ワクチンと同等以上の免疫反応を誘導し、安全性も許容範囲であることを示しました。とくに、臨床的に重要なインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスに対しては、既存ワクチンよりも優れた免疫反応が確認された点は注目に値します。1回の接種で2つの主要な呼吸器感染症を予防できる可能性を秘めたこの新しいワクチンは、公衆衛生の観点からも大きな期待が寄せられます。今後の実用化に向けた取り組みが注目されます。参考文献・参考サイト1)Rudman Spergel AK, et al. Immunogenicity and Safety of Influenza and COVID-19 Multicomponent Vaccine in Adults ≥50 Years: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025 May 7. [Epub ahead of print]

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帯状疱疹ワクチンが認知症を予防する:観察研究が質の低いランダム化比較試験を凌駕するかもしれない(解説:名郷直樹氏)

 水痘ウイルスが長く神経系に留まり、認知機能などに影響を及ぼす可能性が疑われているが、ウェールズでの帯状疱疹生ワクチン(乾燥組換え帯状疱疹ワクチン:シングリックスではない)と認知症予防の研究1)とほぼ同時に発表された、オーストラリアの6つの州にまたがる65の一般医(general practitioner)の電子レコードを利用した観察研究である2)。 2016年の帯状疱疹生ワクチンの無料接種が開始された時期に、ワクチン接種対象者と非接種対象者を比較し、認知症の発症との関連を見た、ビッグデータを利用したコホート研究である。 研究デザインが準実験的研究と書かれているように、観察研究でありながらさまざまな工夫がなされた研究である。まず曝露群と比較対照群の設定であるが、実際の接種者ではなく、無料の接種が始まる前に80歳の誕生日を迎えた非接種対象者と、開始後に誕生日を迎えた接種対象者を比較し、ランダム化比較試験のITT(intention to treat)を模倣した解析を行っている。 また、ランダム化されていない観察研究の最大の問題点は交絡因子の調整であるが、この研究では接種開始時期周辺2~3週間に誕生日を迎える対象者に限る解析を行うことで、交絡の危険に対処している。実際にベースラインの両群の背景はよくそろっている。さらに、データ内のワクチン接種対象外のより高齢者のうち接種対象群に最も年齢が近いグループ(1918年5月13日~1927年8月1日に出生)を対照群として追加し、この2つの解析の対象者の背景の違いを検討することでも交絡の可能性を見ている。 結果であるが、7.4年の追跡期間における新規の認知症の診断は、接種対象群で3.7%、非接種対象群で5.5%、リスク差と95%信頼区間は-1.8(-3.3~-0.4)と接種対象群で1.8%少ないというものである。この接種対象群の認知症リスクの低下は、使用する統計モデル、解析対象者の組み入れ幅、追跡期間の違いに対しても一貫して示されている。 また観察研究におけるもう1つのバイアスは、曝露時期と追跡開始時期のギャップによって曝露群にイベントが起きない時期が解析に組み入れられることで起こるimmortal time biasであるが、これも追跡開始の猶予期間を考慮した解析で同様の結果が示され、大きな問題はないと考えられる。 曝露開始前後に対象者を限ることで交絡を避け、猶予期間の考慮でimmortal time biasを避け、RCTに準じたITTに近い解析で行われたこの研究結果は、未知の交絡因子の可能性を除外できるわけではないが、質の低いRCTよりも妥当な結果かもしれない。ビッグデータの利用によって、target trial emulationと共に、今後の観察研究のひな型の1つになる研究である。

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HIV小児の2次治療、至適なARTレジメンは?/NEJM

 1次治療に失敗したヒト免疫不全ウイルス(HIV)陽性の小児の2次治療において、バックボーン療法としてのテノホビル アラフェナミドフマル酸塩(TAF)+エムトリシタビン(FTC)に、アンカー薬としてドルテグラビル(DTG)を併用する抗レトロウイルス療法(ART)は、他のレジメンと比較して有効性が高く、安全性の懸念を示す所見はみられないことが、ウガンダ・Makerere UniversityのVictor Musiime氏らが実施した「CHAPAS-4試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2025年5月15・22日合併号に掲載された。アフリカ3ヵ国の2×4要因デザインの無作為化試験 CHAPAS-4試験は、アフリカのHIV陽性の小児の2次治療におけるさまざまなARTレジメンの有効性と安全性の比較を目的とする2×4要因デザインを用いた非盲検無作為化試験であり、2018年12月~2021年4月にアフリカの3ヵ国(ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ)6施設で参加者の無作為化を行った(欧州・開発途上国臨床試験パートナーシップ[EDCTP]などの助成を受けた)。 年齢3~15歳、体重14kg以上で、1次治療において非核酸系逆転写酵素阻害薬(NNRTI)をベースとするARTレジメンによる治療に失敗し、スクリーニング時にウイルス量が400コピー/mL超のHIV陽性の小児を対象とした。 これらの参加者を、核酸系逆転写酵素阻害薬(NRTI)による2つの併用バックボーン療法(TAF+FTC、標準治療[アバカビル[ABC]+ラミブジン[3TC]またはジドブジン[ZDV]+3TC])のいずれかに無作為に割り付け、同時に4つのアンカー薬(DTG、リトナビル[RTV]でブーストしたダルナビル[DRV/r]、RTVでブーストしたアタザナビル[ATV/r]、RTVでブーストしたロピナビル[LPV/r])の1つに無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、96週の時点におけるウイルス量が400コピー/mL未満であることとした。 次の仮説を設定し検証した。「TAF+FTCは標準治療に対して非劣性、LPV/rとATV/rを統合した解析でDTGおよびDRV/rは優越性を示す、ATV/rはLPV/rに対して非劣性」。DRV/rも有効な可能性 919例(年齢中央値10歳[四分位範囲:8~13]、男性497例[54.1%])を登録した。バックボーン療法はTAF+FTCに458例、標準治療に461例(ABC+3TC群217例[47.1%]、ZDV+3TC群244例[52.9%])を割り付けた。アンカー薬は、DTGが229例、DRV/rが232例、ATV/rが231例、LPV/rが227例であった。全体のベースラインのウイルス量中央値は1万7,573コピー/mL、CD4細胞数中央値は669個/mm3、CD4細胞割合中央値は28.0%だった。 バックボーンにおける96週の時点でウイルス量400コピー/mL未満を達成した患者の割合は、標準治療が83.3%(378/454例)であったのに対し、TAF+FTCは89.4%(406/454例)であった(補正後群間差:6.3%ポイント[95%信頼区間[CI]:2.0~10.6]、p=0.004)。事前に規定された非劣性マージン(10%ポイント)を満たしたため、TAF+FTCの標準治療に対する非劣性(かつ優越性)が示された。 アンカー薬別の96週時にウイルス量400コピー/mL未満を満たした患者の割合は、DTGが92.0%、DRV/rが88.3%、ATV/rが84.3%、LPV/rが80.7%であった。LPV/rとATV/rを統合した解析では、主要アウトカムに関してDTGの優越性が示された(補正後群間差9.7%ポイント[95%CI:4.8~14.5]、p<0.001)が、DRV/rには有意な差を認めなかった(5.6%ポイント[0.3~11.0]、p=0.04[事前にp=0.03を有意差ありの閾値に設定])。 また、ATV/rはLPV/rに対し非劣性であった(補正後群間差:3.4%ポイント、95%CI:-3.4~10.2、p=0.33)。グレード3または4の有害事象は13.8% 96週の時点で、全体の13.8%(127/919例)にグレード3または4の有害事象が発現し、最も頻度が高かったのは高ビリルビン血症(6.4%)で、予想どおりその多くがATV/r(24.7%)に関連したものであった。また、グレード3または4の有害事象は、LPV/r(11.5%)に比べDTG(5.2%)で少なく(p=0.02)、DRV/r(8.6%)とLPV/r(11.5%)には有意差を認めなかった(p=0.31)。 重篤な有害事象は29例(3.2%)に発現した(バックボーン:TAF+FTC群15例、標準治療群14例、アンカー薬:DTG群6例、DRV/r群8例、ATV/r群5例、LPV/r群10例)。ARTの変更に至った有害事象(グレードを問わず)は24例(同:7例、5例、5例、7例)に発現した。1例(TAF+FTC、DTG)が病勢の進行により死亡した。 著者は、「本試験の良好な臨床アウトカムはベースラインのCD細胞数の値が比較的高かったことが一因であり、臨床的に重大な免疫機能の低下を認める前に2次治療に切り換えるという原則を支持する結果といえる」「全体として、今回の結果は、小児の2次治療におけるTAF+FTCとDTGの有効性と安全性に関するデータを提供するものである」「TAF+FTCの使用が拡大すると医療費の削減にもつながる可能性がある」「これらの知見は、アンカー薬の有無にかかわらず、小児にやさしいTAF+FTCの固定用量の合剤のさらなる開発を支持する」としている。

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モデルナ、プレフィルドシリンジ型コロナワクチンを新発売

 モデルナ・ジャパンは5月26日付のリリースにて、新型コロナウイルスワクチン「スパイクバックス(R)筋注シリンジ」を新たに発売したことを発表した。本ワクチンは、12歳以上を対象とした1回接種用0.5mLを充填したプレフィルドシリンジ製剤で、医療現場での調製時間を短縮し、投与準備を簡便化する。これにより、医療従事者の負担軽減と接種の効率化が期待される。本製剤は、オミクロン株JN.1系統に対応している。 なお、2025年春夏シーズンの任意接種においては、従来からのオミクロン株JN.1系統対応バイアル製剤「スパイクバックス(R)筋注」も引き続き使用可能となっている。

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第244回 外科医半減時代に備え、集約化とインセンティブで若手確保を/外保連

<先週の動き> 1.外科医半減時代に備え、集約化とインセンティブで若手確保を/外保連 2.リンゴ病が過去10年で最大の流行、妊婦への感染に最大限の警戒を/JHIS 3.医師の大学病院離れ深刻化 臨床と研究の両立支援に制度改革案/文科省 4.社会保障費改革、病床11万削減で自公維が大筋合意、骨太方針に明記へ 5.職員9%給与削減で合意、市立室蘭病院の苦渋の経営判断/北海道 6.禁煙外来の病院職員が敷地内で喫煙 赤十字病院が診療報酬を返還へ/岐阜県 1.外科医半減時代に備え、集約化とインセンティブで若手確保を/外保連外科医療の持続可能性が危機に瀕する中、日本消化器外科学会と日本心臓血管外科学会は、高難度症例の「地域拠点への集約化」と「経済的インセンティブの付与」をセットで推進する必要性を訴えた。外科系学会社会保険委員会連合(外保連)が5月19日に開催した記者懇談会で明らかにされた。消化器外科学会の試算によれば、同会員(65歳以下)は2023年の約1万6,000人から2043年には約8,000人にと半減すると予測される。背景には、キャリア形成の難しさ(専門医取得まで17~20年)や、救急・移植など多岐にわたる業務負担の重さ、そしてその努力に見合わない評価の低さがある。同学会の調査では、現役外科医の4割が「子に外科を勧めない」と回答しており、外科離れの深刻さがうかがえる。これに対し学会は、症例を拠点病院に集約することにより短期間で多くの経験が得られ、キャリア形成が加速する環境を整備すべきと提言。集約先病院には報酬上の評価を充実させ、医師のモチベーション維持と人材確保を図るべきとする。同様に、心臓血管外科学会も「症例数と成績の正の相関」に基づき、高難度手術の集約化を推進。「搬送時間が予後に影響を及ぼさない」というデータも示し、集約化による利点が搬送距離の不利を上回るとした。加えて、ICU体制強化やタスクシフト推進、報酬面での手厚い支援の必要性も訴えた。一方、救急・産科領域では「集約化一辺倒」の議論に警鐘が鳴らされた。医療アクセスの確保が不可欠であり、働き方改革と診療報酬の乖離が、地域医療の崩壊を招く危険があると警告。産科では正常分娩の保険適用による報酬低下が、医療提供体制に大きな打撃を与える懸念が指摘された。こうした各学会の提言の根拠となるのが、NCD(National Clinical Database)である。年間150万例以上の手術データを蓄積するこの巨大データベースは、症例の集約が望ましい術式や、施設ごとに必要な外科医数の可視化を可能にし、今後の医療提供体制の設計に極めて重要な役割を果たす。2026年度の診療報酬改定に向け、外保連はNCDに基づく科学的データを活用し、地域医療構想との整合を図った制度設計を強く求めている。 参考 1) 消化器外科医が20年間で半減、学会試算 キャリア形成見えにくく 「手術の集約を」(CB news) 2) NCDを活用することで、地域ごとに「どの外科領域のどの術式について、どの程度の集約化が必要か」などを明確化できる-外保連(Gem med) 2.伝染性紅斑(リンゴ病)が過去10年で最大の流行、妊婦への感染に最大限の警戒を/JHIS子供に多くみられるウイルス感染症の「伝染性紅斑(リンゴ病)」の感染が拡大しており、妊婦に対する注意喚起が強まっている。国立健康危機管理研究機構(JHIS)の発表によれば、2025年5月5~11日の1週間に全国約2,000の小児科定点医療機関から報告された患者数は、1施設当たり1.14人。これはこの時期としては過去10年で最多の水準であり、4月以降、1.0人超の高水準が継続している。都道府県別では、栃木県(4.19人)、宮城県・山形県(各3.23人)、北海道(2.87人)など、東北・北日本を中心に高い報告数が続く。専門家は、昨年秋の関東での流行から、地域と時期をずらしながら今年秋頃までの流行継続を予測している。伝染性紅斑は、パルボウイルスB19が原因で、飛沫感染や接触感染により伝播する。感染初期は風邪様症状を呈し、その後、頬部の紅斑が出現するのが特徴。小児や一般成人では自然軽快することが多いが、過去に感染歴のない妊婦が感染した場合、胎児水腫や流産・死産のリスクがあることが知られている。日本産婦人科感染症学会の山田 秀人氏は、「流行年には全国で100人以上の流産・死産が発生していると推定される」と警鐘を鳴らす。感染経路の特徴として、発疹出現の約1週間前が最も感染性が高く、無症候期に家庭内で感染が広がる点も問題視されている。治療法やワクチンは存在せず、予防策としては手洗い・マスクの着用、人混みの回避が推奨される。とくに妊婦や、妊婦と接する職業に従事する医療関係者、保育・教育従事者への注意喚起が重要である。厚生労働省も、家庭内感染防止の観点から、同居家族にも感染対策の徹底を求めている。 参考 1) リンゴ病の患者数 この時期としては過去10年で最多 感染対策を(NHK) 2) 「リンゴ病」感染拡大、流産の原因になることもあり注意呼びかけ(読売新聞) 3.医師の大学病院離れ深刻化 臨床と研究の両立支援に制度改革案/文科省文部科学省は5月21日に「今後の医学教育の在り方に関する検討会」を開き、大学病院の人材確保と魅力向上を目的とした中間骨子案を提示した。医学生の63.1%が大学病院以外への就職を希望し、その主因は給与や労働環境の良さであった。勤務希望理由として「地域医療への貢献」が最多(73.0%)だった一方で、「研究力向上」は34.4%に留まった。勤務医の離職傾向も顕著で、助教・医員の54.1%が大学病院以外での勤務を志望している。博士課程進学希望者は44.0%で、進学時期は専門研修後が主流となっている。これにより大学院進学率や学位取得率の低下が顕在化し、臨床と研究の両立困難さが浮き彫りとなっている。助教の64.9%は研究時間が週5時間以下とされ、研究力の国際的低下も深刻化している。対策として、専門研修と博士課程を両立可能な「臨床研究医コース」の推進、研究時間確保のためのバイアウト制度活用、研究費・環境整備の支援強化などが骨子案に盛り込まれた。また、特定機能病院の見直しにおいて、大学病院が地域医療構想に整合した「地域貢献機能」を担うことも明記された。今後の重点課題は、医師にとって大学病院勤務が魅力ある選択肢となるよう、制度・評価・財政面での総合的な支援体制の構築が喫緊の課題となる。 参考 1) 第14回 今後の医学教育の在り方に関する検討会(文科省) 2) 大学病院の人材確保で「臨床研究医の育成推進」 文科省検討会(MEDIFAX) 3) 医学部5・6年生の63%が大学病院での勤務希望せず 在職者も過半数で 文科省検討会(CB news) 4) 大学病院で働く医師の研究・教育時間が減少傾向、世界での研究力低下が課題に(日経メディカル) 4.社会保障費改革、病床11万削減で自公維が大筋合意、骨太方針に明記へ5月23日、自民党・公明党と日本維新の会は、国会内で開かれた社会保障改革に関する実務者協議で、全国の医療機関に存在する余剰病床をおよそ11万床削減する方針で大筋合意した。維新の主張を自公が一定程度受け入れる形で、政府が6月に取りまとめる「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」への明記を目指す。維新は、医療費の年間総額を最低4兆円削減し、現役世代1人当たりの社会保険料を年間6万円引き下げることを主張。11万床の病床削減によって、1兆円の医療費削減が可能との試算を示していた。今回の協議では、自公側もこの見解を共有したとされ、病床削減に向けた合意形成が進展した形。しかし、維新が併せて提案している、OTC(一般用医薬品)と同等の効能を持つ医薬品の保険給付除外については、自公との間で意見の隔たりが大きく、今国会での結論は困難との見通しが示された。今後も継続して協議が行われる予定。背景には、21日の党首討論で維新の前原 誠司共同代表が改革への進展が見られないことに対し「守らなければ内閣不信任に値する」と強く牽制したことがある。これを受け、石破 茂首相は翌日、自民党幹部に誠意ある対応を指示したとされ、今回の合意形成に一定の政治的圧力が影響したとの見方も出ている。自民党の田村 憲久元厚生労働相は「内容的にはほぼ同じ考えを共有できた」と発言。維新の岩谷 良平幹事長も「11万床の削減については相互理解に達した」と述べた。3党は今後、協議内容を文書化し、制度改革の具体的方針を固めていく。医療現場においては、病床削減が地域医療に及ぼす影響の精査と、代替的な医療提供体制の整備が急務となる。現場の声やデータを踏まえた、慎重な制度設計が求められる段階に入ったといえる。 参考 1) 自公維、余剰病床削減で大筋合意 「骨太方針」に明記の方向で調整(東京新聞) 2) 保険料負担軽減へ“11万床減で医療費1兆円削減”自公維が共有(NHK) 3) 余剰病床の削減で大筋合意、自公維の社会保障協議 骨太方針に明記へ(日経新聞) 5.職員9%給与削減で合意、市立室蘭病院の苦渋の経営判断/北海道北海道室蘭市の市立室蘭総合病院は、2025年度に約19.8億円の赤字、累積資金不足が37億円超に達する見込みであることを受け、正職員の基本給を9%削減することで労働組合と合意した。削減は2026年3月末までの限定措置で、医師と市からの人事交流職員を除外。会計年度任用職員は4%の削減とし、総額約5.85億円の人件費削減を見込む。当初、病院側は正職員11%、会計年度任用職員5%の削減を提案していたが、組合は「赤字は国の政策による構造的問題であり、職員に責任はない」と反発。一方で、公立病院として地域医療を守る責任や、市の財政健全化への影響を考慮し、約3ヵ月にわたる交渉の末に妥結した。市立病院は現在、経営が厳しい民間の「日鋼記念病院」との統合を目指しており、病院再編に向けた協議が進行中だが、統合後の病院機能や人員配置の見通しは不透明なままである。組合は「病院の将来像が見えないことが交渉長期化の要因」とし、地域医療の継続に対する懸念を表明している。室蘭市の病院事業会計は、一般会計から毎年約16億円の繰り入れを受けているが、補助金など外部財源への依存は困難な状況で、持続可能な病院運営が喫緊の課題となっている。地域の医療圏を支える中核病院として、感染症対応や災害時の医療提供といった機能維持が求められる中、今回の給与削減は苦渋の決断といえる。今後、医療提供体制の再構築と財政的持続可能性を両立させるには、国・自治体・医療機関の三者による支援体制の再検討と、地域医療ビジョンの明確化が急務とされている。 参考 1) 市立室蘭病院 正職員の基本給9%削減で労使合意 医療機能維持「苦渋の決断」 病院統合へ課題は山積(北海道新聞) 2) 厳しい経営続く市立室蘭総合病院 再来年まで職員給与9%削減(NHK) 3) 「地域医療守る」組合決断 市立室蘭、給与削減合意(室蘭民報) 6.禁煙外来の病院職員が敷地内で喫煙 赤十字病院が診療報酬を返還へ/岐阜県岐阜市の岐阜赤十字病院は、職員16人が長年にわたり敷地内で喫煙していた事実が発覚したことを受け、禁煙外来の診療報酬約450万円を患者や健康保険組合に返還する方針を明らかにした。同病院は2005年から敷地内を全面禁煙とし、2006年からは「敷地内禁煙」が禁煙外来における診療報酬の請求要件となっていた。病院によると、喫煙行為は少なくとも2006年6月~2023年12月まで継続的に行われていたとされ、看護師や元管理職を含む16人が病棟の陰などで喫煙していた。昨年12月、日赤岐阜県支部に寄せられた匿名の情報提供をきっかけに、今年1月から全職員約550人への聞き取り調査を実施し、事実が判明した。この問題により、「ニコチン依存症管理料」などの診療報酬請求の正当性が失われたと判断し、病院は2006年6月~2023年までの禁煙外来の受診者約750人と健康保険組合などに対し、報酬を返還する。返還対象者には5月下旬以降、順次連絡が行われる予定。同病院には、以前から投書箱などを通じ、職員の喫煙を指摘する声が寄せられていた。病院は厚生労働省東海北陸厚生局に報告し、5月23日にはホームページ上で事案を公表した。 担当者は「認識が甘く、申し訳ない」と謝罪し、今後は職員への禁煙教育の徹底や公益通報窓口の設置を含む再発防止策を講じるとしている。 参考 1) 禁煙外来あるのに…岐阜赤十字病院の職員16人、長年にわたり敷地内で喫煙 診療報酬返還へ(中日新聞) 2) 岐阜赤十字病院の職員が敷地内で喫煙 診療報酬を返還へ(NHK)

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咳嗽・喀痰の診療GL改訂、新規治療薬の位置付けは?/日本呼吸器学会

 咳嗽・喀痰の診療ガイドラインが2019年版以来、約6年ぶりに全面改訂された。2025年4月に発刊された『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン第2版2025』1)では、9つのクリニカル・クエスチョン(CQ)が設定され、初めてMindsに準拠したシステマティックレビューが実施された。今回設定されたCQには、難治性慢性咳嗽に対する新規治療薬ゲーファピキサントを含むP2X3受容体拮抗薬に関するCQも含まれている。また、本ガイドラインは、治療可能な特性を個々の患者ごとに見出して治療介入するという考え方である「treatable traits」がふんだんに盛り込まれていることも特徴である。第65回日本呼吸器学会学術講演会において、本ガイドラインに関するセッションが開催され、咳嗽セクションのポイントについては新実 彰男氏(大阪府済生会茨木病院/名古屋市立大学)が、喀痰セクションのポイントについては金子 猛氏(横浜市立大学大学院)が解説した。喘息の3病型を「喘息性咳嗽」に統一、GERDの治療にP-CABとアルギン酸追加 咳嗽の治療薬について、「咳嗽治療薬の分類」の表(p.38、表2)が追加され、末梢性鎮咳薬としてP2X3受容体拮抗薬が一番上に記載された。また、中枢性と末梢性をまたぐ形で、ニューロモデュレーター(オピオイド、ガバペンチン、プレガバリン、アミトリプチリンが含まれるが、保険適用はモルヒネのみ)が記載された。さらに、今回からは疾患特異的治療薬に関する表も追加された(p.38、表3)。咳喘息について、前版では気管支拡張薬を用いることが記載されていたが、改訂版の疾患特異的治療薬に関する表では、β2刺激薬とロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)が記載された。なお、抗コリン薬が含まれていない理由について、新実氏は「抗コリン薬は急性ウイルス感染や感染後の咳症状などに効果があるというエビデンスもあり、咳喘息に特異的ではないためここには記載していない」と述べた。 咳症状の観点による喘息の3病型として、典型的喘息、咳優位型喘息、咳喘息という分類がなされてきた。しかし、この3病型には共通点や連続性が存在し、基本的な治療方針も変わらないことから、1つにまとめ「喘息性咳嗽」という名称を用いることとなった。ただし、狭義の慢性咳嗽には典型的喘息、咳優位型喘息を含まないという歴史的背景があり、咳だけを呈する喘息患者の存在が非専門医に認識されるためには「咳喘息」という名称が有用であるため、フローチャートでの記載や診断基準は残している。 咳喘息の診断基準について、今回の改訂では3週間未満の急性咳嗽では安易な診断により過剰治療にならないように注意することや、β2刺激薬は咳喘息でも無効の場合があるため留意すべきことが記されている。後者について新実氏は「β2刺激薬に効果がみられない場合は咳喘息を否定するという考えが見受けられるため、注意喚起として記載している」と指摘した。 喘息性咳嗽について、前版では軽症例には中用量の吸入ステロイド薬(ICS)単剤で治療することが記載されていたが、喘息治療においてはICS/長時間作用性β2刺激薬(LABA)が基本となるため、本ガイドラインでも中用量ICS/LABAを基本とすることが記載された。ただし、ICS+長時間作用性抗コリン薬(LAMA)やICS+LTRA、中用量ICS単剤も選択可能であることが記載された。また、本ガイドラインの特徴であるtreatable traitsを考慮しながら治療を行うことも明記されている。 胃食道逆流症(GERD)については、GERDを疑うポイントとしてFSSG(Fスケール)スコア7点以上、HARQ(ハル気道逆流質問票)スコア13点以上が追加された。また、治療についてはカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB)とアルギン酸が追加されたほか、treatable traitsへの対応を十分に行わないと改善しにくいことも記載されている。難治性慢性咳嗽に対する唯一の治療薬ゲーファピキサント 難治性慢性咳嗽は、治療抵抗性慢性咳嗽(Refractory Chronic Cough:RCC)、原因不明慢性咳嗽(Unexplained Chronic Cough:UCC)からなることが記されている。本邦では、RCC/UCCに適応のある唯一の治療薬が、選択的P2X3受容体拮抗薬のゲーファピキサントである。本ガイドラインでは、RCC/UCCに対するP2X3受容体拮抗薬に関するCQが設定され、システマティックレビューの結果、ゲーファピキサントはLCQ(レスター咳質問票)合計スコア、咳VASスコア、24時間咳嗽頻度を低下させることが示された。ガイドライン作成委員の投票の結果、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])こととなった。 慢性咳嗽のtreatable traitsとして、気道疾患、GERD、慢性鼻副鼻腔炎などの12項目が挙げられている。このなかの1つとして、咳過敏症も記載されている。慢性咳嗽患者の多くはtreatable traitsとしての咳過敏症も有しており、このことを見過ごして行われる原因疾患のみの治療は、しばしば不成功に終わることが強調されている。新実氏は「原因疾患に対する治療をしたうえで、P2X3受容体拮抗薬により咳過敏症を抑えることで咳嗽をコントロールできる患者も実際にいるため、理にかなっているのではないかと考えている」と述べた。国内の専門施設では血痰・喀血の原因は年齢によって大きく異なる 前版のガイドラインは、世界初の喀痰診療に関するガイドラインとして作成されたが、6年ぶりの改訂となる本ガイドラインも世界唯一のガイドラインであると金子氏は述べる。 喀痰に関するエビデンスは少なく、前版の作成時には、とくに国内のデータが不足していた。そこで、本ガイドラインの改訂に向けてエビデンス創出のために多施設共同研究を3研究実施し(1:血痰と喀血の原因疾患、2:膿性痰の色調と臨床背景、3:急性気管支炎に対する抗菌薬使用実態)、血痰と喀血の原因疾患に関する研究の成果が英語論文として2件報告されたことから、それらのデータが追加された。 血痰と喀血の原因疾患として、前版では英国のプライマリケアのデータが引用されていた。このデータは海外データかつプライマリケアのデータということで、本邦の呼吸器専門施設で遭遇する疾患とは異なる可能性が考えられていた。そこで、国内において呼吸器専門施設での原因を検討するとともに、プライマリケアでの原因も調査した。 本邦での調査の結果、プライマリケアでの血痰と喀血の原因疾患の上位4疾患は急性気管支炎(39%)、急性上気道感染(15%)、気管支拡張症(13%)、COPD(7.8%)であり2)、英国のプライマリケアのデータ(1位:急性上気道感染[35%]、2位:急性下気道感染[29%]、3位:気管支喘息[10%]、4位:COPD[8%])と上位2疾患は急性気道感染という点、4位がCOPDという点で類似していた。 一方、本邦の呼吸器専門施設での血痰と喀血の原因疾患の上位3疾患は、気管支拡張症(18%)、原発性肺がん(17%)、非結核性抗酸菌(NTM)症(16%)であり、プライマリケアでの原因疾患とは異なっていた。また「呼吸器専門施設では年齢によって、原因疾患が大きく異なることも重要である」と金子氏は指摘する。たとえば、20代では細菌性肺炎が多く、30代では上・下気道感染、気管支拡張症が約半数を占め、40~60代では肺がんが多くなっていた。70代以降では肺がんは1位にはならず、70代はNTM症、80代では気管支拡張症、90代では細菌性肺炎が最も多かった3)。また、80代以降では結核が上位にあがって来ることも注意が必要であると金子氏は指摘した。近年注目される中枢気道の粘液栓 最近のトピックとして、閉塞性肺疾患における気道粘液栓が取り上げられている。米国の重症喘息を対象としたコホート研究「Severe Asthma Research program」において、中枢気道の粘液栓が多発していることが2018年に報告され、その後COPDでも同様な病態があることも示されたことから注目を集めている。粘液栓形成の程度は粘液栓スコアとして評価され、著明な気流閉塞、増悪頻度の増加、重症化や予後不良などと関連していることも報告されており、バイオマーカーとして期待されている。ただし、課題も存在すると金子氏は指摘する。「評価にはMDCT(multidetector row CT)を用いて、一つひとつの気管支をみていく必要があり、現場に普及させるのは困難である。そのため、現在はAIを用いて粘液スコアを評価するなど、さまざまな試みがなされている」と、課題や今後の期待を述べた。CQのまとめ 本ガイドラインにおけるCQは以下のとおり。詳細はガイドラインを参照されたい。【CQ一覧】<咳嗽>CQ1:ICSを慢性咳嗽患者に使用すべきか慢性咳嗽患者に対してICSを使用しないことを弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ2:プロトンポンプ阻害薬(PPI)をGERDによる咳嗽患者に推奨するかGERDによる咳嗽患者にPPIを弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ3-1:抗コリン薬は感染後咳嗽に有効か感染後咳嗽に吸入抗コリン薬を勧めるだけの根拠が明確ではない(推奨度決定不能)(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ3-2:抗コリン薬は喘息による咳嗽に有効か喘息による咳嗽に吸入抗コリン薬を弱く推奨する(エビデンスの確実性:D[非常に弱い])CQ4:P2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効かP2X3受容体拮抗薬はRefractory Chronic Cough/Unexplained Chronic Coughに有効であり、使用を弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])<喀痰>CQ5:COPDの安定期治療において喀痰調整薬は推奨されるかCOPDの安定期治療において喀痰調整薬の投与を弱く推奨する(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ6:COPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与は有効かCOPDの安定期治療においてマクロライド少量長期投与することを弱く推奨する(エビデンスの確実性:B[中程度])CQ7:喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法は推奨されるか喘息の安定期治療においてマクロライド少量長期療法の推奨度決定不能である(エビデンスの確実性:C[弱い])CQ8:気管支拡張症(BE)に対してマクロライド少量長期療法は推奨されるかBEに対してマクロライド少量長期療法を強く推奨する(エビデンスの確実性:A[強い])

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バーチャル合唱プログラムで孤立した高齢者の気分やウェルビーイングが向上

 歌を歌うことが魂にとって救いとなることがあるが、バーチャルな集団の中で歌うことにも同様の効果はあるのだろうか? その答えは「イエス」であることが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のロックダウン中にバーチャル合唱団へ参加したことが高齢者の感情面あるいは精神面に良い影響をもたらしたのかどうかを検証した研究で示された。研究によると、孤立した高齢者からは、ZoomやFacebook Liveを介して合唱の練習に参加したことで不安が軽減され、社会とのつながりが深まり、感情的および知的な刺激を受けることができたとの評価が得られたという。米ノースウェスタン大学音楽療法プログラムのBorna Bonakdarpour氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of Alzheimer’s Disease」に4月22日掲載された。 Bonakdarpour氏は、「この研究は、バーチャル合唱団への参加が、農村部に住んでいる人や移動に制限のある人、社会的不安を感じている人に、パンデミックに関わりなく恩恵をもたらす可能性のあることを示唆している」とニュースリリースの中で述べている。 この研究は米イリノイ州を拠点とする合唱プログラムの「サウンズ・グッド・クワイア(Sounds Good Choir)」との協働で実施された。パンデミックによるロックダウンが続く2021年、同プログラムでは55歳超の参加者が、バーチャルで以下のいずれかの活動に参加した。1)なじみのある歌を用いた、週に1回、計52回の歌唱セッションを受けるシングアロングセッション、2)組織化された合唱団で週1回の練習を重ね、最後にバーチャルコンサートを行う合唱プログラム。参加者には、認知機能が正常な人と神経認知障害を持つ人の両方が含まれていた。なお、Bonakdarpour氏らによると、先行研究では歌うことは肺活量や姿勢、全体的な身体の健康を向上させるだけでなく、呼吸のコントロールや感情の調整、運動機能に関わる脳の働きも活性化させ、脳と身体に良い影響をもたらすことが示されているという。 プログラムの終了後、Bonakdarpour氏らは176人の参加者を対象に調査を行い、バーチャル合唱体験が与えた影響について調べた。その結果、参加者の86.9%がプログラムへの参加がウェルビーイングに良い影響をもたらしたことを報告していた。プログラム別に見ると、シングアロングセッションへの参加はポジティブな記憶を呼び起こし、感情的な共鳴を促す一方で、合唱プログラムへの参加は、知的な刺激や関与をもたらすことが示唆された。さらに自由記述回答では、全体の5%以上の回答で、以下の面にポジティブな影響がもたらされたことが報告されていた。感情的ウェルビーイング(36%)、社会的ウェルビーイング(31%)、知的ウェルビーイング(18%)、パンデミックによる混乱の中での正常性の感覚や秩序の感覚(12%)、精神的ウェルビーイング(11%)、身体的ウェルビーイング(7%)、過去とのつながり(5%)。 Bonakdarpour氏は、「認知症とともに生きる人では、周囲の環境がどのようなものであろうと正常性の感覚の喪失が自己認識に強く影響し、不安の原因となる。このことは、こうした介入が正常な感覚を取り戻す助けとなり、心理的ウェルビーイングをサポートし、安定した自己認識に再びつなげる方法となる可能性があることを示唆している」と述べている。 さらにBonakdarpour氏は、「パンデミック時のグループ合唱への参加者は、混乱が広がる中、この活動が正常性の感覚をもたらしてくれたと一貫して話していた。これは顕著なテーマとして浮かび上がった点であり、今後さらなる研究で検討する必要がある」と言う。研究グループは今後、米国立衛生研究所(NIH)の音楽認知症研究ネットワークが助成する全国規模の臨床試験で、このバーチャル合唱体験をさらに詳しく検証する予定だとしている。

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