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パーキンソン病の幹細胞治療の2試験の結果がひとまず有望幹細胞から作った神経細胞によるパーキンソン病治療の2試験の待望の結果が、時を同じくして先週16日にNature誌に報告されました1-4)。それら試験の被験者はおよそ安全に経過観察の2年間を過ごすことができ、移植された神経細胞はパーキンソン病で失われるドーパミン生成/放出神経細胞(DA神経)に成り代わって十分長く存続してドーパミンを作りうると示唆されました。2つのチームがめいめい実施したそれらの試験はともに小規模で、主な目的は安全性の検討です。被験者数は2試験合わせて19例ばかりで、震えがはっきりと減った被験者もいますが、プラセボ群がないことなどもあって効果の判定には不十分で、より大規模な試験での検討が今後必要です5,6)。両試験で神経を作るのに使われた幹細胞はおよそ無限に増え続けることができ、心身を形成するあらゆる細胞に分化しうる特別な能力を有します。2試験で移植された神経細胞の起源は幹細胞ですが、その出所が異なります。一方では受精後の胚から得られるヒト胚性幹細胞(hES細胞)、もう一方では成人の体細胞から人工的に生み出される人工多能性幹細胞(iPS細胞)から神経細胞が作られました。パーキンソン病はDA神経が失われることによる進行性の神経病態で、振戦、こわばり、動作緩慢を引き起こします。残念ながら根治療法はなく、2050年までに世界のパーキンソン病患者数はおよそ2,500万例に達すると予想されています7)。失われたDA神経をそれに代わる細胞の移植で補充してパーキンソン病治療を目指す取り組みの先駆けの報告は1980年代にさかのぼります8)。試されたのはDA神経が豊富とされる胎児の中脳腹側の細胞のパーキンソン病患者への移植です。胎児由来細胞が移植された脳領域では幸いにしてドーパミンの量が回復し、運動機能の改善が長続きしました。それらの結果はパーキンソン病の細胞移植の治療効果を裏付けるものですが、胎児脳組織はそう簡単に手に入るものではありませんし、手に入ったとしてその質はまちまちかもしれません。それに倫理的な懸念もあります。そういう課題の解決手段の1つとして幹細胞からDA神経を大量に作る試みが始まり、しばらくすると世界の多くのチームがヒト幹細胞からDA神経を生み出せるようになりました。研究はさらに進んでパーキンソン病を模す動物への移植実験で症状や動作の改善効果が示されるようになり、2020年にはパーキンソン病患者の初のiPS細胞治療例が報告されるに至ります9)。その1例の患者には自身の皮膚細胞由来のiPS細胞を分化させて作った前駆DA神経が2017~18年に脳の左側と右側に2回に分けて移植されました10)。移植細胞の存続がPET写真で確認され、移植後18ヵ月と24ヵ月時点での患者の症状は安定か改善していました。実用に堪える細胞を作る技術は原料がiPS細胞とhES細胞の場合のどちらでもその後改善し、今や複数例を集めての臨床試験が実施されるようになっています。今回発表された2試験の1つはわが国の京都大学医学部附属病院で実施された第I/II相試験で、iPS細胞から作った前駆DA神経がパーキンソン病患者7例の脳の両側の被殻に移植されました。移植細胞が拒絶されないように免疫抑制薬が15ヵ月間投与されました。2年間(24ヵ月)の経過観察で幸いにも重篤な有害事象は生じておらず、効果検討対象の6例のうち4例は薬の効果がない状態での運動症状検査値(MDS-UPDRSパートIIIによるOFFスコア)の改善を示しました。もう1つはBayerの子会社のBlueRock Therapeutics社が米国とカナダで実施した第I相exPDite試験で、パーキンソン病患者12例が参加し、京都大学の試験とは違ってhES細胞由来の前駆DA神経が脳に移植されました。移植場所は被殻で、京都大学での試験と同じです。やはり免疫抑制薬が投与されました。投与期間は1年間です。exPDite試験の18ヵ月間の安全性経過は日本での試験と同様におよそ問題はなく、移植細胞と関連する有害事象は生じていません。MDS-UPDRSパートIIIによるOFFスコアは高用量群でより下がっており、18ヵ月時点ではもとに比べて平均23点低くて済んでいました。脳の写真を調べたところドーパミン生成の上昇が認められ、免疫抑制薬の使用停止後も含む18ヵ月間の観察期間のあいだ、少なくともいくらかの移植細胞は存続したようです5)。京都大学での試験でも同様にドーパミン生成の増加を示す結果が得られています。昨年2024年9月にBlueRock社はexPDite試験のさらに長い24ヵ月(2年間)の経過を速報しています11)。安全性は引き続き良好で、移植細胞と関連する有害事象はありませんでした。MDS-UPDRSパートIIIによるOFFスコアの低下もおよそ維持されており、高用量投与群は24週時点を22点低下で迎えています。BlueRock社の前駆DA神経はbemdaneprocelと名付けられて開発されており、exPDite試験での良好な結果を頼りに早くも本年前半、すなわちこの6月末までに第III相試験が始まる見込みです12)。 参考 1) Tabar V, et al. Nature. 2025 Apr 16. [Epub ahead of print] 2) Sawamoto N, et al. Nature. 2025 Apr 16. [Epub ahead of print] 3) 「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」において安全性と有効性が示唆 / 京都大学医学部附属病院 4) Potential Treatment for Parkinson’s Using Investigational Cell Therapy Shows Early Promise / Memorial Sloan Kettering Cancer Center 5) ‘Big leap’ for Parkinson’s treatment: symptoms improve in stem-cell trials / Nature 6) Clinical trials test the safety of stem-cell therapy for Parkinson’s disease / Nature 7) Su D, et al. BMJ. 2025;388:e080952. 8) Lindvall O, et al. Arch Neurol. 1989;46:615-631. 9) Schweitzer JS, et al. N Engl J Med. 2020;382:1926-1932. 10) Novel Treatment Using Patient's Own Cells Opens New Possibilities to Treat Parkinson's Disease / PRNewswire 11) BlueRock Therapeutics’ Investigational Cell Therapy Bemdaneprocel for Parkinson’s Disease Shows Positive Data at 24-Months / BUSINESS WIRE. 12) BlueRock Therapeutics announces publication in Nature of 18-month data from Phase 1 clinical trial for bemdaneprocel, an investigational cell therapy for Parkinson’s disease / GlobeNewswire