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手が大樹になった男性【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第294回

手が大樹になった男性ヒトパピローマウイルス(HPV)は、手足にできる小さないぼから、子宮頸がんの原因となる型まで、いろいろな疾患を起こすことで知られています。多くの人にとってのHPVは、自然に治ることも多いいぼの原因に過ぎませんが、体の免疫がうまく働かないと、全身に広がることがあります。Alisjahbana B, et al. Disfiguring generalized verrucosis in an indonesian man with idiopathic CD4 lymphopenia. Arch Dermatol. 2010;146:69-73. 2010年に報告されたインドネシア人男性の症例は、尋常性疣贅の原因であるHPV-2が全身に広がり、手足に大樹のような巨大な角化物まで作ってしまったというものです。論文には手が大きな木のようになってしまった写真が掲載されています。この男性、CD4陽性T細胞が慢性的に少ない特発性CD4リンパ球減少症を背景疾患として持ち、この細胞性免疫の低下が長年にわたってウイルスの増殖を許容してしまいました。最初は膝の小さな疣贅から始まりました。ところが数年で病変は顔、胸、背中、手足へと広がり、20代のうちに仕事ができないほどに増えました。診察時には、四肢の皮膚は厚い角質に覆われ、長いものでは30cmにも達する樹木のような突起が層状に曲がりくねっていました。見た目の衝撃は大きく、悪臭も伴っていたそうです。皮膚生検では、いぼに典型的な表皮の肥厚やウイルス感染細胞がみられました。病変から採った組織のDNAを調べると、どの検体からもHPV-2の遺伝子が見つかりました。まずQOLを最も損なっていた巨大な角化物を全身麻酔下で機械的に削り落としました。電気ノコギリなどを使用して約6kgの疣贅と壊死組織を除去しました。そして、再び厚くならないように高濃度サリチル酸で角質を軟らかくし続けました。顔や体幹の病変は切除やシェービングを少しずつ繰り返しました。角化を抑える飲み薬であるアシトレチンも試されましたが、実感できる効果は乏しかったそうです。

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第289回 RSVワクチン、「妊婦への定期接種」迅速決定の理由とは

11月19日に開催された第72回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会は、RSウイルス(RSV)感染症に対する母子免疫目的で、妊婦への組換えRSVワクチン(商品名:アブリスボ)の定期接種を来年4月から開始する方針を了承した。アブリスボは昨年5月に日本で発売されたばかりで、ワクチン後進国とも呼ばれる日本にしては、発売から2年弱というタイミングでの定期接種化は極めて迅速な対応と言える。海外について見てみると、アメリカで疾病予防管理センター(CDC)の「予防接種の実施に関する諮問委員会(ACIP)」とイギリスの予防接種・免疫合同委員会(JCVI)が同様の決定をしたのは2023年9月。さらにアルゼンチンは2024年4月、オーストラリアはまさに今月に決定をしている。国際共同第III相試験で示された妊娠24~36週の妊婦へのアブリスボ接種による母子免疫の有効性は、RSV関連下気道感染症に対して生後180日以内で51.3%、生後360日以内で41.0%、受診を要した重症RSV関連下気道感染症に対しては生後180日以内で69.4%。ちなみに日本人の部分集団解析では生後180日以内で前者が87.6%、後者が75.1%だった。また、接種時の母体妊娠週数別の有効性解析の結果からは、生後180日以内のRSV関連下気道感染症に対する有効性は24~27週が20.7%、28~31週が67.4%、32~36週が57.3%、受診を要した重症RSV関連下気道感染症に対しては24~27週が43.7%、28~31週が88.5%、32~36週が76.5%。この結果を踏まえ、定期接種化では妊娠28~36週の妊婦とする方針が了承された。この点、アメリカのACIPでは妊娠週数別での有効性は同様に28~31週がピークだったものの、妊娠32~36週の接種が最も安定して高い有効性を示し、かつ安全性も確保されていると判断され、32~36週での接種が推奨されている。これは有効性の95%信頼区間の幅が28~31週に比べ、32~36週のほうが狭かった、すなわちデータのばらつきが少なくより信頼性が高いと判断されたからだろう。一方、国際共同第III相試験でプラセボ群に比べて多く認められた副反応は、注射部位疼痛、筋肉痛ぐらいで、発熱や疲労感などのほかの副反応の発現率はプラセボ群と同等だった。さらに出生児での有害事象は、低出生体重児(2,500g以下)も含め、ワクチン接種群とプラセボ接種群で差はなかった。さて、日本で母子免疫を目的としたRSVワクチンの定期接種がこれほど迅速に認められた理由は何だろうと考えてみたが、おそらく接種対象者が絞られるからだろう。 多くの人がご存じのように少子高齢化の結果として、2024年の年間出生児数は68万6,061人にとどまる。約半世紀前の第2次ベビーブーム期の1973年が209万1,983人だったことを考えれば、現状はもはや見る影もない状態である。だが、それゆえに国としても予算の手当てがしやすいとも言える。アブリスボ1回の接種費用は2万7,500円(国立国際医療研究センタートラベルクリニックの場合)なので、予算規模は190億円強で済む計算になるからだ。裏を返せば、高齢者でのRSVワクチンの定期接種化は桁違いの予算規模になるため、実現したとしても、あの悪評高い5歳刻みの年齢区分による接種、かつB類疾病として自己負担が生じる形になるのかもしれない。さて、迅速とは評価したが、それでも諸外国と比べると、アブリスボの承認から定期接種化の政策決定まではアメリカ、イギリスがわずか1ヵ月、アルゼンチンが4ヵ月しかかかっていない。オーストラリアが日本とほぼ同じ。ここから考えれば、現状はワクチン後進国を脱したかもしれないが、ワクチン先進国へはあと一歩というところだろうか。

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移植後再発抑止のための新規治療開発/日本血液学会

 2025年10月10~12日に第87回日本血液学会学術集会が兵庫県にて開催された。10月11日、内田 直之氏(虎の門病院 血液内科)、Konstanze Dohner氏(ドイツ・University Hospital of Ulm)を座長に、JSH-EHA Jointシンポジウム「移植後再発抑止のための新規治療開発」が行われた。登壇者は、Luca Vago氏(イタリア・San Raffaele Scientific Institute)、河本 宏氏(京都大学医生物学研究所 再生免疫学分野)、中前 博久氏(大阪公立大学大学院医学系研究科 血液腫瘍制御学)、名島 悠峰氏(がん・感染症センター都立駒込病院 血液内科)。白血病の再発メカニズムを解明し、再発予防を目指す 急性白血病に対する同種造血幹細胞移植(allo-HSCT)は、継続的に進歩している。しかし、再発は依然として大きな臨床課題であり、移植後の再発に対する普遍的に認められた標準治療はいまだ存在しない。ドナーリンパ球輸注(DLI)、サルベージ化学療法、二次移植などの介入はいずれも効果が限定的である。 また、治療耐性に関する新たな知見にも注目が集まっている。かつては、治療が十分に奏効しない場合は、薬剤の増量などで対応することが一般的であった。しかし近年は、治療そのものが腫瘍の変化を誘発し、多くの場合、初期治療で用いられた作用機序が再発メカニズムに影響を及ぼしている可能性が指摘されている。 最近の研究では、allo-HSCT後の再発は、多くの場合、白血病細胞がドナーの免疫系から逃れるために獲得した免疫回避機構に起因することが示唆されている。Vago氏は「allo-HSCTのメカニズムは非常に複雑であり、ドナーの種類や抗ウイルス薬などにより予期せぬ影響を受けると考えられる。そのため、臨床試験においては広範な適応症だけにとどまらず、個別のサブセットを対象とした検討が求められる。より詳細なデータを集積することで、さまざまな再発パターンやリスク因子をより適切に定義し、再発予防につなげることが可能となるであろう」と今後への期待を語った。多能性幹細胞から再生したT細胞製剤の開発状況 現在行われているCAR-T細胞療法をはじめとするadoptive T cell therapyは、主に「時間」「費用」「品質」という課題に直面している。これらの課題を解決するため、河本氏らは、ES細胞やiPS細胞(iPSC)といった多能性幹細胞を用いたT細胞作製法の開発を進めている。本講演では、その開発状況について解説が行われた。 まず、iPSC技術を用いて抗原特異的T細胞のクローニングと増殖を行い、抗原特異的CD8 T細胞をiPSCにリプログラム化する。さらにそのiPSCから、腫瘍抗原特異的CD8 T細胞を再生することに成功した。 また、CD8α-βヘテロダイマーを発現する強力な細胞傷害性Tリンパ球(CTL)を作製できる培養法も開発している。このアプローチをallo-HSCTに応用するため、T細胞由来ではないiPSCに外来性のTCR遺伝子を導入する方法も開発した。 そして現在、京都大学医学部附属病院では、2年後の開始を目指して、WT-1抗原特異的TCR導入HLAホモiPSCから再生した細胞傷害性CTLを用いた急性骨髄性白血病(AML)治療の臨床試験の準備を進めている。さらに、白血病プロジェクトと並行してCOVID-19に対するT細胞療法の開発にも着手している。COVID-19は免疫不全患者にとって依然として脅威であり、一定の頻度で長期化する。この課題に対処するため、ワクチン接種を受けた健康なボランティアから、日本人の約60%が保有するといわれているHLAクラスIアレルであるHLA-A*24:02に限定された複数のSタンパク質特異的TCR遺伝子のクローニングも行っている。その結果、Sタンパク質特異的TCRを効率的に発現するCTLは、SARS-CoV-2に感染した肺胞上皮細胞を殺傷することが示された。現在、藤田医科大学病院において本プロジェクトの臨床試験準備も進行中である。 これら複数のプロジェクトにおいてどのような結果が示されるのか、今後も注目される。Ph陽性ALLにおけるallo-HSCTの位置付けとTKI予防的投与への期待 フィラデルフィア染色体(Ph)陽性急性リンパ性白血病(ALL)は、従来の治療では困難であるとされてきた。しかし近年、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)や二重特異性抗体の登場により、治療レジメンは一変した。これに伴い、これまで必須と考えられていたallo-HSCTを行わなくても長期生存を達成できる可能性が高まっている。移植適応は、画一的なアプローチから、遺伝子解析や微小残存病変(MRD)評価に基づく個別化アプローチへと移行しつつあり、有害事象の認められる患者に限定される傾向にある。 一方、移植適応患者においては、再発リスクを低減するためのTKI予防的投与が注目されている。しかし、allo-HSCT後のMRD陰性患者に対するTKI予防的投与と、MRD陽性を契機としたTKI先制的投与との間で、予後や有害事象発現率などの違いはいまだ明確でない。また、TKIが奏効する可能性の高い患者集団の特定、最適な薬剤選択、治療開始時期・期間の設定なども課題として残されている。TKIの移植片対白血病(GVL)効果への影響や、移植片対宿主病(GVHD)リスクを見極めつつ、有害事象を最小限に抑える最適な投与レジメンの確立が求められている。 実臨床では、MRD陰性で移植を受けた患者では最低2年間のTKI投与を行う傾向があるが、とくに高リスク患者では、患者の希望も考慮したうえで無期限に治療継続することが一般的となっている。これらの戦略の妥当性については、今後さらなる検証と評価が必要である。 中前氏は「TKIと二重特異性抗体の併用療法の可能性、予後に関連する新たな遺伝子異常の同定、次世代シークエンサーを用いた高精度・高感度MRDモニタリング技術の進歩は、Ph陽性ALLの治療成績を向上させ、さらにallo-HSCTの適応をより明確にすることが可能になる」と期待を述べた。移植後再発の克服を目指した最適な維持療法を探求 allo-HSCTは、AMLや骨髄異形成症候群(MDS)といった高リスク造血器悪性腫瘍に対する治療において欠かせない治療となっている。支持療法により非再発死亡率は低下したものの、移植後の再発は依然として治療失敗の主因となっている。とくに非寛解状態、複雑核型、TP53変異といった予後不良因子を有する患者において、移植後の再発は顕著である。強度減弱前処置の普及と適応拡大は、効果的な再発予防の必要性をさらに浮き彫りにしている。名島氏は、移植後維持療法戦略のための包括的な枠組みの原則に基づき、最新の臨床エビデンスとトランスレーショナルな視点に焦点を当て、本講演を行った。 再発の多くは allo-HSCT後6ヵ月以内に発生するため、早期介入が不可欠となる。維持療法は、寛解期の患者に対する「予防的アプローチ」とMRDに基づく「先制的アプローチ」の2つに大別される。予防的アプローチは再発予防の可能性を高める一方で、過剰治療のリスクを伴う。MRDに基づく治療戦略は、より標的を絞った治療といえるが、高感度な検出や最適な治療タイミングに留意する必要がある。 アザシチジン(AZA)は、その免疫調節作用と忍容性から、維持療法の候補として注目されている。名島氏らは、移植後のAZAの実現可能性を検証するため、日本で多施設共同第I相試験を実施している。さらに、AZAとゲムツズマブ オゾガマイシンの併用療法についても評価を行い、allo-HSCT後の維持療法としてAZAレジメンが忍容性と中程度の有効性を示したことを報告した。 FLT3-ITD変異陽性AMLは高リスクサブタイプであり、現在もFLT3阻害薬の評価が活発に行われている。移植後患者を対象としたMORPHO試験では、ギルテリチニブによる維持療法が検討されており、主要評価項目である無再発生存率は全体では有意差が得られなかったものの、MRD陽性患者では改善が認められた。フォローアップ解析により、MRD陽性が、とくにNPM1遺伝子重複症例で有益性を示す強力な予測因子であることが確認され、FLT3阻害薬はMRD依存的なベネフィットを示す可能性があると示唆されている。 現在の維持療法では薬理学的戦略が主流となっているが、免疫学的アプローチも注目されている。日本で広く使用されているDLIは、これまでの経験からも明らかなように、移植後の免疫学的維持療法として有望である。 最後に名島氏は「これらさまざまな研究やすべての努力が、最終的に allo-HSCTを通じてより多くの造血器悪性腫瘍患者の命を救うことに役立つことを願っている」と自身の思いを語り、講演を締めくくった。

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ペニシリン系の全体像【Dr.伊東のストーリーで語る抗菌薬】第4回

ペニシリン系の全体像前回までペニシリンGのスペクトラムを学びました。そこでは、ペニシリンGがブドウ球菌、大腸菌、横隔膜から下の嫌気性菌を苦手とすることが判明しました(図1)。このような細菌をカバーするために、ペニシリンは進化します。今回は、その足跡を追っていくことで、ペニシリン系の全体像を一緒に勉強していきましょう。図1 ペニシリンGのスペクトラム画像を拡大するアンピシリンペニシリン系進化の第1歩は、アンピシリンです。アンピシリン以外にもさまざまありますが、ここでは日本でよく使われる抗菌薬に着目して解説していきます。アンピシリンは、ペニシリンGにアミノ基(–NH2)をつけたものです。つまり、見た目はほとんど変わりません(図2)。図2 ペニシリンGとアンピシリンの構造式画像を拡大する「サザエさん」を見ていない人は、波平さんと海平さんを区別できないと思うのですが、本当にその程度の差です。では、構造式の似ているペニシリンGとアンピシリンで、スペクトラムはどのくらい違うのでしょうか?実は、スペクトラムは大きくは違いません。構造式がこれだけ似ていてスペクトラムが全然違っていたら、少し頭が混乱してしまいますよね。まとめると、アンピシリンはペニシリンGと同様に、肺炎球菌、連鎖球菌、腸球菌とリステリア、横隔膜から上の嫌気性菌をカバーすることができます。ただし、アンピシリンとペニシリンGのスペクトラムが完全に一致するわけでもありません。完全一致であれば、アンピシリンの存在意義がなくなってしまいますよね。実は、アンピシリンは大腸菌を少しだけカバーすることができます。手も足も出なかったグラム陰性桿菌に少しだけ対抗できるようになったわけです(図3)。図3 アンピシリンのスペクトラム画像を拡大するただし、アンピシリンになっても、ブドウ球菌や横隔膜から下の嫌気性菌はカバーできていません。大腸菌も半分くらいはカバーできても、残りの半分がカバーできていないという問題があります(図3)。では、どうしてカバーできないのでしょうか。これは細菌の薬剤耐性メカニズムを考える必要があります。この世には抗菌薬に対するさまざまな対抗手段があります。たとえば、(1)βラクタマーゼを出して、抗菌薬を変形して使い物にならなくしてしまう方法があります。ほかには、(2)抗菌薬が結合する部分(例:ペニシリン結合蛋白)を変形させる方法、(3)抗菌薬が菌体に侵入しないようブロックしたり(例:ポーリンの変化)、(4)侵入されたら抗菌薬を汲み出してしまったり(例:排出ポンプ)。さまざまな方法があるわけです。これらのなかでも多いのが、最初に挙げたβラクタマーゼです。そうすると、βラクタマーゼ阻害薬をアンピシリンに混ぜれば、ブドウ球菌も横隔膜から下の嫌気性菌もやっつけられるのではないか。そういう発想になるわけです。アンピシリン・スルバクタムそこで、アンピシリンにスルバクタムを混ぜる。スルバクタムはβラクタマーゼ阻害薬です。そうすると、アンピシリン・スルバクタムができあがって、ブドウ球菌も大腸菌も横隔膜から下の嫌気性菌もカバーできるということになるわけです。万能薬ですね。グラム陽性球菌もグラム陰性桿菌も、嫌気性菌も、すべてカバーできる(図4)。発熱したら、これを使えば良いのではないか。そういう話になってくるわけです。図4 過去のアンピシリン・スルバクタムのスペクトラム画像を拡大するその結果、何が起こったか考えてみましょう。まず、大腸菌が耐性化します(図5)。現在では、アンピシリン・スルバクタムの感受性率は50~60%くらいになってしまい、使い勝手がずいぶんと悪くなってしまいました。乱用すると耐性化が起こる。歴史は繰り返されるということです。このことを覚えておいてください。図5 現在のアンピシリン・スルバクタムのスペクトラム画像を拡大するさて、大腸菌が耐性化してしまったわけですが、ペニシリン系で大腸菌をやっつけるという夢も捨てきれません。そこで使うことのできる薬剤はまだ残っています。ピペラシリン・タゾバクタムまだ使うことのできる薬剤、それがピペラシリン・タゾバクタムです。大腸菌だけでなく、緑膿菌もカバーするため、昔のアンピシリン・スルバクタムよりもグラム陰性桿菌のカバーが広くなっています(図6)。図6 ピペラシリン・タゾバクタムのスペクトラム画像を拡大するピペラシリン・タゾバクタムはグラム陰性桿菌と嫌気性菌を同時にカバーできる貴重な抗菌薬で、腹腔内感染症に対する数少ない選択肢です。まれに、ピペラシリン・タゾバクタムに高度の耐性をとる腸内細菌目(大腸菌など)を見かけるため心配になることもありますが、この貴重な抗菌薬を潰さないようにしたいものです。まとめペニシリン系の歴史をざっくりと追いながら、スペクトラムを学んできました。いかがでしたでしょうか。最初のペニシリンGのスペクトラムを覚えるのが大変だったと思いますが、そこさえ乗り越えてしまえば、あとはストーリー形式であまり暗記することなく、ペニシリン系の全体像をつかむことができたのではないかと思います。次回以降は、セフェム系を学んでいきます。これまで学んだペニシリン系とセフェム系を比較することで、これまでの知識の解像度が上がること間違いなしです。お楽しみに!

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第269回 2026年度改定の主戦場は外来診療 かかりつけ医機能報告制度が“新たな物差し”に/財務省

<先週の動き> 1.2026年度改定の主戦場は外来診療 かかりつけ医機能報告制度が“新たな物差し”に/財務省 2.インフルエンザ12週連続増加 5県で警報レベル、過去2番目の早さで流行拡大/厚労省 3.医師少数区域を再定義、へき地尺度の導入で支援対象を拡大/厚労省 4.大学病院の医師処遇改善へ、給与体系見直しと研究時間確保に向け取りまとめ/政府 5.12月2日からマイナ保険証へ全面移行 期限切れ保険証は3月末まで有効に/厚労省 6.高齢者3割負担拡大も議論加速へ、金融所得の保険料反映が本格化/政府 1.2026年度改定の主戦場は外来診療 かかりつけ医機能報告制度が“新たな物差し”に/財務省2026年度の診療報酬改定に向け、財務省が「診療所・調剤薬局の適正化」を強く打ち出し、開業医を巡る環境が一段と厳しくなりつつある。焦点は、今年度スタートした「かかりつけ医機能報告制度」を土台に、機能を十分に果たしていない診療所の報酬を減算し、機能を発揮する診療所に評価を集中させる方向性だ。具体的には、報告制度上の「1号機能」を持たない医療機関の初診・再診料を減算し、【機能強化加算】【外来管理加算】は廃止、【地域包括診療料・加算】は認知症地域包括診療料などと統合し、発展的改組という案が財政制度等審議会で示されている。かかりつけ医機能報告制度では、研修修了や総合診療専門医の有無、17診療領域・40疾患の1次診療対応、患者からの相談対応などを「1号機能」として毎年報告し、時間外診療・在宅・介護連携などを「2号機能」として申告する。かかりつけ医機能報告制度は今年度始まったばかりで、初回報告が2026(令和8)年1月頃に予定されている。その結果が今後の加算要件・減算判定の「物差し」となる可能性が高い。これにより、機能強化加算と地域包括診療料などの加算要件が報告制度と整合的に整理される可能性がある。財務省は、診療所は過去に「高い利益率を維持してきた」とし、物価・賃上げ対応は病院に重点配分すべきと主張する一方、無床診療所などの経常利益率は中央値2.5%、最頻値0~1%と低水準であり、インフレ下で悪化しているとの日本医師会のデータも示されている。日本医師会の松本 吉郎会長は、開業医の高収入イメージを強調する財務省資料は「恣意的」と強く批判し、補助金終了後の厳しい経営実態を踏まえた「真水」の財源確保と十分な改定率を求めている。開業医にとって当面の実務ポイントは、「報告制度への対応」ならびに「収益構造の見直し」となる。まず、報告制度は、自院がどの診療領域・疾患まで1次診療を担うか、相談窓口としてどこまで責任を負うか、時間外・在宅・介護連携をどう位置付けるかを棚卸しするツールと捉えたい。1号機能の対応領域が限定的であれば、今後の診療報酬上の評価が縮小しかねない。研修修了者の配置や、地域包括診療料・生活習慣病管理料・在宅医療の組み合わせも含め、自院の「かかりつけ医像」を描き直す必要がある。同時に、機能強化加算・外来管理加算への依存度が高いクリニックは要注意となる。これらが縮小・廃止された場合に備え、地域包括診療料・加算への移行、逆紹介の受け皿としての役割強化、連携強化診療情報提供料や在宅関連の評価、オンライン診療(D to P with Nなど)の活用など、収益を強化する戦略が求められる。今年度始まったばかりの「かかりつけ医機能報告制度」、どのように対応するかが、次期改定以降の経営戦略の出発点になりそうだ。 参考 1) かかりつけ医機能報告制度にかかる研修(日本医師会) 2) かかりつけ医「未対応なら報酬減」 財務省、登録制にらみ改革提起(日経新聞) 3) 日医・松本会長 財政審を批判「医療界の分断を招く」開業医の高給与水準は「恣意的にイメージ先行」(ミクスオンライン) 4) 機能強化加算と地域包括診療料・加算を「かかりつけ医機能報告制度」と対応させ整理か(日経メディカル) 2.インフルエンザ12週連続増加 5県で警報レベル、過去2番目の早さで流行拡大/厚労省インフルエンザの感染拡大が全国で続いており、厚生労働省が発表した最新データでは、11月3~9日の1週間の患者数が1医療機関当たり21.82人と、前週の約1.5倍で12週連続の増加となった。注意報レベル(10人)を大きく上回り、宮城県(47.11人)、埼玉県(45.78人)など5県で警報レベル(30人)超。東京都も都独自基準で警報を発表した。全国で3,584校が休校・学級閉鎖となり、前週比1.5倍以上の増加と、教育現場での感染も拡大している。今年の流行は例年より1ヵ月以上早く、過去20年で2番目の早さ。近畿地方・徳島県でも注意報レベルに達する地域が急増し、地域差を超えて全国的に拡大している。クリニックでもワクチン接種希望者が急増しており、現場からは「1~2ヵ月早い流行」との声が上がる。流行の背景には、近年のインバウンドの増加に加え、各地で開催されるイベントや大阪万国博覧会など国際的な催事により、海外からのウイルス流入が増えた可能性が指摘されている。一方、新型コロナウイルスは全国で1医療機関当たり1.95人と前週比14%減で減少傾向にあるが、感染症専門家は「別系統のインフルエンザ流行やコロナ再増加もあり得る」とし、 来年2月までの警戒を継続すべきと警鐘を鳴らしている。厚労省でも引き続き、「手洗い・マスク・換気」など基本的感染対策の徹底を呼びかけている。 参考 1) 2025年 11月14日 インフルエンザの発生状況について(厚労省) 2) インフルエンザ・新型コロナウイルス感染症の定点当たり報告数の推移(同) 3) インフルエンザ感染者が前週の1.46倍、感染拡大続く…新型コロナは減少(読売新聞) 4) インフルエンザ患者数は8.4万人に 万全な感染予防を(ウェザーニュース) 5) インフルエンザ流行警報、全国6自治体が発令…首都圏・東北で拡大(リセマム) 3.医師少数区域を再定義、へき地尺度の導入で支援対象を拡大/厚労省厚生労働省は、11月14日に開かれた「地域医療構想・医療計画等に関する検討会」で、次期医師確保計画(2025年度以降)で用いる医師偏在指標の見直し案を提示した。現行指標が抱える「地理的条件を十分に反映できない」という課題を踏まえ、人口密度、最寄り2次救急医療機関までの距離、離島・豪雪地帯といった条件を数値化し「へき地尺度(Rurality Index for Japan:RIJ)」を併用し、医師少数区域を再定義する方針。具体的には、現行の医師偏在指標で下位3分の1に該当する区域に加え、中位3分の1のうちへき地尺度が上位10%の区域を「医師少数区域」に追加する案が示された。RIJは(1)人口密度、(2)2次救急病院への距離、(3)離島、(4)特別豪雪地帯の4要素により構成され、へき地度の高い地域では、医師が対応すべき診療範囲が広がる傾向が明確になっている。構成員からは、地理的要素を反映できる点についておおむね評価が示され、一方で「算定式が複雑で現場への説明が難しい」との懸念も上がった。また、全国の医師数自体は増加しているため、偏在指標の下位3分の1基準を固定的に運用すると、多くの都道府県が基準外となる可能性も指摘された。厚労省は、次期計画では医師偏在指標とへき地尺度の双方を踏まえ、都道府県が「重点医師偏在対策支援区域」を設定し、医師確保に向けた重点支援を行う仕組みを強化する方針である。支援対象医療機関の選定においても、へき地医療・救急医療・在宅医療など地域の医療提供体制上の役割を考慮し、地域医療対策協議会および保険者協議会の合意を前提とする。医師偏在は、都市部と地方の医療格差を生み、地域住民のライフラインに影響するため政策課題である。今回の指標見直しは、「人数ベースの偏在」から「地理的ハンディキャップを加味した偏在」へと視点を転換する試みといえ、へき地を抱える地域にとっては実態に即した区域指定につながる可能性が高い。今後は、新指標の丁寧な説明と自治体の運用力が問われる局面となる。 参考 1) 医師確保計画の見直しについて(厚労省) 2) 医師偏在指標に「へき地尺度」併用へ 地域医療構想・医療計画検討会(CB news) 4.大学病院の医師処遇改善へ、給与体系見直しと研究時間確保に向け取りまとめ/政府高市 早苗総理大臣は11月10日の衆院予算委員会で、大学病院勤務医の給与水準や研究時間の不足が深刻な問題となっている現状を受け、「年度内に大学病院教員の処遇改善と適切な給与体系の方針をまとめる」と表明した。自民・維新の連立合意書に基づくもので、教育・研究・診療を担う大学病院の機能強化を社会保障改革の重要項目として位置付ける。質疑では、日本維新の会の梅村 聡議員が、53歳国立大学外科教授の手取りが33万円という給与明細を示し「収入確保のため土日や平日昼にアルバイトせざるを得ず、研究・教育に時間を割けない」と窮状を訴えた。医局員12人中常勤4人、非常勤8人で外来・手術を回す実態も示され、高市首相は「このままでは人材流出につながる」と強い危機感を示した。松本 洋平文部科学大臣は、国公私立81大学病院の2024年度の経常赤字が508億円に達し、診療偏重で教育・研究が圧迫されている現状を説明。大学病院の本来的な機能が損なわれているとの認識を共有した。大学の研究力低下も指摘され、自然科学系上位10%論文数が20年前の世界4位から13位へ後退したこと、医療関連貿易赤字が1990年の約2,800億円から2023年には4兆9,664億円に拡大したとのデータも示された。高市総理はこれらを受け、「大学に対する基盤的経費は必要な財源を確保する」とし、研究開発と人材育成は国の成長戦略そのものであると強調した。さらに、社会保障改革の議論の中で、高齢者層が多く負担する税(例:相続税)を含む財源の再設計についても「1つの提案として受け止める」と前向きな姿勢を見せた。今回の議論は、大学病院の経営改善だけでなく、診療・教育・研究の三位一体機能を再建し、医師の働き方・キャリア形成、ひいてはわが国の医学研究力の立て直しに直結する政策課題として位置付けられつつある。 参考 1) 高市首相、大学病院教員の処遇改善「年度内に方針」人材流出の懸念も表明(CB news) 2) 高市首相 「大学病院勤務医の適切な給与体系の構築含む機能強化」に意欲 経営状況厳しく(ミクスオンライン) 5.12月2日からマイナ保険証へ全面移行 期限切れ保険証は3月末まで有効に/厚労省12月2日から従来の健康保険証が廃止され「マイナ保険証」へ完全移行する中、厚生労働省は移行期の混乱回避を目的に、2026年3月末まで期限切れ保険証の使用を認める特例措置を全国の医療機関に通知した。昨年12月に保険証の新規発行が停止され、最長1年の経過措置が終了するため、12月1日をもって協会けんぽ・健保組合加入者約7,700万人の従来の保険証は形式上すべて期限切れとなるが、資格確認さえできれば10割負担を求めない。すでに7月に期限切れとなった後期高齢者医療制度・国保加入者に続き、今回の通知で全加入者が特例の対象となった。厚労省は医療機関に対し、期限切れ保険証を提示した患者がいた場合、保険資格の確認後、通常の負担割合でレセプト請求するよう要請。一方で、特例は公式な一般向け周知は行わず、原則は「マイナ保険証」または自動送付される「資格確認書」で受診する体制へ移行する方針は変わらない。資格確認書は保険証の代替として使用可能だが、「資格情報のお知らせ」とは異なり、後者では受診できない点を現場で説明する必要がある。背景には、周知不足による混乱リスクがある。国保で期限切れ直後の8月、18.5%の医療機関が「期限切れ保険証の持参が増えた」と回答しており、12月以降は同様の事例が増加することが確実視されている。さらに、マイナ保険証の利用率は10月時点で37.1%にとどまり、若年層や働き盛り世代では周知が届いていない。「期限を知らない」「カードを持ち歩かない」「登録方法を把握していない」といった声も多く、受診機会の確保には医療機関による実務的な対応が不可欠となる。マイナ保険証は、診療・薬剤情報の参照、限度額適用の自動反映、救急現場での活用など医療的メリットが期待される一方、制度への不信も根強く利用が伸びない。完全移行の初動は、現場負担の増加が避けられないが、厚労省は年度末までの特例運用を「移行期の安全策」と位置付けている。医療機関は、資格確認の確実な運用、窓口の説明強化、患者への資格確認書の案内など、年末から春にかけての実務準備が求められる。 参考 1) マイナ保険証を基本とする仕組みへの移行について(厚労省) 2) 「マイナ保険証」完全移行へ、26年3月末までは従来保険証でも使える特例措置…厚労省が周知(読売新聞) 3) 従来の健康保険証、期限切れでも10割負担にならず 26年3月まで(毎日新聞) 4) 12月1日で使えなく…ならない「紙の保険証」 政府が「特例」認めて来年3月末まで使用OK 周知不足で混乱必至(東京新聞) 6.高齢者3割負担拡大も議論加速へ、金融所得の保険料反映が本格化/政府政府・与党内で社会保障制度改革の議論が一気に加速している。最大の論点は、医療・介護保険料の算定に「金融所得」を反映させる新たな仕組みの導入である。現行制度では、上場株式の配当や利子収入などの金融所得は、確定申告を行った場合のみ保険料に反映される。一方、申告を行わない場合は算定から完全に外れ、金額ベースで約9割が把握されない状況だ。厚生労働省や各自治体は確定申告されていない金融所得を把握する手段がなく、「同じ所得でも申告の有無で負担が変わるのは不公平」との指摘が続いていた。これを受け、厚労省は証券会社などが国税庁へ提出する税務調書を活用し、市町村が参照できる「法定調書データベース(仮称)」を創設する案を提示。自民党および日本維新の会も協議で導入の方向性に一致しており、年末までに一定の結論をまとめる見通しだ。上野 賢一郎厚生労働大臣も「前向きに取り組む」と明言しており、制度化に向けた動きが本格化している。同時に議論が進むのが高齢者の医療費自己負担(現役並み所得の3割負担)の拡大である。現行では、単身年収383万円以上などの比較的高所得層が対象だが、高齢者の所得増や受診日数減少を踏まえ、基準の見直しを求める意見が厚労省部会で相次いだ。一方で「高齢者への過度な負担増」への懸念も根強く、慎重な検討が必要との声も大きい。加えて、自民・維新協議では「OTC類似薬」の保険適用見直しも初期の重要論点となっている。湿布薬や風邪薬など市販薬と効果が重複する医薬品を保険給付外とする案だが、利用者負担の増加や日本医師会などの反対もあり調整は難航が予想される。超高齢社会において、医療・介護費の伸びを抑え現役世代の負担をどう軽減するかは避けて通れない課題である。金融所得の把握強化と高齢者負担の見直しという2つの柱は、今後の社会保障制度改革の中核テーマとなり、年末に向けて政策の具体像が示される見込みだ。 参考 1) 社会保障(2)(財務省) 2) 社会保障制度改革 “新たな仕組み導入へ検討進める” 厚労相(NHK) 3) 金融所得、保険料に反映 厚労省検討 税務調書を活用(日経新聞) 4) 社会保障改革めぐる自民・維新の協議 どのテーマでぶつかる? OTC類似薬、高齢者の負担増、保険料引き下げ(東京新聞)

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第288回 日本で異常事態の “ある感染症”、その理由と対策法とは

INDEXつい気になった別の感染症の発生動向流行ウイルスは輸入型、ワクチン対象者拡大がカギ?つい気になった別の感染症の発生動向先日、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)に関する記事を執筆した際、国立健康危機管理研究機構が発表している感染症発生動向調査週報を参照したのだが、その際、ちょっと気になることがあったので、今回はそのことについて触れてみたい。私個人は仕事柄というか生まれつき、さまざまなことに興味を持つ性分である。悪く言えば「熱しやすく冷めやすい」、酷評すれば「何かをやらねばならない時につい横道に逸れてしまいがち」だ。前述の時もついついSFTS以外の全数報告感染症のデータをまじまじと眺めてしまった。その時に気になったのが、今年の麻疹の発生動向である。最新の第44週(10月27日~11月2日)までの全国での累計感染者数は232例。コロナ禍前年の2019年の流行時に年間744例が報告されたこともがあったが、それ以後の最多は2024年の45例であり、今年は明らかに異常事態である。第44週までの感染者報告の多い地域は、神奈川県の40例、東京都の30例、茨城県・千葉県・福岡県の各22例などである。厚生労働省もこの点に危機感を持ったのか、健康・生活衛生局感染症対策部感染症対策課長と予防接種課長の連名通知(感感発1003第1号、感予発1003第1号)「麻しん及び風しんの定期接種対象者に対する積極的な接種勧奨等について(依頼)」1)を10月3日付で発出した。同通知では令和6年度(2024年4月1日~2025年3月31日)のワクチン定期接種対象者の接種率が第1期は92.7%、第2期は91.0%であることにも言及している。ご存じのように感染力が強い麻疹の基本再生産数から算出される集団免疫獲得に必要なワクチン接種率は95%以上であり、厚生労働省の「麻しんに関する特定感染症予防指針」2)でもこの目標を掲げているが、現時点では達成できていない。都道府県別の接種率を見ると、95%以上を達成しているのは第1期で福島県の95.1%のみ。感染報告数トップ2の神奈川県は94.8%、東京都は94.3%とわずかに届かない。第2期では95%以上の都道府県はなく、最高でも94.2%にとどまる。全国的な動向を俯瞰すると、東高西低で九州・沖縄地方では第1期段階でも接種率90%未満の県が散見される。そして前出の通知では、厚生労働省側が文部科学省を通じ学校などでの接種勧奨に注力していることもわかる。率直に言って、95%という目標を実現するのは並大抵の労力では実現しえない。たとえて言うならば、100点満点のテストで平均50点の人を平均60点に引き上げるよりも、平均90点の人を平均95点に引き上げるほうが実際にはかなり困難なのと同じだ。各方面から接種勧奨という、半ば砂地に水をまくような努力を繰り返してようやく達成できるかどうかと言える。ただ、これをやらねば現状の維持すら難しいのは、多くの人が理解できるだろう。流行ウイルスは輸入型、ワクチン対象者拡大がカギ?一方、東京都感染症情報センターが公表している最新の麻疹流行状況3)を参照すると、麻疹流行のセキュリティーホールらしきモノが見えてくる。それを端的に示しているのが、推定感染地域も含む遺伝子型検査結果だ。麻疹ウイルスは20種類以上の遺伝子型が知られており、日本の土着株は遺伝子型D5だが、この結果を見れば現在D5は検出されていない。そもそも長きにわたって国内でD5検出事例はなく、それがゆえに日本は世界保健機関(WHO)から麻疹排除国として認定されている。そして東京都の遺伝子型検査結果からは、今の国内流行の主流となっているのは、アフリカや欧州を中心に確認されている遺伝子型B3と南アジア・東南アジアを中心に確認されている遺伝子型D8、つまり輸入例である。加えて推定感染地域として目立つのがベトナムだ。現在、日本とベトナムの人的交流はかなり活発である。日本政府観光局の公表データによると、2024年の訪日ベトナム人推計値は62万1,100人、これに対しベトナムを訪れた日本人は約70万人である。また、訪日ベトナム人は観光や商用目的の一時滞在ばかりではなく、技能実習や特定技能での労働目的も多いことは周知の事実である。出入国在留管理庁の公表数字では、2024年末現在、技能実習21万2,141人、特定技能13万3,478人を含む63万4,361人の在留ベトナム人がいる。この人数は在留外国人の国籍別で第2位だ。そのベトナムだが、WHOの報告では約5年おきに麻疹の流行が起き、最新の流行は昨年から今年にかけてである。この背景にはコロナ禍中のワクチンの在庫不足で小児の麻疹ワクチン接種率が2023年には82%まで落ち込んだことが大きく影響しているようだ。また、ベトナム国内では年齢層や居住地域によるワクチンギャップも指摘されている。このような事情や、ベトナム人に限らず日本国内で就労する外国人は当面増えることはあっても減ることはないことを考え合わせれば、従来の枠にとどまらない麻疹流行対策も浮かんでくるはずだ。具体的には技能実習や特定技能での来日者やその雇用主へのワクチン接種の積極的勧奨、さらにはそうした労働者が多い企業に関わる産業医などへの啓発である。場合によっては、雇用主に対しこうした来日者へのワクチン接種費用の一部公的助成などの施策も考えられる。このように書くと、いわゆる「日本人ファースト」的な人たちからは「公費で外国人に…」とお叱りを受けそうだが、これは日本の公衆衛生のためでもあり、また来日した人たちの母国への国際貢献や意識改革などにもつながる良策だと思うのだが。 1) 厚生労働省:麻しん及び風しんの定期接種対象者に対する積極的な接種勧奨等について(依頼) 2) 厚生労働省:麻しんに関する特定感染症予防指針 3) 東京都感染症情報センター:麻しんの流行状況(東京都 2025年)

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野菜くずを捨ててはいけない――捨てる部分は思っている以上に役立つ可能性

 これまで食卓に上ることなく捨てられてきた、野菜の皮や芯などの「野菜くず」が、近い将来、食糧生産の助けになったり、人々の健康のサポートに使われたりする可能性のあることが、新たな研究で示された。米化学会(ACS)が発行する3種類の学術誌に掲載された4報の研究論文で科学者らは、テンサイのパルプからココナッツの繊維に至るまで、幅広い食品廃棄物を農業および栄養源の貴重な素材として利用する方法を提案している。 「Journal of Agricultural and Food Chemistry」に9月15日に掲載された研究によると、テンサイ(サトウダイコン)のパルプ(砂糖を抽出した後に残る副産物)が、化学合成農薬の代替品として使える天然素材である可能性が示された。研究者らは、パルプに豊富に含まれているペクチンという繊維を、小麦の一般的な病気である「うどんこ病」に対する抵抗力を高める働きを持つ炭水化物に変えることに成功した。この方法を用いることで、合成農薬の散布量を減らすことができるという。 「ACS Omega」に9月13日に掲載された別の研究では、ヤスデによってココナッツ繊維の分解を促すことで作り出す資材が、植物の苗を育成させる際に必要な苗床の資材として広く使われているピートモスの代替になり得ることが報告された。ピートモスは脆弱な生態系から採取される希少性の高い資材で、採取に伴う環境負荷が懸念されている。新たに開発された資材は、ピーマンの苗の育成において、ピートモスと同等の性能を持つことが示された。研究者らは、この資材の利用によって、地下水の保全に重要な役割を果たすピートの使用量を減らすことができ、種苗生産の持続可能性向上に寄与できるのではないかと述べている。 1番目の報告と同じ「Journal of Agricultural and Food Chemistry」に、9月1日に掲載された別の論文では、使わずに捨てられることの多いダイコンの葉は、人々が普段食べている根よりも栄養価が高い可能性が報告されている。食物繊維および抗酸化作用を持つ生理活性物質などを豊富に含むダイコンの葉が、試験管内の研究や動物実験において、腸内細菌叢の健康をサポートすることが確認された。これらの結果から、将来的にはダイコンの葉を、腸の健康を促進する食品やサプリメントの開発に活用できる可能性があるという。 さらに、「ACS Engineering Au」に9月10日に掲載された4番目の論文では、やはり廃棄されることの多い、ビートの葉に含まれる栄養素の保存に焦点を当てている。この研究では、抗酸化作用を有するビートの葉の抽出物を、特殊な乾燥処理でマイクロ粒子として、微小なカプセルのように加工し、化粧品や食品、医薬品に利用する技術の開発が進められている。このような加工によって、抽出物の安定性を高め、かつ有効性も高められるという。

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尿検査+SOFAスコアでコロナ重症化リスクを早期判定

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のオミクロン株の多くは軽症だが、重症化する一部の患者をどう見分けるかは医療現場の課題だ。今回、東京都内の病院に入院した842例を解析した研究で、尿中L型脂肪酸結合蛋白(L-FABP)とSOFA(Sequential Organ Failure Assessment score)スコアを組み合わせた事前スクリーニングが、重症化リスク判定の精度を高めることが示された。研究は国立国際医療センター腎臓内科の寺川可那子氏、片桐大輔氏らによるもので、詳細は9月11日付けで「PLOS One」に掲載された。 世界保健機関(WHO)が2020年3月にCOVID-19のパンデミックを宣言して以来、ウイルスは世界中に広がり、変異株も多数出現した。現在はオミクロン株の亜系統が主流となっており、症状は多くが軽症にとどまる一方、一部の患者は酸素投与や入院を必要とし、死亡する例も報告されている。そのため、感染初期の段階で重症化リスクを予測する方法の確立が求められている。 著者らは以前、L-FABPの測定がCOVID-19重症化予測に有用であることを示したが、症例数が少なく、他の指標との併用は検討されていなかった。そこで本研究では、COVID-19患者の入院前スクリーニングとして、L-FABP値と血液検査から多臓器の機能障害を評価するSOFAスコアを組み合わせ、重症化リスクのある患者を特定する併用アプローチの有用性を評価した。 本研究は単施設の後ろ向き観察研究で、2020年1月29日から2022年4月6日までに国立国際医療センターに入院したCOVID-19陽性患者842名を対象とした。L-FABP値とSOFAスコアは、入院時および入院7日目に評価した。人工呼吸器管理を要した患者、または入院中に死亡した患者を「重症」と定義し、酸素療法を受けるが人工呼吸器を必要としない患者を「中等症」、それ以外を「軽症」と分類した。主目的は、入院時のL-FABP値から7日目の重症度を予測できるかどうかを評価することである。さらに、入院時のL-FABP値とSOFAスコアの予測性能を検討するため、ROC(受信者動作特性)曲線解析を実施した。 入院時の重症度分類は軽症536名、中等症299名、重症7名であった。入院中に32名が死亡した。入院7日目には、入院時中等症だった55名が軽症に改善する一方で、重症患者は7名から34名に増加した。解析対象患者全員のL-FABP値を入院時と入院7日目の2時点でプロットし、疾患重症度の経過を可視化したところ、入院時にL-FABP値が高かった患者の一部は、軽症から中等症、あるいは中等症から重症へと進行していた。同様に、SOFAスコアでも、入院時にスコアが高かった患者は7日後に重症化する傾向が認められた。 次にROC曲線解析を行い、L-FABP値とSOFAスコアの組み合わせが、重症例および重症・中等症例の識別にどの程度有効かを評価した。L-FABP値はカットオフ値11.9で重症例を特定する感度が94.1%と高く、SOFAスコアの82.4%を上回り、効果的なスクリーニングツールとなる可能性が示された。さらに、L-FABP値(AUC 0.81)とSOFAスコア(AUC 0.90)を組み合わせると、重症例検出のAUCは0.92に上昇した。このAUCの向上は、SOFAスコア単独との比較では統計学的に有意ではなかったが、L-FABP値単独との比較では有意であった(P<0.001)。一方、重症・中等症例の検出においては、L-FABP値(AUC 0.83)とSOFAスコア(AUC 0.83)の組み合わせによりAUCは0.88となり、いずれか単独の指標よりも有意にAUCを向上させた(それぞれP<0.001)。 著者らは、本予測モデルにさらなる検証と改良が必要と指摘しつつ、「まず低侵襲な尿検査でL-FABP値を測定し、低リスクの患者は不要な入院を回避する。次にL-FABP値が高い患者を対象にSOFAスコアで重症化リスクを精査し、入院が必要な患者を特定する。これにより、不要な入院の削減や重症化リスクの早期把握が期待され、医療資源の効率的な配分にもつながる」と述べ、二段階のスクリーニング戦略を提案している。

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第292回 歯の防御の最前線のエナメルを再生させるゲルの臨床試験がまもなく始まる

歯の防御の最前線のエナメルを再生させるゲルの臨床試験がまもなく始まる歯のエナメル質は自ずと回復せず、多くの人が虫歯で痛い思いをします。定期検査で虫歯が見つかることに怯え、歯を再生する治療の実現を願う人は少なくないでしょう。そんな願いを叶えてくれるかもしれないエナメル質修復ゲルが唾液の働きに学んで開発されました1-3)。来年2026年の早くに始まる臨床試験に成功して実用化されれば、エナメル欠損はたいてい元どおりに治るちょっとした切り傷のように手軽に治療できるようになるかもしれません。エナメルは歯の表面を薄く覆っており、脆い内側の層がすり減ったり裂けたりすることや、酸や細菌で損なわれるのを防いでいます。エナメルは防御の最前線を担い、それが破られ始めると虫歯は一気に進行します。エナメルの自然回復は見込めず、フッ素コートや再石灰化液などの今ある治療はせいぜい悪化を食い止めて症状を緩和させるのが関の山です。エナメル欠損などがもたらす歯の病気は世界のおよそ2人に1人を悩ませ、2015年の記録の解析では5,440億ドルもの負担を強いたと推定されています4)。エナメル欠損がたたって歯を失えば糖尿病や心血管疾患などの慢性疾患を生じやすくもなります。たとえば就労年齢の米国成人を調べた最近の試験では、歯を失うことと複数の持病を有することの関連が示されています5)。ゆえにエナメル欠損を修復する治療が実現すればそれらの慢性疾患をも減らすことに貢献しそうです。脊椎動物の組織の中で最も硬いエナメルは、幼少期にアメロゲニン(amelogenin)タンパク質が形成する秩序立った構造を基礎とします。英国のノッティンガム大学のAlvaro Mata氏らは、アメロゲニンの構造や機能をまねてエナメルの石灰化を促す高分子入りのゲルを開発しました。ゲルはブラッシングしても数週間保たれる薄膜で歯を覆い、穴や割れ目を埋めます。その薄膜が足場の役目を担って溶液中のカルシウムとリン酸を集め、エピタキシャル結晶化と呼ばれる生来と同様の運びで新たなエナメル質が形成されるのを促します。内側の象牙質が顕わになるほど深い穴や割れ目でもエナメル質は作られました3)。10μmにも達する新たなエナメル質はその土台の生来の組織と統合して生来のような構造や特徴を再構築します。研究者によると、エナメルは一週間足らずで形成し始めます。人工的な溶液ではなく、カルシウムとリン酸をもともと含むヒトの唾液を使った検討でもゲルは同様の働きをしました3)。来年早々にヒトを対象とした臨床試験が始まる見込みです2)。Mata氏は同僚のAbshar Hasan氏とともにMintech-Bioという会社を立ち上げており、来年2026年末までに最初の製品を出すつもりです。 参考 1) Hasan A, et al. Nat Commun. 2025;16:9434. 2) New gel restores dental enamel and could revolutionise tooth repair / Eurekalert 3) Cavities could be prevented by a gel that restores tooth enamel / NewScientist 4) Righolt AJ, et al. J Dent Res. 2018;97:501-507. 5) Mohamed SH, et al. Acta Odontol Scand. 2023;81:443-448.

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帯状疱疹ワクチンは心臓病、認知症、死亡リスクの低減にも有効

 帯状疱疹ワクチンは中年や高齢者を厄介な発疹から守るだけではないようだ。新たな研究で、このワクチンは心臓病、認知症、死亡のリスクも低下させる可能性が示された。米ケース・ウェスタン・リザーブ大学医学部の内科医であるAli Dehghani氏らによるこの研究結果は、米国感染症学会年次総会(IDWeek 2025、10月19〜22日、米アトランタ)で発表された。 米疾病対策センター(CDC)によると、米国では3人に1人が帯状疱疹に罹患することから、現在、50歳以上の成人には帯状疱疹ワクチンの2回接種が推奨されている。帯状疱疹は、水痘(水ぼうそう)の既往歴がある人に発症するが、CDCは、ワクチン接種に当たり水痘罹患歴を確認する必要はないとしている。1980年以前に生まれた米国人の99%以上は水痘・帯状疱疹ウイルスに感染しているからだ。 水痘・帯状疱疹ウイルスは、数十年間にわたって人の免疫システム内に潜伏し、その後、再び活性化して帯状疱疹と呼ばれる痛みやチクチク感、痒みを伴う発疹を引き起こす。水痘への罹患経験がある人なら年齢を問わず帯状疱疹を発症する可能性があるが、通常は、ストレスにさらされ、免疫力が低下している50歳以上の人に多く発症する。 Dehghani氏らは、米国の107の医療システムから収集した17万4,000人以上の成人の健康記録を分析し、帯状疱疹ワクチン接種者の健康アウトカムをワクチン非接種者のアウトカムと比較した。ワクチン接種者は接種後3カ月〜7年間追跡された。 その結果、帯状疱疹ワクチンの接種により、以下の効果が得られる可能性が示された。・血流障害による認知症のリスクが50%低下・血栓のリスクが27%低下・心筋梗塞や脳卒中のリスクが25%低下・死亡リスクが21%低下 Dehghani氏は、「帯状疱疹は単なる発疹ではない。心臓や脳に深刻な問題を引き起こすリスクを高める可能性がある。われわれの研究結果は、帯状疱疹ワクチンが、特に心筋梗塞や脳卒中のリスクがすでに高い人において、それらのリスクを低下させる可能性があることを示している」とニュースリリースの中で述べている。 研究グループによると、これまでの研究でも、帯状疱疹への罹患が心臓や脳の合併症を引き起こす可能性のあることが指摘されているという。専門家は、この新たな知見は、帯状疱疹ワクチンが帯状疱疹そのものだけでなく、それらの合併症の予防にも役立つ可能性があることを示唆しているとの見方を示している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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肝疾患患者の「フレイル」、独立した予後因子としての意義

 慢性肝疾患(CLD)は、肝炎ウイルス感染や脂肪肝、アルコール性肝障害などが原因で肝機能が徐々に低下する疾患で、進行すると肝硬変や肝不全に至るリスクがある。今回、こうした患者におけるフレイルの臨床的意義を検討した日本の多機関共同後ろ向き観察研究で、フレイルが独立した予後不良因子であることが示された。研究は、岐阜大学医学部附属病院消化器内科の宇野女慎二氏、三輪貴生氏らによるもので、詳細は9月20日付けで「Hepatology Reseach」に掲載された。 CLDは進行すると予後不良となることが多く、非代償性肝硬変患者では5年生存率が約45%と報告されている。このため、将来的な疾患進行や合併症のリスクを減らすには、高リスク患者の早期特定が重要である。一方、最近の研究では、フレイルもCLD患者の予後に影響する独立因子であることが示されており、肝機能だけでなく身体全体の脆弱性を考慮した評価の重要性が指摘されている。Clinical Frailty Scale(CFS)は2005年に開発され、米国肝臓学会もCLD患者のフレイル同定に推奨する評価ツールであるが、これまで日本人CLD患者においてCFSを用いた評価は行われておらず、その臨床的意義は明らかでなかった。こうした背景から、著者らはCFSを用いて日本人CLD患者のフレイルの有病率、臨床的特徴、ならびに予後への影響を明らかにすることを目的とした。 本研究では、2004年3月~2023年12月の間に岐阜大学医学部附属病院、中濃厚生病院、名古屋セントラル病院に入院した成人CLD患者とした。CFSスコアは、入院当日の情報に基づき、併存疾患、日常生活動作、転倒リスクに関する質問票を後ろ向きに評価し、スコアが5以上(CFS 5~9)の場合をフレイルと定義した。本研究の主要評価項目は全死亡とした。群間比較には、カテゴリ変数に対してはカイ二乗検定、連続変数に対してはマン・ホイットニーU検定を用いた。生存曲線はカプラン-マイヤー法で推定し、群間差はログランク検定で比較した。フレイルが死亡に与える予後影響はCox比例ハザードモデルで評価し、結果はハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)で示した。フレイルと関連する因子は多変量ロジスティック回帰モデルで解析した。 最終的に、本研究には715人のCLD患者(中央値年齢67歳、男性49.5%)が含まれた。最も多かった病因はウイルス性(38.7%)であり、続いてアルコール性(22.2%)、代謝機能障害関連(9.5%)であった。Child-Pugh分類およびModel for End-Stage Liver Disease(MELD)スコアの中央値はそれぞれ7と9であり、CFSスコアの中央値は3であった。これらの患者のうち、フレイルは137人(19.2%)に認められた。フレイル患者のCFSスコア中央値は6であり、年齢が高く、BMIが低く、肝予備能も低い傾向にあった。 中央値2.9年の追跡期間中に221人(28.0%)が肝不全などで死亡した。フレイル患者は、非フレイル患者に比べて有意に生存期間が短かった(中央値生存期間:2.4年 vs. 10.6年、P<0.001)。多変量Cox比例ハザード解析の結果、フレイルはCLD患者における独立した予後不良因子であることが示された(HR:1.75、95%CI:1.25~2.45、P=0.001)。 また、フレイルの決定因子に関して、多変量ロジスティック回帰解析をおこなったところ、高齢、肝性脳症、低アルブミン血症、血小板減少、国際標準比(INR)の延長がフレイルと関連していることが示された。さらにフレイルの有病率はChild-Pugh分類の悪化とともに有意に増加し、Child-Pugh A群では4%、B群では22%、C群では55%の患者にフレイルが認められた。 著者らは、「本研究から、CLD患者ではフレイルが高頻度に認められ、独立した予後不良因子としての役割を持つことが示された。予後への影響を考慮すると、CLD患者ではフレイルを日常的に評価し、転帰改善を目的とした介入を検討することが望ましい」と述べている。

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第35回 コロナワクチンが「がん治療」の効果を劇的に向上させる可能性

がん治療の切り札として登場した「免疫チェックポイント阻害薬」は、多くの患者さんの命を救う一方で、すべての人に効果があるわけではありません。とくに、免疫細胞ががんを敵として認識していない「冷たいがん」と呼ばれるタイプの腫瘍には効果が薄いことが、大きな課題でした。しかし、この状況を一変させるかもしれない驚くべき研究結果が、Nature誌に発表されました1)。なんと、私たちが新型コロナウイルス対策で接種したmRNAワクチンが、がん細胞を標的とするものではないにもかかわらず、がんを免疫チェックポイント阻害薬に反応しやすい「熱いがん」に変え、治療効果を劇的に高める可能性が示されたのです。ワクチン接種と生存期間の延長が関連この研究では、米国のがん専門病院であるMDアンダーソンがんセンターの臨床データが分析されています。研究チームは、非小細胞肺がんや悪性黒色腫(メラノーマ)の患者さんで、免疫チェックポイント阻害薬を開始する前後100日以内にコロナのmRNAワクチンを接種したグループと、接種しなかったグループの予後を比較しました。すると、非小細胞肺がんの患者さんを比較したところ、ワクチンを接種したグループの3年生存率が55.7%であったのに対し、未接種のグループでは30.8%と、明らかな差がみられました。同様の生存率の改善は、メラノーマの患者でも確認されました。この効果は、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチンを免疫チェックポイント阻害薬の前後で接種した患者さんではみられませんでした。このことは、観察された生存率の改善が、単に「ワクチンを接種する」という行為や、健康意識の高さだけによるものではなく、mRNAワクチンが持つ特有の強力な免疫反応によって引き起こされている可能性を示唆しています。なぜコロナワクチンががんに効くのか?では、なぜがんとは無関係のコロナウイルスを標的とするワクチンが、がんに対する免疫療法の効果を高めるのでしょうか? 研究チームは、動物モデルや健常人の血液サンプルを用いて、そのメカニズムを詳細に解明しました。鍵を握っていたのは、「I型インターフェロン」という物質でした。まず、mRNAワクチンが体内に投与されると、ウイルスに感染した時と似たような「偽の緊急事態」が引き起こされます。これにより、体内でI型インターフェロンが爆発的に放出されます。このI型インターフェロンの急増が、全身の免疫細胞、とくに「抗原提示細胞」と呼ばれる偵察役の細胞を「覚醒」させます。覚醒した偵察役の細胞は、リンパ節などの免疫器官に移動し、そこでT細胞(免疫の実行部隊)に対し、「敵(抗原)」の情報を伝達します。この時、偵察役の細胞はウイルスの情報(スパイクタンパク)だけでなく、体内に存在する「がん抗原」の情報も同時にT細胞に提示し始めることがわかりました。がんの情報をキャッチしたT細胞は、増殖して腫瘍組織へと侵入していきます。これにより、これまでT細胞が存在しなかった「冷たいがん」が、T細胞が豊富に存在する「熱いがん」へと変化します。しかし、T細胞の攻撃にさらされたがん細胞は、生き残るために「PD-L1」というバリアを表面に出して、T細胞の攻撃を無力化しようとします。しかし実際、ワクチンを接種した患者さんのがん組織では、このPD-L1の発現が著しく増加していることが確認されました。ここで免疫チェックポイント阻害薬が登場します。免疫チェックポイント阻害薬は、まさにこのPD-L1のバリアを無効化する薬剤です。つまり、mRNAワクチンがT細胞をがんへ誘導し、免疫チェックポイント阻害薬がそのT細胞が働けるように「最後のバリア」を取り除く。この見事な連携プレーによって、がんに対する強力な免疫応答が引き起こされ、治療効果が飛躍的に高まると考えられます。今後の展望と研究の限界この研究の最大の意義は、がん患者さんごとに製造する必要がある高価な「個別化mRNAがんワクチン」でなくても、すでに臨床で広く利用可能な「既製のmRNAワクチン」が、がん免疫療法を増強する強力なツールになりうることを示した点にあります。とくに、これまで免疫チェックポイント阻害薬が効きにくかったPD-L1陰性の「冷たいがん」の患者さんに対しても、生存期間を改善する可能性が示されたことは大きな希望です。一方で、この研究の限界も認識しておく必要があります。最も重要なのは、患者さんを対象とした解析が「後ろ向き観察研究」である点です。つまり、過去のデータを集めて解析したものであり、「mRNAワクチン接種」と「生存期間の延長」の間に強い関連があることは示せましたが、mRNAワクチンが原因となって生存期間が延びたという因果関係を完全に証明したわけではありません。たとえば、「治療中にあえてコロナワクチンも接種しよう」と考える患者さんは、全般的に健康意識が高く、それ以外の要因(たとえば、栄養状態や運動習慣など)が生存期間に影響した可能性(交絡因子)も否定できません。研究チームは、インフルエンザワクチンなど他のワクチンとの比較や、さまざまな統計的手法(傾向スコアマッチングなど)を用いて、これらの偏りを可能な限り排除しようと試みていますが、未知の交絡因子が残っている可能性があります。この発見をさらに確実なものとするためには、今後、患者さんをランダムに「mRNAワクチン接種+免疫チェックポイント阻害薬群」と「免疫チェックポイント阻害薬単独群」に分けて比較するような、前向きの臨床試験で有効性を確認することが不可欠です。とはいえ、mRNAワクチンががん治療の新たな扉を開く可能性を示した本研究のインパクトは大きいでしょう。感染症予防という枠を超え、がん免疫療法の「増強剤」として、既製のmRNAワクチンが活用されるという場面も、今後訪れるのかもしれません。 参考文献・参考サイト 1) Grippin AJ, et al. SARS-CoV-2 mRNA vaccines sensitize tumours to immune checkpoint blockade. Nature. 2025 Oct 22. [Epub ahead of print]

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60歳以上における全原因心肺系・心血管系疾患入院予防に対する2価RSVワクチンの効果(解説:寺田教彦氏)

 本論文は、デンマークにおける全国規模の無作為化比較試験(DAN-RSV試験)の事前規定サブ解析で、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)ワクチン接種による「全原因心肺系入院のみならず、呼吸器疾患の下流に位置する全原因心血管系入院の予防効果」を評価したものである。同試験の主要エンドポイントはRSV関連呼吸器疾患による入院で、結果は別の論文で報告されている「60歳以上への2価RSVワクチン、RSV関連呼吸器疾患による入院を抑制/NEJM」。 本論文の評価項目として、副次エンドポイントは全原因心肺系入院、探索的エンドポイントとして心血管疾患の各項目である、心不全、心筋梗塞、脳卒中、心房細動による入院が設定された。 RSVは乳幼児期に細気管支炎や肺炎を引き起こし、小児死亡の主要な原因の1つとされてきた。RSVワクチンは、1960年代にワクチン関連疾患増悪(Vaccine-associated enhanced disease,VAED)が問題となり、開発が停滞したこともあったが、構造生物学的解析によってpre-fusion型F蛋白が同定され、現在は高い中和抗体誘導能を有するワクチンが実用化されている。 近年、RSVは小児以外に高齢者や慢性心疾患、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や喘息などの慢性呼吸器疾患などがある人々でも重症化し、肺炎や死亡に関与することが注目され、CDCでは75歳以上やRSV重症化のリスクがある50~74歳にもRSVワクチン接種を推奨している(RSV Vaccine Guidance for Adults)。 日本の高齢者に対するRSVの公的な疫学情報はなく、高齢者に対するRSVワクチンは、一部自治体で補助制度はあるが、現行は任意接種の立ち位置である。2025年10月現在、日本ではRSVワクチンとして、アブリスボ(ファイザー、bivalent preFワクチン)とアレックスビー(グラクソ・スミスクライン、単価preFワクチン)が承認されており、本研究はアブリスボの効果が評価されている(感染症情報提供サイト. 病原微生物検出情報[IASR] Vol. 46 p123-124: 2025年6月号.)。 本研究結果で、アブリスボを60歳以上に接種した場合、全原因心肺系入院は有意に減少(ワクチン有効性:9.9%、95%信頼区間:0.3~18.7%)したが、全原因心血管疾患入院での有意な減少は示せなかった。今回の結果からも、RSVワクチンの有効性は示されており、適応のある高齢者に対して引き続き接種を推奨すべきだろう。 また、心血管系疾患による入院抑制効果は統計学的有意に達しなかったが、全原因心肺系入院における絶対率減少(2.90/1,000人年)は呼吸器疾患入院単独の絶対率減少(1.87/1,000人年)より大きく、これは減少した入院患者の一部に心血管系疾患による入院患者が含まれている可能性も考えられた。それにもかかわらず、本研究で有意差が示せなかった理由としては、本試験が心血管アウトカムを主要評価項目として設計されておらず、心血管イベントの発生数も限られるため、統計学的検出力が十分でなかった可能性もある。 本研究の特徴は、気道感染症ワクチンによる全原因心血管疾患による入院予防効果を探索的に検討した点にある。RSV感染は、呼吸器炎症や酸素化障害を介して心不全増悪や急性冠症候群を誘発しうることが知られており(Woodruff RC, et al. JAMA Intern Med. 2024;184:602-611.)、感染予防を通じた2次的な心血管イベント抑制の可能性が期待されている。医療経済的にも、心血管イベント抑制が実証されれば費用対効果はさらに高まり、公的補助の拡大に向けた重要な根拠となるだろう。 RSV以外のCOVID-19やインフルエンザウイルスといった気道感染症も、高齢者において有害な心血管イベントを誘発することが指摘されている。今後は、感染症ワクチンの評価項目として、単なる感染予防・重症化予防にとどまらず、「感染を契機とする心血管イベント」を包括的に評価する研究設計が増えるかもしれない。 日本における高齢者に対するRSVワクチンという視点では、2025年4月から急性呼吸器感染症(ARI)が5類感染症として報告対象になった。日本における高齢者のRSV感染症の疾病負荷が明らかになれば、RSVワクチンの公的補助や接種勧奨が拡大されることも期待される。

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歯みがきで命を守る?手術2週間前の口腔ケアが肺炎予防に効果

 高齢患者や基礎疾患を持つ患者においては、術後肺炎をはじめとする感染症対策が周術期管理上の大きな課題となる。今回、愛媛大学医学部附属病院の大規模後ろ向き解析で、術前2週間以上前からの体系的な口腔ケアが術後肺炎の発症抑制および入院期間短縮に有効であることが示された。研究は愛媛大学医学部附属病院総合診療サポートセンターの古田久美子氏、廣岡昌史氏らによるもので、詳細は9月3日付けで「PLOS One」に掲載された。 近年、周術期管理や麻酔技術の進歩により、高齢者や重篤な基礎疾患を持つ患者でも侵襲的手術が可能となった。その一方で、合併症管理や入院期間の短縮は依然として課題である。術後合併症の中でも肺炎は死亡率や医療費増大と関連し、特に重要視される。口腔ケアは臨床で広く行われ、病原菌抑制を通じて全身感染症の予防にも有効とされる。しかし、既存研究は対象集団が限られ、最適な開始時期は明確でない。このような背景を踏まえ、著者らは術前口腔ケアについて、感染源除去や細菌管理、歯の脱落防止のために少なくとも2週間の実施が必要であると仮説を立てた。そして、手術2週間以上前からの口腔ケアが術後肺炎予防に有効かを検証した。 本研究では、2019年4月~2023年3月の間に愛媛大学医学部附属病院で手術および術後管理を受けた成人患者1,806人を対象とした。患者は口腔ケア介入の時期に基づき、手術の少なくとも2週間前に体系的な口腔ケアを受けた群(早期介入群)と、手術の2週間以内に口腔ケアを受けた、もしくは口腔ケアを受けなかった群(後期介入群)の2群に分類した。主要評価項目は、院内感染症のDPCコードを用いて特定された術後感染症(術後肺炎、誤嚥性肺炎、手術部位感染症、敗血症など)の発生率とした。副次評価項目は術後入院期間および入院費用であった。選択バイアスを最小化するために、傾向スコアマッチング(PSM)および逆確率重み付け(IPTW)が用いられた。 解析対象1,806人のうち、257人が早期介入群、1,549人が後期介入群だった。年齢、性別、手術の種類など14の共変量を用いたPSMの結果、253組のマッチペアが特定された。PSMおよびIPTW解析の結果、早期介入群では、後期介入群に比べて術後肺炎の発生率が有意に低いことが示された(PSM解析:リスク差 −5.08%、95%CI −8.19~−1.97%、P=0.001;IPTW解析:リスク差 −3.61%、95%CI −4.53~−2.68%、P<0.001)。 さらに、IPTW解析では早期介入群の入院期間は後期介入群より短く、平均で2.55日短縮されていた(95%CI −4.66~−0.45日、P=0.018)。医療費に関しても早期介入群で平均5,385円の減少が認められた(95%CI -10,445~-325円、P=0.037)。PSM解析では同様の傾向が認められたものの、統計的に有意ではなかった。 著者らは、「本研究の結果は、手術の少なくとも2週間前から体系的な術前口腔ケアを実施することで、術後肺炎の発症を有意に減少させ、入院期間を短縮できることを示している。さまざまな統計解析手法でも一貫した結果が得られたことから、標準化された術前口腔ケアプロトコルの導入は、手術成績の改善に有用な戦略となり得る」と述べている。 本研究の限界については、測定されていない交絡因子が存在する可能性があること、単一の施設で実施されたため、研究結果の一般化には限界があることなどを挙げている。

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第286回 医師も誤解している?マダニによるSFTSの傾向と対策

INDEXマダニによるSFTSの発生率、過去最高に冬も要注意!?SFTSに対するアンコンシャスバイアス治療薬への期待度マダニによるSFTSの発生率、過去最高に今年はダニ媒介感染症の重症熱性血小板減少症候群(略称・SFTS)の患者報告が過去最高を記録している。国立健康危機管理研究機構が発表している感染症発生動向調査週報1)の最新データとなる2025年第42週(10月13~19日)時点では、従来の過去最多である2023年の134例を上回る174例の患者が発生。また、今年はこれまで患者報告がなかった北海道、秋田県、栃木県、茨城県でも孤発的な事例が報告されている。改めて基礎知識を整理すると、SFTSは日本では2013年に初確認されたダニが媒介するSFTSウイルスを原因とする新興の人畜共通感染症である。潜伏期間は6~14日で、主な症状は発熱、消化器症状(嘔気、嘔吐、腹痛、下痢、下血)、頭痛、筋肉痛、神経症状(意識障害、けいれん、昏睡)、リンパ節腫脹。特徴的な点は、病名でもわかるように検査値での顕著な血小板減少(10万/mm3未満)である。そしてSFTSで何よりも恐ろしいのは致死率が10~30%で、国内に常在する感染症の中では劇症型溶血性レンサ球菌感染症の致死率約30%に次ぐことだ。徐々に患者報告数も報告地域も拡大する中、一般人、医療者ともに対岸の火事とは言えなくなっている。以前の本連載で新型コロナウイルス感染症が今も高齢者で猛威を振るっていることを記事化したが、この取材に応じてくれた岡山大学病院感染症内科准教授の萩谷 英大氏との取材時間は約2時間におよんだ。実はこのうちの約半分は新型コロナから脱線し、萩谷氏が日常診療で接するSFTSの話となった。これがきっかけで私が理事を務めるNPO法人・日本医学ジャーナリスト協会でも10月10日に萩谷氏にSFTSをテーマに講演をしてもらったが、その内容の中にはかなり示唆に富むものが多かったので、今回はその内容を紹介したい。冬も要注意!?講演では、萩谷氏が2013~22年までに国内報告されたSFTS803例の解析結果を紹介した。それによると、この10年間の都道府県別の報告増加率のトップ5は順に三重県、島根県、岡山県、大分県、熊本県。患者発生率と環境要因との関連を解析した結果では、西日本で有意差があった環境要因は農地面積と農業人口であり、2022年までの発生件数を2ヵ月単位で分析すると、発生ピークは5~6月で、流行期は5~10月だった。ここまでは医療者もおおむね違和感はなく受け入れられるだろう。しかし、今回の萩谷氏の講演ではSFTSの意外な一面も“明らか”にされた。まず、前出の解析結果のように一般的にSFTSはマダニの活動期である春から秋にかけて発生する感染症だと考えられているが、実は真冬でもSFTSは発生しているのだ。たとえば直近の2024年の感染症発生動向調査週報によると、第2週(1月8~14日)に島根県と山口県で各1例、年末の第51週(12月16~22日)に長崎県で1例が報告されている。春から秋の時期と比べれば数は少ないが、こと西日本では通年で警戒しなければならない感染症なのである。また、講演の中で紹介された和歌山県での野生(野生化)動物のSFTSウイルス抗体陽性率調査の結果によると、アライグマ、アナグマ、シカ、ノウサギでは30%以上、ハクビシンで20%以上にものぼる。一般的な理解は、こうした動物を吸血したマダニが動物の移動とともに人間の生活圏に近い藪や草むらなどで落下して定着し、そこに入り込んだ人間がこうしたマダニに咬まれることで患者が発生しているというもの。これはおおむね正しいだろうが、萩谷氏が講演内で提示した自験例2例はこの理解の範疇をやや超えるものだった。SFTSに対するアンコンシャスバイアス2例のうち1例は同じマダニが媒介する日本紅斑熱の患者、もう1例がSFTSである。前者の患者は岡山市中心部在住、後者の患者は岡山県西部在住で、ともに問診ではマダニに咬まれるような野山に入った形跡はなかったという。しかし、よくよく話してみると、日本紅斑熱の患者は「ちょうどそのころお墓参りに行きました…」と語り、聞き出してみると墓地のある場所はダニ媒介感染症の好発地域、そしてSFTSの患者は自宅住所を地図上で検索してみると、その自宅が山に隣接する形で存在していた。つまり実際の推定感染地点は、私たちが一見SFTSと無縁と思っている場所にも点在しているのである。ちなみに萩谷氏によれば、西日本地域でSFTSの診療経験が一定以上ある医師にとっては、風評被害などが考えられるため公には明らかにしないものの、周辺のダニ媒介感染症好発地域はほぼ頭に入っており、患者の居住地や移動先などの地名を聞くと、ある程度はSFTSの可能性が判別できるという。また、前出の野生動物のSFTS抗体陽性率のデータ提示の際、萩谷氏が併せて提示したのが複数のマダニに咬まれた鳥の写真。マダニは哺乳類だけでなく、鳥類や爬虫類まで吸血することは知られている。このことから北海道の孤発例については「渡り鳥などにくっついたマダニが本州から北海道に移動して上陸したのだろうと個人的には想像している」と話した。これらを総合すると、SFTSに対して私たちがおぼろげに抱く「マダニの活動が活発な春から秋にかけて野山に入ることで感染しやすく、西日本に多い感染症」というイメージは、半ばアンコンシャスバイアスになっていることを自覚しなければならない。治療薬への期待度一方、過去の本連載でも触れたが、SFTSについては2024年に抗ウイルス薬のファビピラビル(商品名:アビガン)が承認された。この点について萩谷氏は「ウェルカムな部分はあるものの、本当に良いのか?とも思っている」との見解を示した。その理由は▽薬価が1錠3万9,862円で10日間の標準治療(90錠)の薬剤費総額が約360万円▽これまでの臨床試験が単群で投与群の致死率が医師主導治験で17.4%、企業治験で13%にとどまる、からだ。萩谷氏は「今回の承認は既存の対症治療での致死率が最大30%で、それよりも低い致死率を達成したことでアビガンが承認されたと理解している。しかし、十分とは言えないエビデンスの中で360万円の治療を全例に行う気持ちにはなれないのが正直なところ」と話した。いずれにせよ患者報告が拡大する中で、今回の萩谷氏の話はSFTSが思った以上に厄介な疾患であり、決して油断が許されない現状があることを何よりも雄弁に物語っている。 参考 1) 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:感染症発生動向調査週報一覧

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がん治療のICI、コロナワクチン接種でOS改善か/ESMO2025

 免疫チェックポイント阻害薬(ICI)は、多くのがん患者の生存期間を延長するが、抗腫瘍免疫応答が抑制されている患者への効果は限定的である。現在、個別化mRNAがんワクチンが開発されており、ICIへの感受性を高めることが知られているが、製造のコストや時間の課題がある。そのようななか、非腫瘍関連抗原をコードするmRNAワクチンも抗腫瘍免疫を誘導するという発見が報告されている。そこで、Adam J. Grippin氏(米国・テキサス大学MDアンダーソンがんセンター)らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するmRNAワクチンもICIへの感受性を高めるという仮説を立て、後ろ向き研究を実施した。その結果、ICI投与前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチン接種を受けた非小細胞肺がん(NSCLC)患者および悪性黒色腫患者は、全生存期間(OS)や無増悪生存期間(PFS)が改善した。本研究結果は、欧州臨床腫瘍学会(ESMO Congress 2025)で発表され、Nature誌オンライン版2025年10月22日号に掲載された1)。 本発表では、切除不能StageIIIまたはStageIVのNSCLC患者884例および転移を有する悪性黒色腫患者210例を対象とし、ICI初回投与の前後100日以内のCOVID-19 mRNAワクチン接種の有無で分類して解析した結果が報告された。また、COVID-19 mRNAワクチン接種が抗腫瘍免疫応答を増強させ得るメカニズムについて、前臨床モデル(マウス)を用いて検討した結果とその考察も紹介された。 主な結果は以下のとおり。【後ろ向きコホート研究】・NSCLC患者(接種群180例、未接種群704例)において、ICI初回投与の前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、StageやPD-L1発現状況にかかわらずOSが延長した。各集団のハザード比(HR)、95%信頼区間(CI)は以下のとおり(全体およびStage別の解析は調整HRを示す)。 全体:0.51、0.37~0.71 StageIII:0.37、0.16~0.89 StageIV:0.52、0.37~0.74 TPS 1%未満:0.53、0.36~0.78 TPS 1~49%:0.48、0.31~0.76 TPS 50%以上:0.55、0.34~0.87・悪性黒色腫患者(接種群43例、未接種群167例)においても、ICI初回投与の前後100日以内にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、OS(調整HR:0.37、95%CI:0.18~0.74)およびPFS(同:0.63、0.40~0.98)が延長した。・NSCLC患者において、生検前100日未満にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群は、未接種群、100日後以降接種群と比較してPD-L1 TPS平均値が高かった(31%vs.25%vs.22%)。同様に、生検前100日未満にCOVID-19 mRNAワクチンを接種した群はPD-L1 TPS 50%以上の割合も高かった(36%vs.28%vs.25%)。【前臨床モデル】・免疫療法抵抗性NSCLCモデルマウス(Lewis lung carcinoma)と免疫療法抵抗性悪性黒色腫モデルマウス(B16F0)において、COVID-19 mRNAワクチンとICIの併用は、ICI単独と比較して腫瘍体積を縮小した。・COVID-19 mRNAワクチンは、IFN-αの産生を増加させた。・悪性黒色腫モデルマウスにおいて、IFN-αを阻害するとCOVID-19 mRNAワクチンとICIの併用の効果は消失した。・COVID-19 mRNAワクチンは、複数の腫瘍関連抗原について、腫瘍反応性T細胞を誘導した。・COVID-19 mRNAワクチン接種によりCD8陽性T細胞が増加し、腫瘍におけるPD-L1発現も増加した。 COVID-19 mRNAワクチン接種が抗腫瘍免疫応答を増強させ得るメカニズムについて、Grippin氏は「免疫学的にcoldな腫瘍に対して、COVID-19 mRNAワクチンを接種するとIFN-αが急増し、腫瘍局所での自然免疫が活性化される。その活性化により腫瘍反応性T細胞が誘導され、これらが腫瘍に浸潤して腫瘍細胞を攻撃すると、腫瘍はT細胞応答を抑制するためにPD-L1の発現を増加させる。そこで、COVID-19 mRNAワクチンとの併用でICIを投与し、PD-1/PD-L1の相互作用を阻害することで、患者の生存期間の改善が得られるというメカニズムが示された」とまとめた。 なお、今回示された効果を検証するため、無作為化比較試験「Universal Immunization to Fortify Immunotherapy Efficacy and Response(UNIFIER)試験」が計画されている。

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MSSA菌血症、セファゾリンvs.クロキサシリン/Lancet

 メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)菌血症の治療において、セファゾリンはクロキサシリンと比較して有効性は非劣性で、忍容性は良好であることが示された。フランス国立衛生医学研究所(INSERM)のCharles Burdet氏らが、大学病院を含むフランスの21施設で実施した無作為化非盲検非劣性試験「CloCeBa試験」の結果を報告した。セファゾリンは広く使用されているものの、MSSA菌血症の治療における有効性はこれまで臨床試験で検討されたことはなかった。結果を踏まえて著者は、「MSSA菌血症の治療において、セファゾリンはクロキサシリンの代替薬となりうる」と述べている。Lancet誌オンライン版2025年10月17日号掲載の報告。セファゾリンの有効性と安全性をクロキサシリンと比較 CloCeBa試験の対象は、標準的な微生物学的検査またはGeneXpert PCRによりMSSAが血液培養から検出された18歳以上の入院中の患者であった。スクリーニング時点でMSSAに有効な抗菌薬が72時間超投与されていた患者、血管または人工弁などの血管内インプラントを有する患者、感染が疑われる材料を体内に有する患者、脳卒中(1ヵ月以内)・脳膿瘍・髄膜炎の臨床所見を呈している患者などは除外された。 研究グループは、適格患者をコンピュータ生成のブロック法を用いて、セファゾリン群とクロキサシリン群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。血管アクセス関連菌血症の有無(末梢静脈カテーテルおよび中心静脈カテーテルを含む)および施設で層別化した。 セファゾリン群では25~50mg/kgを8時間ごとに(最大1日6g)、クロキサシリン群では25~50mg/kgを4~6時間ごとに(1日8~12g)、いずれも60分かけて静脈内投与した。総治療期間は14日以上とし、無作為化された治療を7日間投与した後は治験責任医師の選択で治療を変更することが可能とされた。 主要エンドポイントは治療成功で、90日目まで再発のない細菌学的成功、90日時点での臨床的成功、および90日時点での生存の複合とした。細菌学的成功は、3日目(感染性心内膜炎患者では5日目)の血液培養陰性、臨床的成功は感染に関連する症状および所見の消失と定義された。 ITT解析を行い、治療成功の非劣性マージンは12%とした。治療成功率はセファゾリン群75%、クロキサシリン群74%で、非劣性を確認 2018年9月5日~2023年11月16日に315例が登録され、セファゾリン群(158例)またはクロキサシリン群(157例)に無作為化された。同意撤回などによりセファゾリン群で12例、クロキサシリン群で11例が除外され、ITT解析対象集団は各群146例となった。 患者背景は、平均年齢62.7歳(SD 16.4)、男性が215例(74%)で、Pitt bacteraemia score中央値は0(四分位範囲:0~0)であった。 主要複合エンドポイントの達成は、セファゾリン群75%(109/146例)、クロキサシリン群74%(108/146例)で確認され、群間差は-1%(95%信頼区間:-11~9、p=0.012)で、セファゾリン群の非劣性が確認された。 重篤な有害事象は、試験治療終了時においてセファゾリン群で15%(22/146例)、クロキサシリン群で27%(40/146例)に認められた(p=0.010)。ただし、この差は2~7日目までの割り付けられた治療のみを受けた場合に限定して解析すると有意ではなかった。急性腎障害は、クロキサシリン群(12%、15/128例)でセファゾリン群(1%、1/134例)より発現頻度が高かった(p=0.0002)。

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帯状疱疹後神経痛、発症しやすい人の特徴

 帯状疱疹を発症すると、帯状疱疹の皮疹や水疱消失後に帯状疱疹後神経痛(post herpetic neuralgia:PHN)と呼ばれる合併症を伴う場合があり、3ヵ月後で7~25%、6ヵ月後で5~13%の人が発症しているという報告もある1)。今回、中国・Henan Provincial People's HospitalのJing Wang氏らは、PHNの独立した危険因子となる患者背景を明らかにした。Frontiers in Immunology誌2025年10月1日号掲載の報告。 本研究は、PHN高リスク患者の早期発見と予防戦略の最適化支援を目的として、PHNの独立した危険因子を特定するため、PubMed、Embase、Cochrane Libraryを検索。メタ解析にて人口統計学的特徴、臨床症状、治療計画、合併症、ウイルス学的因子などの評価を包括的に分析し、結果の堅牢性を検証するための感度分析も実施した。なお、研究間の異質性はI2統計量とコクランのQ検定を用いて評価し、閾値は低異質性(I2<30%)、中等度の異質性(I2=30~60%)、高異質性(I2>60%)と定義した。 主な結果は以下のとおり。・本システマティックレビューにて36件(前向き研究15件、症例対照研究5件、後ろ向き研究13件、システマティックレビュー3件)が特定され、そのうち24件をメタ解析した。・PHNの独立した危険因子として、以下のものが主に特定された。 ●60歳以上:オッズ比(OR) 1.16(95%信頼区間[CI]:1.15~1.17、高異質性) ●喫煙やアルコール摂取などの生活歴:OR 1.13(95%CI:1.07~1.20、高異質性) ●免疫抑制薬による治療:OR 1.94(95%CI:0.16~23.44、異質性なし) ●糖尿病:OR 1.29(95%CI:1.05~1.60、高異質性) ●慢性閉塞性肺疾患:OR 1.70(95%CI:1.23~2.35、異質性あり) ●高血圧症:OR 1.82(95%CI:1.28~2.58、異質性なし) ●悪性腫瘍:OR 1.99(95%CI:1.07~3.70、異質性なし) ●慢性腎臓病:OR 1.08(95%CI:0.99~1.17、異質性なし)・このほか、重度の発疹、前駆症状としての疼痛、アルコール乱用、検出ウイルス量の高さなども危険因子の可能性を示していた。・一方、性差および社会経済的地位はPHNの発症と有意な関連を示さず、十分なエビデンスが認められなかった(I2>50%、p>0.05)。 研究者らは「帯状疱疹の重症度が急性疼痛の強さとともにPHNの重要な危険因子であり、また、上記の危険因子以外にも新型コロナウイルスが潜在的な危険因子となる可能性があるため、さらなる調査が必要である」としている。

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世界最高齢者の長生きの秘密とは?

 マリア・ブラニャス・モレラ(Maria Branyas Morera)さんは、2024年8月19日に117歳で亡くなった当時、世界最高齢者であった。彼女は一つの情熱的な願いを抱いてこの世を去った。バルセロナ大学(スペイン)医学部遺伝学科長のManel Esteller氏は、「ブラニャスさんはわれわれに、『私を研究してください。そうすれば他の人を助けることができます』と言った。彼女のその希望は現実となった」と話す。Esteller氏らがブラニャスさんについて包括的な分析を行った結果、ブラニャスさんには、健康的なライフスタイル、微生物叢内の有益なバクテリア、長寿に関連する遺伝子など多くの利点があったことが判明した。この研究の詳細は、「Cell Reports Medicine」に9月24日掲載された。 Esteller氏は、「健康的な老化は、何か一つの大きな特徴が関与するのではなく、むしろ、多くの小さな要因が相乗的に作用する、非常に個人差のあるプロセスであることが分かった。不健康な老化ではなく、健康的な老化につながる特徴をこれほど明確に示すことができたことは、将来、老若男女を問わず全ての人にとって有益になると思われる」と述べている。 ブラニャスさんは、1907年3月4日に米サンフランシスコで生まれ、8歳のときにスペインに移住した。彼女は2つの世界大戦、スペイン内戦、そして、スペイン風邪と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の2つのパンデミックを生き延びた。事実、ブラニャスさんは113歳のときにCOVID-19に罹患したが、完全回復した。 研究グループは、ブラニャスさんの健康と長寿は、彼女のライフスタイルによるところが大きいと話す。彼女は地中海式ダイエットを実践し、脂肪や加工糖を過剰に摂取しないよう気を付けていたし、タバコやアルコールも一切摂取しなかった。高齢で歩行が困難になるまでは、定期的にウォーキングも行っていた。 血液サンプルの解析からは、極端に短いテロメアや炎症傾向の強い免疫系、高齢化したBリンパ球の集団など、明確な老化の兆候が見られた。一方で、ゲノム解析の結果、ブラニャスさんには他のヨーロッパ人には見られないまれな遺伝子変異が存在することが明らかになった。これらの変異は、免疫機能、認知機能、心機能、神経保護、脂質代謝などの経路に関与しており、これがブラニャスさんの高コレステロール、心臓病、がん、認知症などのリスクを低下させた可能性がある。 また、ブラニャスさんの腸内細菌叢には、抗炎症作用を持つ有益なビフィズス菌が豊富に含まれていたことも判明した。炎症は老化を促進する要因の一つである。研究グループによると、ブラニャスさんは、食生活の一環としてヨーグルトを多く摂取していたという。さらに、エピジェネティック解析によって測定されたブラニャスさんの生物学的年齢は実年齢よりも大幅に若いことも明らかになった。 Esteller氏は、「われわれの研究結果は、多くの高齢者がより長く、より健康的な生活を送る上で有益となり得る要因を特定するのに役立つ。例えば、健康長寿に関連する特定の遺伝子が判明したことから、これらが医薬品開発の新たなターゲットとなる可能性がある」と述べている。 ただし、本研究には関与していない米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のImmaculata De Vivo氏は、「1人の人間の人生から確かな結論を導き出すのはほぼ不可能だ。大規模でよく管理された集団研究とは対照的に、個々の症例の結果を解釈する際には、常に注意することが重要だ」と述べ、慎重な解釈を求めている。同氏は、「遺伝子やライフスタイルは健康に役立つかもしれないが、病気の原因は一般的に絶対的なものではなく確率の問題だ」と指摘し、ブラニャスさんと同程度に長生きするには、ある程度の幸運も必要なことをほのめかしている。

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ダイエット飲料と加糖飲料はどちらもMASLDリスク

 人工甘味料を用いた低糖・無糖飲料と加糖飲料は、どちらも代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)のリスクを高めることを示唆するデータが、欧州消化器病週間(UEG Week 2025、10月4~7日、ドイツ・ベルリン)で発表された。蘇州大学附属第一医院(中国)のLihe Liu氏らの研究によるもので、人工甘味料を用いた飲料や加糖飲料を水に置き換えることでMASLDリスクが低下する可能性も報告されている。 Liu氏は、「加糖飲料は長い間、厳しい監視の目にさらされてきたが、その代替品として広まった人工甘味料を用いた飲料は、健康的な『ダイエット飲料』と見なされることが多かった。しかしわれわれの研究結果は、それらの飲料を無害であるとする一般的な認識に疑問を投げかけ、肝臓の健康への影響を再考する必要性を強調している」と述べている。 MASLDは肝臓に脂肪が蓄積することで発症し、時間の経過とともに肝障害を引き起こしてくる。研究者によるとMASLDは最も一般的な慢性肝疾患であり、世界中で30%以上の人々が罹患しているという。 Liu氏らの研究では、英国の一般住民対象大規模疫学研究であるUKバイオバンクの参加者12万3,788人を解析対象とした。24時間思い出し法による食事調査が複数回行われ、各種飲料の摂取量が把握された。 中央値10.3年の追跡期間中に、1,178人がMASLDを発症し、108人が肝臓関連の疾患で死亡していた。解析の結果、人工甘味料入り飲料を毎日約250mL以上飲んでいると、MASLDのリスクが60%増加することが分かった(ハザード比〔HR〕1.599)。また加糖飲料を同量飲んでいる場合には、50%近くのリスク上昇が認められた(HR1.469)。Liu氏は、「1日1缶程度という少量の低糖または無糖の甘味飲料を摂取している場合でも、MASLDのリスクが高まることが示された」と話している。 一方、人工甘味料入り飲料の代わりに水を飲んだ場合、MASLDのリスクが15.2%低下すると推算された。同様に、加糖飲料の代わりに水を飲んだ場合は、リスクが12.8%低下すると予想された。 Liu氏によると、加糖飲料は血糖値の急上昇を引き起こし、体重を増加させ、尿酸値を上昇させる可能性があり、これらは全て肝臓への過剰な脂肪の蓄積に関連してくるという。一方の人工甘味料入り飲料は、腸内細菌叢を変化させ、甘いものへの欲求を刺激し、またインスリン分泌を刺激する可能性があり、それらを介して肝臓の健康に悪影響を及ぼし得るとのことだ。そして同氏は、「最善の方法は、加糖飲料と人工甘味料入り飲料の双方を制限して水に置き換えることだ」と付け加えている。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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