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HIVはセックスでうつるので、コンドームで予防しましょう。これは、わが国で40年間言われ続けている予防法である。「HIVが感染したのは、コンドームの使い方が悪かったからだ」と、使い方まで事細かに指導されてきた。しかし、感染は減らなかった。曝露前予防(PrEP)の有効性が確認されると、「PrEPでコンドームの使用が減るので、ほかの性感染症が増える」と、PrEPを批判する人まで出てくる始末である。コンドームを使うなとは言わないが、口からでもうつる梅毒はコンドームでは防げない。ほかの性感染症もしかり。 この10年、HIV感染予防に有効なのは、コンドームではなく「治療でウイルス量を下げることだ」ということが、多くの臨床研究から明らかになってきた。口火を切ったのは、Myron Cohenらが行ったHPTN 052試験で、片方が感染していない(discordant couple)約1,800組の夫婦間での感染を、治療群と感染予防教育群(治療待機群)で検討した研究であった。10年間の予定であったが、3年目の中間解析で感染予防教育群惨敗の結論が出た。“Treatment as Prevention (T as P)”という言葉が生まれた。次に決定的だったのは、Alison Rodgerらが行った、782組のゲイのdiscordant coupleでのコホート研究である。ウイルスを半年以上検出限界以下に抑えていたカップル間では、最も感染リスクが高いといわれているコンドーム無しの肛門性交を7万6,088回行っても感染はゼロであった。この結果から、“undetectable equals untransmittable (U=U)”という言葉が生まれた。この結果は、治療でウイルスを抑えれば、パートナーにHIVを感染させることはないことを証明し、感染者を大いに勇気づけた。U=Uは、HIV感染症の差別・偏見をなくすキャンペーンの中心的な合言葉となった。 とはいえ、問題は感染者数が圧倒的に多いが、感度の良いウイルス量測定ができない、治療薬も先進国ほど進んでいない途上国である。検出限界以下なら問題なし。200コピー/mL以下でも感染しないことは、多くの先進国の研究で明らかである。それでは、「1,000コピー/mL以下ではどうか」を、systematic reviewで検討したのがこの論文である。その結果、条件に該当する約7,700組のdiscordant coupleで感染したのは2例であった。途上国でも、ろ紙血を使ったウイルス量測定で1,000コピー/mLなら何とか測れる。とにかく、1,000コピー/mL以下にウイルス量を下げ、維持できれば、新規HIV感染を防ぐことができるということが証明された。How low is low enoughの答えは、1,000コピー/mLである。