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糖尿病は心血管疾患(cardiovascular disease: CVD)の発症・進展に関連したリスク因子であり、糖代謝に関わる臨床指標がCVDの発症と密接に関連しているという結果を示す疫学データは多い。2010年のACC(American College of Cardiology foundation)/AHA(American Heart Association)のガイドラインでは、糖尿病患者ではなくとも、狭心症の症状がない成人におけるCVDのリスクアセスメントにHbA1cの測定は有用ではなかろうかと結論付けられていた。しかし、糖尿病患者におけるHbA1cの測定には臨床的な意味があるが、非糖尿病者ではその有用性がないのではないかという意見もあり、2013年に改訂されたガイドラインでは、HbA1cの測定は推奨されていない。 このような背景のもとに、73件の前向き試験から、糖尿病やCVDの既往がない29万4,998人を抽出して、従来リスク因子(年齢、性別、喫煙状況、収縮期血圧値、総コレステロール値、HDLコレステロール値など)とHbA1cなどの血糖値に関連した代謝指標に関する情報を加えた場合のCVDリスク予測モデルを新たに作成し、アウトカムのリスク層別化(C統計値)、10年リスク予測(低:5%未満、中:5~7.5%未満、高:7.5%以上)の再分類(ネット再分類改善)について検討したEmerging Risk Factors Collaborationのデータが本論文である。 今回の検討では、血糖値に関連した代謝指標として、HbA1c値(<4.5、4.5~<5、5~<5.5、5.5~<6、6~<6.5、≧6.5%)のみならず、空腹時血糖値、随時血糖値、経口ブドウ糖負荷後の血糖値のデータの有用性も検討されている。 検討の対象となった者の登録時における平均年齢は58歳、男女比はほぼ1:1で、86%がヨーロッパまたは北米民族、HbA1c 5.37±0.54%であり、追跡期間は中央値で9.9年、経過中の致死的・非致死的CVDの発生は、2万840例(冠動脈心疾患1万3,237例、脳卒中7,603例)であった。 従来の心血管リスク因子を補正した後の分析において、HbA1c値とCVDリスクとの関連性はJ-カーブを示し、HbA1c値が4.5~5.5%の群におけるハザード比を1とするとそれ以下の群ではハザード比が1.2、HbA1cが6.5%を超える群では1.5となっていた。CVDリスクと血糖値の指標がJ-カーブを示す傾向は、空腹時血糖値、随時血糖値、負荷後血糖値でも同様であった。HbA1c値とCVDのリスクに関しての関連性は、総コレステロール、トリグリセリド、またはeGFR値で補正した場合に相関がわずかに高まったものの、HDLコレステロール、CRPでの補正後には関連性が減弱した。 CVDリスク予測モデルのC統計値(リスクスコアの低い症例のほうが生存期間は長いことを、実際のデータでどのくらいの確率で正しいかを示す値、0.5~1で示される。将来の予測をする時間軸を加味した値)は、従来の心血管リスク因子のみでは0.7434(95%信頼区間[CI]:0.7350~0.7517)。HbA1cに関する情報を追加した場合のC統計値の変化は0.0018(95%CI:0.0003~0.0033)で、10年リスク予測分類のネット再分類改善値は0.42(-0.63~1.48)と報告されている。 75g糖負荷試験における2時間値とCVDの関連が示唆される疫学成績がある一方で、糖尿病患者の食後血糖値に介入して、CVDの発症リスクを軽減できたとする臨床成績はない。一般に、糖尿病ではなくとも食後高血糖や糖負荷後の高血糖を示す場合には、CVDの発症リスクが高まるのではないかと考えられている。しかし、今回の検討からは、非糖尿病患者において、高血糖のマーカーとしてのHbA1cを従来のCVDリスク因子に追加して検討を行っても、CVDの新規発症に関する予測精度が高まるわけではないことが再確認されたといえる。