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ホルモン避妊法の血栓性脳卒中と心筋梗塞のリスク

デンマーク・コペンハーゲン大学のOjvind Lidegaard氏らは、経口避妊薬やパッチ、膣リングを含む新しい各種ホルモン剤による避妊法に伴う血栓性脳卒中と心筋梗塞の発生について調べた結果、絶対リスクは小さかったが、エチニルエストラジオール20μg含有薬で0.9~1.7倍、同30~40μg含有薬では1.3~2.3倍のリスク増大が明らかになったと報告した。プロゲスチン種類別リスクの差異は比較的小さいことも示された。新しいホルモン避妊法の血栓塞栓合併症のリスクは重大な問題だが、これまで静脈血栓塞栓症リスクについて評価した研究はあるものの、動脈性合併症について検討した研究は少なく、相反する結果が示されていた。NEJM誌2012年6月14日号より。健常女性を15年間追跡研究グループは、1995年1月~2009年12月の15年間にわたるデンマーク人の女性についてヒストリカルコホート研究を行った。デンマークでは出生時に全員に個人特定番号が割り振られ、社会保障や学校教育などの公的レジストリに、生涯もしくは移民するまで一貫して用いられる。研究グループはその登録データを利用して、心血管疾患またはがんの既往歴がなく、妊娠していない15~49歳の女性について、4つの全国登録からホルモン避妊法の利用、臨床エンドポイント、潜在的交絡因子に関するデータを入手し追跡調査した。調査対象は、女性162万6,158人、総計1,425万1,063人・年の観察データだった。追跡期間中に3,311件の血栓性脳卒中(10万人・年につき21.4件)と1,725件の心筋梗塞(10万人・年につき10.1件)が発生した。エチニルエストラジオール30~40μg含有1.3~2.3倍、同20μg含有0.9~1.7倍非利用のケースと比較して、エチニルエストラジオール30~40μg含有経口避妊薬を使用している場合の血栓性脳卒中と心筋梗塞発症について、プロゲスチン種類別にみた場合、以下のような相対リスク(95%信頼区間)の増加がみられた。norethindrone:2.2(1.5~3.2)と2.3(1.3~3.9)レボノルゲストレル(商品名:アンジュ、トリキュラーほか):1.7(1.4~2.0)と2.0(1.6~2.5)norgestimate:1.5(1.2~1.9)と1.3(0.9~1.9)デソゲストレル(商品名:マーベロン、ファボワール):2.2(1.8~2.7)と2.1(1.5~2.8)gestodene:1.8(1.6~2.0)と1.9(1.6~2.3)drospirenone:1.6(1.2~2.2)と1.7(1.0~2.6)また、エチニルエストラジオール20μg含有の場合は、以下のとおりだった。デソゲストレル:1.5(1.3~1.9)と1.6(1.1~2.1)gestodene:1.7(1.4~2.1)と1.2(0.8~1.9)ドロスピレノン(商品名:ヤーズ):0.9(0.2~3.5)と0.0経皮パッチの相対リスクは3.2(0.8~12.6)と0.0、膣リングは2.5(1.4~4.4)と2.1(0.7~6.5)だった。(朝田哲明:医療ライター)

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認知症患者の治療効果、物忘れクリニックvs.一般診療所

認知症患者の治療や介護の手配調整の有効性は、物忘れクリニックと一般診療所で差はないことが、オランダ・Radboud大学ナイメーヘン医療センターのEls J Meeuwsen氏らの検討で報告された。従来、物忘れクリニックは認知症の診断に重点を置いてきたが、特に抗認知症薬が臨床導入された1990年代以降、治療や介護手配への関与が急増している。しかし、物忘れクリニックによる認知症治療やフォローアップの有効性を直接的に示すエビデンスはない。英国は数年前、国による対認知症戦略を公表したが、集学的な物忘れ外来の全国的なネットワークの構築によってサービスやサポートへのアクセスのしやすさを提供することで、その目標を達成する意向だという。BMJ誌2012年6月2日号(オンライン版2012年5月15日号)掲載の報告。認知症治療と介護調整能を多施設共同無作為化試験で評価研究グループは、診断後の認知症治療と、介護の手配調整の有効性について、物忘れクリニックと一般診療所を比較する多施設共同無作為化試験を実施した。2007年12月~2009年7月までに、オランダの9つの物忘れクリニックと159の一般診療所に、地域に居住する軽度~中等度の新規認知症患者175例と、その介護者が登録され、通常の認知症治療が行われた。介護者が「アルツハイマー病患者QOL評価(スコアが高いほどQOLが良好)」を用いて患者QOLを評価し、介護者自身の負担は達成感に関する質問票(スコアが高いほど達成感が大きい)で評価した。患者QOL、介護者の達成感とも同等175組の認知症患者/介護者が登録され、87組が物忘れクリニックに、88組は一般診療所に割り付けられた。患者の61%(106例)および介護者の70%(123人)が女性で、平均年齢は患者が78.1歳、介護者は63.5歳であった。患者の60%がアルツハイマー病で、84%が超軽度~軽度の認知症であった。22組が脱落し、解析が可能であったのは12ヵ月のフォローアップを完遂した153組(物忘れクリニック群78組、一般診療所群75組)だった。12ヵ月のフォローアップ後、患者QOLは一般診療所に比べ物忘れクリニックが0.49ポイント[95%信頼区間(CI):−0.66~1.63、p=0.40]高く、介護者の達成感は物忘れクリニックが2.43ポイント(95%CI:−5.82~0.96、p=0.16)低かったが、いずれも有意な差はなかった。フォローアップ6ヵ月の時点でも、12ヵ月と同様の結果であった[患者QOL:物忘れクリニックが0.58ポイント(95%CI:−0.57~1.73)高い、p=0.32、介護者達成感:物忘れクリニックが0.93ポイント(95%CI:−3.75~1.89)低い、p=0.52]。著者は、「物忘れクリニックが、一般診療所よりも認知症患者の治療や介護の調整に関して優れるとのエビデンスは見いだされなかった」と結論し、「物忘れクリニックの有効性のエビデンスが確立されない以上、どの認知症介護を提供するかは、コストの最小化、患者の好み、地域の健康サービス計画などの他の論拠に基づいて決めることになる」としている。

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福島での意味

南相馬市立総合病院神経内科 小鷹 昌明 2012年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 ※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。  「MRICの記事を読みましたが、本当のご意見をお聞かせください」ということで、数回程度インタビューを受けた。それらは、医療系ジャーナリストやテレビ局ディレクター、写真家、新聞記者、難病患者支援団体、あるいは個人的な研究目的でやってきた人たちであった。質問の中心は、決まって「なぜ、大学病院を辞めたのか? 目的は?」ということであった。一言、「かつての自分を取り戻すため」と言えれば格好いいのかもしれないが、暫定的に「私の中にも、まだまだチャレンジグでエキサイティングな部分が残されているのか」、「被災地の人たちとのネットワークとはどういうものなのか」、「医療を中心とする街の復興には何が必要なのか」、延いては、「感動や生きがいをどうすれば味わうことができて、いかにすれば、それを持続させられるのか」、そして、「そのためにはどのように個性を引き出せばよいのか」など、思いつくまま漠然と回答した。しかし、そのような返答では十分な理解を得られないらしく、「なぜ、福島県浜通りの、この放射線被爆地帯なのか?」というように、質問は続いた。確かに私は、大学病院を退職するにあたり、「准教授など、成りたくても成れないのだよ」という説得を何度も受けた。“成りたくても成れないものにようやく成れる”という満足を得たいのか、“やりたかったらすぐやらせてもらえる”という納得を求めたいのか。結局、私は後者を選択しただけである。それは、「発動したいことが発動できて、発言したいことが発言できる」という現場で、すなわち、思想に則って生きられる境遇である。無論どこへ行ったとしても、私の言説がすべて正しいわけではけっしてないし、やりたい行動がすべて許されるわけでもない。赴任して2ヵ月が経とうとする中で、この土地にもだいぶ慣れてきた。桜は散り、新緑の眩しさも一段落したこの時期に、インタビューを受ける度に自問自答してきた“ここに来た理由”について、再度考察を加える。人間は本来、我が儘で、身勝手で、自分よがりな生き物である。若い頃の私は、状況を省みずに行動し、周りを振り回し、周りからも翻弄されてきた。「変化や変革を求めていくことが人生だ」という考え方しかできなかったし、常に“正解”にたどりつくよう“意味”を求め、“等価”を条件に人生をやり過ごしてきた。歳を重ねるごとに、“適応”や“維持”といったものが行動の原則であると感じるようになってからは、“正解”を得ることではなく“成熟”を待つことが、生きるうえでも、医療を行ううえでも大切であると認識するようになった。“正解”は即断即決を理想とするが、“成熟”は時間が大切である。神経難病のような患者を診たり、周囲の仲間との同調を図ったりしていくには、私自身も長期的な視野のもとで、長いスパンをかけて自分の置かれている立場を理解し、心身の変調に素直に従い、これまで見えていたものが見えなくなり、見えていなかったものが視界に入り、次第に変化する世の中の相貌を解釈する大切さを自覚するようになった。そういう“定常状態”というか、“低目安定”を生きるための術を考えるようになり、その一環として、成るべくして成っていく“システムとしての機能”の重要性にも気付かされてきた。そして、私は、この南相馬市を訪れた。就任して間もなく、私はこの病院で一人目の患者を看取った。高齢者の広範囲な脳梗塞で、来院したときには既に昏睡状態であった。「せめて一命を取り留めなければ」と、施した救急処置によって小康状態を保つことができた。縁もゆかりもない、右も左も分からない、知り合いなど誰もいないこの土地の患者に対して、それはもう、ただ医師の責務として、条件反射的に行った医療行為であった。残念ながら、患者は3日後に亡くなった。この患者は超高齢であり、過去にいくつもの疾病を抱えてきたし、正直を言えば、いつお迎えが来てもおかしくない方だった。もちろん医師として、特別な事情がなければ人命救助は当たり前であり、延命処置にも積極的である。それは、どのような患者、どのような現場、どのような状況においても同様である。だから、「この人ひとりを助けることに、どんな意味があるのだろう」などと考える余地は、当然ない。いくら私とて、そのような想いは、感覚として身に付いている。そういうことを考えると、世の中というものも「偶然その場に遭遇し、意外にも手を差し伸べることになり、行きがかり上そうなった」という行為の集まりで成り立って欲しいと願う。「たまたまそこに出くわしてしまったが故に、巻き込まれて、なんだか知らないけどいろいろやってしまった」という、言ってみれば、そういう合理的でないものに人は動かされるし、意味付けは後からなされるものである。“意味”とは、ある価値に則った合理性のことだが、意味があることの方が正しくて、そうした価値観でしか物事が動かない世の中よりも、偶然居合わせてしまった状況で、意味を度外視して行動できる世の中の方が、ずっと暮らしやすいような気がする。医療行為で言うならば、私と偶然出会わなかった違う誰かの診療は、違う誰かの手によって、本能的でもよいから円滑に行われて欲しい。「異なる地域の誰かの相手は、その地域の誰かがやってくれるだろう」と思えば、さほど気にせず、それほどプレッシャーにも感じず、それぞれの地域で、それぞれの医療者が余裕を持って働いていける。私がこの地に来て、最初に感じた理想としての医療は、「当たり前のことが当たり前になされる体制」についてであった。医師の私が言うのも気が引けるが、人助けや人命救助なんてものに、さしたる意味など考えない方がいいのかもしれない。意味を超えた行為だから、人はどんな現場でも、それを実行することができるし、理由など考えずに仕事に没頭できるのである。そもそも人道的支援などというものは、ものすごく衝動的で、我欲的で、こう言っては何だが自己満足的な行為である。合理的どころか、理性的でも、分別的でもほとんどない。私がここに来たことも、そういうことなのかもしれない。冒頭の部分で、何とか動機を考えてはみたものの明確な説明ができなかった理由は、結局そういうことのようである。「何かをしよう」というよりは、無意味、不合理、非論理的、直観的な部分に、単に突き動かされて来た。きっとそれだけだったのかもしれない。救急車で運ばれて来た女性患者は、頭部外傷だった。仕事中に誤って側溝に落ち、コンクリートに額をぶつけた。擦過傷は骨まで達していた。結果的に5針を縫う処置となったために、縫合中に何度か痛みを訴えた。しかし、その声は終始明るく、痛みに耐えるというよりは、何かと闘っている形相で、むしろ痛いことを噛みしめているようだった。しかし、そうした態度も、現状を聞かせてもらうにつれて涙声に変わった。聞くところによると、親と息子とを津波で失い、全ての家財を無くした患者自身も、仮設暮らしであった。額の傷と心の傷と、どちらもキズには違いないが、「明るくなければ生きられない」、「笑っていなければがんばれない」と、言葉を絞り出していた。この患者にとって、本当に痛いのは額の傷ではなかった。そんなものよりは何倍も何倍も辛い、厳しい今の生活実態があった。意識消失発作の精密検査を目的として入院した女性患者は、やはり仮設入所者であった。車の運転中に突然意識を失い、そのまま自損事故を生じさせた。器質的な疾患は検出されず、問診して判ったことは、鎮痛薬依存ということであった。絶え間なく自覚する頭痛に対して、市販の鎮痛薬を多量に服用していた。覚醒作用を有する沈痛成分は、初期には不眠を導く。そうした現象を打ち消すために睡眠導入薬も、同時に多用していた。狭い仮設の部屋内では、いわゆる“嫁姑問題”が絶えなかった。密着した生活環境では、たとえ家族であったとしても、些細なことで人を苛立たせる。「電気を消せ」、「風呂の水を使いすぎるな」、「静かに歩け」などの口論が日常茶飯事であった。失われた家の権利を巡って家族は対立し、「誰も信用できない」と打ち明けた。だからと言って、どこかで身体を休めることもできず、家計を支えるためには、肉体労働を重ねるしかなかった。退院のときまで、面会者はいなかった。どんな世界でも生きていくのは大変である。それは、被災地に限ったことではないかもしれない。しかし、想像を絶するほどの圧倒的な現実が、住民を覆っていた。この険しい日常がこの地を囲っていた。確かに震災など起こらなくとも、非日常はいかようにも日常の中に潜り込んでくる。小さなトラブルは常に起こっているし、大きなアクシデントだって、いつ発生するとも限らない。雷雨や突風、竜巻や台風、事件や事故など、明日、何があるか分からないのが、今の世の中である。しかし、偶発的にどんな災害が発生しようと、大きな事故が起ころうと、悲惨な事件が生じようと、当たり前だが、そのようなものに意味などない。余地や予見など、できようにもない。だから、私は、その瞬間までこの日常を続けるしかないであろうし、多くの人もそうであろう。それが“生きる”ということなのではないか。結果的にそこが自分に与えられた環境となり、ここで生きるしかないと覚悟したときに、人は初めて口惜しさとか、妬ましさとか、自分の邪悪さとか、罪深さとか、攻撃性とか、生きていくことを考える。偶然にも昨日は何事もなく、今日を、この瞬間を迎えることができた。だからといって、それがずっと続く保証もない。次には、新しい別の何かが非日常となって発生する。しかし、この些細な日常が剥ぎ取られて非日常を経験したとしても、絶望を感じたとしても、私たち庶民にできることは、次の日常が回復するまで、ひたすら昨日と同じ暮らしを続けるしかないのではないか。ここには、耐えている人たちが大勢いる。生きる意味を必死に探している人たちがいる。だから意味を追求しようとして取り組んでいる人たちや、強い使命感や合理性で行動している人たちを、もちろん否定するつもりはない。メディアや外部の人はそれを求めたがるし、その方がすっきりしていて分かりやすいのも事実である。インタビュアーたちは、私の“人道的使命感”だとか、“職業的責任感”だとか、“良心的義侠心”だとかいう回答を期待していたようだが、実際のところは、単なる興味や関心だけで、めぐり逢い、立ち入り、成るべくして成るように、たまたまたどり着いてしまった。そして私は、今、この現場にどういうわけか居合わせている。何の脈絡もなく、なんの因果もなくここにいる。ここで必要なのは合理性でも、論理性でも、ましてや理屈や道理でもなかった。ひたすら、丁寧に患者と対峙するだけの現実的日常だけであった。もしかすると、それが私にとっての、ここでの“意味”なのかもしれない。結局、私は何をしに来たのか。何がしたいのか。福祉や介護だとか、ネットワークだとか、生きがいや感動などと言っているが、もちろん、そうしたものを充実させたいし、実践していく心づもりはある。しかし、だからと言って、それらを極めたり、達せられたりできるとは思っていない。“システムとしての機能”のためには、長い長い年月をかけた成熟が必要である。出会いや思いつきや触発を繰り返していく中で、少しずつ周囲との協働が構築され、本質というか、意義というか、そういうものが自ずと見えてくるのではないだろうか。たとえ本質にたどり着けなくとも、その過程を何かに応用して、何か役に立つものとして実行できればそれでいいと思う。今の私の考察から考えると、できることは、結局そういうことなのかもしれない。

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中等度~高度AD患者にメマンチンは本当に有効か?―メタ解析結果より―

中等度~高度アルツハイマー型認知症(AD)に適応を有するメマンチンが日本でも承認され1年が経過した。Hellweg氏らはメマンチンの臨床効果を評価するため、メタ解析を実施した。Int J Geriatr Psychiatry誌2012年6月号掲載。9報のメマンチンによる臨床試験より抽出した中等度~高度AD患者2,506例における、認知症の進行遅延に対する効果をメタ解析により検討した。認知、日常生活動作(ADL)、臨床全般評価およびこれら3つすべて(トリプルレスポンス)を組み合わせた評価に関してオッズ比と信頼区間を変量効果モデルに基づいて分析した。主な結果は以下のとおり。 ・メマンチン治療群はプラセボ群と比較して有意な認知症の進行遅延を示した。・少数の患者で悪化がみられたが、いずれもメマンチン治療群でプラセボ群より有意に低かった。〔 認知:24.6% vs 36.2%(p

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75%が未治療!治療可能な筋疾患「神経内科医の積極的な診断を」

 第53回日本神経学会学術大会(5月22日~25日、東京国際フォーラム)における共催セミナー(ジェンザイム・ジャパン株式会社)にて、東北大学 青木 正志氏が「神経内科医が見過ごしてはいけない治療可能な筋疾患~遅発型ポンペ病診断のポイント~」と題して講演した。ポンペ病は小児の病気ではない「約60%が18歳以上で発症」 ポンペ病(糖原病II型)は酸性α-グルコシダーゼ(GAA)の欠損または活性の低下を原因とする希少疾患であり、発症時期により乳児型、小児型、成人型に分類される。これまでポンペ病は、乳児・小児の疾患だと捉えられがちであったが、62%の症例が18歳以上で発症していることが報告された。推定患者300人、しかし治療率は25%程度 わが国におけるポンペ病の患者数は約300人と推定されている。しかし、実際に治療を行っている患者は約75名にとどまり、多くの患者は未治療のままである。発症時期が遅い成人型ポンペ病では症状の進行が緩やかで、診断に至るまでに長い年月を要することも少なくない。ポンペ病は現在治療薬が発売されており、治療可能な疾患であることから、積極的な診断が求められている。簡便な診断方法を推奨「乾燥ろ紙血検査」 ポンペ病の診断では、酵素活性測定、筋生検、遺伝子検査などが実施されてきた。しかし、酵素活性測定は実施可能な施設が限られていることや、侵襲的な筋生検の実施を躊躇することなどから診断の遅れが懸念されていた。現在では、簡便かつ非侵襲的にGAA酵素活性を測定することのできる「乾燥ろ紙血検査」が行われるようになっている。乾燥ろ紙血検査であれば、産科・新生児室で用いられるマス・スクリーニング用ろ紙に全血を滴下し、測定可能施設へ郵送による検査依頼を行うことができる。現在、ろ紙血検査対応可能な施設は、東京慈恵会医科大学と国立成育医療研究センターの2施設である。ポンペ病を疑うポイント それでは、どのような患者でポンペ病を疑い、検査を行えばよいのだろうか。青木氏は「原因不明の血清CK値上昇、近位筋の筋力低下、呼吸筋の筋力低下のいずれか1つでもみられた場合には検査を実施すべき」という。ポンペ病は早期に治療を開始することで、症状や予後の改善はもちろんQOLの改善も期待できるため、できるだけ早期の診断を推奨している。そして、ポンペ病と診断された際には、唯一の治療薬であるアルグルコシダーゼ アルファ(遺伝子組換え)による酵素補充療法が有用であることを、いくつかの症例を交えて紹介した。

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中等度~高度のアルツハイマー型認知症に対するドネペジル+メマンチンの有効性・安全性の検討

Doody氏らは中等度~高度のアルツハイマー型認知症(AD)に対しドネペジル23㎎/日または10㎎/日を実施した大規模多施設試験に参加した患者に対し、メマンチンを併用した際の有効性および安全性を検討した。Dement Geriatr Cogn Disord 誌オンライン版2012年5月10日掲載の報告。24週の無作為化二重盲検比較試験のデータを事前に分析し、ドネペジルの用量をランダム化したうえでメマンチン投与の有無にて層別化した。有効性および安全性はドネペジルの用量ごとにメマンチンの併用の有無により評価した。主な結果は以下のとおり。 ・高度AD患者ではメマンチンの併用の有無にかかわらず、ドネペジル23㎎/日群で有意な認知機能への影響を示した(p

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神経内科医の注目が集まる「てんかん診療」高齢者のてんかん患者が増加!

第53回日本神経学会学術大会(5月22日~25日、東京国際フォーラム)における共催セミナー(グラクソ・スミスクライン株式会社)にて、産業医科大学 辻 貞俊氏が「高齢者てんかんについて」と題して講演した。高齢者てんかん患者は50万人以上てんかんは小児および若年者での発症が多い疾患である。一方、加齢に伴う中枢神経疾患は、高齢者におけるてんかんの新規発症の原因となる。高齢者のてんかんは若年者のものとは病態が異なり、若年者とは異なった治療が必要となる。わが国では急速な高齢化に伴って、このような高齢発症のてんかん患者が増えており、若年発症てんかん患者のキャリーオーバーともあいまって、高齢世代のてんかん患者が増加している。高齢者てんかん(65歳以上で発症)は対人口比2~7%と言われており、患者数は50万人程度と推定される。診断が難しい、高齢者てんかん高齢者てんかんは脳血管障害や脳腫瘍、認知症などを原因とする症候性てんかんである。約1/3は脳波が正常であり、鑑別診断が難しい。そのため、高齢者てんかんの特徴を理解し、診断・治療を行うことが求められる。中でも最も重要なのが「失神」である。失神は70歳以上の約23%が経験するともいわれている。また、神経疾患(TIA、TGAなど)、循環器疾患、代謝・内分泌疾患、睡眠時行動異常、心因性非てんかん性発作などとの鑑別を行う必要がある。高齢者てんかんの特徴は、・複雑部分発作、過運動発作が多い・約1/4は鑑別が難しく、診断できない(約1/3は脳波正常)・部分てんかん(側頭葉てんかん、前頭葉てんかんが大部分)が最も多い・二次性全般発作が少ないため見逃されている可能性が高い・発作後のもうろう状態が数時間~数日続くことがある・非特異的な症状(ボーとした状態、不注意、無反応など)が多い  などである。高齢者てんかんは抗てんかん薬単剤で奏功率約80%高齢者てんかんは診断が難しい側面はあるものの、薬物療法による奏効率は高く、比較的予後は良好である。ただし、再発率は高く、再発による患者の心理的負担を考慮し、初回発作時から薬物療法を開始することが推奨される。高齢者てんかんの薬物療法のポイントは以下のとおりである。・初回発作時から薬物療法を開始する・相互作用に注意し、少量から投与を開始する・米国ガイドラインでは部分発作の場合、合併症がなければカルバマゼピン、ラモトリギンの順、合併症があればレベチラセタム、ラモトリギンの順、全般発作の場合はラモトリギン、バルプロ酸の順で推奨されている・約80%は単剤にて効果が認められている(成人の投与量より少量)・海外データによると新規抗てんかん薬は発作軽減に有効である・長期にわたり治療を継続することが重要であるまとめ 高齢者てんかんが増加している現状を踏まえ、神経内科医によるさらなるてんかん診療の推進が求められる。また、発症後6年以上経過した認知症患者ではてんかん発作の発現率が一般の5~10倍に増加するともいわれており、注意が必要である。辻氏は「まずは、正確な診断、そして積極的な治療を行ってほしい」と締めくくった。(ケアネット 鷹野 敦夫)

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福島の医療現場から見えてきたもの

南相馬市立総合病院 神経内科小鷹 昌明 2012年6月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 ※本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会より許可をいただき、同学会のメールマガジンで配信された記事を転載しております。 2012年3月5日の福島県は、朝から雪だった。震災から1年が経とうとするこの日は、私が大学病院・准教授を退職してから初めて勤務する、市立病院への挨拶の日であった。私は郡山市のホテルから、浜通りまでの足をどう確保したらいいかを考えあぐねていた。病院事務に電話で尋ねたところ、「福島駅までは新幹線で行き、そこからタクシーを利用すればいい」との返答であった。関東の人間から見れば、「まさか」と思うような積雪量であったが、指示された方法は当たり前の交通手段だった。飯舘村を横切る阿武隈山中の県道は除雪されており、事務職員の言うように簡単に往訪を果たした。雪は小雨に変わり、降りしきる南相馬市の街並みは寒々しく、寂しかった。タクシー運転手と昼食を求めてレストランを探したが、オープンしている店はココスだけであった。のっけから不安を感じたが、病院の復興を願う院長・副院長の言葉は熱く、帰り際には事務職員一同が、立ってお辞儀をしてくれた。南相馬市の医療現場に行くことを打ち明けた数少ない知人の中で、私が福島県人からいただいた言葉は、『大学の現場の第一線で活躍されてきた先生が、被災地の医療機関にやって来てくれるということ、そのこと自体が“復興”であると感じました。今の福島には、先生のような明るさと勢い(すみません!)がとっても必要です。私は、「決意して来ました」と熱く語られる人の言うことよりも、「いや~、勢いだけで来ちゃって、やっちゃたかなぁ」と、笑って理由を話してくださった先生がとても好きになりました』という内容だった。正直、虚勢を張った部分もあるにはあったが、自分は期待され、注目され、勇気づけられた。これまでも何度か述べてきたように、私は、「より必要とされる現場に赴く」というシンプルな考察結果を得たので、この地を訪れたのだが、その一言がとても嬉しくて、嬉しくて、自分はこの土地でやっていけると思った。4月から本格的な勤務が始まった。そこには、一般診療科に混じって総合診療科や在宅診療科などが立ち上がっていた。14人いた常勤医は震災直後に一時期4人に減ったが、産婦人科医や小児科医が戻り、外科医も新たに加わり、現在15人に増えていた。いろいろなキャリアを積んだ医師が、いろいろな立場と役割とで、いろいろな働き方で働いていた。自分のやりたい理想の地域医療の実践を求めて、文字通り奮闘していた。それが実に快活というか、風通しが良いというか、気兼ねのない伸び伸びした雰囲気を感じた。意外にも、先輩医師の配慮からか、私の技術がすぐに求められるという状態ではなかった。すでに、非常勤にしろ、ボランティアにしろ、多くの医療者の支援が入っていた。私の診療すべき患者が外来に溢れているという状態では、けっしてなかった。ただ、半数近くの医師は、月単位、あるいは1年程度で移動していく派遣医師であった。もちろん、そうした応援はありがたいことではあったであろうが、短期的な支援しかできない医師では、患者の、延いては市民の信頼も定着していかないのではないか。慣れてきた頃に撤退しなければならないという、とても効率の悪い、綱渡り的な診療体制が続いていた。「今度新しく来た先生ですね。でも、また半年くらいで交代ですか」というような質問を、数人の患者から受けた。この病院で完結するような標準医療を提供するには、人の手はまだまだ足りなかった。隠さずに言うならば、医局でもっとも忙しそうで目立っている人は、それらの応援医師を束ね、もてなすとともに管理しなければならない、元気な“医局秘書”であった(秘書は仮設住宅にお住まいだった)。就任して1ヵ月、私は秘書より早く出勤することも、遅く帰宅することもなかった。南相馬市では、7万1千人いた人口が震災後に1万人にまで減少したが、現在4万6千人(3月末)に回復している。しかし、65歳以上の高齢者がそのうちの3割強を占め、仮設や借り上げ住宅での生活者は、合わせて2割にのぼる。被災地の中でも、原発問題を抱えるこの浜通りの疎外感は、おそらく特異的なものなのではないか。とにかく子供がいない。日曜日なのに公園に人がいない。だから、非常に静かであり、老人も、孫の“おもり”をする必要がない。高齢者は家に閉じ籠もりがちになり、支援の手が届かなければ、やがて“孤立死”が多発することは目に見えている。高齢化が加速度的に進行するこの地域の医療をどうしていけばいいのか。きれい事を言うならば、放射線被曝の低減は当たり前で、それに加えて雇用の確保、生活インフラの整備、教育、医療、福祉の充実、そして、文化的な暮らしを推進していかなければならない。経済や産業の停滞と、生活や文化の低下したこの土地に人が流入しないとしたら、市民は市民の力で支え合っていくしかない。現地でヘルパーを養成するとか、ケア・マネや介護士資格のある人に復帰してもらうとか、保健師にもっと権限を持たせるとか、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)をどんどん推進するとか、治療食をデリバリーするとか、NPOに業務を委託するとか、診療のサポートをすることはもちろんだが、職種を越えた“地域連携医療ネットワーク”の構築が急務だと感じた。南相馬市には、離散してどこでどうしているか分からない人たちが、まだまだたくさんいる。医療の提供側においても、子供を持つ母親の多くがこの土地を離れ、今では、医師よりも看護師や介護士不足の方が深刻である。このため市立病院では、4病棟のうち1病棟が稼働できないでいる。原発事故を契機に転院を余儀なくされた難病患者の多くも、病床不足で市内に戻れない。市に残った神経難病患者に、「もっとも厳しい状況は何か?」を尋ねてみた。「震災前は、デイ・ケアやショート・ステイを利用することができたが、他の土地でも働けるような健康な人たちがバラバラになってしまったので、福祉や介護を支える人が減ってしまった。これまでのサービスを受けられないので、家にいるしかない。しかし、その分、妻に大きな負担を強いてしまっていることが何より辛い」と話されていた。原発に対してストレートな怒りをぶつけるような人は、もうあまりいないし、津波被害の落胆を語る人も、それほど多くはない。そういう意味では、震災後のことを尋ねても、住人の気持ちはさまざまである。「もう、悲惨な過去ばかりを強調するのではなく、復興と再生なのではないか」という風潮と、「まだまだ多くの爪痕を残し、暗く沈んだ空気のままだ」という雰囲気とが交錯している。「復興に向けてがんばろう」と思っている人と、「なるようにしかならない」と思っている人とで、二分されているような気がする。つまり、「結構熱いが、肩の力は完全に抜けている」、そんな印象である。浜通りの人々にとっての海や大地というのは、単なる労働用地でも、物的資源でも、固定資産でもない。自分たちとは分離することのできない恵みや悦びの場であり、いわば共同のエリアである。そんな拠り所を奪われた人々の気持ちとは、一体どういうものなのか。自分の人生の再建に対して逡巡し、思案し、葛藤しているのが、今のこの土地における偽りのない、人々の姿なのではないか。「仮設は3年くらいしか住めない。土台作りもいい加減だからいつまでも住めるはずがない。東電の補償もいつまで続くか分からない。帰れるのか、それともここに新しい街を作るのか。それにしても、一体何が新しい生活なのだろうか?」という自問や、「飲んで食って寝るだけだから、楽と言えば楽だ」、「ここに居るしかないのだから諦めているというか、他に行くところもないから家に閉じ籠もっている」、「パチンコと散歩くらいしかやることないな」と打ち明けている住民に対して、何を届けていったらいいのか。「一夜にして解決できる」と凄んでいる説明や、「被災地に行ったら逆に励まされた」というような紋切り型の感動は、もう薄っぺらな言説にしか思えない。現状を目の当たりして、私は考えを是正せざるを得なかった。「何かを始めたい」と意気込んでは来たものの、“医療復興”というのは、システムを創造したり、パラダイムを変換したりすることではなかった。むしろ丁寧に修繕するとか、再度緻密化するとか、改めて体系化するとか、有機的に規模を拡大するとか、人を集めてそれらを繋ぐとか、そういうことが医療の復興であった。震災から1年が経過したこれからの時期は、言ってみれば救急処置を済ませた後の長い長いリハビリ期間である。“丸ごと刷新”とか、“そっくり改正”いうのではなく、手厚く手直しをしていくことである。復元とか修正とか補正とか綻びを繕うとか、そういうことである。だから私は、そういう場面を捉えたいと思っているし、データで示されないような事実を文章にして伝えたいのだが、そういうことは学術と一線を画する作業であり、学者からは一蹴されるに決まっている。医療の相手は一般の人々であるはずなのに、日本の医学界の中枢にいる人たちの対象は、やはり医師仲間であり、そんな仕事は間違ってもしない。であるからして、私のような医療の周辺にいる人間が言葉を置き換えて、分かりやすい事例を添えて“別の角度から見た医療”を、一般の方に説明しなければならない。そのためにも、直向(ひたむき)に自分というものを手がかりに思索し、自身の感じる違和を大切に、他者と向き合っていくつもりである。市立病院で展開されるであろう医療の現実を伝えていきたい。これが、私が福島に来たもうひとつの理由なのかもしれない。人が人に冷たくなれるのは、その土地に対して人間の出入りが多いときである。流動的な世界では、じっくり人間関係を組み立てることができない。「若い無知な人をじっくり育てる」とか、「老いた非力な人をゆっくり見守る」とか、あるいはまた、「傾いた商店を長い付き合いだから応援する」とか、「地元の特産品や伝統工芸を守ろう」とかいう気にならない。他人のために何かをするということは、想像するほど簡単なことではない。「人間は、自分で体験したことでないと分からない」と、つぶやいていた患者の言葉が引っ掛かる。支援者というのは、時として、当事者を置いてきぼりにして、自分が主役になろうとすることがある。だから、こういう状勢のときは、駆け回って何かをするのもいいが、本当はゆっくり話しを聞くところから始めなければならない。兎にも角にもゆっくり訴えを聞く。聞いて、見て、感じることである。そうした診療はとても地味な作業であり、根気が要る。あまりにも地味なので、「何もしていない」と思われるかもしれないが、新参者の私にできることは、結局、当面、取り敢えずは、人を好きになることぐらいしかなかった。『from FUKUSHIMA to our future』というようなニュアンスの言葉を、どこかしこで聞く。新しい生活に対して、「だいぶ落ち着いてきた」という声も確かに聞く。しかし、それは、やむを得ない選択肢の中での落ち着きであって、低位水準での安定であった。現実には、その土地に居るものにしか分からない、さまざまな葛藤が繰り広げられるであろう。昨年の夏に来たときよりも街の灯りは増えた。ココス以外にも、たくさん飲食店はあった。初めて暮らす潮風の街にも慣れつつある。そして、何よりも小雨の日でも寂しくなくなってきた。生活を立ち上げたばかりではあるが、何とかがんばれそうだ。この市立病院は、市民にとっての最後の砦であり、終着駅でもあった。そして、復興の拠点であり、シンボルであった。かろうじて津波の難を逃れた、市内でもっとも高い7階建てのこの巨塔は、医師4人、患者0人から奇跡的にも再建を果たしつつある。医療者たちの孤軍奮闘により、充分とはけっして言えないが、紛れもなく機能は保持されている。筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病など、進行するだけの疾患を扱う私のような神経内科医は、日々のメンテナンスの仕方を知っている。私は、己のそういう知識を応用して、この街の復興に役立てていくつもりである。

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認知症患者の興奮症状に対するメマンチンの効果を検討

アルツハイマー型認知症(AD)で多くみられる興奮症状は、患者の生活の質や介護者の負担に影響を与える。Fox氏らは中等度~重度のAD患者への有効性が示されているメマンチンの興奮症状に対する効果をプラセボ対照二重盲検比較試験にて検討した。本結果はPLoS One誌オンライン版に2012年5月2日掲載された。病院またはケアホームから抽出された臨床的に意義のある興奮症状を伴う認知症患者153例のうち、149例を対象にメマンチンとプラセボによる無作為化二重盲検比較試験を実施した。主要評価項目は6週目におけるコーエン・マンスフィールドagitation評価(CMAI)スコアの変化とした。また、副次的評価項目として12週目のCMAIスコア、6週目および12週目の神経精神症状尺度(NPI)スコア、臨床全般印象評価(CGI-C)スコアなどの変化とした。混合効果モデルによる解析。主な結果は以下のとおり。 ・主要評価項目である6週目のCMAIスコア変化は両群間で有意な差が認められなかった(-3.0; -8.3~2.2、p=0.26)。また、副次的評価項目である12週目のCMAIスコア、6週目または12週目のCGI-Cスコアおよび有害事象においても有意な差は認められなかった。・6週目および12週目の神経精神症状尺度(NPI)スコアの平均値において、メマンチン群で有意な改善が認められた(6週目:-6.9; -12.2~-1.6、p=0.012、12週目:-9.6; -15.0~-4.3、p=0.0005)。・メマンチン群ではプラセボ群と比較して認知機能の改善に関して有意であった。・認知症患者の軽度な興奮症状に対するメマンチンの効果については、まだ明らかではない。(ケアネット 鷹野 敦夫)

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第34回 日本血栓止血学会学術集会のご案内 会長の内山氏より

2012年6月7~9日に新宿のハイアットリージェンシー東京で第34回日本血栓止血学会学術集会が行われます。会長の内山真一郎氏より寄稿文をいただきました。是非ご覧ください。2012年6月7~9日に新宿のハイアットリージェンシー東京で第34回日本血栓止血学会学術集会を会長として主催致します。本学会のテーマは「血栓症への挑戦」です。血栓症は世界の死因の3割を占める人類最大の疾患です。私は日本人に最も多い血栓症である脳卒中を専門としていることから、このようなテーマを選びました。脳卒中、心筋梗塞、末梢動脈疾患といった動脈血栓症や、深部静脈血栓症や肺塞栓症といった静脈血栓症は、死亡や身体障害の主要な原因となっていることから社会的な関心も高く、このようなテーマを本学会で取り上げることは国民のニーズに答える意味でも意義が大きいと考えます。血栓症はあらゆる臓器の障害を生じることから、極めて多岐にわたる診療科が関与しており、学際的な疾患病態であるといえます。平成23年3月11日、我が国は未曽有の大震災に見舞われ、多くの人命が失われました。この東日本大震災では、震災後に血栓症による心血管死も多く発生したことが報じられています。そこで、本学術集会では、特別企画として「震災関連死と血栓症」について取り上げました。抗血栓薬は長い間、アスピリン、ワルファリン、へパリンの時代が続きましたが、近年、分子標的薬が次々と開発され、新規抗血栓薬が臨床現場でも使用されるようになり、抗血栓療法は新時代を迎えています。また、血管内治療も新たなデバイスが次々と開発され、著しい進歩がみられます。本学術集会では、基礎と臨床のクロストークによる活発な議論が展開され、日本発の多くのトランスレーショナルリサーチが芽生えるような契機となればと願っています。特別講演として、ミシガン大学のHassouna先生には抗リン脂質抗体症候群について、ボストン大学のHylek先生には新規抗凝固薬について、京都大学の江藤浩之先生にはiPS細胞研究の血栓止血領域への応用について講演をしていただきます。また、会長要望シンポジウムとして「脳動脈再開通療法の進歩」と題して、脳梗塞急性期治療に大変革をもたらそうとしている血管内治療を取り上げました。さらに、多くの教育講演、関連学会との合同シンポジウム、SPCシンポジウム、共催シンポジウムが予定されています。会場となるハイアットリージェンシー東京は、東京のどこからもアクセスが便利な新宿駅に近く、新宿駅周辺には無数のショップやレストランがあり、歓楽街の歌舞伎町も至近距離であり、学会と同時に国際都市東京のエンターテインメントも存分にお楽しみいただければと存じます。皆様の御来場を心よりお待ちしております。 第34回日本血栓止血学会学術集会会長 内山 真一郎東京女子医科大学医学部神経内科学講座主任教授

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在宅医療、ご関心ありますか?

今回の「医師1,000人に聞きました」、テーマは “在宅医療”。厚生労働省の方針により、2012年度から在宅・介護への支援策が大幅に拡充されることとなりました。市町村ごとに連携拠点を設け、スタッフの人件費を補助するなど、将来的な死亡者数の増加に向けて対応を進めるとのこと。既に在宅専門で開業されている方、ご自身のクリニックや中核病院で部分的に携わっている方など様々かと思いますが、先生はいかがお考えでしょうか?ということで今回は、在宅医療に対する関心や不安要素についてお尋ね!厚労省や家族、その他関係者に期待することなど、多数寄せられたコメントも必見です。結果概要はこちらコメントはこちら設問詳細在宅医療に対する先生方のお考えについてお尋ねします。1月30日の日本経済新聞によると厚生労働省は2012年度から在宅での医療・介護への支援策を大幅に拡充する。医療と介護サービスを一体提供するための連携拠点を2000カ所設けるほか、深夜の往診などの報酬を上げ、医師らが積極的に取り組むように促す。(中略)厚労省は12年度、地域の在宅医療の核となる連携拠点を現在の10倍の約100に増やす。在宅医療に積極的な病院や診療所などを拠点に選定。ケアマネジャーの資格を持つ看護師など、医療と介護の両方に詳しいスタッフの人件費を補助する。日本の死亡者数は20年後に現在より約40万人多い160万人程度まで増える見込み。厚労省はそれまでに連携拠点を各市町村で1カ所以上、計2000程度まで増やす方針だ。当初は予算措置で後押しするが、徐々に地域の医療関係者が自律的に進めるよう診療報酬などで促す。日本は1950年ごろには8割超の人が自宅で最期を迎えていたが、現在は12.4%。欧米より低く、その分、平均入院日数が米国の5倍、ドイツの3倍と長い。在宅の医療・介護が充実すれば、高齢者らが退院して自宅へ戻りやすくなる。長期入院が減り、病床不足の解消にもつながる。がん患者の自宅療養に備え、抗がん剤の調剤に必要な無菌室を整備し、地域の薬局が共同利用できるようにする。(後略)』とのこと。そこで先生にお尋ねします。Q1. 在宅医療に対する関心度をお聞かせください。在宅専門医療を行なっている/今後行いたいご自身のクリニックにて、外来診療と並行で在宅医療を行なっている/今後行いたい地域の中核病院にて、在宅医療に携わっている/今後携わりたい自分自身の患者さんで必要に迫られた場合のみ行なっている/今後行いたい在宅医療に携わることは考えていない(.Q1で 「在宅医療に携わることは考えていない」を選択された先生以外)Q2. 在宅医療を行なう、あるいは今後始める上で、障害もしくは不安に感じることがありましたらお選び下さい。24時間365日での対応が可能かどうか提携先病院との関係構築総合的な診療を行うこと患者、患者家族とのコミュニケーション多職種間でのコミュニケーション経営・報酬ご自身の時間(余暇)が減る可能性その他(         )Q3. コメントをお願いします(診療報酬の次回改定へのご意見、厚労省・勤務施設・メディアほか関係各所に期待すること、不安に感じること、患者から要望されること、既に行なっている方はご自身のご経験など、在宅医療に関することであればどういったことでも結構です)アンケート結果Q1. 在宅医療に対する関心度をお聞かせください。(.Q1で 「在宅医療に携わることは考えていない」を選択された先生以外)Q2. 在宅医療を行なう、あるいは今後始める上で、障害もしくは不安に感じることがありましたらお選び下さい。2012年5月7日(月)実施有効回答数:1,000件調査対象:CareNet.com医師会員結果概要『在宅医療に携わっている』『今後携わりたい』医師は全体の3割実施状況あるいは今後の意欲といった形で尋ねたところ、『在宅専門医療』で診療中あるいは実施したいとの回答は6.4%。在宅専門でなく外来診療と並行での形を希望する医師は、『自らのクリニック』10.4%、『地域の中核病院』14.0%となった。これらを合計した30.8%の医師が、現在在宅医療に携わっている、あるいは今後携わりたいと考えている結果となった。在宅医療を始める上での不安要素、最多は『24時間365日対応が可能かどうか』在宅医療に対し何らかの関心を持つ医師に、今後始める上で障害もしくは不安に感じることを尋ねたところ、74.5%の医師が『24時間365日対応』への不安を挙げた。次いで、患者急変時等に協力する『提携先病院との関係構築』47.0%、『自身の時間(余暇)が減る可能性』33.4%と続いた。24時間365日対応については、「複数の担当者で輪番できればかなりのことができる」といった意欲的な声も一部見られた。CareNet.comの会員医師に尋ねてみたいテーマを募集中です。採用させて頂いた方へは300ポイント進呈!応募はこちらコメント抜粋 (一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「付け焼き刃的な診療報酬改定では…。 本質的な問題として、医師の偏在や能力の検定、患者/患者家族及び、マスコミを含めた教育についての幅広い論議が必要であろう。 その内容として、実務担当している我々とすると、在宅で療養することは、先進的治療を行うことではなく、ケア中心の治療になるし、その過程で在宅での(想定内の)急変や看取りを行うことになる。今のように、何かあったらすぐに警察沙汰になる、マスコミの報道対象になる、といった風潮に対して、社会としてもっと成熟すべきである、といったことなど。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),50代,神経内科)「“在宅の医療・介護が充実すれば、高齢者らが退院して自宅へ戻りやすくなる”というのを、“高齢者がどこに住むのか”という都市計画から政府が組み上げて行かないと、抜本的な改革にならないし長続きしないと思う。」(勤務医(専門医志向),50代,外科)「複数の担当者で輪番するしかない!グループ化できればかなりなことができる。」(勤務医(総合医志向),60代,脳神経外科)「そもそも一人事業所で24時間対応などできません。在宅医療の前提がそうであるなら、現在可能な範囲でしている在宅診療から撤退するしかありません。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),50代,内科)「国が医療費削減を目指しているなら、方向性は間違っている。在宅医療には病院以上に費用がいるはず」(勤務医(専門医志向),40代,精神・神経科)「現在勤務している病院が在宅医療も行っています。しかし、日中の仕事であればよいのですが、夜間対応は本来の仕事に影響ありますので、控えさせていただきたいと思っています。 従って、夜間対応専門の医師に対する診療報酬を期待します。」(勤務医(専門医志向),50代,外科)「訪問診療の点数を上げられても、その点数で請求するとレセプトの平均点数が上がってしまい、厚生局の個別指導の対象となってしまう。また訪問診療は監査の対象となるため、事務処理が面倒である。点数は低くても事務的に楽な往診で請求しなければならない。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),50代,内科)「在宅死に関する、意識改革が無ければ、結局、病院での死から施設での死に代わるだけで、医療費負担が介護費負担に代わるだけになるのではと懸念を感じる」(勤務医(総合医志向),50代,外科)「24時間体制に対する報酬はしっかり考えてもらえないと踏みこめません。」(勤務医(今後開業を検討),40代,消化器科)「在宅メインで開業したいと考えているが、まだまだ報酬などの面で不透明なので、一抹の不安はある。」(勤務医(専門医志向),30代,救急医療科)「24時間対応するためのスタッフを雇用するための、継続した財政的支援をお願いしたい。」(勤務医(総合医志向),50代,内科)「診療報酬の少なさとコメディカルへの給与が不安」(勤務医(専門医志向),40代,外科)「かかりつけ医などのクリニックで診療する場合や、難病や重度障害者に対して拠点病院とかかりつけ医が協働する場合、さらに多職種が関わりカンファレンスを繰り返す場合などに、きめ細かく報酬を設定してもらいたい。」(勤務医(専門医志向),50代,神経内科)「名ばかりの在宅医療施設も多いと聞く。誠実にやっている医療機関の評価にも影響するので実績等の把握が必要。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),40代,消化器科)「現実に請求できるような点数設定にしてほしい。高額すぎると、地方では請求できない。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),50代,循環器科)「今でも不当に安い診療報酬しか付いていないので、まともに引き合うだけの報酬をつける気があるのかどうか、在宅診療が常態化、一般化しありがたみが薄れれば現れるであろうモンスターペイシェントなどが気がかりだ。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),40代,眼科)「報酬の欲しい開業医が手を挙げるだろうが、夜間、休日など自分が遊びたい時間は全部総合病院に丸投げするのが目に見えている。」(勤務医(専門医志向),40代,外科)「介護に携わる人に対する報酬が低すぎて、定着しないため、そうした方々の報酬体系を考えて頂きたい」(勤務医(今後開業を検討),40代,整形外科)「田舎の場合、訪問先どうしの距離が離れすぎていて移動時間ばかりかかって、採算が取れません。」(勤務医(総合医志向),30代,外科)「御家族の介護力が低下する中、在宅医療をフォローする地域の体制の整備が不十分なままで診療報酬による誘導がなされることはあるべき姿ではないと思われる。」(勤務医(総合医志向),40代,内科)「“病院にいるようなサービスは期待できないことを患者および家族に覚悟させる”覚悟が行政側にあるのか約束させるべき。 美辞麗句を並べて在宅を推進すると矛盾をすべて現場がかぶることになる。」(勤務医(総合医志向),50代,代謝・内分泌科)「在宅で看取るとおっしゃられていたご家族が急変時に混乱され方針を決定することの重要性を痛感した」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),50代,内科)「必要性は十分に認識しているが、設備の整った場所での診療にこだわりたいので、今は関心がありません。」(勤務医(総合医志向),50代,消化器科)「国の医療政策に関する説明を現場に丸投げせずに、患者及び国民に直接積極的な啓蒙をしてほしい。 ・実際に行った医療政策の検証結果およびその責任を明確に国民に示すべき。」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),40代,内科)「在宅診療をするには、その家まで行く時間が必要。それをどう効率化するか。また夜間専門の開業医・クリニックが合ってもいいかなと思います。」(勤務医(総合医志向),50代,精神・神経科)「急速な高齢化で、どんなに制度を充実させても、在宅で看ることができる家族がいる場合の方が少ないように感じます。現実には在宅医療ができる家族は少ないと思います。」(勤務医(専門医志向),50代,外科)「今後、団塊世代の高齢化を控え、病院だけで支えることは困難。在宅による医療の必要性を感じています。」(勤務医(今後開業を検討),30代,その他)「都市部と地方で同じシステムの構築は難しいと思うのですが…。」(勤務医(総合医志向),40代,内科)「在宅ケアは理想的ですが、痴呆・寝たきり状態の様な患者は、家族の犠牲が大きすぎる。高齢者の対する検査・治療の制限も必要」(勤務医(専門医志向),50代,泌尿器科)「在宅医療が輪番制など医師の個人負担の軽減が肝要」(勤務医(総合医志向),50代,呼吸器科)「個人経営の医院で24時間365日対応は不可能であり、結果、地域の病院に対応をお願いする事になってしまうと考えます。」(勤務医(専門医志向),40代,消化器科)「老人ホームが多くありますが、ナースがいても些細な事でも全て主治医に電話で指示を仰ぐような指導がなされているところも多いです。往診そのものよりも、書類の多さや電話対応などを減らすことができれば中身の濃い往診を多数こなせるのではと思います。」(勤務医(総合医志向),30代,内科)「自分は向いていないと思うが、在宅に携わってくださる先生が多い地域は中核病院としても非常に助かり、かつトラブルも少ない。ぜひ押し進めていただきたい。」(勤務医(専門医志向),40代,消化器科)「懸念事項 ・患者さんを自宅で看取るというご家族の覚悟が あるのか、 ・在宅医療への過度な期待はないか、 ・在宅医療に何を求めるのかをきちんと患者さん 側が見据えているか」(勤務医(今後開業を検討),50代,精神・神経科)「在宅は、家族、しかも、主に女性を介護という終わりの見えない苦行に向かわせるだけのものにすぎない。自宅で過ごせる幸いな高齢者がどれだけいるというのだろう。それを推進する意図が何であるのか、まったく理解できない。」(勤務医(専門医志向),30代,救急医療科)「中核病院が遠方の、田舎の診療所では、いやでも在宅医療を行わなくてはならない。」(開業医(訪問診療の実施を掲げている),60代,内科)「家族の意欲が最も重要で、自宅の物理的な状況、家族を支援する力が大事だと思います。 また、在宅での主役は本人のはずですが、実際には家族が気持ちよく介護できるかどうか、が最重要課題だと思いますので、家族が主役だろうと考えています。 その家族を引き立てるために、医師は縁の下で支える程度で良いのだろうと思います。」(勤務医(総合医志向),40代,リウマチ科)「可能な限り対応したいとは思っているが、現在でもほぼ自由な時間がないほど多忙なため、現実的に行えない。在宅対応の医師を雇わないと難しい」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),50代,泌尿器科)「結局連携体制とって協力しない方、施設も多く自分が他の 連携医の深夜帯の仕事をせざるを得ず、燃え尽きた経験があるので自分の出来る範囲でしている。」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),40代,内科)「何時呼ばれるかわからない状態での在宅診療を一人で行う事が不安です。夜もおちおち眠れません。日中は外来があります。」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),50代,外科)「1人の医師に責任が重いシステムなため、出来れば携わりたくない。」(勤務医(専門医志向),40代,精神・神経科)「環境整備がないと(交代制など)ないと疲弊するのでは?」(勤務医(専門医志向),40代,外科)「一人で365日は不可能。と言ってなかなか仲間は見つけられない。」(勤務医(専門医志向),60代,腎臓内科)「希望の無い仕事はしない」(勤務医(専門医志向),50代,皮膚科)「亡くなる人は増えるが、拠点の定員は満たされず、かえって医師不足が加速すると考える。」(勤務医(専門医志向),40代,精神・神経科)「在宅医療は時流だと思います。自宅で看取られたいのは、心情として理解できます。」(勤務医(総合医志向),40代,内科)「クリニックで行うときには、グループで夜間や休日の対応をシェアすることが不可欠と思う。また病院の場合、医師や看護師等は、複数で対応できるような人員確保が必要。」(勤務医(総合医志向),50代,小児科)「高齢者が多い中、家族の協力が得られないケースが多いように見受けられます。人任せ、といったところでしょうか?まず、家族が受け入れることのできる体制、あるいは、家族が受け入れてやっていくんだという体制を時間がかかってでも行わなければ、今のままでは医療体制は崩壊すると感じています。厚生省が動きだすのが遅すぎです!」(勤務医(総合医志向),30代,外科)「バス運転手には休みを取らせる義務があるのに、医者には休みを取らせないのか、国民も政府も矛盾を感じないのか。」(勤務医(総合医志向),50代,脳神経外科)「診療サイドには加算がついたけれども、在宅介護をする家族には解決しなければいけない多数の問題が残存している。この解決に乗りださなければ、根本的推進にはならない」(勤務医(総合医志向),50代,内科)「在宅での看取りを完遂することには、多くのハードルがあり、結局最後は病院に搬送されてくるケースが多い。往診医による見取りをぜひ進めていただきたい。また、これとは別に家族の受け入れが悪くなっている時代の流れがあり、なかなか在宅療養が進まないのが現実である。」(勤務医(今後開業を検討),50代,内科)「何かというと医療訴訟になってしまう昨今において、在宅でお看取りした後に、些細なことで訴えられてしまう可能性があるのではないか。」(勤務医(専門医志向),40代,代謝・内分泌科)「最新医療をやっていきたい」(勤務医(専門医志向),40代,循環器科)「金をかけずに(開業医等の善意に期待して)入院患者を減らそうという目論見で到底納得できない。満足の得られる医療を提供しようと思うのであれば、それ相当に金をかけるべき。」(勤務医(専門医志向),40代,小児科)「個人に負担がかからないか心配です。チーム医療の中で考えないと難しいと思います。」(勤務医(今後開業を検討),50代,呼吸器科)「受け入れ先の病院の確保が一番問題。受け入れ拒否することもあるので。」(開業医(外来のみ/外来に加えて必要に迫られた場合のみ往診),40代,内科)「今後、在宅医療は必要となることは必須であり、関わりたいとは考えますが、本院でも、医師不足が深刻であり、日常の診療にも支障が生じており、在宅医療を考えることすら、困難な状況です。」(勤務医(専門医志向),40代,消化器科)「自宅で臨終を迎えるようにするという方針は間違っていないと思うが、総合内科的な技量を持った医師を育てないと、患者家族への押し付けに終わってしまいそう。」(勤務医(総合医志向),40代,小児科)「24時間拘束のようになりはしないか、不安がある。」(勤務医(今後開業を検討),50代,内科)「重症心身障害児(者)医療を行っている。在宅重症心身障害児(者)のケアをやらねばと考えてはいるが、医師数・ナース数からして無理であり、悩んでいる。」(勤務医(専門医志向),60代,小児科)「在宅の件数を増やせば毎日夜の対応に追われて身体が持たない。在宅もインターネットの情報が氾濫して無理な要求をしてくる家族も多く不安である。」(勤務医(総合医志向),50代,循環器科)「介護を必要とする人をまとめたほうが経済的。無理して在宅にする必要はない。」(勤務医(専門医志向),60代,外科)「入院が必要な患者が在宅医療になってしまうことを危惧しています。」(勤務医(総合医志向),50代,小児科)「個人的には在宅医療は必要であるとは考えますが、自分が携わるつもりは今の所ありません。 在宅もいいのですが、大規模で比較的安い値段の施設は作れないものでしょうか? 在宅で介護している方をもっと社会に出したほうが経済的にいいような気がするのですが… 家族が過度な期待をしないように(やがてはモンスター化するでしょうから)説明をしないといけないでしょうね。」(勤務医(専門医志向),30代,脳神経外科)「無理な患者まで退院させて在宅にならなければいいが。」(勤務医(総合医志向),50代,基礎医学系)「小児における在宅医療には問題が山積みなため、今後は高齢者のみならず小児における検討を望む(NICU退院者や脳症、髄膜炎後遺症の寝たきり患者などニーズは多いので)」(勤務医(専門医志向),40代,小児科)「患者家族に在宅を勧めることが大変に感じます。」(勤務医(総合医志向),40代,小児科)「血液内科医として専門性を高めた医療を行いたいと考えているため。血液内科と在宅医療はなかなかリンクが難しい。 ただし、輸血などが在宅で行えることが望ましいと考えているため、一部血液内科でQOLを維持するために輸血を行える在宅医がいるとよいと思う。」(勤務医(専門医志向),20代,血液内科)

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戸田克広先生「「正しい線維筋痛症の知識」の普及を目指して! - まず知ろう診療のポイント-」

1985年新潟大学医学部卒業。現在、廿日市記念病院リハビリテーション科勤務。2001年1月~2004年2月までアメリカ国立衛生研究所に勤務した際、線維筋痛症に出会い、日本の現状を知る。帰国後、線維筋痛症を中心とした中枢性過敏症候群などの治療にあたっている。日本線維筋痛症学会評議員。著書に『線維筋痛症がわかる本』(主婦の友社)。線維筋痛症の現状先進国の線維筋痛症(fibromyalgia : FM)の有病率はわずか2%だが、グレーゾーンを含めると約20%になる。そのため、患者数が多いと予想される。また、先進国や少なくない非先進国ではFMは常識だが、日本ではまだよく知られていない。この疾患特有の愁訴を訴える患者さんを、プライマリ・ケア医や勤務医が診察する機会が多いと予測される。今回、FMの標準的な診療について、正しく理解していただくために診療のサマリーと診療スライドを公開させていただく。よりよい治療成績を求めることが臨床医の努めと考えているので、是非実践していただきたい。線維筋痛症の疫学・病態画像を拡大する腰痛症や肩こりから慢性局所痛症(chronic regional pain: CRP)や慢性広範痛症(chronic widespread pain: CWP)を経由してFMは発症するが、それまで通常10~20年かかる(図1)。FMの有病率は先進国では約2%、FMを含むCWPの有病率は約10%、CRPの有病率はCWPのそれの1-2倍である*1。FMの原因は不明だが、中枢神経の過敏状態(中枢性過敏)が原因であるという説が定説である*1。中枢性過敏によって起こった中枢性過敏症候群(central sensitivity syndrome)にはうつ病、不安障害、慢性疲労症候群、むずむず脚症候群などが含まれるが、FMはその代表的疾患である(図2)。画像を拡大する女性がFM患者の約8割を占める。未就学児にも発生するが、絶対数としては30歳代~60歳代が多数を占める。線維筋痛症の症状全身痛、しびれ、疲労感、感覚異常(過敏や鈍麻)、睡眠障害、記憶力や認知機能の障害などいわゆる不定愁訴を呈する。中枢性過敏症候群に含まれる疾患の合併が多い。痛みや感覚異常の分布は神経分布とは一致せず、痛みやしびれの範囲は移動する。天候が悪化する前や月経前後に症状がしばしば悪化する。症状の程度はCRP<CWP<FMとなる(図1)。線維筋痛症の検査・診断(2012年1月30日に内容を更新)画像を拡大する圧痛以外の他覚所見は通常存在せず、理学検査、血液検査、画像検査も通常正常である。従来はアメリカリウマチ学会(ACR)による1990年の分類基準(図3)が実質的に唯一の診断基準となっていたが、2010年(図4)*2と2011年*3に予備的診断基準が報告された。ACRが認めた2010年の基準は臨床基準であり、医師が問診する必要がある。ACRが現時点では認めていない2011年の基準は研究基準であり、医師の問診なしで患者の回答のみでも許容されるが、患者の自己診断に用いてはならない。2011年の基準は2010年の基準とほぼ同じであるが、「身体症状」が過去6カ月の頭痛、下腹部の痛みや痙攣、抑うつの3つになった。共に「痛みを説明できる他の疾患が存在しない」という条件がある*2、*3。1990年の分類基準は廃止ではなく、使用可能である*2、*3。CRPやCWPにFMと同じ治療を行う限り、FMの臨床基準には存在意義がほとんどない。どの診断基準がどのくらいの頻度で、どのように使用されるのかは現時点では不明である。画像を拡大する1990年の分類基準によると、身体5カ所、つまり、左半身、右半身、腰を含まない上半身、腰を含む下半身、体幹部(頚椎、前胸部、胸椎、腰部)に3カ月以上痛みがあり、18カ所の圧痛点を約4kgで圧迫して11カ所以上で患者が「痛い」といえば他にいかなる疾患が存在しても自動的にFMと診断される*1(図3)。つまり、圧痛以外の理学検査、血液検査、画像検査の結果は、診断基準にも除外基準にもならない。通常、身体5カ所に3カ月以上痛みがあれば広義のCWPと、CWPの基準を満たさないが腰痛症のみや肩こりのみより痛みの範囲が広い場合にはCRPと診断される。FMとは異なり他の疾患で症状が説明できる場合には、通常CRPやCWPとは診断されない。~~ ここまで2012年1月30日に内容を更新~~従来の基準を使う限り、FMには鑑別疾患は存在しないが、合併する疾患を見つけることは重要である。従来、身体表現性障害(疼痛性障害、身体化障害)、心因性疼痛、仮面うつ病と診断されたかなりの患者はCRP、CWP、FMに該当する。線維筋痛症の治療(2012年7月24日に内容を更新)画像を拡大する世界ではCWPに対して通常FMと同じ治療が行われており、CRPやCWPにFMと同じ治療を行うとFM以上の治療成績を得ることができる*1。FMの治療は肩こり、慢性腰痛症、慢性掻痒症、FM以外の慢性痛にもしばしば有効である。他の疾患を合併している場合、一方のみの治療をまず行うのか、両方の治療を同時に行うのかの判断は重要である。FMの治療の基本は薬物治療と非薬物治療の組み合わせである。非薬物治療には認知行動療法、有酸素運動、減量、禁煙(受動喫煙の回避を含む)、人工甘味料アスパルテームの摂取中止*4が含まれる(図5)。鍼の有効性の根拠は弱く高額であるため、週1回合計5回行っても一時的な効果のみであれば、中止するか一時的な効果しかないことを了解して継続すべきである。薬物治療の基本は一つずつ薬の効果を確認することである。一つの薬を少量から上限量まで漸増する必要がある。効果と副作用の両面から最適量を決定し、それでも不十分な鎮痛効果しか得られなければ次の薬を追加する。上限量を1-2週間投与しても無効であれば漸減中止すべきで、上限量を使用せず無効と判断してはならない。メタ解析や系統的総説により有効性が示された薬はアミトリプチリン〔トリプタノール〕、ミルナシプラン〔トレドミン〕、プレガバリン〔リリカ〕、デュロキセチン〔サインバルタ〕である*1、4。二重盲検法により有効性が示された薬はガバペンチン〔ガバペン〕、デキストロメトルファン〔メジコン〕、トラマドールとアセトアミノフェンの合剤〔トラムセット配合錠〕などである*1、4。ノルトリプチリン〔ノリトレン〕は体内で多くがアミトリプチリンに代謝され、有効性のエビデンスは低いが実際に使用すると有効例が多い。ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液〔ノイロトロピン〕、ラフチジン〔プロテカジン〕は対照群のない研究での有効性しか示されていないが、有効例が多く副作用が少ない。抗不安薬はFMに有効という証拠がないばかりか常用量依存を引き起こしやすいため、鎮痛目的や睡眠目的で使用すべきではない*1、4。また、ステロイドが有効な疾患を合併しない限りステロイドはFMには有害無益である*1。非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は通常無効であるが、個々の患者では有効なことがある。個々の薬物の有効性のレベルは文献*1、4を参照していただきたい。論文上の効果や副作用、私自身が経験した効果や副作用、費用の点を総合的に考慮した私の個人的な優先順位は〔ノイロトロピン〕、アミトリプチリン、デキストロメトルファン、ノリトレン、メコバラミンと葉酸の併用、イコサペント酸エチル、ラフチジン、ミルナシプラン、ガバペンチン、デュロキセチン、プレガバリンである。これには科学的根拠はないが、薬物治療が単純になる。不都合があれば各医師が優先順位を変更すればよい。日本のガイドラインにも科学的根拠がないことはガイドラインに記載されている*5。筋付着部炎型にステロイドやサラゾスフファピリジン〔アザルフィジン〕が推奨されているが、それらはFMに有効なのではなくFMとは別の疾患に有効なのである。肺炎型FMに抗生物質を推奨することと同じである。線維筋痛症の治療成績画像を拡大する2007年4月の時点で3カ月以上私が治療を行った34人のFM患者のうち薬物を中止できた人は5人(15%)、痛みが7割以上改善した人が4人(12%)、痛みが1割以上7割未満改善した人が17人(50%)、不変・悪化の人が8人(24%)であった*1。CRPやCWPにFMとまったく同じ治療を行えば、有意差はないがFMよりはよい治療成績であった*1(図6)。※〔 〕内の名称は商品名です文献*1 戸田克広: 線維筋痛症がわかる本. 主婦の友社, 東京, 2010.*2 Wolfe F, Clauw DJ, Fitzcharles MA et al: The American College of Rheumatology preliminary diagnostic criteria for fibromyalgia and measurement of symptom severity. Arthritis Care Res (Hoboken) 62: 600-610, 2010. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20461783*3 Wolfe F, Clauw DJ, Fitzcharles MA et al: Fibromyalgia Criteria and Severity Scales for Clinical and Epidemiological Studies: A Modification of the ACR Preliminary Diagnostic Criteria for Fibromyalgia. J Rheumatol 38: 1113-1122, 2011. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21285161*4 戸田克広: エビデンスに基づく薬物治療(海外の事例を含む). 日本線維筋痛症学会編, 線維筋痛症診療ガイドライン2011. 日本医事新報, 東京, 2011; 93-105.*5 西岡久寿樹: 治療総論. 日本線維筋痛症学会編, 線維筋痛症診療ガイドライン2011. 日本医事新報, 東京, 2011; 82-92.質問と回答を公開中!

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戸田克広 先生の答え

麻薬の使用法治療としていわゆる麻薬はどのような状況、症状の時に使うべきなのでしょうか。また、投与中止はどのようにおこなうべきでしょうか。非癌性慢性痛に麻薬を使用することは依存を引き起こすのではないかと危惧する意見があります。しかし、痛みがある患者さんに適切に使用する限りは、依存は起こらないと考えられています。後者の仮説には明確なデータはないため麻薬の使用は慎重におこなうべきです。しかし、適切な治療を1年以上おこなっても鎮痛効果が不十分な場合や、初診時に激烈な痛みがあり、自殺の恐れがある場合には麻薬を使用してもよいと思います。喫煙者などの物質依存者や約束を守らない人格と判断される場合には麻薬を使用しないことが望ましいと思います。モルヒネには「天井効果がないため上限量はない」という考えもありますが、「200mg / 日を超える場合にはさらに十分な評価が必要」という意見もあります。ペインクリニック専門医ではない場合には200mg / 日を超えるモルヒネは査定される可能性が高いという非公式の制度があるため注意が必要です。ブプレノルフィン、ペンタゾシンは使用すべきではありません。トラマドール塩酸塩〔トラムセット〕またはコデイン、モルヒネ、フェンタニル〔デュロテップパッチ〕の順で使用することが一般的です。モルヒネは薬価が高いため、1回量が20mgになれば薬価の安い散剤にした方が良いと思います。麻薬が有効な場合、その他に有効な薬を見つけて麻薬を減量または中止する努力が必要です。減量とは1回量の減量であって、投与間隔を延長してはいけません。モルヒネであれば1回量を2-4週間ごとに10mgずつ減量し、痛みが悪化すれば再び増量することが望ましいと思います。※〔 〕内の名称は商品名です 中枢性過敏についてこの概念と定義はどなたが提唱したものなのでしょう。概念をもう少し詳しくお聞かせください。御多忙中とは存じますが、どうぞ宜しくお願いいたします。Woolfが中枢性過敏(central sensitization: CS)を提唱しました。CSにはさまざまな定義があります。Woolfは「侵害受容刺激により中枢の侵害受容経路のシナプス効果と興奮性が長期間ではあるが可逆的に増加すること」と定義していますが、国際疼痛学会は「正常あるいは閾値下の求心性入力に対する中枢神経系内の侵害受容ニューロンの反応性の増加」と定義しています。私は次のように考えています。侵害受容性疼痛や末梢性神経障害性疼痛という痛み刺激のみならず、精神的ストレスなどの刺激が繰り返し脳に送られ続けると、中枢神経に機能障害が起こってしまいます。機能障害ではなく器質的障害なのかもしれませんが、現時点の医学レベルではよくわかっていません。中枢神経に機能障害が起こるとさまざまな刺激に対して過敏になり、痛みを感じない程度の刺激が中枢神経に入っても痛みを感じさせてしまいます。また、中枢神経に起こった機能障害の部位そのものが痛みなどの症状の原因になる、つまり機能障害の部位から痛みなどの情報が流れてしまうと推測しています。一方、Yunusが中枢性過敏症候群(central sensitivity syndrome: CSS)を提唱しました。CSSの主な原因はCSと推測されています。CSは主に痛みに関する理論ですが、CSSには痛みを主訴とするFM以外にも、慢性疲労症候群、異常感覚を主訴とするむずむず脚症候群、化学物質過敏症、うつ病、外傷後ストレス障害なども含まれます。CSSの代表疾患の一つがFMなのです。CSは日本でも知られていますが、CSSはFM以上に日本では知られていません。CSSに含まれる疾患は定まっていません。不安障害、皮膚掻痒症、機能性胃腸障害、更年期障害、慢性広範痛症、慢性局所痛症などもCSSに含まれると私は考えています。(日本医事新報No4553, 84-88, 2011)FMの症状について口の中が痛くて、硬いものがかめない症状や、下肢痛があり車や電車に乗ると悪化するような症状はFMに該当するでしょうか?口の症状はFMの症状です。FMでは身体のどこにでもアロジニア(通常痛みを引き起こさない程度の刺激により痛みが起こること)が起こります。口腔内にそれが起これば、硬いものをかめない症状が生じます。口の症状のみがある場合には舌痛症と診断すべきかもしれませんが、舌痛症はFMの部分症状と考えることも可能です。自動車や電車に乗ると下肢痛が悪化すると訴えるFM患者を私は知りませんが、FMの症状と考えても矛盾はありません。FMでは、歩行時より下肢を動かさない状態の時に痛みが強い場合が多いからです。自動車や電車に乗ると下肢痛が悪化する場合には、むずむず脚症候群の可能性もあります。むずむず脚症候群では歩行時よりも安静時に下肢のむずむず感が強くなるため、自動車や電車に乗るとそれが強くなる場合があります。むずむず感などの違和感を痛みと表現する患者さんもいます。FMとむずむず脚症候群はしばしば合併するため注意が必要です。者の性差について患者で女性が8割を占める理由について病態の解明は進んでおりますでしょうか。現在わかっている範囲でお教えください。FMの原因は脳の機能障害という説が定説ですが、厳密にはわかっていません。そのため、女性が8割を占める理由も当然わかっていません。FMの原因解明が進めば、その理由もわかるのではないかと期待しています。FMを含むFMよりも広い概念の慢性広範痛症においては双子を用いた研究により半分が遺伝要因、半分が環境要因と報告されています。性ホルモンはFMに影響を及ぼす要因の一つと考えられています。ただし、性ホルモンは遺伝子により大きな影響を受けるため、性ホルモンの差と遺伝子の差を厳密に区別することは困難です。なお、FM患者の中で女性と男性でどちらの症状が強いかに関しては、男女差はないという報告、女性の症状が強いという報告、男性の症状が強いという報告があり、何ともいえません。治療選択について非薬物療法を患者さんが選択し、希望する場合、一番効果的なものはどれでしょうか。先生の私見でも結構ですのでご教示願えますか。非薬物療法の中では禁煙、有酸素運動、認知行動療法、温熱療法、減量、患者教育が有用です。激しい受動喫煙を含めた喫煙者では、禁煙が一番有効と考えていますが、非喫煙者では有酸素運動が一番有効と考えています。患者本人の喫煙継続は論外ですが、間接受動喫煙防止のため配偶者には禁煙、その他の家族には屋外喫煙が必要です。有酸素運動は、技術や人手が不要、安価で、誰でもできるという長所があるため、非喫煙者では最も有効と考えています。散歩や水中歩行のみならずヨガ、太極拳も有効です。歩行すると痛みが悪化する人では、深呼吸で代用も可能です。安静が有効な場合もありますが、これは痛みが起こらない程度の安静を保つことを意味するのであって、過度な安静は逆に有害です。痛みに対する認知行動療法は、論文上有効なのですが、実際に何をすれば良いのかよくわからないこと、適切な治療を行う施設が少ないこと、費用が高いことが欠点です。欧米を中心にしたインターネットによる調査では約8%の人しか認知行動療法を受けておらず、患者さんが自己評価した有効性もあまりよくありませんでした。温熱療法には、温泉療法、温水中の訓練、遠赤外線サウナ、近赤外線の照射などが含まれます。FMは心因性疼痛ではなく、恐らく脳の機能障害が原因であろうことの説明や痛いときには無理をしないことの説明などが患者教育です。星状神経節ブロックを含む交感神経ブロックが有効という根拠はありません。対照群のない研究では鍼は有効なのですが、適切な対照群のある研究では鍼の有効性が証明されていません。交感神経ブロックも鍼も、5回行って一時的な鎮痛効果しかなければ、それ以上継続しても一時的な効果しかないと私は考えています。トリガーポイントブロックの長期成績は不明です。非薬物治療は組み合わせて行うことが望ましく、さらに言えば、非薬物治療は薬物治療と併用することが望ましいと報告されています。線維筋痛症の患者とうつ病同症の患者では精神疾患(特にうつ病)を併発されている方も多いと聞きます。その場合のケアと薬剤の処方のポイントについてご教示ください。抑うつ症状あるいはうつ病に痛みが合併した場合、痛みはうつ病の一症状であるという理論は捨てる必要があります。痛みと、抑うつや不安症状は対等の症状と見なすことが重要です。FMとうつ病(または不安障害)が合併した場合、当初はより重症な症状のみを治療することをお勧めします。一方の症状がある程度軽減した後に、他方の症状を治療した方が治療は容易です。抗うつ作用がまったくない薬で痛みが軽減しても、抑うつ症状が軽減することはありふれたことです。しかし、両症状とも強い場合には、両方を同時に治療せざるを得ないこともあります。その場合には抑うつ症状に対する治療と、痛みに対する治療は分けた方がよいと思います。SSRIと短期間の抗不安薬を抑うつ症状に対する治療と考え、その他の薬は痛みに対する治療と考えた方がよいと思います。三環系抗うつ薬とSNRIは抑うつにも痛みにも有効ですが、痛みのみに有効と見なし、抑うつがついでに軽減すれば「儲け物」という程度に考えた方がよいと思います。なお、三環系抗うつ薬では鎮痛効果を発揮する投与量より抗うつ効果を発揮する投与量の方が多いのですが、SNRIでは両効果を発揮する投与量は同程度です。SSRIも痛みに対する薬も通常漸増する必要があります。それらを同日投与や同日増量すると副作用が生じた場合に、原因薬物の特定が困難になる場合があります。そのため、投与開始や増量は少なくとも中2日は空けたほうがよいと思います。抗不安薬は、SSRIが抗うつ効果や抗不安効果を発揮するまでの一時しのぎとして抗不安薬を使用すべきです。抗不安薬を半年以上投薬する場合には、転倒や骨折の増加、運動機能の低下、理解力の低下、認知機能の低下、抑うつ症状の悪化、新たな骨粗鬆症の発症、女性での死亡率の増加を説明する必要があります。抗不安薬を半年以上使用すると常用量依存が起こりやすく、その場合中止が困難になります。薬物療法とガイドライン解説の中で薬物療法について「ガイドラインでは科学的根拠がない」と記されていますが、近々に発表される、または欧米のものが翻訳される見込みはございますか。教えていただける範囲でお願いします。「線維筋痛症のガイドライン」は、アメリカ、ドイツ、ヨーロッパ、カナダ、スペインから発表されています。日本語に翻訳されて発表される見込みは現在不明です。日本のガイドラインの改訂版は今後発表される予定ですが、いつになるのか未定です。アメリカ、ドイツ、ヨーロッパのガイドラインは各治療方法の有効性のエビデンスを記載しています。カナダのガイドラインはエッセイ様式です。スペインと日本のガイドラインはサブグループに分けています。スペインのガイドラインは修正デルフィ法(参加者の匿名のアンケートとそれに対する評価を繰り返し一つの結論を出す方法)によりGieseckeらの分類方法を採用しています。日本のガイドラインの最大の特徴はFMをサブグループに分けて、サブグループごとに治療方法を変える点です。世界では、FMのサブグループ分けは多くの研究者により行われています。痛み、抑うつ状態などのさまざまな指標により得られたデータによりサブグループ分けが行われていますが、報告により異なるサブグループに分けられています。ただし、日本のガイドラインに含まれる「筋付着部炎型」は私が知る限り、報告された分類方法のどのサブグループにも存在しません。また、前回と今回の日本のガイドラインでは同じサブグループの推奨薬物が異なっていますが、その変更の根拠が記載されていません。「分類の根拠、およびサブグループごとに推奨する薬物が異なる根拠は論文化されていない」由が、今回のガイドラインに記載されています。日本のガイドラインでは各執筆者は自分自身の執筆した部分のみに責任を持つことも特徴の一つです。睡眠薬との関連痛みがひどくて眠れない患者さんに睡眠薬を処方することもあるかと思います。その場合、注意する点などご教示ください。FMに限らず、痛みのために不眠の患者さんの睡眠改善目的にまず処方する薬は、睡眠薬ではなく鎮痛薬です。もちろん非ステロイド性抗炎症薬ではなく神経障害性疼痛に対する鎮痛薬です。鎮痛薬が主で、睡眠薬は従の関係です。当初は睡眠薬を処方せず、鎮痛薬を私は処方しています。三環系抗うつ薬、ガバペンチン〔ガバペン〕、プレガバリン〔リリカ〕は鎮痛効果が強い上に、眠気の副作用が強いのでその副作用を睡眠改善に使用することも可能です。しかし、眠気の副作用がほとんどないワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液〔ノイロトロピン〕やデキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物〔メジコン〕により痛みが改善すれば、結果的に睡眠が改善することもあります。FMの不眠に有効な睡眠薬はゾピクロン〔アモバン〕、ゾルピデム酒石酸塩〔マイスリー〕ですが、副作用報告の少ないゾピクロンを私は優先使用しています。FMの睡眠障害に対して抗不安薬を使用することは避けるべきです。常用量依存を作りやすいからです。特に、作用時間が短く抗不安作用が強いため常用量依存を作りやすいエチゾラム〔デパス〕を睡眠薬として使用することは避けるべきです。※〔 〕内の名称は商品名です。日本での患者数わが国における患者の推定数はどのくらい見積もられておりますでしょうか、また、欧米の患者数、人種差、性差なども合わせてお教え下さい。日本における地域住民の有病率は約1.7%と報告されていますが、その報告には調査人数や具体的な調査方法が記載されていません。今後、科学的根拠の高い日本人の有病率が世界に知られることを期待しています。日本の病院敷地内での女性就労者の2.0%、男性就労者の0.5%がFMと報告されています。アジア、欧米を中心とした報告によるとFMの有病率は約2%、そのグレーゾーンの有病率は約20%と推測されます。圧痛点の数は経時的に変動することや論文上の有病率は一時点の有病率であることを考えると、真の有病率は約2%、日本では250万人程度のFM患者がいると推測しています。中国での有病率は0.05%という報告がありますが、調査方法や診断能力に原因があるのかもしれません。同一の研究チームが異人種を調べた研究は3つあり、ブラジル(非白人2.65%と白人2.26%)とイラン(Caucasians0.6%とトルコ人0.7%)では人種差がなく、マレーシア(マレー系1.19%、インド系2.58%、中国系0.33%)では人種差がありました。そのため有病率に人種差があるのかどうかは不明です。FM患者の約8割は女性であり、性比には大きな人種差はないようです。医師以外の関与線維筋痛症について、ナースやコメディカルが介入できる余地はありますでしょうか。例えば理学療法士がストレッチを指導する、ナースが話を聞くなどで患者の日常生活から改善していくなどです。その際の保険点数など参考になるものがございましたらご教示お願いします。薬物治療以外では、コメディカルが介入できる余地がたくさんあります。ただし、FMという病名では保険点数はつきません。理学療法士や作業療法士は、有酸素運動、筋力増強訓練、ストレッチ、水中訓練などを指導できます。しかし、FMなどの痛みを引き起こす疾患では保険点数は取れません。関節の変性疾患、関節の炎症性疾患、運動器不安定症などが合併していれば運動器リハビリテーション料を請求することができます。ナースが患者の話を聞いたり、患者の痛みや生活の質を評価するアンケートの記載方法の説明を行うことができます。ただし、ナースが患者の話を聞いても保険点数を請求できません。うつ病に対する認知行動療法に対して、厳しい条件はあるものの2010年から保険点数が取れるようになりました。しかし、FMなどの痛みに対する認知行動療法では保険点数を請求できません。総括FMが知られていない日本医学は世界の標準医学から大きく乖離しています。FM以上に中枢性過敏症候群は、日本では知られていません。FMのみならず中枢性過敏症候群を認めて世界の標準医学に追いつく必要があります。FMの治療はFMのみならずそのグレーゾーン、つまり人口の約20%に有効です。グレーゾーンにもFMの治療を行うのですから、臨床の観点ではFMの診断は厳密に行う必要はありません。心因性疼痛、仮面うつ病、身体表現性障害(疼痛性障害、身体化障害)と診断するより、FMやそのグレーゾーンと診断する方が、有効な治療方法が多いためほぼ間違いなく治療成績が向上します。異なる医学理論が衝突した場合には、「脚気論争」と同様に治療成績がよい医学理論を採用すべきです。自分が長年信じていた医学理論を捨てることは困難ですが、臨床医は自分が信じる医学理論を守ることより、よりよい治療成績を求めるべきです。戸田克広先生「「正しい線維筋痛症の知識」の普及を目指して! - まず知ろう診療のポイント-」

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パーキンソン病治療剤 プラミペキソール(商品名:ミラぺックス)

ドパミン作動性パーキンソン病治療薬プラミペキソールの徐放性製剤(商品名:ミラペックスLA錠)が2011年4月、パーキンソン病を適応として承認された。今年7月に薬価収載・発売が予定されている。パーキンソン病治療の現状パーキンソン病は、アルツハイマー病に次いで有病率の高い神経変性疾患である。日本における患者数は13万9千人と推定されているが、今後、高齢化が進むとともにさらなる患者数の増加が見込まれている。現時点では、発症機序に関して不明な部分が多く、運動症状や非運動症状を改善し、生活の質(Quality of Life:QOL)や日常生活動作(Activities of Daily Living::ADL)をコントロールしながら、病状の進行を遅らせる治療が主となっている。薬物療法はその中核を担っており、数あるパーキンソン病治療薬のなかでも、ドパミンアゴニストはL-dopa同様、代表的薬剤の1つとして位置づけられている。1日1回投与のプラミペキソール製剤わが国では2003年にプラミペキソールの速放錠(商品名:ビ・シフロール錠)が承認されており、早期から進行期パーキンソン病の各種症状(ADL、運動能力)に対し高い有効性を持つことが知られている。今回承認されたミラペックスLA錠は同成分の徐放性製剤であり、1日1回の投与で24時間安定した血漿中濃度を示し1)、1日中持続する安定した効果が期待できる薬剤として注目を集めている。本製剤の有効性に関しては、国際共同試験*および国内の臨床試験1)により速放錠との非劣性が確認されており、安全性に関しても新規または予期しない有害事象は認められていない2)。また、速放錠から本製剤への切り替えに関しては、オーバーナイトスイッチで約85%の被験者で成功していることが海外における臨床試験で示されている3)。*パーキンソン病治療薬では初の国際共同試験服薬アドヒアランス向上も期待薬物療法による治療効果を十分に得るためには、服薬アドヒアランスの維持が重要なポイントとなる。しかし、現在のパーキンソン病治療では何種類もの薬剤を服用し、さらに、1日における服用回数が多いなど服薬方法が煩雑であり、アドヒアランスに影響を及ぼすといわれている。海外での試験によると、1日における服薬のタイミング(医師に服用するよう定められた時間)でのアドヒアランスは、1日3回服用の薬剤と比較すると1日1回服用のほうが有意に高いことが認められている4)。1日における服用回数が多いと、服用のタイミングにばらつきが生じ、医師が処方時に想定した薬効が必ずしも得られていないことが懸念される。だが、服用回数が少なければ、このようなリスクも軽減させることができ、より適切なコントロールが期待される。また、国内においてパーキンソン病患者を対象に行ったアンケート調査によると、70%以上もの患者が、服用している数種類の薬剤のうち1種類でも1日1回の服用になれば助かると回答している5)。この結果から、少ない服薬回数で治療効果を発揮する薬剤へのニーズが示唆される。以上より、服薬アドヒアランスの向上には服薬回数の少ない薬剤が好ましく、服薬方法をよりシンプルにしていくことが今後、さらに求められると考えられる。まとめ発症後、長期間に渡る薬物療法によって症状をコントロールし、QOLやADLの維持を図るために個々の患者に合った“テーラーメイドの”治療が求められるパーキンソン病治療において、本製剤は今後、重要な治療選択肢の一つとなると期待される。

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アルツハイマー型認知症治療剤リバスチグミン(商品名:イクセロン/リバスタッチ)

 2011年4月、アルツハイマー型認知症治療剤としては日本で初めての経皮吸収型製剤であるリバスチグミン(商品名:イクセロン/リバスタッチ)が、「軽度および中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」を適応として承認された。薬価収載を経て、今年7月にも発売が予定されている。急速な増加が予想される認知症患者 高齢化が進むわが国において、認知症患者の増加が予想される。認知症患者数は2010年の推計で250万人、2030年には420万人にも達するといわれている1)。認知症においては、認知機能障害に加え、ADLの低下などが介護者負担の増大につながるため、患者本人だけでなく家族や介護者の負担を軽減する治療が求められている。リバスチグミン承認 このような中、国内では4番目となるアルツハイマー型認知症治療剤リバスチグミンが承認された。リバスチグミンは、スイスのノバルティス ファーマ社で創製された、1日1回貼付することで効果を示す経皮吸収型製剤である。本剤は、アセチルコリンエステラーゼとブチリルコリンエステラーゼの2種類のアセチルコリン分解酵素の働きを阻害する薬剤である。そして、認知機能障害に対する効果に加え、ADLの悪化を抑制することが示されている。また、経皮吸収型製剤として服薬管理の負担軽減も期待される。認知機能とADLの悪化を抑制 リバスチグミンは海外の臨床試験において、プラセボ群と比較し、認知機能の有意な改善が認められている。また、食事・排泄・入浴・着脱衣などの日常生活を送る際に必要な基本的動作であるADLについても、プラセボと比較して有意な悪化抑制が確認されている2)。認知症治療薬として初の経皮吸収型製剤 認知症患者が毎日正しく服薬することは容易ではなく、介護者の介助を必要とすることは少なくない。服薬管理は介護者にとって大きな負担となっている。海外のアンケート調査によると、約70%の介護者が経皮吸収型製剤はカプセル剤より好ましいと回答している3)。 主な理由として、「服薬スケジュールを遵守しやすい」「使いやすい」が挙げられている。まとめ 患者数の急速な増加が予想される認知症の診療において、専門医と非専門医が連携することが重要である。今後、医療・介護の現場で認知症の理解がさらに深まり、患者本人に加え家族・介護者のQOL向上を見据えた治療の普及が望まれる。

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教授 福島統 先生の答え

診療所医師による医学教育のためのシステム人口8万都市で小児科医を開業している者です。診療所で研修医の「地域保健研修」を、また、出身医大で「外来小児科学」の講義を行っています。先生のご意見、医学生をプライマリ・ケアの場に出す動きには全面的に賛同します。診療の質を上げるためには、診療を人に見せて教える必要があると考えますが、この波が拡がるためにはどうすればよいでしょうか?優秀な開業医が医学教育に関わることができずにいる環境があります。初期研修が始まった時に医師会が率先してシステムを作ればよかったのでしょうが…全国レベルでの医学部でのプライマリ・ケア実習の動きはありますでしょうか。あるいは今後の、それぞれの学会に依存しない医学部としてのシステム作りは可能でしょうか。ことば足らずで回答しにくいかと思いますが、医学部の変化がないことには診療所医師の関与は難しいと思いましたので。すでに医学部という大学と特定機能病院という大学附属病院のみでは、国民が求める医療を教えることはできないことは自明です。大学は医学教育をコーディネートする「教育機関」です。医学部が様々な医療ニーズを学生に見せ、学生一人ひとりが自分の仕事を知る機会を作ることがcommunity-based medical education です。このcommunity-based medical education は世界的な流れです。日本が遅れているだけです。医学部の中には専門医療だけでなく、地域が求める医療を学生に見せようとカリキュラムを工夫するところが増えてきています。医療の世界では、どの医療機関に所属する人も「教育」をしていかなければなりません。教育の場は大学と附属病院だけではありません。診療所も、地域病院も、在宅で頑張っている医師も、医師とは本質的に医師を育てる人たちだと思います。大学で医学教育を考える人たちが、自分の専門だけでなく、「医療」を学ぶ学生のことを考える日は近いと思います。その時に、地域の医師が「医師の役割の一つ」としての教育に夢を持って欲しいと思います。政治と現場で意見反対なのは何故ですか?福島先生の解説を読んで、医師不足問題について大変理解が深まりました。まだ私は医学生なので考察が甘いかもしれませんが、福島先生の意見が正論だと思いました。ただ、福島先生の意見が正論だと思う一方で、では何故、日本は医学部新設に向かっているのか?というところが分かりません。政治と現場で意見が対立しているのでしょうか?何故、日本は医学部新設の流れにあるのでしょうか?昭和45年に秋田大学医学部と北里大学医学部、杏林大学医学部、川崎医科大学が出来ました。昭和46年は私立医大がさらにできた後に、昭和47年からの1県1医大が始まります。この時、私立医大ができたのは、戦後の医専の卒業の大量の医師(開業医)たちの後継者問題があったからです(昭和20年の医学部入学定員は1万人を超えていました)。この時、裏口入学の問題が世間を騒がせました。1県1医大政策は田中角栄首相が押し進めました。その時の理由は東北・北海道の医師不足、医師の地域偏在、診療科偏在、基礎医学者と公衆衛生に関わる医師の不足が問題となりました。まさに今、政治が論じている問題と全く同じです。医師数をただ増やせばこの問題が解決するというのは幻想です。問題があるから、「何かを」しなければいけないという風潮になり、医学部を新設すれば「きっとよくなる」という積極策の幻想(ペーター・センゲ)になっていると思います。何かをすればそれが解決へつながるという言い訳でもあります。これは危険な考え方です。今こそ、なぜ日本の医療がうまくいかないのかをみんなで考えるべきです。学外実習に必要な開業医の数は?私も、現場で学ぶ機会は多い方がよいと考えます。学外実習に協力している開業医の先生が65名いらっしゃるとのことですが、慈恵さんレベルの大学ではその人数で十分なのでしょうか?理想としてはどのくらいの先生方を確保するべきなのでしょうか?数年前、韓国の医学教育学会で慈恵医大の「家庭医実習」の話をしました。その時、どうやって指導医を集めているのか、との質問を受けました。私は次のように答えました「医者には二通りの医者がいる、good doctors とnot good doctors だ」。会場に大きな笑いを誘いました。でも、私はこれが真実だと思います。そして、いい医者は良い医者が誰かを知っています。慈恵医大では、素敵な指導医と学生が評価した開業医に、「良い開業医を紹介してください」とお願いし、指導医を集めました。素敵な指導医が最低30人いれば、1年間で100名の学生の臨床実習を行うことができます。でも、無理をしないで1年間で100名の臨床実習をするには、60名必要と経験的に考えています。 トータルの実習成果は?学生の中には学外実習が苦手というか社交的ではない者も多いかと。皆がみな学外実習で何かを掴んで帰ってくるとは思えないのですが、実際はいかがでしょうか?個別には成果をあげる学生もいるでしょうが、トータルでみたときの実習成果について、差し支えなければご教示ください。昔、私が学生時代は先生が「あの学生は口下手だが、まじめでいい子だよ」と言っていました。私は、それは間違いだと思います。臨床医になるなら、どうにかして口下手を克服すべきだと思いますし、口下手を拡幅するために大学はその学生に手をかけるべきだともいます。人と話ができない医者を作るのではなく、たとえ上手ではなくても患者さんの話を聞く態度を持つ医師に育て上げるべきと思います。今までの初等、中等教育では、「職場の中で学ぶ」力を生徒に養ってきませんでした。しかし、医師になる者には「職場の中で学ぶ」力が必要です。医学部がただ知識と技能を教えていればいいのではありません。その学生が病棟で、患者さんから医療チームのメンバーから「人から学ぶ」ことのできる力を持てるようにしなければなりません。学外実習に行って、多くの学生は「自分に足りないもの」を見つけてくるように思います。自分に足りないもの、これこそが学習課題です。学習課題に気づいた人は自ら学習するでしょう。でも気づくチャンスがなければ学習は進行しません。そして気づきは異文化の中で起こることが多いのです。学生を学外に出し、「無理やりさせられ体験」をさせることで医学部の中にいるだけでは気づけない自分自身の学習課題を知って欲しいと思います。しかしながら、気づきはその学生のレディネスに負うところが多いことも事実です。スキャモンの成長曲線を思い出してください。大器晩成型も、早熟型もあります。学生に気づきの機会を与えますが、その学生が気づくまで待つことも大事です。学生の成長を待つだけでなく、成長を促すためにも「無理やりさせられ体験」は必要だと考えます。学生の反応は?医学生であれば目の前の国試対策に意識が集中して、学外実習は二の次ではないかと思います。実際、学外実習に対する医学生の反応はどうでしょうか?学生を説得して実習に出す感じでしょうか?※医師として患者を診ている今となれば、慈恵さんの学外実習が如何に素晴らしいかよく分かります!本当人間って勝手ですよね(笑)学生は医者になりたがっています。決して国家試験のプロになろうとはしていません。これは真実だと信じます。そして学生は実り多い自分の人生を求めています。人間とは自分自身の成長に気づいたとき、それを嬉しいと思う存在です。しかし、学生には今どのような体験をすべきか自分では分からないと思います。カリキュラムで必修とするのは、「無理やりさせられ体験」として学生が理解できなくても「行かせる」ためです。もちろん、オリエンテーションはたくさんしますが、実体験のない学生には理解は困難だと思います。学外実習は3年か4年しないと安定しません。教員がいくら大事だと言っても学生が理解しませんが、先輩の学生は「行ってみろよ、経験になるぜ」と言ってくれるようになったら実習が安定します。彼らは身近な先輩の言うことは素直に信じるのでしょう。実習を経験し、臨床実習に出たときにこの実習の意味を理解してくれれば学生は「無理やりさせられ体験」から「意味のある経験学習」へと認識を変えてくれます。国試対策について場違いな質問であれば無視していただきたいのですが、現在息子の入学先を検討している者です。私は地方の国立大卒です。私大医学部出身の友人もおらず、私大医学部のことがよく分かりません。慈恵医大ならではの特別な国試対策カリキュラムなどあるのでしょうか?学外実習は完璧だと思いました。親として心配なのは国試対策だけです。宜しくお願いします。慈恵医大は特別な国試対策はしません。むしろ6年生の後半には学生に自由な時間を与えるようにしています。学習で重要なのは、自分自身の能力を自分で評価し、自分の不足しているところを自分が認識して、自分の方法で学ぶことです。医学部6年生に「教え込み」は通じません。彼らは立派な「成人学習者」ですから。自分の不足を振り返り、自律的に学習する機会と時間を与えれば、医師になれるものは「国家試験」に合格します。何時までも教え込まれなければ勉強できない人はむしろ医者になるべきではありません。医者に必要な能力は生涯学習力ですから。私が医学教育の仕事をするようになった時、留年者や国試浪人の人にインタビュー調査をしたことがありました。彼らの欠点は明らかでした、解剖と生理学、すなわち基礎医学を知らないのです。国家試験のための勉強は基礎医学にあります。基礎医学をまなんだ人は病態を暗記ではなく、論理として理解します。そして今の国家試験は昔と違い、病態を理解してそのうえで薬理学の知識を応用した治療の選択を聞いてきます。国家試験は既に暗記の世界から、理解の世界へと変わってきているのです。国家試験は心配なら、基礎医学教育をしっかりしている医学部を受験させるべきと思います。医学を学ぶ者の自由とは、それを否定する理由はなんですか義務のみで自由はないのでしょうか、腑に落ちません。一人の学生が医師になるためには6年間に約1億円の経費がかかります。国公立であろうが私立であろうが多量の税金を使って医者になります。私は納税者です。自分が払った税金が「金儲けしか考えない医師」の養成に使われたとした、損害賠償請求をします。私は献体者です。死んだら、この体は解剖学実習に使われます(それまでには痩せようと思っています)。阿部正和慈恵医大元学長が講義のたびに学生に言っていました「患者こそ最高の師」と。医者になるためにたくさんの期待がかけられています。だから医学生はエリートだと思います。もし、自由に学びたいのなら、その経費は自分で払うべきです。税金とご遺体の行為と患者さんの協力を頂いて医師になるなら、国民から期待される医師になる責任があると思います。自分の自由のために他者の心もお金も使う必要はないと思います。この道に進まれたきっかけを教えて下さい。先生が、臨床でもなく研究でもなく教育を専門にされた「きっかけ」に興味があります。産婦人科開業の長男として生まれ、私立医大に入学してっきり産婦人科開業医になると思っていました。しかし、卒業時には少子高齢化が始まっており、産婦人科開業医の道はなくなり、面白そうと思った解剖学に進みました。解剖で業績を上げている最中に、急に大学から医学教育の仕事をしろ!と命令されました。いざ、医学教育の世界に入ってみたら、したいことがたくさんあったのです。だからそれをしただけです。多分、どの分野に行っても良かったのでしょう。今したいことを、今の立場で出来れば何でもよかったのかもしれません。いまは、この分野の仕事ができることを嬉しいと思っています、そしてもっとしたいと思っています。実習を阻む障害に関して1年生から地域実習へ出すとなると結構大変だと思います。受け入れ先を探す他にも障害が多かったと推察しますが、どのような障害がありましたでしょうか?1年生の福祉体験実習を作るとき、最も困ったことは「医学部と地域福福祉」があまりにも遠かったことです。特定機能病院には、知的障害や精神障害者の就労支援のことを知っている人がいませんでした。2年生の重症心身障害児の実習を作るときも地域で子どもがどのように生活しているかを考えている小児科以外の医師はほとんどいませんでした。3年生の訪問看護ステーションの実習に至っては、一部の神経内科医は理解を示したものの、多くの専門医たちは在宅医療の存在すら想像してくれませんでした。でも低学年の学外実習は臨床医たちの利害とは離れていたので実習を作りことができました。実習を作るためには何足もの靴が必要でした。医学部とは遠い福祉や在宅には、足を運び理想を話し、夢を共有してもらい一緒に医師を作ろうと説得しまわりました。多くの実習施設は共感を示してくださり、快く学生実習を受けてくださいました。特に福祉施設では、「良い医者を私たちもメンバーさんのために作ってください」と励ましていただきました。臨床実習での「家庭医実習」を必修化できたのはひとえに、阿部正和元学長のおかげです。慈恵医大は全国に先駆けて昭和61年に選択科目として開業医実習を導入していました。阿部正和先生という方が、素晴らしい指導医がたくさんいる実地医家の会との連携を作ってくれていたので、解剖上がりの臨床を知らない私が「家庭医実習」を必修化できたのだと思います。実習先になりうる開業医とは?実習を引き受ける開業医に必要な素質はありますが?また高い理想とは?もう少し具体的にご教示ください。該当する先生がいたら是非紹介したいと考えます。良い医者は誰が見ても「良い医者」です。それは誰もそう思うと思います。教授 福島統 先生「国民のための医者をつくる大学 この理念の下に医師を育成する」

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アルツハイマー型認知症・軽度認知障害(MCI)の治療・診断の現状と今後とは・・・・・・

株式会社シード・プランニングは12月28日、アルツハイマー型認知症・軽度認知障害(MCI)の治療・診断の現状と今後の方向性に関する調査の結果を発表した。同調査は、通常型のアルツハイマー型認知症について、神経内科、精神科、老齢病科で診療している医師120人に調査を行った。また、同認知症の家族を持つ方、同認知症のオピニオンリーダーへの調査も行い、アルツハイマー型認知症医療の現状を詳細に把握するとともに、今後の展望を取りまとめた。調査結果によると、アルツハイマー型認知症患者数は高齢化とともに年々増加し、2020年には167万人に達するという。また、診断技術、治療薬の開発の進展にともない、より早期の患者が治療対象に加わった場合、2025 年には220万人に達すると予測されるとのこと。また、アルツハイマー型認知症治療薬の市場規模は2020年には2010年比2.7倍の 2,900億円にまで拡大する可能性があるという。詳細はこちらhttp://www.seedplanning.co.jp/press/2010/2010122801.html

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教授 向井秀樹先生「患者さんと真摯に向き合う中から病態は解明される」

1951年東京都生まれ。76年北里大学医学部卒業。81年同大皮膚科助手、84年同大皮膚科講師兼医局長。91年横浜労災病院皮膚科部長。2007年より現職。日本皮膚科学会専門医・代議員、日本アレルギー学会専門医・指導医・代議員、日本皮膚悪性腫瘍学会評議員他。皮膚科医に求められるもの人と話すことが好きな私は、本当は神経内科医になりたかったのですが、師匠である教授との出会いがきっかけで皮膚科医を選択しました。教授が「向井君、この患者さんはγ-GTP100だよ」と、手や皮膚の状態を見ただけで内臓のことまで言い当てたのです。皮膚科医としての知識を元に視診で内臓までを診てしまう。私はそこに魅力を感じたのです。皮膚疾患は目に見える症状がほとんどのため、そこから発生する患者さんの精神的ストレスは深刻な問題となっています。したがって、皮膚科医には患者さんのメンタルをケアすることも重要な治療の一つなのです。その点からみても、話好きな私にはとてもよい選択だったと考えています。「皮膚科は死なないからいいよね」と言われることがありますが、決してそうではありません。病としての生き死にではなく、病状による精神的苦痛で自殺してしまうケースもあります。だからこそ、精神面でのサポートも考慮しつつケアしてあげるという心構えで、皮膚疾患を治していくことが常に求められているのです。たかが皮膚病ではなく、それに伴う精神的苦痛は個々によりレベルが違うもので測り知れません。今後も私はそこを踏まえた上での最善の治療を、皮膚科医として追求していきたいと考えています。患者さんと医師の信頼関係を構築する間違った情報を鵜呑みにしてステロイドへの偏見を持ち、薬を処方通りに使わなかったり、誤った民間療法に頼ったり、医師との信頼関係を築けないまま治療にも専念できない患者さんもいます。その結果、かえって症状を悪化させているケースも少なくありません。東邦大学ではアトピー性皮膚炎の思い切った治療として、入院をすすめています。これは、仕事などで忙しくて毎日のスキンケアがままならず、症状が悪化して不眠状態になっている状態をクールダウンさせる意味もあります。皮膚炎が起こる原因の中には生活習慣や住環境も関わりますから、その点でも改善指導できますし、日常のストレスからの解放も期待できます。その上で、すべての治療をこちらに任せてもらい、ディスカッションしながら薬の塗り方、包帯の巻き方等まで、こまごまと指導できる利点があります。そうすれば患者さんは退院した後も、症状が悪化した場合には自分で処置することができるようになる。つまり、治療をしながら生活全般の教育指導もできるのが入院の利点です。将来的には、栄養士による食事指導も加えたいと考えています。ステロイドへの偏見をなくしたいステロイドのガイドラインとして現在も使用されている安全塗布量は、40年以上前に海外でステロイドを使う必要のない正常な人を対象にして行われたデータで、その後の追試はありません。では、実際にアトピー性皮膚炎の入院患者さんに多量のステロイドを使用した場合、安全塗布量を超えると副腎機能に影響を与えるのかどうか、私は入院時と退院時の血液や尿を採取して調べました。驚いたことに、入院時のコルチゾール値は平均3.7μg/dLと正常値より明らかに低く、0.1μg/dL以下と極めて強く副腎機能が抑制されている患者さんは半数以上でした。つまり、入院を要するほどの患者さんは、ステロイド治療をする前に皮膚状態の悪化で、すでに副腎機能が強く抑制されていたのです。入院を要しない軽症例では抑制がかかっていないことから、副腎機能の抑制は重症度に起因するという新事実をみつけました。さらに、入院中大量のステロイドを使用したにもかかわらず、退院時のコルチゾール値は11.5μg/dLと正常化していました。入院中に皮膚状態を改善するために使用したステロイドの量は、臨床効果とともに漸減し薬効ランクも落としています。この治療法によって副腎機能に及ぼす副作用は認められず、安全性の高いものといえる結果となりました。同時に測定したACTH値も同様で、退院時には正常値に回復していました。入院での治療は皮膚症状を劇的に改善させるだけでなく、抑制されていた副腎・下垂体機能を大幅に正常化するという画期的なデータでした。しかし、なぜ副腎機能が抑制されてしまうのかはまだ不明で、これからの研究課題です。ホルモンが分泌されない原因のファクターとしては、ストレスや睡眠障害などが挙げられています。確かに来院した患者さんから「眠れなくて、体がだるくて、成績が落ちたり、仕事上でのミスが多くなったりして上司から怒られる。でも、睡眠薬を使うと寝坊してしまう」との意見が大半でした。ところが、入院することによってまず不眠が解消され、リラックスした精神状態になり、熟睡できた喜びを口にした患者さんが7割から8割を占めたのです。これによってインペアード・パフォーマンスも大きく改善されました。尋常性乾癬における最新治療乾癬に関しては劇的な治療薬ができました。これまで患者さんは、お風呂から出て、時間をかけて全身に薬を塗って、包帯を巻いて……という作業を毎日繰り返していました。患者さんの負担はかなり重いものでした。それが、TNF-α阻害薬が出てきたお陰で、今では注射1本で済んでしまう。患者さんのQOLは飛躍的に向上しました。これは大変画期的なことだと思います。私が東邦大学に来る前の病院で、5、6回入退院を繰り返している、30代の関節症性乾癬の男性がいました。それまで、できうる限りの治療を行ったのにもかかわらず、結局車椅子の生活を余儀なくされた患者さんです。TNF-α阻害薬が治験できるとなった時に、真っ先にその彼に声をかけました。しかし、彼には「これまで先生の言うことはすべて聞いてきたが、結局治らなかった。訳のわからない治療法で、もっと悪くなるかもしれない」と断られてしまいました。それでも私は1時間以上かけて説得しました。やっと彼を治せるかもしれない治療薬が出てきたからです。今、彼は杖で歩けるまで回復しています。少し前までは治せなかった難病も、今では治せてしまう。医学の進歩にはいつも驚かされます。ただし、このTNF-α阻害薬ですが、高い臨床効果の一方、免疫を抑えることにより副作用として細菌性肺炎や肺結核など重篤な感染症の発現が危惧されています。日本皮膚科学会では"TNF-α阻害薬の使用指針および安全対策マニュアル"を作成し、本薬の使用に際して、(1)乾癬の診断・治療や合併症対策に精通した皮膚科専門医が行うこと (2)副作用発現に留意して、定期的な検査および重篤な合併症に対して迅速な対応すなわち呼吸器内科や放射線医と密接な連携で対処すること、の2点を挙げていますので注意が必要です。私ども東邦大学大橋病院皮膚科はTNF-α阻害薬使用施設として正式に認定され、すでに2例の患者さんに治療を開始しております。病気の原因究明こそ臨床の醍醐味外来で若手医師に指導する時は「なぜこういう現象が起きたのか?」を自分の頭でよく考えさせるようにしています。単に病状や治療についての説明をするのではなく、なぜこの患者さんはこうなったのか、その"なぜ"を考えさせるようにしています。ありふれた皮膚病は、生活習慣に起因していることが多いのです。だからこそ患者さんのライフスタイルを知り、なぜそうなったのか? 原因となっているものは何か? を見極めないことには治療もできません。たとえば、道を歩いているだけなのに、急にアナフィラキシーショックを起こして倒れた人がいました。朝食にパンを食べて、その後に運動をする。満員電車の中でどっと汗をかいたらアナフィラキシーショックを起こして倒れた。ご飯ならば発作は起こらないのに、パンだとなぜだかショックを起こす。また、就寝時にアナフィラキシーショックを起こす例がありました。なぜか納豆を食べた日に限り、発作を起こしていました。いずれの方も発作を2、3回繰り返し、そのつど救急搬送されるのですが、病名どころか何が原因かさえわからない。前者は小麦アレルギーでした。小麦を食べて運動をする、抗炎症薬のアスピリンを服用する、飲酒、疲労、ストレスといったファクターが加わるとアナフィラキシーショックを起こす。また後者は、まだ10例ほどしか発見されていませんが、納豆アレルギーでした。納豆を食べて30分や1時間で症状が出れば誰でも納豆アレルギーとわかりますが、食べてから10何時間か経って就寝時に出てくるので、何が原因なのかわからなかった。実は納豆のネバネバ成分がアレルゲンをコーティングしているため、腸管からの吸収が遅れ、すぐには症状が出なかったのです。このような患者さんが今まで原因がわからず病院を転々としてきて、それを自分が究明できた時の喜びは大きいですね。臨床の面白さや醍醐味はそこにあると思います。また、最近の技術的進歩も著しいものがあります。これまで皮膚科領域で治療に難渋していた疾患が、上述した生物学的製剤のような画期的な薬剤の登場で治療できてしまう。虚血性壊死を起こした状態でも、皮膚や筋肉に注射して血管を新生する遺伝子治療もそろそろ世に出てくる。たとえば、糖尿病で足先がすでに壊死を起こしている場合、まず内科で糖尿病のコントロールを行い、皮膚科で外用療法をし、最終的には整形外科や形成外科で切断するのが主流となっていたのが、この遺伝子治療により血管を再生することによって指先を切断しなくても済むようなるというものです。これまで、難病といわれてきたものが、最新の治療によって難病ではなくなる時代に変わってきています。これからの皮膚科学は、ますます面白くなってくると思います。質問と回答を公開中!

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アルツハイマー病へのDHA投与、認知能力低下の減速効果なし

軽度~中等度のアルツハイマー病患者に対し、ドコサヘキサエン酸(DHA)サプリメントを投与しても、認知能力の低下を減速する効果はないという。脳の萎縮率の低減についても効果はなかった。米国オレゴン健康科学大学神経内科部門のJoseph F. Quinn氏らが、アルツハイマー病の患者400人超について行った、無作為化プラセボ対照二重盲検試験の結果明らかにしたもので、JAMA誌2010年11月3日号で発表した。これまでの疫学試験では、DHA摂取がアルツハイマー病罹患率の減少と関連することが示唆されており、動物実験では実証されていた。18ヵ月追跡し、ADAS-cog、CDR-SBスコアの変化を比較研究グループは、2007年11月~2009年5月にかけて、米国51ヵ所の医療機関で、Mini Mental State Examination(MMSE)スコアが14~26の、軽度~中等度のアルツハイマー病患者について試験を行った。被験者を無作為に2群に分け、一方にはDHAサプリメント2g/日を、もう一方にはプラセボを投与した。追跡期間は18ヵ月だった。主要評価項目は、アルツハイマー病評価スケールの認知機能指標(Alzheimer’s Disease Assessment Scale:ADAS-cog)の変化と、臨床的認知症尺度の下位尺度(Clinical Dementia Rating sum of boxes:CDR-SB)の合計スコアの変化だった。またサブグループ分析として、被験者102人に対しMRIを行い、脳萎縮を測定した。ADAS-cog、CDR-SBスコア、MRIによる脳萎縮率も両群で同等被験者のうち試験を終了したのは295人、うちDHA群は171人、プラセボ群は124人だった。ADAS-cogスコアの変化は、DHA群で平均増加幅7.98(95%信頼区間:6.51~9.45)ポイントに対し、プラセボ群で同8.27(同:6.72~9.82)ポイントと、両群に有意差はなかった(p=0.41)。CDR-SBスコアも、平均増加幅がDHA群で2.87(同:2.44~3.30)ポイントに対し、プラセボ群では同2.93(同:2.44~3.42)ポイントと、有意差はなかった(p=0.68)。また、脳萎縮についても、DHA群(53人)が24.7cm3(年率1.32%)減少したのに対し、プラセボ群(49人)では同24.0cm3(年率1.29%)で、有意差は認められなかった(p=0.79)。(當麻あづさ:医療ジャーナリスト)

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教授 白井厚治先生「「CAVI」千葉県・佐倉から世界へ 抗動脈硬化の治療戦略」

東邦大学医療センター佐倉病院内科学講座の教授で、前院長。医局のモットーは総合力と専門性を両方備えた医師育成。一人でも多くを救うこと。加えて先端医療の開発をモットーにしている。最近では、血管機能検査CAVIの開発に参画し、国内から海外にも発信。肥満症治療については脂肪細胞、脂質代謝の基礎研究から心理学まで動員して新しい治療システムを構築中。動脈硬化の分野で新しい治療体制の扉を開く動脈硬化は、地味な分野ですが、ご存知のとおり、脳梗塞、心不全、さらには腎不全をもたらし大きく個人のQOLを低下させ、また社会的損失も大きい疾患です。これに対し、病変動脈、静脈の直接的治療を循環器グループが担う一方、「動脈」が水道管でなく、生きた機能を持った臓器とし見、それに細胞生物学と代謝学を応用して治療・予防法を打ち立てるというのが夢でした。実は、癌は最近の治療学の進歩は著しいのを目の当たりあたりにしますが、30年前には不治の印象が強く、生命現象そのものの解明が必要で、とても自分の能力では歯が立たないと思い避けたのも事実です。動脈硬化なら多少とも代謝学的側面から治療できるのではないかと思ったりもしました。これまで、副院長6年、院長3年と病院の経営面にも携わりましたが、医療現場は人間が担うものであり、かつ科学性を保って運営されるべきもので、根本原則は、病気を見ることと変わらないと思いました。みんなして誠意を尽くし、精一杯がんばれば、経営のほうが、なんだかんだといっても人の作った制度の運用ですから、患者さんがいる限り、道は開けると思います。しかし、対疾病への取り組みは、神が創った摂理と破綻への挑戦ですから、数段難しいと思います。でも、全身全霊、日々、改革、改良に向けやり続けるのが、医師の誠意だと思います。それには、効率よくみんなが取り組めるセンター方式が必要と、糖尿病・内分泌・代謝センターを9年前に立ち上げました。場所、人の問題で、思い立って3年ほどかかりましたが、皆さんの協力でできました。そのころから、病棟と外来が一体となった継続看護治療システムも導入され、看護師も病棟での看護結果が外来でどのように効果が出ているのか確認しあい、フィードバックをかけるシステムが導入、大きかったのは、患者さん全員に、「ヘルスケアファイル」という手書きのファイルをお渡しし、代謝要因の変化と日常生活管理がどのように結びつくかをグラフで表すシステムを導入したことです。患者と医師のみでなく、家族にも分り、医療スタッフも採血者、受付、看護師、栄養士も一目瞭然に個々の病態が把握でき、互いにコミュニケーションが取れやすくなったのがよかったです。若い研修医にとっても数年の治療経過を見れば、病態がわかり最大の教科書にもなっています。診療体制を分りやすく、すっきり整えることは、生活習慣病と呼ばれる一連の疾患にとても有用と思います。若い医師も情熱を持った人たちが幸運にも集まり、地に足をつけ、真に役立つ研究を進めてくれたのも、推進力になってくれました。動脈硬化発生機序の解明とCAVIの開発研究学会のマニュアル、ガイドラインは大切ですが、大学病院の使命はその先を見つめることにあります。その眼は、字づらで覚えたことではなく、自然との対話、すなわち研究の基盤なくして開かれないと思います。ささやかながら病理、細胞培養実験から、動脈硬化とコレステロールの関係は直接ではなく、コレステロール自身が酸化され、オキシステロールになると強力な組織障害性をもち、慢性炎症が引きおこすとしました。これに基づき、強力な抗酸化作用を持つ脂質低下剤プロブコール投与による糖尿病性腎症の抑制効果を見いだしました。結局、末期腎硬化症は動脈硬化と同じような機序で起こると考えたからです。また、動脈硬化の臨床研究には、簡便で経時的に測定できる指標が必要ですが、これまで必ずしも十分なものがなかったわけです。これに対して、血管弾性を直接反映するCAVIという検査法の開発に携わったところ、これまで見えなかった部分がどんどん見えるようになりました。これは、内科の循環器、代謝チーム、それに生理機能検査部が一体となり、精力的に仕事をしてきた結果です。循環動態を把握するうえで、血管抵抗を反映することがわかり、これは血圧計に匹敵する意味を持つわけで、まだまだその妥当性をさまざまな角度から検証する必要がありましたが、循環器、代謝領域の疾患や、薬物治療成績が英文論文となり、世界に向けて発信し始めたところです。今後、日常診療の中から、動脈硬化治療が見出される可能性もあり、楽しみです。肥満・メタボリックシンドロームへの低糖質食、フォーミュラー食の応用を中心に、チーム医療体制を確立動脈硬化診療は診断に加え、予防と治療が究極目標ですが、動脈硬化の主な原因として肥満の意味は大きく、糖尿病、高血圧、脂質異常を伴い、所謂メタボリックシンドロームを引き起こします。すでに当院では15年前から肥満への取り組みをチームで始めており、治療として低糖質食、その極みとして安全で効果のあるフォーミュラー食を実施しています。今、欧米では低糖質がよいとの論文が出始めましたが、当院では、入院時にも低糖質食を用いています。またフォーミュラー食は必須アミノ酸を含むたんぱく質とビタミン、ミネラルをパウダーにしたものを水で溶かして、飲んでもらうものです。それによる減量効果特に、内臓脂肪の減少度が高く、それに伴い代謝改善度も一般通常食より効果があり、そのメカニズムは、動物実験でも検証中です。脂肪細胞自身のインスリン感受性関連分子の発現が上がっていることが確認されました。研究面では脂肪細胞から分泌されるサイトカイン、分子、酵素、さらに脂肪細胞分化に加えて、「人」の行動様式にも興味を持ち、毎月、オベシテイカンファランスを開き、内科医、栄養士、看護師は無論のこと、精神科医、臨床心理士も加わり、症例への総合的アプローチを試みています。肥満が解消できない理由に、ハイラムダー型と呼ばれるパーソナリテイを持つ人が肥満患者さんに多いことも見出されました。また、入院中に、何らかの振り返りができ、周囲との関係も客観化できるようになると、長期予後がよいことも見出しており、メンタルサポートは必須と思われます。このような成功例に遭遇すると、チーム全体が活気づくのも不思議です。これから、これらチームのバックアップで肥満外科治療も始まります。患者さんデータを集約したヘルスケアファイルで真の地域連携の夢を糖尿病を中心とした生活習慣病は、結局、本人の自己努力に大きく依存します。人は決して命令で動くものでなく、自分で納得、わかって初めて真の治療が始まります。その際、さまざまな情報を錯綜させないために、1冊のノートをつくり、なるべくグラフ化、マンガで示す方式で、病態理解をはかっています。これをヘルスケアファイルと呼んでいます。きちんとしたデータの推移をみて、各種職域の人が適切なアドバイスができます。また、もっと重要なことは、患者本人が自分の経過を一覧すると、そこから、自分の特性が分かるというものです。医療者自身にも勉強になり、多職種の方々がのぞきこむことによって、患者さん個々の蓄積データに基づき、最適なアドバイスができるというメリットがあります。これは、病院内の代謝科、循環器、神経内科などにとどまらず、眼科とも共通に使えますが、さらに、これで院外の施設とも、真に患者さん中心の医療ができます。できれば、全国国民全員が持つべきで、これで、医療費削減、効率化、医学教育もでき、これを如何に全国的に広めてゆくか楽しみ考えているところです。若い医師へのメッセージ:自分の医学を打ちたてる現在、各種疾患は、学会がガイドラインなどを決め、医療の標準化が進み、それはそれで、一定のレベルにまであげることでは意味があるでしょう。現場に立てば、ほとんどがそれを基礎に幾つかのバリアンスがあり、物足りないはずです。確かに一杯本もあり、インターネットでも知識はふんだんに得られます。でも、結局医師は、自分の医学を自分で打ち立てるのが原則でしょう。決して独断に走れというのではなく、ささやかでも、自分のデータをまとめ、自分として言えるファイルを作ることです。それは、先輩の先生から呟きとしておそわりました、教えてくれるのを待っていたって本当のところは教えられないし、頭を下げても教えてもらえることは少なく、自分で、縦軸、横軸を引き、そこにプロットさせ因果関係を探れといわれましたが、その通りです。ささやかでも、自分の経験症例をまとめておき、そこから何が発信できるか日夜思考錯誤してください。それが、許される余裕と良き指導者がいるところで、研修はすべきでしょうし、後期研修もそんな環境で自己研鑽することが大切でしょう。専門分野の選考は、社会的にニーズが高いところに向かうべきで、無論雰囲気も大切ですが、はやり、楽というよりは、皆が困っているところに入り込こむ勇気が大切でしょう。そこで、頑張れば、面白く楽しく医師生活をやって行けるでしょう。今後も、佐倉病院でなければ、できないことに向けて頑張ってまいります。お待ちしています。質問と回答を公開中!

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